霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 親不知(おやしらず)〔六六七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻 篇:第2篇 運命の綱 よみ(新仮名遣い):うんめいのつな
章:第5章 親不知 よみ(新仮名遣い):おやしらず 通し章番号:667
口述日:1922(大正11)年05月13日(旧04月17日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年3月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
松鷹彦は婆が川にはまって亡くなって以来、呆けたように川釣りにのみ日を暮らしていた。そこへ、夫婦の修験者が通りかかり、声をかける。
二人の修験者は、バラモン教の宗彦・お勝であった。二人は松鷹彦が釣り上げた川魚の亡き骸に手を合わせて拝み入った。松鷹彦は驚いて、涙を流し、すごすごと自分の茅屋に帰って行った。
宗彦とお勝は川辺の茅屋に気づいて、戸を叩いた。そこは松鷹彦の家であった。松鷹彦は中から、自分は三五教の信者で、村人も以前はバラモン教だったのが皆三五教に改心したのだから、本来はバラモン教に入ってもらうことはできない、と言う。
しかし、婆を亡くしてその霊前に供えるために毎日川魚を捕っていたのだが、そのことについて聞きたいことがあるから中へ入るように、と宗彦とお勝を招いた。
宗彦はこれを聞いて、バラモン教でも三五教でも、道理はひとつのはずなのに、本来は入ってもらうことはできない、などというのは排斥だと腹を立て、立ち去ろうとする。
松鷹彦は、そう怒らずに話を交換しようと言う。お勝も一服しようと促した。松鷹彦はお茶を汲んで出す。そして、二人が巡礼になった訳を聞いた。
宗彦は、来世が恐ろしくなってきたので、自分の犯してきた悪業の罪滅ぼしのために巡礼となったのだ、と語った。前妻の幽霊に悩まされて、お勝を置いて家を飛び出したのだが、旅の途中に自分を追いかけてきたお勝にばったり出くわして、一緒に巡っているのだ、と言う。
しかしお勝は、先に巡礼に出たのは自分であり、それを宗彦が追って来たのだ、と明かすと、宗彦は真っ赤な顔で俯いてしまった。松鷹彦は笑って、二人を羨ましいと言う。三人は四方山話に興じている。
そこへ、留公と田吾作がねじり鉢巻でやってきて、バラモン教の巡礼をかくまっているだろう、と血相を変えて松鷹彦を問い質す。そして、武志の宮の神主がバラモン教徒を家に入れたと非難する。
留公は宗彦に、この村でバラモン教は禁止だから出て行け、と言う。宗彦も、自分は巡礼であって宣伝なんぞはしない、と返して、ただ今女房に肘鉄砲を食わされて、談判をしていたものだから、と答える。
留公は面白がって話に入り、宗彦・お勝をからかいだす。田吾作も、自分も女房が欲しいのだが、誰か適当な女性はないものか、と脱線する。
宗彦は翻然として、身に着けていたものを川に投げ込んでしまい、生まれ赤子になって女房とも別れよう、と言い出す。しかしお勝も同じように、所有物を捨てて改心を示した。
留公と田吾作は、二人のために服を調達した。松鷹彦はこれも三五教の感化力のおかげだと喜ぶ。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-04-22 18:23:25 OBC :rm2005
愛善世界社版:99頁 八幡書店版:第4輯 184頁 修補版: 校定版:103頁 普及版:41頁 初版: ページ備考:
001黄金(こがね)(なみ)宇都山(うづやま)
002(やま)(やま)との谷間(たにあひ)
003()うて(なが)るる宇都(うづ)(かは)
004(みづ)(ぬる)みて(のぼ)()
005真鯉(まごひ)緋鯉(ひごひ)(ふな)雑魚(もろこ)
006(あゆ)季節(きせつ)(やうや)くに
007(すなど)(ひと)此処(ここ)彼処(かしこ)
008(なか)(すぐ)れて()(たか)
009(なん)とはなしに(たくま)しき
010白髪(はくはつ)異様(いやう)老人(らうじん)
011()つる(けぶり)細竿(ほそざを)
012(さき)(ゑさ)をば()りつけて
013(なが)春日(はるひ)()ごさむと
014(つり)(たの)しむ折柄(をりから)
015川辺(かはべ)(つた)(のぼ)()
016蓑笠(みのかさ)()けた二人(ふたり)()
017諸行(しよぎやう)無常(むじやう)是生(ぜしやう)滅法(めつぽふ)
018生滅(しやうめつ)滅已(めつい)寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)(しる)したる
019(すげ)小笠(をがさ)(いただ)きつ
020金剛杖(こんがうづゑ)(たす)けられ
021(つり)する(おきな)(まへ)()
022()れますかなと阿呆面(あはうづら)
023(おきな)(つり)()()られ
024見向(みむ)きもやらぬもどかしさ
025行者(ぎやうじや)はツカツカ(そば)()
026コレコレ()さまと(せな)(たた)
027()れますかなと(また)()へば
028(つれ)()浮世(うきよ)一人者(ひとりもの)
029(ばば)アは(かは)(あやま)つて
030寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)となりました
031諸行(しよぎやう)無常(むじやう)()(なか)
032是生(ぜしやう)滅法(めつぽふ)道理(ことわり)
033()れぬ人生(じんせい)果敢(はか)なみて
034余生(よせい)(おく)(かは)()
035()れは松鷹彦(まつたかひこ)(おきな)
036(なれ)夫婦(ふうふ)修験者(しうげんじや)
037本来(ほんらい)この()無東西(むとうざい)
038何処有(かしよう)南北(なんぼく)()宇宙(うちう)
039(まよ)ふが(ゆゑ)三界城(さんがいじやう)
040(さと)るが(ゆゑ)十方空(じつぱうくう)
041()うて(はこ)して()()きて
042さて(その)(あと)()ぬるのみ
043()れが人生(じんせい)通路(つうろ)ぞや
044(なんぢ)(わか)(とし)()
045行者(ぎやうじや)になるは何故(なにゆゑ)
046()れには仔細(しさい)あるならむ
047委曲(つぶさ)(かた)れと(うなが)せば
048(わか)(をとこ)(かさ)()
049(みの)()()てて(かは)()
050どつかと()して()(ぬぐ)
051バラモン(けう)修験者(しうげんじや)
052宗彦(むねひこ)(かつ)両人(りやうにん)
053一粒種(ひとつぶだね)(いと)()
054先立(さきだ)たれたる(かな)しさに
055赤児(あかご)冥福(めいふく)(いの)らむと
056二世(にせ)(ちぎ)つた(いも)()
057(あし)(まか)せて雲水(うんすゐ)
058行衛(ゆくへ)(さだ)めぬ草枕(くさまくら)
059(たび)()でたる(その)()より
060()きを三年(みとせ)夫婦(ふうふ)()
061月日(つきひ)(こま)()(ごと)
062()れを見棄(みす)てて(なが)()
063二人(ふたり)()ては小夜砧(さよきぬた)
064宇都山(うづやま)(がは)水音(みなおと)
065(かな)しき無情(むじやう)(さけ)(ごゑ)
066万有(ばんいう)愛護(あいご)御教(みをしへ)
067(まも)(われ)()河海(かはうみ)
068(うか)(あそ)べるうろくづの
069天津(あまつ)御神(みかみ)精霊(せいれい)
070宿(やど)(たま)うと()くからに
071(おきな)(つり)()るにつけ
072諸行(しよぎやう)無常(むじやう)(かん)(ふか)
073生者(せいじや)必滅(ひつめつ)会者(ゑしや)定離(ぢやうり)
