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第75巻(寅の巻)
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第50巻(丑の巻)
序文
総説
第1篇 和光同塵
01 至善至悪
〔1295〕
02 照魔燈
〔1296〕
03 高魔腹
〔1297〕
04 御意犬
〔1298〕
第2篇 兇党擡頭
05 霊肉問答
〔1299〕
06 玉茸
〔1300〕
07 負傷負傷
〔1301〕
08 常世闇
〔1302〕
09 真理方便
〔1303〕
第3篇 神意と人情
10 据置貯金
〔1304〕
11 鸚鵡返
〔1305〕
12 敵愾心
〔1306〕
13 盲嫌
〔1307〕
14 虬の盃
〔1308〕
第4篇 神犬の言霊
15 妖幻坊
〔1309〕
16 鷹鷲掴
〔1310〕
17 偽筆
〔1311〕
18 安国使
〔1312〕
19 逆語
〔1313〕
20 悪魔払
〔1314〕
21 犬嘩
〔1315〕
余白歌
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第六章
玉茸
(
たまたけ
)
〔一三〇〇〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第50巻 真善美愛 丑の巻
篇:
第2篇 兇党擡頭
よみ(新仮名遣い):
きょうとうたいとう
章:
第6章 玉茸
よみ(新仮名遣い):
たまたけ
通し章番号:
1300
口述日:
1923(大正12)年01月20日(旧12月4日)
口述場所:
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1924(大正13)年12月7日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
高姫は杢助を呼びに祠の森を探し回った。ようやく草むらの中に呻きながら眠っている杢助を見つけて声をかけ、一緒に帰ろうと促した。杢助は、自分の妖怪の正体を見破られることを恐れ、高姫の介抱を拒み、高姫と言い争いになる。
杢助は、祠の森の受付の前にある大杉の上に、玉茸という薬になるキノコが生えているから、それを取って持ってきてくれるように高姫に頼んだ。
杢助が、人知れず取らないと効能が現れないと言いつけたので、高姫は受付の様子をうかがっていると、ハルとイルがそんなこともしらずに雑談にふけっている。二人は互いに、初稚姫は自分に気があると言ってきりのない空相談にふけっていた。
高姫はやむをえず裏口に回って梯子を引っ張りだし、大杉の受付から見えない裏側に立てかけた。そして梯子を上って玉茸らしきものを探し回った。
高姫は玉茸と見誤って梟に手を触れた。梟は敵だと思ってくちばしでこついたから、高姫は杉の大木の根元に落ちてしまった。しかしハルとイルは相変わらず空相談にふけっていたので、高姫が梯子から落ちて大杉の根元で苦しんでいることには気が付かなかった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2023-07-12 13:28:32
OBC :
rm5006
愛善世界社版:
74頁
八幡書店版:
第9輯 176頁
修補版:
校定版:
78頁
普及版:
39頁
初版:
ページ備考:
001
高姫
(
たかひめ
)
は
祠
(
ほこら
)
の
森
(
もり
)
を
隈
(
くま
)
なく
探
(
たづ
)
ね
廻
(
まは
)
つた。
002
漸
(
やうや
)
く
草
(
くさ
)
むらの
中
(
なか
)
にウンウンと
呻
(
うめ
)
きながら
眠
(
ねむ
)
つてゐる
杢助
(
もくすけ
)
の
姿
(
すがた
)
を
眺
(
なが
)
め、
003
高姫
『これ、
004
杢助
(
もくすけ
)
さま、
005
サア
帰
(
かへ
)
りませう。
006
こんな
処
(
ところ
)
に
横
(
よこ
)
たはつてゐてお
風邪
(
かぜ
)
を
召
(
め
)
したら
大変
(
たいへん
)
ですよ。
007
サア
私
(
わたし
)
と
一緒
(
いつしよ
)
に
帰
(
かへ
)
らうぢやありませぬか』
008
杢助
『さう
八釜
(
やかま
)
しう
云
(
い
)
つてくれな。
009
俺
(
おれ
)
はチツとばかり
頭
(
あたま
)
が
痛
(
いた
)
いのだから、
010
自然
(
しぜん
)
のお
土
(
つち
)
に
親
(
した
)
しんで
暫
(
しば
)
らく
此処
(
ここ
)
で
休
(
やす
)
んで
帰
(
かへ
)
るから、
011
お
前
(
まへ
)
は
彼方
(
あちら
)
へ
行
(
い
)
つて
休
(
やす
)
んだが
宜
(
よ
)
からうぞ』
012
高姫
『これ
杢助
(
もくすけ
)
さま、
013
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
水臭
(
みづくさ
)
い
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
るのだい。
014
二世
(
にせ
)
を
契
(
ちぎ
)
つた
夫婦
(
ふうふ
)
の
仲
(
なか
)
ぢやありませぬか。
015
夫
(
をつと
)
の
難儀
(
なんぎ
)
は
妻
(
つま
)
の
難儀
(
なんぎ
)
、
016
妻
(
つま
)
の
喜
(
よろこ
)
びは
夫
(
をつと
)
の
喜
(
よろこ
)
び、
017
