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第48巻(亥の巻)
序文
総説
第1篇 変現乱痴
01 聖言
〔1255〕
02 武乱泥
〔1256〕
03 観音経
〔1257〕
04 雪雑寝
〔1258〕
05 鞘当
〔1259〕
06 狂転
〔1260〕
第2篇 幽冥摸索
07 六道の辻
〔1261〕
08 亡者苦雑
〔1262〕
09 罪人橋
〔1263〕
第3篇 愛善信真
10 天国の富
〔1264〕
11 霊陽山
〔1265〕
12 西王母
〔1266〕
13 月照山
〔1267〕
14 至愛
〔1268〕
第4篇 福音輝陣
15 金玉の辻
〔1269〕
16 途上の変
〔1270〕
17 甦生
〔1271〕
18 冥歌
〔1272〕
19 兵舎の囁
〔1273〕
20 心の鬼
〔1274〕
余白歌
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第四章
雪雑寝
(
ゆきざこね
)
〔一二五八〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第48巻 舎身活躍 亥の巻
篇:
第1篇 変現乱痴
よみ(新仮名遣い):
へんげんらんち
章:
第4章 雪雑寝
よみ(新仮名遣い):
ゆきざこね
通し章番号:
1258
口述日:
1923(大正12)年01月12日(旧11月26日)
口述場所:
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1924(大正13)年10月25日
概要:
舞台:
浮木の森のバラモン軍の陣営
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
アークは、三五教の二人の美人宣伝使に加えてお民もいる今、酒宴を開いたらどうかとランチ将軍に提案した。ランチ将軍は幕僚のみの酒宴を開くこととし、アークとタールは準備に出て行った。
後に残ったランチ将軍とお民はしばし、軍人の本分について語り合った。ランチ将軍は、人間は悪を喜ぶのが本能だから、他を亡ぼし圧迫し略奪しなくては世にときめきわたることはできない、と体主霊従主義を開陳している。そして、蠑螈別もその道理がわかったら、お民と一緒に陣中においてやろうとお民に言い渡した。
アークとタールが酒房に酒を取りに行くと、エキスが酒を盗み飲みしている。エキスにそそのかされたアークとタールは、一緒に酒を飲み始めて前後不覚になり、その場に倒れてしまった。
蠑螈別とお民はこの場を通りかかった。お民はこれを見て、酒を控えるように蠑螈別に言うが、蠑螈別も酒を飲み始め、一緒に倒れてしまった。お民はさっさとこの場を立ち去った。
木枯らしが吹く雪が、倒れた四人の上に降り注いた。次第にあたりも見えないほどに雪が降りしきり、たちまち四人の体は積雪に包まれてしまった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2023-05-18 09:31:38
OBC :
rm4804
愛善世界社版:
51頁
八幡書店版:
第8輯 606頁
修補版:
校定版:
53頁
普及版:
26頁
初版:
ページ備考:
001
蠑螈別
(
いもりわけ
)
は
次
(
つぎ
)
の
神殿
(
しんでん
)
の
間
(
ま
)
に
進
(
すす
)
んで
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
祈願
(
きぐわん
)
を
凝
(
こ
)
らしてゐる。
002
後
(
あと
)
にはランチ
将軍
(
しやうぐん
)
、
003
お
民
(
たみ
)
、
004
アーク、
005
タールの
四
(
よ
)
人
(
にん
)
が
冷
(
ひや
)
やかな
笑
(
ゑみ
)
を
泛
(
うか
)
べて、
006
暫
(
しばら
)
く
沈黙
(
ちんもく
)
の
幕
(
まく
)
を
下
(
お
)
ろしてゐた。
007
アークは
口
(
くち
)
を
開
(
ひら
)
いて
鼻柱
(
はなばしら
)
の
両方
(
りやうはう
)
を
右
(
みぎ
)
の
手
(
て
)
でクレリ クレリと
擦
(
こす
)
り
上
(
あ
)
げながら、
008
アーク
『モシ
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
、
009
今
(
いま
)
承
(
うけたま
)
はれば
実
(
じつ
)
に
御
(
ご
)
愉快
(
ゆくわい
)
な
事
(
こと
)
で
厶
(
ござ
)
つたさうですな。
010
何処
(
どこ
)
ともなしに
御
(
ご
)
雄壮
(
ゆうさう
)
なる………
否
(
いな
)
歓喜
(
くわんき
)
に
充
(
み
)
たされた
御
(
ご
)
尊顔
(
そんがん
)
を
拝
(
はい
)
し
奉
(
たてまつ
)
り、
011
アーク
身
(
み
)
にとり
恐悦
(
きようえつ
)
至極
(
しごく
)
に
存
(
ぞん
)
じ
承
(
たてまつ
)
ります。
012
古
(
いにしへ
)
より
英雄
(
えいゆう
)
色
(
いろ
)
を
好
(
この
)
むとか
伝
(
つた
)
へ
聞
(
き
)
いて
居
(
を
)
りまする、
013
之
(
これ
)
