霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三四章 竜口(たつのくち)の難(なん)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 特別篇 山河草木 入蒙記 篇:第5篇 雨後月明 よみ(新仮名遣い):うごげつめい
章:第34章 竜口の難 よみ(新仮名遣い):たつのくちのなん 通し章番号:
口述日:1925(大正14)年08月 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1935(昭和10)年4月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
日出雄は武装解除となった上は、パインタラで武器の授受終了の後、ひとまず日本に帰って再来しようという覚悟で、パインタラに向かったのであった。
途中、パインタラ官兵の将校が、あなたは日本人であるから逃げなさい、と諭したが、他の日本人を置いていくわけにはいかないと、パインタラにそのまま進んで行った。
城門を入って旅団の兵営内に入って挨拶をなすと、盧占魁が来るまで休息するように、と言われた。日出雄も井上も夜中行軍のために疲れていたので、前後も知らずに寝についた。
三四時間も眠ったころ、兵士たちに揺り起こされると、後ろ手に縛り上げられてしまった。やがて盧占魁が到着すると、日出雄らの縛めを解くことになり、また親切に饗応し始めた。
盧占魁はついに武装解除に至ったことを告げ、ただ自分の部下もパインタラには多くいるために、身の安全は心配しないように、と言った。やがて、数千の兵士が盧占魁の残部隊を引き連れて市内に戻ってきた。
真澄別らも一緒にやってきて、鴻賓旅館で合流することになった。その日は一同、官兵たちに饗応を受けたが、日出雄はその日に限って気分が進まず、食事には箸をつけなかった。
その夜、盧占魁が二人の副官とともにやってきて、なんだか雲行きが怪しいようなので、これから熱河、綏遠、チャハルの特別区域に逃れて再起を図るつもりだ、と告げた。そして日本への旅費として一百円を差し出したが、日出雄は固く辞して受け取らなかった。
官兵たちは盧占魁の兵士たちを歓待しておいて安心させ、真夜中に寝ているところを一人ひとり営門外へ引き出し、機関銃で銃殺を始めたのである。
日本人一同も、鴻賓旅館で寝ているところを夜半一時ごろに揺り動かされ、捕縛されてしまった。そして、旅館の庭前に立たされた。井上は支那語がわかるので、「先生、兵士どもが我々を銃殺する、と言っております」と通訳した。
一同は覚悟を決めた。そして、パインタラを引き回されて、刑場に送られていった。白凌閣ら蒙古人、支那人は別に銃殺場へと連れて行かれた。
日出雄、真澄別、萩原、井上、坂本、守高らは並べられて、機関銃の弾が飛んでくるという矢先、射手は銃の反動を受けて倒れたため、数分を要した。真澄別は救世主である日出雄がここで命を落とすことなど決してありえない、と強く主張した。
日出雄は霊魂が中有に迷わないようにと真澄別を諭し、一同の霊魂を救うよう、それのみに心を集中していた。そして辞世の歌を詠んで弾丸が飛来するのを待っていた。
しかしそうするうちに銃殺は中止になり、またもや兵士が一行を引き立てて監獄へ連れて行った。堅固な手かせ足かせをはめ、麻縄にて縛り、厳重な死刑囚の取り扱いをなした。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考:2024/2/15出口王仁三郎全集第6巻を底本として校正。 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-04-03 00:13:46 文字数:5304 OBC :rmnm34
愛善世界社版:307頁 八幡書店版:第14輯 660頁 修補版: 校定版:310頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 是(これ)より先(さ)き日出雄(ひでを)は井上(ゐのうへ)兼吉(かねきち)を従者(じゆうしや)とし、002盧(ろ)占魁(せんくわい)、003外(ほか)十数(じふすう)名(めい)を伴(ともな)ひ、004二十(にじふ)名(めい)の支那(しな)官兵(くわんぺい)に前後(ぜんご)を守(まも)られ乍(なが)ら、005五十(ごじふ)支里(しり)を隔(へだ)つる白音太拉(パインタラ)に向(むか)つたが、006彼(かれ)は七(しち)月(ぐわつ)二十日(はつか)の大本(おほもと)裁判(さいばん)に出頭(しゆつとう)する為(ため)に、007白音太拉(パインタラ)に於(おい)て武器(ぶき)の授受(じゆじゆ)終了(しうれう)の上(うへ)、008一先(ひとま)づ日本(につぽん)へ帰国(きこく)し再(ふたた)び出国(しゆつこく)する覚悟(かくご)で、009勇(いさ)み進(すす)んで白音太拉(パインタラ)に向(むか)つたのである。
