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第75巻(寅の巻)
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第81巻(申の巻)
総説
第1篇 伊佐子の島
01 イドム戦
〔2028〕
02 月光山
〔2029〕
03 月見の池
〔2030〕
04 遷座式
〔2031〕
05 心の禊
〔2032〕
06 月見の宴
〔2033〕
第2篇 イドムの嵐
07 月音し
〔2034〕
08 人魚の勝利
〔2035〕
09 維新の叫び
〔2036〕
10 復古運動
〔2037〕
第3篇 木田山城
11 五月闇
〔2038〕
12 木田山颪
〔2039〕
13 思ひの掛川
〔2040〕
14 鷺と烏
〔2041〕
15 厚顔無恥
〔2042〕
第4篇 猛獣思想
16 亀神の救ひ
〔2043〕
17 再生再会
〔2044〕
18 蠑螈の精
〔2045〕
19 悪魔の滅亡
〔2046〕
20 悔悟の花
〔2047〕
余白歌
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第七章
月音
(
つきおと
)
し〔二〇三四〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第81巻 天祥地瑞 申の巻
篇:
第2篇 イドムの嵐
よみ(新仮名遣い):
いどむのあらし
章:
第7章 月音し
よみ(新仮名遣い):
つきおとし
通し章番号:
2034
口述日:
1934(昭和9)年08月05日(旧06月25日)
口述場所:
伊豆別院
筆録者:
林弥生
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1934(昭和9)年12月30日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
エールス王、妃サックス姫、左守チクターの三名はある日、大栄山の絶勝地に月見の宴を張った。ここは奇岩の岩壁の上から、はるかに深く早く流れる水乃川を見下ろす絶景の奇勝である。
エールス王は月明かりに照る紅葉をめでながら、左守チクターの追従の歌にいい機嫌になり、泥酔してろれつも回らないほどに飲んでいた。
実はサックス姫と左守のチクターは深い恋仲になっており、折あらば王を亡き者にして思いを遂げようと画策していたのであった。チクターが目配せすると、サックス姫は全身の力を込めて、エールス王を断崖から突き落としてしまった。
サックス姫とチクターは示し合わせて、エールス王が泥酔して水乃川に落ちたと城内に触れ回り、表面は悲しげな風をして、配下の者たちに王の捜索を命じた。
この騒ぎに軍師エーマンは夜中急ぎ登城し、サックス姫、チクターの様子を見て首をかしげたが、何も言わずに黙っていた。
やがて、水乃川の深淵でエールス王の遺体が発見され、型のごとく葬儀が行われた。以後、サックス姫は女王としてサール国に君臨し、チクターは依然として左守を務めることとなった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
rm8107
愛善世界社版:
八幡書店版:
第14輯 462頁
修補版:
校定版:
149頁
普及版:
初版:
ページ備考:
001
地上
(
ちじやう
)
の
楽土
(
らくど
)
と
聞
(
きこ
)
えたる
002
イドムの
国
(
くに
)
も
秋
(
あき
)
さりて
003
四方
(
よも
)
の
山野
(
やまの
)
は
錦
(
にしき
)
織
(
お
)
り
004
吹
(
ふ
)
き
来
(
く
)
る
風
(
かぜ
)
は
爽
(
さはや
)
かに
005
虫
(
むし
)
の
啼
(
な
)
く
音
(
ね
)
も
清
(
すが
)
しくて
006
天津
(
あまつ
)
御国
(
みくに
)
の
思
(
おも
)
ひあり
007
大栄山
(
おほさかやま
)
の
百樹々
(
ももきぎ
)
は
008
錦
(
にしき
)
の
衣
(
ころも
)
着飾
(
きかざ
