霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 (もつ)(がみ)〔八一〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第28巻 海洋万里 卯の巻 篇:第2篇 暗黒の叫 よみ(新仮名遣い):あんこくのさけび
章:第10章 縺れ髪 よみ(新仮名遣い):もつれがみ 通し章番号:810
口述日:1922(大正11)年08月08日(旧06月16日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年8月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
日楯夫婦と月鉾は、父・真道彦やヤーチン姫が重臣たちの裏切りによって捕らえられたことに心を痛め、神前にて祈願をこらしていた。たちまちユリコ姫に神懸りがあり、国魂神・竜世姫命の神勅が降りた。
それによると、このたび真道彦の禍はすべて神界の経綸によるものであり、案じ煩うことは無い、とのことであった。そしてカールス王の迷夢を覚ますためには、日楯夫婦と月鉾の三人で、南琉球の王である照彦王を尋ね、救援を求めよ、と神命を下した。
三人は密かに旅立ち、キールの港を指して山道を進んだ。月の照る夜、三人はアーリス山の山頂で休んでいた。すると峠を登ってくる菅笠が見えた。見ると巡礼姿の妙齢の美人である。
巡礼姿の美人は、月鉾を追って来たテーリン姫であった。テーリン姫はどうしても月鉾と同行すると言い張り、三人が神勅による旅だと言っても、月鉾が自分から逃げて、マリヤス姫の元に逃げるのではないかと疑って聞かない。
三人が困り果てていると、最前より木陰に潜んで様子を窺っていたマリヤス姫が現れ、月鉾が自分のところに逃げるなど無礼千万と言って、月鉾に打ってかかった。テーリン姫はそれを見てマリヤス姫に狂気のごとく組み付いた。
月鉾はこれを見てテーリン姫を縛り上げた。そして三人はこの機に乗じてその場を逃げた。後に残されたマリヤス姫は、テーリン姫に優しく接した。最初は疑っていたテーリン姫も、正直に身の上を話すマリヤス姫に心を開き、二人は姉妹のように親しむようになった。そして月鉾らの帰りを待つこととなった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ:キールの港(基隆の港) データ凡例: データ最終更新日:2021-11-24 16:59:25 OBC :rm2810
愛善世界社版:112頁 八幡書店版:第5輯 393頁 修補版: 校定版:116頁 普及版:53頁 初版: ページ備考:
001 真道彦(まみちひこの)(みこと)教主(けうしゆ)(はじ)めヤーチン(ひめ)は、002淡渓(たんけい)上流(じやうりう)なる岩窟(がんくつ)牢獄(らうごく)(とう)ぜられ、003数多(あまた)幹部(かんぶ)(ほこ)(さか)さまにして、004カールス(わう)()()り、005暴政(ばうせい)(ふる)ひ、006(その)(いきほ)猛烈(まうれつ)にして何時(いつ)如何(いか)なる難題(なんだい)(この)聖地(せいち)(むか)つて持込(もちこ)(きた)るやも(はか)られず、007()数多(あまた)信徒(しんと)(ほとん)離散(りさん)し、008寂寥(せきれう)()(つつ)まれ、009日楯(ひたて)夫婦(ふうふ)(はじ)め、010月鉾(つきほこ)(こころ)()ちつかず、011薄氷(はくひよう)()(ごと)心地(ここち)(なが)ら、012ヤーチン(ひめ)(はじ)め、013(ちち)寃罪(ゑんざい)(いち)(にち)(はや)()れむ(こと)を、014朝夕(あさゆふ)神前(しんぜん)祈願(きぐわん)しつつあつた。015(たちま)ちユリコ(ひめ)神懸(かむがか)りあり、016(ことば)おごそかに()(たま)ふよう、
