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第一章 二教(にけう)対立(たいりつ)〔九八九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第36巻 海洋万里 亥の巻 篇:第1篇 天意か人意か よみ(新仮名遣い):てんいかじんいか
章:第1章 二教対立 よみ(新仮名遣い):にきょうたいりつ 通し章番号:989
口述日:1922(大正11)年09月21日(旧08月1日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
アジア大陸の西南端に突出した熱帯の月の国は、後世にはこれを天竺といい、今は印度をいっている。この国の東南端にある大孤島をシロの島といい、現代では錫蘭島と呼ばれ、仏教の始祖釈迦如来が誕生した由緒深い島である。
釈迦はこの島から仏教をインド、チベット、ベトナム、タイ、中国、朝鮮と東漸して、ついに自転倒島の日本までその勢力を及ぼしたのである。
シロとは、シは磯輪垣の約であり、四方を水に囲まれた天然の要害として垣に囲まれているという意味である。ロは国主があり人民があり、独立的な土地であり、城郭を構えて王者が治めるという意味である。
神代の昔からこの島は非常に人文が発達し、エルサレムについでの文明国であった。それゆえに、これをシロの島というのである。シロの別の意味としては、「知る」の転訛であり、天かをしろしめす王者の居る島ということである。
シロの島は後世、釈迦が現れて仏教を興すまではバラモン教の勢力の中心となっていた。後世のバラモン教は、生まれながらに階級を決めてしまい、大自在天の頭から生まれたという貴族はいたずらに徒食し、これを神の真理と誤信するに至ってしまった。
釈迦はこの国のある一孤島の浄飯王という王者の子として生まれ、悉達太子といった。バラモン教の不公平・不道理を打破して万民を平等に天の恵みに浴せしめんと仏教を創立したのであった。
この釈迦は、神素盞嗚大神の和魂である大八洲彦命、後にいう月照彦神が再生した者であることは、霊界物語の第六巻に示したとおりである。
地球が大傾斜する以前は、この島は今のような熱帯ではなかった。気候は中和を得てきわめて暮らし良い温帯の位置を占めていた。しかし釈迦が生まれた時代にはすでに赤道直下に間近くなっていた。
神素盞嗚大神の八女の第七の娘・君子姫は、侍女の清子姫と共に顕恩郷を出た後バラモン教の釘彦一派に捕えられ、半ば破れた舟に乗せられて大海に放逐された。
君子姫は侍女と共に激浪怒涛を渡り、ようやくにしてシロの島のドンドラ岬に漂着した。そしてかつて友彦が小糸姫とともに隠れた神館を尋ねて進んで行くことになった。
友彦の神館から数里隔てたところに神地の都があった。ここはサガレン王とケールス姫が館を構えて島国のほとんど七分を統括していた。サガレン王はバラモン教を奉じ、妃のケールス姫はウラル教を奉じていた。
都の南方に風景よき小高い丘陵があった。サガレン王に仕えている役人の男たちが休暇でここに蓮の花見に来ていた。男たちの噂話によれば、館の中はバラモン教派とウラル教派に分かれて殺伐としているということである。
またケールス姫はウラル教の神司・竜雲を寵愛し、王よりも尊崇しているという。竜雲は神変不可思議の術を使うと恐れられており、館の中に一大勢力を張って重臣の奥方もたぶらかしているという噂であった。
バラモン教でサガレン王派のユーズとシルレングは竜雲の所業に憤慨し、なんとか排除しようと画策するが、ベールは竜雲のスパイとして二人の魂胆を暴こうとしていた。
