霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一七章 奉還状(ほうくわんじやう)〔一三八〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻 篇:第3篇 兵権執着 よみ(新仮名遣い):へいけんしゅうちゃく
章:第17章 奉還状 よみ(新仮名遣い):ほうかんじょう 通し章番号:1380
口述日:1923(大正12)年02月14日(旧12月29日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月8日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
刹帝利をはじめとするビク国の一同は、バラモン軍の将官たちが前後も知らずに寝込んだのを見すまして、善後策についての相談会をひそびそと始めた。
刹帝利、タルマン、左守は二女の勇気と知恵をほめそやした。刹帝利はタルマンの勧めでヒルナ姫の離縁を撤回し、ハルナも妻の働きに感じ入った。左守は、この事件における右守の失態を責め、改めて兵権奉還を右守に迫った。
右守は、自分の妹のカルナ姫が活躍したことを盾に取って抵抗した。右守は、一度は兵権を奉還すると言いながら、奉還状を書くことを拒否するなど卑怯な態度で場をはぐらかしていた。
タルマンはついに怒って、弓に矢をつがえて右守に向けて引き絞り、態度の決定を迫った。これにはさすがの右守を顔色を変えて奉還状を書くことを承諾した。
右守はなおも奉還状の文言をはぐらかしたり、拇印をごまかそうとしたりしたが、左守とタルマンに見破られ、ついに兵権奉還状を刹帝利に提出した。右守は残る面々をしり目にかけながら不満をあらわしつつ出て行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-03-14 20:29:27 OBC :rm5317
愛善世界社版:209頁 八幡書店版:第9輯 580頁 修補版: 校定版:216頁 普及版:104頁 初版: ページ備考:
001 刹帝利(せつていり)002左守(さもり)003右守(うもり)(その)(ほか)一同(いちどう)は、004鬼春別(おにはるわけ)005久米彦(くめひこ)両将軍(りやうしやうぐん)(および)()(にん)副官(ふくくわん)属僚(ぞくれう)(さけ)()ひつぶれ、006前後(ぜんご)()らず寝込(ねこ)んだのを()すまし、007(やうや)(くち)(ひら)善後策(ぜんごさく)につき相談会(さうだんくわい)をヒソビソと(はじ)()した。
008タルマン『刹帝利(せつていり)(さま)(はじ)皆々(みなみな)(さま)009(じつ)意外(いぐわい)好結果(かうけつくわ)()たもので(ござ)いますなア。010()(まつた)盤古(ばんこ)神王(しんのう)(さま)()守護(しゆご)(いた)(ところ)(まを)すに(およ)ばず、011貞婦(ていふ)烈婦(れつぷ)のヒルナ(ひめ)(さま)012カルナ(ひめ)(さま)必死(ひつし)()活動(くわつどう)此処(ここ)(いた)らしめたものと(かんが)へます。013(まこと)にこんな有難(ありがた)(こと)(ござ)いませぬなア』
014刹帝利(せつていり)(かん)()つたる両女(りやうぢよ)(はたら)き、015其方(そのはう)()王家(わうけ)(ため)016国家(こくか)(ため)随分(ずいぶん)(ほね)()つてくれたなア。017(じつ)感謝(かんしや)(いた)りだ』
018タルマン『刹帝利(せつていり)(さま)一寸(ちよつと)(うかが)つておきたいので(ござ)いますが、019貴方(あなた)はヒルナ(ひめ)(ひま)をお()(あそ)ばしたが、020(しか)(なが)()くの(ごと)勲功(くんこう)(あら)はれた(うへ)は、021(もと)のお(きさき)にお(なほ)(あそ)ばすで(ござ)いませうなア』
