霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 山中(さんちう)(くわい)〔六七二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻 篇:第3篇 三国ケ嶽 よみ(新仮名遣い):みくにがだけ
章:第10章 山中の怪 よみ(新仮名遣い):さんちゅうのかい 通し章番号:672
口述日:1922(大正11)年05月14日(旧04月18日) 口述場所: 筆録者:外山豊二 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年3月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
田吾作は、おかしな宣伝歌を出任せに歌いながら山道を登っていく。すると上から赤子に乳を含ませながら下ってくる妙齢の女があった。田吾作は山女に話しかけるが、女はただ笑っている。
三人は女についていろいろと議論していると、女は毛むくじゃらの獣の下半身を表して、山の上の方に歩み出した。少し行っては後ろを振り向き、三人を見ている。三人は、悪魔が正体を表したことを知り、敵地に警戒を強めた。
やがて日が没し、闇が辺りを包むと、猛獣の声や怪しい物音が間断なく聞こえてきた。原彦は肝をつぶしてしまう。田吾作は原彦の気弱をなじり、昔、原彦が自分の玉を盗もうとしたときの話をして気を保たせようとする。
耳の痛い話を持ち出されて、原彦は宗彦に話しかけるが、宗彦は眠ってしまっている。田吾作はさらに、当時の話を面白い節回しで歌いだした。すると、自分は鬼婆だという声が聞こえてきた。田吾作は、留公の作り声だとすぐにわかって、声に対して怒鳴り返す。
原彦はおびえているが、鬼婆の振りをした留公はどこかへ行ってしまった。宗彦も起きて、留公に似た声だったと言うと、宗彦・田吾作は寝込んでしまった。原彦は二人の間で一睡もできずに震えていた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-04-27 23:25:06 OBC :rm2010
愛善世界社版:218頁 八幡書店版:第4輯 230頁 修補版: 校定版:226頁 普及版:99頁 初版: ページ備考:
001田吾作(たごさく)朝日(あさひ)(ひか)(つき)()
002武志(たけし)(もり)小夜砧(さよきぬた)
003宇都山(うづやま)(がう)立出(たちい)でて
004三五教(あななひけう)宣伝使(せんでんし)
005(かみ)のまにまに宗彦(むねひこ)
006(あと)(したが)()()れば
007誠明石(まことあかし)山道(やまみち)
008(たちま)(きり)(ふさ)がりて
009不動(ふどう)(たき)雲隠(くもがく)
010一歩(ひとあし)二歩(ふたあし)(さぐ)()
011水音(みなおと)合図(あひづ)留公(とめこう)
012(とめ)るも()かず真裸体(まつぱだか)
013(かはづ)(つら)水行(みづぎやう)
014ザワザワザワと()(なが)
015手早(てばや)衣類(いるゐ)(かた)にかけ
016(きり)(おし)わけて山頂(さんちやう)
017(のぼ)つて四方(よも)(なが)むれば
018丹波(たんば)名物(めいぶつ)(きり)(うみ)
019彼方(あちら)此方(こちら)にポコポコと
020(やま)(いただ)()()でて
021宛然(さながら)()()(ごと)くなる
022景色(けしき)名残(なご)りを(をし)みつつ
023(あゆ)みの下手(へた)留公(とめこう)
024(かか)へるやうに可愛(いたは)りつ
025明石(あかし)(さと)()()えて
026(みち)(かたへ)(ひと)()
027(やまひ)(なや)原彦(はらひこ)
028()(わざはひ)をとり()けて
029此処(ここ)にいよいよ四人(よにん)()
030宗彦司(むねひこつかさ)(あと)()
031山国川(やまくにがは)(ひと)(ばし)
032(わた)(をり)しも川下(かはしも)
033ザンブと()ちし水煙(みづけぶり)
034唯事(ただごと)ならじと田吾作(たごさく)
035(あし)(はや)めて(かは)()
036()せつけ()ればこは如何(いか)
037(ゆき)(あざむ)(しろ)(かほ)
038(やさ)しき(ほそ)()()げて
039(なが)れの(なか)立岩(たちいは)
040(かげ)(ひそ)みて(こゑ)(かぎ)
041(たす)けを(さけ)真最中(まつさいちう)
042()るに()かねて田吾作(たごさく)
043仁慈(みろく)(こころ)発揮(はつき)して
044わが()(わす)()()めば
045(かは)()ちたる妙齢(めうれい)
046美人(びじん)()えしは大江山(おほえやま)
047(おに)身魂(みたま)再来(さいらい)
048(あを)(つの)をば額上(がくじやう)
049ニユツと(はや)して()()いて
050鰐口(わにぐち)(ひら)きカラカラと
051(わら)うてけつかる(いや)らしさ
052(なみ)()まれた田吾作(たごさく)
053進退(しんたい)(ここ)(きは)まりて
054溺死(できし)をするかと(おも)ふほど
055(いき)(くる)しくなつた(とき)
056(なん)だか()らぬが(めう)(こゑ)
057(きこ)(きた)るとみるうちに
058裸体(はだか)になつた(おれ)()
059(いはほ)(うへ)()()ちぬ
060人三(にんさん)化七(ばけしち)鬼娘(おにむすめ)
061悪魔(あくま)(やつ)(にら)()
062コリヤ(たま)らぬと()(いら)
