霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 (こころ)(おに)〔六七〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻 篇:第2篇 運命の綱 よみ(新仮名遣い):うんめいのつな
章:第8章 心の鬼 よみ(新仮名遣い):こころのおに 通し章番号:670
口述日:1922(大正11)年05月13日(旧04月17日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年3月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
宗彦は聖地に上り、言依別命から宣伝使に任命され、三国ケ嶽に割拠する魔神を言向け和す任務を与えられた。武志の宮に奉告祭をなし、親子兄弟、村人たちに別れを告げて宣伝の旅についた。
村はずれには、留公と田吾作が先回りして待っていた。宗彦が来ると、二人は宣伝の旅に供として一緒に連れて行くようにと頼み込んだ。しかし宗彦は、宣伝使は一人旅だと行って断った。
二人は先回りして、明石峠の大滝に禊をしながら、宗彦が来るのを待っていた。宗彦は明石峠の大滝にさしかかったが、丹波霧にさえぎられて、二人が禊をしているのに気づかず、通り過ぎてしまった。二人も滝の音で宗彦が通り過ぎたことに気がつかなかった。
宗彦が明石峠の長上に着くと、一人の四十くらいの女が登ってきた。宗彦が訳を尋ねると、その女・お露は語って、夫の原彦という者が憑き物病で伏せっていて、その祈祷に滝に打たれに行くところだという。
宗彦はそれを聞くと、自分は宣伝使だから診てやろう、と言って村に案内してもらうことになった。村に着くと、相当に広い家があり、そこが女の家であった。宗彦が通されると、病人は次の間でしきりにうなされている。
家の者に病状を尋ねると、男はしきりに「田吾が来る、田吾が来る」とうなされるという。また、自分が過去に人殺しをした罪をうわごとに告白するのだという。
天罰だという村人に対し、宗彦は、誰でも心に知らずに罪を犯すものだ、と説いた。そして罪を憎んで人を憎まずと諭し、公平無私な神様は肉体を罰し給うということはない、と教えた。だからこれは、原彦が自らの罪のために苦しんでいるのだろうから、罪が取れれば本復するだろう、と診立てた。
宗彦は、むしろデモ学者やデモ宗教家がもっとも罪が思い、と説いた。なぜなら、神様からいただいた結構な魂を曇らせる、誤った学説や宣伝を為すからだ、という。
心の罪や、デモ学者・デモ宗教家の罪は、どうやって裁かれるのか、という村人の問いに対して、宗彦は、不完全な人間が、善悪や功罪の判断をつけることはできない、と説いた。神が表に現れて善悪を立て別けるのであるから、人間はただ、自分が最善と信じたことを貫くのが、天地経綸の司宰者としての本分だ、と説いた。人間の法律上の善悪は、あくまで有限的なものであって、神界とは矛盾している場合もあるのだ、と続けた。
すると次の間より病人が、田吾作赦してれ、と叫ぶ声が聞こえた。原彦は自問自答で怒鳴っている。宗彦は禊をして天津祝詞を奏上し、病人の枕頭で天の数歌を唱えた。
そして病人と問答し、田吾作という者の特徴を問いただした。宗彦はその答えで、田吾作とは宇都山村の自分の義弟・田吾作その人だと確信し、生きていることを原彦が知れば、全快するであろうとお露たちに告げた。
宗彦が休んで待っていると、留公と田吾作が家の戸を叩き、宗彦を探しに来た。宗彦はさっそく、田吾作を病人の間に連れて来た。田吾作は合点がいかなかったが、やがて原彦が、十三年前に橋の上で争った泥棒だということに気がついた。
その当時、原彦は、田吾作が持っていた玉を狙っていた。橋の上で争ううち、田吾作は濁流の大井川に落ちてしまったが、宇都山村の村人たちに助けられたのであった。
田吾作は、逆に自分の玉への執着のためにこのようなことになってしまったことを原彦に詫び、その玉を懐から取り出すと、原彦に手渡した。
それより原彦は回復に向かい、十日ほどですっかり健康になった。原彦夫婦や村人一同は、執着心から来る心の罪の恐ろしさを悟り、宗彦の教えを奉じた。熊田村はすっかり三五教を信じることとなった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-04-18 03:33:02 OBC :rm2008
愛善世界社版:165頁 八幡書店版:第4輯 209頁 修補版: 校定版:172頁 普及版:73頁 初版: ページ備考:
