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第64巻(卯の巻)下
序文
総説
第1篇 復活転活
01 復活祭
〔1807〕
02 逆襲
〔1808〕
03 草居谷底
〔1809〕
04 誤霊城
〔1810〕
05 横恋慕
〔1811〕
第2篇 鬼薊の花
06 金酒結婚
〔1812〕
07 虎角
〔1813〕
08 擬侠心
〔1814〕
09 狂怪戦
〔1815〕
10 拘淫
〔1816〕
第3篇 開花落花
11 狂擬怪
〔1817〕
12 開狂式
〔1818〕
13 漆別
〔1819〕
14 花曇
〔1820〕
15 騒淫ホテル
〔1821〕
第4篇 清風一過
16 誤辛折
〔1822〕
17 茶粕
〔1823〕
18 誠と偽
〔1824〕
19 笑拙種
〔1825〕
20 猫鞍干
〔1826〕
21 不意の官命
〔1827〕
22 帰国と鬼哭
〔1828〕
余白歌
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第一一章
狂擬怪
(
きやうぎくわい
)
〔一八一七〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下
篇:
第3篇 開花落花
よみ(新仮名遣い):
かいからっか
章:
第11章 狂擬怪
よみ(新仮名遣い):
きょうぎかい
通し章番号:
1817
口述日:
1925(大正14)年08月20日(旧07月1日)
口述場所:
丹後由良 秋田別荘
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年11月7日
概要:
舞台:
橄欖山の山頂
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
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:
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2017-11-26 18:56:58
OBC :
rm64b11
愛善世界社版:
147頁
八幡書店版:
第11輯 550頁
修補版:
校定版:
149頁
普及版:
63頁
初版:
ページ備考:
001
守宮別
(
やもりわけ
)
、
002
お
花
(
はな
)
の
両人
(
りやうにん
)
は
漸
(
やうや
)
くにして
橄欖山
(
かんらんさん
)
上
(
じやう
)
に
登
(
のぼ
)
り、
003
涼
(
すず
)
しい
樹蔭
(
こかげ
)
に
佇
(
たたず
)
み、
004
風
(
かぜ
)
に
面
(
おもて
)
をさらし
乍
(
なが
)
らくだけたやうな、
005
嬉
(
うれ
)
しさうな
顔
(
かほ
)
をして、
006
暫
(
しばら
)
く
抱擁
(
はうよう
)
キツスをやつてゐると、
007
後
(
うしろ
)
の
林
(
はやし
)
からバタバタバタと
妙
(
めう
)
な
音
(
おと
)
がしたので
二人
(
ふたり
)
はビツクリして
猫
(
ねこ
)
が
交尾
(
つる
)
むだあとのやうに
両方
(
りやうはう
)
にパツと
三間
(
さんげん
)
許
(
ばか
)
り
分
(
わか
)
れて
了
(
しま
)
つた。
008
お花
『
何
(
なん
)
だいな、
009
人
(
ひと
)
をビツクリさして、
010
私
(
わたし
)
は
又
(
また
)
、
011
お
寅
(
とら
)
さまぢやないかと
思
(
おも
)
つたのに、
012
鷹
(
たか
)
の
奴
(
やつ
)
、
013
本当
(
ほんたう
)
に
私
(
わたし
)
の
肝玉
(
きもだま
)
をデングリかへしよつたわ』
014
守宮別
『ハヽヽヽヽ、
015
お
寅
(
とら
)
は
昔
(
むかし
)
の
高姫
(
たかひめ
)
の
身魂
(
みたま
)
の
再来
(
さいらい
)
だから、
016
鷹
(
たか
)
が
現
(
あら
)
はれてビツクリさせよつたのも、
017
マンザラ
因縁
(
いんねん
)
のない
事
(
こと
)
もあるまい、
018
フツフヽヽヽ』
019
お花
『ア、
020
いやらしい、
021
あのタのつく
奴
(
やつ
)
に
碌
(
ろく
)
なものは
一
(
ひと
)
つもありやしないわ。
022
狸
(
たぬき
)
に
田吾作
(
たごさく
)
にタワケに
高姫
(
たかひめ
)
、
023
まだまだタントタント、
024
タ
印
(
じるし
)
はあるけれど、
025
気
(
き
)
に
喰
(
く
)
はないもの
許
(
ばか
)
りだわ、
026
それに
一番
(
いちばん
)
いかない
奴
(
やつ
)
は
高歩貸
(
たかぶがし
)
、
027
猪飼野
(
いかひぬ
)
の
権
(
ごん
)
さまだつて、
028
到頭
(
たうとう
)
鬼
(
おに
)
になつて
了
(
しま
)
つたぢやありませぬか』
029
守宮別
『ウツフヽヽヽヽ、
030
同
(
おな
)
じ
タ
でも
高天原
(
たかあまはら
)
は、
031
どうだい』
032
お花
『その
タ
と
此
(
この
)
タ
とはタの
種類
(
しゆるゐ
)
が
違
(
ちが
)
ひますわ』
033
守宮別
『
叩
(
たた
)
き
潰
(
つぶ
)
して
喰
(
く
)
ふタはどうだい』
034
お花
『
好
(
す
)
きな
人
(
ひと
)
に
叩
(
たた
)
き
潰
(
つぶ
)
され、
035
喰
(
く
)
はれるのは
満足
(
まんぞく
)
ですわ』
036
守宮別
『タゴール
博士
(
はかせ
)
やスタール
博士
(
はかせ
)
はどうだい』
037
お花
『
青目玉
(
あをめだま
)
の
赤髭
(
あかひげ
)
の
毛唐人
(
けたうじん
)
さまなんて、
038
ネツカラ
虫
(
むし
)
が
好
(
す
)
きませぬわね。
039
初
(
はじ
)
めて
自転倒
(
おのころ
)
島
(
じま
)
からお
寅
(
とら
)
さまと
