霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 教唆(けうさ)〔一三二〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第51巻 真善美愛 寅の巻 篇:第1篇 霊光照魔 よみ(新仮名遣い):れいこうしょうま
章:第5章 教唆 よみ(新仮名遣い):きょうさ 通し章番号:1320
口述日:1923(大正12)年01月25日(旧12月9日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月29日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
高姫と妖幻坊はいちゃいちゃしながら酒を飲んでいた。そこへ初と徳の両人が青い顔をして帰ってきた。高姫が首尾を尋ねると、初と徳は松姫が言うことを聞かず、杢助を兇党界の化け物だと言っていると報告した。
高姫と妖幻坊は、初と徳が松姫にしてやられたことを悟った。妖幻坊は二人に、今度はしっかり武装していくように言いつけ、松姫を倒した方が上役になるとけしかけた。初と徳は喧嘩装束に棍棒を携え、松姫館に進んで行った。
お千代はスマートと共につつじの花をちぎりながら、向こうの谷の森林で遊んでいた。スマートはにわかに体をふるわせて、お千代の袖をくわえて引っ張り始めた。そこへお菊が走ってやってきた。お千代とお菊はスマートの様子がただならないので、もしや松姫の身に何かあったのではないかと松姫館に急いで戻り始めた。
松姫はただ一人、神殿に向かって神示を伺っていた。そこへ戸を押し破って初と徳がやってきた。二人は樫の棒を持って松姫に打ってかかる。松姫はそこにあった机を取って、神助を祈りながらしばらく防戦に努めていた。
松姫は数十合も戦ってもはや体力尽き、二人の棍棒に打ち殺されようかというとき、宙を飛んで駆けてきたスマートは、初と徳の足をくわえて引き倒し、唸りながら睨みつけた。
二人は起き上がり、ほうほうの態で杢助と高姫のところに逃げて行った。初と徳の報告を聞いた杢助と高姫は、なかなか松姫をやっつけるのが容易でないと悟ると、初と徳が勝手に松姫に乱暴を働いたということにして、松姫を懐柔する策に出た。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-08-05 20:15:40 OBC :rm5105
愛善世界社版:71頁 八幡書店版:第9輯 291頁 修補版: 校定版:73頁 普及版:34頁 初版: ページ備考:
001 妖幻坊(えうげんばう)002高姫(たかひめ)は、003イチヤイチヤ()ひながら(さけ)()()はし、004ヘベレケになつた妖幻坊(えうげんばう)無理(むり)をなだめながら、005初公(はつこう)006徳公(とくこう)両人(りやうにん)返答(へんたふ)如何(いか)にと心待(こころま)ちに()つて()た。007そこへスタスタと(あを)(かほ)して(かへ)つて()たのは、008初公(はつこう)009徳公(とくこう)両人(りやうにん)であつた。010高姫(たかひめ)目敏(めざと)(これ)()て、
011高姫『オイ両人(りやうにん)012えらい(ひま)()つたぢやないか、013どうだつたな。014松姫(まつひめ)はウンと()つただらう』
015(はつ)『へい、016イヤもう(なん)(ござ)いました。017それはそれは(えら)いものですなア、018本当(ほんたう)一寸(ちよつと)()()ひませぬわ』
019高姫()()はぬとは、020松姫(まつひめ)義理(ぎり)天上(てんじやう)(まを)(こと)()かないと()ふのかえ』
021『オイ(とく)022貴様(きさま)高姫(たかひめ)さまの代理(だいり)ぢやないか、023(まへ)(かは)つて報告(はうこく)して()れ』
024(とく)『エエ高姫(たかひめ)さま、025貴女(あなた)()命令(めいれい)によつて種々(いろいろ)(まを)しました(ところ)026松姫(まつひめ)(やつ)027金毛(きんまう)九尾(きうび)がのり(うつ)つて()るのか、028それはそれは(えら)(いきほひ)で、029到底(たうてい)吾々(われわれ)()つた(くらゐ)ではかてつけませぬがな』