022刹帝利(せつていり)()れの(ごと)貞婦(ていふ)烈婦(れつぷ)は、023(また)世界(せかい)にあらうまい。024(この)(はう)(かれ)(ため)国家(こくか)危急(ききふ)(すく)はれたのだから、025少々(せうせう)(あやまち)がありとて、026(くに)(おも)(ため)にやつた仕事(しごと)だから、027(べつ)(とがめ)(わけ)には()くまい。028(この)(けん)()いては其方(そなた)一任(いちにん)(いた)す』
029タルマン『早速(さつそく)()承知(しようち)030有難(ありがた)(ぞん)じまする。031ヒルナ(ひめ)(さま)もさぞ()満足(まんぞく)(あそ)ばすことで(ござ)いませう』
032左守(さもり)『ヒルナ(ひめ)(さま)()ひ、033カルナ(ひめ)()ひ、034(じつ)天晴(あつぱれ)(もの)だ。035右守司(うもりのかみ)(ひき)ゆる軍隊(ぐんたい)相当(さうたう)にあつたけれど、036弱将(じやくしやう)(もと)弱卒(じやくそつ)ありとでも()ふものか、037一人(ひとり)()()はなかつた。038カルナ(ひめ)右守殿(うもりどの)(いもうと)()(なが)(じつ)天晴(あつぱれ)女丈夫(ぢよぢやうぶ)だ。039ハルナ、040其方(そなた)手疵(てきず)()うて(くる)しからうが、041あれ(くらゐ)女房(にようばう)()(うへ)(いささ)(なぐさ)むる(ところ)があるだらうのう』
042ハルナ『ハイ』
043()つたきり(かほ)(あか)らめて(うつむ)いてゐる。
044左守(さもり)()和合(わがふ)出来(でき)(うへ)は、045鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)はヨモヤ、046ビク(じやう)軍隊(ぐんたい)まで指揮(しき)せうとは(いた)すまい。047バラモン(ぐん)はバラモン(ぐん)として、048(また)(べつ)陣営(ぢんえい)(つく)るであらう。049さすれば(この)(さい)右守殿(うもりどの)兵馬(へいば)(けん)を、050スツパリと刹帝利(せつていり)(さま)奉還(ほうくわん)なさるが()からうと(ぞん)ずるが、051右守殿(うもりどの)如何(いかが)(ござ)らうな。052(その)(はう)内憂(ないいう)外患(ぐわいくわん)(ふせ)(ため)軍隊(ぐんたい)だと主張(しゆちやう)(なが)ら、053国家(こくか)危急(ききふ)場合(ばあひ)になつてから弱腰(よわごし)をぬかし、054(この)城内(じやうない)をして零敗(ぜろはい)憂目(うきめ)(おちい)らしめたのは(まつた)其方(そなた)責任(せきにん)(ござ)るぞ。055其方(そなた)一片(いつぺん)赤心(せきしん)あらば、056(この)(さい)(つみ)陳謝(ちんしや)し、057スツパリと兵馬(へいば)(けん)を、058(わう)(さま)にお(かへ)しめされ』
059 右守(うもり)はさも不愉快(ふゆくわい)(かほ)をし(なが)ら、
060右守(うもり)『これは心得(こころえ)左守殿(さもりどの)のお言葉(ことば)061拙者(せつしや)(いへ)兵馬(へいば)(けん)(にぎ)家筋(いへすぢ)なれば、062(その)家系(かけい)より(うま)れたるカルナ(ひめ)は、063拙者(せつしや)(かは)つて軍功(ぐんこう)()てたでは(ござ)らぬか。064カルナ(ひめ)左守(さもり)(いへ)(つか)はしたりとは()へ、065ヤハリ右守家(うもりけ)(うま)れた(もの)066右守家(うもりけ)(うま)れたカルナ(ひめ)(かく)(ごと)勲功(くんこう)()てた(うへ)は、067(けつ)して右守家(うもりけ)兵馬(へいば)実力(じつりよく)がないとは()はれますまい。068千軍(せんぐん)万馬(ばんば)(うご)かして勝利(しようり)()るも、069(また)一人(ひとり)(をんな)()つて、070目的(もくてき)完全(くわんぜん)(たつ)するも(おな)(こと)では(ござ)らぬか。071(また)ヒルナ(ひめ)拙者(せつしや)親族(しんぞく)(むすめ)072ヤハリ右守家(うもりけ)系統(けいとう)()いた(もの)073(これ)(おも)へば、074どこどこ(まで)も、075右守(うもり)兵馬(へいば)(けん)(にぎ)つて()らなくては、076ビクの国家(こくか)(たも)たれますまい。077左守殿(さもりどの)老齢(らうれい)(こと)とてチツと(ばか)耄碌(まうろく)(あそ)ばしたなア』
