霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三二章 弾丸(だんぐわん)雨飛(うひ)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 特別篇 山河草木 入蒙記 篇:第5篇 雨後月明 よみ(新仮名遣い):うごげつめい
章:第32章 弾丸雨飛 よみ(新仮名遣い):だんがんうひ 通し章番号:
口述日:1925(大正14)年08月 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1935(昭和10)年4月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
谷間を通り抜けて広大な草野に面した山すそで、開魯の軍隊から威嚇射撃を受けた。その間、真澄別はゆうゆうとその様を見物しており、日出雄は車の中で悠然と寝転んでいた。
盧占魁は応戦するなと言ってその場を駆け抜けた。十五日にはまた山間の通路で王府の兵が攻撃を仕掛けてきた。今度は盧占魁の部隊は応戦の構えを見せて追い払った。
続く六月十六日には、民家の付近で休息を取っている間に後方を王府の兵に襲われ、盧占魁の右腕である曼陀汗が戦死したため、盧占魁はいたく力を落とした。
真澄別は再び盧占魁に行く先を糾したが、盧は「先生方は安全地帯に滞在していただき、その間に自分は奉天に帰って、張作霖の誤解を解いてくる」という返事であった。
十八日に沼地にでくわし、盧占魁自らが御者となっていた日出雄の車はたちまち土中に半分ほどもめり込んでしまった。引き上げようもなく、仕方なく解体してようやく全部を復元すまでには、かなりの時間を費やしてしまった。
日出雄は神勅に、パインタラに行くのは薪を抱いて火に飛びこむようなものだ、と出たので、盧占魁に伝えた。盧占魁はただ、大丈夫です、と言ったのみであった。真澄別は神勅に敬意のない盧占魁の態度に不安を覚えた。
その夜、露営所に日本人が集まって評議がこらされた。猪野軍医は従卒の蒙古人に村民の噂を調べさせたところ、パインタラには盧占魁討伐の軍が数千も出動準備をしているということだったという。猪野は銭家店まで案内するから、道筋を変えたらどうか、と提案した。
一同は盧占魁を呼んできて、猪野軍医の報告と提案を告げた。しかし盧占魁は、自分を討伐するなんてありえない、自分が安全なところまで連れて行くので心配するな、と言うのみであった。
六月十九日、ラマ廟を出発してパインタラに向かう日の午後、パインタラ方面から吹き来る風はますます強くなり、姿勢正しく馬上にいることに危険を感じるほどであった。日本人一同は、不吉な予感を感じていた。
宵闇の中、日出雄の一隊は進めども進めども、同じ場所に戻ってしまい、先頭部隊との間が離れてしまった。真澄別は白孤が気をつけているといって心配したが、日出雄は進まなければ仕方がないと答えた。
翌朝、盧占魁の伝令によって呼び起こされることになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考:2024/2/13出口王仁三郎全集第6巻を底本として校正。 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-02-13 17:29:42 文字数:4934 OBC :rmnm32
愛善世界社版:285頁 八幡書店版:第14輯 652頁 修補版: 校定版:288頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 谷間(たにま)を通(とほ)り抜(ぬ)けて広大(くわうだい)な草野(くさの)に面(めん)した山裾(やますそ)に、002一台(いちだい)の轎車(けうしや)を取(と)り巻(ま)いて守高(もりたか)、003萩原(はぎはら)、004坂本(さかもと)、005白凌閣(パイリンク)其他(そのた)日出雄(ひでを)に近侍(きんじ)せる支那(しな)将校(しやうかう)以下(いか)一団(いちだん)の部隊(ぶたい)が、006不安(ふあん)の色(いろ)を現(あら)はし乍(なが)ら後続(こうぞく)部隊(ぶたい)を待合(まちあは)せて居(ゐ)る。007そして銃声(じゆうせい)が盛(さか)んに谺(こだま)に響(ひび)き亘(わた)るにも係(かかは)らず、008轎車(けうしや)の中(なか)には雷(らい)の如(ごと)き鼾声(かんせい)が聞(きこ)えて居(ゐ)る。009折柄(をりから)猪野(ゐの)軍医長(ぐんいちやう)は顔色(がんしよく)を変(か)へて飛(と)び来(きた)り、010倉皇(さうくわう)として下馬(げば)し、011轎車(けうしや)を覗(のぞ)き込(こ)み、
