霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三二章 弾丸(だんぐわん)雨飛(うひ)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 特別篇 山河草木 入蒙記 篇:第5篇 雨後月明 よみ(新仮名遣い):うごげつめい
章:第32章 弾丸雨飛 よみ(新仮名遣い):だんがんうひ 通し章番号:
口述日:1925(大正14)年08月 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年2月14日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
谷間を通り抜けて広大な草野に面した山すそで、開魯の軍隊から威嚇射撃を受けた。その間、真澄別はゆうゆうとその様を見物しており、日出雄は車の中で悠然と寝転んでいた。
盧占魁は応戦するなと言ってその場を駆け抜けた。十五日にはまた山間の通路で王府の兵が攻撃を仕掛けてきた。今度は盧占魁の部隊は応戦の構えを見せて追い払った。
続く六月十六日には、民家の付近で休息を取っている間に後方を王府の兵に襲われ、盧占魁の右腕である曼陀汗が戦死したため、盧占魁はいたく力を落とした。
真澄別は再び盧占魁に行く先を糾したが、盧は「先生方は安全地帯に滞在していただき、その間に自分は奉天に帰って、張作霖の誤解を解いてくる」という返事であった。
十八日に沼地にでくわし、盧占魁自らが御者となっていた日出雄の車はたちまち土中に半分ほどもめり込んでしまった。引き上げようもなく、仕方なく解体してようやく全部を復元すまでには、かなりの時間を費やしてしまった。
日出雄は神勅に、パインタラに行くのは薪を抱いて火に飛びこむようなものだ、と出たので、盧占魁に伝えた。盧占魁はただ、大丈夫です、と言ったのみであった。真澄別は神勅に敬意のない盧占魁の態度に不安を覚えた。
その夜、露営所に日本人が集まって評議がこらされた。猪野軍医は従卒の蒙古人に村民の噂を調べさせたところ、パインタラには盧占魁討伐の軍が数千も出動準備をしているということだったという。猪野は銭家店まで案内するから、道筋を変えたらどうか、と提案した。
一同は盧占魁を呼んできて、猪野軍医の報告と提案を告げた。しかし盧占魁は、自分を討伐するなんてありえない、自分が安全なところまで連れて行くので心配するな、と言うのみであった。
六月十九日、ラマ廟を出発してパインタラに向かう日の午後、パインタラ方面から吹き来る風はますます強くなり、姿勢正しく馬上にいることに危険を感じるほどであった。日本人一同は、不吉な予感を感じていた。
宵闇の中、日出雄の一隊は進めども進めども、同じ場所に戻ってしまい、先頭部隊との間が離れてしまった。真澄別は白孤が気をつけているといって心配したが、日出雄は進まなければ仕方がないと答えた。
翌朝、盧占魁の伝令によって呼び起こされることになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考:2024/2/13出口王仁三郎全集第6巻を底本として校正。 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-02-13 17:29:42 OBC :rmnm32
愛善世界社版:285頁 八幡書店版:第14輯 652頁 修補版: 校定版:288頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 谷間(たにま)(とほ)()けて広大(くわうだい)草野(くさの)(めん)した山裾(やますそ)に、002一台(いちだい)轎車(けうしや)()()いて守高(もりたか)003萩原(はぎはら)004坂本(さかもと)005白凌閣(パイリンク)其他(そのた)日出雄(ひでを)近侍(きんじ)せる支那(しな)将校(しやうかう)以下(いか)一団(いちだん)部隊(ぶたい)が、006不安(ふあん)(いろ)(あら)はし(なが)後続(こうぞく)部隊(ぶたい)待合(まちあは)せて()る。007そして銃声(じゆうせい)(さか)んに(こだま)(ひび)(わた)るにも(かかは)らず、008轎車(けうしや)(なか)には(らい)(ごと)鼾声(かんせい)(きこ)えて()る。009折柄(をりから)猪野(ゐの)軍医長(ぐんいちやう)顔色(がんしよく)()へて()(きた)り、010倉皇(さうくわう)として下馬(げば)し、011轎車(けうしや)(のぞ)()み、
