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第41巻(辰の巻)
序文
総説
第1篇 天空地平
01 入那の野辺
〔1105〕
02 入那城
〔1106〕
03 偽恋
〔1107〕
04 右守館
〔1108〕
05 急告
〔1109〕
06 誤解
〔1110〕
07 忍術使
〔1111〕
第2篇 神機赫灼
08 無理往生
〔1112〕
09 蓮の川辺
〔1113〕
10 狼の岩窟
〔1114〕
11 麓の邂逅
〔1115〕
12 都入り
〔1116〕
第3篇 北光神助
13 夜の駒
〔1117〕
14 慈訓
〔1118〕
15 難問題
〔1119〕
16 三番叟
〔1120〕
第4篇 神出鬼没
17 宵企み
〔1121〕
18 替へ玉
〔1122〕
19 当て飲み
〔1123〕
20 誘惑
〔1124〕
21 長舌
〔1125〕
余白歌
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第四章
右守
(
うもり
)
館
(
やかた
)
〔一一〇八〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第41巻 舎身活躍 辰の巻
篇:
第1篇 天空地平
よみ(新仮名遣い):
てんくうちへい
章:
第4章 右守館
よみ(新仮名遣い):
うもりやかた
通し章番号:
1108
口述日:
1922(大正11)年11月10日(旧09月22日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1924(大正13)年6月15日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
右守のカールチンは、妻のテーナと酒を酌み交わしながら、セーラン王を追放する姦策を謀っていた。テーナは、娘セーリス姫は内心王を慕っているので、自分たちの計略が王に漏れないかと心配する。
カールチンは、万一そのようなことがあれば娘を手討ちにすればよいと無慈悲さをあらわにする。テーナは、自分のためなら妻も娘もためらわずに犠牲にすると豪語するカールチンを非難する。
父母の話を立ち聞きしていたサマリー姫は、王への反逆の罪により父母に改心を迫るが、カールチンは姫を取り押さえるとしばりつけ、地下室に幽閉してしまった。
そこへ、カールチンの部下マンモスがあわただしく入ってきた。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2022-12-09 10:10:17
OBC :
rm4104
愛善世界社版:
55頁
八幡書店版:
第7輯 550頁
修補版:
校定版:
56頁
普及版:
27頁
初版:
ページ備考:
001
右守
(
うもり
)
の
司
(
かみ
)
カールチンは
妻
(
つま
)
のテーナと
共
(
とも
)
に
酒
(
さけ
)
汲
(
く
)
み
交
(
かは
)
しながら、
002
夜
(
よ
)
の
更
(
ふ
)
くる
迄
(
まで
)
、
003
ホロ
酔
(
よひ
)
機嫌
(
きげん
)
になつて、
004
セーラン
王
(
わう
)
追放
(
つゐはう
)
の
奸策
(
かんさく
)
を
謀
(
はか
)
つてゐる。
005
テーナ姫
『
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
、
006
今度
(
こんど
)
こそは
大黒主
(
おほくろぬし
)
様
(
さま
)
も
御
(
ご
)
承知
(
しようち
)
下
(
くだ
)
さるでせうなア。
007
セーラン
王
(
わう
)
様
(
さま
)
は、
008
大黒主
(
おほくろぬし
)
様
(
さま
)
の
最
(
もつと
)
も
御
(
お
)
嫌
(
いや
)
な
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
の
一派
(
いつぱ
)
だと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を、
009
あれ
丈
(
だけ
)
何回
(
なんくわい
)
も
虚実
(
きよじつ
)
交々
(
こもごも
)
取交
(
とりま
)
ぜて
内通
(
ないつう
)
しておいたのですから』
010
カールチン
『
今度
(
こんど
)
こそは
本望
(
ほんまう
)
成就
(
じやうじゆ
)
の
時
(
とき
)
が
来
(
き
)
たのだ。
011
いよいよ
願望
(
ぐわんばう
)
成就
(
じやうじゆ
)
する
上
(
うへ
)
は、
012
吾々
(
われわれ
)
夫婦
(
ふうふ
)
は
入那
(
いるな
)
の
刹帝利
(
せつていり
)
となるのだから、
013
長生
(
ながい
)
きはせにやならないものだ。
014
今
(
いま
)
までサマリー
姫
(
ひめ
)
を
犠牲
(
ぎせい
)
にして
后
(
きさき
)
に
上
(
あ
)
げてゐたが、
015
どうやら
王
(
わう
)
は
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
の
企
(
たく
)
みを
悟
(
さと
)
つたらしく、
016
サマリー
姫
(
ひめ
)
に
対
(
たい
)
して、
017
大変
(
たいへん
)
にキツく
当
(
あた
)
るので、
018
姫
