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第43巻(午の巻)
序文
総説
第1篇 狂風怪猿
01 烈風
〔1152〕
02 懐谷
〔1153〕
03 失明
〔1154〕
04 玉眼開
〔1155〕
05 感謝歌
〔1156〕
第2篇 月下の古祠
06 祠前
〔1157〕
07 森議
〔1158〕
08 噴飯
〔1159〕
09 輸入品
〔1160〕
第3篇 河鹿の霊嵐
10 夜の昼
〔1161〕
11 帰馬
〔1162〕
12 双遇
〔1163〕
第4篇 愛縁義情
13 軍談
〔1164〕
14 忍び涙
〔1165〕
15 温愛
〔1166〕
第5篇 清松懐春
16 鰌鍋
〔1167〕
17 反歌
〔1168〕
18 石室
〔1169〕
余白歌
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第一三章
軍談
(
ぐんだん
)
〔一一六四〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第43巻 舎身活躍 午の巻
篇:
第4篇 愛縁義情
よみ(新仮名遣い):
あいえんぎじょう
章:
第13章 軍談
よみ(新仮名遣い):
ぐんだん
通し章番号:
1164
口述日:
1922(大正11)年11月28日(旧10月10日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1924(大正13)年7月25日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
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:
主な登場人物
[?]
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2023-01-10 14:03:54
OBC :
rm4313
愛善世界社版:
199頁
八幡書店版:
第8輯 100頁
修補版:
校定版:
209頁
普及版:
84頁
初版:
ページ備考:
001
数十
(
すうじふ
)
年
(
ねん
)
の
雨風
(
あめかぜ
)
に
弄
(
もてあそ
)
ばれて、
002
屋根
(
やね
)
は
飛散
(
とびち
)
り
柱
(
はしら
)
は
歪
(
ゆが
)
み、
003
見
(
み
)
るかげもなき
古祠
(
ふるほこら
)
の
前
(
まへ
)
に、
004
薄雲
(
はくうん
)
を
被
(
かぶ
)
つてボンヤリ
輪廓
(
りんくわく
)
を
不明瞭
(
ふめいれう
)
に
現
(
あら
)
はした
月
(
つき
)
の
光
(
ひかり
)
を
浴
(
あ
)
び
乍
(
なが
)
ら、
005
話
(
はなし
)
に
耽
(
ふけ
)
る
七
(
しち
)
人
(
にん
)
の
男
(
をとこ
)
があつた。
006
これは
勿論
(
もちろん
)
治国別
(
はるくにわけ
)
、
007
玉国別
(
たまくにわけ
)
の
一行
(
いつかう
)
である。
008
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
治国別
(
はるくにわけ
)
さま、
009
昨日来
(
さくじつらい
)
の
大風
(
おほかぜ
)
には
随分
(
ずゐぶん
)
お
艱
(
なや
)
みでしたらうなア。
010
それに
又
(
また
)
バラモン
教
(
けう
)
の
軍勢
(
ぐんぜい
)
がやつて
来
(
き
)
たので、
011
一段
(
いちだん
)
と
御
(
お
)
骨
(
ほね
)
の
折
(
を
)
れたことでせう』
012
治国別
(
はるくにわけ
)
『
河鹿
(
かじか
)
峠
(
たうげ
)
を
此方
(
こちら
)
へ
下
(
くだ
)
る
折
(
をり
)
しも
片彦
(
かたひこ
)
、
013
久米彦
(
くめひこ
)
の
軍勢
(
ぐんぜい
)
と
出会
(
でつくは
)
し、
014
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
も
屈竟
(
くつきやう
)
の
難所
(
なんしよ
)
に
陣
(
ぢん
)
を
構
(
かま
)
へ、
015
徐
(
おもむろ
)
に
言霊
(
ことたま
)
を
打出
(
うちだ
)
した
所
(
ところ
)
、
016
昨日
(
さくじつ
)
の
暴風
(
ばうふう
)
に
木々
(
きぎ
)
の
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
が
散
(
ち
)
る
如
(
ごと
)
く、
017
隊伍
(
たいご
)
を
乱
(
みだ
)
し、
018
這々
(
はふばふ
)
の
体
(
てい
)
で
逃
(
に
)
げ
散
(
ち
)
つて
了
(
しま
)
ひましたよ。
019
貴方
(
あなた
)
は
此
(
この
)
森蔭
(
もりかげ
)
に
於
(
おい
)
て、
020
キツと
敵
(
てき
)
の
潰走
(
くわいそう
)
を
待受
(
まちう
)
け、
021
言霊
(
ことたま
)
を
打出
(
うちだ
)
しなさるだらう、
022
両方
(
りやうはう
)
より
言霊
(
ことたま
)
の
挟
(
はさ
)
み
打
(
うち
)
も
面白
(
おもしろ
)
からうと
考
(
かんが
)
へて
居
(
を
)
りました。
023
そしてさぞ
祠
(
ほこら
)
の
森
(
もり
)
の
前
(
まへ
)
には
沢山
(
たくさん
)
な
帰順者
(
きじゆんしや
)
が
居
(
を
)
るだらうと、
024
イヤもう
楽
(
たのし
)
んで
参
(
まゐ
)
りました。
025
敵
(
てき
)
は
此
(
この
)
谷道
(
たにみち
)
を
通
(
とほ
)
らなかつたですか』
026
玉国別
(
たまくにわけ
)
『ヤアもう
残念
(
ざんねん
)
なことを
致
(
いた
)
しました。
027
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
神罰
(
しんばつ
)
を
蒙
(
かうむ
)
り、
028
大怪我
(
おほけが
)
を
致
(
いた
)
し、
029
心気
(
しんき
)
沮喪
(
そさう
)
したと
見
(
み
)
え、
030
雪崩
(
なだれ
)
の
如
(
ごと
)
く
逃
(
に
)
げくる
敵
(
てき
)
を
無念
(
むねん
)
乍
(
なが
)
らも、
031
皆
(
みな
)
取逃
(
とりに
)
がして
了
(
しま
)
ひました』
032
治国別
(
はるくにわけ
)
『それは
何
(
なん
)
とも
仕方
(
しかた
)
がありませぬ。
033
何事
(
なにごと
)
も
神界
(
しんかい
)
の
御
(
ご
)
都合
(
つがふ
)
でせう。
034
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
大怪我
(
おほけが
)
をなさつたとは……』
035
玉国別
(
たまくにわけ
)
『ハイ
猿
(
さる
)
の
奴
(
やつ
)
に
両眼
(
りやうがん
)
をかき
むし
られ、
036
一旦
(
いつたん
)
は
失明
(
しつめい
)
致
(
いた
)
しましたが、
037
有難
(
ありがた
)
き
御
(
ご
)
神徳
(
しんとく
)
によつて
漸
(
やうや
)
く
片目
(
かため
)
を
救
(
すく
)
はれ、
038
此
(
この
)
森蔭
(
もりかげ
)
に
休息
(
きうそく
)
して
頭痛
(
づつう
)
や
目
(
め
)
の
痛
(
いた
)
みの
癒
(
なほ
)
るのを
待
(
ま
)
つて
居
(
を
)
りました』
039
治国別
(
はるくにわけ
)
『それは
誠
(
まこと
)
に
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
千万
(
せんばん
)
、
040
月夜
(
つきよ
)
とはいへ、
041
余
(
あま
)
りボンヤリとしてゐて、
042
お
顔
(
かほ
)
が
見
(
み
)
えませなんだが、
043
ドレ
一寸
(
ちよつと
)
見
(
み
)
せて
下
(
くだ
)
さい』
044
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
045
玉国別
(
たまくにわけ
)
の
顔
(
かほ
)
を
覗
(
のぞ
)
き
込
(
こ
)
んだ。
046
治国別
『ヤア
大変
(
たいへん
)
だ。
047
目
(
め
)
のまはりがただれて
居
(
を
)
ります。
048
余程
(
よほど
)
きつく
掻
(
か
)
いたものと
見
(
み
)
えますなア』
049
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
吾々
(
われわれ
)
が
心
(
こころ
)
の
油断
(
ゆだん
)
より
自
(
みづか
)
ら
災
(
わざわひ
)
を
招
(
まね
)
いたのです。
050
実
(
じつ
)
に
宣伝使
(
せんでんし
)
として
顔
(
かほ
)
がありませぬ』
051
治国別
(
はるくにわけ
)
『ここでは
何
(
なん
)
だかきまりが
悪
(
わる
)
いやうですが、
052
どこぞ
良
(
よ
)
い
場所
(
ばしよ
)
でゆつくり
話
(
はな
)
さうぢやありませぬか』
053
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
一町
(
いつちやう
)
許
(
ばか
)
り
此
(
この
)
森
(
もり
)
を
登
(
のぼ
)
つて
行
(
ゆ
)
きますると、
054
恰好
(
かつかう
)
な
休息所
(
きうそくしよ
)
があります。
055
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は
今宵
(
こよひ
)
も
其
(
その
