霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一七章 (たうげ)(なみだ)〔一六二四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第63巻 山河草木 寅の巻 篇:第4篇 四鳥の別 よみ(新仮名遣い):しちょうのわかれ
章:第17章 峠の涙 よみ(新仮名遣い):とうげのなみだ 通し章番号:1624
口述日:1923(大正12)年05月29日(旧04月14日) 口述場所:天声社 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年2月3日
概要: 舞台:ハルセイ山 あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる] 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :rm6317
愛善世界社版:232頁 八幡書店版:第11輯 346頁 修補版: 校定版:240頁 普及版:64頁 初版: ページ備考:
001 ハルセイ(ざん)(たうげ)頂上(ちやうじやう)(ふる)木株(こかぶ)(こし)(うち)()け、002(つか)れを(やす)むる一人(ひとり)(をとこ)003()()(かた)(そら)(なが)めて独語(ひとりごと)
004(をとこ)(はる)()(なつ)()り、005(やうや)初秋(はつあき)(かぜ)()いて()た。006()()(なつ)印度(ツキ)(くに)も、007(この)高山(たかやま)(たうげ)(のぼ)つて()れば、008ヤハリ(あき)気分(きぶん)(ただよ)ふて()る。009玉国別(たまくにわけ)()(きみ)(したが)010(こがらし)(すさ)(ふゆ)(ころ)011斎苑(いそ)(やかた)(たち)()でて難行(なんぎやう)苦行(くぎやう)結果(けつくわ)012(やうや)くここ(まで)()るは()たものの、013(わが)()(つも)罪悪(ざいあく)重荷(おもに)(くる)しみ、014もはや一歩(いつぽ)(ある)けなくなつて()た。015あゝ如何(いか)にせば(わが)(つみ)(ゆる)され、016(かみ)()さしの使命(しめい)をば(はた)すことが出来(でき)ようか。017スダルマ(さん)山麓(さんろく)にて(わが)()(きみ)(わか)れ、018スーラヤ(さん)岩窟(がんくつ)にナーガラシャーの宝玉(はうぎよく)()むと勃々(ぼつぼつ)たる野心(やしん)()られ、019カークス、020ベースの両人(りやうにん)道案内(みちあんない)にして、021(やうや)くにしてスダルマの湖水(こすい)一角(いつかく)辿(たど)りつき、022ルーブヤが(いへ)一夜(いちや)雨宿(あまやど)り、023ゆくりなくもブラヷーダ(ひめ)()そめられ、024ハルナの(みやこ)(のぼ)途中(とちう)とは()(なが)らも、025同僚(どうれう)三千彦(みちひこ)(ひん)()らひ、026()(きみ)(ゆる)しをも()ずして027神勅(しんちよく)(たて)自由(じいう)結婚談(けつこんだん)(さだ)め、028それより夫婦(ふうふ)気取(きど)りになつて(あに)(おく)られ、029スーラヤ(ざん)(のぼ)030五大力(ごだいりき)とか(なん)とか(しよう)する(かみ)途中(とちう)出会(でつくは)し、031いろいろの教訓(けうくん)()(なが)ら、032妖怪(えうくわい)変化(へんげ)とのみ(おも)ひつめ、033死線(しせん)()へて、0331岩窟(がんくつ)(しの)()034霊界(あのよ)現界(このよ)(さかひ)(まで)一行(いつかう)()(にん)(すす)()り、035高姫(たかひめ)精霊(せいれい)(ため)しに()はされ、036(かみ)化身(けしん)(たす)けられ、037(やうや)蘇生(そせい)し、038(また)もや竜王(りうわう)(はづかしめ)られ、039初稚姫(はつわかひめ)(さま)のおとりなしによつて(この)(とほ)夜光(やくわう)(たま)(いただ)き、040一先(ひとま)づエルサレムを()して(のぼ)(この)伊太彦(いたひこ)(からだ)(いた)み、041死線(しせん)(どく)にあてられし(その)艱苦(なやみ)(いま)(のこ)れるか、042(かしら)(いた)(むね)(くる)しく、043(あし)はかくの(ごと)()(あが)り、044もはや一足(ひとあし)さへ(すす)まれぬ。