010 三十(さんじふ)支里(しり)許(ばか)り来(き)た所(ところ)に通遼県(つうれうけん)の兵営(へいえい)分隊(ぶんたい)駐屯所(ちうとんじよ)があつた(通遼(つうれう)は白音太拉(パインタラ)の支那(しな)名(めい)である)011支那(しな)の将校(しやうかう)と共(とも)に此(この)兵営(へいえい)に暫(しば)し休息(きうそく)し、012盧(ろ)は兵営長(へいえいちやう)と少時(しばらく)談合(だんがふ)の上(うへ)再(ふたた)び東(ひがし)に向(むか)つて進(すす)んだ。013殆(ほと)んど夜(よ)の明(あ)けむとする頃(ころ)[※6月21日の朝]、014前方(ぜんぱう)より数百(すうひやく)の騎兵隊(きへいたい)が進(すす)み来(きた)り、015盧(ろ)占魁(せんくわい)と再(ふたた)び何事(なにごと)か交渉(かうせふ)の上(うへ)、016もとの軍営(ぐんえい)に引帰(ひきかへ)し行(ゆ)く。017此(この)時(とき)盧(ろ)は井上(ゐのうへ)に向(むか)つて、
018盧占魁『大先生(だいせんせい)を宜(よろ)しく頼(たの)む』
019 と幾度(いくど)も繰返(くりかへ)し繰返(くりかへ)し言残(いひのこ)して行(ゆ)く。020日出雄(ひでを)は井上(ゐのうへ)と共(とも)に馬(うま)を下(お)り傍(かたはら)の青草(あをくさ)を喰(は)ませてゐたが、021一(いち)時間(じかん)許(ばか)りすると通遼(つうれう)旅団(りよだん)の参謀長(さんぼうちやう)が十数(じふすう)名(めい)の騎兵(きへい)を引連(ひきつ)れ来(きた)り、022日出雄(ひでを)に向(むか)つて日本語(につぽんご)にて、
023参謀長『貴方(あなた)は日本人(につぽんじん)、024一(いち)時(じ)も早(はや)くお逃(に)げなさい お逃(に)げなさい』
025と手(て)を振(ふ)つて南(みなみ)の方(はう)を指(さ)して教(をし)ふる。026日出雄(ひでを)は、
027日出雄『真澄別(ますみわけ)其(その)他(た)の日本人(につぽんじん)を後(あと)に残(のこ)して遁走(とんそう)するは日本(につぽん)男子(だんし)の恥辱(ちじよく)だ、028兎(と)も角(かく)どうなるも神(かみ)様(さま)の御(ご)経綸(けいりん)だ、029寧(むし)ろ自分(じぶん)の方(はう)より兵営(へいえい)に飛込(とびこ)んで武器(ぶき)受取(うけとり)の談判(だんぱん)をやらう、030その間(うち)に盧(ろ)が出(で)て来(く)るだらうし又(また)後(あと)に残(のこ)つた日本人(につぽんじん)の消息(せうそく)も分(わか)るだらう』
031と又(また)もや駒(こま)に鞭(むちう)ち、032白音太拉(パインタラ)に向(む)け駆(か)け出(だ)した。033後(あと)より孟(まう)秘書長(ひしよちやう)は一人(ひとり)の従者(じうしや)と追(おひ)かけ来(きた)り、034一行(いつかう)四騎(よんき)は轡(くつわ)を並(なら)べて堂々(だうだう)と通遼県(つうれうけん)の西門(せいもん)に進(すす)んだ。
035 城門(じやうもん)の前(まへ)迄(まで)進(すす)んで行(ゆ)くと、036太陽(たいやう)は草(くさ)の中(なか)から赤(あか)い顔(かほ)をして昇(のぼ)りかけた[※21日の朝]。037門(もん)の両方(りやうはう)には厳(いか)めしく武装(ぶさう)した兵士(へいし)が数名(すうめい)立番(たちばん)をして居(ゐ)て、038一人(ひとり)につき五十(ごじつ)銭(せん)宛(づつ)の通行税(つうかうぜい)を徴収(ちようしう)した。039日出雄(ひでを)と井上(ゐのうへ)は旅団(りよだん)の所在地(しよざいち)を尋(たづ)ねると、040衛兵(ゑいへい)四(よん)名(めい)が前後(ぜんご)となつて兵営(へいえい)へ案内(あんない)した。
041 日出雄(ひでを)は営内(えいない)に入(い)り、042高等(かうとう)武官(ぶくわん)らしきものに井上(ゐのうへ)の通訳(つうやく)を介(かい)して挨拶(あいさつ)をなし、043且(か)つ
044日出雄『盧(ろ)占魁(せんくわい)の来(きた)るまで当営(たうえい)に休息(きうそく)したし』