012猪野『先生(せんせい)大変(たいへん)です』013と叫(さけ)ぶ。
014日出雄『アヽホンに銃砲(てつぱう)の音(おと)が聞(きこ)えるなア』
015とやをら身(み)を起(おこ)したのは日出雄(ひでを)である。
016猪野(ゐの)『先生(せんせい)どうやら開魯(かいろ)の兵隊(へいたい)が盧(ろ)の軍(ぐん)を迎撃(むかへうち)する為(ため)に来(き)て居(ゐ)たらしいです。017左側(ひだりがは)の山(やま)から射撃(しやげき)し始(はじ)めました。018真澄別(ますみわけ)さんに早(はや)く逃(に)げなけりや危(あぶな)いですよと注意(ちうい)したのですけれど、019真澄別(ますみわけ)さんは先(さき)に行(い)つても後方(あと)に居(を)つても弾丸(だんぐわん)は飛(と)んでるんだ……なんて悟(さと)つたらしい事(こと)を云(い)つて見物(けんぶつ)して居(を)られますが、020あれや駄目(だめ)ですよ』
021日出雄(ひでを)『アヽさうか、022モウ直(すぐ)に追(お)ひ付(つ)くだらう』
023 と之(こ)れ亦(また)悟(さと)つたらしく寝(ね)ころんで了(しま)つた。024此(この)時(とき)真澄別(ますみわけ)は井上(ゐのうへ)兼吉(けんきち)を従(したが)へ、025悠々(いういう)と弾丸(だんぐわん)雨飛(うひ)の間(あひだ)を進(すす)みつつ、
026真澄別(ますみわけ)『井上(ゐのうへ)さん027吾々(われわれ)を狙撃(そげき)する連中(れんちう)は一体(いつたい)何(なん)だい』
028井上(ゐのうへ)『此処(ここ)の王府(わうふ)の兵(へい)でせう。029弾丸(だんぐわん)が上(うへ)の方(はう)を通(とほ)る所(ところ)から察(さつ)すると、030早(はや)く此(この)管内(くわんない)を立退(たちの)いて呉(く)れ、031迷惑(めいわく)が掛(かか)ると困(こま)るからと云(い)ふ合図(あひづ)かも知(し)れませぬなア。032アハヽヽヽ』
033真澄別(ますみわけ)『併(しか)し昨日(きのふ)喇嘛廟(ラマメウ)も王府(わうふ)もがら空(あき)だつたのが曲者(くせもの)だよ。034盧(ろ)を馬賊(ばぞく)としての討伐令(たうばつれい)でも廻(まは)つて来(き)てるのぢやなからうか』
035井上(ゐのうへ)『まさか……と思(おも)ひますが……おゝあれ御覧(ごらん)なさい。036猪野(ゐの)の奴(やつ)、037衛生(ゑいせい)材料(ざいれう)を放(ほ)つたらかして逃(に)げ出(だ)しましたよアハヽヽヽ』
038 斯(か)かる折(を)りしも、039真澄別(ますみわけ)と井上(ゐのうへ)との中間(ちうかん)へピチーンと銃弾(じゆうだん)が落下(らくか)した。040井上(ゐのうへ)は平気(へいき)な顔(かほ)で
041井上(ゐのうへ)『オヤこん畜生(ちくしやう)狙(ねら)ひ撃(う)ちを始(はじ)めよつたぞ』
042 と言(い)ひ乍(なが)ら、043真澄別(ますみわけ)と轡(くつわ)を並(なら)べて見物(けんぶつ)気分(きぶん)で日出雄(ひでを)の轎車(けうしや)を目当(めあて)に辿(たど)り行(ゆ)く。
044 盧(ろ)占魁(せんくわい)は前後(ぜんご)に馬(うま)を飛(と)ばし乍(なが)ら声(こゑ)を励(はげ)まして、
045盧占魁『応戦(おうせん)するな046応戦(おうせん)するな』
