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第31巻(午の巻)
序歌
総説
第1篇 千状万態
01 主一無適
〔867〕
02 大地震
〔868〕
03 救世神
〔869〕
04 不知恋
〔870〕
05 秋鹿の叫
〔871〕
06 女弟子
〔872〕
第2篇 紅裙隊
07 妻の選挙
〔873〕
08 人獣
〔874〕
09 誤神託
〔875〕
10 噂の影
〔876〕
11 売言買辞
〔877〕
12 冷い親切
〔878〕
13 姉妹教
〔879〕
第3篇 千里万行
14 樹下の宿
〔880〕
15 丸木橋
〔881〕
16 天狂坊
〔882〕
17 新しき女
〔883〕
18 シーズンの流
〔884〕
19 怪原野
〔885〕
20 脱皮婆
〔886〕
21 白毫の光
〔887〕
第4篇 言霊将軍
22 神の試
〔888〕
23 化老爺
〔889〕
24 魔違
〔890〕
25 会合
〔891〕
余白歌
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第四章
不知恋
(
しらずごひ
)
〔八七〇〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第31巻 海洋万里 午の巻
篇:
第1篇 千状万態
よみ(新仮名遣い):
せんじょうばんたい
章:
第4章 不知恋
よみ(新仮名遣い):
しらずごい
通し章番号:
870
口述日:
1922(大正11)年08月18日(旧06月26日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年9月15日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2022-03-10 19:17:12
OBC :
rm3104
愛善世界社版:
37頁
八幡書店版:
第6輯 54頁
修補版:
校定版:
38頁
普及版:
15頁
初版:
ページ備考:
001
国依別
(
くによりわけ
)
は
楓別
(
かえでわけの
)
命
(
みこと
)
の
懇望
(
こんもう
)
に
依
(
よ
)
つて、
002
暫時
(
ざんじ
)
此処
(
ここ
)
に
止
(
とど
)
まることとなりぬ。
003
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
日暮
(
ひぐら
)
シ
山
(
やま
)
の
岩窟
(
がんくつ
)
に
遣
(
つか
)
はしたるキジ、
004
マチ
両人
(
りやうにん
)
を
始
(
はじ
)
め、
005
エスの
消息
(
せうそく
)
を
案
(
あん
)
じ
煩
(
わづら
)
ひ、
006
如何
(
いか
)
にもして
此
(
この
)
館
(
やかた
)
を
立出
(
たちい
)
で、
007
一刻
(
いつこく
)
も
早
(
はや
)
く
彼
(
かれ
)
の
消息
(
せうそく
)
を
探
(
さぐ
)
り、
008
救
(
すく
)
ひ
出
(
いだ
)
さむと
焦慮
(
せうりよ
)
すれども、
009
数多
(
あまた
)
の
人々
(
ひとびと
)
は
神
(
かみ
)
の
如
(
ごと
)
くに
尊敬
(
そんけい
)
して
集
(
あつ
)
まり
来
(
きた
)
り、
010
此
(
この
)
度
(
たび
)
の
大地震
(
だいぢしん
)
に
依
(
よ
)
りて、
011
負傷
(
ふしやう
)
をなしたる
人々
(
ひとびと
)
を、
012
或
(
あるひ
)
は
輿
(
こし
)
に
舁
(
かつ
)
ぎ、
013
或
(
あるひ
)
は
戸板
(
といた
)
に
乗
(
の
)
せ、
014
救
(
すく
)
ひを
求
(
もと
)
めに
来
(
く
)
る
者
(
もの
)
、
015
日々
(
にちにち
)
幾百
(
いくひやく
)
人
(
にん
)
ともなくありければ、
016
国依別
(
くによりわけ
)
も
此
(
この
)
惨状
(
さんじやう
)
を
見棄
(
みす
)
てて
立去
(
たちさ
)
る
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かず、
017
悩
(
なや
)
める
人々
(
ひとびと
)
に
向
(
むか
)
つて
鎮魂
(
ちんこん
)
を
修
(
しう
)
し、
018
之
(
これ
)
を
救
(
すく
)
ひつつ、
019
思
(
おも
)
はず
知
(
し
)
らず
時日
(
じじつ
)
を
過
(
す
)
ご
志
(
し
)
たりける。
020
扨
(
さ
)
て
又
(
また
)
、
021
九死
(
きうし
)
一生
(
いつしやう
)
の
難関
(
なんくわん
)
を
助
(
たす
)
けられたる
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
は、
022
これより
国依別
(
くによりわけ
)
に
対
(
たい
)
して、
023
一種
(
いつしゆ
)
異様
(
いやう
)
の
愛慕
(
あいぼ
)
の
念慮
(
ねんりよ
)
、
024
刻々
(
こくこく
)
に
雲
(
くも
)
の
如
(
ごと
)
くに
起
(
おこ
)
り
来
(
きた
)
り、
025
最早
(
もはや
)
情火
(
じやうくわ
)
にもやされて
胸
(
むね
)
は
苦
(
くる
)
しく、
026
ハートは
鼓
(
つづみ
)
の
波
(
なみ
)
を
打
(
う
)
ち、
027
熱
(
あつ
)
き
息
(
いき
)
をハアハアと
吐
(
は
)
き
乍
(
なが
)
ら、
028
まだ
初恋
(
はつこひ
)
の
口
(
くち
)
に
云
(
い
)
ひ
出
(
だ
)
しかねて、
029
肩
(
かた
)
で
息
(
いき
)
をなし、
030
遂
(
つひ
)
には
思
(
おも
)
ひに
迫
(
せま
)
つて、
031
身
(
み
)
は
痩衰
(
やせおとろ
)
へ、
032
色
(
いろ
)
青
(
あを
)
ざめ、
033
病床
(
びやうしやう
)
に
呻吟
(
