霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 亡者苦雑(もさくさ)〔一二六二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第48巻 舎身活躍 亥の巻 篇:第2篇 幽冥摸索 よみ(新仮名遣い):ゆうめいもさく
章:第8章 亡者苦雑 よみ(新仮名遣い):もさくさ 通し章番号:1262
口述日:1923(大正12)年01月13日(旧11月27日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年10月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
精霊が肉体を脱離して精霊界の関所に来たとき、その初めの間の容貌は、現界にいたとき同様である。このときはまだ外分の状態にあり、内分が開いていないゆえである。
しばらくしてその面貌、言語などはおいおい転化して、ついにまったく以前の姿と相違する。精霊が現界にあったとき、その心の内分においてもっとも主となっていた愛すなわち情動の如何に相応するからである。
死してまだ時を経ない精霊は、その面貌や音声にて知己・兄弟・親・親族たるを一目で認識することができるが、時を経るにしたがって互いに相知ることができないまでに変化するものである。
霊界にあっては、わが有するところの愛と相反した面貌を装うことはできない。その思想・意志・情動のままが表に現れる。霊界にある者は内分の度の如何によって円満となり善美となる。最高第一の天国および霊国の天人の面貌や姿の美しさは、いかなる画伯が技術を尽くしても万分の一も描き出すことはできない。
ランチ将軍、片彦将軍、ガリヤ、ケースたちは関所の門口で赤面の守衛に取り調べを受けた。片彦は守衛にいちいち生前の悪事を突き付けられて汗をかいている。予審が済んだ片彦は館の中に拘引され、本審を待つことになった。
次にランチが取り調べを受けた。番卒は、片彦に比べればまだ罪が軽く、正直なところも見られると判じたが、取り調べ中に偽善の罪を造ったことによって、地獄行きに決まってしまった。二人の副官もその利己心から地獄行きと判じられて引き立てられた。
赤の守衛が休息する間、お民は白の守衛の側に進み寄って話しかけた。白の守衛はお民が悪をなしながらも正直なところから、中有界で修業をすれば天国に行けるだろうと答えた。そしてランチ将軍やお民たちが、不思議にもまだ生死簿に生命が残っていると語った。
そこへ蠑螈別とエキスがやってきた。そしてはるか向こうからお寅婆さんが近づいてくる。蠑螈別はここが冥途だと気付かず、お民としばらく押し問答になる。白の守衛は、蠑螈別の酔いが覚めるまで休息するから、自分の代わりにしばらく帳面の番をしてくれとお民に依頼した。
お民は白の守衛の霊に充たされて門番をつとめることになった。そこへお寅がやってきた。これは、お寅婆さん本人が改心したために遁走した副守護神が、お寅の容貌をそのまま備えてここに迷ってきたのである。
お寅の副守は蠑螈別を見つけると、ゆすり起こして鼻をねじ上げた。そして蠑螈別が九千両の金をエキスたちに上げてしまったと聞くと、今度はエキスに詰め寄って鼻をねじりあげた。
すると番をしていたお民がお寅の罪状を読み上げて、予審の取り調べを始めた。お寅の副守護神は、お民を認めるとののしり、狼のような声をあげてお民にむしゃぶりついた。
お寅とお民は取っ組み合ってもみあっている。そこへ蠑螈別とエキスが割って入って仲裁しようとするが、蠑螈別もやけくそになって殴る蹴る、皆誰彼なしにわめきたてる。
この声を聞きつけて赤と白の守衛がこの場に現れた。赤は大きな鉄棒を振り上げて一喝した。この声に驚いて、お民、お寅、蠑螈別、エキスたちは散り散りバラバラに逃げ去ってしまった。赤と白の守衛は、皆の命が尽きていないので、娑婆に追い返したのであった。
ただ、お寅の副守護神だけはどうしても捕えて地獄に落とさなければならないため、番卒を派遣して捕縛させることになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-05-23 16:04:29 OBC :rm4808
愛善世界社版:103頁 八幡書店版:第8輯 625頁 修補版: 校定版:107頁 普及版:52頁 初版: ページ備考:
001 精霊(せいれい)肉体(にくたい)脱離(だつり)して、002精霊界(せいれいかい)関所(せきしよ)(きた)つた(とき)003(その)(はじめ)(あひだ)容貌(ようばう)は、004(かれ)(なほ)現界(げんかい)()(とき)同様(どうやう)面貌(めんばう)(いう)し、005(その)音声(おんせい)動作(どうさ)(および)()長短(ちやうたん)など(すこ)しも(ちが)はない。006(この)(とき)(なほ)外分(ぐわいぶん)情態(じやうたい)()つて、007(その)内分(ないぶん)(いま)(ひら)くるに(いとま)なき(ゆゑ)である。008(やや)あつて(その)面貌(めんばう)009言語(げんご)などは追々(おひおひ)転化(てんくわ)して、010(つひ)には(まつた)以前(いぜん)姿(すがた)相異(さうい)するに(いた)る。011何故(なにゆゑ)()かる変化(へんくわ)があるかと()ふなれば、012(かれ)精霊(せいれい)現界(げんかい)()つた(とき)013(その)(こころ)内分(ないぶん)(おい)て、014(もつと)(しゆ)となりたる(あい)(すなは)情動(じやうだう)如何(いかん)によつて、015(その)面貌(めんばう)転化(てんくわ)し、016(その)情動(じやうだう)相応(さうおう)するが(ゆゑ)である。017(けだ)(かれ)精霊(せいれい)(なほ)(その)肉体中(にくたいちう)()つた(とき)018(この)(あい)(すなは)情動(じやうだう)(もつ)唯一(ゆゐいつ)生命(せいめい)としてゐたからである。019(また)人間(にんげん)精霊(せいれい)面貌(めんばう)(その)肉体(にくたい)面貌(めんばう)(けつ)して同一(どういつ)のものではない。020肉体(にくたい)面貌(めんばう)父母(ふぼ)より遺伝(ゐでん)さるる(ところ)なるを(もつ)て、021(なん)となく両親(りやうしん)面貌(めんばう)声調(せいてう)()()(ところ)あれども、022精霊(せいれい)面貌(めんばう)(あい)情動(じやうだう)如何(いかん)()つて(さだ)まる(ゆゑ)に、023(その)面貌(めんばう)情動(じやうだう)証像(しようざう)といつても()いのである。
024 精霊(せいれい)肉体(にくたい)脱離(だつり)した(のち)025(すなは)現界人(げんかいじん)()()()関門(くわんもん)()えた(とき)026精霊(せいれい)(げん)ずる(ところ)面貌(めんばう)(その)ものは(すなは)(あい)情動(じやうだう)証像(しようざう)である。027(この)(とき)(すで)外分(ぐわいぶん)(のぞ)()られて内分(ないぶん)のみ(あら)はれ()づる(とき)である。028(しか)()して(いま)(とき)()ざる精霊(せいれい)(おい)ては、029(その)面貌(めんばう)音声(おんせい)にて、030知己(ちき)たり兄弟(きやうだい)たり(おや)たり親族(しんぞく)たるを一目(ひとめ)にて認識(にんしき)()れども、031(とき)()るに(したが)つて(たがひ)相知(あひし)(あた)はざる(まで)変化(へんくわ)するものである。
