霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 松上(しようじやう)苦悶(くもん)〔七一五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻 篇:第1篇 南海の山 よみ(新仮名遣い):なんかいのやま
章:第3章 松上の苦悶 よみ(新仮名遣い):しょうじょうのくもん 通し章番号:715
口述日:1922(大正11)年06月10日(旧05月15日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月19日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
若彦の館を訪れた三人の客とは、案の定杢助、国依別、玉治別であった。若彦が、先ほど館に魔我彦・竹彦がやってきたことを告げると、三人は青山峠で魔我彦たちが、国依別と玉治別を殺害しようとしたことを明かした。
若彦は驚いたが、杢助は一計を案じて若彦に授けた。若彦はそ知らぬふりをして、魔我彦・竹彦が待つ客室に戻ってきた。そして、信者で病気になっている者があるから後で鎮魂を施してほしい、と魔我彦に頼み、それまで館で休んでいるように伝えた。
魔我彦は若彦の様子や、三人の来客ということから、杢助たちがやってきて事が露見したのではないかと気を揉む。そこで様子を探ろうと竹彦に神懸りをやらせた。
竹彦の神懸りは八岐大蛇の眷属だと名乗り、杢助・国依別・玉治別がやってきて復讐を企んでいるから、あきらめて自害しろと魔我彦に告げた。魔我彦が何とかして助けてくれ、と頼むと、八岐大蛇の眷属は庭の松の木の上に登れ、と命じた。
松の木の下には杢助らがやってきた。杢助は二人を雷のような声で怒鳴りつけた。魔我彦が八岐大蛇の眷属に助けを求めると、八岐大蛇の眷属は松の木の上から紫の雲に乗せて救ってやるから飛び降りろ、と命じた。
魔我彦と竹彦は、松の木の上から飛び降りて真っ逆さまに落下し、人事不省となった。国依別と玉治別は二人を介抱し、息を吹き返した。
魔我彦と竹彦を怨んでいるか、という杢助の問いかけに、国依別・玉治別は揃って毛筋ほども怨みの心はない、と宣言した。
また杢助は高姫一派の姦計を白状するようにと魔我彦・竹彦に迫るが、魔我彦は高姫との約束を破るわけにはいかない、と拒否した。杢助は約束を守ろうという良心がまだ魔我彦に残っているとして、追及をやめた。
杢助はこれまでの経緯を宣伝歌に歌うと、若彦・国依別・玉治別には三国ケ岳の探検を命じ、自分は魔我彦と竹彦を連れて聖地に帰ることとなった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ:宇都山郷(宇津山郷) データ凡例: データ最終更新日:2022-10-15 01:38:23 OBC :rm2303
愛善世界社版:39頁 八幡書店版:第4輯 507頁 修補版: 校定版:40頁 普及版:17頁 初版: ページ備考:
001 原野(げんや)(とほ)見晴(みは)らした若彦館(わかひこやかた)(おく)()(せう)ぜられた(さん)(にん)(をとこ)は、002杢助(もくすけ)003玉治別(たまはるわけ)004国依別(くによりわけ)であつた。
005若彦(わかひこ)『これはお三人(さんにん)(さま)006()(そろ)うてよくも()入来(いで)(くだ)さいました。007(いま)(いま)とて貴方(あなた)(がた)(うはさ)(いた)して()りました。008()ぶより(そし)れとはよう()つたものですなア』
009杢助(もくすけ)言依別(ことよりわけ)教主(けうしゆ)(めい)()つて、010()(くに)急遽(きふきよ)出張(しゆつちやう)(いた)しました』
011若彦(わかひこ)言依別(ことよりわけ)教主(けうしゆ)は、012矢張(やは)相変(あひかは)らず(つと)めて()られますか』
013杢助(もくすけ)『これは(また)(めう)なお(たづ)ね、014教主(けうしゆ)(かは)つてなるものですか』
015若彦(わかひこ)高姫(たかひめ)さまは()うなりました』
016杢助(もくすけ)高姫(たかひめ)さまは相変(あひかは)らず聖地(せいち)(はたら)いて()られます』
017 若彦(わかひこ)『ハテナ』と思案(しあん)()れる。
018若彦(わかひこ)玉能姫(たまのひめ)如何(どう)(いた)しましたか』