)
りて
009
天津
(
あまつ
)
御空
(
みそら
)
に
峙
(
そばだ
)
ちぬ
010
この
麗
(
うるは
)
しき
大栄
(
おほさか
)
の
011
百谷
(
ももだに
)
千溪
(
ちだに
)
の
清流
(
せいりう
)
を
012
集
(
あつ
)
めて
流
(
なが
)
るる
水乃川
(
みなのがは
)
013
川幅
(
かははば
)
広
(
ひろ
)
く
水
(
みづ
)
蒼
(
あを
)
く
014
底
(
そこ
)
ひも
知
(
し
)
らぬ
深淵
(
しんえん
)
の
015
岸辺
(
きしべ
)
に
壁立
(
かべた
)
つ
巌ケ根
(
いはがね
)
は
016
神
(
かみ
)
の
斧
(
をの
)
もてけづりたる
017
如
(
ごと
)
き
奇勝
(
きしよう
)
の
其
(
そ
)
の
上
(
うへ
)
に
018
映
(
は
)
ゆる
紅葉
(
もみぢ
)
の
麗
(
うるは
)
しさ
019
松
(
まつ
)
の
緑
(
みどり
)
をちりばめて
020
小鳥
(
ことり
)
囀
(
さへづ
)
り
虫
(
むし
)
は
啼
(
な
)
き
021
夕
(
ゆふ
)
さり
来
(
く
)
れば
月
(
つき
)
宿
(
やど
)
る
022
イドム
唯一
(
ゆいつ
)
の
絶勝地
(
ぜつしようち
)
023
ここに
遊
(
あそ
)
べる
艶人
(
あでびと
)
は
024
新
(
あら
)
たにイドムの
城主
(
じやうしゆ
)
となりし
025
エールス
王
(
わう
)
を
初
(
はじ
)
めとし
026
サツクス
姫
(
ひめ
)
やチクターの
027
外
(
ほか
)
に
供人
(
ともびと
)
なかりけり
028
淵瀬
(
ふちせ
)
に
写
(
うつ
)
る
月光
(
つきかげ
)
を
029
あかなく
見
(
み
)
つつ
酒
(
さけ
)
酌
(
く
)
み
交
(
かは
)
し
030
歓喜
(
くわんき
)
を
尽
(
つく
)
しゐたりける。
031
エールス
王
(
わう
)
は、
032
ほろ
酔
(
よ
)
ひ
機嫌
(
きげん
)
にて、
033
水面
(
みのも
)
に
写
(
うつ
)
る
月光
(
つきかげ
)
を
眺
(
なが
)
めながら
歌
(
うた
)
ふ。
034
『
宵々
(
よひよひ
)
を
酒
(
さけ
)
酌
(
く
)
み
交
(
かは
)
し
宵
(
よひ
)
の
月
(
つき
)
035
酔
(
よひ
)
をさまして
流
(
なが
)
るる
川水
(
かはみづ
)
036
この
淵
(
ふち
)
に
人魚
(
にんぎよ
)
の
棲
(
す
)
むと
人
(
ひと
)
のいふも
037
うべなり
水底
(
みそこ
)
も
見
(
み
)
えぬ
深淵
(
ふかぶち
)
038
紅
(
くれなゐ
)
に
照
(
て
)
る
紅葉
(
もみぢば
)
も
夕
(
ゆふ
)
されば
039
かげ
黒々
(
くろぐろ
)
と
水
(
みづ
)
にうつろふ
040
月
(
つき
)
かげに
描
(
ゑが
)
ける
巌
(
いはほ
)
のかげ
見
(
み
)
れば
041
淵
(
ふち
)
も
紅葉
(
もみぢ
)
も
一
(
ひと
)
つ
色
(
いろ
)
なり
042
麗
(
うるは
)
しき
天国
(
てんごく
)
浄土
(
じやうど
)
に
住
(
す
)
む
心地
(
ここち
)
043
しつつ
天地
(
てんち
)
の
恵
(
めぐ
)
みによふかな
044
酌
(
く
)
む
酒
(
さけ
)
の
味
(
あぢ
)
も
一入
(
ひとしほ
)
かんばしし
045
月
(
つき
)
の
流
(
なが
)
るる
水面
(
みのも
)
眺
(
なが
)
めて
046
泡立
(
あわだ
)
ちて
流
(
なが
)
るる
水
(
みづ
)
はしろじろと
047
真玉
(
まだま
)
かがよふ
月
(
つき
)
の
光
(
ひか
)
りに
048
小夜
(
さよ
)
更
(
ふ
)
けて
虫
(
むし
)
の
音
(
ね
)
細
(
ほそ
)
くなりつれど
049
館
(
やかた
)
に
帰
(
かへ
