第一四章 空谷の足音〔六二五〕
インフォメーション
著者:出口王仁三郎
巻:霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻
篇:第3篇 鬼ケ城山
よみ(新仮名遣い):おにがじょうざん
章:第14章 空谷の足音
よみ(新仮名遣い):くうこくのそくいん
通し章番号:625
口述日:1922(大正11)年04月23日(旧03月27日)
口述場所:
筆録者:東尾吉雄
校正日:
校正場所:
初版発行日:1923(大正12)年1月10日
概要:
舞台:
あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:一方、青彦、夏彦、常彦は悦子姫らの後を追って、鬼ケ城に進んできた。しかし烈風に吹き煽られて、深い谷間に転落し、足腰を痛めて苦しんでいた。そこへ、宣伝歌の声が近づいて来る。
三人は滑稽なやり取りをひとしきり行い、四つ這いになって険しい崖を上った。そこでは、悦子姫一行が、各々雑談に耽っていた。
加米彦は、途中で姿が見えなくなった青彦の噂をし、丹波村のお節のところに行ったのではないか、と勘ぐっている。
そこへ木の中から青彦が登場して、一行は合流する。青彦は、ウラナイ教から夏彦、常彦を引き抜いた顛末を一同に話す。一行はここで夜を明かしてから鬼ケ城に進むこととして、野宿した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]:
備考:
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データ凡例:
データ最終更新日:2021-02-28 18:39:24
OBC :rm1714
愛善世界社版:212頁
八幡書店版:第3輯 602頁
修補版:
校定版:219頁
普及版:95頁
初版:
ページ備考:
001頃しも二月十五日
003山の端出づる月影に 004三五教の宣伝使
005色青彦の神司は
007鬼ケ城山に立て籠る 008八岐大蛇の分霊
010言向け和し皇神の
012比沼の真名井を後にして
013谷間の雪をみたけ山 014川を飛び越え山の尾わたり
016音彦、加米彦三人が
018見渡す限り山と山
019日は黄昏に近づきて
021熊鷹、鳶、百鳥の 022各すみかへ帰り行く
024吹き来る烈風に身を煽られて
025青彦、夏彦、常彦は 026深き谿間に転落し
028苦しみ悶ゆる折からに
029遠音に聞ゆる宣伝歌 030木霊にひびきて三人が
031鼓膜をかすめ送り来る。
032青彦『アヽ大変な事であつたワイ。033レコード破りの烈風に吹き散らされ、034千仭の谷間に陥落し少々腰を打ち、035暫くは目を眩して居たが、036宣伝歌の声が耳に微にひびき、037これでどうやら此方のものらしい気分がして来た。038夏彦、039常彦、040お前はどうだ。041何処も怪我は無かつたか』
042夏彦『其処ら一面真暗がりになつて、043大蛇の奴、044大空から大きな舌を出し、045中天にぶら下つた時の恐ろしさ、046それから後はどう成つたか、047一向覚えて居りませぬが、048どうやら足を挫いたらしい。049踵がキクキクと痛み出した。050一体此処は何処でせうな』
051青彦『此処は矢張三嶽山の谷底ぢや。052オイ常彦、053お前はどうぢや』
054常彦『いや何うも斯うも有りませぬ哩、055痛いと云つても、056苦しいと云つても、057コンナ非道い目にあふのなら、058矢張黒姫の御用をきくのだつたに、059丹波村で別れた時、060黒姫の奴大きな目をむきよつて、061嫌らしい笑ひ顔をして行きよつたが、062その笑ひには確かに貴様等俺に叛くと、063谷底へ落ちてエライ目に会ふぞよといふ、064言はず語りの色が見えて居つた、065アーアー膝節が抜けた様だ。066ウラナイ教の大神様、067誠に心得違ひを致しました。068どうぞお赦し下さいませ』