(
ひめ
)
は
泣
(
な
)
きもつて
逃
(
に
)
げて
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
よつた。
019
グヅグヅしてゐると
悪
(
あく
)
の
企
(
たく
)
みの
現
(
あら
)
はれ
口
(
ぐち
)
だ。
020
先
(
さき
)
んずれば
人
(
ひと
)
を
制
(
せい
)
すと
云
(
い
)
ふから、
021
姫
(
ひめ
)
が
帰
(
かへ
)
つたのをキツカケに
早馬使
(
はやうまづかひ
)
をハルナの
都
(
みやこ
)
へ
遣
(
つか
)
はしたのだから、
022
キツトこちらの
使
(
つかひ
)
が、
023
先
(
さき
)
に
到着
(
たうちやく
)
してるに
違
(
ちが
)
ひない。
024
セーラン
王
(
わう
)
が
使
(
つかひ
)
をやつた
所
(
ところ
)
で、
025
最早
(
もはや
)
あとのまつり、
026
何
(
なん
)
と
俺
(
おれ
)
のやり
方
(
かた
)
は
敏捷
(
びんせう
)
なものだらう。
027
アハヽヽヽ』
028
テーナ姫
『
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
は
何時
(
いつ
)
とても
機
(
き
)
をみるに
敏
(
びん
)
なる
方
(
かた
)
ですから、
029
私
(
わたし
)
も
貴郎
(
あなた
)
のやうな
夫
(
をつと
)
に
添
(
そ
)
うたのは
何程
(
なにほど
)
幸福
(
かうふく
)
だか
知
(
し
)
れませぬワ。
030
時
(
とき
)
に
可哀相
(
かあいさう
)
なのはサマリー
姫
(
ひめ
)
ぢや
厶
(
ござ
)
いませぬか。
031
娘
(
むすめ
)
にトツクリと
言
(
い
)
ひ
含
(
ふく
)
めて、
032
セーラン
王
(
わう
)
の
后
(
きさき
)
に
上
(
あ
)
げたのだけれど、
033
今
(
いま
)
ではどうやら
親
(
おや
)
の
意思
(
いし
)
は
忘却
(
ばうきやく
)
し、
034
王
(
わう
)
様
(
さま
)
に
恋着心
(
れんちやくしん
)
を
持
(
も
)
つてゐるやうな
塩梅
(
あんばい
)
だ。
035
実
(
ほん
)
に
罪
(
つみ
)
な
事
(
こと
)
をしたものですなア。
036
あゝして
帰
(
かへ
)
つては
来
(
き
)
て
居
(
ゐ
)
るものの、
037
私
(
わたし
)
が
考
(
かんが
)
へて
居
(
を
)
れば、
038
寝言
(
ねごと
)
に
迄
(
まで
)
王
(
わう
)
を
慕
(
した
)
うてゐるのだから
困
(
こま
)
つたものです。
039
さうだから
如何
(
いか
)
に
吾
(
わが
)
生
(
う
)
んだ
娘
(
むすめ
)
だと
云
(
い
)
つて、
040
此
(
この
)
計略
(
けいりやく
)
を、
041
今日
(
けふ
)
となつては
娘
(
むすめ
)
の
前
(
まへ
)
では
云
(
い
)
ふ
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
かず、
042
万一
(
まんいち
)
娘
(
むすめ
)
が
聞
(
き
)
かうものなら、
043
王
(
わう
)
に
内通
(
ないつう
)
をするかも
知
(
し
)
れませぬからなア』
044
カールチン
『そんな
不心得
(
ふこころえ
)
な
事
(
こと
)
を
致
(
いた
)
し、
045
親
(
おや
)
に
反
(
そむ
)
くやうな
奴
(
やつ
)
は、
046
埒
(
らち
)
よく
手討
(
てう
)
ちに
致
(
いた
)
せばいいぢやないか。
047
こんな
大望
(
たいまう
)
を
抱
(
いだ
)
いてる
吾々
(
われわれ
)
夫婦
(
ふうふ
)
が、
048
子
(
こ
)
の
一人
(
ひとり
)
二人
(
ふたり
)
犠牲
(
ぎせい
)
にするのは
前
(
まへ
)
以
(
もつ
)
て
覚悟
(
かくご
)
して
居
(
ゐ
)
なくてはならぬではないか』
049
テーナ姫
『それは
又
(
また
)
、
050
余
(
あま
)
り
胴欲
(
どうよく
)
ぢや
厶
(
ござ
)
りませぬか。
051
何程
(
なにほど
)
吾々
(
われわれ
)
夫婦
(
ふうふ
)
が
出世
(
しゆつせ
)
をしたとて、
052
肝腎
(
かんじん
)
の
後
(
あと
)
を
継
(
つ
)
ぐ
子
(
こ
)
がなくては、
053
何
(
なん
)
にもなりますまい。
054
千
(
せん
)
年
(
ねん
)
も
万
(
まん
)
年
(
ねん
)
も
生
(
い
)
きられるものではなし、
055
子
(
こ
)
が
可愛
(
かあい
)
いばかりに、
056
こんな
心配
(
しんぱい
)
をして
居
(
ゐ
)
るのぢやありませぬか』
057
カールチン
『さう
云
(
い
)
へばさうだが、
058
諺
(
ことわざ
)
にも
言
(
い
)
ふぢやないか、
059
子
(
こ
)
を
捨
(
す
)
てる
藪
(
やぶ
)
はあつても
吾
(
わが
)
身
(
み
)
を
捨
(
す
)
てる
藪
(
やぶ
)
はないと。
060
まさかになつたら
子
(
こ
)
をすてて
自分
(
じぶん