047 と叫(さけ)び廻(まは)つて居(ゐ)る。048全隊(ぜんたい)が青野(あをの)ケ原(はら)を進(すす)む頃(ころ)には、049最早(もはや)銃声(じゆうせい)も聞(きこ)えずなつてゐたが、050それでも二(に)名(めい)の負傷者(ふしやうしや)は出来(でき)たのである。051銃声(じゆうせい)を他所(よそ)に眠(ねむ)れる日出雄(ひでを)と、052弾丸(だんぐわん)雨飛(うひ)を平気(へいき)で眺(なが)めてゐた真澄別(ますみわけ)との大胆(だいたん)さは、053盧(ろ)以下(いか)各(かく)将卒(しやうそつ)の賞讃(しやうさん)の的(まと)となつた。054是(これ)より周囲(しうゐ)の警戒(けいかい)を益々(ますます)厳重(げんぢう)にして進(すす)むこととなつたが、055十五(じふご)日(にち)又々(またまた)山間(さんかん)の通路(つうろ)に於(おい)て王府(わうふ)の兵(へい)が要撃(えうげき)を開始(かいし)せむとするや、056盧(ろ)占魁(せんくわい)は単身(たんしん)馬(うま)に鞭(むち)打(う)ち両手(りやうて)にモーゼル銃(じゆう)を提(さ)げて走(は)せ向(むか)ひ、057劉(りゆう)陞山(しようさん)の部隊(ぶたい)又(また)機関銃(きくわんじゆう)の火蓋(ひぶた)を切(き)つたので、058王府(わうふ)の兵(へい)は銘旗(めいき)と若干(じやくかん)の馬具(ばぐ)を遺(のこ)し地(ち)の理(り)に通(つう)ぜるだけあつて、059逸早(いちはや)く何(いづ)れへか姿(すがた)を隠(かく)して了(しま)つた。060相変(あひかは)らず強行軍(きやうかうぐん)は南方(なんぱう)もしくは東南方(とうなんぱう)に向(むか)つて続(つづ)けられた。061馬(うま)が斃(たふ)れて自然(しぜん)に落伍(らくご)する者(もの)もあれば、062中(なか)には又(また)野馬(やば)を捉(とら)へて乗(の)り移(うつ)る者(もの)もあり、063劉(りゆう)の部隊(ぶたい)には十数(じふすう)頭(とう)の駱駝(らくだ)を徴発(ちようはつ)して乗(の)り廻(まは)して居(ゐ)る者(もの)さへあつた。
064 六(ろく)月(ぐわつ)十六(じふろく)日(にち)(陰暦(いんれき)五(ご)月(ぐわつ)十五(じふご)日(にち))青草(あをくさ)のまばらに生(は)え茂(しげ)つた高原(かうげん)に三々(さんさん)五々(ごご)建(た)ち並(なら)んでゐる民家(みんか)の附近(ふきん)に腰(こし)を下(お)ろして朝食(てうしよく)を喫(きつ)した。065前日来(ぜんじつらい)人馬(じんば)共(とも)に食料(しよくれう)欠乏(けつぼう)の為(ため)休(やす)む間(ま)とて与(あた)へられず、066民家(みんか)を求(もと)めて此処(ここ)まで急(いそ)いだのである。067民家(みんか)より炒米(チヨウミイ)と鶏(とり)を徴発(ちようはつ)補充(ほじゆう)し、068一同(いちどう)元気(げんき)漸(やうや)く回復(くわいふく)した。069炊事(すゐじ)道具(だうぐ)は何時(いつ)も洗面器(せんめんき)と鉄鍋(てつなべ)を利用(りよう)するのだが、070調味料(てうみれう)は塩(しほ)のみで、071それも有(あ)つたり無(な)かつたりと云(い)ふ状態(じやうたい)であつた。072此処(ここ)の附近(ふきん)には畑(はた)らしい場所(ばしよ)があり、073其処(そこ)にたまたま葱(ねぎ)や菜(な)つ葉(ぱ)が見付(みつ)かつた時(とき)には、074皆々(みなみな)先(さき)を争(あらそ)ひ、075ちぎつては土(つち)を手(て)で擦(こす)り取(と)り貪(むさぼ)り喰(く)ふた。076食事後(しよくじご)日出雄(ひでを)は轎車(けうしや)の中(なか)に眠(ねむ)り、077其(その)他(た)の随員(ずゐいん)は之(これ)を取巻(とりま)いて大地(だいち)の上(うへ)にゴロリと昼寝(ひるね)の夢(ゆめ)を貪(むさぼ)つてゐると、078遥(はる)か後方(こうはう)に当(あた)り一(いち)時(じ)盛(さか)んに銃声(じゆうせい)が聞(きこ)えた。079盧(ろ)占魁(せんくわい)は直(ただ)ちに二三(にさん)の従卒(じゆうそつ)と共(とも)に駆出(かけだ)し、080一(いち)時間(じかん)許(ばか)り経(た)つた後(のち)、081萎々(しほしほ)と帰(かへ)り来(き)て涙(なみだ)ながらに語(かた)る。
