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第71巻(戌の巻)
序文
総説
第1篇 追僧軽迫
01 追劇
〔1790〕
02 生臭坊
〔1791〕
03 門外漢
〔1792〕
04 琴の綾
〔1793〕
05 転盗
〔1794〕
06 達引
〔1795〕
07 夢の道
〔1796〕
第2篇 迷想痴色
08 夢遊怪
〔1797〕
09 踏違ひ
〔1798〕
10 荒添
〔1799〕
11 異志仏
〔1800〕
12 泥壁
〔1801〕
13 詰腹
〔1802〕
14 障路
〔1803〕
15 紺霊
〔1804〕
第3篇 惨嫁僧目
16 妖魅返
〔1805〕
17 夢現神
〔1806〕
18 金妻
〔1807〕
19 角兵衛獅子
〔1808〕
20 困客
〔1809〕
余白歌
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第一二章
泥壁
(
どろかべ
)
〔一八〇一〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
篇:
第2篇 迷想痴色
よみ(新仮名遣い):
めいそうちしき
章:
第12章 泥壁
よみ(新仮名遣い):
どろかべ
通し章番号:
1801
口述日:
1926(大正15)年01月31日(旧12月18日)
口述場所:
月光閣
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1929(昭和4)年2月1日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
玄真坊、コブライ、コオロの3名は、左守館に詰めていた衛兵たちに、苦もなく取り押さえられてしまう。
市中の火事も始末がついたところで、3人の泥棒を右守のアリナが取り調べることになった。
コブライ・コオロは火事の夜、左守の屋敷に泥棒に入ったと白状するが、玄真坊は、自分の兄弟分である左守の家を火事から守るために加勢に来た、と強弁して譲らない。
アリナは扱いに困ってとりあえず牢に戻すが、玄真坊は平気の平左で、左守・右守を茶化す歌を歌う。
また、左守・右守を無道の野心家とののしり、天意を行う自分は助からねばならない、などという経を読み、まったく罪の意識がない。
様子を見にアリナが牢へやってきても、反省の色も見せず、あべこべにアリナとシャカンナをののしる有様である。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2020-05-28 09:08:15
OBC :
rm7112
愛善世界社版:
156頁
八幡書店版:
第12輯 557頁
修補版:
校定版:
163頁
普及版:
77頁
初版:
ページ備考:
001
乱麻
(
らんま
)
の
如
(
ごと
)
く
乱
(
みだ
)
れたる
002
タラハン
国
(
ごく
)
の
内政
(
ないせい
)
も
003
スダルマン
太子
(
たいし
)
の
即位
(
そくゐ
)
より
004
施政
(
しせい
)
方針
(
はうしん
)
一変
(
いつぺん
)
し
005
左守
(
さもり
)
右守
(
うもり
)
が
朝夕
(
あさゆふ
)
に
006
治国
(
ちこく
)
安民
(
あんみん
)
国富
(
こくふう
)
を
007
培
(
つちか
)
ひ
養
(
やしな
)
ひ
民心
(
みんしん
)
を
008
得
(
え
)
たれば
茲
(
ここ
)
に
国内
(
こくない
)
は
009
漸
(
やうや
)
く
塗炭
(
とたん
)
の
苦
(
く
)
を
逃
(
のが
)
れ
010
万事
(
ばんじ
)
万端
(
ばんたん
)
緒
(
ちよ
)
について
011
みろくの
御世
(
みよ
)
と
称
(
たた
)
へられ
012
下
(
しも
)
国民
(
こくみん
)
は
一様
(
いちやう
)
に
013
新王
(
しんわう
)
殿下
(
でんか
)
を
親
(
おや
)
の
如
(
ごと
)
014
主人
(
しゆじん
)
の
如
(
ごと
)
く
師
(
し
)
の
如
(
ごと
)
く
015
尊敬
(
そんけい
)
愛慕
(
あいぼ
)
しながらも
016
長
(
なが
)
き
春日
(
はるひ
)
は
闌
(
た
)
けて
行
(
ゆ
)
く
017
山野
(
さんや
)
の
花
(
はな
)
は
散
(
ち
)
り
果
(
は
)
てて
018
新緑
(
しんりよく
)
滴
(
したた
)
る
野
(
の
)
の
光
(
ひかり
)
019
彼方
(
あなた
)
此方
(
こなた
)
に
時鳥
(
ほととぎす
)
020
世
(
よ
)
の
太平
(
たいへい
)
を
謡
(
うた
)
ふ
折
(
を
)
り
021
好事
(
かうじ
)
魔
(
ま
)
多
(
おほ
)
しの
世
(
よ
)
の
譬
(
たとへ
)
022
タラハン
城市
(
じやうし
)
の
目貫
(
めぬき
)
の
場
(
ば
)
023
行
(
ゆ
)
く
道
(
みち
)
さへも
広小路
(
ひろこうぢ
)
024
大廈
(
たいか
)
高楼
(
かうろう
)
忽
(
たちま
)
ちに
025
火焔
(
くわえん
)
の
舌
(
した
)
に
包
(
つつ
)
まれて
026
見
(
み
)
る
見
(
み
)
る
内
(
うち
)
に
倒壊
(
たうくわい
)
し
027
数十軒
(
すうじつけん
)
の
豪商
(
がうしやう
)
は
028
将棋倒
(
しやうぎだふ
)
しとなりにける
029
この
虚
(
きよ
)
に
乗
(
じやう
)
じて
玄真坊
(
げんしんばう
)
030
コブライ、コオロの
両人
(
りやうにん
)
と
031
諜
(
しめ
)
し
合
(
あは
)
せて
左守司
(