012猪野先生(せんせい)大変(たいへん)です』013(さけ)ぶ。
014日出雄『アヽホンに銃砲(てつぱう)(おと)(きこ)えるなア』
015とやをら()(おこ)したのは日出雄(ひでを)である。
016猪野(ゐの)先生(せんせい)どうやら開魯(かいろ)兵隊(へいたい)()(ぐん)迎撃(むかへうち)する(ため)()()たらしいです。017左側(ひだりがは)(やま)から射撃(しやげき)(はじ)めました。018真澄別(ますみわけ)さんに(はや)()げなけりや(あぶな)いですよと注意(ちうい)したのですけれど、019真澄別(ますみわけ)さんは(さき)()つても後方(あと)()つても弾丸(だんぐわん)()んでるんだ……なんて(さと)つたらしい(こと)()つて見物(けんぶつ)して()られますが、020あれや駄目(だめ)ですよ』
021日出雄(ひでを)『アヽさうか、022モウ(すぐ)()()くだらう』
023 と()(また)(さと)つたらしく()ころんで(しま)つた。024(この)(とき)真澄別(ますみわけ)井上(ゐのうへ)兼吉(けんきち)(したが)へ、025悠々(いういう)弾丸(だんぐわん)雨飛(うひ)(あひだ)(すす)みつつ、
026真澄別(ますみわけ)井上(ゐのうへ)さん027吾々(われわれ)狙撃(そげき)する連中(れんちう)一体(いつたい)(なん)だい』
028井上(ゐのうへ)此処(ここ)王府(わうふ)(へい)でせう。029弾丸(だんぐわん)(うへ)(はう)(とほ)(ところ)から(さつ)すると、030(はや)(この)管内(くわんない)立退(たちの)いて()れ、031迷惑(めいわく)(かか)ると(こま)るからと()合図(あひづ)かも()れませぬなア。032アハヽヽヽ』
033真澄別(ますみわけ)(しか)昨日(きのふ)喇嘛廟(ラマメウ)王府(わうふ)もがら(あき)だつたのが曲者(くせもの)だよ。034()馬賊(ばぞく)としての討伐令(たうばつれい)でも(まは)つて()てるのぢやなからうか』
035井上(ゐのうへ)『まさか……と(おも)ひますが……おゝあれ御覧(ごらん)なさい。036猪野(ゐの)(やつ)037衛生(ゑいせい)材料(ざいれう)()つたらかして()()しましたよアハヽヽヽ』
038 ()かる()りしも、039真澄別(ますみわけ)井上(ゐのうへ)との中間(ちうかん)へピチーンと銃弾(じゆうだん)落下(らくか)した。040井上(ゐのうへ)平気(へいき)(かほ)
041井上(ゐのうへ)『オヤこん畜生(ちくしやう)(ねら)()ちを(はじ)めよつたぞ』
042 と()(なが)ら、043真澄別(ますみわけ)(くつわ)(なら)べて見物(けんぶつ)気分(きぶん)日出雄(ひでを)轎車(けうしや)目当(めあて)辿(たど)()く。
044 ()占魁(せんくわい)前後(ぜんご)(うま)()ばし(なが)(こゑ)(はげ)まして、
045盧占魁応戦(おうせん)するな046応戦(おうせん)するな』
047 と(さけ)(まは)つて()る。048全隊(ぜんたい)青野(あをの)(はら)(すす)(ころ)には、049最早(もはや)銃声(じゆうせい)(きこ)えずなつてゐたが、050それでも()(めい)負傷者(ふしやうしや)出来(でき)たのである。051銃声(じゆうせい)他所(よそ)(ねむ)れる日出雄(ひでを)と、052弾丸(だんぐわん)雨飛(うひ)平気(へいき)(なが)めてゐた真澄別(ますみわけ)との大胆(だいたん)さは、053()以下(いか)(かく)将卒(しやうそつ)賞讃(しやうさん)(まと)となつた。