霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一九章 (きつね)出産(しゆつさん)〔九八三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第35巻 海洋万里 戌の巻 篇:第3篇 火の国都 よみ(新仮名遣い):ひのくにみやこ
章:第19章 狐の出産 よみ(新仮名遣い):きつねのしゅっさん 通し章番号:983
口述日:1922(大正11)年09月17日(旧07月26日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
一行はやや坂道が緩くなった場所にさしかかり、生き返ったような気分となった。おりしも、道の傍らにこんこんと清水が湧き出ているのを見つけ、三人は天の与えとかわるがわる手にすくって渇きを潤した。
三人が清水とその飲み具合をお互いに批評しあって掛け合いをしていると、一人の男が前にやってきた。男は、自分は夫婦で火の国から熊襲の国へ参拝に行く途中、妻がにわかに産気づいて動けなくなってしまったと告げた。
そして、三人に妻の出産を手伝ってほしいと頼み込んだ。徳公ははしゃぎ、久公は押し黙っている。黒姫は快く、この常助と名乗る男の妻の出産に立ち会い、取り上げ婆の役割をなすことを引き受けた。
黒姫は案内された場所に着くと、早速天津祝詞を上げた。常助の妻は次々に子供を出産し、黒姫は四人もの赤子を取り上げ、無事に出産を終えた。黒姫が産後の注意を常助夫婦に与えると、常助は黒姫に感謝の辞を述べ、夫婦親子どもども大きな白狐の姿となると、どこかへ消えてしまった。
徳公と久公は黒姫をからかうが、黒姫は最初から狐の変化だと見破っていたと答えた。そして、たとえ虎でも狼でも、頼まれたら赤子を取り上げてやるのが神様の道だと二人に諭した。
一行は荒井峠を越えて先へと進んで行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-09-30 12:24:55 OBC :rm3519
愛善世界社版:223頁 八幡書店版:第6輯 550頁 修補版: 校定版:236頁 普及版:86頁 初版: ページ備考:
001 (さん)(にん)(やや)緩勾配(くわんこうばい)坂道(さかみち)にかかり、002()(かへ)つた(やう)気分(きぶん)になつて、003宣伝歌(せんでんか)(うた)(なが)(すす)()く。004(みち)(かたはら)滾々(こんこん)として清水(しみづ)()()()る。005(てん)(あた)へと(さん)(にん)()びつく(やう)にして(かは)(がは)()(すく)ひつつ(のど)(うるほ)す。
006徳公(とくこう)旅人(たびびと)生命(いのち)(やしな)清水(しみづ)かな。
007 滾々(こんこん)(みづ)御霊(みたま)()()でにけり。
008 あゝうまいうまいと(むす)清水(しみづ)(かな)
009 (あせ)までが姿(すがた)(かく)清水(しみづ)かな。
010 喉笛(のどぶゑ)調子(てうし)(なほ)清水(しみづ)かな。
011 岩清水(いはしみづ)(たふと)(かみ)(めぐ)みなり。
012 有難(ありがた)(たふと)(なに)岩清水(いはしみづ)
013久公(きうこう)『おい、014(とく)015随分(ずゐぶん)水々(みづみづ)とよく(さへづ)るぢやないか。016それほど貴様(きさま)(みづ)有難(ありがた)いか。017(この)(さか)(くだ)つて(すこ)しく(ひだり)へとれば(たつ)(みづうみ)があるから、018そこへ()()むで()(まで)()むといいわ、019一杯(いつぱい)々々(いつぱい)()(すく)うて()んで()るより(らち)()いからな。020(おれ)(ひと)(この)清水(しみづ)駄句(だく)つてみようか』
021徳公(とくこう)風流(ふうりう)()らぬ貴様(きさま)如何(どう)して俳句(はいく)出来(でき)るものかい』
022久公(きうこう)(なに)023(おれ)名句(めいく)をよく()け!