さもりがみ
)
032
シヤカンナ
館
(
やかた
)
に
忍
(
しの
)
び
入
(
い
)
り
033
金銀
(
きんぎん
)
財宝
(
ざいほう
)
を
奪
(
うば
)
ひとり
034
日頃
(
ひごろ
)
の
大望
(
たいまう
)
達
(
たつ
)
せむと
035
神
(
かみ
)
ならぬ
身
(
み
)
の
悲
(
かな
)
しさに
036
吾
(
わが
)
身
(
み
)
に
危難
(
きなん
)
のかかるをば
037
つゆ
白煙
(
しらけむり
)
くぐりつつ
038
左守
(
さもり
)
が
館
(
やかた
)
の
裏門
(
うらもん
)
の
039
くぐりを
押
(
おし
)
開
(
あ
)
け
忍
(
しの
)
び
入
(
い
)
る
040
遠
(
とほ
)
く
市中
(
しちう
)
を
見渡
(
みわた
)
せば
041
折
(
をり
)
から
輝
(
かがや
)
く
月光
(
つきかげ
)
は
042
火焔
(
くわえん
)
に
包
(
つつ
)
まれ
墨
(
すみ
)
の
如
(
ごと
)
043
光
(
ひかり
)
を
失
(
うしな
)
ひ
慄
(
ふる
)
ひゐる
044
その
光景
(
くわうけい
)
ぞ
凄
(
すさま
)
じき
045
この
機
(
き
)
に
乗
(
じやう
)
じて
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
046
奥
(
おく
)
の
間
(
ま
)
深
(
ふか
)
く
忍
(
しの
)
び
入
(
い
)
り
047
宝庫
(
ほうこ
)
の
錠前
(
ぢやうまへ
)
捻
(
ね
)
ぢ
切
(
き
)
つて
048
躍
(
をど
)
り
込
(
こ
)
まむとする
時
(
とき
)
しも
049
衛兵
(
ゑいへい
)
共
(
ども
)
に
見付
(
みつ
)
けられ
050
一網
(
いちまう
)
打尽
(
だじん
)
に
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
051
高手
(
たかて
)
や
小手
(
こて
)
に
縛
(
しば
)
られて
052
本城内
(
ほんじやうない
)
の
牢獄
(
らうごく
)
へ
053
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
まれたるぞ
浅間
(
あさま
)
しき。
054
玄真坊
(
げんしんばう
)
外
(
ほか
)
二人
(
ふたり
)
は
火事
(
くわじ
)
の
騒
(
さわ
)
ぎを
幸
(
さいは
)
ひに
左守
(
さもり
)
の
館
(
やかた
)
へ
忍
(
しの
)
び
込
(
こ
)
み、
055
宝庫
(
ほうこ
)
を
押
(
おし
)
破
(
やぶ
)
つてシコタマ
財宝
(
ざいほう
)
を
奪
(
うば
)
はむと
働
(
はたら
)
く
折
(
をり
)
しも、
056
物蔭
(
ものかげ
)
に
隠
(
かく
)
れてゐた
十数
(
じふすう
)
の
衛兵
(
ゑいへい
)
に
苦
(
く
)
もなく
取押
(
とりおさ
)
へられ、
057
タラハン
城内
(
じやうない
)
の
営倉
(
えいさう
)
に
護送
(
ごそう
)
されて
一人
(
ひとり
)
々々
(
ひとり
)
独房
(
どくばう
)
に
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
まれて
了
(
しま
)
つた。
058
火事
(
くわじ
)
は
漸
(
やうや
)
くにして
鎮
(
をさ
)
まり、
059
四方
(
しはう
)
より
集
(
あつ
)
まる
義捐金
(
ぎゑんきん
)
や
同情金
(
どうじやうきん
)
によつて
再
(
ふたた
)
び
元
(
もと
)
の
大商店
(
だいしやうてん
)
を
経営
(
けいえい
)
するの
運
(
はこ
)
びが
纏
(
まと
)
まり、
060
復興
(
ふくこう
)
気分
(
きぶん
)
が
漂
(
ただよ
)
ふて
来
(
き
)
たので、
061
そろそろ
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
泥棒
(
どろばう
)
を
調
(
しら
)
べに
取
(
と
)
りかかつた。
062
先
(
ま
)
づ
第一
(
だいいち
)
に
玄真坊
(
げんしんばう
)
を
引
(
ひ
)
き
出
(
だ
)
し、
063
右守
(
うもり
)
の
司
(
かみ
)
のアリナが
調
(
しら
)
ぶる
事
(
こと
)
となつた。
064
アリナは
厳然
(
げんぜん
)
として
高座
(
かうざ
)
に
控
(
ひか
)
へてゐる。
065
玄真坊
(
げんしんばう
)
は
後手
(
うしろで
)
に
括
(
くく
)
られた
儘
(
まま
)
白洲
(
しらす
)
に
引出
(
ひきだ
)
され
豪然
(
がうぜん
)
と
椅子
(
いす
)
に
腰
(
こし
)
打
(
う
)
ちかけ、
066
やや
反
(
そ
)
り
身
(
み
)
となつて
右守
(
うもり
)
を
睨
(
にら
)
みつけ、
067
心
(
こころ
)
の
中
(
なか
)
で「この
青二才
(
あをにさい
)
奴
(
め
)
、
068
何
(
なに
)
を
猪口才
(
チヨコザイ
)
な、
069
まだ
口
(
くち
)
の
辺
(
あた
)
りに
乳
(
ちち
)
がついてゐる。
070
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
の
事
(
こと
)
があらう」と
071
口
(
くち
)
をへの
字
(
じ
)
に
結
(
むす
)
んでアリナの
訊問
(
じんもん
)
を
待
(
ま
)