しんぎん
)
するに
至
(
いた
)
りける。
034
楓別
(
かえでわけの
)
命
(
みこと
)
は
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
の
病気
(
びやうき
)
を
眺
(
なが
)
めて、
035
大
(
おほい
)
に
憂慮
(
いうりよ
)
し、
036
如何
(
いか
)
にもして
快癒
(
くわいゆ
)
せしめむかと、
037
朝
(
あさ
)
な
夕
(
ゆふ
)
な
神前
(
しんぜん
)
に
祈願
(
きぐわん
)
をこらし
居
(
ゐ
)
たり。
038
アリー、
039
サールの
侍女
(
じじよ
)
も、
040
一刻
(
いつこく
)
も
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
の
傍
(
そば
)
を
離
(
はな
)
れず、
041
昼夜
(
ちうや
)
心
(
こころ
)
をこめて
看護
(
かんご
)
に
尽
(
つく
)
すと
雖
(
いへど
)
も、
042
姫
(
ひめ
)
の
病
(
やまひ
)
は、
043
日
(
ひ
)
に
重
(
おも
)
り
行
(
ゆ
)
くのみにして
施
(
ほど
)
こす
手
(
て
)
だては
無
(
な
)
かりける。
044
国依別
(
くによりわけ
)
は
姫
(
ひめ
)
の
重病
(
ぢうびやう
)
と
聞
(
き
)
き、
045
鎮魂
(
ちんこん
)
を
以
(
もつ
)
て
病
(
やまひ
)
を
救
(
すく
)
ひやらむと、
046
ワザワザ
病床
(
びやうしやう
)
に
姫
(
ひめ
)
を
訪
(
おとな
)
ひけるに、
047
姫
(
ひめ
)
は
国依別
(
くによりわけ
)
の
訪問
(
はうもん
)
と
聞
(
き
)
きて、
048
重
(
おも
)
き
頭
(
あたま
)
を
擡
(
もた
)
げ、
049
顔
(
かほ
)
を
赤
(
あか
)
らめ
乍
(
なが
)
ら、
050
少
(
すこ
)
しく
俯伏目
(
うつぶしめ
)
になり、
051
盗
(
ぬす
)
むが
如
(
ごと
)
く、
052
国依別
(
くによりわけ
)
の
顔
(
かほ
)
を
眺
(
なが
)
め、
053
微笑
(
びせう
)
をもらし、
054
愉快
(
ゆくわい
)
げに、
055
両手
(
りやうて
)
を
合
(
あは
)
せて
感謝
(
かんしや
)
の
意
(
い
)
を
表
(
へう
)
しけり。
056
国依別
(
くによりわけ
)
は
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
の
枕頭
(
ちんとう
)
に
端座
(
たんざ
)
し、
057
天津
(
あまつ
)
祝詞
(
のりと
)
を
奏上
(
そうじやう
)
し、
058
天
(
あま
)
の
数歌
(
かずうた
)
を
謡
(
うた
)
ひ
上
(
あ
)
げ、
059
姫
(
ひめ
)
に
向
(
むか
)
つて
慰安
(
ゐあん
)
の
言葉
(
ことば
)
を
与
(
あた
)
へ
乍
(
なが
)
ら、
060
しづしづと
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
立出
(
たちい
)
で、
061
与
(
あた
)
へられたる
吾
(
わが
)
居間
(
ゐま
)
に
帰
(
かへ
)
りて、
062
再
(
ふたた
)
び
神
(
かみ
)
に
祈願
(
きぐわん
)
をこらし
居
(
ゐ
)
るこそ
殊勝
(
しゆしよう
)
なれ。
063
楓別
(
かえでわけの
)
命
(
みこと
)
に
仕
(
つか
)
へて
信任
(
しんにん
)
最
(
もつと
)
も
厚
(
あつ
)
く、
064
数多
(
あまた
)
の
信者
(
しんじや
)
の
人望
(
じんばう
)
を
集
(
あつ
)
めたる
秋山別
(
あきやまわけ
)
は、
065
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
の
色香
(
いろか
)
妙
(
たへ
)
なるに
心
(
こころ
)
を
寄
(
よ
)
せ、
066
日
(
ひ
)
に
日
(
ひ
)
に
募
(
つの
)
る
恋慕
(
れんぼ
)
の
心
(
こころ
)
に
胸
(
むね
)
をこがし、
067
機会
(
きくわい
)
ある
毎
(
ごと
)
に、
068
姫
(
ひめ
)
の
歓心
(
くわんしん
)
を
買
(
か
)
はむと、
069
心
(
こころ
)
を
配
(
くば
)
りつつありき。
070
又
(
また
)
内事
(
ないじ
)
の
司
(
つかさ
)
たるモリスは
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
に
接見
(
せつけん
)
の
機会
(
きくわい
)
多
(
おほ
)
きに
連
(
つ
)
れて、
071
いつしか
姫
(
ひめ
)
の
美容
(
びよう
)
に
心
(
こころ
)
を
蕩
(
と
)
ろかし、
072
将来
(
しやうらい
)
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
の
愛
(
あい
)
を
一身
(
いつしん
)
に
集中
(
しふちう
)
する
者
(
もの
)
は、
073
吾
(
わ
)
れならむと、
074
深
(
ふか
)
くも
心中
(
しんちう
)
に
期待
(
きたい
)
し
居
(
ゐ
)
たり。
075
故
(
ゆゑ
)
に、
076
此
(
この
)
度
(
たび
)
の
姫
(
ひめ
)
の
重病
(
ぢうびやう
)
につき
真心
(
まごころ
)
の
限
(
かぎ
)
りを
尽
(
つく
)
し、
077
其
(
その
)
歓心
(
くわんしん
)
を
買
(
か
)
はむものと、
078
モリスは
内事
(
ないじ
)
の
勤
(
つと
)
めをおろそかにし、
079
暇
(
ひま
)
ある
毎
(
ごと
)
に、
080
病気
(
びやうき
)
見舞
(
みまひ
)
や
看護
(