082盧占魁『あの王府(わうふ)の兵(へい)が数十(すうじふ)名(めい)執念深(しふねんぶか)くも、083沿道(えんだう)の民家(みんか)に潜(ひそ)み居(を)り、084最後方(さいこうはう)部隊(ぶたい)の曼陀汗(マンダハン)を狙撃(そげき)したので、085曼陀汗(マンダハン)は部下(ぶか)を前進(ぜんしん)せしめをき、086単身(ひとり)で之(これ)に向(むか)つて近寄(ちかよ)る途端(とたん)に馬(うま)が銃弾(たま)に斃(たふ)れる、087第二(だいに)の弾丸(だんぐわん)で曼陀汗(マンダハン)は太腿(ふともも)を撃(う)ち抜(ぬ)かれ、088バツタリ倒(たふ)れたさうです。089それでも部下(ぶか)に向(むか)ひ……お前(まへ)等(ら)は進(すす)め進(すす)め心配(しんぱい)するな大丈夫(だいぢやうぶ)だ……と云(い)つて居(ゐ)る間(ま)に、090人家(じんか)より六七(ろくしち)名(めい)の王府(わうふ)の兵(へい)が曼陀汗(マンダハン)の側近(そばちか)く走(は)せ寄(よ)り、091銃先(じゆうさき)を揃(そろ)へて撃(う)ち込(こ)み、092曼陀汗(マンダハン)はあへなき最後(さいご)を遂(と)げました。093曼陀汗(マンダハン)の副将(ふくしやう)は振返(ふりかへ)つてみて驚(おどろ)き、094矢庭(やには)に二三(にさん)人(にん)を撃殺(うちころ)した相(さう)ですが、095これも胸部(きようぶ)を射貫(いぬ)かれて倒(たふ)れる。096其(その)間(あひだ)に王府兵(わうふへい)は姿(すがた)を隠(かく)して了(しま)つたさうです。097張(ちやう)彦三(けんさん)は私(わたし)の左(ひだり)の腕(うで)、098曼陀汗(マンダハン)は私(わたし)の右(みぎ)の腕(うで)です。099今日(けふ)の私(わたし)は右(みぎ)の腕(うで)を取(と)られました、100お察(さつ)し願(ねが)ひます』
101と涙(なみだ)滂沱(ばうだ)として腮辺(しへん)を伝(つた)ふ。102聴(き)き居(ゐ)る者(もの)皆(みな)貰(もら)ひ泣(な)きをし、
103『惜(を)しき英雄(えいゆう)を殺(ころ)したものだ』
104『それだから最初(さいしよ)にあの王府(わうふ)をやつつけて了(しま)へば良(よ)かつたのに』
105 など口々(くちぐち)に呟(つぶや)き乍(なが)ら切歯(せつし)扼腕(やくわん)する。106斯(かか)る折(をり)しも胸(むね)に貫通(くわんつう)銃創(じゆうさう)を受(う)けた曼陀汗(マンダハン)の副将(ふくしやう)は運(はこ)ばれて来(き)た。107猪野(ゐの)軍医(ぐんい)は繃帯(はうたい)手当(てあて)をし、108真澄別(ますみわけ)は鎮魂(ちんこん)を施(ほどこ)して痛(いた)みを止(と)め、109食料(しよくれう)を積(つ)んだ空車(くうしや)の轎車(けうしや)に乗(の)らしめ、110全体(ぜんたい)の行進(かうしん)が開始(かいし)された。111此(この)時(とき)盧(ろ)は日出雄(ひでを)に向(むか)ひ、
112盧占魁『大先生(だいせんせい)、113茲(ここ)二三(にさん)日(にち)の中(うち)に戦争(せんそう)はありませぬか、114神(かみ)様(さま)に伺(うかが)つて下(くだ)さい』
115と云(い)ふ。116日出雄(ひでを)は真澄別(ますみわけ)に命(めい)じて神勅(しんちよく)を請(こ)はしめた。117神勅(しんちよく)は、
118『二三(にさん)日(にち)中(ちゆう)に戦争(せんそう)は無(な)い、119但(ただ)し当方(たうはう)から手出(てだ)しすれば此(この)限(かぎ)りに非(あら)ず』
120との意(い)であつた。121そして真澄別(ますみわけ)は盧(ろ)に向(むか)ひ、
122真澄別『最初(さいしよ)と大分(だいぶ)方面(はうめん)が違(ちが)つた様(やう)ですが、123何処(どこ)へ落付(おちつ)く積(つも)りですか』
124と問(と)ふ。
