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第75巻(寅の巻)
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第34巻(酉の巻)
序文
総説
第1篇 筑紫の不知火
01 筑紫上陸
〔942〕
02 孫甦
〔943〕
03 障文句
〔944〕
04 歌垣
〔945〕
05 対歌
〔946〕
06 蜂の巣
〔947〕
07 無花果
〔948〕
08 暴風雨
〔949〕
第2篇 有情無情
09 玉の黒点
〔950〕
10 空縁
〔951〕
11 富士咲
〔952〕
12 漆山
〔953〕
13 行進歌
〔954〕
14 落胆
〔955〕
15 手長猿
〔956〕
16 楽天主義
〔957〕
第3篇 峠の達引
17 向日峠
〔958〕
18 三人塚
〔959〕
19 生命の親
〔960〕
20 玉卜
〔961〕
21 神護
〔962〕
22 蛙の口
〔963〕
23 動静
〔964〕
余白歌
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第九章
玉
(
たま
)
の
黒点
(
こくてん
)
〔九五〇〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻
篇:
第2篇 有情無情
よみ(新仮名遣い):
うじょうむじょう
章:
第9章 玉の黒点
よみ(新仮名遣い):
たまのこくてん
通し章番号:
950
口述日:
1922(大正11)年09月13日(旧07月22日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年12月10日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
筑紫ケ岳の山脈の中心である高山峠に、四五人の男たちが車座になって座っている。
玉公という男は、昔父親が日の出神の案内をした際にいただいた家宝の水晶玉(第7巻第32章)に、このごろ黒い点が現れて、水晶玉による判じものの邪魔をして困っていると言う。黒姫が筑紫の島にやってきたことが国魂に悪い影響を与えているのではないかと疑っている。
一方、建日別命の一人娘である建能姫にこのごろ立派な婿ができ、建野ケ原の神館に後継ぎができた慶事があったことを噂し合っていた。また、玉公は黒姫は国魂に災いを及ぼす人間に違いないからといきり立っている。
そこへ黒姫が山道を一人でやってきて、筑紫の島に高山彦という宣伝使が来ていないかを尋ねた。男たちの一人・虎公は、高山彦は筑紫の島で日の出の勢いで活動しており、愛子姫という若い奥方をもらって暮らしていると答えた。
黒姫はそれを聞いてはらはらと涙をこぼし、男たちに自分が黒姫であり、高山彦の本妻であると告げた。しかし男たちは、筑紫の島の高山彦は若い男であり、釣り合わないと不審に思う。
それでも玉公は、自分は黒姫を滅ぼそうと思っていたが、神徳高い高山彦の本妻であったとなると手出しをするわけにはいかないと、黒姫にいきさつを糾す。
虎公は、黒姫が三十五年前に生き別れた男の子がいるという話を聞いて、建野ケ原の後継ぎ婿になった建国別は、ちょうど孤児であり年のころも一致することに思い至り黒姫に告げた。黒姫は、建国別が自分の息子かもしれないと思い至る。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2022-09-14 11:12:08
OBC :
rm3409
愛善世界社版:
115頁
八幡書店版:
第6輯 403頁
修補版:
校定版:
121頁
普及版:
47頁
初版:
ページ備考:
001
筑紫
(
つくし
)
ケ
岳
(
だけ
)
の
山脈
(
さんみやく
)
の
中心
(
ちうしん
)
、
002
高山峠
(
たかやまたうげ
)
の
頂上
(
ちやうじやう
)
に
四五
(
しご
)
人
(
にん
)
の
男
(
をとこ
)
、
003
車座
(
くるまざ
)
になつて
何事
(
なにごと
)
か
囁
(
ささや
)
き
乍
(
なが
)
ら、
004
白黒
(
しろくろ
)
の
石
(
いし
)
を
砂
(
すな
)
の
上
(
うへ
)
に
並
(
なら
)
べ、
005
烏鷺
(
うろ
)
を
争
(
あらそ
)
うてゐる。
006
甲
(
かふ
)
(玉公)
『どうも
斯
(
か
)
うも
此
(
この
)
黒
(
くろ
)
がしぶとうて、
007
邪魔
(
じやま
)
んなつて
仕方
(
しかた
)
がない。
008
此奴
(
こいつ
)
一
(
ひと
)
つ
殺
(
ころ
)
して
了
(
しま
)
ふと
後
(
あと
)
は
大勝利
(
だいしようり
)
になるんだがなア』
009
乙
(
おつ
)
(虎公)
『
馬鹿
(
ばか
)
言
(
い
)
へ、
010
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
苦労
(
くらう
)
(
黒
(
くろ
)
)が
肝腎
(
かんじん
)
だ。
011
苦労
(
くらう
)
なしに
物事
(
ものごと
)
が
成就
(
じやうじゆ
)
すると
思
(
おも
)
ふか』
012
甲
(
かふ
)
(玉公)
『すべての
汚濁
(
をだく
)
や
曇
(
くも
)
りや、
013
塵
(
ちり
)
芥
(
あくた
)
を
除
(
のぞ
)
き
去
(
さ
)
つた
純白
(
じゆんぱく
)
の
此
(
この
)
石
(
いし
)
は、
014
丸
(
まる
)
で
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御霊
(
みたま
)
の
様
(
やう
)
なものだ。
015
能
(
よ
)
く
見
(
み
)
よ、
016
中
(
なか
)
迄
(
まで
)
水晶
(
すゐしやう
)
の
様
(
やう
)
に
透
(
す
)
き
通
(
とほ
)
つてゐるぢやないか。
017
俺
(
おれ
)
の
爺
(
おやぢ
)
は
昔
(
むかし
)
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