030高姫『かてつかぬとはどうしたと()ふのだえ。031つまり高姫(たかひめ)()(こと)()かないと()ふのかえ』
032『ハイ、033()かないとも(まを)しませぬが、034(まへ)さまにはいろいろのものが雑居(ざつきよ)してゐるさうですよ。035さうして杢助(もくすけ)さまは大雲山(たいうんざん)妖幻坊(えうげんばう)()妖怪(えうくわい)だといつて()ましたよ。036(なん)とかして()つぽり()(つも)りだと意気込(いきご)んで()りましたよ』
037高姫(なん)と、038杢助(もくすけ)さまを妖幻坊(えうげんばう)だと、039いよいよもつて()しからぬ。040松姫(まつひめ)(やつ)041グヅグヅして()るとどんな(こと)(まを)すか(わか)つたものぢやない。042これ杢助(もくすけ)さま、043()きなさらぬかいな。044(まへ)さまを本当(ほんたう)杢助(もくすけ)ぢやない、045化州(ばけしう)だと()つて()るさうですよ』
046妖幻(えうげん)『ハハハハハ、047化物(ばけもの)()つたか、048さうであらう。049変性(へんじやう)女子(によし)(みづ)御霊(みたま)でさへも大化物(おほばけもの)()はれて()るのだから、050(おれ)化物(ばけもの)()はれるやうになれば光栄(くわうえい)だ。051高姫(たかひめ)(よろこ)べ、052これでもつて(おれ)人物(じんぶつ)偉大(ゐだい)崇高(すうかう)なる(こと)(わか)るだらう、053アハハハハ』
054(はつ)『それでも化物(ばけもの)松姫(まつひめ)()つたのは、055そんな意味(いみ)ではありますまいぜ、056貴方(あなた)(なん)でも大雲山(たいうんざん)妖幻坊(えうげんばう)だとか()つて()ましたよ』
057妖幻坊の杢助()しからぬ(やつ)だ、058さう()(こと)()はして()いては、059吾々(われわれ)目的(もくてき)邪魔(じやま)になる。060こりや(なん)とか(いた)さねばなるまい。061(おれ)()つて()(ひし)いでやるのは容易(たやす)(こと)だが、062それでは(あま)大人気(おとなげ)ない。063オイ(はつ)064(とく)065(おれ)最前(さいぜん)()つたやうに(おも)()つてやつつけろ。066(まへ)(たち)(おれ)両腕(りやううで)となつた以上(いじやう)は、067(いま)手柄(てがら)仕所(しどころ)だ』
068(はつ)『ヘエ、069エエやつつけますが、070それがそれ中々(なかなか)(したた)かものでげして、071(じつ)はその、072エー(なん)でげす』
073(あたま)をガシガシ()いて()る。
074高姫(たかひめ)『コレみつともない。075松姫(まつひめ)にやられて()たのだな。076(とき)杢助(もくすけ)さま、077やつつけろと仰有(おつしや)つたが、078滅多(めつた)手荒(てあら)(こと)をなさるのぢやありますまいな。079松姫(まつひめ)(わたし)弟子(でし)ですよ。080何程(なにほど)反対(はんたい)(いた)しても、081(わたし)彼奴(あいつ)(かま)うてやらねばなりませぬ』
082妖幻(えうげん)(なん)高姫(たかひめ)さま、083貴女(あなた)慈善家(じぜんか)ぢやなア。084ヤ、085感心(かんしん)々々(かんしん)086それなら何故(なぜ)087珍彦(うづひこ)毒酸(どくさん)()つたり、088(みづち)()()つた(さかづき)(あた)へたのだ。089やつぱり(おく)には(おく)があるのかなア、090アハハハハ』
091高姫『これ(はつ)さま、092(とく)さま、093きつと手荒(てあら)(こと)をしてはなりませぬよ。094(しか)正当(せいたう)防衛(ばうゑい)(この)(かぎ)りにあらずだから、095どうか杢助(もくすけ)さまのお言葉(ことば)(したが)つて一働(ひとはたら)きして(くだ)さいな』
096『ヘエ(わたし)(なん)でも(いた)しますが、097この(とく)(やつ)臆病(おくびやう)ですから、098()()られて(おも)ふやうに(はたら)けませぬわ』
099妖幻(えうげん)『それならお(まへ)一人(ひとり)()つてやつて()たらどうだ。100多寡(たくわ)(をんな)一匹(いつぴき)ぢやないか。101それ(くらゐ)(こと)出来(でき)なくて、102大望(たいまう)御用(ごよう)出来(でき)るか』