045(われ)如何(いか)なる因果(いんぐわ)ぞや。046(ゆる)させ(たま)047天津(あまつ)(かみ)048国津(くにつ)(かみ)049玉国別(たまくにわけ)(わが)()(きみ)よ。050惟神(かむながら)(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)051それにつけてもブラヷーダ(ひめ)孱弱(かよわ)(をんな)一人旅(ひとりたび)052何処(いづく)野辺(のべ)にさまようであらうか。053山野(さんや)河海(かかい)跋渉(ばつせう)したる(この)伊太彦(いたひこ)健足(けんそく)でさへ、054(かく)(ごと)(いた)むものを、055(あゆ)みもなれぬ孱弱(かよわ)(をんな)()の、056その(くる)しみは如何(いか)(ばか)りぞや。057(おも)へば(おも)へば(はじ)めて()つた(こひ)のなやみ、058(すめ)大神(おほかみ)御言葉(みことば)()言葉(ことば)には(そむ)かれず、059さりとて(この)(まま)060(おも)()られぬ(むね)(くる)しさ、061最早(もはや)かくなる(うへ)062(われ)はハルセイ(ざん)(いただき)にて(あした)(つゆ)()ゆるのではあるまいか。063仮令(たとへ)(かり)にもせよ、064千代(ちよ)(ちぎ)つたブラヷーダ(ひめ)(ゆめ)になりとも一目(ひとめ)()ふて、065(この)()別離(わかれ)()()いものだ。066あゝ如何(いか)にせむ千秋(せんしう)(うら)み、067万斛(ばんこく)(なみだ)068(いづ)れに(むか)つて吐却(ときやく)せむや』
069と、070(むね)(をど)らせ、071(いき)もたえだえに(なみだ)(あめ)()りしきる。
072 かかる(ところ)二人(ふたり)杣人(そまびと)(かつ)がれて(いろ)(あを)ざめ半死(はんし)半生(はんしやう)(てい)にて(のぼ)つて()たのは073夢寐(むび)にも(わす)れぬ恋妻(こひづま)のブラヷーダ(ひめ)であつた。074伊太彦(いたひこ)一目(ひとめ)()るより、075(うれ)しさ、0751(かな)しさ(むね)(せま)り、076(なみだ)(こゑ)(しぼ)り、077(わづ)かに、
078『あゝ、079其女(そなた)はブラヷーダ(ひめ)であつたか。080(まへ)(その)様子(やうす)081(さぞ)(くる)しいであらう、082(この)伊太彦(いたひこ)死線(しせん)()えた(とき)のなやみが、083まだ体内(たいない)(のこ)つて()ると()え、084(いま)九死(きうし)一生(いつしやう)場合(ばあひ)085せめては一目(ひとめ)なりと、086(まへ)()うて天国(てんごく)(たび)がしたいものだと(おも)つてゐたのだ。087あゝ斯様(かやう)(ところ)()はうとは(ゆめ)にも()らなかつた。088(これ)(かみ)(さま)大慈(だいじ)大悲(だいひ)のおとりなし。089あゝ有難(ありがた)有難(ありがた)し、090惟神(かむながら)(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)
091合掌(がつしやう)する。092ブラヷーダ(ひめ)(いと)(ごと)(ほそ)(こゑ)()()げて(いき)(くる)しげに、
093『あゝ(うれ)しや、094貴方(あなた)(わが)()(きみ)伊太彦(いたひこ)(さま)(ござ)いましたか。095(わらは)はまだ年端(としは)()かぬ(をんな)()096(たび)()れない孱弱(かよわ)足許(あしもと)にて貴方(あなた)()うた(うれ)しさ。097スーラヤ(さん)(けん)()え、0971生死(せいし)(さかひ)出入(しゆつにふ)し、098(かみ)(おほせ)(かしこ)みて、099神力(しんりき)(たか)()一行(いつかう)(さま)(たち)(わか)れ、100()みも(なら)はぬ山道(やまみち)をトボトボ(きた)(をり)もあれ、101(にはか)(からだ)(つか)()て、1011(たま)(ちう)()び、102最早(もはや)臨終(りんぢう)()えし(とき)103(この)杣人(そまびと)(なさけ)によりて、104(やうや)くここに(すく)()げられ(まゐ)りました。