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第34巻(酉の巻)
序文
総説
第1篇 筑紫の不知火
01 筑紫上陸
〔942〕
02 孫甦
〔943〕
03 障文句
〔944〕
04 歌垣
〔945〕
05 対歌
〔946〕
06 蜂の巣
〔947〕
07 無花果
〔948〕
08 暴風雨
〔949〕
第2篇 有情無情
09 玉の黒点
〔950〕
10 空縁
〔951〕
11 富士咲
〔952〕
12 漆山
〔953〕
13 行進歌
〔954〕
14 落胆
〔955〕
15 手長猿
〔956〕
16 楽天主義
〔957〕
第3篇 峠の達引
17 向日峠
〔958〕
18 三人塚
〔959〕
19 生命の親
〔960〕
20 玉卜
〔961〕
21 神護
〔962〕
22 蛙の口
〔963〕
23 動静
〔964〕
余白歌
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第一二章
漆山
(
うるしやま
)
〔九五三〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻
篇:
第2篇 有情無情
よみ(新仮名遣い):
うじょうむじょう
章:
第12章 漆山
よみ(新仮名遣い):
うるしやま
通し章番号:
953
口述日:
1922(大正11)年09月13日(旧07月22日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年12月10日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
房公と芳公は、黒姫に先に行かれ、激しい嵐に会いながらも玉治別宣伝使の宣伝歌に救われ、黒姫も嵐に悩んではいないかと必死に山道を追って進んでいた。
房公と芳公は、黒姫が出くわした村人たちのところまでやってきた。黒姫を建日別の館に送って行った玉公以外の村人は、山中の道に座ったままでいた。村人の一人、侠客の虎公は、房公と芳公のさまを見て、草鞋をめぐんでやろうと声をかけた。
房公と芳公は、虎公とおかしな掛け合いを始める。房公と芳公は、黒姫という婆様がここを通ったかと尋ねる。虎公は相撲を取って自分に勝ったら教えてやると返す。芳公と房公は相撲の経歴についての与太話をし、虎公は大いに受けた。
虎公は二人を案内して建日別の館に連れて行くことになった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2022-09-15 10:35:15
OBC :
rm3412
愛善世界社版:
154頁
八幡書店版:
第6輯 418頁
修補版:
校定版:
160頁
普及版:
66頁
初版:
ページ備考:
001
高山峠
(
たかやまたうげ
)
の
中腹
(
ちうふく
)
に
002
おき
去
(
さ
)
られたる
房
(
ふさ
)
、
芳
(
よし
)
は
003
足
(
あし
)
の
立
(
た
)
つたを
幸
(
さいは
)
ひに
004
黒姫司
(
くろひめつかさ
)
の
後
(
あと
)
を
追
(
お
)
ひ
005
火
(
ひ
)
の
国都
(
くにみやこ
)
へ
進
(
すす
)
まむと
006
漸
(
やうや
)
く
絶頂
(
ぜつちやう
)
にいざりつく
007
壁立
(
かべた
)
つ
坂
(
さか
)
を
下
(
くだ
)
りつつ
008
房公
(
ふさこう
)
芳公
(
よしこう
)
両人
(
りやうにん
)
は
009
足
(
あし
)
の
拍子
(
へうし
)
を
取
(
と
)
り
乍
(
なが
)
ら
010
岩
(
いは
)
の
根
(
ね
)
木
(
き
)
の
根
(
ね
)
ふみさくみ
011
房公
(
ふさこう
)
『ウントコドツコイ
芳公
(
よしこう
)
さま
012
気
(
き
)
をつけなされよ
危
(
あぶ
)
ないぞ
013
壁
(
かべ
)
を
立
(
た
)
てたよな
坂路
(
さかみち
)
だ
014
石
(
いし
)
の
車
(
くるま
)
がゴロゴロと
015
人待顔
(
ひとまちがほ
)
にころげてる
016
油断
(
ゆだん
)
は
出来
(
でき
)
ない
坂
(
さか
)
の
路
(
みち
)
017
オツトドツコイ
足
(
あし
)
辷
(
すべ
)
る
018
アイタヽヽタツタ
躓
(
つまづ
)
いた
019
足
(
あし
)
の
頭
(
あたま
)
がうづき
出
(
だ
)
す
020
芳公
(
よしこう
)
気
(
き
)
をつけシツカリせい
021
この
又
(
また
)
きつい
坂路
(
さかみち
)
を
022
黒姫
(
くろひめ
)
さまはドツコイシヨ
023
どうして
降
(
くだ
)
つて
往
(
い
)
ただろか
024
ホンに
危
(
あぶ
)
ない
坂路
(
さかみち
)
だ
025
それについても
孫公
(
まごこう
)
は
026
どこに
マゴ
マゴしてるだろ
027
心
(
こころ
)
に
掛
(
かか
)
る
旅
(
たび
)
の
空
(
そら
)
028
一天
(
いつてん
)
俄
(
にはか
)
にかき
曇
(
くも
)
り
029
レコード
破
(
やぶ
)
りの
暴風雨
(
ばうふうう
)
030
岩石
(
がんせき
)
飛
(
と
)
ばし
木
(
き
)
を
倒
(
たふ
)
し
031
げに
凄
(
すさま
)
じき
光景
(
くわうけい
)
に
032
縮
(
