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第13巻(子の巻)
モノログ
凡例
総説
第1篇 勝利光栄
01 言霊開
〔527〕
02 波斯の海
〔528〕
03 波の音
〔529〕
04 夢の幕
〔530〕
05 同志打
〔531〕
06 逆転
〔532〕
第2篇 洗礼旅行
07 布留野原
〔533〕
08 醜の窟
〔534〕
09 火の鼠
〔535〕
第3篇 探険奇聞
10 巌窟
〔536〕
11 怪しの女
〔537〕
12 陥穽
〔538〕
13 上天丸
〔539〕
第4篇 奇窟怪巌
14 蛙船
〔540〕
15 蓮花開
〔541〕
16 玉遊
〔542〕
17 臥竜姫
〔543〕
18 石門開
〔544〕
19 馳走の幕
〔545〕
20 宣替
〔546〕
21 本霊
〔547〕
第5篇 膝栗毛
22 高加索詣
〔548〕
23 和解
〔549〕
24 大活躍
〔550〕
信天翁(三)
余白歌
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第二四章
大活躍
(
だいくわつやく
)
〔五五〇〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第13巻 如意宝珠 子の巻
篇:
第5篇 膝栗毛
よみ(新仮名遣い):
ひざくりげ
章:
第24章 大活躍
よみ(新仮名遣い):
だいかつやく
通し章番号:
550
口述日:
1922(大正11)年03月21日(旧02月23日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1922(大正11)年10月30日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
六人の宣伝使と弥次彦、与太彦は、途中林の中で野宿をした。しかし起きてみると、音彦、弥次彦、与太彦を残して五人の宣伝使の姿が消えてしまった。
弥次彦と与太彦は騒ぎ出すが、音彦は慌てず、追ってフサの都に歩いて行こう、と先を促す。弥次彦と与太彦はおかしなやり取りをしている。
すると、にわかに人馬の物音が聞こえ、三人はウラル教の捕り手たちに囲まれてしまった。弥次彦と与太彦はものすごい勢いで拳をふるって血路を開き、駆け出した。音彦はその後を宣伝歌を歌いながらゆうゆうと進んで行く。
ウラル教の捕り手頭は、三人を捕らえるように下知するが、捕り手たちは口ごたえして動かない。捕り手頭は一人で追いかけようとするが、馬に振り落とされて帰幽してしまった。
捕り手の一人・八公は仕方なく、一人で峠を下って宣伝使らを追いかける。
音彦らは丸木橋を渡って逃げるが、さらにウラル教徒らに囲まれてしまい、逃げ出す。荒男の館に迷い込んでまたそこから逃げ、泥田にはまりこんでまたそこから逃げる。
最後に小鹿峠に追い込まれ、数十人の捕り手に囲まれた三人は、決死の覚悟で断崖の谷間に飛び降りた。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2020-12-16 17:15:06
OBC :
rm1324
愛善世界社版:
283頁
八幡書店版:
第3輯 134頁
修補版:
校定版:
283頁
普及版:
124頁
初版:
ページ備考:
001
茲
(
ここ
)
に
六
(
ろく
)
人
(
にん
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
は、
002
田子
(
たご
)
の
町
(
まち
)
に
於
(
お
)
けるお
竹
(
たけ
)
の
宿
(
やど
)
の
騒動
(
さうだう
)
を
鎮定
(
ちんてい
)
し、
003
弥次彦
(
やじひこ
)
、
004
与太彦
(
よたひこ
)
は
宣伝使
(
せんでんし
)
に
扈従
(
こじゆう
)
して、
005
コーカス
山
(
ざん
)
に
向
(
むか
)
ふ
事
(
こと
)
となつた。
006
六
(
ろく
)
人
(
にん
)
は
馬上
(
ばじやう
)
に
跨
(
またが
)
り、
007
二人
(
ふたり
)
は
徒歩
(
とほ
)
のままテクテクとフサの
都
(
みやこ
)
を
指
(
さ
)
して
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
008
タカオ
山脈
(
さんみやく
)
に
連続
(
れんぞく
)
せる
猿山峠
(
さるやまたうげ
)
の
麓
(
ふもと
)
に
着
(
つ
)
いた。
009
永
(
なが
)
き
春日
(
はるひ
)
も
早
(
はや
)
暮
(
く
)
れ
果
(
は
)
てて、
010
四辺
(
あたり
)
は
靄
(
もや
)
に
包
(
つつ
)
まれた。
011
一行
(
いつかう
)
八
(
はち
)
人
(
にん
)
はとある
林
(
はやし
)
の
中
(
なか
)
に
蓑
(
みの
)
を
敷
(
し
)
き
寝
(
しん
)
に
就
(
つ
)
いた。
012
何
(
いづ
)
れも
長途
(
ちやうと
)
の
旅
(
たび
)
に
疲
(
つか
)
れ
果
(
は
)
て、
013
前後
(
ぜんご
)
も
知
(
し
)
らず
寝入
(
ねい
)
るのであつた。
014
夜中
(
やちう
)
に
弥次彦
(
やじひこ
)
は
目
(
め
)
を
覚
(
さ
)
まし、
015
あたりを
見
(
み
)
れば、
016
朧
(
おぼろ
)
の
月
(
つき
)
は
頭上
(
づじやう
)
に
木
(
こ
)
の
間
(
ま
)
を
透
(
とほ
)
して
輝
(
かがや
)
いて
居
(
ゐ
)
る。
017
六
(
ろく
)
人
(
にん
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
のうち
五
(
ご
)
人
(
にん
)
の
姿
(
すがた
)
は、
018
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
にか
消
(
き
)
え
失
(
う
)
せて、
019
附近
(
あたり
)
に
人
(
ひと
)
の
気配
(
けはい
)
もない。
020
弥次彦
(
やじひこ
)
『モシモシ
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
021
起
(
お
)
きて
下
(
くだ
)
さい、
022
人
(
ひと
)
が
紛失
(
ふんしつ
)
いたしました』
023
音彦
(
おとひこ
)
『ナニ、
024
人間
(
にんげん
)
が
紛失
(
ふんしつ
)
した?、
025
ソンナ
事
(
こと
)
があるものか、
026
お
前
(
まへ
)
夢
(
ゆめ
)
でも
見
(
み
)
たのだらう』
027
弥次彦
(
やじひこ
)
『イヤ
決
(
けつ
)
して
決
(
けつ
)
して
夢
(
ゆめ
)
ではありませぬ、
028
マア
目
(
め
)
を
開
(
あ
)
けてご
覧
(
らん
)
なさい、
029
馬
(
うま
)
も
居
(
を
)
りませず、
030
宣伝使
(
せんでんし
)
のお
姿
(
すがた
)
も
何処
(
どこ
)
かへ、
031
蒙塵
(
もうぢん
)
されたやうな
塩梅
(
あんばい
)
ですワ』
032
音彦
(
おとひこ
)
は
目
(
め
)
を
擦
(
こす
)
りながら、
033
附近
(
あたり
)
を
見
(
み
)
まはし、
034
音彦
(
おとひこ
)
『ヤアこれは
殺生
(
せつしやう
)
だ、
035
到頭
(
たうと
)
棄
(
す
)
てられて
了
(
しま
)
つた。
036
エー
仕方
(
しかた
)
がない、
037
何事
(
なにごと
)
も
神直日
(
かむなほひ
)
大直日
(
おほなほひ
)
に
見直
(
みなほ
)
し
聞直
(
ききなほ
)
しだ。
038
吾々
(
われわれ
)
を
鞭撻
(
べんたつ
)
しようと
思
(
おも
)
つて、
039
鷹彦
(
たかひこ
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
が、
040
熟睡
(
じゆくすゐ
)
の
隙
(
すき
)
を
狙
(
ねら
)
つて
発足
(
はつそく
)
されたのだらう。
041
夫
(
そ
)
れにしてもご
苦労
(
くらう
)
な
事
(
こと
)
だ、
042
自分
(
じぶん
)
は
斯
(
か
)
うして
夜中
(
やちう
)
の
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
て
居
(
ゐ
)
るのに、
043
五
(
ご
)
人
(
にん
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
は、
044
夜露
(
よつゆ
)
を
冒
(
をか
)
して
夜中
(
やちう
)
行軍
(
かうぐん
)
、
045
大抵
(
たいてい
)
の
事
(
こと
)
であるまい。
046
音彦
(
おとひこ
)
は
大変
(
たいへん
)
草臥
(
くたび
)
れて
居
(
を
)
るから、
047
マアゆつくりと
休
(
やす
)
ましてやらうと
言
(
い
)
つて、
048
一足先
(
ひとあしさき
)
へお
出
(
い
)
でになつたのだらう。
049
何
(
いづ
)
れフサの
都
(
みやこ
)
の
手前
(
てまへ
)
で
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
さるであらう』
050
弥次彦
(
やじひこ
)
『モシモシ
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
051
ソンナ
気楽
(
きらく
)
な