何処
(
どこ
)
までも
苦楽
(
くらく
)
を
共
(
とも
)
にしようと
契
(
ちぎ
)
つた
仲
(
なか
)
ぢやありませぬか。
018
そんな
遠慮
(
ゑんりよ
)
はチツとも
要
(
い
)
りませぬ。
019
さア
何卒
(
どうぞ
)
、
020
私
(
わたし
)
が
介抱
(
かいほう
)
して
上
(
あ
)
げませう』
021
杢助
『いや
何卒
(
どうぞ
)
構
(
かま
)
うてくれな、
022
私
(
わし
)
の
体
(
からだ
)
に
何卒
(
どうぞ
)
触
(
さは
)
らない
様
(
やう
)
にして
呉
(
く
)
れ、
023
頼
(
たの
)
みだから……』
024
高姫
『これ
此方
(
こち
)
の
人
(
ひと
)
、
025
お
前
(
まへ
)
さまは
私
(
わたし
)
が
嫌
(
いや
)
になつたのだな。
026
女房
(
にようばう
)
が
夫
(
をつと
)
の
体
(
からだ
)
に
触
(
さは
)
れない
道理
(
だうり
)
が
何処
(
どこ
)
にありますか。
027
夫
(
をつと
)
の
病気
(
びやうき
)
を
素知
(
そし
)
らぬ
顔
(
かほ
)
して、
028
女房
(
にようばう
)
の
身
(
み
)
として
之
(
これ
)
が
放任
(
はうにん
)
して
居
(
を
)
れますか。
029
此
(
この
)
高姫
(
たかひめ
)
は
一旦
(
いつたん
)
お
前
(
まへ
)
さまと
夫婦
(
ふうふ
)
の
約束
(
やくそく
)
をした
上
(
うへ
)
は、
030
仮令
(
たとへ
)
此
(
この
)
肉体
(
にくたい
)
が
粉
(
こな
)
にならうと、
031
何処
(
どこ
)
までも
貞節
(
ていせつ
)
を
尽
(
つく
)
さねばなりませぬ。
032
そんな
水臭
(
みづくさ
)
い
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
るものぢや
厶
(
ござ
)
りませぬぞや』
033
杢助
『ヤー、
034
決
(
けつ
)
して
俺
(
おれ
)
が
斯
(
か
)
う
云
(
い
)
つたとて、
035
気
(
き
)
を
悪
(
わる
)
うしておくれな。
036
又
(
また
)
お
前
(
まへ
)
が
決
(
けつ
)
して
嫌
(
いや
)
だと
云
(
い
)
ふのでも
何
(
なん
)
でもない。
037
さア
何卒
(
どうぞ
)
早
(
はや
)
く
館
(
やかた
)
へ
帰
(
かへ
)
つて、
038
万事
(
ばんじ
)
万端
(
ばんたん
)
気
(
き
)
を
付
(
つ
)
けてくれ』
039
高姫
『それだと
云
(
い
)
つて、
040
之
(
これ
)
を
見捨
(
みす
)
てて
何
(
なん
)
ぼ
気強
(
きづよ
)
い
私
(
わたし
)
でも
帰
(
かへ
)
られませうか。
041
何
(
なん
)
なら
罹重身倒
(
ラジオシンター
)
でも
探
(
さが
)
して
来
(
き
)
ませうか』
042
杢助
『いや、
043
何
(
なん
)
にも
要
(
い
)
らない。
044
そんな
結構
(
けつこう
)
な
物
(
もの
)
を
頂
(
いただ
)
くと、
045
却
(
かへ
)
つて
神罰
(
しんばつ
)
が
当
(
あた
)
るかも
知
(
し
)
れない。
046
私
(
わし
)
がかうして
怪我
(
けが
)
をしたのも、
047
全
(
まつた
)
く
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
見
(
み
)
せしめだ。
048
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
がお
許
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さらば、
049
屹度
(
きつと
)
直
(
なほ
)
して
下
(
くだ
)
さるだらう。
050
何程
(
なにほど
)
人間
(
にんげん
)
が
藻掻
(
もが
)
いた
処
(
ところ
)
で
仕方
(
しかた
)
がないからのう』
051
高姫
『それなら
天津
(
あまつ
)
祝詞
(
のりと
)
を
奏上
(
そうじやう
)
して
上
(
あ
)
げませうか』
052
杢助
『いや、
053
それには
及
(
およ
)
ばぬ。
054
斯
(
か
)
うなり
行
(
ゆ
)
くのも
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
都合
(
つがふ
)
だ。
055
祝詞
(
のりと
)
なんか
奏上
(
あげ
)
ては、
056
却
(
かへ
)
つて
畏
(
おそ
)
れ
多
(
おほ
)
い。
057
何卒
(
どうぞ
)
頼
(
たの
)
みだから、
058
館
(
やかた
)
へ
帰
(
かへ
)
つてお
前
(
まへ
)
は
御用
(
ごよう
)
をしてくれ。
059
それが
何
(
なに
)
よりの
功徳
(
くどく
)
だ。
060
さうすれば、
061
私
(
わし
)
の
怪我
(
けが
)
もすぐ
癒
(
なほ
)
るだらう』
062
高姫
『それなら、
063
鎮魂
(
ちんこん
)
をして
上
(
あ
)
げませうか。
064
……
一
(
ひと
)
二
(
ふた
)
三
(
み
)
四
(
よ
)
……』
065
と
云
(
い