001 宗彦(むねひこ)親兄妹(おやきやうだい)(わか)れを()一旦(いつたん)聖地(せいち)()ゐのぼり、002言依別(ことよりわけの)(みこと)より天晴(あつぱ)宣伝使(せんでんし)(やく)(めい)ぜられ、003(こころ)いそいそとして(ふたた)宇都山(うづやま)(さと)()(かへ)り、004武志(たけし)(みや)(まへ)報告祭(はうこくさい)(おこな)里人(さとびと)(わか)れを()げて、005山奥(やまおく)(ふか)三国(みくに)(だけ)割拠(かつきよ)する魔神(まがみ)征服(せいふく)せむと、006旅装(りよさう)(ととの)宣伝(せんでん)初旅(はつたび)()いた。007留公(とめこう)008田吾作(たごさく)二人(ふたり)(むら)(はづ)れに先廻(さきまは)りして()つて()た。
009宗彦(むねひこ)『お(まへ)義弟(おとうと)田吾作(たごさく)ぢやないか、010おゝ(とめ)さまも其処(そこ)()るなア、011何処(どこ)()くのだ』
012田吾作(たごさく)何卒(どうぞ)(わたくし)二三(にさん)(にち)013宣伝使(せんでんし)のお(とも)()れて()つて(くだ)さいな、014(とめ)さまと相談(そうだん)(うへ)此処(ここ)待伏(まちぶせ)して()りました』
015宗彦(むねひこ)『それは折角(せつかく)だが宣伝使(せんでんし)一人(ひとり)のものだと言依別(ことよりわけの)(みこと)(さま)より(うけたま)はつて()る。016(ほか)(こと)なら一緒(いつしよ)()かうが、017今日(けふ)宣伝(せんでん)初陣(うひぢん)だから、018()親切(しんせつ)有難(ありがた)いが是非(ぜひ)なくお(ことわ)(まを)す』
019田吾作(たごさく)(わたくし)宣伝使(せんでんし)でない以上(いじやう)は、020信者(しんじや)としてお(とも)しても差支(さしつかへ)ありますまい』
021留公(とめこう)何卒(どうぞ)二三(にさん)(にち)宜敷(よろし)いから()れて()つて(くだ)さい』
022宗彦(むねひこ)『お(まへ)(あし)でお(まへ)勝手(かつて)()くのなら差支(さしつかへ)()からう、023(おな)一条(ひとすぢ)(みち)(とほ)るのだから……(しか)宣伝使(せんでんし)として宗彦(むねひこ)徹頭(てつとう)徹尾(てつび)一人旅(ひとりたび)だ』
024留公(とめこう)貴方(あなた)何処(どこ)()してお()でになるのですか』
025宗彦(むねひこ)『そうだなア、026言依別(ことよりわけの)(みこと)(さま)明石峠(あかしたうげ)()え、027それから山国(やまぐに)()三国(みくに)(だけ)悪魔(あくま)征服(せいふく)して()いとの(こと)だつた。028随分(ずゐぶん)(たか)(やま)だらうなア』
029留公(とめこう)近江(あふみ)(くに)若狭(わかさ)030田庭(たんば)三国(さんごく)(またが)高山(かうざん)です、031大変(たいへん)猛獣(まうじう)(さる)()大蛇(をろち)()ると()(こと)です』
032田吾作(たごさく)『さう()くと(わたくし)貴方(あなた)一人(ひとり)をやる(わけ)にはゆきませぬ、033是非(ぜひ)(とも)をさして(くだ)さいな』
034宗彦(むねひこ)絶対(ぜつたい)になりませぬ』
035(くび)()()(さき)()つて()く。
036 (をり)しも(あき)(はじ)め、037田庭(たんば)名物(めいぶつ)深霧(ふかぎり)六尺先(ろくしやくさき)(すこ)しも()えない。038宗彦(むねひこ)(あし)(はや)めて明石峠(あかしたうげ)をさして(すす)()く。039二人(ふたり)(をとこ)(きり)(かく)れて(あし)(はや)め、040先廻(さきまは)りして明石峠(あかしたうげ)(ふもと)()つる大瀑布(だいばくふ)真裸(まつぱだか)となり、041身禊(みそぎ)(なが)宗彦(むねひこ)(すす)(きた)るを()つて()た。042宗彦(むねひこ)二人(ふたり)(たき)にうたれて()るのを(きり)にさへぎられて()がつかず、
043宗彦(むねひこ)(なん)だか大変(たいへん)水音(みなおと)がして()るなア』
044小声(こごゑ)(ささや)(なが)(さか)(のぼ)()く。045二人(ふたり)(をとこ)宗彦(むねひこ)(わが)二三(にさん)間前(げんまへ)(みち)通過(つうくわ)して()るのに(すこ)しも()がつかなかつた。046宗彦(むねひこ)明石峠(あかしたうげ)頂上(ちやうじやう)(のぼ)()いた。047(きり)谷間(たにま)(うづ)めて処々(ところどころ)高山(かうざん)(いただ)きのみ()(やう)()いて()る。
048宗彦(むねひこ)『アヽ(なん)(きり)(うみ)景色(けしき)()ふものは綺麗(きれい)なものだなア、049到底(たうてい)()(くに)では()られぬ()だ。050(この)景色(けしき)(なが)めて()心持(こころもち)(まる)第一(だいいち)天国(てんごく)遊楽(いうらく)して()(やう)気分(きぶん)だ』
051独語(モノログ)して()る。
052 (とき)しも(やつ)()てた四十(しじふ)(くらゐ)一人(ひとり)(をんな)053()すぼらしき風姿(みなり)をしてスタスタと(きり)(なか)から()いた(やう)(あら)はれて()た。