)
の
命
(
いのち
)
を
全
(
まつた
)
うするのが
当世
(
たうせい
)
だ…………イヤ
人情
(
にんじやう
)
だ。
061
俺
(
おれ
)
だつて
立派
(
りつぱ
)
に
目的
(
もくてき
)
を
達
(
たつ
)
し、
062
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
に
後
(
あと
)
を
継
(
つ
)
がしたいのは
山々
(
やまやま
)
だが、
063
その
子
(
こ
)
のために
陰謀
(
いんぼう
)
露顕
(
ろけん
)
して、
064
吾々
(
われわれ
)
夫婦
(
ふうふ
)
の
命
(
いのち
)
をとられるやうなことが
出来
(
しゆつたい
)
致
(
いた
)
したら、
065
それこそ
大変
(
たいへん
)
ぢやないか』
066
テーナ姫
『あなたは
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
に
対
(
たい
)
し、
067
左様
(
さやう
)
な
水臭
(
みづくさ
)
い
御
(
お
)
考
(
かんが
)
へですか。
068
私
(
わたし
)
は
自分
(
じぶん
)
の
命
(
いのち
)
は
如何
(
どう
)
ならうとも、
069
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
さへ
立派
(
りつぱ
)
になつてくれれば、
070
それで
満足
(
まんぞく
)
を
致
(
いた
)
します』
071
カールチン
『
馬鹿
(
ばか
)
だなア、
072
それだから
母親
(
ははおや
)
は
甘
(
あま
)
いと
云
(
い
)
ふのだ。
073
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
だと
云
(
い
)
つても、
074
体
(
からだ
)
を
分
(
わ
)
けた
以上
(
いじやう
)
は
他人
(
たにん
)
ぢやないか。
075
其
(
その
)
証拠
(
しようこ
)
には
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
が
何程
(
なにほど
)
大病
(
たいびやう
)
で
苦
(
くる
)
しんで
居
(
を
)
つても、
076
親
(
おや
)
の
体
(
からだ
)
にチツとも
痛痒
(
つうやう
)
を
感
(
かん
)
じないではないか』
077
テーナ姫
『
何
(
なん
)
とマアあなたはどこ
迄
(
まで
)
も
無慈悲
(
むじひ
)
な
方
(
かた
)
ですなア。
078
私
(
わたし
)
は
娘
(
むすめ
)
が
大病
(
たいびやう
)
になつた
時
(
とき
)
、
079
自分
(
じぶん
)
の
体
(
からだ
)
が
苦
(
くる
)
しくなつて
寝
(
ね
)
られず、
080
出来
(
でき
)
る
事
(
こと
)
なら、
081
娘
(
むすめ
)
に
代
(
かは
)
つて
患
(
わづら
)
うてやりたいと
迄
(
まで
)
思
(
おも
)
ひましたよ』
082
カールチン
『
俺
(
おれ
)
だつてチツとばかりは
娘
(
むすめ
)
の
苦
(
くる
)
しんでるのを
見
(
み
)
た
時
(
とき
)
は
体
(
からだ
)
にこたへたが、
083
併
(
しか
)
し
娘
(
むすめ
)
の
苦痛
(
くつう
)
に
比
(
くら
)
ぶれば、
084
二十分
(
にじふぶん
)
の
一
(
いち
)
位
(
くらゐ
)
な
苦
(
くる
)
しさだつた。
085
ヤツパリ
自分
(
じぶん
)
が
苦
(
くる
)
しむのは
辛
(
つら
)
いから、
086
如何
(
どう
)
しても
秘密
(
ひみつ
)
が
ばれ
るとあれば、
087
娘
(
むすめ
)
を
手討
(
てうち
)
にしてでも、
088
夫婦
(
ふうふ
)
の
命
(
いのち
)
を
助
(
たす
)
からねばならない。
089
親
(
おや
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
をきかぬ
奴
(
やつ
)
は
不孝者
(
ふかうもの
)
だから、
090
親
(
おや
)
が
手討
(
てうち
)
にするのが、
091
何
(
なに
)
それが
悪
(
わる
)
い。
092
アカの
他人
(
たにん
)
でさへも
吾々
(
われわれ
)
の
秘密
(
ひみつ
)
をもらし、
093
規則
(
きそく
)
を
破
(
やぶ
)
つたならば、
094
大根
(
だいこん
)
を
切
(
き
)
るやうにヅボリヅボリと
首
(
くび
)
を
切
(
き
)
り
捨
(
す
)
てるぢやないか。
095
切
(
き
)
られた
奴
(
やつ
)
だつて、
096
ヤツパリ
親
(
おや
)
も
兄弟
(
きやうだい
)
も
子
(
こ
)
もあるのだから、
097
苦
(
くる
)
しいのは
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
だ。
098
そんな
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
つてゐたら、
099
到底
(
たうてい
)
此
(
この
)
世
(
よ
)
に
立派
(
りつぱ