一緒
(
いつしよ
)
に
来
(
き
)
た
時
(
とき
)
、
040
旦那
(
だんな
)
さまと
英語
(
えいご
)
でペチヤペチヤ
云
(
い
)
つてゐた
毛唐
(
けたう
)
さまも、
041
矢張
(
やつぱり
)
タ
がついてゐたやうですな』
042
守宮別
『ウン、
043
ありやお
前
(
まへ
)
、
044
有名
(
いうめい
)
なお
札
(
ふだ
)
博士
(
はかせ
)
のスタールさまと
云
(
い
)
ふシオン
大学
(
だいがく
)
の
先生
(
せんせい
)
だよ』
045
お花
『
大学
(
だいがく
)
の
先生
(
せんせい
)
ナンテよい
加減
(
かげん
)
のものですな。
046
貴方
(
あなた
)
のやうな
立派
(
りつぱ
)
なお
方
(
かた
)
や、
047
私
(
わたし
)
のやうな
美人
(
びじん
)
を、
048
よう
認
(
みと
)
めなかつたぢやありませぬか』
049
守宮別
『
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つてもお
寅
(
とら
)
の、
050
あのスタイルでは
一寸
(
ちよつと
)
見
(
み
)
た
所
(
ところ
)
、
051
威厳
(
ゐげん
)
が
無
(
な
)
いからのう。
052
私
(
わたし
)
だつて
鉛
(
なまり
)
を
銀
(
ぎん
)
だと
云
(
い
)
ひ
鷺
(
さぎ
)
を
烏
(
からす
)
として
紹介
(
せうかい
)
するのは
大変
(
たいへん
)
に
苦
(
くる
)
しかつたよ。
053
うすいうすいメツキのかかつた
救世主
(
きうせいしゆ
)
だもの、
054
直
(
すぐ
)
に
生地
(
きぢ
)
が
見
(
み
)
えるのだから、
055
どうする
事
(
こと
)
も
出来
(
でき
)
なかつたよ。
056
然
(
しか
)
しお
前
(
まへ
)
なら
容易
(
ようい
)
に
生地
(
きぢ
)
は
見
(
み
)
えまい、
057
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
都育
(
みやこそだ
)
ちだからなア、
058
お
寅
(
とら
)
のやうに
山
(
やま
)
のほ
寺
(
でら
)
の
荒屋
(
あばらや
)
住
(
すま
)
ひで
年
(
とし
)
を
取
(
と
)
つた
代物
(
しろもの
)
とは、
059
テンで
比
(
くら
)
べ
物
(
もの
)
にならないからな、
060
あの
時
(
とき
)
お
前
(
まへ
)
が
日出
(
ひのでの
)
神
(
かみ
)
と
名乗
(
なの
)
つてゐたなら、
061
うまくいつたかも
知
(
し
)
れないよ』
062
お
花
(
はな
)
は
嬉
(
うれ
)
しさうに、
063
お花
『そら、
064
さうでせうね、
065
何程
(
なにほど
)
研
(
みが
)
いても
金
(
きん
)
は
金
(
きん
)
、
066
瓦
(
かはら
)
は
瓦
(
かはら
)
ですもの。
067
もし
旦那
(
だんな
)
さま、
068
これから
私
(
わたし
)
が
救世主
(
きうせいしゆ
)
と
名乗
(
なの
)
つても
成功
(
せいこう
)
するでせうかな』
069
守宮別
『そりや
無論
(
むろん
)
の
事
(
こと
)
だ。
070
お
前
(
まへ
)
なら
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だ。
071
正札付
(
しやうふだつき
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
だよ』
072
お花
『これ、
073
旦那
(
だんな
)
さま、
074
物
(
もの
)
も
相談
(
さうだん
)
ぢやが、
075
一
(
ひと
)
つお
寅
(
とら
)
さまの
向
(
むか
)
ふを
張
(
は
)
り、
076
ブラバーサの
面皮
(
めんぴ
)
をむく
為
(
ため
)
に、
077
新
(
しん
)
ウラナイ
教
(
けう
)
を
立
(
た
)
てようぢやありませぬか。
078
そして
世界
(
せかい
)
万民
(
ばんみん
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
と
仰
(
あふ
)
がれて
見
(
み
)
ようぢや
厶
(
ござ
)
いませぬか』
079
守宮別
『そら、
080
面白
(
おもしろ
)
からう、
081
然
(
しか
)
し
救世主
(
きうせいしゆ
)
の
役
(
やく
)
はお
前
(
まへ
)
か、
082
私
(
わたし
)
か、
083
どちらにしたら
宜
(
よ
)
いか』
084
お花
『そら、
085
云
(
い
)
はいでも、
086
きまつてゐますがな。
087
天照
(
あまてらす
)
大御神
(
おほみかみ
)
様
(
さま
)
でも
女
(
をんな
)
でせう。
088
平和
(
へいわ
)
の
男神
(
をがみ
)
と
云
(
い
)
ふものはありませぬからな』
089
守宮別
『いかにも、
090
さう
聞
(
き
)
けや、
091
さうだ』
092
お花
『キリスト
教
(
けう
)
だつて
聖母
(
せいぼ
)
マリヤがあしらつてあればこそ、
093
その
宗教
(
しうけう
)
が
天下
(
てんか
)
に
拡
(
ひろ
)
まつてゐるのですよ。
094
仏教
(
ぶつけう
)
だつて
阿弥陀
(
あみだ
)
さま
丈
(
だけ
)
では
駄目
(
だめ
)
です。
095
お
釈迦
(
しやか
)
さまを
産
(
う
)
んだ
麻耶
(
まや
)
夫人
(
ふじん
)
もあり、
096
又
(
また
)
三十三
(
さんじふさん
)
相
(
さう
)
具備
(
ぐび
)
した
観世音
(
くわんぜおん
)
菩薩
(
ぼさつ
)
や
弁才天
(
べんざいてん
)
があしらつてあるものだから、
097
仏教
(
ぶつけう
)
は