054宗彦(むねひこ)『イヨー、055(めう)(をんな)がやつて()よつたぞ、056大変(たいへん)(いそが)(さう)(ある)いて()る、057(なに)(これ)には様子(やうす)があり(さう)だ、058(ひと)此処(ここ)(ちか)づいたら(たづ)ねて()よう』
059(こころ)(おも)つて()る。060(をんな)宗彦(むねひこ)姿(すがた)()がつきキツト()(とどま)り、061(あや)しの()ぎよろつかせ此方(こなた)見詰(みつ)めて()る。
062宗彦(むねひこ)貴女(あなた)(この)(たか)(たうげ)()えて(をんな)()(ただ)一人(ひとり)063何処(どこ)()くのだ』
064 (をんな)(こは)(さう)に、
065(をんな)『ハイ、066(わたくし)(この)(した)熊田(くまだ)()小村(こむら)(もの)御座(ござ)います。067明石(あかし)(たき)(これ)から()たれに(まゐ)ります』
068宗彦(むねひこ)明石(あかし)(たき)()ふのは何処(どこ)にあるのだ』
069(をんな)(この)(やま)七八丁(しちはつちやう)(ばか)(さが)つた(ところ)御座(ござ)います』
070宗彦(むねひこ)(わし)(いま)(この)(さか)(のぼ)つて()たのだが(あま)りの深霧(ふかぎり)()がつかなかつた。071道理(だうり)水音(みなおと)のした箇所(かしよ)があつた(やう)(おも)つた。072して(また)(たき)()たれに()くと()ふのは(なに)(ふか)理由(わけ)があるであらう、073それを()つて()なさい』
074(をんな)『ハイ、075(わたくし)(をつと)原彦(はらひこ)(まを)すもの、076二三(にさん)年前(ねんまへ)からフラフラと(わづら)ひつき(この)(ごろ)では大変(たいへん)大病(たいびやう)御座(ござ)います。077それで明石(あかし)(たき)(かみ)(さま)へお(ねが)(まを)して(をつと)病気(びやうき)(たす)けたさに、078(たき)()(ひた)しに(まゐ)(もの)御座(ござ)います』
079宗彦(むねひこ)()んな病気(びやうき)だな、080都合(つがふ)()つたら(かみ)(さま)(ねが)つて(たす)けて()げようと(おも)ふのだが…』
081(をんな)『ハイ、082有難(ありがた)御座(ござ)います、083夜分(やぶん)になると色々(いろいろ)のものが()(まゐ)ります、084さうして(くるし)めるのです、085その(たび)(ごと)冷汗(ひやあせ)をグツスリかき()()痩衰(やせおとろ)へ、086(いま)最早(もはや)(ほね)(かは)ばかりに()すぼらしくなつて()ります』
087宗彦(むねひこ)『そりや(なん)(もの)()病気(びやうき)であらう。088サア一遍(いつぺん)調(しら)べて()るから案内(あんない)をしてお()れ』
089(をんな)『それは有難(ありがた)御座(ござ)います。090(これ)から(この)山坂(やまさか)(くだ)り、091四五丁(しごちやう)(ばか)()つた(ところ)(ちひ)さき(むら)で、092(やま)(ふもと)(わたくし)茅屋(あばらや)()つて()ります。093()苦労(くらう)(なが)らお(たの)(まを)します』
094(さき)()つて案内(あんない)する。095(やうや)(をんな)(いへ)()いた。096大樹(たいじゆ)(もり)(した)冠木門(かぶきもん)をあしらつた一棟(ひとむね)相当(さうたう)(ひろ)(いへ)がある、097それが(この)(をんな)邸宅(ていたく)
098(をんな)()すぼらしき茅屋(あばらや)御座(ござ)いますが、099何卒(どうぞ)這入(はい)(くだ)さいませ』
100会釈(ゑしやく)して(うち)()る。101(をつと)原彦(はらひこ)何物(なにもの)にか(うな)されて(くる)しむ(こゑ)戸外(こぐわい)(まで)()れて()た。102(をんな)は『(また)()よつたなア』と小声(こごゑ)でつぶやき(なが)ら、103(あわ)てて屋内(をくない)()()み、104病人(びやうにん)枕許(まくらもと)()()つた。105宗彦(むねひこ)(すこ)(おく)れて(しきゐ)(また)げ、106床上(しやうじやう)(のぼ)天津(あまつ)祝詞(のりと)奏上(そうじやう)するや、107病人(びやうにん)益々(ますます)苦悶(くもん)(こゑ)(はな)(くる)(まは)る。108四五(しご)(にん)村人(むらびと)(つぎ)()(ひか)へて何事(なにごと)(はな)()つて()た。109祝詞(のりと)(こゑ)()くより二三(にさん)(にん)(をとこ)(その)()(あら)はれ、
110(をとこ)何処(いづく)(かた)かは()りませぬが、111(さだ)めてお(つゆ)さまがお()(まを)して(かへ)つた(かた)でせう、112サア何卒(どうぞ)此方(こちら)()()休息(きうそく)(くだ)さいませ』
