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第18巻(巳の巻)
序
凡例
総説
第1篇 弥仙の神山
01 春野の旅
〔629〕
02 厳の花
〔630〕
03 神命
〔631〕
第2篇 再探再険
04 四尾山
〔632〕
05 赤鳥居
〔633〕
06 真か偽か
〔634〕
第3篇 反間苦肉
07 神か魔か
〔635〕
08 蛙の口
〔636〕
09 朝の一驚
〔637〕
10 赤面黒面
〔638〕
第4篇 舎身活躍
11 相身互
〔639〕
12 大当違
〔640〕
13 救の神
〔641〕
第5篇 五月五日祝
14 蛸の揚壺
〔642〕
15 遠来の客
〔643〕
16 返り討
〔644〕
17 玉照姫
〔645〕
霊の礎(四)
余白歌
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> 第1篇 弥仙の神山 > 第1章 春野の旅
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第一章
春野
(
はるの
)
の
旅
(
たび
)
〔六二九〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第18巻 如意宝珠 巳の巻
篇:
第1篇 弥仙の神山
よみ(新仮名遣い):
みせんのみやま
章:
第1章 春野の旅
よみ(新仮名遣い):
はるののたび
通し章番号:
629
口述日:
1922(大正11)年04月24日(旧03月28日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年2月10日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
紅包む弥生の空に朧に月がかかる。和知の里の小路をとぼとぼと、悦子姫、音彦、加米彦、夏彦らの宣伝使一行が歩いてくる。
向こうから二人連れがやってきて、宣伝使たちの方を見ながらひそひそとささやきつつ眺めていた。これは英子姫と亀彦であった。
一行は邂逅し、芝生の上に座って、これまで宣伝の旅の経緯を語り合った。
英子姫は、弥仙山に父神・神素盞嗚大神の神務を帯びて登ったというが、その内容については明かさなかった。悦子姫一行は、英子姫に勧められて弥仙山に登ることとし、英子姫と亀彦に別れを告げた。
険しい弥仙山を登っていく折りしも、加米彦と夏彦は軽口をたたいている。
途中で、一人の爺に声をかけられ、家によって神様の話をするように懇願される。聞けば、以前にここを通った英子姫一行が、後から来る宣伝使に神の道を聞け、と諭したのだという。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2021-03-07 19:19:32
OBC :
rm1801
愛善世界社版:
7頁
八幡書店版:
第3輯 639頁
修補版:
校定版:
7頁
普及版:
3頁
初版:
ページ備考:
001
風
(
かぜ
)
暖
(
あたた
)
かく
八重霞
(
やへがすみ
)
002
春日
(
はるひ
)
と
伯母
(
をば
)
はクレさうで
003
クレナイに
包
(
つつ
)
む
弥生空
(
やよひぞら
)
004
朧
(
おぼろ
)
の
月
(
つき
)
は
中天
(
ちうてん
)
に
005
照
(
て
)
らず
曇
(
くも
)
らずボンヤリと
006
かかる
山家
(
やまが
)
の
夕
(
ゆふ
)
まぐれ
007
川
(
かは
)
の
流
(
なが
)
れは
淙々
(
そうそう
)
と
008
轟
(
とどろ
)
き
渡
(
わた
)
る
和知
(
わち
)
の
里
(
さと
)
009
空
(
そら
)
を
封
(
ふう
)
じて
立並
(
たちなら
)
ぶ
010
老樹
(
らうじゆ
)
の
下
(
した
)
の
小径
(
せうけい
)
を
011
トボトボ
来
(
きた
)
る
宣伝使
(
せんでんし
)
012
神
(
かみ
)
の
教
(
をしへ
)
をどこまでも
013
伝
(
つた
)
へにや
山家
(
やまが
)
の
肥後
(
ひご
)
の
橋
(
はし
)
014
月
(
つき
)
の
光
(
ひかり
)
を
力
(
ちから
)
とし
015
神
(
かみ
)
の
恵
(
めぐみ
)
を
杖
(
つゑ
)
となし
016
烏
(
からす
)
は
眠
(
ねむ
)
る
鷹栖
(
たかのす
)
の
017
川辺
(
かはべ
)
の
里
(
さと
)
に
進
(
すす
)
み
来
(
く
)
る
018
顔
(
かほ
)
も
容
(
かたち
)
も
悦子姫
(
よしこひめ
)
019
水
(
みづ
)
の
流
(
なが
)
れの
音彦
(
おとひこ
)
や
020
やがては
来
(
きた
)
る
夏彦
(
なつひこ
)
の
021
九十九
(
つくも
)
曲
(
まが
)
りの
山路
(
やまみち
)
を
022
曲
(
まが
)
つた
腰
(
こし
)
のトボトボと
023
這
(
は
)
はぬばかりに
加米彦
(
かめひこ
)
が
024
草鞋
(
わらぢ
)
に
足
(
あし
)
を
擦
(
す
)
り
乍
(
なが
)
ら
025
神子坂
(
みこさか
)
橋
(
ばし
)
の
袂
(
たもと
)
まで
026
来
(
きた
)
る
折
(
をり
)
しも
向
(
むか
)
ふより
027
スタスタ
来
(
きた
)
る
二人
(
ふたり
)
連
(
づ
)
れ
028
何
(
なに
)
かヒソヒソ
囁
(
ささや
)
きつ
029
夜目
(
よめ
)
に
透
(
す
)
かして
一行
(
いつかう
)
を
030
心
(
こころ
)
有
(
あ
)
りげに
眺
(
なが
)
めゐる。
031
二人(英子姫、亀彦)
『モシモシ、
032
一寸
(
ちよつと
)
お
尋
(
たづ
)
ね
致
(
いた
)
します。
033
最前
(
さいぜん
)
から
承
(
うけたま
)
はれば、
034
路々
(
みちみち
)
宣伝歌
(
せんでんか
)
を
謡
(
うた
)
ひつつお
出
(
いで
)
になつた
様
(
やう
)
で
御座
(
ござ
)
いますが、
035
若
(
も
)
しやあなたは、
036
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
では
御座
(
ござ
)
いますまいか』
037
加米彦
(
かめひこ
)
は、
038
加米彦
『ヤアさう
仰有
(
おつしや
)
るあなたは、
039
何
(
なん
)
だか
聞覚
(
ききおぼ
)
えのあるやうな
感
(
かん
)
じが
致
(
いた
)
します。
040
朧夜
(
おぼろよ
)
の
事
(
こと
)
とてハツキリお
顔
(
かほ
)
は
分
(
わか
)
りませぬが、
041
どなたで
御座
(
ござ
)
いましたかなア』
042
男(亀彦)
『
私
(
わたくし
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
亀彦
(
かめひこ
)
と
申
(
まを
)
す
者
(
もの
)
、
043
今
(
いま
)
一人
(
ひとり
)
の
方
(
かた
)
は
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
様
(
さま
)
のお
娘子
(
むすめご
)
英子姫
(
ひでこひめ
)
と
云
(
い
)
ふ
方
(
かた
)
で
御座
(
ござ
)
います』
044
悦子姫
『アヽお
懐
(
なつか
)
しや、
045
英子姫
(
ひでこひめ
)
様
(
さま
)
で
御座
(
ござ
)
いましたか、
046
妾
(
わたし
)
は
悦子
(
よしこ
)
で
厶
(
ござ
)
ります。
047
好
(
い
)
い
所
(
ところ
)
でお
目
(
め
)
にかかりました。
048
妾
(
わたし
)
は
剣尖山
(
けんさきやま
)
の
麓
(
ふもと
)
に
於
(
おい
)
てお
別
(
わか
)
れ
申
(
まを
)
しましてより、
049
真奈井
(
まなゐ
)
ケ
原
(
はら
)
の
貴
(
うづ
)
の
宝座
(
ほうざ
)
を
拝礼
(
はいれい
)
致
(
いた
)
し、
050
それより
三岳
(
みたけ
)
の
岩窟
(
がんくつ
)
を
言向和
(
ことむけやは
)
し、
051
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
の
割拠
(
かつきよ
)
する
鬼
(
おに
)
ケ
城
(
じやう
)
山
(
ざん
)
の
岩窟
(
がんくつ
)
を、
052
四五
(
しご
)
の
同志
(
どうし
)
と
共
(
とも
)
に
言霊
(
ことたま
)
を
以
(
もつ
)
て
包囲
(
はうゐ
)
攻撃
(
こうげき
)
致
(
いた
)
し、
053
それから
生野
(
いくの
)
、
054
長田野
(
をさだの
)
を
越
(
こ
)
え、
055
神知地
(
じんちぢ
)
山
(
やま
)
の
魔神
(
まがみ
)
を
征服
(
せいふく
)
し、
056
高城山
(
たかしろやま
)
に
立向
(
たちむか
)
ひ、
057
再
(
ふたた
)
び
道
(
みち
)
を
転
(
てん
)
じ、
058
和知
(
わち
)
の
流
(
なが
)
れに
沿
(
そ
)
うて
聖地
(
せいち
)
に
引返
(
ひきかへ
)
し、
059
あなた
様
(
さま
)
に
御
(
おん
)
目
(
め
)
にかかり、
060
今後
(
こんご
)
の
妾
(
わたし
)
等
(
ら
)
が
取
(
と
)
るべき
方法
(
はうはふ
)
を、
061
御
(
ご
)
相談
(
さうだん
)
申上
(
まをしあ
)
げたいと
思
(
おも
)
ひまして、
062
遥々
(
はるばる
)
夜
(
よ
)
を
冒
(
をか
)
し、
063
此処
(
ここ
)
まで
参
(
まゐ
)
りました』
064
英子姫
(
ひでこひめ
)
は
喜
(
よろこ
)
び
乍
(
なが
)
ら、
065
英子姫
『アヽ
左様
(
さやう
)
ですか、
066
妾
(
わたし
)
は
其方
(
そなた
)
に
別
(
わか
)
れてより、
067
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
命
(
めい
)
に
依
(
よ
)
り、
068
弥仙
(
みせん
)
の
深山
(
しんざん
)
に、
069
或
(
ある
)
使命
(
しめい
)
を
帯
(
お
)
びて
登山
(
とざん
)
し、
070
今
(
いま
)
又
(
また
)
父
(
ちち
)
大神
(
おほかみ
)
の
神霊
(
しんれい
)
のお
告
(
つげ
)
に
依
(
よ
)
りて、
071
亀彦
(
かめひこ
)
を
伴
(
ともな
)
ひ、
072
伊吹山
(
いぶきやま
)
に
参
(
まゐ
)
る
途中
(
とちう
)
で
御座
(
ござ
)
います。
073
アヽ
好
(
よ
)
い
所
(
ところ
)
でお
目
(
め
)
にかかりました。
074
お
連
(
つ
)
れの
方
(
