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霊界物語
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第2巻(丑の巻)
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第9巻(申の巻)
第10巻(酉の巻)
第11巻(戌の巻)
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第13巻(子の巻)
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第21巻(申の巻)
第22巻(酉の巻)
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第25巻(子の巻)
第26巻(丑の巻)
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第49巻(子の巻)
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第61巻(子の巻)
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第65巻(辰の巻)
第66巻(巳の巻)
第67巻(午の巻)
第68巻(未の巻)
第69巻(申の巻)
第70巻(酉の巻)
第71巻(戌の巻)
第72巻(亥の巻)
特別編 入蒙記
天祥地瑞
第73巻(子の巻)
第74巻(丑の巻)
第75巻(寅の巻)
第76巻(卯の巻)
第77巻(辰の巻)
第78巻(巳の巻)
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第53巻(辰の巻)
序文
総説
第1篇 毘丘取颪
01 春菜草
〔1364〕
02 蜉蝣
〔1365〕
03 軟文学
〔1366〕
04 蜜語
〔1367〕
05 愛縁
〔1368〕
06 気縁
〔1369〕
07 比翼
〔1370〕
08 連理
〔1371〕
09 蛙の腸
〔1372〕
第2篇 貞烈亀鑑
10 女丈夫
〔1373〕
11 艶兵
〔1374〕
12 鬼の恋
〔1375〕
13 醜嵐
〔1376〕
14 女の力
〔1377〕
15 白熱化
〔1378〕
第3篇 兵権執着
16 暗示
〔1379〕
17 奉還状
〔1380〕
18 八当狸
〔1381〕
19 刺客
〔1382〕
第4篇 神愛遍満
20 背進
〔1383〕
21 軍議
〔1384〕
22 天祐
〔1385〕
23 純潔
〔1386〕
余白歌
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> 第3篇 兵権執着 > 第17章 奉還状
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第一七章
奉還状
(
ほうくわんじやう
)
〔一三八〇〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻
篇:
第3篇 兵権執着
よみ(新仮名遣い):
へいけんしゅうちゃく
章:
第17章 奉還状
よみ(新仮名遣い):
ほうかんじょう
通し章番号:
1380
口述日:
1923(大正12)年02月14日(旧12月29日)
口述場所:
竜宮館
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年3月8日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
刹帝利をはじめとするビク国の一同は、バラモン軍の将官たちが前後も知らずに寝込んだのを見すまして、善後策についての相談会をひそびそと始めた。
刹帝利、タルマン、左守は二女の勇気と知恵をほめそやした。刹帝利はタルマンの勧めでヒルナ姫の離縁を撤回し、ハルナも妻の働きに感じ入った。左守は、この事件における右守の失態を責め、改めて兵権奉還を右守に迫った。
右守は、自分の妹のカルナ姫が活躍したことを盾に取って抵抗した。右守は、一度は兵権を奉還すると言いながら、奉還状を書くことを拒否するなど卑怯な態度で場をはぐらかしていた。
タルマンはついに怒って、弓に矢をつがえて右守に向けて引き絞り、態度の決定を迫った。これにはさすがの右守を顔色を変えて奉還状を書くことを承諾した。
右守はなおも奉還状の文言をはぐらかしたり、拇印をごまかそうとしたりしたが、左守とタルマンに見破られ、ついに兵権奉還状を刹帝利に提出した。右守は残る面々をしり目にかけながら不満をあらわしつつ出て行った。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2024-03-14 20:29:27
OBC :
rm5317
愛善世界社版:
209頁
八幡書店版:
第9輯 580頁
修補版:
校定版:
216頁
普及版:
104頁
初版:
ページ備考:
001
刹帝利
(
せつていり
)
、
002
左守
(
さもり
)
、
003
右守
(
うもり
)
其
(
その
)
外
(
ほか
)
一同
(
いちどう
)
は、
004
鬼春別
(
おにはるわけ
)
、
005
久米彦
(
くめひこ
)
両将軍
(
りやうしやうぐん
)
及
(
および
)
四
(
よ
)
人
(
にん
)
の
副官
(
ふくくわん
)
や
属僚
(
ぞくれう
)
が
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
ひつぶれ、
006
前後
(
ぜんご
)
も
知
(
し
)
らず
寝込
(
ねこ
)
んだのを
見
(
み
)
すまし、
007
漸
(
やうや
)
く
口
(
くち
)
を
開
(
ひら
)
き
善後策
(
ぜんごさく
)
につき
相談会
(
さうだんくわい
)
をヒソビソと
始
(
はじ
)
め
出
(
だ
)
した。
008
タルマン『
