霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三六章 天(あま)の岩戸(いはと)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 特別篇 山河草木 入蒙記 篇:第5篇 雨後月明 よみ(新仮名遣い):うごげつめい
章:第36章 天の岩戸 よみ(新仮名遣い):あまのいわと 通し章番号:
口述日:1925(大正14)年08月16日(旧06月27日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1935(昭和10)年4月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
門司署の三階から街道を見れば、あまたの信徒が大道に列を作って自分らを見上げていた。自分は空前絶後の大業を企てたが、不幸にして中途で帰国するに至ったのも、神界の経綸として止む無きことではあるが、妻子兄弟、役員信者の胸のうちはいかばかりであろう、と思わず万感が胸に満ちた。
続いて下関所に送られ、しばらく休憩の後に自動車で駅に送られた。警察の門口には直霊が待っていた。汽車で大阪に向かい、途中大竹、上郡警察署の拘留所にそれぞれ一泊した。
相生橋署を経て大阪駅に下車すると、見物人が蟻の山のごとく、新聞社の取材班がレンズを向けて待ち構える中を、曽根崎署、続いて天満署の拘留所へ、そして同署の裏門から徒歩で若松支所に向かった。
支所内で書籍の差し入れを受けて、大本役員が債権問題について青くなっていることや、債権者が厳しい催促を始めたことがわかって、歯がゆい思いをしていた。結局九十八日間、入獄することになったが、その間に精神の修養をなし、日出雄の蒙古入りについての記事を読んだりして、あっという間に日々をすごしてしまった。
旧七月十五日の夜、女神が自分に朝日タバコを渡して、莞爾として姿を消したもうた。これは、朝日を渡されたので、やがて岩戸が開くだろうが、一服して時を待て、という意味であると知った。これにより、長期の入獄を覚悟した。
また、新暦十月の中ごろ、母と一緒に本宮山のような丘陵を歩いていると、大本信者が一人、一生懸命に雑木を伐り、土をひきならして道を開いていた。これは保釈を許される前兆であろうと知った。
その次は、自分が非常に高いとがった山の上に登ったが、下り道がどこにもない。すると白馬が二頭現れて、鎖をかけてくれたと見るや、ものすごい勢いで帰ってしまった。自分のために活路を開くべく奮闘している信者のあることを感じたのである。
ある日真澄別が面会に来て、霊眼で「十一」を見せてもらったという。果たして、日出雄の保釈が決定したのが旧暦十月一日であり、若松支所を出たのが新暦十一月一日の午前十一時十一分であった。
聖地では秋季大祭があり、分所支部長会議では財政整理問題について激論が始まっていた。そこへ、保釈の報が届いたので、一同神言を奏上し、大阪へ迎えに来たのであった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考:2024/2/18出口王仁三郎全集第6巻を底本として校正。 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-02-18 16:54:55 文字数:4154 OBC :rmnm36
愛善世界社版:330頁 八幡書店版:第14輯 668頁 修補版: 校定版:333頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 