017ユリコ姫(に懸かった竜世姫命)(なんぢ)日楯(ひたて)018月鉾(つきほこ)兄弟(きやうだい)よ、019真道彦(まみちひこの)(みこと)(この)(たび)奇禍(きくわ)は、020すべて神界(しんかい)経綸(けいりん)()でさせ(たま)ふものなれば(かなら)(あん)(わづら)(なか)れ。021(やが)晴天(せいてん)白日(はくじつ)(とき)(きた)るべし。022真道彦(まみちひこの)(みこと)023(この)(たび)遭難(さうなん)なくば、024到底(たうてい)三五教(あななひけう)救世主(きうせいしゆ)としての任務(にんむ)(まつた)うする(こと)(あた)はず。025今日(こんにち)(かな)しみは後日(ごじつ)(よろこ)びなり、026(かなら)(かなら)傷心(しやうしん)する(こと)(なか)れ。027()れより(なんぢ)兄弟(きやうだい)は、028ユリコ(ひめ)(ともな)ひ、029暗夜(あんや)(じやう)じて聖地(せいち)()り、030荒波(あらなみ)(わた)りて、031琉球(りうきう)南島(なんたう)()三五教(あななひけう)神司(かむづかさ)(けん)国王(こきし)たる照彦(てるひこ)032照子姫(てるこひめ)(もと)(いた)り、033事情(じじやう)打明(うちあ)かし、034救援(きうゑん)(もと)めよ。035(しか)らばカールス(わう)迷夢(めいむ)()め、036(なんぢ)(ちち)(うたがひ)(まつた)()るるに(いた)らむ。037(なんぢ)兄弟(きやうだい)(いま)(とし)(わか)く、038如何(いか)なる艱難(かんなん)辛苦(しんく)にも()()べき能力(のうりよく)あり。039(とし)(おい)たる(ちち)危難(きなん)(おも)へば、040如何(いか)なる難事(なんじ)遭遇(さうぐう)する(とも)041(もの)(かず)にも(あら)ざるべし。042今宵(こよひ)(とき)(うつ)さず、043聖地(せいち)立出(たちい)琉球(りうきう)(しま)(むか)へよ。044中途(ちうと)にして種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)迫害(はくがい)艱難(かんなん)()(こと)あるとも、045(たゆ)まず(くつ)せず、046勇猛心(ゆうまうしん)発揮(はつき)して、047(この)使命(しめい)(はた)すべし。048()れは本島(ほんたう)国魂神(くにたまがみ)竜世姫(たつよひめの)(みこと)なるぞ。049ゆめゆめ(わが)神勅(しんちよく)(うたが)ふな』
050()(をは)つて、051ユリコ(ひめ)神懸(かむがか)りは(もと)(ふく)した。052(ここ)日楯(ひたて)053月鉾(つきほこ)兄弟(きやうだい)はユリコ(ひめ)(とも)に、054()巡礼姿(じゆんれいすがた)にやつし、055蓑笠(みのかさ)草鞋(わらぢ)脚絆(きやはん)扮装(いでたち)056金剛杖(こんがうづゑ)をつき(なが)ら、057人里(ひとざと)(はな)れし山途(やまみち)辿(たど)りて(つひ)基隆(キール)(みなと)()して(すす)むこととなつた。
058 (つき)()りわたる(すず)しき(なつ)()を、059(さん)(にん)(やうや)くにして、060アーリス(ざん)頂上(ちやうじやう)辿(たど)()き、061(かたはら)(いはほ)腰打(こしうち)かけ(いき)(やす)めてゐた。062フト()れば、063月夜(つきよ)(なか)(しろ)(ひか)つた(すげ)小笠(をがさ)(いち)(まい)064ゆらぎつつ(たうげ)目蒐(めが)けて(のぼ)()る。065(さん)(にん)()(みは)り、066テールスタンの部下(ぶか)間者(かんじや)にはあらざるかと(やや)(むね)(とどろ)かせ(なが)ら、067(こころ)(なか)にて(あま)数歌(かずうた)(とな)へつつあつた。068(かさ)(やうや)間近(まぢか)くなつた。069()れば一人(ひとり)巡礼姿(じゆんれいすがた)妙齢(めうれい)美人(びじん)である。070美人(びじん)(さん)(にん)(いこ)へる(まへ)に、071(おそ)(おそ)(ちか)づき(きた)り、072さも慇懃(いんぎん)に、
