霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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序文(じよぶん)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第3巻 霊主体従 寅の巻 篇:前付 よみ(新仮名遣い):
章:序文 よみ(新仮名遣い):じょぶん 通し章番号:
口述日:1922(大正11)年01月03日(旧12月06日) 口述場所: 筆録者:王仁 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
艮の金神出現以降の三十年の立替は、明治五十五年、すなわち大正十一年にいよいよ、三全世界一度に開く梅の花の機運に達した。
明治三十三年九月八日の神筆には、次のようにある。
出口直は三全世界の根本の因縁から末の世までのことを書かせる御役である。
海潮はそれを細かく説いて聞かせる役である。
このように筆先のことは、どうしても変性男子・女子でなければ真に解することはできないのであるが、神示のとおりに女子が霊界の消息を後述し始めると、審神をしなくてはそのまま受け取れない、という鼻高がたくさんに出てきている。
筆先に言う明治五十五年の教示
三月三日:三ツの御魂である月の大神の示顕が、天地人三体に輝き渡る日、ということであり、暦上の三月三日のことではない。
五月五日:三十年間たってようやく男子の筆先の真意が了解し始められ、また道に従って二十五年になる女子の神界経綸解釈にも、ようやく耳を傾ける人が出てきた。五(イツ)は出づるの言霊である。すなわち月光世に出でて万界の暗を照破す、という意味である。
つまり、霊界物語を読んではじめて、神愉の解釈に対する疑念は一掃される。霊・体・力に光輝が備わり(三月三日)、歓喜と了解の日月が出現する(五月五日)。そしてこの瑞祥を神人ともに祝することになるのである。
物語のうちに「大自在天」とあるのは、神典にいわゆる、大国主之神のことである。武力絶倫の神で矛を天孫に奉り、君臣の大義を明らかにした神である。この物語では大自在天、または常世神王と申し上げている。
皇祖の神は、平和の象徴である璽と、知恵の表徴である鏡でもって、世を治め給うのが御真意である。
盤古大神塩長彦は、善良なる神であるが、この神を奉戴してあらぶる神人らがいろいろの計画を立て、国治立命の神政に対抗し、種々の波乱を巻き起こしている。
そこでこの世界を救うべく、諾(なぎ)冊(なみ)二神がわが国土を中心として天降り、修理固成の神業を励ませたまうことになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2020-04-27 15:39:32 文字数:2590 OBC :rm030001
愛善世界社版:前付 1頁 八幡書店版:第1輯 255頁 修補版: 校定版:前付 1頁 普及版:前付 1頁 初版: ページ備考:
001 艮(うしとら)の金神(こんじん)出現(しゆつげん)以後(いご)三十(さんじふ)年(ねん)の立替(たてかへ)は、002いよいよ明治(めいぢ)五十五(ごじふご)年(ねん)、003すなはち大正(たいしやう)の十一(じふいち)年(ねん)、004三千(さんぜん)世界(せかい)一度(いちど)に開(ひら)く梅(うめ)の花(はな)の機運(きうん)に到達(たうたつ)したのである。005つぎに坤(ひつじさる)の金神(こんじん)出現(しゆつげん)以後(いご)二十五(にじふご)年(ねん)、006桃李(たうり)もの言(い)はずして桃李(たうり)ものとなりし神(かみ)の教示(けうじ)も、007いよいよ開(ひら)く桃(もも)の春(はる)、008五十二(ごじふに)歳(さい)の暁(あかつき)に、009月(つき)の光(ひかり)に照(て)らされて、010霊界(れいかい)探険(たんけん)物語(ものがた)り、011ももの千草(ちぐさ)も、012百鳥(ももどり)も、013百(もも)の言問(ことと)ひ言止(ことや)めて、014三月(みつき)三日(みつか)五月(いつつき)五日(いつか)の神(かみ)の経綸(けいりん)を詳細(しやうさい)に、015悟(さと)る神代(かみよ)の魁(さきがけ)となつたのも、016まつたく時(とき)の力(ちから)といふべきである。017明治(めいぢ)三十三(さんじふさん)年(ねん)九(く)月(ぐわつ)八日(やうか)の神筆(しんぴつ)に、