063宗彦(むねひこ)さまや留公(とめこう)
064(こゑ)(かぎ)りに(まね)けども
065臆病風(おくびやうかぜ)(おそ)はれた
066いの一番(いちばん)宣伝使(せんでんし)
067宗彦(むねひこ)さまを(はじ)めとし
068留公(とめこう)原彦(はらひこ)両人(りやうにん)
069(あを)(かほ)して(ふる)へゐる
070エーもう駄目(だめ)だもう駄目(だめ)
071()んな卑怯(ひけふ)腰抜(こしぬ)けを
072(ちから)にするのが間違(まちが)ひよ
073モー(この)(うへ)是非(ぜひ)もない
074地獄(ぢごく)(かま)のド天井(てんじやう)
075一足飛(いつそくと)びに()心地(ここち)
076(かは)へザンブと(をど)()
077(おに)(むすめ)(かた)をとり
078心中(しんぢう)しようか()(しば)
079たつた(ひと)つの(この)生命(いのち)
080()ぬのはチツト(はや)かろと
081日頃(ひごろ)手練(しゆれん)游泳術(いうえいじゆつ)
082悠々(いういう)(さわ)がず急流(きふりう)
083(わた)つて(きし)()(あが)
084(あと)()(かへ)(なが)むれば
085(おに)(むすめ)にあらずして
086()るも(おそ)ろし大蛇(をろち)姿(すがた)
087アヽ(だま)された(だま)された
088(おれ)(ゆめ)でも()()たか
089(ほほ)(つめ)つて調(しら)ぶれば
090やつぱり(ほほ)はピリピリと
091(かすか)苦痛(くつう)(うつた)へる
092(みづ)()うだと()(すく)
093()めて()たれば矢張(やつぱ)(みづ)
094(みづ)身魂(みたま)(おん)守護(しゆご)
095(きよ)(すず)しく(この)(とほ)
096(おれ)結構(けつこう)修業(しうげふ)した
097筑紫(つくし)日向(ひむか)立花(たちはな)
098小戸(をど)青木(あをき)(はら)()
099(かみ)(なが)れは()(はや)
100(しも)(なが)れは()(よわ)
101(みづ)身魂(みたま)三栗(みつぐり)
102中瀬(なかせ)()りて心地(ここち)()
103(みそ)(はら)ひの神業(かむわざ)
104首尾(しゆび)()()へて(さん)(にん)
105茫然(ばうぜん)自失(じしつ)為体(ていたらく)
106アフンとして()(その)(まへ)
107ニユツと(あら)はれオイ留公(とめこう)
108原彦(はらひこ)(なに)をして()るか
109ちつとは(しつか)りしてくれと
110(しやく)(さは)つて横面(よこづら)
111ポカリとやつて()(ところ)
112神力(しんりき)こもる鉄腕(てつわん)
113一堪(ひとたま)りもなく顛倒(てんたう)
114(かぜ)()()()るやうに
115さしもに(ひろ)大川(おほかは)
116(まり)中空(ちうくう)()げし(ごと)
117二人(ふたり)(やつ)()()つた
118それより宗彦(むねひこ)宣伝使(せんでんし)
119田吾作(たごさく)さまの神力(しんりき)
120(きも)(つぶ)して今迄(いままで)
121態度(たいど)(たちま)一変(いつぺん)
122(こころ)(そこ)から()()つて
123田吾作(たごさく)さまを様付(さまづ)けに
124言霊(ことたま)()へた可笑(をか)しさよ
125丸木(まるき)(はし)(あと)にして
126旗鼓(きこ)堂々(だうだう)()()れば
127(にしき)(ころも)(まと)ひたる
128山姫(やまひめ)さまが左右(さいう)より
129化粧(けしやう)()らして田吾作(たごさく)
130ちよつと()つてと()()める
131三国(みくに)(だけ)曲神(まがかみ)
132征伐(せいばつ)道中(だうちう)(この)身体(からだ)
133(かど)(ひろ)いサア(はな)
134花瀬(はなせ)(さと)(あと)にして
135(たに)()()岩伝(いはづた)
136やうやう三国(みくに)山麓(さんろく)
137辿(たど)りついたる(をり)もあれ
138留公(とめこう)態度(たいど)一変(いつぺん)
139徐々(そろそろ)弱音(よわね)()きかける
140コリヤ面白(おもしろ)面白(おもしろ)
141屹度(きつと)彼奴(あいつ)のことならば
142奇抜(きばつ)芝居(しばゐ)()つであろ
143勝手(かつて)にせよと()きやれば
144留公(とめこう)(やつ)(よろこ)んで
145(しり)ひつからげスタスタと
146(いま)()(みち)(くだ)()
147(あと)(のこ)つた(さん)(にん)
148激湍(げきたん)飛沫(ひまつ)轟々(ぐわうぐわう)
149(おと)(かしま)しき谷川(たにがは)
150(ほと)りを(つた)ひわけ(のぼ)
151(かは)(へだ)てて四五(しご)(にん)
152得体(えたい)()れぬ老若(らうにやく)
153(くま)(かは)やら(しし)(かは)
154(たすき)十字(じふじ)にあやどつて
155木々(きぎ)(こずゑ)()(なが)
156(のこ)つた(くま)生皮(なまかは)
157(たに)(なが)れに(ひた)しつつ
158(もの)をも()はず(あら)()
159一行(いつかう)(なか)周章者(あわてもの)
160(はら)(くさ)つた原彦(はらひこ)
161(よく)(とぼ)けてザブザブと
162生命(いのち)(まと)谷渡(たにわた)
163()るより()(にん)老若(らうにやく)
164この(いきほ)ひに辟易(へきえき)
165(もの)をも()はず手真似(てまね)して
166(くも)(かすみ)()げて()
167(つづ)いて宗彦(むねひこ)宣伝使(せんでんし)