にて
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
も
初
(
はじ
)
めて
英雄
(
えいゆう
)
の
英雄
(
えいゆう
)
たる
器量
(
きりやう
)
を
発揮
(
はつき
)
遊
(
あそ
)
ばしたと
云
(
い
)
ふもの、
014
いかでか
之
(
これ
)
を
祝
(
しゆく
)
せずに
居
(
を
)
れませう。
015
然
(
しか
)
しお
祝
(
いはひ
)
には
酒
(
さけ
)
がつきものです。
016
酒
(
さけ
)
がつかなければあまり
縁起
(
えんぎ
)
がよくないものです。
017
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
の
此
(
この
)
お
祝
(
いはひ
)
をして
永遠
(
ゑいゑん
)
無窮
(
むきう
)
に
益々
(
ますます
)
幸
(
さち
)
あらしめむために、
018
お
酒
(
さけ
)
を
一杯
(
いつぱい
)
頂戴
(
ちやうだい
)
する
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
きませぬか。
019
幸
(
さいは
)
ひお
民
(
たみ
)
殿
(
どの
)
がここに
居
(
を
)
られますれば、
020
お
酌
(
しやく
)
は
合
(
あ
)
うたり
叶
(
かな
)
うたり、
021
万事
(
ばんじ
)
惟神
(
かむながら
)
的
(
てき
)
に
出来
(
でき
)
て
居
(
を
)
ります。
022
如何
(
いかが
)
で
厶
(
ござ
)
りませう』
023
ランチ
『アーク、
024
其
(
その
)
方
(
はう
)
は
気
(
き
)
の
利
(
き
)
いた
奴
(
やつ
)
だ。
025
やはり
俺
(
おれ
)
が
幕僚
(
ばくれう
)
に
栄転
(
えいてん
)
させて
使
(
つか
)
つたのは、
026
要
(
えう
)
するに
先見
(
せんけん
)
の
明
(
めい
)
ありと
云
(
い
)
ふべしだ。
027
よし、
028
其
(
その
)
方
(
はう
)
の
言葉
(
ことば
)
が
気
(
き
)
に
入
(
い
)
つた、
029
何程
(
いくら
)
なりと
酒
(
さけ
)
は
飲
(
の
)
み
放題
(
はうだい
)
、
030
然
(
しか
)
しながら
軍規
(
ぐんき
)
紊乱
(
ぶんらん
)
の
恐
(
おそ
)
れあれば、
031
あまり
部下
(
ぶか
)
の
者
(
もの
)
には
知
(
し
)
らさぬ
様
(
やう
)
に
幕僚
(
ばくれう
)
のみ
私
(
ひそ
)
かに
酒宴
(
しゆえん
)
を
催
(
もよほ
)
すであらう』
032
アーク
『
早速
(
さつそく
)
の
御
(
ご
)
承知
(
しようち
)
、
033
流石
(
さすが
)
は
明智
(
めいち
)
の
大将
(
たいしやう
)
、
034
吾
(
わが
)
意
(
い
)
を
得
(
え
)
たりと
云
(
い
)
ふべしだ。
035
エヘン、
036
おいタール、
037
如何
(
どう
)
だ、
038
俺
(
おれ
)
の
言霊
(
ことたま
)
は
其
(
その
)
功力
(
くりき
)
忽
(
たちま
)
ちだ、
039
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
つたか』
040
タール
『うん、
041
斯
(
か
)
ふ
云
(
い
)
ふ
時
(
とき
)
にや
貴様
(
きさま
)
は
最適任
(
さいてきにん
)
だ。
042
その
代
(
かは
)
り
敵陣
(
てきぢん
)
に
向
(
むか
)
つちや
一番
(
いちばん
)
がけに
逃
(
に
)
げる
奴
(
やつ
)
だからな。
043
弱
(
よわ
)
い
敵
(
てき
)
と
見
(
み
)
りや
無性
(
むしやう
)
矢鱈
(
やたら
)
に
追駆
(
おつか
)
けて
行
(
ゆ
)
きよるが、
044
少
(
すこ
)
し
許
(
ばか
)
り
敵
(
てき
)
が
強
(
つよ
)
いと
見
(
み
)
たら
尻
(
しり
)
に
帆
(
ほ
)
かけてスタコラ、
045
ヨイヤサと
一目散
(
いちもくさん
)
だから
大
(
たい
)
したものだよ。
046
アハヽヽヽ』
047
ランチ
『コリヤコリヤ
両人
(
りやうにん
)
、
048
此
(
この
)
目出度
(
めでた
)
い
時
(
とき
)
に、
049
左様
(
さやう
)
な
争
(
いさか
)
ひは
不吉
(
ふきつ
)
だ。
050
七六
(
しちむつ
)
かしい
戦
(
いくさ
)
なんかの
話
(
はなし
)
はやめてくれ。
051
それよりも
話
(
はなし
)
は
止
(
や
)
めてお
民
(
たみ
)
に
酌
(
しやく
)
をさせ、
052
二人
(
ふたり
)
の
珍客
(
ちんきやく
)
に
舞
(
ま
)
ひつ
踊
(
をど
)
りつ、
053
お
慰
(
なぐさ
)
みに
供
(
きよう
)
するのだな。
054
エヘヽヽヽ、
055
サア
早
(
はや
)
く
将軍
(
しやうぐん
)
の
命令
(
めいれい
)
だ、
056
用意
(
ようい
)
!
