第三章 恋戦連笑〔一七七〇〕
インフォメーション
著者:出口王仁三郎
巻:霊界物語 第70巻 山河草木 酉の巻
篇:第1篇 花鳥山月
よみ(新仮名遣い):かちょうさんげつ
章:第3章 恋戦連笑
よみ(新仮名遣い):れんせんれんしょう
通し章番号:1770
口述日:1925(大正14)年08月23日(旧07月4日)
口述場所:丹後由良 秋田別荘
筆録者:北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:1925(大正14)年10月16日
概要:
舞台:
あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:千草姫はキューバーに惚れたふりをして、逆に彼を虜としてしまう。海千山千のキューバーも、千草姫の美貌にしてやられてしまった。
千草姫は腕を握る振りをして、柔道の技で脈どころを握り締め、キューバーを気絶させてしまう。城の外からはときの声が聞こえてくる。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]:
備考:
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データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :rm7003
愛善世界社版:34頁
八幡書店版:第12輯 402頁
修補版:
校定版:34頁
普及版:18頁
初版:
ページ備考:
001 千草姫はキユーバーを一室に伴ひ行き、002あらゆる媚を呈し彼の心胆を蕩かし、003凡ての秘密の泥を吐かしめむと百方尽力してゐた。004キユーバーは千草姫の美貌を見て天津乙女かエンゼルか、005ネルソンパテーか楊貴妃か、006小野の小町か照手姫か、007平和の女神かとドングリ目を細うし008眉毛や目尻を七時二十五分過にさげおろし、009口角よりねばつたものをツーツーと、010ほし下しの芸当を演じ、011ハンカチーフにてソツト拭ひ乍ら、012茹章魚のやうになつてその美貌に見惚れてゐる。013もう、014かうなる上は千草姫の一顰一笑はキユーバーの命さへも左右する力があつた。015キユーバーは自分の目的や大足別との経緯もスツカリ忘れて、016只宇宙間、017神もなく仏もなく、018大黒主もなく、019天も地もなく、020只、021目にとまるものは、022艶麗なる千草姫、023耳に聞ゆるものは姫のなまめかしい玉の声のみとなつて了つた。
024千草姫『もうし、025救世主様、026貴方は何とした立派なお方で御座りませう。027何程盤古神王様が御神力があると申しても、028大国彦様がお偉いと云つても、029已に既に過去の神様で御座ります。030どんなに手を合せても、031ウンともスンとも云つて下さいませぬ。032それに何ぞや、033天来の救世主の君に親しくお目にかかり、034天の御声をそのまま聞かして頂く妾は、035何と云ふ幸福でせう。036貴方の御姿を霊的に窺はして貰ひますれば、037玲瓏玉の如く、038金剛石の如く039御身体一面にキラキラと輝いてゐます。040妾は目も眩みさうで御座りますわ。041そして貴方の玉の御声、042一言聞いても皆、043妾の肉と力になつて了ふのですもの。044何と云ふ立派な神様が現はれなされたものでせう。045どうかキユーバー様、046この結構な玉のお声を047妾以外のものに聞かして貰つちやいやですよ。048この結構なお姿を世界の人間の目に入れちや困りますよ。049アーア儘になるなら三千世界の人間を皆盲にして了ひたいわ。050そして世界中の人間の耳を木耳にし度う御座りますわ。051ねーあなた、052恋しきキユーバー様』
053とあらむ限りの追従を並べたて、054蕩けた奴を尚々蕩かさうとする。055恰も骨のない章魚に蕎麦粉をかけたやうにズルズルになつて了ひ056口から涎を出す、057オチコからはなを垂れる、058千草姫の玉の肌に触れぬ中から、059キユーバーは五つの穴から体の肥汁を搾取され、060秋の夕暮れの霜をあびたバツタのやうになつて了つた。