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
つてる
所
(
ところ
)
ぢやありませぬで、
052
あなたの
馬
(
うま
)
も
居
(
ゐ
)
ないぢやありませぬか、
053
この
辺
(
へん
)
には
大変
(
たいへん
)
な
大
(
おほ
)
きい
大蛇
(
をろち
)
が、
054
夜分
(
やぶん
)
に
横行
(
わうかう
)
しますから、
055
宣伝使
(
せんでんし
)
も
馬
(
うま
)
も
一緒
(
いつしよ
)
に
呑
(
の
)
んで
了
(
しま
)
つて
腹
(
はら
)
を
膨
(
ふく
)
らし、
056
呑
(
の
)
み
満足
(
たんのう
)
をしよつて、
057
吾々
(
われわれ
)
を
呑残
(
のみのこ
)
しにしたのかも
分
(
わか
)
りませんよ』
058
音彦
(
おとひこ
)
『マア
心配
(
しんぱい
)
なさるな、
059
神
(
かみ
)
の
道
(
みち
)
を
伝
(
つた
)
ふる
宣伝使
(
せんでんし
)
、
060
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
がご
守護
(
しゆご
)
遊
(
あそ
)
ばすから、
061
大蛇
(
だいじや
)
がどうして
呑
(
の
)
む
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
よう。
062
キット
先
(
さき
)
へ
行
(
い
)
つて、
063
吾々
(
われわれ
)
の
来
(
く
)
るのを
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
さるだらうから』
064
弥次彦
(
やじひこ
)
『オイ
与太
(
よた
)
、
065
起
(
お
)
きぬか、
066
ナンダ、
067
大変事
(
だいへんじ
)
が
勃発
(
ぼつぱつ
)
して
居
(
ゐ
)
るのに、
068
グウグウと
寝
(
ね
)
て
居
(
ゐ
)
る
所
(
どころ
)
か、
069
サアサアこれから
手配
(
てくば
)
りをして、
070
宣伝使
(
せんでんし
)
の
在処
(
ありか
)
を
探
(
さが
)
さねばならないぞ』
071
与太彦
(
よたひこ
)
『ムニヤムニヤムニヤ、
072
アーねむた、
073
折角
(
せつかく
)
良
(
い
)
い
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
て
居
(
を
)
つたのに、
074
起
(
おこ
)
されて
惜
(
を
)
しい
事
(
こと
)
をした、
075
掌中
(
しやうちう
)
の
玉
(
たま
)
を
奪
(
うば
)
はれたやうな
気
(
き
)
がするワイ』
076
弥次彦
(
やじひこ
)
『
惜
(
を
)
しい
夢
(
ゆめ
)
つて、
077
ドンナ
夢
(
ゆめ
)
だい、
078
金
(
かね
)
でも
拾
(
ひろ
)
つた
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
たのだろう』
079
与太彦
(
よたひこ
)
『どうしてどうして、
080
ソンナ
夢
(
ゆめ
)
ぢやない、
081
三日間
(
みつかかん
)
は
人
(
ひと
)
に
言
(
い
)
ふなと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だ、
082
夢
(
ゆめ
)
を
取
(
と
)
られると
困
(
こま
)
るから、
083
ここ
三日間
(
みつかかん
)
は
夢
(
ゆめ
)
に
対
(
たい
)
して
無言
(
むごん
)
の
行
(
ぎやう
)
だ』
084
弥次彦
(
やじひこ
)
『
大体
(
だいたい
)
が
夢
(
ゆめ
)
ぢやないか、
085
たとへ
実現
(
じつげん
)
するにした
所
(
ところ
)
で、
086
お
前
(
まへ
)
と
俺
(
おれ
)
との
仲
(
なか
)
だ、
087
一
(
ひと
)
つの
物
(
もの
)
を
二
(
ふた
)
つに
割
(
わ
)
つて
食
(
く
)
ひ
合
(
あ
)
ふやうな、
088
昵懇
(
ぢつこん
)
な
仲
(
なか
)
で、
089
夢
(
ゆめ
)
を
惜
(
をし
)
んで
話
(
はな
)
さないと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
があるか。
090
お
前
(
まへ
)
の
物
(
もの
)
は
俺
(
おれ
)
の
物
(
もの
)
、
091
俺
(
おれ
)
の
物
(
もの
)
はやつぱり
俺
(
おれ
)
の
物
(
もの
)
だ』
092
与太彦
(
よたひこ
)
『アハヽヽヽ、
093
それだから
言
(
い
)
はれぬのだ、
094
取込
(
とりこみ
)
思案
(
しあん
)
ばかりしよつて、
095
抜目
(
ぬけめ
)
のない
男
(
をとこ
)
だから』
096
弥次彦
(
やじひこ
)
『
貴様
(
きさま
)
はよつぽど
水臭
(
みづくさ
)
い
男
(
をとこ
)
だよ、
097
綺麗
(
きれい
)
さつぱりと
白状
(
はくじやう
)
して
了
(
しま
)
へ。
098
大方
(
おほかた
)
隣
(
となり
)
の
嬶
(
かかあ
)
を
何々
(
なになに
)
する
所
(
ところ
)
で
揺
(
ゆ
)
すり
起
(
おこ
)
されたのだらう、
099
それだから
俺
(
おれ
)
に
言
(
い
)
はれないのだらう。
100
百
(
ひやく
)
尺
(
しやく
)
竿頭
(
かんとう
)
一歩
(
いつぽ
)
を
進
(
すす
)
めて
露骨
(
ろこつ
)
に
云
(
い
)
へば、
101
俺
(
おれ
)
の
嬶
(
かかあ
)
に○○しようと
思
(
おも
)
つた
所
(
ところ
)
を
起
(
おこ
)
されたのだらう』
102
与太彦
(
よたひこ
)
『
何
(
なに
)
を
言
(
い
)
ふのだ、
103
あまり
馬鹿
(
ばか
)
にするない、
104
腹
(
はら
)
が
立
(
た
)
つわ。
105
これほど
昵懇
(
ぢつこん
)
にして
居
(
ゐ
)
るのに、
106
俺
(
おれ
)
の
日頃
(
ひごろ
)
の
精神
(
せいしん
)
が、
107
貴様
(
きさま
)
は
分
(
わか
)
らぬのか。
108
エー
残念
(
ざんねん
)
な、
109
腹立
(
はらだ
)
たしや、
110
ソンナ
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
うと
俺
(
おれ
)
が
死
(
し
)
んだら
化
(
ば
)
けて
出
(
で
)
てやるぞ』
111
弥次彦
(
やじひこ
)
『
腹
(
はら
)
が
立
(
た
)
つなら
言
(
い
)
はぬかい。
112
俺
(
おれ
)
と
貴様
(
きさま
)
の
間柄
(
あひだがら
)
ぢや、
113
二人
(
ふたり
)
の
仲
(
なか
)
に
隔
(
へだ
)
てや
秘密
(
ひみつ
)
があつては
親友
(
しんいう
)
と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ぬぢやないか、
114
ナアもし
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
115
さうでせう、
116
朋友
(
ほういう
)
といふものは
互
(
たがひ
)
に
相信
(
あひしん
)
じ、
117
相助
(
あひたす
)
けるのが
朋友
(
ほういう
)
の
道
(
みち
)
でせう』
118
音彦
(
おとひこ
)
『さやうぢや、
119
互
(
たがひ
)
に
打解
(
うちと
)
けた
間柄
(
あひだがら
)
と
云
(
い
)
ふ
者
(
もの
)
は
気分
(
きぶん
)
の
良
(
よ
)
いものですなア。
120
与太
(
よた
)
サン、
121
元来
(
ぐわんらい
)
が
夢
(
ゆめ
)
だ、
122
さう
弥次
(
やじ
)
サンの
気
(
き
)
を
揉
(
も
)
まさずに
言
(
い
)
つて
上
(
あ
)
げなさい』
123
与太彦
(
よたひこ
)
『アー
仕方
(
しかた
)
がない、
124
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
のお
言葉
(
ことば
)
、
125
首
(
くび
)
が
千切
(
ちぎ
)
れても、
126
三日間
(
みつかかん
)
は
女房
(
にようばう
)
にだつて
言
(
い
)
はないのが
夢
(
ゆめ
)
の
規則
(
きそく
)
だけれど、
127
天則
(
てんそく
)
を
破
(
やぶ
)
つて
一伍
(
いちぶ
)
一什
(
しじふ
)
を
展開
(
てんかい
)
いたしませう。
128
……
抑
(
そもそ
)
も
夢
(
ゆめ
)
の
顛末
(
てんまつ
)
といへば、
129
古今
(
ここん
)
に
比類
(
ひるゐ
)
を
絶
(
ぜつ
)
したる
大
(
だい
)
大吉
(
だいきち
)
祥瑞
(
しやうずゐ
)
の
大霊夢
(
だいれいむ
)
だ。
130
一富士
(
いちふじ
)
二鷹
(
にたか
)
三茄子
(
さんなすび
)
つて
夢
(
ゆめ
)
の
中
(
なか
)
でも
王
(
わう
)
さまだ。
131
与太公
(
よたこう
)
が、
132
何処
(
どこ
)
だつたか、
133
処
(
ところ
)
は
忘
(
わす
)
れたが、
134
道
(
みち
)
を
歩
(
ある
)
いて
居
(
を
)
ると
立派
(
りつぱ
)
な
葬礼
(
さうれん
)
が
通
(
とほ
)
