第一四章 相生松風〔一六九六〕
インフォメーション
著者:出口王仁三郎
巻:霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻
篇:第3篇 異燭獣虚
よみ(新仮名遣い):いしょくじゅうきょ
章:第14章 相生松風
よみ(新仮名遣い):あいおいまつかぜ
通し章番号:1696
口述日:1924(大正13)年12月17日(旧11月21日)
口述場所:祥雲閣
筆録者:松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:1926(大正15)年6月29日
概要:
舞台:オーラ山の岩窟の牢獄
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備考:
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データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :rm6614
愛善世界社版:191頁
八幡書店版:第11輯 801頁
修補版:
校定版:193頁
普及版:67頁
初版:
ページ備考:
001 サンダー、002スガコの両人は玄真坊の要求を何とか彼とか云つて、003ハツキリと承諾せぬので、004玄真坊も稍自暴自棄気味になり、005モウ此上は食責めに会はして、006往生させ、0061吾意志に従はしめむと厳重な錠前をおろし、007両人を取込めておいた。008二人は相思の間柄とて、009斯かる岩窟に食物も与へられず閉ぢ込められても余り苦しいとは思はず、010恋しき人に会はれたのをば唯一の楽しみとして、011いろいろの話を交換してゐた。
012スガコ『サンダーさま、013貴郎は何うして又斯様な所へ捕はれてお出でになりましたの』
014サンダー『お前の行方が分らなくなつたものだから、015それが心配になり、016一時は憂欝症に陥り、017自分も今度は到底命はないだらうと思つた位苦んだのです。018医者は到底駄目だといふなり、019両親は心配するなり、020能く能く其方とは縁のないものだと諦め乍ら、021どうしても思ひ切れぬ恋の暗に包まれて、022日夜煩悶苦悩をつづけて居りました。023然るにオーラ山の修験者だとか云つて、024白髪異様の老人が吾門前を通り、025いろいろの効能書を並べ立てたものだから、026一時は怪しみもしたが、027何分恋に心を奪はれた弱味で、028神徳に仍つて其方の所在を知らして貰はむと両親の目を忍び、029夜の路をやつて来た所、030玄真坊の使つてゐる手下の小盗人共とみえ、031自分を巧く担いで、032此岩窟に連れて来たのですよ。033併し今日は恋しい其方に会うて、034何とも知れぬ喜びです。035最早此処で私は死んでも満足です』
036と言ひ乍ら涙を袖に拭ふ。
037スガコ『妾のやうな者でも、038ようそこ迄思つて下さいました。039有難う厶います。040貴郎はトルマン国切つての美男子、041両親の許嫁とは云ひ乍ら、042到底妾の如き者を、043まさかの時には相手にしては下さるまいと思ひまして、044平素から諦めて居りました。045それだけ貴郎に篤いお恵があるとは夢にも知らず、046時々貴郎をお怨み申して暮して来ました妾の罪、047どうぞ御赦し下さいませ』
048サンダー『兎も角相思の男女が、049かやうな所で会はうとは、050実に奇縁です。051玄真坊の云つたのには、052両人共自分のいふ事を聞かねば食責にするとの事、053仮令食責に合うても、054恋しい其方に会うた以上は、055互に手を取り、056真の神のまします天国の旅行を神に祈りませう。057最早それより吾々は開くべき道はありませぬからなア』
058スガコ『御尤もで厶います。059三途の川も死出の山も、060天の八衢も、061貴郎と一緒に参りますならば、062何の苦みも厶いませぬ。063どうか一時も早く此世を去りたいもので厶います。064あゝ一人の父上を後に遺し先立ちまする不孝の罪、065どうぞ赦して下さいませ』