様
(
さま
)
が
火
(
ひ
)
の
国
(
くに
)
へ
御
(
お
)
出
(
い
)
でになつた
時
(
とき
)
、
018
御
(
ご
)
案内
(
あんない
)
申
(
まを
)
した
御
(
お
)
礼
(
れい
)
として、
019
水晶玉
(
すいしやうだま
)
を
下
(
くだ
)
さつたが
[
※
これは第7巻第32章「水晶玉」に出るエピソード
]
、
020
今
(
いま
)
に
俺
(
おれ
)
ん
所
(
とこ
)
の
家宝
(
かほう
)
として、
021
大切
(
たいせつ
)
に
保存
(
ほぞん
)
してあるが、
022
其
(
その
)
水晶玉
(
すいしやうだま
)
の
前
(
まへ
)
に
行
(
い
)
つて、
023
何
(
なん
)
でも
御
(
お
)
尋
(
たづ
)
ねすると、
024
宇宙
(
うちう
)
の
森羅
(
しんら
)
万象
(
ばんしやう
)
がスツカリ
映
(
うつ
)
るのだ。
025
それに
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
は
如何
(
どう
)
したものか、
026
二三
(
にさん
)
日前
(
にちまへ
)
から
水晶玉
(
すいしやうだま
)
の
一部
(
いちぶ
)
に
黒点
(
こくてん
)
が
出来
(
でき
)
よつて、
027
非常
(
ひじやう
)
に
見
(
み
)
つともなくなり、
028
九分
(
くぶ
)
九厘
(
くりん
)
と
云
(
い
)
ふ
所
(
ところ
)
迄
(
まで
)
は
何事
(
なにごと
)
も
判然
(
はんぜん
)
と
分
(
わか
)
らして
貰
(
もら
)
へるが、
029
其
(
その
)
一厘
(
いちりん
)
の
黒点
(
こくてん
)
の
為
(
ため
)
に
遺憾
(
ゐかん
)
乍
(
なが
)
ら、
030
十分
(
じふぶん
)
の
判断
(
はんだん
)
がつかなくなつて
了
(
しま
)
つたのだ。
031
それだから
黒
(
くろ
)
は
面白
(
おもしろ
)
くない、
032
殺
(
ころ
)
して
了
(
しま
)
へと
云
(
い
)
ふのだよ。
033
黒
(
くろ
)
い
奴
(
やつ
)
に
碌
(
ろく
)
なものがあるかい、
034
三五教
(
あななひけう
)
の
黒姫
(
くろひめ
)
とかいふ
真黒
(
まつくろ
)
けの
婆
(
ばば
)
アが、
035
何
(
なん
)
でも
此
(
この
)
筑紫島
(
つくしじま
)
へ
渡
(
わた
)
つて
来
(
き
)
よつたに
違
(
ちがひ
)
ないのだ。
036
さうでなければ、
037
国玉
(
くにたま
)
とも
譬
(
たと
)
ふべき
水晶玉
(
すいしやうだま
)
に
黒点
(
こくてん
)
が
現
(
あら
)
はれる
筈
(
はず
)
がない。
038
それで
今
(
いま
)
此処
(
ここ
)
でお
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
と
白黒
(
しろくろ
)
の
勝負
(
しようぶ
)
を
闘
(
たたか
)
はしたのも、
039
一
(
ひと
)
つは
水晶玉
(
すいしやうだま
)
が
如何
(
どう
)
なるか、
040
黒姫
(
くろひめ
)
が
果
(
はた
)
して
此
(
この
)
国
(
くに
)
の
邪魔
(
じやま
)
をするか……と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
卜
(
うら
)
なつたのだ。
041
どうしても
此
(
この
)
黒
(
くろ
)
い
石
(
いし
)
が
邪魔
(
じやま
)
になつて
仕方
(
しかた
)
がないワイ』
042
丙
(
へい
)
『
此
(
この
)
黒
(
くろ
)
い
石
(
いし
)
を
殺
(
ころ
)
すと
云
(
い
)
つたつて、
043
元
(
もと
)
から
鉱物
(
くわうぶつ
)
だ。
044
動植物
(
どうしよくぶつ
)
と
違
(
ちが
)
つて、
045
生命
(
いのち
)
をとる
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かず、
046
斬
(
き
)
り
倒
(
たふ
)
して
枯
(
か
)
らす
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かぬぢやないか』
047
甲
(
かふ
)
(玉公)
『それよりも、
048
建野
(
たけの
)
ケ
原
(
はら
)
の
神館
(
かむやかた
)
の
建能姫
(
たけのひめ
)
さまは、
049
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
立派
(
りつぱ
)
な
婿
(
むこ
)
様
(
さま
)
が
出来
(
でけ
)
たぢやないか。
050
何
(
なん
)
でも
建国別
(
たけくにわけ
)
と
云
(
い
)
ふ
立派
(
りつぱ
)
な
宣伝使
(
せんでんし
)
だと
聞
(
き
)
いたがなア』
051
丙
(
へい
)
『
建能姫
(
たけのひめ
)
さまは
建日
(
たけひ
)
の
岩窟
(
がんくつ
)
に
館
(
やかた
)
を
構
(
かま
)
へて
御座
(
ござ
)
つた
建日別
(
たけひわけの
)
命
(
みこと
)
の
一人娘
(
ひとりむすめ
)
で、
052
永
(
なが
)
らく
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
道
(
みち
)
を
宣伝
(
せんでん
)
してゐられたが、
053
余
(
あま
)
り
男
(
をとこ
)
が
沢山
(
たくさん
)
に
参拝
(
さんぱい
)
して
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
うた
揚句
(
あげく
)
、
054
其
(
その
)
美貌
(
びばう
)
に
現
(
うつつ
)