かた
)
は
何方
(
どなた
)
か
存
(
ぞん
)
じませぬが、
075
何
(
いづ
)
れ
三五教
(
あななひけう
)
の
方
(
かた
)
でせう。
076
此
(
この
)
川音
(
かはおと
)
を
聞
(
き
)
き
乍
(
なが
)
ら、
077
出会
(
であ
)
うたを
幸
(
さいは
)
ひ
悠
(
ゆつ
)
くりと
休息
(
きうそく
)
致
(
いた
)
しませう』
078
悦子姫
『それは
願
(
ねが
)
うてもないこと。
079
妾
(
わたし
)
もどこか
良
(
い
)
い
所
(
ところ
)
があれば
一休
(
ひとやす
)
み
致
(
いた
)
したいと
思
(
おも
)
うて
居
(
ゐ
)
ました。
080
……
此
(
この
)
方
(
かた
)
は
音彦
(
おとひこ
)
加米彦
(
かめひこ
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
、
081
一人
(
ひとり
)
はウラナイ
教
(
けう
)
に
暫
(
しばら
)
く
入信
(
にふしん
)
して
居
(
ゐ
)
た
夏彦
(
なつひこ
)
と
云
(
い
)
ふ
男
(
をとこ
)
で
御座
(
ござ
)
います』
082
亀彦
『
私
(
わたくし
)
は
亀彦
(
かめひこ
)
です。
083
貴下
(
あなた
)
は
由良
(
ゆら
)
の
湊
(
みなと
)
の
人子
(
ひとご
)
の
司
(
つかさ
)
、
084
秋山彦
(
あきやまひこ
)
の
門前
(
もんぜん
)
に
於
(
おい
)
てお
目
(
め
)
にかかつた
加米彦
(
かめひこ
)
さまですか、
085
コレハコレハ
妙
(
めう
)
な
所
(
ところ
)
でお
目
(
め
)
にかかりました。
086
又
(
また
)
音彦
(
おとひこ
)
さまとは、
087
フサの
国
(
くに
)
でお
別
(
わか
)
れ
致
(
いた
)
しました
私
(
わたくし
)
の
旧友
(
きういう
)
ぢやありませぬか』
088
音彦
『
左様
(
さやう
)
その
音彦
(
おとひこ
)
で
御座
(
ござ
)
いますよ』
089
亀彦
『
遥々
(
はるばる
)
と
此
(
この
)
自転倒
(
おのころ
)
島
(
じま
)
へお
越
(
こ
)
しになつたのは、
090
何
(
なに
)
か
深
(
ふか
)
い
仔細
(
しさい
)
が
御座
(
ござ
)
いませう』
091
音彦
『これに
就
(
つ
)
いては、
092
種々
(
いろいろ
)
珍談
(
ちんだん
)
も
御座
(
ござ
)
いまするが、
093
ユルリと
後
(
あと
)
から
申上
(
まをしあ
)
げませう。
094
サアサア
皆
(
みな
)
さま、
095
打揃
(
うちそろ
)
うて
此
(
この
)
芝生
(
しばふ
)
の
上
(
うへ
)
で
骨休
(
ほねやす
)
めを
致
(
いた
)
しませうかい』
096
一同
『
宜
(
よろ
)
しからう』
097
と
一同
(
いちどう
)
は
老樹
(
らうじゆ
)
の
蔭
(
かげ
)
に
打解
(
うちと
)
け、
098
手足
(
てあし
)
を
延
(
の
)
ばして
休息
(
きうそく
)
したり。
099
茲
(
ここ
)
に
六人
(
むたり
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
100
六
(
む
)
つの
花
(
はな
)
散
(
ち
)
る
冬
(
ふゆ
)
も
過
(
す
)
ぎ
101
風
(
かぜ
)
に
散
(
ち
)
り
布
(
し
)
く
山桜
(
やまざくら
)
102
香
(
かほ
)
りを
浴
(
あ
)
びて
来
(
こ
)
し
方
(
かた
)
の
103
百
(
もも
)
の
話
(
はなし
)
に
花
(
はな
)
咲
(
さ
)
かせ
104
思
(
おも
)
はず
時
(
とき
)
を
移
(
うつ
)
しける。
105
音彦
『モシ
英子姫
(
ひでこひめ
)
様
(
さま
)
、
106
最前
(
さいぜん
)
あなたの
御
(
お
)
言葉
(
ことば
)
に
依
(
よ
)
れば、
107
弥仙山
(
みせんざん
)
へ
神務
(
しんむ
)
を
帯
(
お
)
びて
御
(
ご
)
登山
(
とざん
)
になつたと
仰
(
あふ
)
せられましたなア。
108
音彦
(
おとひこ
)
も
一度
(
いちど
)
其
(
その
)
霊山
(
れいざん
)
へ、
109
是非
(
ぜひ
)
登山
(
とざん
)
致
(
いた
)
したいと
存
(
ぞん
)
じて
居
(
ゐ
)
ます。
110
随分
(
ずゐぶん
)
嶮岨
(
けんそ
)
な
所
(
ところ
)
でせうなア』
111
英子姫
『お
察
(
さつ
)
しの
通
(
とほ
)
り、
112
実
(
じつ
)
に
嶮峻
(
けんしゆん
)
な
深山
(
しんざん
)
で
御座
(
ござ
)
います。
113
昼
(
ひる
)
猶
(
なほ
)
暗
(
くら
)
く、
114
鬱蒼
(
うつさう
)
たる
老樹
(
らうじゆ
)
天
(
てん
)
を
封
(
ふう
)
じ、
115
到底
(
たうてい
)
日月
(
じつげつ
)
の
光
(
ひかり
)
は
拝
(
をが
)
む
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ。
116
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら、
117
貴方
(
あなた
)
方
(
がた
)
は
登山
(
とざん
)
なされますならば、
118
大変
(
たいへん
)
都合
(
つがふ
)
の
好
(
い
)
い
事
(
こと
)
が
御座
(
ござ
)
います。
119
妾
(
わたし
)
は
父
(
ちち
)
の
神勅
(
しんちよく
)
に
依
(
よ
)
りて、
120
一
(
ひと
)
つの
経綸
(
けいりん
)
を
行
(
おこな
)
うて
置
(
お
)
きました。
121
どうぞあなた
方
(
がた
)
一度
(
いちど
)
行
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ』
122
音彦
『
其
(
その
)
御
(
ご
)
経綸
(
けいりん
)
とは、
123
如何
(
いか
)
なる
御用
(
ごよう
)
で
御座
(
ござ
)
いました。
124
予
(
あらかじ
)
め
仰有
(
おつしや
)
つて
下
(
くだ
)
さいませぬか。
125
音彦
(
おとひこ
)
も
其
(
その
)
覚悟
(
かくご
)
を
致
(
いた
)
さねばなりませぬ』
126
英子姫
『
只今
(
ただいま
)
申上
(
まをしあ
)
げずとも、
127
お
出
(
いで
)
になれば、
128
……ハハア
之
(
これ
)
であつたかなア……と
自然
(
しぜん
)
にお
判
(
わか
)
りになりませう。
129
先楽
(
さきたの
)
しみに、
130
此
(
この
)
お
話
(
はなし
)
は
暫
(
しばら
)
く
保留
(
ほりう
)
して
置
(
お
)
きませう』
131
加米彦
(
かめひこ
)
『エー
英子姫
(
ひでこひめ
)
様
(
さま
)
さう
出
(
だ
)
し
惜
(
をし
)
みをなさるものぢやない、
132
アツサリと
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいナ』
133
英子姫
(
ひでこひめ
)
『イエイエ
宣伝使
(
せんでんし
)
の
言葉
(
ことば
)
に
二言
(
にごん
)
は
御座
(
ござ
)
いませぬ。
134
一旦
(
いつたん
)
申上
(
まをしあ
)
げぬと
云
(
い
)
つた
事
(
こと
)
は、
135
金輪際
(
こんりんざい
)
口外
(
こうぐわい
)
する
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ』
136
加米彦
『あなた
様
(
さま
)
は
綺麗
(
きれい
)
な
女神
(
めがみ
)
にも
似
(
に
)
ず、
137
随分
(
ずゐぶん
)
愛嬌
(
あいけう
)
のない
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
いますなア。
138
初
(
はじ
)
めて
加米
(
かめ
)
の
御
(
お
)
願
(
ねが
)
ひしたことを、
139
直様
(
すぐさま
)
お
聞
(
き
)
き
容
(
い
)
れ
下
(
くだ
)
されず、
140
クルツプ
式
(
しき
)
砲弾
(
はうだん
)
を
発射
(
はつしや
)
し、
141
加米
(
かめ
)
等
(
ら
)
の
欲求
(
よくきう
)
を
撃退
(
げきたい
)
なされますか。
142
シテ、
143
あなたは
愛嬌
(
あいけう
)
の
定義
(
ていぎ
)
を
知
(
し
)
つて
居
(
ゐ
)
ますか』
144
英子姫
『イヤもう おむつかしい
議論
(
ぎろん
)
を
吹
(
ふ
)
つかけられますこと。
145
マアマアぼつぼつと
御
(
ご
)
登山
(
とざん
)
なされませ。
146
それはそれはアツと
言
(
い
)
ふ
様
(
やう
)
な
仕組
(
しぐみ
)
がして
御座
(
ござ
)
いますワ』
147
加米彦
『
何
(
なん
)
だか
諄々
(
じゆんじゆん
)
として
詭弁
(
きべん
)
を
弄
(
ろう
)
するお
姫
(
ひめ
)
さまだナア。
148
キベン
万丈
(
ばんぢやう
)
加米
(
かめ
)
当
(
あた
)
る
可
(
べ
)
からずだ、
149
アハヽヽヽ』
150
悦子姫
『コレコレ
加米彦
(
かめひこ
)
さま、
151
さうヅケヅケと
無遠慮
(
ぶゑんりよ
)
に
物
(
もの
)
を
仰有
(
おつしや
)
るものでない。
152
チトたしなみなさらぬか』
153
加米彦
『ハイハイたしなみませうよ、
154
悦子
(
よしこ
)
さま。
155
無礼
(
ぶれい
)
ぢやとか、
156
謙遜
(
けんそん
)
ぢやとか、
157
遠慮
(
ゑんりよ
)
ぢやとか、
158
たしなみぢやとか、
159
種々
(
いろいろ
)
の
雅号
(
ががう
)
が
沢山
(
たくさん
)
有
(
あ
)
つて、
160
取捨
(
しゆしや
)
選択
(
せんたく
)
に
殆
(
ほとん
)
ど
閉口
(
へいこう
)
頓死
(
とんし
)
致
(
いた
)
します』
161
音彦
(
おとひこ
)
は
顔
(
かほ
)
をシカメ、
162
音彦
『エー
縁起
(
えんぎ
)
の
悪
(
わる
)
い。
163
閉口
(
へいこう
)
頓死
(
とんし
)
なぞと、
164
せうもない
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
ふものでない。
165
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