つてゐる。
072
アリナ『その
方
(
はう
)
の
姓名
(
せいめい
)
は
何
(
なん
)
と
申
(
まを
)
すか』
073
玄
(
げん
)
『ヽヽヽヽヽ』
074
アリ『その
方
(
はう
)
の
住所
(
ぢうしよ
)
姓名
(
せいめい
)
を
明
(
あきら
)
かに
申
(
まを
)
せ』
075
玄
(
げん
)
『
拙者
(
せつしや
)
の
現住所
(
げんぢうしよ
)
はタラハン
城内
(
じやうない
)
の
第一
(
だいいち
)
牢獄
(
らうごく
)
だ』
076
アリ『
姓名
(
せいめい
)
は
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふか』
077
玄
(
げん
)
『
此
(
この
)
方
(
はう
)
の
姓名
(
せいめい
)
を
聞
(
き
)
いて
何
(
なん
)
と
致
(
いた
)
す。
078
たつて
名
(
な
)
を
名乗
(
なの
)
れとならば
云
(
い
)
はぬ
事
(
こと
)
もない、
079
吾
(
わが
)
名
(
な
)
を
聞
(
き
)
いて
驚
(
おどろ
)
くな。
080
抑
(
そもそ
)
も
吾
(
われ
)
こそは
第一
(
だいいち
)
霊国
(
れいごく
)
の
天人
(
てんにん
)
、
081
天帝
(
てんてい
)
の
化身
(
けしん
)
、
082
天来
(
てんらい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
、
083
天真坊
(
てんしんばう
)
様
(
さま
)
と
云
(
い
)
つて
左守
(
さもり
)
のシヤカンナが
兄弟分
(
きやうだいぶん
)
だ。
084
火事
(
くわじ
)
見舞
(
みまひ
)
の
為
(
ため
)
にシヤカンナの
館
(
やかた
)
へ
乗
(
の
)
り
込
(
こ
)
み
類焼
(
るゐせう
)
の
難
(
なん
)
を
怖
(
おそ
)
れ、
085
宝庫
(
ほうこ
)
の
宝物
(
ほうもつ
)
を
安全
(
あんぜん
)
地帯
(
ちたい
)
へ
運
(
はこ
)
びやらむと、
086
取
(
と
)
るものも
取敢
(
とりあへ
)
ず
錠
(
ぢやう
)
を
捻
(
ね
)
ぢ
切
(
き
)
らむとする
折
(
をり
)
しも、
087
訳
(
わけ
)
も
分
(
わか
)
らぬ
木端
(
こつぱ
)
武者
(
むしや
)
共
(
ども
)
横合
(
よこあひ
)
より
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
し、
088
盲
(
めくら
)
滅法界
(
めつぱふかい
)
に
天来
(
てんらい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
を
科人
(
とがにん
)
扱
(
あつかひ
)
をなし、
089
斯様
(
かやう
)
な
所
(
ところ
)
へ
押
(
おし
)
込
(
こ
)
みよつたのだ。
090
その
方
(
はう
)
の
如
(
ごと
)
き
青二才
(
あをにさい
)
には、
091
仮令
(
たとへ
)
右守司
(
うもりのかみ
)
でも
相手
(
あひて
)
にはならない。
092
不審
(
ふしん
)
があればシヤカンナを
呼
(
よ
)
んで
来
(
こ
)
い、
093
トツクリと
天地
(
てんち
)
の
道理
(
だうり
)
を
説
(
と
)
いて
聞
(
き
)
かせる
程
(
ほど
)
に、
094
アーン……。
095
こりや
青二才
(
あをにさい
)
、
096
俺
(
おれ
)
の
縛
(
ばく
)
を
解
(
と
)
かぬか、
097
煙草
(
たばこ
)
を
一服
(
いつぷく
)
呑
(
の
)
ませ、
098
左守司
(
さもりのかみ
)
の
兄弟分
(
きやうだいぶん
)
を
斯様
(
かやう
)
に
虐待
(
ぎやくたい
)
致
(
いた
)
すものがあるものか、
099
不心得
(
ふこころえ
)
千万
(
せんばん
)
にも
程
(
ほど
)
がある。
100
火事
(
くわじ
)
見舞
(
みまひ
)
の
客
(
きやく
)
か
泥棒
(
どろばう
)
か
分
(
わか
)
らぬ
位
(
くらゐ
)
の
事
(
こと
)
で
101
どうして
一国
(
いつこく
)
の
右守
(
うもり
)
が
勤
(
つと
)
まると
思
(
おも
)
ふか、
102
チト
確
(
しつか
)
り
致
(
いた
)
したがよからうぞ』
103
アリ『
然
(
しか
)
らばその
方
(
はう
)
に
尋
(
たづ
)
ねるが、
104
何
(
なに
)
故
(
ゆゑ
)
火事
(
くわじ
)
見舞
(
みまひ
)
に
出
(
で
)
て
来
(
く
)
るのに
覆面
(
ふくめん
)
頭巾
(
づきん
)
で
来
(
き
)
たのか、
105
何
(
なに
)
故
(
ゆゑ
)
兇器
(
きようき
)
を
持
(
も
)
つて
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
んで
来
(
き
)
たのか』
106
玄
(
げん
)
『ハツハヽヽヽ、
107
扨
(
さて
)
も
扨
(
さて
)
も
分
(
わか
)
らぬ
右守
(
うもり
)
だな、
108
空
(
そら
)
からは
一面
(
いちめん
)
火
(
ひ
)
の
粉
(
こ
)
の
雨
(
あめ
)
、
109
火事場
(
くわじば
)
へ
出
(
で
)
て
働
(
はたら
)
かうと
思
(
おも
)
へば
覆面
(
ふくめん
)
頭巾
(
づきん
)
は
当然
(
あたりまへ
)
の
事
(
こと
)
だ。
110
かの
