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第64巻(卯の巻)下
序文
総説
第1篇 復活転活
01 復活祭
〔1807〕
02 逆襲
〔1808〕
03 草居谷底
〔1809〕
04 誤霊城
〔1810〕
05 横恋慕
〔1811〕
第2篇 鬼薊の花
06 金酒結婚
〔1812〕
07 虎角
〔1813〕
08 擬侠心
〔1814〕
09 狂怪戦
〔1815〕
10 拘淫
〔1816〕
第3篇 開花落花
11 狂擬怪
〔1817〕
12 開狂式
〔1818〕
13 漆別
〔1819〕
14 花曇
〔1820〕
15 騒淫ホテル
〔1821〕
第4篇 清風一過
16 誤辛折
〔1822〕
17 茶粕
〔1823〕
18 誠と偽
〔1824〕
19 笑拙種
〔1825〕
20 猫鞍干
〔1826〕
21 不意の官命
〔1827〕
22 帰国と鬼哭
〔1828〕
余白歌
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第一五章
騒淫
(
さういん
)
ホテル〔一八二一〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下
篇:
第3篇 開花落花
よみ(新仮名遣い):
かいからっか
章:
第15章 騒淫ホテル
よみ(新仮名遣い):
そういんほてる
通し章番号:
1821
口述日:
1925(大正14)年08月20日(旧07月1日)
口述場所:
丹後由良 秋田別荘
筆録者:
加藤明子
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年11月7日
概要:
舞台:
僧院ホテルの一号室、三号室、二号室
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
主な登場人物
[?]
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2017-11-26 19:23:55
OBC :
rm64b15
愛善世界社版:
201頁
八幡書店版:
第11輯 570頁
修補版:
校定版:
204頁
普及版:
63頁
初版:
ページ備考:
001
守宮別
(
やもりわけ
)
はお
花
(
はな
)
の
形勢
(
けいせい
)
如何
(
いかに
)
と、
002
息
(
いき
)
を
殺
(
ころ
)
して
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
たが、
003
余
(
あま
)
り
低気圧
(
ていきあつ
)
の
襲来
(
しふらい
)
もないので、
004
安心
(
あんしん
)
して
翌日
(
よくじつ
)
の
十
(
じふ
)
時
(
じ
)
過
(
すぎ
)
まで
潰
(
つぶ
)
れるやうに
寝
(
ね
)
て
了
(
しま
)
つた。
005
お
花
(
はな
)
はどこやら
一
(
ひと
)
つ
腑
(
ふ
)
に
落
(
お
)
ちぬ
所
(
ところ
)
があるので、
006
一目
(
ひとめ
)
も
睡
(
ねむ
)
らず
角膜
(
かくまく
)
を
血
(
ち
)
ばしらして、
007
朝間
(
あさま
)
早
(
はや
)
くから、
008
ヤクをたたき
起
(
おこ
)
し、
009
次
(
つぎ
)
の
間
(
ま
)
に
座
(
ざ
)
をしめて、
010
稍
(
やや
)
小声
(
こごゑ
)
になり、
011
お花
『これ、
012
ヤクさま、
013
昨夕
(
ゆふべ
)
お
前
(
まへ
)
は
綾子
(
あやこ
)
と
云
(
い
)
ふ
娘
(
むすめ
)
があると
云
(
い
)
ひましたねえ』
014
ヤクは……ウツカリ
吾子
(
わがこ
)
の
事
(
こと
)
を
喋
(
しやべ
)
り、
015
若
(
も
)
し
守宮別
(
やもりわけ
)
との
関係
(
くわんけい
)
があらうものなら、
016
板挟
(
いたばさ
)
みになつて
此家
(
ここ
)
に
居
(
を
)
る
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ない。
017
これや
呆
(
ほう
)
けるに
限
(
かぎ
)
る……と
腹
(
はら
)
をきめ、
018
ヤク
『ハイ
云
(
い
)
ひました。
019
併
(
しか
)
しありや
嘘
(
うそ
)
ですよ。
020
つい
座興
(
ざきよう
)
にアンナ
事
(
こと
)
云
(
い
)
つて
見
(
み
)
たのですよ。
021
ナアニ、
022
私
(
わたし
)
の
様
(
やう
)
な
者
(
もの
)
に
半分
(
はんぶん
)
でも
娘
(
むすめ
)
があつて
耐
(
たま
)
るものですか。
023
娘
(
むすめ
)
さへ
有
(
あ
)
りや、
024
コンナ
難儀
(
なんぎ
)
はしませぬからな』
025
お
花
(
はな
)
は
長煙管
(
ながきせる
)
で
火鉢
(
ひばち
)
の
縁
(
ふち
)
を
叩
(
たた
)
き
乍
(
なが
)
ら、
026
頭
(
かしら
)
を
左右
(
さいう
)
に
振
(
ふ
)
り、
027
お花
『イエイエ
駄目
(
だめ
)
ですよ。
028