は
哲学
(
てつがく
)
とか
道学
(
だうがく
)
とか
云
(
い
)
ふ
親不孝
(
おやふかう
)
、
166
不作法
(
ぶさはふ
)
の
学問
(
がくもん
)
をかぢつて
居
(
を
)
るから、
167
仕末
(
しまつ
)
にをへない、
168
マアマア
英子姫
(
ひでこひめ
)
様
(
さま
)
の
仰有
(
おつしや
)
る
通
(
とほ
)
りハイハイと
温順
(
おとな
)
しくして
居
(
を
)
れば
良
(
い
)
いのだ。
169
吾々
(
われわれ
)
六
(
ろく
)
人
(
にん
)
の
中
(
なか
)
では、
170
最
(
もつと
)
もお
偉
(
えら
)
い
方
(
かた
)
だ、
171
言
(
い
)
はば
吾々
(
われわれ
)
のお
師匠
(
ししやう
)
様
(
さま
)
だ。
172
師
(
し
)
の
影
(
かげ
)
は
六
(
ろく
)
尺
(
しやく
)
下
(
さが
)
つても
踏
(
ふ
)
むなと
云
(
い
)
ふ
位
(
くらゐ
)
だ』
173
加米彦
『あなたも
縁起
(
えんぎ
)
の
悪
(
わる
)
い
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
ひますネ。
174
加米
(
かめ
)
が
閉口
(
へいこう
)
頓首
(
とんしゆ
)
と
云
(
い
)
つた
事
(
こと
)
を
咎
(
とが
)
め
乍
(
なが
)
ら、
175
あなたは
死
(
し
)
の
影
(
かげ
)
がどうの
斯
(
か
)
うのつて、
176
夫
(
そ
)
れこそ
自縄
(
じじよう
)
自縛
(
じばく
)
ぢやありませぬか』
177
音彦
(
おとひこ
)
は
吹
(
ふ
)
き
出
(
だ
)
し、
178
音彦
『ハヽヽヽ、
179
訳
(
わけ
)
の
分
(
わか
)
らぬ
団子
(
だんご
)
理屈
(
りくつ
)
を
能
(
よ
)
く
捏
(
こ
)
ねる
男
(
をとこ
)
だなア』
180
加米彦
『お
前
(
まへ
)
こそ
団子
(
だんご
)
理屈
(
りくつ
)
だ。
181
吾々
(
われわれ
)
のは
餅理屈
(
もちりくつ
)
だ。
182
蚋
(
ぶと
)
が
餅
(
もち
)
搗
(
つ
)
きや
加米彦
(
かめひこ
)
が
捏
(
こ
)
ねる、
183
ポンポンと
音彦
(
おとひこ
)
がすると
云
(
い
)
ふぢやないか、
184
アハヽヽヽ』
185
亀彦
(
かめひこ
)
は
立
(
た
)
ち
上
(
あ
)
がり、
186
亀彦
『サア
皆
(
みな
)
さま、
187
何時
(
いつ
)
まで
御
(
お
)
話
(
はなし
)
を
致
(
いた
)
して
居
(
を
)
つても
際限
(
さいげん
)
が
有
(
あ
)
りませぬ。
188
冗談
(
ぜうだん
)
から
暇
(
ひま
)
が
出
(
で
)
る、
189
瓢箪
(
へうたん
)
から
駒
(
こま
)
が
出
(
で
)
る。
190
駒
(
こま
)
に
鞭
(
むち
)
打
(
う
)
ち、
191
一日
(
ひとひ
)
も
早
(
はや
)
く
目的地
(
もくてきち
)
へ
向
(
むか
)
つて
発足
(
はつそく
)
致
(
いた
)
しませう。
192
ナア
英子姫
(
ひでこひめ
)
様
(
さま
)
……』
193
英子姫
『
折角
(
せつかく
)
お
目
(
め
)
にかかつて
嬉
(
うれ
)
しいと
思
(
おも
)
へば、
194
神界
(
しんかい
)
の
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
、
195
止
(
や
)
むにやまれませぬ。
196
英子
(
ひでこ
)
も
直様
(
すぐさま
)
お
別
(
わか
)
れ
致
(
いた
)
しませう。
197
皆様
(
みなさま
)
左様
(
さやう
)
なら、
198
何
(
いづ
)
れ
又
(
また
)
お
目
(
め
)
にかかる
機会
(
きくわい
)
が
御座
(
ござ
)
いませう』
199
と
会釈
(
ゑしやく
)
し、
200
早
(
はや
)
くも
歩
(
あゆ
)
み
出
(
だ
)
したり。
201
悦子姫
(
よしこひめ
)
は
会釈
(
ゑしやく
)
しながら、
202
悦子姫
『
左様
(
さやう
)
ならば、
203
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
204
ご
機嫌
(
きげん
)
よくお
出
(
い
)
で
下
(
くだ
)
さいませ。
205
亀彦
(
かめひこ
)
様
(
さま
)
、
206
御
(
ご
)
如才
(
じよさい
)
は
御座
(
ござ
)
いますまいが、
207
どうぞ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
身辺
(
しんぺん
)
に
注意
(
ちうい
)
を
払
(
はら
)
つて
下
(
くだ
)
さいませやア』
208
亀彦
『
亀彦
(
かめひこ
)
、
209
委細
(
ゐさい
)
承知
(
しようち
)
仕
(
つかまつ
)
りました。
210
必
(
かなら
)
ず
必
(
かなら
)
ず
御
(
ご
)
煩慮
(
はんりよ
)
下
(
くだ
)
さいますな。
211
サアこれからコンパスに
油
(
あぶら
)
を
注
(
さ
)
して
進
(
すす
)
みませう。
212
悦子姫
(
よしこひめ
)
さま、
213
音彦
(
おとひこ
)
、
214
加米
(
かめ
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
殿
(
どの
)
、
215
夏彦
(
なつひこ
)
さま、
216
左様
(
さやう
)
ならば
御
(
ご
)
機嫌
(
きげん
)
よう……』
217
一同
『お
二人
(
ふたり
)
様
(
さま
)
、
218
お
仕合
(
しあは
)
せよう
抜群
(
ばつぐん
)
の
功名
(
こうみやう
)
手柄
(
てがら
)
を
現
(
あら
)
はし
給
(
たま
)
はむ
事
(
こと
)
を
念願
(
ねんぐわん
)
致
(
いた
)
します、
219
アリヨース』
220
と
双方
(
さうはう
)
に
袂
(
たもと
)
を
分
(
わか
)
つ。
221
二本
(
にほん
)
の
白
(
しろ
)
い
杖
(
つゑ
)
のみ
朧月夜
(
おぼろづきよ
)
の
山路
(
やまみち
)
を、
222
川上
(
かはかみ
)
指
(
さ
)
して
上
(
のぼ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
223
春
(
はる
)
の
夜
(
よ
)
は
瞬
(
またた
)
く
中
(
うち
)
に
明
(
あ
)
け
放
(
はな
)
れ、
224
霞
(
かすみ
)
の
空
(
そら
)
を
押
(
お
)
し
分
(
わ
)
けて、
225
天津
(
あまつ
)
日
(
ひ
)
の
大神
(
おほかみ
)
は、
226
まん
円
(
まる
)
き
温顔
(
をんがん
)
を
差
(
さ
)
し
出
(
だ
)
して、
227
四
(
よ
)
人
(
にん
)
が
頭
(
かうべ
)
を
照
(
てら
)
し
給
(
たま
)
ふ。
228
心持
(
こころもち
)
よき
春風
(
はるかぜ
)
に、
229
道
(
みち
)
も
狭
(
せ
)
きまで
散
(
ち
)
り
布
(
し
)
く
山桜
(
やまざくら
)
、
230
花
(
はな
)
を
欺
(
あざむ
)
く
悦子姫
(
よしこひめ
)
、
231
山路
(
やまみち
)
通
(
とほ
)
る
床
(
ゆか
)
しさは、
232
画中
(
ぐわちう
)
の
人
(
ひと
)
の
如
(
ごと
)
くなり。
233
音彦
(
おとひこ
)
は
急坂
(
きふはん
)
を
打
(
う
)
ち
仰
(
あふ
)
ぎ、
234
音彦
『アヽ
随分
(
ずゐぶん
)
嶮
(
けは
)
しい
坂
(
さか
)
ですなア。
235
英子姫
(
ひでこひめ
)
さまが
一切
(
いつさい
)
沈黙
(
ちんもく
)
を
守
(
まも
)
つて
居
(
を
)
られたのも、
236
斯
(
か
)
う
云
(
い
)
ふ
胸突坂
(
むなつきざか
)
が
沢山
(
たくさん
)
あるので、
237
吾々
(
われわれ
)
が
恐怖心
(
きようふしん
)
を
起
(
おこ
)
し、
238
折角
(
せつかく
)
張詰
(
はりつ
)
めた
精神
(
せいしん
)
を、
239
薄志
(
はくし
)
弱行
(
じやくかう
)
の
逆転
(
ぎやくてん
)
旅行
(
りよかう
)
と
出
(
で
)
かけるかと
思
(
おも
)
つての
御
(
お
)
心
(
こころ
)
配
(
くば
)
り、
240
イヤもう
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
りました。
241
人
(
ひと
)
を
導
(
みちび
)
き、
242
向上
(
かうじやう
)
させてやらうと
思
(
おも
)
ふ
宣伝使
(
せんでんし
)
の
御
(
お
)
心
(
こころ
)
は、
243
又
(
また
)
格別
(
かくべつ
)
なものですなア』
244
悦子姫
(
よしこひめ
)
は、
245
悦子姫
『イヤ
決
(
けつ
)
して
決
(
けつ
)
して
英子姫
(
ひでこひめ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
心中
(
しんちゆう
)
は、
246
さうではありますまい、
247
モ
少
(
すこ
)
し
意味
(
いみ
)
の
深
(
ふか
)
い
事
(
こと
)
があるのでせう。
248
妾
(
わたし
)
も
英子姫
(
ひでこひめ
)
様
(
さま
)
の
御
(
お
)
言葉
(
ことば
)
の
端
(
はし
)
に、
249
深
(
ふか
)
い
深
(
ふか
)
い
意味
(
いみ
)
があると、
250
直
(
すぐ
)
に
胸
(
むね
)
の
琴線
(
きんせん
)
に
触
(
ふ
)
れました。
251
マアマア
行
(
ゆ
)
く
所
(
ところ
)
まで
行
(
い
)
つて
見
(
み
)
なくては
分
(
わか
)
りますまい』
252
音彦
『さうですかなア。
253
音彦
(
おとひこ
)
の
様
(
やう
)
な
木訥
(
ぼくとつ
)
な
人間
(
にんげん
)
は、
254
ソンナ
微細
(
びさい
)
な
点
(
てん
)
まで
気
(
き
)
が
付
(
つ
)
きませぬ、
255
何分
(
なにぶん
)
仁王
(
にわう
)
の
荒削
(
あらけづ
)
り
然
(
ぜん
)
たる
男
(
をとこ
)
ですからなア、
256
ハヽヽヽヽ』
257
加米彦
(
かめひこ
)
は
大声
(
おほごゑ
)
で、
258
加米彦
『コレコレ
音彦
(
おとひこ
)
さま、
259
巧妙
(
うま
)
い
事
(
こと
)
言
(
い
)