105何卒(どうぞ)伊太彦(いたひこ)(さま)106(わらは)(いのち)最早(もはや)断末魔(だんまつま)覚悟(かくご)(いた)して()ります。107(この)()名残(なごり)今一度(いまいちど)108貴方(あなた)のお()をお()(くだ)さいませ。109さすれば仮令(たとへ)(この)(まま)()するとも(すこ)しも(この)()(のこ)りは(ござ)いませぬ。110あゝ()みの父様(ちちさま)111母様(ははさま)112兄様(あにさま)が、113(わらは)夫婦(ふうふ)(こと)をお()きなされば114如何(いか)にお(なげ)(あそ)ばす(こと)であらう。115そればつかりが黄泉路(よみぢ)(さは)り、116あゝ如何(いか)にせむか』
117伊太彦(いたひこ)(かたは)らに()()()して()(さけ)ぶ。118(その)(いた)はしさ。119流石(さすが)豪気(がうき)伊太彦(いたひこ)(をんな)(なさけ)にひかされて恩愛(おんあい)(なみだ)(そで)(しぼ)(なが)ら、
120『あゝ其方(そなた)()(こと)(もつと)もだが、121大切(たいせつ)なる(かみ)使命(しめい)()けて、122(この)夜光(やくわう)(たま)をエルサレムの(みや)(けん)じ、123ハルナの(みやこ)(すす)まねばならぬ()(うへ)124仮令(たとへ)肉体(にくたい)(ほろ)ぶとも125精霊(せいれい)となつてでも(この)使命(しめい)(はた)さねば、126どうして神界(しんかい)申訳(まをしわけ)()たう。127初稚姫(はつわかひめ)(とほ)しての大神(おほかみ)(さま)のお言葉(ことば)128(わが)()(きみ)()教訓(けうくん)129順序(じゆんじよ)(まも)らねばならぬ(かみ)使(つかひ)が、130如何(いか)(こひ)しき(つま)()なればとて、131どうして(つま)()(にぎ)(こと)出来(でき)よう。132もしも(この)(たま)神霊(しんれい)(わが)(ふところ)より()ぐる(こと)あれば、133それこそ末代(まつだい)不覚(ふかく)134ここの道理(だうり)(きき)()けて、135ブラヷーダ(ひめ)136そればつかりは(ゆる)して()れ。137仮令(たとへ)(この)()運命(うんめい)()きて霊界(れいかい)(いた)るとも、138(たがひ)相慕(あひした)愛善(あいぜん)(おも)ひは(いや)永久(とこしへ)()するものではあるまい。139仮令(たとへ)(この)()長命(ながいき)をするとも140日数(ひかず)(つも)れば二三万(にさんまん)(にち)日数(ひかず)141(この)(みじか)瞬間(しゆんかん)(こひ)()()(とら)はれて幾億万(いくおくまん)(ねん)(いのち)障害(さはり)になるやうな(こと)があつては、142(われ)(なんぢ)も、143とり(かへ)しのならぬ罪悪(ざいあく)(かさ)ねねばなるまい。144(しん)に、145其方(そなた)(あい)する伊太彦(いたひこ)は、146其女(そなた)無限(むげん)生命(せいめい)(あた)147無窮(むきう)歓楽(くわんらく)(よく)せしめ()いからだ。148(かなら)(わる)(おも)ふては()れなよ』
149(いき)もちぎれちぎれに(くる)しげに()(さと)す。150ブラヷーダ(ひめ)(かうべ)左右(さいう)()り、
151『いえいえ、152(なん)(おほ)せられましても153臨終(いまは)(きは)(ただ)一回(いつくわい)握手(あくしゆ)(くらゐ)(ゆる)されない(こと)がありませうか。154(こひ)()()(わらは)(むね)155焦熱(せうねつ)地獄(ぢごく)(くる)しみを(すく)はせ(たま)ふは(わが)()(きみ)御手(みて)にあり、156仮令(たとへ)未来(みらい)(おい)如何(いか)なる責苦(せめく)()ふとても157夫婦(ふうふ)臨終(いまは)(きは)(たがひ)介抱(かいはう)をし158相助(あひたす)相救(あひすく)(こと)出来(でき)ない道理(だうり)がありませうか。159物固(ものがた)いにも(ほど)(ござ)います。160(わらは)(こころ)(すこ)しは推量(すいりやう)して(くだ)さいませ』
