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第19巻(午の巻)
序
凡例
総説三十三魂
第1篇 神慮洪遠
01 高熊山
〔646〕
02 鶍の嘴
〔647〕
03 千騎一騎
〔648〕
04 善か悪か
〔649〕
第2篇 意外の意外
05 零敗の苦
〔650〕
06 和合と謝罪
〔651〕
07 牛飲馬食
〔652〕
08 大悟徹底
〔653〕
第3篇 至誠通神
09 身魂の浄化
〔654〕
10 馬鹿正直
〔655〕
11 変態動物
〔656〕
12 言照姫
〔657〕
第4篇 地異天変
13 混線
〔658〕
14 声の在所
〔659〕
15 山神の滝
〔660〕
16 玉照彦
〔661〕
17 言霊車
〔662〕
霊の礎(五)
余白歌
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第八章
大悟
(
たいご
)
徹底
(
てつてい
)
〔六五三〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第19巻 如意宝珠 午の巻
篇:
第2篇 意外の意外
よみ(新仮名遣い):
いがいのいがい
章:
第8章 大悟徹底
よみ(新仮名遣い):
たいごてってい
通し章番号:
653
口述日:
1922(大正11)年05月07日(旧04月11日)
口述場所:
筆録者:
外山豊二
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年2月28日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
紫姫と若彦たちは、元伊勢の神前に祈願を籠めながら、馬公と鹿公の復命を待っていた。そこへ二人が戻ってきた。鶴公が高姫に報告をしに行ったことを聞いた一同は、高姫の返事を待つために一度世継王山へ帰ることになった。
四五日して、世継王山へ高姫一行が訪ねて来た。一同は、高姫らをもてなした。黒姫は、なぜ策略を使って奪った玉照姫を、こちらへ渡そうとするのか、と聞いた。若彦と紫姫は、自分たちの行為が素盞嗚尊の怒りを買い、三五教を除名され、また玉照姫をウラナイ教に譲るようにと命じられた経緯を語った。
高姫はそれを聞いて、素盞嗚尊の善を悟り、今まで敵対してきたことを詫び、涙にくれてその場に打ち伏した。高姫は素盞嗚尊の真心に打たれ、玉照姫を連れて帰ることはしばらく考えされて欲しい、と申し出た。
そして、高姫一行は一度フサの国へ帰って行った。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2021-04-03 17:12:52
OBC :
rm1908
愛善世界社版:
119頁
八幡書店版:
第4輯 73頁
修補版:
校定版:
122頁
普及版:
55頁
初版:
ページ備考:
001
紫姫
(
むらさきひめ
)
、
002
若彦
(
わかひこ
)
、
003
お
玉
(
たま
)
は
元伊勢
(
もといせ
)
の
神殿
(
しんでん
)
に
祈願
(
きぐわん
)
を
籠
(
こ
)
め
終
(
をは
)
り、
004
玉照姫
(
たまてるひめ
)
を
介抱
(
かいほう
)
しつつ、
005
馬
(
うま
)
、
006
鹿
(
しか
)
両人
(
りやうにん
)
の
復命
(
ふくめい
)
如何
(
いか
)
にと
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
た。
007
黄昏
(
たそがれ
)
過
(
す
)
ぐる
頃
(
ころ
)
神殿
(
しんでん
)
に
向
(
むか
)
つて
急
(
いそ
)
ぎ
来
(
きた
)
る
二
(
ふた
)
つの
影
(
かげ
)
。
008
馬公、鹿公
『モシモシ
紫姫
(
むらさきひめ
)
さま、
009
若彦
(
わかひこ
)
さまは
居
(
ゐ
)
られますか、
010
馬
(
うま
)
、
011
鹿
(
しか
)
の
両人
(
りやうにん
)
で
御座
(
ござ
)
います』
012
若彦
(
わかひこ
)
『ヤア
馬公
(
うまこう
)
に
鹿公
(
しかこう
)
、
013
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
だつたナア。
014
様子
(
やうす
)
は
如何
(
どう
)
ぢや』
015
馬公
(
うまこう
)
『ハイまアまア
上
(
じやう
)
いき
でした。
016
黒姫
(
くろひめ
)
はフサの
国
(
くに
)
へ
帰
(
かへ
)
つて
不在中
(
ふざいちゆう
)
だとかで、
017
残
(
のこ
)
りの
十四五
(
じふしご
)
人
(
にん
)
の
連中
(
れんちう
)
、
018
酒
(
さけ
)
に
喰
(
くら
)
ひ
酔
(
よ
)
つて
大騒
(
おほさわ
)
ぎの
真最中
(
まつさいちう
)
、
019
到頭
(
たうとう
)
吾々
(
われわれ
)
両人
(
りやうにん
)
も
引張
(
ひつぱ
)
り
込
(
こ
)
まれ、
020
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
ひ
潰
(
つぶ
)
され、
021
敵味方
(
てきみかた
)
の
区別
(
くべつ
)
も
無
(
な
)
く
互
(
たがひ
)
に
歓
(
くわん
)
を
尽
(
つく
)
して
居
(
ゐ
)
る
最中
(
さいちう
)
へ、
022
やつて
来
(
き
)
たのはフサの
国
(
くに
)
の
本山
(
ほんざん
)
より
高姫
(
たかひめ
)
、
023
黒姫
(
くろひめ
)
の
使
(
つかひ
)
として
鶴公
(
つるこう
)
、
024
亀公
(
かめこう
)
の
両人
(
りやうにん
)
、
025
そこで
吾々
(
われわれ
)
両人
(
りやうにん
)
は
貴女
(
あなた
)
方
(
がた
)
の
御
(
ご
)
意見
(
いけん
)
を
伝
(
つた
)
へますると、
026
鶴公
(
つるこう
)
、
027
亀公
(
かめこう
)
は
一
(
いち
)
も
二
(
に
)
も
無
(
な
)
く
承諾
(
しようだく
)
をしました。
028
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
一寸
(
ちよつと
)
フサの
国
(
くに
)
まで
伺
(
うかが
)
つて
来
(
く
)
るから、
029
確
(
かく
)
たる
返答
(
へんたふ
)
は
後
(
のち
)
程
(
ほど
)
するとの
事
(
こと
)
でございました』
030
紫姫
(
むらさきひめ
)
『アヽそれは
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
でしたナ。
031
左様
(
さやう
)
ならば
御
(
ご
)
返事
(
へんじ
)
のあるまで、
032
一旦
(
いつたん
)
聖地
(
せいち
)
へ
引返
(
ひきかへ
)
しませうか』
033
若彦
(
わかひこ
)
『それが
御
(
お
)
よろしうございませう。
034
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
が
元伊勢
(
もといせ
)
へ
御
(
ご
)
参拝
(
さんぱい
)
の
御
(
お
)
供
(
とも
)
を
致
(
いた
)
したと
思
(
おも
)
へば
無駄
(
むだ
)
にはなりませぬ。
035
サアサア
急
(
いそ
)
ぎ
帰
(
かへ
)
りませう』
036
と
一行
(
いつかう
)
五
(
ご
)
人
(
にん
)
は、
037
玉照姫
(
たまてるひめ
)
を
恭
(
うやうや
)
しく
捧持
(
ほうぢ
)
しつつ
再
(
ふたた
)
び
世継王
(
よつわう
)
山麓
(
さんろく
)
の
館
(
やかた
)
に
立帰
(
たちかへ
)
りける。
038
峰
(
みね
)
の
嵐
(
あらし
)
に
吹
(
ふ
)
き
散
(
ち
)
らされて
満天
(
まんてん
)
の
雲
(
くも
)
は