つてるぢやないか。
260
悦子姫
(
よしこひめ
)
さまと、
261
此
(
この
)
細
(
ほそ
)
い
道
(
みち
)
を
引
(
ひ
)
つ
付
(
つ
)
く
様
(
やう
)
にして
歩
(
ある
)
き
乍
(
なが
)
ら、
262
似合
(
にあ
)
うの
似合
(
にあ
)
はぬのつて、
263
ソラ
何
(
なに
)
を
言
(
い
)
ふのだ、
264
鬼
(
おに
)
が
笑
(
わら
)
ふぞよ、
265
アツハヽヽヽ。
266
オイ
夏彦
(
なつひこ
)
、
267
貴様
(
きさま
)
は
苦
(
くる
)
しさうに、
268
汗
(
あせ
)
をたらたらと
流
(
なが
)
して
居
(
を
)
るぢやないか』
269
夏彦
『きまつた
事
(
こと
)
ですよ。
270
夏
(
なつ
)
ヒコに
当
(
あた
)
れば、
271
汗
(
あせ
)
は
滝
(
たき
)
の
如
(
ごと
)
く
流
(
なが
)
れ
出
(
で
)
るのが、
272
昔
(
むかし
)
からきまりきつた、
273
天地
(
てんち
)
の
御
(
ご
)
規則
(
きそく
)
。
274
汗
(
あせ
)
をかかねば、
275
天則
(
てんそく
)
違反
(
ゐはん
)
の
罪
(
つみ
)
に
問
(
と
)
はれるよ
加米
(
かめ
)
さま』
276
加米彦
『
何
(
なに
)
を
言
(
い
)
ふのだ。
277
鼈
(
すつぽん
)
に
蓼
(
たで
)
を
咬
(
か
)
ました
様
(
やう
)
に、
278
大
(
おほ
)
きな
鼻息
(
はないき
)
をしよつて……』
279
夏彦
『
加米彦
(
かめひこ
)
、
280
鼈
(
すつぽん
)
だつて、
281
カメ
彦
(
ひこ
)
だつて
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
ぢやないか。
282
鼈
(
すつぽん
)
が
荒
(
あら
)
い
息
(
いき
)
をする
様
(
やう
)
に、
283
亀
(
かめ
)
が
一匹
(
いつぴき
)
、
284
どこやらで、
285
ヤツパリ、
286
フースーフースーと
呼吸
(
いき
)
をし
乍
(
なが
)
ら、
287
法界
(
はふかい
)
悋気
(
りんき
)
をやつて
居
(
ゐ
)
るやうだワイ、
288
ハツハヽヽヽ』
289
加米彦
『アヽ
夏
(
なつ
)
チヤン、
290
ホーカイなア』
291
音彦
『オイオイ
加米彦
(
かめひこ
)
、
292
夏彦
(
なつひこ
)
の
両人
(
りやうにん
)
、
293
早
(
はや
)
う
来
(
こ
)
ぬか、
294
ナンダ、
295
斯
(
こ
)
ンなチツポケな
坂
(
さか
)
に
屁古垂
(
へこた
)
れよつて………
随分
(
ずゐぶん
)
足
(
あし
)
の
遅
(
おそ
)
い
奴
(
やつ
)
だなア』
296
加米彦
『
喧
(
やかま
)
しい
言
(
い
)
うて
呉
(
く
)
れない
音彦
(
おとひこ
)
さま、
297
上
(
あが
)
り
坂
(
ざか
)
は
前
(
まへ
)
が
高
(
たか
)
いワイ。
298
其
(
その
)
代
(
かは
)
りに
下
(
くだ
)
り
坂
(
ざか
)
になつたら、
299
ドンナものだ、
300
一瀉
(
いつしや
)
千里
(
せんり
)
の
勢
(
いきほひ
)
で、
301
アフンとさしてやるぞ。
302
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
此
(
この
)
日
(
ひ
)
の
永
(
なが
)
いのに、
303
さう
急
(
いそ
)
ぐにも
及
(
およ
)
ばぬぢやないか、
304
そこらの
木蔭
(
こかげ
)
で
一
(
ひと
)
つ
切腹
(
せつぷく
)
したらどうだい』
305
音彦
(
おとひこ
)
は、
306
音彦
『エー
又
(
また
)
縁起
(
えんぎ
)
の
悪
(
わる
)
い
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふ
加米
(
かめ
)
だナア。
307
エヽ
仕方
(
しかた
)
がない。
308
悦子姫
(
よしこひめ
)
様
(
さま
)
、
309
此
(
こ
)
の
平地
(
ひらち
)
で
一服
(
いつぷく
)
致
(
いた
)
しませうか、
310
両人
(
ふたり
)
の
奴
(
やつ
)
、
311
大変
(
たいへん
)
に
屁古垂
(
へこた
)
れて
居
(
ゐ
)
る
様
(
やう
)
ですから』
312
悦子姫
(
よしこひめ
)
は
気軽
(
きが
)
るげに、
313
悦子姫
『マア
此処
(
ここ
)
で
悠
(
ゆつ
)
くりと
待
(
ま
)
つてあげませう』
314
加米彦
(
かめひこ
)
は
小柴
(
こしば
)
の
茂
(
しげ
)
る
小径
(
こみち
)
を、
315
ガサガサ
喘
(
あへ
)
ぎ
喘
(
あへ
)
ぎ、
316
手負猪
(
ておひじし
)
の
様
(
やう
)
な
鼻息
(
はないき
)
を
立
(
た
)
て、
317
玉
(
たま
)
の
汗
(
あせ
)
を
絞
(
しぼ
)
りつつ、
318
漸
(
やうや
)
く
二人
(
ふたり
)
の
側
(
そば
)
に
登
(
のぼ
)
り
着
(
つ
)
きける。
319
足
(
あし
)
を
容
(
い
)
るる
許
(
ばか
)
りの
細路
(
ほそみち
)
を、
320
粗朶
(
そだ
)
を
背
(
せ
)
に
負
(
お
)
うて
降
(
くだ
)
り
来
(
く
)
る
二人
(
ふたり
)
の
女
(
をんな
)
あり、
321
四
(
よ
)
人
(
にん
)
の
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
て、
322
女
『コレハコレハ
皆様
(
みなさま
)
、
323
狭
(
せま
)
い
路
(
みち
)
を
量
(
かさ
)
の
たか
い
物
(
もの
)
を
負
(
お
)
うて
通
(
とほ
)
りまして、
324
誠
(
まこと
)
に
済
(
す
)
みませぬ、
325
どうぞ
御
(
ご
)
勘弁
(
かんべん
)
下
(
くだ
)
さいませ』
326
加米彦
(
かめひこ
)
は、
327
加米彦
『サアそれは
仕方
(
しかた
)
がありませぬ、
328
天下
(
てんか
)
御免
(
ごめん
)
の
大道
(
だいだう
)
、
329
否
(
いな
)
、
330
羊腸
(
やうちやう
)
の
山路
(
やまみち
)
、
331
………サアサア
皆
(
みな
)
さま、
332
林
(
はやし
)
の
中
(
なか
)
へ
暫
(
しばら
)
く
沈没
(
ちんぼつ
)
致
(
いた
)
しませう。
333
そして
敵艦
(
てきかん
)
二隻
(
にせき
)
、
334
暗礁
(
あんせう
)
を
避
(
さ
)
けた
安全
(
あんぜん
)
海路
(
かいろ
)
を
通過
(
つうくわ
)
させてやりませうかい』
335
四
(
よ
)
人
(
にん
)
はガサガサと、
336
木
(
き
)
の
茂
(
しげ
)
みへ
避
(
よ
)
けると、
337
二人
(
ふたり
)
の
女
(
をんな
)
は
汗
(
あせ
)
を
片手
(
かたて
)
に、
338
手拭
(
てぬぐひ
)
にて
拭
(
ぬぐ
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
339
女
『コレハコレハ
皆
(
みな
)
さま、
340
済
(
す
)
みませぬ』
341
と
板
(
いた
)
を
立
(
た
)
てし
如
(
ごと
)
き
細
(
ほそ
)
き
坂路
(
さかみち
)
をエチエチ
降
(
くだ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
342
加米彦
(
かめひこ
)
は
二人
(
ふたり
)
の
後姿
(
うしろすがた
)
を
見送
(
みおく
)
りて、
343
加米彦
『アヽ
無事
(
ぶじ
)
に
御
(
ご
)
神輿
(
しんよ
)
通過
(
つうくわ
)
も
済
(
す
)
ンだ。
344
サアサア
皆
(
みな
)
さま、
345
一服
(
いつぷく
)
のやり
直
(
なほ
)
しを
致
(
いた
)
しませう……』
346
音彦
(
おとひこ
)
『あの
女
(
をんな
)
は
沢山
(
たくさん
)
の
粗朶
(
そだ
)
をムクムクと
負
(
お
)
うて
帰
(
かへ
)
りよつたが、
347
一体
(
いつたい
)
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
雅名
(
がめい
)
だらう』
348
加米彦
(
かめひこ
)
『あれかい、
349
きまつて
居
(
を
)
るワイ。
350
オハラ
女
(
め
)
が
柴
(
しば
)
を
負
(
お
)
うて
通
(
とほ
)
つたのだ』
351
音彦
『ナニ、
352
斯
(
こ
)
ンな
所
(
ところ
)
に
大原女
(
おほはらめ
)
が
通
(
とほ
)
つてたまるものか。
353
叡山
(
えいざん
)
の
麓
(
ふもと
)
ぢやあるまいし』
354
加米彦
『それでも
大
(
おほ
)
きな
腹
(
はら
)
をして
居
(
を
)
つたぢやないか』
355
音彦
『あれはヤセの
女
(
をんな
)
だよ。
356
八瀬
(
やせ
)
大原
(
おほはら
)
と
云
(
い
)
つて、
357
畑
(
はた
)
の
小母
(
をば
)
の
産地
(
さんち
)
だよ。
358
此処
(
ここ
)
もヤツパリ
山地
(
さんち
)
には
間違
(
まちが
)
ひない。
359
前
(
さき
)
の
女
(
をんな
)
は
大変
(
たいへん
)
な
痩女
(
やせをんな
)
、
360
後
(
あと
)
のは
孕
(
はら
)
み
女
(
をんな
)
だ。
361
それで
一人
(
ひとり
)
はヤセ
女
(
め
)
、
362
一人
(
ひとり
)
はオハラ
女
(
め
)
だ、
363
斯
(
か
)
う
宣
(
の
)
り
直
(
なほ
)
せば、
364
双方
(
さうはう
)
の
意見
(
いけん
)
が
成立
(
せいりつ
)
して、
365
複雑
(
ふくざつ
)
な
議論
(
ぎろん
)
も
起
(
おこ
)
らぬだらう』
366
加米彦
『モシ
悦子姫
(
よしこひめ
)
さま、
367
あなた
最前
(
さいぜん
)
音彦
(
おとひこ
)
と、
368
大変
(
たいへん
)
仲
(
なか
)
ようして
歩
(
ある
)
いて
居
(
ゐ
)
ましたなア。
369
気
(
き
)
をつけなされませや。
370
此
(
この
)
音彦
(
おとひこ
)
は、
371
女房
(
にようばう
)
の
五十子
(
いそこ
)
姫
(
ひめ
)
は
竜宮
(
りうぐう
)
の
一
(
ひと
)
つ
島
(
じま
)
へ
行
(
い
)
つて
居
(
を
)
るものですから、