045 と申込(まをしこ)んだ。046将校(しやうかう)はいと慇懃(いんぎん)に美(うつく)しい座敷(ざしき)を与(あた)へ、047茶菓子(ちやくわし)を出(だ)して饗応(きようおう)し、048柔(やはら)かい毛布(まうふ)を敷(し)いて、
049将校『先(ま)づお休(やす)みなさい』
050 と勧(すす)めた。051日出雄(ひでを)も井上(ゐのうへ)も夜中(やちう)強行軍(きやうかうぐん)の為(ため)身体(からだ)が疲(つか)れてゐるので、052其(その)好意(かうい)を感謝(かんしや)し乍(なが)ら、053前後(ぜんご)も知(し)らず寝(しん)に就(つ)いた。054殆(ほとん)ど三四(さんよ)時間(じかん)も眠(ねむ)つたと思(おも)ふ頃(ころ)、055参謀官(さんぼうくわん)は四五(しご)名(めい)の兵士(へいし)と共(とも)に銃口(つつぐち)を向(む)け乍(なが)ら、056井上(ゐのうへ)兼吉(かねきち)を揺(ゆ)り動(うご)かし懐中(くわいちう)の十連発(じふれんぱつ)のモーゼルや六連発(ろくれんぱつ)のピストルを捲(ま)き上(あ)げ、057且(か)つ所持品(しよぢひん)を調(しら)べた上(うへ)、058後手(うしろで)に麻縄(あさなは)を以(もつ)て縛(しば)り上(あ)げ、059次(つぎ)に日出雄(ひでを)を揺(ゆ)り起(おこ)した。060日出雄(ひでを)は安(やす)らかな夢(ゆめ)を結(むす)んでゐた所(ところ)を起(おこ)されて、061目(め)を擦(こす)り乍(なが)ら四辺(あたり)を見(み)れば、062井上(ゐのうへ)が已(すで)に縛(ばく)されてゐた。063参謀官(さんぼうくわん)は金盥(かなだらひ)に湯(ゆ)を汲(く)みタオルを浸(ひた)し
064参謀官『先(ま)づ之(これ)にて顔(かほ)を洗(あら)ひなさい』
065 と日本語(につぽんご)にて親切(しんせつ)に云(い)ふ。066日出雄(ひでを)は、
067日出雄『ハイ有難(ありがた)う』
068 と其(その)湯(ゆ)に浸(ひた)したる手拭(てぬぐひ)にて顔(かほ)を拭(ぬぐ)ふた。069兵士(へいし)は代(かは)る代(がは)る湯(ゆ)に浸(ひた)しては絞(しぼ)り日出雄(ひでを)に渡(わた)し、070首筋(くびすぢ)や手(て)を洗(あら)つて呉(く)れた。071さうして日出雄(ひでを)の所持品(しよぢひん)を調(しら)べ
072『天国(てんごく)』
0721 の銘刀(めいたう)や如意(によい)の宝玉(はうぎよく)並(なら)びに白金(プラチナ)の時計(とけい)、073所持金(しよぢきん)八百(はつぴやく)七十(しちじふ)円(えん)を目(め)の前(まへ)で調(しら)べて、
074『盧(ろ)占魁(せんくわい)が来(く)る迄(まで)お預(あづか)りします』
075 と云(い)つて持(も)つて行(い)つた。076次(つぎ)の室(しつ)を見(み)ると、077孟(まう)秘書長(ひしよちやう)及(およ)び一人(ひとり)の支那兵(しなへい)が井上(ゐのうへ)同様(どうやう)に縛(しば)られてゐる。078日出雄(ひでを)は意外(いぐわい)の出来事(できごと)に訝(いぶ)かり乍(なが)ら参謀(さんぼう)に向(むか)つて、
079日出雄『何故(なぜ)井上(ゐのうへ)を縛(しば)りましたか』
080と尋(たづ)ねた所(ところ)
081参謀『井上(ゐのうへ)は武器(ぶき)を携帯(けいたい)してゐたから馬賊(ばぞく)と認(みと)めて縛(しば)つたのだ。082彼(かれ)等(ら)二(に)名(めい)の支那人(しなじん)も馬賊(ばぞく)だから縛(いま)しめたのだ。083そして盧(ろ)占魁(せんくわい)が来(く)る迄(まで)貴方(あなた)もホンの形式(けいしき)乍(なが)ら縛(しば)ります』
084 と云(い)ふので、085日出雄(ひでを)は
086日出雄『御(ご)自由(じいう)になさい』
087 と手(て)を後(うしろ)へ廻(まは)した。088参謀(さんぼう)は形式(けいしき)的(てき)に極(ごく)ゆるやかに手(て)を縛(しば)り、089日人(にちじん)二(に)名(めい)支那人(しなじん)二(に)名(めい)と共(とも)に兵営(へいえい)に坐(すわ)らせ置(お)き、090いろいろと日出雄(ひでを)に向(むか)つて日本語(につぽんご)にて話(はなし)を交換(かうくわん)した。091さうして
092参謀『貴方(あなた)は武器(ぶき)を携帯(けいたい)せず且(か)つ宗教家(しうけうか)であるから、093貴方(あなた)は直(す)ぐに放免(はうめん)されませう』
