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第64巻(卯の巻)下
序文
総説
第1篇 復活転活
01 復活祭
〔1807〕
02 逆襲
〔1808〕
03 草居谷底
〔1809〕
04 誤霊城
〔1810〕
05 横恋慕
〔1811〕
第2篇 鬼薊の花
06 金酒結婚
〔1812〕
07 虎角
〔1813〕
08 擬侠心
〔1814〕
09 狂怪戦
〔1815〕
10 拘淫
〔1816〕
第3篇 開花落花
11 狂擬怪
〔1817〕
12 開狂式
〔1818〕
13 漆別
〔1819〕
14 花曇
〔1820〕
15 騒淫ホテル
〔1821〕
第4篇 清風一過
16 誤辛折
〔1822〕
17 茶粕
〔1823〕
18 誠と偽
〔1824〕
19 笑拙種
〔1825〕
20 猫鞍干
〔1826〕
21 不意の官命
〔1827〕
22 帰国と鬼哭
〔1828〕
余白歌
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第五章
横恋慕
(
よこれんぼ
)
〔一八一一〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下
篇:
第1篇 復活転活
よみ(新仮名遣い):
ふっかつてんかつ
章:
第5章 横恋慕
よみ(新仮名遣い):
よこれんぼ
通し章番号:
1811
口述日:
1925(大正14)年08月19日(旧06月30日)
口述場所:
丹後由良 秋田別荘
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年11月7日
概要:
舞台:
御霊城
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
主な登場人物
[?]
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2020-05-25 08:28:26
OBC :
rm64b05
愛善世界社版:
62頁
八幡書店版:
第11輯 519頁
修補版:
校定版:
63頁
普及版:
63頁
初版:
ページ備考:
001
ヤクの
後
(
あと
)
をおつかけて
夜叉
(
やしや
)
の
如
(
ごと
)
くにお
寅
(
とら
)
は
霊城
(
れいじやう
)
をとび
出
(
だ
)
して
終
(
しま
)
つた。
002
トンク、
003
テク、
004
ツーロの
三
(
さん
)
人
(
にん
)
はお
寅
(
とら
)
の
後
(
あと
)
をおひ、
005
捜索
(
そうさく
)
がてらに
三
(
さん
)
人
(
にん
)
三方
(
さんぱう
)
へ
手分
(
てわ
)
けをして
市中
(
しちう
)
の
大路
(
おほぢ
)
小路
(
こぢ
)
をかけ
廻
(
まは
)
ることとなつた。
006
後
(
あと
)
にはお
花
(
はな
)
、
007
守宮別
(
やもりわけ
)
の
両人
(
りやうにん
)
が
丸
(
まる
)
い
卓
(
テーブル
)
を
囲
(
かこ
)
んで
籐椅子
(
とういす
)
に
尻
(
しり
)
をかけ
乍
(
なが
)
ら、
008
ヤヽ
縛
(
しば
)
し
無言
(
むごん
)
の
儘
(
まま
)
、
009
顔
(
かほ
)
を
見合
(
みあは
)
して
居
(
ゐ
)
た。
010
守宮別
(
やもりわけ
)
は
大欠伸
(
おほあくび
)
をし
乍
(
なが
)
ら、
011
守宮別
『お
花
(
はな
)
さま』
012
と
云
(
い
)
ふ。
013
お花
『
何
(
なん
)
ぞ
御用
(
ごよう
)
ですか』
014
守宮別
『アーアン、
015
お
花
(
はな
)
さま』
016
お花
『
何
(
なん
)
ですか』
017
守宮別
『アーアン、
018
お
花
(
はな
)
さまツたら……』
019
お花
『
何
(
なん
)
ですいな、
020
アタ
辛気
(
しんき
)
臭
(
くさ
)
い。
021
御用
(
ごよう
)
があるなら
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいな』
022
守宮別
『アーアン、
023
大概
(
たいがい
)
分
(
わか
)
りさうなものだな、
024
ホントニ ホントニ』
025
お花
『
生宮
(
いきみや
)
さまが
居
(
ゐ
)
られないので
淋
(
さび
)
しいのですか、
026
嘸
(
さぞ
)
御
(
ご
)
退屈
(
たいくつ
)
でせう』
027
守宮別
『アーアン、
028
これお
花
(
はな
)
さま、
029