)
に
暮
(
くら
)
して
行
(
ゆ
)
くことは
出来
(
でき
)
ない。
100
自己
(
じこ
)
を
守
(
まも
)
るのが
第一
(
だいいち
)
だよ』
101
テーナ姫
『
其
(
その
)
筆法
(
ひつぱふ
)
で
参
(
まゐ
)
りますと、
102
あなたは
自分
(
じぶん
)
の
命
(
いのち
)
を
助
(
たす
)
ける
為
(
ため
)
に、
103
私
(
わたし
)
の
命
(
いのち
)
を
取
(
と
)
らねばならぬ
時
(
とき
)
が
来
(
き
)
たら、
104
私
(
わたし
)
を
殺
(
ころ
)
しますか』
105
カールチン
『きまつた
事
(
こと
)
だ。
106
夫
(
をつと
)
の
為
(
ため
)
に
女房
(
にようばう
)
が
代理
(
だいり
)
となつて
殺
(
ころ
)
され、
107
夫
(
をつと
)
の
命
(
いのち
)
を
救
(
すく
)
ふのは、
108
名誉
(
めいよ
)
ぢやないか。
109
後世
(
こうせい
)
迄
(
まで
)
貞女
(
ていぢよ
)
の
鑑
(
かがみ
)
として
謳
(
うた
)
はれるのだから、
110
殺
(
ころ
)
された
女房
(
にようばう
)
の
方
(
はう
)
が
何程
(
なにほど
)
光栄
(
くわうえい
)
だか
知
(
し
)
れないぞ』
111
テーナ姫
『
貴郎
(
あなた
)
はハルナの
都
(
みやこ
)
へお
参
(
まゐ
)
りになつてから、
112
大変
(
たいへん
)
に
冷酷
(
れいこく
)
になられましたなア。
113
大方
(
おほかた
)
八岐
(
やまた
)
の
大蛇
(
をろち
)
が
憑依
(
ひようい
)
してるのではありますまいか』
114
カールチン
『
上
(
かみ
)
のなす
所
(
ところ
)
下
(
しも
)
之
(
これ
)
に
倣
(
なら
)
ふと
云
(
い
)
ふ、
115
川上
(
かはかみ
)
の
水
(
みづ
)
はキツと
川下
(
かはしも
)
へ
流
(
なが
)
れて
来
(
く
)
るものだ。
116
俺
(
おれ
)
も
大黒主
(
おほくろぬし
)
様
(
さま
)
のお
気
(
き
)
に
入
(
い
)
るやうになつた
位
(
くらゐ
)
だから、
117
大功
(
たいこう
)
は
細瑾
(
さいきん
)
を
顧
(
かへり
)
みず、
118
チツとばかりの
犠牲
(
ぎせい
)
位
(
くらゐ
)
は
春風
(
はるかぜ
)
が
面
(
おもて
)
を
吹
(
ふ
)
く
位
(
くらゐ
)
にも
思
(
おも
)
つてゐないのだ』
119
テーナ姫
『さうすると、
120
貴郎
(
あなた
)
は
大黒主
(
おほくろぬし
)
様
(
さま
)
が
鬼雲姫
(
おにくもひめ
)
様
(
さま
)
を
追出
(
おひだ
)
し
遊
(
あそ
)
ばした
様
(
やう
)
に、
121
外
(
ほか
)
に
立派
(
りつぱ
)
な
女
(
をんな
)
があつたら、
122
追
(
お
)
ひ
出
(
だ
)
すのでせうなア』
123
カールチン
『オイ、
124
そこ
迄
(
まで
)
追窮
(
つゐきう
)
するな、
125
水臭
(
みづくさ
)
くなるからなア』
126
テーナ姫
『ヘン、
127
よう
仰有
(
おつしや
)
いますワイ。
128
親子
(
おやこ
)
は
一世
(
いつせい
)
、
129
夫婦
(
ふうふ
)
は
二世
(
にせ
)
と
云
(
い
)
つて、
130
切
(
き
)
つても
切
(
き
)
れぬ
親子
(
おやこ
)
をば、
131
自己
(
じこ
)
保全
(
ほぜん
)
の
為
(
ため
)
には
殺
(
ころ
)
しても
差支
(
さしつかへ
)
ないと
云
(
い
)
ふ
主義
(
しゆぎ
)
の
貴郎
(
あなた
)
が、
132
何時
(
いつ
)
でも
取替
(
とりか
)
へこの
出来
(
でき
)
る
女房
(
にようばう
)
に
対
(
たい
)
し、
133
離縁
(
りえん
)
する
位
(
くらゐ
)
は
朝飯前
(
あさめしまへ
)
のことでせう。
134
本当
(
ほんたう
)
にここ
迄
(
まで
)
思想
(
しさう
)
も
悪化
(
あくくわ
)
すれば
申分
(
まをしぶん
)
はありますまい』
135
カールチン
『コリヤ、
136
人
(
ひと
)
のことだと
思
(
おも
)
ふと、
137
吾
(
わが
)
事
(
こと
)
だぞ。
138
貴様
(
きさま
)
もセーラン
王
(
わう
)
を
廃
(
はい
)
する
事
(
こと
)
に
就
(
つ
)
いて、
139
俺
(
おれ
)
と
始終
(
しじう
)
相談
(
さうだん
)
をした
悪人
(
あくにん
)
ぢやないか。
140
其
(
その
)
発頭人
(
ほつとうにん
)
は
貴様
(
きさま
)
だらうがな。
141
貴様
(
きさま
)
が
何時
(
いつ
)
も
右守
(
うもり
)
となつてクーリンスの
下役
(
したやく
)
になつてゐるのは
腑甲斐
(
ふがひ
)
ない
男
(
をとこ
)
だと、
142
口癖
(
くちぐせ
)
のやうに
悔
(
くや
)
んだものだから、
143
元
(
もと
)
から
善人
(
ぜんにん
)
でもない
俺
(
おれ
)
が、
144
つい
貴様
(
きさま
)
に
感染
(
かんせん
)
してこんな