ユーズとシルレングは、ベールの言動から彼が竜雲の配下であることを悟り、自分たちのたくらみが露見してはたいへんと組みついた。三人は格闘するうちに蓮池の中に落ち込んでしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-03 11:54:33 OBC :rm3601
愛善世界社版:7頁 八幡書店版:第6輯 585頁 修補版: 校定版:7頁 普及版:2頁 初版: ページ備考:
001 亜細亜(アジア)大陸(たいりく)西南端(せいなんたん)突出(とつしゆつ)したる熱帯(ねつたい)(つき)(くに)は、002後世(こうせい)これを天竺(てんぢく)(とな)へ、003(いま)印度(いんど)()ふ。004(この)(くに)東南端(とうなんたん)海中(かいちう)(うか)()でたる大孤島(だいこたう)はシロの(しま)といふ。005現代(げんだい)にては錫蘭島(セイロンたう)(とな)へられて、006仏教(ぶつけう)始祖(しそ)釈迦(しやか)如来(によらい)誕生(たんじやう)したる由緒(ゆいしよ)(ふか)(しま)である。
007 釈迦(しやか)(この)(しま)より仏教(ぶつけう)008初版・三版・愛世版では「仏教を西蔵」だが、校定版・八幡版では「印度」を付け加え「仏教を、印度、西蔵」に直している。009西蔵(チベツト)010安南(あんなん)011シヤム、012支那(しな)013朝鮮(てうせん)と、014(その)教勢(けうせい)東漸(とうぜん)して、015(つひ)自転倒(おのころ)(じま)(わが)日本国(にほんこく)にまで、016(その)勢力(せいりよく)(およ)ぼしたのである。017仏教(ぶつけう)(がい)して、018有色(いうしよく)人種(じんしゆ)宗教(しうけう)となつてゐる。019(これ)(はん)してキリスト(けう)は、020大部分(だいぶぶん)白色(はくしよく)人種(じんしゆ)宗教(しうけう)となつてゐる。021土耳古(トルコ)022希臘(ギリシヤ)(ごと)きコーカス人種(じんしゆ)(また)023仏教(ぶつけう)感化(かんくわ)()けたこと(もつと)(だい)なるものがあつた。
024 シロの(しま)といふ意義(いぎ)磯輪垣(しわがき)(つづま)りである。025シワ(がき)とは四方(しはう)(みづ)(もつ)天然(てんねん)要害(えうがい)となし、026(かき)(つく)られてゐるといふ意味(いみ)である。027といふ言霊(ことたま)意義(いぎ)は、028国主(こくしゆ)あり人民(じんみん)あり、029そして独立(どくりつ)(てき)土地(とち)(いう)し、030城廓(じやうくわく)(かま)へて王者(わうじや)(をさ)むるといふ(こと)である。031神代(じんだい)(むかし)より(この)(しま)非常(ひじやう)人文(じんぶん)発達(はつたつ)してゐた。032エルサレムに()いでの神代(じんだい)()ける文明国(ぶんめいこく)であつた。033(ゆゑ)(これ)をシロの(しま)といふ。034(また)シロといふ(べつ)意味(いみ)はシロは()るの転訛(てんくわ)にて、035天下(てんか)をしろしめす王者(わうじや)()ます(しま)といふことである。
036 (ついで)(しま)といふのはシは(みづ)であり、037マは(めぐ)言霊(げんれい)である。038(ゆゑ)(いにしへ)(しま)には(ひと)(いへ)もなく、039(また)人類(じんるゐ)棲息(せいそく)せざりしものの(とな)へであつた。040然乍(しかしながら)(この)物語(ものがたり)にも高砂島(たかさごじま)041筑紫島(つくしじま)042自転倒(おのころ)(じま)などと(しま)名義(めいぎ)(もつ)()んでゐるのは、043(この)言霊(ことたま)意義(いぎ)より()へば(じつ)矛盾(むじゆん)せし(ごと)(きこ)ゆるであらう。044さり(なが)ら、045今日(こんにち)称呼(しようこ)(じやう)(わか)(やす)きを(たつと)んで、046現代(げんだい)(てき)(しま)(とな)へた(まで)である。047(その)(じつ)はシロといつた(はう)適当(てきたう)なのである。
