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第五章 横恋慕(よこれんぼ)〔一八一一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下 篇:第1篇 復活転活 よみ(新仮名遣い):ふっかつてんかつ
章:第5章 横恋慕 よみ(新仮名遣い):よこれんぼ 通し章番号:1811
口述日:1925(大正14)年08月19日(旧06月30日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年11月7日
概要: 舞台:御霊城 あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる] 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2020-05-25 08:28:26 OBC :rm64b05
愛善世界社版:62頁 八幡書店版:第11輯 519頁 修補版: 校定版:63頁 普及版:63頁 初版: ページ備考:
001 ヤクの(あと)をおつかけて夜叉(やしや)(ごと)くにお(とら)霊城(れいじやう)をとび()して(しま)つた。002トンク、003テク、004ツーロの(さん)(にん)はお(とら)(あと)をおひ、005捜索(そうさく)がてらに(さん)(にん)三方(さんぱう)手分(てわ)けをして市中(しちう)大路(おほぢ)小路(こぢ)をかけ(まは)ることとなつた。006(あと)にはお(はな)007守宮別(やもりわけ)両人(りやうにん)(まる)(テーブル)(かこ)んで籐椅子(とういす)(しり)をかけ(なが)ら、008ヤヽ(しば)無言(むごん)(まま)009(かほ)見合(みあは)して()た。
010 守宮別(やもりわけ)大欠伸(おほあくび)をし(なが)ら、
011守宮別『お(はな)さま』
012()ふ。
013お花(なん)御用(ごよう)ですか』
014守宮別『アーアン、015(はな)さま』
016お花(なん)ですか』
017守宮別『アーアン、018(はな)さまツたら……』
019お花(なん)ですいな、020アタ辛気(しんき)(くさ)い。021御用(ごよう)があるなら()つて(くだ)さいな』
022守宮別『アーアン、023大概(たいがい)(わか)りさうなものだな、024ホントニ ホントニ』
025お花生宮(いきみや)さまが()られないので(さび)しいのですか、026(さぞ)()退屈(たいくつ)でせう』
027守宮別『アーアン、028これお(はな)さま、029(わか)りませぬかい』
030お花(わか)りませぬな』
031守宮別『ヘー、032(わたし)がアーアンと()へば大抵(たいてい)きまつてるでせう』
033お花『いつも守宮別(やもりわけ)さまが、034アーアンと()つて(そら)むいて欠伸(あくび)をされたが最後(さいご)035クレリと()(かは)つて今迄(いままで)やつて()仕事(しごと)(うつ)ちやり、036漂然(へうぜん)として何処(どこ)かへ()つて(しま)ひ、037いつもお(とら)さまの()をもますが、038(はな)では一向(いつかう)()をもみませぬで仕方(しかた)がありませぬね』
039守宮別『アーア、040サ……ケ……』
041お花『ホヽヽヽヽ(さけ)()しいと仰有(おつしや)るのか、042(やす)御用(ごよう)043(しか)(なが)ら、044(とら)さまの留守中(るすちう)にお(さけ)でも、045()まさうものなら、046どれ(だけ)(おこ)られるか()れませぬ。047それでなくても、048アンナに(わたし)(どく)ついて()かれたのですからマア(しばら)辛抱(しんばう)しなさい。049やがて(かへ)られるでせうから』
050守宮別『イヤ、051もうお(とら)さまの自我心(じがしん)(つよ)いこと、052無茶(むちや)理窟(りくつ)をこねる(こと)053疑惑心(ぎわくしん)(ふか)(こと)には愛憎(あいそ)()きました。054もうお(とら)さまは今日(けふ)(かぎ)見限(みかぎ)るつもりです』