何処
(
いづく
)
ともなく
姿
(
すがた
)
を
消
(
け
)
し、
039
上弦
(
じやうげん
)
の
月
(
つき
)
は
東天
(
とうてん
)
に
輝
(
かがや
)
き
初
(
はじ
)
めた。
040
夜明
(
よあ
)
けに
間
(
ま
)
もなき
時
(
とき
)
なりける。
041
四五
(
しご
)
日
(
にち
)
過
(
す
)
ぐる
夜半
(
よなか
)
頃
(
ごろ
)
、
042
世継王
(
よつわう
)
山麓
(
さんろく
)
の
玉照姫
(
たまてるひめ
)
が
庵
(
いほり
)
を
訪
(
たづ
)
ねる
数名
(
すうめい
)
の
男女
(
だんぢよ
)
が
現
(
あら
)
はれた。
043
凩
(
こがらし
)
吹
(
ふ
)
き
荒
(
すさ
)
ぶ
真夜中
(
まよなか
)
頃
(
ごろ
)
、
044
紫姫
(
むらさきひめ
)
以下
(
いか
)
の
家族
(
かぞく
)
は
残
(
のこ
)
らず
寝
(
しん
)
に
就
(
つい
)
て
居
(
ゐ
)
た。
045
門
(
もん
)
の
戸
(
と
)
を
敲
(
たた
)
く
男
(
をとこ
)
の
声
(
こゑ
)
、
046
鶴公
(
つるこう
)
『モシモシ
夜中
(
よなか
)
に
参
(
まゐ
)
りまして
済
(
す
)
みませぬが、
047
私
(
わたくし
)
は
御
(
ご
)
存知
(
ぞんぢ
)
のフサの
国
(
くに
)
のウラナイ
教
(
けう
)
の
本山
(
ほんざん
)
から
参
(
まゐ
)
りました
鶴公
(
つるこう
)
でございます。
048
先日
(
せんじつ
)
馬公
(
うまこう
)
さま、
049
鹿公
(
しかこう
)
さまに
御
(
お
)
聞
(
き
)
き
申
(
まを
)
したことを、
050
直様
(
すぐさま
)
高姫
(
たかひめ
)
、
051
黒姫
(
くろひめ
)
様
(
さま
)
に
御
(
お
)
伝
(
つた
)
へ
致
(
いた
)
しました
所
(
ところ
)
、
052
殊
(
こと
)
の
外
(
ほか
)
御
(
お
)
悦
(
よろこ
)
び
遊
(
あそ
)
ばして、
053
唯今
(
ただいま
)
此所
(
ここ
)
へ
大勢
(
おほぜい
)
伴
(
つ
)
れて
御
(
お
)
出
(
い
)
でになりました』
054
馬公
(
うまこう
)
は
此
(
こ
)
の
声
(
こゑ
)
を
聞
(
き
)
き、
055
家
(
いへ
)
の
中
(
なか
)
より、
056
馬公
『ヤア
擬
(
まが
)
ふ
方
(
かた
)
なき
鶴公
(
つるこう
)
さまの
声
(
こゑ
)
、
057
一寸
(
ちよつと
)
待
(
ま
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
058
今直
(
いますぐ
)
に
紫姫
(
むらさきひめ
)
様
(
さま
)
に
申上
(
まをしあ
)
げますから、
059
オイ
鹿公
(
しかこう
)
、
060
起
(
お
)
きぬか、
061
大変
(
たいへん
)
だ
大変
(
たいへん
)
だ』
062
鹿公
(
しかこう
)
はむつくと
起
(
お
)
き、
063
鹿公
『ナヽヽ
何
(
なに
)
が
大変
(
たいへん
)
だ。
064
大方
(
おほかた
)
フサの
国
(
くに
)
から
黒姫
(
くろひめ
)
さま、
065
高姫
(
たかひめ
)
さまが
殊
(
こと
)
の
外
(
ほか
)
御
(
お
)
悦
(
よろこ
)
びで
御
(
お
)
出
(
い
)
でになつたのだらう』
066
馬公
(
うまこう
)
『なまくらな
奴
(
やつ
)
だ、
067
聞
(
き
)
いてゐやがつたのだな』
068
鹿公
(
しかこう
)
『アハヽヽヽ、
069
モシモシ
紫姫
(
むらさきひめ
)
さま、
070
若彦
(
わかひこ
)
さま、
071
高姫
(
たかひめ
)
、
072
黒姫
(
くろひめ
)
の
御
(
ご
)
両人
(
りやうにん
)
が
御
(
お
)
出
(
い
)
でになりましたよ』
073
紫姫
(
むらさきひめ
)
『アーそれは
御
(
ご
)
遠方
(
ゑんぽう
)
の
所
(
ところ
)
、
074
よう
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さつた。
075
馬公
(
うまこう
)
や、
076
早
(
はや
)
く
表
(
おもて
)
を
開
(
あ
)
けて
下
(
くだ
)
さい。
077
さうして
受付
(
うけつけ
)
で
一寸
(
ちよつと
)
御
(
お
)
茶
(
ちや
)
でも
差上
(
さしあ
)
げて、
078
此方
(
こちら
)
の
奥
(
おく
)
の
片付
(
かたづ
)
くまで
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
て
貰
(
もら
)
うて
下
(
くだ
)
さい』
079
と
欣々
(
いそいそ
)
として
寝床
(
ねどこ
)
を
片付
(
かたづ
)
け、
080
掃除
(
さうぢ
)
にかかる。
081
若彦
(
わかひこ
)
は
寝巻
(
ねまき
)
を
着替
(
きか
)
へ、
082
慌
(
あわて
)
て
表
(
おもて
)
に
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
し、
083
若彦
(
わかひこ
)
『ヤー
黒姫
(
くろひめ
)
さま、
084
高姫
(
たかひめ
)
さま、
085
よう
御
(
お
)
出
(
い
)
で
下
(
くだ
)
さいました。
086
サアほんの
仮小屋
(
かりごや
)
で
貴方
(
あなた
)
の
御
(
お
)
在
(
いで
)
遊
(
あそ
)
ばす
本山
(
ほんざん
)
に
比
(
くら
)
ぶれば、
087
全
(
まる
)
で
柴小屋
(
しばごや
)
の
様
(
やう
)
なものでございますが、
088
どうぞ
御
(
お
)
入
(
はい
)
り
下
(
くだ
)
さいませ』
089
高姫
(
たかひめ
)
『
青彦
(
あをひこ
)
さま、
090
何事
(
なにごと
)
も
神界
(
しんかい
)
の
御
(
ご
)
都合
(
つがふ
)
だから
今迄
(
いままで
)
の
事
(
こと
)
は、
091
全然
(
すつかり
)
水
(
みづ
)
に
流
(
なが
)
して
仲好
(
なかよ
)
うするのだよ』
092
若彦
(
わかひこ
)
『ハイハイ
仰
(
あふ
)
せの
通
(
とほ
)
り
仲好
(
なかよ
)
うする
程
(
ほど
)
、
093
結構
(
けつこう
)
なことはございませぬ』
094
黒姫
(
くろひめ
)
『お
前
(
まへ
)
は
矢張
(
やつぱ
)
り
私
(
わし
)
の
眼識
(
めがね
)
に
違
(
たが
)
はず、
095
屹度
(
きつと
)
こんな
好結果
(
かうけつくわ
)
を
齎
(
もたら
)
すであらうと
思
(
おも
)
つて
居
(
を
)
つた。
096
私
(
わし
)
の
眼
(
め
)
は
矢張
(
やつぱ
)
り
黒
(
くろ
)
いワ。
097
高姫
(
たかひめ
)
さま
如何
(
どう
)
でございます、
098
間違
(
まちが
)
ひはありますまい』
099
高姫
(
たかひめ
)
『イヤどうも
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
りました。
100
サアサア
御免
(
ごめん
)
蒙
(
かうむ
)
りませう』
101
と
一同
(
いちどう
)
はぞろぞろと
閾
(
しきゐ
)
を
跨
(
また
)
げて
奥
(
おく
)
に
進
(
すす
)
み
入
(
い
)
る。
102
紫姫
(
むらさきひめ
)
『これはこれは
皆様
(
みなさま
)
よく
おはせ
られました。
103
毎日
(
まいにち
)
日日
(
ひにち
)
首
(
くび
)
を
伸
(
の
)
ばして
御
(
ご
)
返事
(
へんじ
)
如何
(