かんご
)
を
口実
(
こうじつ
)
に、
081
姫
(
ひめ
)
の
寝室
(
しんしつ
)
を
訪
(
と
)
ふを
以
(
もつ
)
て、
082
唯一
(
ゆゐいつ
)
の
神策
(
しんさく
)
として
居
(
ゐ
)
たり。
083
一方
(
いつぱう
)
秋山別
(
あきやまわけ
)
も
同
(
おな
)
じ
思
(
おも
)
ひの
恋慕
(
れんぼ
)
の
情火
(
じやうか
)
消
(
け
)
し
難
(
がた
)
く、
084
見
(
み
)
すぼらしく
痩衰
(
やせおとろ
)
へたる
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
の
寝室
(
しんしつ
)
を、
085
朝夕
(
あさゆふ
)
何時
(
いつ
)
となく
尋
(
たづ
)
ね
来
(
きた
)
りて、
086
真心
(
まごころ
)
のあらむ
限
(
かぎ
)
りを
尽
(
つく
)
し、
087
姫
(
ひめ
)
が
全快
(
ぜんくわい
)
の
後
(
のち
)
は
一
(
いち
)
日
(
にち
)
も
早
(
はや
)
く、
088
合衾
(
がふきん
)
の
式
(
しき
)
を
挙
(
あ
)
げむものと、
089
心中
(
しんちう
)
深
(
ふか
)
く
期待
(
きたい
)
しつつありける。
090
然
(
しか
)
るに
国依別
(
くによりわけ
)
の
此
(
この
)
館
(
やかた
)
に
来
(
きた
)
りしより、
091
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
が
秋山別
(
あきやまわけ
)
に
対
(
たい
)
し、
092
又
(
また
)
モリスに
対
(
たい
)
する
態度
(
たいど
)
は、
093
どこともなく
冷
(
ひや
)
やかになりしが
如
(
ごと
)
く
思
(
おも
)
はるるより、
094
二人
(
ふたり
)
は
煩悶
(
はんもん
)
の
淵
(
ふち
)
に
沈
(
しづ
)
み、
095
如何
(
いか
)
にもして
姫
(
ひめ
)
の
信用
(
しんよう
)
を
恢復
(
くわいふく
)
せむかと、
096
心
(
こころ
)
の
中
(
うち
)
の
曲者
(
くせもの
)
に
駆使
(
くし
)
されて、
097
巧言
(
こうげん
)
令色
(
れいしよく
)
追従
(
ついしやう
)
の
限
(
かぎ
)
りを
尽
(
つく
)
すこそ
可笑
(
をか
)
しけれ。
098
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
は
最初
(
さいしよ
)
より、
099
秋山別
(
あきやまわけ
)
、
100
モリスに
対
(
たい
)
し、
101
只
(
ただ
)
普通
(
ふつう
)
の
教
(
をしへ
)
の
道
(
みち
)
の
役人
(
やくにん
)
、
102
又
(
また
)
は
内事
(
ないじ
)
の
用
(
よう
)
を
勤
(
つと
)
むる
取締
(
とりしまり
)
として、
103
優
(
やさ
)
しく
交際
(
かうさい
)
してゐたるのみにして、
104
別
(
べつ
)
に
此
(
この
)
二人
(
ふたり
)
に
対
(
たい
)
し、
105
夢
(
ゆめ
)
にも
恋愛
(
れんあい
)
の
心
(
こころ
)
は
持
(
も
)
たざりける。
106
されど
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
は、
107
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
の
優
(
やさ
)
しき
言葉
(
ことば
)
を
聞
(
き
)
く
度
(
たび
)
に、
108
吾
(
わ
)
れを
愛
(
あい
)
するものと
思
(
おも
)
ひひがめ、
109
三国一
(
さんごくいち
)
の
花婿
(
はなむこ
)
は
秋山別
(
あきやまわけ
)
を
措
(
を
)
いて、
110
他
(
た
)
に
適当
(
てきたう
)
の
候補者
(
こうほしや
)
はなしと、
111
自
(
みづか
)
ら
自惚鏡
(
うぬぼれかがみ
)
に
打向
(
うちむか
)
ひ、
112
鼻
(
はな
)
を
蠢
(
うごめ
)
かし、
113
当
(
あ
)
てなき
事
(
こと
)
を
頼
(
たの
)
みとして
日
(
ひ
)
を
暮
(
くら
)
しつつありき。
114
亦
(
ま
)
た
内事司
(
ないじつかさ
)
のモリスも
同様
(
どうやう
)
に、
115
将来
(
しやうらい
)
の
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
の
夫
(
をつと
)
はモリスならめと、
116
自
(
みづか
)
ら
心
(
こころ
)
に
定
(
き
)
めて、
117
吉日
(
きつじつ
)
良辰
(
りやうしん
)
の
一日
(
ひとひ
)
も
早
(
はや
)
く
来
(
きた
)
らむ
事
(
こと
)
を
期待
(
きたい
)
しつつあり
志
(
し
)
なり。
118
秋山別
(
あきやまわけ
)
は
此
(
この
)
頃
(
ごろ
)
モリスの
姫
(
ひめ
)
に
対
(
たい
)
する
態度
(
たいど
)
の
何
(
なん
)
となく
怪
(
あや
)
しげなるに、
119
心
(
こころ
)
を
痛
(
いた
)
め、
120
法界
(
ほふかい
)
悋気
(
りんき
)
の
角
(
つの
)
を
生
(
は
)
やしかけゐたるが、
121
モリスも
又
(
また
)
秋山別
(
あきやまわけ
)
の
姫
(
ひめ
)
に
対
(
たい
)
する
態度
(
たいど
)
の
目立
(
めだ
)
ちて
親切
(
しんせつ
)
なるに
心
(
こころ
)
を
苛
(
いら
)
ち、
122
恋
(
こひ
)
の
仇敵
(
かたき
)
として、
123
油断
(
ゆだん
)
なく
秋山別
(
あきやまわけ
)
の
行動
(
かうどう
)
を
監視
(
かんし
)