消防隊
(
せうばうたい
)
を
見
(
み
)
よ、
111
一人
(
ひとり
)
も
残
(
のこ
)
らず
覆面
(
ふくめん
)
頭巾
(
づきん
)
の
装束
(
いでたち
)
ぢやないか』
112
アリ『
然
(
しか
)
らば
何
(
なに
)
故
(
ゆゑ
)
三尺
(
さんじやく
)
の
秋水
(
しうすゐ
)
を
閃
(
ひらめ
)
かして
這入
(
はい
)
つたか、
113
其
(
そ
)
の
理由
(
りいう
)
が
分
(
わか
)
らぬぢやないか、
114
てつきり
泥棒
(
どろばう
)
が
目的
(
もくてき
)
ぢやらう』
115
玄
(
げん
)
『アツハヽヽヽ、
116
訳
(
わけ
)
の
分
(
わか
)
らぬにも
程
(
ほど
)
があるわい。
117
俄
(
にはか
)
火消
(
ひけし
)
の
事
(
こと
)
とて
鳶
(
とび
)
もなし、
118
纏
(
まとひ
)
もなし、
119
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
丸太
(
まるた
)
旅館
(
りよくわん
)
の
火事
(
くわじ
)
羽織
(
ばおり
)
を
身
(
み
)
につけ、
120
武士
(
ぶし
)
の
魂
(
たましひ
)
たる
刀
(
かたな
)
を
提
(
ひつさ
)
げ
万一
(
まんいち
)
の
警戒
(
けいかい
)
に
備
(
そな
)
ふる
為
(
ため
)
だ。
121
彼
(
か
)
の
左守
(
さもり
)
の
屋敷
(
やしき
)
には
数十
(
すうじふ
)
人
(
にん
)
の
衛兵
(
ゑいへい
)
が
各
(
おのおの
)
武器
(
ぶき
)
を
携帯
(
けいたい
)
し、
122
三尺
(
さんじやく
)
の
秋水
(
しうすゐ
)
を
抜
(
ぬ
)
いて
警固
(
けいご
)
厳
(
きび
)
しく
控
(
ひか
)
へてゐるぢやないか。
123
火事
(
くわじ
)
の
混雑
(
こんざつ
)
によつて
衛兵
(
ゑいへい
)
は
七八分
(
しちはちぶ
)
迄
(
まで
)
消防
(
せうばう
)
の
応援
(
おうゑん
)
に
出掛
(
でか
)
け、
124
左守
(
さもり
)
の
館
(
やかた
)
は
実
(
じつ
)
に
不安
(
ふあん
)
極
(
きは
)
まる
無防備
(
むばうび
)
も
同様
(
どうやう
)
、
125
兄弟分
(
きやうだいぶん
)
の
誼
(
よしみ
)
を
以
(
もつ
)
て
二人
(
ふたり
)
の
部下
(
ぶか
)
を
引率
(
ひきつ
)
れ
応援
(
おうゑん
)
に
向
(
むか
)
つたのだ。
126
かかる
親切
(
しんせつ
)
なる
吾々
(
われわれ
)
の
行動
(
かうどう
)
に
対
(
たい
)
し、
127
青二才
(
あをにさい
)
の
分際
(
ぶんざい
)
として
訊問
(
じんもん
)
するとは
片腹痛
(
かたはらいた
)
いわい。
128
汝
(
なんぢ
)
如
(
ごと
)
き
木端
(
こつぱ
)
武者
(
むしや
)
に
話
(
はな
)
した
所
(
ところ
)
で
訳
(
わけ
)
が
分
(
わか
)
らうまい、
129
一刻
(
いつこく
)
も
早
(
はや
)
く
左守
(
さもり
)
を
此
(
この
)
場
(
ば
)
に
呼
(
よ
)
んで
来
(
こ
)
い、
130
キツト
黒白
(
こくびやく
)
が
分
(
わか
)
るだらう』
131
アリ『その
方
(
はう
)
の
伴
(
ともな
)
ふてゐた
両人
(
りやうにん
)
を
調
(
しら
)
べて
見
(
み
)
れば
132
何
(
いづ
)
れも
泥棒
(
どろばう
)
の
目的
(
もくてき
)
で
這入
(
はい
)
つたと
申
(
まを
)
し
立
(
た
)
ててゐるぢやないか。
133
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
汝
(
なんぢ
)
が
小利口
(
こりこう
)
に
抗弁
(
かうべん
)
するとも、
134
已
(
すで
)
に
已
(
すで
)
に
両人
(
りやうにん
)
の
自白
(
じはく
)
によつて
強盗
(
がうたう
)
に
忍
(
しの
)
び
入
(
い
)
つたのは
明白
(
めいはく
)
の
事実
(
じじつ
)
だ。
135
仮令
(
たとへ
)
左守司
(
さもりのかみ
)
の
兄弟分
(
きやうだいぶん
)
だと
云
(
い
)
つても
136
国法
(
こくはふ
)
は
枉
(
ま
)
げる
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
かぬ、
137
どうぢや
両人
(
りやうにん
)
の
自白
(
じはく
)
を
打
(
うち
)
消
(
け
)
す
勇気
(
ゆうき
)
があるか』
138
玄
(
げん
)
『アツハヽヽヽ、
139
左様
(
さやう
)
な
愚問
(
ぐもん
)
を
発
(
はつ
)
する
奴
(
やつ
)
があるか、
140
斯様
(
かやう
)
な
事
(
こと
)
はいい
加減
(
かげん
)
に
片付
(
かたづ
)
けたがよからう。
141
よく
考
(
かんが
)
へて
見
(
み
)
よ、
142
コブライ、
143
コオロの
両人
(
りやうにん
)
は、
144
もとよりシヤカンナ
泥棒
(
どろばう
)
親分
(
おやぶん
)
の
輩下
(
はいか
)
ぢやないか。
145
タニグク
山
(
やま
)
の
岩窟
(
がんくつ
)
に
立籠
(
たてこも
)
り、
146
民家
(
みんか
)
を
苦
(
くるし
)
め
財物
(
ざいもつ
)
を
奪
(
うば
)
ひ
取
(
と
)
つた
鬼畜生