054(これ)より周囲(しうゐ)警戒(けいかい)益々(ますます)厳重(げんぢう)にして(すす)むこととなつたが、055十五(じふご)(にち)又々(またまた)山間(さんかん)通路(つうろ)(おい)王府(わうふ)(へい)要撃(えうげき)開始(かいし)せむとするや、056()占魁(せんくわい)単身(たんしん)(うま)(むち)()両手(りやうて)にモーゼル(じゆう)()げて()(むか)ひ、057(りゆう)陞山(しようさん)部隊(ぶたい)(また)機関銃(きくわんじゆう)火蓋(ひぶた)()つたので、058王府(わうふ)(へい)銘旗(めいき)若干(じやくかん)馬具(ばぐ)(のこ)()()(つう)ぜるだけあつて、059逸早(いちはや)(いづ)れへか姿(すがた)(かく)して(しま)つた。060相変(あひかは)らず強行軍(きやうかうぐん)南方(なんぱう)もしくは東南方(とうなんぱう)(むか)つて(つづ)けられた。061(うま)(たふ)れて自然(しぜん)落伍(らくご)する(もの)もあれば、062(なか)には(また)野馬(やば)(とら)へて()(うつ)(もの)もあり、063(りゆう)部隊(ぶたい)には十数(じふすう)(とう)駱駝(らくだ)徴発(ちようはつ)して()(まは)して()(もの)さへあつた。
064 (ろく)(ぐわつ)十六(じふろく)(にち)陰暦(いんれき)()(ぐわつ)十五(じふご)(にち)青草(あをくさ)のまばらに()(しげ)つた高原(かうげん)三々(さんさん)五々(ごご)()(なら)んでゐる民家(みんか)附近(ふきん)(こし)()ろして朝食(てうしよく)(きつ)した。065前日来(ぜんじつらい)人馬(じんば)(とも)食料(しよくれう)欠乏(けつぼう)(ため)(やす)()とて(あた)へられず、066民家(みんか)(もと)めて此処(ここ)まで(いそ)いだのである。067民家(みんか)より炒米(チヨウミイ)(とり)徴発(ちようはつ)補充(ほじゆう)し、068一同(いちどう)元気(げんき)(やうや)回復(くわいふく)した。069炊事(すゐじ)道具(だうぐ)何時(いつ)洗面器(せんめんき)鉄鍋(てつなべ)利用(りよう)するのだが、070調味料(てうみれう)(しほ)のみで、071それも()つたり()かつたりと()状態(じやうたい)であつた。072此処(ここ)附近(ふきん)には(はた)らしい場所(ばしよ)があり、073其処(そこ)にたまたま(ねぎ)()()見付(みつ)かつた(とき)には、074皆々(みなみな)(さき)(あらそ)ひ、075ちぎつては(つち)()(こす)()(むさぼ)()ふた。076食事後(しよくじご)日出雄(ひでを)轎車(けうしや)(なか)(ねむ)り、077(その)()随員(ずゐいん)(これ)取巻(とりま)いて大地(だいち)(うへ)にゴロリと昼寝(ひるね)(ゆめ)(むさぼ)つてゐると、078(はる)後方(こうはう)(あた)(いち)()(さか)んに銃声(じゆうせい)(きこ)えた。079()占魁(せんくわい)(ただ)ちに二三(にさん)従卒(じゆうそつ)(とも)駆出(かけだ)し、080(いち)時間(じかん)(ばか)()つた(のち)081萎々(しほしほ)(かへ)()(なみだ)ながらに(かた)る。
082盧占魁『あの王府(わうふ)(へい)数十(すうじふ)(めい)執念深(しふねんぶか)くも、083沿道(えんだう)民家(みんか)(ひそ)()り、084最後方(さいこうはう)部隊(ぶたい)曼陀汗(マンダハン)狙撃(そげき)したので、085曼陀汗(マンダハン)部下(ぶか)前進(ぜんしん)せしめをき、086単身(ひとり)(これ)(むか)つて近寄(ちかよ)途端(とたん)(うま)銃弾(たま)(たふ)れる、087第二(だいに)弾丸(だんぐわん)曼陀汗(マンダハン)太腿(ふともも)()()かれ、088バツタリ(たふ)れたさうです。089それでも部下(ぶか)(むか)ひ……お(まへ)()(すす)(すす)心配(しんぱい)するな大丈夫(だいぢやうぶ)だ……と()つて()()に、090人家(じんか)より六七(ろくしち)(めい)王府(わうふ)(へい)曼陀汗(マンダハン)側近(そばちか)()()り、091銃先(じゆうさき)(そろ)へて()()み、092曼陀汗(マンダハン)はあへなき最後(さいご)()げました。093曼陀汗(マンダハン)副将(ふくしやう)振返(ふりかへ)つてみて(おどろ)き、094矢庭(やには)二三(にさん)(にん)撃殺(うちころ)した(さう)ですが、095これも胸部(きようぶ)射貫(いぬ)かれて(たふ)れる。096(その)(あひだ)王府兵(わうふへい)姿(すがた)(かく)して(しま)つたさうです。097(ちやう)彦三(けんさん)(わたし)(ひだり)(うで)098曼陀汗(マンダハン)(わたし)(みぎ)(うで)です。099今日(けふ)(わたし)(みぎ)(うで)()られました、100(さつ)(ねが)ひます』