一
(
いち
)
、
057
二
(
に
)
、
058
三
(
さん
)
!』
059
アーク、
060
タールは
早速
(
さつそく
)
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
外
(
はづ
)
し、
061
酒
(
さけ
)
の
用意
(
ようい
)
を
整
(
ととの
)
ふべく
出
(
で
)
て
行
(
い
)
つた。
062
あとにランチ
将軍
(
しやうぐん
)
とお
民
(
たみ
)
は
差向
(
さしむか
)
ひとなつて、
063
一
(
ひと
)
つの
火鉢
(
ひばち
)
を
隔
(
へだ
)
て
小
(
ちひ
)
さい
声
(
こゑ
)
で
何事
(
なにごと
)
か
囁
(
ささや
)
いて
居
(
ゐ
)
る。
064
お民
『
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
、
065
貴方
(
あなた
)
は
軍人
(
ぐんじん
)
がお
好
(
す
)
きで
厶
(
ござ
)
りますか、
066
但
(
ただし
)
は
理想
(
りさう
)
の
女
(
をんな
)
と
民間
(
みんかん
)
に
下
(
くだ
)
つて
楽
(
たの
)
しくお
暮
(
くら
)
し
遊
(
あそ
)
ばすがお
好
(
す
)
きですか、
067
承
(
うけたま
)
はりたいものですな』
068
ランチ
『ウン、
069
俺
(
おれ
)
はもとはお
前
(
まへ
)
の
知
(
し
)
つてる
通
(
とほ
)
りバラモン
教
(
けう
)
の
大
(
だい
)
宣伝使
(
せんでんし
)
兼
(
けん
)
大将軍
(
だいしやうぐん
)
だ。
070
右
(
みぎ
)
の
手
(
て
)
に
剣
(
つるぎ
)
を
持
(
も
)
ち、
071
左
(
ひだり
)
の
手
(
て
)
にコーランを
携
(
たづさ
)
へて
臨
(
のぞ
)
み、
072
教
(
をしへ
)
を
聞
(
き
)
くものは
之
(
これ
)
を
善人
(
ぜんにん
)
と
見做
(
みな
)
し、
073
教
(
をしへ
)
を
聞
(
き
)
かないものは
之
(
これ
)
を
魔物
(
まもの
)
と
見做
(
みな
)
して
斬
(
き
)
り
捨
(
す
)
つるのが
将軍
(
しやうぐん
)
の
役
(
やく
)
だ。
074
是
(
これ
)
位
(
くらゐ
)
愉快
(
ゆくわい
)
な
事
(
こと
)
があらうか。
075
将軍
(
しやうぐん
)
の
権威
(
けんゐ
)
を
以
(
もつ
)
てすれば、
076
何事
(
なにごと
)
も
意
(
い
)
の
如
(
ごと
)
くならぬ
事
(
こと
)
はないのだから、
077
何処
(
どこ
)
迄
(
まで
)
もバラモン
教
(
けう
)
の
宣伝
(
せんでん
)
将軍
(
しやうぐん
)
は
止
(
や
)
められないのだ。
078
実
(
じつ
)
に
吾々
(
われわれ
)
の
威勢
(
ゐせい
)
は
空
(
そら
)
に
輝
(
かがや
)
く
日月
(
じつげつ
)
の
如
(
ごと
)
きものだ。
079
其
(
その
)
方
(
はう
)
も
吾
(
わが
)
前
(
まへ
)
に
近
(
ちか
)
く
侍
(
はべ
)
り、
080
実
(
じつ
)
に
光栄
(
くわうえい
)
だらう』
081
お民
『ハイ、
082
光栄
(
くわうえい
)
に
存
(
ぞん
)
じます。
083
然
(
しか
)
し
軍人
(
ぐんじん
)
と
云
(
い
)
ふものは
天下
(
てんか
)
泰平
(
たいへい
)
の
時
(
とき
)
には
必要
(
ひつえう
)
がないものですな、
084
斯
(
か
)
ふ
云
(
い
)
ふ
乱世
(
らんせ
)
になれば
無
(
な
)
くては
叶
(
かな
)
ひますまい。
085
其
(
その
)
点
(
てん
)
になれば
軍人
(
ぐんじん
)
さまは
国家
(
こくか
)
の
柱石
(
ちうせき
)
、
086
平和
(
へいわ
)
の
守
(
まも
)
り
神
(
がみ
)
様
(
さま
)
で
厶
(
ござ
)
ります。
087
併
(
しか
)
しながら
貴方
(
あなた
)
等
(
がた
)
の
神力
(
しんりき
)
と
武力
(
ぶりよく
)
によつて
世界
(
せかい
)
が
平定
(
へいてい
)
され、
088
真善美
(
しんぜんび
)
の
平和
(
へいわ
)
が
建設
(
けんせつ
)
されたならば、
089
軍人
(
ぐんじん
)
はおやめになりませうな、
090
否
(
いな
)
必要
(
ひつえう
)
がありますまいな』
091
ランチ
『ウン、
092
それもさうだ。
093
併
(
しか
)
しそれは
云
(
い
)
ふべくして
行
(
おこな
)
ふべからざるものだ。
094
徒
(
いたづら
)
に
高遠
(
かうゑん
)
な
理想
(
りさう
)
世界
(
せかい
)
を
夢
(
ゆめ
)
みた
所
(
ところ
)
で、
095
所詮
(
しよせん
)
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
戦
(
たたか
)
ひの
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
だ。
096
弱
(
よわ
