霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 惚泥(でれどろ)〔一四四一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻 篇:第3篇 月照荒野 よみ(新仮名遣い):げっしょうこうや
章:第11章 惚泥 よみ(新仮名遣い):でれどろ 通し章番号:1441
口述日:1923(大正12)年03月16日(旧01月29日) 口述場所:竜宮館 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
日は暮れて、三人は月の光をたよりにテルモン山へ進んで行く。草丈が短い場所に出て、毒蛇の危険から免れたと思ったが、向こうの松林の中に覆面をした黒装束の男が通っている。
求道居士とケリナは、早くもベルが金を奪いにやってきたことを悟った。しかしヘルの言動がだんだんおかしくなり、求道居士が持っているという一万両をなんとか渡してほしいと言いだした。
求道居士は、一万両は心の中に持っているので実際は持っていないのだとヘルに説明した。ケリナは、ヘルはベルと八百長芝居をして金を奪おうとしているだけだと看破した。
ヘルとベルは自棄になって正体を現し、求道居士に金を要求した。求道は着物を脱いで本当に一文も持っていないことを証明した。ヘルとベルは、こうなったらケリナをものにしようと求道居士に襲い掛かり、殴り倒してしまった。
ケリナは二人を争わせておいて、どちらにも身を任せることを拒絶した。ヘルとベルは怒ってケリナの頭に棒を打ち下ろした。
ケリナが打ち倒れると、一大火光が天を焦がして降ってきた。ヘルとベルは驚いて、森林の中を逃げて行ってしまった。これは第一霊国から月照彦命が、二人の危難を救うべく下られたのであった。
求道とケリナが気が付くと、桃色の薄絹を着した麗しきエンゼルが立っていた。うれし涙にかきくれる二人に月照彦命は、神の大道を誤らず身をもって道のために殉じた志を賞した。
月照彦命は、テルモン山に帰るまでにもう一度試みに遭うであろうことを二人に気を付けた。そして、自分の命を惜しむようなことでは世を救うことはできないから、何事も神に任せて救いの道を開くように諭した。
二人は、紫の雲に乗って帰らせ給う月照彦命の後ろ姿を伏し拝んだ。二人は感謝の涙に暮れつつ、天の数歌を称えながらテルモン山を指して進んで行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-06-21 16:57:59 OBC :rm5611
愛善世界社版:156頁 八幡書店版:第10輯 204頁 修補版: 校定版:164頁 普及版:76頁 初版: ページ備考:
001 求道(きうだう)居士(こじ)はヘル、002ケリナ(ひめ)(とも)に、003テルモン(ざん)小国別(をくにわけ)(やかた)をさして、004(くさ)茫々(ばうばう)たる原野(げんや)(すす)()く。005人通(ひとどほ)りも(すくな)く、006一面(いちめん)原野(げんや)には()(ぼつ)する(ばか)りの雑草(ざつさう)()(しげ)り、007所々(ところどころ)荊蕀(いばら)(むれ)点在(てんざい)し、008(おも)つたやうに(みち)(はかど)らない。009種々(いろいろ)(はな)原野(げんや)一面(いちめん)()(にほ)うて()る、010時々(ときどき)足許(あしもと)蚖蛇(ぐわんだ)(あら)はれ行歩(かうほ)(はなは)危険(きけん)である。
