霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一五章 公盗(こうたう)〔一四二三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第55巻 真善美愛 午の巻 篇:第3篇 玉置長蛇 よみ(新仮名遣い):たまきちょうだ
章:第15章 公盗 よみ(新仮名遣い):こうとう 通し章番号:1423
口述日:1923(大正12)年03月04日(旧01月17日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
鬼春別以下三人のバラモン組は、宣伝使と俗人の中間的立場である比丘となり、長髪を剃り落され、黒衣を仕立てて金剛杖をつきながら、照国山のビクトル山の谷あいに山伏の修業をなすべく、軍用に使っていたほら貝を吹き立てながら出立していった。
鬼春別は治道居士、久米彦は道貫居士、スパールは素道居士、エミシは求道居士という戒名が与えられた。新米の比丘たちは、治国別け一行や玉置村の人々と別れの歌を交わし、進んで行った。
一同は北の森の祠で野宿をすることになった。夜分、祠の後ろから人声がするのを聞きつけて、治道居士は耳をすませた。聞けば、解散したバラモン軍の兵士たちが、今後の身の振り方を相談しているところだった。盗賊になって一旗揚げようとする三人に反対し、二人が国へ帰ると言って逃げて行った。
治道居士はやにわに数珠をつまぐりながら声も涼しく経文を唱え始めた。三人の元兵士のなり立て盗賊たちは、声をたよりに治道居士を取り囲むと、ベル、シヤル、ヘルと名乗り、金品持ち物を出すようにと凄んだ。
治道居士は、衣類を渡すのは困るから、金をやる代わりに国へ帰って正業に就くようにと諭した。ベルは、帰りの旅費や国へ帰って商売をする元手を計算すると、一人千三百両は要ると治道居士に強要した。
治道居士は、そんな端数ではなく三人まとめて五千両やるから手を出せと言った。ベルは恐る恐る手を出したが、治道居士にぐっと掴まれてしまい、悲鳴を上げている。
治道居士は、約束した以上は金はやると安堵し、おもしろいことが起きていると他の居士たちを起こした。道貫は、実は寝ているふりをして様子をうかがっていたと笑い、自分も千両を与えた。
ベル、シヤル、ヘルの三人は、六千両を三等分し、居士たちにお礼を述べて去って行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-05-27 02:10:58 OBC :rm5515
愛善世界社版:188頁 八幡書店版:第10輯 103頁 修補版: 校定版:198頁 普及版:83頁 初版: ページ備考:
001 鬼春別(おにはるわけ)以下(いか)(さん)(にん)のバラモン(ぐみ)治国別(はるくにわけ)(ゆる)されて、002宣伝使(せんでんし)俗人(ぞくじん)との中間(ちうかん)(てき)比丘(びく)となりスツパリと長髪(ちやうはつ)()りおとされ、003テームスの心遣(こころづか)ひに()つて、004黒衣(くろごろも)仕立(した)てて()せられ、005金剛杖(こんがうづゑ)をつき(なが)ら、006照国山(てるくにやま)ビクトル(さん)谷間(たにあひ)山伏(やまぶし)修業(しうげふ)をなすべく、007軍用(ぐんよう)使(つか)つた法螺(ほら)(かひ)をブウブウと吹立(ふきた)(なが)ら、008道々(みちみち)宣伝歌(せんでんか)(うた)(すす)()く。009鬼春別(おにはるわけ)には治道(ちだう)居士(こじ)010久米彦(くめひこ)には道貫(だうくわん)居士(こじ)011スパールには素道(そだう)居士(こじ)012エミシには求道(きうだう)居士(こじ)といふ戒名(かいみやう)(あた)へた。013治道(ちだう)居士(こじ)(いま)治国別(はるくにわけ)014テームス(その)()一同(いちどう)(わか)れを()げむとして(うた)()んだ。