いか
)
にと
御
(
お
)
待
(
ま
)
ち
申
(
まを
)
してゐました。
104
こちら
の
方
(
はう
)
から
御
(
ご
)
返事
(
へんじ
)
の
有
(
あ
)
り
次第
(
しだい
)
伺
(
うかが
)
ふつもりでしたのに、
105
自
(
みづか
)
ら
御
(
ご
)
出張
(
しゆつちやう
)
下
(
くだ
)
さいますとは、
106
実
(
じつ
)
に
有難
(
ありがた
)
いことでございます。
107
どうぞ
今迄
(
いままで
)
の
御
(
ご
)
無礼
(
ぶれい
)
は
御
(
お
)
赦
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さいませ』
108
黒姫
(
くろひめ
)
『モー
斯
(
こ
)
うなれば
親子
(
おやこ
)
も
同然
(
どうぜん
)
だ。
109
決
(
けつ
)
して
御
(
お
)
気遣
(
きづか
)
ひ
下
(
くだ
)
さるな』
110
と
奥
(
おく
)
の
間
(
ま
)
の
正座
(
しやうざ
)
に
一行
(
いつかう
)
七
(
しち
)
人
(
にん
)
ずらりと
棚
(
たな
)
の
布袋然
(
ほていぜん
)
として
座
(
ざ
)
を
占
(
しめ
)
る。
111
紫姫
(
むらさきひめ
)
は
心底
(
しんてい
)
より
嬉々
(
きき
)
として、
112
丁寧
(
ていねい
)
に
遠来
(
ゑんらい
)
の
客
(
きやく
)
をもてなしてゐる。
113
若彦
(
わかひこ
)
、
114
馬
(
うま
)
、
115
鹿
(
しか
)
の
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
俄
(
にはか
)
に
襷掛
(
たすきが
)
けとなり、
116
御
(
ご
)
馳走
(
ちそう
)
の
献立
(
こんだて
)
に
全力
(
ぜんりよく
)
を
尽
(
つく
)
してゐる。
117
お
玉
(
たま
)
は
玉照姫
(
たまてるひめ
)
の
側
(
そば
)
を
離
(
はな
)
れず
大切
(
たいせつ
)
に
保護
(
ほご
)
して
居
(
を
)
る。
118
黒姫
(
くろひめ
)
『これ
紫姫
(
むらさきひめ
)
さま、
119
貴女
(
あなた
)
は
本当
(
ほんたう
)
に
見上
(
みあ
)
げた
御
(
お
)
方
(
かた
)
だ。
120
この
黒姫
(
くろひめ
)
でさへも
深遠
(
しんゑん
)
霊妙
(
れいめう
)
なる
貴女
(
あなた
)
の
秘策
(
ひさく
)
には
気
(
き
)
が
付
(
つ
)
かなかつた。
121
大事
(
だいじ
)
を
遂行
(
すゐかう
)
するものは、
122
さうなくてはならぬものだ。
123
現在
(
げんざい
)
上役
(
うはやく
)
の
私
(
わたし
)
さへも
知
(
し
)
らぬやうに、
124
うまく
芝居
(
しばゐ
)
を
仕組
(
しぐ
)
まれた
其
(
そ
)
の
腕前
(
うでまへ
)
は、
125
実
(
じつ
)
に
感服
(
かんぷく
)
致
(
いた
)
しました。
126
モシ
高姫
(
たかひめ
)
さま、
127
それだから
私
(
わたし
)
が
貴女
(
あなた
)
に
御
(
お
)
目
(
め
)
にかけた
時
(
とき
)
、
128
掘
(
ほ
)
り
出
(
だ
)
し
物
(
もの
)
が
手
(
て
)
に
入
(
い
)
つたと
言
(
い
)
うたぢやありませぬか。
129
黒姫
(
くろひめ
)
の
眼力
(
がんりき
)
も、
130
あまり
捨
(
す
)
てたものぢやありますまい。
131
エヘヽヽヽ』
132
と
肩
(
かた
)
を
揺
(
ゆす
)
る。
133
紫姫
(
むらさきひめ
)
『イエイエもとより
智慧
(
ちゑ
)
の
足
(
た
)
らはぬ
妾
(
わらは
)
のことでございますから、
134
実
(
じつ
)
の
処
(
ところ
)
は
若彦
(
わかひこ
)
、
135
元
(
もと
)
の
名
(
な
)
の
青彦
(
あをひこ
)
と
二人
(
ふたり
)
、
136
悦子姫
(
よしこひめ
)
さまの
御
(
お
)
指図
(
さしづ
)
に
従
(
したが
)
つて、
137
済
(
す
)
まぬとは
知
(
し
)
り
乍
(
なが
)
ら
黒姫
(
くろひめ
)
様
(
さま
)
を
誑
(
たば
)
かつたのです。
138
つまり
貴女
(
あなた
)
に
揚
(
あ
)
げ
壺
(
つぼ
)
を
喰
(
く
)
はし、
139
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を
此方
(
こちら
)
へ
捧持
(
ほうぢ
)
して
帰
(
かへ
)
つた
時
(
とき
)
は、
140
それはそれは
何
(
なん
)
とも
知
(
し
)
れぬ
心持
(
こころもち
)
でございました。
141
嬉
(
うれ
)
しいやら
又
(
また
)
何
(
なん
)
ともなしに
気持
(
きもち
)
が
悪
(
わる
)
いやら、
142
貴女
(
あなた
)
に
対
(
たい
)
して
御
(
お
)
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
やら、
143
何
(
なに
)
か
心
(
こころ
)
の
奥
(
おく
)
の
奥
(
おく
)
に
一
(
ひと
)
つの
黒
(
くろ
)
い
影
(
かげ
)
があるやうな
心持
(
こころもち
)
でした、
144
今日
(
こんにち
)
となつては
実
(
じつ
)
に
一点
(
いつてん
)
の
曇
(
くも
)
りも
無
(
な
)
き
様
(
やう
)
になりまして、
145
こんな
嬉
(
うれ
)
しいことはございませぬ』
146
黒姫
(
くろひめ
)
は
眼
(
め
)
を
丸
(
まる
)
うし、
147
口
(
くち
)
を
尖
(
とが
)
らし、
148
黒姫
(
くろひめ
)
『さうすると
矢張
(
やつぱ
)
りお
前
(
まへ
)
等
(
ら
)
二人
(
ふたり
)
諜
(
しめ
)
し
合
(
あ
)
はして、
149
私
(
わし
)
を
抱
(
だ
)
き
落
(
おと
)
しにかけたのだな。
150
ほんにほんに
油断
(
ゆだん
)
ならぬ
途方
(
とはう
)
も
無
(
な
)
い
腹
(
はら
)
の
黒
(
くろ
)
いお
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
だ。
151
オホヽヽヽ』
152
高姫
(
たかひめ
)
『これ
黒姫
(
くろひめ
)
さま、
153
もう
好
(
よ
)
いぢやありませぬか。
154
改心
(
かいしん
)
さへなさつたら
何
(
なに
)
も
言
(
い
)
ふことはありませぬワ。
155
過
(
す
)
ぎ
去
(
さ
)
つたことを
言
(
い
)
うて
互
(
たがひ
)
に
気分
(
きぶん
)
を
悪
(
わる
)
うするよりも、
156
勇
(
いさ
)
んで
御用
(
ごよう
)
をするのが
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
対
(
たい
)
して
孝行
(
かうかう
)
ぢや。
157
もうそんな
事
(
こと
)
は
打切
(
うちき
)
りに
致
(
いた
)
して、
158
打解
(
うちと
)
けて
是
(
これ
)
から
神業
(
しんげふ
)
に
参加
(
さんか
)
しようではありませぬか』
159
紫姫
(
むらさきひめ
)
『
有難
(
ありがた
)
うございます。
160
これに
就
(
つ
)
きましては
種々
(
いろいろ
)
と
深
(
ふか
)
い
理由
(
わけ
)
がございますが、
161
軈
(
やが
)
て
御膳
(
ごぜん
)
の
支度
(
したく
)
も
出来
(
でき
)
ませうから、
162
ゆつくりと
召上
(
めしあが
)
つて
其
(
そ
)
の
後
(
あと