善
(
よ
)
くもない、
145
自分
(
じぶん
)
としては
悪
(
わる
)
くもない
企
(
たく
)
みを
始
(
はじ
)
めたのぢやないか』
146
テーナ姫
『オホヽヽヽようマアそんな
白々
(
しらじら
)
しいことを
仰有
(
おつしや
)
りますワイ、
147
流石
(
さすが
)
は
大黒主
(
おほくろぬし
)
様
(
さま
)
のお
気
(
き
)
に
入
(
い
)
り
丈
(
だけ
)
あつて、
148
エライ
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
りますなア』
149
カールチン
『
夫婦
(
ふうふ
)
喧嘩
(
げんくわ
)
はいい
加減
(
かげん
)
に
切上
(
きりあ
)
げようぢやないか。
150
サマリー
姫
(
ひめ
)
の
耳
(
みみ
)
へ
這入
(
はい
)
つたら
大変
(
たいへん
)
だからのう』
151
テーナ姫
『ナアニ、
152
這入
(
はい
)
つたつて
構
(
かま
)
ひますものか。
153
貴郎
(
あなた
)
はマサカ
違
(
ちが
)
へば
一人
(
ひとり
)
よりない
娘
(
むすめ
)
を
殺
(
ころ
)
し、
154
私
(
わたし
)
を
鬼雲姫
(
おにくもひめ
)
様
(
さま
)
の
二
(
に
)
の
舞
(
まひ
)
にするといふ
残酷
(
ざんこく
)
な
御
(
ご
)
精神
(
せいしん
)
だから、
155
そんなこと
思
(
おも
)
ふと
阿呆
(
あはう
)
らしくて、
156
こんな
危
(
あぶ
)
ない
芸当
(
げいたう
)
は
出来
(
でき
)
ませぬワ。
157
サマリー
姫
(
ひめ
)
だつて
貴郎
(
あなた
)
一人
(
ひとり
)
の
子
(
こ
)
ではなし、
158
私
(
わたし
)
の
腹
(
はら
)
を
痛
(
いた
)
めて
出来
(
でき
)
た
娘
(
むすめ
)
、
159
そんな
水臭
(
みづくさ
)
いことを
仰有
(
おつしや
)
ると、
160
私
(
わたし
)
が
承知
(
しようち
)
しませぬぞや』
161
と
話
(
はな
)
す
所
(
ところ
)
へサマリー
姫
(
ひめ
)
は
目
(
め
)
を
腫
(
はら
)
しながら、
162
恐
(
こは
)
さうに
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
り、
163
サマリー姫
『お
父
(
とう
)
さま、
164
お
母
(
か
)
アさま、
165
モウお
寝
(
やす
)
みになつたら
如何
(
いかが
)
で
厶
(
ござ
)
いますか』
166
カールチンは
打驚
(
うちおどろ
)
き、
167
カールチン
『お
前
(
まへ
)
はサマリー
姫
(
ひめ
)
、
168
何故
(
なぜ
)
今頃
(
いまごろ
)
にこんな
所
(
ところ
)
へ
出
(
で
)
て
来
(
く
)
るのだ。
169
いい
加減
(
かげん
)
に
寝間
(
ねま
)
へ
行
(
い
)
つて
寝
(
やす
)
まないか。
170
大方
(
おほかた
)
二人
(
ふたり
)
の
話
(
はなし
)
を
立聞
(
たちぎき
)
したのだらう』
171
サマリー姫
『ハイ、
172
委細
(
ゐさい
)
の
様子
(
やうす
)
残
(
のこ
)
らず
承
(
うけたま
)
はりました。
173
どうぞ
私
(
わたし
)
を
御
(
ご
)
存分
(
ぞんぶん
)
に
遊
(
あそ
)
ばして
下
(
くだ
)
さいませ。
174
鬼
(
おに
)
の
親
(
おや
)
を
持
(
も
)
つたと
思
(
おも
)
うて
諦
(
あきら
)
めますから………』
175
カールチン
『コリヤ
娘
(
むすめ
)
、
176
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
申
(
まを
)
すか、
177
鬼
(
おに
)
の
親
(
おや
)
とは
何
(
なん
)
だ』
178
サマリー姫
『オホヽヽヽ
此
(
この
)
サマリー
姫
(
ひめ
)
は
王
(
わう
)
様
(
さま
)
と
争論
(
いさかひ
)
をしてカールチンの
館
(
やかた
)
へ
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
ては
居
(
ゐ
)
るものの、
179
実際
(
じつさい
)
を
言
(
い
)
へば
王
(
わう
)
の
后
(
きさき
)
、
180
サマリー
姫
(
ひめ
)
だよ。
181
親
(
おや
)
とは
云
(
い
)
ひながら、
182
汝
(
なんぢ
)
は
臣下
(
しんか
)
の
身分
(
みぶん
)
だ。
183
不届
(
ふとどき
)
な
事
(
こと
)
を
申
(
まを
)
すと
了簡
(
れうけん
)
は
致
(
いた
)
さぬぞや。
184
サア
存分
(
ぞんぶん
)
にして
貰
(
もら
)
ひませう』
185
と
身
(
み
)
をすりよせ、
186
カールチンの
前
(
まへ
)
に
投出
(
なげだ
)
す。
187
カールチン
『ヨシ、
188
最早
(
もはや
)
陰謀
(
いんぼう
)
露
(
あら
)
はれた
上
(
うへ
)
は、
189
到底
(
たうてい
)
許
(
ゆる
)
しておくべき
汝
(
