霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 負傷(ふしやう)負傷(ぶしやう)〔一三〇一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第50巻 真善美愛 丑の巻 篇:第2篇 兇党擡頭 よみ(新仮名遣い):きょうとうたいとう
章:第7章 負傷負傷 よみ(新仮名遣い):ふしょうぶしょう 通し章番号:1301
口述日:1923(大正12)年01月20日(旧12月4日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月7日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
初稚姫は珍彦の館を訪れた。門口の戸をそっとひらいて名乗りをすると、楓姫が迎え入れた。初稚姫が神丹のことを知っていたので、驚いた楓姫が尋ねると、神丹は言霊別命のお告げによって初稚姫が作り、スマートに持たせて楓姫に渡したものであったと明かした。
そこへ、神殿に神丹のお礼に行っていた珍彦と静子が帰ってきた。楓姫からいきさつを聞いた珍彦と静子は感激して初稚姫に礼を述べた。初稚姫は、自分は神様のご命令にしたがって行動しただけと答えた。
珍彦、静子、楓姫は、祠の森にやってきた杢助の行いが悪いので、そのことを不審に思って初稚姫に尋ねるが、初稚姫は言葉をにごし、三人は何事かを悟ったようであった。そして一同はここの杢助が本物ではないという秘密を歌に詠んでそれとなく確認し合った。
すると門口に、男の声で若い女性に恋の思いを告げる歌を歌う者がある。珍彦と静子は、誰かこの館に楓姫や初稚姫を思う者がいると心配するが、楓姫と初稚姫は、自分たちは気を付けもするし神様のご守護もあるから心配いらないと安堵させる。
そこへイルとハルがあわただしく入ってきて、高姫が大杉の梢から転落して怪我をしたと報告した。初稚姫は高姫のところに急いだ。
高姫は、自分は日の出神の御守護があるから大丈夫と、杢助のところに先に行くように初稚姫に懇願した。初稚姫は高姫の介抱をハルとイルに頼んで杢助のところに向かった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-07-13 12:08:41 OBC :rm5007
愛善世界社版:86頁 八幡書店版:第9輯 180頁 修補版: 校定版:90頁 普及版:46頁 初版: ページ備考:
001 初稚姫(はつわかひめ)(しづか)()(はこ)びながら珍彦(うづひこ)(やかた)()ひ、002門口(かどぐち)()をそつと(ひら)き、
003初稚姫御免(ごめん)なさいまし、004(わたくし)初稚姫(はつわかひめ)(ござ)います。005ハルナの(みやこ)宣伝使(せんでんし)として(まゐ)ります途中(とちう)006大神(おほかみ)(さま)参拝(さんぱい)(いた)し、007高姫(たかひめ)(さま)のお世話(せわ)になりまして、008此処(ここ)(しばら)(あし)(とど)めて()るもので(ござ)いますれば、009何卒(どうぞ)()入魂(じつこん)(ねが)ひます』
010()つた。011(この)(こゑ)(おどろ)いて楓姫(かへでひめ)(ふすま)をそつと(ひら)いて(あら)はれ(きた)り、012叮嚀(ていねい)辞儀(じぎ)をしながら(きり)火鉢(ひばち)()ゑ、013座蒲団(ざぶとん)()いて、
014貴女(あなた)(さま)驍名(げうめい)(たか)初稚姫(はつわかひめ)宣伝使(せんでんし)さまで(ござ)いましたか。015それはそれはようまアお(たづ)(くだ)さいました。016(じつ)(ところ)貴女(あなた)(さま)がお()(あそ)ばしたと()(こと)を、017(うけたま)はりまして、018一度(いちど)拝顔(はいがん)()たいと(ねが)つて()りましたが、019(わたし)両親(りやうしん)(まを)しますには「お(まへ)のやうな教育(けういく)のない不作法(ぶさはふ)(もの)が、020エンゼルのやうな(かた)(まへ)()るものぢやない、021()無礼(ぶれい)になるから(ひか)へて()れ」と(まを)しますので、022つひ失礼(しつれい)(いた)して()りました。023ようまア(たふと)(おん)()をもつてお(たづ)(くだ)さいましたねえ。024サアどうぞ、025此処(ここ)へお(あが)(くだ)さいませ。026(ちや)なりと()まして(いただ)きます』
027初稚姫『ハイ、028()親切(しんせつ)有難(ありがた)(ござ)ります。029何彼(なにか)とお世話(せわ)(あづ)かりましてなア。030(とき)珍彦(うづひこ)(さま)031静子(しづこ)(さま)はどちらにお()でになりましたか、032(かほ)()えないやうで(ござ)いますなア』
033『ハイ、034一寸(ちよつと)両親(りやうしん)(かみ)(さま)へお礼参(れいまゐ)りと()つて()()きました。035大方(おほかた)()神前(しんぜん)(まゐ)つて()られませう』
