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第18巻(巳の巻)
序
凡例
総説
第1篇 弥仙の神山
01 春野の旅
〔629〕
02 厳の花
〔630〕
03 神命
〔631〕
第2篇 再探再険
04 四尾山
〔632〕
05 赤鳥居
〔633〕
06 真か偽か
〔634〕
第3篇 反間苦肉
07 神か魔か
〔635〕
08 蛙の口
〔636〕
09 朝の一驚
〔637〕
10 赤面黒面
〔638〕
第4篇 舎身活躍
11 相身互
〔639〕
12 大当違
〔640〕
13 救の神
〔641〕
第5篇 五月五日祝
14 蛸の揚壺
〔642〕
15 遠来の客
〔643〕
16 返り討
〔644〕
17 玉照姫
〔645〕
霊の礎(四)
余白歌
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第18巻
> 第2篇 再探再険 > 第5章 赤鳥居
<<< 四尾山
(B)
(N)
真か偽か >>>
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第五章
赤鳥居
(
あかとりゐ
)
〔六三三〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第18巻 如意宝珠 巳の巻
篇:
第2篇 再探再険
よみ(新仮名遣い):
さいたんさいけん
章:
第5章 赤鳥居
よみ(新仮名遣い):
あかとりい
通し章番号:
633
口述日:
1922(大正11)年04月25日(旧03月29日)
口述場所:
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年2月10日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
紫姫一行は、大江山方面へと向かっていた。鹿公は行き先を尋ねるが、紫姫は御神命で固く秘密を守るように言われている、と答える。
すると道中、暗夜に女性の悲鳴が聞こえてきた。紫姫は、若彦、馬公、鹿公に助けに行くようにと命を出す。三人は暗がりの中を悲鳴のした方へ向かっていく。
それはウラナイ教の手下が、黒姫の命でお節をさらってきていた所であった。鹿公はとっさに黒姫の作り声を出して、手下たちを誘導する。馬公が幽霊の真似をすると、ウラナイ教の手下たちは驚いて逃げていってしまった。
鹿公と馬公は、お節を助けて紫姫のところまで連れて行った。お節は、爺婆が亡くなったため、青彦(若彦)を追って聖地に行く途中、ウラナイ教の男二人にかどわかされたのだ、という。
若彦は、お節に名乗りをして二人は再会を果たした。お節は嬉しさに若彦にすがりつく。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2021-03-13 17:28:51
OBC :
rm1805
愛善世界社版:
80頁
八幡書店版:
第3輯 666頁
修補版:
校定版:
83頁
普及版:
35頁
初版:
ページ備考:
001
天
(
てん
)
火
(
くわ
)
水
(
すゐ
)
地
(
ち
)
と
結
(
むす
)
びたる
002
青
(
あを
)
赤
(
あか
)
白
(
しろ
)
黄
(
き
)
をこき
交
(
ま
)
ぜて
003
緑
(
みどり
)
滴
(
したた
)
る
足曳
(
あしびき
)
の
004
山
(
やま
)
と
山
(
やま
)
とに
包
(
つつ
)
まれし
005
由良
(
ゆら
)
の
流
(
なが
)
れに
沿
(
そ
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
006
彼方
(
かなた
)
に
立
(
た
)
てる
紫
(
むらさき
)
の
007
煙
(
けぶり
)
目
(
め
)
あてに
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く
008
紫姫
(
むらさきひめ
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
009
草木
(
くさき
)
も
萠
(
も
)
ゆる
若彦
(
わかひこ
)
や
010
馬
(
うま
)
に
鞭
(
むち
)
鞭
(
う
)
つ
膝栗毛
(
ひざくりげ
)
011
鹿
(
しか
)
と
踏
(
ふ
)
み
締
(
し
)
めテクテクと
012
肩
(
かた
)
も
斑鳩
(
いかるが
)
、
飛
(
と
)
ぶ
空
(
そら
)
を
013
笠西坂
(
かさにしさか
)
の
頂上
(
ちやうじやう
)
に
014
四
(
よ
)
人
(
にん
)
は
漸
(
やうや
)
く
着
(
つ
)
きにけり。
015
若彦
(
わかひこ
)
『
紫姫
(
むらさきひめ
)
様
(
さま
)
、
016
此
(
この
)
風景
(
ふうけい
)
の
佳
(
い
)
い
地点
(
ちてん
)
で
四方
(
よも
)
の
景色
(
けしき
)
を
観望
(
くわんばう
)
して
息
(
いき
)
を
休
(
やす
)
めませうか』
017
紫姫
(
むらさきひめ
)
『
妾
(
わたし
)
もさう
思
(
おも
)
つて
居
(
ゐ
)
ました、
018
弥仙
(
みせん
)
のお
山
(
やま
)
は
紫
(
むらさき
)
のお
容姿
(
すがた
)
を
現
(
あら
)
はし
給
(
たま
)
ひ、
019
連峰
(
れんぽう
)
を
圧
(
あつ
)
して
高
(
たか
)
く
雲表
(
うんぺう
)
に
頭
(
かしら
)
を
突出
(
つきだ
)
して、
020
実
(
じつ
)
に
何
(
なん
)
とも
云
(
い
)
へぬ
雄大
(
ゆうだい
)
さで
御座
(
ござ
)
いますね』
021
若彦
(
わかひこ
)
『
左様
(
さやう
)
です、
022
春
(
はる
)
の
弥仙山
(
みせんざん
)
は
又
(
また
)
格別
(
かくべつ
)
ですな、
023
彼方
(
あちら
)
に
見
(
み
)
ゆる
四尾
(
よつを
)
の
神山
(
しんざん
)
、
024
コンモリした
木
(
き
)
の
繁茂
(
しげみ
)
、
025
桶伏山
(
をけふせやま
)
もちらりと
見
(
み
)
えて
居
(
ゐ
)
ます、
026
実
(
じつ
)
に
遠方
(
ゑんぱう
)
から
見
(
み
)
た
四尾山
(
よつをざん
)
は
一層
(
いつそう
)
の
崇高味
(
すうかうみ
)
を
増
(
ま
)
すやうですな、
027
昨夜
(
さくや
)
あの
山麓
(
さんろく
)
の
悦子姫
(
よしこひめ
)
様
(
さま
)
のお
館
(
やかた
)
を
訪
(
たづ
)
ねた
時
(
とき
)
は、
028
その
様
(
やう
)
に
立派
(
りつぱ
)
な
山
(
やま
)
ぢやと
思
(
おも
)
ひませなンだが、
029
矢張
(
やつぱり
)
大
(
おほ
)
きなものは
近寄
(
ちかよ
)
つて
見
(
み
)
るよりも、
030
遠見
(
ゑんけん
)
の
方
(
はう
)
が
余程
(
よほど
)
真相
(
しんさう
)
に
触
(
ふ
)
れる
様
(
やう
)
ですな』