ちぢ
)
み
上
(
あ
)
がつて
黒姫
(
くろひめ
)
が
033
ドツコイドツコイドツコイシヨ
034
そこらに
転
(
ころ
)
げていやせぬか
035
ウントコドツコイガラガラガラ
036
それ
見
(
み
)
よ
芳公
(
よしこう
)
こけたぢやないか
037
足
(
あし
)
の
爪先
(
つまさき
)
ドツコイシヨ
038
一足
(
ひとあし
)
々々
(
ひとあし
)
気
(
き
)
をつけて
039
尖
(
とが
)
つた
石
(
いし
)
をよけ
乍
(
なが
)
ら
040
キヨクキヨク
笑
(
わら
)
ふ
膝坊主
(
ひざばうず
)
041
シツカリ
灸
(
やいと
)
をすゑ
乍
(
なが
)
ら
042
此
(
この
)
峻坂
(
しゆんぱん
)
を
下
(
くだ
)
らねば
043
火
(
ひ
)
の
国都
(
くにみやこ
)
にや
行
(
ゆ
)
かれない
044
さぞ
今頃
(
いまごろ
)
は
黒姫
(
くろひめ
)
さま
045
高山彦
(
たかやまひこ
)
の
襟首
(
えりがみ
)
を
046
グツと
掴
(
つか
)
んでドツコイシヨ
047
ヤイノヤイノの
真最中
(
まつさいちう
)
048
愛子
(
あいこ
)
の
姫
(
ひめ
)
の
新妻
(
にひづま
)
も
049
さぞや
心
(
こころ
)
が
揉
(
も
)
めるだろ
050
人
(
ひと
)
の
事
(
こと
)
とは
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
051
俺
(
おれ
)
は
心配
(
しんぱい
)
ドツコイシヨ
052
心
(
こころ
)
に
掛
(
かか
)
つて
堪
(
たま
)
らない
053
高山彦
(
たかやまひこ
)
が
若
(
わか
)
やいで
054
綺麗
(
きれい
)
な
女房
(
にようばう
)
をドツコイシヨ
055
貰
(
もら
)
うて
喜
(
よろこ
)
ぶ
最中
(
さいちう
)
へ
056
お
色
(
いろ
)
の
黒
(
くろ
)
い
皺
(
しわ
)
だらけ
057
皺苦茶
(
しわくちや
)
婆
(
ば
)
さまがやつて
来
(
き
)
て
058
私
(
わたし
)
が
本当
(
ほんたう
)
の
女房
(
にようばう
)
と
059
シラを
切
(
き
)
られちやドツコイシヨ
060
本当
(
ほんたう
)
に
迷惑
(
めいわく
)
なさるだろ
061
さはさり
乍
(
なが
)
ら
最前
(
さいぜん
)
の
062
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝歌
(
せんでんか
)
063
玉治別
(
たまはるわけ
)
のドツコイシヨー
064
歌
(
うた
)
うた
声
(
こゑ
)
は
影
(
かげ
)
もなく
065
雲
(
くも
)
を
霞
(
かすみ
)
と
消
(
き
)
え
失
(
う
)
せた
066
此
(
この
)
急坂
(
きふはん
)
を
如何
(
どう
)
してか
067
玉治別
(
たまはるわけ
)
の
神司
(
かむつかさ
)
068
如何
(
どう
)
して
其様
(
そのよ
)
にドツコイシヨ
069
早
(
はや
)
く
降
(
くだ
)
つて
行
(
い
)
たのだろ
070
山
(
やま
)
の
天狗
(
てんぐ
)
がドツコイシヨ
071
運上
(
うんじやう
)
取
(
と
)
りに
来
(
く
)
るだらう
072
アイタタ ドツコイ
又
(
また
)
転
(
こ
)
けた
073
会
(
あ
)
ひ
度
(
た
)
い
見
(
み
)
たいと
黒姫
(
くろひめ
)
が
074
恋路
(
こひぢ
)
の
暗
(
やみ
)
に
包
(
つつ
)
まれて
075
鳥
(
とり
)
も
通
(
かよ
)
はぬ
山坂
(
やまさか
)
を
076
登
(
のぼ
)
りつ
下
(
くだ
)
りつドツコイシヨ
077
夫
(
をつと
)
の
後
(
あと
)
を
慕
(
した
)
ひ
行
(
ゆ
)
く
078
其
(
その
)
猛烈
(
まうれつ
)
な
惚
(
ほ
)
れ
加減
(
かげん
)
079
呆
(
あき
)
れて
物
(
もの
)
が
云
(
い
)
はれない
080
ドツコイ ドツコイ ドツコイシヨ
081
オツと
向
(
むか
)
ふに
人
(
ひと
)
の
影
(
かげ
)
082
彼奴
(
あいつ
)
は
如何
(
どう
)
やら
怪
(
あや
)
しいぞ
083
是
(
これ
)
から
腹帯
(
はらおび
)
しめ
直
(
なほ
)
し
084
天狗
(
てんぐ
)
の
孫
(
まご
)
だと
詐
(
いつ
)
はつて
085
彼奴
(
あいつ
)
が
若
(
も
)
しもドツコイシヨ
086
泥棒
(
どろばう
)
かせぎであつたなら
087
頭
(
あたま
)
のテツペから
怒
(
ど
)
なりつけ
088
一
(
ひと
)
つ
荒肝
(
あらぎも
)
取
(
と
)
つてやろ
089
あゝ
惟神
(
かむながら
)
々々
(
かむながら
)
090
御霊
(
みたま
)
幸
(
さち
)
はひましまして
091
高山峠
(
たかやまたうげ
)
の
急坂
(
きふはん
)
を
092
苦
(
く
)
なく
事
(
こと
)
なく
速
(
すみやか
)
に
093
下
(
くだ
)
らせ
玉
(
たま
)
へ
純世姫
(
すみよひめ
)
094
国魂神
(
くにたまがみ
)
の
御
(
