初稚姫は祠の森の神殿に参拝し、遠征の守りを祈願すると高姫の居間へ引き帰した。高姫は遠く従って初稚姫の後ろ姿を打ち眺め、どこともなしにその神格の完備せるに驚き舌を巻いた。
高姫は、初稚姫の神格に感じて心の底より尊敬したが、どことなく恐怖心にもかられ、かつやや嫉妬の念も兆したのである。
高姫の身体にて沈黙していた金毛九尾の悪狐は高姫の嫉妬心が兆したのをさいわい、たちまちささやいた。あの初稚姫は稚桜姫命の再来であれば、到底我々は匹敵できない、師と仰いで共に神業に参加すべきだ、とうまく取り入ってきた。高姫は初稚姫に対する態度を一変した。
初稚姫は、高姫には金毛九尾の悪孤の霊が憑依していることに気づきながらも、もし自分が真相を現せば悪孤は高姫の肉体をたちまち亡ぼすかもしれず、また逃げ出して別の肉体に居住し世の中を惑乱するかもしれない、と洞察した。
そして、少しでも長く高姫の肉体に残留させるように仕向け、しばらくは自分は猫をかぶって交際し、高姫とこの地獄的精霊とを天国に救ってやろうと決心した。
高姫の精霊は、自分は悪神の張本の金毛九尾の悪孤であることを初稚姫に自ら明かした。そして、高姫の肉体にある間に感化されて改心し、悪神の企みはすっかり白状されたため、高姫は精霊と共にこの祠の森で人民の因縁をよく調べる役目に従事しているのだ、と語りだした。
そして、自分がここで信者を改める役を正式に認めるよう、三五教に働きかけてほしいと虫のよいことを頼みかけた。
初稚姫は高姫の精霊の企みを見抜き、ここは下手に出て自分にはそのような権限はなく、むしろ神徳高い高姫にご教授を願いたいと言って一切の光明を包み、普通人のようになってしまった。高姫はニタリと打ち笑い、自分についてここで修業するようにと言い聞かせた。
そして自分が杢助の後妻に収まったことを明かし、初稚姫を娘扱いしだした。初稚姫も高姫と夫婦になったのは兇霊であることを知っていたが、そらとぼけて高姫の話にのり、義理の娘のふりを通した。高姫は、初稚姫に請われて、杢助を探しに森林の中へ出て行った。
高姫の精霊は、初稚姫の芝居に築かず、初稚姫が素直に義理の娘として高姫に敬意を表していると思いこみ、気高いところがあって賢いあの娘をなつかせておけば、三五教の中での自分の地位も高まる、と皮算用をしている。
精霊がその企みを声に出して囁いたので、高姫は、そのようなことを声に出して誰かに聞かれたらどうする、と精霊をたしなめた。