074()慣習(ならはし)()(なが)
075釣魚(てうぎよ)(なげ)きは()のあたり
076()(われ)こそは(いた)ましく
077()れが菩提(ぼだい)(とむら)ひて
078せめて(わが)()冥福(めいふく)
079(いの)りやらむと松鷹彦(まつたかひこ)
080(こころ)をこめて()りあげし
081(ふな)雑魚(もろこ)死骸(なきがら)
082両手(りやうて)(あは)(をが)()
083松鷹彦(まつたかひこ)(おどろ)いて
084竿(さを)()()てて()りし()
085(かは)()目蒐(めが)けて(はな)ちやり
086(なみだ)(なが)してスゴスゴと
087茅屋(あばらや)さして(かへ)()
088宗彦(むねひこ)(かつ)両人(りやうにん)
089悲哀(ひあい)(なみだ)()(なが)
090吐息(といき)つくづく老人(らうじん)
091(あと)(した)うて(さぐ)()く。
092 川辺(かはべ)()てる茅屋(あばらや)を、093宗彦(むねひこ)(かつ)両人(りやうにん)は、094(やうや)()つけだし、095()外面(そとも)より、
096宗彦、お勝(たの)もう(たの)もう』
097(おとな)へば、098(なか)より以前(いぜん)(おきな)
099(おきな)『お(まへ)は、100最前(さいぜん)()うたバラモン(けう)巡礼(じゆんれい)だらう。101わしはバラモン(けう)(いや)だ。102けれど最前(さいぜん)(まへ)()つた(こと)(すこ)しばかり(くび)(かたむ)けて(かんが)へねばならぬ(こと)()るやうだ。103(この)(さと)はバラモン(けう)信者(しんじや)(ばか)りであつたが、104つい(いち)(ねん)(ばか)(まへ)から、105三五教(あななひけう)全村(ぜんそん)(こぞ)つてなつたのだから、106表向(おもてむき)這入(はい)つて(もら)(こと)出来(でき)ないのだが、107川辺(かはべり)(ひと)()(さいは)ひ、108(たれ)()()ないから、109そつと這入(はい)つて(くだ)され。110わしも(この)(むら)武志(たけし)(みや)神主(かむぬし)をして()(もの)だ。111(ばば)アに先立(さきだ)たれ、112(あま)(さび)しいので、113毎日(まいにち)日々(ひにち)114(すなど)りを(たの)しみ、115(ばば)アの霊前(れいぜん)清鮮(せいせん)(うを)(そな)へて、116せめてもの(なぐさ)めとして()るのだ。117それに(つい)てお(まへ)()きたい(こと)がある。118サアサアお這入(はい)りなさい』
119宗彦(むねひこ)『バラモン(けう)でも、120三五教(あななひけう)でも、121道理(だうり)(ふた)つはない(はず)だ。122開闢(かいびやく)(はじめ)から、123()(あつ)(みづ)(つめ)たいと()(こと)は、124チヤンと(きま)つて()る。125それ(ほど)バラモン(けう)排斤(はいせき)するのならば、126(まへ)(うち)這入(はい)(こと)中止(ちゆうし)(いた)しませう。127サアお(かつ)128()かうぢやないか』
129松鷹彦(まつたかひこ)『お(まへ)(とし)(わか)いので(すぐ)(はら)()てるが、130マアじつくりとお(ちや)でも()んで、131()()()け、132(はなし)交換(かうくわん)をしたらどうだな。133わしも一人暮(ひとりぐら)しで、134川端柳(かはばたやなぎ)ぢやないが、135(みづ)(なが)れを()て、136クヨクヨと()(おく)(もの)だから』
137(かつ)宗彦(むねひこ)さま、138(ぢい)さまの仰有(おつしや)(とほ)り、139一服(いつぷく)さして(もら)ひませうか』
140宗彦(むねひこ)『そうだなア、141そんならドツと譲歩(じやうほ)して這入(はい)つてやらうか』
142松鷹彦(まつたかひこ)『サアサア這入(はい)つてやらつしやい……(小声(こごゑ)で)……バラモン(けう)(やつ)は、143どこまでも剛腹(がうばら)(やつ)だなア』
144(つぶや)(なが)真黒(まつくろ)けの土瓶(どびん)から、145忍草(にんぞう)(ちや)()んで(すす)める。
146松鷹彦(まつたかひこ)『お(まへ)は、147()ればまだ(わか)夫婦(ふうふ)()えるが、148()其処(そこ)まで発起(ほつき)したものだなア、149()れには(ふか)(わけ)()るだらう、150(ひと)()かして(もら)ひたいものだ』
151宗彦(むねひこ)(わたし)(じつ)(ところ)は、152来世(らいせ)(おそ)ろしくなつて()たので、153罪亡(つみほろ)ぼしに巡礼(じゆんれい)となつて、154各地(かくち)霊山(れいざん)霊場(れいぢやう)巡拝(じゆんぱい)し、155今日(けふ)(ほとん)(さん)(ねん)156この自転倒(おのころ)(じま)(まは)つて()ました。157(わたし)(いま)こそ、158()うして(ねこ)(やう)温順(おとな)しくなつて(しま)つたが、159随分(ずゐぶん)名代(なだい)悪者(わるもの)でしたよ。160家妻(かない)(もら)つては赤裸(まつぱだか)にして追出(おひだ)し、161(おし)かけ婿(むこ)にいつては、162(その)(いへ)(つぶ)し、163何度(なんど)となく(かかあ)()かせの家潰(いへつぶ)しや、164後家倒(ごけだふ)()(たふ)しなど、165(わる)(こと)()らむ(かぎ)りを(つく)して()(ところ)166最後(さいご)女房(にようばう)(わたし)不身持(ふみもち)()にして、167(うら)溜池(ためいけ)へドンブリコとやつて、168ブルブルブル、169波立(なみた)(あわ)(とも)寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)となつて(しま)つた。170それから(すぐ)(この)(かつ)女房(にようばう)となし、171(むつま)じう養家(やうか)財産(ざいさん)(あて)に、172(あさ)から(ばん)まで差向(さしむか)ひで、173(さけ)ばつかり()んで()つた(ところ)174(かか)アの(れい)(まつ)つた霊壇(れいだん)から夜半(よなか)(ごろ)になると、175ポーツポーツと青白(あをじろ)()()えて()る。176夫婦(ふうふ)(もの)夜着(よぎ)(かぶ)つて、177(いき)()らして(ふる)へて()ると、178(つめ)たい()二人(ふたり)(かほ)()(まは)(いや)らしさ。179此奴(こいつ)先妻(せんさい)のお(くに)亡霊(ばうれい)ぢやと合点(がつてん)し、180一言(ひとこと)謝罪(あやま)らうと(おも)うても、181どうしたものか(こゑ)()()ぬ。182(なが)夜中(よるぢう)(いや)らしい(こゑ)がする。183(つめ)たい()()でる。184こいつア(たま)らぬと、185(あさ)から(ばん)までバラモン(けう)のお(きやう)(とな)(とほ)して()ると、186(その)()はお(かげ)霊壇(れいだん)(くわい)()んだ。187さう()うする(うち)に、188ザアザアと雨戸(あまど)(たた)(おと)189それが(また)()んだ女房(にようばう)(こゑ)(きこ)えて()る。190ソツと(まど)から(すか)して()れば、191(くに)(はま)つた前栽(せんざい)(いけ)から、192(しろ)(けぶり)(さかん)立昇(たちのぼ)り、193(かみ)()(みだ)した青白(あをじろ)女房(にようばう)(かほ)194(うら)めし(さう)(いへ)(なか)見詰(みつ)めて()る。195そこで女房(にようばう)に「(わか)れて()れ、196さうしたらお(くに)解脱(げだつ)するであらうから」と何程(なにほど)(たの)んでも、197(この)(かつ)執念深(しふねんぶか)さ、198()うしても()うしても(はな)れて()れませぬ。199「お(まへ)(えん)()るなら()つて(くだ)さい。