)
森蔭
(
もりかげ
)
で
養生
(
やうじやう
)
がてら、
056
敵軍
(
てきぐん
)
の
進
(
すす
)
むのを
眺
(
なが
)
めて
居
(
を
)
りました』
057
治国別
(
はるくにわけ
)
『そんなら、
058
其
(
その
)
森蔭
(
もりかげ
)
の
休息所
(
きうそくしよ
)
までお
供
(
とも
)
を
致
(
いた
)
しませう』
059
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
何
(
いづ
)
れ
又
(
また
)
敵
(
てき
)
の
残党
(
ざんたう
)
が
通過
(
つうくわ
)
するやら、
060
再
(
ふたた
)
び
蒸
(
む
)
し
返
(
かへ
)
しに
来
(
く
)
るやら
分
(
わか
)
りませぬから、
061
此処
(
ここ
)
に
二人
(
ふたり
)
程
(
ほど
)
見張
(
みはり
)
をさしておいて
参
(
まゐ
)
りませうかなア』
062
治国別
(
はるくにわけ
)
『オイ
五三公
(
いそこう
)
、
063
お
前
(
まへ
)
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
だが、
064
此
(
この
)
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
で
暫
(
しばら
)
く
関所守
(
せきしよもり
)
をやつてくれないか』
065
五三公
(
いそこう
)
『ハイ
承知
(
しようち
)
致
(
いた
)
しました。
066
玉国別
(
たまくにわけ
)
さまの
部下
(
ぶか
)
の
方
(
かた
)
を
一人
(
ひとり
)
拝借
(
はいしやく
)
したいものですなア。
067
なることならば
私
(
わたし
)
と
能
(
よ
)
く
馬
(
うま
)
の
合
(
あ
)
ふ
伊太公
(
いたこう
)
と
関守
(
せきもり
)
を
勤
(
つと
)
めませう』
068
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
残念
(
ざんねん
)
ながら
伊太公
(
いたこう
)
は
貴方
(
あなた
)
にお
渡
(
わた
)
しする
訳
(
わけ
)
には
参
(
まゐ
)
りませぬ』
069
五三公
(
いそこう
)
『
誰
(
たれ
)
だつて
同
(
おな
)
じことぢやありませぬか。
070
私
(
わたし
)
の
先生
(
せんせい
)
も
斯
(
こ
)
うして
一人
(
ひとり
)
留守番
(
るすばん
)
をお
命
(
めい
)
じになつたのだから、
071
貴方
(
あなた
)
だつて、
072
伊太公
(
いたこう
)
の
一人
(
ひとり
)
位
(
ぐらゐ
)
ここにお
残
(
のこ
)
しになつても
宜
(
よ
)
かりさうなものですなア』
073
道公
(
みちこう
)
『
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は
伊太公
(
いたこう
)
の
奴
(
やつ
)
、
074
敵
(
てき
)
の
捕虜
(
ほりよ
)
となつて
了
(
しま
)
つたのだ。
075
これから
吾々
(
われわれ
)
両人
(
りやうにん
)
は
伊太公
(
いたこう
)
を
取返
(
とりかへ
)
しに
敵中
(
てきちう
)
へ
飛込
(
とびこ
)
まふと
思
(
おも
)
つてゐるのだが、
076
何分
(
なにぶん
)
先生
(
せんせい
)
が
目
(
め
)
を
痛
(
いた
)
め、
077
頭
(
あたま
)
を
痛
(
いた
)
めて
厶
(
ござ
)
るものだから
行
(
ゆ
)
くことも
出来
(
でき
)
ず、
078
気
(
き
)
が
気
(
き
)
でないのだ』
079
五三公
(
いそこう
)
『ヤアさうか、
080
そりや
大変
(
たいへん
)
だ。
081
俺
(
おれ
)
も
先生
(
せんせい
)
の
許
(
ゆる
)
しさへあれば
伊太公
(
いたこう
)
の
所在
(
ありか
)
を
尋
(
たづ
)
ねに
行
(
ゆ
)
きたいものだなア』
082
治国別
(
はるくにわけ
)
『ヤア、
083
玉国別
(
たまくにわけ
)
さま、
084
伊太公
(
いたこう
)
が
敵
(
てき
)
の
捕虜
(
ほりよ
)
になつたのですか』
085
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
残念
(
ざんねん
)
ながら……』
086
治国別
(
はるくにわけ
)
『ヤアそりや
困
(
こま
)
つたことが
出来
(
でき
)
たものだ。
087
マアマアゆつくりと
森蔭
(
もりかげ
)
で
御
(
ご
)
相談
(
さうだん
)
を
致
(
いた
)
しませう。
088
そんなら
五三公
(
いそこう
)
、
089
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
だが、
090
お
前
(
まへ
)
一人
(
ひとり
)
ここに
関守
(
せきもり
)
をやつてゐてくれ』
091
五三公
(
いそこう
)
『ハイやらぬことはありませぬが、
092
何
(
なん
)
だか
私
(
わたし
)
一人
(
ひとり
)
捨
(
す
)
てられた
様
(
やう
)
な
気分
(
きぶん
)
になりますワ。
093
どうぞ
晴公
(
はるこう
)
なりと
残
(
のこ
)
して
下
(
くだ
)
さいなア』
094
玉国別
(
たまくにわけ
)
『イヤ
宜
(
よろ
)
しい、
095
純公
(
すみこう
)
を
此処
(
ここ
)
に
残
(
のこ
)
して
置
(
お
)
きませう。
096
オイ
純公
(
すみこう
)
、
097
お
前
(
まへ
)
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
なれど、
098
五三公
(
いそこう
)
さまと
臨時
(
りんじ
)
関守
(
せきもり
)
を
頼
(
たの
)
む』
099
純公
(
すみこう
)
『
承知
(
しようち
)
致
(
いた
)
しました。
100
どうしても
私
(
わたし
)
は
雑兵
(
ざふひやう
)
だとみえて、
101
将校
(
しやうかう
)
会議
(
くわいぎ
)
に
参列
(
さんれつ
)
は
許
(
ゆる
)
されないのですなア、
102
敵
(
てき
)
を
遠
(
とほ
)
くに
追
(
お
)
ひちらし、
103
稍
(
やや
)
小康
(
せうかう
)
を
得
(
え
)
たる
此
(
この
)
場合
(
ばあひ
)
、
104
仕方
(
しかた
)
がありませぬから、
105
私
(
わたし
)
は
五三公
(
いそこう
)
さまと
又
(
また
)
別働隊
(
べつどうたい
)
を
造
(
つく
)
つて、
106
将校
(
しやうかう
)
会議
(
くわいぎ
)
を
開設
(
かいせつ
)
致
(
いた
)
しませう。
107
サア、
108
両
(
りやう
)
先生
(
せんせい
)
初
(
はじ
)
め
道公
(
みちこう
)
、
109
晴公
(
はるこう
)
、
110
万公
(
まんこう
)
、
111
ゆつくりと
休
(
やす
)
んでおいでなさいませ』
112
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
確
(
しつか
)
り
頼
(
たの
)
む。
113
変
(
かは
)
つたことがあれば
手
(
て
)
を
拍
(
う
)
つて
合図
(
あひづ
)
をしてくれ』
114
純公
(
すみこう
)
『
万事
(
ばんじ
)
呑込
(
のみこ
)
んで
居
(
を
)
ります』
115
玉国別
(
たまくにわけ
)
『そんなら
宜
(
よろ
)
しう
頼
(
たの
)
む』
116
と
玉国別
(
たまくにわけ
)
は
先
(
さき
)
に
立
(
た
)
つて、
117
以前
(
いぜん
)
の
森蔭
(
もりかげ
)
に
登
(
のぼ
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
118
両
(
りやう
)
宣伝使
(
せんでんし
)
及
(
およ
)
び
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
の
堆
(
うづだか
)
く
積
(
つ
)
んだ
上
(
うへ
)
に
蓑
(
みの
)
を
敷
(
し
)
き、
119
言霊戦
(
ことたません
)
の
状況
(
じやうきやう
)
や、
120
懐谷
(
ふところだに
)
の
遭難
(
さうなん
)
の
顛末
(
てんまつ
)
などを
包
(
つつ
)
まず
隠
(
かく
)
さず
互
(
たがひ
)
に
打明
(
うちあ
)
けて
談
(
だん
)
じ
合
(
あ
)
うてゐる。
121
此方
(
こちら
)
は
古祠
(
ふるほこら
)
の
前
(
まへ
)
、
122
純公
(
すみこう
)
、
123
五三公
(
いそこう
)
は
近
(
ちか
)
い
西山
(
せいざん
)
に
隠
(
かく
)
れた
月
(
つき
)
を
見送
(
みおく
)
り
乍
(
なが
)
ら、
124
純公
(
すみこう
)
『ヤア
月様
(
つきさま
)
もとうとうアリヨースとお
帰
(
かへ
)
り
遊
(
あそ
)
ばした。
125
どうも
俄
(
にはか
)
に
山影
(
やまかげ
)
が
襲
(
おそ
)
うて
来
(
き
)
たと
云
(
い
)
ふものか、
126
暗黒界
(
あんこくかい
)
になつたぢやないか』
127
五三公
(
いそこう
)
『どうせお
月
(
つき
)
さまだつて、
128
同
(
おな
)
じとこに
止
(
とど
)
まつていらつしやる
道理
(
だうり
)
がない。
129
やがて
又
(
また
)
夜
(
よ
)
計
(
ばか
)
りぢやない、
130
夜明
(
よあ
)
けも
近付
(
ちかづ
)