055お花『ヘヽン、056うまい(こと)仰有(おつしや)いますわい。057()ては(ゆめ)058()きては(うつつ)059(いち)秒間(べうかん)(わす)れた(こと)がない(くせ)に、060よう、061ソンナ白々(しらじら)しい(こと)が、062仰有(おつしや)られますわい。063守宮別(やもりわけ)さまも余程(よほど)苦労人(くらうにん)だな。064○○の(みち)にかけては千軍(せんぐん)万馬(ばんば)(ごふ)()た、065このお(はな)三舎(さんしや)()けて降服(かうふく)(いた)しますわ』
066守宮別『いや、067(まつた)く、068いやになりました。069あのアーンの欠伸(あくび)境界線(きやうかいせん)として、070(とら)さまの(こと)はフツツリと(おも)()りました。071それよりも純真(じゆんしん)な、072正直(しやうぢき)都育(みやこそだ)ちの婦人(ふじん)()しいものですわ。073チト(ぐらゐ)(とし)はとつてゐても第一(だいいち)074(はだ)(ちが)ひますからな』
075お花『これ守宮別(やもりわけ)さま、076そんな冗談(じやうだん)()はれますと、077(とら)さまに(また)(はな)(ねぢ)られますよ』
078守宮別『もうお(とら)さまだつて(えん)をきつた以上(いじやう)(あか)他人(たにん)だ。079(はな)でも(ねぢ)やうものなら、080ダマツて()ませぬ。081(わたし)(をとこ)ですもの、082直様(すぐさま)エルサレム(しよ)(うつた)へてやりますからね』
083お花本当(ほんたう)守宮別(やもりわけ)さま、084いやになつたのですか、085(うそ)でせう』
086守宮別(なに)087真剣(しんけん)ですよ。088乙姫(おとひめ)さまの(まへ)ですもの、089どうして(うそ)()へませうか』
090お花貴方(あなた)仰有(おつしや)(こと)本当(ほんたう)なら(わたし)(はら)打明(うちあ)けますが、091(この)(はな)今日(けふ)()今日(けふ)は、092(とら)さまにスツカリ愛憎(あいそ)()きたのですよ。093これから国許(くにもと)(かへ)らうかと思案(しあん)してゐますの。094(しか)し、095長途(ちやうと)(たび)096一人(ひとり)(かへ)(わけ)にも()かず、097外国人(ぐわいこくじん)との(はなし)出来(でき)(こま)つてゐますの。098貴方(あなた)のやうな英語(えいご)出来(でき)(かた)があれば、099一緒(いつしよ)にお(とも)さして(もら)へば結構(けつこう)ですが、100()(なか)(おも)ふやうにはならぬものでしてな』
101守宮別『お(はな)さま、102(かへ)らうと()つたつて、103旅費(りよひ)()りますが一体(いつたい)いくら(ばか)()つてゐますか』
104お花『ハイ、105(むすめ)(いへ)抵当(ていたう)()れて(かね)(こしら)へたと()つて、106一万(いちまん)(りやう)(ばか)(おく)つて()ましたので、107当地(たうち)郵便局(ゆうびんきよく)(あづ)けて()きましたから旅費(りよひ)には(こま)りますまい』
108 守宮別(やもりわけ)は、109(はな)一万(いちまん)(りやう)()つてゐるのを()いて、110(ねこ)のやうに(のど)をならし、111()(ほそ)うし……
112守宮別『ヤ、113此奴(こいつ)豪気(がうき)だ。114二千(にせん)(りやう)もあれば旅費(りよひ)には沢山(たくさん)だ。115(なん)とかしてその(ほか)(かね)(さけ)()(しろ)にすれば(いち)(ねん)()(ねん)大丈夫(だいぢやうぶ)だ。116()づお(はな)歓心(くわんしん)()るのが上分別(じやうふんべつ)だ、117(とら)丁度(ちやうど)(どく)づかれて()(ところ)だから、118ここでお(とら)との師弟(してい)関係(くわんけい)()たせ、119自分(じぶん)世話(せわ)になつたり世話(せわ)したりする(はう)が、120よつぽどぼろい』
121とニタリと(わら)(なが)ら、
