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第67巻(午の巻)
序文
総説
第1篇 美山梅光
01 梅の花香
〔1703〕
02 思想の波
〔1704〕
03 美人の腕
〔1705〕
04 笑の座
〔1706〕
05 浪の皷
〔1707〕
第2篇 春湖波紋
06 浮島の怪猫
〔1708〕
07 武力鞘
〔1709〕
08 糸の縺れ
〔1710〕
09 ダリヤの香
〔1711〕
10 スガの長者
〔1712〕
第3篇 多羅煩獄
11 暗狐苦
〔1713〕
12 太子微行
〔1714〕
13 山中の火光
〔1715〕
14 獣念気
〔1716〕
15 貂心暴
〔1717〕
16 酒艶の月
〔1718〕
17 晨の驚愕
〔1719〕
第4篇 山色連天
18 月下の露
〔1720〕
19 絵姿
〔1721〕
20 曲津の陋呵
〔1722〕
21 針灸思想
〔1723〕
22 憧憬の美
〔1724〕
余白歌
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第二二章
憧憬
(
どうけい
)
の
美
(
び
)
〔一七二四〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻
篇:
第4篇 山色連天
よみ(新仮名遣い):
さんしょくれんてん
章:
第22章 憧憬の美
よみ(新仮名遣い):
どうけいのび
通し章番号:
1724
口述日:
1924(大正13)年12月29日(旧12月4日)
口述場所:
祥雲閣
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1926(大正15)年8月19日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
太子は城に戻ってからは、スバール姫の絵姿を床の間にかけ、憧憬していた。
重臣のタルチンがやってきて、アリナの新思想を責め、遠ざけようと諫言する。
太子は、現重臣たちの考え方こそ国家滅亡の考えと断じる。また、重臣たちが権勢や富貴におもね、栄利栄達のみに心を砕いていることを指摘し、逆にタルチンを責める。
そこへ、謹慎を解かれたアリナがやってくる。アリナは、父の左守がついに考えを変え、太子とアリナの考え方に反対しないと誓った、と太子、タルチンに謹慎中の出来事を語った。
タルチンは、左守が考え方を変えたと聞いて、途端に太子への諫言を撤回する。
実は左守は考えを変えてはおらず、アリナがタルチンを試したのであった。
太子はスバール姫への恋心をアリナに打ち明け、相談する。アリナはスバール姫を城内に迎え入れる画策をする。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2018-05-24 00:17:31
OBC :
rm6722
愛善世界社版:
285頁
八幡書店版:
第12輯 137頁
修補版:
校定版:
288頁
普及版:
68頁
初版:
ページ備考:
001
太子
(
たいし
)
は
吾
(
わが
)
館
(
やかた
)
の
奥
(
おく
)
深
(
ふか
)
く
潜
(
ひそ
)
み
乍
(
なが
)
ら、
002
スバール
姫
(
ひめ
)
の
画姿
(
ゑすがた
)
を
床
(
とこ
)
の
間
(
ま
)
に
掛
(
か
)
け、
003
朝夕
(
あさゆふ
)
天真
(
てんしん
)
の
美貌
(
びばう
)
に
憧憬
(
どうけい
)
し、
004
思
(
おも
)
ひを
遠
(
とほ
)
く
朝倉谷
(
あさくらだに
)
の
賤
(
しづ
)
が
伏家
(
ふせや
)
に
通
(
かよ
)
はせてゐた。
005
寵臣
(
ちようしん
)
のアリナは
三十
(
さんじふ
)
日
(
にち
)
の
監禁
(
かんきん
)
を
命
(
めい
)
ぜられ、
006
話相手
(
はなしあひて
)
もなく、
007
実
(
じつ
)
に
淋
(
さび
)
しき
思
(
おも
)
ひに
悩
(
なや
)
んでゐたが、
008
スバール
嬢
(
ぢやう
)
の
画姿
(
ゑすがた
)
を
見
(
み
)
ては、
009
煩悶
(
はんもん
)
苦悩
(
くなう
)
の
炎
(
ほのほ
)
を
消
(
け
)
してゐた。
010
スダルマン太子
『
併
(
しか
)
し
今日
(
けふ
)
は
最早
(
もはや
)
アリナが
赦
(
ゆる
)
されて
自由
(
じいう
)
の
身
(
み
)
となる
当日
(
たうじつ
)
だ。
011
彼
(
かれ
)
も
会
(
あ
)
ひたいだらう。
012
自分
(
じぶん
)
も
早
(
はや
)
くアリナに
会
(
あ
)
ひたいものだ』
013
と
独語
(
ひとりごち
)
つつ、
014
憂愁
(
いうしう
)
に
沈
(
しづ
)
んでゐる。
015
そこへ
重臣
(
ぢうしん
)
のハルチンは
恐
(
おそ
)
る
恐
(
おそ
)
る
罷
(
まか
)
り
出
(
い
)
で、
016
ハル『
太子
(
たいし
)
殿下
(
でんか
)
には
相変
(
あひかは
)
らせられず、
017
御
(
ご
)
壮健
(
さうけん
)
なる
神顔
(
しんがん
)
を
拝
(
はい
)
し
奉
(
たてまつ
)
り、
018
ハルチン
身
(
み
)
に
取
(
と
)
り
恐悦
(
きようえつ
)
至極
(
しごく
)
に
存
(
ぞん
)
じます』
019
太
(
たい
)