019杢助(もくすけ)玉能姫(たまのひめ)(さま)初稚姫(はつわかひめ)(さま)とお二人(ふたり)020(にしき)(みや)別殿(べつでん)にお(つか)へになつて()ります。021(しか)(めう)(こと)をお(たづ)ねですな。022(たれ)当館(たうやかた)()(もの)がありますか』
023若彦(わかひこ)『ハイ、024先程(さきほど)魔我彦(まがひこ)025竹彦(たけひこ)両人(りやうにん)(まゐ)りました』
026 国依別(くによりわけ)(これ)()くより(にはか)(まゆ)()りあげ、027(なん)()しに不穏(ふおん)(いろ)顔面(がんめん)(ただよ)はした。
028国依別(くによりわけ)()魔我彦(まがひこ)何処(どこ)(まゐ)りましたか』
029若彦(わかひこ)(はな)れの座敷(ざしき)休息(きうそく)して()られます』
030杢助(もくすけ)『アハヽヽヽ、031これは(めう)だ。032(わる)(こと)出来(でき)ぬものだなア』
033若彦(わかひこ)魔我彦(まがひこ)(なに)(いた)しましたか』
034杢助(もくすけ)『イエ、035(ひと)(こころ)(ぐらゐ)(おそ)ろしいものはありませぬ』
036若彦(わかひこ)(なん)だか、037そはそはと両人(りやうにん)(いた)して()りますので、038これには(ふか)様子(やうす)のある(こと)(おも)ひ、039どつこにも()げないやうに()(にん)荒男(あらをとこ)をもつて監守(かんしゆ)さして()きました。040一体(いつたい)()んな(こと)をやつたのです』
041 杢助(もくすけ)は、042青山峠(あをやまたうげ)頂上(ちやうじやう)より谷底(たにぞこ)玉治別(たまはるわけ)043国依別(くによりわけ)()(おと)し、044殺害(さつがい)(くはだ)てた(こと)小声(こごゑ)耳打(みみう)ちした。045若彦(わかひこ)(たふ)れむ(ばか)りに()(おどろ)き、
046若彦(わかひこ)『どこ(まで)執念深(しふねんぶか)高姫(たかひめ)一派(いつぱ)奸計(かんけい)047()うしても金狐(きんこ)048大蛇(をろち)049悪鬼(あくき)守護神(しゆごじん)退()かぬと()えますな。050()(いた)しませう。051(この)(まま)()(かへ)すか、052(ただし)帰順(きじゆん)させるか(ふた)つに(ひと)つの方法(はうはふ)()らねばなりますまい』
053杢助(もくすけ)『まア(わたし)(まか)して(くだ)さい』
054(うで)()んでやや思案(しあん)(ふけ)る。055(しばら)くありて杢助(もくすけ)若彦(わかひこ)(みみ)(くち)()せた。056若彦(わかひこ)()(うなづ)き、057(この)()()つて(はな)座敷(ざしき)(すす)()り、058()(にん)(をとこ)(むか)ひ、
059若彦(わかひこ)『アヽ(みな)(もの)()苦労(くらう)であつた。060各自(めいめい)自分(じぶん)部屋(へや)(かへ)つて休息(きうそく)して(くだ)さい。061……魔我彦(まがひこ)さま、062竹彦(たけひこ)さま、063(なが)らくお()たせ(いた)しました。064(さぞ)退屈(たいくつ)でせう』
065魔我彦(まがひこ)何卒(どうぞ)(かま)(くだ)さいますな。066(きやく)さまは()うなりましたか』
067若彦(わかひこ)『ハイ、068ほんの(ちか)くの百姓(ひやくしやう)()えましたので御座(ござ)います。069(いづ)れも(よう)をたして(かへ)りました。070何卒(どうぞ)御悠(ごゆつ)くりとして(くだ)さい。071(しか)(ひと)貴方(あなた)にお(ねが)仕度(した)(こと)御座(ござ)います』
072魔我彦(まがひこ)『お(ねが)ひとは何事(なにごと)御座(ござ)いますか』
073若彦(わかひこ)(じつ)熱心(ねつしん)信者(しんじや)病気(びやうき)にかかつて(この)(やかた)(こも)つて()りますが、074()うも(あや)しい病気(びやうき)ですから、075一遍(いつぺん)貴方(あなた)()鎮魂(ちんこん)(ねが)()いのです』
076魔我彦(まがひこ)神徳(しんとく)充実(じゆうじつ)した貴方(あなた)がゐらつしやるのに、077()うして(わたし)のやうな(もの)がお()()ひませうか』