りました。
135
葬礼
(
さうれん
)
の
夢
(
ゆめ
)
は
何
(
なに
)
も
彼
(
か
)
も
落着
(
らくちやく
)
すると
言
(
い
)
つて、
136
事
(
こと
)
が
墓行
(
はかゆき
)
に
運
(
はこ
)
ぶと
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
、
137
それから
芽出度
(
めでた
)
い
鷹
(
たか
)
の
夢
(
ゆめ
)
だ、
138
ヤア
立派
(
りつぱ
)
な
葬礼
(
さうれん
)
だなと
見
(
み
)
て
居
(
ゐ
)
ると
云
(
い
)
うと、
139
そこへパツパツパツと、
140
飛行機
(
ひかうき
)
の
様
(
やう
)
にやつて
来
(
き
)
た
結構
(
けつこう
)
なお
方
(
かた
)
があるのだ。
141
それは
鷹
(
たか
)
が
三匹
(
さんびき
)
与太公
(
よたこう
)
の
前
(
まへ
)
に
下
(
お
)
りて、
142
与太公
(
よたこう
)
の
顔
(
かほ
)
を
見
(
み
)
ては
一寸
(
ちよつと
)
俯
(
うつぶ
)
き、
143
また
上
(
あ
)
げては
俯
(
うつぶ
)
き、
144
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
にアヽ
与太
(
よた
)
さまは
立派
(
りつぱ
)
な
男
(
をとこ
)
だナアと
言
(
い
)
はぬ
許
(
ばか
)
りの
顔
(
かほ
)
をして
見惚
(
みと
)
れて
居
(
ゐ
)
ました。
145
私
(
わたくし
)
も
何
(
なん
)
だか
気分
(
きぶん
)
が
良
(
よ
)
いので、
146
ジツとして
鷹
(
たか
)
と
睨
(
にら
)
みつくらをして
居
(
ゐ
)
ると、
147
どこからともなく
一本
(
いつぽん
)
の
穂
(
ほ
)
に
五六升
(
ごろくしよう
)
も
実
(
み
)
がなつた
様
(
やう
)
な
黍
(
きび
)
がそこヘバサと
落
(
お
)
ちて
来
(
き
)
た、
148
一粒
(
ひとつぶ
)
万倍
(
まんばい
)
と
云
(
い
)
つて
数
(
かず
)
の
殖
(
ふ
)
える
黍
(
きび
)
の
夢
(
ゆめ
)
だから、
149
あの
通
(
とほ
)
り
宝
(
たから
)
が
殖
(
ふ
)
えるのであらう。
150
本当
(
ほんたう
)
に
気分
(
きぶん
)
の
良
(
よ
)
い
夢
(
ゆめ
)
だらう、
151
ナア
弥次彦
(
やじひこ
)
、
152
コンナ
夢
(
ゆめ
)
は
聖人
(
せいじん
)
君子
(
くんし
)
でなければ、
153
到底
(
たうてい
)
見
(
み
)
る
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ないよ』
154
弥次彦
(
やじひこ
)
『そら
大変
(
たいへん
)
だ、
155
貴様
(
きさま
)
気
(
き
)
を
付
(
つ
)
けないといかぬぞ』
156
与太彦
(
よたひこ
)
『
大変
(
たいへん
)
だらう、
157
本当
(
ほんたう
)
に
気
(
き
)
を
付
(
つ
)
けぬと、
158
結構
(
けつこう
)
な
夢
(
ゆめ
)
の
実現
(
じつげん
)
を、
159
他人
(
たにん
)
に
横領
(
わうりやう
)
されては、
160
糠喜
(
ぬかよろこ
)
びになるからナ』
161
弥次彦
(
やじひこ
)
『まだソンナ
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
よる、
162
葬礼
(
さうれん
)
に
鷹
(
たか
)
三匹
(
さんびき
)
、
163
黍
(
きび
)
といふぢやないか、
164
その
夢
(
ゆめ
)
は
大凶兆
(
だいきようてう
)
だ、
165
災難
(
さいなん
)
の
前提
(
ぜんてい
)
だ、
166
獏
(
ばく
)
に
喰
(
く
)
はせ
獏
(
ばく
)
に
喰
(
く
)
はせ』
167
与太彦
(
よたひこ
)
『コンナ
結構
(
けつこう
)
な
夢
(
ゆめ
)
を
獏
(
ばく
)
に
喰
(
く
)
はしてたまらうか、
168
俺
(
おれ
)
が
食
(
く
)
うのだ』
169
弥次彦
(
やじひこ
)
『
本当
(
ほんたう
)
に
大悪夢
(
だいあくむ
)
だよ、
170
そうれ、
171
三鷹
(
みたか
)
、
172
よい
黍
(
きび
)
だ、
173
アハヽヽ』
174
与太彦
(
よたひこ
)
『エー
言霊
(
ことたま
)
の
悪
(
わる
)
い、
175
詔
(
の
)
り
直
(
なほ
)
せ
詔
(
の
)
り
直
(
なほ
)
せ』
176
音彦
(
おとひこ
)
『ヤア、
177
良
(
よ
)
いと
言
(
い
)
へば
良
(
よ
)
い
夢
(
ゆめ
)
だ、
178
悪
(
わる
)
いと
言
(
い
)
へば
悪
(
わる
)
い
夢
(
ゆめ
)
だ。
179
良
(
よ
)
い
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
たと
言
(
い
)
つて、
180
油断
(
ゆだん
)
をすれば、
181
吉
(
きち
)
変
(
へん
)
じて
凶
(
きよう
)
となり、
182
悪
(
わる
)
い
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
ても、
183
心得
(
こころえ
)
やうに
依
(
よ
)
つては、
184
凶
(
きよう
)
変
(
へん
)
じて
吉
(
きち
)
となるものだ。
185
マアマア
油断
(
ゆだん
)
大敵
(
たいてき
)
、
186
得意
(
とくい
)
の
時
(
とき
)
には
得
(
え
)
てして
禍
(
わざはひ
)
の
種
(
たね
)
を
蒔
(
ま
)
くものだ。
187
災厄
(
わざはひ
)
に
悩
(
なや
)
む
時
(
とき
)
こそ
却
(
かへつ
)
て
喜悦
(
よろこび
)
の
種
(
たね
)
を
蒔
(
ま
)
く
時
(
とき
)
だ。
188
善悪
(
ぜんあく
)
不二
(
ふじ
)
、
189
吉凶
(
きつきよう
)
同根
(
どうこん
)
だ、
190
ヤア
各自
(
めんめ
)
に
気
(
き
)
を
付
(
つ
)
けねばなりませぬワイ』
191
斯
(
か
)
かる
所
(
ところ
)
へ
人馬
(
じんば
)
の
物音
(
ものおと
)
ザワザワと、
192
数十
(
すうじふ
)
人
(
にん
)
の
黒
(
くろ
)
い
影
(
かげ
)
、
193
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
前
(
まへ
)
に
迫
(
せま
)
り
来
(
き
)
たる。
194
源五郎
『ヤアそこに
臥
(
ふ
)
せり
居
(
を
)
る
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
者
(
もの
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
の
一行
(
いつかう
)
であらう、
195
我
(
われ
)
こそはウラル
教
(
けう
)
の
大目付役
(
おほめつけやく
)
、
196
鷹掴
(
たかつかみ
)
の
源五郎
(
げんごらう
)
だ。
197
此処
(
ここ
)
へ
来
(
う
)
せたは
汝
(
なんぢ
)
が
運
(
うん
)
の
尽
(
つき
)
、
198
サア
尋常
(
じんじやう
)
に
手
(
て
)
を
廻
(
まは
)
せ』
199
弥次彦
(
やじひこ
)
『それ
見
(
み
)
たか
与太彦
(
よたひこ
)
、
200
貴様
(
きさま
)
の
精神
(
せいしん
)
が
悪
(
わる
)
いから、
201
碌
(
ろく
)
でもない
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
よつて、
202
瞬
(
またた
)
く
間
(
うち
)
に
実現
(
じつげん
)
して
来
(
き
)
たぢやないか、
203
コンナ
夢
(
ゆめ
)
ならモウ
分配
(
ぶんぱい
)
して
不用
(
いら
)
ぬワイ』
204
与太彦
(
よたひこ
)
『エー
夢
(
ゆめ
)
どころの
話
(
はなし
)
かい、
205
大変
(
たいへん
)
だ。
206
モシモシ
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
207
コラ
一体
(
いつたい
)
全体
(
ぜんたい
)
どうなるのでせう』
208
音彦
(
おとひこ
)
『アハヽヽヽ、
209
夢
(
ゆめ
)
の
浮世
(
うきよ
)
だ、
210
ウラル
教
(
けう
)
の
大目付役
(
おほめつけやく
)
もやつぱり
人間
(
にんげん
)
だ、
211
一
(
ひと
)
つ
善言
(
ぜんげん
)
美詞
(
びし
)
の
言霊
(
ことたま
)
を
以
(
もつ
)
て
言向和
(
ことむけやは
)
しませう、
212
………
高天原
(
たかあまはら
)
に
神
(
かみ
)
留
(
つま
)
ります………』
213
源五郎
(
げんごらう
)
『ヤアまがふ
方
(
かた
)
なき
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
、
214
ヤアヤア
家来
(
けらい
)
の
者共
(
ものども
)
、
215
抜
(
ぬ
)
かるな、
216
一度
(
いちど
)
に
飛
(
と
)
びかかつて、
217
取