168(また)もや(たに)打渡(うちわた)
169(よく)(かぎ)()熊鷹(くまたか)
170(つら)皮剥(かはは)ぎヌースー(しき)
171(のこ)るくまなく発揮(はつき)して
172(ほこ)(まじ)へぬ戦利品(せんりひん)
173(はな)高々(たかだか)とうごめかし
174不言(ふげん)実行(じつかう)洒落(しやれ)(なが)
175田吾作(たごさく)さんが捕獲(ほくわく)した
176()れた(かは)をば(あせ)かいて
177(しぼ)つてくれた殊勝(しゆしよう)さよ
178(まよ)うた(みち)()(なほ)
179小柴(こしば)をわけてテクテクと
180(むな)つき(ざか)()(あが)
181(たちま)(ここ)(さん)(にん)
182童子(どうじ)姿(すがた)(あら)はれて
183()()(わら)(また)(おこ)
184(しち)(しやく)有余(いうよ)荒男(あらをとこ)
185三尺(さんじやく)()らずの幼児(をさなご)
186(しか)()ばされ散々(さんざん)
187(あぶら)(あせ)(しぼ)られて
188(あやま)()つた不甲斐(ふがひ)なさ
189童子(どうじ)姿(すがた)(たちま)ちに
190(けぶり)()えた(その)(あと)
191(みみ)鼓膜(こまく)(やぶ)りつつ
192(つた)はり(きた)怪声(くわいせい)
193三国(みくに)(だけ)大秘密(だいひみつ)
194(さぐ)手段(てだて)とならうかと
195怖気(おぢけ)づいたる両人(りやうにん)
196(あと)(のこ)して田吾作(たごさく)
197小柴(こしば)(おし)わけ怪声(くわいせい)
198辿(たど)辿(たど)りて千仭(せんじん)
199(たに)(かたへ)()()れば
200木伝(こづた)(ましら)(さけ)(ごゑ)
201(あん)相違(さうゐ)自棄腹(やけつぱら)
202スゴスゴ(かへ)つて両人(りやうにん)
203わが言霊(ことたま)(おびや)かし
204面白(おもしろ)可笑(をか)しく(のぼ)()
205(やが)ては名高(なだか)鬼婆(おにばば)
206岩窟(いはや)棲処(すみか)()えるだろ
207(かみ)(たま)ひし言霊(ことたま)
208伊吹(いぶき)狭霧(さぎり)極端(きよくたん)
209神力(しんりき)(つよ)田吾作(たごさく)
210イの一番(いちばん)発射(はつしや)して
211高天原(たかあまはら)蓮華台(れんげだい)
212(にしき)(みや)(おん)(まへ)
213(いさを)()つるは()(あた)
214アヽ(いさ)ましや(いさ)ましや
215これから乃公(わし)司令官(しれいくわん)
216宗彦(むねひこ)さまよ原彦(はらひこ)
217(たがひ)(むね)()()けて
218(はら)(あは)して田吾作(たごさく)
219指揮(しき)命令(めいれい)遵奉(じゆんぽう)
220蜈蚣(むかで)(ひめ)()れの()
221(ひと)()()鬼婆(おにばば)
222それに(したが)曲神(まがかみ)
223一泡(ひとあわ)()かせ三五(あななひ)
224(をしへ)(みち)(すく)はむは
225(いま)()(あた)()(やう)
226アヽ面白(おもしろ)面白(おもしろ)
227(かみ)(おもて)(あら)はれて
228(ぜん)(あく)とを立別(たてわ)ける
229田吾作(たごさく)ここに(あら)はれて
230(かみ)(おに)とを立別(たてわ)けて
231(この)()(つく)りし皇神(すめかみ)
232(うづ)御前(みまへ)復命(かへりごと)
233(まを)すも(あま)(とほ)からず
234(きた)れよ(きた)れいざ(きた)
235(てき)幾万(いくまん)ありとても
236(おそ)るる(なか)(おそ)るるな
237(かみ)(なんぢ)(とも)()
238(かみ)(わが)()宿(やど)ります
239アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
240御霊(みたま)(さち)はひましませよ』
241呂律(ろれつ)(まは)らぬ(くち)から出任(でまか)せの(うた)(うた)ひ、242田吾作(たごさく)(いきほひ)(するど)く、243山上(さんじやう)目蒐(めが)けて(すす)()く。244(いとけ)なき赤児(あかご)(ちち)をふくませ(なが)(くだ)()妙齢(めうれい)美人(びじん)(ただ)一人(ひとり)245(やや)面部(めんぶ)憂愁(いうしう)(いろ)(うか)(なが)ら、246灌木(くわんぼく)(しげ)みより()いたやうに(あら)はれた。
247田吾作(たごさく)『ヤア山姫(やまひめ)(やつ)248(おれ)円満(ゑんまん)清朗(せいろう)なる言霊(ことたま)感動(かんどう)()つて、249感謝(かんしや)()(へう)するために(あら)はれたのだな。250コレハコレハ山上(さんじやう)()婦人(ふじん)251(やま)(かみ)(さま)252出迎(でむか)大儀(たいぎ)でござる』
253(をんな)『オホヽヽヽ』
254田吾作(たごさく)『コリヤ山女(やまをんな)255(おれ)(たれ)だと心得(こころえ)()る。256(しち)(しやく)男子(だんし)物申(ものまを)して()るのに、257無礼(ぶれい)千万(せんばん)にも吾々(われわれ)冷笑(れいせう)いたすとは()しからぬ代物(しろもの)だ。258(なんぢ)(なん)といふ魔神(まがみ)であるか。259あり(てい)申上(まをしあ)げろ。260愚図(ぐづ)々々(ぐづ)(いた)せば()鉄腕(てつわん)承知(しようち)(いた)さぬぞ』
261(をんな)『オホヽヽヽ』
262赤児(あかご)『フギア フギア フギア』