122守宮別『お(はな)さま、123一万(いちまん)(りやう)(かね)があれば(いま)かへるのは(おし)いぢやありませぬか、124どうです、125その(かね)一旗(ひとはた)()げようぢやありませぬか。126何程(なにほど)(とら)さまを大将(たいしやう)(あふ)いで、127シヤチになつた(ところ)であの脱線振(だつせんぶり)()ひ、128かう人気(にんき)(わる)うなつちや、129駄目(だめ)でせう。130竜宮(りうぐう)乙姫(おとひめ)さまは今迄(いままで)(よく)なお(かた)(たから)(たくは)へてゐられたさうだが、131時節(じせつ)(まゐ)りて(うしとら)金神(こんじん)さまが三千(さんぜん)世界(せかい)太柱(ふとばしら)とおなり(あそ)ばすについて、132第一(だいいち)(たから)()()し、133改心(かいしん)標本(へうほん)をお()せになつたお(かた)でせう。134(みち)のため一万(いちまん)(りやう)のお(かね)をオツ()()(かんが)へはありませぬかな。135何程(なにほど)(とら)さまに肩入(かたい)れした(ところ)で、136(しほ)(ふち)投入(なげい)れるやうなものですよ。137何程(なにほど)(かね)(つひや)しても無駄(むだ)使(つか)つては(なん)にもなりませぬからな』
138お花『さうだと()つて(たしか)保証(ほしよう)(にぎ)つておかねば、139(この)大切(たいせつ)なお(かね)貴方(あなた)のお()()わせる(わけ)には()きませぬ。140(とら)さまとは(また)特別(とくべつ)()関係(くわんけい)がおありなさるのだもの』
141守宮別『いや、142もう愛憎(あいそ)がつきました。143あのアーアの欠伸(あくび)境界線(きやうかいせん)としてプツツリ(おも)()つたのですよ。144(とら)さまがお(はな)さまだつたらなアと、145このやうに(おも)つた(こと)幾度(いくど)あつたか()れませぬわい』
146お花『ホヽヽヽ、147あの守宮別(やもりわけ)さまのお上手(じやうづ)なこと、148流石(さすが)女殺(をんなごろし)149うまい(こと)仰有(おつしや)いますわい、150うつかり、151のらうものなら、152それこそ谷底(たにぞこ)へおとされて、153()破滅(はめつ)()ふかも()れませぬよ。
154「きれたきれたは世間(せけん)(うはさ)
155 (みづ)浮草(うきぐさ)()()れぬ」
156「きれて(しま)へば他人(たにん)ぢやけれど
157 (ひと)(わる)()(はら)()つ」
158とか()(うた)(とほ)り、159何程(なにほど)うまい(こと)仰有(おつしや)つても、160そんな、161あまい(くち)には()ること、162出来(でき)ませぬわい、163ホヽヽヽヽ』
164守宮別(なに)165(はな)さま、166本真剣(ほんしんけん)ですよ。167(わたし)は、168かうして(じふ)(ねん)(ばか)りもお(とら)さまに辛抱(しんばう)してついて()ましたが、169到底(たうてい)やりきれませぬから、170もう(おも)()りました。171これが(ちが)ひましたら(ひと)つよりない(くび)(とを)でも二十(にじふ)でも()げますわ』
172お花『ホヽヽヽヽ、173(まへ)さまの(くび)(もら)つたつて、174首祭(くびまつり)する(わけ)にも()かず、175莨入(たばこいれ)根付(ねつけ)には(おほ)きすぎるし、176(まくら)には(かた)すぎるし、177(なん)にもなりませぬわい。178それよりお(まへ)さまの(まこと)(たましひ)(いただ)()いものですな』
179守宮別『いかにも、180(たましひ)あげませう。181サア、182どこからなりと、183ゑぐつて、184とつて(くだ)さい』
185(むね)をつき()す、
186お花(うそ)ぢや(ござ)いませぬか』
187守宮別(うそ)(おも)はれるなら(この)短刀(たんたう)(わたし)(むね)()()いて生肝(いきぎも)をとつて(くだ)さい。188それが第一(だいいち)証拠(しようこ)ですわい。189男子(だんし)一言(いちごん)金鉄(きんてつ)より(かた)いですよ』
190お花『いや(わか)りました、191心底(しんてい)見届(みとど)けました。192いかにも()立派(りつぱ)()精神(せいしん)193ソンナラ……あの……それ……どこ(まで)(わたし)と○○を締結(ていけつ)して(くだ)さるでせうね』
194守宮別(あたま)(さき)から(つめ)(さき)までお(はな)さまに(ささ)げました、195()いて()ふなと()いて()ふなと()勝手(かつて)()使用(しよう)(くだ)さいませ。196この守宮別(やもりわけ)唯々(ゐゐ)諾々(だくだく)として乙姫(おとひめ)さまには維命(これめい)これ(したが)(まで)です。197絶対(ぜつたい)服従(ふくじゆう)(ちか)ひます。198その(かは)(さけ)(だけ)()まして(くだ)さるでせうな』
