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特別編 入蒙記
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第74巻(丑の巻)
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第20巻(未の巻)
序
凡例
総説歌
第1篇 宇都山郷
01 武志の宮
〔663〕
02 赤児の誤
〔664〕
03 山河不尽
〔665〕
04 六六六
〔666〕
第2篇 運命の綱
05 親不知
〔667〕
06 梅花の痣
〔668〕
07 再生の歓
〔669〕
08 心の鬼
〔670〕
第3篇 三国ケ嶽
09 童子教
〔671〕
10 山中の怪
〔672〕
11 鬼婆
〔673〕
12 如意宝珠
〔674〕
霊の礎(六)
霊の礎(七)
余白歌
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第20巻
> 第2篇 運命の綱 > 第5章 親不知
<<< 六六六
(B)
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梅花の痣 >>>
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第五章
親不知
(
おやしらず
)
〔六六七〕
インフォメーション
著者:
巻:
篇:
よみ(新仮名遣い):
章:
よみ(新仮名遣い):
通し章番号:
口述日:
口述場所:
筆録者:
校正日:
校正場所:
初版発行日:
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
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:
主な登場人物
[?]
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
rm2005
愛善世界社版:
八幡書店版:
修補版:
校定版:
普及版:
初版:
ページ備考:
001
黄金
(
こがね
)
の
波
(
なみ
)
も
宇都山
(
うづやま
)
の
002
山
(
やま
)
と
山
(
やま
)
との
谷間
(
たにあひ
)
を
003
縫
(
ぬ
)
うて
流
(
なが
)
るる
宇都
(
うづ
)
の
川
(
かは
)
004
水
(
みづ
)
も
温
(
ぬる
)
みて
遡
(
のぼ
)
り
来
(
く
)
る
005
真鯉
(
まごひ
)
緋鯉
(
ひごひ
)
や
鮒
(
ふな
)
雑魚
(
もろこ
)
006
鮎
(
あゆ
)
の
季節
(
きせつ
)
も
漸
(
やうや
)
くに
007
漁
(
すなど
)
る
人
(
ひと
)
の
此処
(
ここ
)
彼処
(
かしこ
)
008
中
(
なか
)
に
勝
(
すぐ
)
れて
背
(
せ
)
も
高
(
たか
)
く
009
何
(
なん
)
とはなしに
逞
(
たくま
)
しき
010
白髪
(
はくはつ
)
異様
(
いやう
)
の
老人
(
らうじん
)
は
011
立
(
た
)
つる
煙
(
けぶり
)
も
細竿
(
ほそざを
)
の
012
先
(
さき
)
に
餌
(
ゑさ
)
をば
取
(
と
)
りつけて
013
永
(
なが
)
き
春日
(
はるひ
)
を
過
(
す
)
ごさむと
014
釣
(
つり
)
を
楽
(
たの
)
しむ
折柄
(
をりから
)
に
015
川辺
(
かはべ
)
を
伝
(
つた
)
ひ
上
(
のぼ
)
り
来
(
く
)
る
016
蓑笠
(
みのかさ
)
着
(
つ
)
けた
二人
(
ふたり
)
連
(
づ
)
れ
017
諸行
(
しよぎやう
)
無常
(
むじやう
)
是生
(
ぜしやう
)
滅法
(
めつぽふ
)
018
生滅
(
しやうめつ
)
滅已
(
めつい
)
寂滅
(
じやくめつ
)
為楽
(
ゐらく
)
と
記
(
しる
)
したる
019
菅
(
すげ
)
の
小笠
(
をがさ
)
を
頂
(
いただ
)
きつ
020
金剛杖
(
こんがうづゑ
)
に
助
(
たす
)
けられ
021
釣
(
つり
)
する
翁
(
おきな
)
の
前
(
まへ
)
に
立
(
た
)
ち
022
釣
(
つ
)
れますかなと
阿呆面
(
あはうづら
)
023
翁
(
おきな
)
は
釣
(
つり
)
に
気
(
き
)
を
取
(
と
)
られ
024
見向
(
みむ
)
きもやらぬもどかしさ
025
行者
(
ぎやうじや
)
はツカツカ
側
(
そば
)
に
寄
(
よ
)
り
026
コレコレ
爺
(
ぢ
)
さまと
背
(
せな
)
叩
(
たた
)
き
027
釣
(
つ
)
れますかなと
又
(
また
)
問
(
と
)
へば
028
情
(
つれ
)
無
(
な
)
い
浮世
(
うきよ
)
の
一人者
(
ひとりもの
)
029
婆
(
ばば
)
アは
川
(
かは
)
に
誤
(
あやま
)
つて
030
寂滅
(
じやくめつ
)
為楽
(
ゐらく
)
となりました
031
諸行
(
しよぎやう
)
無常
(
むじやう
)
の
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
の
032
是生
(
ぜしやう
)
滅法
(
めつぽふ
)
の
道理
(
ことわり
)
に
033
洩
(
も
)
れぬ
人生
(
じんせい
)
を
果敢
(
はか
)
なみて
034
余生
(
よせい
)
を
送
(
おく
)
る
川
(
かは
)
の
辺
(
べ
)
の
035
吾
(
わ
)
れは
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
翁
(
おきな
)
036
汝
(
なれ
)
は
夫婦
(
ふうふ
)
の
修験者
(
しうげんじや
)
037
本来
(
ほんらい
)
この
世
(
よ
)
は
無東西
(
むとうざい
)
038
何処有
(
かしよう
)
南北
(
なんぼく
)
此
(
こ
)
れ
宇宙
(
うちう
)
039
迷
(
まよ
)
ふが
故
(
ゆゑ
)
に
三界城
(
さんがいじやう
)
040
悟
(
さと
)
るが
故
(
ゆゑ
)
に
十方空
(
じつぱうくう
)
041
食
(
く
)
うて
糞
(
はこ
)
して
寝
(
ね
)
て
起
(
お
)
きて
042
さて
其
(
その
)
後
(
あと
)
は
死
(
し
)
ぬるのみ
043
是
(
こ
)
れが
人生
(
じんせい
)
の
通路
(
つうろ
)
ぞや
044
汝
(
なんぢ
)
は
若
(
わか
)
い
年
(
とし
)
に
似
(
に
)
ず
045
行者
(
ぎやうじや
)
になるは
何故
(
なにゆゑ
)
ぞ
046
此
(
こ
)
れには
仔細
(
しさい
)
あるならむ
047
委曲
(
つぶさ
)
に
語
(
かた
)
れと
促
(
うなが
)
せば
048
若
(
わか
)
き
男
(
をとこ
)
は
笠
(
かさ
)
を
除
(
と
)
り
049
蓑
(
みの
)
脱
(
ぬ
)
ぎ
捨
(
す
)
てて
川
(
かは
)
の
辺
(
べ
)
に
050
どつかと
坐
(
ざ
)
して
目
(
め
)
を
拭
(
ぬぐ
)
ひ
051
バラモン
教
(
けう
)
の
修験者
(
しうげんじや
)
052
宗彦
(
むねひこ
)
お
勝
(
かつ
)
の
両人
(
りやうにん
)
が
053
一粒種
(
ひとつぶだね
)
の
愛
(
いと
)
し
子
(
ご
)
に
054
先立
(
さきだ
)
たれたる
悲
(
かな
)
しさに
055
赤児
(
あかご
)
の
冥福
(
めいふく
)
祈
(
いの
)
らむと
056
二世
(
にせ
)
を
契
(
ちぎ
)
つた
妹
(
いも
)
と
背
(
せ
)
が
057
足
(
あし
)
に
任
(
まか
)
せて
雲水
(
うんすゐ
)
の
058
行衛
(
ゆくへ
)
定
(
さだ
)
めぬ
草枕
(
くさまくら
)
059
旅
(
たび
)
に
出
(
い
)
でたる
其
(
その
)
日
(
ひ
)
より
060
憂
(
う
)
きを
三年
(
みとせ
)
の
夫婦
(
ふうふ
)
連
(
づ
)
れ
061
月日
(
つきひ
)
の
駒
(
こま
)
は
矢
(
や
)
の
如
(
ごと
)
く
062
吾
(
わ
)
れを
見棄
(
みす
)
てて
流
(
なが
)
れ
行
(
ゆ
)
く
063
二人
(
ふたり
)
の
果
(
は
)
ては
小夜砧
(
さよきぬた
)
064
宇都山
(
うづやま
)
川
(
がは
)
の
水音
(
みなおと
)
も
065
悲
(
かな
)
しき
無情
(
むじやう
)
の
叫
(
さけ
)
び
声
(
ごゑ
)
066
万有
(
ばんいう
)
愛護
(
あいご
)
の
御教
(
みをしへ
)
を
067
守
(
まも
)
る
吾
(
われ
)
等
(
ら
)
は
河海
(
かはうみ
)
に
068
泛
(
うか
)
び
遊
(
あそ
)
べるうろくづの
069
天津
(
あまつ
)
御神
(
みかみ
)
の
精霊
(
せいれい
)
の
070
宿
(
やど
)
り
玉
(
たま
)
うと
聞
(
き
)
くからに
071
翁
(
おきな
)
の
釣
(
つり
)
を
見
(
み
)
るにつけ
072
諸行
(
しよぎやう
)
無常
(
むじやう
)
の
感
(
かん
)
深
(
ふか
)
し
073
生者
(
せいじや
)
必滅
(
ひつめつ
)
会者
(
ゑしや
)
定離
(
ぢやうり
)
074
世
(
よ
)
の
慣習
(
ならはし
)
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
075
釣魚
(
てうぎよ
)
の
歎
(
なげ
)
きは
目
(
ま
)
のあたり
076
見
(
み
)
る
吾
(
われ
)
こそは
痛
(
いた
)
ましく
077
彼
(
か
)
れが
菩提
(
ぼだい
)
を
弔
(
とむら
)
ひて
078
せめて
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
の
冥福
(
めいふく
)
を
079
祈
(
いの
)
りやらむと
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
が
080
心
(
こころ
)
をこめて
釣
(
つ
)
りあげし
081
鮒
(
ふな
)
や
雑魚
(
もろこ
)
の
死骸
(
なきがら
)
に
082
両手
(
りやうて
)
を
合
(
あは
)
せ
拝
(
をが
)
み
居
(
ゐ
)
る
083
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
は
驚
(
おどろ
)
いて
084
竿
(
さを
)
投
(
な
)
げ
棄
(
す
)
てて
釣
(
つ
)
りし
魚
(
な
)
を
085
川
(
かは
)
の
瀬
(
せ
)
目蒐
(
めが
)
けて
放
(
はな
)
ちやり
086
涙
(
なみだ
)
流
(
なが
)
してスゴスゴと
087
茅屋
(
あばらや
)
さして
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く
088
宗彦
(
むねひこ
)
お
勝
(
かつ
)
の
両人
(
りやうにん
)
は
089
悲哀
(
ひあい
)
の
涙
(
なみだ
)
に
暮
(
く
)
れ
乍
(
なが
)
ら
090
吐息
(
といき
)
つくづく
老人
(
らうじん
)
が
091
後
(
あと
)
を
慕
(
した
)
うて
探
(
さぐ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
092
川辺
(
かはべ
)
に
建
(
た
)
てる
茅屋
(
あばらや
)
を、
093
宗彦
(
むねひこ
)
お
勝
(
かつ
)
の
両人
(
りやうにん
)
は、
094
漸
(
やうや
)
く
見
(
み
)
つけだし、
095
戸
(
と
)
の
外面
(
そとも
)
より、
096
宗彦、お勝
『
頼
(
たの
)
もう
頼
(
たの
)
もう』
097
と
訪
(
おとな
)
へば、
098
中
(
なか
)
より
以前
(
いぜん
)
の
翁
(
おきな
)
、
099
翁
(
おきな
)
『お
前
(
まへ
)
は、
100
最前
(
さいぜん
)
逢
(
あ
)
うたバラモン
教
(
けう
)
の
巡礼
(
じゆんれい
)
だらう。
101
わしはバラモン
教
(
けう
)
は
嫌
(
いや
)
だ。
102
けれど
最前
(
さいぜん
)
お
前
(
まへ
)
の
言
(
い
)
つた
事
(
こと
)
に
少
(
すこ
)
しばかり
首
(
くび
)
を
傾
(
かたむ
)
けて
考
(
かんが
)
へねばならぬ
事
(
こと
)
が
有
(
あ
)
るやうだ。
103
此
(
この
)
里
(
さと
)
はバラモン
教
(
けう
)
の
信者
(
しんじや
)
許
(
ばか
)
りであつたが、
104
つい
一
(
いち
)
年
(
ねん
)
許
(
ばか
)
り
前
(
まへ
)
から、
105
三五教
(
あななひけう
)
に
全村
(
ぜんそん
)
挙
(
こぞ
)
つてなつたのだから、
106
表向
(
おもてむき
)
這入
(
はい
)
つて
貰
(
もら
)
ふ
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ないのだが、
107
川辺
(
かはべり
)
の
一
(
ひと
)
つ
家
(
や
)
を
幸
(
さいは
)
ひ、
108
誰
(
たれ
)
も
見
(
み
)
て
居
(
ゐ
)
ないから、
109
そつと
這入
(
はい
)
つて
下
(
くだ
)
され。
110
わしも
此
(
この
)
村
(
むら
)
の
武志
(
たけし
)
の
宮
(
みや
)
の
神主
(
かむぬし
)
をして
居
(
を
)
る
者
(
もの
)
だ。
111
婆
(
ばば
)
アに
先立
(
さきだ
)
たれ、
112
余
(
あま
)
り
淋
(
さび
)
しいので、
113
毎日