)
に、
163
妾
(
わたし
)
等
(
ら
)
の
懺悔話
(
ざんげばなし
)
を
聞
(
き
)
いて
貰
(
もら
)
ひませう』
164
斯
(
かか
)
る
処
(
ところ
)
へ
若彦
(
わかひこ
)
は
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
り、
165
若彦
『
皆
(
みな
)
さま、
166
御飯
(
ごはん
)
の
用意
(
ようい
)
が
出来
(
でき
)
ました。
167
もう
夜
(
よ
)
も
明
(
あ
)
けかけましたから、
168
どうぞ
御
(
お
)
手水
(
てうづ
)
を
使
(
つか
)
つて
御飯
(
ごはん
)
を
召上
(
めしあが
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ』
169
黒姫
(
くろひめ
)
『サア
皆
(
みな
)
さま、
170
身体
(
からだ
)
を
潔
(
きよ
)
めて
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
御
(
お
)
礼
(
れい
)
を
申上
(
まをしあ
)
げ、
171
御飯
(
ごはん
)
を
頂戴
(
ちやうだい
)
して、
172
ゆるゆると
御
(
お
)
話
(
はなし
)
を
承
(
うけたま
)
はることにしませう』
173
此
(
こ
)
の
言葉
(
ことば
)
に
一同
(
いちどう
)
は
裏
(
うら
)
の
谷川
(
たにがは
)
の
清泉
(
せいせん
)
に
口
(
くち
)
を
嗽
(
すす
)
ぎ、
174
手水
(
てうづ
)
を
使
(
つか
)
ひ
神前
(
しんぜん
)
に
祝詞
(
のりと
)
を
奏上
(
そうじやう
)
し、
175
終
(
をは
)
つて
朝餉
(
あさげ
)
の
膳
(
ぜん
)
に
就
(
つ
)
いた。
176
黒姫
(
くろひめ
)
『
何
(
なに
)
から
何
(
なに
)
まで
心
(
こころ
)
を
籠
(
こ
)
めた
結構
(
けつこう
)
な
御
(
ご
)
馳走
(
ちそう
)
を
頂戴
(
ちやうだい
)
致
(
いた
)
しました。
177
青彦
(
あをひこ
)
さまの
真心
(
まごころ
)
が
染
(
し
)
み
込
(
こ
)
んで、
178
何
(
なん
)
となく
美味
(
おいし
)
く
頂戴
(
ちやうだい
)
致
(
いた
)
しました。
179
時
(
とき
)
に
青彦
(
あをひこ
)
さまに
否
(
いや
)
紫姫
(
むらさきひめ
)
さまに
改
(
あらた
)
めて
御
(
お
)
訊
(
たづ
)
ね
致
(
いた
)
しますが、
180
それだけ
仕組
(
しぐ
)
んで
此
(
こ
)
の
年寄
(
としより
)
をちよろまかし、
181
茲
(
ここ
)
まで
成功
(
せいこう
)
して
置
(
お
)
き
乍
(
なが
)
ら、
182
何
(
なん
)
の
為
(
ため
)
に
今
(
いま
)
となつて
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を、
183
私
(
わたし
)
の
方
(
はう
)
へ
渡
(
わた
)
さうと
言
(
い
)
ふのだい。
184
大方
(
おほかた
)
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
の
御意
(
ぎよい
)
に
叶
(
かな
)
はずして
何
(
なに
)
か
恐
(
おそ
)
ろしい
夢
(
ゆめ
)
でも
毎晩
(
まいばん
)
二人
(
ふたり
)
の
方
(
かた
)
が
見
(
み
)
せられ、
185
責
(
せめ
)
られるのが
辛
(
つら
)
さに
切羽
(
せつぱ
)
詰
(
つま
)
つての
今度
(
こんど
)
の
降参
(
かうさん
)
ぢやないか。
186
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
の
悪神
(
わるがみ
)
の
御用
(
ごよう
)
をするお
前
(
まへ
)
として、
187
どうも
不思議
(
ふしぎ
)
で
堪
(
たま
)
らぬぢやないか。
188
サアすつぱりと
打明
(
うちあ
)
けて
言
(
い
)
ひなされ。
189
事
(
こと
)
によつたら
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を
受取
(
うけと
)
つて
上
(
あ
)
げぬこともない』
190
若彦
(
わかひこ
)
『イエイエ
滅相
(
めつさう
)
もない。
191
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
は
何時
(
いつ
)
も
大変
(
たいへん
)
な
御
(
ご
)
機嫌
(
きげん
)
でゐらせられ、
192
御
(
ご
)
神徳
(
しんとく
)
は
日々
(
にちにち
)
輝
(
かがや
)
きまして、
193
此
(
こ
)
の
御
(
お
)
方
(
かた
)
あるため
三五教
(
あななひけう
)
は
大変
(
たいへん
)
な
勢力
(
せいりよく
)
になつて
来
(
き
)
ました』
194
黒姫
(
くろひめ
)
『そんな
結構
(
けつこう
)
な
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を
何故
(
なぜ
)
又
(
また
)
あれだけ
秘術
(
ひじゆつ
)
を
尽
(
つく
)
して
手
(
て
)
に
入
(
い
)
れ
乍
(
なが
)
ら、
195
ウラナイ
教
(
けう
)
へ
受取
(
うけと
)
つて
下
(
くだ
)
されと
頼
(
たの
)
みに
来
(
き
)
たのだい』
196
若彦
(
わかひこ
)
『
実
(
じつ
)
は
剣尖山
(
けんさきやま
)
の
麓
(
ふもと
)
の
谷川
(
たにがは
)
で、
197
貴女
(
あなた
)
に
御
(
お
)
眼
(
め
)
にかかつた
時
(
とき
)
、
198
紫姫
(
むらさきひめ
)
様
(
さま
)
と
吾々
(
われわれ
)
以心
(
いしん
)
伝心
(
でんしん
)
的
(
てき
)
に
詐
(
いつは
)
つて、
199
ウラナイ
教
(
けう
)
に
帰順
(
きじゆん
)
と
見
(
み
)
せかけ、
200
貴女
(
あなた
)
の
計略
(
けいりやく
)
をすつかり
探知
(
たんち
)
し、
201
うまく
取
(
と
)
り
入
(
い
)
つて
重任
(
ぢうにん
)
を
仰
(
あふ
)
せ
付
(
つ
)
けらるるところまで
漕
(
こ
)
ぎつけ、
202
これ
幸
(
さいは
)
ひと
豊彦
(
とよひこ
)
の
家
(
うち
)
へ
綾彦
(
あやひこ
)
夫婦
(
ふうふ
)
を
引伴
(
ひきつ
)
れ、
203
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
、
204
お
玉
(
たま
)
さまを
受取
(
うけと
)
り、
205
黒姫
(
くろひめ
)
さまは
今頃
(
いまごろ
)
は
欠伸
(
あくび
)
をして
待
(
ま
)
つてゐらつしやるだらう。
206
エー
好
(
よ
)
いことをした、
207
痛快
(
つうくわい
)
だと
心
(
こころ
)
欣々
(
いそいそ
)
帰
(
かへ
)
つて
参
(
まゐ
)
り、
208
日
(
ひ
)
に
夜
(
よ
)
に
侍
(
かしづ
)
き
仕
(
つか
)
へ
奉
(
まつ
)
り、
209
その
御
(
お
)
かげで
旭日
(
きよくじつ
)
昇天
(
しようてん
)
の
三五教
(
あななひけう
)
の
勢
(
いきほ
)
ひとなり、
210
素盞嗚
(
すさのをの
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
も
嘸
(
さぞ
)
御
(
お
)
悦
(
よろこ
)
びの
事
(
こと