113 宗彦(むねひこ)は『御免(ごめん)』と()ひつつ(まね)かれて一間(ひとま)踏込(ふみこ)()()いた。114何事(なにごと)(しか)とは()きとれないが、115非常(ひじやう)病人(びやうにん)はお(つゆ)相手(あひて)呶鳴(どな)つて()る。116(この)(こゑ)()いて宗彦(むねひこ)村人(むらびと)(むか)ひ、
117宗彦(むねひこ)何時(いつ)病気(びやうき)はあの(とほ)りですか』
118(かふ)(この)四五(しご)日前(にちまへ)から一層(いつそう)(はげ)しく()つて()ました「田吾(たご)()田吾(たご)()る」と()()しまして……それはそれは随分(ずゐぶん)(くる)しむのです。119さうして(また)ケロリと(うそ)()いた(やう)(なほ)(こと)もあるのです。120理由(わけ)(わか)らぬ病気(びやうき)……(なん)でも死霊(しりやう)(たた)りだと()(こと)です』
121宗彦(むねひこ)死霊(しりやう)(たた)りとは、122……そりや(また)(なに)心当(こころあた)りがあるのですか』
123(かふ)吾々(われわれ)村人(むらびと)(はじ)めはちつとも病気(びやうき)原因(げんいん)(わか)りませなんだが、124(この)(ごろ)そろそろ死霊(しりやう)だと()(こと)(わか)()したのです。125(なん)でも(ここ)二三(にさん)(にち)(うち)生命(いのち)()らねば()かぬと口走(くちばし)り、126それはそれは大変(たいへん)藻掻(もが)(やう)です』
127(おつ)(なん)でも此処(ここ)主人(しゆじん)原彦(はらひこ)上方(かみがた)(もの)らしいが、128(つゆ)さんの婿(むこ)になつてから(はや)十三(じふさん)(ねん)にもなりますのに素姓(すじやう)()かさないので、129何処(どこ)(ひと)だか、130(なに)をして()つたのか(わか)らなかつたのだが、131病人(びやうにん)囈言(うさごと)()ふのを()いて()れば、132(おほ)きな(こゑ)では()はれませぬが、133(この)(をとこ)泥棒(どろばう)をして(ひと)(ころ)した(やつ)らしいですよ。134そして(ころ)された(をとこ)死霊(しりやう)(たた)つて()るのだと()(こと)135病人(びやうにん)(みづか)(うつつ)になつて(しやべ)ります。136天罰(てんばつ)()ふものは(おそ)ろしいものですなア』
137宗彦(むねひこ)人間(にんげん)()ふものは随分(ずゐぶん)不知(しらず)不識(しらず)(あひだ)(つみ)(つく)つて()るものだ、138(ひと)(ころ)()(はな)ち、139(あるひ)強盗(がうたう)140詐偽(さぎ)(とう)罪悪(ざいあく)(をか)(もの)(じつ)天下(てんか)(ため)(にく)むべき(もの)であります。141(しか)(なが)(その)(つみ)(にく)んで(ひと)(にく)まずと()(こと)がある、142公平(こうへい)無私(むし)(かみ)(さま)肉体(にくたい)(ばつ)(たま)(やう)(こと)はありますまい、143屹度(きつと)(その)(つみ)()めに(くる)しめられて()るのでせう。144(つみ)さへとれれば原彦(はらひこ)さまも()()本復(ほんぷく)するでせう。145()(なか)には人間(にんげん)()()えぬ罪人(ざいにん)沢山(たくさん)ある、146(なか)でも一番(いちばん)(つみ)(おも)いのは学者(がくしや)宗教家(しうけうか)だ。147(かみ)(さま)から(いただ)いた結構(けつこう)霊魂(たましひ)(くも)らせ、148(くさ)らせ、149(ころ)すのは、150(あやま)つた学説(がくせつ)流布(るふ)したり、151(かみ)(さま)御心(みこころ)取違(とりちが)へて(まこと)しやかに宣伝(せんでん)したり、152(あるひ)(かみ)(さま)真似(まね)をするデモ宗教家(しうけうか)153デモ学者(がくしや)(もつと)重罪(ぢうざい)(かみ)(くに)(をか)して()るものですよ』
154(かふ)『ヘイ、155そんなものですかなア、156(こころ)(をか)した(つみ)や、157学者(がくしや)宗教家(しうけうか)(つみ)何処(どこ)善悪(ぜんあく)調(しら)べるのですか』
158宗彦(むねひこ)到底(たうてい)不完全(ふくわんぜん)人間(にんげん)善悪(ぜんあく)ぢやとか、159功罪(こうざい)だとか()(こと)判断(はんだん)のつくものぢやありませぬ。160それだから(かみ)(おもて)(あら)はれて(ぜん)(あく)とを立別(たてわ)(あそ)ばすので、161人間(にんげん)(ただ)何事(なにごと)でも善意(ぜんい)解釈(かいしやく)し、162直霊(なほひ)(かみ)にお(ねがひ)し、163神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)(つみ)見直(みなほ)聞直(ききなほ)詔直(のりなほ)して(もら)ふより仕方(しかた)がありませぬよ。