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霊界物語
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第2巻(丑の巻)
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第6巻(巳の巻)
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第33巻(申の巻)
第34巻(酉の巻)
第35巻(戌の巻)
第36巻(亥の巻)
舎身活躍
第37巻(子の巻)
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第41巻(辰の巻)
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第52巻(卯の巻)
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第61巻(子の巻)
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第71巻(戌の巻)
第72巻(亥の巻)
特別編 入蒙記
天祥地瑞
第73巻(子の巻)
第74巻(丑の巻)
第75巻(寅の巻)
第76巻(卯の巻)
第77巻(辰の巻)
第78巻(巳の巻)
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第18巻(巳の巻)
序
凡例
総説
第1篇 弥仙の神山
01 春野の旅
〔629〕
02 厳の花
〔630〕
03 神命
〔631〕
第2篇 再探再険
04 四尾山
〔632〕
05 赤鳥居
〔633〕
06 真か偽か
〔634〕
第3篇 反間苦肉
07 神か魔か
〔635〕
08 蛙の口
〔636〕
09 朝の一驚
〔637〕
10 赤面黒面
〔638〕
第4篇 舎身活躍
11 相身互
〔639〕
12 大当違
〔640〕
13 救の神
〔641〕
第5篇 五月五日祝
14 蛸の揚壺
〔642〕
15 遠来の客
〔643〕
16 返り討
〔644〕
17 玉照姫
〔645〕
霊の礎(四)
余白歌
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第18巻
> 第3篇 反間苦肉 > 第8章 蛙の口
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第八章
蛙
(
かはづ
)
の
口
(
くち
)
〔六三六〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第18巻 如意宝珠 巳の巻
篇:
第3篇 反間苦肉
よみ(新仮名遣い):
はんかんくにく
章:
第8章 蛙の口
よみ(新仮名遣い):
かわずのくち
通し章番号:
636
口述日:
1922(大正11)年04月26日(旧03月30日)
口述場所:
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年2月10日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
綾彦とは、行方不明になっていた豊彦・豊姫の長男であった。豊彦は夢のお告げで、腹が膨れるお玉の祈願のために彦・お民夫婦を真名井の豊国姫命へ参拝させよ、と神命を受けた。さっそく二人を真名井に参詣させたところ、黒姫の部下たちに捕まってしまったのだった。
魔窟ケ原に帰ってきた浅公は、黒姫に報告をし、さも自分たちが神力でバラモン教徒から綾彦・お民を助け出したかのように語った。
黒姫は、綾彦に自分の身の回りで御用をするように申し付け、お民はウラナイ教の支所・高城山で、松姫の用を足すようにと命じた。
浅公以下は、黒姫から、綾彦夫婦を連れて来た手柄の褒美として、酒を飲むことを許可され、宴会を開いている。一同は酔いに乗じて、今日の策略を大声で話していた。
綾彦とお民は、廊下からふと酒酔いの笑い声を耳にして、聞き耳を立てると、浅公らの企みをすべて聞いてしまった。二人は顔を見合わせ、ひそひそと何事かを囁きながら一睡もせずに夜を明かした。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2021-03-16 17:34:12
OBC :
rm1808
愛善世界社版:
126頁
八幡書店版:
第3輯 684頁
修補版:
校定版:
130頁
普及版:
57頁
初版:
ページ備考:
001
黄金
(
こがね
)
の
峰
(
みね
)
と
聞
(
きこ
)
えたる
002
弥仙
(
みせん
)
の
山
(
やま
)
の
麓辺
(
ふもとべ
)
に
003
此
(
この
)
世
(
よ
)
を
忍
(
しの
)
ぶ
豊彦
(
とよひこ
)
が
004
娘
(
むすめ
)
お
玉
(
たま
)
の
訝
(
いぶ
)
かしや
005
去年
(
こぞ
)
の
秋
(
あき
)
よりブクブクと
006
息
(
いき
)
も
苦
(
くる
)
しく
日
(
ひ
)
に
月
(
つき
)
に
007
むかつき
出
(
だ
)
した
布袋腹
(
ほていばら
)
008
豊彦
(
とよひこ
)
夫婦
(
ふうふ
)
は
日
(
ひ
)
に
夜
(
よる
)
に
009
心
(
こころ
)
を
痛
(
いた
)
め
木
(
こ
)
の
花
(
はな
)
の
010
神
(
かみ
)
に
願
(
ねがひ
)
を
掛巻
(
かけま
)
くも
011
畏
(
かしこ
)
き
神
(
かみ
)
の
夢
(
ゆめ
)
の
告
(
つ
)
げ
012
真名井
(
まなゐ
)
ケ
原
(
はら
)
に
現
(
あ
)
れませる
013
豊国姫
(
とよくにひめ
)
の
大神
(
おほかみ
)
の
014
御許
(
みもと
)
に
綾彦
(
あやひこ
)
お
民
(
たみ
)
をば
015
一日
(
ひとひ
)
も
早
(
はや
)
く
参
(
まゐ
)
らせよ
016
天地
(
あめつち
)
かぬる
大神
(
おほかみ
)
の
017
貴
(
うづ
)
の
御霊
(
みたま
)
の
御心
(
みこころ
)
と
018
諭
(
さと
)
し
給
(
たま
)
ふと
見
(
み
)
るうちに
019
忽
(
たちま
)
ち
夢
(
ゆめ
)
は
破
(
やぶ
)
られて
020
雨戸
(
あまど
)
を
叩
(
たた
)
く
雨
(
あめ
)
の
音
(
おと
)
021
秋
(
あき
)
の
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
の
凩
(
こがらし
)
に
022
吹
(
ふ
)
かれて
落
(
お
)
つる
騒
(
さわ
)
がしさ
023
夜
(
よ
)
も
漸
(
やうや
)
くに
明
(
あ
)
けぬれば
024
兄
(
あに
)
の
綾彦
(
あやひこ
)
妻
(
つま
)
お
民
(
たみ
)
025
二人
(
ふたり
)
に
命
(
めい
)
じて
逸早
(
いちはや
)
く
026
時
(
とき
)
を
移
(
うつ
)
さず
豊国姫
(
とよくにひめ
)
の
027
珍
(
うづ
)
の
命
(
みこと
)
の
御
(
おん
)
前
(
まへ
)
に
028
参向
(
さんかう
)
せよと
命
(
めい
)
ずれば
029
正直
(
しやうぢき
)
一途
(
いちづ
)
の
孝行者
(
かうかうもの
)
030
親
(
おや
)
の
言葉
(
ことば
)
を
大地
(
だいち
)
より
031
重
(
おも
)
しと
仰
(
あふ
)
ぎ
夫婦
(
ふうふ
)
連
(
づ
)
れ
032
草蛙
(
わらぢ
)
脚絆
(
きやはん
)
の
扮装
(
いでたち
)
に
033
若草山
(
わかくさやま
)
を
乗
(
の
)
り
越
(
こ
)
えて
034
空
(
そら
)
も
真倉
(
まくら
)
の
谷径
(
たにみち
)
を
035
進
(
すす
)
み
進
(
すす
)
みて
一本木
(
いつぽんぎ
)
036
田辺
(
たなべ
)
、
丸八江
(
まるやえ
)
、
由良
(
ゆら
)
の
川
(
かは
)
037
息
(
いき
)
も
切戸
(
きれど
)
の
文珠堂
(
もんじゆだう
)
038
天
(
あま
)
の
橋立
(
はしだて
)
右
(
みぎ
)
に
見
(
み
)
て
039
親
(
おや
)
の
言葉
(
ことば
)
に
一言
(
ひとこと
)
も
040
小言
(
こごと
)
は
互
(
たがひ
)
に
岩淵
(
いはふち
)
や
041
広野
(
ひろの
)
を
過
(
す
)
ぎて
五箇
(
ごか
)
の
庄