(
まいにち
)
日々
(
ひにち
)
、
114
漁
(
すなど
)
りを
楽
(
たの
)
しみ、
115
婆
(
ばば
)
アの
霊前
(
れいぜん
)
に
清鮮
(
せいせん
)
な
魚
(
うを
)
を
供
(
そな
)
へて、
116
せめてもの
慰
(
なぐさ
)
めとして
居
(
を
)
るのだ。
117
それに
就
(
つい
)
てお
前
(
まへ
)
に
聞
(
き
)
きたい
事
(
こと
)
がある。
118
サアサアお
這入
(
はい
)
りなさい』
119
宗彦
(
むねひこ
)
『バラモン
教
(
けう
)
でも、
120
三五教
(
あななひけう
)
でも、
121
道理
(
だうり
)
に
二
(
ふた
)
つはない
筈
(
はず
)
だ。
122
開闢
(
かいびやく
)
の
初
(
はじめ
)
から、
123
火
(
ひ
)
は
熱
(
あつ
)
い
水
(
みづ
)
は
冷
(
つめ
)
たいと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は、
124
チヤンと
定
(
きま
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
125
それ
程
(
ほど
)
バラモン
教
(
けう
)
を
排斤
(
はいせき
)
するのならば、
126
お
前
(
まへ
)
の
宅
(
うち
)
へ
這入
(
はい
)
る
事
(
こと
)
は
中止
(
ちゆうし
)
致
(
いた
)
しませう。
127
サアお
勝
(
かつ
)
、
128
行
(
ゆ
)
かうぢやないか』
129
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『お
前
(
まへ
)
は
年
(
とし
)
が
若
(
わか
)
いので
直
(
すぐ
)
に
腹
(
はら
)
を
立
(
た
)
てるが、
130
マアじつくりとお
茶
(
ちや
)
でも
飲
(
の
)
んで、
131
気
(
き
)
を
落
(
お
)
ち
着
(
つ
)
け、
132
話
(
はなし
)
の
交換
(
かうくわん
)
をしたらどうだな。
133
わしも
一人暮
(
ひとりぐら
)
しで、
134
川端柳
(
かはばたやなぎ
)
ぢやないが、
135
水
(
みづ
)
の
流
(
なが
)
れを
見
(
み
)
て、
136
クヨクヨと
世
(
よ
)
を
送
(
おく
)
る
者
(
もの
)
だから』
137
お
勝
(
かつ
)
『
宗彦
(
むねひこ
)
さま、
138
お
爺
(
ぢい
)
さまの
仰有
(
おつしや
)
る
通
(
とほ
)
り、
139
一服
(
いつぷく
)
さして
貰
(
もら
)
ひませうか』
140
宗彦
(
むねひこ
)
『そうだなア、
141
そんならドツと
譲歩
(
じやうほ
)
して
這入
(
はい
)
つてやらうか』
142
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『サアサア
這入
(
はい
)
つてやらつしやい……(
小声
(
こごゑ
)
で)……バラモン
教
(
けう
)
の
奴
(
やつ
)
は、
143
どこまでも
剛腹
(
がうばら
)
な
奴
(
やつ
)
だなア』
144
と
呟
(
つぶや
)
き
乍
(
なが
)
ら
真黒
(
まつくろ
)
けの
土瓶
(
どびん
)
から、
145
忍草
(
にんぞう
)
の
茶
(
ちや
)
を
汲
(
く
)
んで
勧
(
すす
)
める。
146
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『お
前
(
まへ
)
は、
147
見
(
み
)
ればまだ
若
(
わか
)
い
夫婦
(
ふうふ
)
と
見
(
み
)
えるが、
148
能
(
よ
)
う
其処
(
そこ
)
まで
発起
(
ほつき
)
したものだなア、
149
是
(
こ
)
れには
深
(
ふか
)
い
訳
(
わけ
)
が
有
(
あ
)
るだらう、
150
一
(
ひと
)
つ
聞
(
き
)
かして
貰
(
もら
)
ひたいものだ』
151
宗彦
(
むねひこ
)
『
私
(
わたし
)
も
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は、
152
来世
(
らいせ
)
が
怖
(
おそ
)
ろしくなつて
来
(
き
)
たので、
153
罪亡
(
つみほろ
)
ぼしに
巡礼
(
じゆんれい
)
となつて、
154
各地
(
かくち
)
の
霊山
(
れいざん
)
霊場
(
れいぢやう
)
を
巡拝
(
じゆんぱい
)
し、
155
今日
(
けふ
)
で
殆
(
ほとん
)
ど
三
(
さん
)
年
(
ねん
)
、
156
この
自転倒
(
おのころ
)
島
(
じま
)
を
廻
(
まは
)
つて
来
(
き
)
ました。
157
私
(
わたし
)
も
今
(
いま
)
こそ、
158
斯
(
か
)
うして
猫
(
ねこ
)
の
様
(
やう
)
に
温順
(
おとな
)
しくなつて
了
(
しま
)
つたが、
159
随分
(
ずゐぶん
)
名代
(
なだい
)
の
悪者
(
わるもの
)
でしたよ。
160
家妻
(
かない
)
を
貰
(
もら
)
つては
赤裸
(
まつぱだか
)
にして
追出
(
おひだ
)
し、
161
押
(
おし
)
かけ
婿
(
むこ
)
にいつては、
162
其
(
その
)
家
(
いへ
)
を
潰
(
つぶ
)
し、
163
何度
(
なんど
)
となく
嬶
(
かかあ
)
泣
(
な
)
かせの
家潰
(
いへつぶ
)
しや、
164
後家倒
(
ごけだふ
)
し
借
(
か
)
り
倒
(
たふ
)
しなど、
165
悪
(
わる
)
い
事
(
こと
)
の
有
(
あ
)
らむ
限
(
かぎ
)
りを
尽
(
つく
)
して
来
(
き
)
た
所
(
ところ
)
、
166
最後
(
さいご
)
の
女房
(
にようばう
)
が
私
(
わたし
)
の
不身持
(
ふみもち
)
を
苦
(
く
)
にして、
167
裏
(
うら
)
の
溜池
(
ためいけ
)
へドンブリコとやつて、
168
ブルブルブル、
169
波立
(
なみた
)
つ
泡
(
あわ
)
と
共
(
とも
)
に
寂滅
(
じやくめつ
)
為楽
(
ゐらく
)
となつて
了
(
しま
)
つた。
170
それから
直
(
すぐ
)
に
此
(
この
)
お
勝
(
かつ
)
を
女房
(
にようばう
)
となし、
171
睦
(
むつま
)
じう
養家
(
やうか
)
の
財産
(
ざいさん
)
を
当
(
あて
)
に、
172
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで
差向
(
さしむか
)
ひで、
173
酒
(
さけ
)
ばつかり
飲
(
の
)
んで
居
(
を
)
つた
所
(
ところ
)
、
174
嬶
(
かか
)
アの
霊
(
れい
)
を
祀
(
まつ
)
つた
霊壇
(
れいだん
)
から
夜半
(
よなか
)
頃
(
ごろ
)
になると、
175
ポーツポーツと
青白
(
あをじろ
)
い
火
(
ひ
)
が
燃
(
も
)
えて
来
(
く
)
る。
176
夫婦
(
ふうふ
)
の
者
(
もの
)
は
夜着
(
よぎ
)
を
被
(
かぶ
)
つて、
177
息
(
いき
)
を
凝
(
こ
)
らして
慄
(
ふる
)
へて
居
(
を
)
ると、
178
冷
(
つめ
)
たい
手
(
て
)
で
二人
(
ふたり
)
の
顔
(
かほ
)
を
撫
(
な
)
で
廻
(
まは
)
す
厭
(
いや
)
らしさ。
179
此奴
(
こいつ
)
ア
先妻
(
せんさい
)
のお
国
(
くに
)
の
亡霊
(
ばうれい
)
ぢやと
合点
(
がつてん
)
し、
180
一言
(
ひとこと
)
謝罪
(
あやま
)
らうと
思
(
おも
)
うても、
181
どうしたものか
声
(
こゑ
)
が
出
(
で
)
て
来
(
こ
)
ぬ。
182
長
(
なが
)
い
夜中
(
よるぢう
)
厭
(
いや
)
らしい
声
(
こゑ
)
がする。
183
冷
(
つめ
)
たい
手
(
て
)
で
撫
(
な
)
でる。
184
こいつア
堪
(
たま
)
らぬと、
185
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
までバラモン
教
(
けう
)
のお
経
(
きやう
)
を
唱
(
とな
)
へ
通
(
とほ
)
して
居
(
を
)
ると、
186
其
(
その
)
夜
(
よ
)
はお
蔭
(
かげ
)
で
霊壇
(
れいだん
)
の
怪
(
くわい
)
は
止
(
や
)
んだ。
187
さう
斯
(
か
)
うする
間
(
うち
)
に、
188
ザアザアと
雨戸
(
あまど
)
を
叩
(
たた
)
く
音
(
おと
)
、
189
それが
又
(
また
)
死
(
し
)
んだ
女房
(
にようばう
)
の
声
(
こゑ
)
に
聞
(
きこ
)
えて
来
(
く
)
る。
190
ソツと
窓
(
まど
)
から
透
(
すか
)
して
見
(
み
)
れば、
191
お
国
(
くに
)
の
陥
(
はま
)
つた
前栽
(
せんざい
)
の
池
(
いけ
)
から、
192
白
(
しろ
)
い
煙
(
けぶり
)
が
盛
(
さかん
)
に
立昇
(
たちのぼ
)
り、
193
髪
(
かみ
)
振
(
ふ
)
り
乱
(
みだ
)
した
青白
(
あをじろ
)
い
女房
(
にようばう
)
の
顔
(
かほ
)
、
194
恨
(
うら
)
めし
相
(
さう
)
に
家
(
いへ
)
の
中
(
なか
)
を
見詰
(
みつ
)
めて
居
(
を
)
る。
195
そこで
女房
(
にようばう
)
に「
別
(
わか
)
れて
呉
(
く
)
れ、
196
さうしたらお
国
(
くに
)
も
解脱
(
げだつ
)
するであらうから」と
何程
(
なにほど
)
頼
(
たの
)
んでも、
197
此
(
この
)
お
勝
(
かつ
)
の
執念深
(
しふねんぶか
)
さ、
198
何
(
ど
)
うしても
斯
(
か
)
うしても
離
(
はな
)
れて
呉
(
く
)
れませぬ。
199
「お
前
(
まへ
)
が
縁
(
えん
)
を
切
(
き
)
るなら
切
(
き
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
200
池
(
いけ
)
に
身
(
み
)
を
投
(
な
)
げて
幽霊
(
いうれい
)
になり、
201
お
国
(
くに
)
と
一緒
(
いつしよ
)
に
幽霊
(
いうれい
)
同盟会
(
どうめいくわい
)
を
組織
(
そしき
)
して
襲撃
(
しふげき
)
してやる」……とアタ
厭
(
いや
)
らしい
事
(
こと
)
を
吐
(
ぬか
)
しやがるので、
202
家
(
うち
)
に
居
(
を
)
る
事
(
こと
)
もならず、
203
巡礼姿
(
じゆんれいすがた
)
に
化
(
ば
)
けて
我
(
わが
)
家
(
や
)
を
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
しました。
204
さうすると
一
(
いち
)
年
(
ねん
)
程
(
ほど
)
経
(
た
)
つた
春
(
はる
)
の
頃
(
ころ
)
、
205
辻堂
(
つじだう
)
の
前
(
まへ
)
を
通
(
とほ
)
れば、
206
一人
(
ひとり
)
の
女
(
をんな
)
が
癪気
(
しやくき
)
を
起
(
おこ
)
して
苦
(
くるし
)
んで
居
(
を
)
る。
207
……「オイお
女中
(
ぢよちう
)
、
208
此
(
この
)
人通
(
ひとどほ
)
りのない
辻堂
(
つじだう
)
で
嘸
(
さぞ
)
御
(
ご
)
難儀
(
なんぎ
)
であらう、
209
介抱
(
かいほう
)
してあげませう」と
近寄
(
ちかよ
)
り
見
(
み
)
れば
豈
(
あに
)
図
(
はか
)
らむや
執念深
(
しふねんぶか
)
い
此
(
この
)
お
勝
(
かつ
)
が
巡礼姿
(
じゆんれいすがた
)
になつて、
210
私
(
わたし
)
の
行衛
(
ゆくへ
)
を
探
(
さぐ
)
して
居
(
を
)
るのにベツタリ
出会
(
でつくは
)
し、
211
アーア
何
(
なん
)
とした
甚
(
きつ
)
い
惚方
(
ほれかた
)
だらう、
212
蛇
(
へび
)
に
狙
(
ねら
)
はれた
様
(
やう
)
なものだ。
213
こんな
事
(
こと
)
と
知
(
し
)
つたなら
黙
(
だま
)
つて
通
(
とほ
)
つたらよかつたのに……
神
(
かみ
)
ならぬ
身
(
み
)
の……アヽ
是非
(
ぜひ
)
もなやと、
214
天
(
てん
)
を
仰
(
あふ
)
いで
歎息
(
たんそく
)
して
居
(
ゐ
)
ました。
215
死
(
し
)
ねばよいのに、
216
お
勝
(
かつ
)
の
奴
(
やつ
)
、
217
私
(
わたくし
)
の
顔
(
かほ
)
を
見
(
み
)
るなり、
218
癪
(
しやく
)
も
何
(
なに
)
もケロリと
忘
(
わす
)
れ、
219
「アイタ、
220
アイタ……イタイはイタイが
逢
(
あ
)
いたかつた
のぢや」とぬかしやがる。
221
……エ、
222
仕方
(
しかた
)
がない、
223
色男
(
いろをとこ
)
に
生
(
うま
)
れたが
我
(
わが
)
身
(
み
)
の
不仕合
(
ふしあは
)
せ、
224
と
因果腰
(
いんぐわごし
)
を
定
(
さだ
)
め、
225
嫌
(
きら
)
ひでもない
女房
(
にようばう
)
を……アタ
恰好
(
かつかう
)
の
悪
(
わる
)
くも
何
(
なん
)
ともない……かうして
伴
(
つ
)
れて
歩
(
ある
)
いて
居
(
を
)
りますのだ』
226
お
勝
(
かつ
)
『コレ
宗
(
むね
)
さま、
227
何
(
なに
)
を
言
(
い
)