078左守(さもり)邪智(じやち)侫弁(ねいべん)(ふる)つて、079()(まで)野望(やばう)(たつ)せむとする(につ)くき其方(そなた)心根(こころね)080いいかげんに改心(かいしん)なさらぬと、081神罰(しんばつ)立所(たちどころ)(いた)りますぞ。082(おそ)(おほ)くも王妃(わうひ)取込(とりこ)み、083(かつ)(みち)ならぬ(みち)(おこな)はしめ、084(つひ)には不羈(ふき)謀計(ぼうけい)(たつ)せむと(いた)した(ごく)重悪人(ぢうあくにん)085()()ならば、086逆磔(さかはり)にしても(ゆる)(がた)其方(そなた)なれども、087(なに)()つても其方(そなた)兵馬(へいば)(けん)(にぎ)つてゐた実権者(じつけんしや)だから、088刹帝利(せつていり)(さま)(なみだ)()んで今日(けふ)(まで)(しの)(あそ)ばしたのだ。089(この)左守(さもり)だとて(その)(とほ)り、090(また)ヒルナ(ひめ)(さま)国家(こくか)(おも)一念(いちねん)より、091いろいろと()苦心(くしん)(あそ)ばした(あと)は、092歴然(れきぜん)として()りますぞ。093其方(そなた)右守(うもり)(いへ)(うま)れたものならば、094なぜ(をとこ)らしく割腹(かつぷく)して(わう)(まへ)(つみ)(しや)するか(また)095兵馬(へいば)(けん)奉還(ほうくわん)して、096民家(みんか)(くだ)(その)(つみ)陳謝(ちんしや)なさらぬか』
097 右守(うもり)少時(しばし)(かんが)へて()たが、098(なに)(こころ)(うなづ)(いや)らしい目付(めつき)をし(なが)ら、099(にはか)下座(げざ)(なほ)両手(りやうて)(つか)へ、
100右守(うもり)『ハハア、101刹帝利(せつていり)(さま)102(その)(ほか)のお歴々(れきれき)(さま)103右守(うもり)今日(こんにち)只今(ただいま)より、104(おほせ)(したが)前非(ぜんぴ)()い、105兵馬(へいば)(けん)奉還(ほうくわん)(つかまつ)りますれば、106何卒(なにとぞ)()受取(うけと)(くだ)さいませ。107そして吾々(われわれ)(つみ)108(ゆる)(くだ)さらば右守(うもり)民間(みんかん)(くだ)り、109首陀(しゆだ)となつて田園(でんえん)生活(せいくわつ)余生(よせい)(おく)(かんが)へで(ござ)います』
110 刹帝利(せつていり)左右(さいう)(かへり)み、
111刹帝利(せつていり)『タルマン、112左守殿(さもりどの)113(いま)右守(うもり)(まを)した(こと)114(なんぢ)()異存(いぞん)()いか』
115 タルマン、116左守(さもり)はハツと(かしら)()げ、
117左守(さもり)吾々(われわれ)(この)(こと)あらしめむと、118日夜(にちや)(こころ)(なや)ませ()りました(もの)119いかでか異存(いぞん)(ござ)いませうや』
120刹帝利(せつていり)『ウン、121(しか)らば右守(うもり)(ねがひ)(ゆる)すであらう、122右守(うもり)123有難(ありがた)(おも)へ』
124右守(うもり)『ハイ、125(きみ)()仁慈(じんじ)126(きも)(めい)じ、127有難(ありがた)(ぞん)(たてまつ)ります』
128左守(さもり)『ヤア右守殿(うもりどの)129天晴(あつぱれ)々々(あつぱれ)130武士(ぶし)はさうなくては(かな)はぬ。131(しか)らばここで奉還状(ほうくわんじやう)をお(したた)めなさい。132そして拇印(ぼいん)()して(もら)ひませう』
133 右守(うもり)(この)言葉(ことば)にハツと当惑(たうわく)し、134……奉還状(ほうくわんじやう)()いたが最後(さいご)135自分(じぶん)地位(ちゐ)(だい)なしになつて(しま)ふ。136コリヤ(こま)つた破目(はめ)(おちい)つたものだ……と(おも)(なが)ら、137さすが老獪(らうくわい)右守(うもり)138素知(そし)らぬ(かほ)にて、
