霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第六章 梅花(ばいくわ)(あざ)〔六六八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻 篇:第2篇 運命の綱 よみ(新仮名遣い):うんめいのつな
章:第6章 梅花の痣 よみ(新仮名遣い):ばいかのあざ 通し章番号:668
口述日:1922(大正11)年05月13日(旧04月17日) 口述場所: 筆録者:外山豊二 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年3月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
松鷹彦は川漁をさっぱりと止め、武志の宮の社務所に移転して、宗彦・お勝とともに神に仕えることとなった。
田吾作とお春は、松鷹彦の話を聞くべく、参拝の後に立ち寄った。田吾作は、松鷹彦が神主に専念するようになってから、村がうまくいくようになった、という。そして、村人が、宗彦とお勝を養子にして後を継がせたらどうか、と話題にしていると伝えた。
お春も老後の面倒を見る者がいた方がよい、と勧めるが、松鷹彦は固辞する。田吾作は、松鷹彦には子供は無かったのか、と問う。
松鷹彦は、自分は紀の国の者だが、昔悪者が横行した時代に、二人の息子と一人の娘を奪われてしまい、生き別れになってしまったのだ、と明かした。それから十五六年前にこの村にやってきて、村人の情けで婆と暮らしていたのだ、と語る。
宗彦はそれを聞いていて、実は自分も元は紀の国生まれだと聞いているのだが、幼い頃に悪者にさらわれてきて、岩窟に閉じ込められていたのだ、と明かした。そして、兄弟がやはり三人いたこと、立派な神様に岩窟から助けられたが、その神様から浪速の里に出て苦労せい、と命じられたことを語った。
松鷹彦は自分の子供には、腋の下に、梅の花の形の痣がある、と語り、宗彦に痣がないか聞いた。宗彦は痣を見せる。松鷹彦は、宗彦が自分の息子・竹(竹公)であることを知った。
松鷹彦と宗彦は、思わぬ親子の対面に、感動の涙に咽んでいる。松鷹彦は、娘のお梅には、へその上に三角形に並んだ三つの黒子があるはずだ、と言う。それを聞いたお勝は、心当たりがありながら、宗彦と夫婦となってきたことから、名乗りもならずにひとり心を痛めている。
田吾作は感動の対面にはしゃぎだした。松鷹彦が、まだしばらくは村人に言ってくれるな、と止めるのも聞かず、おめでたいから村中でお祝いをするのだ、と飛び出した。
田吾作は真っ先に、天の真浦宣伝使に聞かせようと、逗留中の留公の屋敷に向かった。慌て者の田吾作の報告に、留公と真浦は混乱して話がかみ合わない。
そこへお春が追いついて、宗彦が松鷹彦の生き別れの息子であることがわかった、と報告した。その報告を聞いて、真浦は手を組んで思案にくれている。
田吾作は真浦の様子を見て、禊のときに真浦の腋の下にも、梅の形の痣があったことをはたと思い出した。田吾作は、松鷹彦のもうひとりの息子は真浦だと断定すると、今度はそのことを松鷹彦に注進するのだ、と武志の宮に駆け出した。
真浦は、まだそうと決まったわけではないと、留公に田吾作を止めてくれるように頼んだ。田吾作は慌てたはずみに崖下の畑に転落した。そこに留公がやってきて、自分の畑の麦をつぶした、と非難する。
ちょうどそこに松鷹彦が杖をついてやってきた。田吾作は、真浦にも梅の痣があることを松鷹彦に告げた。松鷹彦は半信半疑ながらも、何か胸に期するところがあるもののごとく、武志の宮に引き返して行った。
今度は真浦が、武志の宮に向かっていくのが見えた。留公と田吾作はその後を追う。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-04-18 03:31:39 OBC :rm2006
愛善世界社版:130頁 八幡書店版:第4輯 196頁 修補版: 校定版:135頁 普及版:56頁 初版: ページ備考:
001 松鷹彦(まつたかひこ)今迄(いままで)(めし)よりも()きであつた(すなどり)断念(だんねん)し、002武志(たけし)(みや)社務所(ながとこ)(きよ)(てん)じ、003宗彦(むねひこ)004(かつ)両人(りやうにん)(とも)朝夕(あさゆふ)(かみ)(つか)へ、005(かつ)三五教(あななひけう)教理(けうり)細々(ほそぼそ)(なが)(つた)へてゐた。006田吾作(たごさく)007(はる)両人(りやうにん)()(みや)参拝(さんぱい)()ね、008(ぢい)さんの(はなし)()()立寄(たちよ)つた。