しつつありき。
124
而
(
しか
)
して
秋山別
(
あきやまわけ
)
は
侍女
(
じぢよ
)
のアリーを
取入
(
とりい
)
れ、
125
薬籠中
(
やくろうちう
)
の
者
(
もの
)
となし、
126
モリスは
侍女
(
じぢよ
)
のサールを
取入
(
とりい
)
れ、
127
吾
(
わが
)
薬籠中
(
やくろうちう
)
のものとなし、
128
互
(
たがひ
)
に
其
(
その
)
輸贏
(
しゆえい
)
を
争
(
あらそ
)
ひつつ、
129
秘
(
ひそ
)
かに
愛
(
あい
)
の
競争
(
きやうそう
)
を
続
(
つづ
)
けゐたるぞ
面白
(
おもしろ
)
き。
130
斯
(
か
)
かる
所
(
ところ
)
へ、
131
天下
(
てんか
)
の
神人
(
しんじん
)
活神
(
いきがみ
)
と
尊敬
(
そんけい
)
せられたる
国依別
(
くによりわけの
)
命
(
みこと
)
、
132
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
の
九死
(
きうし
)
一生
(
いつしやう
)
の
危難
(
きなん
)
を
救
(
すく
)
ひてより、
133
姫
(
ひめ
)
の
信任
(
しんにん
)
日
(
ひ
)
を
逐
(
お
)
うて
厚
(
あつ
)
くなりければ、
134
二人
(
ふたり
)
の
心中
(
しんちう
)
は
常
(
つね
)
に
悶々
(
もんもん
)
の
情
(
じやう
)
に
堪
(
た
)
へかね、
135
国依別
(
くによりわけ
)
の
欠点
(
けつてん
)
を
探
(
さぐ
)
り
出
(
だ
)
し、
136
楓別
(
かえでわけの
)
命
(
みこと
)
の
教主
(
けうしゆ
)
を
始
(
はじ
)
め、
137
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
の
前
(
まへ
)
に
曝露
(
ばくろ
)
して、
138
其
(
その
)
信任
(
しんにん
)
を
傷
(
きず
)
つけ
破
(
やぶ
)
らむと、
139
二
(
ふた
)
つ
巴
(
どもゑ
)
の
両人
(
りやうにん
)
は
恋
(
こひ
)
の
炎
(
ほのふ
)
を
燃
(
も
)
やしつつ、
140
卍巴
(
まんじどもゑ
)
の
如
(
ごと
)
く
相互
(
さうご
)
に
暗々裡
(
あんあんり
)
に
弾劾
(
だんがい
)
運動
(
うんどう
)
の
準備
(
じゆんび
)
に
着手
(
ちやくしゆ
)
しつつありき。
141
されど
国依別
(
くによりわけ
)
は
素
(
もと
)
より
女
(
をんな
)
に
対
(
たい
)
し、
142
少
(
すこ
)
しも
執着心
(
しふちやくしん
)
なく、
143
又
(
また
)
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
に
対
(
たい
)
しても、
144
怪
(
あや
)
しき
心
(
こころ
)
は
毫末
(
がうまつ
)
も
持
(
も
)
ち
居
(
を
)
らず、
145
それ
故
(
ゆゑ
)
に
国依別
(
くによりわけ
)
は、
146
何
(
なん
)
の
憚
(
はばか
)
る
所
(
ところ
)
もなく、
147
只
(
ただ
)
姫
(
ひめ
)
の
大病
(
たいびやう
)
を
救
(
すく
)
はむ
為
(
ため
)
に
心
(
こころ
)
の
底
(
そこ
)
より
案
(
あん
)
じ
過
(
す
)
ごして、
148
神
(
かみ
)
に
祈
(
いの
)
り、
149
屡
(
しばしば
)
病
(
やまひ
)
の
経過
(
けいくわ
)
を
探
(
さぐ
)
るべく、
150
姫
(
ひめ
)
の
寝室
(
しんしつ
)
を、
151
昼
(
ひる
)
となく
夜
(
よる
)
となく
訪
(
おとづ
)
れたるなり。
152
されど
国依別
(
くによりわけ
)
の
此
(
この
)
行動
(
かうどう
)
は、
153
恋
(
こひ
)
に
囚
(
とら
)
はれたる
痩犬
(
やせいぬ
)
の
秋山別
(
あきやまわけ
)
、
154
モリスの
目
(
め
)
には、
155
非常
(
ひじやう
)
なる
苦痛
(
くつう
)
を
感
(
かん
)
じ、
156
遂
(
つひ
)
には
仇敵
(
きうてき
)
の
如
(
ごと
)
く
見做
(
みな
)
すに
至
(
いた
)
りたりける。
157
折柄
(
をりから
)
玄関
(
げんくわん
)
に
訪
(
おとづ
)
るる
一人
(
ひとり
)
の
女
(
をんな
)
あり。
158
モリスは
忽
(
たちま
)
ち
吾
(
わが
)
居間
(
ゐま
)
に
招
(
まね
)
いて、
159
其
(
その
)
来意
(
らいい
)
を
尋
(
たづ
)
ぬれば、
160
女
(
をんな
)
はやや
愧
(
はじ
)
らひながら
言
(
ことば
)
志
(
し
)
とやかに、
161
女(エリナ)
『
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
国依別
(
くによりわけ
)
様
(
さま
)
は、
162
御
(
お
)
館
(
やかた
)
に
御
(
お
)
出
(
い
)
でで
御座
(
ござ
)
いますか? アラシカ
峠
(
たうげ
)
の
麓
(
ふもと
)
からエリナと
云
(
い
)
ふ
女
(
をんな
)
が
訪
(
たづ
)
ねて
参
(
まゐ
)
りましたと、
163
若
(
も
)
しお
出
(
いで
)
ならばお
伝
(
つた
)
へを
願
(
ねが
)
ひます』
164
モリス
心
(
こころ
)
の
内
(
うち
)
にて、
165
モリス
『ハヽー、
166
此奴
(
こいつ
)
は
国依別
(
くによりわけ
)
のレコだなア。
167
良
(
い
)
い
所
(
ところ
)
へ
来
(
き
)
て
呉
(
く
)
れた。
168
モウ
斯
(
こ
)
う
秘密
(
ひみつ
)
が
分
(
わか
)
つた
以上
(
いじやう
)
は、
169