おん
)
前
(
まへ
)
に
095
慎
(
つつし
)
み
敬
(
うやま
)
ひ
願
(
ね
)
ぎまつる
096
オツトドツコイ
又
(
また
)
辷
(
すべ
)
る
097
何
(
なん
)
で
是
(
これ
)
程
(
ほど
)
石
(
いし
)
コロが
098
沢山
(
たくさん
)
ころげて
居
(
ゐ
)
るのだろ
099
文明
(
ぶんめい
)
開花
(
かいくわ
)
の
今日
(
こんにち
)
は
100
どこのどこ
迄
(
まで
)
道
(
みち
)
をあけ
101
如何
(
いか
)
なる
嶮
(
けは
)
しき
山路
(
やまみち
)
も
102
三寸
(
さんずん
)
四寸
(
しすん
)
の
勾配
(
こうばい
)
で
103
自動車
(
じどうしや
)
人車
(
じんしや
)
の
通
(
とほ
)
る
様
(
やう
)
に
104
開鑿
(
かいさく
)
されてあるものを
105
コリヤ
又
(
また
)
エライ
野蛮国
(
やばんこく
)
106
アイタタ アイタタ
躓
(
つまづ
)
いた
107
草鞋
(
わらぢ
)
の
先
(
さき
)
が
切
(
き
)
れよつた
108
何程
(
なにほど
)
痛
(
いた
)
い
石路
(
いしみち
)
も
109
跣足
(
はだし
)
で
行
(
ゆ
)
かねばならないか
110
困
(
こま
)
つた
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
て
来
(
き
)
た
111
こんな
事
(
こと
)
だと
知
(
し
)
つたなら
112
草鞋
(
わらぢ
)
の
用意
(
ようい
)
をドツコイシヨ
113
ドツコイドツコイドツコイシヨ
114
して
来
(
き
)
て
居
(
を
)
つたらよかつたに
115
黒姫
(
くろひめ
)
さまはドツコイシヨ
116
年寄
(
としよ
)
り
丈
(
だけ
)
に
気
(
き
)
が
付
(
つ
)
いて
117
無花果
(
いちじゆく
)
迄
(
まで
)
も
用意
(
ようい
)
して
118
吾々
(
われわれ
)
二人
(
ふたり
)
の
饑渇
(
きかつ
)
をば
119
ヤツと
救
(
すく
)
うて
下
(
くだ
)
さつた
120
黒姫
(
くろひめ
)
さまが
負
(
お
)
うてゐる
121
草鞋
(
わらぢ
)
が
一足
(
いつそく
)
貸
(
か
)
して
欲
(
ほ
)
しい
122
さうぢやと
云
(
い
)
つて
黒姫
(
くろひめ
)
の
123
所在
(
ありか
)
はどこだか
分
(
わか
)
らない
124
ホンに
困
(
こま
)
つたドツコイシヨ
125
破目
(
はめ
)
になつたぢやないかいな
126
黒姫
(
くろひめ
)
さまがドツコイシヨ
127
いつも
乍
(
なが
)
らに
言
(
い
)
うただろ
128
お
前
(
まへ
)
は
若
(
わか
)
い
者
(
もの
)
だから
129
向意気
(
むこいき
)
計
(
ばか
)
りが
強
(
つよ
)
すぎて
130
前
(
まへ
)
と
後
(
うしろ
)
に
気
(
き
)
がつかぬ
131
旅
(
たび
)
をする
時
(
とき
)
や
如何
(
どう
)
しても
132
草鞋
(
わらぢ
)
の
用意
(
ようい
)
が
第一
(
だいいち
)
だ
133
馬鹿口
(
ばかぐち
)
叩
(
たた
)
く
其
(
その
)
ひまに
134
草鞋
(
わらぢ
)
を
作
(
つく
)
つておくがよい
135
途中
(
とちう
)
で
困
(
こま
)
る
事
(
こと
)
あると
136
口角
(
こうかく
)
泡
(
あわ
)
を
飛
(
と
)
ばしつつ
137
教
(
をし
)
へてくれた
言
(
こと
)
の
葉
(
は
)
が
138
今
(
いま
)
目
(
ま
)
のあたり
現
(
あら
)
はれて
139
後悔
(
こうくわい
)
すれ
共
(
ども
)
仕様
(
しやう
)
がない
140
あゝ
惟神
(
かむながら
)
々々
(
かむながら
)
141
神
(
かみ
)
の
御霊
(
みたま
)
の
幸
(
さち
)
はひて
142
房公
(
ふさこう
)
の
足
(
あし
)
は
少時
(
しばし
)
の
間
(
ま
)
143
獅子
(
しし
)
狼
(
おほかみ
)
の
足
(
あし
)
となり
144
跣足
(
はだし
)
で
行
(
ゆ
)
かして
下
(
くだ
)
さんせ
145
そうして
此
(
この
)
坂
(
さか
)
下
(
くだ
)
つたら
146
又
(
また
)
もや
元
(
もと
)
の
人
(
ひと
)
の
足
(
あし
)
147
造
(
つく
)
り
直
(
なほ
)
して
下
(
くだ
)
されや
148
房公
(
ふさこう
)
御
(
お
)
願
(
ねがひ
)
申
(
まを
)
します
149
ウントコドツコイ ドツコイシヨ
150
緩勾配
(
くわんこうばい
)
の
坂道
(
さかみち
)
に
151
ヒソヒソささやく
人
(
ひと
)
の
影
(
かげ
)
152
彼奴
(
あいつ
)
はテツキリ
山賊
(
さんぞく
)
だ
153
いよいよ
是
(
これ
)
から
大天狗
(
だいてんぐ
)
154
孫
(
まご
)
だと
名乗
(
なの
)
つておどさうか
155
一筋縄
(
ひとすぢなは
)
ではゆくまいぞ
156
ウントコドツコイドツコイシヨ』
157
と
唄
(
うた