024 岩清水(いはしみづ)徳公(とくこう)餓鬼(がき)生命(いのち)かな。
025 餓鬼(がき)(たち)(あつ)まり(きた)清水(しみづ)かな』
026徳公(とくこう)『アハヽヽヽ、027もつと()はないか。028もうそれで種切(たねぎれ)だなア』
029久公(きうこう)滾々(こんこん)()()(いのち)岩清水(いはしみづ)
030 ()ふよりも()はぬがましと(くち)()め。
031 (ゆう)よりも(あぢ)()くない清水(しみづ)かな。
032 ()(かへ)胸板(むないた)(ひや)清水(しみづ)かな。
033 岩清水(いはしみづ)徳公(とくこう)(はら)(むし)がわき』
034徳公(とくこう)馬鹿(ばか)にするない。035水臭(みづくさ)(こと)ばかり(ゆう)ぢやないか』
036久公(きうこう)『きまつた(こと)よ。037(みづ)御霊(みたま)(をしへ)(つた)ふる宣伝使(せんでんし)のお(とも)だもの』
038黒姫(くろひめ)(すく)()(めぐみ)(つゆ)岩清水(いはしみづ)
039 滾々(こんこん)()きぬ生命(いのち)清水(しみづ)かな。
040 何時(いつ)までも()るる(こと)なし岩清水(いはしみづ)
041 高山(たかやま)(むね)より()きし清水(しみづ)かな。
042 高山(たかやま)(とほ)れば(たの)岩清水(いはしみづ)
043 (この)(みづ)(かみ)(めぐみ)生命水(いのちみづ)
044 岩清水(いはしみづ)三五(さんご)(つき)(ひか)りあり。
045 (とく)(きう)水掛論(みづかけろん)比沼(ひぬ)真奈井(まなゐ)
046 高山(たかやま)清水(しみづ)(こと)(あぢ)()き。
047 岩清水(いはしみづ)(わが)()(きみ)()ませたし。
048 ()()づる清水(しみづ)(かみ)(めぐみ)かな。
049 水々(みづみづ)(わか)(をとこ)水喧嘩(みづげんくわ)
050 (みづ)にさへ()もなき喧嘩(けんくわ)(はな)()き。
051 水晶(すゐしやう)(みたま)(しづく)岩清水(いはしみづ)
052 真清水(ましみづ)生命(いのち)(おや)()(をが)み。
053 (みづ)()らぬ二人(ふたり)(なか)水喧嘩(みづげんくわ)
054 水臭(みづくさ)(こころ)(きら)瑞御霊(みづみたま)
055 (この)(みづ)(すゑ)には(ひろ)(うみ)()り。
056 高山(たかやま)(みづ)(うま)さは(たれ)()らず。
057 黒姫(くろひめ)(こころ)(あら)清水(しみづ)かな。
058 坂道(さかみち)(つか)(やしな)清水(しみづ)かな。
059 (また)(あせ)(たね)ともならむ岩清水(いはしみづ)
060 真清水(ましみづ)(むす)手先(てさき)(きり)()ち』
061 ()(さん)(にん)(みち)(かたはら)(こし)うち(おろ)駄句(だく)りつつある(ところ)へ、062(あわただ)しくやつて()一人(ひとり)(をとこ)がある。063(をとこ)(こし)(かが)(なが)ら、
064男(常助)『もしもし(たび)()(かた)(さま)065(ひと)つお(ねがひ)御座(ござ)います。066何卒(どうぞ)()いては(くだ)さいますまいか』
067黒姫何事(なにごと)(ぞん)じませぬが、068(わたし)(たち)(ちから)(かな)(こと)ならば(うけたま)はりませう』
069(をとこ)(常助)早速(さつそく)()承知(しようち)有難(ありがた)御座(ござ)います。070(わたし)()(くに)(もの)常助(つねすけ)(まを)百姓(ひやくしやう)(をとこ)御座(ござ)いますが熊襲(くまそ)(くに)建日(たけひ)(やかた)参拝(さんぱい)せむと、071女房(にようばう)のお(つね)(ともな)(この)(さか)をエチエチと(のぼ)つて(まゐ)りました(ところ)072まだ七月(ななつき)よりならない女房(にようばう)(にはか)陣痛(しきり)()ると(まを)しだし、073路傍(みちばた)木蔭(こかげ)(はら)(いた)めて七転(しちてん)八倒(ばつたう)苦悶(くもん)をつづけて()ります。074何卒(どうぞ)宣伝使(せんでんし)(さま)()神力(しんりき)によつて安産(あんざん)をさせてやつて(くだ)さいませ』