)
ひかけると、
066
杢助
(
もくすけ
)
は
慌
(
あわ
)
てて
押止
(
おしとど
)
め、
067
苦
(
くる
)
しさうな
声
(
こゑ
)
を
出
(
だ
)
して、
068
杢助
『
高姫
(
たかひめ
)
、
069
それに
及
(
およ
)
ばぬ。
070
そんな
勿体
(
もつたい
)
ない
事
(
こと
)
は
云
(
い
)
はぬやうにして
呉
(
く
)
れ。
071
却
(
かへ
)
つて
私
(
わし
)
は
苦
(
くる
)
しいから』
072
高姫
『それなら、
073
初稚姫
(
はつわかひめ
)
さまを
呼
(
よ
)
んで
来
(
き
)
ませうか。
074
そして
介抱
(
かいほう
)
をさせたら
貴方
(
あなた
)
の
気
(
き
)
に
入
(
い
)
るでせう。
075
到底
(
たうてい
)
私
(
わたし
)
の
様
(
やう
)
な
婆
(
ばば
)
アの
介抱
(
かいほう
)
では、
076
病気
(
びやうき
)
がますます
重
(
おも
)
くなりませうからな』
077
と
稍
(
やや
)
嫉
(
そね
)
み
気味
(
ぎみ
)
になつて
言葉
(
ことば
)
を
尖
(
とが
)
らし
始
(
はじ
)
めた。
078
此
(
この
)
杢助
(
もくすけ
)
は、
079
その
実
(
じつ
)
ハルナの
都
(
みやこ
)
の
大雲山
(
たいうんざん
)
に
蟠居
(
ばんきよ
)
せる
八岐
(
やまた
)
大蛇
(
をろち
)
の
片腕
(
かたうで
)
と
聞
(
きこ
)
えたる
肉体
(
にくたい
)
を
有
(
いう
)
する
兇霊
(
きようれい
)
で、
080
獅子
(
しし
)
虎
(
とら
)
両性
(
りやうせい
)
の
妖怪
(
えうくわい
)
であり、
081
其
(
その
)
名
(
な
)
を
妖幻坊
(
えうげんばう
)
と
云
(
い
)
ふ
大怪物
(
だいくわいぶつ
)
である。
082
妖幻坊
(
えうげんばう
)
はスマートに
眉間
(
みけん
)
を
噛
(
か
)
みつかれ、
083
ここに
大苦悶
(
だいくもん
)
を
続
(
つづ
)
けてゐたのである。
084
されど
高姫
(
たかひめ
)
に
其
(
その
)
正体
(
しやうたい
)
を
看破
(
みやぶ
)
られむことを
恐
(
おそ
)
れて、
085
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
高姫
(
たかひめ
)
の
此処
(
ここ
)
を
立去
(
たちさ
)
らむ
事
(
こと
)
をのみ
望
(
のぞ
)
んでゐた。
086
されど
高姫
(
たかひめ
)
は
何処
(
どこ
)
までも
大切
(
たいせつ
)
の
夫
(
をつと
)
の
介抱
(
かいほう
)
をせなくてはならぬと
思
(
おも
)
ひつめ、
087
少
(
すこ
)
しも
其処
(
そこ
)
を
動
(
うご
)
かうとはせない。
088
妖幻坊
(
えうげんばう
)
の
杢助
(
もくすけ
)
は、
089
人間
(
にんげん
)
の
形体
(
けいたい
)
を
負傷
(
ふしやう
)
の
身
(
み
)
を
以
(
もつ
)
て
保持
(
ほぢ
)
してゐるのは
非常
(
ひじやう
)
な
苦痛
(
くつう
)
である。
090
ウツカリすると
其
(
その
)
正体
(
しやうたい
)
が
現
(
あら
)
はれさうになつて
来
(
き
)
たので、
091
声
(
こゑ
)
を
励
(
はげ
)
まし
稍
(
やや
)
尖
(
とが
)
り
声
(
ごゑ
)
で、
092
杢助
『これ、
093
高姫
(
たかひめ
)
、
094
何故
(
なぜ
)
そなたは
夫
(
をつと
)
の
申
(
まを
)
す
事
(
こと
)
を
聞
(
き
)
いてくれないのか。
095
お
前
(
まへ
)
も
高姫
(
たかひめ
)
と
云
(
い
)
つて
随分
(
ずいぶん
)
剛
(
がう
)
の
者
(
もの
)
ぢやないか。
096
夫
(
をつと
)
の
病気
(
びやうき
)
に
心
(
こころ
)
をひかれて、
097
肝腎
(
かんじん
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御用
(
ごよう
)
を
次
(
つ
)
ぎに
致
(
いた
)
さうとするのか。
098
そんな
不心得
(
ふこころえ
)
のお
前
(
まへ
)
なら、
099
もう
是非
(
ぜひ
)
がない。
100
縁
(
えん
)
を
切
(
き
)
るから、
101
其方
(
そちら
)
へ
行
(
い
)
つてくれ』
102
高姫
『
杢助
(
もくすけ
)
さま、
103
お
前
(
まへ
)
さまは
頭
(
あたま
)
を
打
(
う
)
つてチツと
逆上
(
のぼ
)
せてゐるのだらう。
104
さうでなければ、
105
そんな
水臭
(
みづくさ
)
いことを
仰有
(
おつしや
)
る
筈
(
はず
)
がない。
106
ああ
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
な
事
(
こと
)
だな。
107
ああ
惟神
(
かむながら
)
霊
(
たま
)
幸倍
(
ちはへ
)
坐世
(
ませ
)
』
108
杢助
『こりや
高姫
(
たかひめ
)
、
109
私
(
わし
)
は
最前
(
さいぜん
)
も
云
(
い
)
うた
通
(
とほ
)
り