異境(いきやう)万里(ばんり)の旅(たび)を終(を)へ、002不敬(ふけい)並(ならび)に新聞紙法(しんぶんしはふ)違反(ゐはん)の責付(せきふ)取消(とりけし)と云(い)ふ、003あんまり有難(ありがた)からぬ悪名(あくめい)を負(を)ひ、004漸(やうや)くにして再(ふたた)び日本(につぽん)の風光(ふうくわう)に接(せつ)し、005純真(じゆんしん)なる役員(やくゐん)信徒(しんと)に遥々(はるばる)迎(むか)へられ、006門司(もじ)水上(すゐじやう)警察署(けいさつしよ)に送(おく)られ形式(けいしき)ばかりの質問(しつもん)を受(う)け、007門司署(もじしよ)の三階(さんがい)の風当(かぜあた)りよき北側(きたがは)の窓(まど)にそふて椅子(いす)にかかり煙草(たばこ)をくゆらし乍(なが)ら、008階下(かいか)の街道(かいだう)を見(み)れば、009数多(あまた)の信徒(しんと)は羽織(はおり)袴(はかま)又(また)は洋服姿(ようふくすがた)にて大道(だいだう)に列(れつ)を作(つく)り、010自分(じぶん)等(ら)を見上(みあ)げてゐる。011中(なか)には嬉(うれ)しさの余(あま)り、012歔欷(きよき)するものさへあつた。013日出雄(ひでを)、014心(こころ)の中(なか)にて思(おも)ふやう
015日出雄『ああ、016ああして信徒(しんと)が自分(じぶん)を迎(むか)へて呉(く)れて居(ゐ)るが、017ゆつくりと蒙古(もうこ)の話(はなし)をする時間(じかん)も与(あた)へられず、018諸所(しよしよ)の警察(けいさつ)から警察(けいさつ)へと送(おく)られ、019二三(にさん)日(にち)の中(うち)には、020目出度(めでた)目出度(めでた)の若松(わかまつ)さまでは無(な)うて、021よしもあしきも難波江(なにはえ)の若松(わかまつ)監獄(かんごく)に未決(みけつ)収監(しうかん)の身(み)とならねばならぬ。022自分(じぶん)は空前(くうぜん)絶後(ぜつご)の大業(たいげふ)を企(くはだ)て、023不幸(ふかう)にして中途(ちうと)に帰国(きこく)するの止(や)むを得(え)ざるに立到(たちいた)つたのも、024神界(しんかい)の御(ご)経綸(けいりん)として是非(ぜひ)なき事(こと)である。025又(また)別(べつ)に大(おほ)きい心配(しんぱい)もしてゐない。026乍然(しかしながら)妻子(さいし)、027兄弟(きやうだい)、028役員(やくゐん)信者(しんじや)の心(こころ)の裡(うち)はどんなであらう』
029等(など)と思(おも)へば万感(ばんかん)胸(むね)に充(み)ち、030不思(おもはず)不知(しらず)両眼(りやうがん)に涙(なみだ)がにじみ出(で)た。031我(われ)と我(わが)手(て)に心(こころ)を、032とり直(なほ)し
033日出雄『エー、034馬鹿(ばか)々々(ばか)しい、035こんな気(き)の弱(よは)い事(こと)でどうして天下(てんか)を救(すく)ふ神業(しんげふ)に奉仕(ほうし)する事(こと)が出来(でき)やうか、036比較(ひかく)的(てき)……人間(にんげん)と云(い)ふものは強(つよ)いやうでも弱(よわ)いものだなア』
037と自分(じぶん)の心(こころ)をたしなめたり嘲(あざけ)つたりもし乍(なが)ら、038時(とき)の移(うつ)るを待(ま)つてゐると、039門司署(もじしよ)は又(また)逃(に)げられては大変(たいへん)だとでも思(おも)つたものか、040数多(あまた)の信者(しんじや)を駅(えき)の方(はう)へ追(お)ひやり、041倉皇(さうくわう)として日出雄(ひでを)、042真澄別(ますみわけ)其(その)他(た)を小蒸汽(こじようき)に乗(の)せ、043下関署(しものせきしよ)へ送(おく)り届(とど)けた。044下関署(しものせきしよ)へ行(い)つて見(み)ると信者(しんじや)らしいものは一人(ひとり)も来(き)てゐない、045暫(しば)らく休憩(きうけい)の後(のち)、046下関(しものせき)署員(しよいん)三(さん)名(めい)に送(おく)られて自動車(じどうしや)の客(きやく)となると、047直霊(なをひ)が警察(けいさつ)の門口(かどぐち)に待(ま)つてゐた。