009田吾作(たごさく)『お(ぢい)さま、010(まへ)さまも(この)(ごろ)大分(だいぶん)村中(むらぢう)評判(ひやうばん)()くなつたぞい。011(あさ)(はや)うから()祝詞(のりと)(こゑ)(きこ)えるお(かげ)で、012村中(むらぢう)無病(むびやう)息災(そくさい)(まつた)松鷹彦(まつたかひこ)(さま)のお(かげ)だと()うてゐますぞや。013(なほ)宗彦(むねひこ)さま、014(かつ)さまの評判(ひやうばん)仲々(なかなか)よろしい。015(しか)(むら)(もの)(はなし)には、016(まへ)さまが此処(ここ)()神主(かむぬし)になられてから、017随分(ずゐぶん)(とし)()つたが、018(たけ)さまは()くなり、019(あと)には女房(にようばう)()()一人(ひとり)やもを(ぐら)し、020本当(ほんたう)()()(どく)だ。021一層(いつそう)(こと)宗彦(むねひこ)さまとお(かつ)さまを()(もら)つて、022(あと)()がしたら如何(どう)だらうかとチヨイチヨイ村人(むらびと)話頭(わとう)(のぼ)りかけましたよ』
023松鷹彦(まつたかひこ)(わし)最早(もはや)三五教(あななひけう)這入(はい)つてから、024今迄(いままで)執着心(しふちやくしん)すつかり()つて(しま)ひ、025幽界(いうかい)結構(けつこう)なことも(さと)つたのだから、026後継(あとつぎ)(もら)つて心配(しんぱい)をするよりも一層(いつそう)一人(ひとり)余生(よせい)(おく)(はう)何程(なにほど)気楽(きらく)だか()れやしない。027(この)やうな老耄(おいぼ)れた(ぢぢい)()になつて()れる(もの)(おそ)らく(ひろ)世界(せかい)にありますまい。028(わし)()くなつた(とき)滅多(めつた)()てて()きはせまい。029村人(むらびと)(なさけ)何処(どこ)かへ(はうむ)つてくれるだらう。030それよりも幽界(いうかい)()つて姿(ばば)一緒(いつしよ)(くら)(はう)が、031現世(このよ)執着心(しふちやくしん)(のこ)らなくてよい』
032(はる)『お(ぢい)さま、033そりやそうだがお(まへ)さまがもしも病気(びやうき)になつた(とき)には、034矢張(やつぱ)世話(せわ)をして()れるものがないぢやないか。035何程(なにほど)(むら)のものだつてさうお(まへ)さまの病気(びやうき)付添(つきそ)うて看病(かんびやう)する(わけ)にも()くまい。036野良(のら)(ひま)(とき)ならば()(かく)も、037田植(たうゑ)最中(さいちう)や、038稲刈(いねか)りの最中(さなか)(わづら)ひでもなさつたら、039それこそ仕方(しかた)がありますまい。040なんとか後継(あとつぎ)をこしらへて()きなさい』
041松鷹彦(まつたかひこ)『イヤもう(わら)(うへ)から(そだ)てた子供(こども)なれば、042なんとか無理(むり)()つて介抱(かいほう)もして(もら)へるだらうが、043(にはか)(もら)つた息子(むすこ)(たい)して、044さうヅケヅケと()へるものでもなしに、045(かへつ)遠慮(ゑんりよ)をせなくちやならない(やう)なものだから、046もう何卒(どうぞ)それだけは(すす)めて(くだ)さるな』
047田吾作(たごさく)『お(まへ)さま、048()()かつたのかい』
049松鷹彦(まつたかひこ)(わし)(もと)()(くに)(うま)れたものだが、050素盞嗚(すさのをの)(みこと)(さま)高天原(たかあまはら)神追(かむやら)ひに(やら)はれて(とほ)(くに)()()ましになつた(その)(とき)に、051()(なか)一旦(いつたん)常暗(とこやみ)(よる)になつた(こと)がある。052()(とき)だつた、053悪魔(あくま)横行(わうかう)して(をとこ)二人(ふたり)054(をんな)一人(ひとり)(さん)(にん)子供(こども)何者(なにもの)にか(さら)はれて(しま)ひ、055女房(にようばう)二人(ふたり)()きの(なみだ)で、056十五六(じふごろく)年前(ねんぜん)此処(ここ)()()村人(むらびと)(なさけ)()つて、057()宮守(みやもり)をさして(もら)余生(よせい)(おく)つて()るのだ。058アーア()()如何(どう)なつたであらう。059今迄(いままで)女房(にようばう)()(こと)()きな(すなどり)(こころ)(まぎ)らして(わす)れてゐたが、060こんな(はなし)()ると(また)(おも)()す』
061(なみだ)()む。062宗彦(むねひこ)は、
063宗彦(むねひこ)『モシお(ぢい)さま、064貴方(あなた)(いま)()(くに)のものだと仰有(おつしや)いましたな。065一体(いつたい)()(へん)でございます』
066松鷹彦(まつたかひこ)(わし)熊野(くまの)(うま)れだ』