061キユーバー『これ千草姫、062俺を、063どうしてくれるのだ。064これでもスコブツエン宗の教祖大黒主の片腕、065三千世界を一目に見透すマハトマの聖雄だ。066俺の骨迄筋迄グニヤグニヤにして了ふとは、067本当に凄い腕前ぢやないか』
068千草『ホヽヽヽヽヽ、069あの、070マア、071キユーバー様の仰有いますこと。072大黒主の片腕だとか、073救世主だとか、074そんなちよろこい霊では、075貴方は御座りませぬわ。076棚機姫の化身として、077玉の御舟黄金の楫を操り078トルマン国へ、0781天降つて来たこの千草姫を、079マルツキリ蒟蒻のやうにして了ふと云ふ、080貴方は凄い御腕前、081否立派な男前、082女殺しの罪なお方、083妾は昼とも夜とも、084西とも東とも判別がつかなくなりました。085惚れた弱味か知れませぬが、086貴方の鼻息の出やうによつて妾の生命に消長があるのですもの。087妾が可愛いと思召すなら、088どうぞ長生をさして下さいや。089刃物持たずの人殺しは嫌ですよ。090スコブツエン宗の法力によつて、091貴方と一緒に千年も万年も不老不死で暮したう御座りますわ』
092キユ『エツヘヽヽヽヽヽ、0921よしよし、093お前と俺とさへ幸福にあれば、094世の中は暗にならうと、095潰れやうと、096そんな事は頓着ないわ。097天下無双の美人だと思つてゐたらその筈、098お前は棚機姫の天降りだつたのか。099いかにも、100どこともなしに気品の高いスタイルだ。101天下の幸福をお前と俺と二人して独占すればいいぢやないか。102もう、103かうなれば大黒主もヘツタクレもない。104俺の決心は動かないから安心してくれ。105千草姫、106あまり俺だつて憎うはあるまいがな、107エツヘヽヽヽヽヽ』
110『此夫にして此妻あり、111お日さまにお月さま、112お天道さまにお地球さま。113キユーバーさまに千草姫。114猫に鰹節。115これ丈けよう揃ふた夫婦が三千世界に御座りませうかね』
116キユ『アツハヽヽヽヽヽ、117此奴は面白い。118人間も一生に一度は幸運に出会すと云ふ事だ。119此キユーバーも大神の御利益によつて初めての安心立命を得た。120其方は俺に対して大救世主だ。121弥勒如来だ、122メシヤだ、123キリストだ、124瑞の御霊だ。125お前をおいて救世主が何処にあらう。126お前と俺と二柱、127天上高く舞ひ上り、128天の浮橋に乗り、129大海原に漂へる国々の民を安養浄土に助けてやらうぢやないか。130どうだ姫、131よもや異存はあるまいな』
132千草『いやですよ。133最前も云つたぢやありませぬか。134貴方の姿は妾以外に見せるのは嫌ですよ。135玉の御声は妾以外に聞かしちや嫌ですよ。136貴方は気の多いお方だから、137三千世界の蒼生にまで、138この尊いお姿を拝ましてやり、139そして慄いつき度い程味のある、140天人の音楽にも勝る玉の御声を、141万人にお聞かせ遊ばすお考へでせうが、142その御声は妾一人が聞かして頂く約束ぢや御座りませぬか』
143キユ『これ、144千草姫、145お前も仲々したたか者だな。146やさしい顔をして居つて、147あまり欲が深過るぢやないか。148このキユーバーは天下万民を救ふため天降つて来たのだ。149それでは、150少し天の使命に反くと云ふものだがな』
151 千草姫は故意とプリンと背を向け、
152『ヘン勝手にして下さいませ。153妾は、154もう死ますから、155(泣声)オーンオーンオーンオーンオーン』
156キユ『これこれ千草姫殿、157さう怒つて貰つちや困る。158お前の悪い事云つたのぢやなし、159マア、160トツクリと俺の云ふ事を聞いてくれ。161世界万民に対して愛を注がうと云ふのぢやないからな』
162千草『エー、163知りませぬ。164妾のやうなお多福は到底、165お気に入りますまい。166ウオーンウオーンウオーン』
167キユ『アツハヽヽヽヽヽ、168丁度芋虫のやうだ。169プリンプリンと右と左へ、170お頭をお振り遊ばすわい。171これ姫さま、172さう悪く思つちやいけない。173マア、174トツクリと俺の腹の底を聞いて下さい』