)
らむ
心
(
こころ
)
起
(
おこ
)
らず
050
飲
(
の
)
めよ
飲
(
の
)
め
騒
(
さわ
)
げよ
騒
(
さわ
)
げ
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
051
光
(
ひかり
)
と
闇
(
やみ
)
のゆき
交
(
か
)
ふ
世
(
よ
)
なれば
052
月影
(
つきかげ
)
の
水
(
みづ
)
にうつろふ
清
(
すが
)
しさに
053
恋
(
こひ
)
しくなりぬ
水乃
(
みなの
)
の
川
(
かは
)
なり
054
大栄
(
おほさか
)
の
山
(
やま
)
より
落
(
お
)
つる
水乃川
(
みなのがは
)
の
055
汀
(
みぎは
)
に
棲
(
す
)
める
河鹿
(
かじか
)
の
声々
(
こゑごゑ
)
056
星影
(
ほしかげ
)
を
流
(
なが
)
して
澄
(
す
)
める
水乃川
(
みなのがは
)
の
057
真砂
(
まさご
)
は
白
(
しろ
)
し
月
(
つき
)
に
照
(
て
)
らひて』
058
サツクス
姫
(
ひめ
)
は
歌
(
うた
)
ふ。
059
『わが
王
(
きみ
)
の
御供
(
みとも
)
に
仕
(
つか
)
へて
水乃川
(
みなのがは
)
060
流
(
なが
)
るる
夜半
(
よは
)
の
月
(
つき
)
を
見
(
み
)
しかな
061
春
(
はる
)
もよし
夏
(
なつ
)
もよけれど
秋月
(
あきづき
)
の
062
流
(
なが
)
るるさまは
一入
(
ひとしほ
)
さやけし
063
水乃川
(
みなのがは
)
瀬筋
(
せすぢ
)
流
(
なが
)
るる
月影
(
つきかげ
)
は
064
千々
(
ちぢ
)
に
砕
(
くだ
)
けて
面白
(
おもしろ
)
きかな
065
静
(
しづ
)
かなる
月
(
つき
)
にはあれど
瀬
(
せ
)
の
波
(
なみ
)
の
066
谷間
(
たにま
)
に
砕
(
くだ
)
けてうつろふかげかな
067
右
(
みぎ
)
左
(
ひだり
)
波
(
なみ
)
にさゆるる
月光
(
つきかげ
)
は
068
世
(
よ
)
のさまざまのあかしなりけり』
069
チクターは
盃
(
さかづき
)
を
捧
(
ささ
)
げながら
歌
(
うた
)
ふ。
070
『
王
(
きみ
)
に
従
(
したが
)
ひ
壁立
(
かべた
)
つ
巌
(
いは
)
に
071
坐
(
ざ
)
して
月見
(
つきみ
)
の
酒
(
さけ
)
を
酌
(
く
)
む
072
虫
(
むし
)
は
啼
(
な
)
く
啼
(
な
)
く
河鹿
(
かじか
)
はうたふ
073
月
(
つき
)
は
波間
(
なみま
)
に
舞踏
(
ぶたう
)
する
074
山
(
やま
)
は
大栄
(
おほさか
)
人魚
(
にんぎよ
)
は
真珠
(
しんじゆ
)
075
月
(
つき
)
の
流
(
なが
)
るる
水乃川
(
みなのがは
)
076
上
(
うへ
)
と
下
(
した
)
とに
秋月
(
あきづき
)
眺
(
なが
)
め
077
紅葉
(
もみぢ
)
照
(
て
)
る
夜
(
よ
)
に
酒
(
さけ
)
を
酌
(
く
)
む
078
松
(
まつ
)
も
紅葉
(
もみぢ
)
も
影
(
かげ
)
黒々
(
くろぐろ
)
と
079
川
(
かは
)
の
面
(
おもて
)
を
描
(
ゑが
)
いてる
080
松
(
まつ
)
の
梢
(
こずゑ
)
に
月
(
つき
)
澄
(
す
)
み
渡
(
わた
)
り
081
酒
(
さけ
)
に
染
(
そ
)
まりし
顔紅葉
(
かほもみぢ
)
082
月
(
つき
)
は
皎々
(
かうかう
)
御空
(
みそら
)
に
澄
(
す
)
めど
083
恋
(
こひ
)
に
曇
(
くも
)
りしわが
心
(
こころ
)
084
恋
(
こひ
)
の
黒雲
(
くろくも
)
吹
(
ふ
)
き
払
(
はら
)
はむと
085
壁立
(
かべた
)
つ
巌根
(
いはね
)
