一方、都大路の中心では、公園内で浮浪階級大演説会が始まった。出口・入り口は多数の取締りで固められ、警戒ものものしい様子である。
浮浪階級演説会の会長・ブルドックはたいへんな勢いで演説を始めた。
世の中がこうも乱れた原因は、松若彦・伊佐彦の老中が私欲を満たそうと、衆生から搾り取っているためである。
この難しい世を切り抜ける唯一の手段は、世を暗がりにしている張本人を打ち切って棄てるより他に手立てはない。
神や仏はなにもしてくれない。ただ自分の腕力のみが頼りだ。
取り締まりはこれを聞いて中止・解散を命ずるが、弁士たちは応じず、大乱闘の騒ぎとなり、町々には火の手があがった。
するとそこへ侠客たちが消防隊を組織してやって来て、たちまち火災を消し止め、引き上げてしまった。
火事の騒ぎが収まると、群集はまたもや公園に集まり来たり、内閣倒壊、金持ち階級の討滅、清家階級の打破を叫びだした。再び取締も集まり、第二の闘争が始まり、ほとんど戦場のようになってしまった。
そこへ、白馬にまたがり、被面布で顔を覆い隠した女が宣伝歌を歌いながら現れた。
自分はオリオン星座より降り立った神の使い、松代姫である。
汝ら一同は皆、皇神の珍の子、兄弟である。争いあうとは何事か。
神の目から見れば、上に立つ者も下にいる者も、どちらも名利物欲を第一にしている。
どちらも神を忘れ、自らの魂のありかを忘却している。
人は神の子神の宮、天津国の聖霊が、神の御心を謹んで承り、この世の人と生まれ来ているのである。
このことを知り、悔い改め、上下貴賎の区別なく、心を合わせて珍の国を守るべし。
女は馬に鞭打ち、駈け去っていく。これは実は、松若彦の娘、常盤姫であった。常盤姫は春乃姫と示し合わせ、騒動を治めるために天使と化けて現れたのであった。
憲兵、取締、群集、主義者らは麗しい天使の出現に肝をつぶし、闘争をやめてただ呆然と女天使の後を見送っていた。
そこへまた、蓑笠、草鞋、脚絆のいでたちで、布で顔を覆い隠した女が、宣伝歌を歌いながら進み来た。
女は自ら春乃姫であると名乗る。
世の人々は上下の区別なく互いに合い親しんで、神の宝を分かち合い、満遍なく分配するのが神の決まりである。
この神の教えにすがって世を開くより道はない。
今や天の時が来た。上下各階級の人々よ、目覚めるべし。
歌い終わると、春乃姫と名乗る女は煙のように姿を隠してしまった。人々は春乃姫と聞いて感嘆し、取締も群集も文句も言わずに各々家路に帰り行く。