018『出口(でぐち)直(なほ)は三千(さんぜん)世界(せかい)の根本(こんぽん)の因縁(いんねん)から末(さき)の世(よ)のことまで書(か)かす御(おん)役(やく)なり、019それを細(こま)かう説(と)いて聞(き)かせるのが海潮(かいてう)の役(やく)であるから、020一番(いちばん)に男子(なんし)が現(あら)はれて、021次(つぎ)に女子(によし)が表(あら)はれたら、022大本(おほもと)の中(なか)の役員(やくゐん)も、023あまり思(おも)ひが違(ちが)ふてをりたと申(まを)して、024きりきり舞(まひ)をいたして喜(よろこ)ぶ人(ひと)と、025きりきり舞(まひ)をして苦(くる)しむ人(ひと)と、026力(ちから)一杯(いつぱい)われの目的(もくてき)のために、027男子(なんし)女子(によし)を悪(わる)くまをすものとができるぞよ。028神(かみ)を突込(つきこ)みておいて029我(が)で開(ひら)いて、030まだ悪(わる)く申(まを)して歩行(ある)く、031取次(とりつぎ)がたくさんにできるぞよ。032云々(うんぬん)』
033 大本(おほもと)の筆先(ふでさき)は、034どうしても男子(なんし)女子(によし)でなければ真解(しんかい)することはできぬのは神示(しんじ)のとほりである。035しかるに各自(かくじ)の守護神(しゆごじん)の御(ご)都合(つがふ)の悪(わる)いことがあると、036「女子(によし)の筆先(ふでさき)は審神(さには)をせなそのままとつてはいかぬ」と申(まを)す守護神(しゆごじん)が現(あら)はれてくる、037困(こま)つたものだ。038九(く)月(ぐわつ)八日(やうか)にいよいよ神示(しんじ)のとほり女子(によし)の役(やく)となり、039隠退(いんたい)して霊界(れいかい)の消息(せうそく)を口述(こうじゆつ)するや、040またまた途中(とちゆう)の鼻高(はなだか)がゴテゴテ蔭(かげ)で申(まを)し出(だ)したのである。041女子(によし)の帰神(きしん)の筆(ふで)を審神者(さには)する立派(りつぱ)な方(かた)が沢山(たくさん)できて、042神(かみ)様(さま)も御(ご)満足(まんぞく)でありませう。
043 また、044明治(めいぢ)五十五(ごじふご)年(ねん)の三月(みつき)三日(みつか)五月(いつつき)五日(いつか)といふ神(かみ)の抽象(ちうしやう)的(てき)教示(けうじ)にたいして、045五十五(ごじふご)年(ねん)は大正(たいしやう)十一(じふいち)年(ねん)に相当(さうたう)するから、046今年(ことし)は女子(によし)の御魂(みたま)にたいして肉体(にくたい)的(てき)結構(けつこう)があるとか、047大本(おほもと)の神(かみ)の経綸(しぐみ)について花々(はなばな)しきことが出現(しゆつげん)するかのやうに期待(きたい)してをる審神者(さには)があるやうにきく。048されど、049神(かみ)の御心(みこころ)と人間(にんげん)の心(こころ)とは、050天地(てんち)霄壌(せうじやう)の相違(さうゐ)があるから、051人間(にんげん)の智慧(ちゑ)や考(かんが)へでは、052たうてい、053その真相(しんさう)は判(わか)るものでない。054五十五(ごじふご)年(ねん)といふことは、055明治(めいぢ)二十五(にじふご)年(ねん)から三十(さんじふ)年間(ねんかん)の神界(しんかい)経綸(けいりん)の表面(へうめん)に具体(ぐたい)的(てき)にあらはれる年(とし)のいひである。
056 三月(みつき)三日(みつか)とは三(み)ツの御魂(みたま)なる月(つき)の大神(おほかみ)の示顕(じけん)が、057天地人(てんちじん)三体(さんたい)に輝(かがや)きわたる日(ひ)といふことである。058日(ひ)は「カ」と読(よ)む、059「カ」はかがやくといふことである。060今(いま)まで三十(さんじふ)年間(ねんかん)男子(なんし)の筆先(ふでさき)の真意(しんい)が充分(じゆうぶん)に了解(れうかい)され、061また従道(じゆうだう)二十五(にじふご)年(ねん)に相当(さうたう)する女子(によし)の御魂(みたま)の光(ひかり)が、062そろそろ現(あら)はれることを暗示(あんじ)された神諭(しんゆ)である。063二十五(にじふご)年間(ねんかん)、064周囲(しうゐ)の障壁物(しやうへきぶつ)にさまたげられた女子(によし)の御魂(みたま)の神界(しんかい)経綸(けいりん)の解釈(かいしやく)も、065やや真面目(まじめ)になつて耳(みみ)をかたむくる人(ひと)が出現(しゆつげん)するのを、066「女子(によし)にとりて結構(けつこう)な日(ひ)である」と示(しめ)されたものである。