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第一〇章 岩隠(いはがく)れ〔九九八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第36巻 海洋万里 亥の巻 篇:第2篇 松浦の岩窟 よみ(新仮名遣い):まつうらのがんくつ
章:第10章 岩隠れ よみ(新仮名遣い):いわがくれ 通し章番号:998
口述日:1922(大正11)年09月22日(旧08月2日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
サガレン王は述懐の歌を歌いながら険阻な谷道を落ち延びてきた。三人は巨大な岩の陰に休息を取り、昨夜からの出来事をひそひそと語り合っていた。
三人は休息を終わって先に進もうとしたところ、行く手から人声が聞こえてきた。一行は竜雲の手下のヨールの一隊であることを悟り、再び大岩石の後ろに身を隠した。
ヨールたちは、岩の後ろに王たちが潜んでいるとも知らずに、王たちを捕える算段を相談し始めた。そのうちにヨールの一隊の五人は酒を飲んで酔いつぶれてしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-08 13:11:08 OBC :rm3610
愛善世界社版:93頁 八幡書店版:第6輯 615頁 修補版: 校定版:96頁 普及版:39頁 初版: ページ備考:
001 サガレン(わう)路々(みちみち)(うた)ふ。
002サガレン王常世(とこよ)(くに)自在天(じざいてん)
003大国彦(おほくにひこ)(すゑ)()
004(うま)()でたる(われ)こそは
005国別彦(くにわけひこ)神司(かむつかさ)
006イホの(みやこ)をやらはれて
007メソポタミヤの顕恩郷(けんおんきやう)
008鬼雲彦(おにくもひこ)諸共(もろとも)
009(をしへ)(つた)ふる折柄(をりから)
010三五教(あななひけう)神司(かむつかさ)
011太玉(ふとだま)(かみ)(あら)はれて
012善言(ぜんげん)美辞(びじ)言霊(ことたま)
013(はな)ちたまへばバラモンの
014大棟梁(だいとうりやう)僣称(せんしよう)する
015鬼雲彦(おにくもひこ)はおぢ(おそ)
016(その)醜体(しうたい)暴露(ばくろ)して
017いづくともなく()()せぬ
018大国別(おほくにわけ)()()れし
019(をさな)(われ)奇貨(きくわ)となし
020(あさ)(ゆふ)なに(しひた)げて
021暴威(ばうゐ)(ふる)ひし天罰(てんばつ)
022(いまし)めこそは(おそ)ろしき
023(われ)(それ)より顕恩(けんおん)
024(さと)(のが)れてフサの(くに)
025(つき)(くに)をば逍遥(せうえう)
026あらゆる山河(さんが)跋渉(ばつせふ)
027千辛(せんしん)万苦(ばんく)(しの)びつつ
028ボーナの海峡(かいけふ)()(わた)
029錫蘭(シロ)島根(しまね)安着(あんちやく)
030沐雨(もくう)櫛風(しつぷう)(なん)をへて
031(やうや)くここにバンガロー
032神地(かうぢ)(みやこ)(すす)()
033御祖(みおや)(かみ)(ひら)きてし
034バラモン(けう)遠近(をちこち)
035()(ひろ)めたる甲斐(かひ)ありて
036万民(ばんみん)(ことごと)悦服(えつぷく)
037(つひ)()されて(わう)となり
038サガレン(わう)()ばれつつ
039ケールス(ひめ)諸共(もろとも)
040(かみ)(をしへ)(まつ)(ごと)
041(あさ)(ゆふ)なに大神(おほかみ)
042(ちか)ひて(つか)ふる(をり)もあれ
043(くも)(おこ)して(くだ)()
044(しこ)曲津(まがつ)竜雲(りううん)
045(つるぎ)(した)(ほふ)られて
046(ひめ)(まつた)捕虜(ほりよ)となり
047(われ)(むか)つてウラル(けう)
048信仰(しんかう)せよと()(きた)
049あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
050大国彦(おほくにひこの)大神(おほかみ)
051御裔(みすゑ)とあれし(わが)身魂(みたま)
052如何(いか)でかウラルの御教(みをしへ)
053(つか)へまつらむ(こと)()
054(かみ)(いか)りもおそろしと
055(こころ)(きは)めて(ただ)一人(ひとり)
056(をしへ)(まも)()たりしが
057魔神(まがみ)(いきほ)()(つき)
058(さか)(きた)りて(いま)此処(ここ)
059(われ)はつれなき草枕(くさまくら)
060()()(なぎさ)捨小舟(すてをぶね)
061(たの)(かげ)とて()ちよれば
062(なほ)(そで)ぬらす常磐木(ときはぎ)
063(まつ)下露(したつゆ)(つめ)たけれ
064さはさりながら皇神(すめかみ)
065(めぐみ)(つゆ)(かわ)かずに
066(わが)()(うるほ)したまひつつ
067テーリス初版では「テーリス」、三版(御校正本)・校定版・愛世版では「テームス」。テームスという人物は第36巻には登場しないのでテーリスが正しいはず。、エームス両人(りやうにん)
068誠忠(せいちう)無比(むひ)真心(まごころ)
069(やうや)危難(きなん)(たす)けられ
070(この)()(ひと)つはやすらかに
071此処迄(ここまで)(おち)のび(きた)りけり
072(おも)へば(おも)へば有難(ありがた)
073三五教(あななひけう)(ほう)じたる
074テーリス、エームス両人(りやうにん)
075われに(つか)へし(とき)よりも
076バラモン(けう)(ほう)じつつ
077(こころ)(なか)麻柱(あななひ)
078(まこと)(ひと)つを()(とほ)
079(われ)(たす)けて(いま)此処(ここ)
080(いざな)(きた)りし真心(まごころ)
081天地(てんち)(かみ)(あきら)かに
082()ろしめすらむ惟神(かむながら)
083(かみ)御前(みまへ)真心(まごころ)
084(ささ)げて感謝(かんしや)(たてまつ)
085朝日(あさひ)()るとも(くも)るとも
086(つき)()つとも()くるとも
087魔神(まがみ)如何(いか)(たけ)るとも
088(まこと)(ちから)()(すく)
089(まこと)(ひと)つを()(とほ)
090(ただ)()(かみ)打任(うちまか)
091過去(くわこ)(うれ)へず将来(しやうらい)
092(あん)(すご)さず(いま)のみを
093やすく(まも)りて(かみ)(みち)
094この瞬間(しゆんかん)(ぜん)()
095(ぜん)(おこな)(ぜん)(おも)
096これぞ天地(てんち)(かみ)()
097(うま)()でたる(ひと)()
098(あさ)(ゆふ)なに(つつし)みて
099(つく)しまつらむ(みち)ならめ
100あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
101(かみ)御霊(みたま)(さち)はひて
102松浦(まつら)(さと)(いた)るまで
103如何(いか)なる(まが)もさはりなく
104(こころ)(たひら)にやすらかに
105(すす)ませたまへ惟神(かむながら)
106国治立(くにはるたちの)大御神(おほみかみ)
107大国彦(おほくにひこの)大神(おほかみ)
108御前(みまへ)にかしこみねぎまつる
109あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
110御霊(みたま)(さち)はひましませよ』
111 一行(いつかう)嶮岨(けんそ)谷道(たにみち)を、112()()についで(のが)(きた)りしこととて、113(あし)(つか)(からだ)(なん)となく倦怠(けんたい)気分(きぶん)になつて()た。114もはや此処迄(ここまで)()()ぶれば一安心(ひとあんしん)と、115谷道(たにみち)(かたへ)(つち)から()えたるが(ごと)(あらは)れたる大巨岩(だいきよがん)(かたはら)休息(きうそく)して、116一昨夜(いつさくや)騒動(さうだう)追懐(つゐくわい)しながら、117窈々(ひそひそ)(はなし)(ふけ)りつつあつた。