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
を
始
(
はじ
)
め
皆々
(
みなみな
)
様
(
さま
)
、
009
実
(
じつ
)
に
意外
(
いぐわい
)
の
好結果
(
かうけつくわ
)
を
得
(
え
)
たもので
厶
(
ござ
)
いますなア。
010
是
(
こ
)
れ
全
(
まつた
)
く
盤古
(
ばんこ
)
神王
(
しんのう
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
守護
(
しゆご
)
の
致
(
いた
)
す
所
(
ところ
)
は
申
(
まを
)
すに
及
(
およ
)
ばず、
011
貞婦
(
ていふ
)
烈婦
(
れつぷ
)
のヒルナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
012
カルナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
の
必死
(
ひつし
)
の
御
(
ご
)
活動
(
くわつどう
)
が
此処
(
ここ
)
に
到
(
いた
)
らしめたものと
考
(
かんが
)
へます。
013
誠
(
まこと
)
にこんな
有難
(
ありがた
)
い
事
(
こと
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬなア』
014
刹帝利
(
せつていり
)
『
感
(
かん
)
じ
入
(
い
)
つたる
両女
(
りやうぢよ
)
の
働
(
はたら
)
き、
015
其方
(
そのはう
)
等
(
ら
)
も
王家
(
わうけ
)
の
為
(
ため
)
、
016
国家
(
こくか
)
の
為
(
ため
)
に
随分
(
ずいぶん
)
骨
(
ほね
)
を
折
(
を
)
つてくれたなア。
017
実
(
じつ
)
に
感謝
(
かんしや
)
の
至
(
いた
)
りだ』
018
タルマン『
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
に
一寸
(
ちよつと
)
伺
(
うかが
)
つておきたいので
厶
(
ござ
)
いますが、
019
貴方
(
あなた
)
はヒルナ
姫
(
ひめ
)
に
暇
(
ひま
)
をお
出
(
だ
)
し
遊
(
あそ
)
ばしたが、
020
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
斯
(
か
)
くの
如
(
ごと
)
く
勲功
(
くんこう
)
が
顕
(
あら
)
はれた
上
(
うへ
)
は、
021
元
(
もと
)
のお
妃
(
きさき
)
にお
直
(
なほ
)
し
遊
(
あそ
)
ばすで
厶
(
ござ
)
いませうなア』
022
刹帝利
(
せつていり
)
『
彼
(
か
)
れの
如
(
ごと
)
き
貞婦
(
ていふ
)
烈婦
(
れつぷ
)
は、
023
又
(
また
)
と
世界
(
せかい
)
にあらうまい。
024
此
(
この
)
方
(
はう
)
も
彼
(
かれ
)
の
為
(
ため
)
に
国家
(
こくか
)
の
危急
(
ききふ
)
を
救
(
すく
)
はれたのだから、
025
少々
(
せうせう
)
の
過
(
あやまち
)
がありとて、
026
国
(
くに
)
を
思
(
おも
)
ふ
為
(
ため
)
にやつた
仕事
(
しごと
)
だから、
027
別
(
べつ
)
に
咎
(
とがめ
)
る
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
くまい。
028
此
(
この
)
件
(
けん
)
に
付
(
つ
)
いては
其方
(
そなた
)
に
一任
(
いちにん
)
致
(
いた
)
す』
029
タルマン『
早速
(
さつそく
)
の
御
(
ご
)
承知
(
しようち
)
、
030
有難
(
ありがた
)
う
存
(
ぞん
)
じまする。
031
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
もさぞ
御
(
ご
)
満足
(
まんぞく
)
遊
(
あそ
)
ばすことで
厶
(
ござ
)
いませう』
032
左守
(
さもり
)
『ヒルナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
と
云
(
い
)
ひ、
033
カルナ
姫
(
ひめ
)
と
云
(
い
)
ひ、
034
実
(
じつ
)
に
天晴
(
あつぱれ
)
な
者
(
もの
)
だ。
035
右守司
(
うもりのかみ
)
の
率
(
ひき
)
ゆる
軍隊
(
ぐんたい
)
も
相当
(
さうたう
)
にあつたけれど、
036
弱将
(
じやくしやう
)
の
下
(
もと
)
に
弱卒
(
じやくそつ
)
ありとでも
言
(
い
)
ふものか、
037
一人
(
ひとり
)
も
間
(
ま
)
に
合
(
あ
)
はなかつた。
038
カルナ
姫
(
ひめ
)
は
右守殿
(
うもりどの
)
の
妹
(
いもうと
)
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
実
(
じつ
)
に
天晴
(
あつぱれ
)
の
女丈夫
(
ぢよぢやうぶ
)
だ。
039
ハルナ、
040
其方
(
そなた
)
も
手疵
(
てきず
)
を
負
(
お
)
うて
苦
(
くる
)
しからうが、
041
あれ
位
(
くらゐ
)
な
女房
(
にようばう
)
を
持
(
も
)
つ
上
(
うへ
)
は
聊
(
いささ
)
か
慰
(
なぐさ
)
むる
所
(
ところ
)
があるだらうのう』
042
ハルナ『ハイ』
043
と
云
(
い
)
つたきり
面
(
かほ
)
赤
(
あか
)
らめて
俯
(
うつむ
)
いてゐる。
044
左守
(
さもり
)
『
斯
(
か
)
く
和合
(
わがふ
)
の
出来
(
でき
)
た
上
(
うへ
)
は、
045