200(いけ)()()げて幽霊(いうれい)になり、201(くに)一緒(いつしよ)幽霊(いうれい)同盟会(どうめいくわい)組織(そしき)して襲撃(しふげき)してやる」……とアタ(いや)らしい(こと)(ぬか)しやがるので、202(うち)()(こと)もならず、203巡礼姿(じゆんれいすがた)()けて(わが)()()()しました。204さうすると(いち)(ねん)(ほど)()つた(はる)(ころ)205辻堂(つじだう)(まへ)(とほ)れば、206一人(ひとり)(をんな)癪気(しやくき)(おこ)して(くるし)んで()る。207……「オイお女中(ぢよちう)208(この)人通(ひとどほ)りのない辻堂(つじだう)(さぞ)()難儀(なんぎ)であらう、209介抱(かいほう)してあげませう」と近寄(ちかよ)()れば(あに)(はか)らむや執念深(しふねんぶか)(この)(かつ)巡礼姿(じゆんれいすがた)になつて、210(わたし)行衛(ゆくへ)(さぐ)して()るのにベツタリ出会(でつくは)し、211アーア(なん)とした(きつ)惚方(ほれかた)だらう、212(へび)(ねら)はれた(やう)なものだ。213こんな(こと)()つたなら(だま)つて(とほ)つたらよかつたのに……(かみ)ならぬ()の……アヽ是非(ぜひ)もなやと、214(てん)(あふ)いで歎息(たんそく)して()ました。215()ねばよいのに、216(かつ)(やつ)217(わたくし)(かほ)()るなり、218(しやく)(なに)もケロリと(わす)れ、219「アイタ、220アイタ……イタイはイタイが()いたかつたのぢや」とぬかしやがる。221……エ、222仕方(しかた)がない、223色男(いろをとこ)(うま)れたが(わが)()不仕合(ふしあは)せ、224因果腰(いんぐわごし)(さだ)め、225(きら)ひでもない女房(にようばう)を……アタ恰好(かつかう)(わる)くも(なん)ともない……かうして()れて(ある)いて()りますのだ』
226(かつ)『コレ(むね)さま、227(なに)()ひなさる。228そりやお(まへ)(こと)ぢやらう。229()んで()たのは(わたし)ぢやないか。230(まへ)231(くに)亡霊(ばうれい)()るのは、232(わたし)後妻(ごさい)()()んだのがお()()らぬのであらう。233(わたし)さへ()れば(いへ)無事(ぶじ)太平(たいへい)234(くに)(れい)解脱(げだつ)(あそ)ばすに(ちがひ)ない。235()(だけ)()れた(おやぢ)236(なん)()つても(ひま)()れる気遣(きづかひ)はない、237(わたし)から()()すのが上分別(じやうふんべつ)だと、238(まへ)(さけ)をドツサリ()まし、239夜陰(やいん)(まぎ)れて巡礼姿(じゆんれいすがた)となり、240バラモン(けう)のお(きやう)(とな)へつつ、241(くに)冥福(めいふく)(いの)つて、242霊山(れいざん)霊地(れいち)参拝(さんぱい)して彷徨(さまよ)(をり)しも、243辻堂(つじだう)(なか)一人(ひとり)(をとこ)が、244(いつ)(しやく)(くらゐ)(ひか)(もの)をニユツと()し、245(はら)()して自殺(じさつ)(はか)らうとして()(もの)がある。246何処(いづこ)誰人(たれびと)かは()らねども、247()れが見捨(みす)てて()かれようかと、248(わが)()(わす)れて(をど)りかかり、249(その)(ひか)短刀(たんたう)をひつたくり、250……「モシモシ如何(いか)なる事情(じじやう)()りませぬが(せい)(かた)()(やす)し、251()()()()()けなさいませ」……と(をんな)細腕(ほそうで)全身(ぜんしん)(ちから)()めて(とど)むれば、252「イヤどこのお女中(ぢよちう)()りませぬが、253(わたし)はどうしても()なねばならぬ(ふか)理由(わけ)()る。254慈悲(じひ)(かへつ)無慈悲(むじひ)となる。255どうぞ(この)(うで)(はな)しやンせい」……と無理(むり)振放(ふりはな)さうとする。256(わたし)はバラモン(けう)のお(きやう)一生(いつしやう)懸命(けんめい)(とな)へて()ると、257(その)(をとこ)は……「可愛(かはい)女房(にようばう)幽霊(いうれい)(こは)さに(いへ)()()し、258行衛(ゆくゑ)不明(ふめい)となりました。259今迄(いままで)沢山(たくさん)(をんな)()つて()たが、260あの(くらゐ)()()い、261綺麗(きれい)女房(にようばう)()つた(こと)がない。262あの女房(にようばう)()はれぬのなら(この)()(なか)(いき)()つても、263(なに)(たのし)みも()い。264(この)(ひろ)()(なか)(じふ)(ねん)二十(にじふ)(ねん)(さが)(まは)つた(ところ)()へるとも()へぬとも(わか)りませぬ。265娑婆(しやば)()(のが)れる(ため)に、266(この)()(はら)()()つて浄土(じやうど)(まゐ)りをするのだ。267ヒヨツとしたら女房(にようばう)(さき)にいつてるかも()れませぬ」……と()つて()つともない、268(をんな)一人(ひとり)(ぐらゐ)生命(いのち)()てようとする馬鹿(ばか)(やつ)は、269どこの何者(なにもの)かと()()月影(つきかげ)(てら)して()れば、270アタ気色(きしよく)(わる)()い、271(この)(ひと)でしたよ。272まるで(へび)(ねら)はれた(かへる)(やう)なものだと、273因果(いんぐわ)(さだ)めて、274此処(ここ)まで()いて()てやつたのですよ』
275 宗彦(むねひこ)真赤(まつか)(かほ)して俯向(うつむ)く。276松鷹彦(まつたかひこ)は、
277松鷹彦『アハヽヽヽ、278随分(ずゐぶん)おめでたいローマンスを沢山(たくさん)拝聴(はいちやう)(いた)しました。279千僧(せんぞう)万僧(ばんぞう)読経(どくきやう)よりも、280(うち)(ばば)アが()いて(よろこ)(こと)でせう。281(この)(ぢい)だつて(もと)より()(いし)では()い。282(わか)(とき)にや、283随分(ずゐぶん)情話(じやうわ)(たね)()いたものだ。284しかし過越(すぎこし)苦労(くらう)()めて()きませうかい。285また(しうとめ)十八(じふはち)()つて(ほこ)ると(おも)はれても(つま)らぬからな、286アハヽヽ。287(しか)しお(まへ)(たち)はさうして夫婦(ふうふ)仲良(なかよ)意茶(いちや)つき喧嘩(げんくわ)をチヨコチヨコやつて、288天下(てんか)遍歴(へんれき)して()れば随分(ずゐぶん)面白(おもしろ)からう。289……わしもお(まへ)()夫婦(ふうふ)苦楽(くらく)(とも)にする状態(じやうたい)()(うらや)ましうなつて()た。290どうしても人間(にんげん)異性(いせい)()いて()らねば、291()(なか)(なん)ともなしに(さび)しくて、292(はる)(あたた)かい()(つめ)たい(やう)気分(きぶん)がするものだ』
293宗彦(むねひこ)『あなたのやうに(とし)()つて、294行先(ゆくさき)(みじか)(ぢい)さまでも、295ヤツパリ女房(にようばう)()りますかなア』