263田吾作(たごさく)宗彦(むねひこ)さま、264原彦(はらひこ)さま、265チツト加勢(かせい)して(くだ)さらぬか。266随分(ずゐぶん)(あや)しい代物(しろもの)ですがなア』
267宗彦(むねひこ)最前(さいぜん)からお(まへ)(うた)()いて()れば、268随分(ずゐぶん)豪勢(がうせい)なものだつた。269何事(なにごと)自分(じぶん)でなければ出来(でき)ないやうな業託(ごふたく)(なら)べたぢやないか』
270田吾作(たごさく)業託(ごふたく)業託(ごふたく)として(この)(さい)一臂(いつぴ)補助(ほじよ)(ねが)はねば、271言霊(ことたま)会社(くわいしや)経営難(けいえいなん)(おちい)り、272破産(はさん)運命(うんめい)(ひん)するかも(わか)りませぬ。273どうぞ(うそ)八百株(はつぴやくかぶ)ほど()つて(くだ)さらぬか。274さうして原彦(はらひこ)さまには代言(だいげん)三百株(さんびやくかぶ)ほど()(ねが)ひします』
275宗彦(むねひこ)『アハヽヽヽ』
276原彦(はらひこ)『ウフヽヽヽ』
277(をんな)『オホヽヽヽ』
278赤児(あかご)『フギア フギア フギア』
279田吾作(たごさく)『エー貴様(きさま)()()いたり、280(わら)うたり(ひと)馬鹿(ばか)にするのか。281貴様(きさま)泣笑(なきわら)ひで()めるなら(おれ)(おこ)りの言霊(ことたま)だ。282おこりといふものは間歇性(かんけつせい)病気(びやうき)で、283隔日(かくじつ)()るものだが、284(おれ)毎日(まいにち)毎晩(まいばん)確実(かくじつ)()めてやるから、285左様(さう)(おも)へ』
286(をんな)『オホヽヽヽ』
287赤児(あかご)『フギア フギア フギア』
288田吾作(たごさく)『エー(また)()いたり(わら)つたり、289()結構(けつこう)神国(しんこく)(うま)れて、290()いたり(わら)つたりする(やつ)があるか。291(つつし)(かしこ)真面目(まじめ)になつて()神恩(しんおん)感謝(かんしや)せぬかい』
292宗彦(むねひこ)『モシモシ()女中(ぢよちう)293斯様(かやう)(ところ)(あか)(ばう)()いて(あら)はれ(たま)うたのは、294(いづ)れの(かみ)(さま)でございますか。295どうぞ御名(みな)名告(なの)(くだ)さいませ』
296田吾作(たごさく)『エー宗彦(むねひこ)宣伝使(せんでんし)297(なに)(とぼ)けてござるのだ。298此奴(こいつ)三国(みくに)(だけ)古狐(ふるぎつね)だ。299古狐(ふるぎつね)()丁寧(ていねい)(うやま)言葉(ことば)使(つか)ふといふ(こと)がありますか。300大方(おほかた)眉毛(まゆげ)()まれて(しま)つたのでせう。301アア()用心(ようじん)()用心(ようじん)
302()ひつつ(しき)りに(まゆ)(つばき)指尖(ゆびさき)発送(はつそう)してゐる。
303田吾作(たごさく)『アー留公(とめこう)(かね)ての計画(けいくわく)(わす)()つたか。304なんぼ()つて()つても(あら)はれてはくれず、305(ちから)(おも)宣伝使(せんでんし)(きつね)につままれる。306何程(なにほど)智謀(ちぼう)絶倫(ぜつりん)(おれ)でも、307マア二人(ふたり)気違(きちが)ひを看病(かんびやう)(なが)敵地(てきち)(すす)むことは出来(でき)ない。308(たれ)()()(この)足手纏(あしてまと)ひの気違(きちが)ひを引留(ひきと)めてくれるものがあるまいかなア。309(ちか)くに癲狂院(てんきやうゐん)があれば入院(にふゐん)させたいものだが、310深山(しんざん)(こと)とて、311仰天院(ぎやうてんゐん)ばかりで精神(せいしん)病院(びやうゐん)らしいものも()し、312()うしたらよからう。313無線(むせん)電話(でんわ)をかけて言依別(ことよりわけ)(さま)応援(おうゑん)(ねが)(わけ)にも()かず、314アヽ(こま)つた破目(はめ)になつたものだ。315イヤア()()て、316これから無言(むげん)霊話(れいわ)をかけて留公(とめこう)()んでやらう』
317 (をんな)(おほ)きな(しり)をクレツと(まく)つて()せた。318(くま)のやうな真黒(まつくろ)()一面(いちめん)(はや)し、319()()(うち)上半身(じやうはんしん)純白(じゆんぱく)となり、320後半身(こうはんしん)純黒(じゆんこく)(けもの)となつてガサリガサリと(あゆ)()し、321三間(さんげん)(ほど)()つてはギヨロツと(うしろ)()き、322(また)三間(さんげん)(ほど)()つてはギロリツと振向(ふりむ)き、323幾十回(いくじつくわい)とも()繰返(くりかへ)(なが)山上(さんじやう)目蒐(めが)けて(のぼ)()く。
324田吾作(たごさく)『どうですか、325宗彦(むねひこ)さま、326原彦(はらひこ)さま、327天眼通(てんがんつう)此処(ここ)まで応用(おうよう)出来(でき)れば結構(けつこう)なものでせう。328無言(むげん)霊話(れいわ)高天原(たかあまはら)へかけたところ、329(たちま)数万(すうまん)神軍(しんぐん)此処(ここ)(あら)はれ(たま)ひしその()威勢(ゐせい)(おそ)れ、330さしもに兇暴(きようばう)なる曲神(まがかみ)も、331()身体(からだ)白黒(しろくろ)させて正体(しやうたい)(あら)はし()げて()つたでせう。332これでも田吾作(たごさく)命令(めいれい)()きませぬか』