125盧(ろ)占魁(せんくわい)『どうも張(ちやう)作霖(さくりん)の方(はう)に何(なに)か誤解(ごかい)がある様(やう)ですから、126先生(せんせい)方(がた)は青溝(チンカヲ)と云(い)ふ安全(あんぜん)地帯(ちたい)へ御(ご)滞在(たいざい)を願(ねが)ひ、127其(その)間(あひだ)に私(わたくし)は奉天(ほうてん)へ行(い)つて万事(ばんじ)都合(つがふ)好(よ)く解決(かいけつ)してまゐります』
128 と答(こた)へ、129日出雄(ひでを)の轎車(けうしや)にヒラリと飛乗(とびの)り、130長(なが)い鞭(むち)を動(うご)かし始(はじ)めた。
131 露営(ろえい)に体躯(からだ)を休(やす)めて行(かう)を続(つづ)けた十七(じふしち)日(にち)、132又復(またまた)銃声(じゆうせい)が盛(さか)んに聞(きこ)えたが、133之(こ)れは次(つぎ)の王府(わうふ)の兵(へい)が其(その)国境(こくきやう)まで見送(みおく)り来(きた)り、134双方(さうはう)礼砲(れいはう)交換(かうくわん)の響(ひびき)であつた。
135 翌(よく)十八(じふはち)日(にち)(陰暦(いんれき)五(ご)月(ぐわつ)十七(じふしち)日(にち))進軍中(しんぐんちう)、136周囲(しうゐ)二三(にさん)里(り)位(ぐらゐ)と思(おぼ)しき大沼地(おほぬまち)に出会(でつくわ)した。137水(みづ)は全面(ぜんめん)に漲(みなぎ)らず、138所々(ところどころ)に大池(おほいけ)小池(こいけ)が形作(かたちづく)られてゐる。139其(その)間(あひだ)に介在(かいざい)せる沼草(ぬまくさ)の生(は)え茂(しげ)つた部分(ぶぶん)を選(えら)んで横断(わうだん)する事(こと)となつたが、140微細(びさい)な灰(はひ)の如(ごと)き砂(すな)の稍(やや)湿気(しつき)を帯(お)びた所(ところ)とて、141馬(うま)の歩行(ほこう)困難(こんなん)一方(ひとかた)でない。142折(をり)しも日出雄(ひでを)の搭乗(たふじよう)せる轎車(けうしや)は相変(あひかは)らず、143盧(ろ)占魁(せんくわい)が自(みづか)ら馭者(ぎよしや)となつて、144近路(ちかみち)を選(えら)んで約(やく)央(なかば)過(す)ぎまで巧(たく)みに進(すす)んで来(き)たが、145如何(いかが)はしけむ、146其(その)轎車(けうしや)はヅブヅブと半(なか)ば土中(どちう)に滅入(めい)り込(こ)んで了(しま)つた。147鞭打(むちう)てど馬(うま)の動(うご)かばこそ
148『サア事(こと)だ』
149 と応援馬(おうえんば)を派遣(はけん)しても足場(あしば)悪(わる)く、150車体(しやたい)を引上(ひきあ)げることが出来(でき)ない。151遂(つひ)に車体(しやたい)の全部(ぜんぶ)解体(かいたい)して漸(やうや)く安全(あんぜん)地帯(ちたい)に運(はこ)び、152再(ふたた)び組立(くみた)てらるる迄(まで)には可(か)なり時間(じかん)を費(つひ)やしたのである。153日出雄(ひでを)、154盧(ろ)占魁(せんくわい)等(ら)は応援(おうえん)に向(むか)ひし白銀竜(はくぎんりう)其(その)他(た)の馬(うま)に跨(またが)り、155漸(やうや)くにして対岸(たいがん)の丘上(きうじやう)に待(ま)ち合(あは)せてゐた張(ちやう)彦三(けんさん)の部隊(ぶたい)に到達(たうたつ)する事(こと)を得(え)た。156守高(もりたか)は泥塗(どろまみ)れの靴(くつ)を掃除(さうじ)し乍(なが)ら、
157守高『これは今度(こんど)の神業(しんげふ)の暗示(あんじ)だ。158一変(いつぺん)解体(かいたい)して、159新規(しんき)蒔直(まきなほ)しに組立(くみた)てよといふ事(こと)に違(ちが)ひない』
160 と呟(つぶや)く。
161真澄別(ますみわけ)『まあ、162そこらの見当(けんたう)だ』
163日出雄(ひでを)『時(とき)に盧(ろ)さん、164只今(ただいま)神勅(しんちよく)があつて、165あなたが奉天(ほうてん)へ行(ゆ)くべく白音太拉(パインタラ)に向(むか)はれるのは、166薪(まき)を抱(いだ)いて火(ひ)に飛込(とびこ)む様(やう)なものだとの事(こと)でしたよ』
167 盧(ろ)は深(ふか)く意(い)に留(と)めざる面色(おももち)で、