048 (わが)(くに)武家(ぶけ)(あたま)()げてから、049各地(かくち)群雄(ぐんゆう)割拠(かつきよ)し、050各自(かくじ)居城(きよじやう)(つく)り、051(その)武威(ぶゐ)(ほこ)つた(その)城廓(じやうくわく)(およ)境域(きやうゐき)総称(そうしよう)して(しろ)といつたのも、052(やかた)周囲(しうゐ)(ほり)穿(うが)ち、053(みづ)をめぐらしたから(しろ)というたのである。054(たま)には(やま)(うへ)(やかた)()てて(しろ)()んでゐる変則(へんそく)(てき)のものもあつた。055(ゆゑ)(これ)(とく)山城(やましろ)といつて、056(やま)()(くわん)してゐたのである。057(また)(しま)といふ()漢字(かんじ)山扁(やまへん)(とり)()き、058(また)山冠(やまかんむり)(とり)()いてシマと()ましてあるのは、059海島(うみじま)数多(あまた)鳥族(てうぞく)棲息(せいそく)してゐたからである。060筑紫(つくし)(しま)とか、061オーストラリア(たう)とかいふのは、062三水扁(さんずゐへん)(しう)()いて、063現代(げんだい)(もち)ゐて()る。064(これ)字義(じぎ)(うへ)からは(もつと)適当(てきたう)称呼(しようこ)である。065(この)シロの(しま)後世(こうせい)066釈迦(しやか)(あら)はれて、067仏教(ぶつけう)(おこ)(まで)は、068(ほとん)どバラモン(けう)勢力(せいりよく)中心(ちうしん)となつて()たのである。069後世(こうせい)のバラモン(けう)は、070すべての人間(にんげん)大自在天(だいじざいてん)(あたま)より(うま)れた種族(しゆぞく)と、071(どう)から(うま)れた種族(しゆぞく)と、072(あし)から(うま)れた種族(しゆぞく)三種(さんしゆ)あるといふ教理(けうり)が、073(ふか)国人(くにびと)脳髄(なうずゐ)()()み、074(あたま)より(うま)れたりと(しよう)する種族(しゆぞく)所謂(いはゆる)(この)(くに)貴族(きぞく)にして、075人民(じんみん)(かしら)()ち、076遊逸(いういつ)徒食(としよく)にのみ(ふけ)(なが)ら、077(これ)惟神(かむながら)真理(しんり)誤信(ごしん)してゐたのである。078(また)大自在天(だいじざいてん)(どう)から(うま)れた階級人(かいきふじん)は、079すべて人民(じんみん)(うへ)()ち、080政治(せいぢ)(おこな)治者(ちしや)地位(ちゐ)にあつた。081(また)(あし)から(うま)れたと(しよう)せらるる階級(かいきふ)(ぞく)する民族(みんぞく)は、082営々(えいえい)兀々(こつこつ)として朝暮(てうぼ)勤労(きんらう)(ふく)し、083上級(じやうきふ)民族(みんぞく)(ほとん)衣食住(いしよくぢゆう)生産(せいさん)機関(きくわん)たるの(くわん)をなして()た。
084 釈迦(しやか)(この)(くに)(ある)一孤島(いちこたう)浄飯王(じやうぼんわう)といふ王者(わうじや)()(うま)れ、085悉達(しつた)太子(たいし)といつた。086(かれ)(この)バラモン(けう)不公平(ふこうへい)087不道理(ふだうり)なる習慣(しふくわん)打破(だは)して、088万民(ばんみん)平等(べうどう)に、089(てん)(めぐみ)(よく)せしめむと(おも)()ち、090自他(じた)平等(べうどう)教理(けうり)樹立(じゆりつ)し、091生老(しやうらう)病死(びやうし)四苦(しく)(すく)はむとして、092()仏教(ぶつけう)なるものを創立(さうりつ)したのであつた。093そして(この)釈迦(しやか)は、094(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)和魂(にぎみたま)095大八洲彦(おほやしまひこの)(みこと)096(のち)には月照彦(つきてるひこの)(かみ)再生(さいせい)せし(もの)たることは、097霊界(れいかい)物語(ものがたり)第六(だいろく)(くわん)(しめ)したる(とほ)りである。