067宗彦(むねひこ)『ハテ不思議(ふしぎ)なことを(うけたま)はります。068(わたし)(じつ)(ところ)両親(りやうしん)がわからず、069他人(ひと)から熊野(くまの)(へん)(うま)れだと子供(こども)時分(じぶん)()いたことがあります。070(わたし)大台(おほだい)(はら)山奥(やまおく)巌窟(がんくつ)悪神(あくがみ)(さら)へられて、071(なが)らく()ぢこめられて()りました。072其処(そこ)立派(りつぱ)(かみ)(さま)(あら)はれて、073「お(まへ)はこれから浪速(なには)(さと)()苦労(くらう)せよ。074一人前(いちにんまへ)になつたら世界(せかい)順礼(じゆんれい)せい」と仰有(おつしや)いました。075それを(いま)だに(ゆめ)のやうに(おぼ)えて()ります。076さうして(わたし)兄弟(きやうだい)(さん)(にん)あつたさうです。077何処(どこ)()つても(おや)もなければ兄弟(きやうだい)もない(もの)は、078(たれ)可愛(かはい)がつては()れず、079(やうや)成人(せいじん)して牛馬(うしうま)にも()まれないやうになつた(ころ)から、080徐々(そろそろ)(さけ)()み、081そこら(あた)りへ養子(やうし)にも幾度(いくたび)()つて()082(また)(いへ)()つて()ましたが、083何分(なにぶん)子供(こども)時分(じぶん)から乞食(こじき)のやうに、084其処(そこら)(ぢう)彷徨(さまよ)うて(そだ)つて()たものですから、085(いへ)()つの、086養子(やうし)()くのと()ふことは窮屈(きうくつ)でツイ()()し、087自棄酒(やけざけ)()んで女房(にようばう)心配(しんぱい)をかけ、088沢山(たくさん)女房(にようばう)先立(さきだ)たしました。089(ある)(ひと)()けば(わたし)丙午(ひのえうま)(とし)(うま)れたとかで、090(をんな)(たた)身魂(みたま)ぢやさうです。091(わたし)(いま)()うして(わか)いが、092()出来(でき)ないのでお(ぢい)さまのことを(おも)ふにつけ、093(さき)(あん)じられてなりませぬ』
094松鷹彦(まつたかひこ)『お(まへ)さま、095(わき)(した)(うめ)(はな)のやうな(あざ)がありはせぬかなア』
096宗彦(むねひこ)『そりや(また)貴老(あなた)()うして御存(ごぞん)じですか』
097松鷹彦(まつたかひこ)『イヤ(わし)子供(こども)(をとこ)(はう)二人(ふたり)とも(うめ)(はな)(あざ)()いて()る。098(あに)(ひだり)(わき)(した)099(おとうと)(はう)(みぎ)(わき)(した)にハツキリと()てゐた(はず)ぢや。100それを(たよ)りに夫婦(ふうふ)()れ、101四五(しご)(ねん)(あひだ)(さが)して()たが、102(ひと)(つか)まへて一々(いちいち)裸体(はだか)になつて(わき)()せて()れと()(わけ)にも()かず、103(なつ)になると海水(かいすゐ)浴場(よくぢやう)()つて、104わが()年輩(ねんぱい)(ぐらゐ)(ひと)(わき)(した)一々(いちいち)調(しら)べて()たが、105(なに)()つても()(にく)いところ、106温泉(をんせん)()つても見当(みあた)らず、107これ(くらゐ)心配(しんぱい)したことは()い』
108(また)俯向(うつむ)く。
109宗彦(むねひこ)『お(ぢい)さま、110(わたし)(みぎ)(わき)(した)(なん)だか(はな)のやうな(かた)がありますが、111一寸(ちよつと)()(くだ)さらぬか』
112 松鷹彦(まつたかひこ)はビクリツと()自然(しぜん)(てき)しやくり(なが)ら、
113松鷹彦(まつたかひこ)『ドレドレ一寸(ちよつと)()せて(くだ)さい。114アーアほんにほんに(まが)(かた)なき(うめ)(はな)(あざ)115五弁(ごべん)(うめ)(うへ)(はう)(すこ)()けて()つたが、116矢張(やつぱ)()けて()る。117さうするとお(まへ)(たけ)()(をとこ)ぢやなかつたか』
118宗彦(むねひこ)『ハイ子供(こども)(とき)(たけ)()ひました。119バラモン(けう)から宗彦(むねひこ)といふ()(もら)つたのです』
120 田吾作(たごさく)二人(ふたり)(かほ)見較(みくら)べて()て、
121田吾作(たごさく)『お(ぢい)さま、122(あたま)恰好(かつかう)()ひ、123小鼻(こばな)のつんもりとした(へん)から(みみ)塩梅(あんばい)124よく()てをるぢやないか。125ヒヨツとしたらお(まへ)さまの()ぢやあるまいかな』
126松鷹彦(まつたかひこ)(まが)(かた)ない(わし)息子(むすこ)だ。127アーこれ宗彦(むねひこ)128ようマア無事(ぶじ)()つて()れた。129これと()ふのも矢張(やつぱ)(かみ)(さま)()神徳(かげ)だなア』
130()()す。
131宗彦(むねひこ)『お(とう)さまでございましたか、132(ぞん)ぜぬこととて()無礼(ぶれい)(まを)しました。133どうぞ(ゆる)して(くだ)さいませ』