分
(
わか
)
りませぬかい』
030
お花
『
分
(
わか
)
りませぬな』
031
守宮別
『ヘー、
032
私
(
わたし
)
がアーアンと
云
(
い
)
へば
大抵
(
たいてい
)
きまつてるでせう』
033
お花
『いつも
守宮別
(
やもりわけ
)
さまが、
034
アーアンと
云
(
い
)
つて
空
(
そら
)
むいて
欠伸
(
あくび
)
をされたが
最後
(
さいご
)
、
035
クレリと
気
(
き
)
が
変
(
かは
)
つて
今迄
(
いままで
)
やつて
居
(
ゐ
)
た
仕事
(
しごと
)
も
打
(
うつ
)
ちやり、
036
漂然
(
へうぜん
)
として
何処
(
どこ
)
かへ
行
(
い
)
つて
了
(
しま
)
ひ、
037
いつもお
寅
(
とら
)
さまの
気
(
き
)
をもますが、
038
お
花
(
はな
)
では
一向
(
いつかう
)
気
(
き
)
をもみませぬで
仕方
(
しかた
)
がありませぬね』
039
守宮別
『アーア、
040
サ……ケ……』
041
お花
『ホヽヽヽヽ
酒
(
さけ
)
が
欲
(
ほ
)
しいと
仰有
(
おつしや
)
るのか、
042
お
安
(
やす
)
い
御用
(
ごよう
)
。
043
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら、
044
お
寅
(
とら
)
さまの
留守中
(
るすちう
)
にお
酒
(
さけ
)
でも、
045
飲
(
の
)
まさうものなら、
046
どれ
丈
(
だけ
)
怒
(
おこ
)
られるか
知
(
し
)
れませぬ。
047
それでなくても、
048
アンナに
私
(
わたし
)
に
毒
(
どく
)
ついて
行
(
ゆ
)
かれたのですからマア
暫
(
しばら
)
く
辛抱
(
しんばう
)
しなさい。
049
やがて
帰
(
かへ
)
られるでせうから』
050
守宮別
『イヤ、
051
もうお
寅
(
とら
)
さまの
自我心
(
じがしん
)
の
強
(
つよ
)
いこと、
052
無茶
(
むちや
)
理窟
(
りくつ
)
をこねる
事
(
こと
)
、
053
疑惑心
(
ぎわくしん
)
の
深
(
ふか
)
い
事
(
こと
)
には
愛憎
(
あいそ
)
が
尽
(
つ
)
きました。
054
もうお
寅
(
とら
)
さまは
今日
(
けふ
)
限
(
かぎ
)
り
見限
(
みかぎ
)
るつもりです』
055
お花
『ヘヽン、
056
うまい
事
(
こと
)
仰有
(
おつしや
)
いますわい。
057
寝
(
ね
)
ては
夢
(
ゆめ
)
、
058
起
(
お
)
きては
現
(
うつつ
)
、
059
一
(
いち
)
秒間
(
べうかん
)
も
忘
(
わす
)
れた
事
(
こと
)
がない
癖
(
くせ
)
に、
060
よう、
061
ソンナ
白々
(
しらじら
)
しい
事
(
こと
)
が、
062
仰有
(
おつしや
)
られますわい。
063
守宮別
(
やもりわけ
)
さまも
余程
(
よほど
)
の
苦労人
(
くらうにん
)
だな。
064
○○の
道
(
みち
)
にかけては
千軍
(
せんぐん
)
万馬
(
ばんば
)
の
劫
(
ごふ
)
を
経
(
へ
)
た、
065
このお
花
(
はな
)
も
三舎
(
さんしや
)
を
避
(
さ
)
けて
降服
(
かうふく
)
致
(
いた
)
しますわ』
066
守宮別
『いや、
067
全
(
まつた
)
く、
068
いやになりました。
069
あのアーンの
欠伸
(
あくび
)
を
境界線
(
きやうかいせん
)
として、
070
お
寅
(
とら
)
さまの
事
(
こと
)
はフツツリと
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
りました。
071
それよりも
純真
(
じゆんしん
)
な、
072
正直
(
しやうぢき
)
な
都育
(
みやこそだ
)
ちの
婦人
(
ふじん
)
が
欲
(
ほ
)
しいものですわ。
073
チト
位
(
ぐらゐ
)
年
(
とし
)
はとつてゐても
第一
(
だいいち
)
、
074
膚
(
はだ
)
が
違
(
ちが
)
ひますからな』
075
お花
『これ
守宮別
(
やもりわけ
)
さま、
076
そんな
冗談
(
じやうだん
)
を
云
(
い
)
はれますと、
077
お
寅
(
とら
)
さまに
又
(
また
)
鼻
(
はな
)
を
捻
(
ねぢ
)
られますよ』
078
守宮別
『もうお
寅
(
とら
)
さまだつて
縁
(
えん