燎原
(
れうげん
)
の
火
(
ひ
)
のやうに
世界
(
せかい
)
に
燃
(
も
)
え
拡
(
ひろ
)
がり、
098
三千
(
さんぜん
)
年
(
ねん
)
も
立
(
た
)
つた
今日
(
こんにち
)
迄
(
まで
)
命脈
(
めいみやく
)
を
保
(
たも
)
つてゐるのですよ。
099
三五教
(
あななひけう
)
だつて
坤
(
ひつじさる
)
の
金神
(
こんじん
)
と
云
(
い
)
ふ
女神
(
めがみ
)
さまをあしらつてあるぢやありませぬか。
100
どうしても
宗教
(
しうけう
)
を
開
(
ひら
)
かうと
思
(
おも
)
へや
女
(
をんな
)
をあしらはねば
駄目
(
だめ
)
ですわ』
101
守宮別
『さうすると、
102
何
(
なん
)
だな、
103
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
はサツパリ
女尊
(
ぢよそん
)
男卑
(
だんぴ
)
にして
了
(
しま
)
ふのだな』
104
お花
『そら、
105
さうですとも、
106
三五教
(
あななひけう
)
でさへも
霊主
(
れいしゆ
)
体従
(
たいじう
)
と
云
(
い
)
つてるでせう。
107
霊
(
れい
)
は
女性
(
ぢよせい
)
を
意味
(
いみ
)
し、
108
体
(
たい
)
は
男性
(
だんせい
)
を
意味
(
いみ
)
してるぢやありませぬか』
109
守宮別
『いかにも、
110
御尤
(
ごもつと
)
も、
111
分
(
わか
)
つてる。
112
ソンナラ、
113
之
(
これ
)
からお
前
(
まへ
)
をお
花
(
はな
)
大明神
(
だいみやうじん
)
と
崇
(
あが
)
め
奉
(
まつ
)
らう』
114
お花
『いやですよ、
115
お
花
(
はな
)
なぞと、
116
私
(
わたし
)
は
難浪津
(
なにはづ
)
に
咲
(
さ
)
くや
此花
(
このはな
)
冬籠
(
ふゆごも
)
り、
117
今
(
いま
)
を
春
(
はる
)
べと
咲
(
さ
)
くや
木花
(
このはな
)
と、
118
帰化人
(
きくわじん
)
の
王仁
(
わに
)
博士
(
はかせ
)
が
歌
(
うた
)
つておいた、
119
難浪津
(
なにはづ
)
に
生
(
うま
)
れたチャキチャキのお
花
(
はな
)
ですもの、
120
どうか
木花姫
(
このはなひめの
)
命
(
みこと
)
と
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいな、
121
あの
雲表
(
うんぺう
)
に
聳
(
そび
)
えてゐるシオン
山
(
ざん
)
を
御覧
(
ごらん
)
なさい、
122
あの
山
(
やま
)
だつて
日出島
(
ひのでじま
)
の
富士山
(
ふじさん
)
に、
123
よく
似
(
に
)
てるでせう。
124
世界
(
せかい
)
の
国人
(
くにびと
)
は、
125
あの
山
(
やま
)
を
尊称
(
そんしよう
)
してシオンの
娘
(
むすめ
)
と
云
(
い
)
つてるぢやありませぬか』
126
守宮別
『ナル
程
(
ほど
)
、
127
どうしてもお
前
(
まへ
)
は
俺
(
わし
)
よりは
役者
(
やくしや
)
が
一
(
いち
)
枚
(
まい
)
上
(
うへ
)
だ。
128
そんなら
今日
(
けふ
)
から
改
(
あらた
)
めてお
前
(
まへ
)
をシオンの
娘
(
むすめ
)
、
129
木花姫
(
このはなひめの
)
命
(
みこと
)
、
130
新
(
しん
)
ウラナイ
教
(
けう
)
の
大教主
(
だいけうしゆ
)
と
尊称
(
そんしよう
)
を
奉
(
たてまつ
)
らうかな』
131
お
花
(
はな
)
は
嬉
(
うれ
)
しさうにニコニコし
乍
(
なが
)
らチツト
許
(
ばか
)
りスネ
気分
(
きぶん
)
になり、
132
体
(
たい
)
をプイとゆすつて
口
(
くち
)
に
手
(
て
)
をあて、
133
お花
『ホヽヽヽ、
134
何
(
ど
)
うなと
御
(
ご
)
勝手
(
かつて
)
になさいませ』
135
守宮別
『お
気
(
き
)
に
入
(
い
)
りましたかな、
136
イヤ
重畳
(
ちようでふ
)
々々
(
ちようでふ
)
。
137
これで
愈
(
いよいよ
)
三千
(
さんぜん
)
世界
(
せかい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
もきまり
新
(
しん
)
ウラナイ
教
(
けう
)
の
組織
(
そしき
)
も
出来
(
でき
)
たと
云
(
い
)
ふものだ。
138
サア
之
(
これ
)
から
一万
(
いちまん
)
円
(
ゑん
)
の
資本
(
しほん
)
を
以
(
もつ
)
て
大々
(
だいだい
)
的
(
てき
)
活躍
(
くわつやく
)
を
試
(
こころ
)
みようかい』
139
お花
『これ
旦那
(
だんな
)
さま、
140
又
(
また
)
しても
一万
(
いちまん
)
円
(
ゑん
)
一万
(
いちまん
)
円
(
ゑん
)
と
仰有
(
おつしや
)
いますが、
141
此
(
この
)
一万
(
いちまん
)
円
(
ゑん
)
だつて
使
(
つか
)
つたら、
142
減
(
へ
)
つて
了
(
しま
)
ひますよ。
143
此
(
この
)
金
(
かね
)
はマサカの
時
(
とき
)
の
用意
(
ようい
)
とし、
144
貴方
(
あなた
)
と
二人
(
ふたり
)
の
生活費
(
せいくわつひ
)
位
(
ぐらゐ
)
は
新宗教
(
しんしうけう
)
の
所得
(
しよとく
)
で
補
(
おぎな
)
ふやうにせなくちや
駄目
(
だめ
)
ですよ』
145
守宮別
『
何
(
なん
)
と、
146
お
前
(
まへ
)
は
大変
(
たいへん
)
な
経済家
(
けいざいか
)
だのう』