(
しやう
)
042
比治山
(
ひぢやま
)
峠
(
たうげ
)
の
峰
(
みね
)
続
(
つづ
)
き
043
比沼
(
ひぬ
)
の
真名井
(
まなゐ
)
の
神霊地
(
しんれいち
)
044
瑞
(
みづ
)
の
宝座
(
ほうざ
)
に
参拝
(
さんぱい
)
し
045
草
(
くさ
)
の
枕
(
まくら
)
も
数
(
かず
)
重
(
かさ
)
ね
046
普甲峠
(
ふかふたふげ
)
の
麓
(
ふもと
)
まで
047
すたすた
帰
(
かへ
)
る
二人
(
ふたり
)
連
(
づ
)
れ
048
忽
(
たちま
)
ち
暮
(
く
)
るる
秋
(
あき
)
の
空
(
そら
)
049
黒雲
(
くろくも
)
低
(
ひく
)
う
塞
(
ふさ
)
がりて
050
心
(
こころ
)
は
暗
(
やみ
)
に
怖々
(
おぢおぢ
)
と
051
帰
(
かへ
)
り
来
(
きた
)
れる
道
(
みち
)
の
上
(
うへ
)
052
思
(
おも
)
はず
躓
(
つまづ
)
く
人
(
ひと
)
の
影
(
かげ
)
053
忽
(
たちま
)
ち
五
(
ご
)
人
(
にん
)
の
荒男
(
あらをとこ
)
054
前後
(
ぜんご
)
左右
(
さいう
)
に
立
(
た
)
ち
上
(
あが
)
り
055
殺
(
ころ
)
して
呉
(
く
)
れむと
呶鳴
(
どな
)
りつつ
056
打
(
う
)
つやら
蹴
(
け
)
るやら
殴
(
なぐ
)
るやら
057
綾彦
(
あやひこ
)
お
民
(
たみ
)
は
声
(
こゑ
)
限
(
かぎ
)
り
058
助
(
たす
)
けて
呉
(
く
)
れえと
叫
(
さけ
)
ぶ
声
(
こゑ
)
059
聞
(
き
)
くより
忽
(
たちま
)
ち
暗
(
くら
)
がりに
060
現
(
あら
)
はれ
出
(
い
)
でた
大男
(
おほをとこ
)
061
ウラナイ
教
(
けう
)
の
言霊
(
ことたま
)
に
062
悪者
(
わるもの
)
共
(
ども
)
を
追
(
お
)
ひ
散
(
ち
)
らし
063
綾彦
(
あやひこ
)
お
民
(
たみ
)
を
伴
(
ともな
)
ひて
064
魔窟
(
まくつ
)
ケ
原
(
はら
)
の
岩窟
(
いはやど
)
に
065
意気
(
いき
)
揚々
(
やうやう
)
と
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く
066
道
(
みち
)
に
出会
(
であ
)
うた
五人
(
ごにん
)
連
(
づ
)
れ
067
手柄話
(
てがらばなし
)
の
花
(
はな
)
咲
(
さ
)
かし
068
土産
(
みやげ
)
沢山
(
たつぷり
)
黒姫
(
くろひめ
)
が
069
隠家
(
かくれが
)
指
(
さ
)
して
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
070
浅
(
あさ
)
、
071
幾
(
いく
)
の
両人
(
りやうにん
)
は
例
(
れい
)
の
岩蓋
(
いはぶた
)
を
剥
(
めく
)
つて
一行
(
いつかう
)
十
(
じふ
)
人
(
にん
)
と
共
(
とも
)
に
滑
(
すべ
)
り
入
(
い
)
る。
072
浅公
(
あさこう
)
『
高山彦
(
たかやまひこ
)
様
(
さま
)
、
073
黒姫
(
くろひめ
)
様
(
さま
)
、
074
只今
(
ただいま
)
帰
(
かへ
)
りました』
075
黒姫
(
くろひめ
)
『ヤア、
076
お
前
(
まへ
)
は
浅公
(
あさこう
)
か、
077
ヤ、
078
幾公
(
いくこう
)
、
079
梅公
(
うめこう
)
、
080
えらう
遅
(
おそ
)
いぢやないか、
081
何
(
なに
)
をして
居
(
を
)
つたのだい、
082
何時
(
いつ
)
までも
日
(
ひ
)
が
暮
(
く
)
れてから
其処
(
そこ
)
らをブラブラ
歩
(
ある
)
いて
居
(
を
)
ると、
083
大江山
(
おほえやま
)
の
鬼
(
おに
)
の
眷族
(
けんぞく
)
と
間違
(
まちが
)
へられるから、
084
日
(
ひ
)
が
暮
(
く
)
れたら
直
(
すぐ
)
に
帰
(
かへ
)
つて
来
(
く
)
るのだよ、
085
今日
(
けふ
)
は
又
(
また
)
えらい
遅
(
おそ
)
い
事
(
こと
)
ぢやないか、
086
ヤ、
087
今日
(
けふ
)
は
見馴
(
みなれ
)
ぬ
方
(
かた
)
がお
二人
(
ふたり
)
、
088
これや
又
(
また
)
如何
(
どう
)
ぢや、
089
えらう
頭
(
あたま
)
の
髪
(
かみ
)
も
乱
(
みだ
)
れて
居
(
ゐ
)
る、
090
何
(
なに
)
かこれには
様子
(
やうす
)
でもあるのかな』
091
幾公
(
いくこう
)
『これに
就
(
つ
)
いて
色々
(
いろいろ
)
の
苦心話
(
くしんばなし
)
が
御座
(
ござ
)
います、
092
それが
為
(
ため
)
に
今日
(
けふ
)
は
吾々
(
われわれ
)
一同
(
いちどう
)
の
者
(
もの
)
が
遅
(
おそ
)
くなりました、
093
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
数多
(
あまた
)
の
人民
(
じんみん
)
を
迷
(
まよ
)
はすに
依
(
よ
)
つて、
094
吾々
(
われわれ
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
を
見
(
み
)
つけ
出
(
だ
)
し、
095
天地
(
てんち
)
の
道理
(
だうり
)
を
説
(
と
)
き
聞
(
き
)
かせ
帰順
(
きじゆん
)
させむものと
普甲峠
(
ふかふたふげ
)
を
降
(
くだ
)
つて
来
(
き
)
ました。
096
暗
(
くら
)
さは
暗
(
くら
)
し、
097
風
(
かぜ
)
はピユーピユーと
吹
(
ふ
)
いて
来
(
く
)
る、
098
浪
(
なみ
)
立
(
た
)
ち
騒
(
さわ
)
ぐ
海原
(
うなばら
)
は
太鼓
(
たいこ
)
の
様
(
やう
)
な
音
(
おと
)
をたててイヤもう
凄
(
すさま
)
じい
光景
(
くわうけい
)
、
099
忽
(
たちま
)
ち
騒
(
さわ
)
がしい
物音
(
ものおと
)
、
100
何事
(
なにごと
)
ならむと
吾々
(
われわれ
)
一同
(
いちどう
)
は
耳
(
みみ
)
をすまして
聞
(
き
)
き
居
(
を
)
れば「
人殺
(
ひとごろ
)
し
人殺
(
ひとごろ
)
し、
101
助
(
たす
)
けて
呉
(
く
)
れえ」との
嫌
(
いや
)
らしい
声
(
こゑ
)
が
聞
(
きこ
)
えて
来
(
く
)
る、
102
ア、
103
これや
大変
(
たいへん
)
だ、
104
人
(
ひと
)
を
助
(
たす
)
けるのがウラナイ
教
(
けう
)
の
神
(
かみ
)
の
教
(
をしへ
)
、
105
吾
(
わが
)
身
(
み
)
は
如何
(
どう
)
なつても
構
(
かま
)
はぬ、
106
仮令
(
たとへ
)
大江山
(
おほえやま
)
の
鬼
(
おに
)
の
餌食
(
ゑじき
)
にならうとも
神
(
かみ
)
に
仕
(
つか
)
ふる
吾々
(
われわれ
)
、
107
此
(
この
)
悲鳴
(
ひめい
)
を
聞
(
き
)
いて
如何
(
どう
)
して
捨
(
す
)
てて
帰
(
かへ
)
れようか、
108
人
(
ひと
)
を
助
(
たす
)
くるは
宣伝使
(
せんでんし
)
の
役
(
やく
)
と、
109
生命
(
いのち
)
を
的
(
まと
)
に
声
(
こゑ
)
する
方
(
はう
)
に
窺
(
うかが
)
ひ
寄
(
よ
)
り
見
(
み
)
れば、
110
案
(
あん
)
に
違
(
たが
)
はぬ
百
(
ひやく
)
人
(
にん
)
近
(
ちか
)
くの
鬼雲彦
(
おにくもひこ
)
が
眷族
(
けんぞく
)
の
者共
(
ものども
)
、
111
覆面
(
ふくめん
)
頭巾
(
づきん
)
の
扮装
(
いでたち
)
、
112
槍
(
やり
)
、
113
薙刀
(
なぎなた
)
に
棍棒
(
こんぼう
)
、
114
刺股
(
さすまた
)
氷
(
こほり
)
の
刃
(
やいば
)
、
115
暗
(
やみ
)
に
閃
(
ひらめ
)
かし
十重