いたのだから、
131
暫
(
しばら
)
くグツとここで
横
(
よこた
)
はり、
132
バラモン
征伐
(
せいばつ
)
の
夢
(
ゆめ
)
でも
見
(
み
)
ようぢやないか』
133
純公
(
すみこう
)
『お
前
(
まへ
)
寝
(
ね
)
たけら
寝
(
ね
)
てくれ、
134
関守
(
せきもり
)
がそんなことぢや
勤
(
つと
)
まらないから、
135
俺
(
おれ
)
は
此処
(
ここ
)
に
目
(
め
)
をあけて
職務
(
しよくむ
)
忠実
(
ちうじつ
)
に
勤
(
つと
)
めてゐる。
136
ヤア
言霊戦
(
ことたません
)
で
随分
(
ずゐぶん
)
お
前
(
まへ
)
も
疲労
(
くたび
)
れただらう、
137
無理
(
むり
)
もない
俺
(
おれ
)
の
蓑
(
みの
)
も
貸
(
か
)
してやるから、
138
サア
寝
(
ね
)
たり
寝
(
ね
)
たり』
139
五三公
(
いそこう
)
『お
前
(
まへ
)
の
寝
(
ね
)
られないのは、
140
モ
一
(
ひと
)
つ
原因
(
げんいん
)
があるのだらう。
141
伊太公
(
いたこう
)
の
行方
(
ゆくへ
)
が
気
(
き
)
にかかつてゐるのだらうがなア』
142
純公
(
すみこう
)
『それが
第一
(
だいいち
)
の
心配
(
しんぱい
)
だ。
143
一
(
いち
)
秒間
(
べうかん
)
だつて
彼奴
(
あいつ
)
の
事
(
こと
)
を
忘
(
わす
)
れやうたつて、
144
忘
(
わす
)
れられるものか。
145
俺
(
おれ
)
は
斯
(
か
)
うして
安閑
(
あんかん
)
とここに
関守
(
せきもり
)
を
勤
(
つと
)
めてゐるものの、
146
伊太公
(
いたこう
)
はエラい
責苦
(
せめく
)
に
会
(
あ
)
はされてゐるかと
思
(
おも
)
へば、
147
如何
(
どう
)
して
眠
(
ねむ
)
ることが
出来
(
でき
)
ようぞ』
148
五三公
(
いそこう
)
『アハヽヽヽそれ
程
(
ほど
)
苦
(
く
)
になるか。
149
人
(
ひと
)
の
一人
(
ひとり
)
位
(
くらゐ
)
如何
(
どう
)
なつてもいいぢやないか、
150
貴様
(
きさま
)
さへ
安全
(
あんぜん
)
にあつたら
何
(
なに
)
よりも
大慶
(
たいけい
)
だらう。
151
たつた
今迄
(
いままで
)
ピチピチして
居
(
を
)
つた
人間
(
にんげん
)
が
死
(
し
)
といふ
魔風
(
まかぜ
)
に
吹
(
ふ
)
かれて、
152
ウンと
一声
(
ひとこゑ
)
冥土
(
めいど
)
へ
旅立
(
たびだ
)
ちする
奴
(
やつ
)
もあるのだ。
153
何程
(
なにほど
)
貴様
(
きさま
)
がハートに
波
(
なみ
)
を
立
(
た
)
ててもがいた
所
(
ところ
)
で
如何
(
どう
)
する
事
(
こと
)
も
出来
(
でき
)
ぬぢやないか。
154
そんな
人
(
ひと
)
の
疝気
(
せんき
)
を
頭痛
(
づつう
)
に
病
(
や
)
むやうな
馬鹿
(
ばか
)
な
事
(
こと
)
は
思
(
おも
)
はぬが
良
(
よ
)
いぞ。
155
終
(
しま
)
ひにや
貴様
(
きさま
)
の
体
(
からだ
)
まで
毀
(
こは
)
して
了
(
しま
)
ふぢやないか』
156
純公
(
すみこう
)
『
貴様
(
きさま
)
は
余程
(
よほど
)
良
(
よ
)
い
冷血漢
(
れいけつかん
)
だなア。
157
何程
(
なにほど
)
吾
(
わが
)
身
(
み
)
が
大事
(
だいじ
)
だといつて、
158
友
(
とも
)
の
危難
(
きなん
)
を
平気
(
へいき
)
で
見遁
(
みのが
)
すことが
出来
(
でき
)
ようかい。
159
それが
朋友
(
ほういう
)
の
義務
(
ぎむ
)
だ。
160
否
(
いな
)
義務
(
ぎむ
)
どころか
情
(
なさけ
)
ぢやないか』
161
五三公
(
いそこう
)
『さう
心配
(
しんぱい
)
するな。
162
伊太公
(
いたこう
)
は
決
(
けつ
)
して
嬲殺
(
なぶりごろし
)
になつたり、
163
虐待
(
ぎやくたい
)
されたりするやうな
男
(
をとこ
)
ぢやない。
164
彼奴
(
あいつ
)
は
じゆん
才
(
さい
)
な
男
(
をとこ
)
だから、
165
そこは
甘
(
うま
)
く
合槌
(
あひづち
)
を
打
(
う
)
ち、
166
敵
(
てき
)
でさへも
可愛
(
かあい
)
がるやうな
交際振
(
かうさいぶり
)
を
発揮
(
はつき
)
してゐるよ。
167
キツと
敵
(
てき
)
に
同情
(
どうじやう
)
を
受
(
う
)
けてゐるに
定
(
きま
)
つて
居
(
ゐ
)
るワ』
168
純公
(
すみこう
)
『さうだらうかなア、
169
それが
本当
(
ほんたう
)
ならば、
170
俺
(
おれ
)
もチツと
許
(
ばか
)
り
安心
(
あんしん
)
だ』
171
五三公
(
いそこう
)
『
伊太公
(
いたこう
)
はまた
如何
(
どう
)
して
捕虜
(
ほりよ
)
になりよつたのだ。
172
其
(
その
)
顛末
(
てんまつ
)
をチツと
聞
(
き
)
かして
呉
(
く
)
れないか』
173
純公
(
すみこう
)
『ウーン、
174
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
が
先生
(
せんせい
)
とあの
森蔭
(
もりかげ
)
で
休息
(
きうそく
)
してゐると、
175
バラモン
教
(
けう
)
の
軍勢
(
ぐんぜい
)
が
此
(
この
)
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
で
休息
(
きうそく
)
し
人員
(
じんゐん
)
点呼
(
てんこ
)
までやつてゐやがるぢやないか。
176
そして
素盞嗚
(
すさのをの
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
を
征伐
(
せいばつ
)
すると
云
(
い
)
つて、
177
ヒドイ
進軍歌
(
しんぐんか
)
を
歌
(
うた
)
つてゐやがるのだ。
178
それを
聞
(
き
)
いて
吾々
(
われわれ
)
三五教
(
あななひけう
)
の
信者
(
しんじや
)
が
如何
(
どう
)
して
堪
(
こら
)
へて
居
(
ゐ
)
ることが
出来
(
でき
)
ようか。
179
……
不意
(
ふい
)
に
飛
(
と
)
んで
出
(
で
)
て、
180
一人
(
ひとり
)
も
残
(
のこ
)
らず
打懲
(
うちこら
)
してやらうと
思
(
おも
)
つたが、
181
何分
(
なにぶん
)
先生
(
せんせい
)
の
目
(
め
)
が
悪
(
わる
)
いものだから、
182
一息
(
ひといき
)
も
離
(
はな
)
れる
訳
(
わけ
)
に
行
(
ゆ
)
かず、
183
切歯
(
せつし
)
扼腕
(
やくわん
)
悲憤
(
ひふん
)
の
涙
(
なみだ
)
を
流
(
なが
)
してゐると
伊太公
(
いたこう
)
の
奴
(
やつ
)
堪
(
たま
)
りかねて、
184
金剛杖
(
こんがうづゑ
)
を
縦横
(
じうわう
)
無尽
(
むじん
)
に
打振
(
うちふ
)
り、
185
命
(
いのち
)
を
的
(
まと
)
に
敵中
(
てきちう
)
へ
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
んだきり、
186
帰
(
かへ
)
つて
来
(
こ
)
ないのだ。
187
実
(
じつ
)
に
残念
(
ざんねん
)
なことをしたワイ。
188
先生
(
せんせい
)
様
(
さま
)
のお
止
(
と
)
めなさるのも
聞
(
き
)
かずに
行
(
い
)
つたものだから、
189
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
罰
(
ばち
)
で
敵
(
てき
)
に
捕
(
とら
)
はれよつたのだ。
190
アヽ
思
(
おも
)
へば
思
(
おも
)
へば
又
(
また
)
悲
(
かな
)
しくなつて
来
(
き
)
たワイ』
191
五三公
(
いそこう
)
『
何
(
なん
)
とした
向意気
(
むかふいき
)
の
強
(
つよ
)
い
男
(
をとこ
)
だらうなア、
192
後前
(
あとさき
)
も
考
(
かんが
)
へず、
193
匹夫
(
ひつぷ
)
の
勇
(
ゆう
)
を
揮
(
ふる
)
ふと、
194
そんな
目
(
め
)
に
会
(
あ
)
はねばならぬ。
195
何事
(
なにごと
)
も
先生
(
せんせい
)
の
命令
(
めいれい
)
さへ、
196
神妙
(
しんめう
)
に
聞
(
き
)
いて
居
(
を
)
れば
良
(
よ
)
いのだのになア』
197
純公
(
すみこう
)
『
久方
(
ひさかた
)
の
空
(
そら
)
に
消
(
き
)
えたる
月
(
つき
)
みれば
198
友
(
とも
)
の
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
慕
(
した
)
はるる
哉
(
かな
)
。
199
吾
(
わが
)
友
(
とも
)
は
今
(
いま
)
やいづくの
何人
(
なにびと
)
に
200
救
(
すく
)
はれゐるか
心許
(
こころもと
)
なし』
201
五三公
(
いそこう
)
『
惟神
(
かむながら
)
尊
(
たふと
)
き
神
(
かみ
)
に
仕
(
つか
)
へたる
202
神
(
かみ
)
の
子
(
こ
)
ならば
安
(
やす
)
くいまさむ』
203
純公
(
すみこう
)
『アーア、
204
余
(
あま
)
りの
心配
(
しんぱい
)
で、