094 と云(い)つて慰(なぐさ)めた。095ここで日出雄(ひでを)は愛馬(あいば)に涙(なみだ)と共(とも)に別(わか)れた。096愛馬(あいば)も亦(また)日出雄(ひでを)の心中(しんちう)を解(かい)するものの如(ごと)く落涙(らくるい)したと云(い)ふ事(こと)である。
097 其(その)日(ひ)の午後(ごご)四(よ)時(じ)頃(ごろ)、098盧(ろ)占魁(せんくわい)は二十数(にじふすう)名(めい)の幹部(かんぶ)連(れん)と共(とも)に支那(しな)軍隊(ぐんたい)に送(おく)られて、099日出雄(ひでを)の繋(つな)がれて居(ゐ)る旅団(りよだん)司令部(しれいぶ)に到着(たうちやく)した。100そして盧(ろ)占魁(せんくわい)と参謀長(さんぼうちやう)と交渉(かうせふ)の結果(けつくわ)、101日出雄(ひでを)外(ほか)三(さん)人(にん)の縛(いましめ)を解(と)き茶菓(さか)等(とう)を運(はこ)び、102又(また)もや親切(しんせつ)に饗応(きやうおう)し始(はじ)めた。103参謀長(さんぼうちやう)は、
104参謀長『今晩(こんばん)は是非(ぜひ)貴方(あなた)方(がた)の歓迎(くわんげい)の宴(えん)を催(もよほ)し度(た)いから、105兵営(へいえい)に泊(とま)つて下(くだ)さい』
106 と勧(すす)める。107そこへ盧(ろ)占魁(せんくわい)、108何(か)全孝(ぜんかう)がやつて来(き)て、109日出雄(ひでを)を旅団長(りよだんちやう)室(しつ)へ誘(さそ)つて行(ゆ)き筆談(ひつだん)を以(もつ)て、
110盧占魁『愈々(いよいよ)武装(ぶさう)解除(かいぢよ)の止(や)むなきに立到(たちいた)りました。111乍然(しかしながら)、112ここの旅長(りよちやう)も自分(じぶん)の義兄弟(ぎきやうだい)でもあり、113又(また)自分(じぶん)の部下(ぶか)もここに沢山(たくさん)ありますから大丈夫(だいぢやうぶ)です。114安心(あんしん)して下(くだ)さい。115万一(まんいち)非常(ひじやう)な事(こと)が起(おこ)つても私(わたし)等(ら)は生命(せいめい)に別条(べつでう)はない、116さうして日本人(につぽんじん)は猶更(なほさら)安心(あんしん)して宜(よろ)しい。117私(わたし)は王(わう)祥義(しやうぎ)と変名(へんめい)し盧(ろ)占魁(せんくわい)と云(い)ふ名(な)は今日(けふ)限(かぎ)り葬(はうむ)つて了(しま)ひます。118もし私(わたし)が殺(ころ)されるやうな事(こと)があつたら、119此(この)際(さい)貴方(あなた)の生命(せいめい)もないでせう。120兎(と)も角(かく)明日(みやうにち)は私(わたし)と奉天(ほうてん)に参(まゐ)りませう』
121 と云(い)つた。122日出雄(ひでを)は
123日出雄『フンフンフンフン』
124 と首(くび)を竪(たて)に二(ふた)つ三(みつ)つ振(ふ)り乍(なが)ら、125再(ふたた)び参謀長(さんぼうちやう)の室(しつ)に這入(はい)つて
126日出雄『今晩(こんばん)はあまり疲(つか)れたから何処(どこ)か好(よ)い日本(につぽん)のホテルに案内(あんない)して欲(ほ)しい、127そして久振(ひさしぶ)りに日本(につぽん)料理(れうり)を食(た)べたいから』
128 と云(い)つた。129さうすると参謀(さんぼう)は答(こた)へて言(い)ふには
130参謀『一昨年(いつさくねん)頃(ごろ)迄(まで)は日本人(につぽんじん)の旅館(りよくわん)がありましたが、131今(いま)はもうありませぬ。132鴻賓館(こうひんくわん)と云(い)ふ支那(しな)の一等(いつとう)旅館(りよくわん)がありますから、133それに案内(あんない)させませう』
134 と日本語(につぽんご)の解(わか)る若(わか)い兵士(へいし)を案内役(あんないやく)として馬車(ばしや)を命(めい)じ、135日出雄(ひでを)、136井上(ゐのうへ)を鴻賓(こうひん)旅館(りよくわん)に送(おく)り届(とど)けた。137白音太拉(パインタラ)の街(まち)は人山(ひとやま)を築(きづ)いて138日出雄(ひでを)の通行(つうかう)を物珍(ものめづ)らしげに眺(なが)めてゐる。139そこへ数千(すうせん)の兵士(へいし)が盧(ろ)占魁(せんくわい)の残部隊(ざんぶたい)を引連(ひきつ)れて、140ラツパの声(こゑ)も勇(いさ)ましく帰(かへ)つて来(き)た。141真澄別(ますみわけ)、142守高(もりたか)、143坂本(さかもと)の三(さん)人(にん)は日出雄(ひでを)の荷物(にもつ)を積(つ)んだ轎車(けうしや)に乗(の)り、144萩原(はぎはら)は騎馬(きば)にて帰(かへ)つて来(く)るのに途中(とちう)で出会(しゆつくわい)した。145日出雄(ひでを)は車上(しやじやう)より声(こゑ)をかけ