168盧(ろ)『ナニ、169大丈夫(だいぢやうぶ)です。170御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
171張(ちやう)彦三(けんさん)『察哈爾(チヤハル)迄(まで)参(まゐ)りますと、172私(わたくし)の部下(ぶか)が二万(にまん)許(ばか)り準備(じゆんび)して待(ま)つて居(を)りますから、173早(はや)く其処(そこ)まで行(ゆ)きたいのです。174けれど途中(とちう)一度(いちど)や二度(にど)戦争(せんそう)の必要(ひつえう)があるかも知(し)れませぬので、175盧(ろ)司令(しれい)は今少(いますこ)し武器(ぶき)を手(て)に入(い)れたいと云(い)つてますから、176奉天(ほうてん)へ行(ゆ)きたいと申(まを)してゐるのです』
177真澄別(ますみわけ)『神勅(しんちよく)をたよらぬ様(やう)になれば、178モウ駄目(だめ)だ駄目(だめ)だ』
179 と小声(こごゑ)に囁(ささや)いた。
180○
181 此(この)夜(よ)露営所(ろえいしよ)の一室(いつしつ)には日本人(につぽんじん)側(がは)全部(ぜんぶ)集合(しふがふ)し、182雑談(ざつだん)交(まじ)りに評議(ひやうぎ)が凝(こ)らされた。
183坂本(さかもと)『どなたか紙(かみ)をお持(も)ちぢやありませぬか。184支那人(しなじん)や蒙古人(もうこじん)は、185其処(そこ)等(ら)に転(ころ)がつてゐる小石(こいし)や木(き)の枯枝(かれえだ)なんかで、186便用(べんよう)を達(た)しますから構(かま)ひませぬが、187私(わたし)等(ら)はまだ、188そこ迄(まで)勉強(べんきやう)が出来(でき)てゐませぬからなア』
189真澄別(ますみわけ)『そんな事(こと)もあらうと思(おも)つて、190持(も)てる丈(だけ)ポケツトへ捻(ね)ぢ込(こ)んでおいたが四五(しご)日前(にちまへ)だつた。191あの……ソレ沢山(たくさん)の牛乳(ぎうにう)にありついた時(とき)、192喉(のど)の渇(かわ)いてるに任(まか)せてガブガブやつた所(ところ)が間(ま)もなく、193大先生(だいせんせい)と萩原(はぎはら)さんと揃(そろ)ひも揃(そろ)うて、194牛乳(ぎうにう)其(その)儘(まま)のパサパーナをシヤアとやつた時(とき)、195大分(だいぶ)減(へ)らして了(しま)つたが、196まだ二三(にさん)日間(にちかん)は大丈夫(だいぢやうぶ)だ197アハヽヽヽ』
198 と笑(わら)ひ乍(なが)ら二三(にさん)枚(まい)の塵紙(ちりがみ)を渡(わた)す。
199猪野(ゐの)『先生(せんせい)そんな呑気(のんき)な話(はなし)所(どころ)ですかい。200私(わたくし)の従卒(じゆうそつ)にしてゐる蒙古人(もうこじん)に村民(そんみん)の噂(うはさ)を調(しら)べさして見(み)ましたが大変(たいへん)ですよ。201白音太拉(パインタラ)では盧(ろ)を討伐(たうばつ)すると云(い)つて、202数千(すうせん)の軍隊(ぐんたい)が出動(しゆつどう)準備(じゆんび)をしてゐるさうですよ、203隙(すき)を伺(うかが)つて遁(に)げようぢやありませぬか。204こんな所(ところ)で生命(いのち)を捨(す)てるのは馬鹿(ばか)々々(ばか)しいですからなア』
205日出雄(ひでを)『遁(に)げるつて何処(どこ)へ行(ゆ)くのだ』
206猪野(ゐの)『私(わたし)は此処(ここ)から白音太拉(パインタラ)方面(はうめん)の地理(ちり)は能(よ)く存(ぞん)じてゐます。207白音太拉(パインタラ)は出動(しゆつどう)準備(じゆんび)で危(あぶな)いかも知(し)れませぬから、208銭家店(せんかてん)までは責任(せきにん)を以(もつ)て御(ご)案内(あんない)致(いた)します』
209井上(ゐのうへ)『さうだ。210猪野(ゐの)君(くん)が其処(そこ)まで責任(せきにん)を持(も)つて呉(く)れれば、211哈爾賓(ハルピン)から東支(とうし)鉄道(てつだう)を利用(りよう)して興安嶺(こうあんれい)に乗(の)り込(こ)む順路(じゆんろ)は僕(ぼく)が責任(せきにん)を持(も)つ』