ひなさる。
228
そりやお
前
(
まへ
)
の
事
(
こと
)
ぢやらう。
229
飛
(
と
)
んで
出
(
で
)
たのは
妾
(
わたし
)
ぢやないか。
230
お
前
(
まへ
)
、
231
お
国
(
くに
)
の
亡霊
(
ばうれい
)
が
出
(
で
)
るのは、
232
妾
(
わたし
)
が
後妻
(
ごさい
)
に
入
(
い
)
り
込
(
こ
)
んだのがお
気
(
き
)
に
容
(
い
)
らぬのであらう。
233
妾
(
わたし
)
さへ
出
(
で
)
れば
家
(
いへ
)
は
無事
(
ぶじ
)
太平
(
たいへい
)
、
234
お
国
(
くに
)
の
霊
(
れい
)
も
解脱
(
げだつ
)
遊
(
あそ
)
ばすに
違
(
ちがひ
)
ない。
235
是
(
こ
)
れ
丈
(
だけ
)
惚
(
ほ
)
れた
爺
(
おやぢ
)
、
236
何
(
なん
)
と
言
(
い
)
つても
暇
(
ひま
)
を
呉
(
く
)
れる
気遣
(
きづかひ
)
はない、
237
妾
(
わたし
)
から
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
すのが
上分別
(
じやうふんべつ
)
だと、
238
お
前
(
まへ
)
に
酒
(
さけ
)
をドツサリ
飲
(
の
)
まし、
239
夜陰
(
やいん
)
に
紛
(
まぎ
)
れて
巡礼姿
(
じゆんれいすがた
)
となり、
240
バラモン
教
(
けう
)
のお
経
(
きやう
)
を
称
(
とな
)
へつつ、
241
お
国
(
くに
)
の
冥福
(
めいふく
)
を
祈
(
いの
)
つて、
242
霊山
(
れいざん
)
霊地
(
れいち
)
を
参拝
(
さんぱい
)
して
彷徨
(
さまよ
)
ふ
折
(
をり
)
しも、
243
辻堂
(
つじだう
)
の
中
(
なか
)
で
一人
(
ひとり
)
の
男
(
をとこ
)
が、
244
一
(
いつ
)
尺
(
しやく
)
位
(
くらゐ
)
な
光
(
ひか
)
る
物
(
もの
)
をニユツと
出
(
だ
)
し、
245
腹
(
はら
)
を
出
(
だ
)
して
自殺
(
じさつ
)
を
図
(
はか
)
らうとして
居
(
ゐ
)
る
者
(
もの
)
がある。
246
何処
(
いづこ
)
の
誰人
(
たれびと
)
かは
知
(
し
)
らねども、
247
是
(
こ
)
れが
見捨
(
みす
)
てて
行
(
ゆ
)
かれようかと、
248
吾
(
わが
)
身
(
み
)
を
忘
(
わす
)
れて
躍
(
をど
)
りかかり、
249
其
(
その
)
光
(
ひか
)
る
短刀
(
たんたう
)
をひつたくり、
250
……「モシモシ
如何
(
いか
)
なる
事情
(
じじやう
)
か
知
(
し
)
りませぬが
生
(
せい
)
は
難
(
かた
)
く
死
(
し
)
は
易
(
やす
)
し、
251
先
(
ま
)
づ
先
(
ま
)
づ
気
(
き
)
を
落
(
お
)
ち
着
(
つ
)
けなさいませ」……と
女
(
をんな
)
の
細腕
(
ほそうで
)
に
全身
(
ぜんしん
)
の
力
(
ちから
)
を
籠
(
こ
)
めて
止
(
とど
)
むれば、
252
「イヤどこのお
女中
(
ぢよちう
)
か
知
(
し
)
りませぬが、
253
私
(
わたし
)
はどうしても
死
(
し
)
なねばならぬ
深
(
ふか
)
い
理由
(
わけ
)
が
有
(
あ
)
る。
254
お
慈悲
(
じひ
)
は
却
(
かへつ
)
て
無慈悲
(
むじひ
)
となる。
255
どうぞ
此
(
この
)
腕
(
うで
)
放
(
はな
)
しやンせい」……と
無理
(
むり
)
に
振放
(
ふりはな
)
さうとする。
256
妾
(
わたし
)
はバラモン
教
(
けう
)
のお
経
(
きやう
)
を
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
唱
(
とな
)
へて
居
(
を
)
ると、
257
其
(
その
)
男
(
をとこ
)
は……「
可愛
(
かはい
)
い
女房
(
にようばう
)
は
幽霊
(
いうれい
)
が
怖
(
こは
)
さに
家
(
いへ
)
を
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
し、
258
行衛
(
ゆくゑ
)
不明
(
ふめい
)
となりました。
259
今迄
(
いままで
)
沢山
(
たくさん
)
女
(
をんな
)
も
有
(
も
)
つて
見
(
み
)
たが、
260
あの
位
(
くらゐ
)
気
(
き
)
の
好
(
よ
)
い、
261
綺麗
(
きれい
)
な
女房
(
にようばう
)
は
持
(
も
)
つた
事
(
こと
)
がない。
262
あの
女房
(
にようばう
)
と
添
(
そ
)
はれぬのなら
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
に
生
(
いき
)
て
居
(
を
)
つても、
263
何
(
なに
)
楽
(
たのし
)
みも
無
(
な
)
い。
264
此
(
この
)
広
(
ひろ
)
い
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
を
十
(
じふ
)
年
(
ねん
)
や
二十
(
にじふ
)
年
(
ねん
)
探
(
さが
)
し
廻
(
まは
)
つた
所
(
ところ
)
で
会
(
あ
)
へるとも
会
(
あ
)
へぬとも
分
(
わか
)
りませぬ。
265
娑婆
(
しやば
)
の
苦
(
く
)
を
遁
(
のが
)
れる
為
(
ため
)
に、
266
此
(
この
)
場
(
ば
)
で
腹
(
はら
)
掻
(
か
)
き
切
(
き
)
つて
浄土
(
じやうど
)
参
(
まゐ
)
りをするのだ。
267
ヒヨツとしたら
女房
(
にようばう
)
も
先
(
さき
)
にいつてるかも
知
(
し
)
れませぬ」……と
云
(
い
)
つて
見
(
み
)
つともない、
268
女
(
をんな
)
の
一人
(
ひとり
)
位
(
ぐらゐ
)
に
生命
(
いのち
)
を
捨
(
す
)
てようとする
馬鹿
(
ばか
)
な
奴
(
やつ
)
は、
269
どこの
何者
(
なにもの
)
かと
能
(
よ
)
く
能
(
よ
)
く
月影
(
つきかげ
)
に
照
(
てら
)
して
見
(
み
)
れば、
270
アタ
気色
(
きしよく
)
の
悪
(
わる
)
く
無
(
な
)
い、
271
此
(
この
)
人
(
ひと
)
でしたよ。
272
まるで
蛇
(
へび
)
に
狙
(
ねら
)
はれた
蛙
(
かへる
)
の
様
(
やう
)
なものだと、
273
因果
(
いんぐわ
)
を
定
(
さだ
)
めて、
274
此処
(
ここ
)
まで
随
(
つ
)
いて
来
(
き
)
てやつたのですよ』
275
宗彦
(
むねひこ
)
は
真赤
(
まつか
)
な
顔
(
かほ
)
して
俯向
(
うつむ
)
く。
276
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
は、
277
松鷹彦
『アハヽヽヽ、
278
随分
(
ずゐぶん
)
おめでたいローマンスを
沢山
(
たくさん
)
に
拝聴
(
はいちやう
)
致
(
いた
)
しました。
279
千僧
(
せんぞう
)
万僧
(
ばんぞう
)
の
読経
(
どくきやう
)
よりも、
280
宅
(
うち
)
の
婆
(
ばば
)
アが
聴
(
き
)
いて
喜
(
よろこ
)
ぶ
事
(
こと
)
でせう。
281
此
(
この
)
爺
(
ぢい
)
だつて
素
(
もと
)
より
木
(
き
)
や
石
(
いし
)
では
無
(
な
)
い。
282
若
(
わか
)
い
時
(
とき
)
にや、
283
随分
(
ずゐぶん
)
情話
(
じやうわ
)
の
種
(
たね
)
を
蒔
(
ま
)
いたものだ。
284
しかし
過越
(
すぎこし
)
苦労
(
くらう
)
は
止
(
や
)
めて
置
(
お
)
きませうかい。
285
また
姑
(
しうとめ
)
の
十八
(
じふはち
)
を
言
(
い
)
つて
誇
(
ほこ
)
ると
思
(
おも
)
はれても
詰
(
つま
)
らぬからな、
286
アハヽヽ。
287
併
(
しか
)
しお
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
はさうして
夫婦
(
ふうふ
)
仲良
(
なかよ
)
く
意茶
(
いちや
)
つき
喧嘩
(
げんくわ
)
をチヨコチヨコやつて、
288
天下
(
てんか
)
を
遍歴
(
へんれき
)
して
居
(
を
)
れば
随分
(
ずゐぶん
)
面白
(
おもしろ
)
からう。
289
……わしもお
前
(
まへ
)
等
(
ら
)
夫婦
(
ふうふ
)
の
苦楽
(
くらく
)
を
共
(
とも
)
にする
状態
(
じやうたい
)
を
見
(
み
)
て
羨
(
うらや
)
ましうなつて
来
(
き
)
た。
290
どうしても
人間
(
にんげん
)
は
異性
(
いせい
)
が
付
(
つ
)
いて
居
(
を
)
らねば、
291
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
が
何
(
なん
)
ともなしに
寂
(
さび
)
しくて、
292
春
(
はる
)
の
暖
(
あたた
)
かい
日
(
ひ
)
も
冷
(
つめ
)
たい
様
(
やう
)
な
気分
(
きぶん
)
がするものだ』
293
宗彦
(
むねひこ
)
『あなたのやうに
年
(
とし
)
が
寄
(
よ
)
つて、
294
行先
(
ゆくさき
)
の
短
(
みじか
)
い
爺
(
ぢい
)
さまでも、
295
ヤツパリ
女房
(
にようばう
)
が
要
(
い
)
りますかなア』
296
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『
定
(
きま
)
つた
事
(
こと
)
だよ。
297
雀
(
すずめ
)
百
(
ひやく
)
まで
牝鳥
(
めんどり
)
忘
(
わす
)
れぬと
云
(
い
)
つて、
298
年
(
とし
)
が
寄
(
よ
)
れば
寄
(
よ
)
る
程
(
ほど
)
、
299
皺苦茶
(
しわくちや
)
婆
(
ばば
)
でも
恋
(
こひ
)
しうなるものだ。
300
夫婦
(
ふうふ
)
と
云
(
い
)
ふものは、
301
若
(
わか
)
い
時
(
とき
)
よりも
年
(
とし
)
が
寄
(
よ
)
つてから
本当
(
ほんたう
)
の
力
(
ちから
)
になるものだ。
302
若
(
わか
)
い
時
(
とき
)
には
春
(
はる
)
の
蝶
(
てふ
)
が
彼方
(
あちら
)
の
白
(
しろ
)
い
花
(
はな
)
や
此方
(
こちら
)
の
黄色
(
うこん
)
の
花
(
はな
)
に
飛
(
と
)
び
交
(
か
)
ひて、
303
花
(
はな
)
の
唇
(
くちびる
)
にキツスをする
様
(
やう
)
に、
304
花
(
はな
)
も
亦
(
また
)
喜
(
よろこ
)
んで
受
(
う
)
けてくれるが、
305
斯
(
か
)
う
体中
(
からだぢう
)
に
皺
(
しわ
)
が
寄
(
よ
)
り、
306
皮
(
かは
)
が
余
(
あま
)
つて
来
(
き
)
、
307
竹笠
(
たけがさ
)
の
様
(
やう
)
に
骨
(
ほね
)
と
皮
(
かは
)
ばつかりになつて、
308
胃病
(
ゐびやう
)
の
看板然
(
かんばんぜん
)
と
痩衰
(
やせおとろ
)
へては、
309
誰
(
たれ
)
だつて
見向
(
みむ
)
いてもくれやしない。
310
其
(
その
)
時
(
とき
)
には
本当
(
ほんたう
)
の
力
(
ちから
)
になつてくれる
者
(
もの
)
は、
311
爺
(
ぢい
)
に
対
(
たい
)
しては
婆
(
ばば
)
ア、
312
婆
(
ばば
)
アの
力
(
ちから
)
になる
者
(
もの
)
は
爺
(
ぢい
)
だ。
313
何程
(
なにほど
)
可愛
(
かはい
)
い
子
(
こ
)
が
沢山
(
たくさん
)
有
(
あ
)
つてもヤツパリ
大事
(
だいじ
)
の
話
(
はなし
)
は、
314
夫婦
(
ふうふ
)
でなければ、
315
打解
(
うちと
)
けて
話
(
はな
)
せるものぢやない。
316
……アヽ
中年
(
ちうねん
)
に
やもを
鳥
(
どり
)
になる
者
(
もの
)
程
(
ほど
)
不幸
(
ふかう
)
な
者
(
もの
)
は
有
(
あ
)
りませぬワイ』
317
宗彦
(
むねひこ
)
『
若
(
わか
)
い
時
(
とき
)
の
心
(
こころ
)
と、
318
年
(
とし
)
の
寄
(
よ
)
つた
時
(
とき
)
の
心
(
こころ
)
とは、
319
それ
丈
(
だけ
)
違
(
ちが
)
ふものですかいな。
320
我々
(
われわれ
)
から
見
(
み
)
ると、
321
爺
(
ぢい
)
さまが
皺苦茶
(
しわくちや
)
婆
(
ばば
)
を
可愛
(
かはい
)
がり、
322
婆
(
ばば
)
アが
又
(
また
)
目
(
め
)
から
汁
(
しる
)
を
出
(
だ
)
し、
323
水
(
みづ
)
ばな
を
垂
(
た
)
れ、
324
歯糞
(
はくそ
)
をためて
枯木
(
かれき
)
の
様
(
やう
)
になつた、
325
不潔
(
きたな
)
い
爺
(
おやぢ
)
を
大切
(
たいせつ
)
にするのを
見
(
み
)
ると
胸
(
むね
)
が
悪
(
わる
)
い
様
(
やう
)
な
気
(
き
)
がするものだが、
326
なんと
人間
(
にんげん
)
と
云
(
い
)
ふものは
合点
(
がつてん
)
のゆかぬものですなア』
327
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