134宗彦(むねひこ)は、135カツパと()して(うれ)()きに(こゑ)()げて()く。136(かつ)()()思案(しあん)()(なが)ら、137松鷹彦(まつたかひこ)()(おこ)し、
138(かつ)『モシモシお(ぢい)さま、139貴老(あなた)140一人(ひとり)息女(むすめ)があつたと仰有(おつしや)いましたなア、141()息女(むすめ)さまには(なに)特徴(とくちやう)()りませぬか』
142 松鷹彦(まつたかひこ)(こゑ)をかすめて、
143松鷹彦(まつたかひこ)息女(むすめ)特徴(とくちやう)()ふのは、144(へそ)(うへ)三角形(さんかくけい)なりに黒子(ほくろ)行儀(ぎやうぎ)よく出来(でき)()たやうに(おぼ)えて()る。145アーア一人(ひとり)(せがれ)(めぐ)()つて(うれ)しいが、146(あに)(まつ)や、147(うめ)何処(どこ)何処(いづく)(くら)して()るであらうか。148(ひと)(かな)へば(また)(ひと)つ、149折角(せつかく)()れた執着心(しふちやくしん)再発(さいはつ)して()た、150ほんに(くる)しい浮世(うきよ)だなア』
151打沈(うちしづ)む。152(かつ)(むね)にグツとこたへたのは(へそ)(うへ)三角形(さんかくけい)黒子(ほくろ)153宗彦(むねひこ)夫婦(ふうふ)になつて(くら)して()関係(くわんけい)(じやう)154名乗(なの)りもならず、155一人(ひとり)(むね)(いた)めてゐる。
156松鷹彦(まつたかひこ)(めう)なことを(たづ)ねるが(わし)(こころ)せいか、157(なん)となくお(まへ)(こひ)しいやうな()がしてならぬのだ。158(たけ)何処(どこ)ともなしに()たやうな(ところ)もあり、159女房(にようばう)のお(たけ)にも何処(どこ)()()るやうだが、160()しや(わし)息女(むすめ)ではあるまいか』
161 お(かつ)(くち)ごもり(なが)ら、
162(かつ)(わたくし)(おや)兄弟(きやうだい)もあつたさうですが、163行方(ゆくへ)(いま)にわかりませぬ。164(しか)(なが)(いま)貴老(あなた)仰有(おつしや)黒子(ほくろ)はありませぬ』
165松鷹彦(まつたかひこ)『アーさうかな、166それは(さいは)ひだつた。167万一(もしも)(むすめ)だとすれば血族(けつぞく)結婚(けつこん)になり、168天則(てんそく)違反(ゐはん)(かみ)(さま)(つみ)せられるから、169可愛(かはい)さうだがマア兄妹(きやうだい)でなくて結構(けつこう)だつた』
170(かつ)兄妹(きやうだい)結婚(けつこん)はそれ(ほど)(つみ)(おも)いのですか。171(しか)(なが)万一(もしも)()らずに結婚(けつこん)をしたら、172それは如何(どう)なります?』
173松鷹彦(まつたかひこ)『サア、174それは(なん)とも(わし)にはわからない。175(あま)(ためし)()(こと)だから、176この(とし)になつても()いたこともなし、177三五教(あななひけう)真浦(まうら)さまにも(をし)へて(もら)つたこともないのだから』
178宗彦(むねひこ)()らぬ(かみ)(たた)りなしと()ふぢやありませんか。179万一(まんいち)世間(せけん)にそんな夫婦(ふうふ)があるとしても、180慈悲(じひ)(ぶか)(かみ)(さま)屹度(きつと)(ゆる)して(くだ)さいませう』
181 お(かつ)(りやう)(たもと)(かほ)()て、182()(もだ)えて()いて()る。
183田吾作(たごさく)『コレコレお(かつ)殿(どの)184結構(けつこう)父子(おやこ)対面(たいめん)にお(まへ)さまが()くと()ふことがあるものか、185ハー(けな)りいのだなア。186宗彦(むねひこ)さまは(こが)れて()つたお(とう)さまに()うて(うれ)しからうが、187(わし)何時(いつ)になつたら()へるだらうと(おも)()して()くのだな。188マヽヽ何事(なにごと)(かみ)(さま)(まか)して時節(じせつ)()ちなさい。189屹度(きつと)信心(しんじん)(とく)()つてお(とう)さまや、190(かあ)さまが現世(このよ)にござつたら、191()はして(くだ)さるでせう』
192(かつ)『ハイ有難(ありがた)うございます。193よう()つて(くだ)さいました。194折角(せつかく)親子(おやこ)の……イエイエ(おや)()()対面(たいめん)なさつて(よろこ)んでゐられるのを()(よろこ)びもせず(なみだ)(こぼ)して()せました。195(まこと)()まぬことでございます。196何卒(どうぞ)(とう)(さま)(いや)宗彦(むねひこ)さまのお(とう)(さま)197どうぞ(わたくし)()(やう)(おも)うて可愛(かはい)がつて(くだ)さいませ。198これからは()つて(かは)つて(おや)のやうに(おも)つて孝行(かうかう)(いた)します』