333宗彦(むねひこ)『それは、334まぐれ(あた)りだよ。335(まへ)()宣伝使(せんでんし)肩書(かたがき)がないのだから、336(なん)()つても表面(おもて)(とほ)らない。337(くさ)つても(たひ)だ、338()(じつ)(しゆ)だから矢張(やつぱ)宣伝使(せんでんし)()()(おそ)れて、339悪魔(あくま)正体(しやうたい)(あら)はしたのだ。340如何(いか)悪魔(あくま)だつて()()(やつ)()降伏(かうふく)するものか、341無名(むめい)人物(じんぶつ)降伏(かうふく)するやうなことでは、342悪魔(あくま)体面(たいめん)(くわん)するからなア』
343田吾作(たごさく)『アハヽヽヽ、344よう仰有(おつしや)いますワイ、345宣伝使(せんでんし)のレツテル(いち)(まい)(くらゐ)金城(きんじやう)鉄壁(てつぺき)(たの)んで、346何事(なにごと)もそれでやつて()かうと()ふのは(じつ)無謀(むぼう)だ、347無恥(むち)だ、348依頼心(いらいしん)極端(きよくたん)発揮(はつき)したものだなア。349宣伝使(せんでんし)なんかは()高天原(たかあまはら)から(かみ)(いち)(まい)(くだ)つて()たが最後(さいご)350(すぐ)首落(くびお)ちになるのだからなア。
351宗彦(むねひこ) 
352一、353(この)(たび)三国(みくに)(だけ)言向戦(ことむけせん)不都合(ふつがふ)(かど)有之(これある)(もつ)て、354評議(へうぎ)(うへ)(その)(しよく)(めん)ずべきもの(なり)
355言依別(ことよりわけの)(みこと) 
356とこれだけだ。357あんまり肩書(かたがき)(ちから)にして(もら)ふまいかい。358それよりも(はら)(なか)第一鬼(だいいちおに)征服(せいふく)し、359(ほん)守護神(しゆごじん)(すなは)天人(てんにん)()発動(はつどう)()祈願(きぐわん)するのが一等(いつとう)だ』
360宗彦(むねひこ)『よう小理屈(こりくつ)(さへづ)(をとこ)だなア。361(わし)(いもうと)婿(むこ)百舌鳥(もず)(つばめ)()つたかと(おも)へば残念(ざんねん)だワイ、362アハヽヽヽ』
363原彦(はらひこ)『モシモシ貴方(あなた)(がた)義理(ぎり)兄弟(きやうだい)ぢやありませぬか、364()つともない、365喧嘩(けんくわ)はお()しなさいませ。366兄弟(けいてい)(かき)(せめ)ぐとも(ほか)(その)(あなど)りを(ふせ)ぐと()ふことぢやありませぬか。367喧嘩(けんくわ)したければ(いへ)(かへ)つて、368いくらでも()やりなさい。369此処(ここ)敵前(てきぜん)(いな)(てき)領地(りやうち)這入(はい)つて()()るのですからなア』
370田吾作(たごさく)敵地(てきち)敵地(てきち)371喧嘩(けんくわ)喧嘩(けんくわ)372兄弟(きやうだい)兄弟(きやうだい)区別(くべつ)()てねば、373国政(こくせい)整理(せいり)(じやう)都合(つがふ)(わる)い。374(なに)()もゴモク(めし)のやうに混同(こんどう)されては、375社会(しやくわい)秩序(ちつじよ)(みだ)れて(しま)ふ。376(すべ)分業(ぶんげふ)(てき)になつて()文明(ぶんめい)()(なか)だ。377兄弟(きやうだい)他人(たにん)(はじ)まりと()(こと)があるが、378(わし)兄弟(きやうだい)一種(いつしゆ)特別(とくべつ)だ、379他人(たにん)兄弟(きやうだい)(はじ)まりとなつたのだからなア、380アハヽヽヽ』
381宗彦(むねひこ)『もう()加減(かげん)(ねこ)じやれ(やう)喧嘩(けんくわ)()めようかい。382(はな)ばつかり()かして()山吹(やまぶき)では仕方(しかた)がない。383サアこれからが戦場(せんぢやう)だ』
384 原彦(はらひこ)心配相(しんぱいさう)(かほ)をして、
385原彦(はらひこ)田吾作(たごさく)さま、386あの(とほ)宣伝使(せんでんし)仰有(おつしや)るのだから、387(まへ)(いま)(しばら)沈黙(ちんもく)して(くだ)さい。388最前(さいぜん)から矢釜敷(やかまし)仰有(おつしや)つた()不言(ふげん)実行(じつかう)とやらを、389何処(どこ)(おと)しなさつたのか』
390田吾作(たごさく)目下(もくか)熟考中(じゆくかうちう)だ。391さう八釜敷(やかまし)()つてくれない。392何程(なんぼ)393普賢(ふげん)菩薩(ぼさつ)(おれ)でも、394(にはか)にさう奇智(きち)名案(めいあん)()くものではない。395(いま)(こころ)(はたけ)智慧(ちゑ)種子(たね)()いたところだから、396せめて十日(とをか)二十日(はつか)()つてくれないと、397(かぶら)とも菜種(なたね)とも見当(けんたう)がつかぬ(わい)398アハヽヽヽ』
399他愛(たあい)()(わら)(なが)ら、400大木(たいぼく)()(こし)をかけて横臥(わうぐわ)する。401四辺(しへん)暗澹(あんたん)として天日(てんじつ)(ぼつ)し、402(やみ)(とばり)(かた)(とざ)された。403深山(しんざん)(つね)として猛獣(まうじう)(たけ)(くる)(こゑ)404天狗(てんぐ)()捻折(ねぢを)るが(ごと)(あや)しの物音(ものおと)405間断(かんだん)()(きこ)えて()る。406原彦(はらひこ)()物凄(ものすご)(こゑ)(きも)(うば)はれ、407(こゑ)をも()()ずビリビリと(ふる)(あが)り、408田吾作(たごさく)(そで)(しつか)(にぎ)小声(こごゑ)にて、