)
い
者
(
もの
)
は
到底
(
たうてい
)
頭
(
あたま
)
の
上
(
あが
)
らない
娑婆
(
しやば
)
世界
(
せかい
)
だ。
097
さうして
不幸
(
ふかう
)
にして
世界
(
せかい
)
が
平和
(
へいわ
)
に
治
(
をさ
)
まり
善人
(
ぜんにん
)
ばかりになつたら、
098
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
軍人
(
ぐんじん
)
はサツパリ
商売
(
しやうばい
)
が
出来
(
でき
)
ない。
099
敵
(
てき
)
が
現
(
あら
)
はれて
各所
(
かくしよ
)
に
動乱
(
どうらん
)
が
起
(
おこ
)
ればこそ
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
の
威勢
(
ゐせい
)
も
出
(
で
)
るなり、
100
又
(
また
)
安楽
(
あんらく
)
に
生活
(
せいくわつ
)
が
出来
(
でき
)
るのだ。
101
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
善悪
(
ぜんあく
)
混淆
(
こんこう
)
だよ、
102
芝居
(
しばゐ
)
だよ。
103
虚偽
(
きよぎ
)
と
罪悪
(
ざいあく
)
とを
擅
(
ほしいまま
)
にする
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
だ。
104
よく
考
(
かんが
)
へて
見
(
み
)
よ、
105
瀬戸物
(
せともの
)
屋
(
や
)
は
瀬戸物
(
せともの
)
の
割
(
わ
)
れる
事
(
こと
)
を
好
(
この
)
み、
106
坊主
(
ばうず
)
は
死者
(
ししや
)
の
多
(
おほ
)
からむ
事
(
こと
)
を
願
(
ねが
)
ひ、
107
医者
(
いしや
)
は
病人
(
びやうにん
)
の
多
(
おほ
)
からむ
事
(
こと
)
を
望
(
のぞ
)
み、
108
スパイは
小盗人
(
こぬすと
)
の
多
(
おほ
)
からむ
事
(
こと
)
を
欲
(
ほつ
)
し、
109
役人
(
やくにん
)
は
罪人
(
ざいにん
)
の
最
(
もつと
)
も
多
(
おほ
)
きを
以
(
もつ
)
て
自分
(
じぶん
)
の
商売
(
しやうばい
)
の
繁栄
(
はんゑい
)
として
喜
(
よろこ
)
ぶのだ。
110
何程
(
なにほど
)
三五教
(
あななひけう
)
とやらが
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
を
水晶
(
すゐしやう
)
にすると
云
(
い
)
つても
五六七
(
みろく
)
の
世
(
よ
)
を
建設
(
けんせつ
)
すると
云
(
い
)
つても、
111
それは
口先
(
くちさき
)
ばかりだ。
112
要
(
えう
)
するに
商売
(
しやうばい
)
の
能書
(
のうがき
)
だ、
113
広告
(
くわうこく
)
手段
(
しゆだん
)
だ。
114
お
前
(
まへ
)
もチツと
時代
(
じだい
)
に
目
(
め
)
を
醒
(
さま
)
し
社会
(
しやくわい
)
の
潮流
(
てうりう
)
に
遅
(
おく
)
れない
様
(
やう
)
にしたがよからうぞ。
115
之
(
これ
)
が
人世
(
じんせ
)
の
径路
(
けいろ
)
だ。
116
さうして
悪
(
あく
)
を
喜
(
よろこ
)
ぶのは
人間
(
にんげん
)
の
本能
(
ほんのう
)
だ。
117
己
(
おのれ
)
を
安全
(
あんぜん
)
にし
己
(
おのれ
)
の
幸福
(
かうふく
)
を
得
(
え
)
むとすれば、
118
必
(
かなら
)
ずや
他
(
た
)
を
亡
(
ほろぼ
)
し
他
(
た
)
を
圧迫
(
あつぱく
)
し
他
(
た
)
の
利益
(
りえき
)
を
掠奪
(
りやくだつ
)
せなくちや、
119
到底
(
たうてい
)
世
(
よ
)
に
時
(
とき
)
めき
渡
(
わた
)
り、
120
貴人
(
きじん
)
となり
富豪
(
ふうがう
)
となり
紳士
(
しんし
)
紳商
(
しんしやう
)
となることは
出来
(
でき
)
ない。
121
お
前
(
まへ
)
のくはへて
来
(
き
)
た
蠑螈別
(
いもりわけ
)
も
余程
(
よつぽど
)
薄野呂
(
うすのろ
)
だな。
122
あれ
見
(
み
)
よ、
123
泡沫
(
ほうまつ
)
に
等
(
ひと
)
しき
経文
(
きやうもん
)
を
楯
(
たて
)
に、
124
此
(
この
)
ランチ
将軍
(
しやうぐん
)
の
命
(
いのち
)
を
祈
(
いの
)
りによつてとらう
等
(
など
)
と、
125
アハヽヽヽ……
扨
(
さ
)
ても
扨
(
さ
)
ても
うぶ
な
考
(
かんが
)
へだ。
126
殆
(
ほとん
)
ど
今日
(
こんにち
)
の
時代
(
じだい
)
より
一万
(
いちまん
)
年
(
ねん
)
ばかりおくれて
居
(
ゐ
)
る。
127
チツと
脳味噌
(
なうみそ
)
の
詰替
(
つめかへ
)
をしてやらなくちや
此
(
この
)
陣中
(
ぢんちう
)
でも
使
(
つか