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
はヨモヤ、
046
ビク
城
(
じやう
)
の
軍隊
(
ぐんたい
)
まで
指揮
(
しき
)
せうとは
致
(
いた
)
すまい。
047
バラモン
軍
(
ぐん
)
はバラモン
軍
(
ぐん
)
として、
048
又
(
また
)
別
(
べつ
)
に
陣営
(
ぢんえい
)
を
造
(
つく
)
るであらう。
049
さすれば
此
(
この
)
際
(
さい
)
右守殿
(
うもりどの
)
の
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を、
050
スツパリと
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
に
奉還
(
ほうくわん
)
なさるが
可
(
よ
)
からうと
存
(
ぞん
)
ずるが、
051
右守殿
(
うもりどの
)
如何
(
いかが
)
で
厶
(
ござ
)
らうな。
052
其
(
その
)
方
(
はう
)
は
内憂
(
ないいう
)
外患
(
ぐわいくわん
)
を
防
(
ふせ
)
ぐ
為
(
ため
)
の
軍隊
(
ぐんたい
)
だと
主張
(
しゆちやう
)
し
乍
(
なが
)
ら、
053
国家
(
こくか
)
危急
(
ききふ
)
の
場合
(
ばあひ
)
になつてから
弱腰
(
よわごし
)
をぬかし、
054
此
(
この
)
城内
(
じやうない
)
をして
零敗
(
ぜろはい
)
の
憂目
(
うきめ
)
に
陥
(
おちい
)
らしめたのは
全
(
まつた
)
く
其方
(
そなた
)
の
責任
(
せきにん
)
で
厶
(
ござ
)
るぞ。
055
其方
(
そなた
)
も
一片
(
いつぺん
)
の
赤心
(
せきしん
)
あらば、
056
此
(
この
)
際
(
さい
)
罪
(
つみ
)
を
陳謝
(
ちんしや
)
し、
057
スツパリと
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を、
058
王
(
わう
)
様
(
さま
)
にお
還
(
かへ
)
しめされ』
059
右守
(
うもり
)
はさも
不愉快
(
ふゆくわい
)
な
面
(
かほ
)
をし
乍
(
なが
)
ら、
060
右守
(
うもり
)
『これは
心得
(
こころえ
)
ぬ
左守殿
(
さもりどの
)
のお
言葉
(
ことば
)
、
061
拙者
(
せつしや
)
の
家
(
いへ
)
は
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
握
(
にぎ
)
る
家筋
(
いへすぢ
)
なれば、
062
其
(
その
)
家系
(
かけい
)
より
生
(
うま
)
れたるカルナ
姫
(
ひめ
)
は、
063
拙者
(
せつしや
)
に
代
(
かは
)
つて
軍功
(
ぐんこう
)
を
立
(
た
)
てたでは
厶
(
ござ
)
らぬか。
064
カルナ
姫
(
ひめ
)
は
左守
(
さもり
)
の
家
(
いへ
)
に
遣
(
つか
)
はしたりとは
云
(
い
)
へ、
065
ヤハリ
右守家
(
うもりけ
)
に
生
(
うま
)
れた
者
(
もの
)
、
066
右守家
(
うもりけ
)
に
生
(
うま
)
れたカルナ
姫
(
ひめ
)
が
斯
(
かく
)
の
如
(
ごと
)
き
勲功
(
くんこう
)
を
立
(
た
)
てた
上
(
うへ
)
は、
067
決
(
けつ
)
して
右守家
(
うもりけ
)
に
兵馬
(
へいば
)
の
実力
(
じつりよく
)
がないとは
言
(
い
)
はれますまい。
068
千軍
(
せんぐん
)
万馬
(
ばんば
)
を
動
(
うご
)
かして
勝利
(
しようり
)
を
得
(
う
)
るも、
069
又
(
また
)
一人
(
ひとり
)
の
女
(
をんな
)
に
仍
(
よ
)
つて、
070
目的
(
もくてき
)
を
完全
(
くわんぜん
)
に
達
(
たつ
)
するも
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
では
厶
(
ござ
)
らぬか。
071
又
(
また
)
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
は
拙者
(
せつしや
)
が
親族
(
しんぞく
)
の
娘
(
むすめ
)
、
072
ヤハリ
右守家
(
うもりけ
)
の
系統
(
けいとう
)
を
曳
(
ひ
)
いた
者
(
もの
)
、
073
之
(
これ
)
を
思
(
おも
)
へば、
074
どこどこ
迄
(
まで
)
も、
075
右守
(
うもり
)
が
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
握
(
にぎ
)
つて
居
(
を
)
らなくては、
076
ビクの
国家
(
こくか
)
は
保
(
たも
)
たれますまい。
077
左守殿
(
さもりどの
)
は
老齢
(
らうれい
)
の
事
(
こと
)
とてチツと
計
(
ばか
)
り
耄碌
(
まうろく
)
遊
(
あそ
)
ばしたなア』
078
左守
(
さもり
)
『
邪智
(
じやち
)
侫弁
(
ねいべん
)
を
揮
(
ふる
)
つて、
079
飽
(
あ
)
く
迄
(
まで
)
野望
(
やばう
)
を
達
(
たつ
)
せむとする
憎
(
につ
)
くき
其方
(
そなた
)
の
心根
(
こころね
)
、
080
いいかげんに
改心
(
かいしん
)
なさらぬと、
081
神罰
(
しんばつ
)
立所
(
たちどころ
)
に
至
(
いた
)
りますぞ。
082
畏
(
おそ
)
れ
多
(
おほ
)
くも
王妃
(
わうひ
)
を
取込
(
とりこ
)
み、
083
且
(
かつ
)
道
(
みち
)
ならぬ
道
(
みち
)
を
行
(
おこな
)