015治道(ちだう)皇神(すめかみ)(さづ)(たま)ひし霊魂(みたま)をば
016(をさ)めむとして(のり)(みち)ゆく。
017いざさらば(もも)(つかさ)よテームスよ
018(やす)くましませ千代(ちよ)八千代(やちよ)に』
019治国別(はるくにわけ)大神(おほかみ)(めぐみ)(つゆ)()みしめて
020(やす)()きませ(きよ)めの(たき)へ』
021道貫(だうくわん)玉鉾(たまほこ)(みち)(まこと)(つらぬ)きて
022(かみ)御楯(みたて)(つか)(まつ)らむ。
023神司(かむづかさ)(この)()(あるじ)諸共(もろとも)
024(まも)らせ(たま)(わが)()(うへ)を』
025テームス『三五(あななひ)(まこと)(みち)目醒(めざ)めたる
026(ひと)こそ(かみ)(さち)()けなむ』
027素道(そだう)惟神(かむながら)(もと)(こころ)立返(たちかへ)
028(すく)ひの(みち)(すす)みゆくかな。
029猪倉(ゐのくら)(やま)にこもりし曲神(まがかみ)
030(かみ)(ひかり)(てら)されて()く』
031松彦(まつひこ)皇神(すめかみ)(うづ)御子(みこ)たる(きみ)こそは
032(やす)()きませ(かみ)のまにまに』
033求道(きうだう)朝夕(あさゆふ)(まこと)(のり)(もと)めつつ
034今日(けふ)(うれ)しき(かみ)(みち)()く。
035諸人(もろびと)(やす)くましませ(われ)()りし
036あとにも(かみ)(あが)めまつりて』
037竜彦(たつひこ)皇神(すめかみ)(めぐみ)()けてテームスの
038(やかた)()づる(ひと)(たふと)き』
039万公(まんこう)『いざさらば四柱(よはしら)(きみ)(すこやか)
040()(まも)りつつ(かみ)(つか)へよ』
041道晴別(みちはるわけ)惟神(かむながら)(かみ)正道(まさみち)わけゆけば
042(しこ)曲津(まがつ)もさわらざらまし』
043シーナ『(きみ)()かばあとに(のこ)りし吾々(われわれ)
044(さび)しさに()時鳥(ほととぎす)かな。
045さり(なが)治国別(はるくにわけ)がましまさば
046(やす)()でませ(こころ)(のこ)さで』
047スミエル『益良夫(ますらを)(こころ)(こま)立直(たてなほ)
048(むち)うち(すす)今日(けふ)(いさ)まし』
049スガール『(とき)めきし(いくさ)(きみ)三五(あななひ)
050(かみ)(いくさ)(つか)(たま)ひぬ』
051アヅモス『皇神(すめかみ)(えにし)(いと)(むす)ばれし
052(した)しき(とも)(おく)今日(けふ)(かな)
053アーシス『テームスの(やかた)(のこ)(わが)()こそ
054(きみ)行衛(ゆくゑ)(をし)みつつ()く』
055(たみ)国民(くにたみ)天津(あまつ)御国(みくに)(すく)ふべく
056()でます今日(けふ)姿(すがた)雄々(をを)しき』
057治道(ちだう)有難(ありがた)(もも)(つかさ)真心(まごころ)
058幾千代(いくちよ)(まで)(わす)れざらまし』
059(たがひ)(うた)もて応答(おうたふ)(なが)ら、060円頂(ゑんちやう)緇衣(しえ)四人(よにん)()法螺貝(ほらがひ)をブウブウ()きたて、061山野(さんや)空気(くうき)(きよ)(なが)ら、062(わか)れを()しみ()でて()く。
063三千(さんぜん)()()引率(いんそつ)
064猪倉山(ゐのくらやま)(たむろ)して
065暴威(ばうゐ)(ふる)ひし将軍(しやうぐん)
066(たちま)悔悟(くわいご)(はな)(ひら)
067(かみ)(めぐみ)(うれ)しみて