お
花
(
はな
)
の
目
(
め
)
で
一目
(
ひとめ
)
睨
(
にら
)
みたら、
029
何程
(
なにほど
)
隠
(
かく
)
しても
駄目
(
だめ
)
ですよ。
030
サアちやつと
云
(
い
)
ふて
下
(
くだ
)
さい。
031
好
(
い
)
い
子
(
こ
)
だからなア』
032
ヤク
『
何程
(
なにほど
)
好
(
い
)
い
児
(
こ
)
だと
仰有
(
おつしや
)
つても
独身
(
どくしん
)
ものの
私
(
わたし
)
、
033
好
(
い
)
い
子
(
こ
)
も
悪
(
わる
)
い
子
(
こ
)
も、
034
嬶
(
かか
)
も
女房
(
にようばう
)
もカカンツも、
035
媽村屋
(
かかむらや
)
も
何
(
なに
)
もありませぬわい』
036
お花
『
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても、
037
お
前
(
まへ
)
の
顔
(
かほ
)
は、
038
一寸
(
ちよつと
)
渋皮
(
しぶかは
)
のむけた
姫殺
(
ひめころ
)
しだよ。
039
縦
(
たて
)
から
見
(
み
)
ても
横
(
よこ
)
から
見
(
み
)
ても、
040
女
(
をんな
)
にちやほやされるスタイルだ。
041
柳
(
やなぎ
)
の
眉毛
(
まゆげ
)
にキリリとした
目許
(
めもと
)
、
042
黒
(
くろ
)
ぐろしい
目
(
め
)
の
玉
(
たま
)
、
043
鼻
(
はな
)
の
恰好
(
かつかう
)
と
云
(
い
)
ひ
口許
(
くちもと
)
と
云
(
い
)
ひ、
044
お
前
(
まへ
)
のやうな
美男子
(
びなんし
)
を、
045
捨
(
す
)
てる
女
(
をんな
)
があるものかいなア。
046
随分
(
ずゐぶん
)
女殺
(
をんなごろし
)
をやつたやうな
顔
(
かほ
)
だよ。
047
サアサアほんとに
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
048
決
(
けつ
)
して
守宮別
(
やもりわけ
)
さまに
不足
(
ふそく
)
は
云
(
い
)
はない、
049
お
前
(
まへ
)
の
迷惑
(
めいわく
)
になるやうな
事
(
こと
)
はせぬから。
050
守宮別
(
やもりわけ
)
さまのひいきばかりせずに、
051
お
花
(
はな
)
のひいきも
些
(
ちつ
)
とはして
下
(
くだ
)
さつては
如何
(
どう
)
ぢやいな』
052
ヤク
『アーアー
煩
(
うるさ
)
い
事
(
こと
)
だな。
053
お
前
(
まへ
)
さまの
気
(
き
)
に
入
(
い
)
れば
旦那
(
だんな
)
さまの
気
(
き
)
に
入
(
い
)
らず、
054
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
の
為
(
ため
)
を
思
(
おも
)
へばお
前
(
まへ
)
さまに
責
(
せ
)
められるなり、
055
私
(
わたし
)
も
立
(
た
)
つ
瀬
(
せ
)
がありませぬわ』
056
お花
『ホヽヽヽ、
057
夫
(
そ
)
れ
御覧
(
ごらん
)
なさい。
058
蛙
(
かへる
)
は
口
(
くち
)
から、
059
たうとう
白状
(
はくじやう
)
なさつたぢやありませぬか。
060
綾子
(
あやこ
)
と
云
(
い
)
ふ
芸者
(
げいしや
)
は
一体
(
いつたい
)
何処
(
どこ
)
に
置
(
お
)
いてあるのだい』
061
ヤク
『ハイ、
062
もう
仕方
(
しかた
)
がありませぬから
申
(
まをし
)
ますわ。
063
併
(
しか
)
し
私
(
わたし
)
が
云
(
い
)
つた
為
(
た
)
めに、
064
夫婦
(
ふうふ
)
喧嘩
(
げんくわ
)
でもやられちや、
065
此処
(
ここ
)
を
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
すより
外
(
ほか
)
はありませぬ。
066
さうすりや、
067
主人
(
しゆじん
)
を
失
(
うしな
)
つた
野良犬
(
のらいぬ
)
同様
(
どうやう
)
、
068
ルンペンするより
外
(
ほか
)
ありませぬ。
069
さうすれや
可愛
(
かあい
)
い
娘
(
むすめ
)
の
恥
(
はぢ
)
にもなりますし、
070
まさかの
時
(
とき
)
の
保証
(
ほしよう
)
をして
貰
(
もら
)
はにや
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ』
071
お花
『ホヽヽヽ、
072
何
(
なん
)
と
如才
(
じよさい
)
の
無
(
な
)
い
男
(
をとこ
)
だこと。
073
併
(
しか
)
しお
前
(
まへ
)
の
立場
(
たちば
)
とすりや
無理
(
むり
)
もない
事
(
こと
)
だ。
074
それなら、
075
どつとはり
込
(
こ
)
みて
百円札
(
ひやくゑんさつ
)
一
(
いち
)
枚
(
まい
)
上
(
あ
)
げるから
何
(
なに