199松鷹彦(まつたかひこ)『アヽよう()うて(くだ)さつた。200(わし)他人(たにん)のやうには、201どうしても(おも)へない。202親子(おやこ)同然(どうぜん)(たがひ)親切(しんせつ)(つく)()うて(かみ)(さま)御用(ごよう)(いた)しませう』
203 (さん)(にん)(うれ)(なみだ)()れて、204暫時(しばし)無言(むごん)(まま)沈黙(ちんもく)(まく)()りた。205(はる)()晃々(くわうくわう)として武志(たけし)(もり)千年杉(せんねんすぎ)(こずゑ)にかかつてゐる。206(からす)(たまご)孵化(かへ)し、207雌雄(しゆう)(たがひ)()()ひ、208()(あさ)つて子烏(こがらす)(あた)へてゐる。209子烏(こがらす)黄色(きいろ)(くち)()ける(ほど)()けてゐる。
210 田吾作(たごさく)性来(しやうらい)慌者(あわてもの)
211田吾作(たごさく)『ヤア(ぢい)さま、212(むね)さま、213親子(おやこ)対面(たいめん)()芽出度(めでた)う。214ドーレこれから(かへ)つて()(いは)ひでも()つて()ませう。215オイお(はる)さま、216(まへ)(なに)(いは)はにやなるまい。217さア(かへ)らう』
218松鷹彦(まつたかひこ)『モシモシ田吾作(たごさく)さま、219(はる)さま、220どうぞ(しば)らく(むら)(ひと)()うて(くだ)さるな。221(また)(さわ)がせると()(どく)だから』
222田吾作(たごさく)(なに)(ぢい)さま仰有(おつしや)るのだ。223地異(ちい)天変(てんぺん)224()()(あし)()(ところ)()らざる(だい)観喜天(くわんきてん)(さま)()来迎(らいこう)225これが(だま)つて()られますか。226サアお(はる)さま、227(はや)(はや)く』
228(うなが)し、229(ぢい)()(とめ)るのも()かばこそ、230捻鉢巻(ねぢはちまき)をグツと()め、231(しり)ひん(まく)り、232(わが)()()して馳帰(はせかへ)る。
233松鷹彦(まつたかひこ)『アーア親切(しんせつ)(をとこ)だ。234ようちよかつく(ひと)だが、235(しか)()(くらゐ)(こころ)のキレイな(かた)はない、236アー()えても(こころ)(しつか)りして()る。237村中(むらぢう)()めものだ。238どうぞ()(よめ)さまをお世話(せわ)して()げたいものだ』
239 一方(いつぱう)田吾作(たごさく)(なに)よりも(はや)留公(とめこう)離家(はなれ)()真浦(まうら)宣伝使(せんでんし)報告(はうこく)せむとし、
240田吾作大変(たいへん)大変(たいへん)
241道々(みちみち)()ばはり(なが)ら、242近所(きんじよ)火事(くわじ)でも(おこ)つた(やう)周章方(あわてかた)(はし)つて()た。243留公(とめこう)(くは)(かた)げて門口(かどぐち)()ようとするところであつた。
244 田吾作(たごさく)は、
245田吾作『オイ留公(とめこう)246貴様(きさま)(くは)(かた)げて何処(どこ)へゆくのだ。247大変(たいへん)だ、248地異(ちい)天変(てんぺん)だ、249欣喜(きんき)雀躍(じやくやく)()()ひ、250(あし)()(ところ)()らぬ大事件(だいじけん)突発(とつぱつ)した。251サアサア(はや)貴様(きさま)用意(ようい)をせぬかい、252(なに)をグツグツしてゐるのだ、253野良(のら)仕事(しごと)(くらゐ)(やす)んでも()い。254天変(てんぺん)天変(てんぺん)だ』
255地団太(ぢだんだ)ふんで(をど)(まは)る。
256留公(とめこう)貴様(きさま)さう()つたつて理由(わけ)()はずに(わか)らぬぢやないか。257一体(いつたい)なんだい』
258田吾作(たごさく)『なんだつて(わか)つとるぢやないか。259芽出度(めでた)いことだ。260タヽヽ大変(たいへん)だ。261(はや)宣伝使(せんでんし)真浦(まうら)さまに取次(とりつい)()れ』
262留公(とめこう)『そら取次(とりつ)がぬ(こと)()いが、263ちつと()ちつかぬかい。264詳細(しやうさい)報告(はうこく)せなくては事件(じけん)真相(しんさう)どころか、265端緒(たんしよ)(さぐ)れぬぢやないか』
266田吾作(たごさく)『エー邪魔(じやま)(くさ)い、267愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して()ると(よろこ)びが何処(どこ)かへ消滅(せうめつ)して(しま)ふと大変(たいへん)だ。268邪魔(じやま)ひろぐな』
269無理(むり)矢理(やり)真浦(まうら)居間(ゐま)(はし)()んだ。
270真浦(まうら)田吾作(たごさく)さま、271大変(たいへん)(いきほ)ひで何事(なにごと)(おこ)つたのだ』