118 (はや)くも竜雲(りううん)部下(ぶか)捕吏(ほり)は、119ヨールに引率(いんそつ)され、120名自(めいめい)鋭利(えいり)なる手槍(てやり)(ひつさ)げ、121装束(しやうぞく)もいと軽々(かるがる)しく、122草鞋(わらぢ)123脚絆(きやはん)扮装(いでたち)にて、124黒頭巾(くろづきん)(かぶ)(くろ)(ころも)甲斐(かひ)々々(がひ)しく(まと)ひながら、125サガレン(わう)一行(いつかう)()()(きた)るを(いま)(おそ)しと()つて()た。126(この)谷道(たにみち)東西(とうざい)(けは)しき(やま)127(かべ)(ごと)くに屹立(きつりつ)し、128(その)谷間(たにま)(なが)るる河森川(かうもりがは)細道伝(ほそみちづた)ひに(きり)()(なか)(くだ)()たのである。129濃霧(のうむ)のため、130二三間(にさんげん)(さき)人影(ひとかげ)はどうしても()(こと)出来(でき)なかつた。
131 (さん)(にん)(やうや)くにして身体(しんたい)(つか)れも回復(くわいふく)し、132(また)もや()つて谷道(たにみち)(くだ)らうとする(とき)133(すこ)しく下手(しもて)(あた)つて(あや)しき人声(ひとごゑ)(きこ)えて()た。134テーリスは(その)(こゑ)にどこともなく()(おぼ)えがあつた。135テーリスは小声(こごゑ)になり、
136テーリス『もし(わう)(さま)137あの(こゑ)(たしか)竜雲(りううん)部下(ぶか)ヨールの(こゑ)御座(ござ)います。138(あく)抜目(ぬけめ)のなき竜雲(りううん)()139(わう)(さま)(みち)にて(とら)へむと、140すばしこくも此処(ここ)先廻(さきまは)りをして()たせて()ると()えまする。141コリヤうつかりしては()られますまい。142()(しば)(こゑ)(ひそ)めて……(さいは)(きり)(なか)143(かれ)()通過(つうくわ)するのを()(こと)(いた)しませうか?』
144(わう)『どこ(まで)(みづ)()らさぬ(かれ)()計略(けいりやく)145(じつ)(あき)れたものだ。146(なんぢ)()(ごと)く、147(しばら)此処(ここ)(ひそ)むで(かれ)()動静(どうせい)(うかが)(こと)(いた)さう』
148エームス『もし(わう)(さま)149アレあの(とほ)四五(しご)(にん)(こゑ)がザワザワと(ちか)よつて(まゐ)りました。150(はや)()(いは)(うしろ)(かく)れませう』
151 (わう)はうなづきながら、152大岩石(だいがんせき)(うしろ)二人(ふたり)(とも)()(かく)した。153直径(ちよくけい)四丈(しぢやう)(ばか)りもあらうと(おも)大岩石(だいがんせき)である。154(さん)(にん)濃霧(のうむ)(つつ)まれ、155(その)(いは)(うしろ)(しの)んで、156ヨールの部下(ぶか)通過(つうくわ)するのを()(こと)とした。
157 ヨールはサガレン(わう)一行(いつかう)(この)(いは)(うしろ)(かく)()るとは(ゆめ)にも()らず、158何事(なにごと)小声(こごゑ)(ささや)きながら大岩(おほいは)(まへ)(きた)り、