409原彦(はらひこ)『オイ田吾作(たごさく)410コリヤ()うなるのだらう。411随分(ずゐぶん)気分(きぶん)(わる)(こと)はエーないぢやないか』
412田吾作(たごさく)『そうだ、413あまり気分(きぶん)がよくない(こと)はない(わい)414(しか)吾々(われわれ)小宇宙(せううちう)変動(へんどう)(きた)し、415震災(しんさい)(やく)見舞(みま)はれて()(ところ)だなア』
416原彦(はらひこ)『さう(たか)(こゑ)()つてくれな。417宣伝使(せんでんし)()()けて()かれたら(ざま)(わる)いワ』
418田吾作(たごさく)(ざま)(わる)いなんて、419よう(ぬか)すなア。420貴様(きさま)旧悪(きうあく)みんな宣伝使(せんでんし)(まへ)で、421うつつになつて(しやべ)つたのだから、422(いま)になつてそんなテレ(かく)しをしたつて駄目(だめ)だよ。423随分(ずゐぶん)(むかし)悪人(あくにん)だつたなア。424(おれ)愛宕山(あたごやま)()えて結構(けつこう)黄色(わうしよく)宝玉(ほうぎよく)(ふところ)()ち、425保津(ほづ)(さと)(まで)やつて()ると、426森蔭(もりかげ)から頬被(ほうかむ)りをしてヌーと(あら)はれた(やつ)(たれ)だつたいのー。427随分(ずゐぶん)彼処(あこ)此処(ここ)(おと)らぬ(すご)(ところ)だつたねー。428さうして何々(なになに)とか()(はら)(わる)(をとこ)(おれ)(たま)(かぎ)つけ、429(はら)をペコペコ、430(はな)をピコピコ、431ハラハラヒコヒコさせ(なが)(あら)はれて()やがつて「モーシモーシ(たび)()(かた)432(わたくし)(この)(へん)猟人(かりうど)でございます。433最前(さいぜん)からの(あめ)火縄(ひなは)湿(しめ)り、434困難(こんなん)(いた)して()りますれば、435どうぞ提灯(ちやうちん)()()()(くだ)さいませ」と()来居(きを)つたのだ。436さうすると田吾作(たごさく)()旅人(たびびと)が「ハテ心得(こころえ)ぬ、437()(さび)しき山道(やまみち)の、438しかも森林(しんりん)(なか)より狩人(かりうど)(あら)はれるとは合点(がてん)()かぬ。439(ひる)ならば()(かく)440夜分(やぶん)(しし)()につく(はず)はない。441こんな不合理(ふがふり)なことを()(やつ)は、442(たし)かに(しし)猟夫(れふし)ではなからう。443(ふところ)()(たま)(れふ)する曲者(くせもの)か、444(ただし)追剥(おひはぎ)か」と流石(さすが)奇智(きち)神謀(しんぼう)()んだ旅人(たびびと)(やや)躊躇(ちうちよ)(てい)であつた』
445原彦(はらひこ)『オイオイそんなことを()ふものぢやない。446もう()加減(かげん)()めてくれ』
447田吾作(たごさく)『マア()いぢやないか。448()()(なが)いのに、449ちつと()はしてくれ、450(くち)(むし)()(わい)451エー一寸(ちよつと)()分間(ふんかん)休息(きうそく)(いた)しました。452客様(きやくさま)(がた)()()たせをして()みませぬ。453これから前段(ぜんだん)引続(ひきつづ)きを一席(いつせき)講演(かうえん)(いた)しまして()高聞(かうぶん)(たつ)します』
454原彦(はらひこ)『さう(むかし)(こと)(おも)()し、455心気(しんき)昂奮(かうふん)させた(ところ)仕方(しかた)がないぢやないか。456もう()加減(かげん)()めて()しいものだなア』
457田吾作(たごさく)(おれ)のは天下(てんか)公憤(こうふん)だよ。458(けつ)してお(まへ)(たい)して私憤(しふん)()らすのぢやない。459(また)(まへ)(おれ)との(はなし)でも(なん)でも()い。460()ぎし(むかし)夢物語(ゆめものがたり)で、461(けつ)して(おれ)(はら)原彦(はらひこ)(わる)いのぢやない。462(まへ)はこんな(こと)()くと、463むかついて宗彦(むねひこ)(わる)くなるだらうが、464これも(とき)(まは)(あは)せだ。465忍耐(にんたい)幸福(かうふく)(もと)だから、466忍耐(にんたい)をして面白(おもしろ)(はなし)()くのだよ。467……(とき)しもあれや(あや)しき何者(なにもの)かの足音(あしおと)がする。468よくよく()れば一頭(いつとう)手負(てお)(じし)だ。469猟夫(れふし)名乗(なの)つた(をとこ)(たちま)(きも)(つぶ)し、470キヤツと(こゑ)()旅人(たびびと)身体(からだ)しがみついた。471旅人(たびびと)(こころ)(なか)(おも)ふやう。472四足(よつあし)一匹(いつぴき)(くらゐ)(きも)(つぶ)すやうな(やつ)だから、473まさか悪人(あくにん)ではあるまいと哀憐(あいれん)(じやう)勃然(ぼつぜん)として、474心中(しんちう)萠芽(はうが)し……』
475原彦(はらひこ)『そんなむづかしい(こと)()つて、476(わか)るものかい』