をぬかし、
055
何
(
なん
)
だかだと
言
(
い
)
ひ
寄
(
よ
)
つて、
056
蒼蝿
(
うるさ
)
くて
堪
(
た
)
まらないから、
057
独身
(
どくしん
)
主義
(
しゆぎ
)
を
執
(
と
)
つて
居
(
を
)
られた
建能姫
(
たけのひめ
)
さまも、
058
到頭
(
たうとう
)
決心
(
けつしん
)
なさつて、
059
建野
(
たけの
)
ケ
原
(
はら
)
へ
宿替
(
やどが
)
へをなされたのだよ』
060
乙
(
おつ
)
(虎公)
『
貴様
(
きさま
)
も
建能姫
(
たけのひめ
)
に
肱鉄
(
ひぢてつ
)
を
喰
(
く
)
はされた
一人
(
ひとり
)
だらう……
否
(
いや
)
一人
(
ひとり
)
でなくて
猥褻
(
わいせつ
)
行為
(
かうゐ
)
犯人
(
はんにん
)
だらう、
061
アハヽヽヽ』
062
丙
(
へい
)
『
馬鹿
(
ばか
)
を
言
(
い
)
ふない。
063
建能姫
(
たけのひめ
)
さまは
体中
(
からだぢう
)
から
何
(
なん
)
とも
云
(
い
)
へぬ
水晶玉
(
すいしやうだま
)
の
様
(
やう
)
な
光
(
ひかり
)
が
絶
(
た
)
えず
放射
(
はうしや
)
してゐるのだから、
064
到底
(
たうてい
)
吾々
(
われわれ
)
凡夫
(
ぼんぶ
)
がお
側
(
そば
)
へでも
寄
(
よ
)
りつかうものなら、
065
夫
(
そ
)
れこそ
目
(
め
)
が
潰
(
つぶ
)
れて
了
(
しま
)
ふワ。
066
何
(
なん
)
でも
色
(
いろ
)
の
黒
(
くろ
)
い、
067
鼻
(
はな
)
の
曲
(
まが
)
がつた
男
(
をとこ
)
が、
068
水晶玉
(
すいしやうだま
)
を
懐
(
ふところ
)
に
入
(
い
)
れて
行
(
ゆ
)
きよつてなア、
069
建能姫
(
たけのひめ
)
さまに
面会
(
めんくわい
)
し……これは
吾
(
わが
)
家
(
や
)
に
伝
(
つた
)
はる
重宝
(
ぢうほう
)
で
御座
(
ござ
)
います、
070
これを
貴女
(
あなた
)
に
献上
(
けんじやう
)
致
(
いた
)
します……としたり
顔
(
がほ
)
に
差出
(
さしだ
)
した
所
(
ところ
)
、
071
建能姫
(
たけのひめ
)
様
(
さま
)
は
厭
(
いや
)
相
(
さう
)
な
顔付
(
かほつき
)
し
乍
(
なが
)
ら、
072
ソツと
手
(
て
)
に
受取
(
うけと
)
り、
073
クルクルと
転
(
ころ
)
がして
見
(
み
)
て……ハハー
此
(
この
)
水晶玉
(
すいしやうだま
)
には
恋慕
(
れんぼ
)
と
云
(
い
)
ふ
執着心
(
しふちやくしん
)
の
黒点
(
こくてん
)
が
現
(
あら
)
はれてゐるから、
074
折角
(
せつかく
)
乍
(
なが
)
ら
御
(
お
)
返
(
かへ
)
し
申
(
まを
)
します……と
無下
(
むげ
)
につき
返
(
かへ
)
された
馬鹿者
(
ばかもの
)
があると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だ。
075
それで
其
(
その
)
男
(
をとこ
)
は
玉
(
たま
)
の
黒点
(
こくてん
)
が
気
(
き
)
になつて
堪
(
たま
)
らず、
076
何
(
ど
)
うぞして
此
(
この
)
黒点
(
こくてん
)
が
除
(
と
)
れたならば、
077
建能姫
(
たけのひめ
)
様
(
さま
)
に
献
(
たてまつ
)
り、
078
歓心
(
くわんしん
)
を
買
(
か
)
うて、
079
ソツと
婿
(
むこ
)
にならうと
云
(
い
)
ふ
野心
(
やしん
)
があるのだ。
080
其
(
その
)
野心
(
やしん
)
が
除
(
と
)
れぬ
間
(
あひだ
)
は、
081
何程
(
なにほど
)
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
から
頂
(
いただ
)
いた
水晶玉
(
すいしやうだま
)
でも
其
(
その
)
黒点
(
こくてん
)
は
除
(
と
)
れはせないよ』
082
と
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
083
稍
(
やや
)
冷笑
(
れいせう
)
気味
(
ぎみ
)
に
甲
(
かふ
)
の
顔
(
かほ
)
をグツと
見上
(
みあ
)
げる。
084
甲
(
かふ
)
は
電気
(
でんき
)
にでも
打
(
う
)
たれた
様
(
やう
)
に
胸
(
むね
)
を
轟
(
とどろ
)
かせ
乍
(
なが
)
ら、
085
顔
(
かほ
)
を
赤
(
あか
)
らめて
沈黙
(
ちんもく
)
に
入
(
い
)
る。
086
丁
(
てい
)
『それで
玉公
(
たまこう
)
が、
087
黒姫
(
くろひめ
)
がどうの
斯
(
か
)
うのと
言
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
やがるのだな。
088
白石
(
しろいし
)
が
負
(
ま
)
けて
黒石
(
くろいし
)
が
勝
(
か
)
つた
時
(
とき
)
、
089
掌中
(
しやうちう
)
の
玉
(
たま
)
を
取
(
と
)
られた
様
(
やう
)
な
顔色
(
がんしよく
)
をしよつたと
思
(
おも
)
うたら、
090
そんな
深遠
(
しんゑん
)
な
計略
(
けいりやく
)
があつたのか、
091
アハヽヽヽ、
092
……
忍
(
しの
)
ぶれど
色
(
いろ
)
に
出
(
で
)
にけり
吾
(
わが
)
恋
(
こひ
)
は、
093
物
(
もの
)
や
思
(
おも
)
うと
人
(
ひと
)
の
問
(
と
)
ふ
迄
(
まで
)
……とか
云
(
い
)
ふ
百人
(
ひやくにん
)
一首
(
いつしゆ
)