に
月見酒
(
つきみざけ
)
086
吹
(
ふ
)
けよ
川風
(
かはかぜ
)
うたへよ
河鹿
(
かじか
)
087
月
(
つき
)
に
酒
(
さけ
)
酌
(
く
)
む
男
(
をとこ
)
あり
088
王
(
きみ
)
は
勇
(
いさ
)
まし
高山
(
たかやま
)
越
(
こ
)
えて
089
イドムの
主
(
あるじ
)
と
住
(
す
)
み
給
(
たま
)
ふ
090
澄
(
す
)
める
月光
(
つきかげ
)
流
(
なが
)
るる
川
(
かは
)
の
091
岸
(
きし
)
に
酒
(
さけ
)
酌
(
く
)
みや
虫
(
むし
)
が
啼
(
な
)
く』
092
エールス
王
(
わう
)
は
機嫌
(
きげん
)
斜
(
ななめ
)
ならず、
093
チクターの
歌
(
うた
)
に
釣
(
つ
)
り
出
(
だ
)
され、
094
酒
(
さけ
)
に
足
(
あし
)
をとられ、
095
よろよろしながら
常磐樹
(
ときはぎ
)
の
松
(
まつ
)
に
片手
(
かたて
)
を
掛
(
か
)
け、
096
ロレツも
廻
(
まは
)
らぬ
舌
(
した
)
もて
歌
(
うた
)
ふ。
097
『
心地
(
ここち
)
よきかなイドムの
城
(
しろ
)
は
098
花
(
はな
)
と
紅葉
(
もみぢ
)
のすみどころ
099
花
(
はな
)
は
千
(
せん
)
咲
(
さ
)
く
成
(
な
)
る
実
(
み
)
は
一
(
ひと
)
つ
100
心
(
こころ
)
もむなよわが
妻
(
つま
)
よ
101
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
た
酔
(
よ
)
た
一升
(
いつしよう
)
の
酒
(
さけ
)
に
102
川
(
かは
)
の
流
(
なが
)
れも
目
(
め
)
に
入
(
い
)
らぬ
103
月
(
つき
)
は
照
(
て
)
れどもわれより
見
(
み
)
れば
104
辺
(
あた
)
り
真暗
(
まつくら
)
真
(
しん
)
の
闇
(
やみ
)
105
西
(
にし
)
も
東
(
ひがし
)
も
分
(
わか
)
らぬまでに
106
酔
(
よ
)
ふて
苦
(
くる
)
しき
月見酒
(
つきみざけ
)
107
月
(
つき
)
の
露
(
つゆ
)
ほど
美味酒
(
うまざけ
)
飲
(
の
)
んで
108
酔
(
よ
)
ふて
苦
(
くる
)
しむ
川
(
かは
)
の
側
(
そば
)
109
小夜
(
さよ
)
更
(
ふ
)
けて
虫
(
むし
)
の
啼
(
な
)
く
音
(
ね
)
も
細々
(
ほそぼそ
)
と
110
早
(
はや
)
く
館
(
やかた
)
へ
帰
(
かへ
)
りたい』
111
サツクス
姫
(
ひめ
)
は
歌
(
うた
)
ふ。
112
『
王
(
きみ
)
の
言葉
(
ことば
)
は
聞
(
きこ
)
えませぬよ
113
此処
(
ここ
)
もあなたの
治
(
し
)
らす
国
(
くに
)
114
館
(
やかた
)
ばかりが
家
(
いへ
)
ではないに
115
館
(
やかた
)
こがるる
王
(
きみ
)
をかし
116
川
(
かは
)
の
瀬音
(
せおと
)
に
耳
(
みみ
)
すませつつ
117
明日
(
あす
)
の
朝
(
あさ
)
まで
待
(
ま
)
ちませう』
118
チクターは
歌
(
うた
)
ふ。
119
『
前
(
まへ
)
も
後
(
うしろ
)
も
分
(
わか
)
らぬまでに
120
王
(
きみ
)
は
酔
(
よ
)
はすか
面白
(
おもしろ
)
や
121
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
よ
日頃
(
ひごろ
)
の
謀計
(
たくみ
)
今
(
いま
)
此
(
こ
)
の
場所
(
ばしよ
)
で
122
やつて
見
(
み
)
なされ
恋
(
こひ
)
の
為
(
ため
)
123
悪
(
わる
)
い
事
(
こと
)