139右守(うもり)刹帝利(せつていり)(さま)(おそ)(つつし)(まを)()げます。140拙者(せつしや)右守家(うもりけ)相続(さうぞく)(いた)武士(ぶし)片割(かたわ)れ、141一旦(いつたん)奉還(ほうくわん)すると申上(まをしあ)げた以上(いじやう)は、142(けつ)して(へん)がへは(いた)しませぬ。143武士(ぶし)言葉(ことば)二言(にごん)(ござ)いませぬ。144何卒(なにとぞ)(わたくし)人格(じんかく)()つて(くだ)さいませ。145言葉(ことば)(うへ)にて奉還(ほうくわん)さして(いただ)きたう(ござ)います』
146 左守(さもり)厳然(げんぜん)として言葉(ことば)(するど)く、
147左守(さもり)右守殿(うもりどの)148人格(じんかく)(みと)めよと()はれたが、149其方(そなた)人格(じんかく)があると(おも)はるるか、150よく(むね)()()ててお(かんが)へなされ。151()くもマア左様(さやう)図々(づうづう)しい(こと)がいへるものだなア』
152右守(うもり)()不承知(ふしようち)とあれば()むを()ませぬ。153(しか)らば武士(ぶし)言葉(ことば)であれど、154奉還(ほうくわん)すると申出(まをしい)でた(こと)は、155刹帝利(せつていり)(さま)(はじ)めお歴々(れきれき)のお()()さぬと()えまする。156(この)(うへ)()むを()ませぬ、157依然(いぜん)として祖先(そせん)(いへ)()ぎ、158右守(うもり)となつて兵馬(へいば)(けん)掌握(しやうあく)するで(ござ)いませう』
159タルマン『右守殿(うもりどの)160(いやし)くも(わう)(さま)(まへ)申上(まをしあ)げた言葉(ことば)161(けつ)して(あと)へは()かれますまい。162左様(さやう)没義道(もぎだう)(こと)(おほせ)らるるならば、163やむを()ませぬ。164拙者(せつしや)にも(かんが)へが(ござ)る』
165片方(かたはう)にあつた(ゆみ)鏑矢(かぶらや)をつがへ、166満月(まんげつ)(ごと)(ひき)しぼつて、167()穂先(ほさき)右守(うもり)面体(めんてい)()けた。168流石(さすが)右守(うもり)(これ)には辟易(へきえき)し、169サツと面色(かほいろ)()へ、170(くちびる)(ふる)はせ(なが)ら、
171右守(うもり)『イヤ、172たつて、173自説(じせつ)主張(しゆちやう)しようとは(まを)しませぬ。174あ、175(しか)らば奉還(ほうくわん)(いた)しませう』
176 タルマンは(なほ)(ゆみ)満月(まんげつ)()り、177アウンの(いき)()らしてゐる。178タルマンの(つる)にかかつた拇指(おやゆび)一寸(ちよつと)でも(うご)いたが最後(さいご)179右守(うもり)(いのち)(たちま)風前(ふうぜん)灯火(ともしび)である、180(いな)寂滅(じやくめつ)(おちい)るのである。
181左守(さもり)(しか)らば右守殿(うもりどの)182サ、183(はや)く、184此処(ここ)料紙(れうし)(すずり)(ござ)れば、185奉還状(ほうくわんじやう)()(したた)めなされ』
186 右守(うもり)()ぎしりし(なが)ら、
187右守『ああ是非(ぜひ)(およ)ばぬ』
188小声(こごゑ)(つぶや)きつつ、189(つくゑ)(むか)(ふで)()料紙(れうし)(たい)して、190()をビリビリ(ふる)はせ(なが)ら、191奉還状(ほうくわんじやう)(したた)め、192左守(さもり)()(わた)した。193左守(さもり)一度(いちど)文面(ぶんめん)(あらた)めむと、194よくよく()れば、
 
195一、196拙者(せつしや)(こと)197右守家(うもりけ)相続人(さうぞくにん)として、198兵馬(へいば)(けん)(にぎ)り、199国家(こくか)保護(ほご)(にん)じ、200今日(こんにち)(まで)(なん)不都合(ふつがふ)もなく、201ビクの(くに)(およ)王家(わうけ)をして泰山(たいざん)(やす)きにおきたる(こと)202右守家(うもりけ)相続者(さうぞくしや)として(ここ)刹帝利(せつていり)(さま)軍職(ぐんしよく)奉還(ほうくわん)()申出(まをしい)づる(こと)光栄(くわうえい)とす。