(
とへ
)
二十重
(
はたへ
)
に
取
(
と
)
り
囲
(
かこ
)
み、
116
中
(
なか
)
で
二人
(
ふたり
)
の
男女
(
だんぢよ
)
を
捕
(
とら
)
へて
四五
(
しご
)
人
(
にん
)
の
男
(
をとこ
)
、
117
打
(
う
)
つ
蹴
(
け
)
る
殴
(
なぐ
)
るの
乱暴
(
らんばう
)
狼藉
(
ろうぜき
)
、
118
大江山
(
おほえやま
)
の
砦
(
とりで
)
に
連
(
つ
)
れ
帰
(
かへ
)
りバラモン
教
(
けう
)
の
神
(
かみ
)
の
贄
(
いけにへ
)
にせむとの
企
(
たく
)
み、
119
と
覚
(
さと
)
つた
吾々
(
われわれ
)
は
矢
(
や
)
も
楯
(
たて
)
も
堪
(
たま
)
らず、
120
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
熱湯
(
ねつたう
)
の
汗
(
あせ
)
を
絞
(
しぼ
)
り、
121
ウラナイ
教
(
けう
)
の
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
、
122
何卒
(
なにとぞ
)
々々
(
なにとぞ
)
この
旅人
(
たびびと
)
が
生命
(
いのち
)
を
救
(
すく
)
はせ
玉
(
たま
)
へ、
123
吾々
(
われわれ
)
の
生命
(
いのち
)
はたとへ
無
(
な
)
くなつても、
124
と
幸魂
(
さちみたま
)
を
極端
(
きよくたん
)
に
発揮
(
はつき
)
し
暗祈
(
あんき
)
黙祷
(
もくたう
)
すれば、
125
アーラ
不思議
(
ふしぎ
)
や
吾
(
わが
)
身体
(
しんたい
)
に
忽
(
たちま
)
ち
降
(
くだ
)
り
給
(
たま
)
ふ
天津
(
あまつ
)
神
(
かみ
)
国津
(
くにつ
)
神
(
かみ
)
八百万
(
やほよろづ
)
の
神
(
かみ
)
等
(
たち
)
、
126
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
を
先頭
(
せんとう
)
に
竜宮
(
りうぐう
)
の
乙姫
(
おとひめ
)
、
127
吾々
(
われわれ
)
三
(
さん
)
人
(
にん
)
が
肉体
(
にくたい
)
に
懸
(
かか
)
らせ
給
(
たま
)
ひ、
128
天地
(
てんち
)
に
轟
(
とどろ
)
く
言霊
(
ことたま
)
の
声
(
こゑ
)
、
129
一
(
ひと
)
二
(
ふた
)
三
(
み
)
四
(
よ
)
と
皆
(
みな
)
まで
言
(
い
)
はずに、
130
さしも
強力
(
がうりき
)
無双
(
むさう
)
の
鬼雲彦
(
おにくもひこ
)
が
手下
(
てした
)
共
(
ども
)
、
131
朝日
(
あさひ
)
に
露
(
つゆ
)
の
消
(
き
)
ゆるが
如
(
ごと
)
く、
132
魂
(
たましひ
)
奪
(
うば
)
はれ
骨
(
ほね
)
は
砕
(
くだ
)
けて
生命
(
いのち
)
惜
(
を
)
しさに
涙
(
なみだ
)
と
共
(
とも
)
に
頼
(
たの
)
み
入
(
い
)
る。
133
思
(
おも
)
へば
憎
(
に
)
つくき
奴
(
やつ
)
なれど、
134
彼
(
かれ
)
等
(
ら
)
と
雖
(
いへど
)
も
元
(
もと
)
は
神
(
かみ
)
の
分霊
(
わけみたま
)
、
135
善
(
ぜん
)
を
助
(
たす
)
け
悪
(
あく
)
を
許
(
ゆる
)
すは
大神
(
おほかみ
)
の
慈悲
(
じひ
)
、
136
と
心
(
こころ
)
の
裡
(
うち
)
に
見直
(
みなほ
)
し
宣
(
の
)
り
直
(
なほ
)
せば、
137
百
(
ひやく
)
に
余
(
あま
)
る
豪傑
(
がうけつ
)
どもは、
138
チウの
声
(
こゑ
)
も
能
(
よ
)
う
立
(
た
)
てず
足音
(
あしおと
)
を
忍
(
しの
)
ばせ
乍
(
なが
)
ら、
139
風
(
かぜ
)
の
如
(
ごと
)
く
魔
(
ま
)
の
如
(
ごと
)
く
水泡
(
みなわ
)
と
消
(
き
)
えてやみの
中
(
なか
)
、
140
そこで
吾々
(
われわれ
)
八
(
はち
)
人
(
にん
)
は
予
(
かね
)
ての
計略
(
けいりやく
)
、
141
オツト、
142
ドツコイ……
計略
(
けいりやく
)
を
以
(
もつ
)
て
旅人
(
たびびと
)
を
苦
(
くる
)
しめむと
致
(
いた
)
す
鬼
(
おに
)
共
(
ども
)
に、
143
言霊
(
ことたま
)
の
鉄鎚
(
てつつゐ
)
を
加
(
くは
)
へ
今後
(
こんご
)
を
戒
(
いまし
)
め
置
(
お
)
き
二人
(
ふたり
)
のこれなる
夫婦
(
ふうふ
)
を
救
(
すく
)
ひ
花々
(
はなばな
)
しく
立
(
た
)
ち
帰
(
かへ
)
つて
候
(
さふらふ
)
』
144
黒姫
(
くろひめ
)
『ヤア、
145
それは
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
であつた、
146
人間
(
にんげん
)
と
云
(
い
)
ふものは
目前
(
まさか
)
の
時
(
とき
)
になれば
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
がお
使
(
つか
)
ひ
下
(
くだ
)
さるもの「
腐
(
くさ
)
り
縄
(
なは
)
にも
取
(
と
)
りえ」と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
がある、
147
私
(
わし
)
もお
前
(
まへ
)
の
様
(
やう
)
な
穀潰
(
ごくつぶ
)
しを
沢山
(
たくさん
)
に
養
(
やしな
)
つて
置
(
お
)
いてつまらぬ
者
(
もの
)
ぢや、
148
棄
(
ほ
)
かすにも
棄
(
す
)
かされず、
149
大根
(
だいこん
)
の
葉
(
は
)
に
ねち
が
着
(
つ
)
いた
様
(
やう
)
なものぢやと
思
(
おも
)
つて
居
(
を
)
つたが、
150
目前
(
まさか
)
の
時
(
とき
)
にそれ
丈
(
だけ
)
の
神力
(
しんりき
)
が
出
(
で
)
れば
万更
(
まんざら
)
捨
(
す
)
てたものぢや
無
(
な
)
い。
151
ヤ、
152
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
だつた、
153
サアサア
一服
(
いつぷく
)
して
下
(
くだ
)
され、
154
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
丑
(
うし
)
、
155
寅
(
とら
)
、
156
辰
(
たつ
)
外
(
ほか
)
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
は
今迄
(
いままで
)
何
(
なに
)
をして
居
(
を
)
つたのだ、
157
浅
(
あさ
)
、
158
幾
(
いく
)
の
様
(
やう
)
にお
前
(
まへ
)
もチツと
活動
(
くわつどう
)
をせなくては
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
済
(
す
)
むまいぞや』
159
寅公
(
とらこう
)
『
吾々
(
われわれ
)
は
御
(
ご
)
神前
(
しんぜん
)
に
於
(
おい
)
て……
否
(
いや
)
無形
(
むけい
)
の
神殿
(
しんでん
)
に
向
(
むか
)
つて
祈願
(
きぐわん
)
する
折
(
をり
)
しも、
160
忽
(
たちま
)
ち
吾々
(
われわれ
)
の
天眼通
(
てんがんつう
)
に
映
(
えい
)
じた
普甲峠
(
ふかふたうげ
)
の
突発
(
とつぱつ
)
事件
(
じけん
)
。
161
やれ
可憐相
(
かはいさう
)
な
二人
(
ふたり
)
の
旅人
(
たびびと
)
、
162
神力
(
しんりき
)
を
以
(
もつ
)
て
助
(
たす
)
けてやらむと
心
(
こころ
)
は
千々
(
ちぢ
)
に
焦慮
(
あせ
)
れども、
163
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
つても