212猪野(ゐの)『先生(せんせい)、213さうして頂(いただ)いて興安嶺(こうあんれい)へ行(い)つて修業(しうげふ)さして頂(いただ)くのでしたら、214私(わたし)も永久(えいきう)にお伴(とも)致(いた)します。215実際(じつさい)の事(こと)、216私(わたくし)は国(くに)には両親(りやうしん)も妻(つま)もありますから、217生命(いのち)が惜(を)しいです』
218真澄別(ますみわけ)『それは非常(ひじやう)に結構(けつこう)な計画(けいくわく)だが、219うつかりすると味方(みかた)に敵(てき)が出来(でき)るよ』
220日出雄(ひでを)『さうだ、221兎(と)に角(かく)盧(ろ)占魁(せんくわい)に相談(さうだん)して同意(どうい)を得(え)その上(うへ)にするがよからう』
222 猪野(ゐの)は直(ただ)ちに盧(ろ)占魁(せんくわい)を迎(むか)へ来(きた)り、223白音太拉(パインタラ)軍(ぐん)の出動(しゆつどう)準備(じゆんび)の事(こと)や、224自分(じぶん)の提案(ていあん)を逐一(ちくいち)話(はな)した。225盧(ろ)は、226『猪野(ゐの)奴(め)、227余計(よけい)なことを云(い)ふ』といふ顔付(かほつき)にて、
228盧(ろ)『吾々(われわれ)を討伐(たうばつ)なんて、229そんな事(こと)があるものですか。230そして哈爾賓(ハルピン)行(ゆき)なんて、231却(かへ)つて危険(きけん)です。232それよりも私(わたくし)がお供(とも)を致(いた)しますから営口(えいこう)の悦来棧(えつらいさん)で御(お)待(ま)ち願(ねが)ひ、233私(わたくし)は張(ちやう)作霖(さくりん)と話(はなし)を纏(まと)めて直(す)ぐ伺(うかが)ひます。234そして上海(シヤンハイ)に私(わたし)の親友(しんいう)が居(を)りますから、235其処(そこ)で私(わたし)が陣容(ぢんよう)を立直(たてなほ)し、236根拠地(こんきよち)を定(さだ)めてお迎(むか)へに参(まゐ)ります迄(まで)、237御(ご)滞在(たいざい)を願(ねが)ひます。238何(いづ)れ上海(シヤンハイ)へも先生(せんせい)の為(ため)に大(だい)喇嘛廟(ラマメウ)を建(た)てて差上(さしあ)げますから、239決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)なさいますな』
240 とて臨時(りんじ)司令部(しれいぶ)と定(さだ)められた喇嘛廟(ラマメウ)の一坊(いちばう)に帰(かへ)り行(ゆ)く。
241 六(ろく)月(ぐわつ)十九(じふく)日(にち)(陰暦(いんれき)五(ご)月(ぐわつ)十八(じふはち)日(にち))喇嘛廟(ラマメウ)に暇(いとま)を告(つ)げて白音太拉(パインタラ)に向(むか)つた日(ひ)の午後(ごご)は、242茫々(ばうばう)として見渡(みわた)す限(かぎ)り山(やま)の影(かげ)も見(み)えない大(おほ)草野原(くさのはら)を進(すす)むのであつた。243進(すす)むにつれて白音太拉(パインタラ)方面(はうめん)より吹来(ふききた)る風(かぜ)は益々(ますます)強(つよ)くなり、244帽子(ばうし)を飛(と)ばす者(もの)、245紐(ひも)を切(き)つて笠(かさ)の空中(くうちう)に舞(ま)ひ上(あが)る者(もの)、246姿勢(しせい)正(ただ)しく馬上(ばじやう)に居(ゐ)る事(こと)の危険(きけん)を感(かん)ずる程(ほど)である。
247 草(くさ)より出(い)でたる太陽(たいやう)のまた草(くさ)に入(はい)る頃(ころ)、248風(かぜ)は愈々(いよいよ)其(その)力(ちから)を添(そ)へて来(き)た。249真澄別(ますみわけ)は猪野(ゐの)を顧(かへり)みて
250真澄別『意味(いみ)深長(しんちやう)な風(かぜ)が吹(ふ)くね』
251と云(い)へば猪野(ゐの)は、
252猪野『私(わたし)もさう感(かん)じます。253白音太拉(パインタラ)へ行(ゆ)くなと云(い)ふ神(かみ)様(さま)の御(ご)警告(けいこく)でせう』