159ヨール『サア(みな)(もの)160此処(ここ)(しばら)(いき)をやすめ鋭気(えいき)(やしな)ひ、161サガレン(わう)162テーリス、163エームスの悪人(あくにん)(ども)()ちのびて()るのを()(こと)にしよう。164(この)地点(ちてん)(じつ)絶好(ぜつかう)場所(ばしよ)だ。165東西(とうざい)岩山(いはやま)屹立(きつりつ)し、166一方(いつぱう)(ほそ)喉首(のどくび)のやうな谷道(たにみち)167(きた)(むね)()(ばか)りの急坂(きふはん)168此処(ここ)へやつて()るに相違(さうゐ)ない。169さうすれば(ふくろ)(ねずみ)同様(どうやう)だ。170マア(ゆつく)りと(みづ)でも()んで鋭気(えいき)(やしな)ひ、171首尾(しゆび)()(さん)(にん)生擒(いけど)り、172竜雲(りううん)(さま)にお()めの言葉(ことば)(いただ)かうぢやないか。173(いま)出世(しゆつせ)のしどきだ。174この()(しつ)しては、175いつの()抜群(ばつぐん)巧妙(かうめう)(あら)はす(こと)出来(でき)よう。176(おも)へば(おも)へば(じつ)幸運(かううん)()いて()たものだワイ』
177レツト『ヨールさま、178万々一(まんまんいち)サガレン(わう)(この)(みち)()なかつたらどうしませう。179それこそ薩張(さつぱり)駄目(だめ)ですなア。180屹度(きつと)南下(なんか)して()るには(かぎ)つて()りますまい。181もしも(わう)(みち)(きた)()り、182(とほ)くボーカ(わん)()えて、183印度(いんど)のデカタン高原(かうげん)(はう)へでも()げて()たら、184それこそ骨折損(ほねをりぞん)疲労(くたびれ)まうけ、185どうする(こと)出来(でき)ないぢやありませぬか』
186ヨール『そこが運否(うんぷ)天賦(てんぷ)だ。187吾々(われわれ)幸福(かうふく)(かみ)(まも)つて()れば、188キツと(わう)一行(いつかう)(この)(みち)()るに(ちが)ひない。189もしも(また)カールの一行(いつかう)幸福(かうふく)(かみ)宿(やど)つて()るならば、190キツと(わう)一行(いつかう)は、191ボーカ海峡(かいけふ)(わた)つて印度(いんど)(はし)(みち)()るに(ちが)ひない。192それだと()つて、193(ひと)つの(からだ)両方(りやうはう)()(わけ)にも()かず、194(ことわざ)に……二兎(にと)()ふものは一兎(いつと)をも()ず……と()(こと)がある。195吾々(われわれ)(かみ)思召(おぼしめ)しのまにまに遵奉(じゆんぽう)するに()くはない。196さすれば(かみ)(さま)吾々(われわれ)至誠(しせい)()照覧(せうらん)(あそ)ばして、197キツと手柄(てがら)をさして(くだ)さるに(ちが)ひないわ。198それよりも計略(はかりごと)()れては一大事(いちだいじ)だ。199ここ(しばら)沈黙(ちんもく)(まも)つて、200(わう)一隊(いつたい)(ちか)づくのを()()ける(こと)にしよう。201(いま)(まで)随分(ずゐぶん)各自(めいめい)発言(はつげん)機関(きくわん)虐待(ぎやくたい)して()たが、202もはや戦場(せんぢやう)(むか)つたも同様(どうやう)だから、203言霊(ことたま)停電(ていでん)厳命(げんめい)する。204(みな)(やつ)205(しづか)にものを()へ。206イヤ、207だまつてものを()ひたければ()つたがよい』
208ビツト『もはや膝栗毛(ひざくりげ)(つか)()て、209言霊(ことたま)(また)原料(げんれう)欠乏(けつぼう)し、210()むを()口脚(こうきやく)(とも)停電(ていでん)余儀(よぎ)なき羽目(はめ)(おちい)つて(しま)つた。211どうでせう(みな)さま、212()()倉庫(さうこ)が、213余程(よほど)空虚(くうきよ)になつたと()え、214(のど)汽笛(きてき)()()しました。215(ひと)此処(ここ)弁当(べんたう)()()格納(かくなふ)して鋭気(えいき)(やしな)ひ、216時期(じき)()(こと)にしませうか』
217ヨール『それもよからう。218サア(はや)()()()()め』
219各自(めいめい)に、220握飯(むすび)()して(うま)さうに頬張(ほほば)つて()る。
221 (わう)一行(いつかう)(いき)()らして、222(この)(はなし)一言(ひとこと)()らさじと()(みみ)()てて()た。