)
をきつた
以上
(
いじやう
)
は
赤
(
あか
)
の
他人
(
たにん
)
だ。
079
鼻
(
はな
)
でも
捻
(
ねぢ
)
やうものなら、
080
ダマツて
居
(
ゐ
)
ませぬ。
081
私
(
わたし
)
も
男
(
をとこ
)
ですもの、
082
直様
(
すぐさま
)
エルサレム
署
(
しよ
)
へ
訴
(
うつた
)
へてやりますからね』
083
お花
『
本当
(
ほんたう
)
に
守宮別
(
やもりわけ
)
さま、
084
いやになつたのですか、
085
嘘
(
うそ
)
でせう』
086
守宮別
『
何
(
なに
)
、
087
真剣
(
しんけん
)
ですよ。
088
乙姫
(
おとひめ
)
さまの
前
(
まへ
)
ですもの、
089
どうして
嘘
(
うそ
)
が
云
(
い
)
へませうか』
090
お花
『
貴方
(
あなた
)
の
仰有
(
おつしや
)
る
事
(
こと
)
が
本当
(
ほんたう
)
なら
私
(
わたし
)
の
腹
(
はら
)
も
打明
(
うちあ
)
けますが、
091
此
(
この
)
お
花
(
はな
)
も
今日
(
けふ
)
と
云
(
い
)
ふ
今日
(
けふ
)
は、
092
お
寅
(
とら
)
さまにスツカリ
愛憎
(
あいそ
)
が
尽
(
つ
)
きたのですよ。
093
これから
国許
(
くにもと
)
に
帰
(
かへ
)
らうかと
思案
(
しあん
)
してゐますの。
094
が
然
(
しか
)
し、
095
長途
(
ちやうと
)
の
旅
(
たび
)
、
096
一人
(
ひとり
)
帰
(
かへ
)
る
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かず、
097
外国人
(
ぐわいこくじん
)
との
話
(
はなし
)
も
出来
(
でき
)
ず
困
(
こま
)
つてゐますの。
098
貴方
(
あなた
)
のやうな
英語
(
えいご
)
の
出来
(
でき
)
る
方
(
かた
)
があれば、
099
一緒
(
いつしよ
)
にお
伴
(
とも
)
さして
貰
(
もら
)
へば
結構
(
けつこう
)
ですが、
100
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
思
(
おも
)
ふやうにはならぬものでしてな』
101
守宮別
『お
花
(
はな
)
さま、
102
帰
(
かへ
)
らうと
云
(
い
)
つたつて、
103
旅費
(
りよひ
)
が
要
(
い
)
りますが
一体
(
いつたい
)
いくら
許
(
ばか
)
り
持
(
も
)
つてゐますか』
104
お花
『ハイ、
105
娘
(
むすめ
)
が
家
(
いへ
)
を
抵当
(
ていたう
)
に
入
(
い
)
れて
金
(
かね
)
を
拵
(
こしら
)
へたと
云
(
い
)
つて、
106
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
許
(
ばか
)
り
送
(
おく
)
つて
来
(
き
)
ましたので、
107
当地
(
たうち
)
の
郵便局
(
ゆうびんきよく
)
に
預
(
あづ
)
けて
置
(
お
)
きましたから
旅費
(
りよひ
)
には
困
(
こま
)
りますまい』
108
守宮別
(
やもりわけ
)
は、
109
お
花
(
はな
)
が
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
持
(
も
)
つてゐるのを
聞
(
き
)
いて、
110
猫
(
ねこ
)
のやうに
喉
(
のど
)
をならし、
111
目
(
め
)
を
細
(
ほそ
)
うし……
112
守宮別
『ヤ、
113
此奴
(
こいつ
)
は
豪気
(
がうき
)
だ。
114
二千
(
にせん
)
両
(
りやう
)
もあれば
旅費
(
りよひ
)
には
沢山
(
たくさん
)
だ。
115
何
(
なん
)
とかしてその
他
(
ほか
)
の
金
(
かね
)
を
酒
(
さけ
)
の
飲
(
の
)
み
代
(
しろ
)
にすれば
一
(
いち
)
年
(
ねん
)
や
二
(
に
)
年
(
ねん
)
は
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だ。
116
先
(
ま
)
づお
花
(
はな
)
の
歓心
(
くわんしん
)
を
得
(
う
)
るのが
上分別
(
じやうふんべつ
)
だ、
117
お
寅
(
とら
)
に
丁度
(
ちやうど
)
毒
(
どく
)
づかれて