031
紫姫
(
むらさきひめ
)
『アヽ
佳
(
よ
)
い
景色
(
けしき
)
にうたれ、
032
思
(
おも
)
はず
時間
(
じかん
)
を
費
(
つひ
)
やしました、
033
そろそろ
出掛
(
でかけ
)
ませうか』
034
馬公
(
うまこう
)
『もう
些
(
ちつ
)
と
休
(
やす
)
みていつたら
如何
(
どう
)
です、
035
之
(
これ
)
から
奥
(
おく
)
へ
行
(
ゆ
)
けば
山
(
やま
)
と
山
(
やま
)
と、
036
双方
(
さうはう
)
から
圧搾
(
あつさく
)
した
様
(
やう
)
な
殺風景
(
さつぷうけい
)
な
難路
(
なんろ
)
許
(
ばか
)
りですよ、
037
充分
(
じゆうぶん
)
聖地
(
せいち
)
を
此処
(
ここ
)
から
憧憬
(
どうけい
)
して
名残
(
なごり
)
を
惜
(
を
)
しみ、
038
四尾山
(
よつをざん
)
に
袂別
(
けつべつ
)
の
挨拶
(
あいさつ
)
を
終
(
をは
)
つて
行
(
ゆ
)
かうではありませぬか、
039
随分
(
ずゐぶん
)
此
(
この
)
先
(
さき
)
は
急坂
(
きふはん
)
がありますから………』
040
紫姫
(
むらさきひめ
)
『サア、
041
も
少
(
すこ
)
し
休
(
やす
)
みませうか』
042
鹿公
(
しかこう
)
『アヽ、
043
さうなさいませ、
044
充分
(
じゆうぶん
)
英気
(
えいき
)
を
養
(
やしな
)
つて
参
(
まゐ
)
りませう、
045
一歩
(
いつぽ
)
々々
(
いつぽ
)
大江山
(
おほえやま
)
に
接近
(
せつきん
)
するのですから、
046
…
此
(
この
)
安全
(
あんぜん
)
地帯
(
ちたい
)
で
充分
(
じゆうぶん
)
に
浩然
(
こうぜん
)
の
気
(
き
)
を
養
(
やしな
)
つて
行
(
ゆ
)
く
事
(
こと
)
に
致
(
いた
)
しませう。
047
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
最早
(
もはや
)
大江山
(
おほえやま
)
の
鬼雲彦
(
おにくもひこ
)
は
遁走
(
とんそう
)
し、
048
後
(
あと
)
には
鬼武彦
(
おにたけひこ
)
の
御
(
ご
)
眷属
(
けんぞく
)
が
御
(
ご
)
守護
(
しゆご
)
して
居
(
を
)
られるなり、
049
三嶽
(
みたけ
)
の
岩窟
(
がんくつ
)
は
滅茶
(
めつちや
)
々々
(
めつちや
)
となり、
050
鬼
(
おに
)
ケ
城
(
じやう
)
亦
(
また
)
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
の
敗走
(
はいそう
)
以来
(
いらい
)
、
051
敵
(
てき
)
の
影
(
かげ
)
を
留
(
とど
)
めて
居
(
ゐ
)
ないぢやありませぬか、
052
それに
又
(
また
)
貴女
(
あなた
)
は
吾々
(
われわれ
)
を
此
(
この
)
方面
(
はうめん
)
へ
用向
(
ようむき
)
も
仰有
(
おつしや
)
らずに
引
(
ひ
)
き
連
(
つ
)
れておいでになつたのは、
053
少
(
すこ
)
しく
合点
(
がてん
)
が
参
(
まゐ
)
りませぬ、
054
一体
(
いつたい
)
全体
(
ぜんたい
)
如何
(
どう
)
遊
(
あそ
)
ばす
積
(
つも
)
りですか。
055
少
(
すこ
)
し
位
(
くらゐ
)
お
洩
(
も
)
らし
下
(
くだ
)
さつても
滅多
(
めつた
)
に
口外
(
こうぐわい
)
は
致
(
いた
)
しませぬがな』
056
紫姫
(
むらさきひめ
)
『いいえ、
057
悦子姫
(
よしこひめ
)
様
(
さま
)
を
通
(
つう
)
じて
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の「
一切
(
いつさい
)
秘密
(
ひみつ
)
を
守
(
まも
)
れ」との
御
(
ご
)
神命
(
しんめい
)
なれば、
058
仮令
(
たとへ
)
貴方
(
あなた
)
と
妾
(
わたし
)
の
仲
(
なか
)
でも
之
(
これ
)
ばかりは
発表
(
はつぺう
)
する
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ、
059
軈
(
やが
)
て
真相
(
しんさう
)
が
分
(
わか
)
るでせう』
060
鹿公
(
しかこう
)
『
紫姫
(
むらさきひめ
)
様
(
さま
)
は、
061
吾々
(
われわれ
)
二人
(
ふたり
)
は
元来
(
もとより
)
貴女
(
あなた
)
の
従僕
(
しもべ
)
、
062
さう
叮嚀
(
ていねい
)
なお
言葉
(
ことば
)
をお
使
(
つか
)
ひ
下
(
くだ
)
さつては
実
(
じつ
)
に
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
ります、
063
何卒
(
どうぞ
)
今後
(
こんご
)
は
鹿
(
しか
)
、
064
馬
(
うま
)
と
仰有
(
おつしや
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ』
065
紫姫
(
むらさきひめ
)
『いえいえ、
066
今迄
(
いままで
)
の
妾
(
わたし
)
なれば
極端
(
きよくたん
)
なる
階級
(
かいきふ
)
制度
(
せいど
)
の
習慣
(
しふくわん
)
で
主人
(
しゆじん
)
気取
(
きど
)
りになるでせうが、
067
三五教
(
あななひけう
)
に
救
(
すく
)
はれてより
上下
(
じやうげ
)
の
隔壁
(
かくへき
)
を
念頭
(
ねんとう
)
よりすつかり
散逸
(
さんいつ
)
させて
仕舞
(
しま
)
ひました。
068
人間
(
にんげん
)
の
作
(
つく
)
つた
不合理
(
ふがふり
)
的
(
てき
)
な
階級
(
かいきふ
)
制度
(
せいど
)
を
墨守
(
ぼくしゆ
)
するは、
069
却
(
かへつ
)
て
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
神慮
(
しんりよ
)
に
違反
(
ゐはん
)
する
事
(
こと
)
となりませう。
070
元
(
もと
)
は
一株
(
ひとかぶ
)
の
同
(
おな
)
じ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
分霊
(
わけみたま
)
ですからな』
071
鹿公
(
しかこう
)
『ハイ、
072
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います。
073
左様
(
さやう
)
ならば
今後
(
こんご
)
は
主従
(
しゆじゆう
)
の
障壁
(
しやうへき
)
を
撤去
(
てつきよ
)
し、
074
私交