)
も
彼
(
か
)
も
云
(
い
)
ふのだよ』
076
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
077
ヤクの
懐
(
ふところ
)
へ
蟇口
(
がまぐち
)
から
百円札
(
ひやくゑんさつ
)
を
一
(
いち
)
枚
(
まい
)
取
(
と
)
り
出
(
だ
)
してそつと
捻込
(
ねじこ
)
む。
078
ヤク
『ハ、
079
遉
(
さすが
)
はお
花
(
はな
)
さま、
080
三千
(
さんぜん
)
世界
(
せかい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
、
081
シオンの
娘
(
むすめ
)
、
082
木花
(
このはな
)
咲耶姫
(
さくやひめ
)
の
生宮
(
いきみや
)
、
083
アヤメのお
花様
(
はなさま
)
、
084
有難
(
ありがた
)
く
頂戴
(
ちやうだい
)
致
(
いた
)
します。
085
帰命
(
きめい
)
頂礼
(
ちやうらい
)
謹請
(
ごんじよう
)
再拝
(
さいはい
)
謹請
(
ごんじよう
)
再拝
(
さいはい
)
』
086
お花
『これこれ
辛気
(
しんき
)
臭
(
くさ
)
い、
087
ソンナ
事
(
こと
)
どうでもよいぢやないか。
088
早
(
はや
)
く
事実
(
じじつ
)
を
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいな。
089
グヅグヅしとると
守宮別
(
やもりわけ
)
さまが
起
(
お
)
きて
来
(
く
)
るぢやないか』
090
ヤク
『ハイ、
091
それなら
申
(
まを
)
します。
092
確
(
たしか
)
に
綾子
(
あやこ
)
と
云
(
い
)
ふ
娘
(
むすめ
)
が
厶
(
ござ
)
います。
093
サアこれで
許
(
こら
)
へて
下
(
くだ
)
さい』
094
お花
『それ
御覧
(
ごらん
)
、
095
娘
(
むすめ
)
があるだらう。
096
妾
(
わし
)
の
目
(
め
)
は
違
(
ちが
)
ふまいがな』
097
ヤク
『いや
誠
(
まこと
)
にはや、
098
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
りまして
厶
(
ござ
)
います。
099
生宮
(
いきみや
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
明察
(
めいさつ
)
、
100
到底
(
たうてい
)
匹夫
(
ひつぷ
)
下郎
(
げらう
)
のわれわれには、
101
御
(
ご
)
心底
(
しんてい
)
を
測知
(
そくち
)
する
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬワイ、
102
エヘヽヽヽ』
103
お花
『その
綾子
(
あやこ
)
は
一
(
いつ
)
たい
何処
(
どこ
)
に
居
(
を
)
るのだい』
104
ヤク
『ヘエ、
105
居所
(
ゐどころ
)
迄
(
まで
)
申上
(
まをしあげ
)
ると
約束
(
やくそく
)
はして
厶
(
ござ
)
いませぬがな』
106
お花
『この
広
(
ひろ
)
い
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
、
107
確
(
たしか
)
に
娘
(
こ
)
があると
云
(
い
)
つた
所
(
ところ
)
で、
108
居所
(
ゐどころ
)
が
分
(
わか
)
らぬやうな
事
(
こと
)
で
何
(
なん
)
になりますか。
109
さう
意茶
(
いちや
)
つかさずと、
110
とつとと
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいな』
111
ヤク
『ソンナラドツとはり
込
(
こ
)
んで、
112
神秘
(
しんぴ
)
の
扉
(
とびら
)
を
開
(
ひら
)
きませう。
113
実
(
じつ
)
はその
何
(
なん
)
です。
114
或
(
ある
)
所
(
ところ
)
に
勤
(
つと
)
め
奉公
(
ほうこう
)
をやつて
居
(
ゐ
)
ますよ。
115
それはそれは
別嬪
(
べつぴん
)
ですよ。
116
親
(
おや
)
の
口
(
くち
)
より
云
(
い
)
ふのは
何
(
なん
)
ですが
失礼
(
しつれい
)
乍
(
なが
)
らお
花
(
はな
)
さまのやうな
別嬪
(
べつぴん
)
でも
到底
(
たうてい
)
傍
(
そば
)
へは
寄
(
よ
)
れませぬな』
117
お花
『
何
(
なに
)
、
118
別嬪
(
べつぴん
)
だと、
119
そりや
大変
(
たいへん
)
だ。
120
その
別嬪
(
べつぴん
)
が
何処
(
どこ
)
に
居
(
を
)
ると
云
(
い
)
ふのだい』
121
ヤク
『
或
(
ある
)
所
(
ところ
)
に
確
(
たしか
)
に
居
(
を
)
りますがな』
122
お花
『
或
(
ある
)
所
(
ところ
)
と
云
(
い
)
つたつて、
123
地名