066と死ぬ覚悟を決めたスガコはホロリと涙を膝の上に落した。
067サンダー『斯うなれば、068互に覚悟を致しませう。069此世の別れに臨み、070歌でも詠んで潔く死期を待ちませう』
071スガコ『ハイ、072現世の名残に妾も歌を詠まして頂きませう、073先づ貴郎からお聞かせ下さいませ』
074サンダー『天は蒼々として高し
075地は漠々として限なく広し
079うつし世の人と生れ来ぬ
081里庄の家の子となり
082年若くして未だ世情に通ぜず
083艱苦の味はひを知らず
084漸く十八才の春を迎へて
085恋海の浪に漂ひ
086激浪怒濤に呑まれ
087舟将に覆へらむとす
091渦巻く波に翻弄されて
092今は何処の空に彷徨ふか
093探り当てむと朝夕に
094天に訴へ地に哭し
095心は千々にかき乱れて
096身体日に夜に細りゆく
097恋に悩みし心の苦しさ
104空行く雲に心を移し
105或は夕の虫の音に
106汝が面影を浮び出でては
107夜も夜ならず昼も昼ならず
108常夜の暗に迷ふが如し
110味気なき浮世を去つて
112永久の生命を保たむやと
113静に門を立出でて
114野辺の景色を眺むる折しも
116白髪異様の修験者
119神力無双の救世主
120現はれ玉ふと教へしゆ
122若しやと一縷の望みを起し
125漸く登り岩窟に
127心汚き玄真坊が
130言葉を左右に托しつつ
131一日々々と今日迄も
132送り来りし果敢なさよ
134梵天帝釈自在天
135何卒吾等が窮状を
136憐み玉ひて逸早く
137二人の身をば明るみに
140うつし世をあとに見すてて久方の
141天津御国に吾は進まむ。
142大神の御許しうけてわれは今
143スガコと共に天国に行かむ。
144村肝の心の合ひし二人連れ
145うべなひ玉はむ天津御神も。
146醜神の魔手を遁れて天津国
147登り行く身ぞ楽しかるらむ。
148われ行かば嘸醜神は驚きて
149足がきなすらむ岩窟の中に。
150玉の緒の命の糸も刻々に
151切れなむとす神国待たるる』
153スガコ『天津空よりいと高き 154神の御恵父の恩
155海より深き母の恩
157二八の春の今日迄も
160此世の幸を身に受けて
161月より清き御姿の
166楽しき御代を送らむと
167思ひ居たるも水の泡
169身は常暗の巌の中 170悪神共に囚はれて
172醜の司の恋の鞭
173受くる度毎身体も 174吾魂も千万に
175砕くる許りの苦しさよ 176如何なる宿世の罪業が
178仰いで天に叫べ共
179天は答へず地に伏して
182時じく吹けど吾魂は
183父の御側に通路の
187告げさせ玉へと祈れ共 188祈りし甲斐やあら悲し
189朝夕幾つ重ねつつ 190待てど暮せど音沙汰も
191只泣く声は猿のみ 192木魂に響く鳥の声
194一層此世に暇乞ひ
196恋しき汝の御側に
198不思議や恋しき汝の声
199巌の戸口に耳を寄せ 200様子洩れなく聞く折もあれ
203天をば拝し地を拝し 204喜ぶ間もなく岩の戸を
205開いて入り来る玄真坊 206恋しき人の手を取つて
207これの岩窟に投込みつ
212気高き姿目のあたり
216霊の糧は沢々に
217神の御国の御倉に
219与へ給はむ厳の神 220瑞の御霊の大神の
221慈愛に充つる顔容を
224サンダーの君よ背の君よ
225仮令如何なる事あるも 226互に心を結びつけ
227後の命を玉の緒の 228縁の糸にしかと結び
230二人離れぬ常磐木の
231栄え久しき青松葉 232おちて枯れても二人連れ
233常磐の契今よりも 234誓はせ給へ背の御君
237幽界共に活くるなり 238汝をば恋ふる吾心
239之を除きて生命の
241憐み給へ天津神 242愛させ給へ吾背の君
244御神に任せ奉る。
245恋雲の漸くはれて大空に
246輝きわたるみづの月影。
247醜神の醜の館に囚はれて
248心は清き御空に遊ぶ。
249身体は岩窟の中にまかるとも
250霊は広く宇宙に遊ぶ。
251オーラ山曲の砦に忍び入り