048 内地(ないち)へ帰(かへ)つてから初(はじ)めて見(み)た青物店(あをもの)屋(や)の西瓜(すゐくわ)や甜瓜(うり)、049バナナ、050林檎(りんご)等(とう)が、051うまさうに芳(かむば)しい香(かほり)を立(た)てて蒙古(もうこ)の荒野(くわうや)を、0511さまようた鼻(はな)を非常(ひじやう)に刺戟(しげき)する。052『久振(ひさしぶ)りで一(ひと)つ西瓜(すゐくわ)を喰(く)つて見(み)たらなア』と思(おも)へど、053そんな気儘(きまま)を云(い)ふては悪(わる)からうと遠慮(ゑんりよ)した。
054 駅(えき)につくと汗(あせ)をタラタラ流(なが)し乍(なが)ら柴田(しばた)健次郎(けんじらう)氏(し)が只(ただ)一人(ひとり)、055あわてて飛(と)んで来(き)た。056護送(ごそう)の警官(けいくわん)と共(とも)に三等室(さんとうしつ)に乗(の)つて見(み)ると057直霊(なをひ)、058井上(ゐのうへ)会長(くわいちやう)、059東尾(ひがしを)、060湯浅(ゆあさ)其(その)他(た)の役員(やくゐん)信者(しんじや)が満載(まんさい)されてゐた。061次(つ)いで大竹(おほたけ)、062上郡(かみごほり)等(とう)の警察(けいさつ)の拘留所(かうりうじよ)に一泊(いつぱく)し乍(なが)ら大阪(おほさか)へと向(むか)ふのであつた。063大竹(おほたけ)警察署(けいさつしよ)で湯(ゆ)を沸(わ)かして貰(もら)ひ、064盥(たらひ)で行水(ぎやうずゐ)をやつた。065体量(たいりやう)頓(とみ)に減(げん)じて十五(じふご)貫(くわん)五百(ごひやく)目(め)、066肩(かた)の骨(ほね)が尖(とが)り、067肋骨(ろくこつ)は高(たか)く現(あら)はれてゐるのを見(み)て、068背中(せなか)を流(なが)しに来(き)た加藤(かとう)明子(はるこ)があた外聞(ぐわいぶん)の悪(わる)い──泣(な)くのには一寸(ちよつと)面喰(めんく)らはざるを得(え)なかつた。069上郡(かみごほり)では真澄別(ますみわけ)と一所(いつしよ)に新(あたら)しい拘留所(かうりうじよ)で一夜(いちや)を明(あ)かし、070神戸駅(かうべえき)へ着(つ)くと沢山(たくさん)な出迎人(でむかへにん)がやつて来(き)て一々(いちいち)挨拶(あいさつ)をする。071二代(にだい)、072宇知丸(うちまる)は上郡駅(かみごほりえき)から一所(いつしよ)であつた。073相生橋(あひおひばし)署(しよ)を経(へ)て大阪駅(おほさかえき)に下車(げしや)するや、074見物人(けんぶつにん)は蟻(あり)の山(やま)の如(ごと)く、075毎日(まいにち)新聞(しんぶん)の活動(くわつどう)写真隊(しやしんたい)や各(かく)新聞社(しんぶんしや)がレンズを向(む)けて待(ま)ち構(かま)へてゐる中(なか)を、076人波(ひとなみ)を分(わ)けて人力車(じんりきしや)に乗(の)り、077曽根崎(そねざき)署(しよ)へと送(おく)られ、078次(つ)いで天満署(てんましよ)の拘留所(かうりうじよ)へ三十(さんじつ)分(ぷん)ばかり投(な)げ込(こ)まれ、079同署(どうしよ)の裏門(うらもん)から徒歩(とほ)にて若松(わかまつ)支所(ししよ)へ行(ゆ)かむとするや、080大本(おほもと)役員(やくゐん)信者(しんじや)及(およ)び見物人(けんぶつにん)は山(やま)の如(ごと)く雑踏(ざつたう)を極(きは)めた。081支所(ししよ)の入口(いりぐち)には又(また)もや沢山(たくさん)な新聞社(しんぶんしや)の写真班(しやしんはん)が待(ま)ち構(かま)へてゐて、082盛(さか)んにシヤツターの音(おと)をさせてゐる。083此(この)門(もん)を潜(くぐ)るや否(いな)や、084信愛(しんあい)なる役員(やくゐん)信者(しんじや)に別(わか)れねばならぬ。085殆(ほと)んど暗(くら)い穴(あな)へでも、086もぐり込(こ)むやうな気分(きぶん)が漂(ただよ)ふてゐた。