372
やもめ
鳥
(
どり
)
も
同様
(
どうやう
)
、
373
ウツカリして
居
(
を
)
ると、
374
今
(
いま
)
行
(
い
)
つた
女
(
をんな
)
ぢやないが、
375
今
(
いま
)
はヤセ
女
(
め
)
のあなたでも、
376
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
にか
大腹女
(
おほはらめ
)
になりますよ』
377
悦子姫
(
よしこひめ
)
『オツホヽヽヽ、
378
お
気遣
(
きづか
)
ひ
下
(
くだ
)
さいますな、
379
決
(
けつ
)
して
決
(
けつ
)
して
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
はかけませぬから』
380
加米彦
(
かめひこ
)
『アヽそれならマア
私
(
わたくし
)
も
御
(
ご
)
安心
(
あんしん
)
だ』
381
音彦
(
おとひこ
)
『オイ
加米彦
(
かめひこ
)
、
382
冗談
(
ぜうだん
)
も
良
(
よ
)
い
加減
(
かげん
)
にせぬか、
383
永
(
なが
)
い
春日
(
はるひ
)
が
又
(
また
)
暮
(
く
)
れて
了
(
しま
)
ふぞ』
384
悦子姫
(
よしこひめ
)
『サア
皆
(
みな
)
さま、
385
参
(
まゐ
)
りませう』
386
と
九十九
(
つくも
)
折
(
をり
)
の
嶮
(
けは
)
しき
小径
(
こみち
)
を
登
(
のぼ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
387
音彦
(
おとひこ
)
『
今度
(
こんど
)
は
加米彦
(
かめひこ
)
、
388
夏彦
(
なつひこ
)
、
389
先
(
さき
)
へ
行
(
ゆ
)
け、
390
又
(
また
)
煩雑
(
うるさ
)
い
問題
(
もんだい
)
を
提起
(
ていき
)
されては
処置
(
しよち
)
に
困
(
こま
)
るから』
391
加米彦
(
かめひこ
)
『さうだらう。
392
ヤツパリ
物
(
もの
)
がある
奴
(
やつ
)
は、
393
何処
(
どこ
)
までも
注意深
(
ちういぶか
)
いものだ、
394
イヒヽ』
395
加米彦
(
かめひこ
)
は
悦子姫
(
よしこひめ
)
の
後
(
あと
)
に、
396
三尺
(
さんじやく
)
許
(
ばか
)
り
離
(
はな
)
れて
随
(
つ
)
いて
行
(
ゆ
)
く。
397
七八丁
(
しちはつちやう
)
登
(
のぼ
)
つたと
思
(
おも
)
うと、
398
胸突坂
(
むねつきさか
)
を
登
(
のぼ
)
り
来
(
く
)
る
二人
(
ふたり
)
の
姿
(
すがた
)
、
399
半丁
(
はんちやう
)
許
(
ばか
)
り
谷底
(
たにそこ
)
に、
400
笠
(
かさ
)
ばつかり
揺
(
ゆら
)
ついて
居
(
を
)
る。
401
加米彦
(
かめひこ
)
『ヤア、
402
大
(
おほ
)
きな
白
(
しろ
)
い
松茸
(
まつたけ
)
が
登
(
のぼ
)
つて
来
(
く
)
るワイ。
403
オイ
音彦
(
おとひこ
)
、
404
夏彦
(
なつひこ
)
、
405
悦子姫
(
よしこひめ
)
さまが
夫
(
それ
)
程
(
ほど
)
恥
(
はづ
)
かしいのか。
406
何
(
なん
)
だ、
407
笠
(
かさ
)
で
顔
(
かほ
)
も
体
(
からだ
)
もみな
隠
(
かく
)
しよつて……』
408
悦子姫
(
よしこひめ
)
『
加米彦
(
かめひこ
)
さま、
409
又
(
また
)
貴方
(
あなた
)
は
嘲弄
(
からか
)
ふのかい、
410
良
(
よ
)
い
加減
(
かげん
)
、
411
冗談
(
ぜうだん
)
はよしにしなさいよ』
412
加米彦
(
かめひこ
)
『
此
(
この
)
さみしい
山路
(
やまみち
)
、
413
私
(
わたくし
)
の
様
(
やう
)
な
鳴
(
な
)
り
物
(
もの
)
が
一
(
ひと
)
つあるのも
亦
(
また
)
重宝
(
ちようほう
)
でせう。
414
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら、
415
お
気
(
き
)
に
入
(
い
)
らぬとあれば
仕方
(
しかた
)
がない。
416
冗談
(
ぜうだん
)
はこれ
限
(
かぎ
)
りヨシコ
姫
(
ひめ
)
に
致
(
いた
)
しませう、
417
アツハヽヽヽ』
418
悦子姫
(
よしこひめ
)
『それまた、
419
冗談
(
ぜうだん
)
を
仰有
(
おつしや
)
るワ』
420
加米彦
(
かめひこ
)
『
仰有
(
おつしや
)
いますな。
421
加米彦
(
かめひこ
)
に
憑依
(
ひようい
)
して
居
(
を
)
る
雲雀彦
(
ひばりひこ
)
の
守護神
(
しゆごじん
)
奴
(
め
)
、
422
山
(
やま
)
へ
来
(
く
)
ると
親類
(
しんるゐ
)
へ
帰
(
かへ
)
つた
様
(
やう
)
に
思
(
おも
)
つて、
423
はしやいでなりませぬワイ、
424
ウフヽ』
425
悦子姫
(
よしこひめ
)
『
大分
(
だいぶん
)
音彦
(
おとひこ
)
さまが
遅
(
おく
)
れなさつたよな
塩梅
(
あんばい
)
ぢや。
426
少
(
すこ
)
し
待
(
ま
)
ち
合
(
あ
)
はせませうか』
427
加米彦
(
かめひこ
)
『ヤツパリ
気
(
き
)
に
懸
(
かか
)
りますかな、
428
遅
(
おく
)
れとるのは
音彦
(
おとひこ
)
ばつかりぢやありませぬ。
429
腰
(
こし
)
の
曲
(
まが
)
つた
夏彦
(
なつひこ
)
にもチツとは
目
(
め
)
を
呉
(
く
)
れてやつて
下
(
くだ
)
さいナ。
430
あなたは
博愛心
(
はくあいしん
)
がどうかしてますネー』
431
悦子姫
(
よしこひめ
)
『
何
(
なん
)
だかケンケン
言
(
い
)
つてるぢやありませぬか』
432
加米彦
(
かめひこ
)
『エーあれや
雉子
(
きじ
)
ですよ。
433
音彦
(
おとひこ
)
の
兄弟分
(
きやうだいぶん
)
ですがなア。
434
二
(
ふた
)
つ
目
(
め
)
にはケンケンコンコンと
言
(
い
)
つては
頭
(
あたま
)
を
打
(
う
)
たれ、
435
腰
(
こし
)
を
打
(
う
)
たれ、
436
攻撃
(
こうげき
)
の
矢
(
や
)
ばつかり
喰
(
く
)
つて
居
(
ゐ
)
ます。
437
雉子
(
きじ
)
も
鳴
(
な
)
かねば
撃
(
う
)
たれまい………と
云
(
い
)
ひましてなア……』
438
悦子姫
(
よしこひめ
)
『
雉子
(
きじ
)
と
云
(
い
)
ふ
鳥
(
とり
)
はコンナ
深
(
ふか
)
い
山
(
やま
)
に
棲
(
す
)
みて、
439
何
(
なに
)
を
喰
(
く
)
つてるのでせう』
440
加米彦
(
かめひこ
)
『アルタイ
山
(
ざん
)
の
蛇掴
(
へびつかみ
)
の
様
(
やう
)
に、
441
蛇
(
へび
)
ばつかり
喰
(
く
)
つて
居
(
ゐ
)
よるのです』
442
悦子姫
(
よしこひめ
)
『
丸
(
まる
)
で
加米彦
(
かめひこ
)
さまの
様
(
やう
)
な
鳥
(
とり
)
ですネー』
443
加米彦
(
かめひこ
)
『ソラ
何
(
なに
)
を
仰有
(
おつしや
)
います。
444
私
(
わたくし
)
が
何時
(
いつ
)
蛇
(
へび
)
を
喰
(
く
)
ひましたか』
445
悦子姫
(
よしこひめ
)
『
蛇
(
へび
)
ぢやありませぬ。
446
あなたは
何時
(
いつ
)
も、
447
ヘマばつかり
喰
(
く
)
つてるぢやありませぬか、
448
ホヽヽヽ』
449
加米彦
(
かめひこ
)
『ナアンダ、
450
屁
(
へー
)
でもない
屁理屈
(
へりくつ
)
を
能
(
よ
)
く
並
(
なら
)
べなさる。
451
あなたも
随分
(
ずゐぶん
)
言霊
(
ことたま
)
の
練習
(
れんしふ
)
が
出来
(
でき
)
て、
452
お
口
(
くち
)
丈
(
だけ
)
は
悦子姫
(
よしこひめ
)
ぢやなくて、
453
悪子姫
(
わるこひめ
)
になりましたなア』
454
悦子姫
(
よしこひめ
)
『ホツホヽヽヽ』
455
加米彦
(
かめひこ
)
『アヽ
何
(
なん
)
だか
交通
(
かうつう
)
機関
(
きくわん
)
が
倦怠
(
けんたい
)
して
来
(
き
)
ました。
456
音彦
(
おとひこ
)
の
来
(
く
)
るまで
待
(
ま
)
つてやりませうかい』
457
悦子姫
(
よしこひめ
)
『
重宝
(
ちようほう
)
なお
口
(
くち
)
だこと、
458
進退
(
しんたい
)
維
(
こ
)
れ
谷
(
きは
)
まりて、
459
待
(
ま
)
つておあげなさるのでせう』
460
加米彦
(
かめひこ
)
『ハハア、
461
あなた
用心
(
ようじん
)
しなさいよ。
462
悪神
(
あくがみ
)
が
憑
(
つ
)
いて
居
(
ゐ
)
ますで………
随分
(
ずゐぶん
)
言霊
(
ことたま
)
が
濁
(
にご
)
つて
来
(
き
)
ました。
463
一
(
ひと
)
つ
神霊
(
しんれい
)
注射
(
ちうしや
)
をやつてあげませうか』
464
悦子姫
(
よしこひめ
)
『
有難
(
ありがた
)
う。
465
またユルユル
皆
(
みな
)
さまの
御
(
ご
)
協議
(
けふぎ
)
の
上
(
うへ
)
で、
466
御
(
お
)
願
(
ねがひ
)
致
(
いた
)
します』
467
と
悦子姫
(
よしこひめ
)
が
蓑
(
みの
)
を
敷
(
し
)
いて、
468
一年越
(
いちねんごし
)
の
霜枯
(
しもが
)
れの
萱
(
かや
)
の
上
(
うへ
)
にドツカとすわる。
469
千歳
(
ちとせ
)
の
老松
(
らうしよう
)
杉
(
すぎ
)
檜
(
ひのき
)
470
槻
(
けやき
)
楓
(
かへで
)
雑木
(
ざふき
)
も
苔
(
こけ
)
蒸
(
む
)
して
471
神
(
かむ
)
さび
立
(
たて
)
る
左右
(
さいう
)
の
密林
(
みつりん
)
472
躑躅
(
つつじ
)
の
花
(
はな
)
の
此処
(
ここ
)
彼処
(
かしこ
)
473
白
(
しろ
)
に
紅
(
くれなゐ
)
青
(
あを
)
黄色
(
きいろ
)
474
艶
(
えん
)
を
争
(
あらそ
)
ふ
其
(
その
)
中
(
なか
)
を
475
藪鶯
(
やぶうぐひす
)
や
山雀
(
やますずめ
)
476
四十雀
(
しじふがら
)
ガラ
鳴
(
な
)
き
立
(
た
)
つる
477
山路
(
やまぢ
)
を
越
(
こ
)
えて
何時
(
いつ
)
しかに
478