何程
(
なにほど
)
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
様
(
さま
)
が
国依別
(
くによりわけ
)
に
御
(
ご
)
熱心
(
ねつしん
)
でも、
170
女
(
をんな
)
があると
聞
(
き
)
けば、
171
千
(
せん
)
年
(
ねん
)
の
恋
(
こひ
)
も
一度
(
いちど
)
に
醒
(
さ
)
めるだらう。
172
一
(
ひと
)
つ
甘
(
うま
)
く
調子
(
てうし
)
に
乗
(
の
)
せて、
173
腹
(
はら
)
の
底
(
そこ
)
を
探
(
さぐ
)
つてやらう……』
174
と
決心
(
けつしん
)
し
愛想
(
あいさう
)
よく、
175
モリス
『それはそれは
能
(
よ
)
う
訪
(
たづ
)
ねて
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さいました。
176
大変
(
たいへん
)
な
大地震
(
おほぢしん
)
で
御座
(
ござ
)
いましたが、
177
御
(
お
)
宅
(
たく
)
は
大
(
たい
)
した
事
(
こと
)
は
御座
(
ござ
)
いませぬかな』
178
エリナ
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います。
179
あの
大地震
(
おほぢしん
)
で
小
(
ちひ
)
さい
乍
(
なが
)
ら
住家
(
すみか
)
は
倒
(
たふ
)
され
焼
(
や
)
かれ、
180
一人
(
ひとり
)
の
母
(
はは
)
は
地震
(
ぢしん
)
と
火事
(
くわじ
)
の
為
(
ため
)
に
無
(
な
)
くなつて
了
(
しま
)
ひました。
181
実
(
じつ
)
に
不運
(
ふうん
)
な
女
(
をんな
)
で
御座
(
ござ
)
います』
182
と
早
(
はや
)
涙
(
なみだ
)
含
(
ぐ
)
む。
183
モリス
『それは
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
な
事
(
こと
)
でしたなア。
184
御
(
お
)
察
(
さつ
)
し
申
(
まを
)
しますよ。
185
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら、
186
老人
(
としより
)
と
云
(
い
)
ふ
者
(
もの
)
は
何
(
いづ
)
れ
先
(
さき
)
へ
死
(
し
)
ぬものです。
187
一番
(
いちばん
)
芽出
(
めで
)
たい
事
(
こと
)
と
言
(
い
)
へば、
188
ぢい
死
(
し
)
に、
189
婆
(
ばば
)
死
(
し
)
に、
190
爺
(
おやぢ
)
死
(
し
)
に、
191
嬶
(
かかあ
)
死
(
し
)
に、
192
子
(
こ
)
死
(
し
)
に
孫
(
まご
)
死
(
しに
)
と
申
(
まを
)
しまして、
193
こんな
芽出
(
めで
)
たい
事
(
こと
)
はないのですよ。
194
先
(
さき
)
に
死
(
し
)
ぬべき
者
(
もの
)
が
先
(
さき
)
に
死
(
し
)
ぬのは
当然
(
たうぜん
)
、
195
老人
(
らうじん
)
が
後
(
あと
)
に
残
(
のこ
)
り、
196
若
(
わか
)
い
者
(
もの
)
が
先
(
さき
)
に
死
(
し
)
にて
御覧
(
ごらん
)
なさい。
197
年
(
とし
)
が
老
(
よ
)
つて
脛腰
(
すねこし
)
が
立
(
た
)
たぬやうになり、
198
尿糞
(
ししばば
)
のたれ
流
(
なが
)
しと
云
(
い
)
ふやうな
惨酷
(
ざんこく
)
な
目
(
め
)
に
会
(
あ
)
うても、
199
若
(
わか
)
い
者
(
もの
)
が
先
(
さき
)
に
亡
(
な
)
くなつて
了
(
しま
)
へば、
200
誰
(
たれ
)
も
親身
(
しんみ
)
になつて
世話
(
せわ
)
して
呉
(
く
)
れる
者
(
もの
)
もありますまい。
201
それにお
前
(
まへ
)
さまは、
202
国依別
(
くによりわけ
)
さまと
二人
(
ふたり
)
若夫婦
(
わかふうふ
)
が
残
(
のこ
)
つたのだから、
203
斯
(
こ
)
んな
目出
(
めで
)
たい
事
(
こと
)
は
有
(
あ
)
りませぬよ。
204
人
(
ひと
)
はすべて
思
(
おも
)
ひようですからな。
205
親
(
おや
)
の
代
(
かは
)
りにドシドシとお
正
(
しやう
)
月
(
ぐわつ
)
の
餅搗
(
もちつき
)
をして、
206
子餅
(
こもち
)
を
沢山
(
たくさん
)
に、
207
天
(
てん
)
の
星
(
ほし
)
の
数
(
かず
)
程
(
ほど
)
拵
(
こしら
)
へなさい。
208
それが
一番
(
いちばん
)
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
へ
対
(
たい
)
しても
御
(
ご
)
奉公
(
ほうこう
)
だ、
209
アハヽヽヽ』
210
エリナ
『
私
(
わたし
)
は
決
(
けつ
)
して
国依別
(
くによりわけ
)
様
(
さま
)
の
女房
(
にようばう
)
でも
何
(
なん
)
でも
御座
(
ござ
)
いませぬ。
211
只
(
ただ
)
私
(
わたし
)
の
母
(
はは
)
が
急病
(
きふびやう
)
で
困
(
こま
)
つて
居
(
を
)
りますので、
212
常世
(
とこよ
)
神王
(
しんわう
)
の
御
(
お
)
社
(
やしろ
)
へ
参拝
(
さんぱい
)
して
居
(
を
)
りますと、
213
そこへ
国依別
(
くによりわけ
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
が
二人
(
ふたり
)
の
家来
(
けらい
)
を
連
(
つ