(
しかう
)
上
(
じやう
)
に
於
(
おい
)
ては
平等
(
べうどう
)
的
(
てき
)
交際
(
かうさい
)
を
指
(
さ
)
して
頂
(
いただ
)
きませう。
075
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
教理
(
をしへ
)
の
上
(
うへ
)
の
事
(
こと
)
に
就
(
つ
)
いては
矢張
(
やつぱり
)
師弟
(
してい
)
の
関係
(
くわんけい
)
を
何処迄
(
どこまで
)
も
維持
(
ゐぢ
)
して
行
(
ゆ
)
き
度
(
た
)
う
御座
(
ござ
)
います、
076
何卒
(
どうぞ
)
之
(
これ
)
だけはお
認
(
みと
)
め
置
(
お
)
きをお
願
(
ねが
)
ひ
申
(
まを
)
します』
077
紫姫
(
むらさきひめ
)
『
何
(
なん
)
だか
妾
(
わたし
)
がお
前
(
まへ
)
さまの
師匠
(
ししやう
)
なぞと
云
(
い
)
はれると、
078
足
(
あし
)
の
裏
(
うら
)
まで
くすぐ
つたい
様
(
やう
)
な
気
(
き
)
がしてなりませぬ』
079
鹿公
(
しかこう
)
『
今後
(
こんご
)
は
其
(
その
)
積
(
つも
)
りでお
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
します、
080
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
貴女
(
あなた
)
は
花
(
はな
)
の
都
(
みやこ
)
へは
帰
(
かへ
)
り
度
(
た
)
うは
御座
(
ござ
)
いませぬか』
081
紫姫
(
むらさきひめ
)
『それは
人間
(
にんげん
)
ですもの、
082
故郷
(
こきやう
)
に
帰
(
かへ
)
り
度
(
た
)
いは
山々
(
やまやま
)
ですが、
083
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
を
完全
(
くわんぜん
)
に
果
(
はた
)
さなくてはなりませぬ、
084
それ
迄
(
まで
)
は
妾
(
わたし
)
は
故郷
(
こきやう
)
の
事
(
こと
)
はすつかり
念頭
(
ねんとう
)
から
分離
(
ぶんり
)
して
居
(
ゐ
)
ます、
085
何卒
(
どうぞ
)
今後
(
こんご
)
は
故郷
(
こきやう
)
の
事
(
こと
)
は
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいますな……、
086
サア
若彦
(
わかひこ
)
さま、
087
参
(
まゐ
)
りませう』
088
と
潔
(
いさぎよ
)
く
駆出
(
かけだ
)
す。
089
紫姫
(
むらさきひめ
)
の
一行
(
いつかう
)
は
090
厳
(
いづ
)
の
霊
(
みたま
)
や
瑞霊
(
みづみたま
)
091
神
(
かみ
)
の
恵
(
めぐみ
)
を
河守駅
(
かうもりえき
)
や
092
やすやす
渉
(
わた
)
る
船岡
(
ふなをか
)
の
093
深山
(
みやま
)
[
※
京都府福知山市大江町の豊受大神社が鎮座している船岡山のこと
]
を
左手
(
ゆんで
)
に
眺
(
なが
)
めつつ
094
人
(
ひと
)
の
心
(
こころ
)
のあか
鳥居
(
とりゐ
)
095
鬼武彦
(
おにたけひこ
)
が
眷属
(
けんぞく
)
の
096
旭
(
あさひ
)
明神
(
みやうじん
)
祀
(
まつ
)
りたる
097
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
に
立
(
た
)
ちどまり
098
行
(
ゆ
)
く
手
(
て
)
の
幸
(
さち
)
を
祈
(
いの
)
りつつ
099
又
(
また
)
もや
北
(
きた
)
へ
行
(
ゆ
)
かむとす
100
頃
(
ころ
)
しもあれや
山林
(
さんりん
)
に
101
悲
(
かな
)
しき
女
(
をんな
)
の
叫
(
さけ
)
び
声
(
ごゑ
)
102
鳥
(
とり
)
の
啼
(
な
)
く
音
(
ね
)
か
猿
(
ましら
)
の
声
(
こゑ
)
か
103
合点
(
がてん
)
ゆかぬと
立
(
た
)
ちとまり
104
頭
(
かうべ
)
を
傾
(
かたむ
)
け
聞
(
き
)
き
居
(
を
)
れば
105
助
(
たす
)
けて
呉
(
く
)
れいと
手弱女
(
たをやめ
)
の
106
正
(
まさ
)
しく
叫
(
さけ
)
びの
声
(
こゑ
)
なりき。
107
若彦
(
わかひこ
)
は
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
に
引
(
ひ
)
きつけらるる
如
(
ごと
)
き
面持
(
おももち
)
にて
前後
(
ぜんご
)
を
忘
(
わす
)
れ
耳
(
みみ
)
をすまし
居
(
ゐ
)
る。
108
馬公
(
うまこう
)
『モシモシ
若彦
(
わかひこ
)
さま、
109
何
(
なに
)
を
茫然
(
ぼんやり
)
として
居
(
ゐ
)
なさる、
110
あの
声
(
こゑ
)
は
如何
(
どう
)
ですか、
111
悲
(
かな
)
し
相
(
さう
)
な
乙女
(
をとめ
)
の
救援
(
きうゑん
)
を
求
(
もと
)
むる
声
(
こゑ
)
ぢやありませぬか』
112
若彦
(
わかひこ
)
『
何
(
なん
)
とも
合点
(
がつてん
)
のゆかぬ
声
(
こゑ
)
だ』
113
叫
(
さけ
)
び
声
(
ごゑ
)
は
益々
(
ますます
)
烈
(
はげ
)
しく
聞
(
きこ
)
え
来
(
きた
)
る。
114
紫姫
(
むらさきひめ
)
『
皆
(
みな
)
さま、
115
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
ですが
妾
(
わたし
)
は
此
(
この
)
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
で
御
(
ご
)
祈念
(
きねん
)
を
致
(
いた
)
して
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
ますから、
116
道
(
みち
)
は
暗
(
くら
)
う
御座
(
ござ
)
いますが
気
(
き
)
を
注
(
つ
)
け
乍
(
なが
)
ら、
117
あの
声
(
こゑ
)
を
尋
(
たづ
)
ねて
実否
(
じつぴ
)
を
調
(
しら
)
べて
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さいませぬか』
118
若彦
(
わかひこ
)
『ハイ、
119
畏
(
かしこ
)
まりました、
120
貴女
(
あなた
)
お
一人
(
ひとり
)
此処
(
ここ
)
にお
待
(
ま
)
たせしても
済
(
す
)
みませぬから、
121
鹿公
(