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
下
(
くだ
)
つて
来
(
く
)
る。
158
緩勾配
(
くわんこうばい
)
の
坂路
(
さかみち
)
に
腰
(
こし
)
うちかけて
雑談
(
ざつだん
)
に
耽
(
ふけ
)
つてゐる
四
(
よ
)
人
(
にん
)
の
男
(
をとこ
)
、
159
二人
(
ふたり
)
の
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
て、
160
甲
(
かふ
)
『オイ
旅
(
たび
)
の
衆
(
しう
)
、
161
一寸
(
ちよつと
)
一服
(
いつぷく
)
しなさい。
162
随分
(
ずゐぶん
)
最前
(
さいぜん
)
の
暴風雨
(
ばうふうう
)
で、
163
谷路
(
たにみち
)
が
荒
(
あ
)
れて、
164
エライ
石
(
いし
)
コロ
路
(
みち
)
になつたので、
165
随分
(
ずゐぶん
)
草臥
(
くたび
)
れただろ。
166
ヤアお
前
(
まへ
)
は
跣足
(
はだし
)
だなア、
167
其奴
(
そいつ
)
ア
堪
(
たま
)
るまい、
168
如何
(
どう
)
だ、
169
足
(
あし
)
に
合
(
あ
)
ふか
知
(
し
)
らぬが、
170
俺
(
おれ
)
の
草鞋
(
わらぢ
)
を
一足
(
いつそく
)
進
(
しん
)
ぜるから、
171
之
(
これ
)
を
履
(
は
)
きなさい。
172
こんな
石
(
いし
)
の
尖
(
とが
)
つた
急坂
(
きふはん
)
を、
173
麓
(
ふもと
)
まで
下
(
くだ
)
る
迄
(
まで
)
にや、
174
コンパスが
破損
(
はそん
)
して
了
(
しま
)
ふからなア』
175
房公
(
ふさこう
)
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います。
176
ヨウ
御
(
ご
)
親切
(
しんせつ
)
に
仰有
(
おつしや
)
つて
下
(
くだ
)
さいました。
177
あゝそんなら
幾
(
いく
)
ら
出
(
だ
)
しましたら
頂
(
いただ
)
けますかなア』
178
甲
(
かふ
)
『
俺
(
おれ
)
は
草鞋売
(
わらぢうり
)
ではないぞ、
179
余
(
あま
)
り
軽蔑
(
けいべつ
)
してくれない。
180
之
(
これ
)
でも
武野村
(
たけのむら
)
の
虎公
(
とらこう
)
と
云
(
い
)
つて、
181
チツとは
名
(
な
)
を
売
(
う
)
つた
男
(
をとこ
)
だ。
182
お
前
(
まへ
)
の
難儀
(
なんぎ
)
を
見
(
み
)
るにつけ、
183
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
なと
思
(
おも
)
つたから、
184
与
(
や
)
らうと
云
(
い
)
ふのだ』
185
房公
(
ふさこう
)
『それでも
見
(
み
)
ず
知
(
し
)
らずの
方
(
かた
)
に、
186
無料
(
ただ
)
で
頂
(
いただ
)
きましては、
187
如何
(
どう
)
も
心
(
こころ
)
が
済
(
す
)
みませぬ。
188
どうぞ
御
(
ご
)
遠慮
(
ゑんりよ
)
なく
代価
(
だいか
)
を
御
(
お
)
取
(
と
)
り
下
(
くだ
)
さいませ』
189
虎公
(
とらこう
)
『
他人
(
たにん
)
らしい
水臭
(
みづくさ
)
い
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
ふな。
190
俺
(
おれ
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
信者
(
しんじや
)
だが、
191
神
(
かみ
)
さまの
教
(
をしへ
)
には
天
(
あめ
)
が
下
(
した
)
には
他人
(
たにん
)
と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
なきものぞ、
192
誰
(
たれ
)
も
彼
(
かれ
)
も、
193
生
(
い
)
きとし
生
(
い
)
ける
者
(
もの
)
は、
194
人間
(
にんげん
)
はおろか、
195
禽獣
(
きんじう
)
虫魚
(
ちうぎよ
)
草木
(
さうもく
)
に
至
(
いた
)
る
迄
(
まで
)
、
196
尊
(
たふと
)
き
神
(
かみ
)
さまの
御子
(
みこ
)
だ、
197
さうして
宇宙
(
うちう
)
一切
(
いつさい
)
は
残
(
のこ
)
らず
兄弟
(
けいてい
)
姉妹
(
しまい
)
だと
仰有
(
おつしや
)
つたぞ。
198
それだから
俺
(
おれ
)
はお
前
(
まへ
)
を
本当
(
ほんたう
)
の
兄弟
(
きやうだい
)
だと
思
(
おも
)
ふてゐるのだから、
199
遠慮
(
ゑんりよ
)
せずに
履
(
は
)
いてくれ』
200
房公
(
ふさこう
)
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います。
201
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