はしめ、
084
遂
(
つひ
)
には
不羈
(
ふき
)
の
謀計
(
ぼうけい
)
を
達
(
たつ
)
せむと
致
(
いた
)
した
極
(
ごく
)
重悪人
(
ぢうあくにん
)
、
085
世
(
よ
)
が
世
(
よ
)
ならば、
086
逆磔
(
さかはり
)
にしても
許
(
ゆる
)
し
難
(
がた
)
き
其方
(
そなた
)
なれども、
087
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
つても
其方
(
そなた
)
は
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
握
(
にぎ
)
つてゐた
実権者
(
じつけんしや
)
だから、
088
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
も
涙
(
なみだ
)
を
呑
(
の
)
んで
今日
(
けふ
)
迄
(
まで
)
お
忍
(
しの
)
び
遊
(
あそ
)
ばしたのだ。
089
此
(
この
)
左守
(
さもり
)
だとて
其
(
その
)
通
(
とほ
)
り、
090
又
(
また
)
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
も
国家
(
こくか
)
を
思
(
おも
)
ふ
一念
(
いちねん
)
より、
091
いろいろと
御
(
ご
)
苦心
(
くしん
)
遊
(
あそ
)
ばした
跡
(
あと
)
は、
092
歴然
(
れきぜん
)
として
居
(
を
)
りますぞ。
093
其方
(
そなた
)
も
右守
(
うもり
)
の
家
(
いへ
)
に
生
(
うま
)
れたものならば、
094
なぜ
男
(
をとこ
)
らしく
割腹
(
かつぷく
)
して
王
(
わう
)
の
前
(
まへ
)
に
罪
(
つみ
)
を
謝
(
しや
)
するか
又
(
また
)
、
095
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
奉還
(
ほうくわん
)
して、
096
民家
(
みんか
)
に
下
(
くだ
)
り
其
(
その
)
罪
(
つみ
)
を
陳謝
(
ちんしや
)
なさらぬか』
097
右守
(
うもり
)
は
少時
(
しばし
)
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
たが、
098
何
(
なに
)
か
心
(
こころ
)
に
頷
(
うなづ
)
き
厭
(
いや
)
らしい
目付
(
めつき
)
をし
乍
(
なが
)
ら、
099
俄
(
にはか
)
に
下座
(
げざ
)
に
直
(
なほ
)
り
両手
(
りやうて
)
を
仕
(
つか
)
へ、
100
右守
(
うもり
)
『ハハア、
101
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
、
102
其
(
その
)
外
(
ほか
)
のお
歴々
(
れきれき
)
様
(
さま
)
、
103
右守
(
うもり
)
は
今日
(
こんにち
)
只今
(
ただいま
)
より、
104
仰
(
おほせ
)
に
従
(
したが
)
ひ
前非
(
ぜんぴ
)
を
悔
(
く
)
い、
105
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
奉還
(
ほうくわん
)
仕
(
つかまつ
)
りますれば、
106
何卒
(
なにとぞ
)
御
(
お
)
受取
(
うけと
)
り
下
(
くだ
)
さいませ。
107
そして
吾々
(
われわれ
)
の
罪
(
つみ
)
、
108
お
赦
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さらば
右守
(
うもり
)
は
民間
(
みんかん
)
に
下
(
くだ
)
り、
109
首陀
(
しゆだ
)
となつて
田園
(
でんえん
)
生活
(
せいくわつ
)
に
余生
(
よせい
)
を
送
(
おく
)
る
考
(
かんが
)
へで
厶
(
ござ
)
います』
110
刹帝利
(
せつていり
)
は
左右
(
さいう
)
を
顧
(
かへり
)
み、
111
刹帝利
(
せつていり
)
『タルマン、
112
左守殿
(
さもりどの
)
、
113
今
(
いま
)
右守
(
うもり
)
の
申
(
まを
)
した
事
(
こと
)
、
114
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
に
異存
(
いぞん
)
は
無
(
な
)
いか』
115
タルマン、
116
左守
(
さもり
)
はハツと
頭
(
かしら
)
を
下
(
さ
)
げ、
117
左守
(
さもり
)
『
吾々
(
われわれ
)
は
此
(
この
)
事
(
こと
)
あらしめむと、
118
日夜
(
にちや
)
心
(
こころ
)
を
悩
(
なや
)
ませ
居
(
を
)
りました
者
(
もの
)
、
119
いかでか
異存
(
いぞん
)
の
厶
(
ござ
)
いませうや』
120
刹帝利
(
せつていり
)
『ウン、
121
然
(
しか
)
らば
右守
(
うもり
)
の
願
(
ねがひ
)
を
許
(
ゆる
)
すであらう、
122
右守
(
うもり
)
、
123
有難
(
ありがた
)
く
思
(
おも
)
へ』
124
右守
(
うもり
)
『ハイ、
125
君
(
きみ
)
の
御
(
ご
)
仁慈
(
じんじ
)
、
126
肝
(
きも
)
に
銘
(
めい
)
じ、
127
有難
(
ありがた
)
く
存
(
ぞん
)
じ
奉
(
たてまつ
)
ります』
128
左守
(
さもり
)
『ヤア
右守殿
(
うもりどの
)
、
129
天晴
(
あつぱれ
)
々々
(
あつぱれ
)
、
130
武士
(
ぶし
)
はさうなくては
叶
(
かな
)