078若彦(わかひこ)『あの病人(びやうにん)()うしても貴方(あなた)鎮魂(ちんこん)()けなくては(なほ)らないのです。079(すべ)てものは相縁(あひえん)奇縁(きえん)()うて、080何程(なにほど)(かみ)(さま)()神徳(しんとく)だと()うても、081意気(いき)(あは)ぬものは到底(たうてい)効能(かうのう)がありませぬ。082何卒(どうぞ)貴方(あなた)(いそ)ぎませぬから、083(やす)みになつたら鎮魂(ちんこん)(ほどこ)して(くだ)さい』
084魔我彦(まがひこ)承知(しようち)(いた)しました。085(ひと)(かみ)(さま)(ねが)つて()ませう』
086若彦(わかひこ)早速(さつそく)()承知(しようち)087本人(ほんにん)(よろこ)(こと)でせう。088(しか)(なが)ら、089(なに)物怪(もののけ)()いて()ると()えて、090(ひる)平穏(へいおん)です。091夜分(やぶん)になつてから(ひと)つお(ねが)(まを)しませう』
092 魔我彦(まがひこ)傲然(ごうぜん)として、
093魔我彦『ハイ宜敷(よろし)い』
094(おほ)ぴらに(くび)()つて()る。095(おもて)(はう)には杢助(もくすけ)096玉治別(たまはるわけ)097国依別(くによりわけ)(さん)(にん)小声(こごゑ)になりて、098何事(なにごと)(はなし)(ふけ)つて()る。099若彦(わかひこ)二人(ふたり)(むか)ひ、
100若彦(わかひこ)(すこ)しく(おもて)(よう)御座(ござ)いますれば失礼(しつれい)(いた)します。101何卒(どうぞ)御悠(ごゆつ)くりと今日(けふ)はお(やす)(くだ)さいませ。102今晩(こんばん)世話(せわ)にならなくてはなりませぬから』
103()(すて)()()る。104(あと)二人(ふたり)小声(こごゑ)になり、
105魔我彦(まがひこ)()うも(あや)しいぢやないか。106()うやら、107杢助(もくすけ)がやつて()()るやうな()がしてならぬ。108まかり間違(まちが)へば青山峠(あをやまたうげ)陰謀(いんぼう)露見(ろけん)したのだなからうかなア』
109竹彦(たけひこ)(わたし)(なん)だか心持(こころもち)(わる)くなつて()た。110()うぞして此処(ここ)()()工夫(くふう)はあるまいかなア』
111魔我彦(まがひこ)『ひよつとしたら二人(ふたり)(やつ)112谷底(たにぞこ)蘇生(そせい)したかも()れないぞ。113それなら大変(たいへん)だ。114(ひと)つお(まへ)神懸(かむがが)三版・御校正本・愛世版は「神懸り」、校定版は「神憑り」。をやつて()()れ』
115 竹彦(たけひこ)言下(げんか)()()み、116瞑目(めいもく)した。117(たちま)身体(しんたい)震動(しんどう)して、
118竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、119(この)(はう)八岐(やまた)大蛇(をろち)眷属(けんぞく)であるぞよ。120(いま)(おもて)杢助(もくすけ)121玉治別(たまはるわけ)122国依別(くによりわけ)(さん)(にん)(あら)はれて、123今夜(こんや)()つて復讐(ふくしう)せむとの(たく)みをやつて()るぞよ』
124魔我彦(まがひこ)『それは大変(たいへん)です、125(なん)とかして(たす)かる工夫(くふう)はありますまいか』
126竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、127もうかうなる以上(いじやう)は、128(やかた)周囲(ぐるり)荒男(あらをとこ)()()警戒(けいかい)して()る。129力強(ちからづよ)杢助(もくすけ)(おもて)(かく)れて()る。130もはや(ふくろ)(ねずみ)131両人(りやうにん)身体(からだ)(のが)れる見込(みこみ)はあるまい』
132魔我彦(まがひこ)『ハテ、133(こま)つた(こと)だ。134()うしたら()からう』
135顔色(かほいろ)()へてまごつく。
136竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、137周章(あわて)るには(およ)ばぬ。138()()()()けよ。139かういふ(とき)こそ刹那心(せつなしん)必要(ひつえう)だ。140(いづ)(ひと)(のろ)はば(あな)(ふた)つ、141(てん)(むか)つて(つばき)したやうなものだ。142自業(じごう)自得(じとく)だ、143(あきら)めて(さん)(にん)(いのち)をやつたらよからう』
144 魔我彦(まがひこ)益々(ますます)狼狽(うろた)へ、