遠隔
(
ゑんかく
)
の
地
(
ち
)
、
164
アヽ
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
い、
165
遠隔
(
ゑんかく
)
神霊
(
しんれい
)
注射法
(
ちうしやはふ
)
を
実行
(
じつかう
)
せむかと
思
(
おも
)
ふ
折
(
をり
)
、
166
又
(
また
)
もや
吾々
(
われわれ
)
が
天眼
(
てんがん
)
に
映
(
えい
)
じたのは
浅
(
あさ
)
、
167
幾
(
いく
)
、
168
梅
(
うめ
)
の
三
(
さん
)
人
(
にん
)
、
169
これや
良
(
よ
)
い
霊代
(
みたましろ
)
だと
五
(
ご
)
人
(
にん
)
一度
(
いちど
)
に
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
身体
(
からだ
)
に
神懸
(
かむがか
)
りし、
170
群
(
むら
)
がる
魔軍
(
まぐん
)
に
向
(
むか
)
つて、
171
言霊
(
ことたま
)
の
神力
(
しんりき
)
は
申
(
まを
)
すに
及
(
およ
)
ばず、
172
あらゆる
霊力
(
れいりよく
)
を
尽
(
つく
)
して
戦
(
たたか
)
へば、
173
敵
(
てき
)
は
蜘蛛
(
くも
)
の
子
(
こ
)
を
散
(
ち
)
らすが
如
(
ごと
)
く、
174
散
(
ち
)
り
散
(
ぢ
)
りパツと
花
(
はな
)
に
嵐
(
あらし
)
の
当
(
あた
)
りし
如
(
ごと
)
く、
175
霞
(
かすみ
)
となつて
消
(
き
)
え
失
(
う
)
せたりツ』
176
浅公
(
あさこう
)
『アハヽヽヽ』
177
黒姫
(
くろひめ
)
『
何
(
なに
)
は
兎
(
と
)
もあれ、
178
藪医者
(
やぶいしや
)
が
手柄
(
てがら
)
をした
様
(
やう
)
なものだ、
179
篦
(
へら
)
で
鬼
(
おに
)
の
首
(
くび
)
とつたも
同然
(
どうぜん
)
、
180
今日
(
けふ
)
は
離
(
はな
)
れの
室
(
ま
)
で
御
(
お
)
神酒
(
みき
)
でも
沢山
(
たくさん
)
頂
(
いただ
)
いてグツスリと
寝
(
ね
)
たが
良
(
よ
)
い、
181
コレコレ
旅
(
たび
)
の
方
(
かた
)
、
182
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
尊
(
たふと
)
い
事
(
こと
)
が
分
(
わか
)
りましたかな』
183
綾
(
あや
)
、
184
民
(
たみ
)
『ハイ、
185
何
(
なん
)
とも
有難
(
ありがた
)
うて
申
(
まを
)
し
様
(
やう
)
が
御座
(
ござ
)
いませぬ、
186
只
(
ただ
)
もう
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り……』
187
と
夫婦
(
ふうふ
)
は
両手
(
りやうて
)
を
合
(
あは
)
せ
黒姫
(
くろひめ
)
の
顔
(
かほ
)
を
伏
(
ふ
)
し
拝
(
をが
)
み、
188
熱
(
あつ
)
い
涙
(
なみだ
)
をボロボロと
零
(
こぼ
)
すのみである。
189
黒姫
(
くろひめ
)
『お
前
(
まへ
)
は
真
(
ほん
)
に
幸福
(
しあはせ
)
な
御
(
ご
)
夫婦
(
ふうふ
)
ぢや、
190
結構
(
けつこう
)
な
御
(
お
)
神徳
(
かげ
)
を
頂
(
いただ
)
きなさつた、
191
袖振
(
そでふ
)
り
合
(
あ
)
ふも
多生
(
たしやう
)
の
縁
(
えん
)
、
192
躓
(
つまづ
)
く
石
(
いし
)
も
縁
(
えん
)
の
端
(
はし
)
と
云
(
い
)
うて、
193
コンナ
結構
(
けつこう
)
な
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
教
(
をしへ
)
の
取次
(
とりつぎ
)
に
助
(
たす
)
けて
貰
(
もら
)
うとはよくよく
深
(
ふか
)
い
昔
(
むかし
)
からの
果報
(
くわはう
)
が
現
(
あら
)
はれたのぢやぞえ、
194
私
(
わし
)
も
何
(
なん
)
ぢやか
始
(
はじ
)
めて
会
(
あ
)
うた
人
(
ひと
)
の
様
(
やう
)
な
気
(
き
)
がせぬ、
195
之
(
これ
)
からは
総
(
すべ
)
ての
娑婆心
(
しやばごころ
)
を
捨
(
す
)
てて
神界
(
しんかい
)
の
為
(
ため
)
に
千騎
(
せんき
)
一騎
(
いつき
)
の
活動
(
くわつどう
)
をしなされや、
196
就
(
つ
)
いては
夫婦
(
ふうふ
)
ありては
御用
(
ごよう
)
の
出来
(
でき
)
ぬ
神
(
かみ
)
のお
道
(
みち
)
ぢやから、
197
お
前
(
まへ
)
は
明日
(
あす
)
から
夫婦
(
ふうふ
)
別
(
わか
)
れて
御用
(
ごよう
)
をするのだ、
198
死
(
し
)
ンで
別
(
わか
)
るるのは
辛
(
つら
)
いけれど、
199
此
(
この
)
世
(
よ
)
に
生
(
い
)
きて
居
(
を
)
れば
矢張
(
やつぱ
)
り
同
(
おな
)
じウラナイの
道
(
みち
)
に
御用
(
ごよう
)
するのだから
会
(
あ
)
ふ
機会
(
きくわい
)
は
幾
(
いく
)
らもある、
200
お
前
(
まへ
)
は
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
名
(
な
)
だ』
201
綾彦、お民
『ハイ、
202
綾彦
(
あやひこ
)
と
申
(
まを
)
します。
203
妾
(
わらは
)
はお
民
(
たみ
)
と
申
(
まを
)
します』
204
黒姫
(
くろひめ
)
『アヽさうか、
205
綾彦
(
あやひこ
)
は
俺
(
わし
)
の
側
(
そば
)
で
御用
(
ごよう
)
をするなり、
206
お
民
(
たみ
)
は
矢張
(
やつぱ
)
りウラナイ
教
(
けう
)
の
支所
(
でやしろ
)
で
高城山
(
たかしろやま
)
と
云
(
い
)
う
処
(
ところ
)
、
207
そこには
意地
(
いぢ
)
くねの………
悪
(
わる
)
くない
松姫
(
まつひめ
)
が
控
(
ひか
)
へて
居
(
を
)
る、
208
お
民
(
たみ
)
は
松姫
(
まつひめ
)
の
側
(
そば
)
へ
行
(
い
)
つて
御用
(
ごよう
)
をなさるのだ、
209
御
(
ご
)
承知
(
しようち
)
がゆけば
明日
(
あす
)
から、
210
幾公
(
いくこう
)
に
送
(
おく
)
らしてあげよう』
211
お
民
(
たみ
)
『ハイ、
212
如何
(
いか
)
なる
事
(
こと
)
でも
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
おん
)
為
(
た
)
めなれば
否
(
いや
)
とは
申
(
まを
)
しませぬ、
213
然
(
しか
)
し
何卒
(
どうぞ
)
三四日
(
さんよつか
)
許
(
ばか
)
り
一緒
(
いつしよ
)
に
置
(
お
)
いて
下
(
くだ
)
さいますまいか、
214
とつくり
夫婦
(
ふうふ
)
の
者
(
もの
)
が
相談
(
さうだん
)
を
致
(
いた
)
し
度
(
た
)
う
御座
(
ござ
)
いますから……』
215
黒姫
(
くろひめ
)
『アヽ
其
(
その
)
相談
(
さうだん
)
がいかぬのだ、
216
人間心
(
にんげんごころ
)
で
取越
(
とりこし
)
苦労
(
くらう
)
をしたつて
何
(
なに
)
になるものか、
217
何事
(
なにごと
)
も
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
絶対
(
ぜつたい
)
にお
任
(
まか
)
せするのだ、
218
夫婦
(
ふうふ
)
別
(
わか
)
るるのが
辛
(
つら
)
いかな、
219
それはお
若
(
わか
)
い
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
だから
無理
(
むり
)
も
無
(
な
)
い、
220
年寄
(
としよ
)
りの
私
(
わし
)
でさへも