とは
知
(
し
)
つては
居
(
を
)
れど
124
恋
(
こひ
)
の
為
(
ため
)
には
是非
(
ぜひ
)
もない』
125
エールス
王
(
わう
)
は、
126
妻
(
つま
)
のサツクス
姫
(
ひめ
)
と
左守
(
さもり
)
のチクターとが
深
(
ふか
)
き
恋仲
(
こひなか
)
となつてゐる
事
(
こと
)
は
夢
(
ゆめ
)
にも
知
(
し
)
らず、
127
両人
(
りやうにん
)
におびき
出
(
だ
)
され、
128
無性
(
むしやう
)
矢鱈
(
やたら
)
に
酒
(
さけ
)
を
飲
(
の
)
み、
129
前後
(
ぜんご
)
も
分
(
わか
)
らずなれるを
見澄
(
みす
)
まし、
130
チクターはサツクスに
目配
(
めくば
)
せするや、
131
恋
(
こひ
)
の
悪魔
(
あくま
)
にとらはれしサツクス
姫
(
ひめ
)
は、
132
時
(
とき
)
こそ
到
(
いた
)
れりと、
133
エールス
王
(
わう
)
の
背後
(
はいご
)
に
立
(
た
)
ち
廻
(
まは
)
り、
134
全身
(
ぜんしん
)
の
力
(
ちから
)
を
籠
(
こ
)
めてウンとばかり
突
(
つ
)
き
落
(
おと
)
せば、
135
何条
(
なんでう
)
以
(
もつ
)
て
堪
(
たま
)
るべき、
136
エールス
王
(
わう
)
は
壁立
(
かべた
)
つ
崖
(
がけ
)
よりザンブとばかり
突
(
つ
)
き
落
(
おと
)
され、
137
水泡
(
みなわ
)
となりて
消
(
き
)
えにけり。
138
サツクス
姫
(
ひめ
)
は、
139
いやらしき
笑
(
ゑみ
)
を
浮
(
うか
)
べ、
140
水面
(
みのも
)
を
眺
(
なが
)
めながら、
141
『
天地
(
あめつち
)
も
一度
(
いちど
)
にひらくる
心地
(
ここち
)
かな
142
わが
仇雲
(
あだくも
)
は
水泡
(
みなわ
)
となれり
143
わが
王
(
きみ
)
と
敬
(
うやま
)
ひ
仕
(
つか
)
へまつりたる
144
人
(
ひと
)
は
水泡
(
みなわ
)
となりにけらしな
145
大空
(
おほぞら
)
に
輝
(
かがや
)
き
給
(
たま
)
ふ
月影
(
つきかげ
)
を
146
仰
(
あふ
)
げば
何
(
なに
)
か
恐
(
おそ
)
ろしきわれ
147
さりながら
月
(
つき
)
は
語
(
かた
)
らじ
川水
(
かはみづ
)
は
148
今宵
(
こよひ
)
のさまを
伝
(
つた
)
へざるべし
149
虫
(
むし
)
の
音
(
ね
)
も
河鹿
(
かじか
)
の
声
(
こゑ
)
も
何
(
なん
)
となく
150
われは
寂
(
さび
)
しくなりにけるかも
151
さりながらチクターの
君
(
きみ
)
と
今日
(
けふ
)
よりは
152
親
(
した
)
しく
住
(
す
)
まむと
思
(
おも
)
へば
楽
(
たの
)
し』
153
チクターは
歌
(
うた
)
ふ。
154
『
恐
(
おそ
)
ろしき
姫
(
ひめ
)
にますかも
背
(
せ
)
の
君
(
きみ
)
を
155
川
(
かは
)
に
落
(
おと
)
して
微笑
(
ほほゑ
)
ますとは
156
われも
亦
(
また
)
第二
(
だいに
)
のエールス
王
(
わう
)
なるかと
157
思
(
おも
)
へばにはかに
恐
(
おそ
)
ろしくなりぬ
158
如何
(
いか
)
にせむかくなる
上
(
うへ
)
はわが
王
(
きみ
)
の
159
行方
(
ゆくへ
)
知
(
し
)
れずと
世
(
よ
)
に
知
(
し
)
らすべきか
160
病気
(
いたづき
)
に
打
(
う
)
ち
伏
(
ふ
)
し
給
(
たま
)
ふと
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
に
161
しばしのうちを
伝
(
つた
)
へ
置
(
お
)
かむか』
162