272田吾作(たごさく)何事(なにごと)(おこ)つたもあるものか。273(うめ)ぢや(うめ)ぢや、274(うめ)(はな)ぢや』
275真浦(まうら)(うめ)だと()つたつて(わか)らぬぢやないか。276(うめ)必要(ひつえう)なら(うら)沢山(たくさん)なつてゐる。277トツトとむしつてゆかつしやれ』
278田吾作(たごさく)『そんな(こと)どころか。279(うめ)()つたら(うめ)ぢやな。280合点(がてん)()かぬ宣伝使(せんでんし)だな。281親子(おやこ)対面(たいめん)だ』
282 ()かる(ところ)留公(とめこう)(あと)()つて(はし)(きた)り、
283留公(とめこう)『オイ田吾作(たごさく)284貴様(きさま)()(ちが)()つたのか。285チト(しつか)りせぬかい』
286背中(せなか)(にぎ)(こぶし)(ふた)(みつ)(たた)いた。
287田吾作(たごさく)『アイタヽヽ、288(かひな)()けるやうな()()はせやがつた。289オーそれそれ かひなぢや、290かひなぢや かひなぢや』
291(わき)(ひだり)食指(ひとさしゆび)(しき)りに()(しめ)す。
292真浦(まうら)(かひな)()うしたと()ふのだい』
293田吾作(たごさく)(かひな)(うめ)(はな)()いたのだ。294五弁(ごべん)(うへ)(やつ)がちよつと()けて()る。295それで親子(おやこ)対面(たいめん)だ。296武志(たけし)(もり)社務所(ながどこ)(かひな)()いた(うめ)(はな)297三千(さんぜん)世界(せかい)一度(いちど)(ひら)(うめ)(はな)のやうな喜悦(よろこび)だ』
298真浦(まうら)『とんと合点(がつてん)()かぬ(わい)299田吾(たご)さま、300もうチツト()ちついて()つて(くだ)さい』
301田吾作(たごさく)他人(たにん)乃公(わし)まで、302あまり(うれ)しうて、303これが()うして()ちつけよう。304(うめ)ぢや(うめ)ぢや。305武志(たけし)(もり)まで()つて()りや(わか)る』
306真浦(まうら)益々(ますます)(わか)らぬことを()ふぢやないか』
307(いぶ)かし(さう)(くび)(かたむ)ける。308其処(そこ)へお(はる)(おく)()せにやつて()た。
309(はる)『モシモシ大変(たいへん)(よろこ)びが出来(でき)ました。310田吾作(たごさく)さまに大体(だいたい)のことは、311()()きでせうから(わたくし)申上(まをしあ)げるものも二重(にぢう)ですが、312本当(ほんたう)結構(けつこう)でございますよ。313松鷹彦(まつたかひこ)のお(ぢい)さまも到頭(たうとう)親子(おやこ)対面(たいめん)をなさいました』
314真浦(まうら)(なに)ツ、315(ぢい)さまが親子(おやこ)対面(たいめん)316して(その)()()ふのは(たれ)のことだな』
317(はる)()(この)(あひだ)行者(ぎやうじや)になつて()()宗彦(むねひこ)さまが、318(ぢい)さまの()だつた(さう)です。319(みぎ)(わき)(した)(うめ)(はな)(あざ)があつたので、320それで親子(おやこ)()ふことに()()いたのです。321()(かた)()(くに)(うま)れで、322名前(なまへ)(たけ)さまとか()つたさうです。323さうしてまだ(まつ)さまといふ(あに)があり、324(うめ)さまといふ(いもうと)があるさうです。325それは()(わか)りませぬ。326(しか)(なが)らお(ぢい)さまは(たけ)さまに()つたので大変(たいへん)()(よろこ)び、327どうぞ貴方(あなた)(はや)武志(たけし)(もり)(まで)いつて(かみ)(さま)()(れい)(まを)して(くだ)さい。328村中(むらぢう)明日(あす)総休(そうやす)みをして()(いは)ひをせなくてはなりませぬから』
329真浦(まうら)(なに)ツ、330(さん)(にん)兄妹(きやうだい)331さうして(たけ)()ふのが()(をとこ)か』
332田吾作(たごさく)『オーさうぢやさうぢや、333なにを愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して()るのだ。334(はや)くいきなさらぬか。335(はる)さま(をんな)だてら(かま)はひでも()いワ。336(はや)(かへ)つて()馳走(ちそう)用意(ようい)をせないか』
337 お(はる)は『ハイ』と(こた)へて足早(あしばや)()()つた。338真浦(まうら)()()み、
339真浦(まうら)『ハテナ』
340()つたきり、341(ふか)思案(しあん)(しづ)むものの(ごと)くである。