しかこう
)
を
添
(
そ
)
へて
置
(
お
)
きませう』
122
紫姫
(
むらさきひめ
)
『いえいえ、
123
決
(
けつ
)
して
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
下
(
くだ
)
さいますな、
124
妾
(
わたし
)
は
之
(
これ
)
より
宣伝使
(
せんでんし
)
となつて
如何
(
いか
)
なる
魔神
(
まがみ
)
の
中
(
なか
)
にも
単騎
(
たんき
)
進撃
(
しんげき
)
をやらねばならない
者
(
もの
)
で
御座
(
ござ
)
います、
125
何卒
(
どうぞ
)
お
構
(
かま
)
ひなく
一刻
(
いつこく
)
も
早
(
はや
)
くあの
声
(
こゑ
)
の
方
(
はう
)
に
向
(
むか
)
つてお
進
(
すす
)
み
下
(
くだ
)
さいませ』
126
若彦
(
わかひこ
)
『
委細
(
ゐさい
)
承知
(
しようち
)
致
(
いた
)
しました、
127
戦況
(
せんきやう
)
は
時々
(
じじ
)
刻々
(
こくこく
)
に
報告
(
はうこく
)
致
(
いた
)
させます、
128
サアサア
馬公
(
うまこう
)
、
129
鹿公
(
しかこう
)
、
130
サア
出陣
(
しゆつぢん
)
だ』
131
馬公
(
うまこう
)
『ここに
馬
(
うま
)
が
居
(
を
)
ります、
132
千
(
せん
)
里
(
り
)
の
名馬
(
めいば
)
、
133
御
(
お
)
跨
(
またが
)
り
下
(
くだ
)
さいませ、
134
敵
(
てき
)
に
向
(
むか
)
つて
天晴
(
あつぱ
)
れ
名将
(
めいしやう
)
の
武者
(
むしや
)
振
(
ぶ
)
りを
発揮
(
はつき
)
するも
一寸
(
ちよつと
)
妙
(
めう
)
ですぜ』
135
鹿公
(
しかこう
)
『
馬
(
うま
)
でお
気
(
き
)
に
入
(
い
)
らねば
鹿
(
しか
)
も
居
(
を
)
ります、
136
児屋根
(
こやね
)
の
命
(
みこと
)
さまは
鹿
(
しか
)
にお
乗
(
の
)
り
遊
(
あそ
)
ばしたぢやありませぬか、
137
成
(
な
)
る
可
(
べ
)
くは
私
(
わたくし
)
に
恩命
(
おんめい
)
を
下
(
くだ
)
し
給
(
たま
)
はらば
結構
(
けつこう
)
ですが……』
138
若彦
(
わかひこ
)
『
馬公
(
うまこう
)
、
139
鹿公
(
しかこう
)
、
140
馬鹿口
(
ばかぐち
)
たたく
猶予
(
いうよ
)
があるか、
141
サア
早
(
はや
)
く
行
(
ゆ
)
きませう』
142
馬
(
うま
)
、
143
鹿
(
しか
)
『エー、
144
馬鹿
(
ばか
)
々々
(
ばか
)
しい、
145
突貫
(
とつくわん
)
々々
(
とつくわん
)
、
146
お
一二
(
いちに
)
お
一二
(
いちに
)
』
147
と
暗
(
くら
)
がりの
道
(
みち
)
を
声
(
こゑ
)
をあげて
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
148
以前
(
いぜん
)
の
声
(
こゑ
)
はピタリと
止
(
と
)
まりぬ。
149
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
暗夜
(
あんや
)
に
方向
(
はうかう
)
を
失
(
うしな
)
ひ
当惑
(
たうわく
)
に
暮
(
く
)
るる
折
(
をり
)
しも
暗中
(
あんちう
)
に
人
(
ひと
)
の
声
(
こゑ
)
、
150
甲
(
かふ
)
(滝公)
『サア、
151
もう
之
(
これ
)
で
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だ、
152
ああして
松
(
まつ
)
の
下
(
した
)
に
猿轡
(
さるぐつわ
)
を
箝
(
は
)
めて
引括
(
ひつくく
)
つて
置
(
お
)
けば
逃
(
に
)
げる
気遣
(
きづか
)
ひはない
哩
(
わい
)
、
153
マアゆつくりと
暗
(
くら
)
がりを
幸
(
さいは
)
ひ
休息
(
きうそく
)
でも
遊
(
あそ
)
ばさうぢやないか』
154
乙
(
おつ
)
(板公)
『
休息
(
きうそく
)
しようと
云
(
い
)
つたつて
俄
(
にはか
)
に
暗
(
くら
)
くなつて
寸魔
(
すんま
)
尺哭
(
しやくこく
)
ぢや、
155
まるで
釜
(
かま
)
を
被
(
かぶ
)
つた
様
(
やう
)
ぢやないか』
156
甲
(
かふ
)
(滝公)
『
釜
(
かま
)
を
被
(
かぶ
)
れば
空
(
そら
)
の
星
(
ほし
)
は
見
(
み
)
えない
筈
(
はず
)
だ、
157
あれ
見
(
み
)
よ、
158
雲
(
くも
)
の
綻
(
ほころ
)
びからチラホラと
星
(
ほし
)
の
光
(
ひかり
)
が
幽
(
かすか
)
に
瞬
(
またた
)
いて
居
(
ゐ
)
るぢやないか』
159
乙
(
おつ
)
(板公)
『
何
(
なに
)
、
160
何処
(
どこ
)
もかも
天地
(
てんち
)
暗澹
(
あんたん
)
、
161
星
(
ほし
)
一
(
ひと
)
つだに
見
(
み
)
えぬ
悲
(
かな
)
しさだ』
162
甲
(
かふ
)
(滝公)
『
之
(
これ
)
程
(
ほど
)
立派
(
りつぱ
)
に
星
(
ほし
)
が
見
(
み
)
えて
居
(
ゐ
)
るのに
貴様
(
きさま
)
は
又
(
また
)
何処
(
どこ
)
を
向
(
む
)
いて
居
(
を
)
るのだ、
163
アハヽヽヽ、
164
やられ
居
(
を
)
つたな、
165
八畳敷
(
はちでふじき
)
に』
166
乙
(
おつ
)
(板公)
『
八畳敷
(
はちでふじき
)
て
何
(
なん
)
だい』
167
甲
(
かふ
)
(滝公)
『
大方
(
おほかた
)
狸
(
たぬき
)
に
睾丸
(
きんたま
)
でも
被
(
かぶ
)
されよつたのだらう』
168
乙
(
おつ
)
(板公)
『
何
(
なに
)
、
169
ソンナ
気遣
(
きづか
)
ひがあるものか、
170
ヤア
方角
(
はうがく
)
を
間違
(
まちが
)
つて
居
(
を
)
つた。
171
下
(
した
)
ばつかり
見
(
み
)
て
居
(
を
)
つたものだから、
172
星
(
ほし
)
が
見
(
み
)
えなかつたのだ、
173
ホンに
彼方
(
あちら
)
此方
(
こちら
)
に
星
(
ほし
)
の
金米糖
(
こんぺいたう
)
が
光
(
ひか
)
つて
居
(
を
)
る
哩
(
わい
)
』
174
甲
(
かふ
)
(滝公)
『それこそ
方角
(
はうがく
)
が
天
(
てん
)
と
地
(
ち
)
がつて
居
(
を
)
つたのだ』
175
乙
(
おつ
)
(板公)
『
何
(
なに
)
、
176
地
(
ち
)
と
違
(
ちが
)
つた
丈