サツクス
姫
(
ひめ
)
は
歌
(
うた
)
ふ。
163
『
心
(
こころ
)
弱
(
よわ
)
き
事
(
こと
)
を
宣
(
の
)
らすなわが
王
(
きみ
)
を
164
水泡
(
みなわ
)
とせしは
汝
(
なんぢ
)
ならずや
165
直々
(
ぢきぢき
)
に
手
(
て
)
は
下
(
くだ
)
さねど
汝
(
な
)
が
心
(
こころ
)
166
わが
手
(
て
)
をかりて
殺
(
ころ
)
したるなり
167
天地
(
あめつち
)
の
神
(
かみ
)
の
御前
(
みまへ
)
に
恐
(
おそ
)
ろしと
168
思
(
おも
)
ふ
心
(
こころ
)
を
打
(
う
)
ち
消
(
け
)
し
給
(
たま
)
へ』
169
チクターは
歌
(
うた
)
ふ。
170
『わが
王
(
きみ
)
は
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
はせて
水乃川
(
みなのがは
)
の
171
淵
(
ふち
)
に
落
(
お
)
ちしと
世
(
よ
)
に
知
(
し
)
らすべし
172
かくすれば
吾
(
われ
)
等
(
ら
)
に
疑
(
うたが
)
ひかかるまじ
173
隠
(
かく
)
すは
却
(
かへ
)
りて
露
(
あら
)
はるるもとよ
174
いざさらば
急
(
いそ
)
ぎ
帰
(
かへ
)
りて
城内
(
じやうない
)
に
175
王
(
きみ
)
の
溺死
(
できし
)
を
報告
(
ほうこく
)
為
(
な
)
さむ』
176
サツクス
姫
(
ひめ
)
は
歌
(
うた
)
ふ。
177
『われわれの
謀計
(
たくみ
)
全
(
まつた
)
く
図
(
づ
)
に
当
(
あた
)
り
178
憐
(
あは
)
れエールス
水屑
(
みくづ
)
となりぬ
179
いざさらば
急
(
いそ
)
ぎ
帰
(
かへ
)
らむイドム
城
(
じやう
)
へ
180
長居
(
ながゐ
)
は
恐
(
おそ
)
れよ
人目
(
ひとめ
)
なくとも』
181
かくて
両人
(
りやうにん
)
は、
182
何
(
なに
)
喰
(
く
)
はぬ
顔
(
かほ
)
にてイドム
城
(
じやう
)
に
帰
(
かへ
)
り、
183
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
ひつぶれたる
風
(
ふう
)
を
装
(
よそほ
)
ひ、
184
群臣
(
ぐんしん
)
を
一間
(
ひとま
)
に
集
(
あつ
)
めて、
185
エールス
王
(
わう
)
の
訃音
(
ふいん
)
を
伝
(
つた
)
へむと
歌
(
うた
)
ふ。
186
サツクス
姫
(
ひめ
)
。
187
『
水乃川
(
みなのがは
)
流
(
なが
)
るる
月
(
つき
)
を
見
(
み
)
ながらに
188
わが
背
(
せ
)
の
君
(
きみ
)
と
酒
(
さけ
)
を
酌
(
く
)
みつつ
189
背
(
せ
)
の
君
(
きみ
)
は
月見
(
つきみ
)
の
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
ひつぶれ
190
よろめき
淵瀬
(
ふちせ
)
におちさせ
給
(
たま
)
へり
191
チクターは
素裸体
(
すつぱだか
)
となり
深淵
(
ふかぶち
)
に
192
飛
(
と
)
び
入
(
い
)
り
探
(
さが
)
せど
御
(
おん
)
影
(
かげ
)
見
(
み
)
えず
193
暇
(
ひま
)
どらばことぎれやせむと
吾
(
われ
)
も
亦
(
また
)
194
水中
(
みなか
)
に
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
み
王
(
きみ
)
をさがせり
195
大空
(
おほぞら
)
に
月
(
つき
)
は
照
(
て
)
れども
夜
(
よる
)
なれや
196
王
(
きみ
)
の
御
(
おん
)
影
(
かげ
)
見
(
み