は
庚申
(
かうしん
)
の
眷属
(
けんぞく
)
の
様
(
やう
)
に、
328
あつちやの
枝
(
えだ
)
に
止
(
と
)
まつては
小便
(
せうべん
)
を
掛
(
か
)
け、
329
こつちやの
枝
(
えだ
)
に
止
(
と
)
まつては
小便
(
せうべん
)
を
垂
(
た
)
れて、
330
結構
(
けつこう
)
な
人間
(
にんげん
)
を
弄物
(
おもちや
)
の
様
(
やう
)
に
取扱
(
とりあつか
)
ひ、
331
色
(
いろ
)
が
白
(
しろ
)
いの、
332
黒
(
くろ
)
いの、
333
背
(
せい
)
が
高
(
たか
)
いの
短
(
みじか
)
いのと、
334
小言
(
こごと
)
を
云
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
られるが、
335
わしの
様
(
やう
)
な
世捨人
(
よすてびと
)
になつて
了
(
しま
)
へば、
336
誰
(
たれ
)
も
相手
(
あひて
)
になる
者
(
もの
)
はありやしない。
337
蚊
(
か
)
だつて
味
(
あぢ
)
が
悪
(
わる
)
いと
云
(
い
)
つて
吸
(
す
)
ひ
付
(
つ
)
きにも
来
(
き
)
てくれやしない。
338
本当
(
ほんたう
)
に
寂
(
さび
)
しいものだ。
339
それで、
340
せめて
婆
(
ばば
)
アの
幽霊
(
いうれい
)
になりと、
341
好
(
すき
)
な
魚
(
うを
)
を
毎日
(
まいにち
)
供
(
そな
)
へてやつて、
342
追懐
(
つゐくわい
)
して
居
(
を
)
るのだ。
343
わしの
真心
(
まごころ
)
が
通
(
かよ
)
うたと
見
(
み
)
えて、
344
婆
(
ばば
)
アは
毎晩
(
まいばん
)
床
(
とこ
)
の
間
(
ま
)
に
現
(
あら
)
はれ、
345
わしと
一緒
(
いつしよ
)
に
飯
(
めし
)
も
食
(
く
)
ひ、
346
茶
(
ちや
)
も
飲
(
の
)
み、
347
それはそれは
大切
(
たいせつ
)
にしてくれるが、
348
併
(
しか
)
し
何
(
なん
)
となしに
便
(
たよ
)
りないものだ。
349
嬉
(
うれ
)
しいと
云
(
い
)
ふ
表情
(
へうじやう
)
は
見
(
み
)
せるが、
350
唯
(
ただ
)
の
一言
(
ひとこと
)
も
爺
(
ぢい
)
さまとも、
351
爺
(
おやぢ
)
どのとも
言
(
い
)
やアしない。
352
是
(
こ
)
れ
丈
(
だけ
)
が
現幽
(
げんいう
)
処
(
ところ
)
を
異
(
こと
)
にした
為
(
ため
)
でもあらうが、
353
どうぞお
前
(
まへ
)
さまも
今晩
(
こんばん
)
泊
(
とま
)
つて、
354
婆
(
ばば
)
アの
幽霊
(
いうれい
)
を
一遍
(
いつぺん
)
見
(
み
)
なさつたらどうだ。
355
お
茶
(
ちや
)
位
(
くらゐ
)
は
汲
(
く
)
んでくれるなり、
356
冷
(
つめ
)
たい
手
(
て
)
でお
前
(
まへ
)
の
様
(
やう
)
な
若
(
わか
)
い
男
(
をとこ
)
なら
握手
(
あくしゆ
)
して
呉
(
く
)
れるかも
知
(
し
)
れやしないぞ。
357
そりやマア
親切
(
しんせつ
)
な
者
(
もの
)
だ。
358
死
(
し
)
んでからでも、
359
斯
(
こ
)
んな
目脂
(
めやに
)
、
360
鼻汁
(
はなじる
)
を
垂
(
た
)
れる
爺
(
ぢい
)
を
慕
(
した
)
うて
来
(
く
)
るのだから、
361
わしもドツかに
好
(
い
)
い
所
(
ところ
)
があるのだらう、
362
アハヽヽヽ』
363
宗彦
(
むねひこ
)
『お
爺
(
ぢい
)
さま
本当
(
ほんたう
)
に
出
(
で
)
るのかい。
364
……イヤお
出
(
で
)
ましになるのかい。
365
私
(
わたし
)
はもう
幽
(
いう
)
サン
丈
(
だけ
)
は
真平
(
まつぴら
)
御免
(
ごめん
)
だ。
366
併
(
しか
)
し
随分
(
ずゐぶん
)
よう
惚
(
のろ
)
けたものですな』
367
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『きまつた
事
(
こと
)
だよ。
368
淋
(
さび
)
しい
やもを
の
前
(
まへ
)
で
艶
(
つや
)
つぽい
意茶
(
いちや
)
つき
話
(
ばなし
)
を
聞
(
き
)
かされて、
369
大変
(
たいへん
)
にわしも
若
(
わか
)
やいだ。
370
返礼
(
へんれい
)
の
為
(
ため
)
に
一寸
(
ちよつと
)
秘密
(
ひみつ
)
の
倉
(
くら
)
を
開
(
あ
)
けて
見
(
み
)
せたのだ。
371
夫婦
(
ふうふ
)
と
云
(
い
)
ふものはマアざつと
斯
(
こ
)
んなものだ。
372
夫婦
(
ふうふ
)
の
中
(
なか
)
の
愛情
(
あいじやう
)
は
若
(
わか
)
いお
方
(
かた
)
には
一寸
(
ちよつと
)
には
分
(
わか
)
るものぢやない。
373
併
(
しか
)
しお
前
(
まへ
)
さまは
最前
(
さいぜん
)
柳
(
やなぎ
)
の
木
(
き
)
の
側
(
そば
)
で、
374
私
(
わし
)
が
釣
(
つり
)
して
居
(
ゐ
)
る
時
(
とき
)
に、
375
一粒種
(
ひとつぶだね
)
の
子
(
こ
)
に
放
(
はな
)
れたのが
悲
(
かな
)
しさに
巡礼
(
じゆんれい
)
に
廻
(
まは
)
つたと
云
(
い
)
うたぢやないか。
376
今
(
いま
)
聞
(
き
)
けば
子
(
こ
)
に
別
(
わか
)
れたと
言
(
い
)
ふのは
全
(
まつた
)
くの
嘘
(
うそ
)
だらう。
377
そんな
憐
(
あは
)
れつぽい
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つて、
378
世人
(
よびと
)
の
同情
(
どうじやう
)
を
買
(
か
)
ひ、
379
殊勝
(
しゆしよう
)
な
若夫婦
(
わかふうふ
)
だと
言
(
い
)
はれようと
思
(
おも
)
つて
嘘八百
(
うそはつぴやく
)
を
言
(
い
)
ひ
並
(
なら
)
べて
歩
(
ある
)
くのだらう』
380
宗彦
(
むねひこ
)
『
本来
(
ほんらい
)
無東西
(
むとうざい
)
、
381
何処有
(
かしよう
)
南北
(
なんぼく
)
、
382
色即
(
しきそく
)
是空
(
ぜくう
)
、
383
空即
(
くうそく
)
是色
(
ぜしき
)
、
384
有
(
あ
)
ると
思
(
おも
)
へば
有
(
あ
)
る、
385
無
(
な
)
いと
思
(
おも
)
へば
無
(
な
)
い。
386
死
(
し
)
んだと
思
(
おも
)
へばヤツパリ
死
(
し
)
んだのぢや。
387
併
(
しか
)
し
私
(
わたし
)
の
子
(
こ
)
を
殺
(
ころ
)
したと
云
(
い
)
ふのは、
388
ホギヤホギヤと
唄
(
うた
)
ふ
子
(
こ
)
ぢやない。
389
日
(
ひ
)
が
暮
(
く
)
れるのを
待
(
ま
)
ち
兼
(
か
)
ねて
妙
(
めう
)
な
手
(
て
)
つきをして…コレコレ
宗彦
(
むねひこ
)
さま、
390
夜
(
よ
)
も
大分
(
だいぶ
)
に
更
(
ふ
)
けました。
391
隣
(
となり
)
のお
竹
(
たけ
)
さまはモウ
就寝
(
やすま
)
しやつたと
見
(
み
)
えて
砧
(
きぬた
)
の
音
(
おと
)
が
止
(
と
)
まつた。
392
あんたも
好
(
い
)
い
加減
(
かげん
)
にお
就寝
(
やす
)
みなさいませ。
393
又
(
また
)
明日
(
あす
)
が
大事
(
だいじ
)
ですから……と
妙
(
めう
)
な
目付
(
めつき
)
して
褥
(
しとね
)
を
布
(
し
)
いて
呉
(
く
)
れる……
猫
(
ねこ
)
が
死
(
し
)
んだと
云
(
い
)
ふのだ。
394
猫
(
ねこ
)
かと
思
(
おも
)
へばチウチウと
啼
(
な
)
く
事
(
こと
)
もある。
395
猫
(
ねこ
)
か
鼠
(
ねずみ
)
か
赤
(
あか
)
ん
坊
(
ばう
)
か
知
(
し
)
らぬが、
396
わしはマア、
397
ニヤンチウ
運
(
うん
)
の
悪
(
わる
)
いものだと、
398
ミカシラベにハラバヒ、
399
御足辺
(
みあしべ
)
にハラバヒテ
泣
(
な
)
き
給
(
たま
)
ふ
時
(
とき
)
現
(
あ
)
れませる
神
(
かみ
)
は、
400
ウネヲのコノモトにます
泣沢女
(
なきさはめ
)
の
神
(
かみ
)
と
云
(
い
)
ふ』
401
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『アハヽヽヽ、
402
それは
古事記
(
こじき
)
の
焼
(
や
)
き
直
(
なほ
)
しぢやないか』
403
宗彦
(
むねひこ
)
『
古事記
(
こじき
)
の
焼
(
や
)
き
直
(
なほ
)
しぢやから、
404
若夫婦
(
わかふうふ
)
が
乞食
(
こじき
)
に
歩
(
ある
)
いとるのだ。
405
お
前
(
まへ
)
さまも
年
(
とし
)
を
老
(
と
)
つた
癖
(
くせ
)
に
合点
(
がつてん
)
の
悪
(
わる
)
い
人
(
ひと
)
だな。
406
余程
(
よほど
)
耄碌
(
まうろく
)
したと
見
(
み
)
えるワイ。
407
太公望
(
たいこうばう
)
気取
(
きど
)
りで、
408
何時
(
いつ
)
まで
川
(
かは
)
の
縁
(
ふち
)
で
魚
(
うを
)
を
釣
(
つ
)
つて
居
(
を
)
つても、
409
西伯
(
せいはく
)
文王
(
ぶんわう
)
は
釣
(
つ
)
れやしない。
410
婆
(
ばば
)
アの
幽霊
(
いうれい
)
だつて
喰
(
く
)
ひ
付
(
つ
)
きやしませぬぞえ。
411
良
(
い
)
い
加減
(
かげん
)
に
諦
(
あきら
)
めて、
412
殺生
(
せつしやう
)
は
廃
(
や
)
めなされ。
413
五生
(
ごしやう
)
が
大事
(
だいじ
)
だ、
414
そんな
六生
(
ろくしやう
)
な
事
(
こと
)
をすると
七生
(
しちしやう
)
迄
(
まで
)
浮
(
うか
)
ばれぬからなア。
415
今
(
いま
)
斯
(
か
)
うして
婆
(
ば
)
アさまの
噂
(
うはさ
)
をして
居
(
を
)
ると、
416
冥土
(
めいど
)
に
御座
(
ござ
)
るお
竹
(
たけ
)
さまが
今頃
(
いまごろ
)
にや
八九生
(
はつくしやう
)
と
嚔
(
くさめ
)
でもして
居
(
を
)
るだらう。
417
十生
(
としやう
)
も
無
(
な
)
い
爺
(
おやぢ
)
だと
恨
(
うら
)
んで
御座
(
ござ
)
るであらうのに、
418
思
(
おも
)
へば
思
(
おも
)
へばお
爺
(
ぢい
)
さま、
419
私
(
わたし
)
も
身
(
み
)
に
詰
(
つま
)
されて、
420
悲
(
かな
)
しうも
何
(
なん
)
ともありませぬワイ。
421
……アンアンアン』
422
と
目
(
め
)
に
唾
(
つばき
)
を
付
(
つ
)
け
泣
(
な
)
いて
見
(
み
)
せる。
423
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『
年
(
とし
)
が
寄
(
よ
)
つて
目
(
め
)
がウトイと
思
(
おも
)
つて、
424
そんな
俄作
(
にはかづく
)
りの
同情
(
どうじやう
)
の
涙
(
なみだ
)
を
零
(
こぼ
)
して
見
(
み
)
せても、
425
声
(
こゑ
)
の
色
(
いろ
)
に
現
(
あらは
)
れて
居
(
を
)
る。
426
お
前
(
まへ
)
さまアタむさくるしい。
427
唾
(
つば
)
を
日月
(
じつげつ
)
にも
譬
(
たと
)
ふべき
両眼
(
りやうがん
)
にこすりつけて、
428
そんな
虚礼
(
きよれい
)
虚式
(
きよしき
)
的
(
てき
)
な
巧言
(
じやうず
)
は
廃
(
や
)
めて
貰
(
もら
)
ひませうかい。
429
本当
(
ほんたう
)
に
唾棄
(
だき
)
すべき
心事
(
しんじ
)
と
云
(
い
)
ふのは
常習
(
じやうしふ
)
乞食
(
こじき
)
の
遍歴
(
へんれき
)
行者
(
ぎやうじや
)
の
馬鹿
(
ばか
)
夫婦
(
ふうふ
)
……オツトドツコイ
若夫婦
(
わかめおと
)
連
(
づ
)
れ、
430
モウモウわしも
何
(
なん
)
だか
胸
(
むね
)
が
悪
(
わる
)
くなつて
来
(
き
)
た。
431
サアサア
早
(
はや
)
く
此処
(
ここ
)
を
立
(
た
)
つて
貰
(
もら
)
ひませう』
432
宗彦
(
むねひこ
)
『ハハア、
433
俺
(
おれ
)
が
宗彦
(
むねひこ
)
ぢやと
思
(
おも
)
つて、
434
胸
(
むね
)
が
悪
(
わる
)
うなつたなぞと、
435
爺
(
ぢい
)
さま
随分
(
ずゐぶん
)
腹
(
はら
)
が
悪
(
わる
)
いな』
436
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『
腹
(
はら
)
が
悪
(
わる
)
いから、
437
ムカつくのだよ。
438
此
(
この
)
冬枯
(
ふゆが
)
れの
木
(
き
)
の
様
(
やう
)
な
寂
(
さび
)
しい
爺
(
ぢぢ
)
イの
所
(
とこ
)
へ
出
(
で
)
て
来
(
き
)
て、
439