296松鷹彦(まつたかひこ)(きま)つた(こと)だよ。297(すずめ)(ひやく)まで牝鳥(めんどり)(わす)れぬと()つて、298(とし)()れば()(ほど)299皺苦茶(しわくちや)(ばば)でも(こひ)しうなるものだ。300夫婦(ふうふ)()ふものは、301(わか)(とき)よりも(とし)()つてから本当(ほんたう)(ちから)になるものだ。302(わか)(とき)には(はる)(てふ)彼方(あちら)(しろ)(はな)此方(こちら)黄色(うこん)(はな)()()ひて、303(はな)(くちびる)にキツスをする(やう)に、304(はな)(また)(よろこ)んで()けてくれるが、305()体中(からだぢう)(しわ)()り、306(かは)(あま)つて()307竹笠(たけがさ)(やう)(ほね)(かは)ばつかりになつて、308胃病(ゐびやう)看板然(かんばんぜん)痩衰(やせおとろ)へては、309(たれ)だつて見向(みむ)いてもくれやしない。310(その)(とき)には本当(ほんたう)(ちから)になつてくれる(もの)は、311(ぢい)(たい)しては(ばば)ア、312(ばば)アの(ちから)になる(もの)(ぢい)だ。313何程(なにほど)可愛(かはい)()沢山(たくさん)()つてもヤツパリ大事(だいじ)(はなし)は、314夫婦(ふうふ)でなければ、315打解(うちと)けて(はな)せるものぢやない。316……アヽ中年(ちうねん)やもを(どり)になる(もの)(ほど)不幸(ふかう)(もの)()りませぬワイ』
317宗彦(むねひこ)(わか)(とき)(こころ)と、318(とし)()つた(とき)(こころ)とは、319それ(だけ)(ちが)ふものですかいな。320我々(われわれ)から()ると、321(ぢい)さまが皺苦茶(しわくちや)(ばば)可愛(かはい)がり、322(ばば)アが(また)()から(しる)()し、323(みづ)ばな()れ、324歯糞(はくそ)をためて枯木(かれき)(やう)になつた、325不潔(きたな)(おやぢ)大切(たいせつ)にするのを()ると(むね)(わる)(やう)()がするものだが、326なんと人間(にんげん)()ふものは合点(がつてん)のゆかぬものですなア』
327松鷹彦(まつたかひこ)『お(まへ)(たち)庚申(かうしん)眷属(けんぞく)(やう)に、328あつちやの(えだ)()まつては小便(せうべん)()け、329こつちやの(えだ)()まつては小便(せうべん)()れて、330結構(けつこう)人間(にんげん)弄物(おもちや)(やう)取扱(とりあつか)ひ、331(いろ)(しろ)いの、332(くろ)いの、333(せい)(たか)いの(みじか)いのと、334小言(こごと)()つて()られるが、335わしの(やう)世捨人(よすてびと)になつて(しま)へば、336(たれ)相手(あひて)になる(もの)はありやしない。337()だつて(あぢ)(わる)いと()つて()()きにも()てくれやしない。338本当(ほんたう)(さび)しいものだ。339それで、340せめて(ばば)アの幽霊(いうれい)になりと、341(すき)(うを)毎日(まいにち)(そな)へてやつて、342追懐(つゐくわい)して()るのだ。343わしの真心(まごころ)(かよ)うたと()えて、344(ばば)アは毎晩(まいばん)(とこ)()(あら)はれ、345わしと一緒(いつしよ)(めし)()ひ、346(ちや)()み、347それはそれは大切(たいせつ)にしてくれるが、348(しか)(なん)となしに便(たよ)りないものだ。349(うれ)しいと()表情(へうじやう)()せるが、350(ただ)一言(ひとこと)(ぢい)さまとも、351(おやぢ)どのとも()やアしない。352()(だけ)現幽(げんいう)(ところ)(こと)にした(ため)でもあらうが、353どうぞお(まへ)さまも今晩(こんばん)(とま)つて、354(ばば)アの幽霊(いうれい)一遍(いつぺん)()なさつたらどうだ。355(ちや)(くらゐ)()んでくれるなり、356(つめ)たい()でお(まへ)(やう)(わか)(をとこ)なら握手(あくしゆ)して()れるかも()れやしないぞ。357そりやマア親切(しんせつ)(もの)だ。358()んでからでも、359()んな目脂(めやに)360鼻汁(はなじる)()れる(ぢい)(した)うて()るのだから、361わしもドツかに()(ところ)があるのだらう、362アハヽヽヽ』
363宗彦(むねひこ)『お(ぢい)さま本当(ほんたう)()るのかい。364……イヤお()ましになるのかい。365(わたし)はもう(いう)サン(だけ)真平(まつぴら)御免(ごめん)だ。366(しか)随分(ずゐぶん)よう(のろ)けたものですな』
367松鷹彦(まつたかひこ)『きまつた(こと)だよ。368(さび)しいやもを(まへ)(つや)つぽい意茶(いちや)つき(ばなし)()かされて、369大変(たいへん)にわしも(わか)やいだ。370返礼(へんれい)(ため)一寸(ちよつと)秘密(ひみつ)(くら)()けて()せたのだ。371夫婦(ふうふ)()ふものはマアざつと()んなものだ。372夫婦(ふうふ)(なか)愛情(あいじやう)(わか)いお(かた)には一寸(ちよつと)には(わか)るものぢやない。373(しか)しお(まへ)さまは最前(さいぜん)(やなぎ)()(そば)で、374(わし)(つり)して()(とき)に、375一粒種(ひとつぶだね)()(はな)れたのが(かな)しさに巡礼(じゆんれい)(まは)つたと()うたぢやないか。376(いま)()けば()(わか)れたと()ふのは(まつた)くの(うそ)だらう。377そんな(あは)れつぽい(こと)()つて、378世人(よびと)同情(どうじやう)()ひ、379殊勝(しゆしよう)若夫婦(わかふうふ)だと()はれようと(おも)つて嘘八百(うそはつぴやく)()(なら)べて(ある)くのだらう』
380宗彦(むねひこ)本来(ほんらい)無東西(むとうざい)381何処有(かしよう)南北(なんぼく)382色即(しきそく)是空(ぜくう)383空即(くうそく)是色(ぜしき)384()ると(おも)へば()る、385()いと(おも)へば()い。386()んだと(おも)へばヤツパリ()んだのぢや。387(しか)(わたし)()(ころ)したと()ふのは、388ホギヤホギヤと(うた)()ぢやない。389()()れるのを()()ねて(めう)()つきをして…コレコレ宗彦(むねひこ)さま、390()大分(だいぶ)()けました。391(となり)のお(たけ)さまはモウ就寝(やすま)しやつたと()えて(きぬた)(おと)()まつた。392あんたも()加減(かげん)にお就寝(やす)みなさいませ。393(また)明日(あす)大事(だいじ)ですから……と(めう)目付(めつき)して(しとね)()いて()れる……(ねこ)()んだと()ふのだ。394(ねこ)かと(おも)へばチウチウと()(こと)もある。395(ねこ)(ねずみ)(あか)(ばう)()らぬが、396わしはマア、397ニヤンチウ(うん)(わる)いものだと、398ミカシラベにハラバヒ、399御足辺(みあしべ)にハラバヒテ()(たま)(とき)()れませる(かみ)は、400ウネヲのコノモトにます泣沢女(なきさはめ)(かみ)()ふ』
401松鷹彦(まつたかひこ)『アハヽヽヽ、402それは古事記(こじき)()(なほ)しぢやないか』
403宗彦(むねひこ)古事記(こじき)()(なほ)しぢやから、404若夫婦(わかふうふ)乞食(こじき)(ある)いとるのだ。405(まへ)さまも(とし)()つた(くせ)合点(がつてん)(わる)(ひと)だな。406余程(よほど)耄碌(まうろく)したと()えるワイ。407太公望(たいこうばう)気取(きど)りで、408何時(いつ)まで(かは)(ふち)(うを)()つて()つても、409西伯(せいはく)文王(ぶんわう)()れやしない。410(ばば)アの幽霊(いうれい)だつて()()きやしませぬぞえ。411()加減(かげん)(あきら)めて、412殺生(せつしやう)()めなされ。413五生(ごしやう)大事(だいじ)だ、414そんな六生(ろくしやう)(こと)をすると七生(しちしやう)(まで)(うか)ばれぬからなア。415(いま)()うして()アさまの(うはさ)をして()ると、416冥土(めいど)御座(ござ)るお(たけ)さまが今頃(いまごろ)にや八九生(はつくしやう)(くさめ)でもして()るだらう。417十生(としやう)()(おやぢ)だと(うら)んで御座(ござ)るであらうのに、418(おも)へば(おも)へばお(ぢい)さま、419(わたし)()(つま)されて、420(かな)しうも(なん)ともありませぬワイ。421……アンアンアン』