223レツト『もう()れで(はら)出来(でき)た。224(はら)(むし)()(しき)りに催促(さいそく)()放射(はうしや)()つたが格納庫(かくなふこ)所有者(しよいうしや)たる吾々(われわれ)も、225もはや(これ)責任(せきにん)(はた)せたと()ふものだ。226悠々(いういう)自適(じてき)227国家(こくか)興亡(こうばう)われ(くわん)せず(えん)()つたやうな気分(きぶん)になつて()た。228おいビツト、229(その)瓢箪(へうたん)をこちらへ()せ。230(なん)()つても神徳(しんとく)(たか)きサガレン(わう)(むか)ふのだから、231一杯(いつぱい)機嫌(きげん)でなくては到底(たうてい)刃向(はむか)(こと)出来(でき)ないからなア』
232ヨール『おいビツト、233(ひと)此処(ここ)元気(げんき)をつけて(てき)()(こと)にしよう。234(その)(さけ)をここへ()せ。235(しか)(なが)ら、236こいつは余程(よほど)酒精(アルコール)がきついから沢山(たくさん)()んではいけない。237第一(だいいち)(あし)(さき)()られるから用心(ようじん)して()め。238(けつ)して()(すご)してはいけないぞ』
239と、240()自分(じぶん)から五升(ごしよう)(ばか)(はい)(ひさご)(くち)から、241グウグウとラツパ()みを(はじ)め、242(ふくべ)をレツトに(わた)(をは)り、243両方(りやうはう)()自分(じぶん)(ひたひ)をピシヤツと(たた)き、
244ヨール『アヽ(なん)()(さけ)だ。245こんな(うま)(さけ)(うま)れてから()んだことはない。246どうしてまアこれ(ほど)(うま)くなつたのだらう』
247ビツト『そりやさうでせうとも。248瓢箪酒(へうたんざけ)()つて、249特別(とくべつ)(さけ)(あぢ)がよくなるものです。250さうして今日(けふ)三日間(みつかかん)も、251ドブドブドブと(ゆす)つて()たのだから、252本当(ほんたう)()加減(かげん)になつて()ます。253そこへ(からだ)がどことはなしにホツとして()ますから、254一入(ひとしほ)(あぢ)がよくなつたやうに()えるのですよ。255……(のど)のかわいた(とき)泥田(どろた)(みづ)も、256()めば甘露(かんろ)(あぢ)がする……と、257都々逸(どどいつ)にもあるぢやありませぬか』
258ヨール『おいレツト、259貴様(きさま)(ばか)独占(どくせん)して()らずに(はや)(おれ)(はう)へも(まは)さぬか』
260ビツト『もしもしヨールの大将(たいしやう)261そりやちつと()無理(むり)です。262あなたは(さき)一口(ひとくち)(あが)りになつたぢやありませぬか。263(いま)レツトが()んだのだから(つぎ)(わたし)(ばん)だ。264それからランチ、265ルーズの両人(りやうにん)にも分配(ぶんぱい)してやらねばなりますまい。266一順(いちじゆん)まはる(まで)まつて(くだ)さい。267最前(さいぜん)から(のど)(むし)がゴロゴロ()つて催促(さいそく)をして()ますから……』
268レツト『そんなら(はや)()め。269さうして(はや)一順(いちじゆん)すまして、270ヨールさまに(わた)すのだぞ』
271ビツト『承知(しようち)(いた)しました』
272()ふより(はや)く、273()うた(とき)(かさ)ぬげ主義(しゆぎ)で、274ガブガブと瓢箪(へうたん)(くち)から口呑(くちのみ)をはじめた。275それからクルリクルリと(まは)(のみ)にして、276いつしか自分(じぶん)使命(しめい)(わす)れてしまひ、277(ひさご)(さけ)をすつぱりと(から)にしてしまつた。278()(にん)(やうや)(さけ)(まは)(あし)()られ、279(たがひ)(おほ)きな(こゑ)(くだ)をまき(はじ)めた。
280大正一一・九・二二 旧八・二 加藤明子録)
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