075黒姫『それは()心配(しんぱい)御座(ござ)いませう。076(およ)ばぬ(なが)()世話(せわ)をさして(いただ)きます……これこれ二人(ふたり)(わか)(しう)077水筒(すゐとう)(みづ)一杯(いつぱい)()つて(くだ)さい。078(さん)(とき)使(つか)はねばなりませぬから……』
079徳公『ハイ、080(とく)承知(しようち)(いた)しました。081スウヰートハートの結果(けつくわ)赤坊(あかんぼ)(はら)仕入(しこ)んで、082到頭(たうとう)水筒(すゐとう)()世話(せわ)(あづか)ると()(めう)因縁(いんねん)ですなア。083(わたし)()(かか)アを(もら)つてから()がないので、084出産(しゆつさん)状況(じやうきやう)目撃(もくげき)した(こと)がない。085こりやまア、086都合(つがふ)()(こと)だ。087(ひと)見物(けんぶつ)さして(もら)ひませうかい。088なあ久公(きうこう)089(なん)()つても人間(にんげん)一匹(いつぴき)(ちひ)さい○○から()()すのだから、090随分(ずゐぶん)(むつ)かしい芸当(げいたう)だらう。091屹度(きつと)()()けの価値(かち)はあるよ』
092 久公(きうこう)(もく)して(こた)へず。
093黒姫『これ徳公(とくこう)さま、094出産(しゆつさん)()ふものは大切(たいせつ)なものだから、095(しづ)かにせないと産婦(さんぷ)逆上(ぎやくじやう)すると大変(たいへん)だから、096(しばら)沈黙(ちんもく)して()(くだ)さいや』
097徳公委細(ゐさい)承知(しようち)(いた)しました。098これ常助(つねすけ)どん、099(まへ)(おく)さまは何処(どこ)(うな)つて()るのだ。100(はや)案内(あんない)しなさい。101万一(まんいち)102赤坊(あかんぼ)()にくがつて()つたら、103(おれ)(うしろ)(まは)つて(ちから)一杯(いつぱい)(こし)なり、104(しり)なりを(とく)とブン(なぐ)つて(たた)きだしてやるから安心(あんしん)しなさい』
105常助『そんな無茶(むちや)をしたつて()(うま)れるものぢや御座(ござ)いませぬ。106(かへつ)産婦(さんぷ)()をとり(うしな)難産(なんざん)(いた)しますから、107何卒(どうぞ)手荒(てあら)(こと)はせぬ(やう)(たの)みます』
108黒姫(つね)さま、109安心(あんしん)なさいませ。110(この)黒姫(くろひめ)(なに)もかも()()んでゐますから大丈夫(だいぢやうぶ)です。111さあ(はや)(まゐ)りませう』
112常助『ハイ、113有難(ありがた)う、114()案内(あんない)(いた)します。115()うお()(くだ)さいませ』
116路傍(みちばた)草道(くさみち)二三十(にさんじつ)(けん)ばかり()()(すす)()く。117黒姫(くろひめ)一歩(ひとあし)々々(ひとあし)()をつけ(なが)雑草(ざつさう)(なか)(さぐ)りつつ常助(つねすけ)(したが)()く。
118徳公(なん)とマアえらい(くさむら)ぢやないか。119こんな(ところ)でお(さん)をする(やつ)(ろく)(やつ)ぢやあるまい。120河原(かはら)乞食(こじき)か、121山乞食(やまこじき)ぢやなくちや宿(やど)なし(ばう)か、122一体(いつたい)合点(がてん)のゆかぬ代物(しろもの)ぢやないか』
123黒姫『これ、124徳公(とくこう)さま、125(だま)りなさい。126産婦(さんぷ)(さは)りますよ』