087直(ただち)に支所長(ししよちやう)の室(しつ)に導(みちび)かれ、088先(ま)づ第一(だいいち)に背(せ)の高(たか)さや、089体(からだ)の目方(めかた)や、090身体(しんたい)の特徴(とくちやう)などを調(しら)べた上(うへ)、091前以(まへもつ)て差入(さしい)れてあつた軽(かる)い浴衣(ゆかた)と着換(きか)へ、092支所長(ししよちやう)の役人気(やくにんき)離(はな)れての打解話(うちとけばなし)に、093蒙古(もうこ)に於(お)ける奮戦(ふんせん)苦闘(くたう)の状況(じやうきやう)を面白(おもしろ)く聞(き)かせ所長(しよちやう)をアツと云(い)はせ、094直(ただ)ちに、095同所(どうしよ)の二階(にかい)の九十八(きうじふはち)号(がう)に収容(しうよう)されて終(しま)つた。096此(この)室(しつ)は北(きた)に窓(まど)があけてあり、097さうして建物(たてもの)が立(た)つてゐないので風当(かぜあた)りが非常(ひじやう)によい、098そして窓(まど)からのぞけば梅田(うめだ)の停車場(ていしやば)附近(ふきん)まで見(み)られる、099支所内(ししよない)第一(だいいち)の上等室(じやうとうしつ)であつた。100どの室(しつ)もどの室(しつ)も独房(どくばう)は横巾(よこはば)四(よん)尺(しやく)、101縦(たて)七(なな)尺(しやく)強(きやう)にて殆(ほと)んど一(ひと)坪(つぼ)に足(た)らない狭隘(けふあい)なる西洋(せいやう)式(しき)の監房(かんばう)である。102その中(なか)で布団(ふとん)も布(し)き、103手水(てふづ)も使(つか)ひ、104荷物(にもつ)も置(お)き大小便(だいせうべん)もやらねばならぬ。105おきて半畳(はんでふ)、106寝(ね)て一畳(いちでふ)といつも悟(さと)つた顔(かほ)して云(い)つて居(を)つても、107実際(じつさい)、108こんな所(ところ)に突込(つきこ)まれたのは可(か)なりつらかつた。109渺茫(びやうぼう)として天(てん)につらなる蒙古(もうこ)の野辺(のべ)に、110ツツパリのない空(そら)を屋根(やね)となし際限(さいげん)もない大地(だいち)を褥(しとね)となしてグウグウと寝(ね)てゐた事(こと)を思(おも)へば、111俄(にはか)に、112象(ぞう)が黴菌(ばいきん)に変化(へんくわ)したやうな気分(きぶん)になつた。113当年(たうねん)は特別(とくべつ)暑熱(しよねつ)烈(はげ)しく、114殆(ほと)んど堪(た)へきれない程(ほど)で、115身体(からだ)一面(いちめん)から油(あぶら)のやうな汗(あせ)が滲(に)じみ出(で)る、116窓(まど)はあつても六(ろく)尺(しやく)も上(うへ)にあいてゐるのだから、117あまり涼(すず)しくもない。118乍然(しかしながら)パインタラの遭難(さうなん)の事(こと)を思(おも)へば
119(日出雄)『マアマア結構(けつこう)だ、120ここに居(ゐ)れば生命(いのち)は大丈夫(だいぢやうぶ)だ、121今(いま)こそ、122こんな狭(せま)い所(ところ)に蚕(かひこ)の蛹(さなぎ)のやうに繭(まゆ)の中(なか)にすつこんでゐるが、123メツタに熱湯(にえゆ)の中(なか)に放(はう)り込(こ)まれて殺(ころ)される心配(しんぱい)も要(い)らず、124やがて此(この)殻(から)を破(やぶ)つて蝶(てふ)と孵化(ふくわ)し、125沢山(たくさん)の子(こ)を産(う)んで再(ふたた)び再生(さいせい)の春(はる)に会(あ)ふ』
126のを唯一(ゆゐいつ)の楽(たの)しみとなし二日(ふつか)三日(みつか)と日(ひ)を送(おく)つた。127今迄(いままで)刑務所(けいむしよ)へは法律(はふりつ)に関(くわん)する書籍(しよせき)と宗教(しうけう)に関(くわん)する書籍(しよせき)の外(ほか)差入(さしいれ)を許(ゆる)されなかつたのが、128一(いつ)ケ月(げつ)以前(いぜん)から肩(かた)のこらぬ講談(かうだん)雑誌(ざつし)や面白(おもしろ)倶楽部(くらぶ)その他(た)時事(じじ)に関(くわん)するものも差入(さしいれ)を許(ゆる)す事(こと)となり、129非常(ひじやう)に無聊(むりやう)を慰(なぐさ)むるに都合(つがふ)よくなつてゐた。130又(また)『神(かみ)の国(くに)』や『霊界(れいかい)物語(ものがたり)』の差入(さしいれ)が許(ゆる)されたので、131ゐながらにして大本(おほもと)の状況(じやうきやう)を知(し)る事(こと)を得(え)た。