477田吾作(たごさく)(わか)らぬのは有難(ありがた)いのだぞ。478坊主(ばうず)のお(きやう)だつて、479ダダブダ ダダブダと拍子(へうし)()けた(こゑ)でずるずるべつたりに棒読(ぼうよ)みにするから、480人間(にんげん)(わか)らぬから有難(ありがた)いやうなものだ。481(きやう)といふものは不可解(ふかかい)なのが調法(てうはふ)なのだ。482(おれ)のも(すこ)和讃(わさん)じみ()るが、483これでも新奇(しんき)流行(りうかう)のアホダラ(きやう)()くと(おも)うて()いて()よ。484随分(ずゐぶん)利益(りえき)があるぞ。485第一(だいいち)(おそ)ろしいと()観念(かんねん)(わす)れ、486()(なが)いと()(くる)しみを(その)(あひだ)だけなつと(すく)はれるのだ。487(この)(くらゐ)現当(げんたう)利益(りやく)()(かげ)はありませぬ。488(しか)(この)(うち)一人(ひとり)(くらゐ)(みみ)(こた)へる優婆塞(うばそく)があるかも()れぬ。489それも修行(しうぎやう)だと(おも)つて()いて()れば(つひ)習慣性(しふくわんせい)となり、490(はじ)めには(みみ)についた汽車(きしや)(おと)が、491(しま)ひには(なん)ともないやうになるのと(おな)じことだ。492マア辛抱(しんばう)してお()()ちの説教(せつけう)()くと(おも)つて()くがよいワ』
493宗彦(むねひこ)『アーア(やかま)しいなア。494(なに)をヒソビソとお(まへ)(たち)()つて()るのだ。495(だま)つて()ないか。496最前(さいぜん)から()いて()れば猟夫(れふし)がどうしたの、497()うしたのと仕様(しやう)()昔話(むかしばな)しを()()して、498乞食(こじき)坊主(ばうず)のホイト(ぶし)のやうなことを()つてゐたぢやないか。499()加減(かげん)()()え。500(また)明日(あす)大活動(だいくわつどう)をやらねばならぬから肉体(にくたい)休養(きうやう)肝腎(かんじん)だ』
501原彦(はらひこ)宣伝使(せんでんし)さま、502(なん)()つても田吾(たご)さまが、503(みみ)(いた)いことを(しやべ)るのですもの、504チツト(しか)つて(くだ)さいな』
505 宗彦(むねひこ)(はや)くも(ねむ)りに(つい)たと()えて(なん)応答(いらへ)()い。
506田吾作(たごさく)『そーれから、507そーれから、
508(ゑゝ)(はも)(かれひ)矢柄(やがら)(エーはばかり(なが)ら)
509無精山(ぶしやうざん)道楽寺(だうらくじ)ナマ(ぐさ)厄介(やくかい)坊主(ばうず)
510自堕落(じだらく)上人(しやうにん)()招待(せうたい)(あづか)りました
511(そもそ)愚僧(ぐそう)万国(ばんこく)修行(しうぎやう)根元(こんげん)
512戒行(かいぎやう)難行(なんぎやう)苦行(くぎやう)故郷(こきやう)
513()めば(みやこ)(あと)愛宕(あたご)(やま)()()えて
514(やみ)(をか)してスタスタと
515保津(ほづ)(さと)までやつて()ました
516(とき)しもあれや森蔭(もりかげ)
517(しち)(しやく)有余(いうよ)荒男(あらをとこ)
518(あら)はれ()でて皺嗄(しわが)れた
519(こゑ)()()げコレコレモーシ(たび)(ひと)
520提灯(ちやうちん)()かり()して(くだ)さんせ
521()いて旅人(たびびと)立止(たちと)まり
522()闇黒(くらがり)提灯(ちやうちん)
523()()しい(やつ)何者(なにもの)
524(なつ)(ゆふ)べの火取虫(ひとりむし)
525()んで()()()()いて
526()んで(しま)ふのを()らないか
527そんな馬鹿(ばか)(こと)()()せと
528(あと)をも()ずに(すす)()
529性凝(しやうこ)りも()(あや)しの(をとこ)
530オツトどつこい一寸(ちよつと)(ちが)うた
531(をり)から(しし)()()んで()
532(あや)しの(をとこ)(おどろ)いて
533(ましら)のやうな(こゑ)()
534キヤツキヤと()うてしがみつく
535此奴(こいつ)はよつぽど弱虫(よわむし)
536(こころ)(ゆる)して道伴(みちづ)れに
537なつてやつたがわが不覚(ふかく)
538大井(おほゐ)(かは)(たもと)まで
539(きた)(をり)しも其奴(そやつ)めが
540コレコレモーシ(たび)(ひと)
541(まへ)懐中(くわいちう)(ひか)るもの
542一寸(ちよつと)(わたし)()してくれ
543()さな()うぢやと高飛車(たかびしや)
544拳固(げんこ)をかためて()()せる
545此方(こなた)痴者(しれもの)ひつぱづし
546腕首(うでくび)(つか)んで中天(ちうてん)
547(ちから)()めて()げやれば
548空中(くうちう)(まひ)()(をさ)
549(はるか)向方(むかう)川中(かはなか)
550はまつて()んだと(おも)ひきや
551(かはづ)のやうな(ざま)をして
552(くさ)(なか)からガサガサと
553やつて来居(きを)つて旅人(たびびと)
554胸倉(むなぐら)グツト引掴(ひつつか)
555(かは)へザンブと()()んだ
556(あや)しの(をとこ)肝腎(かんじん)
557(たま)()いので(ちから)()
558(あを)(かほ)してノソノソと
559(きず)()(あし)何処(どこ)となく
560(かへ)つて()たが()(あと)
561何処(どこ)かの(まつ)並木原(なみきはら)
562根元(ねもと)()められ肥料(こえ)となり
563くたばりしかと(おも)ふうち
564明石峠(あかしたうげ)(ふもと)なる
565(ちひ)さい(むら)(はな)()
566(くび)をおつるが婿(むこ)となり
567ハラハラし(なが)十五(じふご)(ねん)
568(むね)ヒコヒコ十五(じふご)(ねん)
569(つひ)には(やまひ)()(おこ)
570明日(あす)をも()れぬ難儀(なんぎ)()
571三五教(あななひけう)宗彦(むねひこ)
572留公(とめこう)田吾作(たごさく)両人(りやうにん)