011 ()はずつぽりと()れて()た。012(つき)東方(とうはう)(くさむら)(なか)から(のぞ)(はじ)めた。013(きた)にはテルモン(ざん)高峰(かうほう)巍然(ぎぜん)として(ひか)へて()る。014(ゆふべ)(かぜ)(おく)られて晩鐘(ばんしよう)(こゑ)いと(さび)しげに諸行(しよぎやう)無常(むじやう)(ひび)()る。015白赤斑(しろあかまんだら)(からす)(そら)(ふう)じてテルモン(ざん)方面(はうめん)さしてガアガアと()(なが)(かへ)()(いそ)いで()る。016(さん)(にん)(つき)(ひかり)便(たよ)りに(すす)んで()つた。017(しか)(なが)足許(あしもと)匍匐(ほふく)してゐる蚖蛇(ぐわんだ)危険(きけん)(まぬが)るる(こと)到底(たうてい)出来(でき)ない。018何程(なにほど)(つき)(のぼ)りかけても長細(ながほそ)雑草(ざつさう)(へだ)てられ、019()(ひる)(ごと)くハツキリしない、020()(あやま)つて蚖蛇(ぐわんだ)()でも()まうものなら、021(たちま)()みつかれ、022即座(そくざ)(いのち)(おと)さねばならぬ危険(きけん)がある。023求道(きうだう)居士(こじ)惟神(かむながら)(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)(とな)(また)024(あま)数歌(かずうた)奏上(そうじやう)(なが)(すす)んで()く、025ヘル(およ)びケリナ(ひめ)(いま)神徳(しんとく)()らずとして数歌(かずうた)(とな)ふる(こと)遠慮(ゑんりよ)し、026ヘルはバラモンの(きやう)(とな)(なが)二人(ふたり)(あと)()いて()く。
 
027 (わく)()(あく)()(せつ)  (どく)(りう)(しよ)()(とう)
028 (ねん)()(くわん)(のん)(りき)  ()(しつ)()(かん)(がい)
029 (にやく)(あく)(じう)()(ねう)  ()()(さう)()()
030 (ねん)()(くわん)(のん)(りき)  (しつ)(そう)()(へん)(ぱう)
031 (ぐわん)(じや)(ぎう)(ぶく)(かつ)  ()(どく)(えん)(くわ)(ねん)
032 (ねん)()(くわん)(のん)(りき)  (じん)(じやう)()()()
033 (うん)(らい)()(せい)(でん)  (ごう)(ばく)(じゆ)(だい)()
034 (ねん)()(くわん)(のん)(りき)  (おう)()(とく)(せう)(さん)観音経の一節
 
035(とな)へながら(すす)んで()く。036(さいはひ)経文(きやうもん)(ちから)でもあらうか、037毒蛇(どくじや)(あら)はれず(やや)(ひろ)(くさ)(みじか)(ところ)()た。038まだこれからはテルモン(ざん)(ふもと)へは(わが)(こく)里程(りてい)換算(なほ)して()()以上(いじやう)もある。039さうして(やま)(いち)()(ばか)(あが)らねばならぬ。040そこが小国別(をくにわけ)(やかた)であつた。041(さん)(にん)はやつと危険(きけん)区域(くゐき)(のが)れ、042白楊樹(はくやうじゆ)(ふもと)に、043(をり)からさし(のぼ)(つき)(なが)めながら、044(こし)(おろ)して休息(きうそく)した。045(この)(とき)覆面(ふくめん)頭巾(づきん)黒装束(くろしやうぞく)をした(をとこ)046ノソリノソリと(はるか)(むか)ふの松林(まつばやし)(とほ)るのが()えた。047ヘルは目敏(めざと)(これ)()て、
048ヘル『もし先生(せんせい)049(いま)彼方(あちら)(あや)しの(かげ)(とほ)りましたが、050あれは一体(いつたい)(なん)でせうかな』
051求道(きうだう)『ウン、052あれは泥坊(どろばう)()える。053(なに)(わる)目的(もくてき)(もつ)旅人(たびびと)(かす)めようとやつて()たのだらうが、054先方(せんぱう)一人(ひとり)055此方(こちら)(さん)(にん)だから到底(たうてい)駄目(だめ)だと(おも)うて、056(みち)()れたのであらう。057アア可愛(かあい)さうな(をとこ)だなア。058(この)()(なか)()すべき事業(じげふ)沢山(たくさん)あるに、059どうして泥坊(どろばう)なんかするのか、060どうかして(たす)けてやりたいものだが、061もはや何処(どこ)かへ()つて(しま)つた』