)
と
思
(
おも
)
つて
居
(
を
)
りましたところ、
211
或
(
ある
)
夜
(
よ
)
のこと
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
おん
)
娘
(
むすめ
)
英子姫
(
ひでこひめ
)
様
(
さま
)
に、
212
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
より
非常
(
ひじやう
)
な
御
(
ご
)
意見
(
いけん
)
を
遊
(
あそ
)
ばされた
上
(
うへ
)
、
213
権謀
(
けんぼう
)
術数
(
じゆつすう
)
的
(
てき
)
偽策
(
ぎさく
)
を
弄
(
ろう
)
して
貴
(
たふと
)
き
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
を
手
(
て
)
に
入
(
い
)
れるとは
不都合
(
ふつがふ
)
千万
(
せんばん
)
だ、
214
三五教
(
あななひけう
)
に
於
(
おい
)
て
最
(
もつと
)
も
必要
(
ひつえう
)
なる
玉照姫
(
たまてるひめ
)
なれば、
215
ウラナイ
教
(
けう
)
にも
必要
(
ひつえう
)
であらう。
216
黒姫
(
くろひめ
)
が
全力
(
ぜんりよく
)
を
尽
(
つく
)
して
手
(
て
)
に
入
(
い
)
れようとしてゐるものを、
217
無慈悲
(
むじひ
)
にも
何故
(
なぜ
)
そんな
掠奪
(
りやくだつ
)
的
(
てき
)
行動
(
かうどう
)
を
執
(
と
)
つたのだ。
218
己
(
おのれ
)
の
欲
(
ほつ
)
する
所
(
ところ
)
は
他人
(
ひと
)
に
施
(
ほどこ
)
せと
云
(
い
)
ふ
神
(
かみ
)
の
心
(
こころ
)
を
知
(
し
)
らぬか、
219
一時
(
いつとき
)
も
早
(
はや
)
く
黒姫
(
くろひめ
)
に
玉照姫
(
たまてるひめ
)
を
御
(
お
)
渡
(
わた
)
し
申
(
まを
)
し、
220
御
(
お
)
詫
(
わび
)
を
致
(
いた
)
せ。
221
さうして
其
(
その
)
方
(
はう
)
等
(
ら
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
を
止
(
や
)
めよとの
意外
(
いぐわい
)
なる
御
(
ご
)
不興
(
ふきよう
)
、
222
厳
(
きび
)
しき
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
でございました。
223
それが
為
(
ため
)
に
紫姫
(
むらさきひめ
)
様
(
さま
)
も、
224
私
(
わたくし
)
も
嗚呼
(
ああ
)
縮尻
(
しくじ
)
つた。
225
三五教
(
あななひけう
)
の
精神
(
せいしん
)
はそんなものぢやない。
226
また
素盞嗚
(
すさのをの
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の
大御心
(
おほみこころ
)
は、
227
吾々
(
われわれ
)
のやうな
半清
(
はんせい
)
半濁
(
はんだく
)
の
魂
(
たましひ
)
ではない。
228
誠
(
まこと
)
一
(
ひと
)
つの
水晶
(
すゐしやう
)
の
御魂
(
みたま
)
と
感
(
かん
)
じ
入
(
い
)
り、
229
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
つて
気
(
き
)
が
気
(
き
)
でならず、
230
貴女
(
あなた
)
が
依然
(
いぜん
)
として
魔窟
(
まくつ
)
ケ
原
(
はら
)
の
巌窟
(
がんくつ
)
に
御座
(
ござ
)
ることと
思
(
おも
)
ひ、
231
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
が
元伊勢
(
もといせ
)
様
(
さま
)
へ
御
(
ご
)
参拝
(
さんぱい
)
の
御
(
お
)
供
(
とも
)
を
幸
(
さいは
)
ひ、
232
馬
(
うま
)
、
233
鹿
(
しか
)
の
両人
(
りやうにん
)
を
遣
(
つか
)
はして
御
(
お
)
詫
(
わび
)
にやつたところ、
234
生憎
(
あいにく
)
本山
(
ほんざん
)
へ
御
(
お
)
引上
(
ひきあ
)
げの
御
(
お
)
留守中
(
るすちう
)
、
235
幸
(
さいは
)
ひにも
本山
(
ほんざん
)
より、
236
鶴
(
つる
)
、
237
亀
(
かめ
)
の
御
(
ご
)
両人
(
りやうにん
)
が
御
(
お
)
出
(
い
)
でになつたさうで、
238
そこで
馬
(
うま
)
、
239
鹿
(
しか
)
の
両人
(
りやうにん
)
が
吾々
(
われわれ
)
の
意志
(
いし
)
を
伝
(
つた
)
へて、
240
貴女
(
あなた
)
に
御
(
お
)
願
(
ねが
)
ひしたやうな
次第
(
しだい
)
でございます。
241
決
(
けつ
)
して
決
(
けつ
)
して
吾々
(
われわれ
)
両人
(
りやうにん
)
が
心
(
こころ
)
からの
改心
(
かいしん
)
で
御
(
お
)
渡
(
わた
)
し
申
(
まを
)
さうと
言
(
い
)
ふのではございませぬ。
242
全
(
まつた
)
く
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
に
拠
(
よ
)
つたのでございます』
243
紫姫
(
むらさきひめ
)
『
唯今
(
ただいま
)
若彦
(
わかひこ
)
の
申
(
まを
)
された
通
(
とほ
)
り、
244
寸分
(
すんぶん
)
の
相違
(
さうゐ
)
もございませぬ。
245
どうぞ
吾々
(
われわれ
)
の
今迄
(
いままで
)
の
悪心
(
あくしん
)
を
御
(
お
)
赦
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さいまして、
246
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
をウラナイ
教
(
けう
)
へ
御
(
お
)
受取
(
うけとり
)
下
(
くだ
)
さいませ。
247
吾々
(
われわれ
)
一同
(
いちどう
)
がフサの
国
(
くに
)
迄
(
まで
)
御
(
お
)
供
(
とも
)
を
致
(
いた
)
します。
248
さうして
吾々
(
われわれ
)
最早
(
もはや
)
三五教
(
あななひけう
)
を
除名
(
ぢよめい
)
されたものでございますれば、
249
どうぞ
貴女
(
あなた
)
の
幕下
(
ばくか
)
に
御
(
お
)
使
(
つか
)
ひ
下
(
くだ
)
さいますように
御
(
お
)
願
(
ねが
)
ひ
申
(
まを
)
します』
250
黒姫
(
くろひめ
)
『よしよし
私
(
わし
)
の
否
(
いな
)
ウラナイ
教
(
けう
)
の
立派
(
りつぱ
)
な
宣伝使
(
せんでんし
)
にして
上
(
あ
)
げませうよ。
251
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
なさるな。
252
又
(
また
)
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
もお
玉
(
たま
)
さまも
確
(
たしか
)
に
御
(
お
)
受取
(
うけと
)
り
致
(
いた
)
しませう』
253
高姫
(
たかひめ
)
『アヽ
一寸
(
ちよつと
)
黒姫
(
くろひめ
)
さま、
254
御
(
お
)
待
(
ま
)
ち
下
(
くだ
)
さいませ。
255
こりや
吾々
(
われわれ
)
も
一
(
ひと
)
つ
考
(
かんが