小広
(
こびろ
)
き
田圃
(
たんぼ
)
に
流
(
なが
)
れ
出
(
で
)
る
479
古
(
ふる
)
き
神代
(
かみよ
)
の
物語
(
ものがたり
)
480
唯
(
ただ
)
一言
(
ひとこと
)
も
漏
(
も
)
らさずに
481
書
(
か
)
き
伝
(
つた
)
へむと
土筆
(
つくづくし
)
482
鉛筆
(
えんぴつ
)
尖
(
とが
)
らし
道
(
みち
)
の
辺
(
べ
)
に
483
待構
(
まちかま
)
へ
居
(
ゐ
)
るしほらしさ
484
麦
(
むぎ
)
の
青葉
(
あをば
)
は
止
(
と
)
め
葉
(
ば
)
うち
485
筆
(
ふで
)
を
隠
(
かく
)
して
青々
(
あをあを
)
と
486
手具脛
(
てぐすね
)
ひいて
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
る
487
花
(
はな
)
は
一面
(
いちめん
)
田
(
た
)
の
面
(
おも
)
に
488
艶
(
えん
)
を
競
(
きそ
)
ふて
咲
(
さ
)
きぬれど
489
床
(
とこ
)
には
置
(
お
)
くな、
矢張
(
やはり
)
野
(
の
)
で
見
(
み
)
よ
紫雲英
(
げんげばな
)
490
虎杖草
(
いたんどうり
)
のここかしこ
491
万年筆
(
まんねんひつ
)
の
芽
(
め
)
を
吹
(
ふ
)
いて
492
書
(
か
)
き
取
(
と
)
り
清書
(
せいしよ
)
の
準備顔
(
じゆんびがほ
)
493
此
(
この
)
物語
(
ものがたり
)
の
主人公
(
しゆじんこう
)
494
四辺
(
あたり
)
の
景色
(
けしき
)
も
悦子姫
(
よしこひめ
)
は
495
音彦
(
おとひこ
)
、
加米彦
(
かめひこ
)
、
夏彦
(
なつひこ
)
を
496
吾子
(
わがこ
)
の
如
(
ごと
)
く
労
(
いた
)
はりつ
497
親
(
おや
)
になつたる
気取
(
きど
)
りにて
498
お
山
(
やま
)
を
見当
(
めあ
)
てに
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
499
加米彦
(
かめひこ
)
『アーアナント
云
(
い
)
ふ
佳
(
よ
)
い
景色
(
けしき
)
だらう。
500
……
音彦
(
おとひこ
)
さま、
501
向
(
むか
)
ふに
雲
(
くも
)
の
被衣
(
かづき
)
を
着
(
き
)
て
居
(
ゐ
)
るズンと
高
(
たか
)
い
高山
(
かうざん
)
がそれぢやないか』
502
音彦
(
おとひこ
)
『さうだ、
503
あれが
目的
(
もくてき
)
の
木
(
こ
)
の
花姫
(
はなひめ
)
の
御
(
ご
)
分霊
(
ぶんれい
)
の
祀
(
まつ
)
られてある
弥仙
(
みせん
)
のお
山
(
やま
)
だ』
504
加米彦
(
かめひこ
)
『
道理
(
だうり
)
で、
505
首
(
くび
)
から
上
(
うへ
)
は、
506
雲
(
くも
)
の
奴
(
やつ
)
、
507
スツカリ
包
(
つつ
)
みて、
508
峰
(
みね
)
の
姿
(
すがた
)
を……
ミセン
の
山
(
やま
)
だな、
509
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
泰然
(
たいぜん
)
自若
(
じじやく
)
として
動
(
うご
)
かないあの
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
ると、
510
実
(
じつ
)
に
癪
(
しやく
)
に
障
(
さは
)
るぢやないか。
511
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
ばつかりにテクらせよつて、
512
一歩
(
ひとあし
)
も
動
(
うご
)
かず、
513
ヂツとして、
514
俺
(
おれ
)
が
見
(
み
)
たけら
此処
(
ここ
)
まで
御座
(
ござ
)
れ、
515
と
云
(
い
)
ふ
塩梅
(
あんばい
)
式
(
しき
)
だ。
516
丸
(
まる
)
で
吾々
(
われわれ
)
を
眼下
(
がんか
)
に
見
(
み
)
くだし、
517
奴隷視
(
どれいし
)
して
居
(
ゐ
)
るぢやないか。
518
何
(
なん
)
だか
軽蔑
(
けいべつ
)
せられる
様
(
やう
)
な
心持
(
こころもち
)
がしてきたワイ』
519
音彦
(
おとひこ
)
『アハヽヽヽ、
520
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
が
無
(
な
)
いと、
521
何
(
なん
)
なと
言
(
い
)
はねば
気
(
き
)
の
済
(
す
)
まぬ
男
(
をとこ
)
だなア。
522
さう
心配
(
しんぱい
)
するな、
523
今
(
いま
)
に、
524
何程
(
なにほど
)
威張
(
ゐば
)
つて
居
(
を
)
る
弥仙山
(
みせんざん
)
でも、
525
頭
(
あたま
)
の
頂辺
(
てつぺん
)
を、
526
吾々
(
われわれ
)
の
足
(
あし
)
で
踏
(
ふ
)
みにじる
様
(
やう
)
になるのだよ。
527
さうだから、
528
時節
(
じせつ
)
を
待
(
ま
)
て……と
云
(
い
)
ふのだよ』
529
夏彦
(
なつひこ
)
『
皆
(
みな
)
さま、
530
此
(
この
)
美
(
うつく
)
しい
紫雲英
(
げんげ
)
野
(
の
)
で、
531
お
弁当
(
べんたう
)
でも
開
(
ひら
)
いて、
532
お
山
(
やま
)
を
拝
(
をが
)
み
乍
(
なが
)
ら
休息
(
きうそく
)
致
(
いた
)
しませうか』
533
加米彦
(
かめひこ
)
『
待
(
ま
)
て
待
(
ま
)
て、
534
女王
(
ぢよわう
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
機嫌
(
きげん
)
を
伺
(
うかが
)
つた
上
(
うへ
)
、
535
認可
(
にんか
)
してやらう。
536
暫
(
しばら
)
く
控
(
ひか
)
へて
待
(
ま
)
つて
居
(
を
)
らう』
537
夏彦
(
なつひこ
)
『
随分
(
ずゐぶん
)
薬鑵
(
やくわん
)
が
能
(
よ
)
く
沸騰
(
たぎ
)
りますなア、
538
否
(
いな
)
かめは
能
(
よ
)
く
沸騰
(
ふつとう
)
しますナア、
539
アハヽヽヽ』
540
悦子姫
(
よしこひめ
)
『
皆
(
みな
)
さま、
541
どうでせう、
542
此
(
この
)
麗
(
うるは
)
しい
野原
(
のはら
)
で、
543
お
山
(
やま
)
を
遥拝
(
えうはい
)
し
乍
(
なが
)
ら、
544
くつろぎませうか』
545
夏彦
(
なつひこ
)
『ソラ、
546
どうだい、
547
以心
(
いしん
)
伝心
(
でんしん
)
、
548
吾輩
(
わがはい
)
の
身魂
(
みたま
)
は
暗々裡
(
あんあんり
)
に、
549
女王
(
ぢよわう
)
様
(
さま
)
に
感応
(
かんのう
)
して
居
(
ゐ
)
たのだ。
550
斯
(
か
)
うして
見
(
み
)
ると、
551
肉体
(
にくたい
)
は
主従
(
しゆじゆう
)
だが、
552
霊
(
みたま
)
は……』
553
加米彦
(
かめひこ
)
『その
次
(
つぎ
)
を
言
(
い
)
はぬかい、
554
霊魂
(
みたま
)
が
何
(
なん
)
だい、
555
狸身魂
(
たぬきみたま
)
の
鼬
(
いたち
)
みたまをして、
556
何
(
なん
)
だか
物
(
もの
)
臭
(
くさ
)
い
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
だ、
557
斯
(
こ
)
ンな
怪体
(
けつたい
)
なスタイルをして、
558
能
(
よ
)
うソンナ
事
(
こと
)
が
云
(
い
)
はれたものだワイ』
559
夏彦
(
なつひこ
)
『ナーニ、
560
スタイルで
女
(
をんな
)
が……ウンニヤ、
561
ムニヤムニヤ』
562
加米彦
(
かめひこ
)
『
又
(
また
)
行詰
(
ゆきつま
)
りよつたナ、
563
閻魔
(
えんま
)
さまの
浄玻璃
(
じやうはり
)
の
鏡
(
かがみ
)
の
前
(
まへ
)
では、
564
心
(
こころ
)
の
奥
(
おく
)
まで
照
(
てら
)
されて、
565
恥
(
はづ
)
かしさに
忽
(
たちま
)
ち
唖
(
おし
)
とならねばなるまい。
566
グヅグヅして
居
(
ゐ
)
ると、
567
舌
(
した
)
を
抜
(
ぬ
)
かれて
了
(
しま
)
ふぞ』
568
夏彦
(
なつひこ
)
『
舌
(
した
)
の
一
(
いち
)
枚
(
まい
)
や
二
(
に
)
枚
(
まい
)
抜
(
ぬ
)
かれたとて、
569
沢山
(
たくさん
)
に
仕入
(
しい
)
れてあるから
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だよ。
570
今
(
いま
)
の
人間
(
にんげん
)
に
一
(
いち
)
枚
(
まい
)
や
二
(
に
)
枚
(
まい
)
の
舌
(
した
)
で
甘
(
あま
)
ンじて
居
(
を
)
る
様
(
やう
)
な
者
(
もの
)
は、
571
それこそ
不便
(
ふべん
)
極
(
きは
)
まる
片輪
(
かたわ
)
人足
(
にんそく
)
だ』
572
加米彦
(
かめひこ
)
『
本当
(
ほんたう
)
に
能
(
よ
)
う
廻
(
まは
)
る
舌
(
した
)
だなア。
573
俺
(
おれ
)
も
此奴
(
こいつ
)
には
一寸
(
ちよつと
)
ビツクリ
舌
(
した
)
、
574
イヤ
感服
(
かんぷく
)
舌
(
した
)
、
575
アツハヽヽヽ』
576
斯
(
か
)
かる
所
(
ところ
)
へ、
577
小夜具
(
さやぐ
)
染
(
ぞめ
)
の
半纒
(
はんてん
)
をまとひ、
578
あかざ
の
杖
(
つゑ
)
を
突
(
つ
)
き
乍
(
なが
)
ら、
579
ヒヨコリヒヨコリと
一人
(
ひとり
)
の
老翁
(
らうをう
)
、
580
四
(
よ
)
人
(
にん
)
が
前
(
まへ
)
に
立現
(
たちあら
)
はれ、
581
翁(豊彦)
『
皆
(
みな
)
さま
達
(
たち
)
は、
582
弥仙
(
みせん
)
のお
山
(
やま
)
へ
御
(
ご
)
参拝
(
さんぱい
)
のお
方
(
かた
)
と
見受
(
みう
)
けますが、
583
どうぞ
私
(
わたし
)
の
家
(
うち
)
へお
寄
(
よ
)
り
下
(
くだ
)
さいませぬか。