062ヘル『もし先生(せんせい)063もう泥坊(どろばう)(たす)けるのはお()めなさい。064あのベルだつてあの(とほ)りですもの。065ゼネラルさまから沢山(たくさん)のお(かね)(いただ)き、066もう(これ)()泥坊(どろばう)はやらないと()うて()(なが)ら、067まだ精神(せいしん)(なほ)らないのですから、068駄目(だめ)ですよ』
069求道(きうだう)『それでもお(まへ)改心(かいしん)したぢやないか。070ベルのやうな(をとこ)のみはあるまい。071あれでも時節(じせつ)()たならば、072きつと改心(かいしん)するだらう』
073ヘル『そりやさうです。074(わたし)(じつ)はゼネラル(さま)からお(かね)(いただ)き、075これつきり泥坊(どろばう)()めて正業(せいげふ)()かうと(おも)ふて()ましたに、076つい悪友(あくいう)(ため)折角(せつかく)決心(けつしん)(にぶ)り、077益々(ますます)悪事(あくじ)増長(ぞうちよう)して(しまひ)には(ひと)(ころ)し、078(その)天罰(てんばつ)であの()関所(せきしよ)(まで)やられて()たやうな悪人(あくにん)が、079(いま)(やうや)改心(かいしん)して貴方(あなた)のお(とも)するやうになつたのですから、080泥坊(どろばう)だつて改心(かいしん)せないには(かぎ)つて()りませぬ。081(しか)(なが)今日(けふ)はケリナさまを(おく)つて()かねばなりませぬから、082途中(とちう)泥坊(どろばう)出会(であ)つても相手(あひて)にならないやうにして(くだ)さいませや』
083求道(きうだう)『ウン、084承知(しようち)した。085(しか)(なが)らベツタリ出会(であ)つた(とき)にや、086先方(むかふ)改心(かいしん)せうと、087しまいと、088一応(いちおう)訓戒(くんかい)(あた)へねばならぬ。089魔道(まだう)()ちたる人間(にんげん)を、090修験者(しゆげんじや)として見捨(みすて)(わけ)には()かぬからなア』
091ヘル『それもさうですなア。092()()くそんなものに出会(であ)はないやうに、093(かみ)(さま)(ねが)つて(まゐ)りませうか』
094ケリナ『もしお二人(ふたり)(さま)095あの(あや)しい(かげ)()うも(わたし)はベルのやうに(おも)ひますが、096(ちが)ひませうかな』
097求道(きうだう)『ケリナさまのお(さつ)しの(とほ)りだ。098間違(まちが)ひはありますまい』
099ヘル『エ、100あの(かげ)がベルぢやと仰有(おつしや)るのですか、101そいつは()しからぬ。102吾々(われわれ)疲労(くたぶ)れて野宿(のじゆく)でもせうものなら、103寝込(ねこみ)(かんが)へて先生(せんせい)のお(かね)()らうと()(かんが)へで()よつたのでせう。104仕方(しかた)()(やつ)ですなア』
105求道(きうだう)『ウン仕方(しかた)()(やつ)だ。106何程(なにほど)改心(かいしん)して()ても(かね)(かほ)()ると、107(すぐ)(また)(あく)(かへ)るのが小人(せうじん)(つね)だ。108(まへ)(おれ)(ふところ)()つて()一万(いちまん)(りやう)(かね)()しい(こと)()いか』
109ヘル『(べつ)に……たつて()しいとは(まを)しませぬ。110(しか)貴方(あなた)()らうと仰有(おつしや)れば(いただ)きます。111これから修験者(しゆげんじや)になつて世界(せかい)(ある)かうと(おも)へば旅費(りよひ)()りますからなア』
112求道(きうだう)『さうすると矢張(やつぱ)りお(まへ)油断(ゆだん)のならない(をとこ)だ。113トコトンの改心(かいしん)中々(なかなか)出来(でき)ぬものと()えるのう』