)
るよしもなし
197
汝
(
なれ
)
等
(
たち
)
に
知
(
し
)
らす
間
(
あひだ
)
にことぎれむと
198
二人
(
ふたり
)
は
生命
(
いのち
)
からがら
探
(
たづ
)
ねし
199
わが
王
(
きみ
)
の
身
(
み
)
を
果敢
(
はか
)
なみて
涙
(
なみだ
)
ながら
200
急
(
いそ
)
ぎ
館
(
やかた
)
にわれ
帰
(
かへ
)
り
来
(
こ
)
し
201
汝
(
なれ
)
等
(
たち
)
は
水乃
(
みなの
)
の
川
(
かは
)
に
立
(
た
)
ち
入
(
い
)
りて
202
水底
(
みそこ
)
を
潜
(
くぐ
)
り
探
(
たづ
)
ね
来
(
きた
)
れよ
203
平和
(
へいわ
)
なるイドムの
城
(
しろ
)
も
黒雲
(
くろくも
)
に
204
包
(
つつ
)
まれし
如
(
ごと
)
われは
悲
(
かな
)
しき』
205
チクターは
歌
(
うた
)
ふ。
206
『
姫君
(
ひめぎみ
)
の
仰
(
おほ
)
せの
如
(
ごと
)
く
川
(
かは
)
の
瀬
(
せ
)
を
207
潜
(
くぐ
)
り
探
(
さが
)
せど
御
(
おん
)
影
(
かげ
)
なかりき
208
生命
(
いのち
)
にもかへて
尊
(
たふと
)
き
吾
(
わが
)
王
(
きみ
)
の
209
あはれ
行方
(
ゆくへ
)
は
見
(
み
)
えずなりけり
210
如何
(
いか
)
にしてサツクス
姫
(
ひめ
)
の
御心
(
みこころ
)
を
211
慰
(
なぐさ
)
めむかと
心
(
こころ
)
砕
(
くだ
)
きぬ
212
姫君
(
ひめぎみ
)
の
歎
(
なげ
)
き
思
(
おも
)
へばわれも
亦
(
また
)
213
生命
(
いのち
)
いらなく
思
(
おも
)
ひけらしな
214
司
(
つかさ
)
等
(
ら
)
は
数多
(
あまた
)
の
人
(
ひと
)
を
水乃川
(
みなのがは
)
の
215
上津瀬
(
かみつせ
)
下津瀬
(
しもつせ
)
に
配
(
くば
)
り
探
(
さが
)
させよ』
216
夜中
(
やちう
)
の
事
(
こと
)
ながら、
217
軍師
(
ぐんし
)
のエーマンは
急
(
いそ
)
ぎ
登城
(
とじやう
)
し、
218
二人
(
ふたり
)
の
様子
(
やうす
)
を
見
(
み
)
て
頭
(
かうべ
)
を
傾
(
かたむ
)
け、
219
無言
(
むごん
)
のまま
黙
(
もだ
)
し
居
(
ゐ
)
たりける。
220
諸々
(
もろもろ
)
の
司
(
つかさ
)
等
(
たち
)
はエールス
王
(
わう
)
の
死体
(
したい
)
を
求
(
もと
)
めむと、
221
鉦
(
かね
)
や
太鼓
(
たいこ
)
を
打鳴
(
うちな
)
らし、
222
群集
(
ぐんしふ
)
を
集
(
あつ
)
め
水中
(
すいちう
)
隈
(
くま
)
なく
捜索
(
そうさく
)
の
結果
(
けつくわ
)
、
223
壁立
(
かべた
)
つ
巌根
(
いはね
)
の
深淵
(
ふかぶち
)
に、
224
王
(
わう
)
の
死体
(
したい
)
を
発見
(
はつけん
)
し、
225
型
(
かた
)
の
如
(
ごと
)
く
盛大
(
せいだい
)
なる
土葬式
(
どさうしき
)
を
行
(
おこな
)
ひける。
226
これより、
227
サツクス
姫
(
ひめ
)
は
女王
(
ぢよわう
)
として
君臨
(
くんりん
)
し、
228
チクターは
依然
(
いぜん
)
として
左守
(
さもり
)
を
勤
(
つと
)
め、
229
両人
(
りやうにん
)
が
心
(
こころ
)
の
秘密
(
ひみつ
)
は
一人
(
ひとり
)
として
知
(
し
)
るもの
無
(
な
)
かりける。
230
(
昭和九・八・五
旧六・二五
於伊豆別院
林弥生
謹録)
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