ライオン河の下流にあるビクトル山を中心として、ウラル教を信じるビクトリヤ王が刹帝利として近隣を治めていた。東西十里、南北十五里のあまり広くない国で、国名をビクと言った。
ビクトリヤ王はほとんど七十才を越える老齢であるが、不幸にして嗣子がなかった。現在の妃・ヒルナ姫は二十三才である。元ビクトリヤ王妃の侍女であったが、王妃が亡くなった後に王の手がかかり、次第に権勢を得て城内の一切を切り回していた。
権勢のあるヒルナ姫の歓心を得ようとして数多の官人たちは媚を呈し、そのために国政は次第に紊乱して国民の怨嗟の声は四方に満ち、ところどころに百姓一揆のようなものが勃発して、ビクトリヤ王家は傾こうとしていた。
左守のキュービットは忠実な老臣で苦心して国家を守ろうとしていたが、右守のベルツはヒルナ姫に取り入り、刹帝利も眼中におかない横暴ぶりを発揮していた。
ベルツは忠実な家令のシエールを招き、いかにして自分が刹帝利になることができるかと相談している。シエールは、世情不安をあおってビクトリヤ王に責任を取らせ、退隠させようという策を提案する。
二人が計略を練って悦に入っていると、次の間で二人の話を立ち聞きしていたベルツの妹・カルナ姫が入ってきた。カルナ姫は左守の息子・ハルナと相思相愛の仲になっていた。
カルナ姫は、二人が野心の矛先を左守家に向けないように釘をさした。自分がハルナに嫁げば左守家は親戚になる、もし二人が左守家を害そうとするなら通報することもできると、利害得失を交えて、自分の恋愛を邪魔しないよう二人に言い含めて去って行った。