お
安
(
やす
)
くもないローマンスを
見
(
み
)
せ
付
(
つ
)
けられて
堪
(
たま
)
るものかい。
440
お
前
(
まへ
)
も
世界
(
せかい
)
を
遍歴
(
へんれき
)
して、
441
苦労
(
くらう
)
の
味
(
あぢ
)
が
分
(
わか
)
つて
居
(
を
)
るなら、
442
気
(
き
)
を
利
(
き
)
かして、
443
トツトと
帰
(
かへ
)
つたらどうだ。
444
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
らウラル
教
(
けう
)
の
言
(
い
)
ひ
草
(
ぐさ
)
だないが、
445
一寸先
(
いつすんさき
)
や
暗
(
やみ
)
の
夜
(
よ
)
だ、
446
諸行
(
しよぎやう
)
無常
(
むじやう
)
だ。
447
随分
(
ずゐぶん
)
足許
(
あしもと
)
に
気
(
き
)
を
付
(
つ
)
けて
行
(
ゆ
)
きなされ。
448
左様
(
さやう
)
なら……』
449
お
勝
(
かつ
)
『モシモシお
爺
(
ぢい
)
さま、
450
此
(
この
)
宗彦
(
むねひこ
)
はチツト
智慧
(
ちゑ
)
を
落
(
おと
)
して
来
(
き
)
てますから、
451
どうぞ
気
(
き
)
に
障
(
さ
)
へて
下
(
くだ
)
さいますな。
452
妾
(
わたし
)
だつて
斯
(
こ
)
んな
分
(
わか
)
らずやと
旅行
(
りよかう
)
するのは、
453
胸
(
むね
)
が
悪
(
わる
)
いのだけれど、
454
妾
(
わたし
)
が
尻
(
しり
)
を
振
(
ふ
)
れば
宗
(
むね
)
さまが
腹
(
はら
)
を
立
(
た
)
て、
455
腰
(
こし
)
を
据
(
す
)
ゑて
頑張
(
ぐわんば
)
り、
456
手
(
て
)
にも
足
(
あし
)
にも
合
(
あ
)
はないから、
457
口
惜
(
くや
)
し
乍
(
なが
)
ら
目
(
め
)
を
塞
(
ふさ
)
いで、
458
鼻
持
(
はなもち
)
ならぬ
香
(
にほひ
)
のする
男
(
をとこ
)
を
連
(
つ
)
れて
歩
(
ある
)
いて
居
(
を
)
るのだ。
459
本当
(
ほんたう
)
に
好
(
す
)
かぬたらしい
野郎
(
やらう
)
ですよ』
460
宗彦
(
むねひこ
)
『コラコラお
勝
(
かつ
)
、
461
貴様
(
きさま
)
は
何処
(
どこ
)
までも
夫
(
をつと
)
を
馬鹿
(
ばか
)
にするのか』
462
お
勝
(
かつ
)
『ヘン、
463
夫
(
をつと
)
なんて、
464
膃肭臍
(
をつとせい
)
が
聞
(
き
)
いて
呆
(
あき
)
れますワイ。
465
お
前
(
まへ
)
さまは
人
(
ひと
)
の
宅
(
うち
)
を、
466
女房
(
にようばう
)
の
有
(
あ
)
る
身
(
み
)
を
以
(
もつ
)
て、
467
毎晩
(
まいばん
)
々々
(
まいばん
)
連子
(
れんじ
)
の
窓
(
まど
)
を
覗
(
のぞ
)
きに
来
(
き
)
て、
468
水門壺
(
すゐもんつぼ
)
へ
落込
(
おちこ
)
み
恥
(
は
)
ぢをかき、
469
結局
(
しまひのはて
)
にはお
勝
(
かつ
)
さまを
呉
(
く
)
れねば、
470
死
(
し
)
ぬとか、
471
走
(
はし
)
るとか、
472
男
(
をとこ
)
らしうもない
吠面
(
ほえづら
)
かわいて、
473
近所
(
きんじよ
)
合壁
(
がつぺき
)
に
迷惑
(
めいわく
)
を
掛
(
か
)
けたぢやないか。
474
それを
先妻
(
せんさい
)
のお
国
(
くに
)
さまが
苦
(
く
)
にして
病気
(
びやうき
)
を
起
(
おこ
)
し、
475
とうとう
帰
(
かへ
)
らぬ
旅
(
たび
)
に
赴
(
おもむ
)
かしやつた。
476
墓
(
はか
)
の
土
(
つち
)
のまだ
乾
(
かわ
)
かぬ
前
(
さき
)
に、
477
無理
(
むり
)
矢理
(
やり
)
に
妾
(
わたし
)
を
是非
(
ぜひ
)
共
(
とも
)
と
言
(
い
)
つて、
478
ひつぱり
込
(
こ
)
んだと
云
(
い
)
ふデレさんだから、
479
妾
(
わたし
)
もホトホトと
愛想
(
あいさう
)
が
尽
(
つ
)
きて
来
(
き
)
た。
480
三文
(
さんもん
)
一文
(
いちもん
)
助
(
たす
)
けて
貰
(
もら
)
うたのでもなし。
481
嫁入
(
よめいり
)
に
持
(
も
)
つていつた
着物
(
きもの
)
も
帯
(
おび
)
も、
482
何
(
なに
)
も
何
(
か
)
も
六一
(
ろくいち
)
銀行
(
ぎんかう
)
へ
無期
(
むき
)
徒刑
(
とけい
)
に
落
(
おと
)
して
了
(
しま
)
ひ、
483
本当
(
ほんたう
)
に
仕方
(
しかた
)
のない
男
(
をとこ
)
だよ。
484
誰
(
たれ
)
か
目鼻
(
めはな
)
のついた
女
(
をんな
)
が
出
(
で
)
て
来
(
き
)
て、
485
お
前
(
まへ
)
を
喰
(
く
)
はへて
帰
(
い
)
んで
呉
(
く
)
れるものがないかと、
486
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで
聞
(
きこ
)
えぬ
様
(
やう
)
に
暗祈
(
あんき
)
黙祷
(
もくたう
)
を
続
(
つづ
)
けて
居
(
を
)
るのだが、
487
根
(
ね
)
つから、
488
金勝要
(
きんかつかねの
)
大神
(
おほかみ
)
さまもどうなさつたのか、
489
添
(
そ
)
ひたい
縁
(
えん
)
なら
添
(
そ
)
はしてもやらう、
490
切
(
き
)
りたい
縁
(
えん
)
なら
切
(
き
)
つてもやらうと
仰有
(
おつしや
)
る
癖
(
くせ
)
に、
491
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
は
神
(
かみ
)
さまも
聾
(
つんぼ
)
になられたと
見
(
み
)
えて、
492
見向
(
みむ
)
きもして
下
(
くだ
)
さらない。
493
……アヽ
残念
(
ざんねん
)
な、
494
口惜
(
くや
)
しい、
495
……わしはお
国
(
くに
)
の
霊魂
(
れいこん
)
ぢや、
496
アンアンアン』
497
宗彦
(
むねひこ
)
『
何
(
なん
)
だ、
498
最前
(
さいぜん
)
から
俺
(
おれ
)
の……
善
(
よ
)
くもない
事
(
こと
)
の
棚卸
(
たなおろし
)
ばつかりやりやがると
思
(
おも
)
へば、
499
お
国
(
くに
)
と
二人
(
ふたり
)
連
(
づれ
)
だな。
500
随分
(
ずゐぶん
)
厭
(
いや
)
らしい
奴
(
やつ
)
を
連
(
つ
)
れて
歩
(
ある
)
いたものだワい』
501
お
勝
(
かつ
)
『
半顕
(
はんけん
)
半幽
(
はんいう
)
だよ。
502
幽顕
(
いうけん
)
一致
(
いつち
)
、
503
霊魂
(
みたま
)
の
奥
(
おく
)
に
は
おくに
さまが
納
(
をさ
)
まつて
御座
(
ござ
)
るのだ。
504
お
国
(
くに
)
は
何処
(
いづこ
)
と
尋
(
たづ
)
ねて
見
(
み
)
れば、
505
……アイわたしは
阿波
(
あは
)
の
徳島
(
とくしま
)
で
御座
(
ござ
)
ります、
506
……と
云
(
い
)
ふ
様
(
やう
)
なものです、
507
オホヽヽヽ』
508
宗彦
(
むねひこ
)
『
爺
(
おやぢ
)
さま、
509
一
(
ひと
)
つ……あなたも
武志
(
たけし
)
の
宮
(
みや
)
の
神主
(
かむぬし
)
さまと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だから、
510
一遍
(
いつぺん
)
此奴
(
こいつ
)
を
審神
(
さには
)
して
下
(
くだ
)
さらぬか。
511
お
国
(
くに
)
を
放
(
ほ
)
り
出
(
だ
)
して、
512
お
勝
(
かつ
)
の
本当
(
ほんたう
)
の
肉体
(
にくたい
)
ばつかりにして
下
(
くだ
)
さいな』
513
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『ソリヤお
前
(
まへ
)
さま
可
(
い
)
けませぬぞえ。
514
結構
(
けつこう
)
な
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
お
)
神懸
(
かむがか
)
りだ。
515
国常立
(
くにとこたちの
)
尊
(
みこと
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
分霊
(
ぶんれい
)
かも
知
(
し
)
れんぞや。
516
イロイロに
化
(
ば
)
けて
化
(
ば
)
けて
此
(
この
)
世
(
よ
)
を
御
(
ご
)
守護
(
しゆご
)
なさる
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
ぢやから……
天勝
(
あまかつ
)
国勝
(
くにかつ
)
と
云
(
い
)
つて、
517
お
国様
(
くにさま
)
がお
懸
(
かか
)
りなさつて
御
(
ご
)
守護
(
しゆご
)
して
御座
(
ござ
)
るのだ。
518
さうしてお
前
(
まへ
)
は
女房
(
にようばう
)
のお
勝
(
かつ
)
に
甘
(
あま
)
いだらう。
519
そこでアマカツ、
520
国
(
くに
)
カツだ。
521
……
結構
(
けつこう
)
な
国所
(
くにとこ
)
を
立
(
た
)
ち
退
(
の
)
いて
来
(
き
)
たから、
522
国所立
(
くにとこた
)
ち
退
(
の
)
きの
命様
(
みことさま
)
の
御
(
ご
)
守護
(
しゆご
)
だよ。
523
俺
(
わし
)
の
様
(
やう
)
な
者
(
もの
)
がウツカリ
審神
(
さには
)
でもしようものなら、
524
それこそ
又
(
また
)
俺
(
わし
)
が
憑
(
の
)
りうつられて、
525
年
(
とし
)
が
寄
(
よ
)
つてから
住
(
す
)
み
慣
(
な
)
れし
第二
(
だいに
)
の
故郷
(
こきやう
)
を
後
(
あと
)
に
国所
(
くにとこ
)
立退
(
たちの
)
きの
命
(
みこと
)
にならねばならぬから、
526
マア
此
(
この
)
審判
(
さには
)
は
御免
(
ごめん
)
蒙
(
かうむ
)
らうかい』
527
お
勝
(
かつ
)
俄
(
にはか
)
に
体
(
からだ
)
を
振
(
ふ
)
り、
528
神懸
(
かむがか
)
り
状態
(
じやうたい
)
になり、
529
お
勝
(
かつ
)
『
金勝要
(
きんかつかねの
)
大神
(
おほかみ
)
であるぞよ。
530
切
(
き
)
りたい
縁
(
えん
)
なら
切
(
き
)
つてもやらう。
531
添
(
そ
)
ひたい
縁
(
えん
)
なら
添
(
そ
)
はしてはやらぬぞよ。
532
宗彦
(
むねひこ
)
は
今迄
(
いままで
)
沢山
(
たくさん
)
な
女
(
をんな
)
をチヨロまかした
罪悪
(
ざいあく
)
の
報
(
むく
)
いに
依
(
よ
)
りて、
533
唯今
(
ただいま
)
限
(
かぎ
)
りお
勝
(
かつ
)
との
縁
(
えん
)
を
切
(
き
)
るぞよ。
534
ウーンウンウン』
535
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『アハヽヽヽ、
536
お
勝
(
かつ
)
さま、
537
ウマイウマイ、
538
モウ
一
(
ひと
)
しきり
神懸
(
かむがか
)
りをやつて
下
(
くだ
)
さい。
539
此奴
(
こいつ
)
アどう
考
(
かんが
)
へても
私憑
(
しひよう
)
だ。
540
コレコレ
宗彦
(
むねひこ
)
さま、
541
胸
(
むね
)
に
手
(
て
)
を
当
(
あ
)
てて、
542
今迄
(
いままで
)
の
事
(
こと
)
を
能
(
よ
)
う
考
(
かんが
)
へて
見
(
み
)
るが
宜
(
よ
)
い。
543
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
は
決
(
けつ
)
して
無理
(
むり
)
な
事
(
こと
)
は
仰有
(
おつしや
)
いませぬぞ』
544
宗彦
(
むねひこ
)
『そうだつて、
545
私
(
わたし
)
の
女房
(
にようばう
)
を、
546
頼
(
たの
)
みもせぬのに、
547
縁
(
えん
)
を
切
(
き
)
るとはあまりだ。
548
切
(
き
)
ると
云
(
い
)
つても、
549
金輪際
(
こんりんざい
)
こつちから
切
(
き
)
りませぬワイ』
550
お
勝
(
かつ
)
『エー
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
りの
悪
(
わる
)
い
男
(
をとこ
)
だなア。
551
それだから
此
(
この
)
肉体
(
にくたい
)
が
嫌
(
きら
)
ふのだ。
552
男
(
をとこ
)
は
断
(
だん
)
の
一字
(
いちじ
)
が
肝腎
(
かんじん
)
だ。
553
どうだ
是
(
こ
)
れから
此
(
この
)
肉体
(
にくたい
)
に
先妻
(
せんさい
)
のお
国
(
くに
)
に、
554
お
光
(
みつ
)
、
555
お
福
(
ふく
)
、
556
お
三
(
さん
)
、
557
お
四
(
よ
)
つ、
558
お
市
(
いち
)
、
559
お
高
(
たか
)
が
同盟軍
(
どうめいぐん
)
を
作
(
つく
)