の
歌
(
うた
)
そつくりだな』
094
乙
(
おつ
)
(虎公)
『オイ
玉公
(
たまこう
)
、
095
そんな
曇
(
くも
)
りのある
水晶玉
(
すいしやうだま
)
は、
096
貴様
(
きさま
)
ん
所
(
とこ
)
の
不吉
(
ふきつ
)
だから、
097
いい
加減
(
かげん
)
に
川
(
かは
)
へでも
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
んで
了
(
しま
)
つたら
如何
(
どう
)
だ。
098
災
(
わざはひ
)
の
来
(
きた
)
る
前
(
まへ
)
にはキツト
宝
(
たから
)
の
表
(
おもて
)
に
黒
(
くろ
)
い
影
(
かげ
)
がさすと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だ。
099
人間
(
にんげん
)
の
面体
(
めんてい
)
だつて、
100
凶事
(
きようじ
)
の
来
(
きた
)
る
前
(
まへ
)
は、
101
どこともなしに、
102
黒
(
くろ
)
ずんだ
斑点
(
はんてん
)
が
現
(
あら
)
はれるのだからなア』
103
甲
(
かふ
)
は
力
(
ちから
)
無
(
な
)
げに、
104
玉公
(
たまこう
)
『
捨
(
す
)
てよといつた
所
(
ところ
)
で、
105
爺
(
おやぢ
)
の
言
(
い
)
ひ
付
(
つ
)
け、
106
どんな
事
(
こと
)
があつても、
107
此
(
この
)
玉
(
たま
)
は
吾
(
わが
)
家
(
や
)
を
出
(
だ
)
す
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ぬ。
108
それ
共
(
とも
)
尊
(
たふと
)
き
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
が
現
(
あら
)
はれなさつたならば
献上
(
けんじやう
)
して
良
(
よ
)
いが、
109
決
(
けつ
)
して
人
(
ひと
)
に
売
(
う
)
つたり
譲
(
ゆづ
)
つたり、
110
捨
(
す
)
てちやならぬと、
111
死
(
し
)
んだ
爺
(
おやぢ
)
の
遺言
(
ゆゐごん
)
だから、
112
俺
(
おれ
)
の
自由
(
じいう
)
にはならないのだ。
113
建能姫
(
たけのひめ
)
様
(
さま
)
が
御
(
お
)
受取
(
うけと
)
り
下
(
くだ
)
さらねば、
114
もう
仕方
(
しかた
)
がない、
115
此
(
この
)
玉
(
たま
)
の
黒点
(
こくてん
)
が
除
(
と
)
れる
迄
(
まで
)
、
116
御
(
ご
)
祈願
(
きぐわん
)
をこらして
身
(
み
)
を
慎
(
つつし
)
むより、
117
俺
(
おれ
)
には
方法
(
はうはふ
)
がないのだ。
118
併
(
しか
)
し
俺
(
おれ
)
の
考
(
かんが
)
ヘでは、
119
如何
(
どう
)
しても
此
(
この
)
筑紫島
(
つくしじま
)
へ
黒姫
(
くろひめ
)
がやつて
来
(
き
)
たに
違
(
ちがひ
)
ない、
120
本当
(
ほんたう
)
に
困
(
こま
)
つた
奴
(
やつ
)
が
来
(
き
)
たものだ。
121
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
様
(
さま
)
のやうな
方
(
かた
)
がお
出
(
い
)
でになれば、
122
此
(
この
)
玉
(
たま
)
は
益々
(
ますます
)
光
(
ひか
)
り
輝
(
かがや
)
くのだが、
123
黒点
(
こくてん
)
が
次第
(
しだい
)
々々
(
しだい
)
に
拡
(
ひろ
)
がつて、
124
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
では
半透明
(
はんとうめい
)
に
曇
(
くも
)
つて
了
(
しま
)
つた。
125
あの
玉
(
たま
)
の
黒点
(
こくてん
)
から
考
(
かんが
)
へて
見
(
み
)
ると、
126
どうしても
黒姫
(
くろひめ
)
と
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
、
127
今日
(
けふ
)
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
は
此
(
この
)
峠
(
たうげ
)
のあたりへ
近付
(
ちかづ
)
いて
来
(
く
)
る
象徴
(
かたち
)
が
見
(
み
)
える。
128
それで
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
はお
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
を
無花果
(
いちじゆく
)
取
(
と
)
りにかこつけて、
129
ここ
迄
(
まで
)
誘
(
さそ
)
うて
来
(
き
)
たのだ。
130
其
(
その
)
序
(
ついで
)
に、
131
白黒石
(
しろくろいし
)
の
勝負
(
しようぶ
)
をやつて
見
(
み
)
たのだ。
132
こりや
如何
(
どう
)
しても
黒
(
くろ
)
が
障
(
さは
)
つてゐる。
133
黒姫
(
くろひめ
)
を……
否
(
いや
)
黒石
(
くろいし
)
を
叩
(
たた
)
き
割
(
わ
)
つて
了
(
しま
)
はねば、
134
此
(
この
)
国
(
くに
)
はサツパリ
駄目
(
だめ
)
だよ。
135
水晶玉
(
すいしやうだま
)
の
筑紫
(
つくし
)
の
島
(
しま
)
がサツパリ
泥水
(
どろみづ
)
になつちや
堪
(
たま
)
らない。
136
国魂
(
くにたま
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