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
戒
(
いまし
)
めにあつて
居
(
ゐ
)
るのだから、
110
そんな
事
(
こと
)
は
何卒
(
どうぞ
)
云
(
い
)
つてくれなと
云
(
い
)
つたぢやないか。
111
何故
(
なぜ
)
夫
(
をつと
)
の
言葉
(
ことば
)
をお
前
(
まへ
)
は
用
(
もち
)
ひないのか』
112
高姫
『よう、
113
そんな
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
いますな。
114
初稚姫
(
はつわかひめ
)
があれだけ
大切
(
たいせつ
)
にしてゐたスマートを
私
(
わたし
)
がお
父
(
とう
)
さまの
命令
(
めいれい
)
だからと
云
(
い
)
つて
千言
(
せんげん
)
万語
(
ばんご
)
を
費
(
つひや
)
し
説
(
と
)
きつけた
処
(
ところ
)
、
115
初稚
(
はつわか
)
は
到頭
(
たうとう
)
私
(
わたし
)
の
言
(
い
)
ひ
条
(
でう
)
についてスマートに
大
(
おほ
)
きな
石
(
いし
)
を
五
(
いつ
)
つもかちつけ、
116
頭蓋骨
(
づがいこつ
)
を
割
(
わ
)
り、
117
大変
(
たいへん
)
な
血
(
ち
)
を
出
(
だ
)
したので、
118
スマートは、
119
あた
気味
(
きみ
)
のよい、
120
キヤンキヤンと
悲鳴
(
ひめい
)
をあげて
逃
(
に
)
げて
了
(
しま
)
ひましたよ。
121
大方
(
おほかた
)
今頃
(
いまごろ
)
は
河鹿
(
かじか
)
峠
(
たうげ
)
の
懐谷
(
ふところだに
)
近辺
(
きんぺん
)
で
倒
(
たふ
)
れて
死
(
し
)
んで
了
(
しま
)
つてゐるに
違
(
ちが
)
ひありませぬ』
122
杢助
『
何
(
なに
)
、
123
スマートに
石
(
いし
)
をかちつけて
初稚姫
(
はつわかひめ
)
が
帰
(
い
)
なしたと
云
(
い
)
ふのか。
124
ヤー、
125
それは
結構
(
けつこう
)
だ。
126
持
(
も
)
つべきものは
子
(
こ
)
なりけりだな』
127
高姫
『そら、
128
さうでせう。
129
お
前
(
まへ
)
さまの
目
(
め
)
の
中
(
なか
)
へ
這入
(
はい
)
つても
痛
(
いた
)
くないお
嬢
(
ぢやう
)
さまですからな。
130
持
(
も
)
つべからざるは
女房
(
にようばう
)
なりけりと
云
(
い
)
ふお
前
(
まへ
)
さまは
水臭
(
みづくさ
)
い
了簡
(
れうけん
)
でせうがな』
131
杢助
『もう
頭
(
あたま
)
の
痛
(
いた
)
いのにクドクドとそんな
事
(
こと
)
は
云
(
い
)
つてくれな。
132
又
(
また
)
痛
(
いた
)
みが
止
(
と
)
まつてから
不足
(
ふそく
)
なり、
133
何
(
なん
)
なりと
承
(
うけたま
)
はらう。
134
それよりも
早
(
はや
)
く
宅
(
うち
)
へ
帰
(
かへ
)
つて
初稚姫
(
はつわかひめ
)
を
呼
(
よ
)
んで
来
(
き
)
てくれ。
135
そしてお
前
(
まへ
)
は
人
(
ひと
)
知
(
し
)
れず
受付
(
うけつけ
)
の
前
(
まへ
)
にある
大杉
(
おほすぎ
)
の
木
(
き
)
へ
上
(
あが
)
つて
玉茸
(
たまたけ
)
と
云
(
い
)
ふ
茸
(
きのこ
)
があるから、
136
それを
むし
つて
来
(
き
)
てくれないか。
137
それさへあれば
私
(
わし
)
の
病気
(
びやうき
)
は
一遍
(
いつぺん
)
に
治
(
なほ
)
るのだ』
138
高姫
『それなら、
139
ハルかイルに
梯子
(
はしご
)
でもかけて
取
(
と
)
らせませうかな』
140
杢助
『いやいや、
141
これは
秘密
(
ひみつ
)
にせなくては
効能
(
かうのう
)
が
現
(
あら
)
はれぬのだ。
142
仮令
(
たとへ
)
娘
(
むすめ
)
の
初稚姫
(
はつわかひめ
)
にだつて
覚
(
さと
)
られちや
無効
(
むかう
)
だぞ。
143
兎
(
と
)
に
角
(
かく
)
、
144
初稚姫
(
はつわかひめ
)
を
呼
(
よ
)
んで
来
(
く
)
るよりも、
145
お
前
(
まへ
)
が
早
(
はや
)
く
其
(
その
)
玉茸
(
たまたけ
)
をソツと
取
(
と
)
つて
来
(
き
)
てくれないか。
146
夫
(
をつと
)
が
女房
(
にようばう
)
に
手
(
て
)
を
合
(
あは
)
して
頼
(
たの
)
むのだから……』
147
と
涙
(
なみだ
)
を
両眼
(
りやうがん
)
に
垂
(
た
)
らして
高姫
(
たかひめ
)
を
拝
(
をが
)
み
倒
(
たふ
)
した。
148
高姫
(
たかひめ
)
はオロオロしながら
両眼
(
りやうがん
)
に
涙
(
なみだ
)
を
浮
(
うか
)
べ、
149
高姫
『これ、
150
杢助
(
もくすけ
)
さま、
151
夫
(
をつと
)
が
女房
(
にようばう
)
に
手
(
て
)
を
合
(
あは
)
して
頼
(
たの
)
む
人
(
ひと
)
が
何処
(
どこ
)
の
世界
(
せかい
)
