譜代の部下一千、徴発した農民二千からなるベルツ軍三千はビクトリヤ城を取り囲んで攻城戦が始まった。
総指揮官のハルナは城内を駆け巡って指揮をしながら固く守り、対陣はほぼ一か月に及んだ。ベルツの陣営は長引く戦に規律は乱れ、逃げ去る者も出てきてほぼ一千五百ほどに減じた。
一方鬼春別と久米彦の軍ははるかにビクトリヤの都を離れた。両将軍は猪倉山の岩窟に立て籠もって一王国を建設しようと謀っていた。猪倉山に峰続きの難所・シメジ峠まで来て将軍たちは安心し、登山の用意をして下馬すると、酒を飲んで酩酊した。
ハルナ姫とカルナ姫は、行き先が猪倉山と聞いて、実際は両将軍が治国別を恐れて遁走したのではないかと非難した。そして、どうしても自分たちは足が痛いので、騎馬でなくてはこの先一歩も進めないと駄々をこねた。
両将軍は仕方なく、山道を行けるところまで轡を取って先導しようと、二人を馬に乗せた。とたんに二人は馬首を反対に向けて鞭を当て、一目散に逃げだした。両将軍は、二人を捕えるように下知したが、バラモン軍は猪倉山に登山するためにみな下馬して乗馬用の靴を脱いでしまっていた。
バラモン軍がぐずぐすしているうちに、三五教の杢助に扮した摩利支天が、幾百ともしれない獅子を引き連れて、軍隊の中を縦横無尽に駆け回った。バラモン軍卒たちは逃げ回り、腰を抜かし、馬たちは獅子の声に驚いて逃げ散ってしまった。
摩利支天はバラモン軍を威喝すると、獅子たちを引き連れ、ハルナ姫とカルナ姫の後を追って行ってしまった。
さて、ベルツとシエールは軍規の乱れや脱退に業を煮やし、一戦して士気を鼓舞しようと覚悟を決め、獅子奮迅の勢いで大門と裏門を攻め立てた。さしもの堅固な城門もついに打ち破り、ベルツ軍は城内に乱れ入った。
ハルナは八百の手兵を指揮して防戦したが、ベルツ軍優勢を聞いて逃げていた兵士たちも戻ってきておいおいその数を増していった。そのためハルナは捕虜となり、刹帝利をはじめ重臣たちの身辺も危うくなってきた。
すると表門に宣伝歌の声が聞こえてきた。これは、治国別が松彦、竜公、万公ら部下を率いて救援にやってきたのであった。宣伝使たちの言霊を聞くとベルツはにわかにふるえだし、駒にまたがって裏門から逃げ出してしまった。
シエールは庭石につまづいて倒れ、悲鳴を上げて助けを求めた。ベルツ軍は怖気づいてシエールを助けもせず土足のまま踏み越え、先を争って大将のベルツを追って逃げ出した。
西へ逃げて行くベルツ軍の正面から、ヒルナ姫、カルナ姫の駒が戻ってやってくる。続いて摩利支天の率いる数百の獅子がその後ろからやってきて、百雷のごとく唸り声を上げた。
ベルツは驚いて馬上から転落し、路傍にのびてしまった。その他の軍卒も身体すくんで大地にかぶりつき震えおののいている。
ヒルナ姫はベルツを目ざとく見つけると馬の背中にくくりつけ、自分は敵が乗り捨てた馬に飛び乗り、カルナ姫と共にビクトリヤ王城を目指して駆けて行く。