は
此
(
この
)
世
(
よ
)
を
水晶
(
すゐしやう
)
に
御
(
お
)
澄
(
すま
)
し
遊
(
あそ
)
ばす
純世姫
(
すみよひめの
)
命
(
みこと
)
だ。
137
俺
(
おれ
)
ん
所
(
とこ
)
の
秘蔵
(
ひざう
)
の
水晶玉
(
すいしやうだま
)
は、
138
言
(
い
)
はば
純世姫
(
すみよひめ
)
様
(
さま
)
の
国玉
(
くにたま
)
だ。
139
どうかして
黒
(
くろ
)
と
名
(
な
)
のつく
物
(
もの
)
は
亡
(
ほろ
)
ぼして
了
(
しま
)
はなくちや、
140
国家
(
こくか
)
の
一大事
(
いちだいじ
)
だよ』
141
丁
(
てい
)
『そんな
小
(
ちつ
)
ぽけな
水晶玉
(
すいしやうだま
)
に、
142
広大
(
くわうだい
)
無辺
(
むへん
)
のアフリカの
国魂神
(
くにたまがみ
)
様
(
さま
)
が
憑
(
うつ
)
つて
御座
(
ござ
)
るとは、
143
チと
理屈
(
りくつ
)
が
合
(
あは
)
ぬぢやないか』
144
玉公
(
たまこう
)
『
馬鹿
(
ばか
)
云
(
い
)
ふな。
145
伸縮
(
しんしゆく
)
自在
(
じざい
)
の
活動
(
くわつどう
)
を
遊
(
あそ
)
ばすのが、
146
所謂
(
いはゆる
)
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
高徳
(
かうとく
)
だ。
147
至大
(
しだい
)
無外
(
むぐわい
)
、
148
至小
(
しせう
)
無内
(
むない
)
、
149
無遠近
(
むゑんきん
)
、
150
無広狭
(
むくわうけふ
)
、
151
無明暗
(
むめいあん
)
、
152
過去
(
くわこ
)
、
153
現在
(
げんざい
)
、
154
未来
(
みらい
)
を
只
(
ただ
)
一塊
(
いつくわい
)
の
水晶玉
(
すいしやうだま
)
に
集
(
あつ
)
めて、
155
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
が
掌
(
てのひら
)
で
玉
(
たま
)
を
転
(
ころ
)
がす
様
(
やう
)
に、
156
自由
(
じいう
)
自在
(
じざい
)
になさるのが
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
だ。
157
其
(
その
)
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御霊
(
みたま
)
があの
様
(
やう
)
に
曇
(
くも
)
りかけたのだから、
158
吾々
(
われわれ
)
筑紫島
(
つくしじま
)
の
人間
(
にんげん
)
はウカウカしては
居
(
を
)
られないのだ。
159
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
は
直
(
すぐ
)
に
建能姫
(
たけのひめ
)
様
(
さま
)
に
俺
(
おれ
)
が
恋慕
(
れんぼ
)
をして
居
(
を
)
る
様
(
やう
)
に、
160
妙
(
めう
)
な
所
(
ところ
)
へ
凡夫心
(
ぼんぷごころ
)
を
発揮
(
はつき
)
しよるが、
161
そんな
陽気
(
やうき
)
な
事
(
こと
)
ぢやない。
162
今
(
いま
)
に
地異
(
ちい
)
天変
(
てんぺん
)
が
何時
(
いつ
)
突発
(
とつぱつ
)
するか
分
(
わか
)
つたものぢやないぞ。
163
最前
(
さいぜん
)
の
暴風雨
(
ばうふうう
)
だつて、
164
茲
(
ここ
)
二十
(
にじふ
)
年
(
ねん
)
や
三十
(
さんじふ
)
年
(
ねん
)
、
165
聞
(
き
)
いた
事
(
こと
)
がない
荒
(
あ
)
れ
方
(
かた
)
ぢやないか。
166
大
(
おほ
)
きな
岩
(
いは
)
が
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
の
如
(
ごと
)
くドンドンと
降
(
ふ
)
つて
来
(
く
)
る、
167
大木
(
たいぼく
)
は
根
(
ね
)
から
倒
(
たふ
)
れる、
168
木
(
き
)
の
枝
(
えだ
)
は
裂
(
さ
)
ける、
169
無花果
(
いちじゆく
)
の
様
(
やう
)
な
雨
(
あめ
)
が
降
(
ふ
)
る。
170
よく
考
(
かんが
)
へて
見
(
み
)
よ。
171
こりや
決
(
けつ
)
して
只
(
ただ
)
事
(
こと
)
ぢやないぞ』
172
斯
(
か
)
く
話
(
はな
)
す
所
(
ところ
)
へ、
173
蓑笠
(
みのかさ
)
草鞋
(
わらぢ
)
脚絆
(
きやはん
)
に
金剛杖
(
こんがうづゑ
)
の
軽
(
かる
)
き
扮装
(
いでたち
)
にて、
174
コツンコツンと、
175
坂路
(
さかみち
)
を
叩
(
たた
)
き
乍
(
なが
)
ら
登
(
のぼ
)
つて
来
(
く
)
る
一人
(
ひとり
)
の
中婆
(
ちうばば
)
アがあつた。
176
此
(
こ
)
れは
言
(
い
)
はずと
知
(
し
)
れた
三五教
(
あななひけう
)
の
黒姫
(
くろひめ
)
である。
177
黒姫
(
くろひめ
)
は
漸
(
やうや
)
く
頂上
(
ちやうじやう
)
に
登
(
のぼ
)
り
詰
(
つ
)
め、
178
ヤツと
一安心
(
ひとあんしん
)
したものの
如
(
ごと
)
く、
179
左
(
ひだり
)
の
手
(
て
)
に
金剛杖
(
こんがうづゑ
)
を
固
(
かた
)
く
握
(
にぎ
)
り
体
(
からだ
)
をグツト
支
(
ささ
)
へ、
180
右
(
みぎ
)
の
手
(
て
)
の
拳
(
こぶし
)
を
固
(
かた
)
めて、
181
腰
(
こし
)
を
三
(
み