146日出雄『今晩(こんばん)は鴻賓(こうひん)旅館(りよくわん)に泊(とま)るから白凌閣(パイリンク)と共(とも)にホテルに来(き)てくれ』
147 と呼(よば)はりつつ、148日(ひ)の暮(く)るる頃(ころ)旅館(りよくわん)につき一室(いつしつ)に入(はい)つて休息(きうそく)してゐた。
149 一(いち)時間(じかん)許(ばか)り経(た)つと真澄別(ますみわけ)一行(いつかう)四(よ)人(にん)と蒙古人(もうこじん)一名(いちめい)、150支那人(しなじん)一名(いちめい)と共(とも)に旅館(りよくわん)に着(つ)いた。151此(この)蒙古人(もうこじん)は張(ちやう)貴林(きりん)の片腕(かたうで)の副団長(ふくだんちやう)であつた。152彼(かれ)は銃弾(じゆうだん)を胸(むね)に受(う)けて居(ゐ)たが、153平気(へいき)な顔(かほ)で坐(すわ)つてゐた。154支那(しな)の将校(しやうかう)で少佐(せうさ)の肩章(けんしやう)をつけた軍人(ぐんじん)が、155非常(ひじやう)な愛嬌(あいけう)を振(ふ)りまいて日出雄(ひでを)一行(いつかう)を歓待(くわんたい)した。156膏(あぶら)の多(おほ)い支那(しな)の料理(れうり)に何(いづ)れも舌鼓(したづつみ)を打(う)つた。157然(しか)るに日出雄(ひでを)は其(その)日(ひ)に限(かぎ)りて気分(きぶん)が進(すす)まず、158食事(しよくじ)は箸(はし)もつけなかつた。159今(いま)や寝(しん)に就(つ)かむとする時(とき)、160盧(ろ)占魁(せんくわい)は二人(ふたり)の副官(ふくくわん)と共(とも)に日出雄(ひでを)を訪(たづ)ねて来(き)て筆談(ひつだん)を始(はじ)め
161盧占魁『今晩(こんばん)は何(なん)だか怪(あや)しいやうだ、162乍然(しかしながら)自分(じぶん)は先刻(せんこく)申上(まをしあ)げた通(とほ)り大丈夫(だいぢやうぶ)だと思(おも)ふ。163之(これ)から熱(ねつ)、164察(さつ)、165綏(すゐ)の特別(とくべつ)区域(くゐき)に部下(ぶか)と共(とも)に身(み)を以(もつ)て逃(のが)れ再挙(さいきよ)を図(はか)る考(かんがへ)です。166之(これ)は日本(につぽん)への旅費(りよひ)の足(た)しに……』
167 と云(い)つて一百(いつぴやく)円(ゑん)を差出(さしだ)したが、168日出雄(ひでを)は固(かた)く辞(じ)して受取(うけと)らなかつた。169そして盧(ろ)占魁(せんくわい)は日出雄(ひでを)と握手(あくしゆ)を交換(かうくわん)し涙(なみだ)を払(はら)つて別(わか)れて行(ゆ)く。170其(その)夜(よ)旅団(りよだん)の兵営(へいえい)では数十(すうじふ)人(にん)の妓(キイ)チヤンを呼(よ)んで芝居(しばゐ)をしたり、171いろいろの面白(おもしろ)い事(こと)をして盧(ろ)以下(いか)を歓待(くわんたい)し、172阿片(あへん)をふるまひ、173沢山(たくさん)の馳走(ちそう)を饗応(きようおう)したのであつた。174大勢(おほぜい)の将卒(しやうそつ)は
1741『一先(ひとま)づ安心(あんしん)』
1742 と酒(さけ)を飲(の)み、175馳走(ちそう)を喰(く)ひ、176妓(キイ)チヤンの芝居(しばゐ)を見(み)て、177十二分(じふにぶん)の歓(くわん)を尽(つく)し寝(しん)についた。
178 其(その)真夜中(まよなか)頃(ごろ)下着(したぎ)一(いち)枚(まい)になつて寝(ね)てゐる所(ところ)を、179一人(ひとり)々々(ひとり)営門外(えいもんぐわい)へ引出(ひきだ)し、180機関銃(きくわんじゆう)を以(もつ)て、181小口(こぐち)から射殺(しやさつ)を始(はじ)めたのである。
182 支那(しな)の少佐(せうさ)は
183少佐『今晩(こんばん)はお湯(ゆ)に御(ご)案内(あんない)が致(いた)し度(た)いのですが、184あまり遅(おそ)くて汚(けが)れてゐますから、185明朝(みやうてう)新(あたら)しい綺麗(きれい)な湯(ゆ)に案内(あんない)しませう。186散髪(さんぱつ)は如何(いかが)ですか、187大分(だいぶん)に髪(かみ)が延(の)びてゐますが、188理髪師(りはつし)を呼(よ)びませうか』
189 と親切(しんせつ)に云(い)ふ、190そこで萩原(はぎはら)、191井上(ゐのうへ)の二人(ふたり)は理髪師(りはつし)を呼(よ)んで貰(もら)ひ散髪(さんぱつ)した、192日出雄(ひでを)其(その)他(た)は