夫婦
(
ふうふ
)
は
無
(
な
)
ければならぬ
者
(
もの
)
ぢやと
思
(
おも
)
うて
居
(
を
)
る
位
(
くらゐ
)
ぢや、
221
然
(
しか
)
し
年寄
(
としよ
)
りは
又
(
また
)
例外
(
れいぐわい
)
ぢや、
222
末
(
すゑ
)
が
短
(
みじか
)
いから……、
223
若
(
わか
)
い
者
(
もの
)
は
何程
(
なんぼ
)
でも
会
(
あ
)
う
機会
(
きくわい
)
が、
224
長
(
なが
)
い
月日
(
つきひ
)
には
有
(
あ
)
るものぢや。
225
あの
木貂
(
きてん
)
と
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
は、
226
夫婦仲
(
ふうふなか
)
の
良
(
よ
)
いものぢやが
決
(
けつ
)
して
夫婦
(
めをと
)
は
一緒
(
いつしよ
)
に
棲
(
す
)
まひはせぬ、
227
雄
(
をす
)
の
方
(
はう
)
が
東
(
ひがし
)
の
山
(
やま
)
の
木
(
き
)
の
洞
(
うろ
)
に
棲
(
す
)
みて
居
(
を
)
れば、
228
雌
(
めす
)
の
方
(
はう
)
は
屹度
(
きつと
)
谷
(
たに
)
を
隔
(
へだ
)
てて、
229
西
(
にし
)
の
山
(
やま
)
の
木
(
き
)
の
洞
(
うろ
)
に
棲居
(
すまゐ
)
をし、
230
西
(
にし
)
からと
東
(
ひがし
)
からと
互
(
たがひ
)
に
見張
(
みはり
)
をして
居
(
を
)
るさうぢや、
231
若
(
も
)
し
雌
(
めす
)
の
棲
(
す
)
みて
居
(
を
)
る
大木
(
たいぼく
)
の
麓
(
ふもと
)
へ
猟師
(
れふし
)
でも
出
(
で
)
て
来
(
き
)
たら、
232
灯台
(
とうだい
)
元暗
(
もとくら
)
がり、
233
近
(
ちか
)
くに
居
(
ゐ
)
る
雌
(
めす
)
に
気
(
き
)
がつかいでも
遠
(
とほ
)
くから
見
(
み
)
て
居
(
ゐ
)
る
雄
(
をす
)
がチヤンと
之
(
これ
)
を
悟
(
さと
)
つて、
234
電波
(
でんぱ
)
を
送
(
おく
)
つて
雌
(
めす
)
に
知
(
し
)
らせ、
235
雄
(
をす
)
に
危険
(
きけん
)
が
迫
(
せま
)
つた
時
(
とき
)
は
又
(
また
)
遠
(
とほ
)
くから
見
(
み
)
て
居
(
ゐ
)
る
雌
(
めす
)
が
電波
(
でんぱ
)
を
以
(
もつ
)
て
雄
(
をす
)
に
知
(
し
)
らせると
云
(
い
)
う
事
(
こと
)
だ。
236
その
通
(
とほ
)
りお
前
(
まへ
)
も
両方
(
りやうはう
)
に
分
(
わ
)
かれて
互
(
たがひ
)
に
妻
(
つま
)
は
夫
(
をつと
)
を
思
(
おも
)
ひ、
237
夫
(
をつと
)
は
妻
(
つま
)
を
思
(
おも
)
ひ、
238
偶々
(
たまたま
)
会
(
あ
)
うた
時
(
とき
)
のその
嬉
(
うれ
)
しさは
何
(
なん
)
とも
云
(
い
)
へぬ
味
(
あぢ
)
が
出
(
で
)
るぞえ、
239
之
(
これ
)
だけ
若
(
わか
)
い
者
(
もの
)
ばかり
沢山
(
たくさん
)
居
(
を
)
るのだからお
前
(
まへ
)
の
様
(
やう
)
な
若夫婦
(
わかめをと
)
を
一緒
(
いつしよ
)
において
置
(
お
)
くと、
240
いろいろと
若
(
わか
)
い
者
(
もの
)
が
修羅
(
しゆら
)
を
燃
(
も
)
やしてごてつき、
241
お
前
(
まへ
)
も
亦
(
また
)
辛
(
つら
)
いであらうから、
242
明日
(
あす
)
は
直
(
すぐ
)
にお
民
(
たみ
)
は
高城山
(
たかしろやま
)
へ
行
(
い
)
つて
御用
(
ごよう
)
をして
下
(
くだ
)
さい』
243
綾彦、お民
『
何事
(
なにごと
)
も
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
にお
任
(
まか
)
せした
以上
(
いじやう
)
は、
244
何卒
(
どうぞ
)
貴女
(
あなた
)
の
思召
(
おぼしめし
)
の
通
(
とほ
)
りお
使
(
つか
)
ひ
下
(
くだ
)
さいませ』
245
黒姫
(
くろひめ
)
『ア、
246
さうかさうか、
247
結構
(
けつこう
)
結構
(
けつこう
)
、
248
本当
(
ほんたう
)
に
聞訳
(
ききわけ
)
の
良
(
よ
)
い
人
(
ひと
)
ぢや、
249
サアサ
今晩
(
こんばん
)
は
奥
(
おく
)
へ
行
(
い
)
つて
寝
(
やす
)
みなされ、
250
俺
(
わし
)
も
大変
(
たいへん
)
草臥
(
くたび
)
れたから
今晩
(
こんばん
)
は
之
(
これ
)
で
寝
(
やす
)
みませう、
251
然
(
しか
)
しこれこれお
若
(
わか
)
いの、
252
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
手
(
て
)
を
合
(
あは
)
せお
礼
(
れい
)
を
申
(
まを
)
して
寝
(
やす
)
みなされや、
253
必
(
かなら
)
ず
必
(
かなら
)
ず
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
祀
(
まつ
)
つてある
方
(
はう
)
に
尻
(
しり
)
を
向
(
む
)
けたり
足
(
あし
)
を
向
(
む
)
けてはなりませぬぞえ』
254
夫婦
(
ふうふ
)
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います、
255
然
(
しか
)
らば
寝
(
やす
)
まして
頂
(
いただ
)
きます』
256
と
奥
(
おく
)
を
目蒐
(
めが
)
けて
両人
(
りやうにん
)
は
徐々
(
しづしづ
)
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
257
黒姫
(
くろひめ
)
『アーア、
258
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
思
(
おも
)
ふ
様
(
やう
)
にいかぬものだなア、
259
今
(
いま
)
斯
(
か
)
う
云
(
い
)
うて
若夫婦
(
わかふうふ
)
に
生木
(
なまき
)
を
裂
(
さ
)
く
様
(
やう
)
な
命令
(
めいれい
)
をしたが、
260
思
(
おも
)
へば
思
(
おも
)
へば
可憐相
(
かはいさう
)
な
者
(
もの
)
だ。
261
俺
(
わし
)
とても
其
(
その
)
通
(
とほ
)
り、
262
高山彦
(
たかやまひこ
)
さまが
二三
(
にさん
)
日
(
にち
)
他所
(
よそ
)
へ
行
(
い
)
つてお
顔
(
かほ
)
が
見
(
み
)
ええでも
淋
(
さび
)
しくて
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
いのに、
263
鴛鴦
(
をしどり
)
の
様
(
やう
)
な
仲
(
なか
)
の
良
(
よ
)
い
若夫婦
(
わかふうふ
)
が
別
(
わか
)
れて
御用
(
ごよう
)
するのは、
264
私
(
わし
)
に
比
(
くら
)
ぶれば
幾層倍
(
いくそうばい
)
辛
(
つら
)
いだらう。
265
ウラナイ
教
(
けう
)
の
双壁
(
そうへき
)
といはれた
竜宮
(
りうぐう
)
の
乙姫
(
おとひめ
)
の
此
(
この
)
生宮
(
いきみや
)
でさへも、
266
高山彦
(
たかやまひこ
)
さまを
夫
(
をつと
)
に
持
(
も
)
つたのが
露見
(
あらは
)
れてより、
267
夏彦
(
なつひこ
)
や
常彦
(
つねひこ
)
は
直
(
すぐ
)
に
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
し、
268
それから
後
(
のち
)
は
毎日
(
まいにち
)
日日
(
ひにち
)
何
(
なん
)
とか、
269
かとか
云
(
い
)
つて、
270
岡餅
(
をかもち
)
を
焼
(
や
)
いて
法界
(
はふかい