(
おにちくしやう
)
の
片割
(
かたわれ
)
だ。
147
彼
(
かれ
)
等
(
ら
)
二人
(
ふたり
)
は
元
(
もと
)
よりシヤカンナ
泥棒
(
どろばう
)
の
輩下
(
はいか
)
だから、
148
人
(
ひと
)
の
家
(
いへ
)
へ
忍
(
しの
)
び
込
(
こ
)
めば
泥棒
(
どろばう
)
に
入
(
はい
)
つたと
早合点
(
はやがつてん
)
するのは
見
(
み
)
えすいた
道理
(
だうり
)
だ、
149
吾
(
われ
)
は
天来
(
てんらい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
だ、
150
天帝
(
てんてい
)
の
化身
(
けしん
)
だ。
151
何
(
なに
)
を
苦
(
くるし
)
んで
目腐
(
めくさ
)
れ
金
(
がね
)
に
目
(
め
)
をくれ、
152
左守
(
さもり
)
の
屋敷
(
やしき
)
へ
忍
(
しの
)
びこむ
道理
(
だうり
)
があらうぞ。
153
目
(
め
)
が
見
(
み
)
えぬにも
程
(
ほど
)
があるわい』
154
と
何処
(
どこ
)
までも
押強
(
おしづよ
)
く、
155
流石
(
さすが
)
の
右守
(
うもり
)
も
困
(
こま
)
り
果
(
は
)
て、
156
『
先
(
ま
)
づ
今日
(
けふ
)
の
調
(
しら
)
べは、
157
之
(
これ
)
で
惜
(
お
)
いておく、
158
又
(
また
)
明日
(
あす
)
トツクリと
調
(
しら
)
べるであらう』
159
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
白洲
(
しらす
)
の
奥
(
おく
)
へと
姿
(
すがた
)
をかくした。
160
玄真坊
(
げんしんばう
)
は
二人
(
ふたり
)
の
小役人
(
こやくにん
)
に
引立
(
ひきた
)
てられ、
161
もとの
牢獄
(
らうごく
)
へと
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
162
玄真坊
(
げんしんばう
)
は
牢獄
(
らうごく
)
に
打
(
う
)
ち
込
(
こ
)
まれ
乍
(
なが
)
ら、
163
平気
(
へいき
)
の
平左
(
へいざ
)
で
鼻唄
(
はなうた
)
を
歌
(
うた
)
つてゐる。
164
『
楽焼
(
らくやき
)
見
(
み
)
たやうな
此方
(
こなた
)
の
顔
(
かほ
)
に
165
惚
(
ほ
)
れるダリヤさまは
茶人
(
ちやじん
)
さま……と。
166
何程
(
なにほど
)
左守
(
さもり
)
が
威張
(
ゐば
)
つて
見
(
み
)
ても
167
もとを
洗
(
あら
)
へば
泥棒
(
どろばう
)
さま……か。
168
泥棒
(
どろばう
)
々々
(
どろばう
)
と
偉
(
えら
)
さうに
云
(
い
)
ふな
169
左守
(
さもり
)
が
泥棒
(
どろばう
)
の
張本
(
ちやうほん
)
ぢやないか。
170
左守
(
さもり
)
シヤカンナの
泥棒
(
どろばう
)
でさへも
171
娘
(
むすめ
)
のおかげで
世
(
よ
)
に
光
(
ひか
)
る……と。
172
子供
(
こども
)
持
(
も
)
つなら
娘
(
むすめ
)
を
持
(
も
)
ちやれ
173
親
(
おや
)
も
諸共
(
もろとも
)
玉
(
たま
)
の
輿
(
こし
)
……と。
174
タニグク
谷間
(
たにま
)
の
泥棒
(
どろばう
)
さまも
175
今
(
いま
)
はタラハンの
左守
(
さもり
)
となつた。
176
左守
(
さもり
)
々々
(
さもり
)
と
偉
(
えら
)
相
(
さう
)
に
云
(
い
)
ふな
177
井戸
(
ゐど
)
の
底
(
そこ
)
にも
居
(
ゐ
)
る
蠑螈
(
いもり
)
。
178
右守
(
うもり
)
か
左守
(
さもり
)
か
俺
(
わし
)
や
知
(
し
)
らねども
179
井中
(
ゐなか
)
の
蠑螈
(
いもり
)
によく
似
(
に
)
てる。
180
井中
(
ゐなか
)
の
蠑螈
(
いもり
)
は
大海
(
たいかい
)
知
(
し
)
らぬ
181
どうして
天帝
(
てんてい
)
の
心
(
しん
)
が
分
(
わか
)
らう』
182
かかる
所
(
ところ
)
へ
守衛
(
しゆゑい
)
が
靴音
(
くつおと
)
高
(
たか
)
くやつて
来
(
き
)
て、
183
『こりやこりや
坊主
(
ばうず
)
、
184
静
(
しづか
)
にせぬかい
185
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
つてゐるのだ』
186
玄
(
げん
)
『
守衛
(
しゆゑい
)
々々
(
しゆゑい
)
と
偉
(
えら
)
相
(
さう
)
にさらす
187
貴様
(
きさま
)
は
乞食
(
こじき
)
の
兄
(
あに
)
ぢやないか。
188
乞食
(
こじき
)
番太
(
ばんた
)
に
坊主
(
ばうず
)
に
兵士
(
へいし
)
189
まだも
悪
(
わる
)
いのは
下駄直
(
げたなほ
)
し』
190
守
(
しゆ
)
『こりや
坊主
(
ばうず
)
、
191
貴様
(
きさま
)
は
自分
(
じぶん
)
の
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つてるぢやないか』
192
玄
(
げん
)
『
俺
(
おれ
)
は
天帝
(
てんてい
)
の
化身
(
けしん
)
の
身魂
(
みたま