205
歌
(
うた
)
を
詠
(
よ
)
んでみようと
思
(
おも
)
うたが、
206
歌
(
うた
)
もハツキリ
出
(
で
)
ては
来
(
こ
)
ないワ。
207
先生
(
せんせい
)
はあの
通
(
とほ
)
り
目
(
め
)
をわづらひ、
208
頭
(
あたま
)
を
痛
(
いた
)
め、
209
伊太公
(
いたこう
)
は
行方
(
ゆくへ
)
不明
(
ふめい
)
となり、
210
何
(
なん
)
とした
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
の
一行
(
いつかう
)
は、
211
運
(
うん
)
の
悪
(
わる
)
いものだらう、
212
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
見離
(
みはな
)
されたのぢやあるまいかなア』
213
五三公
(
いそこう
)
『そんな
事
(
こと
)
は
吾々
(
われわれ
)
にや
分
(
わか
)
らないワイ。
214
善悪
(
ぜんあく
)
正邪
(
せいじや
)
を
区別
(
くべつ
)
するのは
神
(
かみ
)
ばかりだ。
215
それだから
神
(
かみ
)
が
表
(
おもて
)
に
現
(
あら
)
はれて、
216
善
(
ぜん
)
と
悪
(
あく
)
とを
立別
(
たてわ
)
けると、
217
基本歌
(
きほんか
)
に
出
(
で
)
て
居
(
ゐ
)
るのだ。
218
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
も
伊太公
(
いたこう
)
の
為
(
ため
)
に、
219
何神
(
なにがみ
)
の
祠
(
ほこら
)
か
知
(
し
)
らぬが、
220
ここで
祈
(
いの
)
ることにしようかい』
221
純公
(
すみこう
)
『ヤアそりや
有難
(
ありがた
)
い、
222
伊太公
(
いたこう
)
の
為
(
ため
)
に
祈
(
いの
)
つてやらうと
云
(
い
)
ふのか』
223
と
涙声
(
なみだごゑ
)
を
出
(
だ
)
し
乍
(
なが
)
ら、
224
手
(
て
)
を
合
(
あは
)
せて
暗祈
(
あんき
)
黙祷
(
もくたう
)
をなすこと
稍
(
やや
)
暫
(
しば
)
し、
225
漸
(
やうや
)
くにして
夜
(
よ
)
はカラリと
明
(
あ
)
けた。
226
慌
(
あわ
)
てて
谷間
(
たにま
)
に
落
(
お
)
ちた
二三頭
(
にさんとう
)
の
馬
(
うま
)
、
227
主人
(
しゆじん
)
の
所在
(
ありか
)
を
索
(
もと
)
めてノソリノソリと
急坂
(
きふはん
)
を
下
(
くだ
)
つて
来
(
き
)
た。
228
純公
(
すみこう
)
『ヤア
敵
(
てき
)
の
馬
(
うま
)
が
逃
(
に
)
げそそくれたと
見
(
み
)
えて、
229
今頃
(
いまごろ
)
にやつて
来
(
き
)
よつた。
230
ヤア
此奴
(
こいつ
)
ア、
231
何奴
(
どいつ
)
も
此奴
(
こいつ
)
も
足
(
あし
)
を
痛
(
いた
)
めてゐる
塩梅
(
あんばい
)
だ。
232
畜生
(
ちくしやう
)
といひ
乍
(
なが
)
ら
可哀相
(
かあいさう
)
だなア。
233
一
(
ひと
)
つ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
願
(
ねが
)
つて
馬
(
うま
)
の
脚
(
あし
)
を
直
(
なほ
)
してやらうかなア』
234
五三公
(
いそこう
)
『
俄
(
にはか
)
に
獣医
(
じうい
)
でも
開業
(
かいげふ
)
する
積
(
つも
)
りかなア、
235
免状
(
めんじやう
)
を
持
(
も
)
つてゐるか。
236
今
(
いま
)
の
時節
(
じせつ
)
は
何程
(
なにほど
)
技能
(
ぎのう
)
があつても
免状
(
めんじやう
)
がなければ
駄目
(
だめ
)
だぞ。
237
どんな
筍医者
(
たけのこいしや
)
でも、
238
開業
(
かいげふ
)
試験
(
しけん
)
といふ
関門
(
くわんもん
)
を
何
(
ど
)
うなり
斯
(
こ
)
うなり
通過
(
つうくわ
)
さへしておけば、
239
立派
(
りつぱ
)
なドクトルだ。
240
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
つても
規則
(
きそく
)
づくめの
杓子
(
しやくし
)
定規
(
ぢやうぎ
)
の
行方
(
やりかた
)
だからなア』
241
純公
(
すみこう
)
『アヽ
馬
(
うま
)
の
奴
(
やつ
)
……
皆
(
みな
)
さまお
早
(
はや
)
うとも
何
(
なん
)
とも
吐
(
ぬか
)
さずに、
242
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
の
好意
(
かうい
)
を
無
(
む
)
にして
通過
(
つうくわ
)
して
了
(
しま
)
ひやがつた、
243
ヤツパリ
畜生
(
ちくしやう
)
は
畜生
(
ちくしやう
)
だなア』
244
五三公
(
いそこう
)
『
純公
(
すみこう
)
、
245
馬
(
うま
)
も
助
(
たす
)
けてやるのは
良
(
よ
)
いが、
246
馬
(
うま
)
よりも
大切
(
たいせつ
)
な
者
(
もの
)
があるだろ』
247
純公
(
すみこう
)
『いかにも、
248
馬
(
うま
)
も
助
(
たす
)
けねばなるまいが、
249
第一
(
だいいち
)
先生
(
せんせい
)
の
御
(
ご
)
病気
(
びやうき
)
を
癒
(
なほ
)
す
様
(
やう
)
に
鎮魂
(
ちんこん
)
をせなくてはならなかつたなア。
250
併
(
しか
)
し
俺
(
おれ
)
は
畜生
(
ちくしやう
)
の
鎮魂
(
ちんこん
)
位
(
ぐらゐ
)
が
性
(
しやう
)
に
合
(
あ
)
うてゐるのだ。
251
到底
(
たうてい
)
先生
(
せんせい
)
の
御
(
ご
)
病気
(
びやうき
)
を
鎮魂
(
ちんこん
)
で
癒
(
なほ
)
すといふやうなこたア
出来
(
でき
)
やしないワ』
252
五三公
(
いそこう
)
『
誠心
(
まごころ
)
さへ
天
(
てん
)
に
通
(
つう
)
じたら、
253
先生
(
せんせい
)
の
病気
(
びやうき
)
だつてキツと
癒
(
なほ
)
るよ』
254
純公
(
すみこう
)
『さう
聞
(
き
)
けばさうかも
知
(
し
)
れぬなア、
255
何
(
なん
)
だか
知
(
し
)
らぬが、
256
気
(
き
)
が
落
(
お
)
ちつかないワイ。
257
斯
(
か
)
う
夜
(
よ
)
がカラツと
明
(
あ
)
けては、
258
此
(
こ
)
の
坂路
(
さかみち
)
は
稍
(
やや
)
安心
(
あんしん
)
だが、
259
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
昨夜
(
さくや
)
逃去
(
にげさ
)
つた
敵
(
てき
)
の
集団
(
しふだん
)
が、
260
此
(
この
)
谷路
(
たにみち
)
に
吾々
(
われわれ
)
の
前途
(
ぜんと
)
を
閉塞
(
へいそく
)
して、
261
一人
(
ひとり
)
も
残
(
のこ
)
らず、
262
虜
(
とりこ
)
にせむと、
263
待構
(
まちかま
)
へてゐるやうな
気
(
き
)
がしてならないワ』
264
五三公
(
いそこう
)
『そりやキツトさうだらうよ。
265
面白
(
おもしろ
)
いぢやないか、
266
エヽー。
267
これからが
吾々
(
われわれ
)
の
真剣
(
しんけん
)
の
舞台
(
ぶたい
)
となるのだ、
268
そんな
弱々
(
よわよわ
)
したこと
言
(
い
)
はずにチツと
確
(
しつか
)
りせぬかい』
269
斯
(
か
)
く
話
(
はな
)
す
時
(
とき
)
しも、
270
馬
(
うま
)
から
転落
(
てんらく
)
し、
271
足
(
あし
)
を
傷
(
きず
)
つけた
逃
(
に
)
げ
遅
(
おく
)
れのバラモン
教
(
けう
)
の
男
(
をとこ
)
、
272
槍
(
やり
)
を
杖
(
つゑ
)
につき、
273
二人
(
ふたり
)
連
(
づれ
)
でヒヨクリ ヒヨクリと
跛
(
びつこ
)
をひき
乍
(
なが
)
ら、
274
此処
(
ここ
)
へ
現
(
あら
)
はれて
来
(
き
)
た。
275
此
(
この
)
二人
(
ふたり
)
は
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
秘書役
(
ひしよやく
)
ともいふべき、
276
マツ、
277
タツの
両人
(
りやうにん
)
であつた。
278
二人
(
ふたり
)
は
純公
(
すみこう
)
、
279
五三公
(
いそこう
)
の
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
に
狛犬然
(
こまいぬぜん
)
と
坐
(
すわ
)
つてゐるのに
気
(
き
)
が
着
(
つ
)
き、
280
馴々
(
なれなれ
)
しく、
281
マツ
公
(
こう
)
『ヤア
三五教
(
あななひけう
)
の
大先生
(
だいせんせい
)
、
282
お
早
(
はや
)
うさまで
厶
(
ござ
)
います。
283
夜前
(
やぜん
)
は
大変
(
たいへん
)
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
で
厶
(
ござ
)
いましたなア。
284
随分
(
ずゐぶん
)
御
(
お
)
疲労
(
くたびれ
)
になつたでせう。
285
私
(
わたし
)
も