)
れて
現
(
あら
)
はれ、
214
御
(
ご
)
親切
(
しんせつ
)
に
私
(
わたし
)
の
宅
(
たく
)
へ
来
(
き
)
て……お
前
(
まへ
)
の
母
(
はは
)
の
病気
(
びやうき
)
平癒
(
へいゆ
)
の
祈願
(
きぐわん
)
をしてやらう……と
仰有
(
おつしや
)
つたので、
215
五六
(
ごろく
)
日
(
にち
)
泊
(
とま
)
つて
頂
(
いただ
)
いた
丈
(
だけ
)
のもので
御座
(
ござ
)
います』
216
モリス
『さうして
二人
(
ふたり
)
の
家来
(
けらい
)
は
如何
(
どう
)
なつたのです?』
217
エリナ
『
二人
(
ふたり
)
の
御
(
ご
)
家来
(
けらい
)
は
私
(
わたし
)
の
父
(
ちち
)
の
或
(
ある
)
処
(
ところ
)
に
囚
(
とら
)
へられてゐるのを
助
(
たす
)
けると
云
(
い
)
つて
出
(
で
)
て
行
(
ゆ
)
かれました
限
(
き
)
り、
218
今
(
いま
)
に
何
(
なん
)
の
便
(
たよ
)
りも
御座
(
ござ
)
いませぬ。
219
大変
(
たいへん
)
に
案
(
あん
)
じて
居
(
を
)
りまする』
220
モリス
『ハヽー、
221
さうすると、
222
二人
(
ふたり
)
の
家来
(
けらい
)
をどつかへまいておいて、
223
国依別
(
くによりわけ
)
さまが、
224
人
(
ひと
)
も
通
(
とほ
)
らぬ
山道
(
やまみち
)
を、
225
国
(
くに
)
さまとエリナさまと
手
(
て
)
を
引
(
ひ
)
いて
通
(
とほ
)
らうかいな、
226
二人
(
ふたり
)
の
仲
(
なか
)
はよいけれど、
227
二人
(
ふたり
)
の
奴
(
やつ
)
が
邪魔
(
じやま
)
になり、
228
用
(
よう
)
を
拵
(
こしら
)
へ、
229
まいてやつた……と
云
(
い
)
ふ
様
(
やう
)
な……そこは
要領
(
えうりやう
)
宜
(
よろ
)
しくやつたのでせう。
230
私
(
わたし
)
は
斯
(
こ
)
う
見
(
み
)
えても、
231
そンな
事
(
こと
)
に
粋
(
すゐ
)
の
利
(
き
)
かぬ
男
(
をとこ
)
ぢやありませぬ。
232
どんな
御
(
お
)
取持
(
とりもち
)
でも
致
(
いた
)
しますから、
233
ハツキリと
貴女
(
あなた
)
の
御
(
お
)
嬉
(
うれ
)
しい
芝居
(
しばゐ
)
の
顛末
(
てんまつ
)
を
話
(
はな
)
して
下
(
くだ
)
さいな。
234
其
(
その
)
都合
(
つがふ
)
に
依
(
よ
)
つて
国依別
(
くによりわけ
)
さまへ
御
(
お
)
取次
(
とりつぎ
)
を
致
(
いた
)
しますから……』
235
エリナ
『
決
(
けつ
)
して
左様
(
さやう
)
な
関係
(
くわんけい
)
は
御座
(
ござ
)
いませぬが、
236
あの
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
の
仰有
(
おつしや
)
つた
御
(
お
)
言葉
(
ことば
)
を
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
し、
237
御
(
ご
)
神徳
(
しんとく
)
を
慕
(
した
)
つて
遥々
(
はるばる
)
此処
(
ここ
)
まで
参
(
まゐ
)
りましたので
御座
(
ござ
)
ります』
238
モリス
『ハヽヽヽヽ、
239
一口
(
ひとくち
)
仰有
(
おつしや
)
つた
御
(
お
)
言葉
(
ことば
)
を
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
して
慕
(
した
)
うて
来
(
き
)
たと
云
(
い
)
はれましたなア。
240
蜜
(
みつ
)
のような
甘
(
あま
)
い
言葉
(
ことば
)
でしたらう……コレ、
241
エリナ、
242
私
(
わたし
)
は
是
(
こ
)
れからヒルの
都
(
みやこ
)
へ
往
(
い
)
て
来
(
く
)
る
程
(
ほど
)
に、
243
お
前
(
まへ
)
と
私
(
わし
)
と
斯
(
こ
)
うなつた
上
(
うへ
)
は、
244
旭
(
あさひ
)
は
照
(
て
)
る
共
(
とも
)
、
245
曇
(
くも
)
る
共
(
とも
)
、
246
月
(
つき
)
は
盈
(
み
)
つ
共
(
とも
)
虧
(
か
)
くる
共
(
とも
)
、
247
仮令
(
たとへ
)
大地
(
だいち
)
は
沈
(
しづ
)
むとも、
248
お
前
(
まへ
)
の
事
(
こと
)
は
忘
(
わす
)
れやせぬ、
249
二世
(
にせ
)
も
三世
(
さんせ
)
も
先
(
さき
)
の
世
(
よ
)
かけて、
250
切
(
き
)
つても
切
(
き
)
れぬ
誠
(
まこと
)
の
夫婦
(
ふうふ
)
、
251
仮令
(
たとへ
)
身
(
み
)
は
東西
(
とうざい
)
に
別
(
わか
)
れて
居
(
を
)
つても、
252
魂
(
みたま
)
は
尊
(
たふと
)
いお
前
(
まへ
)
の
側
(
そば
)
……ヘン、
253
なンて
甘
(
あま
)
つたるい
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
つたのでせう。
254
お
羨
(
うらや
)
ましう
御座
(
ござ
)
いますワイ。
255
あなたも
中々
(
なかなか
)
おとなしさうな
顔
(
かほ
)
して、
256
随分
(
ずゐぶん
)
やりますな。
257
陰裏
(
かげうら
)
の
豆
(
まめ
)
でも
時節
(
じせつ
)
が
来
(
く
)
ると
花
(
はな
)
が
咲
(
さ
)
き
初
(
はじ
)
めますからなア、
258
アハヽヽヽ』
259
エリナ
『さう、
260