(
と
)
つ
締
(
ち
)
めて
了
(
しま
)
へ』
218
弥次彦
(
やじひこ
)
『エー
仕方
(
しかた
)
がない、
219
血路
(
けつろ
)
を
開
(
ひら
)
いて
一目散
(
いちもくさん
)
に
韋駄天
(
ゐだてん
)
走
(
ばし
)
りだ、
220
与太公
(
よたこう
)
続
(
つづ
)
けツ』
221
と
言
(
い
)
ひながら、
222
群
(
むら
)
がる
群集
(
ぐんしふ
)
の
中
(
なか
)
に
向
(
むか
)
つて、
223
鉄拳
(
てつけん
)
を
打振
(
うちふ
)
りながら、
224
一目散
(
いちもくさん
)
に
駆出
(
かけだ
)
した。
225
猛虎
(
まうこ
)
の
如
(
ごと
)
き
凄
(
すさま
)
じき
勢
(
いきほひ
)
に、
226
ウラル
教
(
けう
)
の
捕手
(
とりて
)
は、
227
パツと
左右
(
さいう
)
に
分
(
わか
)
れた。
228
二人
(
ふたり
)
は
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
駆
(
か
)
け
出
(
だ
)
す。
229
音彦
(
おとひこ
)
はその
後
(
あと
)
に
悠々
(
いういう
)
として、
230
宣伝歌
(
せんでんか
)
を
歌
(
うた
)
ひながら
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
231
源五郎
(
げんごらう
)
『ヤアヤア
部下
(
ぶか
)
の
奴共
(
やつども
)
、
232
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
腰抜
(
こしぬけ
)
だ、
233
向
(
むか
)
うは
僅
(
わづか
)
に
三
(
さん
)
人
(
にん
)
、
234
五十
(
ごじふ
)
人
(
にん
)
も
居
(
ゐ
)
ながら、
235
取
(
と
)
り
逃
(
にが
)
すとは
不届
(
ふとど
)
きな
奴
(
やつ
)
だ、
236
どうしてウラル
彦
(
ひこ
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
申訳
(
まをしわけ
)
をするのだ、
237
愚図
(
ぐづ
)
々々
(
ぐづ
)
いたさず、
238
俺
(
おれ
)
に
続
(
つづ
)
いてやつて
来
(
こ
)
い、
239
今度
(
こんど
)
は
生命
(
いのち
)
を
的
(
まと
)
に
進撃
(
しんげき
)
するのだ』
240
捕手の一人
『ヤア
御
(
おん
)
大将
(
たいしやう
)
、
241
責任
(
せきにん
)
はあなたにありますで、
242
あなたの
策戦
(
さくせん
)
計画
(
けいくわく
)
が
宜
(
よろ
)
しきを
得
(
え
)
ないから、
243
折角
(
せつかく
)
の
敵
(
てき
)
を
取逃
(
とりに
)
がしたのだ。
244
吾々
(
われわれ
)
はその
日
(
ひ
)
限
(
かぎ
)
りの
傭人足
(
やとひにんそく
)
だけの
事
(
こと
)
より
出来
(
でき
)
ませぬワイ。
245
お
前
(
まへ
)
さまは、
246
沢山
(
たくさん
)
な
手当
(
てあて
)
を
貰
(
もら
)
つて
御座
(
ござ
)
るのだ、
247
吾々
(
われわれ
)
の
五十
(
ごじふ
)
人
(
にん
)
振
(
ぶり
)
もお
手当
(
てあて
)
を
貰
(
もら
)
つて
居
(
を
)
りながら、
248
あた
強欲
(
がうよく
)
な、
249
みなの
頭
(
あたま
)
を
張
(
は
)
つて、
250
栄耀
(
えいよう
)
栄華
(
えいぐわ
)
に
暮
(
くら
)
して
居
(
を
)
るものだから、
251
たーれも
真剣
(
しんけん
)
に、
252
阿呆
(
あほう
)
らしくて
生命
(
いのち
)
がけの
仕事
(
しごと
)
が
出来
(
でき
)
るものか、
253
丈
(
だけ
)
は
丈
(
だけ
)
、
254
丈
(
だけ
)
の
働
(
はたら
)
きだ。
255
お
前
(
まへ
)
さまも
丈
(
だけ
)
の
働
(
はたら
)
きをしなさい。
256
………オイ
皆
(
みな
)
の
奴
(
やつ
)
、
257
馬鹿気
(
ばかげ
)
とるぢやないか、
258
アンナ
奴
(
やつ
)
を
追
(
お
)
ひかけてでも
行
(
い
)
かうものなら、
259
それこそ
俺
(
おれ
)
ばつかりの
難儀
(
なんぎ
)
ぢやない、
260
一家
(
いつか
)
親類
(
しんるゐ
)
兄弟
(
きやうだい
)
は
申
(
まを
)
すに
及
(
およ
)
ばず、
261
女房
(
にようばう
)
子供
(
こども
)
までが、
262
どれだけ
嘆
(
なげ
)
く
事
(
こと
)
だらう。
263
阿呆
(
あほう
)
らしい、
264
目腐
(
めくさ
)
れ
金
(
がね
)
を
貰
(
もら
)
つて、
265
この
日
(
ひ
)
の
永
(
なが
)
いのに、
266
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで
酷使
(
こきつか
)
はれて、
267
おまけに
夜業
(
やげふ
)
まで
強制
(
きやうせい
)
されて
堪
(
たま
)
るものか。
268
ノー
皆
(
みな
)
の
奴
(
やつ
)
……』
269
乙
(
おつ
)
『オーさうださうだ、
270
なにほど
大将
(
たいしやう
)
が
威張
(
ゐば
)
つた
所
(
ところ
)
で、
271
石亀
(
いしがめ
)
の
地団駄
(
ぢだんだ
)
だ、
272
おつつかないワ、
273
………モシモシ
源五郎
(
げんごらう
)
の
親方
(
おやかた
)
、
274
是
(
これ
)
から
往
(
い
)
けなら
往
(
い
)
きますが、
275
ヤツパリ
丈
(
だけ
)
は
丈
(
だけ
)
ぢや、
276
丈
(
だけ
)
出
(
だ
)
して
下
(
くだ
)
さらぬか』
277
源五郎
(
げんごらう
)
『
現金
(
げんきん
)
な
奴
(
やつ
)
だナア、
278
早
(
はや
)
く
往
(
い
)
つて
手柄
(
てがら
)
を
致
(
いた
)
せ、
279
滅多
(
めつた
)
に
使
(
つか
)
ひボカシは
致
(
いた
)
さぬぞ。
280
ソンナ
勘定
(
かんぢやう
)
は
後
(
あと
)
にして、
281
危急
(
ききふ
)
存亡
(
そんばう
)
の
場合
(
ばあひ
)
だ、
282
早
(
はや
)
く
進
(
すす
)
まぬか』
283
丙
(
へい
)
『ヤア
前賃
(
さきちん
)
を
貰
(
もら
)
はなくちや、
284
働
(
はたら
)
く
勢
(
せい
)
がないワイ、
285
モシモシ
大将
(
たいしやう
)
、
286
幾許
(
いくら
)
出
(
だ
)
しますか』
287
源五郎
(
げんごらう
)
『エー
煩雑
(
うるさ
)
い
奴
(
やつ
)
だな、
288
愚図
(
ぐづ
)
々々
(
ぐづ
)
して
居
(
を
)
ると、
289
遠
(
とほ
)
く
逃去
(
にげさ
)
つて
了
(
しま
)
うワイ』
290
丙
(
へい
)
『
走
(
はし
)
るのが
幾
(
いく
)
ら、
291
掴
(
つか
)
まへるのが
幾
(
いく
)
らですか、
292
少々
(
せうせう
)
高
(
たか
)
くつても、
293
つかまへるのはお
断
(
ことわ
)
りしたいものですな』
294
源五郎
(
げんごらう
)
『
走
(
はし
)
つたつて、
295
ナニ
役
(
やく
)
に
立
(
た
)
つか、
296
捕
(
つか
)
まへるのが
目的
(
もくてき
)
だ』
297
丙
(
へい
)
『
私
(
わたくし
)
も
捕
(
つか
)
まへるのが
目的
(
もくてき
)
だ、
298
早
(
はや
)
く
捕
(
つか
)
まへさしなさい。
299
ドツサリと………
何時
(
いつ
)
も
大将
(
たいしやう
)
は、
300
また
後
(
あと
)
から
後
(
あと
)
からと
月並式
(
つきなみしき
)
に
仰有
(
おつしや
)
るけれど、
301
後
(
あと
)
はケロリと
瘧
(
おこり
)
が
落
(
お
)
ちた
様
(
やう
)
な
顔
(
かほ
)
して
何度
(
なんべん
)
催促
(
さいそく
)
しても
歯切
(
はぎ
)
れのせぬ
御
(
ご
)
返辞
(
へんじ
)
、
302
ヌラリクラリと
鰻
(
うなぎ
)
でも
掴
(
つか
)
むやうに、
303
掴
(
つか
)
まへ
所
(
どころ
)
のないお
方
(
かた
)
ぢや、
304
私
(
わたくし
)
も
確乎
(
しつかり
)
と
掴
(
つか
)
まへた
上
(
うへ
)
でなければ、
305
捕
(
つか
)
まへる
事
(
こと
)
はマア
措
(
お
)
きませうかい。
306
この
睡
(
ねむ
)
たいのに、
307
生命懸
(
いのちがけ
)
の
仕事
(
しごと
)
をしたつて、
308
お
前
(
まへ
)
さまが
沢山
(
たくさん
)
な
褒美
(
ほうび
)
を
貰
(
もら
)
つて、
309
吾々
(
われわれ
)
は
骨折損
(
ほねをりぞん
)
の
草疲儲
(
くたびれまう
)
け、
310
罷
(
まか
)
り
違
(
ちが
)
へば
一
(
ひと
)
つよりない
生命
(
いのち
)
を
棒
(
ぼう
)
に
振
(
ふ
)
らねばならぬのだからナア』
311
源五郎
(
げんごらう
)
『エー
分
(
わか
)
らぬ
奴
(
やつ
)
ぢや、
312
急場
(
きふば
)
の
間