(
ちめい
)
を
云
(
い
)
はにや
分
(
わか
)
らぬぢやないか』
124
ヤク
『
有
(
あ
)
る
所
(
ところ
)
に
居
(
ゐ
)
るに
定
(
きま
)
つてゐますがな。
125
無
(
な
)
い
所
(
ところ
)
に
居
(
を
)
りさうな
筈
(
はず
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬもの』
126
お花
『どこの
国
(
くに
)
の
何処
(
どこ
)
の
町
(
まち
)
に
居
(
を
)
ると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さい』
127
ヤク
『
成程
(
なるほど
)
、
128
併
(
しか
)
しコンナ
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ひますと、
129
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
におつ
放
(
ぽ
)
り
出
(
だ
)
されますわ。
130
其
(
その
)
時
(
とき
)
の
用意
(
ようい
)
にモウ
百
(
ひやく
)
両
(
りやう
)
下
(
くだ
)
さいな』
131
お花
『エヽ
欲
(
よく
)
の
深
(
ふか
)
い
男
(
をとこ
)
だな、
132
それ
百
(
ひやく
)
円
(
ゑん
)
』
133
と
又
(
また
)
放
(
ほ
)
り
出
(
だ
)
す。
134
ヤク
『エヘヽヽヽヽ、
135
確
(
たしか
)
に
頂戴
(
ちやうだい
)
致
(
いた
)
しました。
136
三千
(
さんぜん
)
世界
(
せかい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
、
137
大
(
おほ
)
ミロクの
生宮
(
いきみや
)
』
138
お花
『これこれヤク。
139
ソンナ
長
(
なが
)
たらしい
事
(
こと
)
はどうでもよい。
140
サ
早
(
はや
)
く
簡単
(
かんたん
)
に
所在
(
ありか
)
を
云
(
い
)
ふて
下
(
くだ
)
さいな。
141
助
(
たす
)
けて
貰
(
もら
)
つたお
礼
(
れい
)
にも
行
(
ゆ
)
かねばならぬからな』
142
ヤク
『ハイ、
143
パレスチナの
国
(
くに
)
に
居
(
を
)
ります』
144
お花
『
成程
(
なるほど
)
、
145
さうだろ さうだろ、
146
処
(
ところ
)
はどこだい』
147
ヤク
『
所
(
ところ
)
ですかいな。
148
所
(
ところ
)
がお
前
(
まへ
)
さま、
149
所
(
ところ
)
をすつかり
忘
(
わす
)
れて
了
(
しま
)
つたのですよ』
150
お花
『これヤク、
151
百
(
ひやく
)
円
(
ゑん
)
返
(
かへ
)
してお
呉
(
く
)
れ。
152
もうお
前
(
まへ
)
のやうな
頼
(
たよ
)
りない
方
(
かた
)
とは
掛合
(
かけあ
)
つても
駄目
(
だめ
)
だ。
153
これから
警察署
(
けいさつしよ
)
へ
行
(
い
)
つて
探
(
さが
)
して
貰
(
もら
)
う。
154
名
(
な
)
さへ
分
(
わか
)
ればよいのだから、
155
其
(
その
)
百
(
ひやく
)
円
(
ゑん
)
をお
返
(
かへ
)
し』
156
とグツと
胸倉
(
むなぐら
)
をつかむ。
157
ヤク
『メヽヽヽ
滅相
(
めつさう
)
な、
158
これや
私
(
わたし
)
の
金
(
かね
)
です。
159
たとへ
天
(
てん
)
が
地
(
ち
)
になつてもこの
金
(
かね
)
は
渡
(
わた
)
しませぬ』
160
お花
『それならもつと
詳
(
くは
)
しく
云
(
い
)
はないかいな』
161
ヤク
『それならもう
百
(
ひやく
)
円
(
ゑん
)
下
(
くだ
)
さいな。
162
詳
(
くは
)
しく
云
(
い
)
ひますから』
163
お花
『エヽ
仕方
(
しかた
)
がない、
164
これで
三百
(
さんびやく
)
円
(
えん
)
だよ』
165
ヤク
『
実
(
じつ
)
は、
166
かう
云
(
い
)
ふて
千
(
せん
)
円
(
ゑん
)
許
(
ばか
)
りせしめようと
思
(
おも
)
ひましたが、
167
俄
(
にはか
)
に
良心
(
りやうしん
)
の
奴
(
やつ
)
弱音
(
よわね
)
を
吹
(
ふ
)
いて、
168
肉体
(
にくたい
)
を
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
がらしますから、
169
三百
(
さんびやく
)
円
(
えん
)
で
辛抱
(
しんばう
)
しておきませう。
170
実
(
じつ
)
はステーション
街道
(
かいだう
)
の
有明家
(
ありあけや
)
の
綾子
(
あやこ
)
と
云
(
い
)
つたら、
171
界隈
(
かいわい
)
切
(
き
)
つての
美人
(
びじん
)
ですよ。
172
サアもう
此処迄
(
ここまで
)
いつたら
耐
(
こら
)