)
193
頭
(
あたま
)
は
坊主
(
ばうず
)
に
化
(
ば
)
けてゐる
194
仮令
(
たとへ
)
頭
(
あたま
)
は
坊
(
ばう
)
さまぢやとて
195
俺
(
おれ
)
の
霊
(
たましひ
)
は
天帝
(
てんてい
)
さまだ』
196
守
(
しゆ
)
『エー、
197
仕方
(
しかた
)
のない
坊主
(
ばうず
)
だな、
198
静
(
しづか
)
にしろ、
199
右守
(
うもり
)
さまに
報告
(
はうこく
)
するぞ』
200
玄
(
げん
)
『オイ、
201
守衛
(
しゆゑい
)
、
202
左守
(
さもり
)
、
203
右守
(
うもり
)
に
俺
(
おれ
)
がことづけしたと
云
(
い
)
つてくれ、
204
……
俺
(
おれ
)
が
泥棒
(
どろばう
)
なら
貴様
(
きさま
)
等
(
ら
)
もヤツパリ
泥棒
(
どろばう
)
だ……と
云
(
い
)
つて
居
(
を
)
つたと、
205
之
(
これ
)
丈
(
だけ
)
でいい、
206
其
(
そ
)
の
外
(
ほか
)
の
事
(
こと
)
は
云
(
い
)
ふな
207
貴様
(
きさま
)
の
身
(
み
)
の
破滅
(
はめつ
)
になるといけぬからのう』
208
守衛
(
しゆゑい
)
はプリンと
体
(
からだ
)
をふり、
209
面
(
つら
)
をふくらし
一言
(
ひとこと
)
も
答
(
こた
)
へず、
210
靴
(
くつ
)
の
先
(
さき
)
で
牢獄
(
らうや
)
の
戸
(
と
)
を
二
(
ふた
)
つ
三
(
み
)
つ
蹴
(
け
)
り
乍
(
なが
)
ら
211
足早
(
あしば
)
やに
何処
(
どつか
)
へ
行
(
い
)
つて
了
(
しま
)
つた。
212
玄真坊
(
げんしんばう
)
は
退屈
(
たいくつ
)
で
堪
(
たま
)
らず
213
獄中
(
ごくちう
)
に
縛
(
しば
)
られた
儘
(
まま
)
俄
(
にはか
)
作
(
づく
)
りの
経文
(
きやうもん
)
を
読
(
よみ
)
出
(
だ
)
した。
214
『
摩訶
(
まか
)
般若
(
はんにや
)
波羅
(
はら
)
蜜多
(
みた
)
心経
(
しんぎやう
)
215
無限
(
むげん
)
無量
(
むりやう
)
絶対力
(
ぜつたいりよく
)
の
権威
(
けんゐ
)
を
具備
(
ぐび
)
する
天帝
(
てんてい
)
の
御
(
ご
)
化身
(
けしん
)
、
216
最高
(
さいかう
)
第一
(
だいいち
)
天国
(
てんごく
)
の
天人
(
てんにん
)
並
(
なら
)
びに
最奥
(
さいあう
)
霊国
(
れいごく
)
の
天人
(
てんにん
)
、
217
天来
(
てんらい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
、
218
天真坊
(
てんしんばう
)
様
(
さま
)
は
不慮
(
ふりよ
)
の
災難
(
さいなん
)
によつて、
219
今
(
いま
)
やタラハン
城内
(
じやうない
)
の
狭隘
(
けふあい
)
なる
牢獄
(
らうごく
)
に
日夜
(
にちや
)
を
送
(
おく
)
る
身
(
み
)
となりぬ。
220
抑
(
そもそ
)
も
人
(
ひと
)
は
万物
(
ばんぶつ
)
の
霊長
(
れいちやう
)
、
221
天地
(
てんち
)
の
花
(
はな
)
、
222
天人
(
てんにん
)
の
住所
(
すみか
)
なるにも
拘
(
かかは
)
らず
極悪
(
ごくあく
)
無道
(
ぶだう
)
の
泥棒
(
どろばう
)
が
親分
(
おやぶん
)
、
223
左守司
(
さもりのかみ
)
と
化
(
ば
)
けすましたるシヤカンナが
今日
(
こんにち
)
の
暴状
(
ばうじやう
)
、
224
必
(
かなら
)
ずや
天地
(
てんち
)
の
神
(
かみ
)
は
怒
(
いか
)
らせ
玉
(
たま
)
ひ、
225
地震
(
ぢしん
)
雷
(
かみなり
)
火
(
ひ
)
の
雨
(
あめ
)
はまだ
愚
(
おろ
)
か、
226
大海嘯
(
おほつなみ
)
の
大襲来
(
だいしふらい
)
によつて
左守
(
さもり
)
右守
(
うもり
)
は
云
(
い
)
ふに
及
(
およ
)
ばず、
227
大災害
(
だいさいがい
)
の
突発
(
とつぱつ
)
せむは
明瞭
(
めいれう
)
なり。
228
あゝ
憐
(
あはれ
)
むべし
盲滅法
(
めくらめつぱふ
)
の
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
、
229
天
(
てん
)
に
日月
(
じつげつ
)
輝
(
かがや
)
く
共
(
とも
)
230
中空
(
ちうくう
)
に
黒雲
(
くろくも
)
塞
(
ふさ
)
がりあれば、
231
天日
(
てんじつ
)
も
地
(
ち
)
に
達
(
たつ
)
せざる
道理
(
だうり
)
也
(
なり
)
。
232
あゝバラモン
帝釈
(
たいしやく
)
自在天
(
じざいてん
)
大国彦
(
おほくにひこの
)
命
(
みこと
)
、
233
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く、
234
天変
(
てんぺん
)
地妖
(
ちえう
)
の
奇瑞
(
きずゐ
)
を
示
(
しめ
)
し、
235
此
(
この
)
城内
(
じやうない
)
を
初
(
はじ
)
めとし
全国
(
ぜんこく
)
の
民衆
(
みんしう
)
に
目
(
め
)
をさまさせ
玉
(
たま
)
へ。
236
吾
(
われ
)
はもとより
泥棒
(