)
へねばなりますまい。
256
何程
(
なにほど
)
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
が
結構
(
けつこう
)
な
御
(
お
)
方
(
かた
)
だと
言
(
い
)
つて、
257
ハイ
左様
(
さやう
)
かと
頂
(
いただ
)
いて
帰
(
かへ
)
る
訳
(
わけ
)
には
行
(
い
)
きますまい』
258
黒姫
(
くろひめ
)
『そりや
又
(
また
)
何故
(
なぜ
)
に、
259
折角
(
せつかく
)
ここ
迄
(
まで
)
に
漕
(
こ
)
ぎつけたのに、
260
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
神徳
(
しんとく
)
を
受取
(
うけと
)
らぬと
仰有
(
おつしや
)
るのですか』
261
高姫
(
たかひめ
)
『
私
(
わたくし
)
は
実
(
じつ
)
に
心
(
こころ
)
の
中
(
うち
)
の
さもしさ
が
今更
(
いまさら
)
の
如
(
ごと
)
く
恥
(
はづ
)
かしくなつて
来
(
き
)
ました。
262
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
様
(
さま
)
は
変性
(
へんじやう
)
女子
(
によし
)
だ、
263
悪役
(
あくやく
)
だと
今
(
いま
)
の
今
(
いま
)
まで
思
(
おも
)
ひ
詰
(
つ
)
め、
264
こんな
神
(
かみ
)
の
建
(
た
)
てた
教
(
をしへ
)
は
絶対
(
ぜつたい
)
に
根底
(
こんてい
)
から
粉砕
(
ふんさい
)
して
了
(
しま
)
はねば
世界
(
せかい
)
は
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
も
闇黒
(
くらやみ
)
だから、
265
仮令
(
たとへ
)
私
(
わたし
)
の
生命
(
いのち
)
は
如何
(
どう
)
なつても、
266
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
の
悪神
(
あくがみ
)
を
打滅
(
うちほろぼ
)
し、
267
三五教
(
あななひけう
)
を
根底
(
こんてい
)
より
替
(
か
)
へて
誠
(
まこと
)
一
(
ひと
)
つのウラナイの
教
(
をしへ
)
で
世界
(
せかい
)
を
水晶
(
すゐしやう
)
に
致
(
いた
)
し、
268
二度目
(
にどめ
)
の
岩戸
(
いはと
)
開
(
びら
)
きをせなならぬと、
269
今
(
いま
)
の
今迄
(
いままで
)
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
活動
(
くわつどう
)
して
来
(
き
)
ましたが、
270
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
様
(
さま
)
は
矢張
(
やつぱ
)
り
善
(
ぜん
)
であつた。
271
大善
(
たいぜん
)
は
大悪
(
だいあく
)
に
似
(
に
)
たり、
272
真
(
しん
)
の
孝
(
かう
)
は
不孝
(
ふかう
)
に
似
(
に
)
たり、
273
誠
(
まこと
)
の
教
(
をしへ
)
は
偽
(
いつは
)
りの
教
(
をしへ
)
に
似
(
に
)
たりと
言
(
い
)
ふ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
教示
(
けうじ
)
が、
274
私
(
わたくし
)
の
胸
(
むね
)
に
釘
(
くぎ
)
さすやうに
響
(
ひび
)
いて
来
(
き
)
ました。
275
アヽ
瑞
(
みづ
)
の
御霊
(
みたま
)
様
(
さま
)
、
276
今迄
(
いままで
)
の
私
(
わたし
)
の
取違
(
とりちが
)
ひ、
277
御
(
ご
)
無礼
(
ぶれい
)
を
何卒
(
どうぞ
)
赦
(
ゆる
)
して
下
(
くだ
)
さいませ』
278
と
両手
(
りやうて
)
を
合
(
あは
)
せ、
279
涙
(
なみだ
)
をハラハラと
流
(
なが
)
し、
280
身体
(
からだ
)
を
畳
(
たたみ
)
に
打突
(
うちつ
)
けるやうに
藻掻
(
もが
)
いて
詫入
(
わびい
)
るのであつた。
281
黒姫
(
くろひめ
)
は
狐
(
きつね
)
につままれたやうな
顔
(
かほ
)
をして、
282
一言
(
いちごん
)
も
発
(
はつ
)
せず、
283
眼
(
め
)
ばかりギヨロつかせて
一同
(
いちどう
)
を
眺
(
なが
)
めて
居
(
ゐ
)
る。
284
梟鳥
(
ふくろどり
)
の
夜食
(
やしよく
)
に
外
(
はづ
)
れたと
言
(
い
)
はうか、
285
鳩
(
はと
)
が
豆鉄砲
(
まめでつぱう
)
を
喰
(
く
)
つたと
言
(
い
)
はうか、
286
何
(
なん
)
とも
形容
(
けいよう
)
の
出来
(
でき
)
ぬスタイルを
遺憾
(
ゐかん
)
なく
暴露
(
ばくろ
)
してゐる。
287
紫姫
(
むらさきひめ
)
は
高姫
(
たかひめ
)
に
取縋
(
とりすが
)
り、
288
涙
(
なみだ
)
乍
(
なが
)
らに、
289
紫姫
(
むらさきひめ
)
『モシモシ
高姫
(
たかひめ
)
様
(
さま
)
、
290
どうぞ
許
(
ゆる
)
して
下
(
くだ
)
さいませ。
291
貴女
(
あなた
)
は
其
(
その
)
様
(
やう
)
な
綺麗
(
きれい
)
な
御
(
お
)
心
(
こころ
)
とは
知
(
し
)
らず、
292
今
(
いま
)
の
今迄
(
いままで
)
陰険
(
いんけん
)
な
御
(
お
)
方
(
かた
)
と
疑
(
うたが
)
つて
居
(
を
)
りました。
293
何
(
なに
)
も
彼
(
か
)
も
是
(
これ
)
にてすつかり
御
(
ご
)
心中
(
しんちう
)
が
氷解
(
ひようかい
)
致
(
いた
)
しました。
294
アー
私
(
わたくし
)
は
何
(
なん
)
とした
さもしい
根性
(
こんじやう
)
でありましただらう。
295
どうぞ
私
(
わたし
)
達
(
たち
)
を
助
(
たす
)
けると
思
(
おも
)
つて、
296
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を
御
(
お
)
受取
(
うけと
)
り
下
(
くだ
)
さいませ』
297
高姫
(
たかひめ
)
は
漸々
(
やうやう
)
顔
(
かほ
)
を
上
(
あ
)
げ、
298
涙
(
なみだ
)
を
袖
(
そで
)
にて
拭
(
ぬぐ
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
鼻
(
はな
)
を
啜
(
すす
)
つて、
299
高姫
(
たかひめ
)
『イヤもう
前世
(
ぜんせ
)
よりの
深
(
ふか
)
い
罪業
(
めぐり
)
で、
300
今
(
いま
)
が
今迄
(
いままで
)
瞋恚
(
しんい
)
の
雲
(
くも
)
に
包
(
つつ
)
まれ、
301
執着心
(
しふちやくしん
)
の
悪魔
(
あくま
)
に
囚
(
とら
)
はれて、
302
思
(
おも
)
はぬ
恥
(
はぢ
)
を
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
前
(
まへ
)
に
晒
(
さら
)
しました。
303
国治立
(
くにはるたち
)
の
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
、
304
豊国姫
(
とよくにひめ
)
の
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