(
ま
)
に
合
(
あ
)
はないぞ、
313
早
(
はや
)
く
進
(
すす
)
まぬか、
314
宣伝使
(
せんでんし
)
が
逃
(
に
)
げてから、
315
何
(
なに
)
ほど
走
(
はし
)
つたつて
仕方
(
しかた
)
がないぞ』
316
甲
(
かふ
)
『こちらが
一足
(
ひとあし
)
走
(
はし
)
れば
向
(
むか
)
うも
一足
(
ひとあし
)
走
(
はし
)
る、
317
どこまで
往
(
い
)
つたつてお
月
(
つき
)
さまを
追
(
おひ
)
かけて
行
(
ゆ
)
くやうなものだ。
318
マアそれほど
大将
(
たいしやう
)
、
319
急
(
いそ
)
ぐには
及
(
およ
)
びませぬワイ、
320
「
急
(
いそ
)
がずば
濡
(
ぬ
)
れざらましを
旅人
(
たびびと
)
の、
321
あとより
霽
(
は
)
るる
野路
(
のぢ
)
の
夕立
(
ゆふだち
)
」……やがて
雨
(
あめ
)
も
霽
(
は
)
れませう、
322
あまり
慌
(
あわ
)
てるものぢやない、
323
急
(
せ
)
いては
事
(
こと
)
を
仕損
(
しそん
)
ずる、
324
急
(
せ
)
かねば
事
(
こと
)
が
間
(
ま
)
に
合
(
あ
)
はぬ、
325
アーア
彼方
(
あちら
)
立
(
た
)
てれば
此方
(
こちら
)
が
立
(
た
)
たぬ、
326
此方
(
こちら
)
立
(
た
)
てれば
彼方
(
あちら
)
が
立
(
た
)
たぬ、
327
両方
(
りやうはう
)
立
(
た
)
てれば
身
(
み
)
が
立
(
た
)
たぬ、
328
何
(
なん
)
だか
知
(
し
)
らぬが、
329
気乗
(
きの
)
りがせぬので、
330
一向
(
いつかう
)
心
(
こころ
)
が
引立
(
ひきた
)
たぬ』
331
乙
(
おつ
)
『モウ
今頃
(
いまごろ
)
には、
332
大分
(
だいぶ
)
に
敵
(
てき
)
は
遠
(
とほ
)
く
往
(
い
)
つたであらう』
333
丙
(
へい
)
『ナーニ、
334
さう
遠
(
とほ
)
くは
行
(
い
)
つては
居
(
ゐ
)
まい、
335
「
君
(
きみ
)
はまだ
遠
(
とほ
)
くは
行
(
ゆ
)
かじ
吾袖
(
わがそで
)
の、
336
袂
(
たもと
)
の
涙
(
なみだ
)
かわき
果
(
は
)
てねば」まだ
走
(
はし
)
つて
来
(
き
)
た
汗
(
あせ
)
も
碌
(
ろく
)
に
乾
(
かわ
)
く
暇
(
ひま
)
が
無
(
な
)
いのだから、
337
さう
五
(
ご
)
里
(
り
)
も
十
(
じふ
)
里
(
り
)
も
行
(
い
)
つて
居
(
を
)
る
気遣
(
きづかひ
)
はないワ、
338
併
(
しか
)
しこれ
丈
(
だけ
)
距離
(
きより
)
があれば、
339
何
(
なに
)
ほど
走
(
はし
)
つても
追付
(
おひつ
)
く
気遣
(
きづかひ
)
がないから
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だよ』
340
源五郎
(
げんごらう
)
『エー
頭
(
かしら
)
が
廻
(
まは
)
らな
尾
(
を
)
がまはらぬ………コラ
馬
(
うま
)
の
奴
(
やつ
)
、
341
頭
(
あたま
)
をこちらへ
向
(
む
)
けぬかい、
342
尾
(
を
)
も
一緒
(
いつしよ
)
に
廻
(
まは
)
すのだぞ……ハイハイ……「カツカツ」……ヤア
皆
(
みな
)
の
奴
(
やつ
)
、
343
源五
(
げんご
)
に
続
(
つづ
)
け』
344
甲
(
かふ
)
『ヘン
偉相
(
えらさう
)
に
大将面
(
たいしやうづら
)
をしよつて、
345
源五
(
げんご
)
に
続
(
つづ
)
けツ……
何
(
なに
)
を
吐
(
ぬか
)
しよるのだ、
346
表向
(
おもてむき
)
こそ
貴様
(
きさま
)
の
乗
(
の
)
つて
居
(
ゐ
)
る
痩馬
(
やせうま
)
の
馬士
(
まご
)
ぢやないが、
347
へーへー、
348
ハイハイ
言
(
い
)
つて
居
(
を
)
れば、
349
よい
気
(
き
)
になりよつて、
350
源五
(
げんご
)
の
野郎
(
やらう
)
、
351
言語
(
げんご
)
に
絶
(
ぜつ
)
する
様
(
やう
)
な
横柄
(
わうへい
)
な
言葉
(
ことば
)
を
使
(
つか
)
つて
居
(
ゐ
)
やがらア。
352
吾々
(
われわれ
)
は
素
(
もと
)
より
三代
(
さんだい
)
相恩
(
さうおん
)
の
主
(
しゆ
)
でもなければ、
353
身内
(
みうち
)
でもない、
354
露骨
(
ろこつ
)
に
言
(
い
)
へばアカの
他人
(
たにん
)
だ。
355
エー
仕方
(
しかた
)
がない、
356
伴
(
つ
)
いて
行
(
い
)
つたろか、
357
是
(
これ
)
もやつぱり
銭儲
(
ぜにまう
)
けだから………』
358
乙
(
おつ
)
『
馬
(
うま
)
から
落
(
お
)
ちて
腰
(
こし
)
でも
折
(
を
)
りよると
良
(
い
)
いのだけれどナ、
359
彼奴
(
あいつ
)
が
免職
(
めんしよく
)
したら、
360
その
後釜
(
あとがま
)
は
此方
(
こな
)
さまだ、
361
とも
角
(
かく
)
頭
(
あたま
)
がつかへて、
362
吾々
(
われわれ
)
の
栄達
(
えいたつ
)
の
路
(
みち
)
を
封鎖
(
ふうさ
)
して
居
(
を
)
るものだから、
363
良
(
い
)
い
加減
(
かげん
)
に
交迭
(
かうてつ
)
しても
宜
(
よ
)
かり
相
(
さう
)
なものだ……オイオイ
皆
(
みな
)
の
奴
(
やつ
)
、
364
仕方
(
しかた
)
がない
進
(
すす
)
め
進
(
すす
)
め』
365
源五郎
(
げんごらう
)
は
馬上
(
ばじやう
)
より、
366
後
(
あと
)
振
(
ふ
)
り
返
(
かへ
)
り、
367
源五郎
『ヤア
皆
(
みな
)
の
奴
(
やつ
)
、
368
何
(
なに
)
をグヅグヅして
居
(
を
)
るのか、
369
足
(
あし
)
の
弱
(
よわ
)
い
奴
(
やつ
)
だな
早
(
はや
)
く
続
(
つづ
)
かぬか』
370
丙
(
へい
)
『お
前
(
まへ
)
は
四
(
よ
)
つ
足
(
あし
)
、
371
こちらは
二本足
(
にほんあし
)
だ、
372
どう
勘定
(
かんぢやう
)
しても
半分
(
はんぶん
)
より
歩
(
ある
)
けないのは
道理
(
だうり
)
だ、
373
こちらは
一足
(
いつそく
)
そちらは
二足
(
にそく
)
だ、
374
二足
(
にそく
)
三文
(
さんもん
)
の
腰抜
(
こしぬけ
)
大将
(
たいしやう
)
、
375
良
(
よ
)
い
加減
(
かげん
)
にスツテンコロリと
引
(
ひ
)
つくりかへつて
落
(
お
)
ちて
了
(
しま
)
はぬかいナア』
376
源五郎
(
げんごらう
)
は
烈火
(
れつくわ
)
の
如
(
ごと
)
く
憤
(
いきどほ
)
り、
377
馬
(
うま
)
の
頭
(
かしら
)
を
立直
(
たてなほ
)
し
大勢
(
おほぜい
)
の
中
(
なか
)
に
引
(
ひ
)
つ
返
(
かへ
)
し
来
(
きた
)
り
大音声
(
だいおんぜう
)
、
378
源五郎
『ヤア
貴様
(
きさま
)
達
(
たち
)
は、
379
今日
(
けふ
)
に
限
(
かぎ
)
つて
主人
(
しゆじん
)
の
吾々
(
われわれ
)
に
対
(
たい
)
して
無礼
(
ぶれい
)
千万
(
せんばん
)
な
暴言
(
ばうげん
)
を
吐
(
は
)
く
奴
(
やつ
)
、
380
今日
(
こんにち
)
ただ
今
(
いま
)
より
暇
(
ひま
)
を
遣
(
つか
)
はすから、
381
さう
心得
(
こころえ
)
よ』
382
甲乙丙
『ヤアご
立腹
(
りつぷく
)
御尤
(
ごもつと
)
も、
383
何時
(
いつ
)
もコンナ
事
(
こと
)
は、
384
言
(
い
)
つた
事
(
こと
)
も
思
(
おも
)
つた
事
(
こと
)
もございませぬが
今日
(
けふ
)
に
限
(
かぎ
)
つて
何
(
なん
)
だか、
385
腹
(
はら
)
の
中
(
なか
)
から
勝手
(
かつて
)
にアンナ
事
(
こと
)
を
喋舌
(
しやべ
)
りよるのです。
386
決
(
けつ
)
して
決
(
けつ
)
して
八
(
はち
)
や、
387
六
(
ろく
)
や、
388
七
(
しち
)
の
言
(
い
)
うた
事
(
こと
)
ぢやございませぬ、
389
腹
(
はら
)
の
中
(
なか
)
の
副
(
ふく
)
守護神
(
しゆごじん
)
の
囁
(
ささや
)
きですから、
390
悪
(
あし
)
からず、
391
神直日
(
かむなほひ
)
大直日
(
おほなほひ
)
に
見直
(
みなほ
)
し
聞直
(
ききなほ
)
し、
392
馬
(
うま
)
から
落
(
お
)
ちたら、
393
また
痩馬
(
やせうま
)
になつと
乗
(
の
)
り
直
(
なほ
)
し
下
(
くだ
)
さいませ……』
394
源五郎
『ハテ
合点
(
がてん
)
の
行
(
ゆ
)
かぬ
事
(
こと
)
だ、
395
貴様
(
きさま
)
は
三五教
(
あななひけう
)
のやうな
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