073巡礼(じゆんれい)失礼(しつれい)(なが)ら、074あなたは月鉾(つきほこ)(さま)一行(いつかう)では御座(ござ)いませぬか。075(わたし)泰嶺(たいれい)聖地(せいち)(あさ)(ゆふ)(つか)へまつれるテーリン(ひめ)御座(ござ)います』
076 月鉾(つきほこ)(この)(こゑ)(おどろ)き、077あたりを見廻(みまは)(なが)ら、078(こゑ)をひそめて、
079月鉾如何(いか)にも(わたくし)月鉾(つきほこ)御座(ござ)います。080(この)深山(しんざん)繊弱(かよわ)婦人(ふじん)()として、081同伴(つれ)もなく(ただ)一人(ひとり)082()()しになるとは大胆(だいたん)至極(しごく)()振舞(ふるまひ)083何処(どこ)()()でになりますか』
084 テーリン(ひめ)(なみだ)(ぬぐ)(なが)ら、
085テーリン姫月鉾(つきほこ)(さま)086(いづ)れへ()くかとは、087それは(あま)()胴欲(どうよく)御座(ござ)います。088三五教(あななひけう)(かみ)(さま)心願(しんぐわん)()け、089ヤツト(かな)うた(わたし)恋路(こひぢ)090あなたは(わたし)(あふ)せられた()言葉(ことば)091最早(もはや)()(わす)れになりましたか。092エヽ残念(ざんねん)御座(ござ)います。093そんな()(こころ)とは露知(つゆし)らず、094(たがひ)(こころ)(かは)るまじとの()言葉(ことば)(かみ)(さま)教示(けうじ)(しん)じ、095(ゆめ)にも(わす)れぬ(わたし)(こころ)096……エヽ口惜(くや)しい、097残念(ざんねん)な』
098とあたり(かま)はず、099()大地(だいち)にうちつけて()(さけ)ぶのであつた。100月鉾(つきほこ)当惑顔(たうわくがほ)にて、101(ふと)(いき)をつき(なが)ら、
102月鉾『あなたに(ちか)つた言葉(ことば)は、103夢寐(むび)にも(わす)れは(いた)しませぬ。104()(なが)ら、105()むに()まれぬ事情(じじやう)(ため)106あなたにも委細(ゐさい)打明(うちあ)けず、107(にはか)(ある)秘密(ひみつ)用務(ようむ)()びて、108(しばら)聖地(せいち)(はな)れねばならぬ(こと)出来(でき)ました。109(けつ)して(けつ)して貴女(あなた)(きら)つたのでも、110(わす)れたのでも()りませぬ。111(この)月鉾(つきほこ)天晴(あつぱ)使命(しめい)(はた)すまで、112泰嶺(たいれい)(かへ)神妙(しんめう)(かみ)(さま)(つか)へて()(くだ)さい。113キツト貴女(あなた)との約束(やくそく)反古(ほご)には(いた)しませぬ。114サア()()(うち)にも、115テールスタンの部下(ぶか)者共(ものども)(みみ)()らば、116(たがひ)不覚(ふかく)117(いま)(つら)(わか)れは(のち)(たのし)み、118どうぞ(この)(こと)()()けて、119一刻(いつこく)(はや)(かへ)つて(くだ)さい』
120テーリン『イエイエあなたはさう仰有(おつしや)つて、121うまく(わたし)振棄(ふりす)て、122泰安城(たいあんじやう)(かく)れますマリヤス(ひめ)(さま)のお(そば)(まね)かれて()かれるのでせう。123(なん)仰有(おつしや)つても、124(わたし)仮令(たとへ)()(なか)125(みづ)(そこ)をも(いと)ひませぬ。126あなたに(かげ)(ごと)附添(つきそ)(まゐ)ります』
127月鉾(つきほこ)『あゝ(こま)つたなア。128……日楯(ひたて)さま、129ユリコ(ひめ)さま、130どうしたら()いでせうか』
131日楯(ひたて)『ハテ(こま)つた(こと)出来(でき)ましたなア。132(なん)()つても、133今度(こんど)特別(とくべつ)使命(しめい)()るのだから、134ここの(ところ)はテーリンさまに聞分(ききわ)けて(もら)つて、135(かへ)つて(もら)ふより仕方(しかた)()りますまい』
136テーリン『あなた(まで)(はら)()はして、137(わたし)排斥(はいせき)なされますか。138キツト()(うら)(まを)します』