どろばう
)
にも
非
(
あら
)
ず、
237
又
(
また
)
左守
(
さもり
)
右守
(
うもり
)
が
如
(
ごと
)
き
野心家
(
やしんか
)
にも
非
(
あら
)
ず、
238
只
(
ただ
)
天
(
てん
)
が
命
(
めい
)
ずるままに
天意
(
てんい
)
を
行
(
おこな
)
ふのみ、
239
帰命
(
きみやう
)
頂礼
(
ちやうらい
)
謹請
(
ごんじやう
)
再拝
(
さいはい
)
、
240
南無
(
なむ
)
バラモン
天王
(
てんわう
)
自在天
(
じざいてん
)
、
241
吾
(
わが
)
願望
(
ぐわんまう
)
を
納受
(
なふじゆ
)
ましませ』
242
かかる
所
(
ところ
)
へ
右守司
(
うもりのかみ
)
は
玄真坊
(
げんしんばう
)
の
様子
(
やうす
)
如何
(
いか
)
にと
只一人
(
ただひとり
)
、
243
偵察
(
ていさつ
)
がてらやつて
来
(
き
)
たが
此
(
この
)
経文
(
きやうもん
)
を
聞
(
き
)
いて
吹
(
ふ
)
き
出
(
だ
)
し、
244
アリ『オイ、
245
天帝
(
てんてい
)
の
化身殿
(
けしんどの
)
、
246
大変
(
たいへん
)
な
雄猛
(
をたけ
)
びで
御座
(
ござ
)
るな、
247
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
天変
(
てんぺん
)
地妖
(
ちえう
)
の
奇瑞
(
きずゐ
)
が
見
(
み
)
せて
貰
(
もら
)
ひたいものだなア』
248
玄
(
げん
)
『ヤア、
249
よい
所
(
ところ
)
へやつて
来
(
き
)
た、
250
その
方
(
はう
)
は
右守
(
うもり
)
のアリナじやないか、
251
どうだ、
252
左守
(
さもり
)
と
相談
(
さうだん
)
して
来
(
き
)
たか』
253
右
(
う
)
『
黙
(
だま
)
れ、
254
罪人
(
とがにん
)
の
分際
(
ぶんざい
)
として
何
(
なに
)
業託
(
ごうたく
)
を
吐
(
ほざ
)
くのだ。
255
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
泥棒
(
どろばう
)
の
目的
(
もくてき
)
で
忍
(
しの
)
び
込
(
こ
)
み
乍
(
なが
)
ら、
256
千言
(
せんげん
)
万語
(
ばんご
)
を
費
(
つひや
)
しての
弁解
(
べんかい
)
も、
257
吾々
(
われわれ
)
の
聰明
(
そうめい
)
を
蔽
(
おほ
)
ふ
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ないぞ。
258
ここ
二三
(
にさん
)
日
(
にち
)
の
間
(
あひだ
)
の
命
(
いのち
)
だ、
259
喰
(
く
)
ひ
度
(
た
)
いものがあるなら
何
(
なん
)
なりと
云
(
い
)
へ。
260
今
(
いま
)
に
刑場
(
けいぢやう
)
の
露
(
つゆ
)
と
消
(
き
)
ゆる
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
だから、
261
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
名残
(
なごり
)
に
何
(
なん
)
なりと
吐
(
ほざ
)
いておくがよからう。
262
その
方
(
はう
)
の
罪
(
つみ
)
は
已
(
すで
)
に
死罪
(
しざい
)
と
定
(
きま
)
つて
居
(
ゐ
)
るのだ』
263
玄
(
げん
)
『ハツハヽヽヽ、
264
その
方
(
はう
)
が
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
死罪
(
しざい
)
ときめても
神
(
かみ
)
の
方
(
はう
)
、
265
此
(
この
)
方
(
はう
)
さまから
見
(
み
)
れば
無罪
(
むざい
)
で
御座
(
ござ
)
いだ。
266
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
左守
(
さもり
)
が
此処
(
ここ
)
へようやつて
来
(
こ
)
ん
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
へば、
267
ヤツパリ
俺
(
おれ
)
が
恐
(
こは
)
いのだ。
268
そらさうだ、
269
面
(
つら
)
の
皮
(
かは
)
引
(
ひき
)
むかれるのが
嫌
(
いや
)
さに
菎蒻
(
こんにやく
)
の
幽霊
(
いうれい
)
のやうに
慄
(
ふる
)
ふてゐるのだらう。
270
憐
(
あは
)
れな
老骨
(
らうこつ
)
だな、
271
イツヒヽヽヽ。
272
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
自身
(
じしん
)
の
娘
(
むすめ
)
が
別嬪
(
べつぴん
)
で、
273
王妃
(
わうひ
)
殿下
(
でんか
)
になつたと
云
(
い
)
つても、
274
その
父親
(
てておや
)
たる
自分
(
じぶん
)
が
泥棒
(
どろばう
)
の
親方
(
おやかた
)
では、
275
到底
(
たうてい
)
一国
(
いつこく
)
の
政治
(
せいぢ
)
は
行
(
おこな
)
はれまい。
276
泥棒
(
どろばう
)
の
親分
(
おやぶん
)
になればキツト
天下
(
てんか
)
は
取
(
と
)
れると
277
国民