132が然(しか)し、133いい事(こと)があればその反面(はんめん)に悪(わる)い事(こと)のあるものだ。134大本(おほもと)役員(やくゐん)が債権(さいけん)問題(もんだい)について青(あを)くなつてゐる事(こと)や、135新(あらた)に債権者(さいけんしや)が、136きびしい請求(せいきう)を始(はじ)めた事(こと)が分(わか)つて非常(ひじやう)に歯(は)がゆく思(おも)つたが、137何(なん)と云(い)つても囚(とらは)れの身(み)、138自由(じいう)が利(き)かぬのに少(すこ)しく当惑(たうわく)せざるを得(え)なかつた。139役員(やくゐん)信者(しんじや)の面会(めんくわい)、140弁護士(べんごし)の面会(めんくわい)にて午前中(ごぜんちう)は相当(さうたう)に忙(いそが)しく、141隔日(かくじつ)に葉書(はがき)を書(か)く、142一週間(いつしうかん)目(め)に散髪(さんぱつ)をする、143四日目(よつかめ)位(ぐらゐ)に風呂(ふろ)に這入(はい)る、144医者(いしや)の診察(しんさつ)を受(う)ける、145その間(あひだ)に筆硯(ひつけん)を握(にぎ)つて詩歌(しか)を書(か)きつける、146面白(おもしろ)い小説(せうせつ)を読(よ)む、147随分(ずゐぶん)日(ひ)を経(ふ)るに従(したが)つて手紙(てがみ)の数(すう)も殖(ふ)えて来(く)るなり、148忙(いそが)しさを感(かん)じて来(き)た。149その為(た)め九十八(きうじふはち)日間(にちかん)の収監(しうかん)もあまり長(なが)くは感(かん)じなかつたのである。150殺人犯(さつじんはん)や暴動罪(ばうどうざい)や詐欺(さぎ)、151泥棒(どろぼう)等(とう)の未決囚(みけつしう)と共(とも)に、152日曜(にちえう)を除(のぞ)く外(ほか)は毎日(まいにち)看守(かんしゆ)に送(おく)られて長(なが)い廊下(らうか)を渡(わた)り面会所(めんくわいじよ)に順番(じゆんばん)の来(く)るのを待(ま)つてゐた。153その間(あひだ)には種々(しゆじゆ)の面白(おもしろ)い話(はなし)を聞(き)き、154彼(かれ)等(ら)の心理(しんり)状態(じやうたい)を知悉(ちしつ)する事(こと)を得(え)た。155足立(あだち)弁護士(べんごし)がやつて来(き)て、156その筋(すぢ)の諒解(りやうかい)を得(え)て置(お)いたから、157直(す)ぐに保釈(ほしやく)の許可(きよか)になるだらうから安心(あんしん)せよと云(い)つた。158自分(じぶん)も是非(ぜひ)一度(いちど)帰(かへ)つて早(はや)く蒙古(もうこ)事情(じじやう)を役員(やくゐん)信者(しんじや)に話(はな)して安心(あんしん)させ度(た)いと思(おも)つた矢先(やさき)だから、159一(いち)日(にち)も早(はや)く出監(しゆつかん)し度(た)いと思(おも)つてゐると、160○原(はら)○嶺(れい)[※○は伏せ字。栗原白嶺だと思われる。]氏(し)より大変(たいへん)都合(つがふ)の悪(わる)い長(なが)たらしい書面(しよめん)が日出雄(ひでを)名(な)宛(あて)に舞(ま)ひ込(こ)んで来(き)た、161その結果(けつくわ)はとうとう保釈(ほしやく)もオヂヤンになり、162九十八(きうじふはち)日間(にちかん)入牢(にふろう)せなくてはならぬやうな破目(はめ)になつたのである。163乍然(しかしながら)その間(かん)に精神(せいしん)の修養(しうやう)をなし、164今(いま)日蓮(にちれん)の予言録(よげんろく)や蒙古(もうこ)王国(わうこく)の夢(ゆめ)等(など)と云(い)ふ日出雄(ひでを)の記事(きじ)を読(よ)み、165沢山(たくさん)の信徒(しんと)から送(おく)つて来(く)る名所(めいしよ)ハガキを見(み)て、166非常(ひじやう)に面白(おもしろ)く楽(たの)しく入獄(にふごく)の身(み)たる事(こと)を忘(わす)れ、167夏(なつ)と秋(あき)とを知(し)らぬ間(ま)に送(おく)つて終(しま)つたのである。168入監中(にふかんちゆう)に沢山(たくさん)の面白(おもしろ)い夢(ゆめ)を見(み)た。169その一二(いちに)をここに書(か)き止(と)めておかう。