139日楯(ひたて)『あゝあ、140どうしたら()からうかなア。141竜世姫(たつよひめ)(さま)がいろいろの迫害(はくがい)艱難(かんなん)()うても、142(たゆ)まず(くつ)せず、143初心(しよしん)貫徹(くわんてつ)せよと仰有(おつしや)つたが、144これは(また)同情(どうじやう)ある迫害(はくがい)()つたものだ。145(なさけ)ある艱難(かんなん)出会(でつくわ)したものだ。146……ナア月鉾(つきほこ)さま』
147ユリコ『もし、148テーリン(さま)149(わたし)(をんな)()として、150差出(さしで)がましく申上(まをしあ)げるのも、151(なん)となく(はづ)かしう御座(ござ)いますが、152貴方(あなた)月鉾(つきほこ)(さま)(ふか)契合(ちぎりあ)うたお(なか)153(せつ)なき()(こころ)()(さつ)申上(まをしあ)げます。154さり(なが)(をつと)一大事(いちだいじ)155ここは()()()けて、156一先(ひとま)聖地(せいち)(かへ)つて(くだ)さいませ。157(いづ)(とほ)からぬ(うち)に、158()便(たよ)りをお()かせ(まを)すことが出来(でき)ませう』
159(なぐさ)める(やう)に、160言葉(ことば)やさしく()(さと)す。161テーリン(ひめ)(くび)左右(さいう)にふり、
162テーリン『イエイエ、163(をつと)()かるる(ところ)へ、164仮令(たとへ)内縁(ないえん)にせよ、165(つま)(わたし)()かれない道理(だうり)()りますか。166女房(にようばう)()(こと)出来(でき)ないのならば、167あなたも日楯(ひたて)さまと此処(ここ)(たもと)(わか)ち、168泰嶺(たいれい)聖地(せいち)(かへ)つて、169神前(しんぜん)()奉仕(ほうし)なさりませ。170貴女(あなた)がさうなされば、171(わたし)泰嶺(たいれい)聖地(せいち)(いさぎよ)(かへ)ります』
172抜差(ぬきさ)しならぬ理詰(りづ)めに、173ユリコ(ひめ)是非(ぜひ)なく(だま)()んで(しま)つた。
174 月鉾(つきほこ)(ちち)危難(きなん)(すく)ふべく、175()(けつ)して()()れし聖地(せいち)をあとに、176()()此処(ここ)まで(いき)せき(きた)りしものを、177恋女(こひをんな)()ひせまられ、178(はづ)かしさと(くる)しさに、179五色(ごしき)(いき)()いて()る。
180日楯(ひたて)『テーリンさま、181貴女(あなた)最前(さいぜん)()言葉(ことば)()れば、182泰安(たいあん)(しろ)御座(ござ)るマリヤス(ひめ)(さま)()はむとて、183月鉾(つきほこ)さまが()()でになる(やう)仰有(おつしや)つたが、184左様(さやう)気楽(きらく)場合(ばあひ)では御座(ござ)いませぬ。185吾々(われわれ)兄弟(きやうだい)父上(ちちうへ)危難(きなん)(すく)はねばならぬ千騎(せんき)一騎(いつき)(この)場合(ばあひ)186どうして気楽(きらく)(さう)(をんな)()れて()くことが出来(でき)ませう。187まさかの(とき)手足(てあし)(まと)ひになるのは(をんな)御座(ござ)いますよ』
188テーリン『オホヽヽヽ、189勝手(かつて)(こと)()仰有(おつしや)ります。190ユリコ(ひめ)(さま)(をとこ)御座(ござ)いますか、191そして貴方(あなた)無関係(むくわんけい)()(かた)御座(ござ)いますか。192あなた(がた)夫婦(ふうふ)()()でになつても陽気(やうき)ではなくて、193(わたし)月鉾(つきほこ)さまと一緒(いつしよ)(まゐ)るのが陽気(やうき)なとは、194そりや(また)如何(どう)した(わけ)御座(ござ)います。195(この)(こと)をハツキリと(わたし)合点(がつてん)()(やう)仰有(おつしや)つて(くだ)さいませ。196(こころ)(ひが)みか(ぞん)じませぬが、197左様(さやう)(こと)仰有(おつしや)れば仰有(おつしや)(ほど)198(わたし)月鉾(つきほこ)さまに見放(みはな)されたとより(おも)はれませぬ。199月鉾(つきほこ)さまには、200マリヤス(ひめ)()立派(りつぱ)恋女(こひをんな)御座(ござ)いますから、201ここでは一人旅(ひとりたび)なれど、202泰安(たいあん)(みやこ)(まで)()()きになれば、203キツと二夫婦(ふたふうふ)()()()つて、204どつかへ()()(あそ)ばすのでせう』