199お花『そらさうですとも、200(たがひ)さまですわ、201(わたし)だつて、202貴方(あなた)要求(えうきう)すべき(こと)があるのですもの』
203守宮別『とかく浮世(うきよ)(いろ)(さけ)……何程(なにほど)雪隠(せつちん)(みづ)つきだ、204糞浮(ばばう)きだと世間(せけん)(ひと)()はうとも、205(ほれ)(わたし)()から()れば十七八(じふしちはち)のお(はな)さまですわ。206(わたし)肉体(にくたい)()れたのぢやありませぬ。207(はな)さまの精霊(せいれい)第一(だいいち)天国(てんごく)天人(てんにん)として、208(はな)やかな姿(すがた)でゐらつしやるのを、209霊眼(れいがん)(とほ)して()(しん)から()れたのですもの。210アヽお(はな)さまの(こと)(おも)ふて心臓(しんざう)鼓動(こどう)(はげ)しくなり、211(いき)がつまる(やう)になつて()た。212(なん)(こひ)()ふものは曲物(くせもの)だな。213(なん)で、214こんな(へん)()になるのだらう』
215お花(こひ)神聖(しんせい)だと()ふぢやありませぬか。216()(なか)(すべ)理智(りち)(ばか)りでは()きませぬ、217(じやう)がなければ(この)()(なか)殺風景(さつぷうけい)なものですよ』
218守宮別貴方(あなた)219随分(ずいぶん)恋愛(れんあい)問題(もんだい)には徹底(てつてい)してゐますね、220(わたし)感服(かんぷく)しましたよ』
221お花『そら、222さうですとも。223数十(すうじふ)年間(ねんかん)224(こひ)(ちまた)(そだ)ち、225数多(あまた)男女(だんぢよ)(あやつ)つて()経験(けいけん)がありますから、226恋愛(れんあい)問題(もんだい)にかけては本家(ほんけ)本元(ほんもと)ですわ。227(おや)()(した)ひ、228()(おや)()ひたいとあこがれるのが(こひ)です。229(また)一切(いつさい)のものを可愛(かあい)がるのが(あい)です。230恋愛(れんあい)()ふものは一人(ひとり)(たい)一人(ひとり)関係(くわんけい)で、231()はば(きは)めて狭隘(けふあい)集中(しふちう)(てき)なものですわ。232どうか守宮別(やもりわけ)さま、233(こひ)(あい)とをかねて(わたし)集中(しふちう)して(くだ)さい。234さうすれば(わたし)貴方(あなた)(たい)(あい)(こひ)とを集中(しふちう)します。235ここに(おい)(はじ)めて恋愛(れんあい)神聖(しんせい)(たも)たれるのですからな。236かりにもお(とら)さまの(こと)(おも)つたら、237恋愛(れんあい)集中点(しうちうてん)(くる)恋愛(れんあい)千里先(せんりさき)遁走(とんそう)しますよ』
238守宮別成程(なるほど)239徹底(てつてい)したものだ、240(はな)さまのお(はなし)()けば()(ほど)241益々(ますます)集中(しうちう)(てき)となつて()ますよ。242仮令(たとへ)岩石(がんせき)(なが)れて空気球(くうきまり)(しづ)んでも貴女(あなた)(こと)(わす)れませぬわ』
243お花『くどいやうですが、244(とら)さまの(こと)(わす)れるでせうな』
245守宮別勿論(もちろん)です。246今後(こんご)(かほ)()はしても(もの)()ひませぬから安心(あんしん)して(くだ)さい』
247お花間違(まちが)ひありませぬな。248もし(ちが)つたら貴方(あなた)喉首(のどくび)()()りますが()承知(しようち)ですか』
249守宮別恋愛(れんあい)(あぢ)はふと(おも)へば生命(いのち)がけだな。250イヤ心得(こころえ)ました、251承知(しようち)しました』
252お花『ここ(まで)(はなし)がまとまつた以上(いじやう)は、253(ぜん)(いそ)げですから一寸(ちよつと)心祝(こころいはひ)媒介人(ばいかいにん)はないけど、254竜宮(りうぐう)乙姫(おとひめ)さまと大広木(おほひろき)正宗(まさむね)さまを仲介人(ちうかいにん)にし、255守宮別(やもりわけ)さまお(はな)さまの肉体(にくたい)結婚式(けつこんしき)()げようぢやありませぬか』