はぬ。
131
然
(
しか
)
らばここで
奉還状
(
ほうくわんじやう
)
をお
認
(
したた
)
めなさい。
132
そして
拇印
(
ぼいん
)
を
押
(
お
)
して
貰
(
もら
)
ひませう』
133
右守
(
うもり
)
は
此
(
この
)
言葉
(
ことば
)
にハツと
当惑
(
たうわく
)
し、
134
……
奉還状
(
ほうくわんじやう
)
を
書
(
か
)
いたが
最後
(
さいご
)
、
135
自分
(
じぶん
)
の
地位
(
ちゐ
)
は
台
(
だい
)
なしになつて
了
(
しま
)
ふ。
136
コリヤ
困
(
こま
)
つた
破目
(
はめ
)
に
陥
(
おちい
)
つたものだ……と
思
(
おも
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
137
さすが
老獪
(
らうくわい
)
な
右守
(
うもり
)
、
138
素知
(
そし
)
らぬ
面
(
かほ
)
にて、
139
右守
(
うもり
)
『
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
に
恐
(
おそ
)
れ
謹
(
つつし
)
み
申
(
まを
)
し
上
(
あ
)
げます。
140
拙者
(
せつしや
)
も
右守家
(
うもりけ
)
を
相続
(
さうぞく
)
致
(
いた
)
す
武士
(
ぶし
)
の
片割
(
かたわ
)
れ、
141
一旦
(
いつたん
)
奉還
(
ほうくわん
)
すると
申上
(
まをしあ
)
げた
以上
(
いじやう
)
は、
142
決
(
けつ
)
して
変
(
へん
)
がへは
致
(
いた
)
しませぬ。
143
武士
(
ぶし
)
の
言葉
(
ことば
)
に
二言
(
にごん
)
は
厶
(
ござ
)
いませぬ。
144
何卒
(
なにとぞ
)
私
(
わたくし
)
の
人格
(
じんかく
)
を
買
(
か
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ。
145
言葉
(
ことば
)
の
上
(
うへ
)
にて
奉還
(
ほうくわん
)
さして
頂
(
いただ
)
きたう
厶
(
ござ
)
います』
146
左守
(
さもり
)
は
厳然
(
げんぜん
)
として
言葉
(
ことば
)
鋭
(
するど
)
く、
147
左守
(
さもり
)
『
右守殿
(
うもりどの
)
、
148
人格
(
じんかく
)
を
認
(
みと
)
めよと
言
(
い
)
はれたが、
149
其方
(
そなた
)
に
人格
(
じんかく
)
があると
思
(
おも
)
はるるか、
150
よく
胸
(
むね
)
に
手
(
て
)
を
当
(
あ
)
ててお
考
(
かんが
)
へなされ。
151
能
(
よ
)
くもマア
左様
(
さやう
)
な
図々
(
づうづう
)
しい
事
(
こと
)
がいへるものだなア』
152
右守
(
うもり
)
『
御
(
ご
)
不承知
(
ふしようち
)
とあれば
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
ませぬ。
153
然
(
しか
)
らば
武士
(
ぶし
)
の
言葉
(
ことば
)
であれど、
154
奉還
(
ほうくわん
)
すると
申出
(
まをしい
)
でた
事
(
こと
)
は、
155
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
始
(
はじ
)
めお
歴々
(
れきれき
)
のお
気
(
き
)
に
召
(
め
)
さぬと
見
(
み
)
えまする。
156
此
(
この
)
上
(
うへ
)
は
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ませぬ、
157
依然
(
いぜん
)
として
祖先
(
そせん
)
の
家
(
いへ
)
を
継
(
つ
)
ぎ、
158
右守
(
うもり
)
となつて
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
掌握
(
しやうあく
)
するで
厶
(
ござ
)
いませう』
159
タルマン『
右守殿
(
うもりどの
)
、
160
苟
(
いやし
)
くも
王
(
わう
)
様
(
さま
)
の
前
(
まへ
)
に
申上
(
まをしあ
)
げた
言葉
(
ことば
)
、
161
決
(
けつ
)
して
後
(
あと
)
へは
引
(
ひ
)
かれますまい。
162
左様
(
さやう
)
な
没義道
(
もぎだう
)
な
事
(
こと
)
を
仰
(
おほせ
)
らるるならば、
163
やむを
得
(
え
)
ませぬ。
164
拙者
(
せつしや
)
にも
考
(
かんが
)
へが
厶
(
ござ
)
る』
165
と
片方
(
かたはう
)
にあつた
弓
(
ゆみ
)
に
鏑矢
(
かぶらや
)
をつがへ、
166
満月
(
まんげつ
)
の
如
(
ごと
)
く
引
(
ひき
)
しぼつて、
167
矢
(
や
)
の
穂先
(
ほさき
)
を
右守
(
うもり
)
の
面体
(
めんてい
)
に
向
(
む
)
けた。
168
流石
(
さすが
)
の
右守
(
うもり
)
も
之
(
これ
)
には
辟易
(
へきえき
)
し、
169
サツと
面色
(
かほいろ
)
を
変
(
か
)
へ、
170
唇
(
くちびる
)
を
慄
(
ふる
)
はせ
乍
(
なが
)
ら、
171
右守
(
うもり
)
『イヤ、
172
たつて、
173
自説
(
じせつ
)
を
主張
(
しゆちやう
)
しようとは
申
(
まを
)
しませぬ。
174
あ、
175
然
(
しか
)
らば
奉還
(
ほうくわん
)
致
(
いた
)
しませう』
176
タルマンは
尚
(
なほ
)
も
弓
(
ゆみ
)
を
満月
(
まんげつ
)
に
張
(
は
)
り、
177
アウンの
息
(
いき
)
を
凝
(
こ