ぢらさずと
御
(
お
)
頼
(
たの
)
みですから、
261
早
(
はや
)
く
取次
(
とりつ
)
いで
下
(
くだ
)
さいませ』
262
モリス
『
取次
(
とりつ
)
がぬ
事
(
こと
)
はないが、
263
併
(
しか
)
しお
前
(
まへ
)
さまに
取
(
と
)
つては、
264
此
(
この
)
間
(
あひだ
)
の
地震
(
ぢしん
)
よりも、
265
大火事
(
おほくわじ
)
よりもビツクリなさる
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
て
居
(
を
)
りますよ。
266
命
(
いのち
)
迄
(
まで
)
はめこんだ
国依別
(
くによりわけ
)
さまには、
267
此
(
この
)
お
館
(
やかた
)
の
名高
(
なだか
)
い
紅井姫
(
くれなゐひめ
)
さまが、
268
ゾツコン
惚込
(
ほれこ
)
ンで
恋病
(
こひやまひ
)
を
煩
(
わづら
)
ひ、
269
国依別
(
くによりわけ
)
さまに
朝晩
(
あさばん
)
目尻
(
めじり
)
を
下
(
さ
)
げて
涎
(
よだれ
)
をくり、
270
それはそれは
見
(
み
)
られた
態
(
ざま
)
ぢやありませぬよ。
271
そして、
272
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
も
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
ぢや、
273
……お
前
(
まへ
)
さまのやうな、
274
一寸
(
ちよつと
)
立派
(
りつぱ
)
な
奥
(
おく
)
さまがあるにも
拘
(
かか
)
はらず、
275
人
(
ひと
)
の
男
(
をとこ
)
に
惚
(
ほれ
)
て、
276
恋病
(
こひやまひ
)
を
煩
(
わづら
)
ふなンて、
277
本当
(
ほんたう
)
に
怪
(
け
)
しからぬぢやありませぬか。
278
……コレ、
279
エリナさま、
280
お
前
(
まへ
)
さまも
一人前
(
いちにんまへ
)
の
女
(
をんな
)
ぢやないか。
281
のめのめと
大事
(
だいじ
)
の
夫
(
をつと
)
を
世間
(
せけん
)
見
(
み
)
ずのお
嬢
(
ぢやう
)
さまに
占領
(
せんりやう
)
せられて、
282
如何
(
どう
)
して
女子
(
をなご
)
の
意地
(
いぢ
)
が
立
(
た
)
ちますか。
283
サア
私
(
わたし
)
が
案内
(
あんない
)
して
上
(
あ
)
げるから、
284
姫
(
ひめ
)
さまのお
部屋
(
へや
)
に
立入
(
たちい
)
り、
285
国依別
(
くによりわけ
)
さまの
胸倉
(
むなぐら
)
をグツと
取
(
と
)
り
思
(
おも
)
ふ
存分
(
ぞんぶん
)
不足
(
ふそく
)
を
言
(
い
)
ひなさい。
286
若
(
も
)
しも
外
(
ほか
)
の
奴
(
やつ
)
が
寄
(
よ
)
つて
来
(
き
)
て、
287
乱暴者
(
らんばうもの
)
だとか
何
(
な
)
ンとか
云
(
い
)
つて
取押
(
とりおさ
)
へようとしよつたら、
288
内事
(
ないじ
)
の
司
(
つかさ
)
をして
居
(
を
)
る
私
(
わたし
)
がグツと
抑
(
おさ
)
へて、
289
何事
(
なにごと
)
も
言
(
い
)
はさぬよつて、
290
一
(
ひと
)
つ
大騒
(
おほさわ
)
ぎをやりなさい。
291
さうすれば
如何
(
いか
)
に
惚
(
ほれ
)
たお
姫
(
ひめ
)
さまでも
愛想
(
あいさう
)
をつかし、
292
国依別
(
くによりわけ
)
さまを
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つて
返
(
かへ
)
して
呉
(
く
)
れるに
違
(
ちがひ
)
ない。
293
是
(
これ
)
が
六韜
(
りくたう
)
三略
(
さんりやく
)
の
兵法
(
へいはふ
)
だ。
294
サア
何
(
なに
)
よりも
決心
(
けつしん
)
が
第一
(
だいいち
)
だ。
295
直接
(
ちよくせつ
)
行動
(
かうどう
)
に
限
(
かぎ
)
りますぞえ。
296
……
何
(
なん
)
ぢやお
前
(
まへ
)
さま、
297
肝腎
(
かんじん
)
の
夫
(
をつと
)
を
取
(
と
)
られ
乍
(
なが
)
ら、
298
気楽相
(
きらくさう
)
な
顔
(
かほ
)
して
笑
(
わら
)
うてゐると
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
があるものかい。
299
さういふ
薄野呂
(
うすのろ
)
だから、
300
大事
(
だいじ
)
の
男
(
をとこ
)
を
取
(
と
)
られて
了
(
しま
)
うのだよ。
301
犬
(
いぬ
)
でもケシをかけねば
猪
(
しし
)
に
飛
(
と
)
びつかぬものだ。
302
まだ
私
(
わたし
)
のケシ
掛
(
か
)
けようが
足
(
た
)
らぬのかいな』
303
エリナ
『ホヽヽヽヽ、
304
あなたの
仰有
(
おつしや
)
る
事
(
こと
)
は
大変
(
たいへん
)
に
混線
(
こんせん
)
致
(
いた
)
して
居
(
を
)
りますよ』
305
モリス
『
何分
(
なにぶん
)
自転車
(
じてんしや
)
や
自動車
(
じどうしや
)
の
交通
(
かうつう
)
頻繁
(
ひんぱん
)
の
為
(
ため
)
、
306
電話線
(
でんわせん
)
に
響
(
ひび
)
くと
見
(
み
)
えて、
307
少々
(
せうせう
)
混線
(
こんせん
)
して
居
(
を
)
りますワイ。
308
併
(
しか
)
し
混線
(
こんせん
)
と
云
(
い
)
つたら、
309
国依別
(
くによりわけ
)
さまの
事
(
こと
)
だ。
310
お
前
(
まへ
)
に
対
(
たい
)