422()(つばき)()()いて()せる。
423松鷹彦(まつたかひこ)(とし)()つて()がウトイと(おも)つて、424そんな俄作(にはかづく)りの同情(どうじやう)(なみだ)(こぼ)して()せても、425(こゑ)(いろ)(あらは)れて()る。426(まへ)さまアタむさくるしい。427(つば)日月(じつげつ)にも(たと)ふべき両眼(りやうがん)にこすりつけて、428そんな虚礼(きよれい)虚式(きよしき)(てき)巧言(じやうず)()めて(もら)ひませうかい。429本当(ほんたう)唾棄(だき)すべき心事(しんじ)()ふのは常習(じやうしふ)乞食(こじき)遍歴(へんれき)行者(ぎやうじや)馬鹿(ばか)夫婦(ふうふ)……オツトドツコイ若夫婦(わかめおと)()れ、430モウモウわしも(なん)だか(むね)(わる)くなつて()た。431サアサア(はや)此処(ここ)()つて(もら)ひませう』
432宗彦(むねひこ)『ハハア、433(おれ)宗彦(むねひこ)ぢやと(おも)つて、434(むね)(わる)うなつたなぞと、435(ぢい)さま随分(ずゐぶん)(はら)(わる)いな』
436松鷹彦(まつたかひこ)(はら)(わる)いから、437ムカつくのだよ。438(この)冬枯(ふゆが)れの()(やう)(さび)しい(ぢぢ)イの(とこ)()()て、439(やす)くもないローマンスを()()けられて(たま)るものかい。440(まへ)世界(せかい)遍歴(へんれき)して、441苦労(くらう)(あぢ)(わか)つて()るなら、442()()かして、443トツトと(かへ)つたらどうだ。444(しか)(なが)らウラル(けう)()(ぐさ)だないが、445一寸先(いつすんさき)(やみ)()だ、446諸行(しよぎやう)無常(むじやう)だ。447随分(ずゐぶん)足許(あしもと)()()けて()きなされ。448左様(さやう)なら……』
449(かつ)『モシモシお(ぢい)さま、450(この)宗彦(むねひこ)はチツト智慧(ちゑ)(おと)して()てますから、451どうぞ()()へて(くだ)さいますな。452(わたし)だつて()んな(わか)らずやと旅行(りよかう)するのは、453(むね)(わる)いのだけれど、454(わたし)(しり)()れば(むね)さまが(はら)()て、455(こし)()ゑて頑張(ぐわんば)り、456()にも(あし)にも()はないから、457(くや)(なが)()(ふさ)いで、458(はなもち)ならぬ(にほひ)のする(をとこ)()れて(ある)いて()るのだ。459本当(ほんたう)()かぬたらしい野郎(やらう)ですよ』
460宗彦(むねひこ)『コラコラお(かつ)461貴様(きさま)何処(どこ)までも(をつと)馬鹿(ばか)にするのか』
462(かつ)『ヘン、463(をつと)なんて、464膃肭臍(をつとせい)()いて(あき)れますワイ。465(まへ)さまは(ひと)(うち)を、466女房(にようばう)()()(もつ)て、467毎晩(まいばん)々々(まいばん)連子(れんじ)(まど)(のぞ)きに()て、468水門壺(すゐもんつぼ)落込(おちこ)()ぢをかき、469結局(しまひのはて)にはお(かつ)さまを()れねば、470()ぬとか、471(はし)るとか、472(をとこ)らしうもない吠面(ほえづら)かわいて、473近所(きんじよ)合壁(がつぺき)迷惑(めいわく)()けたぢやないか。474それを先妻(せんさい)のお(くに)さまが()にして病気(びやうき)(おこ)し、475とうとう(かへ)らぬ(たび)(おもむ)かしやつた。476(はか)(つち)のまだ(かわ)かぬ(さき)に、477無理(むり)矢理(やり)(わたし)是非(ぜひ)(とも)()つて、478ひつぱり()んだと()ふデレさんだから、479(わたし)もホトホトと愛想(あいさう)()きて()た。480三文(さんもん)一文(いちもん)(たす)けて(もら)うたのでもなし。481嫁入(よめいり)()つていつた着物(きもの)(おび)も、482(なに)()六一(ろくいち)銀行(ぎんかう)無期(むき)徒刑(とけい)(おと)して(しま)ひ、483本当(ほんたう)仕方(しかた)のない(をとこ)だよ。484(たれ)目鼻(めはな)のついた(をんな)()()て、485(まへ)()はへて()んで()れるものがないかと、486(あさ)から(ばん)まで(きこ)えぬ(やう)暗祈(あんき)黙祷(もくたう)(つづ)けて()るのだが、487()つから、488金勝要(きんかつかねの)大神(おほかみ)さまもどうなさつたのか、489()ひたい(えん)なら()はしてもやらう、490()りたい(えん)なら()つてもやらうと仰有(おつしや)(くせ)に、491(この)(ごろ)(かみ)さまも(つんぼ)になられたと()えて、492見向(みむ)きもして(くだ)さらない。493……アヽ残念(ざんねん)な、494口惜(くや)しい、495……わしはお(くに)霊魂(れいこん)ぢや、496アンアンアン』
497宗彦(むねひこ)(なん)だ、498最前(さいぜん)から(おれ)の……()くもない(こと)棚卸(たなおろし)ばつかりやりやがると(おも)へば、499(くに)二人(ふたり)(づれ)だな。500随分(ずゐぶん)(いや)らしい(やつ)()れて(ある)いたものだワい』
501(かつ)半顕(はんけん)半幽(はんいう)だよ。502幽顕(いうけん)一致(いつち)503霊魂(みたま)(おく)おくにさまが(をさ)まつて御座(ござ)るのだ。504(くに)何処(いづこ)(たづ)ねて()れば、505……アイわたしは阿波(あは)徳島(とくしま)御座(ござ)ります、506……と()(やう)なものです、507オホヽヽヽ』
508宗彦(むねひこ)(おやぢ)さま、509(ひと)つ……あなたも武志(たけし)(みや)神主(かむぬし)さまと()(こと)だから、510一遍(いつぺん)此奴(こいつ)審神(さには)して(くだ)さらぬか。511(くに)()()して、512(かつ)本当(ほんたう)肉体(にくたい)ばつかりにして(くだ)さいな』
513松鷹彦(まつたかひこ)『ソリヤお(まへ)さま()けませぬぞえ。514結構(けつこう)(かみ)(さま)()神懸(かむがか)りだ。515国常立(くにとこたちの)(みこと)(さま)()分霊(ぶんれい)かも()れんぞや。516イロイロに()けて()けて(この)()()守護(しゆご)なさる(かみ)(さま)ぢやから……天勝(あまかつ)国勝(くにかつ)()つて、517国様(くにさま)がお(かか)りなさつて()守護(しゆご)して御座(ござ)るのだ。518さうしてお(まへ)女房(にようばう)のお(かつ)(あま)いだらう。519そこでアマカツ、520(くに)カツだ。521……結構(けつこう)国所(くにとこ)()退()いて()たから、522国所立(くにとこた)退()きの命様(みことさま)()守護(しゆご)だよ。523(わし)(やう)(もの)がウツカリ審神(さには)でもしようものなら、524それこそ(また)(わし)()りうつられて、525(とし)()つてから()()れし第二(だいに)故郷(こきやう)(あと)国所(くにとこ)立退(たちの)きの(みこと)にならねばならぬから、526マア(この)審判(さには)御免(ごめん)(かうむ)らうかい』
527 お(かつ)(にはか)(からだ)()り、528神懸(かむがか)状態(じやうたい)になり、
529(かつ)金勝要(きんかつかねの)大神(おほかみ)であるぞよ。530()りたい(えん)なら()つてもやらう。531()ひたい(えん)なら()はしてはやらぬぞよ。532宗彦(むねひこ)今迄(いままで)沢山(たくさん)(をんな)をチヨロまかした罪悪(ざいあく)(むく)いに()りて、533唯今(ただいま)(かぎ)りお(かつ)との(えん)()るぞよ。534ウーンウンウン』