114ヘル『人間(にんげん)如何(いか)(かみ)(さま)御子(みこ)ぢやと()つても、115天国(てんごく)地獄(ぢごく)との(あひだ)介在(かいざい)して()以上(いじやう)は、116(ぜん)(ばか)りでは到底(たうてい)()()つていく(こと)出来(でき)ませぬ。117内的(ないてき)生活(せいくわつ)如何(いか)やうにも出来(でき)ませうが、118衣食住(いしよくぢゆう)(ため)(くる)しまねばならぬ肉体(にくたい)は、119多少(たせう)自愛心(じあいしん)必要(ひつえう)(ござ)いますからなア』
120求道(きうだう)刹帝利(せつていり)毘舎(びしや)や、121首陀(しゆだ)なれば、122多少(たせう)自愛(じあい)(こころ)生存中(せいぞんちゆう)必要(ひつえう)だらうが、123最早(もはや)修験者(しゆげんじや)となると(きま)つた以上(いじやう)(かね)などは必要(ひつえう)はない。124(かみ)のまにまに野山(のやま)()し、125(しよく)あれば(しよく)()り、126(しよく)なければ(みづ)()み、127(みづ)()ければ(くさ)でも()んで()くのが修験者(しゆげんじや)(つと)めだ。128一切(いつさい)物欲(ぶつよく)()てねば(かみ)使(つかひ)となる(こと)出来(でき)ないからのう』
129ヘル『成程(なるほど)130(おほ)御尤(ごもつと)もで(ござ)います。131(しか)(なが)貴方(あなた)修験者(しゆげんじや)身分(みぶん)であり(なが)ら、132一万(いちまん)(りやう)(かね)()つて()ると仰有(おつしや)つたぢやありませぬか、133どうも仰有(おつしや)(こと)矛盾(ホコトン)して()るやうに(おも)はれてなりませぬがなア』
134求道(きうだう)『ハハハハハ、135(わたし)実際(じつさい)無一物(むいつぶつ)だ。136(しか)(なが)(こころ)(うち)一万(いちまん)(りやう)()つて()るのだ。137どうかして(これ)()()したいと(おも)ふて()るが、138まだ罪業(ざいごふ)()たないと()えて除去(ぢよきよ)する(こと)出来(でき)ないのだ。139(おれ)一万(いちまん)(りやう)()ふのは、140我慢(がまん)141高慢(かうまん)142自慢(じまん)143忿慢(ふんまん)144慢心(まんしん)()悪竜(あくりう)一匹(いつぴき)(のこ)つて()ると()(こと)なのだ。145(この)一万竜(いちまんりよう)(なん)とかして()()さなくては、146比丘(びく)になつても天地(てんち)(はづ)かしくて仕方(しかた)がないから、147宣伝使(せんでんし)でもなければ俗人(ぞくじん)でも()い、148半聖(はんせい)半俗(はんぞく)境遇(きやうぐう)彷徨(さまよ)ひ、149修験者(しゆげんじや)となつて()るのだ。150どうぞして()神徳(しんとく)(いただ)き、151宣伝使(せんでんし)候補者(こうほしや)にでもなりたいものだが、152仲々(なかなか)容易(ようい)(こと)ではない、153それがために(じつ)(こま)つて()るのだ』
154ヘル『(わたし)(また)本当(ほんたう)のお(かね)一万(いちまん)(りやう)懐中(ぽつぽ)()つて(ござ)るのかと、155(かた)(しん)じて()りました。156先生(せんせい)(くち)でこそ恬淡(てんたん)無欲(むよく)らしう()せて(ござ)るが、157矢張(やつぱ)内心(ないしん)は、158マンモニストだと(おも)つて()たに、159(かたち)(うへ)(たから)(ちつと)()つて()られないのですか。160それで(わたし)疑団(ぎだん)()れました。161ベルの(やつ)本当(ほんたう)貴方(あなた)現金(げんきん)所持(しよぢ)して()ると(おも)ひ、162こんな(ところ)(まで)()いて()たかと(おも)へば可憐(かあい)さうぢやありませぬか』