101(なみだ)滂沱(ばうだ)として腮辺(しへん)(つた)ふ。102()()(もの)(みな)(もら)()きをし、
103()しき英雄(えいゆう)(ころ)したものだ』
104『それだから最初(さいしよ)にあの王府(わうふ)をやつつけて(しま)へば()かつたのに』
105 など口々(くちぐち)(つぶや)(なが)切歯(せつし)扼腕(やくわん)する。106(かか)(をり)しも(むね)貫通(くわんつう)銃創(じゆうさう)()けた曼陀汗(マンダハン)副将(ふくしやう)(はこ)ばれて()た。107猪野(ゐの)軍医(ぐんい)繃帯(はうたい)手当(てあて)をし、108真澄別(ますみわけ)鎮魂(ちんこん)(ほどこ)して(いた)みを()め、109食料(しよくれう)()んだ空車(くうしや)轎車(けうしや)()らしめ、110全体(ぜんたい)行進(かうしん)開始(かいし)された。111(この)(とき)()日出雄(ひでを)(むか)ひ、
112盧占魁大先生(だいせんせい)113(ここ)二三(にさん)(にち)(うち)戦争(せんそう)はありませぬか、114(かみ)(さま)(うかが)つて(くだ)さい』
115()ふ。116日出雄(ひでを)真澄別(ますみわけ)(めい)じて神勅(しんちよく)()はしめた。117神勅(しんちよく)は、
118二三(にさん)(にち)(ちゆう)戦争(せんそう)()い、119(ただ)当方(たうはう)から手出(てだ)しすれば(この)(かぎ)りに(あら)ず』
120との()であつた。121そして真澄別(ますみわけ)()(むか)ひ、
122真澄別最初(さいしよ)大分(だいぶ)方面(はうめん)(ちが)つた(やう)ですが、123何処(どこ)落付(おちつ)(つも)りですか』
124()ふ。
125()占魁(せんくわい)『どうも(ちやう)作霖(さくりん)(はう)(なに)誤解(ごかい)がある(やう)ですから、126先生(せんせい)(がた)青溝(チンカヲ)()安全(あんぜん)地帯(ちたい)()滞在(たいざい)(ねが)ひ、127(その)(あひだ)(わたくし)奉天(ほうてん)()つて万事(ばんじ)都合(つがふ)()解決(かいけつ)してまゐります』
128 と(こた)へ、129日出雄(ひでを)轎車(けうしや)にヒラリと飛乗(とびの)り、130(なが)(むち)(うご)かし(はじ)めた。
131 露営(ろえい)体躯(からだ)(やす)めて(かう)(つづ)けた十七(じふしち)(にち)132又復(またまた)銃声(じゆうせい)(さか)んに(きこ)えたが、133()れは(つぎ)王府(わうふ)(へい)(その)国境(こくきやう)まで見送(みおく)(きた)り、134双方(さうはう)礼砲(れいはう)交換(かうくわん)(ひびき)であつた。
135 (よく)十八(じふはち)(にち)陰暦(いんれき)()(ぐわつ)十七(じふしち)(にち)進軍中(しんぐんちう)136周囲(しうゐ)二三(にさん)()(ぐらゐ)(おぼ)しき大沼地(おほぬまち)出会(でつくわ)した。137(みづ)全面(ぜんめん)(みなぎ)らず、138所々(ところどころ)大池(おほいけ)小池(こいけ)形作(かたちづく)られてゐる。139(その)(あひだ)介在(かいざい)せる沼草(ぬまくさ)()(しげ)つた部分(ぶぶん)(えら)んで横断(わうだん)する(こと)となつたが、140微細(びさい)(はひ)(ごと)(すな)(やや)湿気(しつき)()びた(ところ)とて、141(うま)歩行(ほこう)困難(こんなん)一方(ひとかた)でない。142(をり)しも日出雄(ひでを)搭乗(たふじよう)せる轎車(けうしや)相変(あひかは)らず、143()占魁(せんくわい)(みづか)馭者(ぎよしや)となつて、144近路(ちかみち)(えら)んで(やく)(なかば)()ぎまで(たく)みに(すす)んで()たが、145如何(いかが)はしけむ、146(その)轎車(けうしや)はヅブヅブと(なか)土中(どちう)滅入(めい)()んで(しま)つた。147鞭打(むちう)てど(うま)(うご)かばこそ