にありますかいな。
152
それなら
之
(
これ
)
から
玉茸
(
たまたけ
)
をとつて
参
(
まゐ
)
ります。
153
何卒
(
どうぞ
)
暫
(
しばら
)
く
此処
(
ここ
)
に
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
さい。
154
苦
(
くる
)
しいでせうけれどな』
155
杢助
『それは
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
だ。
156
何卒
(
どうぞ
)
怪我
(
けが
)
をせない
様
(
やう
)
に、
157
そして
人
(
ひと
)
に
見付
(
みつ
)
からぬ
様
(
やう
)
に
採
(
と
)
つて
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さい。
158
それ
迄
(
まで
)
は
初稚姫
(
はつわかひめ
)
にも
何人
(
たれ
)
にも
云
(
い
)
つてはいけませぬぞ』
159
高姫
『ハイ、
160
何
(
なに
)
も
彼
(
か
)
も
呑込
(
のみこ
)
んで
居
(
を
)
ります。
161
それなら
之
(
これ
)
から
取
(
と
)
つて
来
(
き
)
て
上
(
あ
)
げませう。
162
暫
(
しばら
)
く
此処
(
ここ
)
に……ネー
杢助
(
もくすけ
)
さま、
163
貴方
(
あなた
)
も
摩利支天
(
まりしてん
)
様
(
さま
)
の
御
(
お
)
身魂
(
みたま
)
だから、
164
之
(
これ
)
位
(
くらゐ
)
の
傷
(
きず
)
にはメツタに
往生
(
わうじやう
)
なさる
事
(
こと
)
はありますまいからな』
165
杢助
『うん、
166
さうだ、
167
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だよ。
168
お
前
(
まへ
)
も
夫
(
をつと
)
に
対
(
たい
)
する
初
(
はじ
)
めての
貞節
(
ていせつ
)
だから、
169
何卒
(
どうぞ
)
怪我
(
けが
)
をせない
様
(
やう
)
にして
玉茸
(
たまたけ
)
の
採取
(
さいしゆ
)
を
頼
(
たの
)
むよ』
170
高姫
『ハイ、
171
承知
(
しようち
)
致
(
いた
)
しました』
172
と
大
(
おほ
)
きな
尻
(
しり
)
をプリンプリンと
振
(
ふ
)
りながら、
173
杢助
(
もくすけ
)
の
倒
(
たふ
)
れて
居
(
ゐ
)
る
姿
(
すがた
)
を
見返
(
みかへ
)
り
見返
(
みかへ
)
り、
174
チヨコチヨコ
走
(
ばし
)
りに
受付
(
うけつけ
)
の
前
(
まへ
)
の
大杉
(
おほすぎ
)
の
木
(
き
)
の
蔭
(
かげ
)
にソツと
身
(
み
)
を
寄
(
よ
)
せた。
175
杢助
(
もくすけ
)
に
変化
(
へんげ
)
してゐた
妖幻坊
(
えうげんばう
)
はヤツと
一安心
(
ひとあんしん
)
して
元
(
もと
)
の
怪物
(
くわいぶつ
)
と
還元
(
くわんげん
)
し、
176
一先
(
ひとま
)
づ
此処
(
ここ
)
を
立去
(
たちさ
)
らねば、
177
又
(
また
)
も
人
(
ひと
)
に
見付
(
みつ
)
けられては
堪
(
た
)
へ
難
(
がた
)
き
苦痛
(
くつう
)
だと、
178
谷
(
たに
)
の
流
(
なが
)
れを
伝
(
つた
)
うてガサリガサリと
山
(
やま
)
の
尾
(
を
)
の
上
(
へ
)
を
渡
(
わた
)
り、
179
向
(
むか
)
ふ
側
(
がは
)
の
日当
(
ひあた
)
りのよき
窪
(
くぼ
)
んだ
処
(
ところ
)
に
横
(
よこ
)
たはり、
180
四辺
(
あたり
)
に
人
(
ひと
)
なきを
幸
(
さいは
)
ひ、
181
ウーンウーンと
呻
(
うめ
)
き
苦
(
くる
)
しんでゐたのである。
182
扨
(
さ
)
て
一方
(
いつぱう
)
の
高姫
(
たかひめ
)
は、
183
森
(
もり
)
の
木蔭
(
こかげ
)
に
身
(
み
)
を
忍
(
しの
)
び、
184
受付
(
うけつけ
)
の
様子
(
やうす
)
を
考
(
かんが
)
へてゐると、
185
イルとハルとが
火鉢
(
ひばち
)
を
真中
(
まんなか
)
に
囲
(
かこ
)
み、
186
何事
(
なにごと
)
か「アツハツハハハハアツハツハハハハ」と
笑
(
わら
)
ひながら
雪駄直
(
せつたなほ
)
しが
大仕事
(
おほしごと
)
を
受取
(
うけと
)
つた
様
(
やう
)
な
態度
(
たいど
)
で、
187
何時
(
いつ
)
動
(
うご
)
かうともしない。
188
高姫
(
たかひめ
)
は
気
(
き
)
が
気
(
き
)
でならず、
189
高姫
『
早
(
はや
)
く
両人
(
りやうにん
)
何処
(
どこ
)
かへ
行
(
い
)
つてくれたらよいがな。
190
気
(
き
)
の
利
(
き
)
かぬ
奴
(
やつ
)
ばつかりだ。
191
早
(
はや
)
く
玉茸
(
たまたけ
)
を
取
(
と
)
つて
杢助
(
もくすけ
)
さまに
上
(
あ
)
げなくちや、
192
あの
塩梅
(
あんばい
)
では
大変
(
たいへん
)
傷
(
きず
)
が
深
(
ふか