098 地球(ちきう)大傾斜(だいけいしや)せしより以前(いぜん)は、099(いま)(ごと)(あま)りの熱帯(ねつたい)ではなかつた。100気候(きこう)中和(ちうわ)()101(きは)めて(くら)しよき温帯(おんたい)位置(ゐち)()めて()たのである。102(しか)釈迦(しやか)(うま)れたる時代(じだい)は、103すでに赤道(せきだう)直下(ちよくか)間近(まぢか)島国(しまぐに)となつて()たのである。104印度(いんど)()ふに(およ)ばず、105(この)錫蘭島(セイロンたう)住民(ぢゆうみん)(いづ)れも(いろ)(くろ)く、106(すこ)しく黄味(きみ)()びたやうな(はだ)をして()た。
107 (かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)八人(やたり)乙女(おとめ)第七(だいしち)(むすめ)108君子姫(きみこひめ)侍女(じぢよ)清子姫(きよこひめ)(とも)にバラモン(けう)本山(ほんざん)メソポタミヤの顕恩城(けんおんじやう)(あと)にして、109フサの(くに)にて三五教(あななひけう)宣伝(せんでん)従事(じうじ)せむとする(をり)しも、110バラモン(けう)釘彦(くぎひこ)一派(いつぱ)(とら)へられ、111姉妹(しまい)()(にん)(いづ)れも(なかば)(やぶ)れし(ふね)()せられて(なみ)のまにまに放逐(はうちく)されたのである。112君子姫(きみこひめ)侍女(じぢよ)(とも)激浪(げきらう)怒濤(どたう)(わた)り、113(やうや)くにしてシロの(しま)のドンドラ(みさき)漂着(へうちやく)し、114それより()()についで、115先年(せんねん)友彦(ともひこ)小糸姫(こいとひめ)(とも)(かく)れゐたる、116神館(かむやかた)(たづ)ねて(すす)()くこととなつた。
117 (この)神館(かむやかた)より(すう)()(へだ)てて神地(かうぢ)(みやこ)といふがあつた。118此処(ここ)にはサガレン(わう)119ケールス(ひめ)二人(ふたり)(やかた)(かま)へ、120(この)島国(しまぐに)(ほとん)七分(しちぶ)(ばか)りを統轄(とうかつ)して()た。121そしてサガレン(わう)はバラモン(けう)(ほう)じ、122(その)()のケールス(ひめ)はウラル(けう)(ほう)じて()た。
123 (この)(くに)人々(ひとびと)言葉(ことば)(のこ)らずサンスクリツトを(もち)ふるは()ふまでもない。124されど口述者(こうじゆつしや)一般(いつぱん)読者(どくしや)諒解(りやうかい)(やす)からしむる(ため)125()()日本語(にほんご)(もつ)て、126()べることとしておく。
127 神地(かうぢ)(みやこ)(すこ)しく南方(なんぱう)に、128娑羅(さら)双樹(さうじゆ)密生(みつせい)したる小高(こだか)風景(ふうけい)よき丘陵(きうりよう)がある。129そこに二三(にさん)中流(ちうりう)階級(かいきふ)(おぼ)しき(くろ)(かほ)(をとこ)が、130展開(てんかい)したる原野(げんや)(なか)点々(てんてん)として()(みだ)れて()白蓮華(びやくれんげ)(なが)めて、131(さけ)()みかはし、132雑談(ざつだん)(ふけ)つて()る。133一人(ひとり)はシルレングといひ、134一人(ひとり)はユーズと()ひ、135一人(ひとり)(をとこ)はベールといふ。136(いづ)れもサガレン(わう)(つか)へて()一部(いちぶ)役人(やくにん)であつた。137今日(けふ)休暇(きうか)(たま)はつて、138ここに(はす)花見(はなみ)をすべく、139(いち)(にち)清遊(せいいう)(こころ)みて()たのである。