036初稚姫神丹(しんたん)のお(れい)(まを)しにお()でになつたのでせう』
037 楓姫(かへでひめ)(この)言葉(ことば)吃驚(びつくり)して、038初稚姫(はつわかひめ)(かほ)見上(みあ)げながら、039(すこ)しく()(ふる)はせ、
040貴女(あなた)はまア、041どうしてそんな(くは)しい(こと)御存(ごぞん)じで(ござ)いますか』
042初稚姫『ハイ、043()夫婦(ふうふ)危難(きなん)()るに見兼(みか)ねて、044(わらは)言霊別(ことたまわけの)(みこと)(さま)のお(つげ)により、045神丹(しんたん)()霊薬(れいやく)(つく)り、046スマートに()たせて貴女(あなた)のお()(わた)した(はず)(ござ)いますから』
047『ああ左様(さやう)(ござ)いましたか。048さうすると貴女(あなた)(さま)は、049文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)(さま)(ござ)いますか、050ああ(たふと)有難(ありがた)やなア』
051感謝(かんしや)(なみだ)(むせ)ぶ。052いつの()にやらスマートは(ゆか)(した)(くぐ)り、053()をふりながら此処(ここ)(あら)はれて()た。
054初稚姫『これスマートや、055うつかり出歩(である)いちやいけませぬよ。056()うして此処(ここ)へお()でたの。057(まへ)本当(ほんたう)霊獣(れいじう)だねえ、058(わたし)()(こと)をよく()いて、059()夫婦(ふうふ)危難(きなん)をよく(すく)うて(くだ)さつた。060ほんとにスマートの()(そむ)かぬ敏捷(びんせふ)なものだねえ』
061讃美(ほめたた)へて()る。062スマートは(うれ)しさうに(からだ)()をふつて()る。063(かへで)(やうや)うに(かほ)()げ、064スマートの姿(すがた)()二度(にど)吃驚(びつくり)し、
065『アー、066昨夜(さくや)文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)(さま)がお()(あそ)ばした(いぬ)は、067これで(ござ)いますわ、068この(いぬ)(くち)から(わたくし)()神丹(しんたん)三粒(みつぶ)(わた)して()れました。069さうして文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)(さま)(わたくし)神丹(しんたん)(さづ)けて直様(すぐさま)(いぬ)()()れ、070どこかへお(かへ)りになつたと(おも)へば(ゆめ)()め、071(かた)(にぎ)つて()()(ひら)いて()れば、072あの神丹(しんたん)(ござ)いました。073貴女(あなた)(まつた)生神(いきがみ)(さま)074(わたくし)がかうしてお(そば)へおいて(いただ)くのも(おそ)(おほ)(こと)(ござ)います。075さうして(わたくし)()うしても合点(がてん)(まゐ)りませぬ(こと)(ひと)(ござ)います、076貴女(あなた)何故(なぜ)高姫(たかひめ)さまのやうな(あま)りよくないお(かた)のお()さまになられましたのか』
077 初稚姫(はつわかひめ)はニツコと(わら)ひ、
078初稚姫『ハイ、079いづれお(わか)りになる(こと)(ござ)いませう』
080()つたきり(こた)へなかつた。081(かへで)(たた)みかけて(また)()うた。
082貴女(あなた)(さま)(うけたま)はれば、083杢助(もくすけ)(さま)のお娘子(むすめご)(さま)(ござ)いますさうですねえ』
084初稚姫『ハイ左様(さやう)(ござ)います。085(しか)此処(ここ)杢助(もくすけ)さまは……』
086()つたきり、087(くち)をつぐんで仕舞(しま)つた。088(かへで)鋭敏(えいびん)頭脳(づなう)持主(もちぬし)であるから、089(はや)くも意中(いちう)(さと)つた。090さうして小声(こごゑ)になり、
091本当(ほんたう)(なん)ですねえ、092(なに)()はない(はう)無難(ぶなん)でよろしいわね』
093以心(いしん)伝心(でんしん)(てき)に、094()()(はなし)交換(かうくわん)簡単(かんたん)()まして(しま)つた。
095 かかる(ところ)珍彦(うづひこ)夫婦(ふうふ)(あかざ)(つゑ)をつきながら拝礼(はいれい)(をは)り、096裏口(うらぐち)から(かへ)つて()た。097(その)足音(あしおと)(はや)くも(さと)つて(かへで)裏口(うらぐち)()をあけ、098(うれ)しさうな(こゑ)で、
099『お(とう)さま、100(かあ)さま、101(かへ)りなさいませ。102夜前(やぜん)(かみ)(さま)がお()(あそ)ばしたのよ。103あの神丹(しんたん)(くだ)さつた文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)(さま)が』
104小声(こごゑ)(ささや)いた。