(
だけ
)
だよ、
177
アハヽヽヽ。
178
然
(
しか
)
し
貴様
(
きさま
)
と
俺
(
おれ
)
と
二人
(
ふたり
)
では
彼
(
あ
)
の
女
(
をんな
)
を
此
(
この
)
暗
(
くら
)
がりに
舁
(
かつ
)
いで
行
(
ゆ
)
く
訳
(
わけ
)
にもゆかず、
179
道
(
みち
)
で
又
(
また
)
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
にでも
出会
(
であ
)
つたら
大変
(
たいへん
)
だからなア』
180
甲
(
かふ
)
(滝公)
『ちつたア
出世
(
しゆつせ
)
しようと
思
(
おも
)
へば
之
(
これ
)
位
(
くらゐ
)
な
苦労
(
くらう
)
はせなくちや
成
(
な
)
らないよ。
181
何時
(
いつ
)
も
黒姫
(
くろひめ
)
さまが
苦労
(
くらう
)
は
出世
(
しゆつせ
)
の
基
(
もと
)
ぢやと
仰
(
おつ
)
しやるぢやないか、
182
ソンナ
弱
(
よわ
)
い
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
はずに、
183
サア
之
(
これ
)
から
棒片
(
ぼうちぎれ
)
にでも
括
(
くく
)
りつけて、
184
貴様
(
きさま
)
と
俺
(
おれ
)
とが
舁
(
かつ
)
いで
魔窟
(
まくつ
)
ケ
原
(
はら
)
の
岩窟
(
いはや
)
へ
帰
(
かへ
)
るとしよう。
185
さうすれば
富彦
(
とみひこ
)
だつて
虎若
(
とらわか
)
だつて、
186
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
に
対
(
たい
)
し
今迄
(
いままで
)
の
様
(
やう
)
に
無暗
(
むやみ
)
に
威張
(
ゐば
)
らなくなるよ。
187
吾々
(
われわれ
)
は
殊勲者
(
しゆくんしや
)
として
黒姫
(
くろひめ
)
さまの
信任
(
しんにん
)
益々
(
ますます
)
厚
(
あつ
)
く、
188
鼻高々
(
はなたかだか
)
と
高山彦
(
たかやまひこ
)
の
御
(
おん
)
大将
(
たいしやう
)
以上
(
いじやう
)
に
待遇
(
たいぐう
)
されるかも
知
(
し
)
れないよ、
189
アハヽヽヽ』
190
鹿
(
しか
)
は
俄
(
にはか
)
に
女
(
をんな
)
の
作
(
つく
)
り
声
(
ごゑ
)
を
出
(
だ
)
して、
191
鹿公
(
しかこう
)
『コレコレ、
192
滝公
(
たきこう
)
、
193
板公
(
いたこう
)
、
194
俺
(
わし
)
は
黒姫
(
くろひめ
)
ぢや、
195
その
女
(
をんな
)
を
大切
(
たいせつ
)
に
踏縛
(
ふんじば
)
つて
早
(
はや
)
く
舁
(
かつ
)
いで、
196
此
(
この
)
黒姫
(
くろひめ
)
の
後
(
あと
)
に
跟
(
つ
)
いて
御座
(
ござ
)
れ、
197
愚図
(
ぐづ
)
々々
(
ぐづ
)
して
居
(
を
)
ると
三五教
(
あななひけう
)
に
寝返
(
ねがへ
)
りを
打
(
う
)
つた
青彦
(
あをひこ
)
が
馬公
(
うまこう
)
や
鹿公
(
しかこう
)
の
古今
(
ここん
)
無双
(
むさう
)
の
英雄
(
えいゆう
)
豪傑
(
がうけつ
)
を
引率
(
ひきつ
)
れ、
198
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
の
首
(
くび
)
を
捻切
(
ねぢき
)
るかも
知
(
し
)
れぬ。
199
サアサ
早
(
はや
)
く
用意
(
ようい
)
をなされ、
200
コンナ
処
(
ところ
)
で
愚図
(
ぐづ
)
々々
(
ぐづ
)
して
居
(
ゐ
)
ると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
があるものかいのう』
201
甲
(
かふ
)
(滝公)
『ヤ、
202
呼
(
よ
)
ぶより
誹
(
そし
)
れとは
此処
(
ここ
)
の
事
(
こと
)
か、
203
今
(
いま
)
の
今
(
いま
)
とて、
204
…へ…
一寸
(
ちよつと
)
……
貴女
(
あなた
)
様
(
さま
)
のお
噂
(
うはさ
)
を
致
(
いた
)
して
居
(
を
)
りました。
205
イヤもう
骨
(
ほね
)
の
折
(
お
)
れた
事
(
こと
)
で
御座
(
ござ
)
いました。
206
お
節
(
せつ
)
の
阿魔女
(
あまつちよ
)
随分
(
ずゐぶん
)
手
(
て
)
が
利
(
き
)
いて
居
(
ゐ
)
ましたよ』
207
鹿公
(
しかこう
)
『ア、
208
さうぢやらう さうぢやらう、
209
彼奴
(
あいつ
)
は
仲々
(
なかなか
)
手
(
て
)
の
利
(
き
)
いた
奴
(
やつ
)
ぢや、
210
強情
(
がうじやう
)
な
女
(
をんな
)
ぢや、
211
サアサア
早
(
はや
)
く
月
(
つき
)
の
出
(
で
)
ぬ
間
(
うち
)
に
用意
(
ようい
)
をなされ』
212
甲
(
かふ
)
、
213
乙
(
おつ
)
(滝公、板公)
『ハイ、
214
畏
(
かしこ
)
まりました、
215
暫時
(
しばらく
)
お
待
(
ま
)
ち
下
(
くだ
)
さいませ』
216
鹿公
(
しかこう
)
『そのお
節
(
せつ
)
は
何処
(
どこ
)
に
置
(
お
)
いてあるのだい』
217
乙
(
おつ
)
(板公)
『ハイハイ、
218
此処
(
ここ
)
から
十間
(
じつけん
)
許
(
ばか
)
り
先方
(
むかう
)
の
松
(
まつ
)
の
木
(
き
)
の
麓
(
ふもと
)
に
猿轡
(
さるぐつわ
)
を
箝
(
は
)
ませ、
219
手足
(
てあし
)
を
縛
(
しば
)
つて
根元
(
ねもと
)
に
確
(
しつか
)
り
括
(
くく
)
つて
置
(
お
)
きました』
220
鹿公
(
しかこう
)
『それはお
骨折
(
ほねをり
)
ぢやつた、
221
然
(
しか
)
し
息
(
いき
)
の
絶
(
た
)
える
様
(
やう
)
な
事
(
こと
)
はして
無
(
な
)
からうな』
222
乙
(
おつ
)
(板公)
『
何
(
なに
)
、
223
貴女
(
あなた
)
、
224
何
(
ど
)
うせ
連
(
つ
)
れて
帰
(
かへ
)
つて
殺
(
ころ
)
すか、
225
此処
(
ここ
)
で
殺
(
ころ
)
すか、
226
手間
(
てま
)
は
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
ですもの、
227
あの
通
(
とほ
)
り
猿轡
(
さるぐつわ
)
を
箝
(
は
)
めた
以上
(
いじやう
)
は、
228
もう
今頃
(
いまごろ
)
はコロリといつて
居
(
を
)
るかも
知
(
し
)
れませぬ』