069青彦『アハヽヽヽ、070よう精神の動揺する奴ぢやなア、071貴様の信仰は、072砂上の楼閣、073風前の灯火同様だ』
074夏彦『こいつは風前の灯火では無うて風後の変心ですよ。075アハヽヽヽ。076モシモシ青彦さま、077三五教の宣伝歌が益々近寄つて来るぢやありませぬか。078此方から一つ大きな声を出して合図をしたらどうでせう』
079青彦『あれは確かに悦子姫さまの御一行らしい。080コンナ谷底へ吹き飛ばされ、081名自に怪我をしてみつともない。082自分の怪我は自分が処置せなくては成るまい。083卑怯未練にも人の救ひを求めるとは、084男子の恥づ可き処だ。085それよりも此方から声を尋ねて出かけたらどうだ』
086常彦『出かけると云つた処で、087膝が脱けて了ひ、088コンパスの使用不可能と成つて居るのにどうして歩けませうか』
089夏彦『馬鹿云ふな、090俺だつて足は痛い、091青彦さまだつて腰の骨を挫いて御座るのだ。092コンナ処で弱音を吹いて耐るものかい。093何事も精神で勝つのだ。094七尺の男子が、095身体の一箇所や二箇所怪我したと云つて、096屁古垂れるといふ事が有るものか。097蛙や蜥蜴を見い、098身体の半分位切られても、099平気でピヨコピヨコ飛ンで居るではないか。100兎角人間は精神が第一ぢや、101サアサア行かう』
102常彦『ソンナ事云つたつて、103動かぬぢやないか』
104夏彦『俺の様な腰の曲つた中年寄が、105足を怪我してもこれ丈けの元気だ。106それに何だ。107若い屈強盛りの身を以て、108モウ動かぬの動けぬのと、109弱い事を言ふない』
110常彦『ハヽヽヽ、111俺は天下無双の豪傑だ、112信仰心は磐石の如く、113チツトも動かぬ。114誠生粋の日本魂だ。115如何なる難局にブツカツても動揺しないと云ふ代物だからな』
116夏彦『ヘン、117口許り黒姫仕込みだけあつて、118仰有います哩。119貴様の信仰はガタガタ震ひの動揺震ひだが、120動かぬのは親譲りの交通機関許りだらう。121グズグズ吐すと邪魔臭いから、122谷底にホツトイてやるぞ。123サアサア青彦さま、124此奴は矢張黒姫党だ。125見捨てて参りませうか』
126青彦『常彦さまの足の起つやうに、127鎮魂を願ひませうか』
128夏彦『イヤもう結構、129コンナ奴に鎮魂して、130足でも起つたが最後、131又もや黒姫の処へ信仰逆転旅行と早変り、132膺懲の為めに、133御筆先通り、134改心致さぬと谷底へ落すぞよ。135落して行きませう』
136常彦『アハヽヽヽ、137嘘だ嘘だ、138ドツコも鵜の毛で突いた程も怪我は無いのだよ。139完全無欠ネツトプライスの完全体だ。140大きに色々と御心配をかけました。141サアサア参りませう、142お二人のお方、143私の後に跟いてうせやがれ』
144夏彦『ヤイ常彦、145俺に何程汚い言葉を使うても、146友達の仲だから構はないが、147ソンナ事を言うと、148青彦さまに御無礼ぢやぞ。149速かに宣り直さぬかい』
150常彦『初めのは青彦さまに対して御叮嚀に申上げたのだ。151跟いてうせやがれと言うたのは御註文通り貴様に言つたのだ。152アハヽヽヽ』
153夏彦『俺もお蔭で蚤が喰た程も怪我は無い。154大きに御心配をかけました』
155青彦『アヽ私も大丈夫だ。156サアサア行かう』
157常彦『モシモシ青彦さま、158貴方最前、159腰が抜けたと仰有つたぢや有りませぬか。160あれは嘘でしたか。161宣伝使たるものが、162仮りにも嘘を吐いて良いのですか』
163青彦『腰が抜けかけたと言うたのは、164常彦さまの信仰の腰が抜けさうだと言つたのだよ。165まかり違へばまたもやウラナイ教に逆転する処でしたね』
166常彦『三五教に入信つてから、167三嶽山の吹き放しを歩いて居つた時、168大変な大風、169脚下はヨロヨロ、170両方は千仭の谷間、171これやテツキリ三五教ぢやない、172アブナイ教ぢやと思つて、173怖々歩いて居ると、174忽ち一陣の烈風に吹き捲られ、175空中を幾回となく逆転して遂にこの谷底へ無事着陸、176これ丈け逆転の修行をすれば、177モウ此上は逆転も懲り懲りです。178御安心して下さいませ』