105珍彦(うづひこ)(なに)106文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)(さま)此処(ここ)へお()(あそ)ばしたの。107それは直様(すぐさま)(れい)申上(まをしあ)げねばなるまい』
108静子(しづこ)(あま)悪魔(あくま)(はびこ)るので、109この聖場(せいぢやう)()ながらも、110()()(ろく)(ねむ)られなかつた。111ああ有難(ありがた)い、112文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)(さま)がお()(くだ)さつたか』
113(はや)くも涙声(なみだごゑ)になつて()る。114(かへで)(あと)()いて夫婦(ふうふ)座敷(ざしき)(あが)り、115初稚姫(はつわかひめ)(まへ)(かしら)()げ、116歔欷泣(しやくりな)きしながら、117一言(いちごん)(はつ)()感謝(かんしや)(なみだ)()れて()る。
118初稚姫『もし珍彦(うづひこ)(さま)119静子(しづこ)(さま)120日々(にちにち)()神務(しんむ)()苦労(くらう)さまで(ござ)いますなア。121(わらは)初稚姫(はつわかひめ)宣伝使(せんでんし)(ござ)います。122突然(とつぜん)(まゐ)りましてお邪魔(じやま)(いた)して()ります。123楓様(かへでさま)親切(しんせつ)仰有(おつしや)つて(くだ)さるので、124つひ長居(ながゐ)(いた)しました』
125と、126(すず)のやうな(やさ)しい(こゑ)挨拶(あいさつ)をした。127珍彦(うづひこ)はハツと(かしら)()げ、128初稚姫(はつわかひめ)霊気(れいき)()てる(その)容貌(ようばう)(かん)()り、
129珍彦貴女(あなた)文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)()化身(けしん)(さま)130よくまアお(たす)けに()(くだ)さいました。131これ静子(しづこ)132(はや)()(れい)(まを)さないか』
133静子初稚姫(はつわかひめ)(さま)134文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)(さま)()化身(けしん)(さま)135よくまアお(たす)(くだ)さいました。136この御恩(ごおん)(けつ)して(わす)れは(いた)しませぬ』
137とハンケチに(うる)んだ()(ぬぐ)ふ。
138 初稚姫(はつわかひめ)迷惑(めいわく)(かほ)をして(ほそ)()左右(さいう)()りながら、
139初稚姫『イエイエお(れい)()はれては()みませぬ。140(わらは)立場(たちば)(ござ)いませぬ。141(じつ)言霊別(ことたまわけ)(かみ)(さま)(わらは)()命令(めいれい)(あそ)ばしたので(ござ)いますよ。142どうぞ大神(おほかみ)(さま)にお(れい)(まを)して(くだ)さい。143(わらは)(けつ)して貴方(あなた)(がた)をお(たす)けするやうな(ちから)(ござ)いませぬ』
144珍彦『なんと()謙遜(けんそん)貴女(あなた)(さま)145(じつ)(かん)()りました。146(とき)初稚姫(はつわかひめ)(さま)は、147昨日(さくじつ)()えました杢助(もくすけ)(さま)()令嬢(れいぢやう)(うけたま)はりましたが、148左様(さやう)(ござ)いますかなア』
149初稚姫『イエ……ハイ』
150()()らぬ返事(へんじ)をして()る。
151 (かへで)両親(りやうしん)(むか)ひ、
152『お(とう)さま、153(かあ)さま、154そんな失礼(しつれい)(こと)仰有(おつしや)つてはいけませぬよ。155(なに)156あんな(かた)(ひめ)(さま)のお(とう)さまであつて(たま)りませう。157これには(ふか)(わけ)がおありなさるので(ござ)いますよ。158(しか)しながら、159これきりで(なに)仰有(おつしや)らないやうにして(くだ)さい。160(ひめ)(さま)()迷惑(めいわく)になつては()みませぬからなア』
161 珍彦(うづひこ)夫婦(ふうふ)(かへで)言葉(ことば)()首肯(うなづ)き、
162珍彦『ウンウン、163成程(なるほど)々々(なるほど)164いや(わか)りました。165()苦労(くらう)さまで(ござ)います。166どうぞ貴女(あなた)()神力(しんりき)悪魔(あくま)をお()(はら)(くだ)さるやうにお(ねが)(まを)します』
167夫婦(ふうふ)()(あは)せ、168(また)もや()(をが)むのであつた。
169(かへで)(あま)斯様(かやう)なお(はなし)は、170(たれ)()くか(わか)りませぬから、171ちつとハンナリと(うた)でも(うた)ひませうかねえ』
172初稚姫『さうですね、173(かへで)さま、174(ひと)(うた)つて(くだ)さいな』
175 (かへで)初稚姫(はつわかひめ)言葉(ことば)をいなみ()ね……お(はづ)かしながら……と前置(まへお)きして、
 