203一、204(この)(たび)のバラモン(ぐん)襲撃(しふげき)(さい)し、205右守家(うもりけ)(うま)れたるカルナ(ひめ)軍功(ぐんこう)は、206右守家(うもりけ)兵馬(へいば)(けん)(にぎ)れる家系(かけい)にして勇壮(ゆうさう)活溌(くわつぱつ)血液(けつえき)(つた)はり()(こと)検証(けんしよう)したるを(もつ)光栄(くわうえい)とす。
207一、208刹帝利(せつていり)(きさき)ヒルナ(ひめ)は、209ヤハリ右守家(うもりけ)血統(けつとう)より(うま)れ、210今日(こんにち)軍功(ぐんこう)()て、211祖先(そせん)血統(けつとう)(あきら)かにせしことを光栄(くわうえい)とす。
212一、213(みぎ)(ごと)軍功(ぐんこう)顕著(けんちよ)なる家柄(いへがら)なるを(もつ)て、214ここ(さん)(ねん)(あひだ)(この)(まま)兵馬(へいば)(けん)(にぎ)刹帝利(せつていり)殿(どの)(はじ)め、215左守(さもり)軍学(ぐんがく)素養(そやう)(そな)はりし(とき)(もつ)て、216兵馬(へいば)(けん)奉還(ほうくわん)する(こと)(やく)す。
217 (みぎ)条々(でうでう)相違(さうゐ)()れなく候也(さふらふなり)
218   年月日(ねんぐわつぴ)   右守(うもり)219ベルツ
 
220(しる)してある。221左守(さもり)(くち)をへの()にまげ、222(あらた)めて(わう)(まへ)朗読(らうどく)した。223(わう)無言(むごん)のまま一言(いちごん)(はつ)せず、224(くち)(むす)んで(ひか)えてゐる。225タルマンは(ゆみ)()(つが)(なが)ら、
226タルマン『右守殿(うもりどの)227(この)条文(でうぶん)()れば、228其方(そなた)兵馬(へいば)(けん)恋々(れんれん)たる執着心(しふちやくしん)十二分(じふにぶん)(あら)はれてゐることを(みと)めざる()ない。229傲慢(がうまん)不遜(ふそん)言詞(げんじ)(あらた)め、230キツパリと(をとこ)らしく、231直様(すぐさま)奉還(ほうくわん)(いた)(やう)書替(かきか)へなさい。232左様(さやう)奉還状(ほうくわんじやう)反古(ほご)同様(どうやう)(ござ)る』
233左守(さもり)右守殿(うもりどの)234タルマンの()はるる(とほ)り、235サ、236素直(すなほ)に、237(をとこ)らしく、238キツパリと奉還状(ほうくわんじやう)をお(したた)めなされ』
239右守(うもり)『サア、240それは、241(しばら)くの()猶予(いうよ)(ねが)ひ、242沈思(ちんし)黙考(もくかう)(うへ)(したた)めて呈出(ていしゆつ)(いた)すで(ござ)らう』
243タルマン『右守殿(うもりどの)244侫弁(ねいべん)(ふる)ひ、245(いち)()糊塗(こと)し、246(この)()(のが)れて、247(また)もや野心(やしん)(たく)所存(しよぞん)であらうがな。248(なんぢ)面体(めんてい)歴然(れきぜん)(あら)はれて()りますぞ』
249(こころ)(そこ)まで()()ぬかれて、250(のが)るる(みち)なく執着心(しふちやくしん)(おに)(おさ)(なが)ら、251()くに()かれず(すす)むに(すす)まれぬ(この)()仕儀(しぎ)決心(けつしん)(ほぞ)(かた)めて、252(ふたた)(じやう)(したた)(はじ)めた。
 
253   兵権(へいけん)奉還状(ほうくわんじやう)(こと)
254一、255今日(こんにち)(まで)右守家(うもりけ)祖先(そせん)がビクトリヤ()より委託(ゐたく)されたる兵馬(へいば)(けん)悉皆(しつかい)256(げん)刹帝利(せつていり)ビクトリヤ(わう)御許(みもと)奉還(ほうくわん)(つかまつ)(たく)(さふらふ)(あひだ)257何卒(なにとぞ)特別(とくべつ)()詮議(せんぎ)(もつ)()採納(さいなふ)(くだ)され(たく)258(ひとへ)懇願(こんぐわん)(たてまつ)(さふらふ)(なり)
259   年月日(ねんぐわつぴ)   右守(うもり)260ベルツ
 