193『明日(あす)にする』
194 と云(い)つて眠(ねむ)つて了(しま)つた。195表門(おもてもん)には官兵(くわんぺい)数名(すうめい)、196巡警(じゆんけい)数名(すうめい)が固(かた)く警護(けいご)してゐた。197此(この)少佐(せうさ)は蜜峰(みつばち)の如(よ)うな男(をとこ)で口(くち)に甘(あま)き汁(しる)を含(ふく)み、198尻(しり)に鋭(するど)き剣(けん)を隠(かく)してゐた。199夜半(やはん)一(いち)時(じ)頃(ごろ)[※6月22日の午前1時]になると、200ドヤドヤと室内(しつない)に沢山(たくさん)な足音(あしおと)がしたと思(おも)ふと矢庭(やには)に兵士(へいし)が室内(しつない)に闖入(ちんにふ)し、201先(ま)づ第一(だいいち)に萩原(はぎはら)を揺(ゆ)り動(うご)かし、202五六(ごろく)の兵士(へいし)がピストルを向(む)けて
203兵士『神妙(しんめう)に縄(なは)にかかれ』
204 と云(い)ふ。205次(つぎ)に守高(もりたか)、206井上(ゐのうへ)、207坂本(さかもと)、208真澄別(ますみわけ)、209日出雄(ひでを)と云(い)ふ順(じゆん)に、210ガタガタ慄(ふる)へながら漸(やうや)く日本人(につぽんじん)六(ろく)名(めい)、211支蒙人(しもうじん)二(に)名(めい)を捕縛(ほばく)して了(しま)つた。212よくよく見(み)れば此(この)宿(やど)に一行(いつかう)が泊(とま)つた時(とき)、213親切(しんせつ)さうにお世辞(せじ)を振(ふ)り廻(ま)はしてゐた少佐(せうさ)が指揮(しき)をやつて居(ゐ)た。214日出雄(ひでを)は少佐(せうさ)に向(むか)つて
215日出雄『何故(なぜ)こんな事(こと)をするか』
216 と詰問(きつもん)すれば
217少佐『俺(おれ)は何(なに)も知(し)らぬ知(し)らぬ』
218 と首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)るばかりだ。219そして十数(じふすう)名(めい)の銃(じゆう)を擬(ぎ)した兵(へい)が身構(みがま)へをして居(ゐ)る。220そして最後(さいご)に此(この)旅館(りよくわん)の庭前(ていぜん)に引出(ひきだ)され一列(いちれつ)に立(た)たされた。221日出雄(ひでを)と真澄別(ますみわけ)、222井上(ゐのうへ)と萩原(はぎはら)、223守高(もりたか)と坂本(さかもと)と云(い)ふ組合(くみあは)せに、224二人(ふたり)づつ綱(つな)にかけ、225一行(いつかう)の携帯品(けいたいひん)は残(のこ)らず、226少佐(せうさ)始(はじ)め部下(ぶか)の兵士(へいし)が先(さき)を争(あらそ)ふて分捕(わけどり)し、227只(ただ)ラマ服(ふく)のみを轎車(けうしや)に乗(の)せ、228何処(どこ)かへ持(も)つて行(い)つた。229此(この)騒(さわ)ぎの中(なか)に、230支那語(しなご)に通(つう)じた井上(ゐのうへ)は支那兵(しなへい)の囁(ささや)きや罵(ののし)り声(ごゑ)を聞(き)き、231日出雄(ひでを)に向(むか)ひ、
232井上『先生(せんせい)、233只今(ただいま)支那兵(しなへい)が吾々(われわれ)一同(いちどう)を銃殺(じゆうさつ)すると云(い)つて居(を)りますぞ、234もう仕方(しかた)がありませぬな』
235 と泰然(たいぜん)自若(じじやく)として叫(さけ)んだ。236此(この)声(こゑ)に応(おう)じて日出雄(ひでを)は
237日出雄『ウン、238さうだらう。239支那(しな)の奴(やつ)は御(ご)馳走(ちそう)政策(せいさく)で卑怯(ひけふ)にも騙討(だましうち)をせうとするのだらう、240それでは私(わたし)は愈々(いよいよ)キリストとなつて昇天(しようてん)すべき時期(じき)が来(き)たのだらう。241君(きみ)達(たち)も盧(ろ)の部下(ぶか)も皆(みな)天国(てんごく)に連(つ)れて行(ゆ)くから、242君(きみ)達(たち)は霊(れい)が離(はな)れないやうにするが良(よ)い』
243 と二三(にさん)回(くわい)繰返(くりか)へし、244且(か)つ死後(しご)の世界(せかい)の壮厳(さうごん)なる事(こと)を説(と)いた。245井上(ゐのうへ)、246坂本(さかもと)は之(これ)に答(こた)へて
247井上、坂本『どうか、248宜(よろ)しくお願(ねが)ひ致(いた)します。249仮令(たとへ)地獄(ぢごく)の底(そこ)へでもお伴(とも)を致(いた)します』