176(ひと)(こころ)(そこ)(ふか)
177 千尋(ちひろ)(なみ)()()けば
178 ()()たなびく岩蔭(いはかげ)
179 (みにく)(わに)()めるかな』
 
180 初稚姫(はつわかひめ)幾度(いくたび)(うなづ)きながら、181にやりと(わら)ひ、
182初稚姫成程(なるほど)ねえ。183よく出来(でき)ましたよ。184(わらは)腰折(こしをれ)()まして(いただ)きませうかねえ。185ホホホ』
186(わら)ひながら、
 
187初稚姫()(はな)一度(いちど)()()つる
188 天津(あまつ)御国(みくに)(いざな)ひて
189 常住(じやうぢう)不断(ふだん)法楽(ほふらく)
190 (あた)へたまはる瑞御霊(みづみたま)
 
191(まこと)にお(はづ)かしい(こと)(ござ)います。192ホホホホ』
193梅花(ばいくわ)(つゆ)(ほころ)(ごと)(ちひ)さい(くちびる)から(ゑみ)()らして()る。
194 (この)(とき)195門口(かどぐち)(をとこ)(こゑ)として、
 
196(男の声)『○○(こひ)しや(はる)()
197 (やみ)()ちたる面影(おもかげ)
198 ()えてあとなく(わが)(こゑ)
199 (ただ)木霊(こだま)する(さび)しさよ』
 