大変
(
たいへん
)
お
疲労
(
くたびれ
)
になりました。
286
これ
御覧
(
ごらん
)
なさいませ、
287
一方
(
いつぱう
)
のコンパスがチツと
許
(
ばか
)
り
破損
(
はそん
)
致
(
いた
)
しまして、
288
此
(
この
)
手槍
(
てやり
)
をコンパス
代用
(
だいよう
)
に、
289
無理槍
(
むりやり
)
にここ
迄
(
まで
)
下
(
くだ
)
つて
来
(
き
)
た
所
(
ところ
)
です、
290
此処
(
ここ
)
でゆつくりと
休
(
やす
)
んで
行
(
ゆ
)
かうと
思
(
おも
)
つて
楽
(
たのし
)
んで
参
(
まゐ
)
りました。
291
良
(
い
)
い
所
(
ところ
)
でお
目
(
め
)
にかかりました。
292
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
相身互
(
あひみたがひ
)
だから、
293
貴方
(
あなた
)
も
赤十字
(
せきじふじ
)
班
(
はん
)
の
衛生隊
(
ゑいせいたい
)
と
思召
(
おぼしめ
)
して
吾々
(
われわれ
)
両人
(
りやうにん
)
の
看護
(
かんご
)
をして
下
(
くだ
)
さいな。
294
見
(
み
)
れば
貴方
(
あなた
)
のお
召物
(
めしもの
)
には
丸
(
まる
)
に
十
(
じふ
)
がついてゐる。
295
キツと
白十字
(
はくじふじ
)
社
(
しや
)
の
救護班
(
きうごはん
)
と
思
(
おも
)
ひますが、
296
違
(
ちが
)
ひますかな』
297
五三公
(
いそこう
)
『アハヽヽヽ
此奴
(
こいつ
)
ア
面白
(
おもしろ
)
い
吾
(
わが
)
党
(
たう
)
の
士
(
し
)
だ。
298
オイ、
299
コンパスの
破損
(
はそん
)
先生
(
せんせい
)
、
300
ドクトルが
一
(
ひと
)
つ
診察
(
しんさつ
)
をしてやらう』
301
マツ
公
(
こう
)
『イヤ
其奴
(
そいつ
)
ア
有難
(
ありがた
)
い、
302
何分
(
なにぶん
)
宜
(
よろ
)
しう
頼
(
たの
)
みます。
303
敵
(
てき
)
と
云
(
い
)
ひ
味方
(
みかた
)
といふのも、
304
人間
(
にんげん
)
が
勝手
(
かつて
)
につけた
名称
(
めいしよう
)
で、
305
ヤツパリ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
目
(
め
)
から
見
(
み
)
れば
皆
(
みな
)
兄弟
(
きやうだい
)
だからなア』
306
純公
(
すみこう
)
『ヤアま
一人
(
ひとり
)
負傷者
(
ふしやうしや
)
があるぢやないか』
307
マツ
公
(
こう
)
『ハイこれはタツと
言
(
い
)
ひまして、
308
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
秘書役
(
ひしよやく
)
ですよ。
309
私
(
わたし
)
も
一寸
(
ちよつと
)
新米
(
しんまい
)
ではあるが、
310
夏
(
なつ
)
でもないのに、
311
ヒシヨ
(
避暑
(
ひしよ
)
)をやつて
居
(
を
)
ります。
312
アハヽヽヽ、
313
まだまだ
七八
(
しちはち
)
人
(
にん
)
の
負傷者
(
ふしやうしや
)
が
谷底
(
たにそこ
)
に
呻吟
(
しんぎん
)
してゐますから、
314
一
(
ひと
)
つ
担架隊
(
たんかたい
)
でも
出
(
だ
)
して、
315
此処
(
ここ
)
まで
持
(
も
)
ち
運
(
はこ
)
び、
316
此
(
この
)
祠
(
ほこら
)
を
臨時
(
りんじ
)
野戦
(
やせん
)
病院
(
びやうゐん
)
として、
317
治療
(
ちれう
)
を
与
(
あた
)
へてやつて
貰
(
もら
)
ひたいものですなア。
318
三五教
(
あななひけう
)
は
敵
(
てき
)
でも
助
(
たす
)
けるといふ
教
(
をしへ
)
だと
聞
(
き
)
いたから、
319
此
(
この
)
マツ
公
(
こう
)
もスツカリと
気
(
き
)
を
許
(
ゆる
)
し、
320
親
(
おや
)
の
側
(
そば
)
へ
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
たやうな
気分
(
きぶん
)
になりました』
321
何程
(
なにほど
)
憎
(
にく
)
い
敵
(
てき
)
でも
悪人
(
あくにん
)
でも、
322
向
(
むか
)
ふの
方
(
はう
)
から
打解
(
うちと
)
け、
323
開
(
あ
)
けつ
放
(
はな
)
しでやつて
来
(
こ
)
られると
人間
(
にんげん
)
といふものは
妙
(
めう
)
なもので、
324
何
(
なん
)
となく
贔屓
(
ひいき
)
がつき、
325
吾
(
わが
)
身
(
み
)
を
忘
(
わす
)
れて
助
(
たす
)
けてやりたくなるものである。
326
バラモン
教
(
けう
)
のマツ
公
(
こう
)
、
327
タツ
公
(
こう
)
は
流石
(
さすが
)
に
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
秘書
(
ひしよ
)
を
勤
(
つと
)
むる
丈
(
だけ
)
あつて、
328
先
(
さき
)
んずれば
人
(
ひと
)
を
制
(
せい
)
するといふ
筆法
(
ひつぱふ
)
を
能
(
よ
)
く
呑込
(
のみこ
)
んでゐた。
329
其
(
その
)
実
(
じつ
)
は
酢
(
す
)
でも
蒟蒻
(
こんにやく
)
でもいかぬ
しれ
者
(
もの
)
なのだ。
330
五三公
(
いそこう
)
、
331
純公
(
すみこう
)
もそんなことを
知
(
し
)
らぬ
様
(
やう
)
な
馬鹿
(
ばか
)
ではないが、
332
敵
(
てき
)
の
方
(
はう
)
から
斯
(
こ
)
う
出
(
で
)
られると、
333
知
(
し
)
らず
識
(
し
)
らずの
間
(
あひだ
)
に
受太刀
(
うけだち
)
にならざるを
得
(
え
)
ないのであつた。
334
五三公
(
いそこう
)
『
三五教
(
あななひけう
)
独特
(
どくとく
)
の
鎮魂
(
ちんこん
)
の
妙術
(
めうじゆつ
)
を
施
(
ほどこ
)
してやるから、
335
先
(
ま
)
づそこで
横
(
よこ
)
になつて
見
(
み
)
よ』
336
マツ
公
(
こう
)
『イヤ
有難
(
ありがた
)
う、
337
三五教
(
あななひけう
)
の
信者
(
しんじや
)
はさうなくてはならぬ。
338
如何
(
いか
)
にも
良
(
い
)
い
教
(
をしへ
)
だなア。
339
博愛
(
はくあい
)
主義
(
しゆぎ
)
だ。
340
あゝ
敵
(
てき
)
乍
(
なが
)
ら
霊
(
たま
)
幸倍
(
ちはへ
)
坐世
(
ませ
)
、
341
カタキ
乍
(
なが
)
ら
霊
(
たま
)
幸倍
(
ちはへ
)
坐世
(
ませ
)
』
342
五三公
(
いそこう
)
『アハヽヽヽ
此奴
(
こいつ
)
ア
面白
(
おもしろ
)
い
奴
(
やつ
)
だ。
343
遺憾
(
ゐかん
)
乍
(
なが
)
ら
霊
(
たま
)
幸倍
(
ちはへ
)
坐世
(
ませ
)
。
344
イヤイヤ
乍
(
なが
)
ら
霊
(
たま
)
幸倍
(
ちはへ
)
坐世
(
ませ
)
。
345
仕方
(
しかた
)
がない
霊
(
たま
)
幸倍
(
ちはへ
)
坐世
(
ませ
)
』
346
マツ
公
(
こう
)
『アハヽヽヽアイタヽヽヽ、
347
余
(
あま
)
り
笑
(
わら
)
ふと、
348
骨
(
ほね
)
に
響
(
ひび
)
いて
痛
(
いた
)
くて
仕方
(
しかた
)
がないワ。
349
オイ、
350
タツ
公
(
こう
)
、
351
貴様
(
きさま
)
も
一
(
ひと
)
つ
治療
(
ちれう
)
を
受
(
う
)
けないか、
352
何程
(
なにほど
)
大治療
(
だいちれう
)
を
受
(
う
)
けても
薬礼
(
やくれい
)
も
要
(
い
)
らず、
353
入院料
(
にふゐんれう
)
も
要
(
い
)
らぬのだから、
354
嬶
(
かか
)
の
湯巻
(
ゆまき
)
まで
六一
(
ろくいち
)
銀行
(
ぎんかう
)
へ
無期
(
むき
)
徒刑
(
とけい
)
にやる
必要
(
ひつえう
)
もなし、
355
極
(
きは
)
めて
安全
(
あんぜん
)
なものだぞ』
356
タツ
公
(
こう
)
『
俺
(
おれ
)
の
傷
(
きず
)
は
余程
(
よほど
)
深
(
ふか
)
いのだから、
357
さう
直
(
ぢき
)
に
治
(
なほ
)
らうかなア』
358
五三公
(
いそこう
)
『さう
心配
(
しんぱい
)
をするな。
359
俺
(
おれ
)
の
技術
(
ぎじゆつ
)
を
信用
(
しんよう
)
してくれ。
360
白十字
(
はくじふじ
)
病院長
(
びやうゐんちやう
)
、
361
死学
(
しがく
)
博士
(
はくし
)
だ、
362
千
(
せん
)
人
(
にん
)
の
患者
(
くわんじや
)
を
扱
(
あつか
)
つたら、
363
九百
(
くひやく
)
九十九
(
くじふく
)
人
(
にん
)
までは
皆
(
みな
)
霊壇
(
れいだん
)
へ
直
(
なほ
)
し、
364
墓場
(
はかば
)
へ
送
(
おく
)
るのだから、
365
死学
(
しがく
)
博士
(
はくし
)
といふのだよ、
366
随分
(
ずゐぶん
)
偉
(
えら
)
い
者
(
もの
)
だらう。
367
そして
天国
(
てんごく
)
へ
復活
(
ふくくわつ
)
さしてやるのだ。
368
生
(
い
)
かさうと
殺
(
ころ
)
さうと
自由