つて
憑依
(
ひようい
)
して
来
(
く
)
るが、
560
それでも
其
(
その
)
方
(
はう
)
はまだ
未練
(
みれん
)
があるか、
561
どうだ
厭
(
いや
)
らしい
事
(
こと
)
はないか』
562
宗彦
(
むねひこ
)
『
何
(
なに
)
が
厭
(
いや
)
らしいかい。
563
どれもこれも
因縁
(
いんねん
)
あつて
仮令
(
たとへ
)
三日
(
みつか
)
でも
夫婦
(
ふうふ
)
になつた
仲
(
なか
)
ぢや、
564
肉体
(
にくたい
)
の
有
(
あ
)
る
女房
(
にようばう
)
を
数多
(
やつと
)
連
(
つ
)
れて
居
(
を
)
ると、
565
経済
(
けいざい
)
上
(
じやう
)
困
(
こま
)
るが、
566
物
(
もの
)
も
喰
(
く
)
はん
嬶
(
かか
)
アなら、
567
千
(
せん
)
人
(
にん
)
でも
万
(
まん
)
人
(
にん
)
でも
出
(
で
)
て
来
(
こ
)
い。
568
アーア
色男
(
いろをとこ
)
と
云
(
い
)
ふものは
偉
(
えら
)
いものだ。
569
幽冥界
(
いうめいかい
)
からまでもヤツパリ
電波
(
でんぱ
)
を
送
(
おく
)
ると
見
(
み
)
える。
570
何
(
なん
)
だか
知
(
し
)
らぬが、
571
肩
(
かた
)
が
重
(
おも
)
くなつたと
思
(
おも
)
へば、
572
此
(
こ
)
れ
丈
(
だけ
)
沢山
(
たくさん
)
な
女房
(
にようばう
)
に
対
(
たい
)
し、
573
責任
(
せきにん
)
を
双肩
(
さうけん
)
に
担
(
にな
)
つて
居
(
ゐ
)
るのだから
無理
(
むり
)
もないワイ。
574
正式
(
せいしき
)
結婚
(
けつこん
)
の
女房
(
にようばう
)
の
霊
(
れい
)
も、
575
準正式
(
じゆんせいしき
)
も、
576
雑式
(
ざつしき
)
も、
577
野合
(
やがふ
)
も
何
(
なに
)
も
彼
(
か
)
もやつて
来
(
こ
)
い。
578
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
は
多数決
(
たすうけつ
)
の
流行
(
はや
)
る
時節
(
じせつ
)
だ。
579
何程
(
なにほど
)
偉
(
えら
)
い
者
(
もの
)
だつて
少数党
(
せうすうたう
)
では
目醒
(
めざ
)
ましい
仕事
(
しごと
)
は
出来
(
でき
)
やしないワ』
580
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『オホヽヽヽ、
581
宗彦
(
むねひこ
)
さま、
582
お
前
(
まへ
)
の
背後
(
うしろ
)
を
一寸
(
ちよつと
)
御覧
(
ごらん
)
、
583
針金
(
はりがね
)
の
妄念
(
もうねん
)
の
様
(
やう
)
な、
584
蟷螂腕
(
かまきりかひな
)
を
出
(
だ
)
して
餓利
(
がり
)
法師
(
ぼし
)
が
踊
(
をど
)
つて
居
(
ゐ
)
るぢやないか』
585
宗彦
(
むねひこ
)
『アヽそんな
事
(
こと
)
言
(
い
)
うて
下
(
くだ
)
さるな。
586
見
(
み
)
さへせねば
良
(
い
)
いのだ。
587
目
(
め
)
程
(
ほど
)
不潔
(
きたな
)
いものの、
588
恐
(
おそ
)
ろしいものはない』
589
お
勝
(
かつ
)
は『ウーン、
590
ドスン』と
腰
(
こし
)
を
下
(
おろ
)
し、
591
ケロリとした
顔
(
かほ
)
で、
592
お
勝
(
かつ
)
『
宗
(
むね
)
サン、
593
妾
(
わたし
)
何
(
なに
)
か
言
(
い
)
ひましたかな。
594
夢
(
ゆめ
)
でも
見
(
み
)
とつたのか
知
(
し
)
らぬ。
595
沢山
(
たくさん
)
な
厭
(
いや
)
らしい
亡者
(
まうじや
)
が、
596
柳
(
やなぎ
)
の
木
(
き
)
の
麓
(
ふもと
)
で、
597
「
宗彦
(
むねひこ
)
は
生前
(
せいぜん
)
に
我々
(
われわれ
)
を
機械
(
きかい
)
扱
(
あつか
)
ひにしよつたから、
598
今晩
(
こんばん
)
は
餓鬼
(
がき
)
も
人数
(
にんず
)
だ。
599
力
(
ちから
)
を
協
(
あは
)
して、
600
素首
(
そつくび
)
を
引
(
ひ
)
き
抜
(
ぬ
)
いてやらう」と
相談
(
そうだん
)
して
居
(
を
)
りましたよ。
601
その
時
(
とき
)
に
妾
(
わたし
)
にも
同盟
(
どうめい
)
せいと
言
(
い
)
はれたのです。
602
けれども、
603
あまりお
前
(
まへ
)
さまが
可哀相
(
かはいさう
)
だから「さう
皆
(
みな
)
さま
慌
(
あわて
)
るに
及
(
およ
)
びませぬ。
604
何
(
いづ
)
れ
彼奴
(
あいつ
)
も
年
(
とし
)
が
寄
(
よ
)
つたら
此処
(
ここ
)
へ
来
(
く
)
るのだから、
605
其
(
その
)
時
(
とき
)
に
苛
(
いぢ
)
めてやりさへすれば
良
(
い
)
いだないか」と
一時遁
(
いちじのが
)
れに
其
(
その
)
場
(
ば
)
を
切
(
き
)
り
抜
(
ぬ
)
けようとしたが、
606
中々
(
なかなか
)
亡者
(
まうじや
)
の
連中
(
れんちう
)
聞
(
き
)
きませぬがな。
607
今
(
いま
)
の
間
(
うち
)
に
宗
(
むね
)
サンの
生命
(
いのち
)
を
取
(
と
)
らねば、
608
死
(
し
)
ぬ
迄
(
まで
)
待
(
ま
)
つて
居
(
を
)
つたら
我々
(
われわれ
)
は
又
(
また
)
もや
現界
(
げんかい
)
に
生
(
うま
)
れ
替
(
かは
)
り、
609
幽冥界
(
いうめいかい
)
は
不在
(
るす
)
になつて
了
(
しま
)
ふ。
610
そうだから
讎
(
かたき
)
を
討
(
う
)
つのは
今
(
いま
)
の
内
(
うち
)
だと
言
(
い
)
つて、
611
それはそれはエライ
勢
(
いきほひ
)
でしたよ。
612
用心
(
ようじん
)
しなさいや』
613
宗彦
(
むねひこ
)
『そりや
貴様
(
きさま
)
、
614
本当
(
ほんたう
)
か、
615
嘘
(
うそ
)
ぢやないか』
616
お
勝
(
かつ
)
『
嘘
(
うそ
)
か
本真
(
ほんま
)
か、
617
今晩中
(
こんばんちう
)
に
分
(
わか
)
りますわいな』
618
宗彦
(
むねひこ
)
『そら
分
(
わか
)
るだらうが……どちらだ。
619
実際
(
ほんま
)
か、
620
虚言
(
うそ
)
か
聞
(
き
)
かして
呉
(
く
)
れ』
621
お
勝
(
かつ
)
『
幽冥
(
いうめい
)
の
秘
(
ひ
)
、
622
妄
(
みだ
)
りに
語
(
かた
)
る
可
(
べか
)
らずと、
623
どこともなしに
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
声
(
こゑ
)
が
聞
(
きこ
)
えました。
624
マア
今迄
(
いままで
)
の
年貢
(
ねんぐ
)
納
(
をさ
)
めだと
思
(
おも
)
つて、
625
楽
(
たのし
)
んで
日
(
ひ
)
の
暮
(
く
)
れるのを
待
(
ま
)
ちなさい。
626
あのマア
青
(
あを
)
い
顔
(
かほ
)
、
627
オホヽヽヽ』
628
宗彦
(
むねひこ
)
『お
爺
(
ぢい
)
さま、
629
大変
(
たいへん
)
な
事
(
こと
)
になつて
来
(
き
)
た。
630
愚図
(
ぐづ
)
々々
(
ぐづ
)
して
居
(
を
)
ると、
631
忽
(
たちま
)
ち
此処
(
ここ
)
に
やもめ
が
一人
(
ひとり
)
出来
(
でき
)
ますワイ。
632
何
(
なん
)
とかして
助
(
たす
)
けて
下
(
くだ
)
さいなア』
633
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『わしも
此
(
この
)
村
(
むら
)
で
やもを
の
連
(
つ
)
れが
無
(
な
)
うて、
634
寂
(
さび
)
しうて
困
(
こま
)
つて
居
(
を
)
つたのだから、
635
お
前
(
まへ
)
さまも
早
(
はや
)
く
やもめ
が
出来
(
でき
)
る
様
(
やう
)
に
死
(
し
)
なつしやい、
636
それの
方
(
はう
)
が
結句
(
けつく
)
気楽
(
きらく
)
で
宜
(
よ
)
からうぞい』
637
宗彦
(
むねひこ
)
『
何
(
なに
)
が
何
(
なん
)
だか、
638
サツパリ
分
(
わか
)
らぬ
様
(
やう
)
になつて
来
(
き
)
たワイ。
639
夢
(
ゆめ
)
でも
見
(
み
)
とるのでは
有
(
あ
)
るまいかなア』
640
と
頻
(
しき
)
りに
頬
(
ほほ
)
を
抓
(
つめ
)
つて
見
(
み
)
て
居
(
ゐ
)
る。
641
かかる
所
(
ところ
)
へ
捻鉢巻
(
ねぢはちまき
)
をした
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
、
642
慌
(
あわ
)
ただしく
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
り、
643
留公
(
とめこう
)
『
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
の
神主
(
かむぬし
)
さま、
644
お
前
(
まへ
)
は
聞
(
き
)
く
所
(
ところ
)
に
依
(
よ
)
れば、
645
又
(
また
)
してもバラモン
教
(
けう
)
の
行者
(
ぎやうじや
)
を
引張込
(
ひつぱりこ
)
んで、
646
しやうもないお
説教
(
せつけう
)
を
聴聞
(
ちやうもん
)
しとると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だ。
647
さう
猫
(
ねこ
)
の
目
(
め
)
の
様
(
やう
)
にクレクレと
精神
(
せいしん
)
を
変
(
か
)
へて
貰
(
もら
)
うと、
648
村
(
むら
)
の
者
(
もの
)
が
迷
(
まよ
)
つて
仕方
(
しかた
)
がない。
649
一体
(
いつたい
)
どうする
量見
(
りやうけん
)
だ。
650
お
竹
(
たけ
)
さまが
死
(
し
)
んでから、
651
お
前
(
まへ
)
さまは
益々
(
ますます
)
変
(
へん
)
になつたぢやないか』
652
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『チツトは
変
(
へん
)
にならうかい』
653
留公
(
とめこう
)
『
変
(
へん
)
にもならうかいも
有
(
あ
)
つたものかい。
654
改心
(
かいしん
)
して
殺生
(
せつしやう
)
を
止
(
や
)
め、
655
神妙
(
しんめう
)
にお
宮
(
みや
)
さまの
御用
(
ごよう
)
を
勤
(
つと
)
めたらどうだ。
656
あんまりお
前
(
まへ
)
の
行
(
おこな
)
ひが
悪
(
わる
)
いので、
657
村
(
むら
)
の
者
(
もの
)
が
此間
(
こなひだ
)
も
庚申待
(
かうしんまち
)
に
集
(
よ
)
つてお
前
(
まへ
)
をおつ
放
(
ぽ
)
り
出
(
だ
)
し、
658
三五教
(
あななひけう
)
の
真浦
(
まうら
)
さまを
跡釜
(
あとがま
)
に
据
(
す
)
わつて
貰
(
もら
)
はうと
云
(
い
)
ふ
相談
(
そうだん
)
があつたぞ。
659
こんな
事
(
こと
)
ども
村
(
むら
)
の
連中
(
れんちう
)
に
聞
(
きこ
)
えようものなら、
660
それこそ
今日
(
けふ
)
限
(
かぎ
)
り
叩
(
たた
)
き
払
(
ばらひ
)
だ。
661
そうなればお
前
(
まへ
)
さまも
可哀相
(
かはいさう
)
だからと
思
(
おも
)
つて、
662
気
(
き
)
を
注
(
つ
)
けに
来
(
き
)
たのだ。
663
お
春
(
はる
)
やお
弓
(
ゆみ
)
の
奴
(
やつ
)
、
664
チヤンと
知
(
し
)
つて、
665
俺
(
おれ
)
に
話
(
はな
)
しよつたから、
666
俺
(
おれ
)
は
決
(
けつ
)
して
誰
(
たれ
)
にも
言
(
い
)
ふぢやないと
口止
(
くちど
)
めをして
来
(
き
)
たのぢや。
667
どうだ
止
(
や
)
めて
下
(
くだ
)
さるか』
668
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『わしは
武志
(
たけし
)
の
宮
(
みや
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
にお
仕
(
つか
)
へして
居
(
を
)
るのだ。
669
決
(
けつ
)
して
村
(
むら
)
の
人間
(
にんげん
)
のお
給仕役
(
きふじやく
)
ぢやない。
670
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
から
命
(
めい
)
じられたものを
人間
(
にんげん
)
が
寄
(
よ
)
つて
集
(
たか
)
つて
動
(
うご
)
かさうとした
所
(
ところ
)
で、
671
そいつア
駄目
(
だめ
)
だ。
672
そう
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
をすると
村中
(
むらぢう
)
に
神罰
(
