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病牛

インフォメーション
題名:病牛 著者:出口王仁三郎
ページ:89
概要: 備考:『霧の海』p31-40 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-11-01 07:58:36 OBC :B121808c42
─二十三四歳の頃─
牛畜(ぎうちく)の流行性感冒(かんばう)むらむらにありて井上(ゐのうへ)往診いそがし
井上の留守に薬をとりにくる飼主(かひぬし)にわれ薬をあたふ
重曹(ぢゆうそう)規那(きな)(まつ)芒硝(ぼうせう)酒石酸(しゆせきさん)調合なして十銭に売る
十銭にやつたと云へば井上は十五銭よと目をむきいかる
二銭ほどの薬を十銭に売つたのに何が悪いと抗弁をなす
猪古才(ちよこざい)世帯(しよたい)知らずといひながら棍棒(こんぼう)もちてなぐりにかかる
逃げながら麦畑(むぎばた)の土をひつつかみ井上(ゐのうへ)目がけて投げかけにけり
土埃(つちぼこり)目に()りしにや井上はばたりとたふれ涙して居り
われもまた驚き如何(いか)にとたち寄ればこん畜生と(おこ)りてなぐる
真清水(ましみづ)をバケツに汲みて目を洗ひふくれ(づら)して家に帰れリ
約五里を(へだ)てし和知(わち)より病牛の往診たのみ百姓(きた)れり
井上はいそいそとして金儲けまた出来たりと急ぎ()でゆく
井上の母は(きた)りて一石(いつこく)(かひこ)を棚に飼養(しやう)してをり
急電によりてわが伯母(をば)郷里なる高屋(たかや)(さと)にいそぎ帰れり
井上の母はわがため伯母なりきわが子を()めてわれのみそしる
わが伯母の高屋(たかや)に帰りしそのあとで二眠(にみん)(かひこ)をもみつぶしたり
真夜中に井上和知(わち)より帰り来て棚の蚕をつくづくみてをり
おい喜楽えらい(ねづみ)が荒れよつた猫かりてこよとやかましくいふ
わが()せしこのいたづらを井上は(ねづみ)といひしにはつと落ちつく
真夜中に南陽寺(なんやうじ)の門をうち叩き(ねこ)借りたしと和尚(をしやう)に言ひこむ
真夜中に猫をかせとは不思議なりそのわけ話せと和尚は迫る
やむを得ずありしことごと詳細(まつぶさ)に話せば和尚はふき出し笑ふ
そんなことするよな男に寺の猫は貸してはやらぬと和尚は笑ふ
いたづらを鼠と思てる井上も耄碌(もうろく)してると言ひつつわれ笑ふ
わが声を聞きて寄り来る寺の猫をぐつと(かか)へて逃げ出しにけり
喜楽さん解剖してはいけないよと和尚は大声あげて云ひけり
解剖もしませぬ()いて食ひませぬしばらく貸してと言ひつつ走る
(かか)へ家に帰れば井上は何処(どこ)の猫かとしきりに尋ねる
南陽寺(なんやうじ)和尚にかつて来ましたと言へば井上(まゆ)さかだてる
南陽寺の嫌ひな和尚にかつて来た猫は()なせと井上目をつる
南陽寺の猫でも鼠はとりますよと云へばこの猫(かひこ)食ふといふ
井上の言葉の如くこの猫は蚕をむしやむしや食ひはじめけり
井上はこん畜生と猫とわれを一度にぴしやりと杖にてなぐる
流行性感冒の(うし)出来たりとまた真夜中に百姓きたる
洋服に身をかためつつ靴の音たかく井上()でゆきにけり
あくる朝ふたたび猫をつれ来たり蚕の虫をくはせて楽しむ
わが伯母は早朝高屋(たかや)ゆ帰り来て(なほ)はゐぬかとわれに問ひをり
(なほ)やんは牛の流行性感冒でどつかへ()たとわれ答へたり
蚕食ふ猫をみつけてわが伯母は気をつけぬかと甲高(かんだか)にいふ
知らぬ()に猫が出て来て知らぬ()に蚕をむしむし()たと答ふる
井上の帰りし靴音ギウギウと聞きつつわれは牧場に走る
留守番がなくては蚕も飼へないと伯母井上に妻帯(さいたい)すすめをり
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