『ヤア、
020
其方
(
そなた
)
はハルチンか。
021
先日
(
せんじつ
)
殿内
(
でんない
)
に
於
(
おい
)
て
大椿事
(
だいちんじ
)
突発
(
とつぱつ
)
の
際
(
さい
)
、
022
其方
(
そなた
)
は
危険
(
きけん
)
を
冒
(
をか
)
して
左守
(
さもり
)
を
抱
(
だ
)
きとめ、
023
右守
(
うもり
)
の
難
(
なん
)
を
救
(
すく
)
つたとか
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
、
024
実
(
じつ
)
に
神妙
(
しんめう
)
の
至
(
いた
)
りだ。
025
近
(
ちか
)
く
寄
(
よ
)
つて
何
(
なに
)
か
面白
(
おもしろ
)
い
快活
(
くわいくわつ
)
な
話
(
はなし
)
を
聞
(
き
)
かしてくれないか』
026
ハル『ハイ
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
り
奉
(
たてまつ
)
ります。
027
微臣
(
びしん
)
は
微臣
(
びしん
)
として
尽
(
つく
)
すべき
道
(
みち
)
を
尽
(
つく
)
した
迄
(
まで
)
で
厶
(
ござ
)
いますから、
028
御
(
お
)
褒
(
ほ
)
めの
言葉
(
ことば
)
を
頂
(
いただ
)
いては
汗顔
(
かんがん
)
の
至
(
いた
)
りに
堪
(
た
)
へませぬ。
029
一度
(
いちど
)
御
(
おん
)
伺
(
うかが
)
ひ
申
(
まをし
)
上
(
あ
)
げたいと
存
(
ぞん
)
じましたが、
030
余
(
あま
)
り
恐
(
おそ
)
れ
多
(
おほ
)
いと
存
(
ぞん
)
じまして、
031
今日
(
けふ
)
迄
(
まで
)
控
(
ひか
)
えて
居
(
を
)
りました。
032
殿下
(
でんか
)
には
左守
(
さもり
)
の
悴
(
せがれ
)
アリナを
殊
(
こと
)
の
外
(
ほか
)
御
(
ご
)
寵愛
(
ちようあい
)
遊
(
あそ
)
ばされ、
033
昼夜
(
ちうや
)
の
区別
(
くべつ
)
なく、
034
お
側
(
そば
)
に
侍
(
はべ
)
らせ
玉
(
たま
)
ひ、
035
誠
(
まこと
)
に
結構
(
けつこう
)
至極
(
しごく
)
の
至
(
いた
)
りに
厶
(
ござ
)
りますが、
036
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
一人
(
ひとり
)
の
家来
(
けらい
)
許
(
ばか
)
りを
御
(
ご
)
信用
(
しんよう
)
なさいますと、
037
大変
(
たいへん
)
な
過
(
あやま
)
ちが
出来
(
でき
)
まするから、
038
そこは
賢明
(
けんめい
)
なる
殿下
(
でんか
)
の
御
(
ご
)
聖慮
(
せいりよ
)
を
以
(
もつ
)
て、
039
他
(
た
)
の
臣下
(
しんか
)
をもどうか
御
(
お
)
近
(
ちか
)
よせ
下
(
くだ
)
さいまする
様
(
やう
)
、
040
御
(
お
)
願
(
ねが
)
ひ
申
(
まをし
)
上
(
あ
)
げまする』
041
太
(
たい
)
『アハヽヽ、
042
沢山
(
たくさん
)
な
臣下
(
しんか
)
はウヨウヨとして
居
(
ゐ
)
るが、
043
余
(
よ
)
の
気
(
き
)
に
入
(
い
)
る
人間
(
にんげん
)
らしい
臣下
(
しんか
)
がないので、
044
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず、
0441
淋
(
さび
)
しい
乍
(
なが
)
らも、
045
アリナを
近付
(
ちかづ
)
けてゐるのだ。
046
お
前
(
まへ
)
はアリナの
人物
(
じんぶつ
)
を
何
(
なん
)
と
思
(
おも
)
うてゐるか。
047
忌憚
(
きたん
)
なく
余
(
よ
)
の
前
(
まへ
)
に
感想
(
かんさう
)
を
吐露
(
とろ
)
しろ』
048
ハル『ハイ、
049
殿下
(
でんか
)
の
御
(
ご
)
寵臣
(
ちようしん
)
を
彼
(
かれ
)
此
(
こ
)
れ
申
(
まをし
)
上
(
あ
)
げまするは、
050
臣下
(
しんか
)
の
身分
(
みぶん
)
として
恐懼
(
きようく
)
に
堪
(
た
)
へませぬ。
051
どうか
之
(
これ
)
許
(
ばか
)
りは
御
(
お
)
赦
(
ゆる
)
し
願
(
ねが
)
ひたいもので
厶
(
ござ
)
います』
052
太
(
たい
)
『ナニ、
053
そんな
躊躇
(
ちうちよ
)
が
要
(
い
)
るものか。
054
お
前
(
まへ
)
の
思
(
おも
)
つてる
丈
(
だけ
)
の
事
(
こと
)
をいつてみてくれ。
055
余
(
よ
)
もアリナの
行動
(
かうどう
)
に
対
(
たい
)
し、
056
其方
(
そなた
)
の
意見
(
いけん
)
を
聞
(
き
)
いて、
057
不都合
(
ふつがふ
)
と
認
(
みと
)
めた
時
(
とき
)
は、
058
今後
(
こんご
)
の
出入
(
でいり
)
を
差
(
さし
)
とめる
積
(
つもり
)
だから』
059