170 旧(きう)七(しち)月(ぐわつ)十五(じふご)日(にち)の夜(よ)、171十七八(じふしちはつ)歳(さい)の女神(めがみ)が忽然(こつぜん)と現(あら)はれて自分(じぶん)に朝日(あさひ)煙草(たばこ)一(いつ)ケを手渡(てわた)し……莞爾(くわんじ)として姿(すがた)を消(け)し玉(たま)ふた。172自分(じぶん)は目(め)が覚(さ)めてから、173やがて岩戸(いはと)が開(ひら)くだらう、174朝日(あさひ)の煙草(たばこ)を賜(たま)はつたから。175然(しか)しユツクリ一服(いつぷく)して時節(じせつ)を待(ま)てとの事(こと)だらう、176到底(たうてい)ここ五日(いつか)や十日(とをか)の中(うち)に出獄(しゆつごく)する事(こと)は出来(でき)ないだらうと感(かん)じたのであつた。
177 それから四五(しご)日(にち)すると、178北海道(ほくかいだう)に自分(じぶん)は巡教(じゆんけう)に行(ゆ)くと大(おほ)きな南瓜畑(かぼちやばたけ)があり、179南瓜(かぼちや)の作(つく)り主(ぬし)は自分(じぶん)にその中(うち)の最(もつと)も大(だい)なるものを、180むしり採(と)り、181二個(にこ)呉(く)れた夢(ゆめ)を見(み)た。182出獄(しゆつごく)して綾部(あやべ)へ帰(かへ)つて居(ゐ)ると183四五(しご)日(にち)してから北海道(ほくかいだう)の信者(しんじや)が、184日出雄(ひでを)が夢(ゆめ)に見(み)た同様(どうやう)の南瓜(かぼちや)を二個(にこ)持(も)つて来(き)てくれたのには、185夢(ゆめ)の適中(てきちう)した事(こと)を感歎(かんたん)せずには居(ゐ)られなかつた。
186 新(しん)十(じふ)月(ぐわつ)の中頃(なかごろ)、187本宮山(ほんぐうやま)のやうな丘陵(きうりよう)があつて、188その山麓(さんろく)を自分(じぶん)の母(はは)と二人(ふたり)歩(ある)いてゐると、189母(はは)の姿(すがた)は俄(にはか)に見(み)えなくなつた。190自分(じぶん)は山(やま)の中(なか)へでも母(はは)が隠(かく)れたのではないかと思(おも)ひ、191小山(こやま)の南麓(なんろく)から青々(あをあを)とした萱草(かやくさ)を分(わ)けつつ上(のぼ)つて見(み)ると、192大本(おほもと)信者(しんじや)の一人(ひとり)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)に一丁(いつちやう)ばかりの間(あひだ)雑木(ざうき)を伐(き)り、193土(つち)を引(ひ)きならして三間(さんげん)斗(ばか)りの道(みち)を開(ひら)いてゐる。194そこを歩(ある)いて上(あが)つて行(ゆ)くと、195十字形(じふじがた)に大道(だいだう)が貫通(くわんつう)してゐた。196つまり塞(ふさ)がつてゐたのは五六十(ごろくじつ)間(けん)許(ばか)りの間(あひだ)であつた。197こりや屹度(きつと)保釈(ほしやく)を許(ゆる)されて近(ちか)い中(うち)に出(で)るだらうと感(かん)じた。
198 その次(つぎ)は自分(じぶん)が非常(ひじやう)な高(たか)い尖(とが)つた岩山(いはやま)の上(うへ)に、199いつしか上(のぼ)つてゐたが、200何処(どこ)からも下(くだ)る道(みち)がない、201どうしやうかと思(おも)つてゐると、202白馬(はくば)が二頭(にとう)現(あら)はれて203鉄(てつ)のくさりを喰(くは)へて自分(じぶん)の居(ゐ)る岩(いは)の上(うへ)にガチリと音(おと)をさせて掛(か)けおき、204山(やま)の横腹(よこはら)を一瀉(いつしや)千里(せんり)の勢(いきほひ)で帰(かへ)つて終(しま)つた。205目(め)が覚(さ)めてから、206自分(じぶん)の為(ため)に活路(くわつろ)を開(ひら)くべく獅子(しし)奮迅(ふんじん)の活躍(くわつやく)をしてゐる信者(しんじや)のある事(こと)を感(かん)じた。