)
いから
本復
(
ほんぷく
)
せぬかも
知
(
し
)
れない。
193
でも
彼奴
(
あいつ
)
等
(
ら
)
に
見
(
み
)
られちや
薬
(
くすり
)
が
利
(
き
)
かぬのだし、
194
エーぢれつたいことだなア』
195
と
森蔭
(
もりかげ
)
に
地団駄
(
ぢだんだ
)
を
踏
(
ふ
)
んでゐる。
196
ハル、
197
イルはそんな
事
(
こと
)
も
知
(
し
)
らず
何事
(
なにごと
)
か
笑
(
わら
)
ひ
興
(
きよう
)
じてゐる。
198
高姫
(
たかひめ
)
も
耳
(
みみ
)
をすまして
此
(
この
)
話
(
はなし
)
を
聞
(
き
)
くより
外
(
ほか
)
に
取
(
と
)
る
術
(
すべ
)
はなかつた。
199
大杉
(
おほすぎ
)
の
一方
(
いつぱう
)
に
姿
(
すがた
)
の
見
(
み
)
えない
様
(
やう
)
に
身
(
み
)
をかくして
聞
(
き
)
いて
見
(
み
)
れば、
200
イルは、
201
イル
『
如何
(
どう
)
も
怪
(
あや
)
しいものぢやないか。
202
エー、
203
杢助
(
もくすけ
)
さまだつて
耳
(
みみ
)
がペラペラと
動
(
うご
)
くなり、
204
又
(
また
)
今度
(
こんど
)
来
(
き
)
た
初稚姫
(
はつわかひめ
)
さまは
何
(
ど
)
うも
一通
(
ひととほ
)
りの
人
(
ひと
)
ぢやない
様
(
やう
)
だし、
205
楓姫
(
かへでひめ
)
さまが
素敵
(
すてき
)
な
美人
(
びじん
)
だと
思
(
おも
)
つてゐたのに、
206
これは
又
(
また
)
幾層倍
(
いくそうばい
)
とも
知
(
し
)
れないナイスぢやないか』
207
ハルは、
208
ハル
『ウン、
209
さうだな、
210
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
も
男
(
をとこ
)
と
生
(
うま
)
れた
以上
(
いじやう
)
は、
211
あんなナイスと
仮令
(
たとへ
)
一夜
(
いちや
)
でもいいから
添
(
そ
)
うて
見
(
み
)
たいものだな。
212
然
(
しか
)
し
初稚姫
(
はつわかひめ
)
さまだつて
楓姫
(
かへでひめ
)
さまだつて、
213
何
(
いづ
)
れ
養子
(
やうし
)
を
貰
(
もら
)
はねばならぬのだから、
214
満更
(
まんざら
)
目的
(
もくてき
)
の
外
(
はづ
)
れる
事
(
こと
)
もあるまい。
215
あんな
人
(
ひと
)
になると
却
(
かへ
)
つて
器量
(
きりやう
)
を
好
(
この
)
まぬものだ。
216
口許
(
くちもと
)
のしまつた
色
(
いろ
)
の
浅黒
(
あさぐろ
)
い
男
(
をとこ
)
らしい
男
(
をとこ
)
を
好
(
この
)
むものだよ。
217
貴様
(
きさま
)
だつて、
218
俺
(
おれ
)
だつて
軍人
(
ぐんじん
)
教育
(
けういく
)
を
受
(
う
)
けとるのだから、
219
何処
(
どこ
)
ともなしに
軍人
(
ぐんじん
)
気質
(
きしつ
)
が
残
(
のこ
)
つて
凛々
(
りり
)
しい
処
(
ところ
)
があるなり、
220
一
(
ひと
)
つ
体
(
からだ
)
を
動
(
うご
)
かすにも
廻
(
まは
)
れ
右
(
みぎ
)
、
221
一二三
(
おちにさん
)
式
(
しき
)
なり、
222
本当
(
ほんたう
)
に
女
(
をんな
)
の
好
(
す
)
きさうな
男
(
をとこ
)
だからな』
223
イル
『うん、
224
そらさうだ。
225
貴様
(
きさま
)
だつてあまり
捨
(
す
)
てた
男前
(
をとこまへ
)
でもなし、
226
俺
(
おれ
)
だつてさう
掃溜
(
はきだめ
)
に
捨
(
す
)
てた
様
(
やう
)
な
男前
(
をとこまへ
)
でもなし、
227
婿
(
むこ
)
の
候補者
(
こうほしや
)
には
最
(
もつと
)
も
適当
(
てきたう
)
だ。
228
さうして
宗教
(
しうけう
)
の
変
(
かは
)
つたものと
結婚
(
けつこん
)
すれば
互
(
たがひ
)
に
其
(
その
)
信仰
(
しんかう
)
を
異
(
こと
)
にするが
故
(
ゆゑ
)
に、
229
如何
(
どう
)
しても
家庭
(
かてい
)
の
円満
(
ゑんまん
)
を
欠
(
か
)
くと
云
(
い
)
ふ
点
(
てん
)
から、
230
三五教
(
あななひけう
)
の
信者
(
しんじや
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
信者
(
しんじや
)
と
結婚
(
けつこん
)
する
事
(
こと
)
になつてゐる。
231
死
(
し
)
んでからでも
同
(
おな
)
じ
団体
(
だんたい
)
の
天国
(
てんごく
)
へ
行
(
ゆ
)
かうと
思
(
おも
)
へば、
232
同
(
おな
)
じ
思想
(
しさう
)
、
233
信仰
(
しんかう
)
を
持
(
も
)
つて
居
(
ゐ
)
なくちや
駄目
(
だめ
)
だからな。
234
それ
位
(
くらゐ
)
の
事
(
こと
)
はあんな
人
(
ひと
)
になればよく
承知
(
しようち
)
してゐるよ』
235
ハル