103(わたし)一人(ひとり)では、104どうも都合(つがふ)(わる)いぢやありませぬか、105よう(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。106貴方(あなた)両腕(りやううで)ぢやありませぬか、107片腕(かたうで)では(めし)()(こと)も、108針仕事(はりしごと)(ひと)つする(こと)出来(でき)ませぬだらう。109それだから、110どうしても(とく)邪魔(じやま)になつても()れて()かなくちや都合(つがふ)(わる)いですな』
111(とく)馬鹿(ばか)()ふな、112貴様(きさま)一番(いちばん)がけに霊縛(れいばく)にかかつてふん()びたぢやないか』
113『ふん()びたのは貴様(きさま)同然(どうぜん)だ、114(えら)さうに()ふない』
115『それでも第一着(だいいつちやく)貴様(きさま)がふん()びたのだ。116(おれ)はおつき(あひ)にふん()びて()たのだ。117余程(よつぽど)松姫(まつひめ)(おそ)ろしいと()えるのう。118そんな(こと)(おれ)上役(うはやく)にはなれぬぞ。119サアどうだ、120(ここ)彼奴(あいつ)(たふ)した(はう)上役(うはやく)にして(いただ)くと()(こと)()両人(りやうにん)(さま)(まへ)(ねが)はうぢやないか』
121妖幻(えうげん)『アハハハハ、122そりやさうだ、123手柄(てがら)があつた(はう)上役(うはやく)になるのは当然(あたりまへ)だよ、124ちやんと草鞋(わらぢ)でもはいて足装束(あししやうぞく)をし、125身動(みうご)きのし(やす)いやうにして()くのだ』
126初、徳『ハイ(かしこ)まりました』
127両人(りやうにん)は、128(あわただ)しく納屋(なや)()り、129喧嘩(けんくわ)装束(しやうぞく)()(かた)め、130(かし)棍棒(こんぼう)(たづさ)へて松姫館(まつひめやかた)(すす)むべく準備(じゆんび)()(かか)つた。131妖幻坊(えうげんばう)132高姫(たかひめ)以前(いぜん)(ごと)く、133ひそひそ何事(なにごと)(ささや)きながら飲酒(いんしゆ)(ふけ)つて()る。
134 お千代(ちよ)はスマートと(とも)躑躅(つつじ)(はな)などをちぎり(たはむ)れながら、135(むか)ふの(たに)森林(しんりん)何時(いつ)とはなしに(すす)()つた。136スマートは(なん)とはなしに(にはか)(からだ)(ふる)はせ、137(つひ)にはお千代(ちよ)(そで)(くは)へて()()()した。138千代(ちよ)(おどろ)いて、
139お千代『これスマートや、140(なに)をするのだい。141ちつと温順(おとな)しうおしんか』
142とぴしやつと横面(よこつら)をはる。143其処(そこ)(あわただ)しく(はし)つて()たのはお(きく)であつた。144(きく)はハアハアと(いき)(はづ)ませ、145千代(ちよ)此処(ここ)()るのを()てやつと安心(あんしん)したらしく、
146お菊『お千代(ちよ)さま、147貴女(あなた)此処(ここ)()たの、148(わたし)此処(ここ)まで()げて()たのよ。149あの杢助(もくすけ)()(やつ)化物(ばけもの)だわ。150さうして(この)(やかた)横領(わうりやう)しようと(かんが)へて()(ふと)(やつ)だから、151すつかり素破抜(すつぱぬ)いてやつて、152此処(ここ)まで()げて()たの。153きつと(おこ)つて追駆(おつか)けて()るに(ちが)ひないと(おも)つたからねえ、154本当(ほんたう)(こま)つた(やつ)()たものだわ。155そしてその(いぬ)何処(どこ)から()たの』
156お千代『これはスマートと()つて、157初稚姫(はつわかひめ)さまの愛犬(あいけん)だと()(こと)よ。158どこともなしに(かしこ)(いぬ)よ』
159お菊『こりやスマートさま、160よう()(くだ)さつたねえ。161(なに)さうお(まへ)(さわ)ぐの、162(ちつ)(しづか)にしなさらぬか』
163(あたま)()でる。164スマートは益々(ますます)落付(おちつ)かぬ風情(ふぜい)をする。