127徳公『ハイ、128承知(しようち)(いた)しました、129出産(しゆつさん)()むまで徳山(とくやま)砲台(はうだい)沈黙(ちんもく)(いた)します』
130黒姫『ホヽヽヽヽ』
131常助『この()()女房(にようばう)()ります。132何卒(どうぞ)(よろ)しうお(ねが)(いた)します』
133黒姫『ほんにほんに綺麗(きれい)女房(にようばう)だな。134これお(つね)さまとやら、135(わたし)三五教(あななひけう)黒姫(くろひめ)()宣伝使(せんでんし)だ。136これから(かみ)(さま)(ねが)つて、137(やす)身二(みふた)つにして()げますから()安心(あんしん)なさいませ』
138徳公『もしもし黒姫(くろひめ)さま、139そんな乱暴(らんばう)(こと)をしちやいけませんぞ。140(ふた)つにして()げるなんてそんな無茶(むちや)(こと)がありますか……(ころ)(なか)れ……と()律法(りつぱう)をお前様(まへさま)蹂躙(じうりん)する(つも)りですか』
141黒姫『ホヽヽヽヽ、142(わけ)(わか)らぬ(をとこ)だこと、143(ふた)つにして()げると()ふのは、144親切(しんせつ)にとりあげて(おや)()()けて()げると()(こと)だ。145つまり()(うま)れさす(こと)だよ』
146徳公『やアそれで安心(あんしん)した。147何卒(どうぞ)(はや)(ふた)つなつと()つなつとしてやつて(くだ)さい』
148黒姫『ヒヨツとしたら(いつ)つになるかも()れませぬから、149吃驚(びつくり)せぬ(やう)にして(くだ)さい。150……これこれお(つね)さま、151大分(だいぶん)息苦(いきぐる)しさうだ。152(いま)(らく)にして()げますから、153チツとばかり辛抱(しんばう)しなさいや』
154お常『ハイ()親切(しんせつ)有難(ありがた)御座(ござ)います、155とんだ厄介(やくかい)をかけまして申訳(まをしわけ)御座(ござ)いませぬ』
156 黒姫(くろひめ)は、
157黒姫『そんな心配(しんぱい)なされますな』
158()(なが)らお(つね)(まへ)端坐(たんざ)し、159天津(あまつ)祝詞(のりと)奏上(そうじやう)し、160(あま)数歌(かずうた)(うた)()げ、161一生(いつしやう)懸命(けんめい)祈願(きぐわん)()らしてゐる。
162 お(つね)は「ウン」とばかり苦悶(くもん)(こゑ)(とも)に「ホギヤー」と一声(ひとこゑ)163()びだしたのはクリクリとした(をとこ)()……。
164黒姫『ヤアお目出度(めでた)いお目出度(めでた)い……これこれ常助(つねすけ)さま、165(とく)さま、166(きう)さま、167(はや)用意(ようい)をなされ、168(みづ)の……(わたし)はまだ()がぬけませぬから……さアお(つね)さま、169一気張(ひときば)りだよ』
170()(なが)ら、171(また)もや(あま)数歌(かずうた)(うた)()げると、172「ホギアー」と一声(ひとこゑ)173()んで()赤坊(あかんぼ)(をんな)である。174「ウン」と一声(ひとこゑ)175(また)もや(をとこ)赤坊(あかんぼ)()()す。
176黒姫『さアも一気張(ひときば)りだ』
177とお(つね)(こし)をグツと(かか)へ「ウーン」と(いき)()ける、178「ホギヤー」(また)飛出(とびだ)したのは(をんな)赤坊(あかんぼ)である。
179黒姫『さア常助(つねすけ)さま、180(つね)さま、181()安心(あんしん)なさいませや。182腹帯(はらおび)()めて()げませう。183産前(さんぜん)よりも産後(さんご)大切(たいせつ)ですから(あと)()をつけなさいよ』
184お常『はい有難(ありがた)御座(ござ)います。185(かげ)安産(あんざん)さして(いただ)きました。186(この)御恩(ごおん)(けつ)して(わす)れませぬ』