229
甲
(
かふ
)
(滝公)
『イエイエ、
230
滅多
(
めつた
)
に
死
(
し
)
ンでは
居
(
を
)
りますまい、
231
此
(
この
)
滝公
(
たきこう
)
が
息
(
いき
)
の
絶
(
き
)
れない
様
(
やう
)
に、
232
声
(
こゑ
)
を
出
(
だ
)
さない
様
(
やう
)
に、
233
そこは
注意
(
ちうい
)
周到
(
しうたう
)
な
者
(
もの
)
です、
234
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
ですよ』
235
鹿公
(
しかこう
)
『
俺
(
わし
)
も
一寸
(
ちよつと
)
調
(
しら
)
べがてらにお
前
(
まへ
)
の
後
(
あと
)
に
跟
(
つ
)
いて
行
(
ゆ
)
かうかな』
236
甲
(
かふ
)
(滝公)
『サアサ
黒姫
(
くろひめ
)
様
(
さま
)
、
237
御
(
ご
)
実検
(
じつけん
)
下
(
くだ
)
さいませ、
238
貴女
(
あなた
)
に
実地
(
じつち
)
を
見
(
み
)
て
貰
(
もら
)
へばお
馬
(
うま
)
の
前
(
さき
)
の
功名
(
こうみやう
)
も
同然
(
どうぜん
)
、
239
いやもう
無上
(
むじやう
)
の
光栄
(
くわうえい
)
で
御座
(
ござ
)
います』
240
鹿公
(
しかこう
)
『それはお
手柄
(
てがら
)
お
手柄
(
てがら
)
、
241
サア
早
(
はや
)
く
見
(
み
)
せて
下
(
くだ
)
さい』
242
板公
(
いたこう
)
『
随分
(
ずゐぶん
)
険難
(
けんのん
)
な
暗
(
くら
)
がり
道
(
みち
)
で
御座
(
ござ
)
いますから、
243
私
(
わたくし
)
がお
手
(
て
)
を
把
(
と
)
つて
上
(
あ
)
げませう』
244
鹿公
(
しかこう
)
『イヤイヤ、
245
滅相
(
めつさう
)
な、
246
年
(
とし
)
は
寄
(
よ
)
つても
未
(
ま
)
だお
前
(
まへ
)
の
様
(
やう
)
な
若
(
わか
)
いお
方
(
かた
)
に
助
(
たす
)
けられる
程
(
ほど
)
、
247
耄碌
(
まうろく
)
はして
居
(
を
)
りませぬ
哩
(
わい
)
、
248
手
(
て
)
を
握
(
にぎ
)
られると
発覚
(
はつかく
)
の……どつこい……
八角
(
はつかく
)
の
糞
(
くそ
)
をこめて
気張
(
きば
)
つても……お
節
(
せつ
)
の
手
(
て
)
を
握
(
にぎ
)
つて
妙
(
めう
)
な
事
(
こと
)
をするでないぞ』
249
板公
(
いたこう
)
『
阿呆
(
あはう
)
らしい、
250
何
(
なに
)
を
仰
(
おつ
)
しやいます、
251
ソンナラ
私
(
わたくし
)
の
後
(
あと
)
から
足音
(
あしおと
)
をたよつて
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さいませ、
252
アヽ
暗
(
くら
)
い
暗
(
くら
)
い』
253
と
探
(
さぐ
)
り
足
(
あし
)
に
歩
(
ある
)
き
出
(
だ
)
す。
254
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
息
(
いき
)
を
凝
(
こ
)
らし
闇
(
やみ
)
を
幸
(
さいは
)
ひ
跟
(
つ
)
いて
行
(
ゆ
)
く。
255
滝公
(
たきこう
)
『オイ、
256
板公
(
いたこう
)
、
257
何
(
ど
)
の
辺
(
へん
)
だつたいな、
258
あまり
暗
(
くら
)
くつて
鼻
(
はな
)
抓
(
つま
)
まれても
分
(
わか
)
らぬ
様
(
やう
)
だ、
259
テント
方向
(
はうかう
)
がとれぬぢやないか』
260
板公
(
いたこう
)
『ヤ、
261
此処
(
ここ
)
だ
此処
(
ここ
)
だ、
262
オイお
節
(
せつ
)
、
263
これから
魔窟
(
まくつ
)
ケ
原
(
はら
)
の
結構
(
けつこう
)
な
処
(
ところ
)
へ
送
(
おく
)
つてやるのだ、
264
満足
(
まんぞく
)
だらう。
265
オイお
節
(
せつ
)
、
266
返事
(
へんじ
)
をせぬか』
267
滝公
(
たきこう
)
『
馬鹿
(
ばか
)
云
(
い
)
うない、
268
声
(
こゑ
)
をたてぬ
様
(
やう
)
に
猿轡
(
さるぐつわ
)
を
箝
(
は
)
めて
置
(
お
)
いた
者
(
もの
)
が
返事
(
へんじ
)
をするものかい、
269
狼狽
(
うろた
)
へた
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふな』
270
板公
(
いたこう
)
『オヽ、
271
さうだつたな、
272
サアサアお
節
(
せつ
)
、
273
解
(
ほど
)
いてやらう、
274
ヤア
偉
(
えら
)
い
猿轡
(
さるぐつわ
)
だ、
275
息
(
いき
)
を
絶
(
き
)
らしては
面白
(
おもしろ
)
くない、
276
ちつと
緩
(
ゆる
)
めてやらう、
277
ヤア
暖
(
ぬく
)
いぞ
暖
(
ぬく
)
いぞ、
278
確
(
たしか
)
に
此
(
この
)
耆婆
(
きば
)
扁鵲
(
へんじやく
)
の
診察
(
しんさつ
)
に
依
(
よ
)
れば
極
(
きは
)
めて
安心
(
あんしん
)
だ。
279
恢復
(
くわいふく
)
の
見込
(
みこみ
)
たしかだ。
280
予後
(
よご
)
良
(
りやう
)
だ』
281
馬
(
うま
)
、
282
妙
(
めう
)
な
声
(
こゑ
)
を
出
(
だ
)
して、
283
馬公
『ヒユー、
284
ドロドロドロ、
285
怨
(
うら
)
めしやア、
286
仮令
(
たとへ
)
生命
(
いのち
)
はとらるるとも、
287
魂魄
(
こんぱく
)
此
(
この
)
土
(
ど
)
に
留
(
とど
)
まりて、
288
滝公
(
たきこう
)
、
289
板公
(
いたこう
)
の
素首
(
そつくび
)
引
(
ひ
)
き
抜
(
ぬ
)
かいでやむべきか……』
290
滝
(
たき
)
、
291
板
(
いた
)
は、
292
滝公、板公
『ヤア、
293
出
(
で
)
やがつた、
294
こいつア
堪
(
たま
)
らぬ』
295
と
無茶
(
むちや
)
苦茶
(
くちや
)
に
駆
(
か
)
け
出
(
だ
)
す。
296
過
(
あやま
)
つて
傍
(
かたへ
)
の
谷川
(
たにがは
)
へザンブと
二人
(
ふたり
)
は
陥
(
お
)
ち
込
(
こ
)
みたり。
297
馬公
(
うまこう
)
は
手早
(
てばや
)
く
綱
(
つな
)
を
解
(
ほど
)
き
猿轡
(
さるぐつわ
)
を
外
(
はづ
)
し、
298
馬公
『ヤアお
節
(
せつ
)
さま、
299
しつかり
成
(
な