164我々(われわれ)日々(にちにち)一生(いつしやう)懸命(けんめい)国家(こくか)()め、165(みち)()め、166社会(しやくわい)()めと(おも)つてやつてる(こと)大変(たいへん)罪悪(ざいあく)包含(はうがん)して()ることが不知(しらず)不識(しらず)出来(でき)()るものです。167それだと()つて(ぜん)だと(しん)じた(こと)何処迄(どこまで)敢行(かんかう)せねば、168天地(てんち)経綸(けいりん)司宰者(しさいしや)としての天職(てんしよく)(つと)まらず、169罪悪(ざいあく)になつてはならぬと()つてジツとして()れば、170怠惰者(なまけもの)大罪(だいざい)(をか)すものですから、171最善(さいぜん)(しん)じた(こと)飽迄(あくまで)決行(けつかう)し、172朝夕(あさゆふ)祝詞(のりと)奏上(そうじやう)(かみ)(さま)見直(みなほ)聞直(ききなほ)しを(ねが)ふより仕方(しかた)はありませぬ』
173(おつ)(いま)法律(はふりつ)行為(かうゐ)(うへ)(つみ)(ばか)りを(ばつ)して、174精神(せいしん)(じやう)(つみ)(ばつ)する(こと)はせないのですが、175万一(まんいち)霊魂(みたま)(つみ)(をか)し、176肉体(にくたい)道具(だうぐ)使(つか)はれても矢張(やつぱり)(その)肉体(にくたい)罪人(つみびと)になると()ふのは、177神界(しんかい)(うへ)から()れば(じつ)矛盾(むじゆん)(はなはだ)しいものではありますまいか』
178宗彦(むねひこ)『そこが人間(にんげん)ですよ、179()(かく)法律(はふりつ)()ふものは人間(にんげん)相互(さうご)生活(せいくわつ)(じやう)180都合(つがふ)(わる)(こと)(みな)(つみ)とするのですから……仮令(たとへ)法律(はふりつ)(じやう)罪人(ざいにん)になつても神界(しんかい)(おい)ては結構(けつこう)御用(ごよう)として()めらるる(こと)もあり、181法律(はふりつ)(じやう)立派(りつぱ)(おこな)ひだと(みと)められて()(こと)が、182神界(しんかい)(おい)大罪悪(だいざいあく)(みと)められる(こと)もあるのです。183それだから何事(なにごと)(かみ)(さま)(あら)はれてお(さば)(くだ)さらぬ(こと)には(ぜん)(あく)との立別(たてわ)けは人間(にんげん)分際(ぶんざい)として、184絶対(ぜつたい)公平(こうへい)出来(でき)るものではありませぬ。185(また)人間(にんげん)法律(はふりつ)国家(こくか)制裁力(せいさいりよく)()ふものは、186有限(いうげん)(てき)のものであつて、187絶対(ぜつたい)(てき)のものでは()い、188浅間山(あさまやま)噴火(ふんくわ)して山林(さんりん)田畑(でんぱた)(あら)し、189人家(じんか)(たふ)し、190桜島(さくらじま)爆発(ばくはつ)して数多(あまた)人命(じんめい)毀損(きそん)し、191地震(ぢしん)(なまづ)躍動(やくどう)して(やま)(うみ)にし、192(うみ)(やま)(こしら)(いへ)()(ひと)(ころ)し、193財産(ざいさん)全然(すつかり)掠奪(りやくだつ)して仕舞(しま)つても、194人間(にんげん)(つく)つた法律(はふりつ)浅間山(あさまやま)地震(ぢしん)桜島(さくらじま)被告(ひこく)として(うつた)へる(ところ)もなし、195(はう)()刑務所(けいむしよ)()し、196裁判(さいばん)する(こと)出来(でき)(やう)なもので到底(たうてい)駄目(だめ)です。197(ただ)何事(なにごと)(かみ)(さま)大御心(おおみこころ)(まか)すより仕方(しかた)がありませぬなア』
198 ()(はな)(をり)しも(つぎ)()病人(びやうにん)199いやらしい(こゑ)()して、
200原彦(はらひこ)『ヤア田吾作(たごさく)田吾作(たごさく)201(ゆる)して()れ、202(おれ)(わる)かつた、203(まへ)大井川(おほゐがは)から(おれ)(おと)されて()んで(くや)しからうが、204(いま)となつて如何(どう)する(こと)出来(でき)ない、205(これ)(なに)かの因縁(いんねん)ぢやと(あきら)めて何卒(どうぞ)(わし)生命(いのち)()けは(たす)けて()れ、206アヽ(わる)かつた(わる)かつた、207(ゆる)して(ゆる)して』
208(さけ)()した。
209宗彦(むねひこ)『ハテナ、210(この)(へん)田吾作(たごさく)()(ひと)があつたのですか』
211(おつ)田吾作(たごさく)()つたら(みな)我々(われわれ)雅名(がめい)です。212田吾作(たごさく)田畑(たはた)(たがや)し、213杢兵衛(もくべゑ)山林(さんりん)にわけ()つて樵夫(きこり)をやつたり薪物(たきもの)()つて()人間(にんげん)代名詞(だいめいし)()(やう)なものですから、214あまり沢山(たくさん)田吾作(たごさく)(たれ)(ころ)されたのやら(わけ)(わか)りませぬ』