161()ひつつ伊太彦(いたひこ)(すが)()かむとする。162伊太彦(いたひこ)儼然(げんぜん)として、163たかつた(はち)(はら)うやうな態度(たいど)にて金剛杖(こんがうづゑ)(さき)にてブラヷーダ(ひめ)()()け、164()()け、
165『これブラヷーダ(ひめ)166慮外(りよぐわい)(こと)をなさるな。167大神(おほかみ)(さま)のお言葉(ことば)168(わが)()(きみ)()教訓(けうくん)(なん)とする(かんが)へであるか。169(いま)(くるし)みは未来(みらい)(たのし)み、170左様(さやう)(こと)弁別(わきまへ)のない其方(そなた)とは(おも)はなかつた。171とは()ふものの、172(おな)(おも)ひの(こひ)しい夫婦(ふうふ)173あゝ如何(いか)にせば煩悶(はんもん)苦悩(くなう)()する(こと)出来(でき)ようか』
174(むね)焼鉄(やきがね)あてし心地(ここち)175(さし)俯向(うつむ)いて(なみだ)()れて()る。176二人(ふたり)杣人(そまびと)(こゑ)(たか)らかに(うち)(わら)ひ、
177杣人(そまびと)(いち)『アハヽヽヽヽ、178()ても()ても固苦(かたくる)しい旧弊(きうへい)(をとこ)だな。179最前(さいぜん)からの二人(ふたり)(はなし)()いて()れば180随分(ずいぶん)目出度(めでた)恋仲(こひなか)()えるが、181(なが)月日(つきひ)(みじか)(いのち)だ。182未来(みらい)がどうの、183こうのと()つても、184一旦(いつたん)()んだものが(また)()きる道理(だうり)もなし、185人間(にんげん)(いのち)(みづ)(あわ)()えて()くのだ。186(なが)浮世(うきよ)(みじか)(いのち)()(なが)ら、187(なに)(ひら)けぬ(こと)()ふのだ。188これこれ夫婦(ふうふ)(かた)189未来(みらい)があるの、190(かみ)(さま)(おそ)ろしいのと、191そんな馬鹿(ばか)(こと)()ふものではない。192()して、193二人(ふたり)(この)断末魔(だんまつま)様子(やうす)194死際(しにぎは)になつて(おも)()つた夫婦(ふうふ)()(にぎ)つてはならぬ(こと)があるものか。195それだから宣伝使(せんでんし)()ふものは時代(じだい)(おく)れと()ふのだ。196(たれ)(はばか)つてそんな遠慮(ゑんりよ)するのだ。197これ伊太彦(いたひこ)さまとやら、198こんなナイスに(おも)はれて据膳(すゑぜん)()はぬ(をとこ)があるものか。199可愛(かあい)がつてやらつせい』
200伊太(いた)『あなたは(この)(あた)りの杣人(そまびと)201よくまア、202ブラヷーダを()親切(しんせつ)(たす)けて(くだ)さつた。203(また)只今(ただいま)のお言葉(ことば)204(じつ)()親切(しんせつ)有難(ありがた)(ござ)いますが、205未来(みらい)(しん)ずる吾々(われわれ)には、206どうして、207左様(さやう)天則(てんそく)違反(ゐはん)出来(でき)ませうか』
208(そま)(いち)(やま)(おく)まで自由(じいう)恋愛(れんあい)だとか、209ラブ・イズ・ベストだとか、2091()(あたら)しい空気(くうき)()いて()るのに、210(これ)(また)(ふる)(こと)仰有(おつしや)る。211三五教(あななひけう)()宗教(しうけう)(じつ)古臭(ふるくさ)いものだな。212(この)(ひろ)天地(てんち)自在(じざい)横行(わうかう)濶歩(くわつぽ)し、213天地(てんち)経綸(けいりん)司宰(しさい)をする人間(にんげん)214些々(ささ)たる(をんな)一人(ひとり)(あい)(そそ)いだと()つて、215それを(ばつ)すると()ふやうな(ひら)けぬ(かみ)があらうか。216もし(かみ)ありとせば、217そんな(こと)()(かみ)野蛮神(やばんがみ)の、218盲神(めくらがみ)だよ。219いや宣伝使(せんでんし)(さま)220(わる)(こと)(まを)しませぬ。