187徳公(なん)だ、188(うち)(となり)のお(いそ)双子(ふたご)()みよつて(めづ)らしいと()つて村中(むらぢう)評判(ひやうばん)だつたが、189此奴(こいつ)(また)豪気(がうき)だ。190赤坊(あかんぼ)夫婦(ふうふ)()()したぢやないか……なあ久公(きうこう)191なんでもこりや(さき)()如何(どう)しても……お(まへ)()はれねば()()()つて死出(しで)三途(さんづ)192(はす)(うてな)一蓮(いちれん)托生(たくしやう)193南無(なむ)妙法蓮(めうほふれん)陀仏(だぶつ)……と洒落(しやれ)淵川(ふちがは)()()げた心中者(しんぢうもの)(うま)(かは)りだらうよ。194(なん)とまア(なか)のいい(もの)だな。195()(とき)一緒(いつしよ)()に、196(うま)れる(とき)にも一緒(いつしよ)(うま)れて()るのだから、197ホントに巧妙(かうめう)(やつ)もあつたものだ。198アハヽヽヽ……(おれ)(かか)アの()(とき)一緒(いつしよ)()んでやつて、199(また)(この)赤坊(あかんぼ)(やう)に、200(おな)母親(ははおや)(はら)(うま)れて()てやらう。201こりや、202うまい(こと)(かんが)へた。203オホヽヽヽ』
204黒姫『これこれ八釜(やかま)しい。205(くだ)らぬ(こと)()ふぢやありませぬよ、206(あと)身体(からだ)(さは)つたら如何(どう)しますか』
207徳公『それだと()つて、208(いぬ)(ねこ)(きつね)(たぬき)(やう)に、209人間(にんげん)一遍(いつぺん)()(にん)赤坊(あかんぼ)()むのだもの、210これが(だま)つて()られるものか。211(うま)れてから(はじ)めて()たのだから、212(めづら)しくつて面白(おもしろ)くつて仕方(しかた)がありませぬワイ。
213()(あし)身魂(みたま)(なに)()らねども
214一度(いちど)()つの()()みにけり。
215常助(つねすけ)とお(つね)さまとのそのなかに
216(きつね)のやうな()(うま)れけり。
217(つね)さん腹帯(はらおび)シツカリ()めなされ
218(あと)肥立(ひだ)ちが肝腎(かんじん)だから。
219肝腎(かんじん)常助(つねすけ)さまはウロウロと
220呆気面(はうけづら)して(なに)周章(あわて)る。
221(つね)さまよ()三界(さんがい)首枷(くびかせ)ぢや
222うかうかせずに(はたら)(これ)から。
223(いま)までは二人(ふたり)(ぐら)しの(つね)さまも
224これからチツと()(おも)うなる』
225黒姫『これこれ(とく)さま、226(また)八釜(やかま)しい、227チツと(だま)つて()(くだ)さい』
228徳公黒姫(くろひめ)何程(なにほど)(だま)れと()つたとて
229こんな(こと)()(だま)つて()らりよか。
230千早(ちはや)()神代(かみよ)もきかず四人(よつたり)
231()一時(いちどき)(うま)()るとは。
232(きつね)ならば()らず人間(にんげん)身体(からだ)より
233()(あし)ドツコイ()()()()る。
234あゝ惟神(かむながら)如何(いか)なる(かみ)悪戯(いたづら)
235古今(ここん)独歩(どくぽ)今日(けふ)誕生(たんじやう)
236珍無類(ちんむるゐ)(ため)しもあらぬお(つね)さまが
237一度(いちど)()(にん)フウフ(夫婦(ふうふ))と()む』
238黒姫『さあ、239常助(つねすけ)さま、240(つね)さま、241もう大丈夫(だいぢやうぶ)です。242()安心(あんしん)なさいませ』
243お常『とんでもない()世話(せわ)になりました。244(けつ)して(この)御恩(ごおん)(わす)れませぬ』