215宗彦(むねひこ)『それは(わか)りましたが、216(しか)一人(ひとり)特定(とくてい)()()いた田吾作(たごさく)()(をとこ)はありますまいかな』
217 (かふ)218(おつ)(いち)()に、
219(かふ)220(おつ)『サア(あま)()きませぬなア、221(なん)でも宇都山(うづやま)(さと)大変(たいへん)周章者(あわてもの)があつて、222その(をとこ)田吾作(たごさく)()ふさうですが、223それも実際(じつさい)()か、224一般(いつぱん)(てき)百姓(ひやくしやう)()か、225そいつア判然(はつきり)(いた)しませぬ。226(すこ)(あわ)ててやり(ぞこな)ひをする(をとこ)を、227(この)(へん)では宇都山(うづやま)田吾作(たごさく)みた(やう)(やつ)だと()つて()ます、228(ほのか)(はなし)()いて()(ばか)りで実際(じつさい)そんな(かた)()るのか()いのかそれも(わか)りませぬ』
229 (となり)(しつ)より病人(びやうにん)(さけ)(ごゑ)
230原彦(はらひこ)田吾作(たごさく)幽霊(いうれい)どの、231(わる)かつた(わる)かつた、232何卒(どうぞ)(たす)けて()れ……(なに)233貴様(きさま)(やう)悪人(あくにん)(たす)けて(たま)らうかい、234(おれ)生命(いのち)をとつた(やつ)だ、235貴様(きさま)肉体(にくたい)宿(やど)(はらわた)()ひ、236肺臓(はいざう)(えぐ)り、237胃袋(ゐぶくろ)捻切(ねぢき)り、238(くる)しめて(くる)しめて嬲殺(なぶりごろ)しにしてやるのだ。239(この)(うら)みを()らさな()かうか』
240原彦(はらひこ)自問(じもん)自答(じたふ)(てき)呶鳴(どな)つて()る。
241(かふ)不思議(ふしぎ)病人(びやうにん)でせうがな、242(なん)でも(はら)(なか)死霊(しりやう)這入(はい)つたり()たりすると()えます。243(いま)屹度(きつと)(はら)這入(はい)つて()ると()えて本人(ほんにん)(かは)つた(こゑ)()つて()ます…あれが(ころ)された田吾作(たごさく)怨霊(をんりやう)(ちが)ひありませぬなア、244何卒(どうぞ)(ひと)祈祷(きたう)をしてやつて(くだ)さいますまいか、245(わたくし)(たち)村中(むらぢう)(かは)(がは)()(にん)づつ()うして不寝(ねず)(ばん)をして()るのですから、246(つゆ)さんも()(どく)ぢやが、247吾々(われわれ)村中(むらぢう)(もの)大変(たいへん)手間(てま)()れて(こま)つて()るのです』
248 宗彦(むねひこ)()(うなづ)(うら)谷川(たにがは)にて(くち)(すす)()(あら)ひ、249天津(あまつ)祝詞(のりと)奏上(そうじやう)し、250徐々(しづしづ)病人(びやうにん)居間(ゐま)()(きた)枕頭(ちんとう)端坐(たんざ)し、251両手(りやうて)()三五教(あななひけう)奉斎守神(ほうさいしゆしん)御校正本でも「主神」ではなく「守神」になっている。御名(みな)(とな)へ、252(あま)数歌(かずうた)二三回(にさんくわい)繰返(くりかへ)すや(いな)や、253病人(びやうにん)はムクムクと()(あが)り、254()()(はな)左右(さいう)(うま)(やう)にムケムケと廻転(くわいてん)させ、255(した)()し、
256原彦(はらひこ)『アーラ(うら)めしやなア、257(おれ)田吾作(たごさく)怨霊(をんりやう)だ、258(この)肉体(にくたい)何処迄(どこまで)(くる)しめ生命(いのち)をとらいで()くものかア』
259(めう)手付(てつき)をなし衰弱(すゐじやく)しきつて(うご)けない病人(びやうにん)(にはか)()つて(さわ)()す。260宗彦(むねひこ)一生(いつしやう)懸命(けんめい)(あま)数歌(かずうた)奏上(そうじやう)し、
261宗彦(むねひこ)『これこれ原彦(はらひこ)さま、262(けつ)して田吾作(たごさく)怨霊(をんりやう)(わざはひ)をして()るのではない、263(まへ)(こころ)(おに)()(せめ)るのだ。264(かみ)(さま)にお(わび)をしてやるから、265(まへ)(つみ)(かむ)素盞嗚(すさのをの)(みこと)(さま)千座(ちくら)置戸(おきど)(あがな)ひの(おん)(とく)()つて最早(もはや)(すく)はれた、266安心(あんしん)なされ』
267 原彦(はらひこ)形相(ぎやうさう)(すさま)じく、
268原彦(はらひこ)『アラ(うら)めしやなア、269何程(なにほど)(すく)はれたと()つても、270生命(いのち)をとられた田吾作(たごさく)何処(どこ)までも(たた)らにやおかぬ。271(おや)(ころ)し、272本人(ほんにん)(まを)すに(およ)ばず、273女房(にようばう)生命(いのち)をとり、274一家(いつか)親類(しんるゐ)村中(むらぢう)までも(たた)つてやるぞよ……』