200(うた)つて(とほ)るものがあつた。201(また)かはつた(をとこ)(こゑ)で、
 
202(男の声)(たの)しからずや(こひ)(ゆめ)
203 (ただ)(ちから)なく(きみ)()
204 (いだ)かるる(とき)(わが)(なみだ)
205 ほほ()(まなこ)をぬらすかな
206
207 (かみ)(ひかり)(つつ)まるる
208 (たふと)(きみ)(しの)びつつ
209 (われ)()(こひ)(さち)あれと
210 (なみだ)(なが)して(いの)るかな
211
212 (かな)しき(ゆめ)のさめし(とき)
213 (なみだ)にしめる()をあげて
214 (ひと)()()(さび)しさを
215 (かみ)御前(みまへ)にかきくどく』
 
216(うた)ひながら珍彦館(うづひこやかた)門口(かどぐち)(とほ)り、217神殿(しんでん)(はう)足音(あしおと)()えて()く。218(かへで)は、
219(なん)とまア(たれ)()りませぬが、220調(てう)のよい(うた)ですこと、221ねえ、222初稚姫(はつわかひめ)さま』
223初稚姫『ほんにさうですねえ。224(わたし)なんかの(うた)から()れば、225(くら)べものになりませぬわ。226このお(やかた)には風雅人(ふうがじん)沢山(たくさん)()られるとみえますなア』
227()(はな)(とき)228(また)もや(きこ)ゆる(うた)(こゑ)
 
229(男の声)(さくら)(はな)()(はる)()
230 (きみ)とまみゆる(うれ)しさよ
231
232 (ほこら)(もり)にます(かみ)
233 (まも)らせ(たま)(こひ)(さち)
234
235 (こひ)しき(ひと)()()らす
236 男心(をとこごころ)(さび)しさを
237 ()るや()らずや東雲(しののめ)
238 (ひかり)はさしぬほのぼのと』
 
239初稚(はつわか)(なん)とまア情緒(じやうしよ)(ふか)風流(ふうりう)(うた)ですなア』
240珍彦(うづひこ)(ひめ)(さま)(まを)すに(およ)ばず、241(かへで)其方(そなた)()をつけなくてはなりますまい。242きつと貴女(あなた)(がた)二人(ふたり)(こころ)()せて()(をとこ)があるのでせうよ。243(なん)()つても(はな)(つぼみ)(ひめ)(さま)(また)楓姫(かへでひめ)244(うつく)しい(はな)には害虫(がいちう)のつき(まと)ふものですからなア』
245初稚姫(おほせ)(とほ)りで(ござ)います。246(わらは)もあの(うた)によつて、247(わが)身辺(しんぺん)容易(ようい)ならざる(こひ)()付纏(つきまと)うて()(こと)(さと)りました。248(しか)しながら(けつ)して()心配(しんぱい)(くだ)さいますな。249左様(さやう)(こと)(こころ)(うご)かすやうな(わたし)では(ござ)いませぬ。250(かへで)さま、251貴女(あなた)大丈夫(だいぢやうぶ)でせう』
252(ひめ)(さま)のお言葉(ことば)(とほ)り、253(わたし)何処(どこ)までも注意(ちゆうい)(いた)して()ります。254何分(なにぶん)(とう)さまやお(かあ)さまが、255(わか)(むすめ)をもつて()ると()うて非常(ひじやう)心配(しんぱい)をして(くだ)さるのですもの、256有難(ありがた)迷惑(めいわく)(かん)じます、257ホホホホホ』
258珍彦(うづひこ)『それはさうだらうが、259あの高姫(たかひめ)さまだつて、260あれだけ(とし)()つてから、261コテコテと白粉(おしろい)をつけたり白髪(しらが)()めたり、262()何度(なんど)着物(きもの)()かへた揚句(あげく)263杢助(もくすけ)さまとやらを(くわ)へこんで、264夫婦(ふうふ)気取(きどり)()かれてゐらつしやるのですもの。265(わか)(むすめ)をもつた(おや)はどれだけ()()めるか()れたものぢやありませぬ。266これ(かへで)267(ひめ)(さま)(やう)なお(かた)なれば大磐石(だいばんじやく)だが、268(まへ)はまだ(かみ)(さま)(こと)がよく(わか)らないのだから、269両親(りやうしん)心配(しんぱい)するのも無理(むり)ではありませぬよ、270アハハハハハ』
271『あのまアお(とう)さまとしたことわいのう。272それ(ほど)(わたし)信用(しんよう)()けませぬか。273(わたし)だつて道晴別(みちはるわけ)(いもうと)274(ほこら)(もり)神司(かむつかさ)珍彦(うづひこ)(むすめ)(ござ)います。275(かなら)(かなら)ずお(こころ)(なや)ませ(くだ)さいますな。276きつと(かみ)(さま)のお()(けが)したり、277(おや)兄弟(きやうだい)()(かほ)(よご)すやうなことは(いた)しませぬ。278ねえ(ひめ)(さま)279貴女(あなた)(わたし)(こころ)をよく御存(ごぞん)じでせう』
280初稚姫()夫婦(ふうふ)(さま)281(かなら)()心配(しんぱい)なさいますな。282楓様(かへでさま)は、283本当(ほんたう)見上(みあ)げたお(かた)(ござ)いますよ。284きつと(わらは)保証(ほしよう)(いた)します。285如何(いか)なる()がさしましても(かみ)(さま)がお(まも)(くだ)さる(うへ)は、286楓様(かへでさま)のお(こころ)(きは)めて堅実(けんじつ)()られますから、287何程(なにほど)(あだ)(をとこ)()()りましても、288(かへで)さまに()つては鎧袖(がいしう)一触(いつしよく)(かん)もありませぬ。289どうぞお(こころ)(なや)めないやうにして()神務(しんむ)にお(つく)(くだ)さいませ』
290珍彦(うづひこ)『ハイ有難(ありがた)う、291ようまア()つて(くだ)さいました』
292静子(しづこ)『そのお言葉(ことば)(うけたま)はり、293(わたし)安心(あんしん)(いた)しました。294ああ惟神(かむながら)(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)
295合掌(がつしやう)する。
296 ()(はな)(をり)しも、297(また)もや門口(かどぐち)(こひ)(とりこ)となりし(ひと)(うた)(こゑ)298(へだ)ての()をすかして(きこ)(きた)る。
 
