イクとサールは大広前の神殿を拝礼し終わり、蠑螈別、魔我彦、お寅などの旧跡を巡っては歌を四で回った。そして木花姫神、金勝要神、玉依姫を祀った祠を廻り、それぞれ述懐の歌を歌った。
日の大神、月の大神、そして最上段の国常立尊の祠の前に参拝した。二人は拝礼を終ると、互いにからかい合いながら、枝ぶりのよい松の七八本かたまった下に、あまり広からず狭からざる瀟洒な館が立っている。それが松姫の館であった。
二人は館の前にやってくると、さすがに恥ずかしくなり、互いに先に初稚姫のところへ行けと押し合いを始めた。スマートは二人を認めると、喜んで走ってきて二人にじゃれついた。
イクとサールは軽口を叩き合いながら思い切って門口に立ち寄り、恐そうに中を眺めた。初稚姫と松姫は、何事かにこにこと話の最中である。サールはガラリと戸を開け、松姫に挨拶した。松姫は二人を仲に招いた。二人は、初稚姫にびくびくしながら中に入る。
初稚姫は二人を見ると、言葉静かに話しかけた。二人は頭をかき、もじもじとして土間にしゃがんでしまった。初稚姫に促されて、イクは思い切って、自分たちはどうしても初稚姫のお供をしたいと申し出た。
初稚姫は山口の森で起こったことを二人に問いかけ、二人が水晶玉だと思っていたのは、夜光の玉といって筑紫の島から現れたダイヤモンドだと明かした。そして、いったん妖魅の手に入ったからには、玉は汚れているから清めなければならないと忠告した。
そして、イクが玉に執着していることを看破して諭し、この玉は自分が日の出神に祈願して、二人の熱心に応じて神様から授けられたことを明かした。二人の身魂が一つになった証拠であり、一人が独占すべきないことを二人に諭した。
この宝は世界救世のための御神宝でもあり、人間が私すべきものでないこと、大切に保存して、祠の森に帰って玉を保持すべきことを説いた。しかしサールは、それなればこの神宝を返上するから、どうかお供させてくれ、と熱誠を面に表し涙を流して頼み込んだ。
初稚姫は、単独での神業遂行が自分への神命であることを歌に詠んで二人に諭した。松姫は互いの仲裁をなし、二人に初稚姫の言葉を聞くように促し、時間をおいて省みるように諭した。二人は自分たちの思いを歌に伝え、しばらく時間をおいて身の振り方を考えることにした。
イクとサールはどうしても初稚姫がお供を許してくれないので、進退窮まり涙に暮れていた。初稚姫は松姫に別れを告げ、いちはやく小北山を発って征途に上った。
イクとサールは初稚姫が先に発ったことを知らずに一夜を明かした。そして文助が危篤と聞いて、夜中ごろに館を飛び出し、河鹿川に降って水垢離を取り、その回復を祈った。