256守宮別(よろ)しい、257早速(さつそく)準備(じゆんび)して(くだ)さい』
258 お(はな)()(ほそ)くし(なが)ら、
259お花『ハイ』
260一言(ひとこと)(たすき)をかけ、261(さけ)(かん)にとりかかつた。262()()掛軸(かけぢく)(まへ)でキチンと(すわ)祝言(しうげん)(さかづき)をやつてゐると、263そこへ足音(あしおと)荒々(あらあら)しくお(とら)(かへ)()たり、
264お寅『マアーマアーマアー、265二人(ふたり)さま、266(たの)しみ、267羨山吹(うらやまぶき)さま。268これ、269(はな)さま、270その(ざま)(なん)ぢやいな。271(ひと)留守中(るすちう)(ひと)(をとこ)をとらまへて(さけ)()むとはあまりぢやないか。272ここには禁酒(きんしゆ)禁煙(きんえん)制札(せいさつ)がかけてあるのを(なん)心得(こころえ)てゐますか。273(うち)らから規則(きそく)(やぶ)りをしてもいいのですか』
274 お(はな)平然(へいぜん)として(おち)つき(はら)ひ、
275お花『お(とら)さま、276(かま)()無用(むよう)です。277(わたし)竜宮(りうぐう)乙姫(おとひめ)でもなければ貴女(あなた)のお弟子(でし)でもありませぬ。278貴女(あなた)(はう)からキツパリとお(ひま)(くだ)さつたのだから、279もはや貴女(あなた)とは路傍(ろばう)(あひ)()(ひと)(おな)じく(あか)他人(たにん)です。280それ(ゆゑ)(まへ)さまの意見(いけん)()必要(ひつえう)もなければ遠慮(ゑんりよ)する必要(ひつえう)(ござ)いませぬ。281ラブ・イズ・ベストを実行(じつかう)して、282只今(たつたいま)守宮別(やもりわけ)さまと二世(にせ)三世(さんせ)(おろか)283億万(おくまん)(さい)(のち)までも夫婦(ふうふ)約束(やくそく)祝言(しうげん)(さかづき)をした(ところ)(ござ)いますよ。284チツト(ばか)りお()がもめるか()れませぬが御免(ごめん)(くだ)さいませ、285ホヽヽヽヽ』
286 お(とら)満面(まんめん)(しゆ)をそそぎ半狂乱(はんきやうらん)(ごと)くなつて、
287お寅『これ守宮別(やもりわけ)さま、288(まへ)は、289(わたし)との約束(やくそく)反古(ほぐ)になさるのかい、290サア約束(やくそく)(どほ)(いのち)(もら)ひませう』
291守宮別『ハツハヽヽヽ、292(とら)さま以上(いじやう)(あい)する(をんな)出来(でき)たものだから、293(あい)(ふか)(はう)鞍替(くらがへ)したのですよ。294それが恋愛(れんあい)精神(せいしん)ですからな。295どうか今迄(いままで)悪縁(あくえん)(あきら)めて(くだ)さい。296(さけ)一杯(いつぱい)のんでもゴテゴテ()はれるやうな不親切(ふしんせつ)女房(にようばう)では、297やりきれませぬからな』
298お寅『こりやお(はな)のド(たふ)しもの、299(ひと)(をとこ)()とりよつて(おも)()つたがよからうぞ』
300()ふより(はや)く、301そこにあつた角火鉢(かくひばち)頭上(づじやう)(たか)()()げ、302(はな)守宮別(やもりわけ)との真中(まんなか)()がけて()げつけた。303(はひ)濛々(もうもう)立上(たちあが)咫尺(しせき)暗澹(あんたん)となつた。304(とら)はあまりの腹立(はらだた)しさに()狂乱(きやうらん)しドツと尻餅(しりもち)をついたまま、305(いき)がつまり(くち)をアングリ、306(ふな)(どろ)()ふたやうに上唇(うはくちびる)307下唇(したくちびる)をパクパクかち(あは)せてゐる、308その(すき)(じやう)守宮別(やもりわけ)はお(はな)(とも)永居(ながゐ)(おそ)れと、309(ほそ)路地(ろぢ)(くぐ)つて橄欖山(かんらんざん)方面(はうめん)さして()げて()く。
310大正一四・八・一九 旧六・三〇 於由良 北村隆光録)
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