147
お花
『そら、
148
さうですとも、
149
生馬
(
いきうま
)
の
目
(
め
)
をぬくやうな
競争
(
きやうそう
)
の
烈
(
はげ
)
しい
大都会
(
だいとくわい
)
の
真中
(
まんなか
)
で、
150
一文
(
いちもん
)
なしから
立派
(
りつぱ
)
な
家
(
いへ
)
屋敷
(
やしき
)
を
買求
(
かひもと
)
め、
151
あやめ
のお
花
(
はな
)
と
云
(
い
)
つて
満都
(
まんと
)
の
有情
(
いうじやう
)
男子
(
だんし
)
の
肝
(
きも
)
を
焦
(
じ
)
らしたと
云
(
い
)
ふ
兵士
(
つはもの
)
ですもの。
152
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
経済
(
けいざい
)
を
知
(
し
)
らなくちや
何事
(
なにごと
)
も
成功
(
せいこう
)
しませぬよ。
153
金
(
かね
)
さへあればバカも
賢
(
かしこ
)
う
見
(
み
)
え、
154
貴族院
(
きぞくゐん
)
議員
(
ぎゐん
)
だ、
155
衆議院
(
しうぎゐん
)
議員
(
ぎゐん
)
だ、
156
国家
(
こくか
)
の
選良
(
せんりやう
)
だと、
157
持
(
も
)
て
囃
(
はや
)
されませうがな。
158
矛盾
(
ほことん
)
議員
(
ぎゐん
)
だつて、
159
着炭
(
ちやくたん
)
議員
(
ぎゐん
)
だつて、
160
楠
(
くす
)
の
子
(
こ
)
の
墓
(
はか
)
議員
(
ぎゐん
)
だつて、
161
墓標
(
ぼへう
)
議員
(
ぎゐん
)
だつて、
162
ヤツパリお
金
(
かね
)
の
力
(
ちから
)
ですわ。
163
私
(
わたし
)
だつて
文
(
もん
)
なしの
素寒貧
(
すかんぴん
)
だつたら、
164
旦那
(
だんな
)
さまの
目
(
め
)
には
馬鹿
(
ばか
)
に
映
(
うつ
)
るでせう。
165
又
(
また
)
一層
(
いつそう
)
、
166
顔
(
かほ
)
の
皺
(
しわ
)
が
深
(
ふか
)
く
見
(
み
)
えるでせう』
167
守宮別
『
成程
(
なるほど
)
感心
(
かんしん
)
だ、
168
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
らこれから
新宗教
(
しんしうけう
)
を
樹立
(
じゆりつ
)
しようと
思
(
おも
)
へばチツト
許
(
ばか
)
りは
資本
(
しほん
)
が
要
(
い
)
るよ。
169
先
(
ま
)
づ
第一
(
だいいち
)
に
政府
(
せいふ
)
に
運動
(
うんどう
)
して、
170
宗教
(
しうけう
)
独立
(
どくりつ
)
の
認可
(
にんか
)
を
受
(
う
)
けねばならぬなり、
171
相当
(
さうたう
)
の
出資
(
しゆつし
)
は
覚悟
(
かくご
)
せなくちやなるまい。
172
お
前
(
まへ
)
だつて
一足飛
(
いつそくと
)
びに
世界
(
せかい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
となるのだもの、
173
少
(
すこ
)
し
位
(
くらゐ
)
の
犠牲
(
ぎせい
)
は
覚悟
(
かくご
)
して
貰
(
もら
)
はなくちやならないよ』
174
お花
『それや、
175
チツト
許
(
ばか
)
り
運動費
(
うんどうひ
)
の
要
(
い
)
る
位
(
ぐらゐ
)
の
事
(
こと
)
は
私
(
わたし
)
だつて
知
(
し
)
つてゐますわ』
176
守宮別
『○○
教
(
けう
)
[
※
聖師校正前は「天理」教
]
が
独立
(
どくりつ
)
したのも
運動費
(
うんどうひ
)
の
百万
(
ひやくまん
)
円
(
ゑん
)
は
要
(
い
)
つたさうだし、
177
××
教
(
けう
)
[
※
聖師校正前は「金光」教
]
の
独立
(
どくりつ
)
の
際
(
さい
)
も
五十万
(
ごじふまん
)
円
(
ゑん
)
の
金
(
かね
)
を
撒
(
ま
)
いたと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だ。
178
陣笠
(
ぢんかさ
)
議員
(
ぎゐん
)
に
出
(
で
)
ようと
思
(
おも
)
つても
五万
(
ごまん
)
や
十万
(
じふまん
)
の
金
(
かね
)
は
飛
(
と
)
ぶのだからな。
179
そして
万一
(
まんいち
)
、
180
マンが
悪
(
わる
)
くて
落選
(
らくせん
)
でもして
見
(
み
)
よ。
181
十万
(
じふまん
)
円
(
ゑん
)
の
金
(
かね
)
を
溝
(
どぶ
)
に
放
(
ほ
)
つたやうなものだ。
182
そして、
183
おまけに
落選者
(
らくせんしや
)
の
名
(
な
)
を
天下
(
てんか
)
に
吹聴
(
ふいちやう
)
されるのだ。
184
その
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
へば
一万
(
いちまん
)
円
(
ゑん
)
の
運動費
(
うんどうひ
)
位
(
ぐらゐ
)
費
(
つか
)
つた
処
(
ところ
)
で
落選
(
らくせん
)
する
事
(
こと
)
はないのだから
安
(
やす
)
いものだよ』
185
お花
『
一万
(
いちまん
)
円
(
ゑん
)
も
運動費
(
うんどうひ
)
を
費
(
つか
)
つて
教主
(
けうしゆ
)
になつた
所
(
ところ
)
でつまりませんわ。
186
せめて
三千
(
さんぜん
)
円
(
ゑん
)
位
(
ぐらゐ
)
で
成功
(
せいこう
)
出来
(
でき
)
ますまいかな』
187
守宮別
『そら、
188
さうだ。
189
表
(
おもて
)
から
運動
(
うんどう
)
と
出
(
で
)
かけりや、