275宗彦(むねひこ)『お(まへ)田吾作(たごさく)()ふがその田吾作(たごさく)(いま)何処(どこ)()るのだ』
276原彦(はらひこ)田吾作(たごさく)大井川(おほゐがは)大橋(おほはし)(した)肉体(にくたい)(ほろ)びたが、277精霊(みたま)此処(ここ)悪魔(あくま)となつて()いて()るのぢや(わい)のう、278(うら)めしやア(うら)めしやア』
279宗彦(むねひこ)田吾作(たごさく)(かほ)には(なに)特徴(とくちやう)があるか』
280原彦(はらひこ)特徴(とくちやう)()ふのは(ほか)でもない、281眉間(みけん)()(なか)(おほ)きな黒子(ほくろ)があるばつかりだ、282(おれ)(かほ)()()れ、283(これ)証拠(しようこ)だ』
284原彦(はらひこ)宗彦(むねひこ)(まへ)(ひたひ)()()す。
285宗彦(むねひこ)(べつ)黒子(ほくろ)(なに)もないぢやないか』
286原彦(はらひこ)『お(まへ)霊眼(れいがん)(ひら)けて()ないから大方(おほかた)原彦(はらひこ)肉体(にくたい)()()るのだらう、287(わし)正体(しやうたい)()(ひか)らして()()れたら眉間(みけん)黒子(ほくろ)(わか)るだらう。288あゝ(うら)めしい、289キヤツキヤツ』
290()(なが)(いや)らしい相好(さうがう)遺憾(ゐかん)なく(さら)して、291(また)(もと)寝間(ねま)へクスクス這込(はひこ)み『ウンウン』と(くる)しさうに(うな)りを(つづ)けて()る。
292(つゆ)『もうし、293宣伝使(せんでんし)(さま)294(この)病人(びやうにん)(なほ)るでせうか』
295宗彦(むねひこ)(なほ)りますとも、296眉間(みけん)黒子(ほくろ)のある田吾作(たごさく)()んでは()ませぬよ、297(たしか)にピンピンして()きて()ます、298(いま)此処(ここ)へやつて()るでせう、299(えう)するに神経病(しんけいびやう)だ、300(こころ)(をか)した罪悪(ざいあく)(おに)(せめ)られて()るのです。301(いま)当人(たうにん)がやつて()て「(ゆる)す」と一言(ひとくち)()つたら全快(ぜんくわい)請合(うけあひ)です』
302(つゆ)(なん)仰有(おつしや)います、303あの田吾作(たごさく)さんが()きて()られますか、304そりや(また)如何(どう)した(わけ)でせう』
305宗彦(むねひこ)『どうでも()りませぬ、306実際(じつさい)()きて()るのですから(いま)実物(じつぶつ)をお()()けませう、307田吾作(たごさく)此処(ここ)(まゐ)(まで)308(つぎ)()休息(きうそく)して()(こと)(いた)しませう』
309(つゆ)()苦労(くらう)(さま)御座(ござ)いました、310何卒(なにとぞ)(おく)でお(ちや)なりと()(あが)緩々(ゆるゆる)()休息(きうそく)(くだ)さいませ』
311 宗彦(むねひこ)は『有難(ありがた)う』と一礼(いちれい)(おく)()()つて休息(きうそく)した。
312(かふ)(なん)宣伝使(せんでんし)(さま)313(めう)病人(びやうにん)御座(ござ)いますなア、314マア(せん)(にん)一人(ひとり)(くらゐ)(もの)でせうか、315さうして(うけたま)はれば田吾作(たごさく)さまは()きて御座(ござ)るとは、316そりや(また)(なん)()不思議(ふしぎ)でせう』
317宗彦(むねひこ)(すべ)天地(てんち)(あひだ)不思議(ふしぎ)ばかりで()たされて()るのです、318()()(いち)(まい)だつて(かんが)へてみれば(じつ)不思議(ふしぎ)なものです。319(いま)人間(にんげん)石地蔵(いしぢざう)(いの)つて(いぼ)がとれたとか、320脚気(かつけ)(なほ)つたとか()つて不思議(ふしぎ)がつて()るが、321そんな(こと)不思議(ふしぎ)とするに()りませぬ。322第一(だいいち)人間(にんげん)は、323ものを()ふのが不思議(ふしぎ)ではありますまいか、324何程(なにほど)立派(りつぱ)解剖学(かいばうがく)生理学(せいりがく)(うへ)から調(しら)べてみても、325(こゑ)(ふくろ)もなし、326それに色々(いろいろ)言霊(ことたま)七十五(しちじふご)(せい)際限(さいげん)もなく()()るのですから、327(これ)(くらゐ)不思議(ふしぎ)(こと)はありませぬよ』
328(おつ)『さう()けばさうですな、329森羅(しんら)万象(ばんしやう)(いつ)として不思議(ふしぎ)ならざるは()しですなア』
330 ()(はな)(をり)しも田吾作(たごさく)331留公(とめこう)両人(りやうにん)(もん)()(たた)き、
332()333(とめ)『モシモシ、334一寸(ちよつと)(たづ)(いた)します、335宗彦(むねひこ)()三五教(あななひけう)立派(りつぱ)宣伝使(せんでんし)()しや(この)(いへ)にお立寄(たちよ)りでは御座(ござ)いませぬか』