205月鉾(つきほこ)『あゝ()(べか)らざるものは(をんな)なりけり。206(あま)りの親切(しんせつ)にほだされて、207内縁(ないえん)(むす)んだのは(いま)になつて()ると、208チト早計(さうけい)だつた。209あゝ如何(どう)したら()からうかなア』
210テーリン『そら御覧(ごらん)211()れと(わが)()(こころ)(そこ)()()かしなさつたぢやありませぬか。212それ(ほど)(わたし)がうるさくて(たま)らねば、213どうぞ(この)()であなたの()()にかけて、214一思(ひとおも)ひに(ころ)して(くだ)さい。215さうすれば(さだ)めし、216マリヤス(ひめ)()満足(まんぞく)(あそ)ばし、217夫婦(ふうふ)(むつま)じく末永(すえなが)(くら)して(くだ)さるでせう』
218()(もだ)えて()きまろぶ。219(さん)(にん)(かは)(がは)()()けて(さと)(ども)220テーリン(ひめ)容易(ようい)承知(しようち)せず、221()へば()(ほど)222益々(ますます)(うたがひ)(はげ)しくなる(ばか)りである。
223 最前(さいぜん)よりあたりの木蔭(こかげ)(ひそ)んで、224(この)悲劇(ひげき)()()たる人影(ひとかげ)があつた。225(たちま)(この)()(あら)はれ、226()(にん)(まへ)につつ()ち、
227(マリヤス姫)『ヤア(なんぢ)月鉾(つきほこ)一行(いつかう)であらう。228最前(さいぜん)よりここを(とほ)(あは)()れば、229何事(なにごと)(ひと)(ささや)(ごゑ)230様子(やうす)あらむと木蔭(こかげ)立寄(たちよ)り、231()くともなしに()()れば、232(けが)らはしや、233アークス(わう)(むすめ)(うま)れたる、234マリヤス(ひめ)月鉾(つきほこ)夫婦(ふうふ)約束(やくそく)(むす)びしとか、235(むす)ぶとか、236無礼(ぶれい)千万(せんばん)なる申様(まうしやう)237(わたし)仮令(たとへ)(ちち)()(わか)れたりとはいへ、238カールス(わう)(いもうと)239かかる尊貴(そんき)()(もつ)て、240如何(いか)泰嶺(たいれい)神司(かむづかさ)たりとはいへ、241月鉾(つきほこ)(ごと)きに、242秋波(しうは)(おく)らむや。243()れは(かみ)(しん)ずるの(あま)り、244泰嶺(たいれい)聖地(せいち)(つか)()(ども)245(けつ)して、246月鉾(つきほこ)(ごと)きに(したが)()るものにあらず、247雑言(ざふごん)無礼(ぶれい)248(おも)ひこらし()れん』
249()ふより(はや)く、250(みの)(うへ)より、251(ほね)(くだ)けよと(ばか)り、252月鉾(つきほこ)打据(うちす)ゑた。253月鉾(つきほこ)一言(ひとこと)(はつ)せず、254マリヤス(ひめ)乱打(らんだ)(むち)(いた)さを(しの)んで(こら)へて()る。255(この)(てい)()て、256テーリン(ひめ)狂気(きやうき)(ごと)くマリヤス(ひめ)()びつき、257(ただち)(みぎ)(うで)にカブリつき、258一口(ひとくち)(ばか)(にく)()ひちぎつた。259(たちま)()はボトボトと(なが)()で、260月夜(つきよ)木蔭(こかげ)(くろ)()むるに(いた)つた。261月鉾(つきほこ)(この)(てい)()て、262テーリン(ひめ)(うで)(うしろ)(まは)し、263(かさ)(ひも)(もつ)(きび)しく(しば)りあげた。264日楯(ひたて)265ユリコ(ひめ)は、266(ただち)におのが(おび)引裂(ひきさ)き、267マリヤス(ひめ)傷所(きずしよ)に、268(つち)をかき(あつ)めて、269()りつけ、270(かた)(しば)り、271(あま)数歌(かずうた)(うた)ひ、272伊吹(いぶき)狭霧(さぎり)()きかけた。273(きず)(たちま)(もと)(ごと)くに()えて(しま)つた。