032 愛善(あいぜん)情動(じやうだう)(いう)するものは(その)面貌(めんばう)(うる)はしく(かつ)何処(どこ)ともなく気品(きひん)あり、033光明(くわうみやう)(かがや)けども、034()しき情動(じやうだう)()るものの面貌(めんばう)(じつ)醜穢(しうゑ)にして一見(いつけん)して妖怪(えうくわい)ならむかと(うたが)はるるばかりである。035(すべ)人間(にんげん)精霊(せいれい)(その)自性(じせい)(じやう)より()れば、036情動(じやうだう)(その)ものに(ほか)ならない。037そして(この)面貌(めんばう)情動(じやうだう)なるものが外面(ぐわいめん)(あら)はれたものである。038(かく)(ごと)面貌(めんばう)転化(てんくわ)するのは、039霊界(れいかい)()つては(われ)(あら)ざる(ところ)()しき情動(じやうだう)(いつは)(よそほ)(こと)()ない。040(したが)つてわが(いう)する(ところ)(あい)相反(あひはん)したる面貌(めんばう)(よそほ)(こと)()ないのである。041霊界(れいかい)()精霊(せいれい)は、042(みな)(その)思想(しさう)(まま)現出(げんしゆつ)し、043(その)意思(いし)のままを(おもて)(あら)はし、044(また)身体(しんたい)各部(かくぶ)(あら)はるべき情態(じやうたい)()るが(ゆゑ)に、045一切(いつさい)精霊(せいれい)面貌(めんばう)は、046(えう)するに(その)情動(じやうだう)形態(けいたい)であり(また)証像(しようざう)である。047(ゆゑ)現界(げんかい)(おい)(たがひ)相知(あひし)()うた(もの)は、048精霊界(せいれいかい)(おい)(これ)()るを()るのである。049(ただし)高天原(たかあまはら)根底(ねそこ)(くに)(おい)ては最早(もはや)(かく)(ごと)(こと)はない。050(ゆゑ)(その)知己(ちき)なりしや、051兄弟(きやうだい)なりしや、052親子(おやこ)なりしやを(みづか)()(こと)(はなは)(かた)いのである、053(いな)絶無(ぜつむ)()つても()(くらゐ)である。
054 精霊(せいれい)死後(しご)漸次(ぜんじ)(その)面貌(めんばう)(および)音声(おんせい)変化(へんくわ)(きた)すと(いへど)も、055偽善者(きぜんしや)精霊(せいれい)面貌(めんばう)()よりも(おく)れて変化(へんくわ)するものである。056(かれ)()内分(ないぶん)(すなは)(こころ)(つね)()情動(じやうだう)()する(こと)()れて()るからである。057(ゆゑ)(これ)()精霊(せいれい)(ひさ)しく本来(ほんらい)醜悪(しうあく)暴露(ばくろ)せないものである。058されど(その)虚偽(きよぎ)鍍金(めつき)次第(しだい)()うて取除(とりのぞ)かれ、059(また)(おのづか)()げるが(ゆゑ)に、060その所成(しよせい)内分(ないぶん)(その)情動(じやうだう)本来(ほんらい)形態(けいたい)(したが)つて変容(へんよう)せなくては()まないのである。061かくなつた(とき)には偽善者(きぜんしや)(その)本値(ほんね)暴露(ばくろ)され、062醜陋(しうろう)(きは)め、063(じつ)悲惨(みぢめ)なものである。064(また)偽善者(きぜんしや)現界(げんかい)()つても(かみ)(ごと)天人(てんにん)(ごと)く、065智者(ちしや)真人(しんじん)(よそほ)ひ、066霊界(れいかい)(こと)(きは)めて詳細(しやうさい)言説(げんせつ)する(やう)であれども、067(その)内分(ないぶん)には只々(ただただ)自然界(しぜんかい)のみ是認(ぜにん)して、068実際(じつさい)神格(しんかく)(みと)めず、069(したが)つて高天原(たかあまはら)状態(じやうたい)(あるひ)(かみ)御教(みをしへ)などを否定(ひてい)してゐるものである。070(ゆゑ)(これ)霊界(れいかい)にては偽善者(きぜんしや)として取扱(とりあつか)はれるのである。071これに(はん)し、072情動(じやうだう)益々(ますます)内的(ないてき)にして、073高天原(たかあまはら)順適(じゆんてき)する(こと)益々(ますます)(だい)ならば、074(その)面貌(めんばう)(じつ)()(きは)めたものである。075何故(なぜ)ならば、076(かれ)()(じつ)天界(てんかい)(あい)(その)ものを(もつ)(わが)(こころ)となし(わが)容貌(ようばう)となすが(ゆゑ)である。077(また)(その)情動(じやうどう)外的(ぐわいてき)にして、078真理(しんり)(さと)らず、079(かみ)(あい)せず(かつ)聖言(せいげん)(しん)ぜざる(もの)所謂(いはゆる)高天原(たかあまはら)情態(じやうたい)(そむ)くが(ゆゑ)に、080(その)面貌(めんばう)(くら)(みにく)く、081現界(げんかい)()りし(とき)よりも益々(ますます)(おと)つて陋劣(ろうれつ)醜悪(しうあく)になるものである。082大本(おほもと)神諭(しんゆ)に……神代(かみよ)になれば顔容(かほかたち)綺麗(きれい)(もの)よりも(こころ)綺麗(きれい)(もの)が、083(かみ)()には立派(りつぱ)()えるぞよ、084何程(なにほど)(うつく)しき(かほ)をして()りても、085(えら)さうに(いた)して()りても、086(かみ)(まへ)(まゐ)りたら(たちま)相好(さうがう)(かは)るぞよ、087身魂(みたま)相応(さうおう)肉体(にくたい)(さづ)けてあるぞよ云々(うんぬん)……と(しめ)されたるは、088(すなは)精霊(せいれい)(たい)する(いまし)めであつて、089霊界(れいかい)()ける精霊(せいれい)情態(じやうたい)(たい)して適確(てきかく)()教示(けうじ)()ふべきである。090(ゆゑ)霊界(れいかい)()(もの)は、091(その)内分(ないぶん)()如何(いかん)()つて、092円満(ゑんまん)となり善美(ぜんび)となり、093外分(ぐわいぶん)(むか)ふに(したが)つて欠損(けつそん)()くものである。094(ゆゑ)最高(さいかう)第一(だいいち)天国(てんごく)(および)霊国(れいごく)天人(てんにん)面貌(めんばう)姿(すがた)(うつく)しさは、095如何(いか)なる画伯(ぐわはく)があつて(その)技術(ぎじゆつ)(つく)し、096霊筆(れいひつ)(ふる)ふとも、097(その)美貌(びばう)光明(くわうみやう)なり活気(くわつき)凛々(りんりん)たる姿(すがた)万分(まんぶん)(いち)をも(ゑが)()(こと)出来(でき)ない。098されども最下層(さいかそう)天国(てんごく)霊国(れいごく)()(もの)は、099(もつと)熟練(じゆくれん)せる有名(いうめい)なる画伯(ぐわはく)丹精(たんせい)をこらし、100(その)()(しん)()(めう)(たつ)した(とき)(はじ)めて、101多少(たせう)(その)面貌(めんばう)(ゑが)()て、102(その)真相(しんさう)一部(いちぶ)(あら)はし()(くらゐ)なものである。
103 ランチ将軍(しやうぐん)104片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)105ガリヤ、106ケースの(りやう)副官(ふくくわん)関所(せきしよ)門口(もんぐち)にて赤面(あかづら)守衛(しゆゑい)一々(いちいち)身許(みもと)調(しら)べを()(おこな)はれた。107()第一(だいいち)調(しら)べられたのは到着順(たうちやくじゆん)として片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)であつた。108片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)生前(せいぜん)より(もつと)頑強(ぐわんきやう)にして偽善(ぎぜん)(つよ)く、109(かつ)バラモン(けう)宣伝使(せんでんし)()ねながら、110(その)内分(ないぶん)(おい)(すこ)しも(かみ)(みと)めず、111(ただ)現代(げんだい)宗教家(しうけうか)(ごと)く、112(かみ)利己(りこ)(ため)手段(しゆだん)とするに()ぎなかつた。113(しか)して数多(あまた)人間(にんげん)を、114一方(いつぱう)には天界(てんかい)地獄(ぢごく)(みち)()いて、115愚昧(ぐまい)(もの)(あるひ)(よろこ)ばせ(あるひ)(おどろ)かせ、116自分(じぶん)善徳者(ぜんとくしや)にして(かつ)賢者(けんじや)なる(こと)117(また)(かみ)代表者(だいへうしや)なる(こと)思惟(しゐ)せしめ、118一方(いつぱう)には武力(ぶりよく)(もつ)(その)言説(げんせつ)(しん)ぜざる(もの)は、119(あるひ)打殺(うちころ)し、120(あるひ)(くるし)め、121(やうや)くにして(その)威信(ゐしん)(たも)ち、122無理槍(むりやり)秩序(ちつじよ)維持(ゐぢ)してゐたのである。123それ(ゆゑ)死後(しご)(ただち)面貌(めんばう)転化(てんくわ)すべき精霊界(せいれいかい)(きた)りながら、124容易(ようい)(その)転化(てんくわ)(きた)さなかつた。
125赤の守衛(その)(はう)何年(なんねん)(なん)(ぐわつ)何日(なんにち)126(いづ)れの(ところ)(おい)て、127何々(なになに)処女(しよぢよ)姦淫(かんいん)(いた)したであらうがな。128そして(また)何年(なんねん)(なん)(ぐわつ)何日(なんにち)何時(なんじ)何十分(なんじつぷん)129何処(なにしよ)(おい)(ひと)妻女(さいぢよ)(ひそ)かに(かん)し、130(その)(をんな)(たぶら)かし、131沢山(たくさん)(かね)をむしつたであらうがな』