へて
下
(
くだ
)
さい。
173
もう
此
(
この
)
上
(
うへ
)
は
材料
(
ざいれう
)
が
厶
(
ござ
)
いませぬからな』
174
お花
『いや、
175
よう
云
(
い
)
ふて
下
(
くだ
)
さつた。
176
お
前
(
まへ
)
ならこそ、
177
三百
(
さんびやく
)
円
(
えん
)
は
安
(
やす
)
いものだよ。
178
サアこれから
三百
(
さんびやく
)
円
(
えん
)
が
とこ
守宮別
(
やもりわけ
)
をとつ
締
(
ち
)
めてやらねばなるまい』
179
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
他愛
(
たあい
)
もなく
寝
(
ね
)
て
居
(
ゐ
)
る
守宮別
(
やもりわけ
)
のポケットに
手
(
て
)
を
入
(
い
)
れて
探
(
さぐ
)
つて
見
(
み
)
ると
小
(
ちひ
)
さい
名刺
(
めいし
)
が
現
(
あら
)
はれた。
180
お
花
(
はな
)
はそつと
吾
(
わが
)
居間
(
ゐま
)
に
帰
(
かへ
)
り
老眼鏡
(
らうがんきやう
)
をかけてよく
見
(
み
)
れば、
181
六号
(
ろくがう
)
活字
(
くわつじ
)
で、
182
『
有明家
(
ありあけや
)
綾子
(
あやこ
)
』と
記
(
しる
)
してある、
183
さうして
横
(
よこ
)
の
方
(
はう
)
に
小
(
ちひ
)
さい
写真
(
しやしん
)
がついてゐる。
184
お
花
(
はな
)
は
俄
(
にはか
)
に
頭
(
かしら
)
へ
血
(
ち
)
がのぼり、
185
卒倒
(
そつたう
)
せむ
許
(
ばか
)
りに
打
(
う
)
ち
驚
(
おどろ
)
いたが
遉
(
さすが
)
の
豪傑
(
がうけつ
)
女
(
をんな
)
、
186
グツと
気
(
き
)
を
取
(
と
)
り
直
(
なほ
)
し、
187
手
(
て
)
を
振
(
ふる
)
はせ
乍
(
なが
)
ら
名刺
(
めいし
)
の
裏
(
うら
)
を
返
(
かへ
)
して
見
(
み
)
ると、
188
薄
(
うす
)
い
鉛筆
(
えんぴつ
)
文字
(
もじ
)
で
何
(
なに
)
かクシヤクシヤと
記
(
しる
)
してある。
189
お
花
(
はな
)
は
目
(
め
)
が
眩
(
くら
)
み、
190
この
文字
(
もじ
)
を
読
(
よ
)
む
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ず、
191
たうとう
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
卒倒
(
そつたう
)
して
仕舞
(
しま
)
つた。
192
其処
(
そこ
)
へボーイの
案内
(
あんない
)
につれて
十七八
(
じふしちはち
)
の
花
(
はな
)
を
欺
(
あざむ
)
く
美人
(
びじん
)
が
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
り、
193
綾子
『
漆別
(
うるしわけ
)
さまのお
部屋
(
へや
)
は
此方
(
こちら
)
で
厶
(
ござ
)
いますか。
194
有明家
(
ありあけや
)
の
綾子
(
あやこ
)
が
一寸
(
ちよつと
)
お
目
(
め
)
にかかり
度
(
た
)
いとお
伝
(
つた
)
へ
下
(
くだ
)
さいませ』
195
ヤクは
一目
(
ひとめ
)
見
(
み
)
るより
吃驚
(
びつくり
)
し、
196
ヤク
『ヤ、
197
お
前
(
まへ
)
は
綾子
(
あやこ
)
ぢやないか。
198
オイ、
199
コンナ
所
(
ところ
)
へ
来
(
き
)
て
呉
(
く
)
れては
大変
(
たいへん
)
だ。
200
どうか
帰
(
かへ
)
つて
呉
(
く
)
れ
大変
(
たいへん
)
だからな』
201
綾子
『イエ、
202
妾
(
わたし
)
は
漆別
(
うるしわけ
)
さまに
用
(
よう
)
があつて
来
(
き
)
たのですもの。
203
何程
(
なんぼ
)
親
(
おや
)
だとて、
204
娘
(
むすめ
)
の
恋愛
(
れんあい
)
迄
(
まで
)
圧迫
(
あつぱく
)
する
権利
(
けんり
)
は
厶
(
ござ
)
いますまい』
205
ヤク
『これ
娘
(
むすめ
)
、
206
親
(
おや
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
をなぜ
聞
(
き
)
かぬのか』
207
綾子
『ヘン、
208
偉
(
えら
)
さうに
親顔
(
おやがほ
)
して
下
(
くだ
)
さいますなや。
209
お
母
(
かあ
)
さまが
亡
(
な
)
くなつてから
後妻
(
ごさい
)
を
貰
(
もら
)
つて
妾
(
わらは
)
をいぢめさせ、
210
沢山
(
たくさん
)
の
財産
(
ざいさん
)
を
皆
(
みな
)
無
(
な
)
くして
仕舞
(
しま
)
つて、
211
一人
(
ひとり
)
の
娘
(
むすめ
)
に
高等
(
かうとう
)
教育
(
けういく