207 次(つぎ)に本宮山(ほんぐうやま)の東麓(とうろく)の傾斜地(けいしやち)を、208中野(なかの)岩太(いはた)氏(し)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)に引(ひ)きならし、209行儀(ぎやうぎ)よく小松(こまつ)を植(う)ゑてゐた夢(ゆめ)を見(み)た。
210 或(ある)日(ひ)真澄別(ますみわけ)が面会(めんくわい)に来(き)て云(い)ふのは
211真澄別『先生(せんせい)、212私(わたし)は霊眼(れいがん)で十一(じふいち)と云(い)ふ事(こと)を見(み)せて頂(いただ)きましたが、213どう云(い)ふ事(こと)でせうか』
214と尋(たづ)ねたので日出雄(ひでを)は
215日出雄『フン、216大方(おほかた)十(じふ)に一(いち)と云(い)ふ事(こと)だらう、217十中(じつちう)の九(く)まで保釈(ほしやく)が許(ゆる)されないのかも知(し)れない。218又(また)考(かんが)へて見(み)れば十中(じつちう)の十一(じふいち)迄(まで)無罪(むざい)になる事(こと)かも知(し)れぬ』
219と云(い)つて笑(わら)つて別(わか)れた。220然(しか)るに日出雄(ひでを)の保釈(ほしやく)が決定(けつてい)したのは旧(きう)十(じふ)月(ぐわつ)一(いち)日(にち)であり、221若松(わかまつ)支所(ししよ)を出(で)たのは新暦(しんれき)十一(じふいち)月(ぐわつ)一(いち)日(にち)の午前(ごぜん)十一(じふいち)時(じ)十一(じふいつ)分(ぷん)であつた。222十五(じふご)貫(くわん)五百(ごひやく)目(め)[※15.5貫=58.1kg]の体量(たいりやう)に減(げん)じてゐた自分(じぶん)は、223九十八(きうじふはち)日間(にちかん)の監房(かんばう)生活(せいくわつ)の結果(けつくわ)十七(じふしち)貫(くわん)六百(ろつぴやく)目(め)[※17.6貫=66kg]に体量(たいりやう)が増(ま)してゐた。224支所長(ししよちやう)始(はじ)め所内(しよない)の役人(やくにん)全部(ぜんぶ)に見送(みおく)られて門内(もんない)を出(で)ると、225大本(おほもと)役員(やくゐん)信者(しんじや)数百(すうひやく)名(めい)、226其(その)他(た)新聞(しんぶん)記者(きしや)及(およ)び大阪(おほさか)市内(しない)の見物人(けんぶつにん)が黒山(くろやま)の如(ごと)くに沿道(えんだう)に堵列(とれつ)してゐる。227小雨(こさめ)がシヨボシヨボと降(ふ)つてゐる中(なか)を、228さぬきや旅館(りよくわん)に這入(はい)り、229ここにて数多(あまた)の信者(しんじや)と食卓(しよくたく)を共(とも)にし、230無事(ぶじ)帰綾(きりよう)する事(こと)となつた。
231 これより先(さき)、232聖地(せいち)では秋季(しうき)大祭(たいさい)があり、233分所(ぶんしよ)支部長(しぶちやう)会議(くわいぎ)が始(はじ)まり財政(ざいせい)整理(せいり)問題(もんだい)について、234かなりの激論(げきろん)が始(はじ)まつてゐた。235そこへ保釈(ほしやく)許可(きよか)の電報(でんぱう)が大阪(おほさか)の弁護士(べんごし)からついたので、236今迄(いままで)の争論(そうろん)は水(みづ)の泡(あわ)の如(ごと)く消(き)え、237何(いづ)れも一斉(いつせい)に神言(かみごと)を奏上(そうじやう)し、238それより一同(いちどう)打揃(うちそろ)ふて大阪(おほさか)に迎(むか)へに来(き)たのであつた。
239 これで蒙古入(もうこいり)の大芝居(おほしばゐ)も一寸(ちよつと)黒幕(くろまく)が下(お)りたやうなものである。
240(大正一四、八、一六 北村隆光筆録)
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