190
到底
(
たうてい
)
二万
(
にまん
)
や
三万
(
さんまん
)
の
端金
(
はしたがね
)
では
駄目
(
だめ
)
だが、
191
そこは
運動
(
うんどう
)
の
方法
(
はうはふ
)
によつて
三千
(
さんぜん
)
円
(
ゑん
)
でも
漕
(
こ
)
ぎつけない
事
(
こと
)
はない。
192
然
(
しか
)
し
此
(
この
)
芸当
(
げいたう
)
は
俺
(
おれ
)
ぢやなくちや
打
(
う
)
てない
芝居
(
しばゐ
)
だ』
193
お花
『そら、
194
さうでせうとも。
195
貴方
(
あなた
)
、
196
手続
(
てつづ
)
きをどうしてするお
考
(
かんが
)
へですか』
197
守宮別
『マア、
198
さうだな。
199
幸
(
さいはひ
)
に
日出島
(
ひのでじま
)
へやつて
来
(
こ
)
られた
時
(
とき
)
、
200
懇意
(
こんい
)
になつたお
札
(
ふだ
)
博士
(
はかせ
)
のスタールさまも、
201
此
(
この
)
大学
(
だいがく
)
に
居
(
を
)
られるし、
202
タゴール
博士
(
はかせ
)
も
今迄
(
いままで
)
二三回
(
にさんくわい
)
も
文通
(
ぶんつう
)
をしておいたし、
203
キツト
成功
(
せいこう
)
疑
(
うたがひ
)
なしだよ。
204
どうしても
今
(
いま
)
の
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
はレツテルの
流行
(
はや
)
る
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
だから
博士
(
はかせ
)
とか
大臣
(
だいじん
)
とか
華族
(
くわぞく
)
とかの
名
(
な
)
を
列
(
なら
)
べて、
205
顧問
(
こもん
)
にせなくちや、
206
嘘
(
うそ
)
だからな』
207
お花
『「
前車
(
ぜんしや
)
の
覆
(
くつが
)
へるのは
後車
(
こうしや
)
の
警
(
いまし
)
め」と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
が
厶
(
ござ
)
いませう。
208
何卒
(
どうぞ
)
博士
(
はかせ
)
や
大臣
(
だいじん
)
、
209
華族
(
くわぞく
)
を
引張
(
ひつぱり
)
込
(
こ
)
むのなら、
210
手段
(
しゆだん
)
として
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ませぬが、
211
人物
(
じんぶつ
)
のよしあしを
調
(
しら
)
べてかかつて
下
(
くだ
)
さいや。
212
三五教
(
あななひけう
)
の
変性
(
へんじやう
)
女子
(
によし
)
のやうに、
213
シヤツチもない、
214
ガラクタ
文学士
(
ぶんがくし
)
の
鼻野
(
はなの
)
高三
(
たかざう
)
さまや、
215
鼻野
(
はなの
)
中将
(
ちうじやう
)
なぞ、
216
ドテライ
爆裂弾
(
ばくれつだん
)
を
抱
(
かか
)
へ
込
(
こ
)
みて
数十万
(
すうじふまん
)
円
(
ゑん
)
の
借金
(
しやくきん
)
を
負
(
お
)
はされ、
217
後足
(
あとあし
)
で
砂
(
すな
)
かけられるやうな
下手
(
へた
)
な
事
(
こと
)
になつちやつまりませぬからな』
218
守宮別
『ソンナ
事
(
こと
)
に
抜目
(
ぬけめ
)
があるものかい。
219
マア
安心
(
あんしん
)
したがよからう』
220
かく
話
(
はな
)
す
所
(
ところ
)
へシオン
大学
(
だいがく
)
の
教授
(
けうじゆ
)
を
終
(
をは
)
り、
221
白
(
しろ
)
い
帽子
(
ばうし
)
を
頭
(
あたま
)
に
頂
(
いただ
)
き
乍
(
なが
)
ら、
222
太
(
ふと
)
いステッキをついて
彼方
(
かなた
)
へ
向
(
むか
)
つてボツボツ
歩
(
あゆ
)
み
出
(
だ
)
す
紳士
(
しんし
)
があつた。
223
守宮別
(
やもりわけ
)
は
一目
(
ひとめ
)
見
(
み
)
るより、
224
守宮別
『ヤア、
225
お
花
(
はな
)
、
226
あれが
有名
(
いうめい
)
なタゴール
博士
(
はかせ
)
だよ。
227
あの
人
(
ひと
)
に
頼
(
たの
)
めば
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だからな。
228
しかし、
229
運動費
(
うんどうひ
)
が
先立
(
さきだ
)
つから、
230
お
前
(
まへ
)
一寸
(
ちよつと
)
三千
(
さんぜん
)
円
(
ゑん
)
許
(
ばか
)
り
貸
(
かし
)
てくれないか』
231
お花
『
今
(
いま
)
、
232
ここに
現金
(
げんきん
)
は
所持
(
しよぢ
)
して
居
(
を
)
りませぬ。
233
郵便局
(
ゆうびんきよく
)
に
行
(
い
)
つて
来
(
こ
)
にや、
234
間
(
ま
)
にあひませぬわ』
235
守宮別
『いかにもさうだつたね。
236
それでは
一
(
ひと
)
つ
俺
(
おれ
)
が
博士
(
はかせ
)
に
会
(
あ
)
つて
話
(
はな
)
して
見
(
み
)
るから、
237
お
前
(
まへ
)
が
来
(
く
)
ると
却
(
かへつ
)
て、
238
いかないから、
239
一寸
(
ちよつと
)
ここに
待
(
ま
)
つてゐてくれ。
240
どうやら
西坂
(
にしざか
)
から
帰
(
かへ
)
られるやうだからね』
241
お花
『この
機会
(
きくわい
)
を
逸
(
いつ
)
せず、
242
早
(
はや
)
くおつついて
掛合
(
かけあ
)
つてみて
下
(
くだ
)
さいな』
243
守宮別
『よし、