175 千草姫は又もやプリンと体を廻し、176ペタリと地上に倒れ、177左右の袂で顔を被ひ乍ら、
178『ハイ芋虫で御座ります。179芋虫は芋助の厄介になればよいのです。180分相応と云ふ事が御座りますからね、181アーンアーンアーンアーン』
182キユ『何とマア、183ヒステリックだな。184芋虫と云つたのが、185それ程お気に触つたのか』
186千草『ハイ妾は芋虫で御座りませう。187貴方の目から御覧になつたら、188雪隠虫のやうに見えませう。189エーくやしい、190アーンアーンアーンアーンもう知りませぬ知りませぬ。191妾のやうな者は此世にをりさへせなかつたら、192いいんですわ。193気の多い貴方のやうなお方に恋慕して、194悩殺されるよりも、195体よう舌をかんで死んだがましで御座りますわい、196ウオーン ウオーン』
197キユ『コーレ、198姫さま、199トツクリと聞いて下さい。200このキユーバーを可愛いと思召すなら、201さう気をもまさずにおいて下さい。202どうやら俺の方が悩殺されさうになつて来た。203エー、204泣き度くなつて来た。205一つ惚れ泣きを思ふ存分し度いと思つたのに、206姫から先鞭をつけられたので大変な損をした。207此方から御機嫌を取らにやならぬやうになつて来たわい。208アーア、209恋も仲々並や大抵で成立しないものだな』
210千草『キユーバーさま、211貴方本当にひどい人ですわ。212妾を泣かして泣かして焦れ死さそうと思つてゐなさるのでせう。213サアどうぞ殺して下さい。214頭の先から爪の先迄、215貴方に任したのですから、216もうかうなりやお屁一つ弾じる勇気も御座りませぬわ』
217キユ『俺だつて、218お前のために鰻の蒲焼ぢやないが、219背骨を断ち割られて了つたやうだ。220これ丈けの心尽しをチツともお前は汲みとつてくれないのか』
221千草『ヱー残念やな残念やな。222貴方こそ、223妾の心を汲みとつて下さらないのだもの』
224と云ひ乍らキユーバーの顔を目がけて一寸斗りも伸ばした爪を、225無遠慮に額から胸先かけて、226ゲリゲリと二三べん掻き下ろした。
227キユ『アイタツタヽヽヽヽヽ、228これ姫、229無茶をすない。230顔一面に蚯蚓脹れが出来るぢやないか。231こんな事されちや外分が悪くて、232外出出来はせぬわ』
233千草『そりやさうですとも。234外の女に顔を見せないやうに意茶つき喧嘩の印を、235尊き尊き可愛いお顔につけておいたのですもの。236これでも妾の心底が分りませぬか』
237キユ『アハヽヽヽヽヽ、238アイタツタヽヽヽ、239笑ふと顔の筋が引張つて、240アツハヽヽヽヽ、241アイタツタヽヽヽヽヽ、242ひどい事をする女だな、243お前は』
244千草『そらさうでせうとも。245相見互ひですわ。246妾の命を貴方に捧げたのですもの、247貴方だつて妾に生命を呉れるでせう。248薄皮位むいたつてそれが何です。249小指一本貰ひませうか』
250キユ『そりや小指の一本位お前の為にや、251やらぬ事はないが、252神さまから与へられた完全の体を傷つけるには及ばぬぢやないか。253それよりも俺の魂を受取つてくれ。254魂が肝腎だからのう』
255千草『貴方の魂をやらうと仰有つたが、256どうしたら下さいますか』
257キユ『俺の魂と云ふのは真心だ。258言心行の一致だ』
259千草『そんなら、260どうか真心を表はす為に、261何でも云ふ事、262聞いて下さるでせうな』
263キユ『ウン、264聞いてやる。265お前の為にや、266生命でも何時でもやるのだ』
267 千草は嬉しさうな顔してニタニタ笑ひ乍ら、
268『キユーバー様、269貴方の真心が分りました。270嬉しう御座りますわ。271これで暗が晴れました』
272と何とも云へぬ愛嬌の滴る、2721眼光に露を含んでキユーバーを注視した。273キユーバーはこのニコリと笑つた千草姫の顔に益す夢現となり、274垂涎滝の如く『エツヘヽヽヽヽ』と顔の紐まで解いて、275清水焼の布袋の出来損ひのやうな面になつて了つた。