教
(
をしへ
)
は
偉
(
えら
)
いものだなア。
202
こんな
野蛮国
(
やばんこく
)
迄
(
まで
)
感化力
(
かんくわりよく
)
が
延
(
の
)
びてると
思
(
おも
)
へば、
203
宣伝使
(
せんでんし
)
も
馬鹿
(
ばか
)
にはならぬワイ。
204
黒姫
(
くろひめ
)
さまだつて、
205
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
は
沢山
(
たくさん
)
相
(
さう
)
に
何
(
なん
)
につけ、
206
かにつけ、
207
からかつて
来
(
き
)
たが、
208
本当
(
ほんたう
)
に
勿体
(
もつたい
)
ない
事
(
こと
)
をしたものだ。
209
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
黒姫
(
くろひめ
)
さまにお
目
(
め
)
にかかつてお
詫
(
わび
)
をしようぢやないか、
210
なア
芳公
(
よしこう
)
』
211
芳公
(
よしこう
)
は
虎公
(
とらこう
)
に
向
(
むか
)
ひ
丁寧
(
ていねい
)
に
会釈
(
ゑしやく
)
をし
乍
(
なが
)
ら、
212
芳公
『
見
(
み
)
ず
知
(
し
)
らずの
吾々
(
われわれ
)
に
対
(
たい
)
し、
213
御
(
ご
)
親切
(
しんせつ
)
に
恵
(
めぐ
)
んで
下
(
くだ
)
さいまして
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います。
214
此
(
この
)
御恩
(
ごおん
)
は
決
(
けつ
)
して
忘
(
わす
)
れませぬ。
215
此
(
この
)
房公
(
ふさこう
)
も
草鞋
(
わらぢ
)
を
切
(
き
)
つて
困
(
こま
)
つて
居
(
を
)
つた
所
(
ところ
)
、
216
あなたの
御恵
(
みめぐみ
)
に
預
(
あづか
)
り、
217
実
(
じつ
)
に
生
(
い
)
き
返
(
かへ
)
つたやうな、
218
私
(
わたし
)
迄
(
まで
)
が
思
(
おも
)
ひを
致
(
いた
)
します』
219
と
虎公
(
とらこう
)
の
親切
(
しんせつ
)
にほだされて、
220
涙
(
なみだ
)
ぐみつつ
礼
(
れい
)
を
云
(
い
)
ふ。
221
虎公
(
とらこう
)
『エヽそんな
涙
(
なみだ
)
つぽい
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
うてくれな、
222
兄弟
(
きやうだい
)
同志
(
どうし
)
ぢやないか。
223
俺
(
おれ
)
が
此
(
この
)
草鞋
(
わらぢ
)
をはいて
行
(
ゆ
)
けと
云
(
い
)
つたら、
224
お
前
(
まへ
)
の
方
(
はう
)
から……ヨシ
来
(
き
)
た、
225
はいてやろ、
226
貴様
(
きさま
)
も
中々
(
なかなか
)
気
(
き
)
の
利
(
き
)
いた
奴
(
やつ
)
だ、
227
それでこそ
俺
(
おれ
)
の
兄弟分
(
きやうだいぶん
)
だ、
228
今日
(
けふ
)
から
俺
(
おれ
)
がお
伴
(
とも
)
をさしてやるから
跟
(
つ
)
いて
来
(
こ
)
い。
229
火
(
ひ
)
の
国
(
こく
)
へ
往
(
い
)
つたら
酒
(
さけ
)
の
一杯
(
いつぱい
)
も
奢
(
おご
)
つてやる……と
斯
(
こ
)
う
元気
(
げんき
)
よう
云
(
い
)
つてくれ。
230
男
(
をとこ
)
のくせにメソメソと、
231
有難
(
ありがた
)
いの
勿体
(
もつたい
)
ないのと
言
(
い
)
うてくれると
小癪
(
こしやく
)
に
障
(
さは
)
つて
仕方
(
しかた
)
がないワ』
232
房公
(
ふさこう
)
『オイ
虎
(
とら
)
の
野郎
(
やらう
)
、
233
貴様
(
きさま
)
は
猛獣
(
まうじう
)
の
様
(
やう
)
な
名
(
な
)
だが、
234
割
(
わり
)
とは
気
(
き
)
の
弱
(
よわ
)
い
奴
(
やつ
)
だ。
235
俺
(
おれ
)
が
天狗
(
てんぐ
)
の
孫
(
まご
)
だと
思
(
おも
)
つて、
236
お
追従
(
つゐせう
)
に
一足
(
いつそく
)
よりない
草鞋
(
わらぢ
)
を
放
(
はう
)
り
出
(
だ
)
しよつたのだなア。
237
貴様
(
きさま
)
の
草鞋
(
わらぢ
)
も
大方
(
おほかた
)
破
(
やぶ
)
れてるぢやないか。
238
俺
(
おれ
)
が
此
(
この
)
草鞋
(
わらぢ
)
をはいてやつたら
貴様
(
きさま
)
如何
(
どう
)
する
積
(
つも
)
りだ。
239
訳
(
わけ
)
の
分
(
わか
)
らぬ
馬鹿者
(
ばかもの
)
だなア』
240
虎公
(
とらこう
)
『オツトお
出
(
い
)
でたな、
241
天狗
(
てんぐ
)
の
孫
(
まご
)
どん……
草鞋
(
わらぢ
)
の
一足
(
いつそく
)
位
(
くらゐ
)
無
(
な
)
くなつたつて、
242
足
(
あし
)
の
片
(
かた
)
つ
方
(
ぱう
)
位
(
くらゐ
)
千切
(