221この可愛(かあい)らしい、222まだ(とし)()かぬナイスが(これ)()け、223(いのち)瀬戸際(せとぎは)になつて、224()(こと)()かぬとは無情(むじやう)にも(ほど)がある。225(まへ)さまも、226よもや木石(ぼくせき)でもあるまい。227(あたた)かい()(かよ)つてゐるだらう。228人情(にんじやう)(さと)つて()るだらう。229吾々(われわれ)両人(りやうにん)がここに()つては、230恰好(かくかう)(わる)いと(おも)ひ、231躊躇(ちうちよ)してるのではあるまいか。232さうすれば吾々(われわれ)両人(りやうにん)はここを(たち)退()くから、233()くなり、234(わら)ふなり、235意茶(いちや)つくなり、236()きの(とほ)りにしなさい。237おい兄弟(きやうだい)2371()かう。238()うして(をつと)(わた)して()けば、239(わし)(たち)安心(あんしん)()ふものだ』
240(そま)()『さうだな 兄貴(あにき)()(とほ)241両人(ふたり)()つては恰好(かくかう)(わる)くて意茶(いちや)つく(こと)出来(でき)まい。242(この)()(なか)(いつは)りの()(なか)だから、243(ひと)(まへ)では(おも)(ところ)言葉(ことば)()し、244赤裸々(せきらら)自分(じぶん)信念(しんねん)()(こと)(たれ)だつて出来(でき)まい。245さうだ246(わし)(たち)此処(ここ)()るので断末魔(だんまつま)夫婦(ふうふ)(わか)れを(をし)(こと)出来(でき)ぬのだらう。247そんなら兄貴(あにき)248()かうぢやないか』
249伊太(いた)『もしもし杣人(そまびと)(さま)250(けつ)して()心配(しんぱい)(くだ)さいますな。251世間(せけん)人間(にんげん)のやうに吾々(われわれ)(けつ)して裏表(うらおもて)はありませぬ。252(おも)(ところ)()ひ、253(おも)(ところ)(おこな)ふのみです。254吾々(われわれ)(やせ)ても()けても三五教(あななひけう)宣伝使(せんでんし)255(けつ)して外面(ぐわいめん)(てき)辞令(じれい)(もち)ひませぬ。256それ(ゆゑ)天地(てんち)(かみ)()づる(こと)なき二人(ふたり)行動(かうどう)257貴方(あなた)がお()(くだ)さらうが、258(すこ)しも差支(さしつかへ)(ござ)いませぬ。259何卒(どうぞ)(まこと)()みませぬが、260左様(さやう)(こと)仰有(おつしや)らずに、261もう(しば)らく(わたし)最後(さいご)見届(みとど)けて(くだ)さい。262おひおひ(からだ)(おも)くなり、263(あし)一歩(いつぽ)(ある)けませぬ。264もし吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)(この)(まま)()んだならば265ウバナンダ竜王(りうわう)()つて()(この)夜光(やくわう)(たま)をエルサレムへ()つて()(こと)出来(でき)ませぬ。266何卒(どうぞ)()面倒(めんだう)でせうが(のり)()けた(ふね)だと(おも)つて267(いき)のある(うち)(この)(たま)貴方(あなた)(わた)して()きますから、268貴方(あなた)(かは)つて何卒(どうぞ)これをエルサレム(まで)()つて大神(おほかみ)(さま)(たてまつ)つて(くだ)さいませぬか。269沢山(たくさん)はなけれども(この)(ふところ)(かね)旅費(りよひ)として、270(かみ)(さま)()めと(おも)つて()つて(くだ)さいませぬか』
271(そま)(いち)『ハヽヽヽ()(よわ)(をとこ)だな。272(まへ)(かみ)(みち)宣伝使(せんでんし)ならば、273何故(なぜ)(すこ)(をとこ)らしくならないのか。274(みにく)弱音(よわね)()いて275(ひと)泣顔(なきがほ)()せると()ふのは不心得(ふこころえ)では(ござ)らぬか、276喜怒(きど)哀楽(あいらく)(いろ)(あら)はさずと()ふのが277(をとこ)(なか)(をとこ)(ござ)らうぞ』