)
ひ
様
(
やう
)
がないわ』
128
と
調子
(
てうし
)
に
乗
(
の
)
つて
体主
(
たいしゆ
)
霊従
(
れいじう
)
主義
(
しゆぎ
)
をお
民
(
たみ
)
に
向
(
むか
)
つてまくし
立
(
た
)
ててゐる。
129
お
民
(
たみ
)
は
善悪
(
ぜんあく
)
に
迷
(
まよ
)
ひ、
130
只
(
ただ
)
俯向
(
うつむ
)
いて
考
(
かんが
)
へ
込
(
こ
)
んでゐる。
131
お民
『もしランチ
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
、
132
夜前
(
やぜん
)
のお
二人
(
ふたり
)
の
美
(
うつく
)
しいお
方
(
かた
)
は
何方
(
どちら
)
へ
行
(
ゆ
)
かれました。
133
一度
(
いちど
)
拝顔
(
はいがん
)
を
願
(
ねが
)
ひ
度
(
た
)
いもので
厶
(
ござ
)
りますな』
134
ランチ
『ウン、
135
あまり
話
(
はなし
)
に
実
(
み
)
が
入
(
い
)
つて、
136
肝腎
(
かんじん
)
のナイスを
念頭
(
ねんとう
)
より
遺失
(
ゐしつ
)
して
居
(
ゐ
)
た。
137
オー、
138
さうだ、
139
斯
(
こ
)
んな
事
(
こと
)
してる
時
(
とき
)
ぢやない、
140
ヒヨツと
片彦
(
かたひこ
)
にでも
占領
(
せんりやう
)
されちや
大変
(
たいへん
)
だ。
141
いやお
民
(
たみ
)
殿
(
どの
)
、
142
其方
(
そなた
)
は
蠑螈別
(
いもりわけ
)
に
対
(
たい
)
し
某
(
それがし
)
が
今
(
いま
)
申
(
まを
)
した
言葉
(
ことば
)
、
143
トツクリと
云
(
い
)
ひ
聞
(
き
)
かしたがよからう、
144
それが
合点
(
がてん
)
が
行
(
い
)
つたら、
145
お
前
(
まへ
)
と
二人
(
ふたり
)
此
(
この
)
陣中
(
ぢんちう
)
に
大切
(
たいせつ
)
にしておいて
上
(
あ
)
げよう』
146
お民
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
ります。
147
御存
(
ごぞん
)
じの
通
(
とほ
)
りの
男
(
をとこ
)
で
厶
(
ござ
)
りますから、
148
お
気
(
き
)
に
障
(
さは
)
る
事
(
こと
)
をチヨイチヨイ
申
(
まを
)
しませうが、
149
何卒
(
なにとぞ
)
大目
(
おほめ
)
に
見
(
み
)
てやつて
下
(
くだ
)
さい。
150
蠑螈別
(
いもりわけ
)
は
少々
(
せうせう
)
ばかり
精神
(
せいしん
)
上
(
じやう
)
に
欠陥
(
けつかん
)
が
厶
(
ござ
)
りますから』
151
ランチ
『ウン、
152
ヨシヨシ、
153
精神
(
せいしん
)
病者
(
びやうしや
)
ならば
又
(
また
)
その
積
(
つも
)
りで、
154
つき
合
(
あ
)
うて
上
(
あ
)
げよう、
155
随分
(
ずゐぶん
)
気
(
き
)
をつけてやつたが
宜
(
よ
)
からう』
156
お民
『ハイ、
157
お
情深
(
なさけぶか
)
いお
言葉
(
ことば
)
、
158
お
民
(
たみ
)
の
肝
(
きも
)
に
銘
(
めい
)
じて、
159
何時
(
いつ
)
の
世
(
よ
)
にかは
忘
(
わす
)
れませう。
160
将軍
(
しやうぐん
)
さま、
161
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
ります』
162
と
手
(
て
)
を
組
(
く
)
んで
涙
(
なみだ
)
を
流
(
なが
)
し
感謝
(
かんしや
)
してゐる。
163
アーク、
164
タールの
両人
(
りやうにん
)
は
酒房
(
しゆばう
)
へ
振舞酒
(
ふるまひざけ
)
をとり
出
(
だ
)
すべく
欣々
(
いそいそ
)
として
進
(
すす
)
みやつて
来
(
き
)
た。
165
見
(
み
)
れば
一人
(
ひとり
)
の
男
(
をとこ
)
が
壺
(
つぼ
)
に
杓
(
しやく
)
を
突
(
つ
)
つ
込
(
こ
)
みグビリ グビリと
飲
(
の
)
んでゐる。
166
よくよく
見
(
み
)
れば
同僚
(
どうれう
)
のエキスであつた。
167
アークはエキスの
後
(
うしろ
)
から
足音
(
あしおと
)
を
忍
(
しの
)
ばせながら
近
(
ちか
)
く
進
(
すす
)
み
寄
(
よ
)
り、
168
アーク
『オイ』
169
と
一声
(
ひとこゑ
)
呶鳴
(
どな
)
ると
共
(
とも
)
に
背中
(
せなか
)
を
三
(
み
)
つ
四
(
よ
)
つ
喰
(
くら
)
はした。
170
エキスは
不意
(
ふい
)
を
打
(
う
)
たれて
杓
(
しやく
)
をパツと
放
(
はな
)
し、
171
呂律
(
ろれつ
)
も
廻
(
まは
)
らぬ
舌
(
した
)
で、
172
エキス
『ダヽヽヽ
誰
(
だれ
)
ぢやい、
173
エーン、
174
人
(
ひと
)
が
折角
(
せつかく
)
いい
気分
(
きぶん