068治国別(はるくにわけ)(まつろ)ひつ
069()(にん)男女(なんによ)(つつが)なく
070テームス(やかた)(おく)りつけ
071至玄(しげん)至妙(しめう)御教(みをしへ)
072(こころ)(ふか)(きざ)みこみ
073昨日(きのふ)(かは)修験者(しうげんじや)
074山伏姿(やまぶしすがた)となり(かは)
075金剛杖(こんがうづゑ)(ちから)とし
076(ほそ)野道(のみち)辿(たど)りつつ
077世間心(せけんごころ)自愛心(じあいしん)
078(あき)()()(こがらし)
079()りて(あと)なき真心(まごころ)
080(ころも)(そで)科戸辺(しなどべ)
081(かぜ)にフワフワいぢらせつ
082(おほ)法螺貝(ほらがひ)()(なが)
083(いさ)(すす)んで(きた)(もり)
084(ほこら)(まへ)立寄(たちよ)りて
085(しば)(いき)をば(やす)めける
086()はズツポリと()()てて
087咫尺(しせき)(べん)ぜぬ(しん)(やみ)
088()(にん)はここに一夜(いちや)をば
089(あか)さむものと(みの)()
090まどろむ(をり)しも(ふる)ぼけた
091(ほこら)(うしろ)(ひと)(こゑ)
092(みみ)にとめたる治道(ちだう)居士(こじ)
093ハテ(いぶ)かしと(うかが)へば
094(にご)りを()びた(ひと)(こゑ)
095()()(いつ)(きこ)()る。
096 治道(ちだう)居士(こじ)は、097他愛(たあい)もなく(さん)(にん)()てゐるのを、098寝息(ねいき)にて(さと)(なが)ら、099自分(じぶん)四五(しご)(にん)(あや)しき(こゑ)(ねむ)られず、100(みみ)をすまして()いてゐた。
101 (ほこら)(うしろ)からはだんだん(おほ)きな(こゑ)(きこ)えて()だした。
102(かふ)『オイ、103サツパリ()まらぬぢやないか、104エエン、105よう(かんが)へて()よ。106折角(せつかく)(おれ)軍曹(ぐんさう)にまでなつたと(おも)へば、107肝心(かんじん)大将(たいしやう)腰抜(こしぬけ)だから、108あの(とほ)(みじ)めな(ざま)になり、109三五教(あななひけう)にスツパリと(かぶと)()ぎ、110チツと(ばか)りの涙金(なみだきん)(ぐらゐ)(もら)つたつて、111(くに)(かへ)つて妻子(さいし)(やしな)(わけ)にもゆかず、112これからどう()振方(ふりかた)(かんが)へたらよからうかな』
113(おつ)(おれ)(たち)()()強盗(がうたう)軍国(ぐんこく)主義(しゆぎ)(そだ)てられて()たものだから、114今更(いまさら)(ほか)職業(しよくげう)につかうと()つたつて、115(なん)にも出来(でき)ぬぢやないか。116泥棒(どろばう)になるのも、117バラモン(ぐん)兵士(へいし)になるのも、118()こそ(ちが)大小(だいせう)区別(くべつ)がある(だけ)だ。119追剥(おひは)ぎをして(ひと)(はだか)にするのも、120沢山(たくさん)軍隊(ぐんたい)()れて敵国(てきこく)蹂躙(じうりん)し、121他人(たにん)(くに)併呑(へいどん)するのもヤツパリ泥棒(どろばう)だ。122(さいはひ)()うして軍刀(ぐんたう)()つてゐるのだから、123(ひと)馬賊団(ばぞくだん)でも組織(そしき)して(おほい)発展(はつてん)せうぢやないか』
124(へい)『オイ両人(りやうにん)125そんな馬鹿(ばか)(こと)(おも)ふものぢやない。126将軍(しやうぐん)(さま)(くだ)さつた(この)(かね)倹約(しまつ)して(かへ)れば、127国許(くにもと)(かへ)つて(なに)(ひと)つの生産(せいさん)事業(じげふ)(おこ)すとか、128真面目(まじめ)商売(しやうばい)をして、129両親(りやうしん)妻子(さいし)(よろこ)ばした(はう)何程(なにほど)()いか()れぬぞ。130将軍(しやうぐん)でさへも改心(かいしん)をなさつたのだから、131(おれ)(たち)(これ)機会(きくわい)善心(ぜんしん)立返(たちかへ)らうぢやないか』