132(たなごころ)()(ごと)指示(しじ)されて、133流石(さすが)片彦(かたひこ)返答(へんたふ)につまり、
134片彦『ハイ』
135()つたきり、136(うつむ)いて(しま)つた。
137赤の守衛間違(まちがひ)はないか、138間違(まちがひ)があるなら、139あると(まを)せ』
140片彦『ハイ、141(あま)(なが)(こと)になりますので、142スツカリ(わす)れて()りましたが、143さう(うけたま)はりますと間違(まちがひ)(ござ)いませぬ』
144赤の守衛姦淫(かんいん)(くわん)する(こと)(これ)ばかりか、145まだ(ほか)にあるであらう、146一々(いちいち)有体(ありてい)申上(まをしあ)げツ』
147片彦『ハイ、148(あま)件数(けんすう)(おほ)いので(にはか)返答(へんたふ)(こま)ります』
149赤の守衛(その)(はう)()はずとも、150(この)帳簿(ちやうぼ)にスツカリつけてある。151コレ(この)(とほ)り、152随分(ずゐぶん)(あつ)いものだらう、153第一号(だいいちがう)より(だい)九百(きうひやく)九十五(きうじふご)(がう)まで、154姦淫(かんいん)(くわん)する事件(じけん)ばかりだ。155一々(いちいち)()()かさうか』
156片彦『ハイ、157(けつ)して(うそ)とは(まを)しませぬ、158()んで(いただ)きましては(じつ)(くる)しう(ござ)います。159どうぞ()省略(しやうりやく)(ねが)ひます』
160赤の守衛馬鹿(ばか)(まを)せ、161自分(じぶん)勝手(かつて)(こと)(いた)しておいて、162此処(ここ)大勢(おほぜい)(まへ)(さら)されるのが(つら)いと()つて、163省略(しやうりやく)せよとは、164(もつ)ての(ほか)(やつ)だ、165片彦(かたひこ)166(かほ)をあげて()よ、167(この)(とほ)(なんぢ)審判(しんぱん)()いて、168諸天人(しよてんにん)縦覧(じうらん)()てゐるぞ』
169片彦『ハイ、170是非(ぜひ)には(およ)びませぬ、171何卒(どうぞ)()規則(きそく)(どほ)(ねが)ひます』
172 (あか)一々(いちいち)大声(おほごゑ)(はつ)して、173(だい)九百(きうひやく)九十五(きうじふご)(がう)まで一言(ひとこと)()らさず()()げた。174(その)詳細(しやうさい)なること(じつ)(おどろ)くばかりで、175片彦(かたひこ)記憶(きおく)()つてゐた(こと)数多(あまた)176場所(ばしよ)刻限(こくげん)相手(あひて)(がた)年齢(ねんれい)(およ)自分(じぶん)(をんな)(たい)して()つた(こと)177(また)(をんな)(こた)へた(こと)178(その)()手足(てあし)(うご)かし(かた)までテツキリと()()げられ、179(くら)がりの(はぢ)(あか)るみにさらされ、180(あたま)(かか)へて冷汗(ひやあせ)をタラタラと(なが)し、181真赤(まつか)(かほ)して(ふる)うてゐる。
182赤の守衛『これに間違(まちがひ)はないか、183間違(まちがひ)がなければ爪印(つめいん)(いた)せ』
184片彦『ハイ』
185()ひながら、186(おそ)(おそ)(その)帳面(ちやうめん)に「拙者(せつしや)生前(せいぜん)行状(ぎやうじやう)187(この)記録(きろく)寸分(すんぶん)相違(さうゐ)御座(ござ)なく(さふらふ)188片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)」と(しる)し、189拇印(ぼいん)()した。
190赤の守衛『ウン、191(これ)でよし、192それから(その)(はう)生前(せいぜん)(おい)詐欺(さぎ)(いた)したであらう。193(また)チヨイチヨイ窃盗(せつたう)(いた)したであらう。194強盗(がうたう)(いた)したであらう。195賄賂(わいろ)()つたらうがなア。196それから殺人(さつじん)傷人(しやうじん)(まを)すに(およ)ばず、197(かみ)(みち)(そし)り、198(ひと)誹謗(ひばう)し、199他人(たにん)事業(じげふ)妨害(ばうがい)し、200体主(たいしゆ)霊従(れいじう)有丈(ありだけ)(つく)したであらう。201サア一々(いちいち)自白(じはく)(いた)せ』
202片彦『ハイ、203モウ何卒(どうぞ)こらへて(くだ)さいませ。204(あんま)りで(ござ)います』
205赤の守衛馬鹿(ばか)(まを)せ、206一分(いちぶ)一厘(いちりん)間違(まちがひ)のない(やう)取調(とりしら)べるのが、207八衢(やちまた)関所(せきしよ)だ。208何程(なにほど)手間(てま)がいつても、209左様(さやう)簡略(かんりやく)(こと)出来(でき)ようか』
210片彦(なん)とマア(こま)かしい(こと)まで御存(ごぞん)じで(ござ)いますな。211(おほ)せの(とほ)(あく)といふ(あく)(のこ)らず、212(だい)なり(せう)なり(みな)普遍(ふへん)(てき)にやつて(まゐ)りました。213(しか)しながら(この)関所(せきしよ)吾々(われわれ)悪事(あくじ)ばかりを摘発(てきはつ)なさつて、214(ぜん)(すこ)しもお(みと)めにならないのですか。215随分(ずゐぶん)(わたくし)(わる)(こと)(いた)しましたが、216(また)(この)悪事(あくじ)(つぐな)(だけ)善事(ぜんじ)をやつて()(つもり)(ござ)います』
217赤の守衛(その)(はう)饑餓(きが)凍餒(とうたい)(たみ)(たす)けた(こと)もある。218(また)水中(すゐちう)(おちい)溺死(できし)せむとする人間(にんげん)(すこ)しばかりは(たす)けて()る。219荒野(あらの)(ひら)耕作(かうさく)(すす)め、220(こめ)(むぎ)収入(しうにふ)社会(しやくわい)()やし、221公益(こうえき)(はか)つた(こと)もある。222(しか)しながら(この)(ぜん)はすべて(なんぢ)声名(せいめい)遠近(ゑんきん)(あら)はさむ(ため)(ぜん)にして、223所謂(いはゆる)自利心(じりしん)より()でたるものである。224自愛(じあい)(ため)(ぜん)(すべ)偽善(ぎぜん)である。225最初(さいしよ)から悪人(あくにん)標榜(へうぼう)して(あく)(はたら)いた人間(にんげん)()すれば、226(かへつ)(その)(はう)(こころ)(おこな)ひは、227それより以上(いじやう)(わる)きものである。228(なんぢ)生前(せいぜん)(おい)(あい)(ため)(あい)(はげ)み、229(ぜん)(ため)(ぜん)(おこな)ひ、230(しん)(ため)(しん)(つく)した(こと)は、231(ただ)一回(いつくわい)もない。232徹頭(てつとう)徹尾(てつび)一生(いつしやう)(あひだ)233悪事(あくじ)ばかりを(いた)して()たぞよツ。234(これ)(たい)して弁解(べんかい)()あるか』
235呶鳴(どな)りつけた。
236片彦左様(さやう)(きび)しく(おほ)せられましては、237現界(げんかい)人間(にんげん)(この)関所(せきしよ)及第(きふだい)する(もの)一人(ひとり)もないぢやありませぬか。238(かみ)(さま)何事(なにごと)至仁(しじん)至愛(しあい)(とく)(もつ)て、239許々太久(ここたく)(つみ)(けがれ)神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)見直(みなほ)聞直(ききなほ)して(くだ)さると()きましたが、240(わたし)よりもモツトモツト(わる)人間(にんげん)は、241現界(げんかい)には沢山(たくさん)()りまする。242(げん)(この)ランチ将軍(しやうぐん)だつて、243拙者(せつしや)高殿(たかどの)(うへ)から、244計略(けいりやく)(もつ)谷川(たにがは)投込(なげこ)んだ悪人(あくにん)(ござ)います。245大黒主(おほくろぬし)大棟梁(だいとうりやう)だつて、246最前(さいぜん)(わたし)をお調(しら)べになつた諸々(もろもろ)条件(でうけん)以上(いじやう)悪事(あくじ)(ござ)います。247一体(いつたい)それは()うなるので(ござ)いますか』