居
(
ゐ
)
る
処
(
ところ
)
だから、
118
ここでお
寅
(
とら
)
との
師弟
(
してい
)
関係
(
くわんけい
)
を
絶
(
た
)
たせ、
119
自分
(
じぶん
)
が
世話
(
せわ
)
になつたり
世話
(
せわ
)
したりする
方
(
はう
)
が、
120
よつぽどぼろい』
121
とニタリと
笑
(
わら
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
122
守宮別
『お
花
(
はな
)
さま、
123
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
の
金
(
かね
)
があれば
今
(
いま
)
かへるのは
惜
(
おし
)
いぢやありませぬか、
124
どうです、
125
その
金
(
かね
)
で
一旗
(
ひとはた
)
上
(
あ
)
げようぢやありませぬか。
126
何程
(
なにほど
)
お
寅
(
とら
)
さまを
大将
(
たいしやう
)
に
仰
(
あふ
)
いで、
127
シヤチになつた
処
(
ところ
)
であの
脱線振
(
だつせんぶり
)
と
云
(
い
)
ひ、
128
かう
人気
(
にんき
)
が
悪
(
わる
)
うなつちや、
129
駄目
(
だめ
)
でせう。
130
竜宮
(
りうぐう
)
の
乙姫
(
おとひめ
)
さまは
今迄
(
いままで
)
欲
(
よく
)
なお
方
(
かた
)
で
宝
(
たから
)
を
貯
(
たくは
)
へてゐられたさうだが、
131
時節
(
じせつ
)
参
(
まゐ
)
りて
艮
(
うしとら
)
の
金神
(
こんじん
)
さまが
三千
(
さんぜん
)
世界
(
せかい
)
の
太柱
(
ふとばしら
)
とおなり
遊
(
あそ
)
ばすについて、
132
第一
(
だいいち
)
に
宝
(
たから
)
を
投
(
な
)
げ
出
(
だ
)
し、
133
改心
(
かいしん
)
の
標本
(
へうほん
)
をお
見
(
み
)
せになつたお
方
(
かた
)
でせう。
134
お
道
(
みち
)
のため
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
のお
金
(
かね
)
をオツ
放
(
ぽ
)
り
出
(
だ
)
す
考
(
かんが
)
へはありませぬかな。
135
何程
(
なにほど
)
お
寅
(
とら
)
さまに
肩入
(
かたい
)
れした
処
(
ところ
)
で、
136
塩
(
しほ
)
を
淵
(
ふち
)
に
投入
(
なげい
)
れるやうなものですよ。
137
何程
(
なにほど
)
お
金
(
かね
)
を
費
(
つひや
)
しても
無駄
(
むだ
)
に
使
(
つか
)
つては
何
(
なん
)
にもなりませぬからな』
138
お花
『さうだと
云
(
い
)
つて
確
(
たしか
)
な
保証
(
ほしよう
)
を
握
(
にぎ
)
つておかねば、
139
此
(
この
)
大切
(
たいせつ
)
なお
金
(
かね
)
を
貴方
(
あなた
)
のお
間
(
ま
)
に
合
(
あ
)
わせる
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
きませぬ。
140
お
寅
(
とら
)
さまとは
又
(
また
)
特別
(
とくべつ
)
な
御
(
ご
)
関係
(
くわんけい
)
がおありなさるのだもの』
141
守宮別
『いや、
142
もう
愛憎
(
あいそ
)
がつきました。
143
あのアーアの
欠伸
(
あくび
)
を
境界線
(
きやうかいせん
)
としてプツツリ
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つたのですよ。
144
お
寅
(
とら
)
さまがお
花
(
はな
)
さまだつたらなアと、
145
このやうに
思
(
おも
)
つた
事
(
こと
)
は
幾度
(
いくど
)
あつたか
知
(
し
)
れませぬわい』
146
お花
『ホヽヽヽ、
147
あの
守宮別
(
やもりわけ
)
さまのお
上手
(
じやうづ
)
なこと、
148
流石
(
さすが
)
の
女殺
(
をんなごろし
)
、
149
うまい
事
(
こと
)
仰有
(
おつしや
)
いますわい、
150
うつかり、
151
のらうものなら、
152
それこそ
谷底
(
たにぞこ
)
へおとされて、
153
身
(
み
)
の
破滅
(
はめつ
)
に
会
(
あ
)
ふかも
知
(
し
)
れませぬよ。
154
「きれたきれたは
世間