067あたかも暗黒(あんこく)の天地(てんち)に、068日月(じつげつ)の東天(とうてん)を出(い)でて万界(ばんかい)を照(て)らすがごとき瑞祥(ずゐしやう)を、069五月(いつつき)五日(いつか)といふのである。070五(いつ)は言霊学(ことたまがく)上(じやう)「出(イツ)」であつて、071五月(いつつき)五日(いつか)は出月(いつつき)出日(いつか)の意味(いみ)である。072二十五(にじふご)年(ねん)の天津風(あまつかぜ)、073いま吹(ふ)きそめて経緯(たてよこ)の、074神(かみ)の教示(けうじ)も明(あき)らけく、075治(おさ)まる御代(みよ)の五十五(ごじふご)年(ねん)(出神(しゆつしん)出念(しゆつねん))、076いよいよ神徳(しんとく)出現(しゆつげん)して、077神慮(しんりよ)の深遠(しんゑん)なるを宇宙(うちう)に現(げん)出(しゆつ)すべき時運(じうん)にむかふことを慶賀(けいが)されたる神示(しんじ)であります。
078 月光(げつくわう)世(よ)に出(い)でて万界(ばんかい)の暗(やみ)を照破(せうは)す、079これ言霊学(げんれいがく)上(じやう)の五月(いつつき)五日(いつか)となるのであつて、080けつして暦学(れきがく)上(じやう)の月日(つきひ)でないことは明白(めいはく)である。081三月(さんぐわつ)三日(みつか)と五月(ごぐわつ)五日(いつか)に、082変(かは)つたことがなければ信仰(しんかう)をやめるといふ無明(むみやう)暗黒(あんこく)の雲(くも)が、083遠近(をちこち)の天地(てんち)を包(つつ)むでゐるやうに思(おも)はれましたから、084一寸(ちよつと)略解(りやくかい)をほどこしておきました。085これでもまた女子(によし)の御魂(みたま)の言(げん)は審神者(さには)をせなくてはいかぬと、086唱(とな)ふる豪(えら)い人々(ひとびと)が出現(しゆつげん)するかもしれませぬ。087これが暗黒(あんこく)の世(よ)の中(なか)といふのでせう。
088 神諭(しんゆ)に「女子(によし)にとりて結構(けつこう)な日(ひ)である」云々(うんぬん)は微々(びび)たる五(ご)尺(しやく)の肉体(にくたい)にたいしての言(げん)ではない。089神霊(しんれい)そのものの大目(だいもく)的(てき)の開(ひら)き初(はじ)むるを慶賀(けいが)されたる意味(いみ)であることを了解(れうかい)すべきである。090千座(ちくら)の置戸(おきど)は、091瑞(みづ)の御魂(みたま)の天賦(てんぷ)的(てき)神業(しんげふ)たることを承知(しようち)してもらひたい。
092 霊界(れいかい)物語(ものがたり)を読(よ)ンで、093初(はじ)めて今日(こんにち)までの神諭(しんゆ)の解釈(かいしやく)にたいする疑雲(ぎうん)は一掃(いつさう)され、094心天(しんてん)たちまち晴明(せいめい)の日月(じつげつ)をうかべ、095霊体力(れいたいりよく)に光輝(くわうき)をそへ歓喜(くわんき)と了解(れうかい)の日月(じつげつ)出現(しゆつげん)していはゆる三月(みつき)三日(みつか)五月(いつつき)五日(いつか)の瑞祥(ずゐしやう)を神人(しんじん)ともに祝(しゆく)することになるのである。
096 五月(ごぐわつ)五日(いつか)は男子(なんし)の祝日(しゆくじつ)、097菖蒲(しやうぶ)の節句(せつく)である。098三月(さんぐわつ)三日(みつか)は女子(によし)の祝日(しゆくじつ)で、099桃(もも)の節句(せつく)である。100女子(によし)の御魂(みたま)聖地(せいち)に出現(しゆつげん)してより二十五(にじふご)年(ねん)の間(あひだ)桃李(たうり)物(もの)言(い)はず自(おのづか)ら蹊(けい)をなせしもの、101ここに目出度(めでた)く世(よ)にあらはれて苦(く)、102集(しふ)、103滅(めつ)、104道(だう)を説(と)き、105道(だう)、106法(はふ)、107礼(れい)、108節(せつ)をはなばなしく開示(かいじ)することとなつたのも、109神界(しんかい)経綸(けいりん)の神業(しんげふ)成就(じやうじゆ)の曙光(しよくわう)をみとめ、110旭光(きよくくわう)照破(せうは)の瑞祥(ずゐしやう)にむかつたので、111神人界(しんじんかい)のともに祝福(しゆくふく)すべき年(とし)であります。
 
112○
 