535松鷹彦(まつたかひこ)『アハヽヽヽ、536(かつ)さま、537ウマイウマイ、538モウ(ひと)しきり神懸(かむがか)りをやつて(くだ)さい。539此奴(こいつ)アどう(かんが)へても私憑(しひよう)だ。540コレコレ宗彦(むねひこ)さま、541(むね)()()てて、542今迄(いままで)(こと)()(かんが)へて()るが()い。543(かみ)(さま)(けつ)して無理(むり)(こと)仰有(おつしや)いませぬぞ』
544宗彦(むねひこ)『そうだつて、545(わたし)女房(にようばう)を、546(たの)みもせぬのに、547(えん)()るとはあまりだ。548()ると()つても、549金輪際(こんりんざい)こつちから()りませぬワイ』
550(かつ)『エー(おも)()りの(わる)(をとこ)だなア。551それだから(この)肉体(にくたい)(きら)ふのだ。552(をとこ)(だん)一字(いちじ)肝腎(かんじん)だ。553どうだ()れから(この)肉体(にくたい)先妻(せんさい)のお(くに)に、554(みつ)555(ふく)556(さん)557()つ、558(いち)559(たか)同盟軍(どうめいぐん)(つく)つて憑依(ひようい)して()るが、560それでも(その)(はう)はまだ未練(みれん)があるか、561どうだ(いや)らしい(こと)はないか』
562宗彦(むねひこ)(なに)(いや)らしいかい。563どれもこれも因縁(いんねん)あつて仮令(たとへ)三日(みつか)でも夫婦(ふうふ)になつた(なか)ぢや、564肉体(にくたい)()女房(にようばう)数多(やつと)()れて()ると、565経済(けいざい)(じやう)(こま)るが、566(もの)()はん(かか)アなら、567(せん)(にん)でも(まん)(にん)でも()()い。568アーア色男(いろをとこ)()ふものは(えら)いものだ。569幽冥界(いうめいかい)からまでもヤツパリ電波(でんぱ)(おく)ると()える。570(なん)だか()らぬが、571(かた)(おも)くなつたと(おも)へば、572()(だけ)沢山(たくさん)女房(にようばう)(たい)し、573責任(せきにん)双肩(さうけん)(にな)つて()るのだから無理(むり)もないワイ。574正式(せいしき)結婚(けつこん)女房(にようばう)(れい)も、575準正式(じゆんせいしき)も、576雑式(ざつしき)も、577野合(やがふ)(なに)()もやつて()い。578(この)(ごろ)多数決(たすうけつ)流行(はや)時節(じせつ)だ。579何程(なにほど)(えら)(もの)だつて少数党(せうすうたう)では目醒(めざ)ましい仕事(しごと)出来(でき)やしないワ』
580松鷹彦(まつたかひこ)『オホヽヽヽ、581宗彦(むねひこ)さま、582(まへ)背後(うしろ)一寸(ちよつと)御覧(ごらん)583針金(はりがね)妄念(もうねん)(やう)な、584蟷螂腕(かまきりかひな)()して餓利(がり)法師(ぼし)(をど)つて()るぢやないか』
585宗彦(むねひこ)『アヽそんな(こと)()うて(くだ)さるな。586()さへせねば()いのだ。587()(ほど)不潔(きたな)いものの、588(おそ)ろしいものはない』
589 お(かつ)は『ウーン、590ドスン』と(こし)(おろ)し、591ケロリとした(かほ)で、
592(かつ)(むね)サン、593(わたし)(なに)()ひましたかな。594(ゆめ)でも()とつたのか()らぬ。595沢山(たくさん)(いや)らしい亡者(まうじや)が、596(やなぎ)()(ふもと)で、597宗彦(むねひこ)生前(せいぜん)我々(われわれ)機械(きかい)(あつか)ひにしよつたから、598今晩(こんばん)餓鬼(がき)人数(にんず)だ。599(ちから)(あは)して、600素首(そつくび)()()いてやらう」と相談(そうだん)して()りましたよ。601その(とき)(わたし)にも同盟(どうめい)せいと()はれたのです。602けれども、603あまりお(まへ)さまが可哀相(かはいさう)だから「さう(みな)さま(あわて)るに(およ)びませぬ。604(いづ)彼奴(あいつ)(とし)()つたら此処(ここ)()るのだから、605(その)(とき)(いぢ)めてやりさへすれば()いだないか」と一時遁(いちじのが)れに(その)()()()けようとしたが、606中々(なかなか)亡者(まうじや)連中(れんちう)()きませぬがな。607(いま)(うち)(むね)サンの生命(いのち)()らねば、608()(まで)()つて()つたら我々(われわれ)(また)もや現界(げんかい)(うま)(かは)り、609幽冥界(いうめいかい)不在(るす)になつて(しま)ふ。610そうだから(かたき)()つのは(いま)(うち)だと()つて、611それはそれはエライ(いきほひ)でしたよ。612用心(ようじん)しなさいや』
613宗彦(むねひこ)『そりや貴様(きさま)614本当(ほんたう)か、615(うそ)ぢやないか』
616(かつ)(うそ)本真(ほんま)か、617今晩中(こんばんちう)(わか)りますわいな』
618宗彦(むねひこ)『そら(わか)るだらうが……どちらだ。619実際(ほんま)か、620虚言(うそ)()かして()れ』
621(かつ)幽冥(いうめい)()622(みだ)りに(かた)(べか)らずと、623どこともなしに(かみ)(さま)(こゑ)(きこ)えました。624マア今迄(いままで)年貢(ねんぐ)(をさ)めだと(おも)つて、625(たのし)んで()()れるのを()ちなさい。626あのマア(あを)(かほ)627オホヽヽヽ』
628宗彦(むねひこ)『お(ぢい)さま、629大変(たいへん)(こと)になつて()た。630愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して()ると、631(たちま)此処(ここ)やもめ一人(ひとり)出来(でき)ますワイ。632(なん)とかして(たす)けて(くだ)さいなア』
633松鷹彦(まつたかひこ)『わしも(この)(むら)やもを()れが()うて、634(さび)しうて(こま)つて()つたのだから、635(まへ)さまも(はや)やもめ出来(でき)(やう)()なつしやい、636それの(はう)結句(けつく)気楽(きらく)()からうぞい』
637宗彦(むねひこ)(なに)(なん)だか、638サツパリ(わか)らぬ(やう)になつて()たワイ。639(ゆめ)でも()とるのでは()るまいかなア』
640(しき)りに(ほほ)(つめ)つて()()る。641かかる(ところ)捻鉢巻(ねぢはちまき)をした二人(ふたり)(をとこ)642(あわ)ただしく()(きた)り、
643留公(とめこう)松鷹彦(まつたかひこ)神主(かむぬし)さま、644(まへ)()(ところ)()れば、645(また)してもバラモン(けう)行者(ぎやうじや)引張込(ひつぱりこ)んで、646しやうもないお説教(せつけう)聴聞(ちやうもん)しとると()(こと)だ。647さう(ねこ)()(やう)にクレクレと精神(せいしん)()へて(もら)うと、648(むら)(もの)(まよ)つて仕方(しかた)がない。649一体(いつたい)どうする量見(りやうけん)だ。650(たけ)さまが()んでから、651(まへ)さまは益々(ますます)(へん)になつたぢやないか』
652松鷹彦(まつたかひこ)『チツトは(へん)にならうかい』
653留公(とめこう)(へん)にもならうかいも()つたものかい。654改心(かいしん)して殺生(せつしやう)()め、655神妙(しんめう)にお(みや)さまの御用(ごよう)(つと)めたらどうだ。656あんまりお(まへ)(おこな)ひが(わる)いので、657(むら)(もの)此間(こなひだ)庚申待(かうしんまち)()つてお(まへ)をおつ()()し、658三五教(あななひけう)真浦(まうら)さまを跡釜(あとがま)()わつて(もら)はうと()相談(そうだん)があつたぞ。659こんな(こと)ども(むら)連中(れんちう)(きこ)えようものなら、660それこそ今日(けふ)(かぎ)(たた)(ばらひ)だ。661そうなればお(まへ)さまも可哀相(かはいさう)だからと(おも)つて、662()()けに()たのだ。663(はる)やお(ゆみ)(やつ)664チヤンと()つて、665(おれ)(はな)しよつたから、666(おれ)(けつ)して(たれ)にも()ふぢやないと口止(くちど)めをして()たのぢや。667どうだ()めて(くだ)さるか』