573立派(りつぱ)家来(けらい)引伴(ひきつ)れて
574()でましたるその()かげ
575ケロリと(なほ)つた人足(にんそく)
576(いま)三国(みくに)(やま)(のぼ)
577猛獣(まうじう)毒蛇(どくじや)(うな)(ごゑ)
578()いてブルブル(ふる)()
579アヽ面白(おもしろ)面白(おもしろ)
580エー無精山(ぶしやうざん)道楽寺(だうらくじ)
581なまぐさ厄介(やくかい)坊主(ばうず)自堕落(じだらく)上人(しやうにん)
582()(ところ)(あら)はれまして
583諸行(しよぎやう)無常(むじやう)是生(ぜしやう)滅法(めつぽふ)
584やがて寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)愁歎場(しうたんば)
585ブツブツ(とな)(たてまつ)
586チヤカポコ チヤカポコ ポコポコポコ』
587 (この)(とき)一寸先(いつすんさき)()えぬ闇黒(くらがり)(なか)より()()れぬ(めう)鼻声(はなごゑ)(まじ)りの(ばば)(こゑ)(きこ)えて()た。
588(ばば)『ハテ(いぶ)かしやな、589(わし)三国(みくに)(だけ)鬼婆(おにばば)である。590今日(けふ)三五教(あななひけう)身魂(みたま)(みが)けた立派(りつぱ)宣伝使(せんでんし)が、591当山(たうざん)へわれを退治(たいぢ)せむと(くはだ)て、592(のぼ)(きた)ると()き、593これこそ(てん)時節(じせつ)到来(たうらい)(のど)()らして()つてゐた。594(かはづ)くちなははモウ()()いた。595赤児(あかご)最早(もはや)()いて()た。596宗彦(むねひこ)()(やつ)597(みたま)綺麗(きれい)(やつ)()いた(ゆゑ)598()ぶつて()うたら(うま)からうと、599(この)(あひだ)から(たの)しんで()つてゐた。600どうやらこれが宗彦(むねひこ)らしい。601さうして二人(ふたり)(やつ)は、602どれもこれも(くち)ばつかり(おほ)きい(やつ)で、603ちよつとも()のない(やつ)だ。604三匹(さんびき)三匹(さんびき)とも、605よう()んなガラクタが(そろ)うたものだ。606アーあて(ちが)うた。607この年寄(としより)足許(あしもと)()えぬやうな闇黒(くらがり)をうまい餌食(ゑじき)があると(おも)つて()()たのに、608薩張(さつぱ)梟鳥(ふくろどり)宵企(よひだく)み、609夜食(やしよく)(はづ)れたやうなものだ。610それでも(しり)(はた)には、611(すこ)(うま)さうな()()いて()るだらうから、612これなつと()てやらうかな』
613田吾作(たごさく)『コリヤ(ばば)のやうな(こゑ)()しやがつて、614(なに)(ぬか)すのだ。615(しり)なつと(くら)へ、616貴様(きさま)がそんな(つく)(ごゑ)をしたつて、617田吾作(たごさく)さんはよく()つて()るのだ。618まだ貴様(きさま)()(まく)ぢやないぞ。619()()いた化物(ばけもの)はモウ(あし)(あら)つて()時分(じぶん)だ。620言依別(ことよりわけの)(みこと)さまに(ねが)つた(こと)(はや)()つて計画(けいくわく)せぬかい。621馬鹿(ばか)だなア、622陰謀(いんぼう)発覚(はつかく)(おそれ)があるぞ。623(ばけ)るならモツと仮声(こわいろ)上手(じやうず)使(つか)へ。624(とめ)……イヤウーン留度(とめど)()馬鹿(ばか)ばつかり()れやがつて、625何処(どこ)(はう)曲津(まがつ)だ。626愚図(ぐづ)々々(ぐづ)(いた)すと承知(しようち)せぬぞ』
627 原彦(はらひこ)(また)小声(こごゑ)で、
628原彦(はらひこ)『オイ田吾作(たごさく)さま、629相手(あひて)になるな。630あんな化物(ばけもの)()闇黒(くらがり)相手(あひて)になつたとこで、631どうすることも出来(でき)ぬぢやないか』
632田吾作(たごさく)八釜敷(やかまし)()ふない。633(おれ)言霊(ことたま)留公(とめこう)……オツトどつこい()めようとしたつて、634()馬力(ばりき)がかかつてからは、635容易(ようい)()まるものぢやないワ』
636留公(とめこう)田吾作(たごさく)637原彦(はらひこさま)638宗彦(むねひこ)(さま)639(また)明日(あす)()()にかからう。640(あたま)から岩窟(いはや)(ばば)(しほ)つけて()ぶつてやらう。641それを(たの)しんで()つたがよからう』
642宗彦(むねひこ)『あの(こゑ)(ばば)(こゑ)のやうでもあり、643鼻声(はなごゑ)だが何処(どこ)ともなしに留公(とめこう)()たとこがあるぢやないか、644ナア田吾作(たごさく)さま』
645田吾作(たごさく)『マア(なん)でもよろしい(わい)646(いづ)明日(あす)になつたら(わか)りませう。647サアサアモー一寝入(ひとねい)り』
648(よこ)になり、649(しやべ)草臥(くたび)れて他愛(たあい)もなく寝込(ねこ)んで(しま)つた。
650 宗彦(むねひこ)(また)(しん)()く。651原彦(はらひこ)時々(ときどき)(あや)しき(こゑ)(ひび)(きた)るに(おびや)かされ、652二人(ふたり)(なか)(はさ)まつて一睡(いつすゐ)()せず、653一夜(いちや)()かしける。
654大正一一・五・一四 旧四・一八 外山豊二録)
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