261(しる)し、262左守(さもり)()(わた)した。263左守(さもり)(また)(これ)(わう)(まへ)朗読(らうどく)した。
264刹帝利(せつていり)『ウン、265ヨシ、266直様(すぐさま)聞届(ききとどけ)る。267(いち)()(はや)左守司(さもりのかみ)(ひき)つぎを(いた)せよ。268(しか)(なが)(これ)(ねん)(ため)に、269拇印(ぼいん)()しておくがよい』
270右守(うもり)拇印(ぼいん)()すべき(ところ)なれど、271昨日(さくじつ)騒動(さうだう)にカルナの(やつ)(うで)(きず)つけられ、272(ゆび)(さき)(まで)(いた)みを(かん)到底(たうてい)拇印(ぼいん)出来(でき)ませぬ。273全快(ぜんくわい)する(まで)()猶予(いうよ)(ねが)ひまする』
274左守(さもり)右守(うもり)(きず)(みぎ)()では(ござ)らぬか、275拇印(ぼいん)(ひだり)()(かぎ)りますぞ。276サ、277(はや)()して(もら)ひたい』
278(まへ)()()す。279タルマンは(ゆみ)()(つが)へたまま、280右守(うもり)面体(めんてい)(にら)みつけてゐる。281右守(うもり)後日(ごじつ)()(がか)りを(こしら)へん(ため)282ソツと(みぎ)(びん)()むしり、283(ゆび)()て、284(すみ)をつけて拇印(ぼいん)()した。285これは指紋(しもん)誤魔(ごま)かさむが(ため)である。286左守(さもり)目敏(めざと)(これ)()て、
287左守(さもり)右守殿(うもりどの)288(この)拇印(ぼいん)間違(まちが)つて(ござ)る。289一度(いちど)()(なほ)して(もら)ひたい』
290右守(うもり)『これは心得(こころえ)左守殿(さもりどの)言葉(ことば)291拙者(せつしや)(ひだり)拇指(おやゆび)一本(いつぽん)より(ござ)らぬ。292(これ)がお()()らなくば、293左守殿(さもりどの)294拙者(せつしや)代理(だいり)其方(そなた)立派(りつぱ)()しておいて(くだ)され』
295左守(さもり)益々(ますます)(もつ)不埒(ふらち)千万(せんばん)右守(うもり)言葉(ことば)296(かみ)()(もつ)指紋(しもん)(へん)じ、297後日(ごじつ)()ひがかりを(こしら)へむとの、298伏線(ふくせん)(ござ)らうがな。299左様(さやう)(こと)の、300老眼(らうがん)(いへど)も、301(わか)らぬ拙者(せつしや)では(ござ)らぬ。302サ、303(はや)(をとこ)らしく捺印(なついん)なされ』
304 右守(うもり)無念(むねん)(なみだ)(こぼ)(なが)ら、305進退(しんたい)()(きは)まつて、306厭々(いやいや)(なが)らも、307今度(こんど)本当(ほんたう)拇印(ぼいん)()した。
308左守(さもり)『ヤ、309天晴(あつぱれ)々々(あつぱれ)310刹帝利(せつていり)(さま)311(これ)にて手続(てつづ)きは()みまして(ござ)います。312目出度(めでた)御座(ござ)います。313ヤ、314右守殿(うもりどの)315其方(そなた)目出度(めでた)いなア』
316右守(うもり)『ハイ、317()つから……お目出度(めでた)(ござ)います』
318歯切(はぎ)れせぬ答弁(たふべん)をやつてゐる。319右守(うもり)刹帝利(せつていり)(むか)ひ、
320右守(うもり)目出度(めでた)奉還(ほうくわん)()許可(きよか)(くだ)さいました(うへ)は、321拙者(せつしや)(やかた)(かへ)り、322(しばら)謹慎(きんしん)(いた)し、323(きみ)()命令(めいれい)()()(いた)します。324何分(なにぶん)(よろ)しく()(ねが)(いた)します』
325()(なが)ら、326タルマン、327左守(さもり)(その)()面々(めんめん)尻目(しりめ)にかけ(なが)ら、328ドシドシと廊下(らうか)をワザと()らして()でて()く。
329大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
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