254 と答(こた)へ乍(なが)ら共(とも)に日出雄(ひでを)の轎車(けうしや)を追(お)ふて疾駆(しつく)する。255行(ゆ)け共(ども)行(ゆ)け共(ども)草野(くさの)は尽(つ)きず、256宵闇(よひやみ)の頃(ころ)、257草原中(さうげんちう)に並(なら)ぶ五六(ごろく)戸(こ)の民団(みんだん)に着(つ)いて、258真澄別(ますみわけ)は日出雄(ひでを)に向(むか)ひ声(こゑ)をかけた。
259真澄別(ますみわけ)『先生(せんせい)、260萩原(はぎはら)さんは馬(うま)が痛(いた)んだので、261大分(だいぶ)遅(おく)れてる様(やう)ですから262暫(しばら)く待(ま)つてやらうぢやありませぬか』
263日出雄(ひでを)『さうか、264そりや待(ま)つてやらねば可(い)かぬ』
265温(をん)長興(ちやうこう)『併(しか)し盧(ろ)司令(しれい)は今日(けふ)は馬(うま)でモウ大分(だいぶ)先(さき)へ行(い)きました。266早(はや)く進(すす)まねば道(みち)が分(わか)らなくなりますよ』
267坂本(さかもと)『コラ温(をん)、268余計(よけい)な事(こと)を言(い)ふな、269先生(せんせい)が待(ま)てと仰有(おつしや)つたら黙(だま)つて待(ま)たぬか』
270 十八(じふはち)日(にち)の月(つき)は雲(くも)に蔽(おほ)はれて薄(うす)き光(ひかり)を草野(くさの)に洩(も)らすのみである。271萩原(はぎはら)の到着(たうちやく)と共(とも)に日出雄(ひでを)の轎車(けうしや)は動(うご)き始(はじ)めた。
272『他(ほか)の部隊(ぶたい)の進(すす)んだのは、273確(たし)か此(この)見当(けんたう)』
274 と数十(すうじつ)分間(ぷんかん)進(すす)んだと思(おも)ふ頃(ころ)、275民家(みんか)の脇(わき)へ出(で)て来(き)た。
276坂本『何(なん)だ、277狐(きつね)に魅(つま)まれたのぢやないか、278又(また)後帰(あとがへ)りだ』
279 と坂本(さかもと)が叫(さけ)んだのも道理(だうり)、280此(この)一隊(いつたい)は草野(くさの)の一部(いちぶ)を廻(まは)つて又(また)元(もと)の民家(みんか)に立帰(たちかへ)つたのである。281護衛(ごゑい)の兵士(へいし)は呆気(あつけ)に取(と)られて、282他(た)の部隊(ぶたい)と連絡(れんらく)を計(はか)る為(ため)、283空(そら)に向(むか)つて発砲(はつぱう)すれば前方(ぜんぱう)より合図(あひづ)の銃声(じゆうせい)が聞(きこ)える。284銃声(じゆうせい)を便(たよ)りに進行(しんかう)し始(はじ)めると何時(いつ)しか又(また)元(もと)の民家(みんか)の傍(かたはら)へ帰(かへ)つて来(く)る。285草野(くさの)の小路(こみち)は幾筋(いくすぢ)もあるのにも係(かかは)らず前進(ぜんしん)することが出来(でき)ぬ。286そして風(かぜ)は既(すで)に其(その)勢(いきほひ)を減(げん)じてゐる。
287真澄(ますみ)『先生(せんせい)、288白狐(びやくこ)が之(こ)れだけ気(き)を付(つ)けるのですから、289モウ危険(きけん)地帯(ちたい)へ進(すす)むのは止(や)めやうぢやありませぬか』
290日出雄(ひでを)『中止(や)めたつて仕方(しかた)がないぢやないか』
291真澄別(ますみわけ)『ハハア、292大神(おほかみ)さまの御(ご)都合(つがふ)は又(また)別(べつ)ですなア、293それぢや兎(と)に角(かく)此処(ここ)で一(いち)時(じ)停電(ていでん)しませう』
294 露(つゆ)を浴(あ)び乍(なが)ら日出雄(ひでを)の轎車(けうしや)を中心(ちうしん)に思(おも)ひ思(おも)ひの夢路(ゆめぢ)を辿(たど)つた。295此(この)一隊(いつたい)は草野(くさの)のホノボノと明(あ)け渡(わた)る頃(ころ)[※6月20日]、296盧(ろ)占魁(せんくわい)よりの伝令(でんれい)に喚(よ)び起(おこ)されたのである。
297(大正一四、八、筆録)
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