145魔我彦(まがひこ)(いのち)()しさに吾々(われわれ)信仰(しんかう)もし、146宣伝使(せんでんし)もやつて()るのです。147そんな(こと)があつて(たま)るものですか。148かういふ(ところ)(たす)けて(くだ)さるのが(かみ)(さま)だ。149(なん)とかよいお指図(さしづ)(ねが)ひます』
150竹彦(たけひこ)『ウンウン、151自業(じごう)自得(じとく)だ。152仕方(しかた)がない、153(いま)(おもて)折伏(しやくふく)(つるぎ)(さん)(にん)(ちから)(かぎ)()いで()るぞ。154あの業物(わざもの)で、155すつぱりとやられたら、156二人(ふたり)身体(からだ)見事(みごと)梨割(なしわ)りになるだらう、157ウフヽヽヽ』
158魔我彦(まがひこ)何卒(なにとぞ)159吾々(われわれ)二人(ふたり)此処(ここ)から(すく)()して(くだ)さい。160もうこれきり改心(かいしん)(いた)しますから……』
161竹彦(たけひこ)『ウンウンウン、162()周章(あわて)ずと()(くれ)(まで)()つたらよからう。163何程(なにほど)謝罪(あやま)つた(ところ)で、164これだけ大勢(おほぜい)(つよ)(やつ)取巻(とりま)いて()るから()うする(こと)出来(でき)はしない。165なまじいに()(かく)(いた)して、166()もなき(やつこ)(いのち)()られ(はぢ)(さら)すよりも、167(なんぢ)()てる懐剣(くわいけん)刺違(さしちが)へて()んだがよからう。168それが最善(さいぜん)方法(はうはふ)だ』
169魔我彦(まがひこ)『この不安(ふあん)状態(じやうたい)がどうして今夜(こんや)(まで)()てますか。170また大切(たいせつ)(ひと)つの(いのち)を、171さう易々(やすやす)()(わけ)には()きますまい』
172竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、173この肉体(にくたい)可愛(かはい)さうなものだが、174(その)(はう)可愛(かはい)さうだ。175(しか)玉治別(たまはるわけ)176国依別(くによりわけ)(いのち)易々(やすやす)()らうと(たく)んだ張本人(ちやうほんにん)魔我彦(まがひこ)だから仕方(しかた)がない、177観念(かんねん)(いた)せ』
178魔我彦(まがひこ)『これが()うして観念(かんねん)出来(でき)ませう』
179竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、180(いのち)(をし)いか、181(わが)()(つめ)つて(ひと)(いた)さを()れ、182貴様(きさま)(いのち)()しいのも、183(たま)184(くに)両人(りやうにん)(いのち)()しいのも(おな)(こと)だ。185(しか)(なが)ら、186(たま)187(くに)両人(りやうにん)(つね)から(いのち)大切(たいせつ)だと()うて()(くらゐ)だから、188()ぬのは(いや)なに(ちが)ひない。189それに(ひき)かへ貴様(きさま)高姫(たかひめ)(とも)に、190日々(にちにち)(からす)()くやうに(いのち)はいらぬ、191(みち)(ため)なら仮令(たとへ)どうなつても()しくないと()うて()るぢやないか。192(いのち)()くなるのは貴様(きさま)日頃(ひごろ)願望(ぐわんもう)成就(じやうじゆ)ぢや、193こんな目出度(めでた)(こと)(また)とあるまい。194アハヽヽヽ』
195魔我彦(まがひこ)貴方(あなた)(いづ)れの(かみ)(さま)(ぞん)じませぬが、196ちと()()はぬ(こと)仰有(おつしや)る。197引取(ひきとり)(ねが)ひます』
198竹彦(たけひこ)『ウヽヽ、199さうだらう、200()()はぬだらう。201(もつと)もぢや、202口先(くちさき)でこそ(いのち)はいらぬと()つて()つても、203肝腎要(かんじんかなめ)(とき)になると、204娑婆(しやば)未練(みれん)(のこ)るのは人間(にんげん)として、205普通(ふつう)一般(いつぱん)当然(たうぜん)執着心(しふちやくしん)だ。206その執着心(しふちやくしん)()らなければ、207(まこと)神業(しんげふ)成就(じやうじゆ)(いた)さぬぞ』