ちぎ
)
れたつて、
243
こたへるやうな
哥兄
(
にい
)
さまだと
思
(
おも
)
つて
居
(
ゐ
)
るのか。
244
天狗
(
てんぐ
)
の
孫
(
まご
)
でさへ
草鞋
(
わらぢ
)
が
切
(
き
)
れて
吠面
(
ほえづら
)
かはきやがつた
位
(
くらゐ
)
だのに、
245
此
(
この
)
虎公
(
とらこう
)
は
真跣足
(
まつぱだし
)
で
此
(
この
)
坂
(
さか
)
を
下
(
くだ
)
るのだから、
246
天狗
(
てんぐ
)
の
孫
(
まご
)
よりも
余程
(
よほど
)
偉
(
えら
)
いのだよ』
247
房公
(
ふさこう
)
『アツハヽヽヽ
此奴
(
こいつ
)
ア
面白
(
おもしろ
)
い、
248
是
(
これ
)
から
俺
(
おれ
)
の
家来
(
けらい
)
にしてやらう。
249
チツと
其
(
その
)
代
(
かは
)
りに
辛
(
つら
)
いぞ』
250
虎公
(
とらこう
)
『
何
(
なに
)
が
辛
(
つら
)
い、
251
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
は
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
生宮
(
いきみや
)
だ。
252
此
(
この
)
世
(
よ
)
に
辛
(
つら
)
い
事
(
こと
)
も、
253
怖
(
こわ
)
い
事
(
こと
)
も
知
(
し
)
らぬと
云
(
い
)
ふ
金剛
(
こんがう
)
不壊
(
ふえ
)
の
如意
(
によい
)
宝珠
(
ほつしゆ
)
見
(
み
)
た
様
(
やう
)
な
肉体
(
にくたい
)
だからなア』
254
芳公
(
よしこう
)
『オイ
虎
(
とら
)
、
255
貴様
(
きさま
)
に
一
(
ひと
)
つ
問
(
と
)
ひたい
事
(
こと
)
があるが
白状
(
はくじやう
)
するか
如何
(
どう
)
だ』
256
虎公
(
とらこう
)
『
白状
(
はくじやう
)
せいとは
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
だ。
257
丸
(
まる
)
で
俺
(
おれ
)
を
科人
(
とがにん
)
扱
(
あつかひ
)
にして
居
(
ゐ
)
やがるのだなア』
258
芳公
(
よしこう
)
『きまつた
事
(
こと
)
よ、
259
世界
(
せかい
)
の
人間
(
にんげん
)
は
何奴
(
どいつ
)
も
此奴
(
こいつ
)
も
祖神
(
おやがみ
)
さまの
目
(
め
)
から
見
(
み
)
れば
科人
(
とがにん
)
計
(
ばか
)
りだ。
260
碌
(
ろく
)
な
奴
(
やつ
)
ア
一匹
(
いつぴき
)
だつて
居
(
ゐ
)
るものぢやない。
261
皆
(
みな
)
四
(
よ
)
つ
足
(
あし
)
の
容器
(
いれもの
)
計
(
ばか
)
りぢやからなア。
262
貴様
(
きさま
)
のやうに
折角
(
せつかく
)
人間
(
にんげん
)
に
生
(
うま
)
れ
乍
(
なが
)
ら、
263
四
(
よ
)
つ
足
(
あし
)
の
様
(
やう
)
な
名
(
な
)
をつけやがつてトラ
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
だい』
264
虎公
(
とらこう
)
『アハヽヽヽ
馬鹿
(
ばか
)
にしやがるワイ。
265
ヨシ
気
(
き
)
に
入
(
い
)
つた。
266
貴様
(
きさま
)
こそ
俺
(
おれ
)
の
特別
(
とくべつ
)
の
兄弟分
(
きやうだいぶん
)
だ。
267
大方
(
おほかた
)
貴様
(
きさま
)
は
婆
(
ばば
)
の
後
(
あと
)
を
追
(
お
)
ひかけて
来
(
き
)
たウルサイ
代物
(
しろもの
)
だらう』
268
芳公
(
よしこう
)
『さうだ、
269
其
(
その
)
婆
(
ばば
)
の
所在
(
ありか
)
を
知
(
し
)
つてゐるなら、
270
包
(
つつ
)
まずかくさず、
271
一々
(
いちいち
)
芳公
(
よしこう
)
の
前
(
まへ
)
で
白状
(
はくじやう
)
致
(
いた
)
せと
云
(
い
)
ふのだ。
272
知
(
し
)
らぬの
何
(
なん
)
のと、
273
薄情
(
はくじやう
)
な
事
(
こと
)
吐
(
ぬか
)
すと、
274
鬼
(
おに
)
の
蕨
(
わらび
)
が
貴様
(
きさま
)
の
横
(
よこ
)
つ
面
(
つら
)
へ
御
(
お
)
見舞
(
みまひ
)
申
(
まを
)
すぞ』
275
虎公
(
とらこう
)
『アハヽヽヽ
一寸
(
ちよつと
)
此奴
(
こやつ
)
、
276
味
(
あぢ
)
をやりよるワイ。
277
貴様
(
きさま
)
一体
(
いつたい
)
どこの
馬
(
うま
)
の
骨
(
ほね
)
だ』
278
芳公
(
よしこう
)
『
俺
(
おれ
)
かい、
279
俺
(
おれ
)
は
自転倒
(
おのころ
)
島
(
じま
)
の
芳公
(
よしこう
)
と
云
(
い
)
つたら
誰
(
たれ
)
も
知
(
し
)
る
者
(
もの
)
は
知
(
し
)
る、
280
知
(
し
)
らぬ
者
(
もの
)
は
一寸