)
悋気
(
りんき
)
の
続出
(
ぞくしゆつ
)
、
271
コンナ
事
(
こと
)
では
折角
(
せつかく
)
築
(
きづ
)
き
上
(
あ
)
げたウラナイ
教
(
けう
)
も
崩解
(
ほうかい
)
するかも
知
(
し
)
れない、
272
何
(
なに
)
ほど
一旦
(
いつたん
)
綱
(
つな
)
かけたらホーカイはやらぬと、
273
色
(
いろ
)
の
黒
(
くろ
)
き
尉殿
(
じやうどの
)
が
鈴
(
すず
)
を
振
(
ふ
)
る
様
(
やう
)
に
矢釜
(
やかま
)
しく
云
(
い
)
つても
駄目
(
だめ
)
だ、
274
アヽいやいやいやオンハと、
275
三番叟
(
さんばさう
)
もどきに
逃
(
に
)
げて
去
(
い
)
ぬ
奴
(
やつ
)
が
踵
(
くびす
)
を
接
(
せつ
)
するのだから、
276
法界
(
ほふかい
)
悋気
(
りんき
)
の
深
(
ふか
)
い
連中
(
れんちう
)
の
中
(
なか
)
へ、
277
何
(
なに
)
ほど
可憐相
(
かはいさう
)
でも
若夫婦
(
わかふうふ
)
を
交
(
まじ
)
へて
置
(
お
)
く
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ぬ。
278
アーア
若夫婦
(
わかめをと
)
、
279
必
(
かなら
)
ず
必
(
かなら
)
ず
黒姫
(
くろひめ
)
は
邪慳
(
じやけん
)
な
奴
(
やつ
)
ぢやと
思
(
おも
)
うて
呉
(
く
)
れな、
280
口先
(
くちさき
)
では
強
(
きつ
)
う
云
(
い
)
うては
居
(
ゐ
)
るものの、
281
涙
(
なみだ
)
もあれば
血
(
ち
)
もある、
282
アヽ
可憐相
(
かはいさう
)
だ、
283
青春
(
せいしゆん
)
の
血
(
ち
)
に
燃
(
も
)
ゆる
二人
(
ふたり
)
の
心
(
こころ
)
、
284
察
(
さつ
)
しのない
様
(
やう
)
な
黒姫
(
くろひめ
)
ぢや
御座
(
ござ
)
いませぬ』
285
と
独語
(
ひとりご
)
ちつつ
同情
(
どうじやう
)
の
涙
(
なみだ
)
に
暮
(
く
)
れて
居
(
ゐ
)
る。
286
かかる
所
(
ところ
)
へ
高山彦
(
たかやまひこ
)
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
り、
287
高山彦
『ヤア
黒姫
(
くろひめ
)
か、
288
夜
(
よ
)
も
大分
(
だいぶん
)
更
(
ふ
)
けた
様
(
やう
)
だ、
289
もうお
寝
(
やす
)
みになつたら
如何
(
どう
)
です』
290
黒姫
『ハイ、
291
只今
(
ただいま
)
寝
(
やす
)
みます』
292
高山彦
『お
前
(
まへ
)
に
一
(
ひと
)
つ
相談
(
さうだん
)
がある、
293
聞
(
き
)
いて
呉
(
く
)
れまいか』
294
黒姫
『
之
(
これ
)
は
又
(
また
)
改
(
あらた
)
まつたお
言葉
(
ことば
)
、
295
相談
(
さうだん
)
とは
何事
(
なにごと
)
で
御座
(
ござ
)
いますか』
296
高山彦
『
外
(
ほか
)
でも
無
(
な
)
い、
297
俺
(
わし
)
は
一
(
ひと
)
つ
大
(
おほい
)
に
期
(
き
)
する
処
(
ところ
)
があるのだ、
298
之
(
これ
)
からフサの
国
(
くに
)
へ
一先
(
ひとま
)
づ
立
(
た
)
ち
帰
(
かへ
)
り、
299
大
(
おほい
)
に
高姫
(
たかひめ
)
さまの
後援
(
こうゑん
)
をして
大々
(
だいだい
)
的
(
てき
)
活動
(
くわつどう
)
を
仕様
(
しやう
)
と
思
(
おも
)
ふ、
300
お
前
(
まへ
)
は
此処
(
ここ
)
に
居
(
を
)
つて
自転倒
(
おのころ
)
島
(
じま
)
を
征服
(
せいふく
)
して
下
(
くだ
)
さい、
301
明日
(
あす
)
からすぐ
出立
(
しゆつたつ
)
しようと
思
(
おも
)
ふから…』
302
黒姫
『エ、
303
何
(
なん
)
と
仰
(
おつ
)
しやいます、
304
夫婦
(
ふうふ
)
は
車
(
くるま
)
の
両輪
(
りやうりん
)
、
305
唇歯
(
しんし
)
輔車
(
ほしや
)
の
関係
(
くわんけい
)
を
保
(
たも
)
たねばなりませぬ、
306
例
(
たと
)
へば
男
(
をとこ
)
は
左
(
ひだり
)
の
手足
(
てあし
)
、
307
女
(
をんな
)
は
右
(
みぎ
)
の
手足
(
てあし
)
も
同様
(
どうやう
)
、
308
片手
(
かたて
)
片足
(
かたあし
)
では
大切
(
たいせつ
)
な
神業
(
しんげふ
)
に
奉仕
(
ほうし
)
する
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ますまい、
309
ちつとお
考
(
かんが
)
へ
直
(
なほ
)
しを
願
(
ねが
)
ひます』
310
高山彦
『
黄貂
(
きてん
)
[
※
一般的には「木貂」と書く。
]
、
311
一名
(
いちめい
)
雷獣
(
らいじう
)
と
云
(
い
)
ふ
獣
(
けだもの
)
は
随分
(
ずゐぶん
)
仲
(
なか
)
の
良
(
よ
)
いものだが、
312
夫婦
(
ふうふ
)
は
決
(
けつ
)
して
一緒
(
いつしよ
)
に
居
(
ゐ
)
ないものだ』
313
黒姫
『エヽ
措
(
を
)
いて
下
(
くだ
)
され、
314
妾
(
わたし
)
の
模像
(
もざう
)
ばつかりやるのですな、
315
ソンナ
玩弄物
(
おもちや
)
の
九寸
(
くすん
)
五分
(
ごぶ
)
を
突
(
つ
)
きつけた
様
(
やう
)
な
同情
(
どうじやう
)
ある
恐喝
(
きようかつ
)
手段
(
しゆだん
)
にのる
様
(
やう
)
な
黒姫
(
くろひめ
)
とは
違
(
ちが
)
ひますわいな、
316
ヘン……いい
加減
(
かげん
)
に
揶揄
(
からか
)
つて
置
(
お
)
きなさいよ、
317
ホヽヽヽ』
318
高山彦
『ヤア
真剣
(
しんけん
)
だ、
319
強
(
た
)
つてお
暇
(
ひま
)
を
願
(
ねが
)
ひ
度
(
た
)
い』
320
黒姫
『まつたくですか、
321
ハヽア、
322
宜
(
よろ
)
しい、
323
御
(
ご
)
勝手
(
かつて
)
になさいませ、
324
外
(
ほか
)
に
増花
(
ますはな
)
が
出来
(
でき
)
たと
見
(
み
)
えます、
325
もの
云
(
い
)
ふ
花
(
はな
)
は
此
(
この
)
黒姫
(
くろひめ
)
一人
(
ひとり
)
だと
妾
(
わたし
)
が
心
(
こころ
)
で
自惚
(
うぬぼれ
)
して
居
(
を
)
つたのは
妾
(
わたし
)
の
不覚
(
ふかく
)
、
326
薊
(
あざみ
)
の
花
(
はな
)
に
接吻
(
キツス
)
をして
来
(
き
)
なさいよ』
327
高山彦
『そう
怒
(
おこ
)
つて
貰
(
もら
)
つては
困
(
こま
)
るぢやないか、
328
二
(
ふた
)
つ
目
(
め
)
には
妙
(
めう
)
な
処
(
ところ
)
へ
論鋒
(
ろんぽう
)
を
向
(
む
)
けるのだな、
329
昼
(
ひる
)
演壇
(
えんだん
)
に
立
(
た
)
つて
滔々
(
たうたう
)
と
苦集
(
くしふ
)
滅道
(
めつだう
)
を
説
(
と
)
くお
前
(
まへ
)
の
態度
(
たいど
)
と
今
(
いま
)
の
態度
(
たいど
)
とは
丸
(
まる
)
で
別人
(
べつじん
)
の
様
(
やう
)
な、
330
声
(
こゑ
)
の
色
(
いろ
)
まで
変
(
かは
)
つて
居
(
を
)
るぢやないか』
331
黒姫
『ヘンきまつた
事
(
こと
)
ですよ』
332
と
肩
(
かた
)
を
高山彦
(
たかやまひこ
)
の
方
(
はう
)
へニユツと
突
(
つ
)
き
出
(
だ
)
し、
333
首
(
くび
)
を
斜
(
ななめ
)
にし
目
(
め
)
を
細
(
ほそ
)
うし、
334
黒姫
『
野暮
(
やぼ
)
な
事
(
こと
)
仰
(
おつ
)
しやるな、
335
こゑ
は
思案
(
しあん
)
の
外
(
ほか
)
ぢやないか、
336