)
も
受
(
う
)
けさせず、
212
十一
(
じふいち
)
やそこらで
茶屋
(
ちやや
)
へ
売飛
(
うりと
)
ばすと
云
(
い
)
ふやうな
無情
(
むじやう
)
冷酷
(
れいこく
)
な
親
(
おや
)
が
何処
(
どこ
)
にありますか、
213
何
(
なん
)
と
仰有
(
おつしや
)
つても
妾
(
わたし
)
は
漆別
(
うるしわけ
)
さまに
会
(
あ
)
はねばなりませぬ』
214
ヤク
『
漆別
(
うるしわけ
)
さまなぞと、
215
ソンナお
方
(
かた
)
は
居
(
を
)
られないよ。
216
アタ
見
(
み
)
つともない、
217
女
(
をんな
)
が
男
(
をとこ
)
を
尋
(
たづ
)
ねると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
が
有
(
あ
)
るか、
218
早
(
はや
)
く
帰
(
かへ
)
つて
呉
(
く
)
れ。
219
のう、
220
私
(
わし
)
を
助
(
たす
)
けると
思
(
おも
)
つて』
221
綾子
『
漆別
(
うるしわけ
)
さまが
居
(
ゐ
)
なくても
構
(
かま
)
ひませぬ。
222
第一号
(
だいいちがう
)
室
(
しつ
)
のお
客
(
きやく
)
さまに
遇
(
あ
)
ひさへすればいいのですもの』
223
ヤク
『
第一号
(
だいいちがう
)
室
(
しつ
)
は、
224
三千
(
さんぜん
)
世界
(
せかい
)
の
生神
(
いきがみ
)
、
225
シオンの
娘
(
むすめ
)
、
226
木花
(
このはな
)
咲耶姫
(
さくやひめ
)
の
尊様
(
みことさま
)
が
祭
(
まつ
)
つてあるのだ。
227
人間
(
にんげん
)
なぞは
居
(
ゐ
)
ないから、
228
サアサア、
229
とつとと
帰
(
かへ
)
つて
呉
(
く
)
れ』
230
綾子
『
一号室
(
いちがうしつ
)
が
差支
(
さしつかへ
)
れや
二号室
(
にがうしつ
)
でも
三号室
(
さんがうしつ
)
でも
構
(
かま
)
ひませぬワ』
231
ヤク
『あゝ
困
(
こま
)
つたな、
232
お
花
(
はな
)
さまが
今
(
いま
)
卒倒
(
そつたう
)
しとるので
好
(
い
)
やうなものの、
233
コンナ
事
(
こと
)
になつて
来
(
き
)
たら、
234
何事
(
なにごと
)
が
起
(
おこ
)
るか
知
(
し
)
れやしないわ。
235
アヽ
一層
(
いつそう
)
面倒
(
めんだう
)
の
起
(
おこ
)
らぬ
中
(
うち
)
に
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
さうかな』
236
綾子
『
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
さうと
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
すまいと、
237
貴方
(
あなた
)
の
勝手
(
かつて
)
になさいませ。
238
私
(
わたし
)
は
夫婦
(
ふうふ
)
約束
(
やくそく
)
迄
(
まで
)
した
漆別
(
うるしわけ
)
さまに
遇
(
あ
)
ひさへすれば
好
(
よ
)
いのですもの』
239
ヤク
『
何
(
なに
)
、
240
夫婦
(
ふうふ
)
約束
(
やくそく
)
迄
(
まで
)
したと、
241
ヤ、
242
こいつは
困
(
こま
)
つたな。
243
蔭裏
(
かげうら
)
の
豆
(
まめ
)
も
時節
(
じせつ
)
が
来
(
く
)
れば
花
(
はな
)
が
咲
(
さ
)
く
油断
(
ゆだん
)
のならぬは
娘
(
むすめ
)
とはよく
云
(
い
)
つたものだわい』
244
綾子
『
定
(
きま
)
つた
事
(
こと
)
ですよ。
245
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
迄
(
まで
)
色餓鬼
(
いろがき
)
の
巷
(
ちまた
)
へ、
246
お
父
(
とう
)
さまが
打
(
ぶ
)
ち
込
(
こ
)
んだのですもの、
247
修学院
(
しうがくゐん
)
の
雀
(
すずめ
)
は
蒙求
(
もうぎう
)
を
囀
(
さへづ
)
り、
248
門前
(
もんぜん
)
の
小僧
(
こぞう
)
は
学
(
まな
)
ばずに
経
(
きやう
)
を
読
(
よ
)
む
道理
(
だうり
)
、
249
妾
(
わたし
)
だつて
十三
(
じふさん
)
の
年
(
とし
)
から
恋愛
(
れんあい
)
は
悟
(
さと
)
つて
居
(
を
)
りますわ。
250
ホヽヽ、
251
エヽコンナ
没分暁漢
(
わからずや
)
のデモお
父
(
とう
)
さまに
掛合
(
かけあ
)
つても
駄目
(
だめ
)
だ。
252
二世
(
にせ
)
を
契
(
ちぎ
)
つた
漆別
(
うるしわけ
)
さまに
遇
(
あ
)
へばよいのだよ』
253
と
矢庭
(
やには
)
にヤクの
手
(
て
)
を
振
(
ふ
)
り
放
(
はな
)
ち
三号室