244
ソンナラ
行
(
い
)
つて
来
(
く
)
る。
245
お
花
(
はな
)
、
246
暫
(
しばら
)
くここに
待
(
ま
)
つてゐてくれ。
247
どこの
男
(
をとこ
)
が
通
(
とほ
)
つても
話
(
はな
)
しちやいけないよ』
248
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
横
(
よこ
)
向
(
む
)
いてペロリと
舌
(
した
)
を
出
(
だ
)
し、
249
守宮別
『サア
愈
(
いよいよ
)
お
花
(
はな
)
の
懐
(
ふところ
)
から
三千
(
さんぜん
)
円
(
ゑん
)
の
現
(
げん
)
ナマを
引出
(
ひきだ
)
す
手蔓
(
てづる
)
が
出来
(
でき
)
た』
250
とホクホクし
乍
(
なが
)
ら、
251
タゴールの
後
(
あと
)
を
追
(
お
)
ふて
西坂
(
にしざか
)
の
下
(
くだ
)
り
口
(
ぐち
)
へと
駆
(
かけ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
252
お
花
(
はな
)
は
吉凶
(
きつきよう
)
如何
(
いか
)
にと、
253
片唾
(
かたづ
)
をのんで
木蔭
(
こかげ
)
に
佇
(
たたず
)
み、
254
のび
上
(
あが
)
り
乍
(
なが
)
ら
様子
(
やうす
)
を
見
(
み
)
てゐる。
255
守宮別
(
やもりわけ
)
はタゴールの
後
(
あと
)
から
坂
(
さか
)
を
下
(
くだ
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
256
二人
(
ふたり
)
の
白
(
しろ
)
い
帽子
(
ばうし
)
が
空中
(
くうちう
)
を
歩
(
ある
)
いてゐるやうに
見
(
み
)
えた。
257
守宮別
『もし
貴方
(
あなた
)
はタゴール
博士
(
はかせ
)
ぢやありませぬか』
258
タゴールは
一寸
(
ちよつと
)
立止
(
たちど
)
まり、
259
後
(
あと
)
振
(
ふ
)
り
向
(
む
)
いて、
260
タゴール
『ハイ、
261
拙者
(
せつしや
)
はタゴールです。
262
貴方
(
あなた
)
はどなたで
厶
(
ござ
)
りますか。
263
ネツカラお
目
(
め
)
にかかつた
事
(
こと
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬが?』
264
守宮別
『ハイ、
265
私
(
わたし
)
は
日出島
(
ひのでじま
)
から
宗教
(
しうけう
)
視察
(
しさつ
)
に
参
(
まゐ
)
りました
守宮別
(
やもりわけ
)
と
云
(
い
)
ふ
海軍
(
かいぐん
)
軍人
(
ぐんじん
)
で
厶
(
ござ
)
います。
266
シオン
大学
(
だいがく
)
も
仲々
(
なかなか
)
立派
(
りつぱ
)
に
建築
(
けんちく
)
が
出来
(
でき
)
ましたね。
267
これも
全
(
まつた
)
く
貴方
(
あなた
)
等
(
がた
)
のお
骨折
(
ほねをり
)
の
結果
(
けつくわ
)
で
厶
(
ござ
)
いませう』
268
タゴール
『ハイ、
269
有難
(
ありがた
)
う、
270
仲々
(
なかなか
)
学校
(
がくかう
)
事業
(
じげふ
)
と
云
(
い
)
ふものは
思
(
おも
)
つたよりも
費用
(
ひよう
)
の
要
(
い
)
るもので、
271
容易
(
ようい
)
に
完備
(
くわんび
)
する
所
(
ところ
)
へは
行
(
ゆ
)
きませぬ。
272
貴方
(
あなた
)
も
宗教
(
しうけう
)
視察
(
しさつ
)
においでになつたのなら、
273
どうです、
274
シオン
大学
(
だいがく
)
に
入学
(
にふがく
)
なさつては』
275
守宮別
『ハイ、
276
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います、
277
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
一寸
(
ちよつと
)
許
(
ばか
)
り
脳
(
なう
)
を
痛
(
いた
)
めてゐますので、
278
エルサレム
病院
(
びやうゐん
)
になりと
入院
(
にふゐん
)
致
(
いた
)
し、
279
全快
(
ぜんくわい
)
しました
上
(
うへ
)
お
世話
(
せわ
)
になりませう。
280
どうかその
時
(
とき
)
は
宜
(
よろ
)
しくお
願
(
ねが
)
ひ
申
(
まを
)
します』
281
タゴール
『ハイ、
282
承知
(
しようち
)
致
(
いた
)
しました。
283
十分
(
じふぶん
)
の
便宜
(
べんぎ
)
を
図
(
はか
)
りますから
御
(
ご
)
安心
(
あんしん
)
下
(
くだ
)
さいませ』
284
守宮別
『ソンナラ、
285
どうか
宜
(
よろ
)
しくお
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
します。
286
貴方
(
あなた
)
の
権威
(
けんゐ
)
と
勢望
(
せいばう
)
によつて
私
(
わたし
)
の
目的
(
もくてき
)
を
達成
(
たつせい
)
するやう
御
(
ご
)
尽力
(
じんりよく
)
下
(
くだ
)
さいませ。
287
お
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
します』
288
タゴール
『ハイ、
289
確
(
たしか
)
に
承
(
うけたま
)
はりました。
290
左様
(
さやう
)
なら』
291
と
軽
(
かる
)
き
挨拶
(
あいさつ
)
を
交
(
かは
)
し
坂道
(
さかみち
)
を
下
(