248赤の守衛左様(さやう)(こと)(まを)して、249(ひと)(こと)(まで)斯様(かやう)(ところ)暴露(ばくろ)せむと(いた)(その)想念(さうねん)所謂(いはゆる)大悪(だいあく)だ。250益々(ますます)(もつ)(ゆる)(こと)(まかり)ならぬ。251(なんぢ)(いささ)かにても良心(りやうしん)があれば、252仮令(たとへ)大黒主(おほくろぬし)253ランチ将軍(しやうぐん)悪事(あくじ)ありとも、254(なんぢ)長上(ちやうじやう)()(うへ)(おも)ひ、255(すべ)ての悪事(あくじ)(わが)()一身(いつしん)引受(ひきう)けるといふ忠義(ちうぎ)(こころ)がないか。256益々(ますます)(もつ)(ごく)重悪人(ぢうあくにん)()257高天原(たかあまはら)全権(ぜんけん)掌握(しやうあく)(たま)(いづ)御霊(みたま)258(みづ)御霊(みたま)大神(おほかみ)御教(みをしへ)極力(きよくりよく)誹謗(ひばう)し、259(なほ)(すす)んで(おそれおほ)くも(みづ)御霊(みたま)(あら)はれ(たま)地上(ちじやう)高天原(たかあまはら)斎苑(いそ)(やかた)()めよせ、260(かり)(みや)(こぼ)ち、261大神(おほかみ)(ほろ)ぼさむと(まで)(かんが)へたであらう。262(いな)(げん)数多(あまた)軍勢(ぐんぜい)引率(ひきつ)れて河鹿(かじか)(たうげ)まで(すす)み、263治国別(はるくにわけ)言霊(ことたま)()(くだ)かれて遁走(とんそう)し、264卑怯(ひけふ)未練(みれん)にも浮木(うきき)(はら)陣営(ぢんえい)(かま)へ、265陣中(ぢんちう)規則(きそく)(やぶ)り、266(わか)(をんな)目尻(めじり)()げ、267(よだれ)()らかし、268肝腎(かんじん)軍職(ぐんしよく)(わす)れむと(いた)したであらうがなア』
269片彦『ハイ、270それは(げん)此処(ここ)()りまするランチ将軍(しやうぐん)(はう)余程(よほど)キツウ(ござ)いました』
271赤の守衛(また)272他人(たにん)(こと)誹謗(ひばう)(いた)すか、273不届(ふとどき)至極(しごく)曲者(くせもの)()274これより()予審(よしん)()みたによつて、275(その)(はう)本調(ほんしら)べに着手(ちやくしゆ)する。276部下(ぶか)番卒(ばんそつ)(ども)277片彦(かたひこ)(やかた)(なか)拘引(こういん)めされ』
278(番卒たち)『オウ』
279(こた)へて四五(しご)(にん)番卒(ばんそつ)片彦(かたひこ)引立(ひつた)てて、280(やかた)(なか)()れて()く。
281赤の守衛『サア(これ)からランチの(ばん)だ。282(その)(はう)姦淫(かんいん)(くわん)する(つみ)件数(けんすう)も、283片彦(かたひこ)()しては随分(ずゐぶん)(おほ)(やう)だ。284(しか)しながら(その)(はう)詐欺(さぎ)窃盗(せつとう)強盗(がうたう)(および)誹謗(ひばう)(とう)(つみ)は、285感心(かんしん)(こと)には(すこ)しも(ござ)らぬ。286(しか)しながら、287主命(しゆめい)とは()ひながら、288斎苑(いそ)(やかた)進軍(しんぐん)せむと(いた)した(その)(つみ)()はねばならぬ。289それよりも最近(さいきん)(おい)(をか)した、290片彦(かたひこ)計略(けいりやく)にかけて(これ)なる両人(りやうにん)(とも)物見櫓(ものみやぐら)より谷川(たにがは)()()(こひ)(あだ)(ほろ)ぼさむと(いた)した(この)(つみ)容易(ようい)でない。291(しか)しながら悪人(あくにん)悪人(あくにん)虐待(ぎやくたい)(いた)したのだから、292(これ)相見互(あひみたがひ)()つてもいい(くらゐ)なものだ。293(しか)(その)(こころ)(つみ)()はなくてはならぬ。294()うぢや、295間違(まちがひ)はなからうがなア』
296ランチ『ハイ、297(けつ)して間違(まちがひ)(ござ)いませぬ、298ヤ、299もう(おそ)()りました』
300赤の守衛(その)(はう)はハルナの(みやこ)大黒主(おほくろぬし)善人(ぜんにん)(おも)ひ、301(あるひ)(かみ)代表者(だいへうしや)として尊敬(そんけい)(いた)すか。302(ただ)しは(かむ)素盞嗚(すさのをの)(みこと)悪神(あくがみ)(しん)じ、303極力(きよくりよく)排斥(はいせき)せむと(おも)つたか、304(その)返答(へんたふ)()かう』
305ランチ『ハイ、306素盞嗚(すさのをの)(みこと)悪神(あくがみ)だと(おも)へばこそ勢込(いきほひこ)んで征伐(せいばつ)(むか)ひました。307そして(また)大黒主(おほくろぬし)(さま)(この)()救主(すくひぬし)(いな)霊界(れいかい)までも(すく)(くだ)さる大神(おほかみ)(さま)(しん)じたればこそ、308今日(けふ)まで忠実(ちうじつ)(つか)へて(まゐ)りました』
309赤の守衛成程(なるほど)310比較(ひかく)(てき)正直(しやうぢき)(やつ)だ、311さうなくては(かな)はぬ。312(しか)(ひと)(たづ)ねるが、313(なんぢ)(こひ)(あだ)たる片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)(ゆる)さむとすれば、314(その)(はう)上官(じやうくわん)責任(せきにん)(もつ)(かは)りに地獄(ぢごく)()ちねばならぬ。315(なんぢ)精霊界(せいれいかい)(じふ)(ねん)(ばか)修業(しうげふ)(いた)し、316(その)(うへ)第三(だいさん)天国(てんごく)(すす)ましてやりたいのだ、317(また)(すす)むべき素質(そしつ)はある。318(しか)しながら部下(ぶか)片彦(かたひこ)(すく)真心(まごころ)あれば、319片彦(かたひこ)位置(ゐち)(へん)じ、320(かれ)精霊界(せいれいかい)()げてやらねばならぬ、321(その)(はう)意見(いけん)(うけたま)はりたい』
322ランチ『これは(むつ)かしい問題(もんだい)(ござ)いますなア、323早速(さつそく)返答(へんたふ)申上(まをしあ)げかねます』
324赤の守衛『これ(ほど)(わか)()つた問題(もんだい)が、325それ(ほど)六ケ(むつか)しいか。326矢張(やはり)(その)(はう)はまだ偽善者(きぜんしや)境域(きやうゐき)(だつ)()ないとみえる。327なぜ片彦(かたひこ)(つみ)によつて()処分(しよぶん)(くだ)され、328拙者(せつしや)拙者(せつしや)生前(せいぜん)善悪(ぜんあく)(じゆん)じて()処分(しよぶん)(くだ)されと、329なぜ(まを)さぬか。330(その)(はう)(こころ)(いま)(それがし)(まを)した(とほ)りであらうがな。331チヤンと(その)(はう)面体(めんてい)文字(もじ)によつて(あら)はれてゐるぞ。332(その)(はう)精霊界(せいれいかい)(ゆる)すべき(ところ)なりしが、333只今(ただいま)(ふたた)(こころ)(つみ)(つく)つたによつて、334ヤツパリ地獄行(ぢごくゆき)だ。335番卒(ばんそつ)(ども)336伊吹戸主(いぶきどぬし)のお(やかた)引立(ひつた)てツ』
337ランチ『ハイ、338モウ改心(かいしん)(いた)します、339(おな)地獄(ぢごく)()くのなれば、340二人(ふたり)()つても一人(ひとり)()つても(おな)(こと)(ござ)います、341何卒(どうぞ)片彦(かたひこ)(たす)けてやつて(くだ)さいませ、342(わたし)身代(みがは)りになります』
343赤の守衛馬鹿(ばか)(まを)せ、344(にはか)改心(かいしん)()()はぬぞよ。345(その)(はう)改心(かいしん)(こは)(ゆゑ)改心(かいしん)だから、346到底(たうてい)情状(じやうじやう)酌量(しやくりやう)余地(よち)がない。347(はや)番卒(ばんそつ)(ども)348引立(ひつた)てられよ』
349 番卒(ばんそつ)(また)もやランチを(やかた)引立(ひつた)てて()く。