(
こくみん
)
に
国民
(
こくみん
)
教育
(
けういく
)
の
手本
(
てほん
)
を
見
(
み
)
せるやうなものだ。
278
そんな
事
(
こと
)
でタラハンの
国家
(
こくか
)
が
続
(
つづ
)
くと
思
(
おも
)
ふか。
279
オイ
右守
(
うもり
)
、
280
タラハン
国
(
ごく
)
の
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
へば、
281
さう
俺
(
おれ
)
が
云
(
い
)
つたと
左守
(
さもり
)
に
云
(
い
)
つてくれ。
282
俺
(
おれ
)
は
已
(
すで
)
に
已
(
すで
)
に
覚悟
(
かくご
)
はしてゐる、
283
然
(
しか
)
し
左守
(
さもり
)
に
一度
(
いちど
)
会
(
あ
)
はねばならぬ。
284
死罪
(
しざい
)
なつと
五罪
(
ござい
)
なつと
勝手
(
かつて
)
にしたがよいわ。
285
それ
迄
(
まで
)
に
是非
(
ぜひ
)
とも
左守
(
さもり
)
に
云
(
い
)
つておく
事
(
こと
)
がある。
286
左守
(
さもり
)
だつて
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
名残
(
なごり
)
に
会
(
あ
)
はぬと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
もあるまい』
287
アリ『
左様
(
さやう
)
な
世迷言
(
よまいごと
)
は
聞
(
き
)
く
耳
(
みみ
)
は
持
(
も
)
たない。
288
ま
一度
(
いちど
)
白洲
(
しらす
)
で
調
(
しら
)
べてやらう、
289
適確
(
てきかく
)
な
証拠
(
しようこ
)
が
上
(
あが
)
つてゐるのだから』
290
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
靴音
(
くつおと
)
高
(
たか
)
く
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
去
(
さ
)
つた。
291
玄真坊
(
げんしんばう
)
は
又
(
また
)
もや
大
(
おほ
)
きな
口
(
くち
)
をあけ
292
無恰好
(
ぶかつかう
)
の
目鼻
(
めはな
)
を
一緒
(
いつしよ
)
によせ、
293
やけ
糞
(
くそ
)
になつて
都々逸
(
どどいつ
)
をやり
初
(
はじ
)
めた。
294
『
逃
(
に
)
げた
逃
(
に
)
げたよ
又
(
また
)
逃
(
に
)
げた
295
玄真
(
げんしん
)
さまの
御
(
ご
)
威光
(
ゐくわう
)
に
恐
(
おそ
)
れ
296
右守
(
うもり
)
のアリナが
尻
(
けつ
)
に
帆
(
ほ
)
かけて
297
スタコラヨイヤサと
逃
(
に
)
げ
失
(
う
)
せた
298
扨
(
さ
)
ても
憐
(
あは
)
れな
代物
(
しろもの
)
だ
299
左守
(
さもり
)
シヤカンナはさぞ
今
(
いま
)
ごろは
300
吐息
(
といき
)
つくづく
机
(
つくゑ
)
に
向
(
むか
)
ひ
301
昔
(
むかし
)
の
疵
(
きづ
)
を
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
し
302
頭痛
(
づつう
)
鉢巻
(
はちまき
)
汗
(
あせ
)
タラタラと
303
薬鑵
(
やかん
)
もらしてゐるだらう
304
ア、コラシヨ コラシヨと
305
家
(
いへ
)
を
建
(
た
)
てるのは
大工
(
だいく
)
さま
306
壁
(
かべ
)
を
塗
(
ぬ
)
るのはシヤカンナだ
307
昔
(
むかし
)
の
古疵
(
ふるきづ
)
ゴテゴテゴテと
308
泥
(
どろ
)
塗
(
ぬ
)
り
隠
(
かく
)
すシヤカンナだ
309
娘
(
むすめ
)
の
光
(
ひかり
)
でピカピカピカと
310
螢
(
ほたる
)
のやうな
光
(
ひかり
)
出
(
だ
)
す
311
自分
(
じぶん
)
は
泥棒
(
どろばう
)
して
人
(
ひと
)
苦
(
くるし
)
めて
312
俺
(
おれ
)
を
泥棒
(
どろばう
)
と
苦
(
くるし
)
める
313
泥棒
(
どろばう
)
するならしつかりやれよ
314
七千
(
しちせん
)
余国
(
よこく
)
の
月
(
つき
)
の
国
(
くに
)
315
大黒主
(
おほくろぬし
)
の
領分
(
りやうぶん
)
を
316
片手
(
かたて
)
に
握
(
にぎ
)
つて
立
(
た
)
つやうな
317
僅
(
わづ
)
かタラハン
一国
(
いつこく
)
の
318
番頭
(
ばんとう
)
さまでは
気
(
き
)
が
利
(
き
)
かぬ
319
左守
(
さもり
)
か
いもり
か
知
(
し
)
らねども
320
世間
(
せけん
)
の
狭
(
せま
)
い
親爺
(
おやぢ
)
どの
321
ア、コラサ コラサ』
322
と、
323
精神
(
せいしん
)
錯乱者
(
さくらんしや
)
のやうに
喋
(
しやべ
)
り
立
(
た
)
ててゐる。
324
格子窓
(
かうしまど
)
の
間
(
あひだ
)
から
遠慮
(
ゑんりよ
)
会釈
(
ゑしやく
)
もなく
蚊軍
(
ぶんぐん
)
が
襲撃
(
しふげき
)
する。
325
(
大正一五・一・三一
旧一四・一二・一八
於月光閣
北村隆光
録)
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