)
になつてるのに、
175
後
(
うしろ
)
から
来
(
き
)
やがつて
脅
(
おびや
)
かしやがつたな。
176
マア
待
(
ま
)
て、
177
今
(
いま
)
に
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
に
訴
(
うつた
)
へてやらう』
178
アーク
『コリヤ、
179
貴様
(
きさま
)
はエキスぢやないか、
180
エーン、
181
俺
(
おれ
)
の
方
(
はう
)
から
訴
(
うつた
)
へてやらう。
182
酒泥棒
(
さけどろぼう
)
奴
(
め
)
、
183
誰
(
たれ
)
の
許
(
ゆる
)
しを
得
(
え
)
て
此処
(
ここ
)
に
来
(
き
)
たのだ』
184
エキス
『エーン、
185
八釜
(
やかま
)
しう
云
(
い
)
ふない。
186
同
(
おな
)
じ
穴
(
あな
)
の
狐
(
きつね
)
ぢやないか。
187
貴様
(
きさま
)
だつて
今
(
いま
)
酒
(
さけ
)
を
盗
(
ぬす
)
んで
喰
(
くら
)
はうと
思
(
おも
)
つて
来
(
き
)
やがつたのだらう。
188
俺
(
おれ
)
が
一足先
(
ひとあしさき
)
に
来
(
き
)
たばかりだ。
189
やはり
酒
(
さけ
)
を
盗
(
ぬす
)
む
心
(
こころ
)
は
同
(
おな
)
じだ。
190
俺
(
おれ
)
の
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふと
貴様
(
きさま
)
の
事
(
こと
)
を
素破抜
(
すつぱぬ
)
くぞ』
191
アーク
『
馬鹿
(
ばか
)
云
(
い
)
ふな。
192
俺
(
おれ
)
は
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
の
命令
(
めいれい
)
によつて
今日
(
けふ
)
お
祝
(
いはひ
)
があるのでお
酒
(
さけ
)
をとりに
来
(
き
)
たのだ、
193
なあタール、
194
さうだらう。
195
それにエキスの
奴
(
やつ
)
、
196
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
迄
(
まで
)
自分
(
じぶん
)
の
卑
(
いや
)
しき
心
(
こころ
)
に
比
(
くら
)
べて
盗人
(
ぬすびと
)
呼
(
よ
)
ばはりをするとは
怪
(
け
)
しからぬ
奴
(
やつ
)
だ。
197
こりやエキス、
198
違
(
ちが
)
ふと
思
(
おも
)
ふなら
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
に
聞
(
き
)
いて
見
(
み
)
よ』
199
エキス
『
酒
(
さけ
)
の
上
(
うへ
)
でした
事
(
こと
)
は
罪
(
つみ
)
はないわい。
200
そんな
野暮
(
やぼ
)
な
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふものぢやない。
201
マア
貴様
(
きさま
)
も
一杯
(
いつぱい
)
やつたら
如何
(
どう
)
だ』
202
アーク
『アハヽヽヽ、
203
到頭
(
たうとう
)
折
(
を
)
れて
来
(
き
)
よつたな。
204
それでは
御
(
ご
)
酒宴
(
しゆえん
)
に
先立
(
さきだ
)
つて
毒味
(
どくみ
)
をして
見
(
み
)
よう。
205
もし
味
(
あぢ
)
が
悪
(
わる
)
けりや
直
(
なほ
)
して
置
(
お
)
かんならぬからな』
206
エキス
『アハヽヽヽ、
207
到頭
(
たうとう
)
地金
(
ぢがね
)
を
出
(
だ
)
しよつたな。
208
オイ、
209
鍍金
(
めつき
)
先生
(
せんせい
)
、
210
偉
(
えら
)
さうに
云
(
い
)
つても、
211
塗
(
ぬ
)
つた
金箔
(
きんぱく
)
は
剥
(
は
)
げるから
仕方
(
しかた
)
がないわ。
212
エー』
213
タール
『オイ、
214
アーク、
215
ここで
飲
(
の
)
んぢやいけない、
216
樽
(
たる
)
にドツと
詰
(
つ
)
め
込
(
こ
)
んで
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
の
前
(
まへ
)
に
持
(
も
)
つて
行
(
ゆ
)
かう。
217
そしてエキスの
事
(
こと
)
をスツパぬいてやらう。
218
さうぢやないと、
219
成上
(
なりあが
)
り
者
(
もの
)
の
癖
(
くせ
)
に
威張
(
ゐば
)
りよつて
仕方
(
しかた
)
がないからな』
220
エキス
『ヘン、
221
貴様
(
きさま
)
も
成上
(
なりあが
)
がり
者
(
もの
)
ぢやないか、
222
俺
(
おれ
)
ばつかりぢやないぞ。
223
人
(
ひと
)
の
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
はうと
思
(
おも
)
へば
自分
(
じぶん
)
の
蜂
(
はち
)
から
払
(
はら
)
うてかかれ。
224
人
(
ひと
)
を
呪
(