350赤の守衛『サア(これ)からガリヤ、351ケースの(ばん)だ。352(その)(はう)はバラモン(けう)大神(おほかみ)(しん)じ、353随分(ずゐぶん)熱心(ねつしん)(をしへ)をやつて()たものだ。354そして(わか)(とき)から比較(ひかく)(てき)(ぜん)もなさなんだが(あく)もなさなかつた。355(ただ)()しい(こと)には主人(しゆじん)(へつら)ひ、356()出世(しゆつせ)(いた)さむとして、357片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)川中(かはなか)投落(なげおと)し、358生命(いのち)(うば)はむとした、359(この)(つみ)中々(なかなか)(かる)くない、360(しか)しながら(かれ)()悪人(あくにん)である、361片彦(かたひこ)()くなるは、362自業(じごう)自得(じとく)363天運(てんうん)()きたる(もの)なれば、364(これ)(たい)しては(つみ)とすべきものではないが、365その(こころ)はヤツパリ()いとは()はれぬ、366地獄(ぢごく)()価値(かち)充分(じうぶん)にある。367(しか)しながらランチ将軍(しやうぐん)命令(めいれい)(いた)したのだから、368幾分(いくぶん)(つみ)(かる)(かたむ)きがある。369どうぢや、370地獄(ぢごく)(これ)から即決(そくけつ)によつて(おと)してやらう、371有難(ありがた)(おも)へ』
372 二人(ふたり)(くち)(そろ)へて、
373ガリヤ、ケース『ハイ、374どうぞ(ゆる)して(くだ)さいませ。375天国(てんごく)へやつて(もら)ふのは到底(たうてい)(その)資格(しかく)(ござ)りませぬが、376せめて精霊界(せいれいかい)()いて(くだ)さいませ。377(その)(あひだ)(こころ)(あらた)めて(ぜん)()(かへ)ります。378どうぞ少時(しばし)()猶予(いうよ)(ねが)ひます』
379赤の守衛(しか)らば(いま)天国(てんごく)(もん)(ひら)くによつて一寸(ちよつと)(のぞ)いて()よ、380天国(てんごく)がよければ天国(てんごく)へやつてやろ、381(しか)(その)(はう)最高(さいかう)天国(てんごく)()(こと)出来(でき)ない、382最下層(さいかそう)天国(てんごく)だ』
383ガリヤ『ハイ、384有難(ありがた)(ござ)います』
385ケース『(おも)ひもよらぬ()恩情(おんじやう)(かうむ)りまして有難(ありがた)(ござ)います。386()んでも(わす)れは(いた)しませぬ、387(この)高恩(かうおん)は……』
388赤の守衛『アハヽヽヽヽ、389(その)(はう)()んでゐるのを()らぬのか』
390ケース何時(いつ)()んだか、391テンと記憶(きおく)(ござ)いませぬ。392浮木(うきき)(もり)から(じふ)()(ばか)()(ところ)に、393(この)関所(せきしよ)があつて、394天国(てんごく)地獄(ぢごく)(ゆき)審判(しんぱん)をなさる(やう)(かんが)へてをります』
395赤の守衛『さうだろ、396そりや(その)(はず)だ。397人間(にんげん)仮令(たとへ)肉体(にくたい)腐朽(ふきう)するとも(その)情動(じやうどう)想念(さうねん)儼然(げんぜん)として永続(えいぞく)するものだ。398霊界(れいかい)想念(さうねん)世界(せかい)だ、399(しか)して情動(じやうだう)変化(へんくわ)によつて善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)(わか)るる(ところ)だ』
400ケース『ハイ、401()教訓(けうくん)有難(ありがた)(ござ)います』
402赤の守衛『サア、403(この)(いは)(もん)(ひら)くによつて、404(その)(はう)直様(すぐさま)第三(だいさん)天国(てんごく)(すす)()け、405グヅグヅ(いた)して()ると、406天国(てんごく)(もん)がしまるぞ』
407()ひながら、408パツと(いは)()(ひら)いた。409二人(ふたり)()(やう)門内(もんない)(すす)()り、410(かほ)をあげて向方(むかふ)()れば、411(なに)ものも()えず、412(はげ)しき光明(くわうみやう)(てら)され、413()(くら)み、414(むね)はつまる(ごと)くに(くる)しく、415(かしら)はガンガンと(いた)()し、416手足(てあし)(ちから)()け、417恐怖心(きようふしん)()られて、418一歩(いつぽ)(すす)(あた)はず、419矢庭(やには)(きびす)(かへ)し、420(ふたた)八衢(やちまた)(ころ)()た。
421赤の守衛『どうだ、422天国(てんごく)結構(けつこう)だらう』
423ガリヤ『ヤもう、424天国(てんごく)(やう)(おそ)ろしい(ところ)(ござ)いませぬ、425あの(やう)(くる)しい(ところ)なれば、426最早(もはや)()きたくはありませぬ』
427赤の守衛『ハヽヽヽヽ、428(なんぢ)善徳(ぜんとく)(いま)()らざる(ゆゑ)429神徳(しんとく)(よく)する(だけ)神力(しんりき)(そな)はつてゐないのだ。430何程(なにほど)(それがし)同情心(どうじやうしん)()つて、431天国(てんごく)(たす)けてやらむとすれども、432(その)(はう)内分(ないぶん)(ふさ)がつて(あく)()ちてゐるから、433如何(いかん)とも(たす)けやうがないわい。434それだから常平生(つねへいぜい)から(かみ)(しん)じ、435(かみ)理解(りかい)し、436(ぜん)(とく)()んでおかねば、437まさかの(とき)になつて、438こんな()()ふのだ。439ヤツパリ雪隠虫(せつちんむし)糞臭(ふんしう)(なか)極楽(ごくらく)だ。440(なんぢ)中有界(ちううかい)におく(わけ)にもゆかず、441()むを()ないから、442地獄界(ぢごくかい)へおとしてやらう、443地獄界(ぢごくかい)(はう)(なんぢ)身魂(みたま)相応(さうおう)してゐるから、444結局(けつきよく)(らく)なかも()れぬ』
445ガリヤ『イエ滅相(めつさう)な、446天国(てんごく)(かな)ひませぬが、447地獄(ぢごく)尚更(なほさら)(かな)ひませぬ、448どうぞ何時(いつ)までも中有界(ちううかい)において(くだ)さいませ、449ここが一番(いちばん)マシで(ござ)います、450なア、451ケース、452(まへ)天国(てんごく)には往生(わうじやう)しただらう』
453ケース『モシ、454どうぞ、455(わたし)中有界(ちううかい)において(くだ)さいませ。456そして身魂(みたま)神徳(しんとく)がつみましたら、457どうぞ天国(てんごく)へやつて(くだ)さいますやうに()(ねが)(いた)します』
458赤の守衛(その)(はう)は、459ランチ将軍(しやうぐん)副官(ふくくわん)とまでなつたでないか、460生死(せいし)(とも)にすると誓言(せいげん)(いた)したであらう』
461ガリヤ『ハイ、462(わたし)副官(ふくくわん)(ござ)いましたが、463片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)後任者(こうにんしや)任命(にんめい)してやらうと仰有(おつしや)いましたので、464(あま)(うれ)しさに、465あゝこんな明君(めいくん)(つか)へるならば、466仮令(たとへ)どこまでもお(とも)をしたいと(おも)ひましたので、467つひ(まを)しました。468(しか)しながら、469まだ実印(じついん)()したのでも(ござ)いませぬし、470誓約書(せいやくしよ)()したのでも(ござ)いませぬ、471(また)将軍(しやうぐん)辞令(じれい)頂戴(ちやうだい)(いた)して()りませぬから、472()はば立消(たちぎ)同様(どうやう)(ござ)います』
473赤の守衛(その)(はう)はガーター勲章(くんしやう)頂戴(ちやうだい)する(こと)になつてゐたであらうがな』
474ガリヤ『ハイ、475(その)(はなし)(ござ)いましたが、476これもまだ未遂行(みすゐかう)(ござ)います』
477赤の守衛『ケース、478(その)(はう)久米彦(くめひこ)将軍(しやうぐん)後任者(こうにんしや)にして(もら)約束(やくそく)であつたであらう。479そして(おな)じく勲章(くんしやう)(いただ)(こと)になつて()つたであらう。480それに間違(まちがひ)はないか』
481ケース『ハイ、482(おほ)せの(とほ)りで(ござ)います、483(しか)しながらガリヤの(まを)した(とほ)り、484(わたし)(また)未遂(みすゐ)(ござ)いますから、485霊界(れいかい)()てまで、486ランチ将軍(しやうぐん)さまのお(とも)(いた)義務(ぎむ)(ござ)いますまい』