113 この物語(ものがたり)のうちに大自在天(だいじざいてん)とあるは、114神典(しんてん)にいはゆる、115大国主(おほくにぬし)之(の)神(かみ)の御(おん)事(こと)であつて、116大国彦(おほくにひこの)命(みこと)、117八千矛(やちほこの)神(かみ)、118大己貴(おほなむちの)命(みこと)、119葦原(あしはら)醜男(しこをの)神(かみ)、120宇都志(うつし)国魂(くにたまの)神(かみ)などの御名(みな)を有(いう)したまひ、121武力(ぶりよく)絶倫(ぜつりん)の神(かみ)にましまして国平矛(くにむけのほこ)を天孫(てんそん)にたてまつり、122君臣(くんしん)の大義(たいぎ)を明(あき)らかにし、123忠誠(ちうせい)の道(みち)を克(よ)く守(まも)りたまふた神(かみ)であります。124本物語(ほんものがたり)にては大自在天(だいじざいてん)、125または常世(とこよ)神王(しんわう)と申(まを)しあげてあります。
126 大自在天(だいじざいてん)とは仏典(ぶつてん)にある仏(ほとけ)の名(な)であるが、127神界(しんかい)にては大国主(おほくにぬしの)神(かみ)様(さま)の御(おん)事(こと)であります。128この神(かみ)は八代矛(やちほこ)の威力(ゐりよく)をふるつて、129天下(てんか)を治(をさ)めたまうた英雄神(えいゆうしん)である。130皇祖(くわうそ)の神(かみ)は、131平和(へいわ)の象徴(しやうちやう)たる璽(たま)と、132智慧(ちゑ)の表徴(へうちやう)たる鏡(かがみ)とをもつて、133世(よ)を治(をさ)めたまふのが御(ご)神意(しんい)である。1331故(ゆゑ)に我(わが)皇孫命(すめみまのみこと)の世界(せかい)統御(とうぎよ)の御(ご)神政(しんせい)は、飽(あ)く迄(まで)も道義(だうぎ)的(てき)統一(とういつ)であつて、武断的(ぶだんてき)ではないのである。1332故(ゆゑ)に天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(てんのう)の世界(せかい)御(ご)統一(とういつ)は、侵略(しんりやく)でも征伐(せいばつ)でもない、併呑(へいどん)でも無(な)い、皇祖(くわうそ)大神(おほかみ)の大御心(おほみこころ)を心(こころ)とし玉(たま)ふたのである。1333劍(つるぎ)を用(もち)ゐ玉(たま)ふは、変事(へんじ)に際(さい)してのみ其(その)神聖(しんせい)不可犯(ふかはん)の御威力(ごゐりよく)を発揮(はつき)し玉(たま)ふので、是又(これまた)止(や)むを得(え)ざるに出(い)でさせ玉(たま)ふ御神業(ごしんげう)であります。1334決(けつ)して大自在天(だいじざいてん)的(てき)武力(ぶりよく)統一(とういつ)ではない、御(ご)仁慈(じんじ)の御(ご)政治(せいぢ)であります。[※「故に我皇孫命の」から「御仁慈の御政治であります。」までは、戦前の版・聖師御校正本には書いてあるが、戦後の版からは削除されている。霊界物語ネットでも削除されていたが、2020/4/27に追加した。]
134 また盤古(ばんこ)大神(だいじん)塩長彦(しほながひこ)は一名(いちめい)潮沫彦(しほなわひこ)と申(まを)し上(あ)げる、135善良(ぜんりやう)なる神(かみ)にましますことは、136前篇(ぜんぺん)に述(の)べたとほりであります。137この神(かみ)を奉戴(ほうたい)して荒(あら)ぶる神人等(かみがみ)が色々(いろいろ)の計画(けいくわく)をたて、138神界(しんかい)に活動(くわつどう)して国治立(くにはるたちの)命(みこと)の神政(しんせい)に対抗(たいかう)し、139種々(しゆじゆ)の波瀾(はらん)をまきおこしたことはすでに述(の)べたとほりである。140そこでこの世界(せかい)を救(すく)ふべく、141諾冊(なぎなみ)二神(にしん)がわが国土(こくど)を中心(ちうしん)として天降(あまくだ)りまし、142修理(しうり)固成(こせい)の神業(しんげふ)を励(はげ)ませたまふこととなつた、143ありがたき物語(ものがたり)は篇(へん)を逐(お)うて判明(はんめい)することであらうと思(おも)ひます。144惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)
145  大正十一年一月三日
146      王仁識
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