)
らしてゐる。
178
タルマンの
弦
(
つる
)
にかかつた
拇指
(
おやゆび
)
が
一寸
(
ちよつと
)
でも
動
(
うご
)
いたが
最後
(
さいご
)
、
179
右守
(
うもり
)
の
命
(
いのち
)
は
忽
(
たちま
)
ち
風前
(
ふうぜん
)
の
灯火
(
ともしび
)
である、
180
否
(
いな
)
寂滅
(
じやくめつ
)
に
陥
(
おちい
)
るのである。
181
左守
(
さもり
)
『
然
(
しか
)
らば
右守殿
(
うもりどの
)
、
182
サ、
183
早
(
はや
)
く、
184
此処
(
ここ
)
に
料紙
(
れうし
)
も
硯
(
すずり
)
も
厶
(
ござ
)
れば、
185
奉還状
(
ほうくわんじやう
)
を
御
(
お
)
認
(
したた
)
めなされ』
186
右守
(
うもり
)
は
歯
(
は
)
ぎしりし
乍
(
なが
)
ら、
187
右守
『ああ
是非
(
ぜひ
)
に
及
(
およ
)
ばぬ』
188
と
小声
(
こごゑ
)
に
呟
(
つぶや
)
きつつ、
189
机
(
つくゑ
)
に
向
(
むか
)
ひ
筆
(
ふで
)
を
染
(
そ
)
め
料紙
(
れうし
)
に
対
(
たい
)
して、
190
手
(
て
)
をビリビリ
慄
(
ふる
)
はせ
乍
(
なが
)
ら、
191
奉還状
(
ほうくわんじやう
)
を
認
(
したた
)
め、
192
左守
(
さもり
)
の
手
(
て
)
に
渡
(
わた
)
した。
193
左守
(
さもり
)
は
一度
(
いちど
)
文面
(
ぶんめん
)
を
検
(
あらた
)
めむと、
194
よくよく
見
(
み
)
れば、
195
一、
196
拙者
(
せつしや
)
事
(
こと
)
、
197
右守家
(
うもりけ
)
の
相続人
(
さうぞくにん
)
として、
198
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
握
(
にぎ
)
り、
199
国家
(
こくか
)
の
保護
(
ほご
)
に
任
(
にん
)
じ、
200
今日
(
こんにち
)
迄
(
まで
)
何
(
なん
)
の
不都合
(
ふつがふ
)
もなく、
201
ビクの
国
(
くに
)
及
(
およ
)
び
王家
(
わうけ
)
をして
泰山
(
たいざん
)
の
安
(
やす
)
きにおきたる
事
(
こと
)
、
202
右守家
(
うもりけ
)
の
相続者
(
さうぞくしや
)
として
茲
(
ここ
)
に
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
に
軍職
(
ぐんしよく
)
奉還
(
ほうくわん
)
の
義
(
ぎ
)
を
申出
(
まをしい
)
づる
事
(
こと
)
を
光栄
(
くわうえい
)
とす。
203
一、
204
此
(
この
)
度
(
たび
)
のバラモン
軍
(
ぐん
)
の
襲撃
(
しふげき
)
に
際
(
さい
)
し、
205
右守家
(
うもりけ
)
に
生
(
うま
)
れたるカルナ
姫
(
ひめ
)
の
軍功
(
ぐんこう
)
は、
206
右守家
(
うもりけ
)
が
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
握
(
にぎ
)
れる
家系
(
かけい
)
にして
勇壮
(
ゆうさう
)
活溌
(
くわつぱつ
)
な
血液
(
けつえき
)
の
伝
(
つた
)
はり
居
(
を
)
る
事
(
こと
)
を
検証
(
けんしよう
)
したるを
以
(
もつ
)
て
光栄
(
くわうえい
)
とす。
207
一、
208
刹帝利
(
せつていり
)
の
妃
(
きさき
)
ヒルナ
姫
(
ひめ
)
は、
209
ヤハリ
右守家
(
うもりけ
)
の
血統
(
けつとう
)
より
生
(
うま
)
れ、
210
今日
(
こんにち
)
の
軍功
(
ぐんこう
)
を
立
(
た
)
て、
211
祖先
(
そせん
)
の
血統
(
けつとう
)
を
明
(
あきら
)
かにせしことを
光栄
(
くわうえい
)
とす。
212
一、
213
右
(
みぎ
)
の
如
(
ごと
)
く
軍功
(
ぐんこう
)
顕著
(
けんちよ
)
なる
家柄
(
いへがら
)
なるを
以
(
もつ
)
て、
214
ここ
三
(
さん
)
年
(
ねん
)
の
間
(
あひだ
)
は
此
(
この
)
儘
(
まま
)
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
握
(
にぎ
)
り
刹帝利
(
せつていり
)
殿
(
どの
)
を
始
(
はじ
)
め、
215
左守
(
さもり
)
に
軍学
(
ぐんがく
)
の
素養
(
そやう
)
備
(
そな
)
はりし
時
(
とき
)
を
以
(
もつ
)
て、
216
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
奉還
(
ほうくわん
)
する
事
(
こと
)
を
約
(
やく
)
す。
217
右
(
みぎ
)
の
条々
(
でうでう
)
相違
(
さうゐ
)
之
(
こ
)
れなく
候也
(
さふらふなり
)
。
218
年月日
(
ねんぐわつぴ
)
右守
(
うもり
)
、
219
ベルツ
220
と
記
(
しる
)
してある。
221
左守
(
さもり
)
は
口
(
くち
)
をへの
字
(
じ
)
にまげ、
222
改
(
あらた
)
めて
王
(
わう
)
の
前
(
まへ
)
に
朗読
(
らうどく
)
した。
223
王
(
わう
)
は
無言
(
むごん
)
のまま
一言
(
いちごん
)
も
発
(
はつ
)
せず、
224
口
(
くち
)
を
結
(
むす
)
んで
控
(
ひか
)
えてゐる。
225
タルマンは
弓
(
ゆみ
)
に
矢
(
や
)
を
番
(
つが
)
へ
乍
(
なが
)
ら、
226