、
305
素盞嗚
(
すさのをの
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
も
嘸
(
さぞ
)
端
(
はした
)
ない
奴
(
やつ
)
だと
御
(
お
)
笑
(
わら
)
ひでございませう。
306
それに
就
(
つ
)
けても
茲
(
ここ
)
迄
(
まで
)
素盞嗚
(
すさのをの
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
を
敵
(
かたき
)
として、
307
有
(
あ
)
らむ
限
(
かぎ
)
りの
悪口
(
あくこう
)
を
申上
(
まをしあ
)
げ、
308
神業
(
しんげふ
)
の
御
(
お
)
邪魔
(
じやま
)
を
何彼
(
なにか
)
につけて
致
(
いた
)
して
来
(
き
)
ました。
309
此
(
こ
)
の
深
(
ふか
)
い
罪
(
つみ
)
をも
御
(
お
)
咎
(
とが
)
めなく、
310
大切
(
たいせつ
)
な
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を
私
(
わたし
)
達
(
たち
)
に
御
(
お
)
遣
(
つか
)
はし
下
(
くだ
)
された
上
(
うへ
)
、
311
大切
(
たいせつ
)
な
宣伝使
(
せんでんし
)
まで
懲戒
(
みせしめ
)
のため
除名
(
ぢよめい
)
をするとの
御
(
おん
)
言葉
(
ことば
)
、
312
何
(
なん
)
たる
公平
(
こうへい
)
無私
(
むし
)
な
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
でございませう。
313
アヽ
勿体
(
もつたい
)
ない、
314
どうぞ
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
赦
(
ゆる
)
して
下
(
くだ
)
さいませ』
315
と
又
(
また
)
もや
泣
(
な
)
き
伏
(
ふ
)
しける。
316
黒姫
(
くろひめ
)
も
何
(
なん
)
となく
悲
(
かな
)
しさうに
俯向
(
うつむ
)
いて、
317
肩
(
かた
)
で
息
(
いき
)
をして
居
(
ゐ
)
る。
318
馬公
(
うまこう
)
『オイ
鹿公
(
しかこう
)
、
319
どうしても
世継王
(
よつわう
)
山
(
ざん
)
の
麓
(
ふもと
)
はフモトぢや。
320
全
(
まる
)
で
狐
(
きつね
)
を
馬
(
うま
)
に
乗
(
の
)
せたやうな
天変
(
てんぺん
)
地変
(
ちへん
)
が
勃発
(
ぼつぱつ
)
したぢやないか』
321
鹿公
(
しかこう
)
『そうだから
一寸先
(
いつすんさき
)
は
暗
(
やみ
)
の
世
(
よ
)
よ。
322
何事
(
なにごと
)
も
惟神
(
かむながら
)
に
任
(
まか
)
せ、
323
人間
(
にんげん
)
の
分際
(
ぶんざい
)
で
神
(
かみ
)
の
経綸
(
しぐみ
)
は
判
(
わか
)
らぬと
仰有
(
おつしや
)
るのだ』
324
馬公
(
うまこう
)
『そうだと
言
(
い
)
つて、
325
変
(
かは
)
ると
言
(
い
)
つても、
326
あまりぢやないか。
327
彼
(
あ
)
れ
程
(
ほど
)
両方
(
りやうはう
)
から
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
になつて、
328
狙
(
ねら
)
つて
居
(
を
)
つた
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を
貰
(
もら
)
つて
呉
(
く
)
れ、
329
イヤ
勿体
(
もつたい
)
ないなんて
肝腎
(
かんじん
)
の
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を
馬鹿
(
ばか
)
にして
居
(
を
)
るぢやないか。
330
此方
(
こちら
)
で
振
(
ふ
)
られ、
331
彼方
(
あちら
)
で
振
(
ふ
)
られ、
332
玉照姫
(
たまてるひめ
)
さまだつて
立
(
た
)
つ
所
(
ところ
)
が
無
(
な
)
いぢやらう。
333
俺
(
おれ
)
はウラナイ
教
(
けう
)
が
伴
(
つ
)
れて
帰
(
かへ
)
らねば、
334
お
玉
(
たま
)
さまと
一緒
(
いつしよ
)
に
手
(
て
)
を
携
(
たづさ
)
へて、
335
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を
捧持
(
ほうぢ
)
し、
336
何処
(
どこ
)
かの
山奥
(
やまおく
)
に
行
(
い
)
つて、
337
一旗
(
ひとはた
)
挙
(
あ
)
げて
見
(
み
)
ようと
思
(
おも
)
ふが
如何
(
どう
)
だらうな』
338
鹿公
(
しかこう
)
『
何
(
なに
)
を
吐
(
ぬか
)
すのだ。
339
貴様
(
きさま
)
等
(
ら
)
に
玉照姫
(
たまてるひめ
)
さまやお
玉
(
たま
)
さまが
随
(
つ
)
いて
往
(
い
)
かつしやると
思
(
おも
)
ふか』
340
馬公
(
うまこう
)
『
一寸先
(
いつすんさき
)
は
暗
(
やみ
)
の
世
(
よ
)
だ。
341
人間
(
にんげん
)
の
知識
(
ちしき
)
の
範囲
(
はんゐ
)
でわかるものかい。
342
何事
(
なにごと
)
も
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
意思
(
いし
)
の
儘
(
まま
)
だ。
343
併
(
しか
)
しよく
考
(
かんが
)
へてみよ、
344
高姫
(
たかひめ
)
さまや、
345
黒姫
(
くろひめ
)
さまが
泣
(
な
)
いて
受取
(
うけと
)
らず、
346
紫姫
(
むらさきひめ
)
さまや、
347
若彦
(
わかひこ
)
が
受取
(
うけと
)
つて
呉
(
く
)
れと
言
(
い
)
ふ。
348
何方
(
どちら
)
にもゆき
場
(
ば
)
がなくなつて、
349
宙
(
ちう
)
にブラリの
玉照姫
(
たまてるひめ
)
さまだ。
350
白羽
(
しらは
)
の
矢
(
や
)
は
屹度
(
きつと
)
俺
(
おれ
)
にささらねば、
351
ささるものがないぢやないか』
352
鹿公
(
しかこう
)
『アハヽヽヽ、
353
取
(
と
)
らぬ
狸
(
たぬき
)
の
皮算用
(
かはざんよう
)
だ、
354
拾
(
ひろ
)
はぬ
金子
(
かね
)
の
分配話
(
ぶんぱいばなし
)
見
(
み
)
たやうな
惚
(
とぼ
)
けたことを
言
(
い
)
ふない。
355
余程
(
よつぽど
)
貴様
(
きさま
)
もお
目出度
(
めでた
)
い
奴
(
やつ
)
だ。
356
アハヽヽヽ』
357
若彦
(
わかひこ
)
『こりや
馬
(
うま
)
、
358
鹿
(
しか
)
の
両人
(
りやうにん
)
、
359
沈黙
(
ちんもく
)
せぬか』
360
馬公、鹿公
『ハイ
沈黙
(
ちんもく
)
致
(
いた
)
します。
361
併
(
しか
)
しお
前
(
まへ
)
さま
等
(
ら
)
のやうに
涙
(
なみだ
)
をこぼしての
沈黙
(
ちんもく
)
とは
違
(
ちが
)
ひますから、
362
玉石
(
ぎよくせき
)
混淆
(
こんかう
)
されては
困
(
こま
)
りますで』
363
若彦
(
わかひこ
)
『
要
(
い
)
らぬ
口
(
くち
)
をたたくものぢやない』
364
馬
(
うま
)
、
365
鹿
(
しか
)
は
目
(
め
)
を
細
(
ほそ
)
うし、
366
舌
(
した
)
をベロツと
出
(
だ
)
し、
367
腮
(
あご