(
じいう
)
自在
(
じざい
)
、
369
耆婆
(
きば
)
扁鵲
(
へんじやく
)
も
跣足
(
はだし
)
で
逃
(
に
)
げるといふ
大博士
(
だいはくし
)
だからなア。
370
ウツフヽヽヽ』
371
マツ
公
(
こう
)
『いい
加減
(
かげん
)
に
洒落
(
しやれ
)
をやめて、
372
早
(
はや
)
く
俺
(
おれ
)
の
苦痛
(
くつう
)
を
助
(
たす
)
けて
呉
(
く
)
れないか。
373
白十字
(
はくじふじ
)
病院
(
びやうゐん
)
の
金看板
(
きんかんばん
)
を
掲
(
かか
)
げ
乍
(
なが
)
ら
俺
(
おれ
)
の
苦痛
(
くつう
)
を
外
(
よそ
)
にみて、
374
仁術者
(
じんじゆつしや
)
の
身分
(
みぶん
)
としてクツクツと
笑
(
わら
)
ふ
奴
(
やつ
)
があるかい、
375
エーン、
376
余程
(
よほど
)
此
(
この
)
医者
(
いしや
)
は
筍
(
たけのこ
)
と
見
(
み
)
えるなア』
377
純公
(
すみこう
)
『
副院長
(
ふくゐんちやう
)
の
俺
(
おれ
)
がタツ
公
(
こう
)
の
治療
(
ちれう
)
をするから、
378
五三公
(
いそこう
)
さま
否
(
いな
)
院長
(
ゐんちやう
)
さま、
379
貴方
(
あなた
)
はマツ
公
(
こう
)
を
受持
(
うけも
)
つて、
380
完全
(
くわんぜん
)
無欠
(
むけつ
)
なコンパスにしてやつて
下
(
くだ
)
さい。
381
どちらが
早
(
はや
)
く
癒
(
なほ
)
るか
一
(
ひと
)
つ
競走
(
きやうそう
)
をやつて
見
(
み
)
ませうかなア。
382
有名
(
いうめい
)
な
死学
(
しがく
)
博士
(
はくし
)
計
(
ばか
)
りがよつて
居
(
ゐ
)
るのだからなア、
383
アハヽヽヽ』
384
マツ、
385
タツ
一度
(
いちど
)
に『ウツフヽヽヽ、
386
アイタヽヽヽ、
387
アハヽヽヽ、
388
アイタヽヽヽ』
389
マツ
公
(
こう
)
『コリヤ
余
(
あま
)
り
笑
(
わら
)
はして
呉
(
く
)
れない』
390
純公
(
すみこう
)
『
笑
(
わら
)
ふのは
病気
(
びやうき
)
の
薬
(
くすり
)
だ。
391
笑
(
わら
)
ふ
門
(
かど
)
には
恢復
(
くわいふく
)
来
(
きた
)
るといつてな、
392
俺
(
おれ
)
は
笑
(
わら
)
はすのが
得意
(
とくい
)
だ。
393
それが
医術
(
いじゆつ
)
の
奥
(
おく
)
の
手
(
て
)
だよ。
394
イヒヽヽヽ』
395
マツ
公
(
こう
)
『モシモシ
院長
(
ゐんちやう
)
さま、
396
どうぞ
早
(
はや
)
う
治療
(
ちれう
)
にかかつて
下
(
くだ
)
さいな』
397
五三公
(
いそこう
)
『
貴様
(
きさま
)
の
内
(
うち
)
には
家
(
いへ
)
もあるだろ。
398
田地
(
でんぢ
)
も
倉
(
くら
)
も
林
(
はやし
)
もあるだらうなア』
399
マツ
公
(
こう
)
『
俺
(
おれ
)
だつて
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
秘書役
(
ひしよやく
)
を
勤
(
つと
)
める
位
(
くらゐ
)
だから、
400
相当
(
さうたう
)
の
地位
(
ちゐ
)
も
名望
(
めいばう
)
も
財産
(
ざいさん
)
も
持
(
も
)
つてゐるわい』
401
五三公
(
いそこう
)
『ウンさうか、
402
其奴
(
そいつ
)
ア
掘出
(
ほりだ
)
し
者
(
もの
)
だ。
403
早速
(
さつそく
)
癒
(
なほ
)
すと
俺
(
おれ
)
の
商売
(
しやうばい
)
が
干上
(
ひあが
)
つて
了
(
しま
)
うワイ。
404
コーツと、
405
いつやらの
話
(
はなし
)
だ……
或
(
ある
)
所
(
ところ
)
に
医者
(
いしや
)
があつた、
406
大変
(
たいへん
)
ようはやる
医者
(
いしや
)
で、
407
山井
(
やまゐ
)
養仙
(
やうせん
)
さまといつて
名高
(
なだか
)
いものだつた、
408
其奴
(
そいつ
)
に
一人
(
ひとり
)
の
山井
(
やまゐ
)
養洲
(
やうしう
)
といふ
弟子
(
でし
)
があつた。
409
そこへ
土地
(
とち
)
の
富豪
(
ふがう
)
が
病気
(
びやうき
)
に
罹
(
かか
)
り
養仙
(
やうせん
)
の
薬
(
くすり
)
を
服用
(
ふくよう
)
してゐた。
410
少
(
すこ
)
し
快
(
よ
)
くなると
又
(
また
)
悪
(
わる
)
くなる、
411
又
(
また
)
快
(
よ
)
くなる
又
(
また
)
悪
(
わる
)
くなる。
412
三
(
さん
)
年
(
ねん
)
許
(
ばか
)
りもブラブラして、
413
養仙
(
やうせん
)
の
薬
(
くすり
)
を
神
(
かみ
)
のやうに
思
(
おも
)
つて
服薬
(
ふくやく
)
してゐた。
414
或時
(
あるとき
)
養仙
(
やうせん
)
が
二三
(
にさん
)
日
(
にち
)
急用
(
きふよう
)
が
出来
(
でき
)
て、
415
他行
(
たぎやう
)
した
不在
(
ふざい
)
の
間
(
ま
)
に、
416
書生
(
しよせい
)
の
養洲
(
やうしう
)
奴
(
め
)
其
(
その
)
男
(
をとこ
)
を
留守
(
るす
)
師団長
(
しだんちやう
)
気分
(
きぶん
)
で
診察
(
しんさつ
)
し、
417
薬
(
くすり
)
をもり
与
(
あた
)
へた
所
(
ところ
)
、
418
三日目
(
みつかめ
)
にスツカリ
全快
(
ぜんくわい
)
してお
礼
(
れい
)
にやつて
来
(
き
)
よつた。
419
四五
(
しご
)
日
(
にち
)
たつと、
420
養仙
(
やうせん
)
先生
(
せんせい
)
が
帰宅
(
きたく
)
したので、
421
書生
(
しよせい
)
の
養洲
(
やうしう
)
奴
(
め
)
、
422
したり
顔
(
がほ
)
で……
先生
(
せんせい
)
あの
松兵衛
(
まつべゑ
)
を、
423
貴方
(
あなた
)
の
不在中
(
るすちう
)
私
(
わたし
)
が
診察
(
しんさつ
)
して
薬
(
くすり
)
をもりましたら、
424
三日目
(
みつかめ
)
にスツカリ
全快
(
ぜんくわい
)
し、
425
最早
(
もはや
)
薬
(
くすり
)
に
親
(
した
)
しむ
必要
(
ひつえう
)
がないから、
426
お
礼
(
れい
)
に
来
(
き
)
ましたと
云
(
い
)
つて、
427
薬価
(
やくか
)
を
勘定
(
かんぢやう
)
し、
428
チツと
許
(
ばか
)
り
菓子料
(
くわしれう
)
を
置
(
お
)
いて
帰
(
かへ
)
りました。
429
これが
菓子料
(
くわしれう
)
で
厶
(
ござ
)
いますと
差出
(
さしだ
)
し、
430
褒
(
ほ
)
められるかと
思
(
おも
)
ひの
外
(
ほか
)
養仙
(
やうせん
)
は
目
(
め
)
に
角
(
かど
)
を
立
(
た
)
て……
大
(
おほ
)
馬鹿者
(
ばかもの
)
ツ、
431
貴様
(
きさま
)
は
医者
(
いしや
)
の
資格
(
しかく
)
はない……と
呶鳴
(
どな
)
りつけた。
432
そこで
養洲
(
やうしう
)
が
むき
になり……
医者
(
いしや
)
は
仁術
(
じんじゆつ
)
といつて、
433
人
(
ひと
)
の
病気
(
びやうき
)
を
助
(
たす
)
けるのが
商売
(
しやうばい
)
ぢやありませぬか、
434
何故
(
なぜ
)
お
叱
(
しか
)
り
遊
(
あそ
)
ばすか……といへば、
435
養仙
(
やうせん
)
は
一寸
(
ちよつと
)
ダラ
助
(
すけ
)
をねぶつたやうな
顔
(
かほ
)
して……
貴様
(
きさま
)
は
馬鹿
(
ばか
)
だなア。
436
松兵衛
(
まつべゑ
)
の
内
(
うち
)
にはまだ
倉
(
くら
)
もある、
437
家
(
いへ
)
も
山林
(
さんりん
)
田畑
(
でんぱた
)
も
残
(
のこ
)
つて
居
(
ゐ
)
るぢやないか、
438
エーン、
439
さう
早
(
はや
)
く
癒
(
なほ
)
して
何
(
ど
)
うなるか、
440
彼奴
(
あいつ
)
の
財産
(
ざいさん
)
が
全部
(
ぜんぶ
)
俺
(
おれ
)
の
懐
(
ふところ
)
へ
這入
(
はい
)
るまでは
癒
(
なほ
)
されぬのだ、
441
バカツ……と
言
(
い
)
つたさうだ、
442
実
(
じつ
)
に
偉
(
えら
)
い
医者
(
いしや
)
だ。
443
其
(
その
)
心得
(
こころえ
)
がなくては、
444
如何
(
どう
)
しても
院長
(
ゐんちやう
)
にはなれないワ。
445
さうだから
俺
(
おれ
)
も
其
(
その
)
養仙
(
やうせん
)
さまに
做
(
なら
)
つて、
446
貴様
(
きさま
)
の
負傷
(
ふしやう
)
を
如何
(
どう
)
ともヨウセンのだ、
447
アハヽヽヽ、
448
イヒヽヽヽ』
449
マツ
公
(
こう
)
『エヘヽヽヽ、
450
イヽイタイ イタイ イタイ イタイ、
451
ウツフヽヽアイタヽヽヽ』
452
タツ
公
(
こう
)
『エヘヽヽヽアイタヽヽヽ』
453
純公
(
すみこう
)
『それ
丈
(
だけ
)
笑
(
わら
)
つたら、
454
やがて
本復
(
ほんぷく
)
するだらう。
455
マア
安心
(
あんしん
)
したがいいワ』
456
タツ
公
(
こう
)
『オイ
藪医
(
やぶい
)
先生
(
せんせい
)
、
457
何時
(
いつ
)
になつたら
癒
(