)
さいませ、
300
もう
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
です』
301
お
節
(
せつ
)
は
初
(
はじ
)
めて
気
(
き
)
が
付
(
つ
)
いたと
見
(
み
)
え、
302
お節
『
何
(
なに
)
、
303
汝
(
なんぢ
)
悪神
(
あくがみ
)
の
家来
(
けらい
)
共
(
ども
)
、
304
もう
斯
(
か
)
うなる
上
(
うへ
)
はお
節
(
せつ
)
が
死物狂
(
しにものぐるひ
)
、
305
目
(
め
)
に
物
(
もの
)
見
(
み
)
せて
呉
(
く
)
れむ』
306
馬公
(
うまこう
)
『ヤア、
307
それは
違
(
ちが
)
ひます、
308
私
(
わたくし
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
馬
(
うま
)
と
申
(
まを
)
すもの、
309
貴女
(
あなた
)
のお
声
(
こゑ
)
を
尋
(
たづ
)
ねてお
助
(
たす
)
けに
来
(
き
)
たのです、
310
御
(
ご
)
安心
(
あんしん
)
なさいませ。
311
今
(
いま
)
二人
(
ふたり
)
の
悪者
(
わるもの
)
共
(
ども
)
は
驚
(
おどろ
)
いて
逃行
(
にげゆ
)
く
途端
(
とたん
)
に、
312
此
(
この
)
谷川
(
たにがは
)
へ
落
(
お
)
ち
込
(
こ
)
みました。
313
あまり
暗
(
くら
)
いので
如何
(
どう
)
なつたか
知
(
し
)
りませぬが、
314
吾々
(
われわれ
)
は
決
(
けつ
)
して
悪者
(
わるもの
)
では
御座
(
ござ
)
いませぬ。
315
サア
鹿公
(
しかこう
)
、
316
若彦
(
わかひこ
)
さま、
317
此
(
この
)
お
節
(
せつ
)
さまの
手
(
て
)
を
引
(
ひ
)
いて
広
(
ひろ
)
い
道
(
みち
)
まで
連
(
つ
)
れて
行
(
い
)
つてあげませうか』
318
お
節
(
せつ
)
は
初
(
はじ
)
めて
安心
(
あんしん
)
の
態
(
てい
)
、
319
お節
『これはこれは
危
(
あやふ
)
い
処
(
ところ
)
をようこそお
助
(
たす
)
け
下
(
くだ
)
さいました。
320
アヽ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います』
321
と
天
(
てん
)
に
向
(
むか
)
つて
合掌
(
がつしやう
)
し
感謝
(
かんしや
)
する
折
(
をり
)
しも、
322
山
(
やま
)
を
覗
(
のぞ
)
いて
出
(
で
)
る
半
(
はん
)
円
(
ゑん
)
の
月
(
つき
)
、
323
忽
(
たちま
)
ち
道
(
みち
)
は
判然
(
はつきり
)
と
見
(
み
)
え
出
(
だ
)
しにける。
324
馬公
(
うまこう
)
『アヽ
有難
(
ありがた
)
いものだ、
325
これで
安心
(
あんしん
)
だ、
326
サア
早
(
はや
)
く、
327
紫姫
(
むらさきひめ
)
さまがお
待
(
ま
)
ちかね、
328
参
(
まゐ
)
りませう』
329
とお
節
(
せつ
)
の
手
(
て
)
を
把
(
と
)
り、
330
四
(
よ
)
人
(
にん
)
は
紫姫
(
むらさきひめ
)
の
暗祈
(
あんき
)
黙祷
(
もくたう
)
を
凝
(
こ
)
らす
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
にやつと
帰
(
かへ
)
り
来
(
き
)
たりぬ。
331
鹿公
(
しかこう
)
『
紫姫
(
むらさきひめ
)
様
(
さま
)
、
332
鹿
(
しか
)
の
野郎
(
やらう
)
が
功名
(
こうみやう
)
手柄
(
てがら
)
、
333
お
褒
(
ほ
)
め
下
(
くだ
)
さいませよ。
334
目的物
(
もくてきぶつ
)
は
首尾
(
しゆび
)
よく
手
(
て
)
に
入
(
い
)
りました』
335
紫姫
(
むらさきひめ
)
『ア、
336
それはそれは、
337
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
様
(
さま
)
、
338
何処
(
どこ
)
のお
方
(
かた
)
だつたか
知
(
し
)
らぬが
危
(
あやふ
)
い
処
(
ところ
)
で
御座
(
ござ
)
いましたな』
339
お
節
(
せつ
)
『ハイ、
340
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います、
341
力
(
ちから
)
と
頼
(
たの
)
むお
爺
(
ぢい
)
さまには
死
(
し
)
に
別
(
わか
)
れ、
342
お
婆
(
ば
)
アさまにも
亦
(
また
)
死別
(
しにわか
)
れ、
343
今
(
いま
)
は
頼
(
たよ
)
りなき
女
(
をんな
)
の
一人暮
(
ひとりぐら
)
し、
344
許婚
(
いひなづけ
)
の
妾
(
わたし
)
が
夫
(
をつと
)
の
後
(
あと
)
を
慕
(
した
)
ひ、
345
聖地
(
せいち
)
に
向
(
むか
)
つて
進
(
すす
)
み
来
(
く
)
る
折
(
をり
)
しも、
346
道
(
みち
)
に
踏
(
ふ
)
み
迷
(
まよ
)
ひ
魔窟
(
まくつ
)
ケ
原
(
はら
)
を
通
(
とほ
)
りました。
347
所
(
ところ
)
が
後
(
うしろ
)
より「オーイオーイ」と
男
(
をとこ
)
の
声
(
こゑ
)
、
348
何
(
なに
)
は
兎
(
と
)
もあれ、
349
怪
(
あや
)
しき
奴
(
やつ
)
と
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
長
(
なが
)
い
道
(
みち
)
を
此処
(
ここ
)
まで
逃
(
に
)
げて
参
(
まゐ
)
りました、
350
折
(
をり
)
あしく
道中
(
だうちう
)
の
岩石
(
がんせき
)
に
躓
(
つまづ
)
きバタリと
転
(
こ
)
けて
倒
(
たふ
)
れた
所
(
ところ
)
を、
351
追
(
お
)
ひかけて
来
(
き
)
た
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
、
352
折
(
を
)
り
重
(
かさ
)
なつて
妾
(
わたし
)
を
高手
(
たかて
)
小手
(
こて
)
に
縛
(
しば
)
り、
353
松
(
まつ
)
の
木
(
き
)
の
麓
(
ふもと
)
に
連
(
つ
)
れて
行
(
い
)
つて、
354
打
(
う
)
つ
蹴
(
け
)
る
殴
(
なぐ
)
るの
乱暴
(
らんばう
)
狼藉
(
ろうぜき
)
、
355
妾
(
わたし
)
は
力
(
ちから
)
の
限
(
かぎ
)
り
何
(
いづ