179夏彦『常彦の安心して呉れも可い加減なものだ。180常平常から心の定らぬ奴で、181狐の様に嘘許り言ふから、182同僚間から、183彼奴は狐彦だと言つて居るのを知らぬのか』
184常彦『狐彦でも狸彦でも、185お構ひ御無用、186サアサア狐彦は山中は勝手をよく知つて居ります。187狐の後から馬が来るのだよ』
189 三人は月夜を幸ひ、190四ツ這ひに成つて嶮しき山腹を駆け登る。191こちらには悦子姫の一行、192皎々たる満月を眺め、193山上の岩に各腰打ち掛け、194雑談に耽り居る。
195音彦『今日の暴風といつたら何うだらう、196真黒けの雲の中より、197大蛇の奴、198乙な芸当を演じやがる。199風は吹いて吹いて吹き捲くる。200イヤもう落花狼藉、201修羅道の旅行のやうだつたね。202加米彦が二百十日だなぞと、203大風呂敷を拡げるものだから、204アンナ事が突発したのでせう。205何事も言霊の幸ふ世の中、206言霊は慎まねばなりませぬなア』
207悦子姫『さうですとも、208言霊の天照る国、209言霊の助くる国、210言霊の生る国ですもの』
211加米彦『ヤア悦子姫さま有難う。212只今限り、213悪の言霊に停電を命じます。214どうぞ今日のところ見直して下さいませ。215それについても青彦はどうして居るのだらう。216三嶽山の登り口まで跟いて来よつたが、217林の中へ小便にでも行くやうな顔をして、218それきり姿を見せぬぢやありませぬか。219大方丹波村のお節さまの処へでも往つたのぢや有るまいかなア。220青彦は此の間、221真名井ケ原の珍の宝座の前で、222お節の顔を穴のあく程眺めて居た。223さうしてお節さまは良い女だ、224良い女だと、225口癖のやうに執着心を発揮して居たから、226大方今頃は、227お節の膝を枕に、228夜中の夢でも見て居るのでせう』
229音彦『ナニ、230ソンナ事が有るものか。231深山の事だから、232吾々一行の姿を見失ひ、233迷うて居るのかも知れない。234都合に依れば、235吾々よりも先に行つて居るかも分らない。236さう断定的判断を下すものぢやないよ』
237加米彦『貧乏人の材木屋だ。238ワルぎを廻すのだ。239アハヽヽヽ。240青彦の青瓢箪彦、241実際何をして居るのだ。242何だか知らぬが、243俺は胸騒ぎがして、244猿の小便ぢや無いが、245きにかかつて仕方がない』
246 青彦、247木の茂みより、
248青彦『加米彦さま、249ご心配有難う』
250加米彦『ヤア、251何ぢや、252姿も無いのに声許り聞えてゐるぞ。253ハヽア判つた、254途中に於て鬼熊別の部下の奴等に、255岩窟へ投り込まれ、256散々にさいなまれて生命を奪られ、257幽霊に成つて化けて来よつたのだ。258杜鵑ぢやないが、259声は聞けども姿は見えずぢや、260エーイ、261ケツタイの悪い夜だ。262音彦さま、263確りせぬと青彦が青い青い顔をして、264ヒユードロドロとやつて来ますぜ』
265音彦『加米彦、266お前は随分元気な男ぢやが、267死んだ者が何故そのやうに怖いのか。268怖いものは此の世の中に人間許りだ。269人間位怖い者は無いぞ。270仮令幽霊が出たつて、271人間の死んだのぢや無いか。272マア気を落ち着けたらどうだ、273何をビクビク震うて居るのだ』
274 木の中より夏彦の声、
275夏彦『夏、276夏、277夏、278夏彦の幽霊ぢや。279青彦は青い火を灯して、280谷の底で幽霊に化つて居るわいのう。281加米さまが恋しいから、282今お目にかかる。283夏彦一足先へ行つて偵察をして来いと仰有つた。284ヒユードロドロ ドロドロ』
285と腰の屈みた夏彦は加米彦の前に髪をサンバラにし、286妙な手真似をして現れた。287加米彦は、
289と一声腰を抜かし、