なほ
)
るだらうかなア』
458
純公
(
すみこう
)
『マアマア
一寸
(
ちよつと
)
予後
(
よご
)
不良
(
ふりやう
)
だから、
459
計算
(
けいさん
)
がつかぬワイ。
460
すべて
病
(
やまひ
)
には……エヘン……
二大別
(
にだいべつ
)
がある。
461
一
(
いち
)
を
先天性
(
せんてんせい
)
疾病
(
しつぺい
)
といひ、
462
一
(
いち
)
を
後天性
(
こうてんせい
)
疾病
(
しつぺい
)
と
云
(
い
)
ふ。
463
而
(
しか
)
して
予後良
(
よごりやう
)
あり
不良
(
ふりやう
)
あり、
464
良不良
(
りやうふりやう
)
を
決
(
けつ
)
し
難
(
がた
)
きものありだ。
465
治
(
ぢ
)
すべき
病
(
やまひ
)
と、
466
治
(
ぢ
)
すべからざる
病
(
やまひ
)
と、
467
治不治
(
ぢふぢ
)
を
決
(
けつ
)
し
難
(
がた
)
き
病
(
やまひ
)
と、
468
自然
(
しぜん
)
に
放擲
(
はうてき
)
して
置
(
お
)
いて
癒
(
なほ
)
る
病
(
やまひ
)
と
四種類
(
よんしゆるゐ
)
ある。
469
それから
内科
(
ないくわ
)
外科
(
げくわ
)
産科
(
さんくわ
)
と
分
(
わか
)
れてゐる。
470
又
(
また
)
婦人科
(
ふじんくわ
)
小児科
(
せうにくわ
)
といふのも
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
はふえて
来
(
き
)
た。
471
そして
薬
(
くすり
)
には
内服用
(
ないふくよう
)
外用
(
ぐわいよう
)
と
大別
(
たいべつ
)
され、
472
頓服剤
(
とんぷくざい
)
も
必要
(
ひつえう
)
があり、
473
食塩
(
しよくえん
)
注射
(
ちうしや
)
にモルヒネ
注射
(
ちうしや
)
、
474
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
は
六〇六
(
ろくぴやくろく
)
注射
(
ちうしや
)
迄
(
まで
)
開
(
ひら
)
けて
来
(
き
)
たのだ、
475
エーン。
476
随分
(
ずゐぶん
)
医者
(
いしや
)
になるのも
学資
(
がくし
)
が
要
(
い
)
るよ。
477
(
狂歌
(
きやうか
)
)
千
(
せん
)
人
(
にん
)
を
殺
(
ころ
)
して
医者
(
いしや
)
になる
奴
(
やつ
)
は、
478
己
(
おのれ
)
一人
(
ひとり
)
の
口
(
くち
)
すぎもならず……といふのだから、
479
俺
(
おれ
)
だつて
今
(
いま
)
まで
九百
(
くひやく
)
九十九
(
くじふく
)
人
(
にん
)
まで
殺
(
ころ
)
してきたのだ。
480
モ
一人
(
ひとり
)
殺
(
ころ
)
せば
一人前
(
いちにんまへ
)
の
医者
(
いしや
)
になるのだ。
481
それだから
丁度
(
ちやうど
)
貴様
(
きさま
)
を
一人
(
ひとり
)
霊前
(
れいぜん
)
に
直
(
なほ
)
す、
482
有体
(
ありてい
)
にいへば
殺
(
ころ
)
すのだ。
483
そこで
始
(
はじ
)
めて
此
(
この
)
純公
(
すみこう
)
も
一人前
(
いちにんまへ
)
のドクトルになるのだからなア。
484
何
(
なん
)
とよい
研究
(
けんきう
)
材料
(
ざいれう
)
が
出来
(
でき
)
たものだ。
485
アハヽヽヽ』
486
マツ
公
(
こう
)
『アハヽヽヽ
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
にか
俺
(
おれ
)
の
足痛
(
そくつう
)
は
尻
(
しり
)
に
帆
(
ほ
)
かけて
遁走
(
とんそう
)
したと
見
(
み
)
えるワイ。
487
オイ、
488
タツ
公
(
こう
)
貴様
(
きさま
)
もいい
加減
(
かげん
)
に
癒
(
なほ
)
つたら
如何
(
どう
)
だ。
489
イヒヽヽヽ』
490
五三公
(
いそこう
)
『コリヤなまくらな、
491
足痛
(
そくつう
)
の
真似
(
まね
)
をしてゐたのだな。
492
仕方
(
しかた
)
のない
奴
(
やつ
)
だ』
493
マツ
公
(
こう
)
『さうだから、
494
痛
(
いた
)
いか
痛
(
いた
)
くないか
診察
(
しんさつ
)
してくれと
云
(
い
)
つたぢやないか。
495
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は
負傷者
(
ふしやうしや
)
だといつて、
496
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
の
同情
(
どうじやう
)
を
買
(
か
)
ひ、
497
ここを
無事
(
ぶじ
)
に
通過
(
つうくわ
)
する
積
(
つも
)
りだつたが、
498
余
(
あま
)
り
貴様
(
きさま
)
の
言分
(
いひぶん
)
が
気
(
き
)
にいつたから、
499
何
(
なに
)
もかも
白状
(
はくじやう
)
するワ。
500
実
(
じつ
)
は
全軍
(
ぜんぐん
)
の
逃走
(
たうそう
)
した
後始末
(
あとしまつ
)
をつけて
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
たのだ。
501
足
(
あし
)
はかうして
繃帯
(
はうたい
)
で
巻
(
ま
)
いてゐるが、
502
チツとも
怪我
(
けが
)
してゐないのだよ、
503
のうタツ
公
(
こう
)
、
504
アハヽヽヽ』
505
五三公
(
いそこう
)
『アハヽヽこいつア
誤診
(
ごしん
)
だつた』
506
マツ
公
(
こう
)
『
誤診
(
ごしん
)
か
御
(
ご
)
親切
(
しんせつ
)
か
知
(
し
)
らぬが、
507
打診
(
だしん
)
もないやうだつたね』
508
五三公
(
いそこう
)
『
随分
(
ずゐぶん
)
聴診
(
ちやうしん
)
にのつて
大変
(
たいへん
)
な
失敗
(
しつぱい
)
をした。
509
サア
之
(
これ
)
から
貴様
(
きさま
)
も
望診
(
ぼしん
)
々々
(
ぼしん
)
と
行
(
い
)
つたらどうだ。
510
問診
(
もんしん
)
も
道
(
みち
)
で
片彦
(
かたひこ
)
に
会
(
あ
)
うたら、
511
死学
(
しがく
)
博士
(
はくし
)
が
宜
(
よろ
)
しう
言
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
たと
言
(
い
)
うて
呉
(
く
)
れ、
512
アーン』
513
マツ
公
(
こう
)
『オイオイ
院長
(
ゐんちやう
)
さま、
514
なぜ
鼻
(
はな
)
の
下
(
した
)
をさう
撫
(
な
)
でてゐるのだ。
515
妙
(
めう
)
な
恰好
(
かつかう
)
ぢやないか』
516
五三公
(
いそこう
)
『ウン
之
(
これ
)
かい。
517
髭
(
ひげ
)
はないけれど、
518
気分
(
きぶん
)
だけは
八
(
はち
)
の
字
(
じ
)
髯
(
ひげ
)
を
揉
(
も
)
んでゐる
積
(
つも
)
りだ。
519
アハヽヽ』
520
純公
(
すみこう
)
『オイ、
521
モウ
病院
(
びやうゐん
)
遊
(
あそ
)
びはやめにしようかい。
522
そしてゆつくりと
軍話
(
いくさばなし
)
でもしたらどうだ。
523
随分
(
ずゐぶん
)
面白
(
おもしろ
)
いだらうよ』
524
マツ
公
(
こう
)
『
敗軍
(
はいぐん
)
の
将
(
しやう
)
、
525
兵
(
へい
)
を
語
(
かた
)
る……かな。
526
葬礼
(
さうれい
)
すんで
医者話
(
いしやばなし
)
と
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
だが、
527
これも
成行
(
なりゆき
)
だ。
528
ここで
一
(
ひと
)
つ
物語
(
ものがたり
)
をやつてみよう。
529
随分
(
ずゐぶん
)
潔
(
いさぎよ
)
いぞ、
530
エツヘヽヽヽ』
531
五三公
(
いそこう
)
『
何
(
なん
)
と
気楽
(
きらく
)
な
奴
(
やつ
)
が
揃
(
そろ
)
うたものだなア。
532
丁度
(
ちやうど
)
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
で
四
(
よ
)
人
(
にん
)
打揃
(
うちそろ
)
ひ、
533
軍談
(
ぐんだん
)
を
始
(
はじ
)
めるのも
面白
(
おもしろ
)
からう。
534
アヽ
愉快
(
ゆくわい
)
だ
愉快
(
ゆくわい
)
だ』
535
マツ
公
(
こう
)
は
講談師
(
かうだんし
)
気取
(
きどり
)
になつて
長方形
(
ちやうはうけい
)
の
岩
(
いは
)
の
前
(
まへ
)
に
坐
(
すわ
)
り、
536
鉄扇
(
てつせん
)
にて
岩
(
いは
)
をビシヤビシヤ
叩
(
たた
)
き
乍
(
なが
)
ら
唸
(
うな
)
り
出
(
だ
)
した。
537
マツ公
『ハルナの
都
(
みやこ
)
に
名
(
な
)
も
高
(
たか
)
き、
538
梵天
(
ぼんてん
)
帝釈
(
たいしやく
)
自在天
(
じざいてん
)
、
539
大黒主
(
おほくろぬし
)
といふ
智勇
(
ちゆう
)
兼備
(
けんび
)
の
勇将
(
ゆうしやう
)
あり。
540
それに
従
(
したが
)
ふ
英雄
(
えいゆう
)
豪傑
(
がうけつ
)
、
541
綺羅星
(
きらほし
)
の
如
(
ごと
)
く
立
(
た
)
ち
並
(
なら
)
び、
