桃園天皇の御代に、伏見竹田の里北の入り口に、薬師院と銘打った修験者が現れた。祈祷のために訪れた人の身の上を一々的中させるので、それが有難いと信じ込まれて噂が広まり、繁盛したという。
近江の国の百姓直兵衛という者が、年来の眼病で暗室に閉じこもって療養を尽くしたが効験なく、伏見薬師院のことを人づてに聞いて、訪ねることにし、夫婦で旅立った。
伏見の薬師院は群衆が集い、直兵衛夫婦は夕暮れてようやく院主に面会することができた。薬師院は、直兵衛の訴えを聞くと、今夜はここに籠るように勧め、その間に自分が直兵衛の星を見て病を見立てようと答えた。
その夜の八つ時ごろ、院主は白衣で水垢離し、直兵衛夫婦を座らせて祈りだした。やがて曇りがちの空が晴れ渡り、こうこうと星の光まぶしく、北の方から火団が飛んできて地上に墜落した。
直兵衛夫婦は肝をつぶして平伏し様子を見ていると、院主は火団に何事か呪文を唱え、念珠ではっしと撲った。火団は音もなく散乱して消え、中から一羽の白鳩が飛び去った。
院主は威儀を正して直兵衛に向かい、あの火団は汝の属星であり、自分の法力によって降して病の根源を調べた。怪しい光があったので、それを祓い取ったのだ、と告げた。そして薬師夢想の霊薬と称するものを渡し、これを塗れば七日の間に回復するであろうと言い渡した。
直兵衛は喜んで押し頂き、翌朝慇懃に礼を述べて帰国した。しかし眼病は依然として治らなかった。病気は治らなくても、院主の不可思議な法術呼び物となって薬師院は繁盛していたのである。いずれもバラモン教を守護する魔神の所為であることは言うまでもない。
この院主は腕白小僧であったがバラモンの魔神に憑依され、巧みに妖術をもてあそんで一角の祈祷師となり、薬師院快実と名乗って伏見に本拠を構えた。表面には慈悲をまとい、内心は豺狼のごとき野心を蔵し、世の善男善女を欺いたばかりか、禁裏にまで侵入して天下の大事を引き起こそうとしたのである。しかし関白九条直実公のために看破されてついにその身を滅ぼしたという。
邪神は常住不断に妖術または種々の方法手段を講じて天下を乱し、世を暗黒界に落とそうと企みつつあるものである。読者はこの霊界物語を十分に心を潜めて熟読されれば、邪神の悪計姦策がいかなるものか、了知されることであろう。一例を挙げて読者の参考に資することにした次第である。