ハルチン
『ハイ、
060
流石
(
さすが
)
は
御
(
ご
)
賢明
(
けんめい
)
なる
太子
(
たいし
)
様
(
さま
)
、
061
それでこそタラハンの
国家
(
こくか
)
は
万代
(
ばんだい
)
不易
(
ふえき
)
、
062
微臣
(
びしん
)
の
私
(
わたし
)
も
旱天
(
かんてん
)
に
雨
(
あめ
)
を
得
(
え
)
たる
如
(
ごと
)
く、
063
喜
(
よろこ
)
びに
堪
(
た
)
へませぬ。
064
然
(
しか
)
らば
申
(
まをし
)
上
(
あ
)
げますが、
065
かれアリナは
父
(
ちち
)
にも
似合
(
にあ
)
はぬ
生意気
(
なまいき
)
な
男
(
をとこ
)
で、
066
何事
(
なにごと
)
も
文化
(
ぶんくわ
)
々々
(
ぶんくわ
)
と
申
(
まを
)
して
新
(
あたら
)
しがり、
067
国家
(
こくか
)
の
基礎
(
きそ
)
が
危
(
あやふ
)
くならうが、
068
王家
(
わうけ
)
がどうならうがチツともかまはない
不忠
(
ふちゆう
)
不義
(
ふぎ
)
の
悪魔
(
あくま
)
で
厶
(
ござ
)
います。
069
殿下
(
でんか
)
が
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
も
彼
(
かれ
)
が
如
(
ごと
)
き
者
(
もの
)
を
近
(
ちか
)
よせ、
070
御
(
ご
)
信用
(
しんよう
)
遊
(
あそ
)
ばしては、
071
王家
(
わうけ
)
の
為
(
ため
)
、
072
国家
(
こくか
)
の
為
(
ため
)
、
073
一大事
(
いちだいじ
)
が
突発
(
とつぱつ
)
せないとも
限
(
かぎ
)
りますまい。
074
どうか
賢明
(
けんめい
)
なる
聖慮
(
せいりよ
)
に
見直
(
みなほ
)
し
下
(
くだ
)
さいまして、
075
臣
(
しん
)
が
言葉
(
ことば
)
も
少
(
すこ
)
しは
御
(
ご
)
採用
(
さいよう
)
下
(
くだ
)
されませ。
076
王家
(
わうけ
)
の
為
(
ため
)
、
077
国家
(
こくか
)
の
為
(
ため
)
、
078
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
死
(
し
)
を
決
(
けつ
)
して、
079
此
(
この
)
ハルチンは
殿下
(
でんか
)
の
御
(
お
)
怒
(
いか
)
りを
存
(
ぞん
)
じ
乍
(
なが
)
ら
直諫
(
ちよくかん
)
に
参
(
まゐ
)
りました』
080
太
(
たい
)
『ウーム、
081
さうか、
082
アリナと
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
、
083
それ
程
(
ほど
)
お
前
(
まへ
)
の
目
(
め
)
から
悪人
(
あくにん
)
と
見
(
み
)
えるかのう。
084
時代
(
じだい
)
に
目醒
(
めざめ
)
た
新
(
あたら
)
しき
主義
(
しゆぎ
)
を
唱
(
とな
)
へる
者
(
もの
)
が、
085
王家
(
わうけ
)
国家
(
こくか
)
を
亡
(
ほろ
)
ぼすとは、
086
チツと
受取
(
うけと
)
れぬではないか。
087
今日
(
こんにち
)
の
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は、
0871
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
の
如
(
ごと
)
く、
088
強圧
(
きやうあつ
)
的
(
てき
)
専制
(
せんせい
)
的
(
てき
)
方法
(
はうはふ
)
を
以
(
もつ
)
て
人民
(
じんみん
)
を
治
(
をさ
)
めることは
出来
(
でき
)
ないよ。
089
時代
(
じだい
)
に
順応
(
じゆんおう
)
して
夫
(
それ
)
相当
(
さうたう
)
の
政治
(
せいぢ
)
を
行
(
おこな
)
はねば、
090
却
(
かへつ
)
て
国家
(
こくか
)
は
危
(
あやふ
)
いだらう』
091
ハル『
殿下
(
でんか
)
の
御
(
ご
)
令旨
(
れいし
)
、
092
御尤
(
ごもつと
)
もでは
厶
(
ござ
)
いますが、
093
大王
(
だいわう
)
殿下
(
でんか
)
の
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
も、
094
重臣
(
ぢうしん
)
一同
(
いちどう
)
の
徹夜
(
てつや
)
の
煩悶
(
はんもん
)
も、
095
元
(
もと
)
を
糺
(
ただ
)
せば、
096
彼
(
か
)
れ
青二才
(
あをにさい
)
が
殿下
(
でんか
)
に
媚
(
こ
)
びへつらひ、
097
尊貴
(
そんき
)
の
御
(
おん
)
身
(
み
)
をば、
0971
恐
(
おそ
)
れ
多
(
おほ
)
くも、
098
猛獣
(
まうじう
)
猛
(
たけ
)
る
山野
(
さんや
)
におびき
出
(
だ
)
し
奉
(
たてまつ
)
り、
099
いろいろの
苦労
(
くらう
)
をさせましたからで
厶
(
ござ
)
います。
100