336 (この)(こゑ)にお(つゆ)(あわ)てて門口(かどぐち)(はし)()で、337田吾作(たごさく)(かほ)()るより、
338(つゆ)『アツ、339貴方(あなた)眉間(みけん)黒子(ほくろ)がある、340田吾作(たごさく)さまでは御座(ござ)いませぬか、341エライ(わたくし)(やど)貴方(あなた)(たい)()無礼(ぶれい)(いた)したさうです、342何卒(なにとぞ)堪忍(かんにん)してやつて(くだ)さい』
343 田吾作(たごさく)(なに)(なに)やら合点(がつてん)ゆかず、344留公(とめこう)(とも)にお(つゆ)(あと)引添(ひつそ)ひ、345宗彦(むねひこ)(いこ)へる居間(ゐま)()つた。
346宗彦(むねひこ)『アヽ()()てくれた、347さはさり(なが)一寸(ちよつと)此方(こちら)()ておくれ』
348原彦(はらひこ)病室(びやうしつ)(ともな)原彦(はらひこ)()すり(おこ)した。349原彦(はらひこ)(やまひ)(つか)れた身体(からだ)(やうや)()(あが)り、350()(ひら)田吾作(たごさく)姿(すがた)()るなり『アツ』と一声(ひとこゑ)351(また)もや寝具(しんぐ)(うへ)打倒(うちたふ)藻掻(もが)(くる)しむ。352田吾作(たごさく)原彦(はらひこ)(やつ)れたとは()何処(どこ)とはなしに目付(めつき)353(はな)恰好(かつかう)354口許(くちもと)具合(ぐあひ)十数(じふすう)年前(ねんぜん)大井川(おほゐがは)(はし)(うへ)(おい)て、355河中(かはなか)()(おと)した泥棒(どろばう)によく()()るなアと半信(はんしん)半疑(はんぎ)(てい)()()まもつて()る。
356宗彦(むねひこ)『コレ原彦(はらひこ)さま、357(まへ)(はし)から()(おと)されて()んだ(はず)田吾作(たごさく)(この)(とほ)りピンピンして()る、358(まへ)(まよ)ひだから()()(なほ)したが()からうぜ』
359田吾作(たごさく)『オイ、360病人(びやうにん)さま、361(ひさ)()りだつたなア、362十三(じふさん)年前(ねんぜん)月夜(つきよ)(ばん)だつた、363(まへ)(せま)(はし)(うへ)(おれ)懐中(ふところ)(たま)強奪(がうだつ)しようとする、364(おれ)はとられてはならんと(あらそ)ひ、365(つひ)には()みつ()まれつ(たたか)うた(すゑ)366(あし)踏外(ふみはづ)濁流(だくりう)(みなぎ)大井川(おほゐがは)真逆(まつさか)(さま)顛落(てんらく)し、367それより(こころ)(うと)くなり、368現世(このよ)幽界(あのよ)境界(さかひ)(やま)(くち)(まで)(ある)いて()くと、369(あと)から大勢(おほぜい)(おれ)()(こゑ)370()(かへ)途端(とたん)()がついて()れば、371高城山(たかしろやま)(ふもと)芝生(しばふ)(うへ)(よこ)たはり、372大勢(おほぜい)(ひと)()()いて介抱(かいほう)をして()てくれた、373(かげ)(わし)生命(いのち)(たす)かつた。374それから宇都山(うづやま)(むら)住人(ぢうにん)となつて(この)(とほ)りピンピンと跳廻(はねまは)つて()るのだ、375(けつ)して(けつ)して(つゆ)(ほど)(うら)んでは()らぬ。376(その)(とき)(わし)執着心(しふちやくしん)(はな)しさへすれば()んな()()ふのでは()かつたのだ。377エヽ()まぬ(こと)をした、378あの(ひと)(わた)せばよかつたと始終(しじう)懐中(ふところ)(はな)さず(その)(はし)(あたり)(とほ)り、379その(かた)()うたら(こころ)()(しん)ぜようと(おも)つてゐたのだ、380それ……この(たま)だらう』
381懐中(ふところ)から()して、382病人(びやうにん)()(わた)した。383原彦(はらひこ)(はじ)めてヤツと安心(あんしん)した刹那(せつな)病気(びやうき)軽快(けいくわい)(むか)ひ、384()()うて恢復(くわいふく)し、385漸々(やうやう)(にく)もつき、386十日(とをか)(ほど)(のち)には(まつた)(もと)壮健体(さうけんたい)となつて仕舞(しま)つた。
387 原彦(はらひこ)夫婦(ふうふ)(はじ)村人(むらびと)一同(いちどう)執着心(しふちやくしん)より(おそ)るべき(つみ)発生(はつせい)し、388(その)(つみ)(たちま)邪気(じやき)となつて(わが)()()むると()真理(しんり)(こころ)(そこ)より(さと)り、389熊田(くまだ)小村(こむら)(こぞ)つて宗彦(むねひこ)(をしへ)(しん)じ、390(つひ)三五教(あななひけう)信者(しんじや)となつて仕舞(しま)つた。
391大正一一・五・一三 旧四・一七 北村隆光録)
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