なんぢ
)
でない。
190
主従
(
しゆじゆう
)
もクソもあつたものかい。
191
サア
覚悟
(
かくご
)
を
致
(
いた
)
せ』
192
と
立上
(
たちあが
)
り、
193
刀
(
かたな
)
を
掴
(
つか
)
み
引抜
(
ひきぬ
)
かむとするを、
194
テーナはグツと
其
(
その
)
手
(
て
)
を
握
(
にぎ
)
り、
195
テーナ姫
『コレ、
196
カールチン
殿
(
どの
)
、
197
滅多
(
めつた
)
な
事
(
こと
)
をしてはなりませぬぞや』
198
カールチン
『
今
(
いま
)
となつてはサマリー
姫
(
ひめ
)
を
殺
(
ころ
)
し、
199
陰謀
(
いんぼう
)
の
露顕
(
ろけん
)
を
防
(
ふせ
)
ぐよりほかに
途
(
みち
)
はない。
200
サア
覚悟
(
かくご
)
を
致
(
いた
)
せ』
201
と
又
(
また
)
もや
柄
(
つか
)
に
手
(
て
)
をかけるを、
202
テーナは
後
(
うしろ
)
より
力限
(
ちからかぎ
)
りに
抱
(
いだ
)
き
止
(
と
)
め、
203
声
(
こゑ
)
を
限
(
かぎ
)
りに、
204
テーナ姫
『サマリー
姫
(
ひめ
)
殿
(
どの
)
、
205
早
(
はや
)
く
逃
(
に
)
げさせられよ』
206
と
促
(
うなが
)
すを、
207
サマリー
姫
(
ひめ
)
は
平然
(
へいぜん
)
としてビクとも
動
(
うご
)
かず、
208
サマリー姫
『ホツホヽヽ、
209
カールチン
殿
(
どの
)
も
随分
(
ずゐぶん
)
耄碌
(
まうろく
)
しましたねえ。
210
妾
(
わらは
)
一人
(
ひとり
)
の
命
(
いのち
)
を
取
(
と
)
つて、
211
それで
此
(
この
)
陰謀
(
いんぼう
)
が
現
(
あら
)
はれないと
思
(
おも
)
つてゐますか。
212
最早
(
もはや
)
王
(
わう
)
様
(
さま
)
のお
耳
(
みみ
)
に
入
(
い
)
つた
以上
(
いじやう
)
は
駄目
(
だめ
)
ですよ。
213
何程
(
なにほど
)
大黒主
(
おほくろぬし
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
威勢
(
ゐせい
)
が
強
(
つよ
)
くても、
214
数百
(
すうひやく
)
里
(
り
)
を
隔
(
へだ
)
てたハルナの
都
(
みやこ
)
から、
215
さう
早速
(
さつそく
)
に
御
(
ご
)
加勢
(
かせい
)
は
出来
(
でき
)
ますまい。
216
又
(
また
)
王
(
わう
)
様
(
さま
)
には
忠誠
(
ちうせい
)
無比
(
むひ
)
の
家来
(
けらい
)
も
沢山
(
たくさん
)
に
従
(
つ
)
いて
居
(
を
)
りますれば、
217
貴郎
(
あなた
)
が
何程
(
なにほど
)
あせつても
駄目
(
だめ
)
でせう。
218
妾
(
わらは
)
はこれよりカールチンの
首
(
くび
)
を
取
(
と
)
り、
219
王
(
わう
)
様
(
さま
)
にお
土産
(
みやげ
)
となし、
220
疑
(
うたがひ
)
を
晴
(
はら
)
し、
221
元
(
もと
)
の
如
(
ごと
)
く
可愛
(
かあい
)
がつて
頂
(
いただ
)
きますから、
222
夫婦
(
ふうふ
)
共
(
とも
)
、
223
其処
(
そこ
)
に、
224
姫
(
ひめ
)
の
命令
(
めいれい
)
だ、
225
お
坐
(
すわ
)
り
召
(
め
)
され。
226
入那
(
いるな
)
の
国王
(
こくわう
)
の
后
(
きさき
)
サマリー
姫
(
ひめ
)
、
227
キツと
申付
(
まをしつ
)
ける』
228
テーナ『コレコレ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
229
そんな
没義道
(
もぎだう
)
なことがありますか。
230
海山
(
うみやま
)
の
恩
(
おん
)
を
受
(
う
)
けたる
両親
(
りやうしん
)
を
刃
(
やいば
)
にかくるとは、
231
人間
(
にんげん
)
にあるまじき
仕業
(
しわざ
)
では
厶
(
ござ
)
らぬか』
232
サマリー姫
『
親
(
おや
)
の
教育
(
けういく
)
が
祟
(
たた
)
つたのだから、
233
仕方
(
しかた
)
がありますまい。
234
吾
(
わが
)
身
(
み
)
の
為
(
ため
)
には
子
(
こ
)
の
命
(
いのち
)
でも
取
(
と
)
ると、
235
只今
(
ただいま
)
仰有
(
おつしや
)
つたでせう。
236
骨肉
(
こつにく
)
相食
(
あひは
)
む、
237
無道
(
ぶだう
)
の
教
(
をしへ
)
をなさつた
貴方
(
あなた
)
、
238
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
ますまい。
239
サア
覚悟
(
かくご
)
をなされ』
240
カールチン『イヤ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
241
暫
(
しばら
)
くお
待
(
ま
)
ち
下
(
くだ
)
さいませ。