かかる
不忠
(
ふちゆう
)
不義
(
ふぎ
)
の
逆臣
(
ぎやくしん
)
を、
101
御
(
お
)
側
(
そば
)
近
(
ちか
)
くおよせなさつては、
102
お
為
(
ため
)
になりますまい。
103
どうぞ
之
(
これ
)
許
(
ばか
)
りは
御
(
お
)
考
(
かんが
)
へを
願
(
ねが
)
ひたいもので、
104
厶
(
ござ
)
います』
105
太
(
たい
)
『アヽ
父上
(
ちちうへ
)
といひ、
106
左守
(
さもり
)
、
107
右守
(
うもり
)
と
云
(
い
)
ひ、
108
お
前
(
まへ
)
といひ、
109
能
(
よ
)
くもマア
亡国
(
ばうこく
)
の
因虫
(
いんちう
)
がタラハン
城
(
じやう
)
にはびこつたものだのう。
110
イヤ
余
(
よ
)
は
左様
(
さやう
)
な
言葉
(
ことば
)
は
聞
(
き
)
きたくない。
111
それよりもお
前
(
まへ
)
は
左守
(
さもり
)
112
右守
(
うもり
)
の
頑迷
(
ぐわんめい
)
連
(
れん
)
に
盲従
(
まうじゆう
)
して、
113
国家
(
こくか
)
滅亡
(
めつぼう
)
の
為
(
ため
)
に
精々
(
せいぜい
)
力
(
ちから
)
を
尽
(
つく
)
すがよからうぞ』
114
ハル『これは
又
(
また
)
、
115
殿下
(
でんか
)
のお
言葉
(
ことば
)
とも
覚
(
おぼ
)
えませぬ。
116
国家
(
こくか
)
滅亡
(
めつぼう
)
の
為
(
ため
)
に
力
(
ちから
)
を
尽
(
つく
)
せよとは、
117
臣下
(
しんか
)
の
心胸
(
しんきよう
)
をお
察
(
さつ
)
し
下
(
くだ
)
さらぬのにも、
118
程
(
ほど
)
があるぢや
厶
(
ござ
)
りませぬか。
119
私
(
わたし
)
は
殿下
(
でんか
)
のお
言葉
(
ことば
)
を
耳
(
みみ
)
にしてお
怨
(
うら
)
み
申
(
まを
)
します』
120
太
(
たい
)
『ハヽヽ、
121
お
恨
(
うら
)
み
申
(
まを
)
すのは
相身互
(
あひみたがひ
)
だ。
122
余
(
よ
)
は
国家
(
こくか
)
を
泰山
(
たいざん
)
の
安
(
やす
)
きにおき、
123
国民
(
こくみん
)
をして
平和
(
へいわ
)
な
幸福
(
かうふく
)
な
生活
(
せいくわつ
)
を
送
(
おく
)
らしめ、
124
地上
(
ちじやう
)
に
天国
(
てんごく
)
の
楽園
(
らくゑん
)
を
移
(
うつ
)
さむが
為
(
ため
)
、
125
昼夜
(
ちうや
)
肝胆
(
かんたん
)
を
砕
(
くだ
)
いてゐるのだ。
126
何
(
いづ
)
れの
臣下
(
しんか
)
も
権勢
(
けんせい
)
に
阿
(
おもね
)
り、
127
富貴
(
ふうき
)
に
媚
(
こ
)
び、
128
自己
(
じこ
)
の
名利
(
めいり
)
栄達
(
えいたつ
)
のみに
全心
(
ぜんしん
)
を
傾注
(
けいちう
)
し、
129
王家
(
わうけ
)
の
為
(
ため
)
、
130
国家
(
こくか
)
の
為
(
ため
)
と、
131
表面
(
へうめん
)
立派
(
りつぱ
)
に
唱
(
とな
)
へ
乍
(
なが
)
ら、
132
其
(
その
)
内心
(
ないしん
)
をエッキス
光線
(
くわうせん
)
に
照
(
てら
)
してみれば、
133
何
(
いづ
)
れも
自己愛
(
じこあい
)
の
外
(
ほか
)
に
何物
(
なにもの
)
もない。
134
実
(
じつ
)
にかかる
臣下
(
しんか
)
を
持
(
も
)
つて、
135
政治
(
せいぢ
)
をとられてゐるタラハン
国家
(
こくか
)
は、
136
危
(
あやふ
)
い
哉
(
かな
)
である。
137
余
(
よ
)
は
一
(
いち
)
人
(
にん
)
も
知己
(
ちき
)
もなく、
138
師匠
(
ししやう
)
もない。
139
日夜
(
にちや
)
寂寥
(
せきれう
)
の
空気
(
くうき
)
に
身辺
(
しんぺん
)
を
包
(
つつ
)
まれ、
140
失望
(
しつばう
)
落胆
(
らくたん
)
の
淵
(
ふち
)
に
漂
(
ただよ
)
うてゐるのだ。
141
諺
(
ことわざ
)
にも……
溺
(
おぼ
)
れ
死
(
し
)
せむとする
者
(
もの
)
は、
142
一茎
(
いつけい
)
の
藁
(
わら
)
にも
縋
(
すが
)
る……とかや、
143
吾
(
わが
)
心中
(
しんちう
)
を
洞察
(
どうさつ
)
した
左守
(
さもり
)
の
一子
(
いつし
)
アリナのみを
唯一
(
ゆゐいつ
)
の
友
(
とも
)
となし、
144
力
(
ちから
)
となして、
145
どうか
国家
(
こくか
)
を
未倒
(
みたう
)
に
救
(
すく
)
はむと、
146
昼夜
(
ちうや
)
焦慮
(
せうりよ
)
してゐるのだ。
147
アリナを
排斥
(
はいせき
)
するのは
即
(
すなは
)
ち
余
(
よ
)
を
排斥
(
はいせき
)
するも
同然
(
どうぜん
)
だ。
148
余
(
よ
)
を
苦
(
くるし
)
めたく
思
(
おも
)
はば、
149
アリナを