132(おつ)『ヘン馬鹿(ばか)()ふない。133詐偽(さぎ)本位(ほんゐ)産業(さんげふ)算盤持(そろばんも)てば(ひと)(だま)さうとする商売(しやうばい)が、134それが(なに)(たふと)いのだ。135産業(さんげふ)立国(りつこく)とか()つて、136ゼントルメンとやらが、137(さかん)議論(ぎろん)をしてるやうだが、138ヤツパリ彼奴(あいつ)()(てい)のよい泥棒(どろばう)だ。139大会社(だいぐわいしや)だつて、140大商人(だいしやうにん)だつて、141(みな)詐偽(さぎ)泥坊(どろばう)(てい)のいい(やつ)だ。142(むし)陰悪(いんあく)主義(しゆぎ)実行者(じつかうしや)だ。143泥棒(どろばう)(さま)堂々(だうだう)たる陽悪(やうあく)(おこな)ふのだから、144(おな)罪悪(ざいあく)といつても()()いてるぢやないか。145(ぜん)仮面(かめん)(かぶ)つて()(なか)(たぶら)かし、146私利(しり)私欲(しよく)(たく)(くらゐ)147陰険(いんけん)卑怯(ひけふ)悪魔(あくま)はないぢやないか』
148(へい)『さう()へばさうかも()れぬなア、149そんなら(おれ)損者(そんじや)三友(さんいう)といふ(こと)があるが、150(そん)(とく)()らぬが、151(いま)(まで)交際(つきあい)(じやう)152(まへ)(たち)共鳴(きようめい)して、153泥棒(どろばう)会社(くわいしや)重役(ぢうやく)にでもならうかなア』
154(おつ)馬鹿(ばか)()ふな、155吾々(われわれ)益友(えきいう)だ。156益者(えきしや)三友(さんいう)だ。157オイ、158(てい)159(ぼう)160(きさま)()うだ。161(この)(はう)意見(いけん)共鳴(きようめい)するか。162今日(こんにち)只今(ただいま)より泥棒(どろばう)開業(かいげふ)だ。163(きさま)不服(ふふく)とあれば泥棒(どろばう)初商(はつあきな)ひに、164持物(もちもの)一切(いつさい)()()つてやるから有難(ありがた)(おも)へ』
165(てい)『そ、166そ、167そんな無茶(むちや)(こと)()ふものでない、168泥棒(どろばう)をしたい(もの)(おや)()のある(もの)のすることぢやない。169(おれ)(たち)(おや)もあれば()もあるのだから、170何卒(どうぞ)(この)(まま)(たす)けてくれ。171なア(ぼう)172(まへ)もさうだらう』
173(ぼう)『ウン、174(わし)老母(らうぼ)一人(ひとり)(のこ)つてるのだから、175(おや)一人(ひとり)()一人(ひとり)だ。176毎日(まいにち)日日(ひにち)バラモン大神(おほかみ)に……(わが)()立派(りつぱ)人間(にんげん)になりますやうに、177(ひと)(もの)()しいといふやうな根性(こんじやう)になりませぬやうに……と(いの)つてるから、178(わる)(こころ)()してくれな」と(うち)()(とき)(おれ)(そで)にすがつて意見(いけん)したのだから、179これ(だけ)御免(ごめん)(かうむ)りたいなア』
180(おつ)『アハハハハ、181腰抜(こしぬけ)だな。182そんなら今日(けふ)開業祝(かいげふいはひ)に、183(きさま)()両人(りやうにん)大目(おほめ)()てやる。184(その)(かは)りに(ふところ)()つてゐる(かね)半分(はんぶん)(ばか)此方(こちら)へよこせ。185大難(だいなん)小難(せうなん)にまつりかへてやるのだから……』