208魔我彦(まがひこ)(おな)(こと)なら肉体(にくたい)()つて御用(ごよう)(いた)()御座(ござ)います。209アヽしまつた(こと)をした。210()うしたらよからうかなア。211()はだんだんと()れて()る。212愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して()れば()んな()()はされるか()れやしない、213(つばさ)でもあれば、214たつて(かへ)るのだけれど』
215竹彦(たけひこ)『ウヽヽアハヽヽヽ、216それ(ほど)(いのち)()しければ(この)(はう)(まを)(やう)(いた)すか』
217魔我彦(まがひこ)(いのち)(たす)かる(こと)なら()んな(こと)でも(いた)します。218()うぞ(はや)仰有(おつしや)つて(くだ)さいませ』
219竹彦(たけひこ)『ウンウンウン、220(なんぢ)()両人(りやうにん)庭先(にはさき)のこの(まつ)頂上(ちやうじやう)(のぼ)り、221天津(あまつ)祝詞(のりと)一生(いつしやう)懸命(けんめい)奏上(そうじやう)(いた)せ。222さうすれば天上(てんじやう)より(むらさき)(くも)をもつて(なんぢ)身体(からだ)(むか)()り、223安全(あんぜん)地帯(ちたい)(おく)つてやらう。224()うぢや(うれ)しいか』
225魔我彦(まがひこ)『ハイ、226(たす)かる(こと)なれば結構(けつこう)です。227そんなら何時(いつ)から(のぼ)りませう』
228竹彦(たけひこ)(とき)(おく)れては一大事(いちだいじ)229半時(はんとき)猶予(いうよ)もならぬ。230(まつ)()目蒐(めが)けて(のぼ)つてゆけ。231竹彦(たけひこ)肉体(にくたい)(とも)(のぼ)るのだぞ。232ウンウンウン』
233()ひながら(れい)(もと)(かへ)つた。234魔我彦(まがひこ)四辺(あたり)キヨロキヨロ見廻(みまは)し、235(ひと)()きを(さいは)庭先(にはさき)大木(たいぼく)(いのち)(まと)(ましら)(ごと)くかけ(のぼ)つた。236竹彦(たけひこ)(つづ)いて頂上(ちやうじやう)(のぼ)りついた。237二人(ふたり)一生(いつしやう)懸命(けんめい)天津(あまつ)祝詞(のりと)(こゑ)(かぎ)奏上(そうじやう)した。238(この)(こゑ)(おどろ)いて若彦(わかひこ)(はじ)め、239杢助(もくすけ)240(たま)241(くに)(その)()一同(いちどう)松上(しようじやう)二人(ふたり)姿(すがた)()て、242『アハヽヽヽ』と(わら)ひどよめいて()る。243二人(ふたり)一生(いつしやう)懸命(けんめい)(あせ)みどろになつて惟神(かむながら)(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)奏上(そうじやう)して()る。244杢助(もくすけ)(わざ)(おほ)きな(こゑ)で、
245杢助(もくすけ)『サア、246(これ)から曲津彦(まがつひこ)竹取別(たけとりわけ)両人(りやうにん)料理(れうり)して(さけ)(さかな)一杯(いつぱい)やらうかい』
247(らい)(ごと)呶鳴(どな)りつけた。248魔我彦(まがひこ)(これ)()戦慄(せんりつ)し、249次第(しだい)々々(しだい)(ふる)(ごゑ)になり、250(つひ)には(いき)()なくなつて仕舞(しま)つた。251竹彦(たけひこ)は『ウヽヽ』と(また)もや松上(しようじやう)にて神懸(かむがが)三版・御校正本・愛世版は「神懸り」、校定版は「神憑り」。(はじ)めた。
252魔我彦(まがひこ)貴方(あなた)()命令(めいれい)(どほ)此処迄(ここまで)避難(ひなん)しましたが、253あの(とほ)杢助(もくすけ)以下(いか)連中(れんちう)樹下(じゆか)()()いて()ります。254どうぞ(はや)(くも)をもつて(むか)ひに()(くだ)さい』
255竹彦(たけひこ)『ウンウンウン、256(かく)(ごと)濃厚(のうこう)(むらさき)(くも)257(なんぢ)身体(しんたい)取囲(とりかこ)んで()るのが()()らぬか。258活眼(くわつがん)(ひら)いて四辺(あたり)熟視(じゆくし)せよ』
259魔我彦(まがひこ)()うしても我々(われわれ)()には()えませぬ』
260竹彦(たけひこ)『ウンウンウン、261()えなくつても(くも)(くも)だ。262竹彦(たけひこ)肉体(にくたい)()(つな)いで(てん)(むか)つて()びあがれ。263さうすれば(つま)()げて(この)(やかた)より脱出(だつしゆつ)せしめ、264安全(あんぜん)地帯(ちたい)(すく)うてやらう。265(をとこ)決断力(けつだんりよく)肝要(かんえう)だ。266サア(はや)(はや)く』