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
重役
(
ぢうやく
)
共
(
ども
)
が
鳩首
(
きうしゆ
)
凝議
(
ぎようぎ
)
して、
150
如何
(
いか
)
なる
圧迫
(
あつぱく
)
なりと、
151
排斥
(
はいせき
)
なりと
加
(
くは
)
へたが
可
(
よ
)
からう』
152
ハル『
殿下
(
でんか
)
には
重臣
(
ぢうしん
)
の
中
(
うち
)
に
於
(
おい
)
て、
153
一
(
いち
)
人
(
にん
)
も
真
(
しん
)
に
王家
(
わうけ
)
を
思
(
おも
)
ひ
国家
(
こくか
)
を
愛
(
あい
)
する
者
(
もの
)
はなく、
154
何
(
いづ
)
れも
自己愛
(
じこあい
)
の
奴隷
(
どれい
)
のやうに
仰
(
おほ
)
せられましたが、
155
それは
余
(
あま
)
り
殺生
(
せつしやう
)
と
申
(
まを
)
すもの。
156
王家
(
わうけ
)
を
思
(
おも
)
ひ、
157
国家
(
こくか
)
の
前途
(
ぜんと
)
を
憂
(
うれ
)
ふればこそ、
158
吾々
(
われわれ
)
臣下
(
しんか
)
共
(
ども
)
は、
159
夜
(
よ
)
の
目
(
め
)
も
寝
(
ね
)
ずに
心
(
こころ
)
を
痛
(
いた
)
めてゐるのでは
厶
(
ござ
)
いませぬか。
160
少
(
すこ
)
しは
御
(
ご
)
推量
(
すいりやう
)
を
願
(
ねが
)
はしく
存
(
ぞん
)
じます』
161
太
(
たい
)
『お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
の
王家
(
わうけ
)
国家
(
こくか
)
を
思
(
おも
)
ふといふのは、
162
要
(
えう
)
するに
自己
(
じこ
)
保護
(
ほご
)
の
為
(
ため
)
だ。
163
何者
(
なにもの
)
かの
外敵
(
ぐわいてき
)
に
我
(
わが
)
国
(
くに
)
を
亡
(
ほろ
)
ぼされ、
164
王家
(
わうけ
)
も
共
(
とも
)
にスラブの
様
(
やう
)
に
亡
(
ほろ
)
んだ
時
(
とき
)
は、
165
只
(
ただ
)
一
(
いち
)
人
(
にん
)
余
(
よ
)
が
身辺
(
しんぺん
)
を
保護
(
ほご
)
する
者
(
もの
)
はあるまい。
166
細々
(
こまごま
)
乍
(
なが
)
らも、
167
国
(
くに
)
の
主
(
あるぢ
)
、
168
王族
(
わうぞく
)
として
君臨
(
くんりん
)
してゐるのだから、
169
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
も
王家
(
わうけ
)
を
利用
(
りよう
)
して
種々
(
いろいろ
)
の
便宜
(
べんぎ
)
を
得
(
う
)
る
為
(
ため
)
だらう。
170
王家
(
わうけ
)
の
亡
(
ほろ
)
ぶのは
即
(
すなは
)
ち
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
の
亡
(
ほろ
)
ぶのだ。
171
それだから、
172
王家
(
わうけ
)
だ、
173
国家
(
こくか
)
だと、
174
忠義面
(
ちうぎづら
)
して
騒
(
さわ
)
いでゐるのだ。
175
アハヽヽヽ』
176
斯
(
か
)
かる
所
(
ところ
)
へ、
177
アリナは
三十
(
さんじふ
)
日
(
にち
)
の
監禁
(
かんきん
)
を
赦
(
ゆる
)
され、
178
意気
(
いき
)
揚々
(
やうやう
)
として
案内
(
あんない
)
もなく、
179
太子
(
たいし
)
の
居間
(
ゐま
)
へ
這入
(
はい
)
つて
来
(
き
)
た。
180
太子
(
たいし
)
は
見
(
み
)
るより、
181
太
(
たい
)
『ヤ、
182
アリナか、
183
よう
来
(
き
)
てくれた。
184
三十
(
さんじふ
)
日
(
にち
)
の
監禁
(
かんきん
)
も
随分
(
ずいぶん
)
困
(
こま
)
つただらうね』
185
アリナは
両手
(
りやうて
)
をつき
乍
(
なが
)
ら、
186
アリ『
殿下
(
でんか
)
には
何時
(
いつ
)
も
変
(
かは
)
らせられず、
187
御
(
ご
)
壮健
(
さうけん
)
なお
顔
(
かほ
)
を
拝
(
はい
)
し、
188
歓喜
(
くわんき
)
にたへませぬ。
189
三十
(
さんじふ
)
日
(
にち
)
の
間
(
あひだ
)
監禁
(
かんきん
)
され、
190
親
(
した
)
しく
父
(
ちち
)
と
意見
(
いけん
)
の
交換
(
かうくわん
)
をする
便宜
(
べんぎ
)
を
得
(
え
)
まして、
191
大変
(
たいへん
)
好都合
(
かうつがふ
)
で
厶
(
ござ
)
いました。
192
さすが
頑迷
(
ぐわんめい
)
固陋
(
ころう
)
の
父
(
ちち
)
も
前非
(
ぜんぴ
)
を
悔
(
く
)
い、
193
漸
(
やうや
)
く
時勢
(
じせい
)
に
目
(
め
)
が
醒
(
さ
)
め、
194
殿下
(
でんか
)
の
御
(
ご
)
心中
(
しんちう
)
を
察
(
さつ
)
し
参
(
まゐ
)
らせ、
195