タルマン『
右守殿
(
うもりどの
)
、
227
此
(
この
)
条文
(
でうぶん
)
に
仍
(
よ
)
れば、
228
其方
(
そなた
)
が
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
に
恋々
(
れんれん
)
たる
執着心
(
しふちやくしん
)
は
十二分
(
じふにぶん
)
に
現
(
あら
)
はれてゐることを
認
(
みと
)
めざる
得
(
え
)
ない。
229
傲慢
(
がうまん
)
不遜
(
ふそん
)
の
言詞
(
げんじ
)
を
改
(
あらた
)
め、
230
キツパリと
男
(
をとこ
)
らしく、
231
直様
(
すぐさま
)
奉還
(
ほうくわん
)
致
(
いた
)
す
様
(
やう
)
お
書替
(
かきか
)
へなさい。
232
左様
(
さやう
)
な
奉還状
(
ほうくわんじやう
)
は
反古
(
ほご
)
同様
(
どうやう
)
で
厶
(
ござ
)
る』
233
左守
(
さもり
)
『
右守殿
(
うもりどの
)
、
234
タルマンの
言
(
い
)
はるる
通
(
とほ
)
り、
235
サ、
236
素直
(
すなほ
)
に、
237
男
(
をとこ
)
らしく、
238
キツパリと
奉還状
(
ほうくわんじやう
)
をお
認
(
したた
)
めなされ』
239
右守
(
うもり
)
『サア、
240
それは、
241
暫
(
しばら
)
くの
御
(
ご
)
猶予
(
いうよ
)
を
願
(
ねが
)
ひ、
242
沈思
(
ちんし
)
黙考
(
もくかう
)
の
上
(
うへ
)
認
(
したた
)
めて
呈出
(
ていしゆつ
)
致
(
いた
)
すで
厶
(
ござ
)
らう』
243
タルマン『
右守殿
(
うもりどの
)
、
244
侫弁
(
ねいべん
)
を
揮
(
ふる
)
ひ、
245
一
(
いち
)
時
(
じ
)
を
糊塗
(
こと
)
し、
246
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
遁
(
のが
)
れて、
247
又
(
また
)
もや
野心
(
やしん
)
を
企
(
たく
)
む
所存
(
しよぞん
)
であらうがな。
248
汝
(
なんぢ
)
が
面体
(
めんてい
)
に
歴然
(
れきぜん
)
と
現
(
あら
)
はれて
居
(
を
)
りますぞ』
249
と
心
(
こころ
)
の
底
(
そこ
)
まで
矢
(
や
)
を
射
(
い
)
ぬかれて、
250
遁
(
のが
)
るる
途
(
みち
)
なく
執着心
(
しふちやくしん
)
の
鬼
(
おに
)
を
押
(
おさ
)
へ
乍
(
なが
)
ら、
251
引
(
ひ
)
くに
引
(
ひ
)
かれず
進
(
すす
)
むに
進
(
すす
)
まれぬ
此
(
この
)
場
(
ば
)
の
仕儀
(
しぎ
)
と
決心
(
けつしん
)
の
臍
(
ほぞ
)
を
固
(
かた
)
めて、
252
再
(
ふたた
)
び
状
(
じやう
)
を
認
(
したた
)
め
始
(
はじ
)
めた。
253
兵権
(
へいけん
)
奉還状
(
ほうくわんじやう
)
の
事
(
こと
)
254
一、
255
今日
(
こんにち
)
迄
(
まで
)
右守家
(
うもりけ
)
の
祖先
(
そせん
)
がビクトリヤ
家
(
け
)
より
委託
(
ゐたく
)
されたる
兵馬
(
へいば
)
の
権
(
けん
)
を
悉皆
(
しつかい
)
、
256
現
(
げん
)
刹帝利
(
せつていり
)
ビクトリヤ
王
(
わう
)
の
御許
(
みもと
)
に
奉還
(
ほうくわん
)
仕
(
つかまつ
)
り
度
(
たく
)
候
(
さふらふ
)
間
(
あひだ
)
、
257
何卒
(
なにとぞ
)
特別
(
とくべつ
)
の
御
(
ご
)
詮議
(
せんぎ
)
を
以
(
もつ
)
て
御
(
ご
)
採納
(
さいなふ
)
下
(
くだ
)
され
度
(
たく
)
、
258
偏
(
ひとへ
)
に
懇願
(
こんぐわん
)
奉
(
たてまつ
)
り
候
(
さふらふ
)
也
(
なり
)
。
259
年月日
(
ねんぐわつぴ
)
右守
(
うもり
)
、
260
ベルツ
261
と
記
(
しる
)
し、
262
左守
(
さもり
)
の
手
(
て
)
に
渡
(
わた
)
した。
263
左守
(
さもり
)
は
又
(
また
)
之
(
これ
)
を
王
(
わう
)
の
前
(
まへ
)
に
朗読
(
らうどく
)
した。
264
刹帝利
(
せつていり
)
『ウン、
265
ヨシ、
266
直様
(
すぐさま
)
聞届
(
ききとどけ
)
る。
267
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
左守司
(
さもりのかみ
)
に
引
(
ひき
)
つぎを
致
(
いた
)
せよ。
268
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
之
(
これ
)
に
念
(
ねん
)
の
為
(
ため
)
に、
269
拇印
(
ぼいん
)
を
押
(
お
)
しておくがよい』
270
右守
(
うもり
)
『
拇印
(
ぼいん
)
を
押
(
お
)
すべき
処
(
ところ
)
なれど、
271
昨日
(
さくじつ
)
の
騒動
(
さうだう
)
にカルナの
奴
(
やつ
)
に
腕
(
うで
)
を
傷
(
きず
)
つけられ、
272
指
(
ゆび
)
の
先
(
さき
)
迄
(
まで
)
痛
(
いた
)
みを
感
(
かん
)
じ
到底
(
たうてい
)
拇印
(
ぼいん
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ。
273
全快
(
ぜんくわい
)
する
迄
(
まで
)
御
(
ご
)
猶予
(
いうよ
)
を
願
(
ねが
)
ひまする』
274
左守
(
さもり
)
『