だナ』
396
甲
(
かふ
)
『
三五教
(
あななひけう
)
の
眷属
(
けんぞく
)
が、
397
吾々
(
われわれ
)
の
口
(
くち
)
を
藉
(
か
)
つてご
託宣
(
たくせん
)
遊
(
あそ
)
ばすのだ……コリヤコリヤ
源五郎
(
げんごらう
)
、
398
その
方
(
はう
)
は
今日
(
けふ
)
より
免職
(
めんしよく
)
を
言
(
い
)
ひ
渡
(
わた
)
す、
399
その
馬
(
うま
)
に
八
(
はつ
)
チヤンを
乗
(
の
)
せて、
400
その
方
(
はう
)
は
馬
(
うま
)
の
口取
(
くちとり
)
を
致
(
いた
)
せ』
401
源五郎
『ハテ、
402
けつたいな
事
(
こと
)
になつて
来
(
き
)
たワイ、
403
何奴
(
どいつ
)
も
此奴
(
こいつ
)
も、
404
両手
(
りやうて
)
を
組
(
く
)
んで
身体
(
からだ
)
を
揺
(
ゆす
)
つて
居
(
ゐ
)
よる……ハハア
此奴
(
こいつ
)
あ、
405
神懸
(
かむがか
)
りになりよつたな。
406
こりや
堪
(
たま
)
らぬ、
407
如何
(
どん
)
な
珍事
(
ちんじ
)
が
突発
(
とつぱつ
)
するやも
計
(
はか
)
り
難
(
がた
)
し、
408
君子
(
くんし
)
は
危
(
あやふ
)
きに
近寄
(
ちかよ
)
らず、
409
敵
(
てき
)
の
中
(
なか
)
にも
味方
(
みかた
)
あり、
410
味方
(
みかた
)
の
中
(
なか
)
に
大敵
(
たいてき
)
ありだ』
411
と
無性
(
むしやう
)
矢鱈
(
やたら
)
に
馬
(
うま
)
に
鞭
(
むちう
)
ち、
412
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
駆出
(
かけだ
)
した。
413
馬
(
うま
)
は
何
(
なに
)
に
驚
(
おどろ
)
いたか、
414
俄
(
にはか
)
に
前足
(
まへあし
)
を
浮
(
う
)
かして
直立
(
ちよくりつ
)
し、
415
勢
(
いきほひ
)
あまつて
仰向
(
あふむけ
)
にドサンと
転倒
(
てんたう
)
した。
416
源五郎
(
げんごらう
)
は
馬
(
うま
)
の
背
(
せ
)
に
押
(
おさ
)
へられ、
417
蛙
(
かはず
)
をぶつつけた
様
(
やう
)
に
手足
(
てあし
)
をビリビリと
震
(
ふる
)
はし、
418
二声
(
ふたこゑ
)
三声
(
みこゑ
)
ウンウンと
言
(
い
)
つたぎり
縡切
(
ことき
)
れにけり。
419
八公
(
はちこう
)
『ヤアまるで
蛙
(
かへる
)
見
(
み
)
たいなものだ、
420
フン
延
(
の
)
びて
居
(
ゐ
)
るワ、
421
再
(
ふたた
)
び
生蛙
(
いきかへる
)
と
云
(
い
)
ふ
気遣
(
きづか
)
ひはないワ、
422
アーア
人間
(
にんげん
)
も
斯
(
か
)
うなると
脆
(
もろ
)
いものだナ、
423
万物
(
ばんぶつ
)
の
霊長
(
れいちやう
)
だナンテ
威張
(
ゐばり
)
散
(
ち
)
らして
居
(
を
)
つても、
424
四
(
よ
)
つ
足
(
あし
)
の
背中
(
せなか
)
に
押
(
おさ
)
へられて、
425
ウンと
一声
(
ひとこゑ
)
この
世
(
よ
)
の
別
(
わか
)
れ、
426
厭
(
いや
)
な
冥途
(
めいど
)
へ
死出
(
しで
)
の
旅
(
たび
)
、
427
憐
(
あは
)
れなりける
次第
(
しだい
)
なりだ。
428
………ヤア
馬
(
うま
)
が
空
(
あ
)
いた、
429
サア
是
(
これ
)
から
俺
(
おれ
)
が
大将
(
たいしやう
)
だ、
430
皆
(
みな
)
の
奴
(
やつ
)
、
431
この
八
(
はち
)
大将
(
たいしやう
)
に
続
(
つづ
)
いて
来
(
きた
)
れ』
432
六公
(
ろくこう
)
『
続
(
つづ
)
いて
行
(
ゆ
)
かぬ
事
(
こと
)
もないがやつぱり
丈
(
だけ
)
は
丈
(
だけ
)
ぢや』
433
八公
(
はちこう
)
『また
神懸
(
かみがか
)
りになりよつたな、
434
エー
仕方
(
しかた
)
がない、
435
人
(
ひと
)
を
使
(
つか
)
へば
苦
(
く
)
を
使
(
つか
)
ふ、
436
自分
(
じぶん
)
一人
(
ひとり
)
これから
走
(
はし
)
つて、
437
あの
宣伝使
(
せんでんし
)
を
捕
(
つか
)
まへねばなるまい』
438
と
馬
(
うま
)
を
乗
(
の
)
り
棄
(
すて
)
て、
439
裸足
(
はだし
)
の
儘
(
まま
)
、
440
尻
(
しり
)
ひつからげて、
441
峠
(
たうげ
)
を
目
(
め
)
がけて
駆出
(
かけだ
)
したり。
442
話
(
はなし
)
変
(
かは
)
つて
音彦
(
おとひこ
)
は
弥次彦
(
やじひこ
)
、
443
与太彦
(
よたひこ
)
と
共
(
とも
)
に、
444
爪先
(
つまさき
)
上
(
あが
)
りの
坂路
(
さかみち
)
を
避
(
さ
)
けて、
445
右手
(
みぎて
)
に
取
(
と
)
り、
446
原野
(
げんや
)
の
正中
(
まんなか
)
を
韋駄天
(
ゐだてん
)
走
(
ばし
)
りにトントンと、
447
マラソン
競争
(
きやうさう
)
をやつて
居
(
ゐ
)
た。
448
ピタリと
大河
(
おほかは
)
に
行詰
(
ゆきつ
)
まつた。
449
両岸
(
りやうがん
)
は
断巌
(
だんがん
)
絶壁
(
ぜつぺき
)
に
囲
(
かこ
)
まれ、
450
河幅
(
かははば
)
の
割
(
わり
)
には
非常
(
ひじやう
)
に
深
(
ふか
)
く、
451
且
(
かつ
)
急流
(
きふりう
)
にして、
452
水音
(
みなおと
)
が
囂々
(
がうがう
)
と
轟
(
とどろ
)
いて
居
(
ゐ
)
る。
453
音彦
(
おとひこ
)
『アヽ
此奴
(
こいつ
)
は
大変
(
たいへん
)
だ、
454
どこぞ
橋
(
はし
)
がありさうなものだナア』
455
とキヨロキヨロと
河
(
かは
)
の
上流
(
じやうりう
)
下流
(
かりう
)
を
眺
(
なが
)
めて
見
(
み
)
た。
456
二三丁
(
にさんちやう
)
下手
(
しもて
)
に
当
(
あた
)
つて
丸木橋
(
まるきばし
)
が
見
(
み
)
える。
457
音彦
(
おとひこ
)
『ヨー
彼処
(
あこ
)
に
橋
(
はし
)
が
架
(
かか
)
つて
居
(
ゐ
)
るぞ』
458
と
又
(
また
)
もや
三
(
さん
)
人
(
にん
)
はトントントンと
走
(
はし
)
り
出
(
だ
)
した。
459
橋詰
(
はしづめ
)
に
来
(
き
)
て
見
(
み
)
れば、
460
一抱
(
ひとかか
)
へもあらうと
思
(
おも
)
ふ
丸木橋
(
まるきばし
)
が
架々
(
かか
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
461
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
勢
(
いきほ
)
ひを
立
(
た
)
てて
一散走
(
いつさんばし
)
りに
無難
(
ぶなん
)
に
向
(
むか
)
ふ
岸
(
ぎし
)
に
渡
(
わた
)
り、
462
敵
(
てき
)
の
追跡
(
つゐせき
)
を
遮断
(
しやだん
)
するため、
463
丸木橋
(
まるきばし
)
を
落
(
おと
)
して
了
(
しま
)
つた。
464
さうする
間
(
うち
)
に、
465
『オーイオーイ』
466
と
八公
(
はちこう
)
の
一隊
(
いつたい
)
は
遥
(
はるか
)
の
後方
(
こうはう
)
より
呼
(
よ
)
んで
居
(
ゐ
)
る。
467
弥次彦
(
やじひこ
)
『アハヽヽ、
468
モウ
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だ、
469
この
橋
(
はし
)
さへ
落
(
おと
)
しておけば、
470
追
(
お
)
つ
付
(
つ
)
く
気遣
(
きづか
)
ひはない。
471
マアゆつくりと、
472
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
一服
(
いつぷく
)
致
(
いた
)
しませうか』
473
音彦
(
おとひこ
)
『
宜
(
よ
)
からう、
474
お
前
(
まへ
)
たちも
足
(
あし
)
が
草臥
(
くたび
)
れただらう、
475
三
(
さん
)
人
(
にん
)
此処
(
ここ
)
でゆつくりと
休息
(
きうそく
)
して、
476
敵
(
てき
)
の
襲来
(
しふらい
)
するのを
見物
(
けんぶつ
)
しようかい』
477
与太彦
『コリヤ
面白
(
おもしろ
)
い』
478
と
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
腰
(
こし
)
を
芝草
(
しばくさ
)
の
上
(
うへ
)
に、
479
ドカリと
下
(
お
)
ろし、
480
大船
(
おほふね
)
に
乗
(
の
)
つた
様
(
やう
)
な
心持
(
こころもち
)
になつて、
481
身
(
み
)
を
横
(
よこ
)
たへて
居
(
ゐ
)
る。
482
傍
(
かたはら
)
の
雑草
(