242
つい
酒
(
さけ
)
の
上
(
うへ
)
で
女房
(
にようばう
)
を
揶揄
(
からか
)
つてゐたまでで
厶
(
ござ
)
います。
243
決
(
けつ
)
して
決
(
けつ
)
して
勿体
(
もつたい
)
ない。
244
仮令
(
たとへ
)
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
といひながら、
245
王
(
わう
)
の
后
(
きさき
)
とおなり
遊
(
あそ
)
ばした
貴方
(
あなた
)
に
対
(
たい
)
し
如何
(
どう
)
して
不義
(
ふぎ
)
の
刃
(
やいば
)
が
当
(
あ
)
てられませうか』
246
サマリー姫
『
貴方
(
あなた
)
は
既
(
すで
)
に
王
(
わう
)
様
(
さま
)
に
対
(
たい
)
し、
247
無形
(
むけい
)
の
刃
(
やいば
)
を
当
(
あ
)
てがつて
居
(
ゐ
)
るではありませぬか。
248
大
(
だい
)
それた
野心
(
やしん
)
を
起
(
おこ
)
し、
249
自分
(
じぶん
)
が
王位
(
わうゐ
)
に
取
(
と
)
つて
代
(
かは
)
らうとは、
250
人道
(
じんだう
)
にあるまじき
悪業
(
あくげふ
)
、
251
大自在天
(
だいじざいてん
)
様
(
さま
)
に
畏
(
おそ
)
れは
厶
(
ござ
)
いませぬか。
252
貴方
(
あなた
)
は、
253
妾
(
わらは
)
を
陰謀
(
いんぼう
)
の
犠牲
(
ぎせい
)
になさつたのでせう。
254
これ
位
(
くらゐ
)
残酷
(
ざんこく
)
なことは
厶
(
ござ
)
いますまい。
255
妾
(
わらは
)
の
朝夕
(
てうせき
)
の
心遣
(
こころづか
)
ひと
云
(
い
)
ふものは
一通
(
ひととほ
)
り
二通
(
ふたとほり
)
りでは
厶
(
ござ
)
いませぬぞ。
256
王
(
わう
)
様
(
さま
)
に
対
(
たい
)
し、
257
お
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
でなりませぬから、
258
何時
(
いつ
)
とはなしに
王
(
わう
)
様
(
さま
)
に
同情
(
どうじやう
)
をする
様
(
やう
)
になり、
259
今
(
いま
)
では
恋
(
こ
)
ひしくなつて
参
(
まゐ
)
りました。
260
然
(
しか
)
るに
王
(
わう
)
様
(
さま
)
は
左守
(
さもり
)
様
(
さま
)
のお
娘
(
むすめ
)
ヤスダラ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
に、
261
寝
(
ね
)
ても
起
(
お
)
きても
心
(
こころ
)
を
寄
(
よ
)
せ
給
(
たま
)
ひ、
262
妾
(
わらは
)
に
対
(
たい
)
しては
極
(
きは
)
めて
冷淡
(
れいたん
)
な
御
(
お
)
扱
(
あつか
)
ひ、
263
これといふのも
両親
(
りやうしん
)
の
心
(
こころ
)
が
善
(
よ
)
くないから、
264
何
(
なん
)
とはなしに
王
(
わう
)
様
(
さま
)
の
心
(
こころ
)
に
叶
(
かな
)
はないのでせう。
265
どうか
一
(
いち
)
日
(
にち
)
も
早
(
はや
)
く
御
(
ご
)
改心
(
かいしん
)
を
願
(
ねが
)
ひます。
266
さうでなければサマリー
姫
(
ひめ
)
、
267
改
(
あらた
)
めて
両人
(
りやうにん
)
を
手討
(
てうち
)
に
致
(
いた
)
す、
268
覚悟
(
かくご
)
めされ』
269
と
懐剣
(
くわいけん
)
をスラリと
引抜
(
ひきぬ
)
けば、
270
カールチンは
自棄糞
(
やけくそ
)
になり、
271
カールチン
『ナアニ、
272
猪口才
(
ちよこざい
)
千万
(
せんばん
)
な、
273
不孝娘
(
ふかうむすめ
)
』
274
と
云
(
い
)
ひながら、
275
手早
(
てばや
)
く
懐剣
(
くわいけん
)
を
奪
(
うば
)
ひ
取
(
と
)
り、
276
グツと
後手
(
うしろで
)
に
縛
(
しば
)
り
上
(
あ
)
げ、
277
地下室
(
ちかしつ
)
へ
姫
(
ひめ
)
を
閉
(
と
)
ぢ
込
(
こ
)
めて
了
(
しま
)
つた。
278
姫
(
ひめ
)
は
無念
(
むねん
)
の
歯
(
は
)
を
喰
(
く
)
ひしばり、
279
声
(
こゑ
)
を
限
(
かぎ
)
りにカールチンの
無道
(
ぶだう
)
を
罵
(
ののし
)
りながら
大自在天
(
だいじざいてん
)
大国彦
(
おほくにひこの
)
命
(
みこと
)
守
(
まも
)
り
給
(
たま
)
へ
幸
(
さち
)
はひ
給
(
たま
)
へ……と
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
祈願
(
きぐわん
)
を
凝
(
こ
)
らして
居
(
ゐ
)
る。
280
カールチンはヤツと
胸
(
むね
)
を
撫
(
な
)
でおろし、
281
カールチン
『あゝコレで
一安心
(
ひとあんしん
)
だ。
282