342田吾作(たごさく)『ハテナもあつたものかい。343サアサア()輿(みこし)()げたり()げたり。344(まへ)さまは()んな芽出度(めでた)いことが(なん)とも()いのか。345(なに)愚図(ぐづ)々々(ぐづ)してゐるのだ。346それだから(わし)(くは)(さき)(ゆび)()られるやうな(こと)出来(でき)るのだ。347サア(はや)(はや)ういつてお()れなさい』
348 真浦(まうら)何故(なにゆゑ)(ふと)(いき)()き、349無言(むごん)(まま)うつむいて(しき)りに(かんが)へてゐる。
350田吾作(たごさく)『オー(いま)(おも)()した。351(この)(あひだ)(まへ)さまが禊身(みそぎ)(とき)(わし)がチラと()ておいた、352(まへ)さまの(わき)(した)(うめ)(あざ)がありましたなア。353それならひよつとしたら(ぢい)さまの()(まつ)()(をとこ)かも()れはしない。354()うだい、355(ちが)ひはありますまいがな』
356真浦(まうら)『コレコレ田吾作(たごさく)さま、357滅多(めつた)(こと)()つて(くだ)さるな。358(うめ)(もん)(あざ)のあるものは、359(ひろ)世界(せかい)には沢山(たくさん)あるだらう。360さう軽率(けいそつ)()つて(もら)つては(こま)るからなア』
361田吾作(たごさく)『なに化物(ばけもの)のやうに人間(にんげん)身体(からだ)に、362(うめ)(はな)()いた(やつ)が、363さう沢山(たくさん)あつてたまりますかい。364うめ()(わけ)をしなさるな。365ドーレ(ひと)つこれから(ぢい)さまの(ところ)へトツ(ぱし)つて注進(ちうしん)だ。366ヤア天変(てんぺん)だ、367天変(てんぺん)だ』
368駆出(かけだ)す。
369真浦(まうら)『コレコレ(とめ)さま、370一寸(ちよつと)田吾作(たごさく)さまを(つか)まへて(くだ)さいな』
371 留公(とめこう)は、
372留公(とめこう)合点(がつてん)だ』
373田吾作(たごさく)(あと)()(かけ)る。374田吾作(たごさく)一生(いつしやう)懸命(けんめい)(はし)()す。375()(はづ)して崖下(がけした)麦畑(むぎばたけ)顛落(てんらく)し、
376田吾作(たごさく)『アーアやつぱり地異(ちい)天変(てんぺん)だ。377(むぎ)一升(いつしよう)()()つたものだ。378オイ留公(とめこう)379この報告(はうこく)(おれ)(うけたま)はつたのだ、380(さき)へいつて(よろこ)ばしやがると承知(しようち)せぬぞ』
381留公(とめこう)貴様(きさま)()ふことは(なに)(なん)だか、382薩張(さつぱり)(わか)らせんワ。383(おれ)(ところ)麦畑(むぎばたけ)をワヤにしやがつて()うして()れるのだい』
384田吾作(たごさく)()うも()うもあつたものかい。385(むぎ)一升(いつしよう)二升(にしよう)ワヤになつたつて、386()(よろこ)びに()へられるものか。387親子(おやこ)(ひと)寄附(きふ)したと(おも)へば()むのだ。388()場合(ばあひ)になつて吝嗇(けち)くさいことを()ふな』
389 留公(とめこう)(また)もや両手(りやうて)()んで、
390留公(とめこう)『ハテナ』
391思案(しあん)()れてゐる。392松鷹彦(まつたかひこ)二人(ふたり)留守(るす)(めい)()き、393あかざ(つゑ)をつき田吾作(たごさく)(あと)()うてヒヨロヒヨロと此処(ここ)までやつて()た。
394留公(とめこう)『ヤア貴方(あなた)(みや)のお(ぢい)さま』
395松鷹彦(まつたかひこ)『お(まへ)(とめ)さまぢやないか。396()んな路傍(みちばた)(なに)心配(しんぱい)さうにして()つてござるのだ』
397留公(とめこう)(べつ)心配(しんぱい)(なに)もありませぬが、398田吾作(たごさく)(やつ)(にはか)発狂(はつきやう)()つて、399これ(この)(とほ)()高土手(たかどて)から顛落(てんらく)し、400(わけ)のわからぬ(こと)()つてます』
401 (ぢい)さんは(こは)(さう)崖下(がいか)をソツと(のぞ)いた。402高所(かうしよ)から()ちて(こし)(いた)め、403(あし)蝶番(てふつがい)破損(はそん)した田吾作(たごさく)は、404(ぢい)(かほ)()るより、
405田吾作(たごさく)『ヨーお(ぢい)さま、406大変(たいへん)大変(たいへん)407(ひだり)腋下(わきした)にモ(ひと)つの(うめ)(はな)()いた』
408松鷹彦(まつたかひこ)『それは何処(どこ)()いたのだな』
409田吾作(たごさく)何処(どこ)にも彼処(かしこ)にも()いて()いて()(みだ)れて()る。410真浦(まうら)ぢや真浦(まうら)ぢや、411真浦(まうら)(ひだり)腋下(わきした)(うめ)(はな)(あざ)があるのだよ。412的切(てつき)りお(まへ)(せがれ)(まつ)さまに間違(まちが)ひなからう。413いつて()なさい。414(わし)はお(まへ)報告(はうこく)のため、415駄賃(だちん)()らずの飛脚(ひきやく)さまで今日(けふ)(いち)(にち)は、416(まへ)のために社会(しやくわい)奉仕(ほうし)をするのだよ』