487赤の守衛(なんぢ)両人(りやうにん)利己(りこ)一片(いつぺん)代物(しろもの)だ。488仮令(たとへ)三日(みつか)でも主人(しゆじん)(あふ)いだならば主人(しゆじん)間違(まちがひ)はなかろ。489(その)主人(しゆじん)地獄(ぢごく)()ちて艱難(かんなん)辛苦(しんく)(いた)すのを、490(のみ)にかまれた(ほど)にも(かん)ぜず、491自分(じぶん)のみ(たす)からうと(いた)す、492(その)水臭(みづくさ)いズルイ、493性念(しやうねん)494中々(なかなか)(もつ)容易(ようい)代物(しろもの)でない。495(その)(はう)もヤツパリ地獄行(ぢごくゆき)だ、496ランチ将軍(しやうぐん)(とも)吊釣(てうきん)地獄(ぢごく)()つて、497無限(むげん)(くるし)みを()けるがよからう』
498ケース『それは(あま)胴欲(どうよく)(ござ)います。499何卒(どうぞ)今回(こんくわい)(かぎ)大目(おほめ)()(くだ)さいませ』
500ガリヤ『ランチ将軍(しやうぐん)(さま)501片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)(さま)(じつ)にお()(どく)でたまりませぬ、502(わたし)何処(どこ)までもお(とも)(いた)したいが山々(やまやま)(ござ)います、503(しか)最早(もはや)地獄(ぢごく)()ちられた両将軍(りやうしやうぐん)504吾々(われわれ)(まゐ)りました(ところ)(なん)のお(たす)けにもなりませぬから、505どうぞ(わたし)中有界(ちううかい)にお(すく)(くだ)さいませ。506()(ねが)(まを)します』
507赤の守衛番卒(ばんそつ)(ども)508(これ)()両人(りやうにん)をお(やかた)引立(ひつた)てよ』
509(番卒たち)『アイ』
510(こた)へて、511(また)四五(しご)番卒(ばんそつ)両人(りやうにん)無理(むり)無体(むたい)門内(もんない)(ふか)引立(ひつた)てて()く。
512赤の守衛『アーア、513大変(たいへん)(わる)(やつ)()やがつて、514随分(ずゐぶん)(ほね)()れた(こと)だ。515ここに一人(ひとり)(をんな)()るが、516マア休息(きうそく)してゆつくりして(しら)べることにしよう、517白殿(しろどの)518拙者(せつしや)休息(きうそく)(あひだ)519ここに(かは)つて、520(この)帳面(ちやうめん)(まも)つてゐて(くだ)さい』
521といひすてて、522(しばら)姿(すがた)(かく)した。
523 お(たみ)はツカツカと(しろ)(そば)馴々(なれなれ)しく(すす)()り、
524お民『モシお役人(やくにん)(さま)525ここはヤツパリ霊界(れいかい)八衢(やちまた)関所(せきしよ)(ござ)いますか。526(なん)だか最前(さいぜん)からウトリウトリと(いた)して()りましたが、527ランチ将軍(しやうぐん)さまや、528(その)(ほか)(さん)(にん)のお(かた)は、529何処(どこ)()かれました』
530白の守衛(かれ)()()(にん)(いま)白洲(しらす)(おい)審判(しんぱん)最中(さいちう)です。531(わたし)(かんが)へではどうやら地獄落(ぢごくおち)()えます』
532お民『それはマア()(どく)(こと)(ござ)いますなア、533(なん)とか(たす)けて()げる(はふ)(ござ)いますまいか』
534白の守衛到底(たうてい)冥土(めいど)法律(はふりつ)()げるわけには()きませぬ。535(かれ)()生前(せいぜん)より地獄(ぢごく)(せき)をおいてゐるのですから、536仮令(たとへ)天国(てんごく)何程(なにほど)吾々(われわれ)()げてやらうと(おも)つても、537智慧(ちゑ)証覚(しようかく)(ひら)けてゐないから、538仮令(たとへ)天国(てんごく)(おく)つてやつても、539(くる)しくなつて(かへ)つて()ますよ。540ヤハリ地獄(ぢごく)代物(しろもの)です、541それだから(ひと)平素(へいそ)からの心掛(こころがけ)(おこな)ひが肝腎(かんじん)ですよ』
542お民(わたし)随分(ずゐぶん)(わる)(こと)をして()ましたが、543ヤツパリ地獄(ぢごく)()かねばなりますまいかなア』
544 (しろ)帳面(ちやうめん)()りながら、
545白の守衛『お(まへ)さまはお(たみ)さまと()つたね』
546お民『ハイ、547左様(さやう)(ござ)います』
548白の守衛『お(まへ)さまには蠑螈別(いもりわけ)()情夫(じやうふ)がありますなア』
549 お(たみ)はパツと(かほ)(あか)らめながら(ほそ)(こゑ)で、
550お民『ハイ、551(はづ)かしう(ござ)います』
552白の守衛『お(まへ)さまは、553あの蠑螈別(いもりわけ)一生(いつしやう)()(つもり)ですか』
554お民『ハイ、555先方(むかふ)さまさへ()てて(くだ)さらねば、556(はじ)めての(をとこ)(ござ)いますから、557どこまでも(したが)つて(まゐ)(つも)りで(ござ)います』
558白の守衛『モシ、559蠑螈別(いもりわけ)中途(ちうと)にお(まへ)さまを()てて、560(ほか)(をんな)(こしら)へたら、561(その)(とき)()うする(かんが)へですか』
562お民『サア、563(その)(とき)になつてみないと(わか)りませぬ、564(また)蠑螈別(いもりわけ)さまの(はう)から(いや)になつて()てられるか、565(あるひ)(わたし)(はう)から蠑螈別(いもりわけ)さまに愛想(あいそ)をつかして()てて逃出(にげだ)しますか、566(その)(てん)自分(じぶん)にも(わか)つて()りませぬ』
567白の守衛成程(なるほど)568そこは正直(しやうぢき)(ところ)だ、569(しか)しながら、570蠑螈別(いもりわけ)(ひま)(もら)ふか、571(あるひ)はお(まへ)さまの(はう)から(ひま)をくれた(その)(のち)は、572独身(どくしん)生活(せいくわつ)をやる(かんが)へですか、573(ただし)二度目(にどめ)(をつと)()ちますか』
574お民理想(りさう)(をつと)があれば、575キツト()ちます、576それでなくては狐独(こどく)生活(せいくわつ)(くる)しう(ござ)いますからなア、577折角(せつかく)人間(にんげん)(うま)れて()て、578人間(にんげん)(まじ)はりも出来(でき)ずに一生(いつしやう)(をは)るやうな不幸(ふかう)(こと)(ござ)いませぬから………』
579白の守衛成程(なるほど)580イヤ感心(かんしん)だ、581(その)(こころ)所謂(いはゆる)無垢(むく)だ、582随分(ずゐぶん)(とら)()アさまに()()ましたり、583魔我彦(まがひこ)(こひ)(ほのほ)()やさしたりして()ましたねえ、584チヤンとここの帳面(ちやうめん)についてゐますよ』
585お民『ハイ何分(なにぶん)天稟(てんびん)美貌(びばう)(うま)れたものですから、586一人(ひとり)(をんな)二人(ふたり)(をとこ)587本当(ほんたう)迷惑(めいわく)(いた)しましたよ。588(わたし)(はう)から()れさしたのぢやありませぬ。589蠑螈別(いもりわけ)さまだつて魔我彦(まがひこ)さまだつて、590勝手(かつて)先方(むかふ)(はう)から秋波(しうは)(おく)られたのです。591そして(わたし)蠑螈別(いもりわけ)さまの(はう)余程(よほど)理想(りさう)(てき)だと(おも)つて(こころ)をよせたのです。592(とら)さまが(おこ)るのはチツト無理解(むりかい)でせう、593(とら)さまは六十(ろくじふ)(しり)(つく)つて、594(もと)より(あい)のない虚偽(きよぎ)(てき)(こひ)翻弄(ほんろう)され、595(みづか)修羅(しゆら)をもやして、596(わたし)大変(たいへん)にお(にく)(あそ)ばすのですが、597(わたし)はお(とら)さまの(はう)無理(むり)だと(おも)ひますワ、598どうでせう、599(わたし)もヤツパリ地獄行(ぢごくゆき)資格(しかく)具備(ぐび)して()るでせうか』
600白の守衛『サア、601(わたし)でもハツキリ(わか)りませぬが、602どうせ現界(げんかい)人間(にんげん)は、603(あく)のない(もの)一人(ひとり)もありませぬ、604微罪(びざい)取上(とりあ)げて()らうものなら、605サツパリ天国(てんごく)団体(だんたい)成立(せいりつ)しませぬから、606可成(なるべ)くは中有界(ちううかい)において修業(しうげふ)をさせ、607一人(ひとり)でも(おほ)天国(てんごく)()げたいといふ冥府(めいふ)方針(はうしん)ですから、608()づあなたは早速(さつそく)天国(てんごく)へは()けずとも、609中有界(ちううかい)修業(しうげふ)結果(けつくわ)610早晩(さうばん)天国(てんごく)()けるでせう。611(しか)しながら、612不思議(ふしぎ)なる(こと)には、613ランチ将軍(しやうぐん)(はじ)め、614(まへ)さままでが、615まだ生死簿(せいしぼ)には生命(せいめい)(のこ)つてゐる。616斯様(かやう)(ところ)へまだ()(とき)でないが、617()(にん)()(にん)(とも)不思議(ふしぎ)(こと)だ、618コリヤ(なに)か、619霊界(れいかい)思召(おぼしめし)のある(こと)でせう』