のろ
)
はば
穴
(
あな
)
二
(
ふた
)
つだ、
225
本当
(
ほんたう
)
に
馬鹿
(
ばか
)
だな』
226
アーク
『エー、
227
何
(
なん
)
だか
喉
(
のど
)
の
虫
(
むし
)
が
頻
(
しき
)
りに
汽笛
(
きてき
)
を
吹
(
ふ
)
き
出
(
だ
)
した。
228
飲
(
の
)
みたい
事
(
こと
)
はないけど、
229
機関
(
きくわん
)
に
油
(
あぶら
)
を
注
(
さ
)
すと
思
(
おも
)
うて、
230
ホンの
三升
(
さんじよう
)
ばかり
喉
(
のど
)
を
潤
(
うるほ
)
はして
見
(
み
)
ようかい。
231
オイ、
232
タール、
233
そんな
七六
(
しちむつ
)
かしい
顔
(
かほ
)
せずに、
234
つきあうたら
如何
(
どう
)
だ。
235
なあエキス、
236
さうだらう』
237
エキス
『ウン、
238
さうだ。
239
気
(
き
)
に
入
(
い
)
つた。
240
人間
(
にんげん
)
はさうなくちやいけない、
241
タールの
様
(
やう
)
な
唐変木
(
たうへんぼく
)
は
社会
(
しやくわい
)
の
落伍者
(
らくごしや
)
だ。
242
可憐
(
かはい
)
さうなものだな』
243
タール
『ヘン、
244
馬鹿
(
ばか
)
にすない』
245
と
腹立
(
はらだ
)
ち
紛
(
まぎ
)
れに
杓
(
しやく
)
をグツと
取
(
と
)
り、
246
酒壺
(
さけつぼ
)
にグツと
突
(
つ
)
つ
込
(
こ
)
み
鯨飲
(
げいいん
)
をはじめた。
247
エキス『アハヽヽヽ、
248
到頭
(
たうとう
)
、
249
俺
(
おれ
)
の
舌
(
した
)
に
捲
(
ま
)
き
込
(
こ
)
まれよつたな。
250
然
(
しか
)
し
吾
(
わが
)
党
(
たう
)
の
士
(
し
)
だ。
251
えらいえらい』
252
と
凡
(
すべ
)
ての
紛紜
(
いさくさ
)
はケロリと
忘
(
わす
)
れ、
253
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
交
(
かは
)
る
交
(
がは
)
る
杓
(
しやく
)
に
口
(
くち
)
をつけてガブガブと
飲
(
の
)
みさがし、
254
前後
(
ぜんご
)
不覚
(
ふかく
)
になつて
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
倒
(
たふ
)
れて
了
(
しま
)
つた。
255
蠑螈別
(
いもりわけ
)
、
256
お
民
(
たみ
)
はヒヨロリ ヒヨロリと
何気
(
なにげ
)
なう
此
(
この
)
場
(
ば
)
に
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
り、
257
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
打
(
う
)
ち
倒
(
たふ
)
れてゐる
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
て
打驚
(
うちおどろ
)
き、
258
お民
『マアマア、
259
此
(
この
)
方
(
かた
)
はアークさま、
260
タールさま、
261
エキスさまぢやありませぬか。
262
マア
何
(
ど
)
うしてこんな
処
(
ところ
)
に
倒
(
たふ
)
れて
厶
(
ござ
)
るのだらう。
263
家
(
いへ
)
がないものかなんぞの
様
(
やう
)
に
土
(
つち
)
の
上
(
うへ
)
に
倒
(
たふ
)
れて、
264
みつともない
処
(
ところ
)
を
丸出
(
まるだ
)
しにして、
265
エーマアいやな
事
(
こと
)
』
266
蠑螈別
『
此奴
(
こいつ
)
ア
盗
(
ぬす
)
み
酒
(
ざけ
)
に
喰
(
くら
)
ひ
酔
(
よ
)
うて
倒
(
たふ
)
れてゐるのだ。
267
何
(
なん
)
と
酒
(
さけ
)
の
酔
(
よひ
)
と
云
(
い
)
ふものは
見
(
み
)
つともないものだな』
268
お民
『
貴方
(
あなた
)
だつて
何時
(
いつ
)
もお
酒
(
さけ
)
にお
酔
(
よ
)
ひになると、
269
もつともつと
見
(
み
)
つともないですよ。
270
そんな
時
(
とき
)
の
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
ると
三
(
さん
)
年
(
ねん
)
の
恋
(
こひ
)
もゾツとして
醒
(
さ
)
ましますよ。
271
私
(
わたし
)
なりやこそ、
272
貴方
(
あなた
)
を
今迄
(
いままで
)
愛
(
あい
)
して
来
(
き
)
たのですよ。
273
本当
(
ほんたう
)
に
男
(
をとこ
)
と
云
(
い
)
ふものは
卑
(
いや
)
しいものだな。
274
吾
(
わが
)
身
(
み
)
の
正念
(
しやうねん
)
がなくなる
処
(
ところ
)
まで
意地
(
いぢ
)
汚
(
きたな
)
い、
275
本当
(
ほんたう
)
に
嫌
(
いや
)
になつて
了
(
しま
)
ふわ。
276
蠑螈別