252恋しき人に只に会ふ哉。
253背の君と天国に行くは嬉しけれど
254心は残る父の身の上。
255父なくば妾も心痛めまじ
256恋の勝利を得たる身なれば。
257現世はよし添へず共天津国
258神の御前に永久に栄えむ』
259サンダー『天津国昇り得ずして八衢に
260よし彷徨も二人楽しき。
261根の国によしおつる共吾と汝と
262二人なりせば楽しかるらむ。
263八衢の関所を無事に通りぬけ
264恋の花さく神国に至らむ。
265月花に譬ふべらなる吾と汝は
266天八衢の栄えなるらむ』
267スガコ『八衢によし迷ふ共何かあらむ
268恋しき汝を光と思へば。
269常暗の根底の国に落つる共
270月の光の汝としあらば。
271月影を仰ぎみる度思ふ哉
272いつも清けき君の姿を』
273サンダー『春夏の野に咲く花を眺めては
274君の御姿思ひうかべつ。
275山百合の花に微風の当るさま
277世の中のすべての事を打忘れ
278只君のみに心注ぎぬ』
279スガコ『たらちねの親と親との許嫁
281仰ぎ見る高根の花か大空の
283手折られて君が館の床のべに
285 斯く両人は述懐や辞世をよんで、286身の餓ゑ疲れを忘れ、287霊を天国の楽園に馳せ居る折しも、288ガチンと錠前を外して、289悠々と入来りしは二人の男女が蚰蜒の如く嫌つて居た玄真坊であつた。290玄真坊は両人の痩こけた姿を見て、291さも愉快げに打笑み乍ら、
292玄真『アハヽヽヽ、293オイ何うだ両人、294最早覚悟はついたか、295其方等の生命は、296此玄真坊が手の内に握つてゐるのだ。297生命あつての物種、298いつ迄も頑固な事を申さずに、299ウンと靡いたが、300其方の身の得、301命の鍵、302返答を聞かして呉れ』
303 サンダー、304スガコの両人は既に死を決してゐたものの、305まだ何処やらに生の執着心が残つてゐた。306……何とかゴマかして一日でも生命を保ち居らば、307両人が此岩窟を無事に逃出し、308天下晴れて、309此世で添ひ遂げる事が出来るであらう。310何は兎もあれ、311迷ひきつた此売僧、312口の先にてゴマかしやらむ……と期せずして両人の胸に泛んだ。
313サンダー『玄真坊様、314妾も決心を致しました。315おかげに依りまして、316利害得失を悟り得ましたから、317今迄の頑固一点の態度を更め318可成的御意に従ひませう。319どうか空腹に悩んで居りますから、320パンをお与へ下さいませ』
321 玄真坊は此言葉に飛立つ許り打喜び乍ら、322ワザと素知らぬ渋り切つた顔して、
323玄真『ウン、324気が付いたならば、325そち共の幸福だ。326断食といふものは精神が落付いて、327悟りを開く第一の修行の要訣だ。328決して此玄真坊は汝等両人を干し殺さうと思つて食を与へないのではない。329断食の修行をさせて、330誠の真理を悟らしてやりたいといふ、331大慈大悲の心より斯く取計らつたのだ。332どうだ、333吾慈悲心が分つたか』
334サンダー『ハイ確に分りまして厶います。335結構な修行をさして頂きました。336いかにも貴方は天の選みし救世主だと悟らして頂きました』
337玄真『アハヽヽヽ、338さうなくては叶はぬ事、339これこれスガコ、340そちは何うだ。341少し真理が分つたか、342此玄真坊が真心を悟つたか』
343スガコ『ハイ、344悟らして頂きました』
345玄真『何う悟つたのだ』
346スガコ『ハイ、347師の君様の魔心をスツカリ悟らして貰ひました』
348玄真『アハヽヽヽ、349悟りが開けたならば、350此方の申す事は絶対服従するだらうな。351ヨモヤ両人、352違背は致すまいのう』
353サンダー『どうかパンをお与へ下さい。354最早お答へする勇気が出て参りませぬ』
355玄真『成程無理もない。356まてまて拙僧が自ら飲食を調理し、357可愛い其方等に食はしてやらう』
358とニコニコし乍ら、359戸をピシヤリと締め、360再び錠をおろして立去つた。
361(大正一三・一二・一七 旧一一・二一 於祥雲閣 松村真澄録)