(
せけん
)
の
噂
(
うはさ
)
155
水
(
みづ
)
に
浮草
(
うきぐさ
)
根
(
ね
)
は
切
(
き
)
れぬ」
156
「きれて
終
(
しま
)
へば
他人
(
たにん
)
ぢやけれど
157
人
(
ひと
)
が
悪
(
わる
)
う
云
(
ゆ
)
や
腹
(
はら
)
が
立
(
た
)
つ」
158
とか
云
(
い
)
ふ
歌
(
うた
)
の
通
(
とほ
)
り、
159
何程
(
なにほど
)
うまい
事
(
こと
)
仰有
(
おつしや
)
つても、
160
そんな、
161
あまい
口
(
くち
)
には
乗
(
の
)
ること、
162
出来
(
でき
)
ませぬわい、
163
ホヽヽヽヽ』
164
守宮別
『
何
(
なに
)
、
165
お
花
(
はな
)
さま、
166
本真剣
(
ほんしんけん
)
ですよ。
167
私
(
わたし
)
は、
168
かうして
十
(
じふ
)
年
(
ねん
)
許
(
ばか
)
りもお
寅
(
とら
)
さまに
辛抱
(
しんばう
)
してついて
来
(
き
)
ましたが、
169
到底
(
たうてい
)
やりきれませぬから、
170
もう
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
りました。
171
これが
違
(
ちが
)
ひましたら
一
(
ひと
)
つよりない
首
(
くび
)
を
十
(
とを
)
でも
二十
(
にじふ
)
でも
上
(
あ
)
げますわ』
172
お花
『ホヽヽヽヽ、
173
お
前
(
まへ
)
さまの
首
(
くび
)
を
貰
(
もら
)
つたつて、
174
首祭
(
くびまつり
)
する
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かず、
175
莨入
(
たばこいれ
)
の
根付
(
ねつけ
)
には
大
(
おほ
)
きすぎるし、
176
枕
(
まくら
)
には
堅
(
かた
)
すぎるし、
177
何
(
なん
)
にもなりませぬわい。
178
それよりお
前
(
まへ
)
さまの
誠
(
まこと
)
の
魂
(
たましひ
)
を
頂
(
いただ
)
き
度
(
た
)
いものですな』
179
守宮別
『いかにも、
180
魂
(
たましひ
)
あげませう。
181
サア、
182
どこからなりと、
183
ゑぐつて、
184
とつて
下
(
くだ
)
さい』
185
と
胸
(
むね
)
をつき
出
(
だ
)
す、
186
お花
『
嘘
(
うそ
)
ぢや
厶
(
ござ
)
いませぬか』
187
守宮別
『
嘘
(
うそ
)
と
思
(
おも
)
はれるなら
此
(
この
)
短刀
(
たんたう
)
で
私
(
わたし
)
の
胸
(
むね
)
を
切
(
き
)
り
裂
(
さ
)
いて
生肝
(
いきぎも
)
をとつて
下
(
くだ
)
さい。
188
それが
第一
(
だいいち
)
証拠
(
しようこ
)
ですわい。
189
男子
(
だんし
)
の
一言
(
いちごん
)
は
金鉄
(
きんてつ
)
より
堅
(
かた
)
いですよ』
190
お花
『いや
分
(
わか
)
りました、
191
心底
(
しんてい
)
見届
(
みとど
)
けました。
192
いかにも
御
(
ご
)
立派
(
りつぱ
)
な
御
(
ご
)
精神
(
せいしん
)
、
193
ソンナラ……あの……それ……どこ
迄
(
まで
)
も
私
(
わたし
)
と○○を
締結
(
ていけつ
)
して
下
(
くだ
)
さるでせうね』
194
守宮別
『
頭
(
あたま
)
の
先
(
さき
)
から
爪
(
つめ
)
の
先
(
さき
)
までお
花
(
はな
)
さまに
献
(
ささ
)
げました、
195
焚
(
た
)
いて
食
(
く
)
ふなと
焼
(
や
)
いて
喰
(
く
)
ふなと
御
(
ご
)
勝手
(
かつて
)
に
御
(
ご
)
使用
(
しよう
)
下
(
くだ
)
さいませ。
196
この
守宮別
(
やもりわけ
)
は
唯々
(
ゐゐ
)
諾々
(
だくだく
)
として
乙姫
(
おとひめ
)
さまには
維命
(
これめい
)
これ
従
(
したが
)
ふ
迄
(
まで
)
です。
197
絶対
(
ぜつたい
)
服従
(
ふくじゆう
)
を
誓
(
ちか
)
ひます。
198
その
代
(
かは
)
り
酒
(
さけ
)
丈
(
だけ
)
は
飲
(
の
)
まして
下
(
くだ
)
さるでせうな』
199
お花
『そらさうですとも、
200
お
互
(
たがひ
)
さまですわ、
201
私
(
わたし