今後
(
こんご
)
は
何事
(
なにごと
)
も
殿下
(
でんか
)
のなさる
事
(
こと
)
については、
196
容喙
(
ようかい
)
しないと
誓
(
ちか
)
ひまして
厶
(
ござ
)
います』
197
太
(
たい
)
『ハヽヽヽ、
198
さうか、
199
そりやお
手柄
(
てがら
)
だつた。
200
マア
結構
(
けつこう
)
々々
(
けつこう
)
、
201
今
(
いま
)
此処
(
ここ
)
に
一人
(
ひとり
)
の
頑迷屋
(
ぐわんめいや
)
がやつて
来
(
き
)
てな、
202
いろいろと
下
(
くだ
)
らぬ
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
つてくれるので、
203
実
(
じつ
)
ア
困
(
こま
)
つてゐた
所
(
ところ
)
だ。
204
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
此
(
この
)
ハルチンはお
前
(
まへ
)
の
父
(
ちち
)
が
殿中
(
でんちう
)
で
騒
(
さわ
)
いだ
時
(
とき
)
、
205
後
(
うしろ
)
からだきとめて、
206
大事
(
だいじ
)
を
防
(
ふせ
)
いだ
殊勲者
(
しゆくんしや
)
だから、
207
お
前
(
まへ
)
も
褒
(
ほ
)
めてやらねばなるまいぞ』
208
アリ『ヤ、
209
ハルチン
様
(
さま
)
、
210
お
久
(
ひさ
)
し
振
(
ぶり
)
で
厶
(
ござ
)
います。
211
先日
(
せんじつ
)
は
父
(
ちち
)
が、
212
大変
(
たいへん
)
な
御
(
ご
)
厄介
(
やつかい
)
になつた
相
(
さう
)
です。
213
お
蔭
(
かげ
)
さまで、
214
大事
(
だいじ
)
を
未然
(
みぜん
)
に
防
(
ふせ
)
ぎ、
215
右守
(
うもり
)
の
司
(
つかさ
)
も、
216
惜
(
をし
)
い
命
(
いのち
)
を
救
(
すく
)
はれたといふもの、
217
右守
(
うもり
)
は
貴宅
(
きたく
)
へ
御
(
お
)
礼
(
れい
)
に
上
(
あが
)
つたでせうな』
218
太
(
たい
)
『
余
(
よ
)
が
山野
(
さんや
)
の
遊
(
あそ
)
びから
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
た
時
(
とき
)
、
219
右守
(
うもり
)
は
血相
(
けつさう
)
を
変
(
か
)
へて、
220
表門
(
おもてもん
)
へ
飛
(
とび
)
出
(
だ
)
す
際
(
さい
)
、
221
アリナにつき
当
(
あた
)
り、
222
階段
(
かいだん
)
から
転
(
ころ
)
げ
落
(
お
)
ち
脛
(
すね
)
をくぢいて、
223
這々
(
ほうほう
)
の
体
(
てい
)
で
帰
(
かへ
)
つた
時
(
とき
)
は、
224
随分
(
ずいぶん
)
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
だつた。
225
一度
(
いちど
)
見舞
(
みまひ
)
に
誰
(
たれ
)
かを
遣
(
つか
)
はしたいのだけれど、
226
余
(
よ
)
も
余
(
あま
)
り
心
(
こころ
)
が
塞
(
ふさ
)
いでゐたので、
227
つい
手遅
(
ておく
)
れしたのだ。
228
オイ、
229
ハルチン、
230
お
前
(
まへ
)
は
右守
(
うもり
)
の
司
(
つかさ
)
に
会
(
あ
)
うたら、
231
余
(
よ
)
が
宜
(
よろ
)
しくいつてゐたと
伝
(
つた
)
へてくれ』
232
ハル『ハイ、
233
仁慈
(
じんじ
)
の
籠
(
こも
)
つた
殿下
(
でんか
)
のお
言葉
(
ことば
)
、
234
右守
(
うもり
)
の
司
(
つかさ
)
も、
235
さぞ
喜
(
よろこ
)
ばれるで
厶
(
ござ
)
いませう。
236
時
(
とき
)
にアリナさま、
237
今
(
いま
)
承
(
うけたま
)
はれば、
238
お
父上
(
ちちうへ
)
は
殿下
(
でんか
)
の
御心
(
みこころ
)
に
従
(
したが
)
ふ、
239
何事
(
なにごと
)
も
干渉
(
かんせう
)
はせないと
仰有
(
おつしや
)
つた
様
(
やう
)
で
厶
(
ござ
)
いますが、
240
それは
実際
(
じつさい
)
で
厶
(
ござ
)
いますか』
241
アリ『
実際
(
じつさい
)
も
実際
(
じつさい
)
、
242
極
(
ごく
)
真面目
(
まじめ
)
に
言
(
い
)
つてゐましたよ。
243
其
(
その
)
代
(
かは
)
り、
244
三十
(
さんじふ
)
日
(
にち
)
の
間
(
あひだ
)
、
245
僕
(
ぼく
)
も
随分
(
ずいぶん
)
舌
(
した
)
の
根
(
ね
)
がただれる
所
(
ところ
)
迄
(
まで
)
奮闘
(
ふんとう
)
しました。
246
流石
(
さすが
)
の
頑固爺
(
ぐわんこおやぢ
)
も、
247
たうとう
兜
(
かぶと
)
を
脱
(
ぬ
)
いで、
248
少
(
すこ
)
し
許
(
ばか
)
り
霊
(
みたま
)
の
錆
(
さび
)
が
除