『エツヘヘヘヘヘ
中々
(
なかなか
)
以
(
もつ
)
て
前途
(
ぜんと
)
有望
(
いうばう
)
だ。
236
これだから
三五教
(
あななひけう
)
は
結構
(
けつこう
)
だと
云
(
い
)
ふのだ。
237
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
斎苑
(
いそ
)
の
館
(
やかた
)
の
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
はイドムの
神
(
かみ
)
といつて
縁結
(
えんむす
)
びの
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
だからな。
238
そして
金勝要
(
きんかつかねの
)
神
(
かみ
)
と
云
(
い
)
ふ
頗
(
すこぶ
)
る
融通
(
ゆうづう
)
の
利
(
き
)
く
粋
(
すゐ
)
な
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
があつて「
添
(
そ
)
ひたい
縁
(
えん
)
なら
添
(
そ
)
はしてやらう、
239
切
(
き
)
りたい
縁
(
えん
)
なら
切
(
き
)
つてもやるぞよ」と、
240
それはそれは
中々
(
なかなか
)
話
(
はな
)
せる
神
(
かみ
)
さまだから、
241
俺
(
おれ
)
等
(
たち
)
には
持
(
も
)
つて
来
(
こ
)
いだよ』
242
イル
『それはさうと、
243
イク、
244
サール、
245
テル
等
(
など
)
が
競争
(
きやうさう
)
場裡
(
ぢやうり
)
に
立
(
た
)
つて
中原
(
ちうげん
)
の
鹿
(
しか
)
を
追
(
お
)
ふ
様
(
やう
)
な
事
(
こと
)
はあるまいかな』
246
ハル
『そりや
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だよ。
247
あんなシヤツ
面
(
つら
)
した
気
(
き
)
の
利
(
き
)
かない
頓馬
(
とんま
)
が、
248
如何
(
どう
)
して
二人
(
ふたり
)
のナイスのお
気
(
き
)
に
入
(
い
)
るものかね。
249
そんな
事
(
こと
)
ア
到底
(
たうてい
)
駄目
(
だめ
)
だよ。
250
マア
安心
(
あんしん
)
したがよからう』
251
イル
『さうお
前
(
まへ
)
の
様
(
やう
)
に
楽観
(
らくくわん
)
して
自惚
(
うぬぼ
)
れてゐる
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
くまいぞ』
252
ハル
『
何
(
なに
)
さ、
253
そんな
心配
(
しんぱい
)
は
要
(
い
)
らぬ。
254
チヤーンと
運命
(
うんめい
)
が
決
(
きま
)
つてゐるのだ。
255
初稚姫
(
はつわかひめ
)
様
(
さま
)
があの
凛々
(
りり
)
しい
犬
(
いぬ
)
をつれて
厶
(
ござ
)
つた
時
(
とき
)
、
256
僕
(
ぼく
)
の
面
(
つら
)
をチラツと
見
(
み
)
てニタツと
笑
(
わら
)
つて
居
(
を
)
られた。
257
その
時
(
とき
)
は
情味
(
じやうみ
)
津々
(
しんしん
)
として
溢
(
あふ
)
るる
許
(
ばか
)
りだつたよ。
258
そしてあの
涼
(
すず
)
しい
目
(
め
)
からピカピカツと
電波
(
でんぱ
)
を
送
(
おく
)
られた
時
(
とき
)
の
美
(
うつく
)
しさと
云
(
い
)
つたら、
259
まるでエンゼルの
様
(
やう
)
だつたよ。
260
あの
目付
(
めつき
)
から
考
(
かんが
)
へても、
261
屹度
(
きつと
)
俺
(
おれ
)
に
思召
(
おぼしめし
)
があると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は
動
(
うご
)
かぬ
事実
(
じじつ
)
だ。
262
アーア、
263
併
(
しか
)
しながら
気
(
き
)
の
揉
(
も
)
める
事
(
こと
)
だわい』
264
イル
『こりや、
265
貴様
(
きさま
)
、
266
そんな
甘
(
うま
)
い
事
(
こと
)
があるかい。
267
俺
(
おれ
)
は
初稚姫
(
はつわかひめ
)
さまぢやなけりや、
268
どんな
女房
(
にようばう
)
だつて
持
(
も
)
たないのだ。
269
貴様
(
きさま
)
は
楓姫
(
かへでひめ
)
さまが
合
(
あ
)
うたり
叶
(
かな
)
うたりだ。
270
楓姫
(
かへでひめ
)
さまは
何時
(
いつ
)
もお
前
(
まへ
)
の
事
(
こと
)
を「
何
(
なん
)
と
男
(
をとこ
)
らしい
方
(
かた
)
だね」と
云
(
い
)
つて
厶
(
ござ
)
つたぞ。
271
それに
決
(
き
)
めておけ』
272
ハル
『
馬鹿
(
ばか
)
を
云
(
い
)
ふない。
273
先取権
(
せんしゆけん
)
は
俺
(
おれ
)
にあるのだ。
274
そんな
虫
(
むし
)
のいい
事
(
こと
)
は
云
(
い
)
つてくれなよ』
275
イル
『
馬鹿
(
ばか
)
にするない。
276
屹度
(
きつと
)
俺
(
おれ
)