165千代(ちよ)『どうも不思議(ふしぎ)だわ、166大方(おほかた)(かあ)さまの()(うへ)(なに)(かは)つた(こと)出来(でき)たのぢやあるまいか。167(にはか)胸騒(むなさわ)ぎがして()ましたわよ』
168(きく)『あの化物(ばけもの)()169(かあ)さまを()ひに()きよつたのか()れませぬ。170それでスマートが、171こんなに(さわ)ぐのでせう、172千代(ちよ)さま、173(その)(つな)(ほど)いておやり』
174 お千代(ちよ)は、
175お千代『さうねえ』
176()ひながら(まつ)(かぶ)(つな)いだ(つな)()いた。177スマートは一目散(いちもくさん)に、178(ほそ)くなつて(たに)()姿(すがた)(かく)した。
179千代(ちよ)(なん)とまア(はや)(いぬ)(こと)180もう姿(すがた)()えなくなつて仕舞(しま)つたわ。181(きく)さま、182(わたし)()(かか)るから一寸(ちよつと)(かへ)つて()ますわ。183(まへ)さまもそこまで()(くだ)さいな』
184お菊『ハイお(とも)(いた)しませう。185()しも化物(ばけもの)(あば)れて()つたら()うしませうかねえ』
186お千代『サア、187(かみ)(さま)をお(ねが)ひして(たす)けて(もら)ふより仕方(しかた)がありませぬわ』
188とこんな(こと)(はな)()ひながら、189覚束(おぼつか)ない足許(あしもと)小柴(こしば)()け、190松姫館(まつひめやかた)をさして(かへ)()く。
191 さて松姫(まつひめ)(ただ)一人(ひとり)()()()つて神殿(しんでん)(むか)ひ、192いろいろと()るべき目下(もくか)方針(はうしん)について神示(しんじ)(うかが)つて()た。193其処(そこ)(うら)(おもて)()一度(いちど)()(やぶ)(はい)つて()たのは(はつ)194(とく)両人(りやうにん)であつた。195松姫(まつひめ)(おどろ)いて、
196松姫『ヤアお(まへ)初公(はつこう)197徳公(とくこう)198血相(けつさう)()へて(なに)しに()たのだ』
199(はつ)『そんな(こと)()ふだけ野暮(やぼ)だ。200吾々(われわれ)杢助(もくすけ)さまの命令(めいれい)によつて、201頑固(ぐわんこ)なお(まへ)をやつつけに()たのだ。202最前(さいぜん)馬鹿(ばか)(こと)をしやがつて(おほ)きに(はばか)りさま。203今度(こんど)杢助(もくすけ)さまから神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)魔法(まはふ)(さづ)かり出直(でなほ)して()たのだから、204ジタバタしても駄目(だめ)だ、205覚悟(かくご)せい』
206両人(りやうにん)(かし)棍棒(こんぼう)をもつて()つてかかる。207松姫(まつひめ)()むを()ず、208其処(そこ)にあつた(つくゑ)()るより(はや)二人(ふたり)()()(ぼう)(みぎ)(ひだり)へうけ(なが)し、209(しばら)防戦(ばうせん)につとめて()た。210そして(こころ)(うち)(いづ)御霊(みたまの)大神(おほかみ)211(みづ)御霊(みたまの)大神(おほかみ)212(まも)らせ(たま)へ、213(すく)はせ(たま)へと(ねん)じつつ、214(いのち)(かぎ)りに二人(ふたり)荒男(あらをとこ)(はげ)しき棒先(ぼうさき)()けて()る。
215 松姫(まつひめ)数十合(すうじふがふ)(たたか)つて()たが、216最早(もはや)体力(たいりよく)()き、217二人(ふたり)(するど)(ぼう)()(ころ)されむとする一刹那(いつせつな)218(ちう)()んで()(きた)りたる猛犬(まうけん)スマートは、219矢庭(やには)初公(はつこう)(あし)(くは)へて()(たふ)した。220(つづ)いて徳公(とくこう)(あし)(また)もや(くは)へて(その)()()(たふ)し、221ウウーウウーと(まなこ)(いか)らし(にら)みつけて()る。222されど霊犬(れいけん)スマートは二人(ふたり)(からだ)(すこ)しも(きず)()はせなかつた。223二人(ふたり)()(あが)這々(はふはふ)(てい)にて杢助(もくすけ)224高姫(たかひめ)酒宴(しゆえん)(せき)へ、225バラバラツと(いのち)辛々(からがら)かけ()んだ。226二人(ふたり)()()姿(すがた)をお千代(ちよ)227(きく)両人(りやうにん)は、228十間(じつけん)(ばか)間隔(かんかく)をおいた地点(ちてん)より()(なが)め、229()()つてワアワアと心地(ここち)よげに嘲笑(あざわら)ひして()る。230妖幻坊(えうげんばう)231高姫(たかひめ)二人(ふたり)様子(やうす)不審(ふしん)(おこ)し、