186(かふ)『オイ(おつ)187此奴(こいつ)()()(にん)(いま)(まで)兄弟(きやうだい)同様(どうやう)にしてゐたのだから、188スツパリと(ゆる)してやれ、189(また)此処(ここ)()れば沢山(たくさん)(ひと)(とほ)るから、190(いく)らでも商売(しやうばい)出来(でき)るからのう』
191(おつ)『オイ、192(てい)193(ぼう)両人(りやうにん)194今日(けふ)見逃(みのが)してやる。195(きさま)軍刀(ぐんたう)()たしておくと、196気違(きちが)ひに刃物(はもの)()たしたやうなものだ。197なまじひ、198道徳(だうとく)(とら)はれて、199天下(てんか)(ため)害悪(がいあく)(のぞ)くのだなどと、200()(くる)ひ、201(おれ)(たち)寝首(ねくび)をかくかも()れないから、202軍刀(ぐんたう)此方(こちら)へよこせ』
203(てい)(ぼう)『これは故郷(こきやう)土産(みやげ)()つて(かへ)り、204(いへ)(たから)とするのだから、205(けつ)してお(まへ)(たち)(くび)(ねら)気遣(きづか)ひはない。206何卒(どうぞ)207スツパリと今日(けふ)見逃(みのが)してくれ』
208(おつ)『エ、209そんなら、210(きさま)(おれ)とは今日(けふ)から国交(こくかう)断絶(だんぜつ)だ。211サ、212一時(いつとき)(はや)公使館(こうしくわん)引上(ひきあ)げるのだ。213シーツ シーツ シーツ』
214(てい)居留民(きよりうみん)()(いた)しませうかな』
215(おつ)『エー、216キヨル(居留(きよりう))キヨルせずに、217(はや)退却(たいきやく)せぬかい、218(きさま)最早(もはや)敵国(てきこく)人民(じんみん)だ。219シーツ シーツ シーツ』
220 丁戊(ていぼう)(やみ)(みち)無性(むしやう)矢鱈(やたら)に、221星影(ほしかげ)(ちから)にし(なが)ら、222(いのち)カラガラ()げて()く。
223 治道(ちだう)居士(こじ)(この)(ささや)きを()いて、224数珠(じゆず)をつまぐり(なが)(こゑ)(すず)しく、
225治道(ちだう)(わく)()(あく)(にん)(ちく) ()(らく)(こん)(がう)(せん) (ねん)()(くわん)(のん)(りき) ()(のう)(そん)(いち)(まう)
226 (わく)()(をん)(ぞく)(ねう) (かく)(しふ)(たう)()(がい) ()(んぴ)(くわん)(のん)(りき) (げん)(そく)()()(しん)底本では漢文に返り点が付いているが、ここでは省略した。これは観音経の一部。訓読文は「或は悪人に逐はれて、金剛山より墜落せんに、彼の観音の力を念ずれば、一毛をも損すること能はず。或は怨賊の遶(めぐ)るに値(あ)ひ。各々刀を執つて害を加へられんに、彼の観音の力を念ずれば、咸(み)な即ち慈心を起さむ」釈宗演・述『観音経講話』大正7年、261頁より(https://dl.ndl.go.jp/pid/943693/1/145)
227一生(いつしやう)懸命(けんめい)(ねん)()した。
228(かふ)『オイ、229(なん)だか()にくわぬ(こと)()ふぢやないか。230観音(くわんのん)(ちから)(ねん)じたら、231(ぞく)(たちま)改心(かいしん)すると()つてゐやがるやうだ。232オイ(なん)だか幸先(さいさき)()られたやうで、233(あま)気持(きもち)()うないぢやないか、234チツとコラ、235思案(しあん)をしなほさななるまいぞ』