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
思
(
おも
)
ふ
様
(
やう
)
に
行
(
ゆ
)
かぬものだなア。
283
体
(
からだ
)
は
生
(
う
)
みつけても、
284
魂
(
たましひ
)
は
生
(
う
)
みつけられぬとは
此処
(
ここ
)
の
事
(
こと
)
だ。
285
オイ、
286
テーナ、
287
お
前
(
まへ
)
の
腹
(
はら
)
から
出
(
で
)
た
娘
(
むすめ
)
ながら、
288
随分
(
ずゐぶん
)
義
(
ぎ
)
の
固
(
かた
)
い
立派
(
りつぱ
)
な
者
(
もの
)
だなア。
289
彼奴
(
あいつ
)
の
言
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は
真
(
しん
)
に
道理
(
だうり
)
に
叶
(
かな
)
つてゐる。
290
併
(
しか
)
しながら
今
(
いま
)
となつては
如何
(
どう
)
する
事
(
こと
)
も
出来
(
でき
)
ない。
291
可哀相
(
かあいさう
)
ながら
暫
(
しばら
)
く
牢獄
(
ひとや
)
に
放
(
はふ
)
り
込
(
こ
)
んで
置
(
お
)
くより
途
(
みち
)
はない。
292
陰謀
(
いんぼう
)
露顕
(
ろけん
)
の
虞
(
おそれ
)
があるからのう……』
293
テーナ姫
『
今
(
いま
)
サマリー
姫
(
ひめ
)
の
言葉
(
ことば
)
に
依
(
よ
)
れば、
294
吾々
(
われわれ
)
の
陰謀
(
いんぼう
)
は
最早
(
もはや
)
王
(
わう
)
様
(
さま
)
や
其
(
その
)
他
(
た
)
の
人々
(
ひとびと
)
に
分
(
わか
)
つてゐるやうですから、
295
サマリー
姫
(
ひめ
)
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
位
(
ぐらゐ
)
暗室
(
あんしつ
)
へ
放
(
はふ
)
り
込
(
こ
)
んだ
所
(
ところ
)
で、
296
何
(
なん
)
の
効
(
かう
)
もありますまい。
297
吾
(
わが
)
耳
(
みみ
)
を
抑
(
おさ
)
へて
鈴
(
すず
)
を
盗
(
ぬす
)
むやうな
話
(
はなし
)
ぢやありませぬか』
298
カールチン
『アハヽヽヽ、
299
女童
(
をんなわらべ
)
の
分際
(
ぶんざい
)
として
英雄
(
えいゆう
)
の
心事
(
しんじ
)
や
智謀
(
ちぼう
)
が
分
(
わか
)
るものかい。
300
女
(
をんな
)
は
女
(
をんな
)
らしく
神妙
(
しんめう
)
に
夫
(
をつと
)
の
命令
(
めいれい
)
に
服従
(
ふくじゆう
)
すれば
良
(
よ
)
いのだ。
301
四
(
し
)
の
五
(
ご
)
の
申
(
まを
)
すと、
302
貴様
(
きさま
)
も
姫
(
ひめ
)
の
如
(
ごと
)
くに
牢獄
(
ひとや
)
にブチ
込
(
こ
)
んで
了
(
しま
)
ふぞ』
303
と
稍
(
やや
)
声
(
こゑ
)
を
高
(
たか
)
めて
睨
(
ね
)
めつけ
叱
(
しか
)
り
付
(
つ
)
くる。
304
テーナ姫
『オホヽヽヽ
怖
(
こは
)
い
事
(
こと
)
怖
(
こは
)
い
事
(
こと
)
、
305
モウこれきり、
306
何
(
なに
)
も
申
(
まを
)
しますまい』
307
カールチン
『
女
(
をんな
)
は
沈黙
(
ちんもく
)
が
第一
(
だいいち
)
だ。
308
牝鶏
(
めんどり
)
暁
(
あかつき
)
を
告
(
つ
)
げる
家
(
いへ
)
には
凶事
(
きようじ
)
多
(
おほ
)
しといふ。
309
今後
(
こんご
)
は
俺
(
おれ
)
のする
事
(
こと
)
に
就
(
つ
)
いて
一口
(
ひとくち
)
でも
容喙
(
ようかい
)
しようものなら、
310
了簡
(
れうけん
)
は
致
(
いた
)
さぬぞ。
311
合点
(
がつてん
)
致
(
いた
)
したか』
312
と
駄目
(
だめ
)
を
押
(
お
)
してゐる。
313
テーナは
顔色
(
かほいろ
)
青
(
あを
)
ざめて
稍
(
やや
)
怒
(
いか
)
りを
帯
(
お
)
び、
314
夫
(
をつと
)
の
顔
(
かほ
)
を
恨
(
うら
)
めしげに
眺
(
なが
)
めてゐる。
315
そこへ
慌
(
あわただ
)
しくやつて
来
(
き
)
たのは、
316
カールチンが
股肱
(
ここう
)
と
頼
(
たの
)
むマンモスである。
317
カールチン、
318
テーナは
素知
(
そし
)
らぬ
風
(
ふう
)
を
装
(
よそほ
)
ひ、
319
カールチン
『イヤ、
320
マンモス、
321
何
(
なに
)
か
急用
(
きふよう
)
でも
起
(
おこ
)
つたのかな』
322
マンモス
『ハイ、
323
少
(
すこ
)
しく
申上
(
まをしあ
)
げ
度
(
た
)
き
事
(
こと
)
が
厶
(
ござ
)
いまして……』
324
(
大正一一・一一・一〇
旧九・二二
松村真澄
録)
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