)
だつて、
202
貴方
(
あなた
)
に
要求
(
えうきう
)
すべき
事
(
こと
)
があるのですもの』
203
守宮別
『とかく
浮世
(
うきよ
)
は
色
(
いろ
)
と
酒
(
さけ
)
……
何程
(
なにほど
)
雪隠
(
せつちん
)
の
水
(
みづ
)
つきだ、
204
糞浮
(
ばばう
)
きだと
世間
(
せけん
)
の
人
(
ひと
)
が
云
(
い
)
はうとも、
205
惚
(
ほれ
)
た
私
(
わたし
)
の
目
(
め
)
から
見
(
み
)
れば
十七八
(
じふしちはち
)
のお
花
(
はな
)
さまですわ。
206
私
(
わたし
)
は
肉体
(
にくたい
)
に
惚
(
ほ
)
れたのぢやありませぬ。
207
お
花
(
はな
)
さまの
精霊
(
せいれい
)
が
第一
(
だいいち
)
天国
(
てんごく
)
の
天人
(
てんにん
)
として、
208
華
(
はな
)
やかな
姿
(
すがた
)
でゐらつしやるのを、
209
霊眼
(
れいがん
)
を
通
(
とほ
)
して
見
(
み
)
て
心
(
しん
)
から
惚
(
ほ
)
れたのですもの。
210
アヽお
花
(
はな
)
さまの
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
ふて
心臓
(
しんざう
)
の
鼓動
(
こどう
)
が
烈
(
はげ
)
しくなり、
211
息
(
いき
)
がつまる
様
(
やう
)
になつて
来
(
き
)
た。
212
何
(
なん
)
と
恋
(
こひ
)
と
云
(
い
)
ふものは
曲物
(
くせもの
)
だな。
213
何
(
なん
)
で、
214
こんな
変
(
へん
)
な
気
(
き
)
になるのだらう』
215
お花
『
恋
(
こひ
)
は
神聖
(
しんせい
)
だと
云
(
い
)
ふぢやありませぬか。
216
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
凡
(
すべ
)
て
理智
(
りち
)
許
(
ばか
)
りでは
行
(
ゆ
)
きませぬ、
217
情
(
じやう
)
がなければ
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
殺風景
(
さつぷうけい
)
なものですよ』
218
守宮別
『
貴方
(
あなた
)
、
219
随分
(
ずいぶん
)
恋愛
(
れんあい
)
問題
(
もんだい
)
には
徹底
(
てつてい
)
してゐますね、
220
私
(
わたし
)
感服
(
かんぷく
)
しましたよ』
221
お花
『そら、
222
さうですとも。
223
数十
(
すうじふ
)
年間
(
ねんかん
)
、
224
恋
(
こひ
)
の
巷
(
ちまた
)
に
育
(
そだ
)
ち、
225
数多
(
あまた
)
の
男女
(
だんぢよ
)
を
操
(
あやつ
)
つて
来
(
き
)
た
経験
(
けいけん
)
がありますから、
226
恋愛
(
れんあい
)
問題
(
もんだい
)
にかけては
本家
(
ほんけ
)
本元
(
ほんもと
)
ですわ。
227
親
(
おや
)
が
子
(
こ
)
を
慕
(
した
)
ひ、
228
子
(
こ
)
が
親
(
おや
)
に
会
(
あ
)
ひたいとあこがれるのが
恋
(
こひ
)
です。
229
又
(
また
)
一切
(
いつさい
)
のものを
可愛
(
かあい
)
がるのが
愛
(
あい
)
です。
230
恋愛
(
れんあい
)
と
云
(
い
)
ふものは
一人
(
ひとり
)
対
(
たい
)
一人
(
ひとり
)
の
関係
(
くわんけい
)
で、
231
云
(
い
)
はば
極
(
きは
)
めて
狭隘
(
けふあい
)
な
集中
(
しふちう
)
的
(
てき
)
なものですわ。
232
どうか
守宮別
(
やもりわけ
)
さま、
233
恋
(
こひ
)
と
愛
(
あい
)
とをかねて
私
(
わたし
)
に
集中
(
しふちう
)
して
下
(
くだ
)
さい。
234
さうすれば
私
(
わたし
)
も
貴方
(
あなた
)
に
対
(
たい
)
し
愛
(
あい
)
と
恋
(
こひ
)
とを
集中
(
しふちう
)
します。
235
ここに
於
(
おい
)
て
初
(
はじ
)
めて
恋愛
(
れんあい
)
の
神聖
(
しんせい
)
が
保
(
たも
)
たれるのですからな。
236
かりにもお
寅
(
とら
)
さまの
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