236(おつ)馬鹿(ばか)()ふな、237念彼(ねんぴ)観音力(くわんのんりき)もあつたものかい。238そんなこた、239()でもないワイ。240尻喰(けつくら)観音力(くわんのんりき)だ。241そんな(よわ)(こと)で、242生存(せいぞん)競争(きやうそう)泥棒(どろばう)社会(しやくわい)紳士(しんし)として()つて()(こと)出来(でき)るか、243馬鹿(ばか)だなア。244どこの糞坊主(くそばうず)()らぬが、245(おれ)(たち)(こは)さに(ふる)(あが)つて、246仕様(しやう)もない無形(むけい)無声(むせい)観音(くわんのん)(をが)んだつて、247天教山(てんけうざん)木花姫(このはなひめ)はメツタに降臨(かうりん)(あそ)ばす気遣(きづか)ひはないワ。248サア、249(さいはひ)いい(とり)()よつたのだから、250彼奴(あいつ)だつて、251チツと(ぐらゐ)旅費(りよひ)()つてるだらう。252商売初(しやうばいはじ)めだ。253コリヤ、254(かふ)255(へい)256チツと勉強(べんきやう)せぬかい。257ああ大商店(だいしやうてん)主人(しゆじん)になると、258()()める(こと)だワイ。259(ひと)使(つか)へば()使(つか)ふ。260命掛(いのちがけ)商売(しやうばい)をせうと(おも)へば、261どうしても乾分(こぶん)(しつか)りした(やつ)がゐなくちや駄目(だめ)だ』
262小声(こごゑ)(つぶや)(なが)ら、263治道(ちだう)居士(こじ)(こゑ)目当(めあて)(ちか)より()く。264(はじ)めての泥棒(どろばう)(こと)とて、265(つよ)(こと)(くち)()つてゐても、266何処(どこ)ともなしに手足(てあし)がワナワナと(ふる)へてゐた。267(かふ)(へい)両人(りやうにん)(おな)じく(ふる)(なが)(おつ)(うしろ)()いて()く。268(ほこら)(まへ)には(らい)(ごと)(いびき)(きこ)えて()る。
269(おつ)『コココラ、270キキキサマは、271ドドドドコの(やつ)ぢやい。272ササ最前(さいぜん)から、273観音(くわんのん)を、274(をが)んでゐよつたが、275そんな(こと)で、276ビクつくやうな泥棒(どろばう)さまぢやないぞ。277サア、278持物(もちもの)一切(いつさい)を、279綺麗(きれい)280サツパリと、281此処(ここ)()いで……(くだ)さいませぬか……ウン、282(ちが)(ちが)ふ、283()いで、284(わた)さぬかい。285(いや)ぢやなんぞと(ぬか)すが最後(さいご)286(きさま)()(くび)ひつつかまへ、287(かさ)(だい)をチヨン()つて()いて()(しま)うてやるぞ。288(おれ)何方(どなた)心得(こころえ)てる。289バラモン(けう)(おい)驍名(げうめい)かくれなき鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)部下(ぶか)ベル、290シャル、291ヘル(さん)(にん)だ。292サ、293綺麗(きれい)サツパリと()いだり()いだり。294コラ、295シャル、296ヘル、297(きさま)もチツと加勢(かせい)(いた)さぬかい……千騎(せんき)一騎(いつき)場合(ばあひ)だぞ。298親方(おやかた)(ばか)りに(はたら)かすといふ(こと)があるか』
299ヘル『さうだから、300こんな商売(しやうばい)()めといふのだよ』
301ベル『()りかけた(ふね)だ。302(いま)となつて卑怯(ひけふ)未練(みれん)にやめられるかい。303鬼春別(おにはるわけ)(さま)(かほ)(どろ)()るやうなものだ。304鬼春別(おにはるわけ)(さま)堂々(だうだう)三千(さんぜん)軍隊(ぐんたい)引率(いんそつ)して、305強盗(がうたう)強姦(がうかん)放火(つけび)まで(あそ)ばしたでないか。306(うん)がよければ(ひと)(くに)まで占領(せんりやう)せうと()大泥棒(おほどろばう)さまだ。307それの乾児(こぶん)たる(おれ)(たち)が、308そんな(よわ)(こと)でどうならうかい』