しんばつ
)
が
当
(
あた
)
つて、
673
米
(
こめ
)
も
麦
(
むぎ
)
も
穫
(
と
)
れぬ
様
(
やう
)
な
饑饉
(
ききん
)
が
出
(
で
)
て
来
(
く
)
るぞや』
674
田吾作
(
たごさく
)
『お
爺
(
やぢ
)
さま、
675
お
前
(
まへ
)
の
仰有
(
おつしや
)
るこたア
一応
(
いちおう
)
尤
(
もつと
)
もだが、
676
ヤツパリ
人間
(
にんげん
)
の
皮
(
かは
)
を
被
(
かぶ
)
つて
居
(
ゐ
)
る
以上
(
いじやう
)
は、
677
人間
(
にんげん
)
の
規則
(
きそく
)
にもチツトは
従
(
したが
)
はねばなるまい。
678
そんな
我
(
が
)
の
強
(
つよ
)
い
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
はずに、
679
チツトは
省
(
かへり
)
みたらどうだい』
680
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『
馬鹿
(
ばか
)
にするない。
681
人間
(
にんげん
)
の
皮
(
かは
)
被
(
かぶ
)
つとるなんぞと……
骨
(
ほね
)
から
腸
(
はらわた
)
まで、
682
魂
(
たましひ
)
まで、
683
皆
(
みんな
)
人間
(
にんげん
)
だ。
684
皮
(
かは
)
被
(
かぶ
)
つとる
奴
(
やつ
)
はお
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
ぢや』
685
留公
(
とめこう
)
『
爺
(
ぢい
)
さま、
686
お
前
(
まへ
)
さまこそ
魂
(
たましひ
)
が
四
(
よ
)
つ
足
(
あし
)
ぢやで。
687
其
(
その
)
証拠
(
しようこ
)
にや、
688
川獺
(
かはうそ
)
か
何
(
なん
)
ぞの
様
(
やう
)
に、
689
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
方
(
はう
)
はそつち
除
(
の
)
けにして、
690
魚捕
(
さかなとり
)
ばつかりに
憂身
(
うきみ
)
をやつし、
691
盆過
(
ぼんすぎ
)
の
幽霊
(
いうれい
)
の
様
(
やう
)
に、
692
水
(
みづ
)
ばつかり
羨
(
けな
)
りさうに
眺
(
なが
)
めて
暮
(
くら
)
して
居
(
ゐ
)
るぢやないか。
693
一体
(
いつたい
)
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
にお
仕
(
つか
)
へする
者
(
もの
)
が、
694
殺生
(
せつしやう
)
をすると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
が
有
(
あ
)
るものかい』
695
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『わしは
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
仕
(
つか
)
へて
居
(
ゐ
)
るから
魚
(
さかな
)
を
捕
(
と
)
るのだ。
696
御
(
ご
)
神前
(
しんぜん
)
で
海河
(
うみかは
)
山野
(
やまぬ
)
の
珍味物
(
うましもの
)
だとか、
697
鰭
(
はた
)
の
広物
(
ひろもの
)
、
698
鰭
(
はた
)
の
狭物
(
さもの
)
と
称
(
とな
)
へ
乍
(
なが
)
ら、
699
魚
(
さかな
)
一匹
(
いつぴき
)
、
700
誰
(
たれ
)
もお
供
(
そな
)
へする
者
(
もの
)
がないのだから、
701
仕方
(
しかた
)
なしに
此
(
この
)
老人
(
としより
)
が
魚
(
さかな
)
を
漁
(
と
)
つてお
供
(
そな
)
へするのだ』
702
留公
(
とめこう
)
『ヘン、
703
うまい
事
(
こと
)
言
(
い
)
つてるワイ。
704
大方
(
おほかた
)
自分
(
じぶん
)
の
喉
(
のど
)
の
神
(
かみ
)
さまに
供
(
そな
)
へるのだらう。
705
神主
(
かむぬし
)
は
神主
(
かむぬし
)
らしうやつて
居
(
を
)
ればいいのだ。
706
猫
(
ねこ
)
は
鼠
(
ねずみ
)
を
捕
(
と
)
るのが
商売
(
しやうばい
)
、
707
猟師
(
れふし
)
は
獣
(
けだもの
)
を
獲
(
と
)
り、
708
漁夫
(
ぎよふ
)
は
魚
(
さかな
)
を
漁
(
と
)
ると、
709
チヤンと
天則
(
てんそく
)
が
定
(
き
)
まつて
居
(
ゐ
)
るのだ』
710
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『それだつて、
711
わしが
漁
(
と
)
つても、
712
漁師
(
れふし
)
が
漁
(
と
)
つても、
713
生命
(
いのち
)
の
無
(
な
)
くなるのは
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
だ、
714
そんな
開
(
ひら
)
けぬ
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
ふものだないワイ。
715
息子
(
むすこ
)
は
嫁
(
よめ
)
取
(
と
)
る、
716
娘
(
むすめ
)
は
婿
(
むこ
)
取
(
と
)
ると
云
(
い
)
つて、
717
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
は
若
(
わか
)
いから
楽
(
たの
)
しみだが、
718
俺
(
おれ
)
の
様
(
やう
)
な
老爺
(
ぢぢ
)
は、
719
あんまり
外分
(
ぐわいぶん
)
が
悪
(
わる
)
くつて、
720
嫁
(
よめ
)
を
取
(
と
)
る
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かず、
721
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
いから
魚
(
さかな
)
を
漁
(
と
)
るのだ。
722
チツトは
大目
(
おほめ
)
に
見
(
み
)
て、
723
長老
(
ちやうらう
)
を
敬
(
うやま
)
ふのだぞ。
724
長幼
(
ちやうえう
)
序
(
じよ
)
ありと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
知
(
し
)
つて
居
(
を
)
るか。
725
今日
(
こんにち
)
は
養老会
(
やうらうくわい
)
と
云
(
い
)
つて、
726
老人
(
としより
)
を
大切
(
たいせつ
)
にする
会
(
くわい
)
が、
727
彼方
(
あちら
)
にも
此方
(
こちら
)
にも
開
(
ひら
)
けて
居
(
ゐ
)
るぢやないか。
728
それに
此
(
この
)
村
(
むら
)
の
奴
(
やつ
)
ア、
729
年
(
とし
)
が
老
(
よ
)
つたら
姥捨山
(
うばすてやま
)
へでも
捨
(
す
)
てたら
良
(
い
)
いものの
様
(
やう
)
に
思
(
おも
)
つて
居
(
ゐ
)
るから、
730
事
(
こと
)
が
面倒
(
めんだう
)
になるのだ。
731
老人
(
らうじん
)
は
村
(
むら
)
の
宝
(
たから
)
、
732
生字引
(
いきじびき
)
だ。
733
俺
(
おれ
)
が
此
(
この
)
村
(
むら
)
に
居
(
を
)
ればこそ、
734
古
(
ふる
)
い
事
(
こと
)
が
分
(
わか
)
るのだないか。
735
俺
(
おれ
)
の
体
(
からだ
)
は
俺
(
おれ
)
一人
(
ひとり
)
のものぢやない。
736
一方
(
いつぱう
)
はお
宮様
(
みやさま
)
の
召使
(
めしつかひ
)
、
737
一方
(
いつぱう
)
は
此
(
この
)
村
(
むら
)
の
骨董品
(
こつとうひん
)
だ……
否
(
いな
)
如意
(
によい
)
宝珠
(
ほつしゆ
)
の
玉
(
たま
)
だ。
738
今
(
いま
)
こそ
貴様
(
きさま
)
達
(
たち
)
は
不潔
(
きたな
)
い
爺
(
ぢぢ
)
いだと
云
(
い
)
つて、
739
沢山
(
たくさん
)
さうに
思
(
おも
)
うて
居
(
を
)
るが、
740
俺
(
おれ
)
が
死
(
し
)
んでみい、
741
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
す
事
(
こと
)
が
幾
(
いく
)
らでも
出来
(
でき
)
る。
742
……アーア
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
様
(
さま
)
がモウちつと
生
(
い
)
きて
御座
(
ござ
)
つたら、
743
御
(
お
)
尋
(
たづ
)
ねするのに…
斯
(
こ
)
んな
事
(
こと
)
なら
生存中
(
せいぞんちゆう
)
に…あれも
聞
(
き
)
いて
置
(
お
)
いたら
良
(
よ
)
かつたに、
744
此
(
こ
)
れも
教
(
をし
)
へて
貰
(
もら
)
つて
置
(
お
)
けば
宜
(
よ
)
かつたのに………と
後悔
(
こうくわい
)
をして、
745
泣
(
な
)
いても、
746
悔
(
くや
)
んでも
後
(
あと
)
の
祭
(
まつ
)
りだ。
747
せめては
故人
(
こじん
)
の
徳
(
とく
)
を
忘
(
わす
)
れぬ
為
(
ため
)
だと
云
(
い
)
つて、
748
宮
(
みや
)
の
境内
(
けいだい
)
か
川
(
かは
)
の
縁
(
ふち
)
に
記念碑
(
きねんひ
)
を
建
(
た
)
てて
何程
(
なにほど
)
拝
(
をが
)
んだつて、
749
石
(
いし
)
になつてから
物
(
もの
)
は
言
(
い
)
やしないぞ』
750
留公
(
とめこう
)
『お
前
(
まへ
)
の
様
(
やう
)
な
爺
(
ぢい
)
さまに
聞
(
き
)
いたつて、
751
何
(
なに
)
が
分
(
わか
)
らうかい。
752
併
(
しか
)
し
一
(
ひと
)
つ
聞
(
き
)
いて
置
(
お
)
かねばならぬ
事
(
こと
)
がある。
753
其奴
(
そいつ
)
ア、
754
どこの
淵
(
ふち
)
には
魚
(
さかな
)
が
余計
(
よけい
)
寄
(
よ
)
つとるか……と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だ。
755
なア
川獺
(
かはうそ
)
の
先生
(
せんせい
)
』
756
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『エー
大人
(
おとな
)
嬲
(
なぶ
)
りの
骨
(
ほね
)
なぶりだ。
757
グヅグヅ
言
(
い
)
うと、
758
死
(
し
)
んだら
目
(
め
)
が
潰
(
つぶ
)
れて
物
(
もの
)
が
言
(
い
)
へなくなり、
759
身体
(
からだ
)
がビクとも
動
(
うご
)
かなくなつて
了
(
しま
)
ふぞ』
760
留公
(
とめこう
)
、
761
肩
(
かた
)
を
上
(
あ
)
げ
下
(
さ
)
げし、
762
鷹
(
たか
)
が
羽
(
はね
)
を
拡
(
ひろ
)
げた
様
(
やう
)
な
調子
(
てうし
)
で、
763
体
(
からだ
)
を
揺
(
ゆす
)
り、
764
舌
(
した
)
を
出
(
だ
)
し、
765
留公
(
とめこう
)
『ウフヽヽヽ』
766
と
笑
(
わら
)
ふ。
767
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『
貴様
(
きさま
)
の
其
(
その
)
状態
(
ざま
)
は
何
(
なん
)
だ。
768
鳶
(
とんび
)
の
様
(
やう
)
なスタイルをしやがつて……』
769
留公
(
とめこう
)
『オイ、
770
お
前
(
まへ
)
がバラモン
教
(
けう
)
の
駆落
(
かけおち
)
巡礼
(
じゆんれい
)
だなア。
771
何
(
なん
)
だ
人気
(
ひとぎ
)
の
悪
(
わる
)
い
鯱面
(
しやちづら
)
をしよつて……
此
(
この
)
川獺
(
かはうそ
)
先生
(
せんせい
)
の
所
(
ところ
)
へ
無心
(
むしん
)
に
来
(
き
)
よつたのか。
772
……コリヤ
此
(
この
)
村
(
むら
)
はバラモン
教
(
けう
)
は
禁物
(
きんもつ
)
だ。
773
布教
(
ふけう
)
禁制
(
きんせい
)
の
場所
(
ばしよ
)
だぞ。
774
而
(
しか
)
も
気楽
(
きらく
)
さうに
女房
(
にようばう
)
を
連
(
つ
)
れて
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
だい。
775
そんな
事
(
こと
)
で
神聖
(
しんせい
)
な
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御用
(
ごよう
)
が
出来
(
でき
)
ると
思
(
おも
)
うて
居
(
ゐ
)
るのか。
776
一時
(
いつとき
)
も
早
(
はや
)
う、
777
足許
(
あしもと
)
の
明
(
あ
)
かるい
間
(
うち
)
に
帰
(
かへ
)
つて
了
(
しま
)
へ。
778
帰
(
かへ
)
るのが
厭
(
いや
)
なら、
779
此
(
この
)
川
(
かは
)
へドブンと