163ケリナ『ホホホホホ、164ヘルも可憐(かあい)さうぢやありませぬか。165貴方(あなた)だつてベルと八百長(やほちやう)喧嘩(げんくわ)をして、166(うま)修験者(しゆげんじや)(たぶら)かし、167一万(いちまん)(りやう)(かね)()らうと(おも)つて()たのでせう。168そんな(こと)はチヤンと、169(わたくし)先生(せんせい)看破(かんぱ)してゐたのですよ。170この(あたり)諜合(しめしあ)はし、171ボツタクル(かんが)へであつたのでせう』
172求道(きうだう)『アハハハハ、173オイ、174ヘル、175もう駄目(だめ)だ。176(おれ)(たち)(まへ)にはどんな(あく)(ほどこ)すの余地(よち)がないぞ。177本当(ほんたう)改心(かいしん)するか、178どうだ』
179ヘル『ヘン馬鹿(ばか)らしい、180素寒貧(すかんぴん)(もん)なしに()いて()たかと(おも)へば業腹(ごふはら)だ。181オーイ、182ベル一寸(ちよつと)()い、183此奴(こいつ)はあんな(こと)()やがつて一万(いちまん)(りやう)()つてけつかるに(ちが)ひない、184(はや)()い、185ヤーイ』
186呶鳴(どな)()した。187(たちま)()けて()たベルは威猛高(ゐたけだか)になり、
188ベル『アハハハハ、189(いま)(まで)はバラモン(ぐん)上官(じやうくわん)で、190カーネル カーネルと尊敬(そんけい)して()たが、191もうそんな(ざま)になつて零落(おちぶれ)()以上(いじやう)一個(いつこ)修験者(しゆげんじや)だ。192サア綺麗(きれい)薩張(さつぱ)りと(ふところ)(かね)(わた)せばよし、193グヅグヅ(ぬか)すと肝腎要(かんじんかなめ)(いのち)(あぶ)ないぞ。194サアどうだ、195返答(へんたふ)()かう』
196求道(きうだう)『ハハハハハ、197(わか)らん(やつ)だなア、198(おれ)(からだ)何処(どこ)なりと調(しら)べて()よ、199一文(いちもん)()つて()やしないわ』
200ベル『そんなら(はや)裸体(はだか)になつて()せろ』
201 求道(きうだう)はムクムクと真裸体(まつぱだか)になり、202(うす)着物(きもの)をはたき(なが)ら、203二人(ふたり)(まへ)()()した。
204ヘル『ハハア、205矢張(やつぱ)駄目(だめ)だな。206(しか)(なが)らこのナイスをどうしても自分(じぶん)(もの)にせなくては(うそ)だ。207それについては(この)修験者(しゆげんじや)()ると何彼(なにか)邪魔(じやま)になる。208サア(ついで)バラさうぢやないか』
209 求道(きうだう)(しき)りに(あま)数歌(かずうた)奏上(そうじやう)(はじ)めた。210ヘル、211ベルの両人(りやうにん)(すこ)しも頓着(とんちやく)せず、212ベルの()つて()二本(にほん)棒千切(ぼうちぎれ)()つて双方(さうはう)より()つてかかる。213ケリナは白楊樹(はくやうじゆ)()きついて(ふる)うて()る。214求道(きうだう)居士(こじ)真裸体(まつぱだか)のまま一生(いつしやう)懸命(けんめい)(ふせ)(たたか)うた。215されど一本(いつぽん)木切(きぎれ)()つて()ない真裸体(まつぱだか)求道(きうだう)は、216二人(ふたり)(ため)()のめされ(その)()絶命(ことぎれ)となつて(しま)つた。217両人(りやうにん)(ひや)やかに(わら)(なが)ら、
218ベル、ヘル『アハハハハ、219どうやらこれで(おれ)(たち)にもハツピネスが見舞(みま)うて()たらしい。220サア(これ)からがナイスの(ばん)だ。221(なん)()つても()うなれば此方(こつち)自由(じいう)だ。222オイ、223ケリナとやら、224(おれ)(たち)二人(ふたり)意志(いし)(したが)ふかどうだ』