つたら、
237
恋愛
(
れんあい
)
の
集中点
(
しうちうてん
)
が
狂
(
くる
)
ひ
恋愛
(
れんあい
)
が
千里先
(
せんりさき
)
に
遁走
(
とんそう
)
しますよ』
238
守宮別
『
成程
(
なるほど
)
、
239
徹底
(
てつてい
)
したものだ、
240
お
花
(
はな
)
さまのお
話
(
はなし
)
を
聞
(
き
)
けば
聞
(
き
)
く
程
(
ほど
)
、
241
益々
(
ますます
)
集中
(
しうちう
)
的
(
てき
)
となつて
来
(
き
)
ますよ。
242
仮令
(
たとへ
)
岩石
(
がんせき
)
が
流
(
なが
)
れて
空気球
(
くうきまり
)
が
沈
(
しづ
)
んでも
貴女
(
あなた
)
の
事
(
こと
)
は
忘
(
わす
)
れませぬわ』
243
お花
『くどいやうですが、
244
お
寅
(
とら
)
さまの
事
(
こと
)
は
忘
(
わす
)
れるでせうな』
245
守宮別
『
勿論
(
もちろん
)
です。
246
今後
(
こんご
)
は
顔
(
かほ
)
会
(
あ
)
はしても
物
(
もの
)
も
云
(
い
)
ひませぬから
安心
(
あんしん
)
して
下
(
くだ
)
さい』
247
お花
『
間違
(
まちが
)
ひありませぬな。
248
もし
違
(
ちが
)
つたら
貴方
(
あなた
)
の
喉首
(
のどくび
)
を
喰
(
く
)
ひ
切
(
き
)
りますが
御
(
ご
)
承知
(
しようち
)
ですか』
249
守宮別
『
恋愛
(
れんあい
)
を
味
(
あぢ
)
はふと
思
(
おも
)
へば
生命
(
いのち
)
がけだな。
250
イヤ
心得
(
こころえ
)
ました、
251
承知
(
しようち
)
しました』
252
お花
『ここ
迄
(
まで
)
話
(
はなし
)
がまとまつた
以上
(
いじやう
)
は、
253
善
(
ぜん
)
は
急
(
いそ
)
げですから
一寸
(
ちよつと
)
心祝
(
こころいはひ
)
に
媒介人
(
ばいかいにん
)
はないけど、
254
竜宮
(
りうぐう
)
の
乙姫
(
おとひめ
)
さまと
大広木
(
おほひろき
)
正宗
(
まさむね
)
さまを
仲介人
(
ちうかいにん
)
にし、
255
守宮別
(
やもりわけ
)
さまお
花
(
はな
)
さまの
肉体
(
にくたい
)
の
結婚式
(
けつこんしき
)
を
挙
(
あ
)
げようぢやありませぬか』
256
守宮別
『
宜
(
よろ
)
しい、
257
早速
(
さつそく
)
準備
(
じゆんび
)
して
下
(
くだ
)
さい』
258
お
花
(
はな
)
は
目
(
め
)
を
細
(
ほそ
)
くし
乍
(
なが
)
ら、
259
お花
『ハイ』
260
と
一言
(
ひとこと
)
襷
(
たすき
)
をかけ、
261
酒
(
さけ
)
の
燗
(
かん
)
にとりかかつた。
262
日
(
ひ
)
の
出
(
で
)
の
掛軸
(
かけぢく
)
の
前
(
まへ
)
でキチンと
坐
(
すわ
)
り
祝言
(
しうげん
)
の
盃
(
さかづき
)
をやつてゐると、
263
そこへ
足音
(
あしおと
)
荒々
(
あらあら
)
しくお
寅
(
とら
)
が
帰
(
かへ
)
り
来
(
き
)
たり、
264
お寅
『マアーマアーマアー、
265
お
二人
(
ふたり
)
さま、
266
お
楽
(
たの
)
しみ、
267
お
羨山吹
(
うらやまぶき
)
さま。
268
これ、
269
お
花
(
はな
)
さま、
270
その
態
(
ざま
)
は
何
(
なん
)
ぢやいな。
271
人
(
ひと
)
の
留守中
(
るすちう
)
に
人
(
ひと
)
の
男
(
をとこ
)
をとらまへて
酒
(
さけ
)
を
飲
(
の
)
むとはあまりぢやないか。
272
ここには
禁酒
(
きんしゆ
)
禁煙
(
きんえん
)
の
制札
(
せいさつ
)
がかけてあるのを
何
(
なん
)
と
心得
(
こころえ
)
てゐますか。
273
内
(
うち
)
らから
規則
(
きそく
)
破
(
やぶ
)
りをしてもいいのですか』
274
お
花
(
はな
)
は
平然
(
へいぜん
)
として
落
(
おち
)
つき
払
(
はら
)
ひ、
275
お花
『お
寅
(
とら
)
さま、
276
お
構
(
かま
)
ひ
御
(
ご
)
無用
(
むよう
)
です。
277
私
(
わたし
)
は
竜宮
(
りうぐう
)
の
乙姫
(
おとひめ
)
でもなければ
貴女
(
あなた
)
のお
弟子
(