)
つ
四
(
よ
)
つ
打
(
う
)
ち
叩
(
たた
)
き、
182
黒姫
『アーア』
183
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
184
グツと
背伸
(
せの
)
びをした
途端
(
とたん
)
に、
185
五
(
ご
)
人
(
にん
)
の
男
(
をとこ
)
が
車座
(
くるまざ
)
になつて、
186
何
(
なに
)
か
囁
(
ささや
)
いてゐるのに
目
(
め
)
がつき、
187
黒姫
(
くろひめ
)
は、
188
黒姫
『モシモシそこに
御座
(
ござ
)
るお
若
(
わか
)
い
御
(
お
)
方
(
かた
)
、
189
一寸
(
ちよつと
)
物
(
もの
)
をお
尋
(
たづ
)
ね
致
(
いた
)
しますが、
190
火
(
ひ
)
の
国
(
くに
)
には
高山彦
(
たかやまひこ
)
といふ
尊
(
たふと
)
い
宣伝使
(
せんでんし
)
が
御
(
お
)
見
(
み
)
えになつてをると
云
(
い
)
ふことを、
191
お
聞
(
き
)
きぢや
御座
(
ござ
)
いませぬか』
192
乙
(
おつ
)
(虎公)
『
何処
(
どこ
)
の
婆
(
ばば
)
アか
知
(
し
)
らぬが、
193
此
(
この
)
山路
(
やまみち
)
を
大胆
(
だいたん
)
至極
(
しごく
)
にも
一人旅
(
ひとりたび
)
とは
如何
(
どう
)
したものだ。
194
高山彦
(
たかやまひこ
)
様
(
さま
)
の
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
を
尋
(
たづ
)
ねて、
195
お
前
(
まへ
)
は
何
(
なん
)
とする
考
(
かんが
)
へだ』
196
丙
(
へい
)
『オイ
虎公
(
とらこう
)
、
197
余
(
あま
)
りぞんざいな
物
(
もの
)
言
(
い
)
ひをしちやならぬよ。
198
高山彦
(
たかやまひこ
)
様
(
さま
)
のお
母
(
か
)
アさまかも
知
(
し
)
れないからなア』
199
虎公
(
とらこう
)
『モシモシ
貴女
(
あなた
)
は
御
(
ご
)
子息
(
しそく
)
の
所在
(
ありか
)
を
尋
(
たづ
)
ねて、
200
はるばる
此処迄
(
ここまで
)
、
201
御
(
お
)
出
(
い
)
でになつたのですか』
202
黒姫
(
くろひめ
)
『イエイエ
私
(
わたくし
)
は
高山彦
(
たかやまひこ
)
の
妻
(
つま
)
で
御座
(
ござ
)
います。
203
夫
(
をつと
)
の
後
(
あと
)
を
慕
(
した
)
うて
此処迄
(
ここまで
)
参
(
まゐ
)
りました。
204
高山彦
(
たかやまひこ
)
さまは
御
(
ご
)
無事
(
ぶじ
)
でゐらつしやいますかな』
205
虎公
(
とらこう
)
『
御
(
ご
)
無事
(
ぶじ
)
も
御
(
ご
)
無事
(
ぶじ
)
、
206
夫
(
それ
)
は
夫
(
それ
)
は
大変
(
たいへん
)
な
勢
(
いきほ
)
ひだ。
207
乍併
(
しかしながら
)
、
208
お
前
(
まへ
)
さまが
高山彦
(
たかやまひこ
)
様
(
さま
)
の
女房
(
にようばう
)
とはチツと
合点
(
がてん
)
のゆかぬ
話
(
はなし
)
だ。
209
愛子姫
(
あいこひめ
)
様
(
さま
)
といふ
立派
(
りつぱ
)
な
奥様
(
おくさま
)
が
御座
(
ござ
)
るのに、
210
お
前
(
まへ
)
の
様
(
やう
)
な
腰
(
こし
)
の
曲
(
まが
)
りかけた
婆
(
ば
)
アさまを
女房
(
にようばう
)
にお
持
(
も
)
ちなさるとは、
211
チツと
可笑
(
をか
)
しいぢやないか、
212
ソリヤ
大方
(
おほかた
)
人違
(
ひとちがひ
)
だらう。
213
俺
(
おら
)
又
(
また
)
そんな
年老
(
としよ
)
りが
男
(
をとこ
)
の
後
(
あと
)
を
慕
(
した
)
うて
来
(
く
)
ると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は、
214
昔
(
むかし
)
から
聞
(
き
)
いた
事
(
こと
)
がない、
215
息子
(
むすこ
)
の
間違
(
まちがひ
)
ぢやないかな』
216
黒姫
(
くろひめ
)
『
私
(
わたし
)
も
息子
(
むすこ
)
があつたのだけれど、
217
若
(
わか
)
い
時
(
とき
)
に
世間
(
せけん
)
の
外聞
(
ぐわいぶん
)
が
悪
(
わる
)
いと
云
(
い
)
つて、
218
四辻
(
よつつじ
)
に
捨
(
す
)
て、
219
人
(
ひと
)
に
拾
(
ひろ
)
はしたのだ。
220
其
(
その
)
天罰
(
てんばつ
)
で
夫
(
をつと
)
には
別
(
わか
)
れる、
221
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
の
行方
(
ゆくへ
)
は
知
(
し
)
れず、
222
年
(
とし
)
は
追々
(
おひおひ
)
寄
(
よ
)
つてくる、
223
自分
(
じぶん
)
の
子
(
こ
)
はなし、
224
力
(
ちから
)
とするのは
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
と
高山彦
(
たかやまひこ
)
の
夫
(
をつと
)
計
(
ばか
)
りだ。
225
其
(
その
)
高山彦
(
たかやまひこ
)
さまに
若
(
わか
)
い
女房
(
にようばう
)
があるとは、
226
嘘
(
うそ
)
ぢや
御座
(
ござ
)
いますまいかなア』
227
虎公
(
とらこう
)
『
決
(
けつ
)
して
嘘
(
うそ
)
は
言
(
い
)
ひませぬ。
228
一言
(
ひとこと
)
でも
嘘
(
うそ
)
を
言
(
い
)