140シルレング『オイ、141サガレン(わう)(さま)本当(ほんたう)にお()(どく)ではないか。142あれ(だけ)()きなバラモン(けう)公然(こうぜん)(まつ)ることも出来(でき)ず、143ケールス(ひめ)(さま)がウラル(けう)だから、144(ひめ)(はう)勢力(せいりよく)旺盛(わうせい)になり、145(やかた)(うち)何時(いつ)とはなしに、146信仰(しんかう)(あらそ)ひで、147(なん)ともいへぬ殺伐(さつばつ)(つめ)たい空気(くうき)(ただよ)うて()るやうだ。148(わう)(さま)もさぞ不愉快(ふゆくわい)(こと)であらう。149(なん)とかして吾々(われわれ)(ほう)ずるバラモン(けう)立替(たてか)へたいものだなア。150(わう)(さま)(ばか)りか、151吾々(われわれ)(ども)本当(ほんたう)不愉快(ふゆくわい)で、152政務(せいむ)(ろく)()()にならないぢやないか』
153ユーズ『(なに)()つても、154ケールス(ひめ)(さま)がウラル(けう)神司(かむつかさ)竜雲(りううん)(こと)(ほか)寵愛(ちようあい)し、155(いま)ではサガレン(わう)(さま)よりも尊敬(そんけい)して()られるといふ体裁(ていさい)だから、156()うにも()うにも仕方(しかた)がないぢやないか、157(また)あの竜雲(りううん)といふ怪物(くわいぶつ)は、158いろいろと神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)妖術(えうじゆつ)使(つか)ひ、159ケールス(ひめ)(うま)籠絡(ろうらく)し、160権勢(けんせい)(なら)ぶものなき今日(こんにち)有様(ありさま)だから、161ウツカリ()んな(はな)しでも竜雲(りううん)(みみ)這入(はい)らうものなら、162それこそ大変(たいへん)だ。163モウ(この)(はな)しは打切(うちき)りにしたら如何(どう)だ』
164ベール『ナニ、165どこの牛骨(ぎうこつ)馬骨(ばこつ)()れもせぬ風来者(ふうらいもの)竜雲(りううん)(ごと)きに、166尻尾(しつぽ)()いてたまるものかい。167おれは(なん)とかして、168あの怪物(くわいぶつ)征伐(せいばつ)し、169ケールス(ひめ)(さま)()()をさましサガレン(わう)さまの()安心(あんしん)()たいと(おも)うて()る。170これが吾々(われわれ)臣下(しんか)たる(もの)の、171(きみ)(つく)すべき最善(さいぜん)(みち)だからなア』
172シルレング『(とき)にあの竜雲(りううん)(やつ)173左守(さもり)(かみ)のタールチン殿(どの)奥様(おくさま)174キングス(ひめ)と○○関係(くわんけい)があるといふことだが、175(まへ)()いて()るか』
176ベール『()いて()るとも、177第一(だいいち)()れが(しやく)(さは)るのだ。178それだから、179タールチンさまに、180(この)(あひだ)面会(めんくわい)し、181いろいろと忠告(ちうこく)をしたのだが、182(なん)といつても、183嬶天下(かかてんか)だから、184タールチンさまの()はれるには……今日(こんにち)()(とり)(おと)(やう)竜雲(りううん)さまのなさる(こと)に、185吾々(われわれ)(くちばし)()れる場合(ばあひ)でない、186モウそんな(こと)今後(こんご)()つてくれな……と箝口令(かんこうれい)()きよるのだ。187本当(ほんたう)()腰抜(こしぬけ)だなア。188閨閥(けいばつ)関係(くわんけい)(もつ)自分(じぶん)地位(ちゐ)(たも)たうとする、189(その)卑怯(ひけふ)さ、190(じつ)吾々(われわれ)風上(かざかみ)におくべき代物(しろもの)でないのだ。191(なん)とかして竜雲(りううん)(つら)(かは)()いてやる妙案(めうあん)はあろまいかな』