267(うなが)され、268魔我彦(まがひこ)無我(むが)夢中(むちう)になつて竹彦(たけひこ)()をとり、269(ひい)(ふう)(みつ)ツと(こゑ)(そろ)へて一二(いちに)(しやく)()(あが)つた途端(とたん)に、270松上(しようじやう)より眼下(がんか)荒砂(ばらす)()きつめた(には)真逆(まつさか)(さま)墜落(つゐらく)し、271(かはづ)をぶつつけたやうにビリビリと手足(てあし)(ふる)はせ、272人事(じんじ)不省(ふせい)(おちい)つた。273若彦(わかひこ)274杢助(もくすけ)275(たま)276(くに)(その)()(もの)(この)光景(くわうけい)(おどろ)き、277(たちま)樹下(じゆか)人山(ひとやま)(きづ)き、278(みづ)(みづ)よと右往(うわう)左往(さわう)(あわ)(まは)る。279(みつ)手桶(てをけ)()(あわただ)しく(はし)(きた)る。280杢助(もくすけ)(ただ)ちに(みづ)(ふく)み、281両人(りやうにん)面部(めんぶ)息吹(ゐぶき)狭霧(さぎり)()きかけ、282(やうや)くにして二人(ふたり)(うな)りながら生気(せいき)(ふく)し、283四辺(あたり)をキヨロキヨロ見廻(みまは)し、284玉治別(たまはるわけ)285国依別(くによりわけ)姿(すがた)()て『キヤツ』と(さけ)び、286(また)もや人事(じんじ)不省(ふせい)(おちい)つて仕舞(しま)つた。287玉治別(たまはるわけ)魔我彦(まがひこ)を、288国依別(くによりわけ)竹彦(たけひこ)をひつ(かか)へ、289(おく)()(ふか)(はこ)()れ、290夜具(やぐ)()いて鄭重(ていちよう)()させ、291神前(しんぜん)(むか)つて天津(あまつ)祝詞(のりと)奏上(そうじやう)し、292(あらた)めて鎮魂(ちんこん)(ほどこ)した。293(やうや)くにして二人(ふたり)(いき)()きかへす。
294玉治別(たまはるわけ)魔我彦(まがひこ)さま、295()うでした。296随分(ずゐぶん)()心配(しんぱい)なさつたでせう』
297魔我彦(まがひこ)『ハイ、298(まこと)申訳(まをしわけ)のない(こと)(いた)しました。299()うぞ(いのち)だけは()猶予(いうよ)(ねが)ひます』
300玉治別(たまはるわけ)(ひと)(たす)ける宣伝使(せんでんし)がどうしてお(まへ)(いのち)()しからう。301(かげ)大変(たいへん)修業(しうげふ)をさして(もら)ひました。302(しか)(この)()はあんな危険(きけん)(こと)()めて(もら)ひたいものだ。303(あめ)真浦(まうら)宣伝使(せんでんし)が、304駒彦(こまひこ)305秋彦(あきひこ)宇津山(うづやま)(がう)断崖(だんがい)から雪中(せつちう)(おと)されたよりも余程(よほど)険難(けんのん)でしたよ』
306 魔我彦(まがひこ)真赤(まつか)(かほ)をして俯向(うつむ)く。
307国依別(くによりわけ)竹彦(たけひこ)さま、308()がつきましたか』
309竹彦(たけひこ)『ハイ、310()がつきました。311(わる)(こと)出来(でき)ませぬワイ。312(あま)成功(せいこう)(いそ)いだものですから何分(なにぶん)貴方(あなた)(がた)高姫(たかひめ)さまの()神業(しんげふ)妨害(ばうがい)をなさる悪人(あくにん)だと(しん)じきつて、313あゝ()無謀(むぼう)(こと)(いた)しました。314(しか)(なが)魔我彦(まがひこ)精神(せいしん)(ぞん)じませぬが、315(けつ)して竹彦(たけひこ)はそんな悪人(あくにん)ではありませぬ。316八岐(やまた)大蛇(をろち)邪霊(じやれい)(わたし)()いてあんな(こと)をさせたのですよ。317何卒(なにとぞ)(わたし)(うら)まぬやうに(ねが)ひます』
318杢助(もくすけ)随分(ずゐぶん)不減口(へらずぐち)(たた)(をとこ)だな。319(しか)(なが)らお(まへ)(これ)(あく)出来(でき)ないと()(こと)(わか)つたであらう』
320魔我彦(まがひこ)(わたくし)肉体(にくたい)がやつたのではありませぬ。321八岐(やまた)大蛇(をろち)眷族(けんぞく)(かか)つたのですから、322どうぞ神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)見直(みなほ)()(なほ)しを(ねが)ひます』