(
ちよつと
)
も
知
(
し
)
らぬ、
281
天下
(
てんか
)
無双
(
むさう
)
の
豪傑
(
がうけつ
)
だよ。
282
摩利支
(
まりし
)
天
(
てん
)
さまにさへ
相撲
(
すまう
)
とつて
負
(
ま
)
けたことのない
哥兄
(
にい
)
さまだからなア』
283
虎公
(
とらこう
)
『
貴様
(
きさま
)
、
284
摩利支
(
まりし
)
天
(
てん
)
とどこで
相撲
(
すもう
)
とつたのだ。
285
何程
(
なにほど
)
法螺
(
ほら
)
吹
(
ふ
)
いても、
286
其奴
(
そいつ
)
ア
通用
(
つうよう
)
しないぞ、
287
摩利支
(
まりし
)
天
(
てん
)
に
負
(
ま
)
けぬと
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
が
三千
(
さんぜん
)
世界
(
せかい
)
にあるものか。
288
そんなウソいふと、
289
貴様
(
きさま
)
、
290
死
(
し
)
んだら
目
(
め
)
がつぶれ、
291
物
(
もの
)
も
言
(
い
)
へぬやうになり、
292
体
(
からだ
)
が
動
(
うご
)
けなくなつて
了
(
しま
)
ふぞ』
293
芳公
(
よしこう
)
『
俺
(
おれ
)
は
摩利支
(
まりし
)
天
(
てん
)
の
木像
(
もくざう
)
と
相撲
(
すもう
)
とつたのだ。
294
一
(
ひと
)
つ
突
(
つ
)
いてやつたら、
295
一遍
(
いつぺん
)
に
仰向
(
あふむ
)
けにこけるのだけれど、
296
腕
(
うで
)
が
折
(
を
)
れたり
指
(
ゆび
)
が
取
(
と
)
れたりすると
面倒
(
めんだう
)
だからなア。
297
それで
怺
(
こら
)
へてやつたのだ』
298
虎公
(
とらこう
)
『アハヽヽヽ
大方
(
おほかた
)
そんな
事
(
こと
)
だと
思
(
おも
)
ふて
居
(
を
)
つたよ。
299
併
(
しか
)
し
芳公
(
よしこう
)
、
300
貴様
(
きさま
)
も
小相撲
(
こずもう
)
の
一
(
ひと
)
つも
取
(
と
)
れさうな
体
(
からだ
)
をしてゐるが、
301
相撲
(
すもう
)
とつたことがあるのか』
302
芳公
(
よしこう
)
『あらいでかい、
303
相撲道
(
すもうだう
)
の
名人
(
めいじん
)
だ。
304
自転倒
(
おのころ
)
島
(
じま
)
の
横綱
(
よこづな
)
芳野川
(
よしのがは
)
と
云
(
い
)
つたら
俺
(
おれ
)
のことだ。
305
貴様
(
きさま
)
の
耳
(
みみ
)
は
余程
(
よほど
)
遅手耳
(
おくてみみ
)
だなア』
306
房公
(
ふさこう
)
『オイ
虎公
(
とらこう
)
、
307
此
(
この
)
芳公
(
よしこう
)
はなア、
308
随分
(
ずゐぶん
)
口
(
くち
)
は
達者
(
たつしや
)
だが、
309
相撲
(
すもう
)
にかけたら、
310
随分
(
ずゐぶん
)
惨
(
みじ
)
めなものだよ。
311
芳野川
(
よしのがは
)
なんて、
312
ソラ
隣
(
となり
)
に
住
(
す
)
んで
居
(
を
)
つた
相撲取
(
すもうとり
)
のことだ。
313
此奴
(
こいつ
)
ア
鍋蓋
(
なべぶた
)
と
云
(
い
)
ふ
力士
(
りきし
)
だ。
314
取
(
と
)
つたが
最後
(
さいご
)
、
315
すぐに
仰向
(
あふむ
)
くといふ
代物
(
しろもの
)
だからなア』
316
虎公
(
とらこう
)
『オウ
一
(
ひと
)
つ
鍋蓋
(
なべぶた
)
、
317
此
(
この
)
虎ケ岳
(
とらがだけ
)
と
一勝負
(
ひとしようぶ
)
、
318
此処
(
ここ
)
でやらうぢやないか』
319
芳公
(
よしこう
)
『オウ
面白
(
おもしろ
)
からう。
320
やらぬ
事
(
こと
)
はないが、
321
斯
(
こ
)
んな
石原
(
いしはら
)
では
面白
(
おもしろ
)
くねえ、
322
少
(
すこ
)
し
平地
(
へいち
)
へ
行
(
い
)
つて、
323
更
(
あらた
)
めて
取
(
と
)
る
事
(
こと
)
にしようかい。
324
俺
(
おれ
)
は
今日
(
けふ
)
から
漆山
(
うるしやま
)
と
改名
(
かいめい
)
するから、
325
俺
(
おれ
)
に
触
(
さは
)
つたらすぐに
負
(
ま
)
けるから、
326
其
(
その
)
覚悟
(
かくご
)
で
居
(
を
)
つたがよいワイ』
327
虎公
(
とらこう
)
『うるさい
漆山
(
うるしやま
)
だなア』
328
房公
(
ふさこう
)
『オイ
虎ケ岳
(
とらがだけ
)
、
329
こんな
漆山
(
うるしやま
)
と
相撲
(
すもう
)
なんか
取
(
と
)
るものぢやない。
330
貴様
(
きさま
)
の
沽券
(
こけん
)
が
下
(
さ
)
がるよ。
331
此奴
(
こいつ
)
ア、
332
相撲
(
すもう
)
取
(
と
)
つて、
333
ついぞ
勝
(
か
)
つたことのない
奴
(
やつ
)
だからなア』
334
芳公
(
よしこう
)
『
喧
(
やかま
)
しう
言
(
い
)
ふない。
335
俺
(
おれ
)
ん
所