299(男の声)『ひそびそと(ぎん)(あめ)
300 絶間(たえま)もなしに()りそそぐ
301 うらぶれし(くさむら)のなげかひ
302 ああかかる()
303 一入(ひとしほ)(いた)みも()づれ
304 (どく)(つめ)をもて
305 永久(とこしへ)()(がた)
306 ()りつけられし
307 (むね)痛手(いたで)よ』
 
308(あは)れな声調(せいてう)(きこ)えて()る。309(また)(つづ)いて、
 
310(男の声)(しづか)(しづか)(ひとみ)をつぶつて
311 ()にも()えない或物(あるもの)
312 ()るとき(われ)銀色(ぎんいろ)
313 (ゆめ)(うち)にぞ(ひた)()
314 素裸体(すはだか)人間(にんげん)
315 (あたた)かい(あたた)かい
316 桃色(ももいろ)雰囲気(ふんゐき)(つつ)まれながら
317 (うた)ひつつ(をど)
318 (こころ)(とろ)かすやうな
319 メロデイーが(なが)
320 (すべ)てのものが
321 やすらかに(いき)づく
322 (われ)(ゆめ)(ため)(はたら)
323 (ゆめ)によつて(はたら)
324 そして(また)
325 (ゆめ)によつて、326はぐくまれてゆく』
 