584
一
(
ひと
)
つお
尋
(
たづ
)
ねをしたり、
585
お
願
(
ねが
)
ひしたい
事
(
こと
)
が
御座
(
ござ
)
います』
586
加米彦
(
かめひこ
)
はシヤシヤり
出
(
い
)
で、
587
加米彦
『ヤアお
前
(
まへ
)
さまは、
588
北光
(
きたてる
)
の
神
(
かみ
)
さまの
様
(
やう
)
な、
589
崇高
(
すうかう
)
な
容貌
(
ようばう
)
をしたお
爺
(
ぢい
)
さまだな、
590
コンナ
若
(
わか
)
い
宣伝使
(
せんでんし
)
や、
591
若
(
わか
)
い
男
(
をとこ
)
に、
592
老人
(
らうじん
)
が
物
(
もの
)
を
尋
(
たづ
)
ねるとは、
593
チツと
間違
(
まちが
)
つては
居
(
ゐ
)
やせぬか。
594
一
(
いち
)
年
(
ねん
)
でも
先
(
さき
)
へ
此
(
この
)
世
(
よ
)
へ
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
した
者
(
もの
)
は、
595
経験
(
けいけん
)
が
積
(
つ
)
み、
596
社会学
(
しやくわいがく
)
に
達
(
たつ
)
して
居
(
を
)
る
筈
(
はず
)
だ、
597
怪体
(
けたい
)
な
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
ふお
爺
(
ぢい
)
さまだなア。
598
わしは
又
(
また
)
、
599
お
前
(
まへ
)
さまの
姿
(
すがた
)
が
木蔭
(
こかげ
)
にチラと
見
(
み
)
えた
時
(
とき
)
から……ヤア
占
(
しめ
)
た、
600
一
(
ひと
)
つ
沓
(
くつ
)
でも
穿
(
は
)
かして
上
(
あ
)
げて、
601
張子房
(
ちやうしばう
)
ぢやないが、
602
太公望
(
たいこうばう
)
の
兵法
(
へいはふ
)
でも
伝授
(
でんじゆ
)
して
貰
(
もら
)
はうと
思
(
おも
)
うて
楽
(
たの
)
しみて
居
(
ゐ
)
たのだ』
603
爺
(
ぢい
)
(豊彦)
『
世界
(
せかい
)
の
事
(
こと
)
なら、
604
一
(
いち
)
日
(
にち
)
でも
先
(
さき
)
へ
生
(
うま
)
れた
丈
(
だけ
)
わしは
兄貴
(
あにき
)
だ、
605
教
(
をし
)
へても
上
(
あ
)
げるが、
606
これ
丈
(
だけ
)
長生
(
ながいき
)
をして、
607
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
の
酸
(
す
)
いも
甘
(
あま
)
いも
悟
(
さと
)
りきつた
此
(
この
)
爺
(
おやぢ
)
に、
608
どう
考
(
かんが
)
へても
合点
(
がてん
)
のいかぬ
事
(
こと
)
が
一
(
ひと
)
つあるのだ。
609
これはどうしても
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のお
道
(
みち
)
の
人
(
ひと
)
に
聞
(
き
)
かなくては、
610
分
(
わか
)
らぬ
事
(
こと
)
だと
思
(
おも
)
うて、
611
お
山
(
やま
)
へ
詣
(
まゐ
)
るお
方
(
かた
)
を、
612
婆
(
ばば
)
アと
二人
(
ふたり
)
が、
613
茅屋
(
あばらや
)
へ
寄
(
よ
)
つて
貰
(
もら
)
ひ、
614
種々
(
いろいろ
)
と
尋
(
たづ
)
ねて
見
(
み
)
るけれども、
615
どのお
方
(
かた
)
も
完全
(
くわんぜん
)
な
解決
(
かいけつ
)
を
与
(
あた
)
へて
下
(
くだ
)
さらぬのだ。
616
此
(
この
)
間
(
あひだ
)
も
英子姫
(
ひでこひめ
)
さまとやら……
此
(
この
)
お
女中
(
ぢよちう
)
よりもズツと
綺麗
(
きれい
)
な、
617
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のお
使
(
つか
)
ひのお
方
(
かた
)
が
凛々
(
りり
)
し
相
(
さう
)
なお
従者
(
とも
)
を
連
(
つ
)
れて
通
(
とほ
)
らしやつたので、
618
一
(
ひと
)
つ
尋
(
たづ
)
ねてみた
所
(
ところ
)
、
619
二人
(
ふたり
)
のお
方
(
かた
)
はニヤツと
笑
(
わら
)
うて、
620
何
(
なん
)
にも
仰有
(
おつしや
)
つて
下
(
くだ
)
さらず、
621
やがて
女
(
をんな
)
一人
(
ひとり
)
男
(
をとこ
)
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
一行
(
いつかう
)
が、
622
お
山
(
やま
)
詣
(
まゐ
)
りをするから、
623
其
(
その
)
者
(
もの
)
に
会
(
あ
)
うて
尋
(
たづ
)
ねて
呉
(
く
)
れいと
仰有
(
おつしや
)
つたので、
624
毎日
(
まいにち
)
日日
(
ひにち
)
首
(
くび
)
を
長
(
なが
)
うして
待
(
ま
)
つて
居
(
を
)
つたのだ、
625
もしや、
626
お
前
(
まへ
)
さま
等
(
ら
)
の
事
(
こと
)
ではあるまいかと
思
(
おも
)
うて、
627
重
(
おも
)
い
足
(
あし
)
を
引
(
ひ
)
きずつて
出
(
で
)
て
来
(
き
)
たのだ』
628
加米彦
(
かめひこ
)
『アヽさうだつたか、
629
社会学
(
しやくわいがく
)
はまだ
未完成
(
みくわんせい
)
だが、
630
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
事
(
こと
)
ならば、
631
ドンナ
事
(
こと
)
でも
解決
(
かいけつ
)
をつけてあげよう。
632
英子姫
(
ひでこひめ
)
さまも
流石
(
さすが
)
は
偉
(
えら
)
いワイ。
633
手柄
(
てがら
)
を
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
に
譲
(
ゆづ
)
つてやらうと
思召
(
おぼしめ
)
して、
634
昨夜
(
ゆうべ
)
会
(
あ
)
うた
時
(
とき
)
にも
仰有
(
おつしや
)
らなかつたのだ。
635
流石
(
さすが
)
は
先見
(
せんけん
)
の
明
(
めい
)
ありだ。
636
古今
(
ここん
)
来
(
らい
)
を
空
(
むな
)
しうして
東西
(
とうざい
)
位
(
ゐ
)
を
尽
(
つく
)
したる、
637
世界
(
せかい
)
の
外
(
そと
)
の
世界
(
せかい
)
迄
(
まで
)
踏
(
ふ
)
み
込
(
こ
)
んで、
638
宇宙
(
うちう
)
の
真相
(
しんさう
)
を
悉皆
(
しつかい
)
看破
(
かんぱ
)
したる、
639
此
(
この
)
加米彦
(
かめひこ
)
がお
出
(
い
)
でになると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を、
640
流石
(
さすが
)
は
明智
(
めいち
)
の
英子姫
(
ひでこひめ
)
様
(
さま
)
、
641
予期
(
よき
)
して
御座
(
ござ
)
つたと
見
(
み
)
える。
642
サアサア
何
(
なん
)
なりとお
尋
(
たづ
)
ねなされ。
643
神界
(
しんかい
)
に
関
(
くわん
)
する
事
(
こと
)
ならば
決
(
けつ
)
して
退却
(
たいきやく
)
は
致
(
いた
)
さぬ、
644
三五教
(
あななひけう
)
には
退却
(
たいきやく
)
の
二字
(
にじ
)
は
有
(
あ
)
りませぬから………オツホン』
645
爺
(
ぢい
)
(豊彦)
『さうかな、
646
若
(
わか
)
いにも
似合
(
にあ
)
はず、
647
能
(
よ
)
うそこまで
勉強
(
べんきやう
)
をなさつた、
648
感心
(
かんしん
)
々々
(
かんしん
)
。
649
今時
(
いまどき
)
の
若
(
わか
)
い
者
(
もの
)
は、
650
皆
(
みな
)
心得
(
こころえ
)
が
悪
(
わる
)
くて、
651
神
(
かみ
)
さまなンテ、
652
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
に
有
(
あ
)
るものか、
653
人間
(
にんげん
)
が
神
(
かみ
)
さまだ、
654
神
(
かみ
)
があるのなら、
655
一遍
(
いつぺん
)
会
(
あ
)
はして
呉
(
く
)
れ、
656
そしたら
神
(
かみ
)
の
存在
(
そんざい
)
を
認
(
みと
)
めてやるなンテ、
657
大
(
だい
)
ソレた
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふ
時節
(
じせつ
)
だ。
658
それにお
前
(
まへ
)
さまは、
659
何
(
なん
)
も
彼
(
か
)
も
御存
(
ごぞん
)
じとは、
660
実
(
じつ
)
に
偉
(
えら
)
いお
方
(
かた
)
だ、
661
此
(
この
)
爺
(
ぢい
)
も
今迄
(
いままで
)
コンナ
方
(
かた
)
に
会
(
あ
)
ひたいと
思
(
おも
)
うて、
662
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
ました……アヽ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
、
663
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います、
664
これと
云
(
い
)
ふのも
全
(
まつた
)
く
弥仙
(
みせん
)
のお
山
(
やま
)
の
木
(
こ
)
の
花姫
(
はなひめ
)
様
(
さま
)
の
篤
(
あつ
)
き
御
(
ご
)
守護
(
しゆご
)
……』
665
と
袖
(
そで
)
に
涙
(
なみだ
)
を
拭
(
ぬぐ
)
ふ。
666
夏彦
(
なつひこ
)
『モシモシお
爺
(
ぢい
)
さま、
667
此奴
(
こいつ
)
ア、
668
由良
(
ゆら
)
の
湊
(
みなと
)
の
秋山彦
(
あきやまひこ
)
の
門番
(
もんばん
)
をして
居
(
を
)
つた
男
(
をとこ
)
です。
669
偉
(
えら
)
さうに
口
(
くち
)
ばつかり
開
(
ひら
)
くのですよ。
670
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで
門
(
もん
)
を
開
(