(
いもりわけ
)
さま、
277
之
(
これ
)
を
見
(
み
)
て
酒
(
さけ
)
をこれつきり
止
(
や
)
めて
下
(
くだ
)
さい』
278
蠑螈別
『ウン、
279
側
(
そば
)
から
見
(
み
)
て
居
(
ゐ
)
りや
見
(
み
)
つともないが、
280
酔
(
よ
)
うて
居
(
ゐ
)
る
本人
(
ほんにん
)
になつたら
愉快
(
ゆくわい
)
だよ。
281
俺
(
おれ
)
や
如何
(
どう
)
しても
止
(
や
)
められない。
282
死
(
し
)
んだら
如何
(
どう
)
か
知
(
し
)
らぬが、
283
息
(
いき
)
のある
間
(
うち
)
は
止
(
や
)
められないよ』
284
お民
『それなら、
285
貴方
(
あなた
)
は
酒
(
さけ
)
と
私
(
わたし
)
と、
286
どちらか
止
(
や
)
めなならぬと
云
(
い
)
つたら、
287
何方
(
どちら
)
をお
止
(
や
)
めになりますか』
288
蠑螈別
『ウン、
289
さうだな、
290
小豆餅
(
あづきもち
)
食
(
く
)
たか、
291
島田
(
しまだ
)
と
寝
(
ね
)
るか、
292
小豆餅
(
あづきもち
)
食
(
く
)
て
島田
(
しまだ
)
と
寝
(
ね
)
ると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
があるだらう。
293
酒
(
さけ
)
も
好
(
す
)
きだ、
294
お
前
(
まへ
)
も
好
(
す
)
きだ。
295
何方
(
どちら
)
と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ないね』
296
お民
『
米
(
こめ
)
を
潰
(
つぶ
)
して
拵
(
こしら
)
へた
植物
(
しよくぶつ
)
の
液汁
(
えきじう
)
と
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
生宮
(
いきみや
)
たる
人間
(
にんげん
)
と
同様
(
どうやう
)
に
見
(
み
)
られちや
堪
(
たま
)
りませぬわ。
297
そんな
水臭
(
みづくさ
)
いお
方
(
かた
)
なら
今日
(
けふ
)
限
(
かぎ
)
りお
暇
(
ひま
)
を
下
(
くだ
)
さい。
298
さうして
貴方
(
あなた
)
は
腸
(
はらわた
)
の
腐
(
くさ
)
る
所
(
とこ
)
までお
酒
(
さけ
)
をお
上
(
あが
)
りなさいませ』
299
蠑螈別
『アーア、
300
酒
(
さけ
)
は
飲
(
の
)
みたし、
301
女
(
をんな
)
には
別
(
わか
)
れともなし、
302
えらいヂレンマに
罹
(
かか
)
つたものだな。
303
アヽもう
堪
(
たま
)
らぬ。
304
此
(
この
)
香
(
にほひ
)
を
嗅
(
か
)
いぢや
立
(
た
)
つても
居
(
ゐ
)
ても
居
(
を
)
れない』
305
と
云
(
い
)
ひながら
鏡
(
かがみ
)
のぬいた
酒
(
さけ
)
を
見
(
み
)
ながら、
306
両手
(
りやうて
)
で
樽
(
たる
)
を
抱
(
かか
)
へながらグウグウと
鯨飲
(
げいいん
)
し
初
(
はじ
)
めた。
307
忽
(
たちま
)
ち
蠑螈別
(
いもりわけ
)
は
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
酔
(
よ
)
ひ
倒
(
たふ
)
れ、
308
此処
(
ここ
)
に
四
(
よ
)
人
(
にん
)
の
泥酔者
(
よひどれ
)
の
雑魚寝
(
ざこね
)
が
初
(
はじ
)
まつた。
309
お
民
(
たみ
)
は
逸早
(
いちはや
)
く
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
立去
(
たちさ
)
り、
310
奥
(
おく
)
の
間
(
ま
)
さして
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
311
凩
(
こがらし
)
が
持
(
も
)
て
来
(
く
)
る
雪
(
ゆき
)
しばきは
遺憾
(
ゐかん
)
なく
四
(
よ
)
人
(
にん
)
が
地上
(
ちじやう
)
に
倒
(
たふ
)
れた
上
(
うへ
)
に
降
(
ふ
)
り
注
(
そそ
)
ぎ、
312
次第
(
しだい
)
々々
(
しだい
)
に
雪
(
ゆき
)
はこまかくなり
来
(
きた
)
り、
313
ザアザアと
砂
(
すな
)
を
撒
(
ま
)
く
様
(
やう
)
な
声
(
こゑ
)
を
出
(
だ
)
して、
314
四辺
(
しへん
)
雪襖
(
ゆきぶすま
)
を
立
(
た
)
てた
様
(
やう
)
になつて
来
(
き
)
た。
315
忽
(
たちま
)
ち
四
(
よ
)
人
(
にん
)
の
身体
(
からだ
)
は
積雪
(
せきせつ
)
に
包
(
つつ
)
まれて
了
(
しま
)
つた。
316
(
大正一二・一・一二
旧一一・一一・二六
北村隆光
録)
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