ホヽヽヽ』
337
と
鰐口
(
わにぐち
)
を
無理
(
むり
)
に
おちよぼ
口
(
ぐち
)
に
仕様
(
しやう
)
とつとめる。
338
巾着
(
きんちやく
)
を
引
(
ひ
)
き
締
(
し
)
めた
様
(
やう
)
に
縦
(
たて
)
の
皺
(
しわ
)
が
一所
(
ひとところ
)
に
集中
(
しふちう
)
し、
339
牛蒡
(
ごぼう
)
の
切
(
き
)
り
口
(
くち
)
の
様
(
やう
)
に
口
(
くち
)
の
辺
(
あた
)
りが
見
(
み
)
えて
居
(
ゐ
)
る。
340
高山彦
(
たかやまひこ
)
は、
341
高山彦
『アヽもう
寝
(
やす
)
まうか』
342
と
黒姫
(
くろひめ
)
の
背中
(
せなか
)
をポンと
叩
(
たた
)
く。
343
黒姫
『
勝手
(
かつて
)
に
一人
(
ひとり
)
寝
(
ね
)
やしやンせいな』
344
と
黒姫
(
くろひめ
)
は、
345
故意
(
わざ
)
とピーンとした
顔
(
かほ
)
を
見
(
み
)
せ、
346
向返
(
むきかへ
)
つて
背中
(
せなか
)
を
向
(
む
)
ける。
347
高山彦
『ハヽヽヽ、
348
非常
(
ひじやう
)
な
逆鱗
(
げきりん
)
だ、
349
どれどれ
今晩
(
こんばん
)
は
山
(
やま
)
の
神
(
かみ
)
さまに
巨弾
(
きよだん
)
を
撃
(
う
)
たれて、
350
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
赤十字
(
せきじふじ
)
病院
(
びやうゐん
)
に
収容
(
しうよう
)
されるのかな、
351
アハヽヽヽ』
352
と
寝室
(
ねま
)
に
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
353
黒姫
(
くろひめ
)
は
水鏡
(
みづかがみ
)
を
灯火
(
あかり
)
に
照
(
てら
)
し
顔
(
かほ
)
の
修繕
(
しうぜん
)
をなし、
354
羽
(
は
)
ばたきし
乍
(
なが
)
ら
四辺
(
あたり
)
を
見
(
み
)
まはし
目
(
め
)
を
細
(
ほそ
)
うし、
355
黒姫
『どれ
夫
(
をつと
)
の
負傷
(
ふしやう
)
を、
356
女房
(
にようばう
)
としてお
見舞
(
みまひ
)
申
(
まを
)
さねばなるまい』
357
と
又
(
また
)
もや
一室
(
ひとま
)
にいそいそ
走
(
はし
)
り
行
(
ゆ
)
く。
358
○
359
黒姫
(
くろひめ
)
が
許可
(
ゆるし
)
を
得
(
え
)
て
浅公
(
あさこう
)
、
360
幾公
(
いくこう
)
、
361
梅公
(
うめこう
)
、
362
その
他
(
た
)
十数
(
じふすう
)
名
(
めい
)
の
老壮
(
らうさう
)
連
(
れん
)
は
御
(
お
)
神酒
(
みき
)
頂戴
(
ちやうだい
)
の
名
(
な
)
の
下
(
もと
)
に、
363
「
会
(
あ
)
うた
時
(
とき
)
に
笠
(
かさ
)
脱
(
ぬ
)
げ」
式
(
しき
)
にガブリガブリと
酌
(
つ
)
いでは
飲
(
の
)
み
酌
(
つ
)
いでは
飲
(
の
)
み、
364
酔
(
ゑい
)
が
廻
(
まは
)
るにつれ
徳利
(
とくり
)
の
口
(
くち
)
から「
火
(
ひ
)
吹
(
ふ
)
き
竹
(
だけ
)
飲
(
の
)
み」を
初
(
はじ
)
め
出
(
だ
)
しける。
365
甲
(
かふ
)
『オイ、
366
梅
(
うめ
)
の
大将
(
たいしやう
)
、
367
随分
(
ずゐぶん
)
よく
飲
(
の
)
むぢやないか』
368
梅公
(
うめこう
)
『きまつた
事
(
こと
)
だ、
369
大蛇
(
をろち
)
の
子孫
(
しそん
)
だもの、
370
飲
(
の
)
む
事
(
こと
)
にかけたら
天下
(
てんか
)
一品
(
いつぴん
)
だ、
371
親譲
(
おやゆづ
)
りの
山
(
やま
)
を
呑
(
の
)
み
田
(
た
)
を
呑
(
の
)
み
家
(
いへ
)
まで
呑
(
の
)
みて、
372
酒
(
さけ
)
の
肴
(
さかな
)
に
親
(
おや
)
の
脛
(
すね
)
を
噛
(
かじ
)
り、
373
此奴
(
こいつ
)
手
(
て
)
に
負
(
お
)
へぬ
奴
(
やつ
)
ぢや、
374
七生
(
しちしやう
)
(
升
(
しよう
)
)までの
勘
(
かん
)
(
燗
(
かん
)
)
当
(
だう
)
ぢやと
云
(
い
)
つて
放
(
ほ
)
り
出
(
だ
)
されたと
云
(
い
)
ふ
阿哥兄
(
にい
)
さまだ。
375
親爺
(
おやぢ
)
が
七升
(
しちしよう
)
の
燗
(
かん
)
をせいと
云
(
い
)
つた
時
(
とき
)
は
流石
(
さすが
)
の
俺
(
おれ
)
も
一寸
(
ちよつと
)
弱
(
よわ
)
つたね、
376
朝
(
あさ
)
九一合
(
くいちがふ
)
、
377
昼
(
ひる
)
九一合
(
くいちがふ
)
、
378
晩
(
ばん
)
九一合
(
くいちがふ
)
、
379
夜中
(
よなか
)
に
九一合
(
くいちがふ
)
、
380
夜明
(
よあ
)
け
前
(
まへ
)
に
九一合
(
くいちがふ
)
、
381
マア
一寸
(
ちよつと
)
ゴシヨゴシヨ(
五升
(
ごしよう
)
)とやつた
処
(
ところ
)
で、
382
それ
以上
(
いじやう
)
は
腹
(
はら
)
の
虫
(
むし
)
が「
梅公
(
うめこう
)
、
383
あまりぢや、
384
もう
此
(
この
)
上
(
うへ
)
は
六升
(
ろくしよう
)
だ、
385
七升
(
しちしよう
)
(
七生
(
しちしやう
)
)
迄
(
まで
)
怨
(
うら
)
み
升
(
ます
)
」と
副守
(
ふくしゆ
)
の
奴
(
やつ
)
でさへも
弱音
(
よわね
)
を
吹
(
ふ
)
いたのだからな』
386
甲
(
かふ
)
『
随分
(
ずゐぶん
)
酒豪
(
しゆがう
)
だな』
387
梅公
(
うめこう
)
『
酒豪
(
しゆがう
)
な
守護神
(
しゆご
じん
)
だ、
388
然
(
しか
)
し
之
(
これ
)
だけ、
389
酒
(
さけ
)
飲
(
の
)
みの
梅公
(
うめこう
)
も
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
はずつと
改心
(
かいしん
)
して、
390
滅多
(
めつた
)
に
飲
(
の
)
みた
事
(
こと
)
はあるまいがな、
391
偉
(
えら
)
い
者
(
もの
)
だらう』
392
浅公
(
あさこう
)
『アハヽヽヽ、
393
飲
(
の
)
み
度
(
た
)
いと
云
(
い
)
つたつて
飲
(
の
)
ます
者
(
もの
)
がないものだから
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
なものだ』
394
梅公
(
うめこう
)
『
酒
(
さけ
)
の
酔
(
よ
)
い
本性
(
ほんしやう
)
違
(
たが
)
はずだ、
395
何程
(
なにほど
)
酔
(
よ
)
つた
処
(
ところ
)
で
足
(
あし
)
が
ひよろ
つくの、
396
頭
(
あたま
)
が
痛
(
いた
)
いの、
397
眩暈
(
めまい
)
が
来
(
く
)
るの、
398
八百屋
(
やほや
)
店
(
みせ
)
を
開業
(
かいげふ
)
するのと
云
(
い
)
ふ
様
(
やう
)
な
不始末
(
ふしまつ
)
な
事
(
こと
)
は、
399
ちつとも、
400
無
(
な
)
いのだからな、
401
それで
今日
(
けふ
)
の
様
(
やう
)
な
妙案
(
めうあん
)
奇策
(
きさく
)
を
捻
(
ひね
)
り
出
(
だ
)
すのだ、
402
今晩
(
こんばん
)
斯
(
か
)
うして
貴様
(
きさま
)
達
(
たち
)
が
甘
(
うま
)
い
酒
(
さけ
)
に
舌鼓
(
したつづみ
)
を
打
(
う
)
つ
様
(
やう
)
にしてやつたのは
俺
(
おれ
)
のお
蔭
(
かげ
)
ぢやないか、
403
随分
(
ずゐぶん
)
うまくいつたぢやないか』
404
寅公
(
とらこう
)
『あの
暗
(
くら
)
がりに
飲
(
の
)
まぬ
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