148『サア(こと)だ』
149 と応援馬(おうえんば)派遣(はけん)しても足場(あしば)(わる)く、150車体(しやたい)引上(ひきあ)げることが出来(でき)ない。151(つひ)車体(しやたい)全部(ぜんぶ)解体(かいたい)して(やうや)安全(あんぜん)地帯(ちたい)(はこ)び、152(ふたた)組立(くみた)てらるる(まで)には()なり時間(じかん)(つひ)やしたのである。153日出雄(ひでを)154()占魁(せんくわい)()応援(おうえん)(むか)ひし白銀竜(はくぎんりう)(その)()(うま)(またが)り、155(やうや)くにして対岸(たいがん)丘上(きうじやう)()(あは)せてゐた(ちやう)彦三(けんさん)部隊(ぶたい)到達(たうたつ)する(こと)()た。156守高(もりたか)泥塗(どろまみ)れの(くつ)掃除(さうじ)(なが)ら、
157守高『これは今度(こんど)神業(しんげふ)暗示(あんじ)だ。158一変(いつぺん)解体(かいたい)して、159新規(しんき)蒔直(まきなほ)しに組立(くみた)てよといふ(こと)(ちが)ひない』
160 と(つぶや)く。
161真澄別(ますみわけ)『まあ、162そこらの見当(けんたう)だ』
163日出雄(ひでを)(とき)()さん、164只今(ただいま)神勅(しんちよく)があつて、165あなたが奉天(ほうてん)()くべく白音太拉(パインタラ)(むか)はれるのは、166(まき)(いだ)いて()飛込(とびこ)(やう)なものだとの(こと)でしたよ』
167 ()(ふか)()()めざる面色(おももち)で、
168()『ナニ、169大丈夫(だいぢやうぶ)です。170()安心(あんしん)(くだ)さいませ』
171(ちやう)彦三(けんさん)察哈爾(チヤハル)(まで)(まゐ)りますと、172(わたくし)部下(ぶか)二万(にまん)(ばか)準備(じゆんび)して()つて()りますから、173(はや)其処(そこ)まで()きたいのです。174けれど途中(とちう)一度(いちど)二度(にど)戦争(せんそう)必要(ひつえう)があるかも()れませぬので、175()司令(しれい)今少(いますこ)武器(ぶき)()()れたいと()つてますから、176奉天(ほうてん)()きたいと(まを)してゐるのです』
177真澄別(ますみわけ)神勅(しんちよく)をたよらぬ(やう)になれば、178モウ駄目(だめ)駄目(だめ)だ』
179 と小声(こごゑ)(ささや)いた。
180
181 (この)()露営所(ろえいしよ)一室(いつしつ)には日本人(につぽんじん)(がは)全部(ぜんぶ)集合(しふがふ)し、182雑談(ざつだん)(まじ)りに評議(ひやうぎ)()らされた。
183坂本(さかもと)『どなたか(かみ)をお()ちぢやありませぬか。184支那人(しなじん)蒙古人(もうこじん)は、185其処(そこ)()(ころ)がつてゐる小石(こいし)()枯枝(かれえだ)なんかで、186便用(べんよう)()しますから(かま)ひませぬが、187(わたし)()はまだ、188そこ(まで)勉強(べんきやう)出来(でき)てゐませぬからなア』
189真澄別(ますみわけ)『そんな(こと)もあらうと(おも)つて、190()てる(だけ)ポケツトへ()()んでおいたが四五(しご)日前(にちまへ)だつた。191あの……ソレ沢山(たくさん)牛乳(ぎうにう)にありついた(とき)192(のど)(かわ)いてるに(まか)せてガブガブやつた(ところ)()もなく、193大先生(だいせんせい)萩原(はぎはら)さんと(そろ)ひも(そろ)うて、194牛乳(ぎうにう)(その)(まま)のパサパーナをシヤアとやつた(とき)195大分(だいぶ)()らして(しま)つたが、196まだ二三(にさん)日間(にちかん)大丈夫(だいぢやうぶ)197アハヽヽヽ』
198 と(わら)(なが)二三(にさん)(まい)塵紙(ちりがみ)(わた)す。