620お民(また)現界(げんかい)(かへ)られませうかなア』
621白の守衛(なん)とも(わか)りませぬな』
622(はな)して()(ところ)へ、623ブラリブラリとやつて()たのは蠑螈別(いもりわけ)とエキスの両人(りやうにん)であつた。624(はるか)(むか)ふの(はう)から、625(とら)()アさまが白髪(はくはつ)()(みだ)し、
626お寅『オーイ オーイ』
627嗄声(しはがれごゑ)()()げながらやつて()る。628蠑螈別(いもりわけ)はお(たみ)姿(すがた)()て、629(おどろ)いたやうな(こゑ)で、
630蠑螈別『お(まへ)はお(たみ)ぢやないか、631どこへ()つてゐたのだ、632エヽー、633(おれ)(さけ)()まして()きやがつて、634片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)細目(ほそめ)をつかひ、635馬鹿(ばか)にしたぢやないか。636それからこんな(ところ)まで、637蠑螈別(いもりわけ)馬鹿(ばか)にして、638片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)駆落(かけおち)をして()げて()よつたのだなア』
639お民『ソラ(なに)()はんすのだい、640蠑螈別(いもりわけ)さま、641(あたえ)浮木(うきき)(もり)陣営(ぢんえい)(おい)て、642(まへ)さまの脱線振(だつせんぶり)をどれ(ほど)気遣(きづか)ひに(おも)つたか()れないよ。643それだから片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)取入(とりい)つて、644(まへ)さまの()(うへ)保護(ほご)しようと(おも)へばこそ、645(いや)(いや)でならぬ(をとこ)をうまくあしらつてゐたのよ。646(わたし)(こころ)()らずに(あま)りだワ、647ホンに(にく)らしい(をとこ)だワ。648冥土(めいど)八衢(やちまた)まで、649(をんな)(しり)()つかけ(きた)り、650(をとこ)らしくもない………サヽ(はや)(かへ)りなさい、651(わたし)もまだ生死簿(せいしぼ)には、652ここへ()るのは(はや)いと()()るさうだ』
653蠑螈別『コリヤお(たみ)654(その)(はう)()(ちが)うたのか、655ここを何処(どこ)心得(こころえ)()る、656浮木(うきき)(もり)(すこ)隣村(となりむら)ぢやないか。657貴様(きさま)最早(もはや)冥土(めいど)気分(きぶん)になつてゐるのか。658(あま)片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)(うつつ)(ぬか)すものだから、659精神(せいしん)までがトボケたのだろ。660(なん)だ、661こんな(ところ)まで()て、662()(おほ)い、663(おれ)()らぬかと(おも)うて、664(いろ)(しろ)(をとこ)(なに)()つてゐた。665サヽ有体(ありてい)(まを)さぬと、666(この)蠑螈別(いもりわけ)667タダではおかぬぞ』
668と、669まだ(さけ)(よひ)()めぬ(もつ)れた(した)無理(むり)にふりまはして、670駄々(だだ)をこねかけた。
671お民『コレ蠑螈別(いもりわけ)さま、672(しつか)りなさい、673ここは冥土(めいど)ですよ、674(この)(いろ)(しろ)いお(かた)伊吹戸主(いぶきどぬし)(かみ)(さま)(もん)守衛(しゆゑい)なさるお役人(やくにん)(さま)で、675(まへ)さま()(つみ)をお調(しら)べなさるお(やく)だよ』
676蠑螈別『オイ(しろ)677ナヽ(なん)だ、678(おれ)女房(にようばう)誘拐(かどわか)しやがつて、679こんな(ところ)まで()れて()よつて、680(おれ)(さけ)()うてるかと(おも)つて、681冥土(めいど)だの関所(せきしよ)だのと(おど)かしたつて、682駄目(だめ)だぞ。683サ、684どんなことを約束(やくそく)(いた)した、685キツパリと(まを)せ』
686白の守衛蠑螈別(いもりわけ)さま、687(しつか)りしなさい、688此処(ここ)冥府(めいふ)関所(せきしよ)ですよ、689(あま)(おほ)きな(こゑ)でグヅグヅ仰有(おつしや)ると、690(いま)(あか)さまが()えたら、691大変(たいへん)(しか)られますよ』
692蠑螈別『ナヽ(なん)だ、693(あか)さまが()えたら(しか)られるツ………貴様(きさま)(しろ)(かほ)してゐて、694(をんな)にズルイ(あか)さまだろ。695(かへる)(くち)からと()つて、696(われ)(わが)()白状(はくじやう)をしたでねえか、697エヽーン、698糞面白(くそおもしろ)くもねえ、699そんな(こと)ぬかすと、700バラモン(ぐん)のランチ将軍殿(しやうぐんどの)告発(こくはつ)(いた)さうか。701なア エキス、702本当(ほんたう)馬鹿(ばか)にしてるぢやねえか』
703(しろ)大分(だいぶん)(さけ)がまはつてゐると()える、704(しばら)(よひ)(さめ)るまで、705氷室(ひようしつ)へでも押込(おしこ)んでおかうかな』
706お民『モシモシ(しろ)さま、707そればかりはどうぞ(ゆる)してやつて(くだ)さいませ、708(けつ)して乱暴(らんばう)はさせませぬから………(よひ)()めましたら、709トツクリと()ひきかしますから………』
710白の守衛『それなら、711(たみ)さま、712(まへ)(この)帳面(ちやうめん)(ばん)をしてゐて(くだ)さい、713拙者(せつしや)(しばら)(おく)で、714蠑螈別(いもりわけ)(よひ)()めるまで休息(きうそく)して()るから………モシも()精霊(せいれい)がやつて()たら、715(この)()()をグツと()して(くだ)さい、716さうすりや、717スグに()(まゐ)りますから………』
718()ひすて、719門内(もんない)(はし)()つた。720(たみ)守衛(しゆゑい)代理権(だいりけん)(しばら)執行(しつかう)する(こと)となつた。721(たみ)以上(いじやう)善徳(ぜんとく)(もの)(および)智慧(ちゑ)証覚(しようかく)のある(もの)(きた)(とき)到底(たうてい)(つと)まらないが、722自分(じぶん)以下(いか)(もの)(たい)しては訊問(じんもん)するだけの能力(のうりよく)(そな)はつて()るのも(また)不思議(ふしぎ)である。723(たみ)はスツカリ(しろ)守衛(しゆゑい)(れい)(みた)され、724何時(いつ)()にやら自分(じぶん)(をんな)たる(こと)(わす)れ、725自分(じぶん)(しろ)気取(きど)りで守衛(しゆゑい)忠実(ちうじつ)(つと)める(こと)になつた。
726 そこへスタスタやつて()たのは、727小北山(こぎたやま)()つたお(とら)()アさまである。728(これ)はお(とら)()アさまの(ふく)守護神(しゆごじん)本人(ほんにん)改心(かいしん)によつて遁走(とんそう)し、729(とら)容貌(ようばう)(その)(まま)(そな)へて此処(ここ)(まよ)うて()たのである。730改心(かいしん)したお(とら)(その)面貌(めんばう)()ひ、731肉付(にくづき)といひ、732生々(いきいき)してゐるが、733此処(ここ)へやつて()たお(とら)嫉妬(しつと)憤怒(ふんど)真最中(まつさいちう)に、734(かみ)(ひかり)()らされて()()された精霊(せいれい)が、735八衢界(やちまたかい)彼方(あちら)此方(こちら)()(まよ)ひ、736艱難(かんなん)苦労(くらう)して、737やつと此処(ここ)まで()()たのであるから、738随分(ずゐぶん)(いや)らしい形相(ぎやうさう)であつた。739(とら)はお(たみ)のそこに()るのには(すこ)しも()がつかず、740蠑螈別(いもりわけ)とエキスがグタグタになつて(たふ)れてゐるのを打眺(うちなが)め、741蠑螈別(いもりわけ)無理(むり)にゆすり(おこ)した。742蠑螈別(いもりわけ)(もの)(おそ)はれたやうな(こゑ)()して(やうや)()(あが)り、743大地(だいち)胡坐(あぐら)をかき、