250 と答(こた)へた。251他(た)の四(よん)名(めい)は平然(へいぜん)として沈黙(ちんもく)してゐた。252此(この)時(とき)日出雄(ひでを)は
253日出雄『惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
254 と三唱(さんしやう)し、255真澄別(ますみわけ)は天(あま)の数歌(かずうた)を大(おほ)きな声(こゑ)で唱(とな)へ出(だ)した。256支那兵(しなへい)はビツクリして
257兵士『八釜(やかま)しく云(い)ふな』
258 と叱(しか)りつけたので、259両人(りやうにん)は更(さら)に中声(ちうせい)になつて、
260『ワイワイ』
2601 と騒(さわ)いでゐる沢山(たくさん)の兵(へい)の中(なか)を、261宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひ乍(なが)ら、262白音太拉(パインタラ)の長(なが)い町(まち)を引廻(ひきまは)され再(ふたた)び兵営(へいえい)の門内(もんない)に送(おく)られた。263其(その)中(うち)支蒙人(しもうじん)二(に)名(めい)は日出雄(ひでを)一行(いつかう)と離(はな)され、264銃殺場(じうさつば)へ送(おく)られる。265日出雄(ひでを)一行(いつかう)六(ろく)人(にん)は再(ふたた)び営所(えいしよ)の門(もん)を出(い)で、266北(きた)へ北(きた)へと引(ひ)かれて行(ゆ)くと、267道(みち)の両端(りやうばた)には盧(ろ)の部下(ぶか)が大(だい)の字(じ)になつて血潮(ちしほ)に染(そ)まつて倒(たふ)れてゐるのが沢山(たくさん)にある。268そして大車(だいしや)を持(も)つて来(き)て兵士(へいし)が運(はこ)んでゐる。269日出雄(ひでを)は一々(いちいち)其(その)大車(だいしや)の死骸(しがい)を電燈(でんとう)の光(ひかり)に査(しら)べ乍(なが)ら進(すす)んで行(ゆ)くと、270やがて一列(いちれつ)に並(なら)べられた。
271 真澄別(ますみわけ)、272日出雄(ひでを)、273萩原(はぎはら)、274井上(ゐのうへ)、275坂本(さかもと)、276守高(もりたか)と順(じゆん)に並(なら)べられ、277今(いま)や機関銃(きくわんじゆう)の弾丸(たま)が此(これ)等(ら)日本人(につぽんじん)の胸先(むなさき)に飛(と)んで来(く)ると思(おも)ふ矢先(やさき)、278射手(しやしゆ)は銃(じゆう)の反動(はんどう)を受(う)けて後方(こうはう)に倒(たふ)れた為(ため)数分(すうふん)を要(えう)した。279日出雄(ひでを)は日本人(につぽんじん)一同(いちどう)に向(むか)つて云(い)ふ
280日出雄『最早(もはや)かくなる上(うへ)は昇天(しようてん)の時(とき)が来(き)たのだ、281自分(じぶん)は之(これ)から天国(てんごく)へ上(のぼ)り282霊国(れいごく)天人(てんにん)となつて日本(につぽん)は云(い)ふに及(およ)ばず、283世界(せかい)の守護(しゆご)をする考(かんが)へだ。284君(きみ)達(たち)も俺(わし)について来(こ)い、285そして男(をとこ)らしう討(う)たれて死(し)なうぢやないか。286日本(につぽん)男子(だんし)の名(な)を汚(けが)すやうな、287卑怯(ひけふ)な真似(まね)はしともないからのう』
288 と諭(さと)すやうに云(い)つた。289坂本(さかもと)は涙声(なみだごゑ)を出(だ)して
290坂本『どうか、291よろしくお見捨(みす)てなきやう』
292 と云(い)つた。293真澄別(ますみわけ)は日出雄(ひでを)の言葉(ことば)を遮(さへぎ)つて云(い)ふ
294真澄別『先生(せんせい)、295決(けつ)して貴方(あなた)は生命(いのち)を取(と)られる気遣(きづかひ)はありませぬよ。296貴方(あなた)は今(いま)天国(てんごく)へ行(ゆ)くと云(い)はれましたが、297今度(こんど)の世(よ)の立替(たてかへ)は肉体(にくたい)がなくては出来(でき)ないのです。298若(も)し貴方(あなた)がここで生命(いのち)を取(と)られるやうな事(こと)があれば、299神(かみ)様(さま)が人間(にんげん)を騙(だま)したことになります。300私(わたし)は屹度(きつと)お助(たす)かりになると思(おも)ひますから……』
301 と確信(かくしん)あるものの如(ごと)く主張(しゆちやう)する。