)
れの
方
(
かた
)
かお
通
(
とほ
)
りあらばお
助
(
たす
)
け
下
(
くだ
)
さるであらうと、
356
女々
(
めめ
)
しくも
声
(
こゑ
)
をたてました。
357
さうすると
二人
(
ふたり
)
の
悪者
(
わるもの
)
は
妾
(
わたし
)
の
口
(
くち
)
に
箝
(
は
)
ます
猿轡
(
さるぐつわ
)
、
358
最早
(
もはや
)
叶
(
かな
)
はぬと
観念
(
かんねん
)
の
目
(
め
)
を
睜
(
みは
)
り、
359
気
(
き
)
も
鈍
(
うと
)
くなりまする
際
(
さい
)
、
360
思
(
おも
)
はぬお
助
(
たす
)
けに
預
(
あづ
)
かりました。
361
此
(
この
)
御恩
(
ごおん
)
は
死
(
し
)
すとも
忘
(
わす
)
れませぬ、
362
皆様
(
みなさま
)
能
(
よ
)
くお
助
(
たす
)
け
下
(
くだ
)
さいました』
363
と
嬉
(
うれ
)
し
涙
(
なみだ
)
に
泣
(
な
)
き
伏
(
ふ
)
しける。
364
鹿公
(
しかこう
)
『モシ
若彦
(
わかひこ
)
さま、
365
察
(
さつ
)
する
処
(
ところ
)
貴方
(
あなた
)
の
れこ
ぢやありませぬか』
366
若彦
『ハイ……』
367
と
云
(
い
)
つたきり
若彦
(
わかひこ
)
は
俯向
(
うつむ
)
き
居
(
ゐ
)
る。
368
鹿公
(
しかこう
)
『アハヽヽヽ、
369
これはこれは、
370
お
恥
(
はづか
)
しう
御座
(
ござ
)
るか、
371
久
(
ひさ
)
し
振
(
ぶ
)
りの
恋女房
(
こひにようばう
)
の
対面
(
たいめん
)
、
372
柔和
(
やさ
)
しい
言葉
(
ことば
)
の
一
(
ひと
)
つも
掛
(
か
)
けておあげなさつては
如何
(
どう
)
ですか、
373
吾々
(
われわれ
)
が
居
(
を
)
ると
思
(
おも
)
つて
云
(
い
)
ひ
度
(
た
)
い
事
(
こと
)
も
能
(
よ
)
う
云
(
い
)
はず、
374
泣
(
な
)
き
度
(
た
)
うても
能
(
よ
)
う
泣
(
な
)
かず、
375
吾
(
われ
)
と
吾
(
わが
)
心
(
こころ
)
を
詐
(
いつは
)
つて
居
(
ゐ
)
らつしやるのでせう。
376
吾々
(
われわれ
)
であつたなればソンナ
虚偽
(
きよぎ
)
な
事
(
こと
)
は
致
(
いた
)
しませぬワ、
377
「ア、
378
お
前
(
まへ
)
は
女房
(
にようばう
)
か、
379
能
(
よ
)
うマア
無事
(
ぶじ
)
に
居
(
ゐ
)
て
呉
(
く
)
れた、
380
これと
云
(
い
)
ふも
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のお
蔭
(
かげ
)
、
381
会
(
あ
)
ひたかつた
会
(
あ
)
ひたかつた」としつかと
抱
(
だ
)
きしめ
嬉
(
うれ
)
し
涙
(
なみだ
)
に
暮
(
く
)
れにけり……と
云
(
い
)
ふ
場面
(
ばめん
)
だ。
382
吾々
(
われわれ
)
は
暫
(
しばら
)
く
退却
(
たいきやく
)
を
致
(
いた
)
さう、
383
ナア
若彦
(
わかひこ
)
さま、
384
お
節
(
せつ
)
さまとゆつくり
程
(
ほど
)
経
(
へ
)
し
思
(
おも
)
ひ
出
(
で
)
の
物語
(
ものがたり
)
、
385
しつぽりとなされませや、
386
ずつしりとお
泣
(
な
)
き
遊
(
あそ
)
ばせ、
387
紫姫
(
むらさきひめ
)
さま、
388
馬公
(
うまこう
)
、
389
暫
(
しばら
)
く
気
(
き
)
を
利
(
き
)
かせませう』
390
若彦
(
わかひこ
)
『イヤ
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います、
391
皆様
(
みなさま
)
のお
蔭
(
かげ
)
、
392
斯様
(
かやう
)
な
処
(
ところ
)
でお
節
(
せつ
)
殿
(
どの
)
に
会
(
あ
)
ふのも
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のお
摂理
(
せつり
)
で
御座
(
ござ
)
いませう。
393
モシモシお
節
(
せつ
)
どの、
394
私
(
わたくし
)
を
覚
(
おぼ
)
えて
居
(
ゐ
)
ますか、
395
青彦
(
あをひこ
)
ですよ』
396
お
節
(
せつ
)
『ア、
397
貴方
(
あなた
)
が
青彦
(
あをひこ
)
さま、
398
お
懐
(
なつか
)
しう
御座
(
ござ
)
います。
399
能
(
よ
)
うマア
無事
(
ぶじ
)
で
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
さいました』
400
と
嬉
(
うれ
)
しさに
前後
(
ぜんご
)
を
忘
(
わす
)
れ、
401
青彦
(
あをひこ
)
の
手
(
て
)
に
獅噛
(
しが
)
み
付
(
つ
)
く
様
(
やう
)
に
身体
(
からだ
)
をもだえ
泣
(
な
)
き
叫
(
さけ
)
ぶ。
402
鹿公
(
しかこう
)
『カチカチ、
403
観客
(
くわんきやく
)
の
皆
(
みな
)
さま、
404
これで
幕切
(
まくきり
)
と
致
(
いた
)
します。
405
今後
(
こんご
)
の
成行
(
なりゆき
)
は
又
(
また
)
明晩
(
みやうばん
)
続
(
つづ
)
き
物
(
もの
)
として
演
(
えん
)
じまする、
406
何卒
(
なにとぞ
)
不相変
(
あひかはらず
)
御
(
ご
)
贔屓
(
ひいき
)
を
以
(
もつ
)
て
賑々
(
にぎにぎ
)
しく
御
(
ご
)
入来
(
じゆらい
)
あらむ
事
(
こと
)
を
偏
(
ひとへ
)
に
希
(
こひねが
)
ひ
上
(
あ
)
げ
奉
(
たてまつ
)
ります、
407
アハヽヽヽ』
408
紫姫
(
むらさきひめ
)
『オホヽヽヽ、
409
鹿公
(
しかこう
)
、
410
時
(
とき
)
と
場合
(
ばあひ
)
に
依
(
よ
)
ります、
411
洒落
(
しやれ
)
もいい
加減
(
かげん
)
にしなさいや』
412
馬公
(
うまこう
)
『オイ
鹿
(
しか
)
、
413
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
ふのだ、
414
サアサア
皆
(
みな
)
さま、
415
月
(
つき
)
も
出
(
で
)
ました、
416
もう
一息
(
ひといき
)
だ、
417
天
(
あま
)
の
岩戸
(
いはと
)
まで
急
(
いそ
)
ぎませう』
418
(
大正一一・四・二五
旧三・二九
北村隆光
録)
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