199猪野(ゐの)先生(せんせい)そんな呑気(のんき)(はなし)(どころ)ですかい。200(わたくし)従卒(じゆうそつ)にしてゐる蒙古人(もうこじん)村民(そんみん)(うはさ)調(しら)べさして()ましたが大変(たいへん)ですよ。201白音太拉(パインタラ)では()討伐(たうばつ)すると()つて、202数千(すうせん)軍隊(ぐんたい)出動(しゆつどう)準備(じゆんび)をしてゐるさうですよ、203(すき)(うかが)つて()げようぢやありませぬか。204こんな(ところ)生命(いのち)()てるのは馬鹿(ばか)々々(ばか)しいですからなア』
205日出雄(ひでを)()げるつて何処(どこ)()くのだ』
206猪野(ゐの)(わたし)此処(ここ)から白音太拉(パインタラ)方面(はうめん)地理(ちり)()(ぞん)じてゐます。207白音太拉(パインタラ)出動(しゆつどう)準備(じゆんび)(あぶな)いかも()れませぬから、208銭家店(せんかてん)までは責任(せきにん)(もつ)()案内(あんない)(いた)します』
209井上(ゐのうへ)『さうだ。210猪野(ゐの)(くん)其処(そこ)まで責任(せきにん)()つて()れれば、211哈爾賓(ハルピン)から東支(とうし)鉄道(てつだう)利用(りよう)して興安嶺(こうあんれい)()()順路(じゆんろ)(ぼく)責任(せきにん)()つ』
212猪野(ゐの)先生(せんせい)213さうして(いただ)いて興安嶺(こうあんれい)()つて修業(しうげふ)さして(いただ)くのでしたら、214(わたし)永久(えいきう)にお(とも)(いた)します。215実際(じつさい)(こと)216(わたくし)(くに)には両親(りやうしん)(つま)もありますから、217生命(いのち)()しいです』
218真澄別(ますみわけ)『それは非常(ひじやう)結構(けつこう)計画(けいくわく)だが、219うつかりすると味方(みかた)(てき)出来(でき)るよ』
220日出雄(ひでを)『さうだ、221()(かく)()占魁(せんくわい)相談(さうだん)して同意(どうい)()その(うへ)にするがよからう』
222 猪野(ゐの)(ただ)ちに()占魁(せんくわい)(むか)(きた)り、223白音太拉(パインタラ)(ぐん)出動(しゆつどう)準備(じゆんび)(こと)や、224自分(じぶん)提案(ていあん)逐一(ちくいち)(はな)した。225()は、226猪野(ゐの)()227余計(よけい)なことを()ふ』といふ顔付(かほつき)にて、
228()吾々(われわれ)討伐(たうばつ)なんて、229そんな(こと)があるものですか。230そして哈爾賓(ハルピン)(ゆき)なんて、231(かへ)つて危険(きけん)です。232それよりも(わたくし)がお(とも)(いた)しますから営口(えいこう)悦来棧(えつらいさん)()()(ねが)ひ、233(わたくし)(ちやう)作霖(さくりん)(はなし)(まと)めて()(うかが)ひます。234そして上海(シヤンハイ)(わたし)親友(しんいう)()りますから、235其処(そこ)(わたし)陣容(ぢんよう)立直(たてなほ)し、236根拠地(こんきよち)(さだ)めてお(むか)へに(まゐ)ります(まで)237()滞在(たいざい)(ねが)ひます。238(いづ)上海(シヤンハイ)へも先生(せんせい)(ため)(だい)喇嘛廟(ラマメウ)()てて差上(さしあ)げますから、239(けつ)して()心配(しんぱい)なさいますな』
240 とて臨時(りんじ)司令部(しれいぶ)(さだ)められた喇嘛廟(ラマメウ)一坊(いちばう)(かへ)()く。
241 (ろく)(ぐわつ)十九(じふく)(にち)陰暦(いんれき)()(ぐわつ)十八(じふはち)(にち)喇嘛廟(ラマメウ)(いとま)()げて白音太拉(パインタラ)(むか)つた()午後(ごご)は、242茫々(ばうばう)として見渡(みわた)(かぎ)(やま)(かげ)()えない(おほ)草野原(くさのはら)(すす)むのであつた。243(すす)むにつれて白音太拉(パインタラ)方面(はうめん)より吹来(ふききた)(かぜ)益々(ますます)(つよ)くなり、244帽子(ばうし)()ばす(もの)245(ひも)()つて(かさ)空中(くうちう)()(あが)(もの)246姿勢(しせい)(ただ)しく馬上(ばじやう)()(こと)危険(きけん)(かん)ずる(ほど)である。