417松鷹彦(まつたかひこ)『それはマア(めう)なことを()くが実際(じつさい)そんなことがあるのかい。418(うそ)ぢやあるまいなア』
419田吾作(たごさく)(うそ)()つた(ところ)一文(いちもん)(とく)にもなりはせぬ。420(はや)(かへ)つて親子(おやこ)対面(たいめん)用意(ようい)をしなさい。421オイ留公(とめこう)422真浦(まうら)さまを(みや)社務所(ながどこ)まで引張(ひつぱ)つて()るのだよ』
423身体(からだ)(いた)みも(わす)れて、424一生(いつしやう)懸命(けんめい)(さけ)んでゐる。425松鷹彦(まつたかひこ)半信(はんしん)半疑(はんぎ)(なが)らも、426(なに)(こころ)()する(ところ)あるものの(ごと)く、427覚束(おぼつか)なき(あし)欣々(いそいそ)(かる)げに(もと)()(みち)(きびす)(かへ)した。
428 留公(とめこう)田吾作(たごさく)(たす)けむと、429(すこ)しく迂回(うくわい)して(かたはら)近付(ちかづ)き、
430留公(とめこう)『オイ田吾作(たごさく)431しつかりせぬか、432(くち)ばつかり(はし)やぎ()つて、433(こし)がチツとも()たぬぢやないか』
434田吾作(たごさく)『あまり(うれ)しくて(うれ)(ごし)()()つたのだい』
435留公(とめこう)『サア、436(おれ)()うてやるから(おれ)背中(せなか)(くら)ひつくのだ』
437田吾作(たごさく)(おれ)()(ひと)があるのだ。438それ(まで)()つてゐるのだよ。439(おほ)きに(はばか)りさま』
440留公(とめこう)負惜(まけをし)みの(つよ)(やつ)だな。441(おれ)親切(しんせつ)()うてやらうと()ふのに、442何故(なぜ)()はれぬのか』
443田吾作(たごさく)『かうして此処(ここ)平太(へた)つて()れば、444屹度(きつと)(とほ)(ひと)があるのだよ。445カヽヽエー矢張(やつぱり)(かま)うてくれな。446何事(なにごと)惟神(かむながら)(まか)すのだ』
447留公(とめこう)『ハハア、448カヽヽと()ひやがつて、449大方(おほかた)(かつ)さまに()うて(もら)はうと(おも)つてゐるのだらう、450サアサ(おれ)がお(かつ)さまの(ところ)()つて()れて()つてやらう。451背中(せなか)(くら)ひつくのだよ』
452 田吾作(たごさく)はソーと(こし)()げてみて、
453田吾作(たごさく)『アー(めう)だ、454何時(いつ)()にか自然(しぜん)療法(れうはふ)全快(ぜんくわい)()つた。455マア生命(いのち)別条(べつでう)はない。456安心(あんしん)してくれ』
457留公(とめこう)『こんな(やつ)相手(あひて)になつて()ると(きつね)につままれたやうなものだ。458エヽ怪体(けつたい)(わる)い』
459とボヤキボヤキ(あが)つて()く。460田吾作(たごさく)はシヤンシヤンとして(あと)()ふ。461(やうや)顛落(てんらく)した箇所(かしよ)までやつて()た。
462田吾作(たごさく)『アヽ此処(ここ)だ、463(おれ)一生(いつしやう)一代(いちだい)(はな)(わざ)遺跡(ゐせき)だ。464臨時(りんじ)目標(もくへう)でも()てて記念(きねん)にして()かうかな』
465 其処(そこ)(あわただ)しくやつて()たのは真浦(まうら)である。
466真浦(まうら)(とめ)さま、467田吾作(たごさく)さま、468(なに)をしてゐるのだ』
469留公(とめこう)(いま)田吾作(たごさく)空中(くうちう)滑走(くわつそう)曲芸(きよくげい)(えん)じ、470()(とめ)さまに御覧(ごらん)(きよう)した(ところ)です』
471田吾作(たごさく)『ヤア(ひだり)(わき)(した)(うめ)(はな)か、472サア(はや)()た。473もう(ぢい)さんに注進(ちうしん)()みだ。474屹度(きつと)四頭(しとう)()ての黒塗(くろぬ)りの馬車(ばしや)か、475自動車(じどうしや)(もつ)(むか)ひに()ますぜ。476マア、477ゆつくり()田圃路(たんぼみち)()つて()なさい』
478 真浦(まうら)はニタリと(わら)(なが)ら、479足早(あしばや)武志(たけし)(もり)をさして(いそ)()く。480二人(ふたり)捻鉢巻(ねぢはちまき)(なが)大股(おほまた)(ちう)()んで、481(みや)社務所(ながどこ)目蒐(めが)けて()()した。
482大正一一・五・一三 旧四・一七 外山豊二録)
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