225ケリナ『肝腎(かんじん)修験者(しゆげんじや)(まで)が、226(この)(とほ)りなられたので(ござ)いますから、227(をんな)細腕(ほそうで)抵抗(ていかう)して()(ところ)仕様(しやう)(ござ)いませぬ。228()意見(いけん)(したが)ひませう、229(しか)しラマ(けう)のやうに多夫(たふ)一妻(いつさい)主義(しゆぎ)はどうも面白(おもしろ)(ござ)いませぬ。230何方(どちら)かお一人(ひとり)(ねが)()いもので(ござ)いますなア』
231ベル『成程(なるほど)(まへ)()ふのも(もつと)もだ。232まだお(まへ)はバージン姿(すがた)だから到底(たうてい)(たれ)(すき)だの(きら)ひだのと()(こと)はよう()ふまいから、233(ひと)(ここ)(おれ)(たち)二人(ふたり)抽籤(ちうせん)をやつて、234(いち)()(はう)がお(まへ)女房(にようばう)にすると()(こと)()めようかなア』
235ケリナ『物品(ぶつぴん)(なに)かのやうに抽籤(ちうせん)とは(あま)りぢや(ござ)いませぬか、236どうか(わたくし)(えら)まして(いただ)(わけ)には()きますまいかなア』
237ベル『ウン、238それも一方法(いちはうはふ)だ。239善悪(ぜんあく)美醜(びしう)をトランセンドして、240(まへ)(ほん)守護神(しゆごじん)得心(とくしん)した(はう)()いたが()からう。241スタイルは(みにく)うても(こころ)綺麗(きれい)(をとこ)らしい(をとこ)もあり、242何程(なにほど)スタイルは()くても、243(こころ)(きたな)卑劣(ひれつ)(をとこ)もあるからなア、244そこはそれ選択(せんたく)(あやま)らない(やう)にしたがよろしからうぞ』
245ケリナ『そりやさうで(ござ)いますな。246(なん)()つても(をとこ)らしい(をとこ)で、247何処(どこ)ともなしに同情心(どうじやうしん)のある(やさ)()のある(かた)()きですわ、248(ひと)(たた)(ころ)して()けてもやらないやうな(かた)絶対(ぜつたい)(きら)ひです』
249ベル『成程(なるほど)(おれ)最前(さいぜん)からヘルの(ぼう)(あた)つて()んだ修験者(しゆげんじや)同情(どうじやう)(なみだ)(そそ)いで、250どうか死骸(しがい)でも(かく)して()()いと(おも)うて()(ところ)だ。251(あま)(つま)選択(せんたく)()いて()()られて()つたものだからウツかりして()た。252(これ)もお(まへ)(あい)する(こころ)(ふか)いのだから、253(けつ)して(わる)くは(おも)うて(くだ)さるな』
254ケリナ『(をんな)美貌(びばう)(うつつ)()かして仮令(たとへ)ヘルが(ころ)したにもせよ、255死屍(しし)(よこ)たはつて()るのを()(かく)してやらうともせぬ(をとこ)(きら)ひですわ、256(まへ)(ぼう)(あた)つて()ななくても(おな)(こと)ですよ。257矢張(やつぱ)二人(ふたり)して(ころ)すといふ(かんが)へだつたのでせう。258(おな)悪人(あくにん)()(まか)(ほど)なら、259スタイルの(うつく)しいヘルさまに()(まか)しますわ』
260ヘル『エヘヘヘヘ、261オイ、262ベルどうだ、263(こひ)凱旋(がいせん)将軍(しやうぐん)(さま)だ。264(おそ)()つたか』
265ベル『ヘン馬鹿(ばか)にするない、266(いろ)年増(としま)(とど)()す」と()つて最後(さいご)勝利(しようり)(おれ)()(にぎ)つて()るのだ』
267ヘル『馬鹿(ばか)()へ、268()本人(ほんにん)承諾(しようだく)しない(こひ)(なん)になるか、269生憎(あいにく)(さま)だ、270イヒヒヒヒ』
271ケリナ『ホホホホホ、272(そろ)ひも(そろ)ふたデレ(どろ)(こと)273(たれ)がお(まへ)のやうな馬鹿者(ばかもの)()(まか)すものがありますか、274よい加減(かげん)自惚(うぬぼれ)をして()きなさい』