274 日楯(ひたて)275月鉾(つきほこ)276ユリコ(ひめ)(この)()(じやう)じて、277足早(あしばや)何処(いづく)ともなく姿(すがた)(かく)して(しま)つた。278(あと)(のこ)りし二人(ふたり)(やや)(しば)し、279無言(むごん)(まま)にて(たがひ)(かほ)()つめて()た。
280 (しばら)くあつて、281マリヤス(ひめ)言葉(ことば)(やは)らげ、
282マリヤス姫貴女(あなた)(さま)はテーリン(ひめ)(さま)御座(ござ)いましたか。283不思議(ふしぎ)(ところ)でお()にかかりました。284何事(なにごと)人間(にんげん)神界(しんかい)()経綸(けいりん)(まま)によりなるものでは御座(ござ)いませぬから、285どうぞ(こころ)()ちつけて、286月鉾(つきほこ)(さま)無事(ぶじ)使命(しめい)(をは)つて、287泰嶺(たいれい)聖地(せいち)無事(ぶじ)()(かへ)りなさる()()()ちなされませ。288キツト(わたし)があなたの(のぞ)みを(かな)へさして()げませう』
289 テーリン(ひめ)後手(うしろで)(しば)られ(なが)ら、290()()ひしばり、291()さへ(にぢ)らして()(その)形相(ぎやうさう)(すさま)じさ。292(つき)(ひかり)()らし()て、293マリヤス(ひめ)(こひ)妄執(まうしふ)如何(いか)にも(おそ)ろしきものたることに(した)()いた。
294テーリン(ひめ)『あなたは、295(わたし)(くら)べて、296余程(よほど)(とし)をとつて()られます(だけ)あつて、297(じつ)巧名(こうめう)八百長(やほちやう)()られますなア。298田舎(いなか)未通娘(おぼこむすめ)をだまさうとなさつても、299(わたくし)一生(いつしやう)懸命(けんめい)ですから、300そんな()には()りませぬよ。301()らぬ気休(きやす)めはモウ()つて(くだ)さるな。302(なん)仰有(おつしや)つても、303あなたには、304そんな(こと)仰有(おつしや)資格(しかく)はありませぬ。305三五教(あななひけう)一般(いつぱん)(やかま)しい(うはさ)御座(ござ)います』
306マリヤス(ひめ)『あゝ(なさけ)ない(こと)になりました。307(じつ)(こと)を、308(わたし)白状(はくじやう)(いた)して、309貴女(あなた)(うたがひ)()らして(いただ)かねばなりませぬ。310(わたし)(ある)事情(じじやう)(ため)311泰安城(たいあんじやう)をのがれ、312泰嶺(たいれい)聖地(せいち)(まゐ)りまして、313(たうと)(かみ)(さま)(をしへ)(ほう)じ、314(いま)神前(しんぜん)(ちか)(つか)ふる聖職(せいしよく)となりました。315一度(いちど)月鉾(つきほこ)(さま)(たい)し、316(わたし)非常(ひじやう)恋慕(れんぼ)(ねん)(おこ)し、317いろいろと()ひよりましたが、318如何(どう)しても、319月鉾(つきほこ)(さま)()()(くだ)さりませぬ。320(ひるがへ)つてよく(かんが)へて()れば、321(わたし)はアークス(わう)落胤(らくいん)とは(まを)(なが)ら、322(ちち)(はは)()(しの)んで()みましたる(つみ)()(わたし)323如何(どう)して(たふと)月鉾(つきほこ)(さま)女房(にようばう)になることが出来(でき)ませうか。324(また)国治立(くにはるたちの)大神(おほかみ)(さま)御教(みをしへ)(ほう)(たま)真道彦(まみちひこの)(みこと)(さま)は、325アークス(わう)(いや)()して(たふと)()()(うへ)326(その)()(かた)(うづ)()(うま)(たま)ひし月鉾(つきほこ)(さま)に、327恋慕(れんぼ)(こころ)(おこ)すといふは、328(まつた)(はや)まつた(かんが)へだと()()きました。