247 (くさ)より()でたる太陽(たいやう)のまた(くさ)(はい)(ころ)248(かぜ)愈々(いよいよ)(その)(ちから)()へて()た。249真澄別(ますみわけ)猪野(ゐの)(かへり)みて
250真澄別意味(いみ)深長(しんちやう)(かぜ)()くね』
251()へば猪野(ゐの)は、
252猪野(わたし)もさう(かん)じます。253白音太拉(パインタラ)()くなと()(かみ)(さま)()警告(けいこく)でせう』
254 と(こた)(なが)(とも)日出雄(ひでを)轎車(けうしや)()ふて疾駆(しつく)する。255()(ども)()(ども)草野(くさの)()きず、256宵闇(よひやみ)(ころ)257草原中(さうげんちう)(なら)五六(ごろく)()民団(みんだん)()いて、258真澄別(ますみわけ)日出雄(ひでを)(むか)(こゑ)をかけた。
259真澄別(ますみわけ)先生(せんせい)260萩原(はぎはら)さんは(うま)(いた)んだので、261大分(だいぶ)(おく)れてる(やう)ですから262(しばら)()つてやらうぢやありませぬか』
263日出雄(ひでを)『さうか、264そりや()つてやらねば()かぬ』
265(をん)長興(ちやうこう)(しか)()司令(しれい)今日(けふ)(うま)でモウ大分(だいぶ)(さき)()きました。266(はや)(すす)まねば(みち)(わか)らなくなりますよ』
267坂本(さかもと)『コラ(をん)268余計(よけい)(こと)()ふな、269先生(せんせい)()てと仰有(おつしや)つたら(だま)つて()たぬか』
270 十八(じふはち)(にち)(つき)(くも)(おほ)はれて(うす)(ひかり)草野(くさの)()らすのみである。271萩原(はぎはら)到着(たうちやく)(とも)日出雄(ひでを)轎車(けうしや)(うご)(はじ)めた。
272(ほか)部隊(ぶたい)(すす)んだのは、273(たし)(この)見当(けんたう)
274 と数十(すうじつ)分間(ぷんかん)(すす)んだと(おも)(ころ)275民家(みんか)(わき)()()た。
276坂本(なん)だ、277(きつね)(つま)まれたのぢやないか、278(また)後帰(あとがへ)りだ』
279 と坂本(さかもと)(さけ)んだのも道理(だうり)280(この)一隊(いつたい)草野(くさの)一部(いちぶ)(まは)つて(また)(もと)民家(みんか)立帰(たちかへ)つたのである。281護衛(ごゑい)兵士(へいし)呆気(あつけ)()られて、282()部隊(ぶたい)連絡(れんらく)(はか)(ため)283(そら)(むか)つて発砲(はつぱう)すれば前方(ぜんぱう)より合図(あひづ)銃声(じゆうせい)(きこ)える。284銃声(じゆうせい)便(たよ)りに進行(しんかう)(はじ)めると何時(いつ)しか(また)(もと)民家(みんか)(かたはら)(かへ)つて()る。285草野(くさの)小路(こみち)幾筋(いくすぢ)もあるのにも(かかは)らず前進(ぜんしん)することが出来(でき)ぬ。286そして(かぜ)(すで)(その)(いきほひ)(げん)じてゐる。
287真澄(ますみ)先生(せんせい)288白狐(びやくこ)()れだけ()()けるのですから、289モウ危険(きけん)地帯(ちたい)(すす)むのは()めやうぢやありませぬか』
290日出雄(ひでを)中止()めたつて仕方(しかた)がないぢやないか』
291真澄別(ますみわけ)『ハハア、292大神(おほかみ)さまの()都合(つがふ)(また)(べつ)ですなア、293それぢや()(かく)此処(ここ)(いち)()停電(ていでん)しませう』
294 (つゆ)()(なが)日出雄(ひでを)轎車(けうしや)中心(ちうしん)(おも)(おも)ひの夢路(ゆめぢ)辿(たど)つた。295(この)一隊(いつたい)草野(くさの)のホノボノと()(わた)(ころ)6月20日296()占魁(せんくわい)よりの伝令(でんれい)()(おこ)されたのである。
297大正一四、八、筆録)
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