232妖幻(えうげん)『こりや両人(りやうにん)233(その)(ざま)(なん)だ、234(ちつ)(しつか)りせぬかい』
235(はつ)『イヤもう大変(たいへん)(ござ)います。236(いのち)辛々(からがら)()げて(まゐ)りました』
237妖幻坊の杢助(なに)()たと()ふのだ。238松姫(まつひめ)にとつて(はふ)られたのか。239エー、240(なん)弱味噌(よわみそ)だな』
241『ヘエ松姫(まつひめ)中々(なかなか)豪傑(がうけつ)ですが、242松姫(まつひめ)(どころ)か、243どてらい(やつ)()()て、244イヤもう散々(さんざん)()()つて()ました』
245高姫(たかひめ)『エエ()()はぬ(やつ)だな、246これ(とく)247一体(いつたい)(なに)()たと()ふのだえ』
248 (とく)(ふる)へながら、
249『ハイ、250松姫(まつひめ)(わた)()つて()りました(ところ)へ、251(にはか)小北山(こぎたやま)(おほかみ)()()し、252(われ)()二人(ふたり)(くは)へて(たふ)しました。253それ(ゆゑ)(にはか)(おそ)ろしくて、254(かみ)()(ちぢ)(あが)手足(てあし)(ふる)(をのの)き、255たうとう此処(ここ)まで(いのち)辛々(からがら)()()びました。256何程(なんぼ)出世(しゆつせ)さして(もら)つても、257こんな(こは)(こと)孫子(まごこ)(つた)へてお(ことわ)りです。258出世(しゆつせ)などはもうしたくはありませぬ』
259妖幻(えうげん)(なん)とまア弱虫(よわむし)だな、260(おほかみ)(ぐらゐ)(なに)(おそ)ろしいのだ。261(おほかみ)なんかは友人(いうじん)だ……おつとどつこい、262友人(いうじん)同様(どうやう)だ、263アハハハハハ』
264(はつ)『もし杢助(もくすけ)さま、265貴方(あなた)(おほかみ)(こは)くないのですか』
266妖幻坊の杢助(おほかみ)(こは)くて(この)()(なか)()られるか。267(いま)人間(にんげん)は、268何奴(どいつ)此奴(こいつ)(うつく)しい(かほ)をして人間(にんげん)仮面(かめん)(かぶ)つて()るが(みな)(おほかみ)だ。269ちつと(さが)れば(きつね)270(たぬき)271(へび)272(いたち)273(がま)のやうな代物(しろもの)だ。274貴様(きさま)矢張(やつぱり)()(あし)(みたま)()えて、275たうとう尻尾(しつぽ)()しやがつたな。276(くち)(ほど)にもない代物(しろもの)だ、277アハハハハ』
278高姫(たかひめ)『どうも(くち)ばかりで、279()()(みたま)はないものだ。280これ杢助(もくすけ)さま、281中途半(ちうとはん)にして()(わけ)には(まゐ)りますまい。282(まへ)さまがこれから()つて始末(かた)をつけて(くだ)さい。283()松姫(まつひめ)此処(ここ)()()斎苑(いそ)(やかた)にでも()かうものなら、284(たちま)露顕(ろけん)して(こま)るぢやありませぬか。285(いづ)れは(わか)(こと)ですが、286仕組(しぐみ)をするまでは、287やつぱり三五教(あななひけう)()けて()なくちや、288完全(くわんぜん)目的(もくてき)(たつ)せられないぢやありませぬか。289ウラナイ(けう)再興(さいこう)(くはだ)てるのだから、290(いま)肝腎要(かんじんかなめ)(とき)ですよ』
291妖幻坊の杢助(わし)()けば(なん)でもないのだが、292(しか)(ここ)(ひと)工夫(くふう)をして、293(した)から()松姫(まつひめ)懐柔(くわいじう)し、294樽爼(そんそ)折衝(せつしよう)(あひだ)都合(つがふ)よく談判(だんぱん)()ませる(はう)無難(ぶなん)でよからう。295(その)(かは)りに初公(はつこう)296徳公(とくこう)乱暴(らんばう)(はたら)いた(やつ)だから、297松姫(まつひめ)(まへ)()れて()つて(しり)()きめくり、298三百(さんびやく)(むち)(くは)へてやれば、299それで松姫(まつひめ)安心(あんしん)して此方(こつち)()(こと)()くだらう』