668松鷹彦(まつたかひこ)『わしは武志(たけし)(みや)(かみ)(さま)にお(つか)へして()るのだ。669(けつ)して(むら)人間(にんげん)のお給仕役(きふじやく)ぢやない。670(かみ)(さま)から(めい)じられたものを人間(にんげん)()つて(たか)つて(うご)かさうとした(ところ)で、671そいつア駄目(だめ)だ。672そう()(こと)をすると村中(むらぢう)神罰(しんばつ)(あた)つて、673(こめ)(むぎ)()れぬ(やう)饑饉(ききん)()()るぞや』
674田吾作(たごさく)『お(やぢ)さま、675(まへ)仰有(おつしや)るこたア一応(いちおう)(もつと)もだが、676ヤツパリ人間(にんげん)(かは)(かぶ)つて()以上(いじやう)は、677人間(にんげん)規則(きそく)にもチツトは(したが)はねばなるまい。678そんな()(つよ)(こと)()はずに、679チツトは(かへり)みたらどうだい』
680松鷹彦(まつたかひこ)馬鹿(ばか)にするない。681人間(にんげん)(かは)(かぶ)つとるなんぞと……(ほね)から(はらわた)まで、682(たましひ)まで、683(みんな)人間(にんげん)だ。684(かは)(かぶ)つとる(やつ)はお(まへ)(たち)ぢや』
685留公(とめこう)(ぢい)さま、686(まへ)さまこそ(たましひ)()(あし)ぢやで。687(その)証拠(しようこ)にや、688川獺(かはうそ)(なん)ぞの(やう)に、689(かみ)(さま)(はう)はそつち()けにして、690魚捕(さかなとり)ばつかりに憂身(うきみ)をやつし、691盆過(ぼんすぎ)幽霊(いうれい)(やう)に、692(みづ)ばつかり(けな)りさうに(なが)めて(くら)して()るぢやないか。693一体(いつたい)(かみ)(さま)にお(つか)へする(もの)が、694殺生(せつしやう)をすると()(こと)()るものかい』
695松鷹彦(まつたかひこ)『わしは(かみ)(さま)(つか)へて()るから(さかな)()るのだ。696()神前(しんぜん)海河(うみかは)山野(やまぬ)珍味物(うましもの)だとか、697(はた)広物(ひろもの)698(はた)狭物(さもの)(とな)(なが)ら、699(さかな)一匹(いつぴき)700(たれ)もお(そな)へする(もの)がないのだから、701仕方(しかた)なしに(この)老人(としより)(さかな)()つてお(そな)へするのだ』
702留公(とめこう)『ヘン、703うまい(こと)()つてるワイ。704大方(おほかた)自分(じぶん)(のど)(かみ)さまに(そな)へるのだらう。705神主(かむぬし)神主(かむぬし)らしうやつて()ればいいのだ。706(ねこ)(ねずみ)()るのが商売(しやうばい)707猟師(れふし)(けだもの)()り、708漁夫(ぎよふ)(さかな)()ると、709チヤンと天則(てんそく)()まつて()るのだ』
710松鷹彦(まつたかひこ)『それだつて、711わしが()つても、712漁師(れふし)()つても、713生命(いのち)()くなるのは(おな)(こと)だ、714そんな(ひら)けぬ(こと)()ふものだないワイ。715息子(むすこ)(よめ)()る、716(むすめ)婿(むこ)()ると()つて、717(まへ)(たち)(わか)いから(たの)しみだが、718(おれ)(やう)老爺(ぢぢ)は、719あんまり外分(ぐわいぶん)(わる)くつて、720(よめ)()(わけ)にも()かず、721仕方(しかた)()いから(さかな)()るのだ。722チツトは大目(おほめ)()て、723長老(ちやうらう)(うやま)ふのだぞ。724長幼(ちやうえう)(じよ)ありと()(こと)()つて()るか。725今日(こんにち)養老会(やうらうくわい)()つて、726老人(としより)大切(たいせつ)にする(くわい)が、727彼方(あちら)にも此方(こちら)にも(ひら)けて()るぢやないか。728それに(この)(むら)(やつ)ア、729(とし)()つたら姥捨山(うばすてやま)へでも()てたら()いものの(やう)(おも)つて()るから、730(こと)面倒(めんだう)になるのだ。731老人(らうじん)(むら)(たから)732生字引(いきじびき)だ。733(おれ)(この)(むら)()ればこそ、734(ふる)(こと)(わか)るのだないか。735(おれ)(からだ)(おれ)一人(ひとり)のものぢやない。736一方(いつぱう)はお宮様(みやさま)召使(めしつかひ)737一方(いつぱう)(この)(むら)骨董品(こつとうひん)だ……(いな)如意(によい)宝珠(ほつしゆ)(たま)だ。738(いま)こそ貴様(きさま)(たち)不潔(きたな)(ぢぢ)いだと()つて、739沢山(たくさん)さうに(おも)うて()るが、740(おれ)()んでみい、741(おも)()(こと)(いく)らでも出来(でき)る。742……アーア松鷹彦(まつたかひこ)(さま)がモウちつと()きて御座(ござ)つたら、743()(たづ)ねするのに…()んな(こと)なら生存中(せいぞんちゆう)に…あれも()いて()いたら()かつたに、744()れも(をし)へて(もら)つて()けば()かつたのに………と後悔(こうくわい)をして、745()いても、746(くや)んでも(あと)(まつ)りだ。747せめては故人(こじん)(とく)(わす)れぬ(ため)だと()つて、748(みや)境内(けいだい)(かは)(ふち)記念碑(きねんひ)()てて何程(なにほど)(をが)んだつて、749(いし)になつてから(もの)()やしないぞ』
750留公(とめこう)『お(まへ)(やう)(ぢい)さまに()いたつて、751(なに)(わか)らうかい。752(しか)(ひと)()いて()かねばならぬ(こと)がある。753其奴(そいつ)ア、754どこの(ふち)には(さかな)余計(よけい)()つとるか……と()(こと)だ。755なア川獺(かはうそ)先生(せんせい)
756松鷹彦(まつたかひこ)『エー大人(おとな)(なぶ)りの(ほね)なぶりだ。757グヅグヅ()うと、758()んだら()(つぶ)れて(もの)()へなくなり、759身体(からだ)がビクとも(うご)かなくなつて(しま)ふぞ』
760 留公(とめこう)761(かた)()()げし、762(たか)(はね)(ひろ)げた(やう)調子(てうし)で、763(からだ)(ゆす)り、764(した)()し、
765留公(とめこう)『ウフヽヽヽ』
766(わら)ふ。
767松鷹彦(まつたかひこ)貴様(きさま)(その)状態(ざま)(なん)だ。768(とんび)(やう)なスタイルをしやがつて……』
769留公(とめこう)『オイ、770(まへ)がバラモン(けう)駆落(かけおち)巡礼(じゆんれい)だなア。771(なん)人気(ひとぎ)(わる)鯱面(しやちづら)をしよつて……(この)川獺(かはうそ)先生(せんせい)(ところ)無心(むしん)()よつたのか。772……コリヤ(この)(むら)はバラモン(けう)禁物(きんもつ)だ。773布教(ふけう)禁制(きんせい)場所(ばしよ)だぞ。774(しか)気楽(きらく)さうに女房(にようばう)()れて(なん)(こと)だい。775そんな(こと)神聖(しんせい)(かみ)(さま)御用(ごよう)出来(でき)ると(おも)うて()るのか。776一時(いつとき)(はや)う、777足許(あしもと)()かるい(うち)(かへ)つて(しま)へ。778(かへ)るのが(いや)なら、779(この)(かは)へドブンと()()め。780さうすりや(いつそ)(らち)()いて()いワ』