327 (かか)(ところ)(あわただ)しくやつて()たのは、328受付(うけつけ)のイル、329ハルの両人(りやうにん)であつた。330遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)もなく門口(かどぐち)()()(ひら)き、
331イル『もし珍彦(うづひこ)(さま)332大変(たいへん)(こと)出来(でき)ました。333どうぞ()(くだ)さい、334タタ大変(たいへん)(ござ)います』
335珍彦(あわただ)しき(その)言葉(ことば)336大変(たいへん)とは(なん)(ござ)るかな』
337ハル『ハイ、338タタタ高姫(たかひめ)(さま)大変(たいへん)(こと)(ござ)います。339どうぞ()(くだ)さい。340到底(たうてい)(わたくし)()(てこ)には()ひませぬから』
341静子(しづこ)(なに)高姫(たかひめ)(さま)()機嫌(きげん)でも(そこ)ねて()立腹(りつぷく)して(ござ)るのかな』
342 初稚姫(はつわかひめ)は、
343初稚姫『イエイエさうぢや(ござ)いませぬ。344玉茸(たまたけ)()らむとして梟鳥(ふくろどり)()をこつかれ、345大杉(おほすぎ)(こずゑ)から顛落(てんらく)(あそ)ばし、346(こし)(ほね)(すこ)(くじ)かれたのでせう。347(けつ)して()心配(しんぱい)なさいますな、348(すぐ)(なほ)りませうから』
349イル『もしもし初稚姫(はつわかひめ)(さま)350貴女(あなた)そんな平気(へいき)(かほ)してよう()られますなあ。351義理(ぎり)あるお(かあ)さまぢやありませぬか、352サア(はや)くお()でなさいませ。353(とう)さまはお怪我(けが)をなさるなり、354(かあ)さまは()から()ちて(くる)しんで(ござ)るなり、355(なに)どころぢやありますまい』
356初稚姫『ハイ(すぐ)(まゐ)りますから、357(かあ)さまにさう仰有(おつしや)つて(くだ)さい。358これスマートや、359(はや)何処(どこ)かへお(かく)れ』
360()ひながら、361初稚姫(はつわかひめ)倉皇(さうくわう)として高姫(たかひめ)危難(きなん)(すく)ふべく(やかた)()()で、362大杉(おほすぎ)(もと)へと()(いそ)いだ。363高姫(たかひめ)(くる)しげな(いき)をつきながら、
364高姫『アア、365其方(そなた)初稚(はつわか)だつたか、366よう()(くだ)さつた。367(かあ)さまは、368つひお(とう)さまの病気(びやうき)(なほ)したいばかりに玉茸(たまたけ)()りに(のぼ)つてこんな()()つたのだよ。369(とう)さまは(たれ)にも()れないやうにして()つて()れと仰有(おつしや)つたのだが、370こんな不調法(ぶてうはふ)をして(ひと)()つけられたから、371もう()かう(はず)がない。372どうぞ(わたし)には(かま)はず、373あの(もり)()(もと)にゐらつしやるのだから、374(はや)()つて介抱(かいほう)して()げて(くだ)さい。375(わたし)日出(ひのでの)(かみ)()守護(しゆご)があるから心配(しんぱい)()りませぬ。376サア(はや)()つて()げて(くだ)さい、377()()ぢやありませぬから』
378初稚姫『さうだと()つてお(かあ)さまの危難(きなん)見捨(みす)てて、379これがどうして()けませうか。380一旦(いつたん)親子(おやこ)(えん)(むす)んだ(うへ)からは、381そんな水臭(みづくさ)(こと)仰有(おつしや)らずに、382どうぞ介抱(かいほう)さして(くだ)さい、383これが貴女(あなた)(たい)する孝行(かうかう)のし(はじ)めですから』
384と、385高姫(たかひめ)妖幻坊(えうげんばう)()つた言葉(ことば)(その)(まま)応用(おうよう)して()る。
386高姫『エイ、387(まへ)(おや)()(こと)()かないのかい、388さうであらう。389(なか)(いた)めた()でないから(おん)義理(ぎり)もありませぬわい。390()いて(くだ)さらないのも仕方(しかた)がありませぬ。391もう(あきら)めます』
392初稚姫『お(かあ)さま、393それでは()みませぬが、394(とう)さまの介抱(かいほう)(まゐ)ります。395不孝(ふかう)(やつ)とお(さげす)みなきやうにお(ねが)(まを)します。396これ、397ハルさま、398イルさま、399どうぞお(かあ)さまの介抱(かいほう)(たの)みますよ。400(かあ)さま左様(さやう)なら』
401()ひながら(この)()()()つた。402高姫(たかひめ)相変(あひかは)らず苦悶(くもん)(いき)()らして()る。
403大正一二・一・二〇 旧一一・一二・四 加藤明子録)
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