302日出雄『それでも真澄別(ますみわけ)さん、303何程(なにほど)神(かみ)の道(みち)に仕(つか)へてゐると云(い)つても、304日出雄(ひでを)の体(からだ)は肉体(にくたい)だ。305鉄砲(てつぱう)が中(あた)れば死(し)ぬのが当然(たうぜん)だ。306あんたも死(し)なないと思(おも)つて安心(あんしん)して居(ゐ)る途端(とたん)に一発(いつぱつ)食(く)つたならば、307あなたの霊魂(れいこん)は予想(よさう)に反(はん)して中有(ちうう)に迷(まよ)ふだらう。308それだから死(し)ぬものと覚悟(かくご)して居(を)ればよいぢやないか』
309 と諭(さと)す。310真澄別(ますみわけ)は頑(ぐわん)として其(その)説(せつ)をまげず、
311真澄別『イエイエどうあつても先生(せんせい)は死(し)んで貰(もら)ふ事(こと)は出来(でき)ませぬ。312もし貴方(あなた)が生命(いのち)が無(な)くなる事(こと)があれば、313神(かみ)様(さま)は私(わたし)を身代(みがは)りに立(た)てられるでせう。314私(わたし)は初(はじ)めから貴方(あなた)の身代(みがは)りと云(い)ふ名義(めいぎ)で来(き)て居(を)りますから、315そんな心配(しんぱい)は要(い)りませぬ』
316 と云(い)ふ。317日出雄(ひでを)は
318日出雄『何(なに)も心配(しんぱい)はして居(ゐ)ないよ。319何事(なにごと)も惟神(かむながら)と諦(あきら)めてゐるのだ。320畳(たたみ)の上(うへ)でも死(し)ぬ時(とき)は死(し)ぬのだ。321日本(につぽん)男子(だんし)が蒙古(もうこ)の野辺(のべ)に骸(かばね)を曝(さら)すのも愉快(ゆくわい)だ。322然(しか)し死後(しご)の生活(せいくわつ)が肝腎(かんじん)だから……』
323 と一同(いちどう)の霊魂(れいこん)を救(すく)ふべく、324それのみに心(こころ)を集注(しふちう)してゐた。325それから日出雄(ひでを)は
 
326 よしや身(み)は蒙古(もうこ)のあら野(の)に朽(く)つるとも日本(やまと)男子(をのこ)の品(しな)は落(おと)さじ
 
327 と辞世(じせい)を詠(よ)み、328銃弾(じゆうだん)の我(わが)胸(むね)に飛来(ひらい)するを待(ま)つた。329それから井上(ゐのうへ)兼吉(かねきち)は
330井上『早(はや)く討(う)たぬか、331俺(おれ)の胸(むね)を討(う)て、332下手(へた)な打(う)ちやうをすると弾丸(たま)が余計(よけい)いつて損(そん)がいくぞ、333見事(みごと)一発(いつぱつ)で俺(おれ)を打殺(うちころ)せ』
334 等(など)と怒鳴(どな)つてゐる。335日出雄(ひでを)は又(また)
 
336 いざさらば天津(あまつ)御国(みくに)にかけ上(のぼ)り日(ひ)の本(もと)のみか世界(せかい)を守(まも)らむ
337 日(ひ)の本(もと)を遠(とほ)く離(はな)れて我(われ)は今(いま)蒙古(もうこ)の空(そら)に神(かみ)となりなむ
 
338 等(など)と辞世(じせい)を七回(しちくわい)迄(まで)詠(よ)み、339大日本(だいにつぽん)帝国(ていこく)万歳(ばんざい)、340大本(おほもと)万歳(ばんざい)を三唱(さんしやう)した。341真澄別(ますみわけ)は
342真澄別『どうか止(やむ)を得(え)ざれば大先生(だいせんせい)と井上(ゐのうへ)とを助(たす)けて下(くだ)さい。343井上(ゐのうへ)は屹度(きつと)先生(せんせい)を目的地(もくてきち)へ連(つ)れて行(ゆ)く事(こと)が出来(でき)ませう。344私(わたし)が身代(みがは)りになります』
345 と祈願(きぐわん)してゐた。346さうかうするうち銃殺(じゆうさつ)は止(や)めになつて、347又(また)もや兵士(へいし)が日出雄(ひでを)一行(いつかう)を引立(ひきた)てて通遼(つうれう)公署(こうしよ)附属(ふぞく)の監獄(かんごく)へ連(つ)れて行(い)つた。348一々(いちいち)堅固(けんご)なる足枷(あしかせ)をはめ、349手(て)には手枷(てかせ)をはめ、350二人(ふたり)づつ繋(つな)いで尚(なほ)其(その)上(うへ)に麻縄(あさなは)にて六(ろく)人(にん)を一(ひと)つに縛(しば)り、351窓(まど)を通(とほ)して外(そと)の材木(ざいもく)に括(くく)りつけ、352厳重(げんぢゆう)な死刑囚(しけいしう)の取扱(とりあつか)ひをした。
353(大正一四、八、筆録)
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