542
中
(
なか
)
にもわけて
大黒主
(
おほくろぬし
)
の
三羽烏
(
さんばがらす
)
と
聞
(
きこ
)
えたる
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
、
543
大足別
(
おほだるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
、
544
マツ
公
(
こう
)
将軍
(
しやうぐん
)
こそは
英雄中
(
えいゆうちう
)
の
英雄
(
えいゆう
)
なり。
545
此
(
この
)
度
(
たび
)
斎苑
(
いそ
)
の
館
(
やかた
)
に
天地
(
てんち
)
に
輝
(
かがや
)
く
神徳
(
しんとく
)
高
(
たか
)
き、
546
酒
(
さけ
)
の
燗
(
かん
)
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
、
547
数多
(
あまた
)
の
軍勢
(
ぐんぜい
)
を
引
(
ひき
)
つれ、
548
アブナイ
教
(
けう
)
を
組織
(
そしき
)
して、
549
大黒主
(
おほくろぬし
)
の
守
(
まも
)
らせ
給
(
たま
)
ふ、
550
天
(
てん
)
に
輝
(
かがや
)
く
月
(
つき
)
の
国
(
くに
)
、
551
五天竺
(
ごてんぢく
)
をば
蹂躙
(
じうりん
)
し
勢
(
いきほひ
)
益々
(
ますます
)
猖獗
(
しやうけつ
)
を
極
(
きは
)
め
天下
(
てんか
)
は
騒然
(
さうぜん
)
として
麻
(
あさ
)
の
如
(
ごと
)
くに
乱
(
みだ
)
れ、
552
人民
(
じんみん
)
塗炭
(
とたん
)
の
苦
(
く
)
に
陥
(
おちい
)
りぬ。
553
然
(
しか
)
る
所
(
ところ
)
へ、
554
又
(
また
)
もやデカタン
高原
(
かうげん
)
の
北方
(
ほつぱう
)
なるカルマタ
国
(
こく
)
に、
555
盤古
(
ばんこ
)
神王
(
しんわう
)
塩長彦
(
しほながひこ
)
を
奉
(
ほう
)
じて
現
(
あら
)
はれ
出
(
い
)
でたる、
556
ウラル
教
(
けう
)
の
常暗彦
(
とこやみひこ
)
が
軍勢
(
ぐんぜい
)
、
557
雲霞
(
うんか
)
の
如
(
ごと
)
く、
558
地教山
(
ちけうざん
)
を
背景
(
はいけい
)
とし、
559
集
(
あつ
)
まりゐる。
560
今
(
いま
)
や
天下
(
てんか
)
は
三分
(
さんぶん
)
せむとするの
勢
(
いきほひ
)
なれば、
561
何条
(
なんでう
)
以
(
もつ
)
て
大黒主
(
おほくろぬし
)
の
許
(
ゆる
)
し
給
(
たま
)
ふべき、
562
三羽烏
(
さんばがらす
)
を
征夷
(
せいい
)
大将軍
(
たいしやうぐん
)
に
任
(
にん
)
じ、
563
大足別
(
おほだるわけ
)
はカルマタ
国
(
こく
)
へ、
564
鬼春別
(
おにはるわけ
)
は
斎苑
(
いそ
)
館
(
やかた
)
へ、
565
テンデに
部署
(
ぶしよ
)
を
定
(
さだ
)
め、
566
進軍
(
しんぐん
)
の
真最中
(
まつさいちう
)
なり。
567
秋
(
あき
)
は
漸
(
やうや
)
く
深
(
ふか
)
くして
木々
(
きぎ
)
の
梢
(
こずゑ
)
はバラバラバラバラ、
568
散
(
ち
)
りゆく
無残
(
むざん
)
の
光景
(
くわうけい
)
を
心
(
こころ
)
にもとめず、
569
数多
(
あまた
)
の
軍勢
(
ぐんぜい
)
率
(
ひき
)
つれて、
570
先鋒隊
(
せんぽうたい
)
には
片彦
(
かたひこ
)
久米彦
(
くめひこ
)
両将軍
(
りやうしやうぐん
)
、
571
あとから
出
(
で
)
て
来
(
く
)
る
一部隊
(
いちぶたい
)
は、
572
ランチ
将軍
(
しやうぐん
)
、
573
数千騎
(
すうせんき
)
を
率
(
ひき
)
ゐ、
574
最後
(
さいご
)
の
本隊
(
ほんたい
)
は
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
、
575
全軍
(
ぜんぐん
)
を
指揮
(
しき
)
し、
576
秋風
(
しうふう
)
に
三
(
み
)
つ
葉
(
ば
)
葵
(
あふひ
)
の
旗
(
はた
)
を
林
(
はやし
)
の
如
(
ごと
)
く
翻
(
ひるがへ
)
し
乍
(
なが
)
ら
旗鼓
(
きこ
)
堂々
(
だうだう
)
と
攻
(
せ
)
め
来
(
きた
)
る
其
(
その
)
物々
(
ものもの
)
しさ
鬼神
(
きしん
)
も
驚
(
おどろ
)
く
許
(
ばか
)
り
也
(
なり
)
。
577
先陣
(
せんぢん
)
に
仕
(
つか
)
へし
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
は
今
(
いま
)
や
河鹿
(
かじか
)
峠
(
たうげ
)
の
絶頂
(
ぜつちやう
)
に、
578
全軍
(
ぜんぐん
)
を
指揮
(
しき
)
し
轡
(
くつわ
)
を
並
(
なら
)
べ、
579
蹄
(
ひづめ
)
の
音
(
おと
)
カツカツカツ、
580
鈴
(
すず
)
の
音
(
おと
)
シヤンコ シヤンコと、
581
威風
(
ゐふう
)
堂々
(
だうだう
)
あたりを
払
(
はら
)
ひ
天地
(
てんち
)
を
圧
(
あつ
)
して
登
(
のぼ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
582
百千万
(
ひやくせんまん
)
の
阿修羅
(
あしゆら
)
王
(
わう
)
が
進軍
(
しんぐん
)
も
斯
(
か
)
くやと
思
(
おも
)
はれにける。
583
然
(
しか
)
る
所
(
ところ
)
に
豈計
(
あにはか
)
らむや、
584
思
(
おも
)
ひがけなや、
585
アタ
恐
(
こは
)
や、
586
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
治国別
(
はるくにわけ
)
、
587
万公
(
まんこう
)
、
588
晴公
(
はるこう
)
、
589
五三公
(
いそこう
)
の
木端
(
こつぱ
)
武者
(
むしや
)
を
引
(
ひき
)
つれ、
590
一卒
(
いつそつ
)
之
(
これ
)
を
守
(
まも
)
れば
万卒
(
ばんそつ
)
進
(
すす
)
む
能
(
あた
)
はざる
嶮路
(
けんろ
)
を
扼
(
やく
)
し、
591
神変
(
しんぺん
)
不思議
(
ふしぎ
)
の
言霊
(
ことたま
)
を
速射砲
(
そくしやはう
)
の
如
(
ごと
)
く
打
(
うち
)
かけ、
592
向
(
むか
)
ひ
来
(
く
)
る
其
(
その
)
勢
(
いきほひ
)
の
凄
(
すさま
)
じさ。
593
不意
(
ふい
)
を
喰
(
くら
)
つて
味方
(
みかた
)
の
軍卒
(
ぐんそつ
)
、
594
忽
(
たちま
)
ち
総体
(
そうたい
)
崩
(
くづ
)
れ、
595
狼狽
(
うろた
)
へ
騒
(
さわ
)
いで、
596
元来
(
もとき
)
し
道
(
みち
)
へと、
597
馬
(
うま
)
を
乗
(
の
)
り
棄
(
す
)
て、
598
風
(
かぜ
)
に
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
の
散
(
ち
)
る
如
(
ごと
)
く、
599
バラバラバツと、
600
群
(
むれ
)
ゐる
千鳥
(
ちどり
)
群千鳥
(
むらちどり
)
、
601
あはれ
果敢
(
はか
)
なき
次第
(
しだい
)
也
(
なり
)
。
602
無念
(
むねん
)
の
涙
(
なみだ
)
を
押
(
おさ
)
へ
乍
(
なが
)
ら、
603
バラモン
軍
(
ぐん
)
の
武運
(
ぶうん
)
のつたなきを
嘆
(
なげ
)
き
悲
(
かな
)
しみ、
604
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
秘書官
(
ひしよくわん
)
、
605
マツ
公
(
こう
)
タツ
公
(
こう
)
両人
(
りやうにん
)
は、
606
騒
(
さわ
)
がず、
607
焦
(
あせ
)
らず
悠々然
(
いういうぜん
)
として、
608
戦場
(
せんぢやう
)
の
後
(
あと
)
を
片
(
かた
)
づけ、
609
負傷者
(
ふしやうしや
)
と
詐
(
いつは
)
つて、
610
ここ
迄
(
まで
)
やうやう
帰
(
かへ
)
りける。
611
アハヽヽヽ、
612
エー
後
(
あと
)
は
如何
(
いかが
)
なりまするか、
613
実地
(
じつち
)
検分
(
けんぶん
)
の
上
(
うへ
)
ボツーボツと
講談
(
かうだん
)
仕
(
つかまつ
)
りますれば、
614
明晩
(
みやうばん
)
は
何卒
(
なにとぞ
)
十二分
(
じふにぶん
)
の
御
(
ご
)
ヒイキを
以
(
もつ
)
て、
615
賑々
(
にぎにぎ
)
しく
御
(
ご
)
来聴
(
らいちやう
)
あらむことを
希望
(
きばう
)
いたします。
616
チヨン チヨン チヨンだ』
617
五三公
(
いそこう
)
、
618
純公
(
すみこう
)
、
619
タツ
公
(
こう
)
一度
(
いちど
)
に
大口
(
おほぐち
)
をあけ、
620
五三公、純公、タツ公
『アハヽヽヽ』
621
と
腹
(
はら
)
を
抱
(
かか
)
へ、
622
転
(
ころ
)
げて
笑
(
わら
)
ふ。
623
(
大正一一・一一・二八
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