781宗彦(むねひこ)『ハイハイ、782(わたくし)御存(ごぞん)じの(とほ)りバラモン(けう)のお(きやう)(とな)へて、783巡礼(じゆんれい)(まは)つて()(もの)(わが)()冥福(めいふく)(いの)(だけ)(もの)784(ひと)さんに宣伝(せんでん)なぞは(けつ)して(いた)しませぬ。785(わたし)身体(からだ)には大変(たいへん)地異(ちい)天変(てんぺん)勃発(ぼつぱつ)したので、786(なに)(どころ)(さわ)ぎじや御座(ござ)いませぬワイ。787女房(にようばう)(いま)となつて(ひま)()れの、788(なん)のと()ふものだから…』
789留公(とめこう)『ハツハア、790地異(ちい)天変(てんぺん)て、791どんな(こと)かと(おも)へば、792(かか)アにお(しり)()けられたのだなア、793そりや()(どく)だ。794(おれ)(おぼ)えが()る。795それなら両手(りやうて)()げて同情(どうじやう)(いな)賛成(さんせい)だ。796オイオイ(おく)さま、797()んな結構(けつこう)な、798青瓢箪(あをべうたん)(ぜん)たるハズバンドを()(なが)ら、799そんな綺麗(きれい)(かほ)したナイスのお(まへ)が、800こんな(ところ)までやつて()て、801肱鉄砲(ひぢでつぱう)()ますとはチツト人情(にんじやう)(はづ)れては()やせぬかい』
802(かつ)(わたし)(わけ)()いて(もら)はねば(わか)りませぬが、803あまりの(こと)で、804モウ見切(みき)りを()けました。805(おな)(こと)なら…あの…()(やう)何々(なになに)に、806何々(なになに)したう御座(ござ)います』
807(かさ)(かほ)(かく)す。
808留公(とめこう)『ハツハツハア、809(わか)つた。810(まへ)のホの()とレの()は、811トの()とメの()()(をとこ)秋波(しうは)(おく)つて()るのだな。812生憎(あいにく)(さま)(なが)らトーさまには、813立派(りつぱ)(からす)(やう)(いろ)(くろ)おから()(おく)さまが御座(ござ)んすわいな』
814(かつ)『イエイエ(わたし)(わか)(ひと)や、815土臭(つちくさ)蛙切(かはづき)りは(むし)がすきませぬ。816(おな)()ふのなら(この)(ぢい)さまの女房(にようばう)になりたいのですよ。817(とし)()つて()られても、818どこともなしに崇高(すうかう)()容貌(ようばう)819今年(ことし)(さん)(ねん)(あひだ)820(ひろ)世界(せかい)(また)にかけて(さが)して()ましたが、821こんな立派(りつぱ)気品(きひん)(たか)いお(かた)()うた(こと)()りませぬ。822まるで太公望(たいこうばう)(やう)()(かた)ですワ。823此処(ここ)()るなり、824(うち)のハズバンドが(いや)になつて(しま)つたのですよ、825ホヽヽヽヽ』
826留公(とめこう)()れは(また)エライ物好(ものずき)()つたものだナア、827ヘーン』
828()つた()り、829(した)(はす)かひに()()し、830白眼(しろめ)()いて、831両手(りやうて)()()()(やう)調子(てうし)で、832下前方(かぜんぱう)俯向(うつむ)けに()()らしシユーツと()ばし、833(あき)れたふりをして()せる。
834田吾作(たごさく)『わしは()独身(ひとりみ)だがなア。835アーアどつかに合口(あひくち)があつたら、836(ひと)()ひたいものだ』
837留公(とめこう)『コリヤコリヤ短刀(あひくち)なんか()つて如何(どう)するのだい。838過激派(くわげきは)取締(とりしまり)(やかま)しい(とき)に、839そんな(もの)でも()ひに()かうものなら、840それこそポリスに追跡(つゐせき)され、841終局(しまひ)には高等(かうとう)警察(けいさつ)要視察人(えうしさつにん)簿()登録(とうろく)されて(しま)ふぞ』
842田吾作(たごさく)女房(にようばう)(もら)つて、843警察(けいさつ)つけられるのなら、844村中(むらぢう)(やつ)ア、845みんな高警(かうけい)(えう)視察人(しさつにん)ぢやないか』
846留公(とめこう)貴様(きさま)(わけ)(わか)らぬ(やつ)ぢやなア。847……()(なべ)綴蓋(とぢぶた)()つて、848それ相当(さうたう)女房(にようばう)()たねば、849(つひ)には破鏡(はきやう)(かな)しみを(あぢ)ははねばならぬぞ。850こんな立派(りつぱ)なナイスに(たい)して秋波(しうは)(おく)るのは、851チツと提灯(ちやうちん)釣鐘(つりがね)だ。852(しか)しお(ぢい)さま、853枯木(かれき)(はな)()いたやうなものだ。854流石(さすが)はエライ。855それなれば(わたし)賛成(さんせい)だ。856(もら)ひなさい。857(その)(かは)りに(わたし)がチヨイチヨイと(みづ)()(くらゐ)858手伝(てつだ)ひに()てあげるワ』
859(かつ)『オホヽヽヽ』
860 宗彦(むねひこ)はクルクルと着物(きもの)()()て、861(まはし)まで()つて、862(かは)早瀬(はやせ)()()()く、863(かさ)(みの)(つゑ)一緒(いつしよ)()()んで(しま)つた。
864宗彦(むねひこ)『ヤアお(ぢい)さま、865モウ()れでバラモン(けう)のレツテルを(のこ)らず()がし、866(うま)赤児(あかご)になつて(しま)つた。867どうぞお(まへ)さまの弟子(でし)にして(くだ)さい。868さうして女房(にようばう)(もら)つてやつて(くだ)さいませ。869今日(けふ)からは女房(にようばう)をあなたの(おく)さまとして(うやま)ひます。870ナアお(かつ)871遠慮(ゑんりよ)()らぬから宗々(むねむね)()びつけにするのだよ』
872 お(かつ)(また)もやクルクルと下帯(したおび)まで()()て、873(おな)じく(みの)(かさ)も、874金剛杖(こんがうづゑ)一括(ひとまとめ)にしてザンブとばかり()()んだ。
875宗彦(むねひこ)『アヽやつぱり女房(にようばう)女房(にようばう)だ。876()うなるとチツとチツと、877ミとレンが(のこ)つとる(やう)()がする。878(しか)(なが)らお(ぢい)さま、879着物(きもの)(わたし)(めぐ)んで(くだ)さい。880(なん)でも(よろ)しいから……』
881松鷹彦(まつたかひこ)『さうだと()つて、882わしも北国雷(ほくこくかみなり)ぢやないが()たなりだ。883山椒(さんせう)()飯粒(めしつぶ)で、884()()()(まま)885どうする(こと)出来(でき)やしない。886先祖(せんぞ)(ゆづ)りの洋服(やうふく)で、887二人(ふたり)(とも)(しばら)辛抱(しんばう)するのだなア』
888留公(とめこう)『ヤア(うち)(かか)アの着物(きもの)を、889(おれ)()つて()て、890(はだか)ナイスに進上(しんじやう)しよう。891田吾作(たごさく)892貴様(きさま)はお(まへ)一張羅(いつちやうら)献上(けんじやう)せい』
893田吾作(たごさく)(もら)うて(くだ)さるだらうかな。894わしはチツと()(ひく)いから、895()()ふだらうか』
896留公(とめこう)()うても()はいでも、897()いより()しだ』
898松鷹彦(まつたかひこ)『ヤア(とめ)さま田吾作(たごさく)さま、899()(なか)相身互(あひみたが)ひぢや。900さうなくてはならぬ。901()れもヤツパリ三五教(あななひけう)感化力(かんくわりよく)のお神徳(かげ)だ……』
902大正一一・五・一三 旧四・一七 松村真澄録)
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