ひら
)
くのが
商売
(
しやうばい
)
だから、
671
其
(
その
)
惰力
(
だりよく
)
が
未
(
いま
)
だに
残
(
のこ
)
つて
居
(
を
)
つて、
672
大門
(
おほもん
)
の
様
(
やう
)
な
大
(
おほ
)
けな
口
(
くち
)
を
開
(
ひら
)
きよるのだ。
673
相手
(
あひて
)
になりなさるな。
674
此
(
この
)
男
(
をとこ
)
の
云
(
い
)
ふ
位
(
くらゐ
)
な
事
(
こと
)
は、
675
私
(
わたし
)
だつて、
676
年
(
とし
)
の
功
(
こう
)
は
豆
(
まめ
)
の
粉
(
こ
)
だ、
677
豆
(
まめ
)
の
粉
(
こ
)
は
黄
(
き
)
な
粉
(
こ
)
だ、
678
黄
(
き
)
な
粉
(
こ
)
はヤツパリ
豆
(
まめ
)
の
粉
(
こな
)
だ。
679
猪
(
しし
)
喰
(
く
)
た
犬
(
いぬ
)
は、
680
犬
(
いぬ
)
のどこやらに
勝
(
すぐ
)
れた
所
(
ところ
)
が
有
(
あ
)
りますワイ。
681
私
(
わたし
)
が
教
(
をし
)
へてあげませう』
682
加米彦
(
かめひこ
)
『コレコレお
爺
(
ぢい
)
さま、
683
此奴
(
こいつ
)
はなア、
684
ウラナイ
教
(
けう
)
の
黒姫
(
くろひめ
)
と
云
(
い
)
ふ、
685
口
(
くち
)
ばつかり
達者
(
たつしや
)
な
奴
(
やつ
)
に
十
(
じふ
)
年間
(
ねんかん
)
も
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで、
686
法螺
(
ほら
)
を
仕込
(
しこ
)
まれて
来
(
き
)
た
奴
(
やつ
)
だから、
687
何
(
なに
)
を
言
(
い
)
ふやら、
688
蜜柑
(
みかん
)
やら、
689
金柑桝
(
きんかんます
)
で
量
(
はか
)
るやら、
690
なにも
分
(
わか
)
つた
代物
(
しろもの
)
ぢやありませぬワイ』
691
爺
(
ぢい
)
(豊彦)
『
最前
(
さいぜん
)
から
此
(
この
)
老爺
(
ぢぢい
)
が
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
頼
(
たの
)
みて
居
(
を
)
るのに、
692
お
前
(
まへ
)
さま
達
(
たち
)
は、
693
此
(
この
)
老人
(
としより
)
を
飜弄
(
ほんろう
)
するのかい、
694
エーエやつぱり
英子姫
(
ひでこひめ
)
さまの
仰有
(
おつしや
)
つた
偉
(
えら
)
いお
方
(
かた
)
は、
695
此
(
この
)
御
(
ご
)
連中
(
れんちう
)
ぢや
有
(
あ
)
るまい。
696
アーア
阿呆
(
あほ
)
らしい、
697
コンナ
事
(
こと
)
なら
此
(
この
)
重
(
おも
)
い
足
(
あし
)
を、
698
老人
(
らうじん
)
が
引摺
(
ひきず
)
つて
来
(
く
)
るのぢやなかつたのに……』
699
音彦
(
おとひこ
)
『モシモシお
爺
(
ぢい
)
さま、
700
さう
腹
(
はら
)
を
立
(
た
)
てて
下
(
くだ
)
さるな。
701
此
(
これ
)
等
(
ら
)
二人
(
ふたり
)
は
雲雀
(
ひばり
)
や
燕
(
つばめ
)
の
親類
(
しんるゐ
)
ですから、
702
どうぞお
望
(
のぞ
)
みの
事
(
こと
)
を、
703
私
(
わたくし
)
に
仰有
(
おつしや
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ。
704
私
(
わたくし
)
の
力
(
ちから
)
限
(
かぎ
)
り
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
伺
(
うかが
)
つて
御
(
お
)
答
(
こたへ
)
を
致
(
いた
)
しませう』
705
爺
(
ぢい
)
(豊彦)
『アヽさうかなア、
706
お
前
(
まへ
)
さまはどこやらが、
707
締
(
しま
)
りのある
男
(
をとこ
)
だと
思
(
おも
)
うて
居
(
を
)
つた。
708
此処
(
ここ
)
では
話
(
はなし
)
が
出来
(
でき
)
ませぬから、
709
お
前
(
まへ
)
さま
一人
(
ひとり
)
、
710
私
(
わたくし
)
の
宅
(
うち
)
へ
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
され、
711
婆
(
ばば
)
アや
娘
(
むすめ
)
が
待
(
ま
)
つて
居
(
を
)
ります』
712
音彦
(
おとひこ
)
『お
爺
(
ぢい
)
さま、
713
それは
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
いますが、
714
私
(
わたくし
)
の……
此処
(
ここ
)
に
御
(
ご
)
主人
(
しゆじん
)
とも
先生
(
せんせい
)
とも
仰
(
あふ
)
ぐ
悦子姫
(
よしこひめ
)
さまがいらつしやいます。
715
此
(
この
)
お
方
(
かた
)
は
吾々
(
われわれ
)
の
大先生
(
だいせんせい
)
で
御座
(
ござ
)
いますから、
716
此
(
この
)
方
(
かた
)
を
捨
(
す
)
てて
私
(
わたくし
)
ばつかり
参
(
まゐ
)
る
訳
(
わけ
)
にはゆきませぬ』
717
爺
(
ぢい
)
(豊彦)
『アーさうだらうさうだらう、
718
ソンナラ、
719
悦子姫
(
よしこひめ
)
さまの
先生
(
せんせい
)
とお
前
(
まへ
)
さまと
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
され、
720
斯
(
こ
)
ンな
若
(
わか
)
い
男
(
をとこ
)
は
此処
(
ここ
)
に
待
(
ま
)
たして
置
(
お
)
いたら
宜
(
よろ
)
しからう』
721
音彦
(
おとひこ
)
『
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら、
722
四
(
よ
)
人
(
にん
)
はどうしても
離
(
はな
)
れないと
云
(
い
)
ふ
不文律
(
ふぶんりつ
)
が
定
(
さだ
)
められてあるので、
723
此
(
この
)
男
(
をとこ
)
二人
(
ふたり
)
を
此処
(
ここ
)
に
放棄
(
はうき
)
して
置
(
お
)
く
訳
(
わけ
)
にはゆきませぬ、
724
四
(
よ
)
人
(
にん
)
共
(
とも
)
参
(
まゐ
)
りませう。
725
それがお
気
(
き
)
に
入
(
い
)
らねば
仕方
(
しかた
)
がありませぬから
御
(
お
)
断
(
ことわ
)
り
申
(
まを
)
すより
途
(
みち
)
は
御座
(
ござ
)
いませぬ』
726
爺
(
ぢい
)
(豊彦)
『アヽソンナラ
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さいませ。
727
コレコレ
二人
(
ふたり
)
のお
若
(
わか
)
いの、
728
私
(
わたくし
)
の
家
(
うち
)
へ
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さるのは
構
(
かま
)
ひませぬが、
729
あまり
喧
(
やかま
)
しう
言
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さるな、
730
娘
(
むすめ
)
の
身体
(
からだ
)
に
障
(
さは
)
ると
困
(
こま
)
りますから……』
731
加米彦
(
かめひこ
)
『オイ
夏
(
なつ
)
、
732
貴様
(
きさま
)
一杯
(
いつぱい
)
奢
(
おご
)
らぬと
冥加
(
みやうが
)
が
悪
(
わる
)
いぞ、
733
此
(
この
)
中
(
うち
)
で
一番
(
いちばん
)
の
年長
(
としがさ
)
だ、
734
それに「お
若
(
わか
)
いの」と
云
(
い
)
はれよつたぢやないか、
735
是
(
こ
)
れと
云
(
い
)
ふのも、
736
俺
(
おれ
)
の
好男子
(
かうだんし
)
の
余徳
(
よとく
)
に
依
(
よ
)
りて
若
(
わか
)
く
見
(
み
)
られたのだよ。
737
それだから
老爺
(
おぢい
)
さまが、
738
娘
(
むすめ
)
の
体
(
からだ
)
に
障
(
さは
)
ると
困
(
こま
)
ります……ナンテ
予防線
(
よばうせん
)
を
張
(
は
)
るのだよ。
739
険呑
(
けんのん
)
な
代物
(
しろもの
)
と
見込
(
みこ
)
まれたものだなア、
740
アツハヽヽヽ』
741
音彦
(
おとひこ
)
『サア
悦子姫
(
よしこひめ
)
さま、
742
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
乍
(
なが
)
ら、
743
一寸
(
ちよつと
)
老爺
(
おぢい
)
さまの
宅
(
うち
)
まで
寄
(
よ
)
つてあげて
下
(
くだ
)
さいませ』
744
悦子姫
(
よしこひめ
)
『
不束
(
ふつつか
)
な
妾
(
わたし
)
でもお
間
(
ま
)
に
合
(
あ
)
ひますれば、
745
お
爺
(
ぢい
)
さま
参
(
まゐ
)
ります』
746
爺
(
ぢい
)
(豊彦)
『ハア
有難
(
ありがた
)
い
有難
(
ありがた
)
い、
747
御
(
お
)
礼
(
れい
)
は
後
(
あと
)
で
致
(
いた
)
します。
748
老爺
(
ぢい
)
の
家
(
うち
)
は
此
(
この
)
向
(
むか
)
ふの
森
(
もり
)
を
一
(
ひと
)
つ
廻
(
まは
)
つた
所
(
とこ
)
で
御座
(
ござ
)
います。
749
私
(
わたくし
)
の
座敷
(
ざしき
)
から、
750
あなた
方
(
がた
)
が
此処
(
ここ
)
に
御
(
ご
)
休息
(
きうそく
)
になつて
御座
(
ござ
)
るのが、
751
手
(
て
)
に
取
(
と
)
る
様
(
やう
)
に
見
(
み
)
えました
位
(
くらゐ
)
ですから、
752
ホンの
一寸
(
ちよつと
)
の
廻
(
まは
)
りで
御座
(
ござ
)
います』
753
と
先
(
さき
)
に
立
(
た
)
ち、
754
ヨボヨボと
己
(
おの
)
が
家路
(
いへぢ
)
へ
伴
(
ともな
)
ひ
行
(
ゆ
)
く。
755
(
大正一一・四・二四
旧三・二八
松村真澄
録)
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