)
をしやくつて
蹲踞
(
しやが
)
んで
見
(
み
)
せた。
368
高姫
(
たかひめ
)
は
涙
(
なみだ
)
を
払
(
はら
)
ひ、
369
高姫
『アヽ
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
一旦
(
いつたん
)
フサの
国
(
くに
)
の
本山
(
ほんざん
)
へ
帰
(
かへ
)
りまして、
370
トツクリと
思案
(
しあん
)
を
致
(
いた
)
しまして
其
(
その
)
上
(
うへ
)
に
御
(
ご
)
返事
(
へんじ
)
をさして
貰
(
もら
)
ひませう。
371
サア
黒姫
(
くろひめ
)
さま、
372
御
(
お
)
暇
(
いとま
)
乞
(
ご
)
ひをしようではございませぬか』
373
黒姫
(
くろひめ
)
『
玉照姫
(
たまてるひめ
)
さまの
御
(
お
)
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
はどうなさる。
374
序
(
ついで
)
に
鄭重
(
ていちよう
)
に
御
(
お
)
迎
(
むか
)
ひ
申
(
まを
)
して
帰
(
かへ
)
つたら
如何
(
どう
)
でせう』
375
紫姫
(
むらさきひめ
)
『どうぞさうなさつて
下
(
くだ
)
さいませ。
376
ナアお
玉
(
たま
)
さま、
377
貴方
(
あなた
)
行
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいますか』
378
お
玉
(
たま
)
『ハイ
何事
(
なにごと
)
も
惟神
(
かむながら
)
に
任
(
まか
)
した
妾
(
わたし
)
、
379
どうぞ
宜敷
(
よろし
)
きやうに
御
(
お
)
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
します』
380
高姫
(
たかひめ
)
『なんと
仰有
(
おつしや
)
つて
下
(
くだ
)
さいましても、
381
心
(
こころ
)
が
恥
(
はづ
)
かしくつて
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を
御
(
お
)
世話
(
せわ
)
さして
戴
(
いただ
)
くだけの
資格
(
しかく
)
がないやうに、
382
守護神
(
しゆごじん
)
が
申
(
まを
)
します。
383
どうぞ
此
(
この
)
場
(
ば
)
は、
384
これ
限
(
ぎ
)
りにして
下
(
くだ
)
さいませ』
385
若彦
(
わかひこ
)
『どうしても
御
(
お
)
受取
(
うけとり
)
下
(
くだ
)
さらぬのですか。
386
又
(
また
)
吾々
(
われわれ
)
の
願
(
ねが
)
ひを
諾
(
き
)
いてやらぬとの
御
(
ご
)
了簡
(
りやうけん
)
ですか。
387
それはあまりぢやありませぬか』
388
高姫
(
たかひめ
)
『なんと
仰有
(
おつしや
)
つても
暫
(
しば
)
らくの
御
(
ご
)
猶予
(
いうよ
)
を
頂
(
いただ
)
きます。
389
どうぞ
大切
(
たいせつ
)
に
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
を
御
(
お
)
世話
(
せわ
)
して
上
(
あ
)
げて
下
(
くだ
)
さいませ。
390
万々一
(
まんまんいち
)
素盞嗚
(
すさのをの
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
が
此
(
この
)
事
(
こと
)
に
就
(
つい
)
て、
391
貴方
(
あなた
)
方
(
がた
)
をお
咎
(
とが
)
めになるやうなことがあれば、
392
此
(
こ
)
の
高姫
(
たかひめ
)
がどんな
責任
(
せきにん
)
でも
負
(
おは
)
して
頂
(
いただ
)
きます。
393
アヽ
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
どうぞ
御
(
ご
)
機嫌
(
きげん
)
よう
三五教
(
あななひけう
)
を
御
(
お
)
守
(
まも
)
り
下
(
くだ
)
さいませ。
394
罪
(
つみ
)
深
(
ふか
)
き
高姫
(
たかひめ
)
、
395
御
(
お
)
言葉
(
ことば
)
をおかけ
申
(
まを
)
すも
畏
(
おそ
)
れ
多
(
おほ
)
うございますが、
396
広
(
ひろ
)
き
厚
(
あつ
)
き
大御心
(
おほみこころ
)
に
見直
(
みなほ
)
し、
397
聞直
(
ききなほ
)
し
下
(
くだ
)
さいまして
罪
(
つみ
)
深
(
ふか
)
き
吾々
(
われわれ
)
どもを
御
(
お
)
許
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さいませ。
398
左様
(
さやう
)
ならば
御
(
お
)
暇
(
いとま
)
致
(
いた
)
しますよ』
399
黒姫
(
くろひめ
)
『もうお
帰
(
かへ
)
りですか』
400
高姫
(
たかひめ
)
『サア
貴方
(
あなた
)
も
帰
(
かへ
)
りませう。
401
玉照姫
(
たまてるひめ
)
様
(
さま
)
にお
暇
(
いとま
)
乞
(
ご
)
ひをなさいませ。
402
紫姫
(
むらさきひめ
)
様
(
さま
)
、
403
青彦
(
あをひこ
)
様
(
さま
)
、
404
其
(
その
)
外
(
ほか
)
御
(
ご
)
一同
(
いちどう
)
様
(
さま
)
、
405
突然
(
とつぜん
)
参
(
まゐ
)
りまして、
406
エライ
御
(
ご
)
造作
(
ざうさ
)
をかけました。
407
一先
(
ひとま
)
づ
本山
(
ほんざん
)
まで
帰
(
かへ
)
つて
参
(
まゐ
)
ります。
408
何分
(
なにぶん
)
宜
(
よろ
)
しうお
願
(
ねが
)
ひ
申
(
まを
)
します』
409
紫姫
(
むらさきひめ
)
『アヽ
強
(
た
)
つてさう
仰有
(
おつしや
)
れば
是非
(
ぜひ
)
はございませぬ。
410
これも
全
(
まつた
)
く
妾
(
わたし
)
等
(
ら
)
の
行届
(
ゆきとど
)
かないからのこと、
411
どうぞ
悪
(
あし
)
からず
思召
(
おぼしめ
)
し
下
(
くだ
)
さいまして、
412
将来
(
しやうらい
)
何分
(
なにぶん
)
宜敷
(
よろし
)
く
御
(
お
)
願
(
ねが
)
ひ
申
(
まを
)
します』
413
馬公
(
うまこう
)
『
是非
(
ぜひ
)
ともよろしう』
414
鹿公
(
しかこう
)
『
私
(
わたし
)
も
同
(
おな
)
じく
是非
(
ぜひ
)
ともよろしう』
415
高姫
(
たかひめ
)
『サア
金公
(
きんこう
)
、
416
八公
(
はちこう
)
、
417
飛行船
(
ひかうせん
)
の
用意
(
ようい
)
だ』
418
高姫
(
たかひめ
)
一行
(
いつかう
)
は
二隻
(
にせき
)
の
飛行船
(
ひかうせん
)
に
搭乗
(
たふじやう
)
するや
否
(
いな
)
や、
419
円
(
ゑん
)
を
描
(
ゑが
)
いて
空中
(
くうちう
)
に
駆
(
か
)
け
昇
(
のぼ
)
り、
420
西天
(
せいてん
)
高
(
たか
)
く
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
したり。
421
アヽ
高姫
(
たかひめ
)
、
422
黒姫
(
くろひめ
)
は
今後
(
こんご
)
如何
(
いか
)
なる
行動
(
かうどう
)
に
出
(
い
)
づるならむか。
423
(
大正一一・五・七
旧四・一一
外山豊二
録)
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