290加米彦『ヤイヤイ、291貴様は幽霊の乾児か。292アヽもう仕方が無い。293青彦に能う言うて呉れ、294お目にかかつたも同然ぢや。295御親切は有難いが、296今では無事に暮して居る。297黄泉へ行つたらもう仕方が無い。298俺に執着心を起さずに、299トツトと神界へ行けと伝言をして呉れ、300何だ、301お前の腰はよう曲つて居るぢやないか、302幽霊のお爺さまだらう、303サアサア、304トツトと去ンだり去ンだり』
307加米彦『エーエー、308イヤらしい声を出して、309コンナ山の上で、310おいて下さいな』
311 青彦この場にヌツと現はれ、
312青彦『アハヽヽヽ、313これはこれは悦子姫様、314お待たせ致しました。315ヤア音彦さま、316加米彦さま、317済まなかつた。318見なれぬ御女中や沢山のお伴が居られますが、319何れの方ですか。320これはこれは初めてお目に懸ります。321どうか御昵懇に願ひます』
322加米彦『アハヽヽ、323オイ青彦、324貴様谷底へ風に吹き飛ばされて、325蟄居して居よつたのだな、326お節は何と言つた。327加米さまに宜しう、328どうぞ一時も早く鬼ケ城の魔神を言向け和し、329優しい加米さまのお顔を拝まして下さいと、330伝言をして居つただらう』
331音彦『オイ加米彦、332何うだ、333俄に元気づいたぢやないか』
334加米彦『あまり退屈なから、335一つ臆病者の演劇をして、336悦子姫さまなり、337紫姫さまのお慰みに供したのだ。338アハヽヽヽ』
339 一同声を揃へて笑ひこける。
340青彦『悦子姫さま、341音彦様にお願ひが御座います。342どうぞ御聴き届け下さいませぬか』
343悦子姫『これは又改まつたお言葉、344お願ひとは何事で御座います』
345青彦『ハイ、346犬の子を二匹拾つて来ました』
347音彦『其の犬は何処に居るのだ』
350と言ひ乍ら、351夏彦、352常彦を指さし、
356常彦『青サン、357余り馬鹿にして貰ふまいかい。358ソンナ事を云うと、359お節の事を素破抜かうか』
360青彦『ハヽヽヽ、361お前達両人に対し只今より嵌口令を施く。362暫く沈黙するのだよ』
363加米彦『ワハヽヽヽヽ、364何だか意味ありげな此の場の光景だ。365ナニ、366加米彦が許す。367二匹の犬とやら、368充分吠て吠て吠立てるのだよ』
369青彦『エヽ喧しい。370俺が口切りする迄、371黙つて聞いて居らう。372エヽ悦子姫さま、373実はこの男二人は、374ウラナイ教の黒姫が四天王と呼ばれたる、375其中の二人で、376夏彦、377常彦と云ふ豪の者で御座います。378さうした処が黒姫の内幕をすつかり看破し、379三五教の教理の優秀なる事を、380心の底より悟りまして、381どうぞ入信させて呉れいと、382犬つく這いになつて、383低頭平身嘆願致しますので、384物の哀れを知る吾々、385さう無情に見捨ても成らず、386貴方がたにお目玉を頂戴するかも知れぬと、387恐る恐る此処まで連れて参りました。388然し乍ら何時今の固い信仰がグラツイて、389元の古巣へ尾を振つて去ぬかも知れませぬ、390その段は保証出来ないので、391イヌものと覚悟し、392二匹の犬と申上げました』
393加米彦『オイ青彦さま、394言霊が悪いぞ、395宣り直せ宣り直せ』
397音彦『直に真似をしよるなア、398アハヽヽヽ、399夜は追ひ追ひと更けて来ました。400今から行けば途中に夜が明けますまいから、401一同此処で悠くりと休息し、402明日の黎明を待つて、403鬼ケ城へ立向ふ事に致しませうか』
404悦子姫『アヽそれが宣しからう。405紫姫さま、406妾の側でお休み下さい』
407紫姫『有難う御座います』
408と、409一同は肱を枕に、410月の光を浴びて、411蓑を敷きゴロリと横たはる。412忽ち聞ゆる鼾の声、413無心の月は、414一行の頭上をにこにこ笑ひ乍ら射照らし居る。
415(大正一一・四・二三 旧三・二七 東尾吉雄録)