くだ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
292
何事
(
なにごと
)
にも
疑
(
うたが
)
ひ
深
(
ぶか
)
い、
293
あやめのお
花
(
はな
)
は
実否
(
じつぴ
)
を
探
(
さぐ
)
らむものと
差足
(
さしあし
)
、
294
抜足
(
ぬきあし
)
、
295
守宮別
(
やもりわけ
)
とタゴールの
問答
(
もんだふ
)
を
聞
(
き
)
かむものとやつて
来
(
き
)
たが『
頼
(
たの
)
む、
296
承知
(
しようち
)
した』の
一言
(
いちごん
)
を
耳
(
みみ
)
に
入
(
い
)
れ、
297
やつと
安心
(
あんしん
)
しホクホクしてゐる。
298
守宮別
(
やもりわけ
)
は、
299
守宮別
『サア、
300
之
(
これ
)
から、
301
うまくお
花
(
はな
)
をちよろまかさう』
302
と
後
(
あと
)
振
(
ふ
)
りかへり
見
(
み
)
れば
坂道
(
さかみち
)
の
木
(
き
)
の
茂
(
しげ
)
みからお
花
(
はな
)
がニユツと
顔
(
かほ
)
を
出
(
だ
)
した。
303
守宮別
(
やもりわけ
)
は……サア
失敗
(
しまつ
)
た……、
304
とサツと
顔色
(
かほいろ
)
が
変
(
かは
)
つたが、
305
元来
(
ぐわんらい
)
の
横着物
(
わうちやくもの
)
、
306
そしらぬ
顔
(
かほ
)
で、
307
守宮別
『ヤア、
308
お
花
(
はな
)
、
309
お
前
(
まへ
)
ここへ
来
(
き
)
て
居
(
ゐ
)
たのか、
310
博士
(
はかせ
)
と
私
(
わし
)
の
話
(
はなし
)
を
残
(
のこ
)
らず
聞
(
き
)
いたのだらう』
311
お花
『ハイ、
312
全部
(
ぜんぶ
)
は
聞
(
き
)
きませなかつたが、
313
流石
(
さすが
)
は
守宮別
(
やもりわけ
)
さま、
314
偉
(
えら
)
いお
腕前
(
うでまへ
)
、
315
お
花
(
はな
)
も
感心
(
かんしん
)
致
(
いた
)
しました、
316
どうやら
博士
(
はかせ
)
が
承知
(
しようち
)
して
呉
(
く
)
れたやうですな』
317
守宮別
(
やもりわけ
)
は
此
(
この
)
言
(
げん
)
に
虎穴
(
こけつ
)
を
逃
(
のが
)
れたやうな
心持
(
こころもち
)
で、
318
ソツと
胸
(
むね
)
を
撫
(
な
)
で
下
(
お
)
ろし、
319
鼻
(
はな
)
の
先
(
さき
)
でフーンと
息
(
いき
)
し
乍
(
なが
)
ら、
320
守宮別
『オイ、
321
お
花
(
はな
)
、
322
俺
(
おれ
)
の
腕前
(
うでまへ
)
は
大
(
たい
)
したものだらう。
323
かうなりや
三千
(
さんぜん
)
円
(
ゑん
)
の
運動費
(
うんどうひ
)
は
出
(
だ
)
さねばなるまい。
324
又
(
また
)
お
前
(
まへ
)
の
懐
(
ふところ
)
をゑぐつて
済
(
す
)
まないけどな』
325
お花
『
目的
(
もくてき
)
が
成就
(
じやうじゆ
)
する
為
(
ため
)
のお
金
(
かね
)
なら、
326
たとへ
一万
(
いちまん
)
両
(
りやう
)
要
(
い
)
つたつて
構
(
かま
)
ひませぬわ。
327
サア
之
(
これ
)
からシオン
大学
(
だいがく
)
の
立派
(
りつぱ
)
な
建築
(
けんちく
)
を
拝見
(
はいけん
)
して
帰
(
かへ
)
りませうよ』
328
守宮別
『
帰
(
かへ
)
らうと
云
(
い
)
つたつて、
329
霊城
(
れいじやう
)
を
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
した
以上
(
いじやう
)
宿
(
やど
)
がないぢやないか。
330
一体
(
いつたい
)
どこへ
帰
(
かへ
)
るつもりなのだい』
331
お花
『ホヽヽヽヽ、
332
守宮別
(
やもりわけ
)
さまの
初心
(
うぶ
)
な
事
(
こと
)
。
333
あんなトルコ
亭
(
てい
)
の
路地
(
ろぢ
)
のやうな
処
(
ところ
)
にある
霊城
(
れいじやう
)
なんかに
居
(
を
)
つたつて、
334
世間
(
せけん
)
の
聞
(
き
)
きなれが
悪
(
わる
)
くて
仕方
(
しかた
)
がありませぬわ。
335
堂々
(
だうだう
)
と
僧院
(
そうゐん
)
ホテルの
間借
(
まが
)
りでもして
活動
(
くわつどう
)
にかからうぢやありませぬか』
336
守宮別
『
成程
(
なるほど
)
、
337
そいつは
面白
(
おもしろ
)
い。
338
サア
早
(
はや
)
く
帰
(
かへ
)
らう、
339
どうやら
機関
(
きくわん
)
の
油
(
あぶら
)
が
切
(
き
)
れさうだ。
340
酒
(
さけ
)
のタンクが
空虚
(
くうきよ
)
を
訴
(
うつた
)
へ
出
(
だ
)
した』
341
お花
『ホテルに
行
(
い
)
つて、
342
又
(
また
)
シツポリ
御酒
(
ごしゆ
)
でも
頂
(
いただ
)
きませう、
343
ホヽヽヽ』
344
と
笑
(
わら
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
橄欖山
(
かんらんざん
)
を
下
(
くだ
)
らむとするところへ、
345
霊城
(
れいじやう
)
の
受付
(
うけつけ
)
をやつてゐたヤクがスタスタとやつて
来
(
く
)
るのに
出会
(
であ
)
つた。
346
ヤクは
息
(
いき
)
をはずませ
乍
(
なが
)
ら、
347
ヤク
『ヤアお
二人
(
ふたり
)
様
(
さま
)
、
348
大変
(
たいへん
)
に
探
(
さが
)
して
居
(
を
)
りました、
349
サア