323杢助(もくすけ)大体(だいたい)(まへ)(たち)高姫(たかひめ)脱線(だつせん)(てき)熱心(ねつしん)惚込(ほれこ)んで()るから、324そんな不善(ふぜん)(てき)(こと)平気(へいき)でやつて、325立派(りつぱ)()神業(しんげふ)(つと)まると(おも)うて()るのだ』
326魔我彦(まがひこ)何事(なにごと)()出神(でのかみ)さまの()命令(めいれい)(どほ)りだと(おも)つて、327高姫(たかひめ)さまの意志(いし)一寸(ちよつと)忖度(そんたく)して()(ところ)守護神(しゆごじん)がやつて()て、328霊肉(れいにく)一致(いつち)329二人(ふたり)谷底(たにぞこ)突落(つきおと)し、330(ころ)さうとしたのです。331(しか)(なが)魔我彦(まがひこ)肉体(にくたい)(なに)()りませぬ』
332杢助(もくすけ)玉治別(たまはるわけ)333国依別(くによりわけ)宣伝使(せんでんし)青山峠(あをやまたうげ)絶頂(ぜつちやう)から、334あの(ふか)谷間(たにま)へつき(おと)され、335すんでの(こと)五体(ごたい)粉砕(ふんさい)するやうな()()はされても、336(まへ)(たち)両人(りやうにん)(たい)()()(つゆ)(ほど)(うら)んで()ないのは(じつ)感服(かんぷく)(いた)りだ。337(まへ)(たち)(この)(りやう)宣伝使(せんでんし)(こころ)()みとつて、338(すこ)改心(かいしん)したらどうだ。339さうして改心(かいしん)証明(しようめい)する(ため)に、340今迄(いままで)高姫(たかひめ)一派(いつぱ)計略(けいりやく)此処(ここ)ですつかり自白(じはく)したがよからう』
341魔我彦(まがひこ)『そればつかりは自白(じはく)出来(でき)ませぬ、342高姫(たかひめ)さまから仮令(たとへ)()んでも()うてはならないと口留(くちど)めされ、343(わたし)万劫(まんごふ)末代(まつだい)344(した)()かれても()はないと(かた)(やく)したのですから』
345杢助(もくすけ)仮令(たとへ)(ぜん)にもせよ、346(あく)にもせよ、347まだ良心(りやうしん)(かがや)きがあると()えて、348約束(やくそく)(まも)ると()(こころ)がけは見上(みあ)げたものだ。349(おれ)(たち)(これ)以上(いじやう)最早(もはや)追及(つゐきふ)せぬ。350玉治別(たまはるわけ)さま、351国依別(くによりわけ)さまこの両人(りやうにん)(ゆる)しておやりでせうなア』
352玉治別(たまはるわけ)(ゆる)すも(ゆる)さぬもありませぬ。353何事(なにごと)(かみ)(さま)()経綸(しぐみ)354我々(われわれ)油断(ゆだん)大敵(たいてき)だと()実地(じつち)教育(けういく)(あた)へて(くだ)さつたのですから、355(その)(やく)使(つか)はれなさつた()両人(りやうにん)(たい)し、356()苦労(くらう)(さま)感謝(かんしや)こそすれ、357寸毫(すんがう)不足(ふそく)(おも)つたり(うら)んだりは(いた)しませぬ』
358国依別(くによりわけ)(わたし)玉治別(たまはるわけ)同感(どうかん)です。359魔我彦(まがひこ)さま、360竹彦(たけひこ)さま、361安心(あんしん)して(くだ)さい。362(あた)つて(くだ)けよと()(こと)がある。363(この)(うへ)層一層(そういつそう)親密(しんみつ)にして、364神界(しんかい)御用(ごよう)(つと)めようぢやありませぬか』
365 杢助(もくすけ)()つて(うた)(うた)ひ、366しらけた(この)()回復(くわいふく)(はか)つた。
367杢助大和(やまと)河内(かはち)()()えて
368漸々(やうやう)此処(ここ)()(くに)
369青山峠(あをやまたうげ)谷間(たにあひ)
370言依別(ことよりわけ)御言(みこと)もて
371(いさ)(すす)んで()()れば
372(おと)名高(なだか)十津川(とつがは)
373激潭(げきたん)飛沫(ひまつ)(たに)(みづ)
374衣類(いるゐ)()ぎて真裸体(まつぱだか)
375ざんぶとばかり()()みて
376御禊(みそぎ)(しう)する(をり)からに
377樹々(きぎ)青葉(あをば)追々(おひおひ)
378(くろ)ずみ(きた)天津(あまつ)()
379(かげ)(やうや)(かく)ろひて
380(やみ)(いろど)(をり)からに