うた
気
(
き
)
になつて、
405
冷
(
つめた
)
い
土
(
つち
)
の
上
(
うへ
)
に
横
(
よこた
)
はり、
406
向
(
むか
)
うから
一歩
(
ひとあし
)
々々
(
ひとあし
)
近
(
ちか
)
づいて
来
(
く
)
る
足音
(
あしおと
)
、
407
何処
(
どこ
)
を
踏
(
ふ
)
まれるか
分
(
わか
)
つたものぢやない、
408
其
(
その
)
時
(
とき
)
の
心
(
こころ
)
のせつなさ、
409
腰
(
こし
)
をトウトウ
土足
(
どそく
)
で
踏
(
ふ
)
まれ、
410
睾丸
(
きんたま
)
を
踏
(
ふ
)
まれた
時
(
とき
)
の
痛
(
いた
)
いの
痛
(
いた
)
くないのつて
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
の
放
(
はな
)
れ
業
(
わざ
)
だ、
411
随分
(
ずゐぶん
)
俺
(
おれ
)
も
骨
(
ほね
)
を
折
(
お
)
つた、
412
何
(
なに
)
ほど
梅公
(
うめこう
)
が
賢
(
かしこ
)
うても
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
が
実行
(
じつかう
)
せなくては
今夜
(
こんや
)
の
芝居
(
しばゐ
)
は
打
(
う
)
てやしない、
413
あまり
威張
(
ゐば
)
つて
貰
(
もら
)
うまいかい』
414
辰公
(
たつこう
)
『
俺
(
おれ
)
だつて
臍
(
へそ
)
の
上
(
うへ
)
をギユツと
踏
(
ふ
)
まれた
時
(
とき
)
の
苦
(
くる
)
しさ、
415
早速
(
さつそく
)
ベランメー
口調
(
くてう
)
で
業託
(
ごうたく
)
を
云
(
い
)
はうと
思
(
おも
)
つても
満足
(
まんぞく
)
に
声
(
こゑ
)
も
出
(
で
)
やがらぬのだ、
416
皆
(
みな
)
の
奴
(
やつ
)
、
417
気
(
き
)
が
利
(
き
)
かぬ
者
(
もの
)
だから
暗
(
くら
)
がり
紛
(
まぎ
)
れに
旅人
(
たびびと
)
だと
思
(
おも
)
つて
俺
(
おれ
)
の
頭
(
あたま
)
と
云
(
い
)
はず
背中
(
せなか
)
と
云
(
い
)
はず、
418
幾
(
いく
)
ら
叩
(
たた
)
きよつたか
分
(
わか
)
つたものぢやない、
419
コオこれを
見
(
み
)
い、
420
背中
(
せなか
)
が
青
(
あを
)
くなつて
居
(
を
)
るワ』
421
梅公
(
うめこう
)
『アハヽヽヽ、
422
何
(
なに
)
ぬかしよるのだ、
423
蛙
(
かはづ
)
ぢやあるまいし
背中
(
せなか
)
の
青
(
あを
)
くなつたのが
如何
(
どう
)
して
分
(
わか
)
るかい、
424
兎角
(
とかく
)
芝居
(
しばゐ
)
は
幕開
(
まくあ
)
きはしたものの
馬
(
うま
)
の
脚
(
あし
)
や
猪
(
しし
)
になる
大根
(
だいこん
)
役者
(
やくしや
)
が、
425
うまくやつて
呉
(
く
)
れるかと
思
(
おも
)
つて
随分
(
ずゐぶん
)
気
(
き
)
を
揉
(
も
)
みたよ、
426
マアマア
木戸銭
(
きどせん
)
取
(
と
)
らずの
奉納
(
ほうなふ
)
芝居
(
しばゐ
)
だから、
427
あれ
位
(
くらゐ
)
で
観客
(
くわんきやく
)
も
何
(
なん
)
とも
云
(
い
)
はぬが、
428
下足賃
(
げそくちん
)
でも
徴
(
と
)
つて
見
(
み
)
よ、
429
それこそ
一人
(
ひとり
)
も
這入
(
はい
)
る
者
(
もの
)
はありやせないぞ、
430
然
(
しか
)
し
寅公
(
とらこう
)
、
431
辰公
(
たつこう
)
、
432
鳶公
(
とびこう
)
、
433
貴様
(
きさま
)
等
(
ら
)
五
(
ご
)
人
(
にん
)
は
如何
(
どう
)
しやがつたかと
思
(
おも
)
つて
心配
(
しんぱい
)
して
居
(
を
)
つたら、
434
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
にか
先
(
さき
)
に
行
(
ゆ
)
きよつて
天眼通
(
てんがんつう
)
だの、
435
何
(
なん
)
のと
甘
(
うま
)
い
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ひよつたね』
436
寅公
(
とらこう
)
『
当意
(
たうい
)
即妙
(
そくめう
)
、
437
神謀
(
しんぼう
)
奇略
(
きりやく
)
の
智勇
(
ちゆう
)
兼備
(
けんび
)
の
大将
(
たいしやう
)
だ、
438
知識
(
ちしき
)
の
源泉
(
げんせん
)
たる
吾々
(
われわれ
)
、
439
何処
(
どこ
)
に
抜
(
ぬ
)
け
目
(
め
)
があるものかい、
440
サアサ
良
(
い
)
い
加減
(
かげん
)
に
寝
(
やす
)
まうぢやないか』
441
浅公
(
あさこう
)
『オヽ、
442
寝
(
やす
)
みても
宜
(
よ
)
からう、
443
膝坊主
(
ひざばうず
)
でも
抱
(
だ
)
いて
寝
(
ね
)
エ、
444
アーア、
445
今晩
(
こんばん
)
の
女
(
をんな
)
は
随分
(
ずゐぶん
)
素敵
(
すてき
)
な
奴
(
やつ
)
ぢやないか、
446
アンナ
良
(
よ
)
い
女房
(
にようばう
)
を
持
(
も
)
つたハズバンドは
随分
(
ずゐぶん
)
に
幸福
(
かうふく
)
だらうな、
447
エー
怪体
(
けつたい
)
の
悪
(
わる
)
い、
448
あれ
程
(
ほど
)
堅苦
(
かたぐる
)
しい
事
(
こと
)
云
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
た
黒姫
(
くろひめ
)
の
大将
(
たいしやう
)
は
婿
(
むこ
)
を
持
(
も
)
つ、
449
やもめ
ばつかりの
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
は
指
(
ゆび
)
を
啣
(
くは
)
へて、
450
見
(
み
)
て
居
(
を
)
るより
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
い、
451
そこへ
又
(
また
)
うら
若
(
わか
)
い
綺麗
(
きれい
)
な
夫婦
(
ふうふ
)
がやつて
来
(
き
)
やがつて、
452
随分
(
ずゐぶん
)
貴様
(
きさま
)
達
(
たち
)
も
気
(
き
)
が
揉
(
も
)
める
事
(
こと
)
だらう、
453
アハヽヽヽ』
454
と
酔
(
よ
)
ひに
乗
(
じやう
)
じて
四辺
(
あたり
)
構
(
かま
)
はず
罵
(
ののし
)
つて
居
(
を
)
る。
455
綾彦
(
あやひこ
)
、
456
お
民
(
たみ
)
は
黒姫
(
くろひめ
)
の
命
(
めい
)
に
依
(
よ
)
り、
457
一室
(
ひとま
)
に
行
(
い
)
つて
寝
(
しん
)
に
就
(
つ
)
かむと
廊下
(
らうか
)
を
通
(
とほ
)
る
折
(
をり
)
、
458
思
(
おも
)
はぬ
酒
(
さけ
)
の
酔
(
よ
)
ひの
笑
(
わら
)
ひ
声
(
ごゑ
)
、
459
立
(
た
)
ち
聞
(
ぎ
)
きは
不道徳
(
ふだうとく
)
とは
知
(
し
)
り
乍
(
なが
)
らも、
460
つひ
気
(
き
)
にかかりフツと
耳
(
みみ
)
を
傾
(
かたむ
)
け
聞
(
き
)
いて
居
(
を
)
れば、
461
どうやら
自分
(
じぶん
)
の
事
(
こと
)
らしい、
462
二人
(
ふたり
)
は
顔
(
かほ
)
見合
(
みあは
)
せ
何事
(
なにごと
)
かひそひそ
囁
(
ささや
)
き
乍
(
なが
)
ら
一睡
(
いつすゐ
)
もせず
其
(
その
)
夜
(
よ
)
を
明
(
あ
)
かしける。
463
(
大正一一・四・二六
旧三・三〇
北村隆光
録)
464
(昭和一〇・六・一 王仁校正)
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