帰
(
かへ
)
りませう』
350
お花
『これ、
351
ヤクさま、
352
お
寅
(
とら
)
さまの
様子
(
やうす
)
を
聞
(
き
)
いただらうな』
353
ヤク
『ハイ、
354
エルサレムの
町
(
まち
)
を
貴方
(
あなた
)
の
行衛
(
ゆくゑ
)
を
尋
(
たづ
)
ねて、
355
ブラついて
来
(
き
)
ますと
十字
(
じふじ
)
街頭
(
がいとう
)
に
黒山
(
くろやま
)
の
如
(
ごと
)
き
人
(
ひと
)
の
影
(
かげ
)
、
356
何事
(
なにごと
)
の
珍事
(
ちんじ
)
が
突発
(
とつぱつ
)
せしかと、
357
人込
(
ひとごみ
)
の
中
(
なか
)
からソツと
窺
(
うかが
)
つて
見
(
み
)
ればお
寅
(
とら
)
さまが
目
(
め
)
をまかして
居
(
ゐ
)
る。
358
警察医
(
けいさつい
)
が
飛
(
と
)
んで
来
(
き
)
て
注射
(
ちうしや
)
したり、
359
いろいろと
介抱
(
かいほう
)
をした
結果
(
けつくわ
)
、
360
お
寅
(
とら
)
さまがたうとう
息
(
いき
)
を
吹
(
ふ
)
きかへしました。
361
トンクとテクの
奴
(
やつ
)
、
362
お
寅
(
とら
)
さまを
俥
(
くるま
)
に
乗
(
の
)
せ、
363
自分
(
じぶん
)
も
後前
(
あとさき
)
を
俥
(
くるま
)
で
警固
(
けいご
)
し
乍
(
なが
)
ら、
364
霊城
(
れいじやう
)
さして
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く
姿
(
すがた
)
を
確
(
たしか
)
に
認
(
みと
)
めました。
365
又
(
また
)
二三
(
にさん
)
日
(
にち
)
して
身体
(
からだ
)
がよくなつたら
煩
(
うる
)
さい
事
(
こと
)
でせうよ』
366
お花
『これ、
367
ヤクさま、
368
お
前
(
まへ
)
は、
369
あれ
丈
(
だけ
)
私
(
わたし
)
に
毒
(
どく
)
ついておいて、
370
何
(
なに
)
しに
来
(
き
)
たのだい』
371
ヤク
『
何
(
なに
)
しに
来
(
き
)
たつて、
372
貴方
(
あなた
)
の
家来
(
けらい
)
にして
貰
(
もら
)
はうと
思
(
おも
)
つたからですよ。
373
職業
(
しよくげう
)
紹介所
(
せうかいじよ
)
へ
行
(
い
)
つて
就職口
(
しうしよくぐち
)
を
世話
(
せわ
)
して
貰
(
もら
)
はうと
思
(
おも
)
ひましたが、
374
あまり
沢山
(
たくさん
)
な
希望者
(
きばうしや
)
で、
375
三百
(
さんびやく
)
人
(
にん
)
の
就職口
(
しうしよくぐち
)
に
五千
(
ごせん
)
人
(
にん
)
の
希望者
(
きばうしや
)
があるのですもの、
376
到底
(
たうてい
)
お
鉢
(
はち
)
が
廻
(
まは
)
りませぬわ。
377
どうか
男一匹
(
をとこいつぴき
)
助
(
たす
)
けると
思
(
おも
)
つて
使
(
つか
)
つて
下
(
くだ
)
さいな。
378
その
代
(
かは
)
りに
碗給
(
わんきふ
)
で
結構
(
けつこう
)
で
厶
(
ござ
)
いますから』
379
お花
『
私
(
わたし
)
は
今日
(
けふ
)
改
(
あらた
)
めて
守宮別
(
やもりわけ
)
さまと
結婚
(
けつこん
)
をしたのだから、
380
その
積
(
つも
)
りで
居
(
を
)
つて
下
(
くだ
)
さいや。
381
そしてお
寅
(
とら
)
さまの
動静
(
どうせい
)
時々
(
ときどき
)
を
洞察
(
どうさつ
)
して
報告
(
はうこく
)
して
下
(
くだ
)
さい。
382
それさへ
立派
(
りつぱ
)
につとまるのならば、
383
番犬
(
ばんけん
)
を
一匹
(
いつぴき
)
飼
(
か
)
ふたと
思
(
おも
)
つて、
384
使
(
つか
)
つて
上
(
あ
)
げますわ、
385
ホヽヽヽヽ』
386
ヤク
『もしお
花
(
はな
)
さま、
387
否
(
いな
)
奥
(
おく
)
さま、
388
番犬
(
ばんけん
)
とは
殺生
(
せつしやう
)
ぢやありませぬか、
389
なア
旦那
(
だんな
)
さま』
390
と
守宮別
(
やもりわけ
)
の
顔
(
かほ
)
を
見
(
み
)
る。
391
守宮別
『フヽヽヽヽ、
392
マア
大切
(
たいせつ
)
にして
上
(
あ
)
げるよ。
393
私
(
わし
)
と
二人
(
ふたり
)
に
使
(
つか
)
はれて
見
(
み
)
なさい。
394
お
寅
(
とら
)
さまのやうなヒドイ
使
(
つか
)
ひやうはせないからな』
395
ヤク
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う、
396
お
役
(
やく
)
に
立
(
た
)
つ
事
(
こと
)
なら、
397
どんな
事
(
こと
)
でも
致
(
いた
)
しませう』
398
ここに
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は、
399
急
(
いそ
)
ぎ
橄欖山
(
かんらんざん
)
を
下
(
くだ
)
り、
400
僧院
(
そうゐん
)
ホテルに
宿
(
やど
)
をとるべく、
401
山麓
(
さんろく
)
より
自動車
(
じどうしや
)
をかつて
意気
(
いき
)
揚々
(
やうやう
)
と
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
402
(
大正一四・八・二〇
旧七・一
於由良
北村隆光
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