(
と
)
れ、
249
黎明
(
れいめい
)
の
曙光
(
しよくわう
)
を
認
(
みと
)
めたやうです。
250
親爺
(
おやぢ
)
が
第一
(
だいいち
)
改心
(
かいしん
)
してくれないと、
251
タラハンの
国家
(
こくか
)
が
持
(
も
)
てないですからなア』
252
ハル『ア、
253
左様
(
さやう
)
で
厶
(
ござ
)
いますか。
254
左守
(
さもり
)
の
司
(
つかさ
)
様
(
さま
)
がお
考
(
かんが
)
へは
日月
(
じつげつ
)
の
光明
(
くわうみやう
)
も
同様
(
どうやう
)
で
厶
(
ござ
)
います。
255
然
(
しか
)
らば
私
(
わたし
)
も
之
(
これ
)
から
殿下
(
でんか
)
の
御
(
ご
)
意志
(
いし
)
に
服従
(
ふくじゆう
)
致
(
いた
)
しますれば、
256
何卒
(
なにとぞ
)
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
の
御
(
ご
)
無礼
(
ぶれい
)
をお
赦
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さいませ』
257
と
権勢
(
けんせい
)
に
媚
(
こ
)
びへつらひ、
258
自己
(
じこ
)
の
栄達
(
えいたつ
)
のみを
念
(
ねん
)
としてゐるハルチンは、
259
如才
(
じよさい
)
のない
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つてゐる。
260
太
(
たい
)
『ハヽヽ
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
余
(
よ
)
を
殿下
(
でんか
)
々々
(
でんか
)
と
尊敬
(
そんけい
)
してゐたが、
261
今
(
いま
)
のハルチンの
言葉
(
ことば
)
の
端
(
はし
)
から
考
(
かんが
)
へてみると、
262
余
(
よ
)
に
対
(
たい
)
しては
絶対
(
ぜつたい
)
信用
(
しんよう
)
をおいてゐなかつたのだなア。
263
それがハルチンの
偽
(
いつは
)
らざる
告白
(
こくはく
)
だらう。
264
否
(
いな
)
ハルチンのみならず、
265
一般
(
いつぱん
)
の
重臣
(
ぢうしん
)
共
(
ども
)
は
同
(
おな
)
じ
考
(
かんが
)
へを
持
(
も
)
つてゐたのだらう。
266
それだから
余
(
よ
)
は
気
(
き
)
に
入
(
い
)
らなかつたのだ。
267
ハルチンも
如才
(
じよさい
)
のない
男
(
をとこ
)
だのう。
268
余
(
よ
)
はアリナに
相談
(
さうだん
)
があるから、
269
又
(
また
)
今度
(
こんど
)
会
(
あ
)
はう、
270
速
(
すみやか
)
に
帰
(
かへ
)
つてくれ』
271
ハル『ハイ、
272
御意
(
ぎよい
)
に
従
(
したが
)
ひ
罷
(
まか
)
り
下
(
さが
)
るで
厶
(
ござ
)
いませう。
273
何分
(
なにぶん
)
にも
宜
(
よろ
)
しく
御
(
お
)
願
(
ねがひ
)
申
(
まを
)
します』
274
と
米搗
(
こめつ
)
き
螽斯
(
ばつた
)
宜
(
よろ
)
しく、
275
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
辞
(
じ
)
して
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
276
太
(
たい
)
『アハヽヽ、
277
到頭
(
たうとう
)
、
278
偽善者
(
きぜんしや
)
が
一
(
いち
)
人
(
にん
)
、
279
退却
(
たいきやく
)
しよつた。
280
サア
之
(
これ
)
から
余
(
よ
)
とお
前
(
まへ
)
と
水入
(
みづい
)
らずだ。
281
何
(
なに
)
か
面白
(
おもしろ
)
い
感想
(
かんさう
)
は
無
(
な
)
いかな』
282
アリ『ハイ、
283
別
(
べつ
)
に
変
(
かは
)
つた
感想
(
かんさう
)
も
浮
(
うか
)
びませぬが、
284
あの
頑固爺
(
ぐわんこおやぢ
)
奴
(
め
)
、
285
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
目
(
め
)
が
醒
(
さ
)
めないのです。
286
頑固党
(
ぐわんこたう
)
のハルチンが
御前
(
ごぜん
)
に
控
(
ひか
)
へて
居
(
を
)
りましたので、
287
ワザとにあんな
事
(
こと
)
云
(
い
)
つて
気
(
き
)
を
引
(
ひ
)
いてみたので
厶
(
ござ
)
います。
288
中々
(
なかなか
)
何
(
ど
)
うして
何
(
ど
)
うして
289
頑固爺
(
ぐわんこおやぢ
)
の
頭
(
あたま
)
は
駄目
(
だめ
)
で
厶
(
ござ
)
いますよ』
290
太
(
たい
)
『アハヽヽ、
291
お
前
(
まへ
)
も
面白
(
おもしろ
)
い
芸当
(
げいたう
)
をうつ
男
(
をとこ
)
だな。
292
ハルチンが
掌
(
てのひら
)
を
返
(
かへ
)