275ベル『オイ、276何程(なにほど)美人(びじん)だと()つてもこれだけ侮辱(ぶじよく)せられては、277女房(にようばう)にする(わけ)にも馬鹿(ばか)らしくて出来(でき)ぬぢやないか、278(ついで)此奴(こいつ)一緒(いつしよ)にバラしてやらうかい』
279ヘル『ウンさうだ。280かう愛想(あいさう)()かしを()はれては()やうがない。281(をんな)世界(せかい)幾人(いくら)でもある。282(この)(をんな)()かして()いては修験者(しゆげんじや)(ころ)したのは(おれ)(たち)だと()つて(もら)うと、283(ちつと)(ばか)剣呑(けんのん)だから、284やつつけて仕舞(しま)はうよ』
285 ベルは、
286ベル『よし合点(がつてん)だ』
287矢庭(やには)棒千切(ぼうちぎれ)をもつて()つてかかる。288ケリナは白楊樹(はくやうじゆ)(たて)()つて()(のが)れようとする。289ヘルは(また)もや棒千切(ぼうちぎれ)をもつて脳天(なうてん)目蒐(めが)けて()(おろ)した。290(あはれ)やケリナはキヤツと悲鳴(ひめい)()(その)()()(たふ)れた。291()(とき)(てん)(こが)して(くだ)()一大(いちだい)火光(くわくわう)があつた、292二人(ふたり)(おどろ)いて(くも)(かすみ)森林(しんりん)(なか)()げて()く。293火団(くわだん)(たちま)二人(ふたり)(たふ)れて()(まへ)降下(かうか)した。294(これ)第一(だいいち)霊国(れいごく)より月照彦(つきてるひこの)(みこと)が、295二人(ふたり)危難(きなん)(すく)ふべく(かみ)(めい)()びて(くだ)られたのである。296二人(ふたり)(やうや)火団(くわだん)落下(らくか)した(おと)()()き、297四辺(あたり)()れば、298桃色(ももいろ)薄絹(うすぎぬ)(ちやく)した(うるは)しきエンゼルが()つて()る。299求道(きうだう)居士(こじ)拍手(はくしゆ)再拝(さいはい)して救命(きうめい)(おん)感謝(かんしや)した。300ケリナも(また)エンゼルを(をが)一言(ひとこと)(はつ)せず、301(うれ)(なみだ)にかき()れて()る。302エンゼルは言葉(ことば)(しづか)両人(りやうにん)(むか)ひ、
303エンゼル『(なんぢ)()両人(りやうにん)304(かみ)大道(だいだう)(あやま)らず、305()をもつて(みち)(ため)(じゆん)じたる(その)(こころざし)見上(みあ)げたものだ。306(その)(はう)(こころざし)(めん)じ、307霊国(れいごく)より(なんぢ)()(すく)ふべく(くだ)つて()た。308(われ)月照彦(つきてるひこの)(かみ)なり。309随分(ずいぶん)()をつけてテルモン(ざん)(かへ)つたがよからう。310それ(まで)に、311一度(いちど)(こころ)みに()(こと)があるだらう。312屹度(きつと)自分(じぶん)(いのち)(をし)むやうな(こと)では()(すく)(こと)出来(でき)ないから、313何事(なにごと)(かみ)(まか)して(すく)ひの(みち)(ひら)いたらよからう。314さらば』
315一言(ひとこと)(のこ)し、316(むらさき)(くも)()つて(ひがし)(そら)()して(かへ)らせたまふた。317二人(ふたり)後姿(うしろすがた)伏拝(ふしをが)み、318感謝(かんしや)(なみだ)()れつつ、319(あま)数歌(かずうた)(とな)へながらテルモン(ざん)()して(かへ)()く。
320赤心(まごころ)(つらぬ)(とほ)(くは)(ゆみ)
321(とど)かざらめや(かみ)御国(みくに)へ。
322大正一二・三・一六 旧一・二九 於竜宮館 加藤明子録)
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