381頭上(づじやう)をかすめて()(きた)
382(ふた)つの(かげ)(たちま)ちに
383青淵(あをぶち)()がけて顛落(てんらく)
384人事(じんじ)不省(ふせい)なる(たき)
385(かたへ)二人(ふたり)(いだ)きあげ
386よくよく()ればこは如何(いか)
387玉治別(たまはるわけ)国依別(くによりわけ)
388(かみ)(みこと)宣伝使(せんでんし)
389青山峠(あをやまたうげ)断崖(だんがい)より
390つき(おと)されて(この)さまと
391()いたる(とき)(おどろ)きは
392流石(さすが)豪気(がうき)杢助(もくすけ)
393(むね)(なみ)をば()たせつつ
394(やみ)辿(たど)りて漸々(やうやう)
395二人(ふたり)(ともな)平岩(ひらいは)
396(ふもと)(やうや)近寄(ちかよ)つて
397(その)()()かし両人(りやうにん)
398様子(やうす)()けば魔我彦(まがひこ)
399竹彦(たけひこ)二人(ふたり)悪戯(いたづら)
400()いて(ふたた)(むね)(をど)
401(ふか)仔細(しさい)のある(こと)
402此処(ここ)三人(みたり)はとるものも
403取敢(とりあへ)ずして若彦(わかひこ)
404(やかた)(たづ)()()れば
405(おも)ひがけなき両人(りやうにん)
406(はな)座敷(ざしき)でひそびそと
407(ふか)(たく)みを(かた)()
408善悪(ぜんあく)邪正(じやせい)(その)(むく)
409(たちま)(あら)はれ(きた)(そら)
410(くも)(はら)つて()(わた)
411北極星(ほくきよくせい)(うご)きなき
412若彦(わかひこ)さまが雄心(をごころ)
413(ふたた)(うご)三人(みたり)()
414魔我彦(まがひこ)竹彦(たけひこ)両人(りやうにん)
415虚実(きよじつ)(ほど)()らねども
416()(かく)前非(ぜんぴ)(こころ)から
417()いしが(ごと)()えにける
418嗚呼(ああ)(たの)もしや(たの)もしや
419仕組(しぐみ)(いと)(あやつ)られ
420(こころ)にかかりし村雲(むらくも)
421(いよいよ)()らす今日(けふ)(よひ)
422あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
423御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましまして
424鷹鳥姫(たかとりひめ)(まよ)ひをば
425()らさせ(たま)魔我彦(まがひこ)
426竹彦(たけひこ)一派(いつぱ)迷信(めいしん)
427朝日(あさひ)豊栄(とよさか)(のぼ)るごと
428(てら)(あか)して三五(あななひ)
429(みち)(まこと)四方(よも)(くに)
430(くに)内外(うちと)島々(しまじま)
431月日(つきひ)(ごと)(あきら)かに
432(てら)させたまへ天津(あまつ)(かみ)
433国津(くにつ)(かみ)(たち)八百万(やほよろづ)
434(もも)御伴(みとも)(かみ)(たち)
435御前(みまへ)頸根(うなね)つきぬきて
436(はるか)(いの)(たてまつ)
437(つつし)(いの)(たてまつ)る』
438(うた)(をは)つて両人(りやうにん)(むか)ひ、
439杢助(もくすけ)『サア、440魔我彦(まがひこ)さま、441竹彦(たけひこ)さま、442(この)杢助(もくすけ)(とも)聖地(せいち)(かへ)りませう。443若彦(わかひこ)444玉治別(たまはるわけ)445国依別(くによりわけ)(これ)より伊勢路(いせぢ)(わた)近江(あふみ)()で、446三国(みくに)(だけ)探険(たんけん)して聖地(せいち)(かへ)つて(くだ)さい。447聖地(せいち)には(また)もや高姫(たかひめ)陰謀(いんぼう)劃策(くわくさく)されてあるから、448杢助(もくすけ)(これ)より両人(りやうにん)(ともな)ひ、449すぐ帰国(きこく)(いた)さう』
450()ふより(はや)(いそが)しげに(この)(やかた)()(いで)た。451魔我彦(まがひこ)452竹彦(たけひこ)(なん)となく(こころ)落着(おちつ)かぬ面持(おももち)にて、453悄々(すごすご)(あと)(したが)聖地(せいち)をさして(かへ)()く。
454大正一一・六・一〇 旧五・一五 加藤明子録)
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