してもまだ
幾分
(
いくぶん
)
未練
(
みれん
)
はあらうし、
311
お
姫
(
ひめ
)
さまに
対
(
たい
)
しては
命
(
いのち
)
を
投出
(
なげだ
)
しても
苦
(
くる
)
しうもないと
云
(
い
)
ふ
惚
(
のろ
)
け
方
(
かた
)
、
312
そこへ
向
(
む
)
けて、
313
秋山別
(
あきやまわけ
)
と
云
(
い
)
ふ
恋
(
こひ
)
の
強敵
(
きやうてき
)
が
現
(
あら
)
はれて
居
(
ゐ
)
る。
314
まだ
外
(
そと
)
に
二人
(
ふたり
)
……
競争者
(
きやうさうしや
)
がある。
315
随分
(
ずゐぶん
)
混線
(
こんせん
)
したものだ。
316
其
(
その
)
混線
(
こんせん
)
序
(
ついで
)
に、
317
お
前
(
まへ
)
さまが
口
(
くち
)
から
火
(
ひ
)
を
吹
(
ふ
)
き、
318
角
(
つの
)
を
生
(
は
)
やし、
319
鬼
(
おに
)
か
蛇
(
じや
)
になつて、
320
お
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
の
部屋
(
へや
)
へ
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
みさへすれば、
321
私
(
わたし
)
の
望
(
のぞ
)
みもオツトドツコイ、
322
お
前
(
まへ
)
の
望
(
のぞ
)
みも
成功
(
せいこう
)
すると
云
(
い
)
ふものだ、
323
サア
早
(
はや
)
く
決心
(
けつしん
)
の
次第
(
しだい
)
を
聞
(
き
)
かして
下
(
くだ
)
さい』
324
エリナ
『そんな
事
(
こと
)
仰有
(
おつしや
)
らずに、
325
どうぞ
会
(
あ
)
はして
下
(
くだ
)
さいなア』
326
モリス
『
会
(
あ
)
はして
上
(
あ
)
げたいは
山々
(
やまやま
)
なれど、
327
自分
(
じぶん
)
の
男
(
をとこ
)
を
人
(
ひと
)
に
取
(
と
)
られて、
328
平気
(
へいき
)
で
居
(
を
)
るやうな
腰抜
(
こしぬけ
)
には
能
(
よ
)
う
会
(
あ
)
はしませぬワイ。
329
どうぞ
帰
(
かへ
)
つて
下
(
くだ
)
さい、
330
左様
(
さやう
)
なら……』
331
と
一間
(
ひとま
)
に
隠
(
かく
)
れようとする。
332
エリナはコリヤ
一通
(
ひととほ
)
りでは
取次
(
とりつ
)
いで
呉
(
く
)
れぬと
心
(
こころ
)
に
思
(
おも
)
うたか、
333
俄
(
にはか
)
に
声
(
こゑ
)
を
変
(
か
)
へ、
334
エリナ
『エー
残念
(
ざんねん
)
やな、
335
残念
(
ざんねん
)
やな、
336
残念
(
ざんねん
)
やな、
337
残念
(
ざんねん
)
やな、
338
大事
(
だいじ
)
の
大事
(
だいじ
)
の
可愛
(
かあい
)
い
男
(
をとこ
)
を、
339
人
(
ひと
)
にムザムザ
盗
(
ぬす
)
まれて、
340
私
(
わたし
)
も
女
(
をんな
)
の
意地
(
いぢ
)
、
341
コレが
黙
(
だま
)
つて
居
(
を
)
られうか。
342
これから
奥
(
おく
)
へふみ
込
(
こ
)
ンで、
343
国依別
(
くによりわけ
)
さまのたぶさをつかみ
引
(
ひき
)
ずり
廻
(
まは
)
し、
344
恨
(
うら
)
みの
数々
(
かずかず
)
述
(
の
)
べ
立
(
た
)
てて、
345
姫
(
ひめ
)
さまにもキツイ
御
(
お
)
礼
(
れい
)
を
申
(
まを
)
さなおかぬ』
346
と
地団駄
(
ぢだんだ
)
をふみ
出
(
だ
)
した。
347
モリスはシテやつたりと
引返
(
ひきかへ
)
し、
348
モリス
『ヤア
天晴
(
あつぱ
)
れ
天晴
(
あつぱ
)
れ、
349
あなたの
武者
(
むしや
)
振
(
ぶ
)
り
誠
(
まこと
)
に
勇
(
いさ
)
ましう
御座
(
ござ
)
る。
350
サア
是
(
これ
)
よりモリスが
先陣
(
せんぢん
)
を
仕
(
つかまつ
)
る。
351
天晴
(
あつぱ
)
れ、
352
紅井山
(
くれなゐやま
)
の
戦闘
(
せんとう
)
に
功名
(
こうみやう
)
手柄
(
てがら
)
を
現
(
あら
)
はし、
353
国依別
(
くによりわけ
)
を
奪
(
うば
)
ひ
返
(
かへ
)
し、
354
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
凱歌
(
がいか
)
をあげて、
355
ヒルの
館
(
やかた
)
を
立出
(
たちい
)
でなされ。
356
然
(
しか
)
らば
御
(
お
)
伴
(
とも
)
仕
(
つかまつ
)
りませう』
357
と
大手
(
おほで
)
を
振
(
ふ
)
り
乍
(
なが
)
ら、
358
モリス
『サア
古今
(
ここん
)
無双
(
むさう
)
の
女
(
をんな
)
豪傑
(
がうけつ
)
エリナさま、
359
モリスが
後
(
あと
)
に
従
(
したが
)
つて
十分
(
じふぶん
)
決心
(
けつしん
)
を
定
(
さだ
)
め、
360
鉢巻
(
はちまき
)
の
用意
(
ようい
)
をして、
361
ドシドシと
足音
(
あしおと
)
高
(
たか
)
くお
進
(
すす
)
みあれ』
362
と
先
(
さき
)
に
立
(
た
)
つて、
363
姫
(
ひめ
)
が
病室
(
びやうしつ
)
へと
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
364
(
大正一一・八・一八
旧六・二六
松村真澄
録)
365
(昭和九・一二・一七 王仁校正)
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