245黒姫随分(ずゐぶん)身体(からだ)大切(たいせつ)になさいませ。246(つめ)たい(みづ)()んだり無理(むり)をせぬ(やう)に、247七十五(しちじふご)(にち)(あひだ)()保養(ほやう)あらむ(こと)を、248こんこんと懇望(こんまう)して()きます』
249常助、お常『ハイ有難(ありがた)御座(ござ)います。250左様(さやう)なればこれでお(わか)(いた)します』
251()ふより(はや)く、252常助(つねすけ)253(つね)真白(まつしろ)けの大狐(おほぎつね)となり、254真白(まつしろ)()()れて四匹(しひき)子供(こども)()れ、255ノソリノソリと森林(しんりん)(ふか)姿(すがた)(かく)したり。
256徳公『アハヽヽヽヽ、257(なん)だ。258(はじ)めからチツと(あや)しいと(おも)つて()たが、259(きつね)産婆(とりあげばあ)さまを黒姫(くろひめ)さまが()さつたのだな。260(なん)(えら)いものだ。261一遍(いつぺん)()(にん)()()むのが(へん)だと(おも)つて()つた。262如何(どう)やらまだ(きつね)(だま)されて()(やう)()がするぞ……おい久公(きうこう)263(おれ)(ほほ)(つめ)つて()()れ、264黒姫(くろひめ)さま(まで)がソロソロ(きつね)親分(おやぶん)(やう)()()して()たワイ』
265黒姫『ホヽヽヽヽ、266(かみ)(さま)のお(みち)には()(へだ)てはありませぬ。267人民(じんみん)(まを)すに(およ)ばす、268(とり)(けだもの)虫族(むしけら)(いた)(まで)(たす)けて()くのが、269三五教(あななひけう)御教(みをしへ)だからなア』
270徳公黒姫(くろひめ)さまお(まへ)さまも(あき)れたでせう。271(はじ)めは矢張(やはり)人間(にんげん)だと(おも)うて()たのでせう』
272黒姫『そんな(こと)(わか)らぬ(わたし)ですかい。273(はじ)めから常助(つねすけ)だとか、274(つね)だとか()つて()つたぢやありませぬか。275あゝして人間(にんげん)()けて()つたけれども、276(ふと)尻尾(しつぽ)(また)(あひだ)から一寸(ちよつと)()えて()たのだ。277(まへ)はそれが()がつかなかつたのだな』
278徳公(はじ)めから(きつね)だと(おも)つたら、279アタ(いや)らしい、280(たれ)相手(あひて)になるものか。281(ちから)一杯(いつぱい)ブン(なぐ)つてやるのだつた。282なあ久公(きうこう)283さつぱりコンと(わけ)(わか)らぬ(やう)になつて()たぢやないか』
284久公『いや、285もうあんまりの(こと)(きう)には(なん)とも()(こと)出来(でき)ないわ』
286黒姫『さア、287一息(ひといき)だ。288そろそろ(まゐ)りませうか』
289黒姫(くろひめ)(さき)()つ。290徳公(とくこう)は、
291徳公『ハイ、292(まゐ)りませう。293もう(この)(さき)出産(しゆつさん)して()つても、294(きつね)取上(とりあ)げだけは(ことわ)つて(くだ)さい』
295黒姫(きつね)ばかりか、296(とら)でも(おほかみ)でも獅子(しし)でも、297(くま)でも大蛇(をろち)でも(おに)でも(かま)はぬ、298(たの)まれたら産婆(とりあげばあ)をしてやりますよ。299それが(かみ)(さま)(みち)(つか)ふるものの(つく)すべき(みち)だからなア』
300徳公(とくこう)(なん)と、301(おそ)ろしい宣伝使(せんでんし)だなア。302(とく)(かんが)へねばなるまい、303さア()かう』
304(さき)()ち、305荒井峠(あらゐたうげ)西(にし)西(にし)へと(くだ)()く。
306大正一一・九・一七 旧七・二六 北村隆光録)
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