(
さんがうしつ
)
に
侵入
(
しんにふ
)
した。
254
見
(
み
)
れば、
255
白粉
(
おしろい
)
をベツタリことつけた
五十
(
ごじふ
)
余
(
あま
)
りの
婆
(
ば
)
アさまが
仰向
(
あふむ
)
けに
倒
(
たふ
)
れて
居
(
ゐ
)
る。
256
綾子
『
何
(
なん
)
だ、
257
怪体
(
けつたい
)
な
所
(
ところ
)
だな』
258
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
259
第二号
(
だいにがう
)
室
(
しつ
)
のドアを
開
(
あ
)
けて
這入
(
はい
)
つて
見
(
み
)
ると、
260
グウグウと
夜半
(
よは
)
の
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
て
恋
(
こひ
)
しい
男
(
をとこ
)
が
睡
(
ねむ
)
つて
居
(
ゐ
)
るので、
261
綾子
(
あやこ
)
は
傍
(
そば
)
により、
262
綾子
『これ
申
(
もう
)
し
漆別
(
うるしわけ
)
様
(
さま
)
、
263
綾子
(
あやこ
)
で
厶
(
ござ
)
います。
264
どうか
起
(
おき
)
て
下
(
くだ
)
さい。
265
もう
何時
(
なんどき
)
だと
思
(
おも
)
ふていらつしやるの』
266
守宮別
(
やもりわけ
)
は
綾子
(
あやこ
)
の
艶
(
なまめか
)
しい
声
(
こゑ
)
が
耳
(
みみ
)
に
入
(
い
)
つたと
見
(
み
)
えてムクムクと
起
(
お
)
き
上
(
あが
)
り、
267
守宮別
『ヤ、
268
お
前
(
まへ
)
は
綾子
(
あやこ
)
だつたか、
269
怖
(
こは
)
い
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
た。
270
一寸
(
ちよつと
)
俺
(
おれ
)
はホテル
迄
(
まで
)
帰
(
かへ
)
つて
来
(
く
)
るわ』
271
綾子
『ホヽヽヽ、
272
これ
旦那
(
だんな
)
さま、
273
何
(
なに
)
を
寝呆
(
ねぼ
)
けて
入
(
い
)
らつしやるの。
274
此処
(
ここ
)
はカトリック
僧院
(
そうゐん
)
ホテルの
第二号
(
だいにがう
)
室
(
しつ
)
ですよ』
275
守宮別
『
成程
(
なるほど
)
さうだつたな。
276
お
前
(
まへ
)
又
(
また
)
どうして
尋
(
たづ
)
ねて
来
(
き
)
たのだい』
277
綾子
『
女房
(
にようばう
)
が
夫
(
をつと
)
の
所
(
ところ
)
へ
尋
(
たづ
)
ねて
来
(
く
)
るのが
悪
(
わる
)
う
厶
(
ござ
)
いますか、
278
貴方
(
あなた
)
も
余
(
あんま
)
り
妾
(
わたし
)
を
馬鹿
(
ばか
)
にして
下
(
くだ
)
さいますなや。
279
どうも
貴方
(
あなた
)
の
挙動
(
きよどう
)
が
怪
(
あや
)
しいと
思
(
おも
)
つて
考
(
かんが
)
へて
来
(
き
)
て
見
(
み
)
れば、
280
次
(
つぎ
)
の
間
(
ま
)
に
怪物
(
くわいぶつ
)
のやうな
女
(
をんな
)
が
寝
(
ね
)
かしてあるのでせう。
281
あれや
大方
(
おほかた
)
貴方
(
あなた
)
のレコでせう。
282
エー
悔
(
くや
)
しや
残念
(
ざんねん
)
やな』
283
と
守宮別
(
やもりわけ
)
の
顔面
(
がんめん
)
目蒐
(
めが
)
けて
所
(
ところ
)
構
(
かま
)
はず
掻
(
か
)
きむしる。
284
守宮別
(
やもりわけ
)
の
顔
(
かほ
)
には
長
(
なが
)
い
爪創
(
つめきづ
)
が
雨
(
あめ
)
の
脚
(
あし
)
の
様
(
やう
)
に
額口
(
ひたひぐち
)
から
咽喉
(
いんこう
)
にかけて
蚯蚓膨
(
みみずば
)
れが
出来
(
でき
)
て
了
(
しま
)
つた。
285
守宮別
『あゝ
許
(
ゆる
)
せ
許
(
ゆる
)
せ、
286
さう
掻
(
か
)
きむしられちや、
287
痛
(
いた
)
くて
耐
(
たま
)
らないぢやないか』
288
綾子
『エヽ、
289
年
(
とし
)
が
若
(
わか
)
い
未通娘
(
おぼこむすめ
)
だと
思
(
おも
)
つて、
290
妾
(
わたし
)
を
馬鹿
(
ばか
)
にしよつたな。
291
サアもう
死物狂
(
しにものぐる
)
ひだ。
292
喉首
(
のどくび
)
に
喰
(
くら
)
ひついて、
293
命
(
いのち
)
を
取
(
と
)
らねばおきませぬぞや』
294
ヤクはドアの
外
(
そと
)
から
様子
(
やうす
)
を
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
たが、
295
何
(
なん
)
とはなしに
形勢
(
けいせい
)
不穏
(
ふおん
)
なので、
296
開
(
あ
)
けて
入
(
はい
)
らうとすれど、
297
内部
(
ないぶ
)
より