309ヘル『それでも、310将軍(しやうぐん)(さま)(かみ)(さま)(ため)311国家(こくか)危急(ききふ)(すく)(ため)に、312(てき)(ほろ)ぼすべくお()でになつたのだ。313つまり()へば天下(てんか)公共(こうきよう)(ため)泥棒(どろばう)だ。314一身(いつしん)一家(いつか)利害(りがい)(ため)になさるのぢやないから、315一概(いちがい)には()へまいぞ。316そんな(こと)(おも)うてると、317(かへつ)将軍(しやうぐん)(さま)(かほ)(どろ)()るやうなものだぞ』
318ベル『エー、319(よわ)(やつ)だな。320コリヤ修験者(しうげんじや)……か(なに)()らぬが、321くたばつたとみえて、322念彼(ねんぴ)観音力(くわんのんりき)もほざかぬやうになつたでないか。323サア、324とつとと持物(もちもの)(わた)したり(わた)したり』
325治道(ちだう)拙者(せつしや)治道(ちだう)(まを)修験者(しうげんじや)(ござ)る。326(しか)(なが)衣類(いるゐ)(わた)(わけ)にはいかぬ。327ここに(かね)があるから、328(これ)(その)(はう)(つか)はす。329(いち)()(はや)国元(くにもと)(かへ)り、330泥棒(どろばう)(おも)()つて、331正業(せいげふ)についたが()からうぞ』
332ベル『ヤア、333此奴(こいつ)334中々(なかなか)()()いた(こと)()ひやがるワイ、335オイ(ひやく)(りやう)二百金(にひやくきん)目腐(めくさ)(がね)で、336(とほ)(みち)(ある)いて(くに)(かへ)れば、337(あと)にや(なん)にも(のこ)らない。338一体(いつたい)(いく)(わた)すといふのだい』
339治道(ちだう)『これつきり、340泥棒(どろばう)をせないといふのならば、341相当(さうたう)(かね)(わた)してやらぬ(こと)はない。342(いく)らくれと()ふのだ』
343ベル『ウーン、344一寸(ちよつと)()つてくれ。345(ひと)計算(けいさん)をせぬと(わか)らぬワイ。346……これからハルナの近在(きんざい)まで(かへ)(まで)には、347何程(なにほど)倹約(けんやく)(いた)しても一人前(いちにんまへ)(ひやく)(りやう)(かね)()る。348それから母者人(ははじやびと)土産(みやげ)(ひやく)(りやう)349女房(にようばう)土産(みやげ)二百(にひやく)(りやう)350子供(こども)土産(みやげ)(ひやく)(りやう)351都合(つがふ)五百(ごひやく)(りやう)だ。352(しか)しそれでは無一文(むいちもん)商売(しやうばい)出来(でき)ない。353何程(なにほど)ちつぽけな八百屋(やほや)(みせ)()しても、354八百屋(はつぴやくや)だから八百(はつぴやく)(りやう)はいる。355さうすると一人前(ひとりまへ)千三百(せんさんびやく)(りやう)356都合(つがふ)三千(さんぜん)九百(きうひやく)(りやう)だ。357そこへ(せん)(ゑん)着物代(きものだい)として此方(こちら)綺麗(きれい)サツパリと(わた)せばよし、358()()(ぬか)すと(いのち)(とも)にバラして(しま)ふぞ。359バラすのはバラモンの特色(とくしよく)だ』
360ヘル『モシモシ(たび)のお(かた)361(あま)(あつ)かましう(まを)しますけれど、362此奴(こいつ)()ひかけたら()かぬ(やつ)ですから、363何卒(どうぞ)半分(はんぶん)でも(よろ)しいから(めぐ)んで(くだ)さいますまいかな。364のうシャル、365(みな)(もら)ふのは(あま)(あつ)かましいぢやないか』