329(その)()よりプツツリと(おも)()り、330(いま)(きは)めて(きよ)(こころ)(もつ)神前(しんぜん)奉仕(ほうし)して()るので御座(ござ)います。331世間(せけん)(うはさ)(やかま)しく()つたのも、332(もと)はヤツパリ(わたし)月鉾(つきほこ)(さま)()(した)(その)様子(やうす)(なん)となく()()つたからで御座(ござ)いませう。333(まつた)(わたし)(つみ)(あきら)めるより仕方(しかた)はありませぬ。334……どうぞテーリン(ひめ)(さま)335今迄(いままで)(うたがひ)(わたくし)(この)告白(こくはく)()つてお()らし(くだ)さいませ。336貴女(あなた)月鉾(つきほこ)(さま)とは従兄妹(いとこ)同志(どうし)(なか)337(いづ)れも(たふと)(かみ)(さま)()(たね)338こんな結構(けつこう)(えん)はないと(ぞん)じまして、339(わたし)内々(ないない)月鉾(つきほこ)(さま)に、340あなたとの()結婚(けつこん)を、341(すす)(まを)して()(もの)御座(ござ)います』
342テーリン(ひめ)()のお言葉(ことば)()つて、343(わたし)安心(あんしん)(いた)しました。344月鉾(つきほこ)(さま)父上(ちちうへ)危難(きなん)(すく)はねばならぬ大切(たいせつ)(この)場合(ばあひ)(わたし)などが()んな(ところ)(まゐ)りまして、345ゴテゴテと()邪魔(じやま)(いた)場合(ばあひ)では御座(ござ)いませぬが、346つい(こひ)意地(いぢ)から貴女(あなた)(さま)(こと)()にかかり、347(ねた)ましくなり、348最前(さいぜん)(やう)(はづか)しい(こと)をお()にかけました。349どうぞ()(ゆる)(くだ)さいませ。350(わたし)月鉾(つきほこ)後手(うしろで)(いまし)められて()ります。351どうぞ(この)(いましめ)をお()(くだ)さいますまいか』
352マリヤス(ひめ)『あゝさうで御座(ござ)いましたか、353夜分(やぶん)(こと)とて、354……つい、355()()きませなんだ』
356()(なが)ら、357テーリン(ひめ)(いましめ)()き、358()()でさすり、359(いたは)(たす)()(おこ)し、
360マリヤス(ひめ)『サア(わたし)()れより泰嶺(たいれい)(まゐ)りませう。361泰安城(たいあんじやう)には大変(たいへん)(こと)突発(とつぱつ)(いた)し、362何時(いつ)(わたし)追手(おつて)がかかるかも(はか)られませぬ。363何事(なにごと)(うん)(かみ)(さま)(まか)せ、364泰嶺(たいれい)聖地(せいち)(おい)(かみ)(さま)奉仕(ほうし)し、365惟神(かむながら)()摂理(せつり)(まか)(かんが)へで御座(ござ)います。366(また)日楯(ひたて)(さま)夫婦(ふうふ)(づれ)にてお()(あそ)ばしたのも、367これには特別(とくべつ)事情(じじやう)御座(ござ)いますから、368聖地(せいち)(かへ)つた(うへ)()得心(とくしん)()(やう)()(はな)申上(まをしあ)げませう。369サア斯様(かやう)(ところ)にグヅグヅ(いた)して()りましては険呑(けんのん)千万(せんばん)370(はや)(かへ)りませう』
371とテーリン(ひめ)()()り、372(たがひ)打解(うちと)けて、373アーリス(ざん)(くだ)り、374日月潭(じつげつたん)湖辺(こへん)辿(たど)りて、375(つひ)玉藻山(たまもやま)聖地(せいち)参拝(さんぱい)し、376(やうや)くにして泰嶺(たいれい)聖地(せいち)(かへ)()いた。377これよりテーリン(ひめ)(うたがひ)(まつた)()れ、378姉妹(しまい)(ごと)相親(あひした)しみ、379神業(しんげふ)奉仕(ほうし)し、380月鉾(つきほこ)(かへ)(きた)るを()()たりける。
381大正一一・八・八 旧六・一六 松村真澄録)
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