300高姫成程(なるほど)301(やいば)()()らずして(てき)(くだ)すと()()方針(はうしん)302(さすが)杢助(もくすけ)さまだワイ。303(わたし)もそれなら賛成(さんせい)(いた)します』
304(はつ)『アアもしもし杢助(もくすけ)さま、305高姫(たかひめ)さま、306吾々(われわれ)両人(りやうにん)貴方(あなた)()命令(めいれい)荒仕事(あらしごと)()つたのです。307それに(なん)ぞや、308松姫(まつひめ)さまの(まへ)(しり)(まく)つて、309三百(さんびやく)(むち)()たれて(たま)りますか、310なア(とく)311本当(ほんたう)につまらぬぢやないか』
312(とく)『こんな(こと)なら、313()(こと)()くぢやなかつたになア。314杢助(もくすけ)さまは、315さうすりや矢張(やつぱり)悪神(あくがみ)かも()れぬぞ』
316妖幻(えうげん)『もう()うなつた以上(いじやう)は、317貴様(きさま)()両人(りやうにん)318()げようと(おも)つたつて()がすものか。319曲輪(まがわ)魔法(まはふ)によつて其方(そのはう)()両人(りやうにん)()いてあるから()げられるものか、320カナリヤが鳥籠(とりかご)()れられたやうなものだ』
321(はつ)『のう(とく)322(あま)りぢやないか、323(いのち)がけの仕事(しごと)をさされて、324(その)(うへ)(しり)三百(さんびやく)(たた)かれて(たま)るものかなア』
325(とく)『アンアンアン、326えらい(こと)になつて()たわい、327これと()ふのも(あま)(よく)(はう)けたから(ばち)(あた)つたのだ。328アンアンアン、329三五(あななひ)大神(おほかみ)(さま)330えらい取違(とりちが)ひを(いた)しました。331何卒(どうぞ)(ゆる)(くだ)さいませ、332惟神(かむながら)(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)
333(なみだ)ながらに()(あは)す。
334高姫(たかひめ)『ホホホホ、335正直(しやうぢき)(をとこ)だな、336(わざ)芝居(しばゐ)をするのだから、337(まへ)(しり)(たた)くやうに()せて()べたを(たた)くのだから、338(ちつ)とも(いた)(こと)はない。339そして(うま)松姫(まつひめ)得心(とくしん)させ、340無事(ぶじ)事務(じむ)引継(ひきつぎ)をさして(しま)ふのだ。341さうすればお(まへ)立派(りつぱ)なお役人(やくにん)になれるのだからなア』
342『ヤアそれでやつと安心(あんしん)しました。343オイ(はつ)344矢張(やつぱり)高姫(たかひめ)さまや杢助(もくすけ)さまの智慧(ちゑ)(えら)いものだ。345もう安心(あんしん)だ、346(しり)(たた)いて(もら)はうか』
347『ウン、348そんな(しり)(たた)きやうなら、349(ひやく)でも(せん)でも、350ビクとも(いた)さぬ豪傑(がうけつ)だ。351何卒(どうぞ)352高姫(たかひめ)さま、353杢助(もくすけ)(さま)354(しり)千切(ちぎ)れる(とこ)までお(たた)(くだ)さりませ。355(これ)(くらゐ)御用(ごよう)()のお(ちや)(ござ)います』
356妖幻(えうげん)『アハハハハ、357それなら(これ)から(いよいよ)第二(だいに)作戦(さくせん)計画(けいくわく)にかからうかなア』
358高姫(たかひめ)『オホホホホ、359(なん)とまア、360腰抜(こしぬけ)英雄(えいゆう)361有名(いうめい)無実(むじつ)豪傑(がうけつ)だこと』
362両人(りやうにん)『ウエエエエー、363ウエーハハハハハ』
364大正一二・一・二五 旧一一・一二・九 加藤明子録)
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