が
初稚姫
(
はつわかひめ
)
さまを
此方
(
こつち
)
へ
靡
(
なび
)
かして
見
(
み
)
せようぞ』
277
ハル
『
何
(
なに
)
、
278
俺
(
おれ
)
が
見
(
み
)
ん
事
(
ごと
)
、
279
靡
(
なび
)
かしてお
目
(
め
)
にかけよう』
280
などと
何時迄
(
いつまで
)
も
限
(
き
)
りなしに、
281
こんな
空想談
(
くうさうだん
)
に
耽
(
ふけ
)
つてゐる。
282
高姫
(
たかひめ
)
は
気
(
き
)
も
狂乱
(
きやうらん
)
せむばかり
苛
(
いら
)
だてども、
283
何時迄
(
いつまで
)
待
(
ま
)
つても
動
(
うご
)
く
気遣
(
きづか
)
ひはなし、
284
二人
(
ふたり
)
の
話
(
はなし
)
は
益々
(
ますます
)
佳境
(
かきやう
)
に
入
(
い
)
り、
285
日
(
ひ
)
が
暮
(
く
)
れても
夜通
(
よどほ
)
ししても
容易
(
ようい
)
に
動
(
うご
)
かぬ
様子
(
やうす
)
である。
286
高姫
(
たかひめ
)
は
是非
(
ぜひ
)
なく
裏口
(
うらぐち
)
にまはり、
287
普請
(
ふしん
)
に
使
(
つか
)
つた
梯子
(
はしご
)
を
引張
(
ひつぱ
)
り
出
(
だ
)
し
来
(
きた
)
り、
288
大杉
(
おほすぎ
)
の
受付
(
うけつけ
)
から
見
(
み
)
えない
方面
(
はうめん
)
に
立
(
た
)
てかけ、
289
太
(
ふと
)
い
体
(
からだ
)
をシワシワと
梯子
(
はしご
)
を
弓
(
ゆみ
)
の
如
(
ごと
)
くしわませながら
漸
(
やうや
)
く
一
(
いち
)
の
枝
(
えだ
)
へとりつき、
290
蜘蛛
(
くも
)
の
巣
(
す
)
にひつかかりながら、
291
杢助
(
もくすけ
)
の
云
(
い
)
つた
玉茸
(
たまたけ
)
は
何処
(
どこ
)
にあるかと
探
(
さが
)
しまはつた。
292
されど
茸
(
きのこ
)
らしいものは
少
(
すこ
)
しも
見当
(
みあた
)
らない。
293
杢助
(
もくすけ
)
さまが
確
(
たしか
)
に
此
(
この
)
杉
(
すぎ
)
だと
云
(
い
)
つたのだから、
294
何処
(
どこ
)
かにあるだらうと
可成
(
なるべ
)
く
音
(
おと
)
のせぬやう、
295
枝
(
えだ
)
から
枝
(
えだ
)
へ
伝
(
つた
)
ひ
上
(
のぼ
)
つて
行
(
ゆ
)
くと、
296
昼目
(
ひるめ
)
の
見
(
み
)
えない
梟鳥
(
ふくろどり
)
が
丸
(
まる
)
い
目
(
め
)
を
剥
(
む
)
いてとまつてゐた。
297
高姫
(
たかひめ
)
は
余
(
あま
)
り
慌
(
あわ
)
ててゐるので、
298
視覚
(
しかく
)
に
変調
(
へんてう
)
を
来
(
きた
)
して
居
(
ゐ
)
たと
見
(
み
)
え、
299
梟
(
ふくろ
)
の
両眼
(
りやうがん
)
を
見
(
み
)
て、
300
高姫
『ほんに
玉
(
たま
)
の
様
(
やう
)
に
丸
(
まる
)
い
茸
(
きのこ
)
だ。
301
成程
(
なるほど
)
玉茸
(
たまたけ
)
とはよく
云
(
い
)
つたものだ』
302
と
小
(
ちひ
)
さい
声
(
こゑ
)
で
囁
(
ささや
)
き
乍
(
なが
)
ら
梟
(
ふくろ
)
の
目
(
め
)
を
一寸
(
ちよつと
)
撫
(
な
)
でた。
303
梟
(
ふくろ
)
は
驚
(
おどろ
)
いて
無性
(
むしやう
)
矢鱈
(
やたら
)
に
高姫
(
たかひめ
)
の
光
(
ひか
)
つた
目
(
め
)
を
敵
(
てき
)
と
見做
(
みな
)
し、
304
尖
(
とが
)
つた
嘴
(
くちばし
)
でこついたから
堪
(
たま
)
らない、
305
高姫
(
たかひめ
)
はズズズズドスン、
306
「キヤツ、
307
イイイイ
痛
(
いた
)
い」と
小声
(
こごゑ
)
に
叫
(
さけ
)
んだ。
308
されどイル、
309
ハルの
両人
(
りやうにん
)
は
勝手
(
かつて
)
な
話
(
はなし
)
に
現
(
うつつ
)
を
抜
(
ぬ
)
かし、
310
女房
(
にようばう
)
の
選択談
(
せんたくだん
)
に
火花
(
ひばな
)
を
散
(
ち
)
らしてゐたから、
311
杉
(
すぎ
)
の
大木
(
たいぼく
)
の
根元
(
ねもと
)
に
落
(
お
)
ちて
苦
(
くる
)
しんでゐる
高姫
(
たかひめ
)
の
体
(
からだ
)
が
目
(
め
)
につかなかつたのである。
312
祠
(
ほこら
)
の
森
(
もり
)
の
村烏
(
むらがらす
)
[
※
御校正本・愛世版では「村烏」だが、校定版・八幡版では「群烏」に修正されている。
]
は
俄
(
にはか
)
に
何物
(
なにもの
)
に
驚
(
おどろ
)
いたか、
313
ガアガアと
縁起
(
えんぎ
)
の
悪
(
わる
)
さうな
声
(
こゑ
)
をして
中空
(
ちうくう
)
を
鳴
(
な
)
きながら
翺翔
(
こうしやう
)
してゐる。
314
(
大正一二・一・二〇
旧一一・一二・四
北村隆光
録)
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