192ユーズ『そりや方法(はうはふ)(いく)らでもある。193(しか)しながら大事(だいじ)遂行(すゐかう)せむとする(もの)は、194軽々(けいけい)(こと)()つてはならない。195()沈思(ちんし)黙考(もくかう)して(てき)(きよ)(うかが)ひ、196時節(じせつ)()つて決行(けつかう)するのだナア』
197ベール『(その)決行(けつかう)如何(どう)するといふのだ』
198ユーズ『オイ、199ベール、200(まへ)はそんなこと()つて、201竜雲(りううん)間者(まはしもの)になつて()()るのではないか。202どうも目付(めつき)(あや)しいぞ。203自分(じぶん)(はう)から竜雲(りううん)悪口(あくこう)()つて、204(おれ)(たち)(はら)(さぐ)つて()るのだらう。205そんなことの(わか)らぬユーズさまぢやないぞ』
206ベール『コレは()しからぬ。207(たれ)があんな怪物(くわいぶつ)のお(さき)使(つか)はれてなるものかい。208何程(なにほど)ベールの(やう)()(をとこ)でも、209そんな秘密(ひみつ)()ふことは出来(でき)ないからなア』
210ユーズ『ヤツパリ貴様(きさま)自白(じはく)しよつたなア。211秘密(ひみつ)をいふ(こと)出来(でき)ないとは(なん)だ。212竜雲(りううん)(たの)まれて(おれ)(たち)(はら)(さぐ)らうと、213蓮見物(はすけんぶつ)(こと)よせ、214ここまでつれ()して()よつたに(ちがひ)あるまい。215サア()うなる(うへ)は、216モウ()のがすことは出来(でき)ぬ……オイ、217シルレング、218(いま)(うち)にベール()片付(かたづ)けて(しま)はうぢやないか』
219シルレング『ヨシ、220合点(がつてん)だ』
221といひ(なが)ら、222ベールに(むか)つて武者振(むしやぶり)ついた。223ユーズは(うしろ)からベールに(なは)をかけむと組付(くみつ)く。224さすがのベールも一生(いつしよ)懸命(けんめい)になつて、225二人(ふたり)相手(あひて)格闘(かくとう)(はじ)め、226(さん)(にん)()んづ()まれつ、227小丘(せうきう)(うへ)から(ふもと)蓮池(はすいけ)(なか)一塊(ひとかたまり)になつて、228ゴロゴロゴロと()()んで(しま)つた。
229 (この)(とき)すでに(つき)(はん)(ゑん)姿(すがた)(あら)はして頭上(づじやう)(かがや)(はじ)めた。230銀河(ぎんが)はエルサレムの方面(はうめん)から印度洋(いんどやう)彼方(あなた)(きよ)(なが)れて()る。231颯々(さつさつ)たる(かぜ)(はす)(いけ)(おも)()で、232()のふれて()(おと)パタパタと(きこ)えて()る。233(さん)(にん)泥池(どろいけ)(なか)で、234バサリ、235ドブンと(おと)()てて泥水(どろみづ)まぶれになつて、236(ちから)(かぎ)りに互角(ごかく)(いきほひ)(つか)()うて()る。
237 娑羅(さら)双樹(さうじゆ)のこもつた(えだ)から、238(ふくろ)が『ホウスケホウホウ、239ドロツクドロンボ、240ゴロツトカヤセ、241ボーボー』と()()てて()る。
242大正一一・九・二一 旧八・一 松村真澄録)
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