276千草『サア、277キユーバー様、278今妾に何時でも命をやらうと仰有いましたね』
279キユ『ウン、280確に云ふた。281俺も男だ、282やると云ふたらやる。283お前の事だつたら何でも聞いてやる。284仮令大黒主の命令に反いてもお前の命令には反かぬからのう』
285千草『アヽそれ聞いて安心しました。286サア早速命を頂戴しませう』
287と懐剣をスラリと引抜き身構へする。288流石惚けきつたキユーバーも短刀を見るや、289本当に命をとられるのかと蒼くなり慄い声を出し乍ら、
290キユ『待つた待つた、291ソウ気の早い、292お前に命をやつてどうするのだ。293俺が死んだら俺の綺麗な顔を見る事も出来ず、294俺の玉の声を聞く事も出来ぬぢやないか。295恋に逆上せるのもいいが、296そこまで行つちやいけないよ、297マア、298チツト気を落ちつけたらどうだ』
299千草『恋愛の真の味ひは生命を捨てる処にあるのですよ。300涙から真の恋愛が生れるのですもの、301貴方は命をやらうと云ひ乍ら、302何故実行をして下さらないのですか。303言心行一致と申されましたが、304ヤツパリ妾を、305かよわき女だと思つて、306お嬲遊ばしたのですか、307エー悔しい悔しい、308残念やな残念やな』
309と短刀を、310其場に捨てて泣き伏す。
311 キユーバーはヤツト安心し、312胸を撫で下ろし乍ら、
313『アツハヽヽヽヽヽ、314面白い面白い、315恋愛もここ迄出て来ぬと、316神聖味が分らぬわい。317何と可愛いものだな』
318千草『貴方は妾を騙してそれ程面白う御座りますか。319そら、320さうでせう。321三千世界の女を皆、322済度しようと仰有るやうな気の多いお方ですもの。323言心行一致が聞いて呆れますわ』
324キユ『今の人間は心に思はぬ事でも口で云ふぢやないか。325このキユーバーは三千世界の救世主だ。326決して心にない事は云はない。327今の人間は口と心と行ひが一致せぬのみか、328心と口とが一致してゐない。329俺は心に思ふた事を口へ出して、330お前に云つたのだから言心一致だよ、331ハツハヽヽヽヽヽ』
332千草『言心一致なんて、333そんな誤魔化しは喰ひませぬ。334も一つの行ひの実行を見せて下さい』
335キユ『なんとむつかしい註文だな。336さうむつかしう云はなくても、337いいぢやないか。338俺の心を買つてくれ。339千年も万年も、340生永らへてお前を楽ましてやらうと思つてこそ命を惜むのだ。341これもヤツパリお前の為だ』
342 千草は故意とニコニコし乍ら、
343千草『ア、344それで分りました。345どうか、346エターナルに可愛がつて頂戴ね。347外に心を移すことは、348いやですよ』
349キユ『ハツハヽヽヽヽヽ、350ヤア之で先づ先づ平和克復だ。351象牙細工のやうな白いお手に瑪瑙の爪、352縦から見ても横から見ても、353ホントに棚機姫に間違ないわ。354オイ姫、355どうか一つ握手してくれないか』
356千草『ハイ、357お安い事で御座ります』
358と毛ダラケの岩のやうな真黒気の手をソツと握る。
359キユ『オイ、360姫、361モチト確り握つてくれ。362どうも頼りないぢやないか。363そんなやさしい握り方では、364どうしても恋愛の程度が分らないわ』
365千草『ハイ、366そんな事仰有いますと、367お手が砕ける程握りますよ』
368キユ『ヨーシ俺の息がとまる所迄握つてくれ、369ハツハヽヽヽヽヽ』
370と又もや口から粘液性の、371きつい糸を垂らしてゐる。372千草姫は柔道の手を以て脈処を力限りにグツと握り〆た。373キユーバーはウンと一声真蒼になつて、374その場に平太て了つた。
375 千草姫はニツコと笑ひ、
376『ホヽヽヽヽヽ、377この悪魔奴、378かうして置けば暫らく安心だ。379たうとう気絶した様だわい、380ホツホヽヽヽヽヽ』
381 城の内外には激戦が初まつてゐると見え、382ドンドンキヤアキヤア、383と陣馬の犇く声、384飛道具の音、385刻一刻と高まり来る。
386(大正一四・八・二三 旧七・四 於由良秋田別荘 北村隆光録)