はふものなら、
229
国魂神
(
くにたまがみ
)
様
(
さま
)
の
罰
(
ばち
)
が
当
(
あた
)
つて、
230
忽
(
たちま
)
ち
口
(
くち
)
が
歪
(
ゆが
)
んで
了
(
しま
)
ひます。
231
此
(
この
)
熊襲
(
くまそ
)
の
国
(
くに
)
の
人間
(
にんげん
)
に
口
(
くち
)
が
歪
(
ゆが
)
んだ
奴
(
やつ
)
の
多
(
おほ
)
いのは、
232
皆
(
みな
)
嘘
(
うそ
)
を
言
(
い
)
つて
神罰
(
しんばつ
)
を
受
(
う
)
けた
奴
(
やつ
)
計
(
ばか
)
りですよ、
233
なア
新公
(
しんこう
)
』
234
新公
(
しんこう
)
『オウそうともそうとも、
235
恐
(
おそ
)
ろしいて、
236
嘘
(
うそ
)
のウの
字
(
じ
)
も
言
(
い
)
はれたものぢやない』
237
黒姫
(
くろひめ
)
『あゝそうですかなア。
238
折角
(
せつかく
)
此処迄
(
ここまで
)
長
(
なが
)
の
海山
(
うみやま
)
越
(
こ
)
え、
239
やつて
来
(
き
)
た
黒姫
(
くろひめ
)
の
心
(
こころ
)
も
知
(
し
)
らずに、
240
高山
(
たかやま
)
さまとした
事
(
こと
)
が、
241
若
(
わか
)
い
女
(
をんな
)
を
女房
(
にようばう
)
に
有
(
も
)
つとは、
242
余
(
あま
)
り
没義道
(
もぎだう
)
だ。
243
チツとは
私
(
わたし
)
の
心
(
こころ
)
も
推量
(
すゐりやう
)
してくれても
能
(
よ
)
かりさうなものだのに。
244
あゝ
如何
(
どう
)
しようかな。
245
進
(
すす
)
みもならず
退
(
しりぞ
)
きもならず、
246
困
(
こま
)
つたことになつて
来
(
き
)
たワイ』
247
と
涙
(
なみだ
)
をハラハラと
流
(
なが
)
し、
248
立
(
た
)
つた
儘
(
まま
)
、
249
歎
(
なげ
)
きに
沈
(
しづ
)
んで
居
(
ゐ
)
る。
250
玉公
(
たまこう
)
『コレコレお
婆
(
ば
)
アさま、
251
お
前
(
まへ
)
さまは
今
(
いま
)
、
252
黒姫
(
くろひめ
)
だと
言
(
い
)
ひましたねえ』
253
黒姫
(
くろひめ
)
『ハイ、
254
火
(
ひ
)
の
国
(
くに
)
の
都
(
みやこ
)
にまします
高山彦
(
たかやまひこ
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
の
真
(
まこと
)
の
女房
(
にようばう
)
で
御座
(
ござ
)
います』
255
玉公
(
たまこう
)
『ハテ
困
(
こま
)
つた
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
て
来
(
き
)
た。
256
私
(
わたし
)
は
此
(
この
)
黒姫
(
くろひめ
)
を
亡
(
ほろ
)
ぼしてやらねば、
257
此
(
この
)
国
(
くに
)
が
泥海
(
どろうみ
)
になつて
了
(
しま
)
ふと、
258
水晶玉
(
すいしやうだま
)
の
知
(
し
)
らせに
依
(
よ
)
つて
此処迄
(
ここまで
)
やつて
来
(
き
)
て
待
(
ま
)
つてゐたのだが、
259
御
(
ご
)
神徳
(
しんとく
)
高
(
たか
)
き
高山彦
(
たかやまひこ
)
様
(
さま
)
の
奥
(
おく
)
さまとあれば、
260
如何
(
どう
)
することも
出来
(
でき
)
ない。
261
高山彦
(
たかやまひこ
)
様
(
さま
)
は
筑紫
(
つくし
)
の
島
(
しま
)
の
生神
(
いきがみ
)
様
(
さま
)
、
262
親様
(
おやさま
)
と、
263
国民
(
こくみん
)
全体
(
ぜんたい
)
が
尊敬
(
そんけい
)
して
居
(
ゐ
)
る
立派
(
りつぱ
)
な
御
(
お
)
方
(
かた
)
、
264
其
(
その
)
奥様
(
おくさま
)
を
虐
(
しひた
)
げる
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
かない。
265
さうすると
黒姫
(
くろひめ
)
さま、
266
貴女
(
あなた
)
は
高山彦
(
たかやまひこ
)
様
(
さま
)
の
本当
(
ほんたう
)
の
奥様
(
おくさま
)
に
間違
(
まちがひ
)
ありませぬか』
267
黒姫
(
くろひめ
)
『
決
(
けつ
)
して
間違
(
まちがひ
)
はありませぬ、
268
愛子姫
(
あいこひめ
)
と
云
(
い
)
ふのは、
269
つまり
高山彦
(
たかやまひこ
)
さまのお
妾
(
めかけ
)
でせう。
270
一夫
(
いつぷ
)
一婦
(
いつぷ
)
の
掟
(
をきて
)
の
厳
(
きび
)
しい
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
が、
271
二人
(
ふたり
)
も
本妻
(
ほんさい
)
を
持
(
も
)
つ
道理
(
だうり
)
は
有
(
あ
)
りますまい』
272
玉公
(
たまこう
)
『ハテ
合点
(
がてん
)
のゆかぬ
事
(
こと
)
だ。
273
あれ
丈
(
だけ
)
立派
(
りつぱ
)
な
高山彦
(
たかやまひこ
)
様
(
さま
)
が、
274
妾
(
めかけ
)
を
御
(
お
)
持
(
も
)
ちなさるとは、
275
何
(
なん
)
たる
矛盾
(
むじゆん
)
であらう。
276
何程
(
なにほど
)
恋
(
こひ
)
は
思案
(
しあん
)
の
外
(
ほか
)
といつても、
277
コリヤ
又
(
また
)
余
(
あま
)
りの
脱線振
(
だつせんぶり
)
だ。
278
……モシモシ
黒姫
(
くろひめ
)
さま、
279
貴女
(
あなた
)
は
一旦
(
いつたん
)
離縁