ざつさう
)
の
茂
(
しげ
)
みより、
483
覆面
(
ふくめん
)
した
四五
(
しご
)
人
(
にん
)
の
男
(
をとこ
)
ヌツト
現
(
あら
)
はれ、
484
男
『サア
貴様
(
きさま
)
は
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
、
485
吾
(
われ
)
等
(
ら
)
が
計略
(
けいりやく
)
の
罠
(
わな
)
にかかつたのは、
486
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
が
運
(
うん
)
の
尽
(
つ
)
き、
487
サア
尋常
(
じんじやう
)
に
手
(
て
)
を
廻
(
まは
)
せ』
488
弥次彦
(
やじひこ
)
『
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
489
神言
(
かみごと
)
を
言
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいナ』
490
音彦
(
おとひこ
)
『コンナ
四足
(
よつあし
)
人間
(
にんげん
)
に
神言
(
かみごと
)
を
言
(
い
)
つた
所
(
ところ
)
で、
491
盲
(
めくら
)
蛇
(
へび
)
に
怖
(
お
)
ぢずだ、
492
勿体
(
もつたい
)
ないことを
知
(
し
)
らぬ
奴
(
やつ
)
に
何
(
なに
)
を
言
(
い
)
つたつて
駄目
(
だめ
)
だ、
493
三十六
(
さんじふろく
)
計
(
けい
)
の
奥
(
おく
)
の
手
(
て
)
だ』
494
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
又
(
また
)
もやトントントンと
駆出
(
かけだ
)
した。
495
黒頭巾
(
くろづきん
)
の
大男
(
おほをとこ
)
は、
496
一丁
(
いつちやう
)
許
(
ばか
)
り
遅
(
おく
)
れて
追跡
(
つゐせき
)
して
来
(
く
)
る。
497
ピタツと
行当
(
ゆきあた
)
つた
一棟
(
ひとむね
)
の
可
(
か
)
なり
大
(
おほ
)
きな
館
(
やかた
)
がある、
498
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
矢庭
(
やには
)
に
門
(
もん
)
を
潜
(
くぐ
)
つて、
499
中
(
なか
)
よりピシヤリと
戸
(
と
)
を
閉
(
し
)
め
錠
(
ぢやう
)
をおろし、
500
奥
(
おく
)
へ
進
(
すす
)
んで
行
(
ゆ
)
く。
501
見
(
み
)
れば、
502
かなり
大
(
おほ
)
きな
土間
(
どま
)
があつて、
503
七八
(
しちはち
)
人
(
にん
)
の
荒男
(
あらをとこ
)
手
(
て
)
に
手
(
て
)
に
血
(
ち
)
の
滴
(
したた
)
る
出刄
(
でば
)
を
携
(
たづさ
)
へ、
504
何
(
なん
)
だか
料理
(
れうり
)
をして
居
(
ゐ
)
る。
505
男
(
をとこ
)
『ヤアいい
所
(
ところ
)
へ
椋鳥
(
むくどり
)
が
飛
(
と
)
んで
来
(
き
)
よつた、
506
サア
三
(
さん
)
人
(
にん
)
足
(
た
)
らぬと
思
(
おも
)
つて
居
(
ゐ
)
た
所
(
ところ
)
、
507
有難
(
ありがた
)
いものだ、
508
都合
(
つがふ
)
の
宜
(
い
)
い
時
(
とき
)
はコンナもの、
509
ドーレ
早速
(
さつそく
)
料理
(
れうり
)
をやらうかい』
510
その
中
(
うち
)
の
一人
(
ひとり
)
の
男
(
をとこ
)
、
511
一方
(
いつぱう
)
の
板戸
(
いたど
)
に
目
(
め
)
を
注
(
そそ
)
ぎ、
512
三
(
さん
)
人
(
にん
)
に
向
(
むか
)
つて
目配
(
めくば
)
せした。
513
音彦
(
おとひこ
)
は
合点
(
がてん
)
だと
板戸
(
いたど
)
を
押
(
お
)
せば、
514
苦
(
く
)
もなくプリンと
開
(
あ
)
いた。
515
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
矢庭
(
やには
)
に
戸
(
と
)
の
内
(
うち
)
に
駆込
(
かけこ
)
んだ。
516
さうして
中
(
なか
)
より
鍵
(
かぎ
)
をかけて
追跡
(
つゐせき
)
を
防
(
ふせ
)
ぎつつ、
517
四辺
(
あたり
)
を
見
(
み
)
れば、
518
広
(
ひろ
)
き
大道
(
だいだう
)
が
通
(
つう
)
じて
居
(
ゐ
)
る。
519
音彦
(
おとひこ
)
『ヤア
有難
(
ありがた
)
い、
520
敵
(
てき
)
の
中
(
なか
)
にも
味方
(
みかた
)
があるとはこの
事
(
こと
)
だ、
521
弥次
(
やじ
)
サン、
522
与太
(
よた
)
サン、
523
私
(
わたし
)
に
続
(
つづ
)
いてお
出
(
いで
)
』
524
と
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
駆出
(
かけだ
)
し、
525
四五丁
(
しごちやう
)
進
(
すす
)
めば、
526
道
(
みち
)
の
両側
(
りやうがは
)
には、
527
泥深
(
どろふか
)
き
沼田
(
ぬまた
)
が
並
(
なら
)
んで
居
(
ゐ
)
る。
528
音彦
『ヤア
此奴
(
こいつ
)
は
一筋道
(
ひとすぢみち
)
だ、
529
進
(
すす
)
め
進
(
すす
)
め』
530
と
七八丁
(
しちはつちやう
)
も
先
(
さき
)
に
進
(
すす
)
んだ。
531
弥次彦
(
やじひこ
)
、
532
与太彦
(
よたひこ
)
はどうした
機
(
はづみ
)
か
沼田
(
ぬまた
)
の
中
(
なか
)
に
落
(
お
)
ち
込
(
こ
)
み、
533
着物
(
きもの
)
も
何
(
なん
)
にも
泥
(
どろ
)
まぶれになり、
534
重
(
おも
)
たくて
身動
(
みうご
)
きが
出来
(
でき
)
ぬ、
535
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
二人
(
ふたり
)
は
真裸
(
まつぱだか
)
となる。
536
向
(
むか
)
ふの
方
(
はう
)
より
色
(
いろ
)
の
黒
(
くろ
)
い
背
(
せ
)
の
高
(
たか
)
い、
537
顔
(
かほ
)
の
尖
(
とが
)
つた
男
(
をとこ
)
一人
(
ひとり
)
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
り、
538
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
姿
(
すがた
)
をジロジロと
見
(
み
)
まはして
居
(
ゐ
)
る。
539
音彦
(
おとひこ
)
『ヤアお
前
(
まへ
)
はウラル
教
(
けう
)
の
目付
(
めつけ
)
だらう、
540
邪魔
(
じやま
)
ひろぐと
為
(
ため
)
にはならぬぞ』
541
男
(
をとこ
)
は
厭
(
いや
)
らしき
笑顔
(
ゑがほ
)
し
乍
(
なが
)
ら、
542
男
『モウ
斯
(
か
)
うなつては
駄目
(
だめ
)
だよ、
543
観念
(
かんねん
)
したがよからう』
544
後
(
あと
)
を
振返
(
ふりかへ
)
り
見
(
み
)
れば
数十
(
すうじふ
)
人
(
にん
)
の
捕手
(
とりて
)
、
545
突棒
(
つくぼう
)
、
546
叉股
(
さすまた
)
、
547
手鎗
(
てやり
)
を
提
(
ひつさ
)
げ、
548
一筋道
(
ひとすぢみち
)
を
追
(
お
)
ひかけ
来
(
きた
)
る。
549
この
間
(
あひだ
)
の
距離
(
きより
)
わづかに
四五丁
(
しごちやう
)
許
(
ばか
)
りである。
550
音彦
(
おとひこ
)
は
二人
(
ふたり
)
の
裸
(
はだか
)
と
共
(
とも
)
に、
551
目付
(
めつけ
)
の
男
(
をとこ
)
を
沼田
(
どろた
)
の
中
(
なか
)
に
押込
(
おしこ
)
みながら、
552
爪先
(
つまさき
)
上
(
あが
)
りの
一間巾
(
いつけんはば
)
位
(
くらゐ
)
の
道
(
みち
)
をトントントンと
駆出
(
かけだ
)
した。
553
俄
(
にはか
)
に
嶮
(
けは
)
しい
坂路
(
さかみち
)
になつて
来
(
き
)
た。
554
一丁
(
いつちやう
)
許
(
ばか
)
り
進
(
すす
)
んで
息
(
いき
)
も
切
(
き
)
れむとする
時
(
とき
)
、
555
又
(
また
)
もや
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
男
(
をとこ
)
現
(
あら
)
はれ
来
(
き
)
たり、
556
目付役
『ヤア
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
た
良
(
い
)
い
所
(
ところ
)
へ
来
(
き
)
た、
557
俺
(
おれ
)
はウラル
教
(
けう
)
の
目付役
(
めつけやく
)
だぞ』
558
音彦
(
おとひこ
)
『ナンダ、
559
ウラル
教
(
けう
)
の
目付役
(
めつけやく