744蠑螈別『アヽお(たみ)()うた(ゆめ)()てゐたのに、745(たれ)だい、746(おれ)(ゆす)(おこ)しやがつて………』
747()ひながら()(ひら)いた。748さうするとお(とら)は、749化物(ばけもの)のやうな(かほ)をして、750蠑螈別(いもりわけ)をグツと(にら)み、
751お寅『コレ、752蠑螈別(いもりわけ)さま、753(まへ)さまは九千(きうせん)(りやう)(かね)をソツと(ぬす)()し、754(わたし)()をまかしたのを(さいはひ)として、755金剛杖(こんがうづゑ)(あたま)(ふた)つも(たた)き、756(たみ)(あま)一緒(いつしよ)小北山(こぎたやま)逐電(ちくでん)し、757(この)(とら)馬鹿(ばか)にしたぢやないか。758サヽかうなる(うへ)最早(もはや)百年目(ひやくねんめ)だ、759(はな)()ぢて()げようか』
760()ひながら、761グツと(ちから)(まか)して、762(すこ)(ひだり)(まが)つた(はな)()ぢあげた。
763蠑螈別『アイタヽヽヽヽ、764コラお(とら)765ホンナに乱暴(らんばう)(こと)をすない、766(また)しても(また)しても(はな)()ぢやがつて、767エヽーン、768いい(とし)して、769いい加減(かげん)にたしなまぬか。770こんな大道(だいだう)中央(まんなか)で、771意茶(いちや)つき喧嘩(けんくわ)をして()ると、772(たれ)()てをるか()らせぬぞ』
773お寅『コリヤ蠑螈別(いもりわけ)774九千(きうせん)(りやう)(かね)(はや)(かへ)せ、775そしてお(たみ)(あま)何処(どこ)へやつたのだ』
776蠑螈別九千(きうせん)(りやう)(かね)は、777(いま)ここに()るエキスやコー、778ワク、779エム(など)のバラモン(けう)番卒(ばんそつ)にくれてやつたのだ。780そしてお(たみ)(いま)ここに()つた(はず)だが………(わし)はモウお(まへ)(いや)になつた。781(たみ)(やつ)782片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)駆落(かけおち)したり、783(また)こんな(ところ)()(いろ)(しろ)(をとこ)意茶(いちや)ついてやがるのだ。784モウ(をんな)(いや)になつた。785(おれ)趣味(しゆみ)はヤツパリ(さけ)だ。786アーア、787色男(いろをとこ)(うま)れると(つら)いものだなア』
788お寅『ナニツ、789(たみ)(おも)()つたと、790ソリヤまだしも(えら)い、791よう()()めた。792(しか)しこのお(とら)は、793そんな(こと)()つても(おも)()るこた出来(でき)よまい。794そして(その)九千(きうせん)(りやう)(かね)を、795ここにゐるエキス(その)(ほか)(やつ)にやつたと()ふのだな、796(たみ)にやつたよりはマシだ。797こら、798エキス、799(その)(かね)此方(こちら)(かへ)せ、800(とら)(かね)だ。801蠑螈別(いもりわけ)(この)(ばば)アの()(しの)んで持逃(もちにげ)した大金(たいきん)だ。802サツサと素直(すなほ)(かへ)さぬと、803貴様(きさま)(はな)をねぢようか』
804エキス『どこの()アさまか()らぬが、805(おれ)蠑螈別(いもりわけ)さまから(もら)つたのだ。806そして(その)(かね)軍用金(ぐんようきん)としてランチ将軍(しやうぐん)(さま)提出(ていしゆつ)したのだから、807(かへ)してほしけりや、808浮木(うきき)(もり)陣営(ぢんえい)()つて直接(ちよくせつ)(かへ)して(もら)ふがよからう…………』
809お寅『エヽ、810ツベコベと(なに)()ふのだ。811(また)(はな)()ぢるぞ』
812()ひながら、813エキスの(はな)をグツと()ぢる。
814エキス『アイタヽヽヽヽ、815(ゆる)(ゆる)(いき)()れるわい、816あゝ()()()ぬ』
817お寅『アハヽヽ、818(いた)いか、819(くる)しいか、820(これ)自業(じごう)自得(じとく)だ、821三途川(せうづがは)鬼婆(おにばば)だぞ』
822(たみ)『コリヤ コリヤ、823(その)(はう)はお(とら)(ふく)守護神(しゆごじん)でないか、824逐一(ちくいつ)(その)(はう)罪状(ざいじやう)()()げるから、825()いたがよからう』
826お寅『ナーニ、827(この)(とら)はこんな(ところ)()て、828(つみ)(かぞ)へられるやうな(わる)(こと)はせぬワ、829(げん)此処(ここ)()るエキスが、830(わたし)(かね)()りやがつたのだ。831なぜ(これ)(しら)べぬのか』
832お民蠑螈別(いもりわけ)(その)(はう)(かね)()つたのでないか』
833お寅蠑螈別(いもりわけ)()つたにした(ところ)で、834(わたし)最愛(さいあい)(をとこ)だ、835(とら)(もの)蠑螈別(いもりわけ)(もの)836蠑螈別(いもりわけ)(もの)(すなは)ちお(とら)(もの)だ、837それをうまくチヨロまかして、838まき()げた(この)エキスこそ大悪人(だいあくにん)だ』
839()ひながら、840フと(かほ)()ぐればお(たみ)であつた。841(とら)はお(たみ)()るよりクワツと(いか)り、
842お寅『コリヤお(たみ)843貴様(きさま)こそ大悪人(だいあくにん)だ、844蠑螈別(いもりわけ)をくはへて(かね)(ぬす)ませ、845こんな(ところ)まで()れて()よつたぢやないか。846サ、847いい(ところ)()うた、848生首(なまくび)引抜(ひきぬ)いてやらう、849サア覚悟(かくご)(いた)せ』
850(おほかみ)のやうな(こゑ)ふりあげてお(たみ)武者(むしや)ぶりつく。851(たみ)一生(いつしやう)懸命(けんめい)にお(とら)()んず()まれつ、852もみ()うてゐる。853蠑螈別(いもりわけ)854エキスはヒヨロヒヨロしながら()(あが)り、
855エキス『マアマア()つた、856()たんせ、857コリヤどうぢや』
858二人(ふたり)(なか)()つて()り、859(かほ)()()かれたり、860(つめ)られたり、861蠑螈別(いもりわけ)焼糞(やけくそ)になつて(なぐ)る、862()る、863誰彼(たれかれ)なしに金切声(かなきりごゑ)をふり()げ、864(いぬ)()(あひ)のやうに(わめ)()ててゐる。865(この)(こゑ)()きつけて(あか)866(しろ)守衛(しゆゑい)(ちう)()んで(この)()(あら)はれ(きた)り、867(あか)(おほ)きな鉄棒(てつぼう)振上(ふりあ)げ、
868赤の守衛『コラツ』
869一喝(いつかつ)した。870(この)(こゑ)(おどろ)いて、871(たみ)も、872(とら)も、873蠑螈別(いもりわけ)874エキスも(いのち)カラガラ()()りバラバラに何処(いづく)ともなく逃去(にげさ)つて(しま)つた。
875赤の守衛『ハヽヽヽヽ、876娑婆(しやば)亡者(まうじや)()877たうとう()げよつた。878彼奴(あいつ)アまだ此処(ここ)()(やつ)ぢやないから、879少時(しばし)木蔭(こかげ)にたたずんで(かんが)へてゐたが、880随分(ずゐぶん)面白(おもしろ)いことをやりよつたものだ、881アハヽヽヽヽ』
882(しろ)本当(ほんたう)面白(おもしろ)いものですなア、883あゝして娑婆(しやば)()(かへ)せば、884(いづ)改心(かいしん)をして、885(また)()るでせう』
886赤の守衛『あのお(とら)()(やつ)887彼奴(あいつ)現界(げんかい)(すで)改心(かいしん)してゐるのだが、888二重(にぢゆう)人格者(じんかくしや)で、889副守(ふくしゆ)(はう)がやつて()よつたのだ。890彼奴(あいつ)だけは()うしても番卒(ばんそつ)派遣(はけん)して引捉(ひつとら)へ、891地獄(ぢごく)(おと)さねばなるまい』
892白の守衛(しか)らば番卒(ばんそつ)(めい)じ、893捕縛(ほばく)させませう』
894大正一二・一・一三 旧一一・一一・二七 松村真澄録)
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