(
ところ
)
のお
滝
(
たき
)
が
何時
(
いつ
)
もなア……
角力
(
すまう
)
にや
負
(
ま
)
けても
怪我
(
けが
)
さへなけりや、
336
晩
(
ばん
)
にや
私
(
わたし
)
が
負
(
ま
)
けて
上
(
あ
)
げよ……と
吐
(
ぬか
)
しやがるのだから、
337
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
色男
(
いろをとこ
)
だ。
338
貴様
(
きさま
)
なぞの
燕雀
(
えんじやく
)
の
容喙
(
ようかい
)
すべき
所
(
ところ
)
ぢやない。
339
弱
(
よわ
)
い
奴
(
やつ
)
ア
弱
(
よわ
)
い
奴
(
やつ
)
らしくスツ
込
(
こ
)
んでをれ』
340
房公
(
ふさこう
)
『オイ
鍋蓋
(
なべぶた
)
、
341
貴様
(
きさま
)
は
聖地
(
せいち
)
で
宮相撲
(
みやずもう
)
のあつた
時
(
とき
)
如何
(
どう
)
だつた。
342
鬼ケ岳
(
おにがだけ
)
と
貴様
(
きさま
)
と
取
(
と
)
つた
時
(
とき
)
、
343
たしか
二番
(
にばん
)
勝負
(
しようぶ
)
だつたなア』
344
虎公
(
とらこう
)
『ソラ
面白
(
おもしろ
)
い、
345
其
(
その
)
時
(
とき
)
の
勝負
(
しようぶ
)
を
聞
(
き
)
かしてくれ、
346
どうだつた、
347
キツと
負
(
ま
)
けただらう』
348
房公
(
ふさこう
)
『
其
(
その
)
時
(
とき
)
は
此
(
この
)
鍋蓋
(
なべぶた
)
奴
(
め
)
……』
349
と
言
(
い
)
はうとする。
350
あわてて
口
(
くち
)
に
手
(
て
)
を
当
(
あ
)
て、
351
芳公
(
よしこう
)
『コリヤ
天機
(
てんき
)
洩
(
も
)
らす
可
(
べか
)
らずだ。
352
言
(
い
)
はいでも
分
(
わか
)
つてるワイ。
353
互角
(
ごかく
)
の
勝負
(
しようぶ
)
だつたよ』
354
虎公
(
とらこう
)
『さうすると
一番
(
いちばん
)
宛
(
づつ
)
勝
(
か
)
つたのだな』
355
芳公
(
よしこう
)
『
初
(
はじめ
)
の
勝負
(
しようぶ
)
には
都合
(
つがふ
)
が
悪
(
わる
)
うて、
356
此
(
この
)
鍋蓋
(
なべぶた
)
が
鬼ケ岳
(
おにがだけ
)
に
負
(
ま
)
けたのだ。
357
次
(
つぎ
)
の
勝負
(
しようぶ
)
には、
358
向
(
むか
)
うが
勝
(
か
)
つたのだ。
359
つまり
先
(
さき
)
に
俺
(
おれ
)
が
負
(
ま
)
けて、
360
此度
(
こんど
)
は
先方
(
むかふ
)
が
勝
(
か
)
つたのだよ』
361
虎公
(
とらこう
)
『アハヽヽヽ
大方
(
おほかた
)
そんな
事
(
こと
)
だと
思
(
おも
)
つて
居
(
を
)
つた』
362
房公
(
ふさこう
)
『
余
(
あま
)
り
相撲
(
すもう
)
の
話
(
はなし
)
で、
363
黒姫
(
くろひめ
)
の
所在
(
ありか
)
を
白状
(
はくじやう
)
さすのを
忘
(
わす
)
れて
居
(
を
)
つた。
364
サア
切
(
き
)
り
切
(
き
)
りチヤツと
申上
(
まをしあ
)
げぬか』
365
虎公
(
とらこう
)
『
喧
(
やかま
)
し
言
(
い
)
ふない。
366
俺
(
おれ
)
の
行
(
ゆ
)
く
所
(
ところ
)
へ
従
(
つ
)
いて
来
(
き
)
さへすれば
分
(
わか
)
るのだ。
367
何事
(
なにごと
)
も
三五教
(
あななひけう
)
は
不言
(
ふげん
)
実行
(
じつかう
)
だからなア。
368
詞
(
ことば
)
多
(
おほ
)
ければ
品
(
しな
)
少
(
すくな
)
し……と
云
(
い
)
ふことがある、
369
黙
(
だま
)
つて
従
(
つ
)
いて
来
(
こ
)
い』
370
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
371
虎公
(
とらこう
)
外
(
ほか
)
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
二人
(
ふたり
)
の
先
(
さき
)
に
立
(
た
)
ち、
372
急坂
(
きふはん
)
を
下
(
くだ
)
り、
373
稍
(
やや
)
緩勾配
(
くわんこうばい
)
の
曲
(
まが
)
り
道
(
みち
)
になつた
所
(
ところ
)
より
坂路
(
さかみち
)
を
左
(
ひだり
)
に
越
(
こ
)
え、
374
小
(
ちひ
)
さい
山
(
やま
)
の
尾
(
を
)
を
二
(
ふた
)
つ
三
(
み
)
つ
廻
(
まは
)
つて
建日
(
たけひ
)
の
館
(
やかた
)
へ
指
(
さ
)
して
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
くのであつた。
375
(
大正一一・九・一三
旧七・二二
松村真澄
録)
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