した
様
(
やう
)
に
賛成
(
さんせい
)
した
時
(
とき
)
の
可笑
(
をか
)
しさ。
293
余
(
よ
)
も
大
(
おほい
)
に
人情
(
にんじやう
)
の
機微
(
きび
)
に
付
(
つ
)
いて
研究
(
けんきう
)
をしたよ。
294
時
(
とき
)
にアリナ、
295
此
(
この
)
画像
(
ぐわざう
)
を
見
(
み
)
よ。
296
何時
(
いつ
)
も
此
(
この
)
掛物
(
かけもの
)
から
浮出
(
うきだ
)
して
来
(
き
)
て
余
(
よ
)
に
物
(
もの
)
を
言
(
い
)
ふやうだ。
297
お
前
(
まへ
)
が
監禁中
(
かんきんちう
)
は
此
(
この
)
画像
(
ぐわざう
)
を
唯一
(
ゆゐいつ
)
の
伴侶
(
はんりよ
)
として、
298
煩悶
(
はんもん
)
の
焔
(
ほのほ
)
を
消
(
け
)
してゐたのだ。
299
実
(
じつ
)
に
麗
(
うるは
)
しい
者
(
もの
)
ぢやないか』
300
アリ『
殿下
(
でんか
)
、
301
それ
程
(
ほど
)
スバール
嬢
(
ぢやう
)
がお
気
(
き
)
に
召
(
め
)
しましたか』
302
太
(
たい
)
『ウン、
303
ズツと
気
(
き
)
に
入
(
い
)
つた。
304
寝
(
ね
)
ても
醒
(
さ
)
めてもスバール
嬢
(
ぢやう
)
の
姿
(
すがた
)
が
吾
(
わが
)
目
(
め
)
にちらつき、
305
恥
(
はづ
)
かし
乍
(
なが
)
ら、
306
硬骨
(
かうこつ
)
無情
(
むじやう
)
の
余
(
よ
)
も
恋
(
こひ
)
といふ
曲者
(
くせもの
)
に
捉
(
とら
)
はれたやうだ。
307
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
画姿
(
ゑすがた
)
をみてゐても、
308
殿下
(
でんか
)
とも
何
(
なん
)
とも
云
(
い
)
つてくれない。
309
何
(
なん
)
とかしてモ
一度
(
いちど
)
実物
(
じつぶつ
)
に
会
(
あ
)
つてみたいものだが、
310
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
の
厳重
(
げんぢう
)
な
警戒線
(
けいかいせん
)
は、
3101
到底
(
たうてい
)
破
(
やぶ
)
る
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
まい。
311
之
(
これ
)
許
(
ばか
)
りが
実
(
じつ
)
は
煩悶
(
はんもん
)
の
種
(
たね
)
だ。
312
察
(
さつ
)
してくれ』
313
アリ『
殿下
(
でんか
)
、
314
それ
程
(
ほど
)
迄
(
まで
)
思召
(
おぼしめ
)
しますなら、
315
私
(
わたし
)
が
彼
(
か
)
れシャカンナを
説
(
と
)
き
伏
(
ふ
)
せ、
316
スバール
姫
(
ひめ
)
をタラハン
市
(
し
)
迄
(
まで
)
、
317
迎
(
むか
)
へて
来
(
き
)
ませうか』
318
太
(
たい
)
『さうして
貰
(
もら
)
へば
有難
(
ありがた
)
いが、
319
併
(
しか
)
し
何
(
ど
)
うして
殿中
(
でんちう
)
へ
入
(
い
)
れることが
出来
(
でき
)
ようぞ』
320
アリ『
到底
(
たうてい
)
今日
(
こんにち
)
の
場合
(
ばあひ
)
、
321
殿中
(
でんちう
)
へお
呼
(
よ
)
び
寄
(
よ
)
せになる
事
(
こと
)
はチツと
困難
(
こんなん
)
で
厶
(
ござ
)
いませうが、
322
日頃
(
ひごろ
)
殿中
(
でんちう
)
へお
出入
(
でいり
)
を
致
(
いた
)
す、
323
生花
(
いけばな
)
の
宗匠
(
そうしやう
)
タールチンを、
324
黄金
(
わうごん
)
の
轡
(
くつわ
)
をはめて
買収
(
ばいしう
)
し、
325
彼
(
かれ
)
が
離室
(
はなれ
)
にスバール
嬢
(
ぢやう
)
様
(
さま
)
をかくまわせ、
326
隙
(
すき
)
を
窺
(
うかが
)
つて
殿中
(
でんちう
)
を
脱
(
ぬ
)
け
出
(
いだ
)
し、
327
時々
(
ときどき
)
お
会
(
あ
)
ひ
遊
(
あそ
)
ばして、
328
御
(
お
)
楽
(
たのし
)
みなされては
如何
(
いかが
)
で
厶
(
ござ
)
いませうか』
329
太
(
たい
)
『そんなら
能
(
よ
)
きに
取計
(
とりはから
)
つてくれ。
330
どうにも
斯
(
か
)
うにも、
331
余
(
よ
)
は
堪
(
た
)
へ
切
(
き
)
れなくなつて
来
(
き
)
たのだ』
332
アリ『キツと
目的
(
もくてき
)
を
達
(
たつ
)
して
帰
(
かへ
)
ります。
333
どうか
凱旋
(
がいせん
)
の
時
(
とき
)
をお
待
(
ま
)
ち
下
(
くだ
)
さいませ』
334
(
大正一三・一二・四
新一二・二九
於祥雲閣
松村真澄
録)
335
(昭和一〇・六・二三 王仁校正)
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