366ベル『エー、367(そば)から茶々(ちやちや)()れやがつて、368主人(しゆじん)商売(しやうばい)番頭(ばんとう)邪魔(じやま)するといふ(こと)があるか、369()()かない(やつ)だなア』
370治道(ちだう)四千(しせん)九百(くひやく)(ゑん)()()がついて、371面白(おもしろ)くない。372ドツと張込(はりこ)んで五千(ごせん)(りやう)やるから、373(これ)()つて(はや)国許(くにもと)(かへ)正業(せいげふ)()いたが()いぞ。374そして鬼春別(おにはるわけ)375久米彦(くめひこ)(その)()のカーネルは、376(いづ)れも三五教(あななひけう)(まこと)(みち)帰順(きじゆん)したのだから、377(まへ)(たち)(くに)(かへ)つたら(かみ)(さま)信仰(しんかう)し、378()りにも(ひと)(もの)(ぬす)んだり、379(いま)(まで)のやうな殺伐(さつばつ)(こと)はキツとするでないぞ。380サ、381()()せ、382此処(ここ)五千(ごせん)(りやう)(つつ)みがある、383(あらた)めて受取(うけと)つたがよからうぞ』
384 ベルは(おそ)(なが)ら、385(こゑ)()るべに()をニユツと()した。386鬼春別(おにはるわけ)治道(ちだう)は、387(その)()をグツと(にぎ)つた。
388ベル『アイタタタタ、389オイ(みな)(やつ)390大変(たいへん)()()いた(やつ)だ。391チツと()加勢(かせい)をしてくれぬかい、392中々(なかなか)(かね)をくれさうにないぞ』
393治道(ちだう)『アハハハハ面白(おもしろ)面白(おもしろ)い、394泥棒(どろばう)失敗(しつぱい)(また)旅情(りよじやう)(なぐさ)むるには一興(いつきよう)だ。395(しか)(なが)(おれ)(をとこ)だ。396五千(ごせん)(りやう)(めぐ)んでやると()つた以上(いじやう)は、397メツタに(あと)へは()かぬ。398道貫(だうくわん)399素道(そだう)400求道殿(きうだうどの)401貴方(あなた)もいいかげんに()()ましなさい。402面白(おもしろ)(こと)出来(でき)()りますよ』
403道貫(だうくわん)『ハハハハ、404イヤ最前(さいぜん)から、405吾々(われわれ)(さん)(にん)(いびき)をかいて様子(やうす)(かんが)へて()りました。406随分(ずいぶん)(こま)つた(やつ)ですな。407三千(さんぜん)(にん)(なか)では、408こんな(やつ)もタマには出来(でき)るでせう。409(しか)(なが)貴方(あなた)五千(ごせん)(りやう)やりますか、410(しか)らば(わたし)一千(いつせん)(りやう)やりませう』
411ベル『イヤ、412何処(どこ)何方(どなた)()りませぬが、413有難(ありがた)(ござ)ります。414何卒(なにとぞ)()姓名(せいめい)をお()かせ(くだ)さいませ』
415治道(ちだう)『ウン、416(おれ)治道(ちだう)といふ修験者(しうげんじや)だ。417(まへ)(せん)(りやう)やらうといふは道貫(だうくわん)といふ(をとこ)だ。418(いち)()(はや)国許(くにもと)(かへ)つて正業(せいげふ)()いたがよからうぞ』
419 『ハイ有難(ありがた)う』と幾度(いくたび)(れい)()(なが)ら、420ベル、421シャル、422ヘルの(さん)(にん)は、423六千(ろくせん)(りやう)(かね)二千(にせん)(りやう)づつ分配(ぶんぱい)し、424(よろこ)(いさ)んで(この)(ほこら)(やみ)(まぎ)れて立去(たちさ)りにける。
425大正一二・三・四 旧一・一七 於竜宮館 松村真澄録)
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