)
とな、
560
ゴテゴテ
吐
(
ぬか
)
すと
為
(
ため
)
にならぬぞ、
561
スツコメ スツコメ』
562
目付
(
めつけ
)
『
此処
(
ここ
)
はどこだと
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
る、
563
小鹿峠
(
こしかたうげ
)
の
四十八
(
しじふはち
)
坂
(
さか
)
の
一
(
ひと
)
つだ。
564
これから
先
(
さき
)
へ
行
(
ゆ
)
けば
行
(
ゆ
)
く
程
(
ほど
)
、
565
路
(
みち
)
は
峻
(
さか
)
しくなつて
来
(
く
)
る、
566
ウラル
教
(
けう
)
の
目付
(
めつけ
)
は
数百
(
すうひやく
)
人
(
にん
)
、
567
手具脛
(
てぐすね
)
ひいて
貴様
(
きさま
)
を
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
るのだ、
568
あれ
見
(
み
)
よ、
569
後
(
あと
)
からは
沢山
(
たくさん
)
の
捕手
(
とりて
)
があの
通
(
とほ
)
りやつて
来
(
く
)
る、
570
先
(
さき
)
には
沢山
(
たくさん
)
待構
(
まちかま
)
へて
居
(
ゐ
)
る、
571
グヅグヅ
致
(
いた
)
すより、
572
態
(
てい
)
よく
俺
(
おれ
)
に
降参
(
かうさん
)
致
(
いた
)
して、
573
吾
(
われ
)
等
(
ら
)
の
手柄
(
てがら
)
にさして
呉
(
く
)
れ、
574
冥途
(
めいど
)
の
土産
(
みやげ
)
だ、
575
キツト
極楽
(
ごくらく
)
へ
陥落
(
かんらく
)
するだらう』
576
音彦
(
おとひこ
)
『エー
面倒
(
めんだう
)
だ、
577
モウ
斯
(
か
)
うなつては
善言
(
ぜんげん
)
美詞
(
びし
)
もあつたものぢやない、
578
一
(
ひと
)
つ
大法螺
(
おほぼら
)
を
吹
(
ふ
)
いて
驚
(
おどろ
)
かしてやらう………この
方
(
はう
)
こそは
閻魔
(
えんま
)
の
庁
(
ちやう
)
より
現
(
あら
)
はれ
出
(
い
)
でたる
艮彦
(
うしとらひこ
)
の
大神
(
おほかみ
)
だぞ、
579
失敬
(
しつけい
)
千万
(
せんばん
)
な、
580
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
とは、
581
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
見当違
(
けんたうちがひ
)
な
事
(
こと
)
を
申
(
まを
)
す、
582
この
方
(
はう
)
が
一
(
ひと
)
つ
四股
(
しこ
)
を
踏
(
ふ
)
めば、
583
小鹿峠
(
こしかたうげ
)
は
瞬
(
またた
)
く
間
(
ま
)
にガラガラガラ、
584
左
(
ひだり
)
の
足
(
あし
)
をドンと
踏
(
ふ
)
み
鳴
(
な
)
らせば、
585
貴様
(
きさま
)
の
様
(
やう
)
な
端下
(
はした
)
人足
(
にんそく
)
は
千
(
せん
)
人
(
にん
)
万
(
まん
)
人
(
にん
)
一度
(
いちど
)
に
風
(
かぜ
)
に
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
の
散
(
ち
)
る
如
(
ごと
)
く、
586
中天
(
ちうてん
)
に
舞上
(
まひあが
)
り、
587
バラバラバラ、
588
泥田
(
どろた
)
の
中
(
なか
)
にズツテンドウと
真
(
ま
)
つ
逆様
(
さかさま
)
だ』
589
弥次彦
(
やじひこ
)
『
天
(
てん
)
から
降
(
くだ
)
つた
神
(
かみ
)
の
弥次彦
(
やじひこ
)
さまだ、
590
裸百貫
(
はだかひやくかん
)
と
地上
(
ちじやう
)
の
奴
(
やつ
)
は
吐
(
ぬか
)
せども、
591
俺
(
おれ
)
の
力
(
ちから
)
は
百万貫
(
ひやくまんくわん
)
だ、
592
二人
(
ふたり
)
合
(
あは
)
して
二百万
(
にひやくまん
)
貫
(
くわん
)
、
593
サアどうぢや、
594
右
(
みぎ
)
の
足
(
あし
)
で
四股
(
しこ
)
を
踏
(
ふ
)
まうか、
595
左
(
ひだり
)
の
足
(
あし
)
で
踏
(
ふ
)
まうか
踏
(
ふ
)
んだが
最後
(
さいご
)
、
596
小鹿峠
(
こしかたうげ
)
は
岩
(
いは
)
で
卵
(
たまご
)
を
砕
(
くだ
)
くやうにガラガラとも、
597
メチヤメチヤとも
言
(
い
)
はず、
598
ピシヤリと
葱
(
ねぎ
)
のやうに
平茶張
(
へちやば
)
つて
了
(
しま
)
うぞ、
599
それでも
貴様
(
きさま
)
は
合点
(
がつてん
)
か』
600
目付
(
めつけ
)
『ヤアヤア
大変
(
たいへん
)
な
豪傑
(
がうけつ
)
が
来
(
き
)
よつたものだ、
601
オイオイじつとしたじつとした、
602
足
(
あし
)
を
動
(
うご
)
かすな、
603
歩
(
ある
)
くのなら、
604
さし
足
(
あし
)
だ、
605
ぬき
足
(
あし
)
だ』
606
弥次彦
(
やじひこ
)
『
一
(
ひと
)
つ
四股
(
しこ
)
を
踏
(
ふン
)
だらうか』
607
音彦
(
おとひこ
)
『ヤア
待
(
ま
)
つた
待
(
ま
)
つた、
608
危
(
あぶ
)
ないぞ
危
(
あぶ
)
ないぞ、
609
後
(
あと
)
がないぞ
後
(
あと
)
がないぞ、
610
ハツケヨイヤ、
611
ハー』
612
弥次彦
(
やじひこ
)
『アハヽヽヽ、
613
日
(
ひ
)
の
下
(
した
)
開山
(
かいざん
)
蛇塚
(
へびづか
)
蛇五左衛門
(
じやござゑもん
)
、
614
横綱
(
よこづな
)
張
(
は
)
つた
摩利支
(
まりし
)
天
(
てん
)
の
再来
(
さいらい
)
だ、
615
ア
仕方
(
しかた
)
がない、
616
貴様
(
きさま
)
を
助
(
たす
)
けるためにソーツと
歩
(
ある
)
いて
行
(
い
)
つてやらう、
617
有難
(
ありがた
)
く
思
(
おも
)
へ……』
618
と
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
態
(
わざ
)
と、
619
ノソリノソリと
登
(
のぼ
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
620
前方
(
ぜんぱう
)
よりは
数百
(
すうひやく
)
の
人数
(
にんず
)
、
621
手
(
て
)
に
手
(
て
)
に
柄物
(
えもの
)
を
携
(
たづさ
)
へ
下
(
くだ
)
つて
来
(
く
)
る。
622
後方
(
こうはう
)
よりは
又
(
また
)
もや
数十
(
すうじふ
)
人
(
にん
)
の
捕手
(
とりて
)
刻々
(
こくこく
)
に
近付
(
ちかづ
)
いて
来
(
く
)
る。
623
一方
(
いつぱう
)
は
屏風
(
びやうぶ
)
を
立
(
た
)
てた
様
(
やう
)
な
岩壁
(
がんぺき
)
、
624
一方
(
いつぱう
)
は
千仭
(
せんじん
)
の
谷間
(
たにま
)
、
625
進退
(
しんたい
)
維
(
こ
)
れ
谷
(
きは
)
まり、
626
逃
(
に
)
げるにも
逃
(
に
)
げられず、
627
三人
『エー
仕方
(
しかた
)
がない、
628
モウ
斯
(
か
)
うなる
上
(
うへ
)
は、
629
破
(
やぶ
)
れ
被
(
かぶ
)
れだ。
630
サア
来
(
こ
)
い
勝負
(
しようぶ
)
』
631
と
三
(
さん
)
人
(
にん
)
一度
(
いちど
)
に
拳骨
(
げんこつ
)
を
固
(
かた
)
め、
632
捕手
(
とりて
)
の
中
(
なか
)
に
暴
(
あば
)
れ
込
(
こ
)
んで
当
(
あた
)
るを
幸
(
さいは
)
ひ
擲
(
なぐ
)
り
立
(
た
)
てる。
633
数多
(
あまた
)
の
捕手
(
とりて
)
は
群
(
むらが
)
り
来
(
きた
)
つて、
634
今
(
いま
)
や
三
(
さん
)
人
(
にん
)
を
捕
(
とら
)
へむとする
時
(
とき
)
、
635
三
(
さん
)
人
(
にん
)
逃路
(
にげみち
)
を
失
(
うしな
)
ひ、
636
一
(
ひ
)
二
(
ふ
)
三
(
み
)
つの
声
(
こゑ
)
諸共
(
もろとも
)
、
637
決死
(
けつし
)
の
覚悟
(
かくご
)
で
谷間
(
たにま
)
を
目
(
め
)
がけて
飛込
(
とびこ
)
みたり…その
途端
(
とたん
)
に
驚
(
おどろ
)
いて
目
(
め
)
を
開
(
あ
)
けば、
638
瑞月
(
ずゐげつ
)
は
高熊山
(
たかくまやま
)
の
巌窟
(
がんくつ
)
に
横
(
よこ
)
たはり
居
(
ゐ
)
たり。
639
二
(
に
)
月
(
ぐわつ
)
十五
(
じふご
)
日
(
にち
)
の
太陽
(
たいやう
)
は
煌々
(
くわうくわう
)
として
中天
(
ちうてん
)
に
輝
(
かがや
)
き
渡
(
わた
)
りける。
640
(
大正一一・三・二一
旧二・二三
松村真澄
録)
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