霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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凡例(はんれい)

インフォメーション
著者:(編者) 巻:霊界物語 第8巻 霊主体従 未の巻 篇:前付 よみ(新仮名遣い):
章:凡例 よみ(新仮名遣い):はんれい 通し章番号:
口述日:1922(大正11)年02月11日(旧01月15日) 口述場所: 筆録者:編者 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年6月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
第七巻までは各巻五十章ずつ編集していたが、本巻以降は特にそういった章数の制限を設けていない。
第六篇「黄泉比良坂」は、瑞月大先生がかつて五六七殿において講演された、古事記の言霊解である。
本館は南アメリカ(高砂洲)における宣伝隊の活動を口述されたものである。蚊々虎(珍山彦)という木花姫命の化身が面白おかしく誠の道を説き諭す様が描かれています。
栗原古城氏の「青い鳥のおしへ」の序文には、神の霊智と慈愛の極地に達した真の哲人は、われわれ俗衆に向かって説法するとき、夢物語のごとく御伽噺のごとく、架空談のように説くが、それが敬虔な心をもって深く考慮する人の心にとっては、この上ない霊性と霊感の源泉なのである、とあります。
霊界物語もまったくこのようなものであると信じます。われわれの工夫と修省によっては凶を変じて吉となし、禍を転じて福とし、地獄の焦燥・苦悩から、天国楽土へ無事に到着することができるのである。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:840 OBC :rm080002
愛善世界社版:前付 9頁 八幡書店版:第2輯 修補版: 校定版:329頁 普及版: 初版: ページ備考:校定版では「あとがき」になっている。
001一、002第七(だいしち)巻(くわん)までは各巻(かくくわん)五十章(ごじつしやう)宛(づつ)として編輯(へんしふ)したものでありましたが、003本巻(ほんくわん)以後(いご)は別(べつ)にその制限(せいげん)を設(まう)けず随意(ずゐい)編輯(へんしふ)することにしました。004なほ参考(さんかう)資料(しれう)として瑞月(ずゐげつ)大先生(だいせんせい)がかつて五六七(みろく)殿(でん)において講演(かうえん)されました古事記(こじき)の言霊解(げんれいかい)を添附(てんぷ)して置(お)きました。
005二、006本巻(ほんくわん)は南(みなみ)亜米利加(アメリカ)(高砂島(たかさごじま))における宣伝隊(せんでんたい)の活動(くわつどう)状況(じやうきやう)を口述(こうじゆつ)されたものでありまして、007蚊々虎(かがとら)(後(のち)に珍山彦(うづやまひこ))といふ木花姫(このはなひめの)命(みこと)の化身(けしん)が面白(おもしろ)可笑(をか)しく、008誠(まこと)の道(みち)を説(と)き諭(さと)す実況(じつきやう)が巧(たく)みに描(ゑが)き出(だ)されてあります。
009三、010要(えう)するに栗原(くりはら)古城(こじやう)氏(し)が「青(あを)い鳥(とり)のをしへ」の序文(じよぶん)に、
011『神(かみ)のやうな霊智(れいち)と、012慈愛(じあい)との極致(きよくち)に達(たつ)した真(しん)の哲人(てつじん)が、013吾々(われわれ)俗衆(ぞくしう)に向(むか)つて説法(せつぱふ)する時(とき)には、014直接(ちよくせつ)吾々(われわれ)に「斯(か)くせよ」「斯(か)くするな」と命令(めいれい)することはありませぬ。015彼(かれ)の為(な)すところは、016月(つき)の照(て)るが如(ごと)く、017花(はな)の笑(わら)ふが如(ごと)く、018ともすれば雷霆(らいてい)の轟(とどろ)くが如(ごと)く、019狂颶(きやうへう)の叫(さけ)ぶが如(ごと)くであります。020彼(かれ)の言(い)ふところは、021取留(とりとめ)も無(な)き一場(いちぢやう)の夢物語(ゆめものがたり)の如(ごと)く、022或(あるひ)は少年(せうねん)の喜(よろこ)ぶお伽噺(とぎばなし)の如(ごと)く、023それを受(う)ける人(ひと)の心(こころ)によつては、024全(まつた)く何(なん)の意味(いみ)も成(な)さぬ架空談(かくうだん)としか見(み)えませぬが、025敬虔(けいけん)の心(こころ)を持(ぢ)して深(ふか)く考慮(かうりよ)する人(ひと)の心(こころ)には、026真(しん)にこの上(うへ)も無(な)き霊性(れいせい)の糧(かて)であり、027霊感(れいかん)の源泉(げんせん)なのであります。028彼(かれ)らは好(この)んで高遠(かうゑん)な思想(しさう)を卑近(ひきん)な象徴(しやうちよう)に托(たく)し、029迂路(うろ)を辿(たど)つて吾々(われわれ)の心(こころ)の眼(まなこ)を開(ひら)かせやうとします。030或(あるひ)は又(また)、031彼(かれ)らの思(おも)ひ邪(よこしま)無(な)き心(こころ)から無意識(むいしき)に湧出(ゆうしゆつ)した言葉(ことば)が、032斯(かか)る深甚(しんじん)微妙(びめう)の意味(いみ)を備(そな)へて現(あら)はれます。033孰(いづ)れにせよ、034吾(われ)らは彼(かれ)らの「考(かんが)へよ」と言(い)つた形式(けいしき)に従(したが)つて考(かんが)へねばなりませぬ。035斯(こ)うすれば吾(われ)らの心(こころ)の眼(まなこ)が漸次(ぜんじ)開(ひら)けて往(い)[*底本は「徃」だが「往」の異体字]つて、036彼(かれ)らと自(おのづか)ら霊犀(れいさい)相(あひ)通(つう)じて、037共(とも)に手(て)を握(にぎ)つて楽(たのし)むところまで行(い)けないとも限(かぎ)りませぬ』
038とあります通(とほ)り、039「霊界(れいかい)物語(ものがたり)」も全(まつた)くこのやうなもので、040実(じつ)に言語(げんご)に絶(ぜつ)した無限(むげん)の意味(いみ)があるものと信(しん)じます。041すなはち吾々(われわれ)の工夫(くふう)と修省(しうせい)とによつては、042凶(きよう)を変(へん)じて吉(きち)となし、043禍(わざはひ)を転(てん)じて福(ふく)とし、044地獄(ぢごく)の焦燥(せうさう)苦悩(くなう)より花(はな)笑(わら)ひ鳥(とり)歌(うた)ふ天国(てんごく)楽土(らくど)へ無事(ぶじ)到着(たうちやく)することができるのであります。
045  大正十一年二月十一日 紀元節の夕
046      亀岡 瑞祥閣に於て 編者識
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