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
め。
780
さうすりや
寧
(
いつそ
)
埒
(
らち
)
が
明
(
あ
)
いて
良
(
い
)
いワ』
781
宗彦
(
むねひこ
)
『ハイハイ、
782
私
(
わたくし
)
は
御存
(
ごぞん
)
じの
通
(
とほ
)
りバラモン
教
(
けう
)
のお
経
(
きやう
)
を
唱
(
とな
)
へて、
783
巡礼
(
じゆんれい
)
に
廻
(
まは
)
つて
居
(
ゐ
)
る
者
(
もの
)
で
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
の
冥福
(
めいふく
)
を
祈
(
いの
)
る
丈
(
だけ
)
の
者
(
もの
)
、
784
人
(
ひと
)
さんに
宣伝
(
せんでん
)
なぞは
決
(
けつ
)
して
致
(
いた
)
しませぬ。
785
私
(
わたし
)
の
身体
(
からだ
)
には
大変
(
たいへん
)
な
地異
(
ちい
)
天変
(
てんぺん
)
が
勃発
(
ぼつぱつ
)
したので、
786
何
(
なに
)
所
(
どころ
)
の
騒
(
さわ
)
ぎじや
御座
(
ござ
)
いませぬワイ。
787
女房
(
にようばう
)
が
今
(
いま
)
となつて
暇
(
ひま
)
を
呉
(
く
)
れの、
788
何
(
なん
)
のと
言
(
い
)
ふものだから…』
789
留公
(
とめこう
)
『ハツハア、
790
地異
(
ちい
)
天変
(
てんぺん
)
て、
791
どんな
事
(
こと
)
かと
思
(
おも
)
へば、
792
嬶
(
かか
)
アにお
尻
(
しり
)
を
向
(
む
)
けられたのだなア、
793
そりや
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
だ。
794
俺
(
おれ
)
も
覚
(
おぼ
)
えが
有
(
あ
)
る。
795
それなら
両手
(
りやうて
)
を
挙
(
あ
)
げて
同情
(
どうじやう
)
…
否
(
いな
)
賛成
(
さんせい
)
だ。
796
オイオイ
奥
(
おく
)
さま、
797
斯
(
こ
)
んな
結構
(
けつこう
)
な、
798
青瓢箪
(
あをべうたん
)
然
(
ぜん
)
たるハズバンドを
持
(
も
)
ち
乍
(
なが
)
ら、
799
そんな
綺麗
(
きれい
)
な
顔
(
かほ
)
したナイスのお
前
(
まへ
)
が、
800
こんな
所
(
ところ
)
までやつて
来
(
き
)
て、
801
肱鉄砲
(
ひぢでつぱう
)
を
噛
(
か
)
ますとはチツト
人情
(
にんじやう
)
に
外
(
はづ
)
れては
居
(
ゐ
)
やせぬかい』
802
お
勝
(
かつ
)
『
妾
(
わたし
)
は
訳
(
わけ
)
を
聞
(
き
)
いて
貰
(
もら
)
はねば
分
(
わか
)
りませぬが、
803
あまりの
事
(
こと
)
で、
804
モウ
見切
(
みき
)
りを
付
(
つ
)
けました。
805
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
なら…あの…
見
(
み
)
た
様
(
やう
)
な
何々
(
なになに
)
に、
806
何々
(
なになに
)
したう
御座
(
ござ
)
います』
807
と
笠
(
かさ
)
に
顔
(
かほ
)
を
隠
(
かく
)
す。
808
留公
(
とめこう
)
『ハツハツハア、
809
分
(
わか
)
つた。
810
お
前
(
まへ
)
のホの
字
(
じ
)
とレの
字
(
じ
)
は、
811
トの
字
(
じ
)
とメの
字
(
じ
)
の
付
(
つ
)
く
男
(
をとこ
)
に
秋波
(
しうは
)
を
送
(
おく
)
つて
居
(
ゐ
)
るのだな。
812
生憎
(
あいにく
)
様
(
さま
)
乍
(
なが
)
らトーさまには、
813
立派
(
りつぱ
)
な
烏
(
からす
)
の
様
(
やう
)
な
色
(
いろ
)
の
黒
(
くろ
)
い
おから
と
云
(
い
)
ふ
奥
(
おく
)
さまが
御座
(
ござ
)
んすわいな』
814
お
勝
(
かつ
)
『イエイエ
妾
(
わたし
)
は
若
(
わか
)
い
人
(
ひと
)
や、
815
土臭
(
つちくさ
)
い
蛙切
(
かはづき
)
りは
虫
(
むし
)
がすきませぬ。
816
同
(
おな
)
じ
添
(
そ
)
ふのなら
此
(
この
)
お
爺
(
ぢい
)
さまの
女房
(
にようばう
)
になりたいのですよ。
817
年
(
とし
)
は
老
(
と
)
つて
居
(
を
)
られても、
818
どこともなしに
崇高
(
すうかう
)
な
御
(
ご
)
容貌
(
ようばう
)
、
819
今年
(
ことし
)
で
三
(
さん
)
年
(
ねん
)
が
間
(
あひだ
)
、
820
広
(
ひろ
)
い
世界
(
せかい
)
を
股
(
また
)
にかけて
探
(
さが
)
して
見
(
み
)
ましたが、
821
こんな
立派
(
りつぱ
)
な
気品
(
きひん
)
の
高
(
たか
)
いお
方
(
かた
)
に
逢
(
あ
)
うた
事
(
こと
)
は
有
(
あ
)
りませぬ。
822
まるで
太公望
(
たいこうばう
)
の
様
(
やう
)
な
御
(
お
)
方
(
かた
)
ですワ。
823
此処
(
ここ
)
へ
来
(
く
)
るなり、
824
宅
(
うち
)
のハズバンドが
厭
(
いや
)
になつて
了
(
しま
)
つたのですよ、
825
ホヽヽヽヽ』
826
留公
(
とめこう
)
『
是
(
こ
)
れは
又
(
また
)
エライ
物好
(
ものずき
)
も
有
(
あ
)
つたものだナア、
827
ヘーン』
828
と
言
(
い
)
つた
限
(
き
)
り、
829
舌
(
した
)
を
斜
(
はす
)
かひに
噛
(
か
)
み
出
(
だ
)
し、
830
白眼
(
しろめ
)
を
剥
(
む
)
いて、
831
両手
(
りやうて
)
の
遣
(
や
)
り
場
(
ば
)
が
無
(
な
)
い
様
(
やう
)
な
調子
(
てうし
)
で、
832
下前方
(
かぜんぱう
)
へ
俯向
(
うつむ
)
けに
手
(
て
)
を
垂
(
た
)
らしシユーツと
延
(
の
)
ばし、
833
呆
(
あき
)
れた
ふり
をして
見
(
み
)
せる。
834
田吾作
(
たごさく
)
『わしは
未
(
ま
)
だ
独身
(
ひとりみ
)
だがなア。
835
アーアどつかに
合口
(
あひくち
)
があつたら、
836
一
(
ひと
)
つ
買
(
か
)
ひたいものだ』
837
留公
(
とめこう
)
『コリヤコリヤ
短刀
(
あひくち
)
なんか
買
(
か
)
つて
如何
(
どう
)
するのだい。
838
過激派
(
くわげきは
)
取締
(
とりしまり
)
の
喧
(
やかま
)
しい
時
(
とき
)
に、
839
そんな
物
(
もの
)
でも
買
(
か
)
ひに
往
(
い
)
かうものなら、
840
それこそポリスに
追跡
(
つゐせき
)
され、
841
終局
(
しまひ
)
には
高等
(
かうとう
)
警察
(
けいさつ
)
要視察人
(
えうしさつにん
)
簿
(
ぼ
)
に
登録
(
とうろく
)
されて
了
(
しま
)
ふぞ』
842
田吾作
(
たごさく
)
『
女房
(
にようばう
)
を
貰
(
もら
)
つて、
843
警察
(
けいさつ
)
に
つけ
られるのなら、
844
村中
(
むらぢう
)
の
奴
(
やつ
)
ア、
845
みんな
高警
(
かうけい
)
要
(
えう
)
視察人
(
しさつにん
)
ぢやないか』
846
留公
(
とめこう
)
『
貴様
(
きさま
)
も
訳
(
わけ
)
の
分
(
わか
)
らぬ
奴
(
やつ
)
ぢやなア。
847
……
破
(
わ
)
れ
鍋
(
なべ
)
に
綴蓋
(
とぢぶた
)
と
云
(
い
)
つて、
848
それ
相当
(
さうたう
)
の
女房
(
にようばう
)
を
持
(
も
)
たねば、
849
遂
(
つひ
)
には
破鏡
(
はきやう
)
の
悲
(
かな
)
しみを
味
(
あぢ
)
ははねばならぬぞ。
850
こんな
立派
(
りつぱ
)
なナイスに
対
(
たい
)
して
秋波
(
しうは
)
を
送
(
おく
)
るのは、
851
チツと
提灯
(
ちやうちん
)
に
釣鐘
(
つりがね
)
だ。
852
併
(
しか
)
しお
爺
(
ぢい
)
さま、
853
枯木
(
かれき
)
に
花
(
はな
)
が
咲
(
さ
)
いたやうなものだ。
854
流石
(
さすが
)
はエライ。
855
それなれば
私
(
わたし
)
も
賛成
(
さんせい
)
だ。
856
貰
(
もら
)
ひなさい。
857
其
(
その
)
代
(
かは
)
りに
私
(
わたし
)
がチヨイチヨイと
水
(
みづ
)
汲
(
く
)
み
位
(
くらゐ
)
、
858
手伝
(
てつだ
)
ひに
来
(
き
)
てあげるワ』
859
お
勝
(
かつ
)
『オホヽヽヽ』
860
宗彦
(
むねひこ
)
はクルクルと
着物
(
きもの
)
を
脱
(
ぬ
)
ぎ
棄
(
す
)
て、
861
褌
(
まはし
)
まで
除
(
と
)
つて、
862
川
(
かは
)
の
早瀬
(
はやせ
)
へ
惜
(
を
)
し
気
(
げ
)
も
無
(
な
)
く、
863
笠
(
かさ
)
も
蓑
(
みの
)
も
杖
(
つゑ
)
も
一緒
(
いつしよ
)
に
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
んで
了
(
しま
)
つた。
864
宗彦
(
むねひこ
)
『ヤアお
爺
(
ぢい
)
さま、
865
モウ
是
(
こ
)
れでバラモン
教
(
けう
)
のレツテルを
残
(
のこ
)
らず
剥
(
は
)
がし、
866
生
(
うま
)
れ
赤児
(
あかご
)
になつて
了
(
しま
)
つた。
867
どうぞお
前
(
まへ
)
さまの
弟子
(
でし
)
にして
下
(
くだ
)
さい。
868
さうして
女房
(
にようばう
)
は
貰
(
もら
)
つてやつて
下
(
くだ
)
さいませ。
869
今日
(
けふ
)
からは
女房
(
にようばう
)
をあなたの
奥
(
おく
)
さまとして
敬
(
うやま
)
ひます。
870
ナアお
勝
(
かつ
)
、
871
遠慮
(
ゑんりよ
)
は
要
(
い
)
らぬから
宗々
(
むねむね
)
と
呼
(
よ
)
びつけにするのだよ』
872
お
勝
(
かつ
)
は
又
(
また
)
もやクルクルと
下帯
(
したおび
)
まで
脱
(
ぬ
)
ぎ
棄
(
す
)
て、
873
同
(
おな
)
じく
蓑
(
みの
)
も
笠
(
かさ
)
も、
874
金剛杖
(
こんがうづゑ
)
も
一括
(
ひとまとめ
)
にしてザンブとばかり
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
んだ。
875
宗彦
(
むねひこ
)
『アヽやつぱり
女房
(
にようばう
)
は
女房
(
にようばう
)
だ。
876
斯
(
か
)
うなるとチツとチツと、
877
ミとレンが
残
(
のこ
)
つとる
様
(
やう
)
な
気
(
き
)
がする。
878
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
らお
爺
(
ぢい
)
さま、
879
着物
(
きもの
)
を
私
(
わたし
)
に
恵
(
めぐ
)
んで
下
(
くだ
)
さい。
880
何
(
なん
)
でも
宜
(
よろ
)
しいから……』
881
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『さうだと
云
(
い
)
つて、
882
わしも
北国雷
(
ほくこくかみなり
)
ぢやないが
着
(
き
)
たなり
だ。
883
山椒
(
さんせう
)
の
木
(
き
)
に
飯粒
(
めしつぶ
)
で、
884
着
(
き
)
の
実
(
み
)
着
(
き
)
の
儘
(
まま
)
、
885
どうする
事
(
こと
)
も
出来
(
でき
)
やしない。
886
先祖
(
せんぞ
)
譲
(
ゆづ
)
りの
洋服
(
やうふく
)
で、
887
二人
(
ふたり
)
共
(
とも
)
暫
(
しばら
)
く
辛抱
(
しんばう
)
するのだなア』
888
留公
(
とめこう
)
『ヤア
宅
(
うち
)
の
嬶
(
かか
)
アの
着物
(
きもの
)
を、
889
俺
(
おれ
)
が
取
(
と
)
つて
来
(
き
)
て、
890
裸
(
はだか
)
ナイスに
進上
(
しんじやう
)
しよう。
891
田吾作
(
たごさく
)
、
892
貴様
(
きさま
)
はお
前
(
まへ
)
の
一張羅
(
いつちやうら
)
を
献上
(
けんじやう
)
せい』
893
田吾作
(
たごさく
)
『
貰
(
もら
)
うて
下
(
くだ
)
さるだらうかな。
894
わしはチツと
背
(
せ
)
が
低
(
ひく
)
いから、
895
身
(
み
)
に
合
(
あ
)
ふだらうか』
896
留公
(
とめこう
)
『
合
(
あ
)
うても
合
(
あ
)
はいでも、
897
無
(
な
)
いより
優
(
ま
)
しだ』
898
松鷹彦
(
まつたかひこ
)
『ヤア
留
(
とめ
)
さま
田吾作
(
たごさく
)
さま、
899
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
相身互
(
あひみたが
)
ひぢや。
900
さうなくてはならぬ。
901
是
(
こ
)
れもヤツパリ
三五教
(
あななひけう
)
の
感化力
(
かんくわりよく
)
のお
神徳
(
かげ
)
だ……』
902
(
大正一一・五・一三
旧四・一七
松村真澄
録)
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