でし
)
でもありませぬ。
278
貴女
(
あなた
)
の
方
(
はう
)
からキツパリとお
暇
(
ひま
)
を
下
(
くだ
)
さつたのだから、
279
もはや
貴女
(
あなた
)
とは
路傍
(
ろばう
)
相
(
あひ
)
会
(
あ
)
ふ
人
(
ひと
)
と
同
(
おな
)
じく
赤
(
あか
)
の
他人
(
たにん
)
です。
280
それ
故
(
ゆゑ
)
お
前
(
まへ
)
さまの
意見
(
いけん
)
を
聞
(
き
)
く
必要
(
ひつえう
)
もなければ
遠慮
(
ゑんりよ
)
する
必要
(
ひつえう
)
も
厶
(
ござ
)
いませぬ。
281
ラブ・イズ・ベストを
実行
(
じつかう
)
して、
282
只今
(
たつたいま
)
守宮別
(
やもりわけ
)
さまと
二世
(
にせ
)
三世
(
さんせ
)
は
愚
(
おろか
)
、
283
億万
(
おくまん
)
歳
(
さい
)
の
後
(
のち
)
までも
夫婦
(
ふうふ
)
約束
(
やくそく
)
の
祝言
(
しうげん
)
の
盃
(
さかづき
)
をした
所
(
ところ
)
で
厶
(
ござ
)
いますよ。
284
チツト
許
(
ばか
)
りお
気
(
き
)
がもめるか
知
(
し
)
れませぬが
御免
(
ごめん
)
下
(
くだ
)
さいませ、
285
ホヽヽヽヽ』
286
お
寅
(
とら
)
は
満面
(
まんめん
)
朱
(
しゆ
)
をそそぎ
半狂乱
(
はんきやうらん
)
の
如
(
ごと
)
くなつて、
287
お寅
『これ
守宮別
(
やもりわけ
)
さま、
288
お
前
(
まへ
)
は、
289
私
(
わたし
)
との
約束
(
やくそく
)
を
反古
(
ほぐ
)
になさるのかい、
290
サア
約束
(
やくそく
)
通
(
どほ
)
り
命
(
いのち
)
を
貰
(
もら
)
ひませう』
291
守宮別
『ハツハヽヽヽ、
292
お
寅
(
とら
)
さま
以上
(
いじやう
)
に
愛
(
あい
)
する
女
(
をんな
)
が
出来
(
でき
)
たものだから、
293
愛
(
あい
)
の
深
(
ふか
)
い
方
(
はう
)
へ
鞍替
(
くらがへ
)
したのですよ。
294
それが
恋愛
(
れんあい
)
の
精神
(
せいしん
)
ですからな。
295
どうか
今迄
(
いままで
)
の
悪縁
(
あくえん
)
と
諦
(
あきら
)
めて
下
(
くだ
)
さい。
296
酒
(
さけ
)
を
一杯
(
いつぱい
)
のんでもゴテゴテ
云
(
い
)
はれるやうな
不親切
(
ふしんせつ
)
な
女房
(
にようばう
)
では、
297
やりきれませぬからな』
298
お寅
『こりやお
花
(
はな
)
のド
倒
(
たふ
)
しもの、
299
人
(
ひと
)
の
男
(
をとこ
)
を
寝
(
ね
)
とりよつて
思
(
おも
)
ひ
知
(
し
)
つたがよからうぞ』
300
と
云
(
い
)
ふより
早
(
はや
)
く、
301
そこにあつた
角火鉢
(
かくひばち
)
を
頭上
(
づじやう
)
高
(
たか
)
く
振
(
ふ
)
り
上
(
あ
)
げ、
302
お
花
(
はな
)
と
守宮別
(
やもりわけ
)
との
真中
(
まんなか
)
を
目
(
め
)
がけて
投
(
な
)
げつけた。
303
灰
(
はひ
)
は
濛々
(
もうもう
)
と
立上
(
たちあが
)
り
咫尺
(
しせき
)
暗澹
(
あんたん
)
となつた。
304
お
寅
(
とら
)
はあまりの
腹立
(
はらだた
)
しさに
気
(
き
)
も
狂乱
(
きやうらん
)
しドツと
尻餅
(
しりもち
)
をついたまま、
305
息
(
いき
)
がつまり
口
(
くち
)
をアングリ、
306
鮒
(
ふな
)
が
泥
(
どろ
)
に
酔
(
よ
)
ふたやうに
上唇
(
うはくちびる
)
、
307
下唇
(
したくちびる
)
をパクパクかち
合
(
あは
)
せてゐる、
308
その
隙
(
すき
)
に
乗
(
じやう
)
じ
守宮別
(
やもりわけ
)
はお
花
(
はな
)
と
共
(
とも
)
に
永居
(
ながゐ
)
は
恐
(
おそ
)
れと、
309
細
(
ほそ
)
い
路地
(
ろぢ
)
を
潜
(
くぐ
)
つて
橄欖山
(
かんらんざん
)
の
方面
(
はうめん
)
さして
逃
(
に
)
げて
行
(
ゆ
)
く。
310
(
大正一四・八・一九
旧六・三〇
於由良
北村隆光
録)
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