右守
(
うもり
)
の
創
(
きず
)
は
右
(
みぎ
)
の
手
(
て
)
では
厶
(
ござ
)
らぬか、
275
拇印
(
ぼいん
)
は
左
(
ひだり
)
の
手
(
て
)
に
限
(
かぎ
)
りますぞ。
276
サ、
277
早
(
はや
)
く
押
(
お
)
して
貰
(
もら
)
ひたい』
278
と
前
(
まへ
)
へ
突
(
つ
)
き
出
(
だ
)
す。
279
タルマンは
弓
(
ゆみ
)
に
矢
(
や
)
を
番
(
つが
)
へたまま、
280
右守
(
うもり
)
の
面体
(
めんてい
)
を
睨
(
にら
)
みつけてゐる。
281
右守
(
うもり
)
は
後日
(
ごじつ
)
の
言
(
い
)
ひ
掛
(
がか
)
りを
拵
(
こしら
)
へん
為
(
ため
)
、
282
ソツと
右
(
みぎ
)
の
鬢
(
びん
)
の
毛
(
け
)
を
むし
り、
283
指
(
ゆび
)
に
当
(
あ
)
て、
284
墨
(
すみ
)
をつけて
拇印
(
ぼいん
)
を
押
(
お
)
した。
285
これは
指紋
(
しもん
)
を
誤魔
(
ごま
)
かさむが
為
(
ため
)
である。
286
左守
(
さもり
)
は
目敏
(
めざと
)
く
之
(
これ
)
を
見
(
み
)
て、
287
左守
(
さもり
)
『
右守殿
(
うもりどの
)
、
288
此
(
この
)
拇印
(
ぼいん
)
は
間違
(
まちが
)
つて
厶
(
ござ
)
る。
289
マ
一度
(
いちど
)
押
(
お
)
し
直
(
なほ
)
して
貰
(
もら
)
ひたい』
290
右守
(
うもり
)
『これは
心得
(
こころえ
)
ぬ
左守殿
(
さもりどの
)
の
言葉
(
ことば
)
、
291
拙者
(
せつしや
)
の
左
(
ひだり
)
の
拇指
(
おやゆび
)
は
一本
(
いつぽん
)
より
厶
(
ござ
)
らぬ。
292
之
(
これ
)
がお
気
(
き
)
に
入
(
い
)
らなくば、
293
左守殿
(
さもりどの
)
、
294
拙者
(
せつしや
)
の
代理
(
だいり
)
に
其方
(
そなた
)
が
立派
(
りつぱ
)
に
押
(
お
)
しておいて
下
(
くだ
)
され』
295
左守
(
さもり
)
『
益々
(
ますます
)
以
(
もつ
)
て
不埒
(
ふらち
)
千万
(
せんばん
)
な
右守
(
うもり
)
の
言葉
(
ことば
)
、
296
髪
(
かみ
)
の
毛
(
け
)
を
以
(
もつ
)
て
指紋
(
しもん
)
を
変
(
へん
)
じ、
297
後日
(
ごじつ
)
の
言
(
い
)
ひがかりを
拵
(
こしら
)
へむとの、
298
伏線
(
ふくせん
)
で
厶
(
ござ
)
らうがな。
299
左様
(
さやう
)
な
事
(
こと
)
の、
300
老眼
(
らうがん
)
と
雖
(
いへど
)
も、
301
分
(
わか
)
らぬ
拙者
(
せつしや
)
では
厶
(
ござ
)
らぬ。
302
サ、
303
早
(
はや
)
く
男
(
をとこ
)
らしく
捺印
(
なついん
)
なされ』
304
右守
(
うもり
)
は
無念
(
むねん
)
の
涙
(
なみだ
)
を
零
(
こぼ
)
し
乍
(
なが
)
ら、
305
進退
(
しんたい
)
惟
(
こ
)
れ
谷
(
きは
)
まつて、
306
厭々
(
いやいや
)
乍
(
なが
)
らも、
307
今度
(
こんど
)
は
本当
(
ほんたう
)
に
拇印
(
ぼいん
)
を
捺
(
お
)
した。
308
左守
(
さもり
)
『ヤ、
309
天晴
(
あつぱれ
)
々々
(
あつぱれ
)
、
310
刹帝利
(
せつていり
)
様
(
さま
)
、
311
之
(
これ
)
にて
手続
(
てつづ
)
きは
済
(
す
)
みまして
厶
(
ござ
)
います。
312
お
目出度
(
めでた
)
う
御座
(
ござ
)
います。
313
ヤ、
314
右守殿
(
うもりどの
)
、
315
其方
(
そなた
)
も
目出度
(
めでた
)
いなア』
316
右守
(
うもり
)
『ハイ、
317
根
(
ね
)
つから……お
目出度
(
めでた
)
う
厶
(
ござ
)
います』
318
と
歯切
(
はぎ
)
れせぬ
答弁
(
たふべん
)
をやつてゐる。
319
右守
(
うもり
)
は
刹帝利
(
せつていり
)
に
向
(
むか
)
ひ、
320
右守
(
うもり
)
『
目出度
(
めでた
)
く
奉還
(
ほうくわん
)
を
御
(
ご
)
許可
(
きよか
)
下
(
くだ
)
さいました
上
(
うへ
)
は、
321
拙者
(
せつしや
)
は
館
(
やかた
)
に
帰
(
かへ
)
り、
322
暫
(
しばら
)
く
謹慎
(
きんしん
)
を
致
(
いた
)
し、
323
君
(
きみ
)
の
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
を
御
(
お
)
待
(
ま
)
ち
致
(
いた
)
します。
324
何分
(
なにぶん
)
宜
(
よろ
)
しく
御
(
お
)
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
します』
325
と
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
326
タルマン、
327
左守
(
さもり
)
其
(
その
)
他
(
た
)
の
面々
(
めんめん
)
を
尻目
(
しりめ
)
にかけ
乍
(
なが
)
ら、
328
ドシドシと
廊下
(
らうか
)
をワザと
鳴
(
な
)
らして
出
(
い
)
でて
行
(
ゆ
)
く。
329
(
大正一二・二・一四
旧一一・一二・二九
於竜宮館
松村真澄
録)
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