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04 穴太の名義

インフォメーション
題名:04 穴太の名義 著者:
ページ:4 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-02-08 12:17:16 OBC :B121808c07
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]神霊界 > 大正10年2月1日号(第134号)【出口王仁三郎執筆】 > 故郷乃二十八年
 王仁(わたし)の郷里なる現今の穴太に(つい)て、その名義の起原(きげん)を記して置かう。大昔は丹波国曽我部(そがべ)(がう)といつたのが(のち)穴穂(あなほ)となり、穴生(あなふ)となり、穴尾(あなを)となり、次に現今の穴太(あなを)と改められたのである。宮成(みやなり)長者の創立した、西国(さいこく)廿一番の札所は即ち穴太に(のこ)つて居つて、今()ほ信仰者は京阪を初め全国に在る。三荘(さんせう)大夫(だいふ)に虐使された槌世丸(つちよまる)安寿姫(あんじゆひめ)(まもり)本尊(ほんぞん)たる一寸八分の黄金仏像は当寺(たうじ)に祭られ、本尊は三尺三寸の(たけ)雲慶(うんけい)の作である。菩提山(ぼだいざん)穴太寺(あなをでら)は即ちこの名刹(めいさつ)で、院主の姓を代々穴穂(あなほ)名告(なの)つて居る。
 今は故人となつた斎藤作兵衛(さくべゑ)(をう)(はなし)によりて、穴太の名義は明瞭に分明した。翁は代々里庄(しやうや)の家に(うま)れ、翁も(また)里庄(しやうや)として村治(そんぢ)(つく)した徳望家である。
 翁の(はなし)によると、上田家の遠祖は、天照大御神天の岩戸に隠れ給ひし時、岩戸の前に善言美辞の太祝詞(ふとのりと)を奏上し、大神の御心(みこころ)(なご)(まつ)りし天児屋根(あめのこやねの)(みこと)藤原氏の氏神である。(くだ)つて大織冠(たいしよくくわん)鎌足(かまたり)公の末裔である。有為転変の世の常として、浮世の荒風に吹き(まく)られ、文明(ぶんめい)年間1469~1487年大和国(やまとのくに)より一家を率ゐて、大神に因縁深き丹波国曽我部(そがべ)(がう)へ落ちて来たのである。
 上田家は藤原と姓を唱へて居つたが、今より八代前の祖先、藤原政右衛門(まさゑもん)(だい)になつて上田と改姓したのである。
 雄略(ゆうりやく)天皇の勅命によつて、豊受姫(とようけひめの)大神(おほかみ)を丹波国丹波(ごほり)丹波(むら)比沼(ひぬ)真奈井(まなゐ)より神風(かみかぜ)の伊勢国山田(やまだ)の村に移し祭り賜ふ神幸(みゆき)の途次、曽我部(がう)宮垣内(みやがいち)聖場(せいじやう)(えら)んで神輿(しんよ)御駐輦(ごちゆうれん)あらせられたのである。祖先が天児屋根命といふ縁故を以て、特に其の邸内に御旅所(おたびしよ)(さだ)められた。一族郎党は恐懼(きようく)して鄭重(ていちよう)なる祭典を挙行し(たてまつ)る際、神霊へ供進(ぐしん)荒稲(あらいね)種子(たね)が、太く老いたる(けやき)()の腐り穴へ散り落ちた。それが不思議にも、其の腐り穴から稲の苗が発生し、日夜に生育して、(つひ)に穂を出し、(うる)はしき瑞穂を結んだ。里庄(しやうや)以て神の大御心(おほみこころ)と仰ぎ(たてまつ)り、一大祈願を為し、神の許しを得て、所在(しよざい)良田(りやうでん)に蒔きつけ、千本(せんぼん)といふ名を付して、四方(しはう)に植ゑ拡め、是より(つひ)穴穂(あなほ)(さと)と謂うたのである。
 当時の祖先は家門の光栄として、此の祥瑞を末世(まつせ)に伝へむが為に、私財を投げ出して、朱欄(しゆらん)青瓦(せいぐわ)の荘厳なる社殿を造営し、皇祖天照大御神、豊受姫大神を奉祀し、神明社(しんめいしや)と奉称し親しく奉仕したのである。その聖跡は現在上田家の屋敷なる宮垣内(みやがいち)である。宮垣内の名称は、神明社建造の時より(おこ)つたのである。同社は文禄(ぶんろく)年間、川原条(かはらでう)に移遷され、今()ほ老樹鬱蒼として昔の面影を(とど)め給ふのである。
 王仁(わたし)が今日治教(ちけう)皇道大本の教主輔として、神君(しんくん)の為に一身を捧ぐるに(いた)つたのも、全く祖先が尊祖(そんそ)敬神の余徳に()ることと深く深く感謝する次第である。

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