(
りえん
)
されたのぢやありませぬか。
280
斯
(
こ
)
う
云
(
い
)
うと
失礼
(
しつれい
)
だが、
281
あんな
立派
(
りつぱ
)
な
宣伝使
(
せんでんし
)
が、
282
お
前
(
まへ
)
さまの
様
(
やう
)
な
黒
(
くろ
)
い
御
(
お
)
方
(
かた
)
と
夫婦
(
ふうふ
)
にならつしやるのは、
283
丁度
(
ちやうど
)
月
(
つき
)
と
鼈
(
すつぽん
)
、
284
鷺
(
さぎ
)
と
烏
(
からす
)
が
結婚
(
けつこん
)
した
様
(
やう
)
なものだから、
285
お
前
(
まへ
)
さま
自転倒
(
おのころ
)
島
(
じま
)
とやらで、
286
三行半
(
みくだりはん
)
を
貰
(
もら
)
はしやつたのぢやありませぬか。
287
さうでないと、
288
如何
(
どう
)
しても
高山彦
(
たかやまひこ
)
さまの
神格
(
しんかく
)
に
照
(
て
)
らし、
289
合点
(
がてん
)
の
行
(
ゆ
)
かぬ
節
(
ふし
)
が
沢山
(
たくさん
)
あるのだ』
290
虎公
(
とらこう
)
『モシ
黒姫
(
くろひめ
)
さま、
291
最前
(
さいぜん
)
お
前
(
まへ
)
さまは
一人
(
ひとり
)
の
子
(
こ
)
を
捨
(
す
)
てたと
仰有
(
おつしや
)
つたが、
292
其
(
その
)
子
(
こ
)
は
今
(
いま
)
生
(
いき
)
て
居
(
を
)
つたら
幾
(
いく
)
つ
位
(
くらゐ
)
になつてゐられますかな』
293
黒姫
(
くろひめ
)
『ハイ、
294
今
(
いま
)
から
三十五
(
さんじふご
)
年前
(
ねんぜん
)
の
事
(
こと
)
、
295
今
(
いま
)
居
(
を
)
つたならば
三十五
(
さんじふご
)
歳
(
さい
)
の
血気
(
けつき
)
盛
(
ざか
)
りの
立派
(
りつぱ
)
な
男
(
をとこ
)
になつて
居
(
ゐ
)
るだろう。
296
若
(
わか
)
い
時
(
とき
)
は
親
(
おや
)
の
許
(
ゆる
)
さぬ
男
(
をとこ
)
の
子
(
こ
)
を
拵
(
こしら
)
へて、
297
世間
(
せけん
)
に
外聞
(
ぐわいぶん
)
が
悪
(
わる
)
いと
思
(
おも
)
ひ、
298
無残
(
むざん
)
にも
四辻
(
よつつじ
)
へ
捨
(
す
)
てたのだが、
299
今
(
いま
)
になつて
考
(
かんがへ
)
えて
見
(
み
)
れば
実
(
じつ
)
に
残念
(
ざんねん
)
なことを
致
(
いた
)
しました』
300
と
今更
(
いまさら
)
の
如
(
ごと
)
く
涙
(
なみだ
)
をハラハラと
流
(
なが
)
し
憂
(
うれ
)
ひに
沈
(
しづ
)
む。
301
虎公
(
とらこう
)
『
建野
(
たけの
)
ケ
原
(
はら
)
の
神館
(
かむやかた
)
の
建能姫
(
たけのひめ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
養子
(
やうし
)
に
見
(
み
)
えたのは、
302
今年
(
こんねん
)
卅五
(
さんじふご
)
歳
(
さい
)
、
303
建国別
(
たけくにわけ
)
といふ
立派
(
りつぱ
)
な
宣伝使
(
せんでんし
)
だ。
304
其
(
その
)
お
方
(
かた
)
も
話
(
はなし
)
に
依
(
よ
)
れば、
305
赤児
(
あかご
)
の
時
(
とき
)
に
捨児
(
すてご
)
をしられ、
306
今
(
いま
)
に
両親
(
りやうしん
)
の
行方
(
ゆくへ
)
が
知
(
し
)
れぬので、
307
三五教
(
あななひけう
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
を
信
(
しん
)
じ、
308
一日
(
ひとひ
)
も
早
(
はや
)
く
誠
(
まこと
)
の
父母
(
ふぼ
)
に
会
(
あ
)
はして
下
(
くだ
)
さいといつて、
309
一心
(
いつしん
)
不乱
(
ふらん
)
に
信仰
(
しんかう
)
を
遊
(
あそ
)
ばし、
310
遂
(
つひ
)
には
尊
(
たふと
)
い
宣伝使
(
せんでんし
)
にお
成
(
な
)
りなさつたといふ
事
(
こと
)
です。
311
今
(
いま
)
から
丁度
(
ちやうど
)
一年前
(
いちねんまへ
)
だつた。
312
火
(
ひ
)
の
国
(
くに
)
の
館
(
やかた
)
の
高山彦
(
たかやまひこ
)
様
(
さま
)
が
御
(
ご
)
媒酌
(
ばいしやく
)
で
建能姫
(
たけのひめ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
養子婿
(
やうしむこ
)
になられ、
313
夫婦
(
ふうふ
)
睦
(
むつ
)
まじく、
314
御
(
ご
)
神徳
(
しんとく
)
は
日
(
ひ
)
に
夜
(
よ
)
に
高
(
たか
)
く、
315
それはそれは
大変
(
たいへん
)
な
勢
(
いきほひ
)
で
御座
(
ござ
)
いますよ。
316
よもやお
前
(
まへ
)
さまの
捨
(
す
)
てた
御
(
お
)
子
(
こ
)
さまではあろまいかなア』
317
黒姫
(
くろひめ
)
『
何
(
なに
)
、
318
建国別
(
たけくにわけ
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
が
捨児
(
すてご
)
だつたとなア。
319
さうして
其
(
その
)
お
年
(
とし
)
が
卅五
(
さんじふご
)
歳
(
さい
)
、
320
ハテ
合点
(
がてん
)
のゆかぬ
事
(
こと
)
だなア』
321
(
大正一一・九・一三
旧七・二二
松村真澄
録)
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