錠
(
ぢやう
)
が
卸
(
おろ
)
してあるので、
298
一歩
(
いつぽ
)
も
進
(
すす
)
む
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ず、
299
ドアの
外
(
そと
)
で
地団駄
(
ぢだんだ
)
踏
(
ふ
)
んで
居
(
ゐ
)
る。
300
内部
(
ないぶ
)
では
守宮別
(
やもりわけ
)
綾子
(
あやこ
)
の
両人
(
りやうにん
)
がチンチン
喧嘩
(
げんくわ
)
の
真最中
(
まつさいちう
)
、
301
守宮別
(
やもりわけ
)
は
種茄子
(
たねなす
)
を
力
(
ちから
)
限
(
かぎ
)
り
締
(
し
)
めつけられ、
302
……
勘忍
(
かんにん
)
々々
(
かんにん
)
人殺
(
ひとごろし
)
……と
喚
(
わめ
)
きつつ、
303
やつとの
事
(
こと
)
で
錠
(
ぢやう
)
を
外
(
はづ
)
し
第三号
(
だいさんがう
)
室
(
しつ
)
迄
(
まで
)
命
(
いのち
)
辛々
(
からがら
)
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
した。
304
此
(
この
)
物音
(
ものおと
)
に
卒倒
(
そつたう
)
して
居
(
ゐ
)
たお
花
(
はな
)
は
気
(
き
)
がつき
見
(
み
)
れば
守宮別
(
やもりわけ
)
が
若
(
わか
)
い
女
(
をんな
)
と
組
(
く
)
んづほぐれつ、
305
掴
(
つか
)
みあつて
居
(
ゐ
)
る。
306
お
花
(
はな
)
は、
307
かつと
怒
(
いか
)
り、
308
お花
『コラすべた
女
(
をんな
)
奴
(
め
)
、
309
人
(
ひと
)
の
男
(
をとこ
)
を
取
(
と
)
りよつて、
310
覚悟
(
かくご
)
せい。
311
此
(
この
)
お
花
(
はな
)
も
死物狂
(
しにものぐる
)
ひだ』
312
と
綾子
(
あやこ
)
の
髻
(
たぶさ
)
を
掴
(
つか
)
んで
引
(
ひき
)
づり
廻
(
まは
)
す。
313
綾子
(
あやこ
)
は
守宮別
(
やもりわけ
)
とお
花
(
はな
)
の
両方
(
りやうはう
)
から
苛嘖
(
さいな
)
まれ、
314
綾子
『
人殺
(
ひとごろし
)
々々
(
ひとごろし
)
、
315
お
父
(
とう
)
さま
助
(
たす
)
けてお
呉
(
く
)
れ』
316
と
泣
(
な
)
き
叫
(
さけ
)
ぶ。
317
遉
(
さすが
)
のヤクも
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
の
危難
(
きなん
)
を
見
(
み
)
るに
忍
(
しの
)
びず、
318
ヤク
『この
淫乱
(
いんらん
)
婆々
(
ばば
)
奴
(
め
)
』
319
と
拳
(
こぶし
)
を
固
(
かた
)
めお
花
(
はな
)
の
頭
(
かしら
)
と
顔
(
かほ
)
の
区別
(
くべつ
)
なく、
320
丁々
(
ちやうちやう
)
発矢
(
はつし
)
と
打
(
う
)
ち
据
(
す
)
ゑる。
321
キヤーキヤー ガタガタ バタンバタン、
322
ドタンドタンと
時
(
とき
)
ならぬ
異様
(
いやう
)
の
響
(
ひび
)
きに
僧院
(
そうゐん
)
ホテルのボーイ
連
(
れん
)
も、
323
吾先
(
われさき
)
にと
階段
(
かいだん
)
を
登
(
のぼ
)
り
来
(
きた
)
り、
324
此奴
(
こいつ
)
も
亦
(
また
)
入
(
い
)
り
乱
(
みだ
)
れて
撲
(
なぐ
)
り
撲
(
なぐ
)
られ、
325
いつ
果
(
は
)
つるとも
知
(
し
)
れざれば、
326
ヤクは
一層
(
いつそう
)
の
事
(
こと
)
、
327
警察
(
けいさつ
)
へ
訴
(
うつた
)
へ
出
(
で
)
て
応援
(
おうゑん
)
を
請
(
こ
)
はむと、
328
階段
(
かいだん
)
を
駆
(
か
)
け
下
(
お
)
りる
折
(
をり
)
、
329
過
(
あやま
)
つて
転落
(
てんらく
)
し、
330
血
(
ち
)
を
吐
(
は
)
いて
蛙
(
かへる
)
をぶつつけたやうにフンノビて
仕舞
(
しま
)
ひける。
331
此
(
この
)
騒動
(
さうだう
)
も、
332
ホテルの
支配人
(
しはいにん
)
が
中
(
なか
)
に
入
(
はい
)
つて、
333
やつと
治
(
をさ
)
まり、
334
綾子
(
あやこ
)
は
有明家
(
ありあけや
)
へ
渡
(
わた
)
され、
335
お
花
(
はな
)
は
暫
(
しば
)
し
負傷
(
ふしやう
)
の
癒
(
なほ
)
る
迄
(
まで
)
、
336
エルサレムの
病院
(
びやうゐん
)
に
収容
(
しうよう
)
される
事
(
こと
)
となりにける。
337
(
大正一四・八・二〇
旧七・一
於由良秋田別荘
加藤明子
録)
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