278伊太(いた)成程(なるほど)279貴方(あなた)のお(せつ)(もつと)もだが、280人間(にんげん)(かな)しい(とき)()き、281(はら)()つた(とき)(おこ)り、282(うれ)しい(とき)(わら)ふのが本当(ほんたう)神心(かみごころ)283喜怒(きど)哀楽(あいらく)(いろ)(あら)はさぬ人間(にんげん)(いつは)(もの)化物(ばけもの)ですよ。284今日(こんにち)()(なか)は、285それだから虚偽(きよぎ)虚飾(きよしよく)286()(なか)真暗(まつくら)になるのです。287吾々(われわれ)宣伝使(せんでんし)(これ)匡正(きやうせい)する(ため)288道々(みちみち)宣伝(せんでん)(なが)らハルナの(みやこ)(すす)むのです』
289(そま)()成程(なるほど)一応(いちおう)御尤(ごもつと)もだ。290(しか)(なが)(いち)(まい)(かみ)にも裏表(うらおもて)がある。291最愛(さいあい)(つま)臨終(いまは)(ねが)ひ、292それを()かない道理(だうり)(ござ)いませうか。293貴方(あなた)(あま)理智(りち)(はし)()ぎる、294(なさけ)がなければ人間(にんげん)ではありませぬよ。295(ひろ)(こころ)(かんが)へて()(なか)は、296さう(せま)(かんが)へるものではありませぬ。297変幻(へんげん)出没(しゆつぼつ)(きは)まりなく、298(とき)(のぞ)(へん)(おう)じ、299うまく(この)()(わた)つて()くのが、300(かみ)御子(みこ)たる人間(にんげん)ではありますまいか。301ナアお(ひめ)さま、302さうで(ござ)いませう』
303ブラヷ『はい、304伊太彦(いたひこ)さまのお言葉(ことば)御尤(ごもつと)もなり、305貴方(あなた)のお言葉(ことば)御尤(ごもつと)もで(ござ)います』
306(そま)()伊太彦(いたひこ)さまのお言葉(ことば)御尤(ごもつと)も、307(わし)言葉(ことば)御尤(ごもつと)も、308とはチツト可怪(をか)しいぢやありませぬか。309どちらか、310(もつと)もと不尤(ふもつと)もの区別(くべつ)がありさうなものだ。311さアお(ひめ)(さま)312貴女(あなた)思惑(おもわく)(どほ)りなされませ。313()うして様子(やうす)(かんが)へて()れば、314最早(もはや)(この)()(わか)れと()える。315伊太彦(いたひこ)さまも(からだ)(どく)(まは)(いづ)れは()なねばならぬ(いのち)316生命(いのち)のある(うち)(たがひ)()(にぎ)つて天国(てんごく)とかへ()準備(じゆんび)をなさいませ。317(けつ)して(わる)(こと)(まを)しませぬ』
318伊太(いた)『ブラヷーダ(ひめ)(はじ)めお二人(ふたり)のお言葉(ことば)319その()親切(しんせつ)骨身(ほねみ)()(わた)つて、320(なん)とも()へぬ有難(ありがた)さを(かん)じますが、321どうあつても(わたし)(かみ)(さま)(おそ)ろしう(ござ)います。322(かみ)(さま)(をしへ)(ため)には如何(いか)なる(あい)も、323如何(いか)なる(たから)(すべ)てを犠牲(ぎせい)にする(かんが)へですから、324もう(これ)きり(なん)とも仰有(おつしや)らずに(くだ)さいませ。325あゝ惟神(かむながら)(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)
326(そま)(いち)()ても()ても固苦(かたくる)しい(をとこ)だな。327成程(なるほど)(これ)では()()れられないのも(もつと)もだ。328矢張(やつぱり)バラモン(けう)時勢(じせい)適当(てきたう)してるわい。329(わし)(じつ)はバラモン(けう)信者(しんじや)だが、330まだ一度(いちど)()んな固苦(かたくる)しい宣伝使(せんでんし)()ふた(こと)はない。331()せども()けども(すこ)しも(うご)かぬ千引岩(ちびきいは)のやうな宣伝使(せんでんし)だな。332斯様(かやう)無情(むじやう)(をとこ)(こひ)をなさる(ひめ)(さま)こそ(じつ)不幸(ふかう)なお(かた)だな。333あゝどうしたら()からうかな』
334大正一二・五・二九 旧四・一四 於天声社 北村隆光録)
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